(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024171999
(43)【公開日】2024-12-12
(54)【発明の名称】蛍光X線分析方法及び蛍光X線分析装置
(51)【国際特許分類】
G01B 15/02 20060101AFI20241205BHJP
G01N 23/223 20060101ALI20241205BHJP
【FI】
G01B15/02 D
G01N23/223
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023089405
(22)【出願日】2023-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】503460323
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテクサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】100120396
【弁理士】
【氏名又は名称】杉浦 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】泉山 優樹
【テーマコード(参考)】
2F067
2G001
【Fターム(参考)】
2F067AA27
2F067BB01
2F067BB16
2F067EE05
2F067HH04
2F067JJ03
2F067KK01
2F067LL15
2F067MM00
2F067NN02
2F067NN03
2F067PP12
2F067RR12
2F067RR21
2G001AA01
2G001BA04
2G001CA01
2G001FA02
2G001GA01
2G001GA08
2G001HA01
2G001JA04
2G001JA09
2G001JA17
2G001KA01
2G001KA11
2G001MA05
2G001NA11
2G001NA12
2G001NA17
2G001SA02
(57)【要約】
【課題】 積層構造を有する試料に対して1回のX線照射のみで試料を構成する各層の膜厚または組成を測定することができる蛍光X線分析方法及び装置を提供すること。
【解決手段】 下層L1と中間層L2と上層L3とを備えた試料SにX線を照射する照射ステップと、膜厚が既知の複数の標準物質にX線を照射して放射される蛍光X線のエネルギーを標準情報として取得しておく標準情報取得ステップと、試料からの蛍光X線のエネルギーを実測情報として得る検出ステップと、標準情報と比較して実測情報を分析し各膜厚を算出する膜厚の算出ステップとを有し、各層のうち他の層の影響を受けずに放射される蛍光X線を放射する層を特定層とし、標準物質が、特定層と同じ元素で形成された単層標準物質であり、単層標準物質の膜厚及び標準情報と実測情報とを比較して特定層の膜厚を算出し、特定層の膜厚に基づいて試料の他の層の膜厚を算出する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下層と前記下層上に積層された中間層と前記中間層上に積層された上層とを備え、前記上層と前記下層とが同じ第1の元素で形成されていると共に前記中間層が前記第1の元素と異なる第2の元素で形成された試料にその上方からX線を照射する照射ステップと、
膜厚または組成が既知の複数の標準物質にX線を照射して放射される蛍光X線のエネルギーまたは波長情報を標準情報として予め取得しておく標準情報取得ステップと、
前記試料から放射される蛍光X線を検出し前記蛍光X線のエネルギーまたは波長情報を実測情報として得る検出ステップと、
前記標準情報と比較して前記実測情報を分析し前記上層,前記中間層及び前記下層の各膜厚または組成を算出する膜厚算出ステップとを有し、
前記上層,前記中間層及び前記下層のうち、他の層の影響を受けずに前記試料の上方に放射される蛍光X線を放射する元素の層を特定層とし、
複数の前記標準物質のうち一つが、前記特定層と同じ元素で形成された単層標準物質であり、
前記膜厚または組成の算出ステップが、前記単層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記特定層の膜厚または組成を算出する特定層算出ステップと、
算出された前記特定層の膜厚または組成に基づいてさらに前記試料の他の層の膜厚または組成を算出する他層算出ステップとを有していることを特徴とする蛍光X線分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の蛍光X線分析方法において、
前記中間層の前記第2の元素が、前記上層に吸収されずに蛍光X線を前記試料の上方に放射可能であり、
複数の前記標準物質が、基材上に前記第2の元素で形成された前記単層標準物質と、
基材上に前記第2の元素で形成された層とその上に前記第1の元素で形成された層とで構成された2層標準物質と、
基材上に前記第1の元素で形成された層とその上に前記第2の元素で形成された層とその上に前記第1の元素で形成された層とで構成された3層標準物質とであり、
前記標準情報が、前記単層標準物質,前記2層標準物質及び前記3層標準物質の各層の膜厚または組成及び蛍光X線のエネルギーまたは波長情報であり、
前記特定層算出ステップで、前記中間層を前記特定層として膜厚または組成を算出し、
前記他層算出ステップで、前記2層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記上層の膜厚または組成を算出する上層算出ステップと、
前記3層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記下層の膜厚または組成を算出する下層算出ステップとを有し、
前記上層算出ステップで、前記特定層算出ステップで得られた前記中間層の膜厚または組成を一定値として前記上層の膜厚または組成の算出を行い、
前記下層算出ステップで、前記特定層算出ステップで得られた前記中間層の膜厚または組成と前記上層算出ステップで得られた前記上層の膜厚または組成とを一定値として前記下層の膜厚または組成の算出を行うことを特徴とする蛍光X線分析方法。
【請求項3】
請求項1に記載の蛍光X線分析方法において、
前記上層の前記第1の元素が、前記中間層及び前記下層の影響を受けずに蛍光X線を前記試料の上方に放射可能であり、
複数の前記標準物質が、基材上に前記第1の元素で形成された前記単層標準物質と、
基材上に前記第2の元素で形成された層とその上に前記第1の元素で形成された層とで構成された2層標準物質と、
基材上に前記第1の元素で形成された層とその上に前記第2の元素で形成された層とその上に前記第1の元素で形成された層とで構成された3層標準物質とであり、
前記標準情報が、前記単層標準物質,前記2層標準物質及び前記3層標準物質の各層の膜厚または組成及び蛍光X線のエネルギーまたは波長情報であり、
前記特定層算出ステップで、前記上層を前記特定層として膜厚または組成を算出し、
前記他層算出ステップで、前記2層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記中間層の膜厚または組成を算出する中間層算出ステップと、
前記3層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記下層の膜厚または組成を算出する下層算出ステップとを有し、
前記中間層算出ステップで、前記特定層算出ステップで得られた前記上層の膜厚または組成を一定値として前記中間層の膜厚または組成の算出を行い、
前記下層算出ステップで、前記特定層算出ステップで得られた前記上層の膜厚または組成と前記中間層算出ステップで得られた前記中間層の膜厚または組成とを一定値として前記下層の膜厚または組成の算出を行うことを特徴とする蛍光X線分析方法。
【請求項4】
下層と前記下層上に積層された中間層と前記中間層上に積層された上層とを備え、前記上層と前記下層とが同じ第1の元素で形成されていると共に前記中間層が前記第1の元素と異なる第2の元素で形成された試料を載置する試料ステージと、
前記試料ステージ上の前記試料にその上方からX線を照射するX線源と、
前記X線が照射された前記試料から放射される蛍光X線を検出し、前記蛍光X線のエネルギーまたは波長情報を含む信号を出力するX線検出器と、
前記信号を分析し前記上層,前記中間層及び前記下層の各膜厚を算出するデータ処理部とを備え、
前記データ処理部が、膜厚または組成が既知の複数の標準物質にX線を照射して放射される蛍光X線のエネルギーまたは波長情報を標準情報として予め取得しておき、前記試料から放射される蛍光X線を検出し前記蛍光X線のエネルギーまたは波長情報を実測情報として得て、標準情報と比較して前記実測情報を分析し前記上層,前記中間層及び前記下層の各膜厚または組成を算出する演算機能を有し、
前記演算機能が、前記上層,前記中間層及び前記下層のうち、他の層の影響を受けずに前記試料の上方に放射される蛍光X線を放射する元素の層を特定層とし、
複数の前記標準物質のうち一つが、前記特定層と同じ元素で形成された単層標準物質であり、
前記単層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記特定層の膜厚または組成を算出し、算出された前記特定層の膜厚または組成に基づいてさらに前記試料の他の層の膜厚を算出することを特徴とする蛍光X線分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層構造の膜厚等を分析可能な蛍光X線分析方法及び蛍光X線分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
X線分析は、試料を非破壊で分析することが可能であるという特性から、小型電子部品などの試料に一次X線(入射X線)を照射して、試料から放射される二次X線(蛍光X線等)を分析して、試料について元素の定量分析や、多層構造の膜厚等を分析する製品検査用途等に用いられている。
【0003】
例えば、試料が下層と中間層と上層との3層で構成され、上層と下層とが同じ元素で形成されていると共に中間層が上層・下層の元素と異なる元素で形成されたサンドイッチ構造に対し、各元素の含有量又は各層の膜厚を蛍光X線分析法で測定する場合、1回の蛍光X線分析法による測定では求めることが困難であり、蛍光X線分析法以外の手法と組み合わせる従来技術が知られている。
例えば、測定試料と同じ試料構造を再現した標準物質を使用して感度曲線を校正し、測定する方法が知られている(特許文献1参照)。
また、1層ずつ積層の各段階で成膜装置から取り出し各元素の含有量又は膜厚を評価し、次の段階の評価時に、前回の結果を検索して適用する方法も知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000-292141号公報
【特許文献2】特開2002-257757号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来の技術には、以下の課題が残されている。
上記特許文献1では、標準試料の付着量の決定にX線反射率法やラザフォード後方散乱法など、他の分析手法を要し、これらの手法を使用できない状況下においては、適用が不可能であった。特に、X線反射率法は広い測定面積と平坦な面を必要とするため、凹凸のある試料や微小部位の測定には適用できないという問題があった。
また、上記特許文献2では、複数の層に同一元素を含む多層薄膜試料の測定などで、積層の各段階で試料を成膜装置から抜き出す必要があるなど、複雑な手順を踏む必要があると共に、予め全て積層された状態の試料に対しては試料を構成する各層の各元素又は各層の膜厚の全てを測定できないという不都合があった。
【0006】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、上層と下層とが同じ元素で形成されていると共に中間層が上層・下層の元素と異なる元素で形成された薄膜の積層構造を有する試料に対して1回のX線照射のみで試料を構成する各層の膜厚または組成を測定することができる蛍光X線分析方法及び蛍光X線分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。すなわち、第1の発明に係る蛍光X線分析方法は、下層と前記下層上に積層された中間層と前記中間層上に積層された上層とを備え、前記上層と前記下層とが同じ第1の元素で形成されていると共に前記中間層が前記第1の元素と異なる第2の元素で形成された試料にその試料表面側からX線を照射する照射ステップと、膜厚または組成が既知の複数の標準物質にX線を照射して放射される蛍光X線のエネルギーまたは波長の情報を標準情報として予め取得しておく標準情報取得ステップと、前記試料から放射される蛍光X線を検出し前記蛍光X線のエネルギーまたは波長の情報を実測情報として得る検出ステップと、前記標準情報と比較して前記実測情報を分析し前記上層,前記中間層及び前記下層の各膜厚を算出する膜厚算出ステップとを有し、前記上層,前記中間層及び前記下層のうち、他の層の影響を受けずに前記試料の上方に放射される蛍光X線を放射する元素の層を特定層とし、複数の前記標準物質のうち一つが、前記特定層と同じ元素で形成された単層標準物質であり、前記膜厚算出ステップが、前記単層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記特定層の膜厚または組成を算出する特定層算出ステップと、算出された前記特定層の膜厚または組成に基づいてさらに前記試料の他の層の膜厚または組成を算出する他層算出ステップとを有していることを特徴とする。
【0008】
この蛍光X線分析方法では、上層,中間層及び下層のうち、他の層の影響(特に吸収)が無視できるくらい小さい(以下、「影響を受けない」と表現)試料の上方に放射される蛍光X線を放射する元素の層を特定層とし、複数の標準物質のうち一つが、特定層と同じ元素で形成された単層であり、膜厚または組成の算出ステップが、単層標準物質の膜厚または組成及び標準情報と実測情報とを比較して特定層の膜厚または組成を算出する特定層算出ステップと、算出された特定層の膜厚または組成に基づいてさらに試料の他の層の膜厚または組成を算出する他層算出ステップとを有しているので、試料の一部の層(特定層)をモデル(単層標準物質)として限定して計算し、その層の膜厚または組成を固定値とすることで、一度のX線照射による蛍光X線分析で試料の各層の膜厚または組成を算出することが可能になる。
【0009】
すなわち、まず上層,中間層及び下層のうち、他の層の影響を受けずに試料の上方に放射される蛍光X線を放射する元素の層を特定層として、この特定層と同じ元素で形成された単層標準物質を、試料の一部のモデルと仮定することで、この標準物質(モデル)の膜厚または組成と蛍光X線(標準情報)との関係を予め求めておく。次に、X線を照射して検出された試料の蛍光X線の実測情報と標準物質の上記関係との比較により、特定層の膜厚または組成を算出する。ここで特定層の上記蛍光X線は他の層の吸収等の影響を受けずに試料上方に放射されるため、その蛍光X線の強度は特定層の膜厚または組成に対応しており、単層標準物質の膜厚または組成と標準情報との関係から検量法やファンダメンタルパラメータ法(以下、FP法という)等により特定層の膜厚または組成を容易に算出することができる。
このように、試料の3層のうち1層の膜厚または組成が最初に算出されることで、この1層(特定層)の膜厚または組成を固定値として他の2層の算出を行う際に適用することで、他の2層の膜厚または組成も算出することが可能になる。
【0010】
第2の発明に係る蛍光X線分析方法は、第1の発明において、前記中間層の前記第2の元素が、前記上層に吸収されずに蛍光X線を前記試料の上方に放射可能であり、複数の前記標準物質が、基材上に前記第2の元素で形成された前記単層標準物質と、基材上に前記第2の元素で形成された層とその上に前記第1の元素で形成された層とで構成された2層標準物質と、基材上に前記第1の元素で形成された層とその上に前記第2の元素で形成された層とその上に前記第1の元素で形成された層とで構成された3層標準物質とであり、前記標準情報が、前記単層標準物質,前記2層標準物質及び前記3層標準物質の各層の膜厚または組成及び蛍光X線のエネルギーまたは波長の情報であり、前記特定層算出ステップで、前記中間層を前記特定層として膜厚または組成を算出し、前記他層算出ステップで、前記2層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記上層の膜厚または組成を算出する上層算出ステップと、前記3層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記下層の膜厚または組成を算出する下層算出ステップとを有し、前記上層算出ステップで、前記特定層算出ステップで得られた前記中間層の膜厚または組成を一定値として前記上層の膜厚または組成の算出を行い、前記下層算出ステップで、前記特定層算出ステップで得られた前記中間層の膜厚または組成と前記上層算出ステップで得られた前記上層の膜厚または組成とを一定値として前記下層の膜厚または組成の算出を行うことを特徴とする。
【0011】
すなわち、この蛍光X線分析方法では、上層算出ステップで、特定層算出ステップで得られた中間層の膜厚または組成を一定値として上層の膜厚または組成の算出を行い、下層算出ステップで、特定層算出ステップで得られた中間層の膜厚または組成と上層算出ステップで得られた上層の膜厚または組成とを一定値として下層の膜厚または組成の算出を行うので、計算処理上、特定層(中間層)の膜厚または組成を固定値(一定値)としてモデルを限定することで、他の層、すなわち上層及び下層の膜厚または組成も2層標準物質及び3層標準物質の情報を元に順次算出可能である。
【0012】
第3の発明に係る蛍光X線分析方法は、第1の発明において、前記上層の前記第1の元素が、前記中間層及び前記下層の影響を受けずに蛍光X線を前記試料の上方に放射可能であり、複数の前記標準物質が、基材上に前記第1の元素で形成された前記単層標準物質と、基材上に前記第2の元素で形成された層とその上に前記第1の元素で形成された層とで構成された2層標準物質と、基材上に前記第1の元素で形成された層とその上に前記第2の元素で形成された層とその上に前記第1の元素で形成された層とで構成された3層標準物質とであり、前記標準情報が、前記単層標準物質,前記2層標準物質及び前記3層標準物質の各層の膜厚または組成及び蛍光X線のエネルギーまたは波長の情報であり、前記特定層算出ステップで、前記上層を前記特定層として膜厚または組成を算出し、前記他層算出ステップで、前記2層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記中間層の膜厚または組成を算出する中間層算出ステップと、前記3層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記下層の膜厚または組成を算出する下層算出ステップとを有し、前記中間層算出ステップで、前記特定層算出ステップで得られた前記上層の膜厚または組成を一定値として前記中間層の膜厚または組成の算出を行い、前記下層算出ステップで、前記特定層算出ステップで得られた前記上層の膜厚または組成と前記中間層算出ステップで得られた前記中間層の膜厚または組成とを一定値として前記下層の膜厚または組成の算出を行うことを特徴とする。
【0013】
すなわち、この蛍光X線分析方法では、中間層算出ステップで、特定層算出ステップで得られた上層の膜厚または組成を一定値として中間層の膜厚または組成の算出を行い、下層算出ステップで、特定層算出ステップで得られた上層の膜厚または組成と中間層算出ステップで得られた中間層の膜厚または組成とを一定値として下層の膜厚または組成の算出を行うので、計算処理上、特定層(上層)の膜厚または組成を固定値(一定値)としてモデルを限定することで、他の層、すなわち中間層及び下層の膜厚または組成も2層標準物質及び3層標準物質の情報を元に順次算出可能である。
【0014】
第4の発明に係る蛍光X線分析装置は、下層と前記下層上に積層された中間層と前記中間層上に積層された上層とを備え、前記上層と前記下層とが同じ第1の元素で形成されていると共に前記中間層が前記第1の元素と異なる第2の元素で形成された試料を載置する試料ステージと、前記試料ステージ上の前記試料にその上方からX線を照射するX線源と、前記X線が照射された前記試料から放射される蛍光X線を検出し、前記蛍光X線のエネルギーまたは波長の情報を含む信号を出力するX線検出器と、前記信号を分析し前記上層,前記中間層及び前記下層の各膜厚または組成を算出するデータ処理部とを備え、前記データ処理部が、膜厚または組成が既知の複数の標準物質にX線を照射して放射される蛍光X線のエネルギーまたは波長情報を標準情報として予め取得しておき、前記試料から放射される蛍光X線を検出し前記蛍光X線のエネルギーまたは波長の情報を実測情報として得て、標準情報と比較して前記実測情報を分析し前記上層,前記中間層及び前記下層の各膜厚または組成を算出する演算機能を有し、前記演算機能が、前記上層,前記中間層及び前記下層のうち、他の層の影響を受けずに前記試料の上方に放射される蛍光X線を放射する元素の層を特定層とし、複数の前記標準物質のうち一つが、前記特定層と同じ元素で形成された単層標準物質であり、前記単層標準物質の膜厚または組成及び前記標準情報と前記実測情報とを比較して前記特定層の膜厚または組成を算出し、算出された前記特定層の膜厚または組成に基づいてさらに前記試料の他の層の膜厚または組成を算出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、以下の効果を奏する。
すなわち、本発明に係る蛍光X線分析方法及び蛍光X線分析装置によれば、上層,中間層及び下層のうち、他の層の影響(特に吸収)を受けずに試料の上方に放射される蛍光X線を放射する元素の層を特定層とし、複数の標準物質のうち一つが、特定層と同じ元素で形成された単層であり、単層標準物質の膜厚または組成及び標準情報と実測情報とを比較して特定層の膜厚または組成を算出し、算出された特定層の膜厚または組成に基づいてさらに試料の他の層の膜厚または組成を算出するので、一度のX線照射による蛍光X線分析で試料の各層の膜厚または組成を算出することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明に係る蛍光X線分析方法及び蛍光X線分析装置の第1実施形態において、蛍光X線分析装置を示す構成図である。
【
図2】第1実施形態において、試料を示す断面図(a)、及び試料の蛍光X線強度を示す概念的なスペクトル(b)である。
【
図3】第1実施形態において、単層標準物質を示す断面図(a)、2層標準物質を示す断面図(b)、3層標準物質を示す断面図(c)である。
【
図4】第1実施形態において、蛍光X線分析方法を示す全体のフローチャートである。
【
図5】第1実施形態において、膜厚算出ステップを示すフローチャートである。
【
図6】本発明に係る蛍光X線分析方法及び蛍光X線分析装置の第2実施形態において、試料を示す断面図(a)、及び試料の蛍光X線強度を示す概念的なスペクトル(b)である。
【
図7】第2実施形態において、単層標準物質を示す断面図(a)、2層標準物質を示す断面図(b)、3層標準物質を示す断面図(c)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る蛍光X線分析装置の第1実施形態を、
図1から
図5を参照しながら説明する。
【0018】
本実施形態の蛍光X線分析装置1は、
図1及び
図2に示すように、基材B上に形成された下層L1と下層L1上に積層された中間層L2と中間層L2上に積層された上層L3とを備え、上層L3と下層L1とが同じ第1の元素で形成されていると共に中間層L2が第1の元素と異なる第2の元素で形成された試料Sを載置する試料ステージ2と、試料ステージ2上の試料Sにその上方からX線(一次X線)X1を照射するX線源3と、X線X1が照射された試料Sから放射される蛍光X線(二次X線)X2を検出し、蛍光X線X2のエネルギーまたは波長の情報を含む信号を出力するX線検出器4と、この信号を分析し上層L3,中間層L2及び下層L1の各膜厚または組成を算出するデータ処理部5とを備えている。
【0019】
上記データ処理部5は、
図3に示すように、膜厚または組成が既知の複数の標準物質ST1,ST2,ST3にX線を照射して放射される蛍光X線のエネルギーまたは波長の情報を標準情報として予め取得しておき、試料Sから放射される蛍光X線X2を検出し蛍光X線X2のエネルギーまたは波長の情報を実測情報として得て、標準情報と比較して実測情報を分析し上層L3,中間層L2及び下層L1の各膜厚または組成を算出する演算機能を有している。
【0020】
上記演算機能は、上層L3,中間層L2及び下層L1のうち、他の層の影響を受けずに試料Sの上方に放射される蛍光X線X2を放射する元素の層を特定層とし、複数の標準物質ST1,ST2,ST3のうち一つが、特定層と同じ元素で形成された単層標準物質ST1であり、単層標準物質ST1の膜厚または組成及び標準情報と実測情報とを比較して特定層の膜厚または組成を算出し、算出された特定層の膜厚または組成に基づいてさらに試料Sの他の層の膜厚または組成を算出する機能である。
上記データ処理部9は、演算機能を行うために、例えばディスプレイを備えたコンピュータを備えている。
【0021】
上記X線源3は、試料ステージ2より上方に位置し、試料ステージ2上の任意の照射ポイントPに一次X線X1を照射するX線管球である。X線源3は、例えば管球内のフィラメント(陰極)から発生した熱電子がフィラメント(陰極)とターゲット(陽極)との間に印加された電圧により加速され、ターゲット(W(タングステン)、Mo(モリブデン)、Rh(ロジウム)など)に衝突して発生したX線を一次X線X1としてベリリウム箔などの窓から出射するものである。
【0022】
また、本実施形態の蛍光X線分析装置1は、一次X線X1を成形するX線ビーム成型機構10を備えている。このX線ビーム成型機構10は、例えばコリメータやポリキャピラリX線集光素子である。ポリキャピラリX線集光素子は、多数の中空のガラス管を、入射光と出射口でそれぞれ一点を指向するように束ねることで、ガラス管の内壁を全反射モードで伝播するX線を集光する素子である。
【0023】
上記X線検出器4は、試料ステージ2より上方に位置しつつX線源3と離間している。このX線検出器4は、試料Sから放射される蛍光X線X2を検出し、この蛍光X線X2のエネルギーまたは波長情報を含む信号を出力する。X線検出器4は、例えば半導体検出器又は比例計数管などのエネルギー分散型X線検出器である。なお、X線検出器4として、波長分散型X線検出器を用いてもよい。
上記データ処理部5は、X線検出器4に接続されて出力された信号を分析する分析器を有している。分析器は例えば、上記信号から電圧パルスの波高を得てエネルギースペクトルを生成する波高分析器(マルチチャンネルアナライザー)である。
【0024】
上記試料ステージ2は、数値制御可能な1軸又はそれ以上の多軸のリニアステージに載置されたパレットであって、ステージ移動機構6により、一定の搬送方向に連続的に移動可能となっている。
なお、試料ステージ2の表面材料は、試料Sから発生する蛍光X線X2のエネルギーに対して、試料ステージ2の表面から発生する蛍光X線X2のエネルギーと干渉しないものが選ばれる。
【0025】
本実施形態の蛍光X線分析方法では、上記蛍光X線分析装置1を用い、
図4に示すように、試料Sにその上方からX線を照射する照射ステップS1と、膜厚が既知の複数の標準物質ST1,ST2,ST3にX線を照射して放射される蛍光X線のエネルギーまたは波長の情報を標準情報として予め取得しておく標準情報取得ステップS2と、試料Sから放射される蛍光X線X2を検出し蛍光X線X2のエネルギーまたは波長情報を実測情報として得る検出ステップS3と、標準情報と比較して実測情報を分析し上層L3,中間層L2及び下層L1の各膜厚を算出する膜厚算出ステップS4とを有している。
なお、照射ステップS1と標準情報取得ステップS2とは、手順として互いに前後しても構わない。
【0026】
本実施形態の蛍光X線分析方法では、上述したように、上層L3,中間層L2及び下層L1のうち、他の層の影響を受けずに試料Sの上方に放射される蛍光X線X2を放射する元素の層を特定層とし、複数の標準物質ST1,ST2,ST3のうち一つが、特定層と同じ元素で形成された単層標準物質ST1とする。
上記膜厚算出ステップS4は、単層標準物質ST1の膜厚及び標準情報と実測情報とを比較して特定層の膜厚を算出する特定層算出ステップS5と、算出された特定層の膜厚に基づいてさらに試料Sの他の層の膜厚を算出する他層算出ステップS6とを有している。
【0027】
本実施形態では、例えば中間層L2の第2の元素が、上層L3に吸収されずに蛍光X線X2を試料Sの上方に放射可能である。
例えば、本実施形態の試料Sは、下層L1及び上層L3が第1の元素であるNiで形成され、中間層L2が第2の元素であるAgで形成された3層の積層構造を有しているものである。
また、試料Sは、基材B上に成膜されており、基材Bとしては、Cuや真鍮、リン青銅、コルソン銅、ベリリウム銅のような銅合金をはじめとして、鉄や42アロイのような鉄合金、アルミなどが採用可能である。
【0028】
すなわち、この試料SにX線X1を照射して検出される蛍光X線X2は、
図2の(b)に示すように、NiのNiKαと、Agの相対的にエネルギーが小さいAgLαと、相対的にエネルギーが大きいAgKαとが検出される。
なお、
図2の(b)は、横軸がエネルギーであり、縦軸が蛍光X線強度を示すスペクトルを表示したものである。
このうち、下層L1のNiの蛍光X線NiKαは、中間層L2Agで吸収されてしまうのに対し、中間層L2のAgの蛍光X線AgKαは、上層L3のNiによる吸収を無視して上方に放射される。したがって、本実施形態では、モデルをAg単層(単層標準物質ST1)に限定し、中間層L2を上記特定層とすることで、蛍光X線AgKαを用いて中間層L2の膜厚を算出する。
なお、試料Sから検出される複数の蛍光X線X2のうち、算出に使用する蛍光X線は、強度が十分に測定可能な蛍光X線に限定する。
【0029】
また、本実施形態で予め用意された標準物質ST1,ST2,ST3は、
図3の(a)に示すように、基材B上に第2の元素のAg層で形成された単層標準物質ST1と、
図3の(b)に示すように、基材B上に第2の元素のAgで形成されたAg層とその上に第1の元素のNiで形成されたNi層とで構成された2層標準物質ST2と、
図3の(c)に示すように、基材B上に第1の元素のNiで形成されたNi層とその上に第2の元素のAgで形成されたAg層とその上に第1の元素のNiで形成されたNi層とで構成された3層標準物質ST3とになる。
【0030】
上記標準情報は、上述したようにAg層の単層標準物質ST1,Ag層及びNi層の2層標準物質ST2及びNi層,Ag層及びNi層の3層標準物質ST3の各層の膜厚及び蛍光X線X2のエネルギーまたは波長の情報である。
本実施形態の特定層算出ステップS5では、Agの中間層L2を特定層として膜厚を算出する。
上記他層算出ステップS6では、Ag層及びNi層の2層標準物質ST2の膜厚及び標準情報と実測情報とを比較してNiの上層L3の膜厚を算出する上層算出ステップST7と、3層標準物質ST3の膜厚及び標準情報と実測情報とを比較して下層L1の膜厚を算出する下層算出ステップST8とを有している。
【0031】
上記上層算出ステップST7では、特定層算出ステップS5で得られたAgの中間層L2の膜厚を一定値(固定値)としてNiの上層L3の膜厚の算出を行う。
また、上記下層算出ステップST8では、特定層算出ステップS5で得られたAgの中間層L2の膜厚と上層算出ステップST7で得られたNiの上層L3の膜厚とを一定値(固定値)としてNiの下層L1の膜厚の算出を行う。
【0032】
すなわち、まず上層L3,中間層L2及び下層L1のうち、他の層の影響を受けずに試料Sの上方に放射される蛍光X線X2を放射する元素の層を特定層として、この特定層と同じ元素で形成された単層標準物質ST1を、試料Sの一部のモデルと仮定することで、この標準物質ST1,ST2,ST3(モデル)の膜厚と蛍光X線X2(標準情報)との関係を予め求めておく。
【0033】
次に、X線X1を照射して検出された試料Sの蛍光X線X2の実測情報と標準物質の上記関係との比較により、特定層の膜厚を算出する。ここで特定層の上記蛍光X線X2は他の層の吸収等の影響を受けずに試料S上方に放射されるため、その蛍光X線X2の強度は特定層の膜厚に対応しており、単層標準物質ST1の膜厚と標準情報との関係から検量法やFP法等により特定層の膜厚を容易に算出することができる。
このように、試料Sの3層のうち1層の膜厚が最初に算出されることで、この1層(特定層)の膜厚を固定値として他の2層の算出を行う際に適用することで、他の2層の膜厚も算出することが可能になる。
【0034】
上記膜厚算出ステップS4について、より具体的に以下に説明する。
まず、上記標準情報として、単層標準物質ST1のAgKα,2層標準物質ST2のAgLα及び3層標準物質ST3のNiKαの強度を実測して実測蛍光X線強度とする。また、各標準物質ST1,ST2,ST3の各層の膜厚と膜厚に基づいて計算された理論上の蛍光X線強度(以下、理論蛍光X線強度という)と実測蛍光X線の強度との関係を求める。この関係に基づいて実測蛍光X線強度に対する理論蛍光X線強度の補正係数を算出し、これらを標準情報としてデータ処理部5に記憶しておく。
なお、ここで単層標準物質ST1に関しては、膜厚と実測蛍光X線強度との関係から検量線を作成してもよい。
【0035】
上記特定層算出ステップS5では、特定層が単層標準物質ST1、すなわちモデルが基材B上のAg層であると仮定し、蛍光X線AgKαを用いてAgの中間層L2の膜厚を算出する。
このとき、単層標準物質ST1のAg層の膜厚から理論蛍光X線強度を算出し、この理論蛍光X線強度と実測蛍光X線強度との比較を行うことでモデルを修正するFP法を使用する場合は、以下の手順で行う。
【0036】
a.まず、中間層L2に相当する基材B上のAg層の膜厚を適当な値に仮定する。
なお、上記適当な値は、成膜時に想定している目標の膜厚等である。
b.次に、仮定した膜厚値を用いてAgKαの理論蛍光X線強度を算出する。
c.次に、実測したAgKαの実測蛍光X線強度と理論蛍光X線強度とを比較する。この際、上記で算出した補正係数を使用する。
d.さらに、AgKαの実測蛍光X線強度と理論蛍光X線強度との差が小さくなるように中間層L2(Ag)の膜厚(仮定する膜厚値)を修正して、bの手順に戻ることを繰り返し、両者の差が所定の範囲内になったところで、その膜厚を試料Sの中間層L2(Ag)の膜厚とする。
なお、上記膜厚の計算範囲は、成膜ばらつき等を考慮して想定される膜厚範囲内に限定することで、モデル計算が発散して収束しなくなることを防止できる。
【0037】
なお、標準物質ST1,ST2,ST3の膜厚と実測蛍光X線強度との関係から検量線を作成する方法を使用する場合は、以下の手順で行う。
a.試料SのAgKαの強度を検量線に当てはめる。
b.対応する膜厚を試料Sの中間層L2(Ag)の膜厚とする。
【0038】
次に、上記上層算出ステップST7では、モデルとして2層標準物質ST2の標準情報を用いて試料Sを基材B上に形成されたAg層上のNi層と仮定し、蛍光X線AgLαを用いて上層L3のNiの膜厚を算出する。
このとき、上記で算出した中間層L2(Ag)の膜厚を試料Sのモデルに与え、一定値(固定値)とする。
この算出にはFP法を以下の手順によって使用する。
【0039】
a.2層標準物質ST2のAg層上のNi層についてAg層の膜厚を、上記で算出し求めた中間層L2の膜厚値に固定する。
b.上層L3のNiの膜厚を適当な値に仮定する。
なお、上記適当な値は、成膜時に想定している目標の膜厚等である。
c.上記仮定した膜厚値を用いてAgLαの理論蛍光X線強度を算出する。
d.AgLαの上記理論蛍光X線強度と実測蛍光X線強度とを比較する。この際、上記で算出した補正係数を使用する。
e.さらに、AgLαの実測蛍光X線強度と理論蛍光X線強度との差が小さくなるように上層L3(Ni)の膜厚(仮定する膜厚値)を修正して、cの手順に戻ることを繰り返し、両者の差が所定の範囲内になったところで、その膜厚を試料Sの上層L3(Ni)の膜厚とする。
【0040】
さらに、上記下層算出ステップST8では、モデルとして3層標準物質ST3の標準情報を用いて試料Sを基材B上にNi層,Ag層,Ni層の順に積層したものと仮定し、蛍光X線NiKαを用いて下層L1のNiの膜厚を算出する。
このとき、上記で算出した中間層L2(Ag)と上層L3(Ni)との膜厚を試料Sのモデルに与え、固定値とする。
この算出にはFP法を以下の手順によって使用する。
【0041】
a.3層標準物質ST3のNi層上に形成されたAg層上のNi層についてAg層の膜厚を、上記で算出し求めた中間層L2の膜厚値に固定する。
b.下層L1のNiの膜厚を適当な値に仮定する。
なお、上記適当な値は、成膜時に想定している目標の膜厚等である。
c.上記仮定した膜厚値を用いてNiKαの理論蛍光X線強度を算出する。
d.NiKαの上記理論蛍光X線強度と実測蛍光X線強度とを比較する。この際、上記で算出した補正係数を使用する。
e.さらに、NiKαの実測蛍光X線強度と理論蛍光X線強度との差が小さくなるように下層L1(Ni)の膜厚(仮定する膜厚値)を修正して、cの手順に戻ることを繰り返し、両者の差が所定の範囲内になったところで、その膜厚を試料Sの下層L1(Ni)の膜厚とする。
【0042】
このように本実施形態の蛍光X線分析方法では、上層L3,中間層L2及び下層L1のうち、他の層の影響(特に吸収)を受けずに試料Sの上方に放射される蛍光X線X2を放射する元素の層を特定層とし、複数の標準物質ST1,ST2,ST3のうち一つが、特定層と同じ元素で形成された単層であり、膜厚算出ステップが、単層標準物質ST1の膜厚及び標準情報と実測情報とを比較して特定層の膜厚を算出する特定層算出ステップと、算出された特定層の膜厚に基づいてさらに試料Sの他の層の膜厚を算出する他層算出ステップとを有しているので、試料Sの一部の層(特定層)をモデル(単層標準物質ST1)として限定して計算し、その層の膜厚を固定値とすることで、一度のX線照射による蛍光X線分析で試料Sの各層の膜厚を算出することが可能になる。
【0043】
また、上層算出ステップで、特定層算出ステップで得られた中間層L2の膜厚を一定値として上層L3の膜厚の算出を行い、下層算出ステップで、特定層算出ステップで得られた中間層L2の膜厚と上層算出ステップで得られた上層L3の膜厚とを一定値として下層L1の膜厚の算出を行うので、計算処理上、特定層(中間層L2)の膜厚を固定値(一定値)としてモデルを限定することで、他の層、すなわち上層L3及び下層L1の膜厚も2層標準物質ST2及び3層標準物質ST3の情報を元に順次算出可能である。
【0044】
次に、本発明に係る蛍光X線分析方法及び蛍光X線分析装置の第2実施形態について、
図6及び
図7を参照して以下に説明する。なお、以下の実施形態の説明において、上記実施形態において説明した同一の構成要素には同一の符号を付し、その説明は省略する。
【0045】
第2実施形態と第1実施形態との異なる点は、第1実施形態では、中間層L2を特定層としたのに対し、第2実施形態の蛍光X線分析方法及び蛍光X線分析装置では、
図6及び
図7に示すように、上層L3を特定層とした点である。
すなわち、第2実施形態の試料Sは、例えば下層L1及び上層L3が第1の元素であるAgで形成され、中間層L2が第2の元素であるPbで形成された3層の積層構造を有しているものである。この場合、Agの上層L3の蛍光X線AgLαが他の層の影響を受けずに上方に放射されることから、第2実施形態では、上層L3(Ag)を特定層として各層の膜厚を計算する。
【0046】
なお、下層L1のAgの蛍光X線AgKαはエネルギーが大きく、中間層L2のPbを透過して上層L3のAgの蛍光X線AgKαと共に試料Sの上方に放射されてしまうため、上層L3のAgの影響を受ける。また、下層L1のAgの蛍光X線AgLαはエネルギーが小さく、中間層L2の原子番号が大きいPbに吸収、減衰されてしまう。このため、第2実施形態では、下層L1の影響を受けないAgの上層L3の蛍光X線AgLαを用いて、特定層を上層L3として膜厚を最初に算出する。
したがって、第2実施形態では、特定層算出ステップS5で上層L3を特定層として膜厚を算出し、その後、他層算出ステップS6において中間層算出ステップで中間層L2の膜厚を算出し、さらに下層算出ステップで下層L1の膜厚を算出する。
【0047】
また、第2実施形態で予め用意された標準物質ST1,ST2,ST3は、
図6の(a)に示すように、基材B上に第1の元素のAg層で形成された単層標準物質ST1と、
図6の(b)に示すように、基材B上に第1の元素のPbで形成されたPb層とその上に第2の元素のAgで形成されたAg層とで構成された2層標準物質ST2と、
図6の(c)に示すように、基材B上に第1の元素のAgで形成されたAg層とその上に第2の元素のPbで形成されたPb層とその上に第1の元素のAgで形成されたAg層とで構成された3層標準物質ST3とになる。
【0048】
第2実施形態の膜厚算出ステップS4について、より具体的に以下に説明する。
まず、上記標準情報として、単層標準物質ST1のAgLα,2層標準物質ST2のPbLα及び3層標準物質ST3のAgKαの強度を実測して実測蛍光X線強度とする。また、各標準物質ST1,ST2,ST3の各層の膜厚を測定し、これら膜厚と膜厚に基づいて計算された理論上の蛍光X線強度(以下、理論蛍光X線強度という)と実測蛍光X線の強度との関係を求める。この関係に基づいて実測蛍光X線強度に対する理論蛍光X線強度の補正係数を算出し、これらを標準情報としてデータ処理部5に記憶しておく。
なお、ここで単層標準物質ST1に関しては、膜厚と実測蛍光X線強度との関係から検量線を作成してもよい。
【0049】
上記特定層算出ステップS5では、特定層が単層標準物質ST1、すなわちモデルが基材B上のAg層であると仮定し、蛍光X線AgLαを用いてAgの上層L3の膜厚を算出する。
このとき、単層標準物質ST1のAg層の膜厚から理論蛍光X線強度を算出し、この理論蛍光X線強度と実測蛍光X線強度との比較を行うことでモデルを修正するFP法を使用する場合は、以下の手順で行う。
【0050】
a.まず、上層L3に相当する基材B上のAg層の膜厚を適当な値に仮定する。
なお、上記適当な値は、成膜時に想定している目標の膜厚等である。
b.次に、仮定した膜厚値を用いてAgKαの理論蛍光X線強度を算出する。
c.次に、実測したAgLαの実測蛍光X線強度と理論蛍光X線強度とを比較する。この際、上記で算出した補正係数を使用する。
d.さらに、AgLαの実測蛍光X線強度と理論蛍光X線強度との差が小さくなるように上層L3(Ag)の膜厚(仮定する膜厚値)を修正して、bの手順に戻ることを繰り返し、両者の差が所定の範囲内になったところで、その膜厚を試料Sの上層L3(Ag)の膜厚とする。
【0051】
なお、標準物質ST1,ST2,ST3の膜厚と実測蛍光X線強度との関係から検量線を作成する方法を使用する場合は、以下の手順で行う。
a.試料SのAgLαの強度を検量線に当てはめる。
b.対応する膜厚を試料Sの上層L3(Ag)の膜厚とする。
【0052】
次に、中間層算出ステップでは、モデルとして2層標準物質ST2の標準情報を用いて試料Sを基材B上に形成されたPb層上のAg層と仮定し、蛍光X線PbLαを用いて中間層L2のPbの膜厚を算出する。
このとき、上記で算出した上層L3(Ag)の膜厚を試料Sのモデルに与え、固定値とする。
この算出にはFP法を以下の手順によって使用する。
【0053】
a.2層標準物質ST2のPb層上のAg層についてAg層の膜厚を、上記で算出し求めた上層L3の膜厚値に固定する。
b.中間層L2のPbの膜厚を適当な値に仮定する。
なお、上記適当な値は、成膜時に想定している目標の膜厚等である。
c.上記仮定した膜厚値を用いてPbLαの理論蛍光X線強度を算出する。
d.PbLαの上記理論蛍光X線強度と実測蛍光X線強度とを比較する。この際、上記で算出した補正係数を使用する。
e.さらに、PbLαの実測蛍光X線強度と理論蛍光X線強度との差が小さくなるように中間層L2(Pb)の膜厚(仮定する膜厚値)を修正して、cの手順に戻ることを繰り返し、両者の差が所定の範囲内になったところで、その膜厚を試料Sの中間層L2(Pb)の膜厚とする。
【0054】
さらに、上記下層算出ステップST8では、モデルとして3層標準物質ST3の標準情報を用いて試料Sを基材B上にAg層,Pb層,Ag層の順に積層したものと仮定し、蛍光X線AgKαを用いて下層L1のAgの膜厚を算出する。
このとき、上記で算出した上層L3(Ag)と中間層L2(Pb)との膜厚を試料Sのモデルに与え、固定値とする。
この算出にはFP法を以下の手順によって使用する。
【0055】
a.3層標準物質ST3のAg層上に形成されたPb層上のAg層について、このAg層の膜厚を、上記で算出し求めた上層L3の膜厚値に固定する。
b.中間層L2のPbの膜厚を適当な値に仮定する。
なお、上記適当な値は、成膜時に想定している目標の膜厚等である。
c.上記仮定した膜厚値を用いてAgKαの理論蛍光X線強度を算出する。
d.AgKαの上記理論蛍光X線強度と実測蛍光X線強度とを比較する。この際、上記で算出した補正係数を使用する。
e.さらに、AgKαの実測蛍光X線強度と理論蛍光X線強度との差が小さくなるように下層L1(Ag)の膜厚(仮定する膜厚値)を修正して、cの手順に戻ることを繰り返し、両者の差が所定の範囲内になったところで、その膜厚を試料Sの下層L1(Ag)の膜厚とする。
【0056】
このように第2実施形態の蛍光X線分析方法では、中間層算出ステップで、特定層算出ステップS5で得られた上層L3の膜厚を一定値として中間層L2の膜厚の算出を行い、下層算出ステップST8で、特定層算出ステップS5で得られた上層L3の膜厚と中間層算出ステップで得られた中間層L2の膜厚とを一定値として下層L1の膜厚の算出を行うので、計算処理上、特定層(上層L3)の膜厚を固定値(一定値)としてモデルを限定することで、他の層、すなわち中間層L2及び下層L1の膜厚も2層標準物質ST2及び3層標準物質ST3の情報を元に順次算出可能である。
【0057】
なお、本発明の技術範囲は上記各実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、上記各実施形態では、蛍光X線のエネルギー(強度)に基づいて各層の膜厚を算出したが、同様にして、蛍光X線の波長に基づいて各層の組成(元素濃度)を算出しても構わない。
【符号の説明】
【0058】
1…蛍光X線分析装置、2…試料ステージ、3…X線源、4…X線検出器、5…データ処理部、6…ステージ移動機構、L1…下層、L2…中間層、L3…上層、S…試料、ST1,ST2,ST3…標準物質、ST1…単層標準物質、ST2…2層標準物質、ST3…3層標準物質、X1…照射X線、X2…蛍光X線