(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024172165
(43)【公開日】2024-12-12
(54)【発明の名称】繊維構造体、複合材料、三次元細胞集合体、培養肉、繊維構造体を生産する方法、及び、複合材料を生産する方法
(51)【国際特許分類】
D04H 1/4266 20120101AFI20241205BHJP
C08L 101/00 20060101ALI20241205BHJP
D01F 4/02 20060101ALI20241205BHJP
D04H 1/728 20120101ALI20241205BHJP
D04H 1/724 20120101ALI20241205BHJP
C08J 3/075 20060101ALI20241205BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20241205BHJP
A23L 13/00 20160101ALI20241205BHJP
A23J 3/00 20060101ALI20241205BHJP
C12N 5/071 20100101ALN20241205BHJP
【FI】
D04H1/4266
C08L101/00
D01F4/02
D04H1/728
D04H1/724
C08J3/075 CER
C08J3/075 CEZ
C12N1/00 F
A23L13/00 Z
A23J3/00 503
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023089709
(22)【出願日】2023-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000877
【氏名又は名称】弁理士法人RYUKA国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中澤 靖元
(72)【発明者】
【氏名】秋岡 翔太
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 美優
【テーマコード(参考)】
4B042
4B065
4F070
4J002
4L035
4L047
【Fターム(参考)】
4B042AC09
4B042AE05
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4J002AA00W
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4L035AA04
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4L035EE20
4L035FF05
4L047AA10
4L047AB07
(57)【要約】
【解決手段】 フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維層を備える繊維構造体が提供される。1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、5μm未満である。エタノール中における繊維層の体積と、乾燥状態における繊維層の質量とに基づいて導出される繊維層の見かけ密度は、10mg/cm
3未満である。1以上の繊維のそれぞれは、例えば、実質的にシルクフィブロインからなる。エタノール中における繊維層の厚さは、例えば、100μm以上である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維層を備え、
前記1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、5μm未満であり、
エタノール中における前記繊維層の体積と、乾燥状態における前記繊維層の質量とに基づいて導出される前記繊維層の見かけ密度は、10mg/cm3未満である、
繊維構造体。
【請求項2】
前記1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、1.0μm以上2.5μm以下であり、
前記繊維層の見かけ密度は、7mg/cm3未満である、
請求項1に記載の繊維構造体。
【請求項3】
前記1以上の繊維のそれぞれは、実質的にシルクフィブロインからなる、
請求項1に記載の繊維構造体。
【請求項4】
エタノール中における前記繊維層の厚さは、100μm以上であり、
請求項1に記載の繊維構造体。
【請求項5】
前記繊維層は、フィブロインを含む紡糸原液を、前記紡糸原液を凝固させるための凝固用流体に射出して得られる糸条を含み、
前記凝固用の流体の温度は、前記流体の凝固点である第1温度よりも大きく、第2温度よりも小さな値に設定され、
前記第2温度と、前記凝固点との差の絶対値は、1℃以上55℃以下である、
請求項1に記載の繊維構造体。
【請求項6】
請求項1に記載の繊維構造体と、
高分子化合物を分散質として含む高分子ゲルと、
を備え、
前記繊維構造体の少なくとも一部は、前記高分子ゲルの内部に配される、
複合材料。
【請求項7】
フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維層と、
高分子化合物を分散質として含む高分子ゲルと、
を備え、
前記繊維層の少なくとも一部は、前記高分子ゲルの内部に配される、
複合材料。
【請求項8】
前記1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、5μm未満であり、
前記高分子ゲルの内部における前記繊維層の厚さは、100μm以上である、
請求項7に記載の複合材料。
【請求項9】
前記高分子ゲルの分散媒は、水を含み、
前記高分子化合物は、セリシン、フィブロイン、ゼラチン、マンナン、グルコマンナン、コラーゲン、アガロース、ヒアルロン酸、アルギネート、フィブリン、フィブロネクチン、カードラン、パラミロン、カゼイン、寒天、ガム、ポリエチレングリコール、及び、ポリビニルアルコールからなる群から選択される少なくとも1つを含む、
請求項7に記載の複合材料。
【請求項10】
前記高分子ゲルの分散媒は、実質的に水であり、
前記高分子化合物は、セリシンである、
請求項6又は請求項7に記載の複合材料。
【請求項11】
前記フィブロインは、シルクフィブロインであり、
前記高分子ゲルの分散媒は、実質的に水であり、
前記高分子化合物は、熱水抽出法により得られたシルクセリシンである、
請求項6又は請求項7に記載の複合材料。
【請求項12】
請求項6又は請求項7に記載の複合材料を備える、
細胞培養用の足場材料。
【請求項13】
フィブロインと、
三次元構造を有する細胞と、
を含む、三次元細胞集合体。
【請求項14】
請求項13に記載の三次元細胞集合体を含み、
前記細胞は、筋芽細胞である、
培養肉。
【請求項15】
繊維構造体を生産する方法であって、
前記繊維構造体は、フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維層を備え、
前記1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、5μm未満であり、
前記方法は、
フィブロインを含む紡糸原液を準備する段階と、
前記紡糸原液を凝固させるための凝固用流体を準備する段階と、
前記紡糸原液を前記凝固用流体に射出して、前記凝固用流体の内部で前記モノフィラメントを堆積させることで、前記繊維層を作製する段階と、
を有する、
繊維構造体を生産する方法。
【請求項16】
前記凝固用流体を準備する段階は、前記凝固用流体を冷却する段階を含み、
前記凝固用流体を冷却する段階は、前記凝固用流体の温度を、前記凝固用流体の凝固点である第1温度よりも大きく、前記凝固点よりも大きな第2温度よりも小さな値に設定する段階を含み、
前記繊維層を作製する段階は、前記紡糸原液を前記冷却された前記凝固用流体に射出して、前記繊維層を作製する段階を含み、
前記第2温度と、前記凝固点との差の絶対値は、1℃以上55 ℃以下である、
請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記凝固用流体は、1種以上のアルコールを含み、
前記凝固用流体の質量に対する、前記1種以上のアルコールの質量の合計の割合は、70質量%以上である、
請求項15に記載の方法。
【請求項18】
繊維構造体を準備する段階と、
溶媒と、高分子化合物とを混合して、前記高分子化合物の溶液を作製する段階と、
前記溶液がゲル化する前に前記溶液及び前記繊維構造体を混合して、前記繊維構造体の少なくとも一部が、前記高分子化合物を分散質として含む高分子ゲルの内部に配された複合材料を作製する段階と、
を有し、
前記繊維構造体は、
フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維層を備え、
前記1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、5μm未満であり、
前記繊維層の厚さは、100μm以上であり、
前記高分子化合物は、セリシン、フィブロイン、ゼラチン、マンナン、グルコマンナン、コラーゲン、アガロース、ヒアルロン酸、アルギネート、フィブリン、フィブロネクチン、カードラン、パラミロン、カゼイン、寒天、ガム、ポリエチレングリコール、及び、ポリビニルアルコールからなる群から選択される少なくとも1つを含む、
複合材料を生産する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維構造体、複合材料、三次元細胞集合体、培養肉、繊維構造体を生産する方法、及び、複合材料を生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1~2には、糸条をエタノール中で堆積させる技術が開示されている。非特許文献1には、低温の乾式静電紡績法により繊維層を作製する技術が開示されている。非特許文献2には、培養肉の作製への応用が見込まれる足場材料が開示されている。非特許文献3~6には、シルクセリシンの各種の性質が開示されている。
(先行技術文献)
(特許文献)
(特許文献1) 米国特許第8853298号明細書
(特許文献2) 国際公開第2019/163696号明細書
(非特許文献)
(非特許文献1)Marc Simonet et.al.,"Ultraporous 3D polymer meshes by low-temperature electrospinning: Use of ice crystals as a removable void template",Polymer and Engineering and Science,2007,Vol.47,No.12,p.2020-2026
(非特許文献2)Mark J. Post et.al.,"Scientific, sustainability and regulatory challenges of cultured meat",Nature Food,2020,Vol.1,No.7,p.403-415
(非特許文献3)蘇王ら、「ポリビニルアルコール/セリシン系ブレンド含水ゲル膜の構造と物性」、日本蚕糸学雑誌、1998、67、p.295-302
(非特許文献4)Sasaki, M. et.al.,"Development of a novel serum-free freezing medium for mammalian cells using the silk protein sericin",Biotechnology and Applied Biochemistry,2005,Vol.42,No.2,p.183-188
(非特許文献5)Song, Y. et al."Silk sericin patches delivering miRNA-29-enriched extracellular vesicles-decorated myoblasts (SPEED) enhances regeneration and functional repair after severe skeletal muscle injury",2022,Biomaterials,Vol.287,121630
(非特許文献6)Ghosh, S. et al."Sericin, a dietary additive: Mini review",Journal of Medicine, Radiology, Pathology and Surgery,2017,4,p.13-17
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0003】
本発明の第1の態様においては、繊維構造体が提供される。上記の繊維構造体は、例えば、フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維層を備える。上記の繊維構造体において、1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、例えば、5μm未満である。上記の繊維構造体において、エタノール中における繊維層の体積と、乾燥状態における繊維層の質量とに基づいて導出される繊維層の見かけ密度は、10mg/cm3未満である。
【0004】
上記の何れかの繊維構造体において、1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、1.0μm以上2.5μm以下であってよい。上記の何れかの繊維構造体において、繊維層の見かけ密度は、7mg/cm3未満であってよい。上記の何れかの繊維構造体において、1以上の繊維のそれぞれは、実質的にシルクフィブロインからなる繊維であってよい。上記の何れかの繊維構造体において、エタノール中における繊維層の厚さは、100μm以上であってよい。
【0005】
上記の何れかの繊維構造体において、繊維層は、フィブロインを含む紡糸原液を、紡糸原液を凝固させるための凝固用流体に射出して得られる糸条を含んでよい。凝固用の流体の温度は、流体の凝固点である第1温度よりも大きく、第2温度よりも小さな値に設定されてよい。第2温度と、凝固点との差の絶対値は、1℃以上55℃以下であってよい。
【0006】
本発明の第2の態様においては、複合材料が提供される。上記の複合材料は、例えば、上記の第1の態様に係る何れかの繊維構造体を備える。上記の複合材料は、例えば、高分子化合物を分散質として含む高分子ゲルを備える。上記の複合材料において、繊維構造体の少なくとも一部は、例えば、高分子ゲルの内部に配される。
【0007】
本発明の第3の態様においては、複合材料が提供される。上記の複合材料は、例えば、フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維層を備える。上記の複合材料は、例えば、高分子化合物を分散質として含む高分子ゲルを備える。上記の複合材料において、繊維層の少なくとも一部は、高分子ゲルの内部に配される。
【0008】
上記の第2の態様又は第3の態様に係る何れかの複合材料において、1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、5μm未満であってよい。上記の何れかの複合材料において、高分子ゲルの内部における繊維層の厚さは、100μm以上であってよい。
【0009】
上記の第2の態様又は第3の態様に係る何れかの複合材料において、高分子ゲルの分散媒は、水を含んでよい。上記の何れかの複合材料において、高分子化合物は、セリシン、フィブロイン、ゼラチン、マンナン、グルコマンナン、コラーゲン、アガロース、ヒアルロン酸、アルギネート、フィブリン、フィブロネクチン、カードラン、パラミロン、カゼイン、寒天、ガム、ポリエチレングリコール(PEG)、及び、ポリビニルアルコール(PVA)からなる群から選択される少なくとも1つを含んでよい。
【0010】
上記の第2の態様又は第3の態様に係る何れかの複合材料において、高分子ゲルの分散媒は、実質的に水であってよい。上記の何れかの複合材料において、高分子化合物は、セリシンであってよい。上記の何れかの複合材料において、フィブロインは、シルクフィブロインであってよい。上記の何れかの複合材料において、高分子ゲルの分散媒は、実質的に水であってよい。上記の何れかの複合材料において、高分子化合物は、熱水抽出法により得られたシルクセリシンであってよい。
【0011】
本発明の第4の態様においては、足場材料が提供される。上記の足場材料は、例えば、細胞培養用の足場材料である。上記の足場材料は、例えば、上記の第2の態様又は第3の態様に係る何れかの複合材料を備える。
【0012】
本発明の第5の態様においては、三次元細胞集合体が提供される。上記の三次元細胞集合体は、例えば、フィブロインを含む。上記の三次元細胞集合体は、例えば、三次元構造を有する細胞を含む。
【0013】
上記の三次元細胞集合体は、例えば、フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維層と、高分子化合物を分散質として含む高分子ゲルとを備える複合材料を足場材料として用いて、細胞を培養することにより作製される。上記の三次元細胞集合体は、例えば、上記の第4の態様に係る足場材料を用いて細胞を培養することにより作製される。上記の三次元細胞集合体は、上記の足場材料の一部を含んでよい。上記の三次元細胞集合体は、上記の足場材料の分解生成物を含んでよい。
【0014】
上記の三次元細胞集合体は、例えば、(i)グリシン、アラニン、グリシン、アラニン及びセリンがこの順にペプチド結合してなるペプチド、並びに/又は、(ii)当該ペプチドを繰り返し単位として含むポリペプチドを有する。上記の三次元細胞集合体は、例えば、(i)グリシン及びアラニンがペプチド結合してなるペプチド、(ii)グリシン及びバリンがペプチド結合してなるペプチド、(iii)グリシン及びチロシンがペプチド結合してなるペプチド、(iv)上記の(i)及び/又は(ii)のペプチドと、上記の(iii)のペプチドとを含むポリペプチド、並びに、(v)上記の(iv)のポリペプチドを繰り返し単位として含むポリペプチドからなる群から選択される少なくとも1つを有する。
【0015】
上記の三次元集合体に含まれるフィブロインは、上記の第1の態様に係る何れかの繊維構造体であってよい。上記の三次元細胞集合体は、例えば、フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維構造体を含み、その1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維系は5μm未満である。上記の三次元細胞集合体に含まれる1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、1.0μm以上2.5μm以下であってよい。上記の三次元細胞集合体は、例えば、フィブロインを含む繊維の隙間に細胞が入り込んだ構造を有する。上記の三次元細胞集合体は、例えば、三次元構造を有する細胞の内部に、繊維状のフィブロインが分散した構造を有する。
【0016】
本発明の第6の態様においては、培養肉が提供される。上記の培養肉は、例えば、上記の第5の態様に係る何れかの三次元細胞集合体を含む。上記の培養肉において、細胞は、例えば、筋芽細胞である。
【0017】
本発明の第7の態様においては、繊維構造体を生産する方法が提供される。上記の方法において、繊維構造体は、例えば、フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維層を備える。上記の方法において、1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、5μm未満である。
【0018】
上記の方法は、例えば、フィブロインを含む紡糸原液を準備する段階を有する。上記の方法は、例えば、紡糸原液を凝固させるための凝固用流体を準備する段階を有する。上記の方法は、例えば、紡糸原液を凝固用流体に射出して、凝固用流体の内部でモノフィラメントを堆積させることで、繊維層を作製する段階を有する。
【0019】
上記の何れかの方法において、凝固用流体を準備する段階は、凝固用流体を冷却する段階を含んでよい。上記の何れかの方法において、凝固用流体を冷却する段階は、凝固用流体の温度を、凝固用流体の凝固点である第1温度よりも大きく、凝固点よりも大きな第2温度よりも小さな値に設定する段階を含んでよい。上記の何れかの方法において、繊維層を作製する段階は、紡糸原液を冷却された凝固用流体に射出して、繊維層を作製する段階を含んでよい。上記の何れかの方法において、第2温度と、凝固点との差の絶対値は、1℃以上55℃以下であってよい。
【0020】
上記の何れかの方法において、凝固用流体は、1種以上のアルコールを含んでよい。上記の何れかの方法において、凝固用流体の質量に対する、1種以上のアルコールの質量の合計の割合は、70質量%以上であってよい。
【0021】
本発明の第8の態様においては、複合材料を生産する方法が提供される。上記の方法は、例えば、繊維構造体を準備する段階を有する。上記の方法は、例えば、溶媒と、高分子化合物とを混合して、高分子化合物の溶液を作製する段階を有する。上記の方法は、例えば、溶液がゲル化する前に溶液及び繊維構造体を混合して、繊維構造体の少なくとも一部が、高分子化合物を分散質として含む高分子ゲルの内部に配された複合材料を作製する段階を有する。
【0022】
上記の方法において、繊維構造体は、例えば、フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維層を備える。上記の方法において、1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、例えば、5μm未満である。上記の方法において、繊維層の厚さは、例えば、100μm以上である。上記の方法において、高分子化合物は、例えば、セリシン、フィブロイン、ゼラチン、マンナン、グルコマンナン、コラーゲン、アガロース、ヒアルロン酸、アルギネート、フィブリン、フィブロネクチン、カードラン、パラミロン、カゼイン、寒天、ガム、ポリエチレングリコール(PEG)、及び、ポリビニルアルコール(PVA)からなる群から選択される少なくとも1つを含む。
【0023】
なお、上記の発明の概要は、本発明の必要な特徴の全てを列挙したものではない。また、これらの特徴群のサブコンビネーションもまた、発明となりうる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図2】エレクトロスピニングシステム200のシステム構成の一例を概略的に示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、発明の実施の形態を通じて本発明を説明するが、以下の実施形態は特許請求の範囲にかかる発明を限定するものではない。また、実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。なお、図面において、同一または類似の部分には同一の参照番号を付して、重複する説明を省く場合がある。
【0026】
(I.複合材料の概要)
本実施形態によれば、(i)フィブロインの新規な繊維構造体、及び、(ii)当該繊維構造体が高分子ゲルの内部に封入された新規な複合材料の概要が説明される。培養細胞の応用分野(例えば、上述された培養肉である。)又は再生医療若しくは創傷治療の分野において、各種の細胞が増殖するための足場となる足場材料(スキャフォールドと称される場合がある。)の研究が盛んに行われている。
【0027】
本発明者らは、フィブロインが昆虫由来のたんぱく質であることに着目し、足場材料の原材料としてフィブロインを用いるという着想に至った。足場材料は、例えば、細胞の増殖又は培養の用途に用いられる。上記の細胞としては、筋組織に関連する細胞、組織再生又は組織修復若しくは創傷治癒に関連する細胞などが例示される。上記の細胞は、ケラチノサイト、線維芽細胞、粘膜上皮、内皮細胞、軟骨細胞、誘導多能性幹細胞、成体幹細胞及び胚性幹細胞、又は、これらの組み合わせであってよい。
【0028】
特に、フィブロインは、食用として利用可能であり、且つ、培養対象となる細胞との親和性に優れる。そのため、フィブロインを主成分とする足場材料は、例えば、培養肉を生産するための足場材料として特に適している。
【0029】
細胞増殖用の足場材料として、見かけ密度(嵩密度と称される場合がある。)の比較的小さな材料が用いられることにより、細胞の生着率が向上することが期待される。また、足場材料が食用の細胞の増殖又は培養に用いられる場合、当該足場材料の見かけ密度が小さいほど、培養細胞に由来する製品の食感が、天然由来の製品の食感に近づき得る。
【0030】
そこで、本実施形態によれば、10mg/cm3未満の見かけ密度を有するフィブロインの繊維構造体が提供される。見かけ密度の導出手順は後述される。
【0031】
具体的には、フィブロインを含む1以上の繊維を有する繊維層を備える繊維構造体が提供される。上記の繊維構造体において、1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、例えば、5μm未満である。上記の繊維構造体において、繊維層の見かけ密度は、例えば、10mg/cm3未満である。繊維構造体の詳細は後述される。
【0032】
従来、凍結乾燥法によりスポンジ状の樹脂組成物を作製することで、厚みのある多孔性の樹脂組成物を作製することが知られている。そこで、フィブロインを足場材料として加工する方法として、凍結乾燥法によりスポンジ状又はフィルム状の樹脂組成物を作製する技術を応用することが考えられる。しかしながら、上記の技術により作製された樹脂組成物の見かけ密度の下限値は、凡そ、スポンジ状で28~40mg/cm3程度、フィルム状で200~400mg/cm3である。
【0033】
また、従来、乾式の紡糸技術を用いて、フィブロインの不織布を作製することが知られている。そこで、フィブロインを足場材料として加工する他の方法として、乾式の電界紡糸法などの紡糸技術を用いて、繊維状のフィブロインが集積した不織布を作製することが考えられる。上記の紡糸技術を用いることで、微細繊維により構成される繊維層が作製され得る。しかしながら、乾式の紡糸技術によれば、紡糸固定中に紡糸原液に含まれる溶媒が蒸発することから、見かけ密度の大きな不織布を作製することが難しい。上記の技術により作製された繊維層の乾燥状態における質量を、当該繊維層の乾燥状態における体積で除して得られる見かけ密度の下限値は、凡そ、100~500mg/cm3程度である。
【0034】
そこで、本発明者らは、湿式の紡糸技術を用いてフィブロインの不織布を作製することで、主に微細繊維により構成され、見かけ密度の大きな繊維層を作製するという着想に至った。特に、本発明者らは、凝固浴中に貯留された凝固用流体の粘度及び/又は温度を調整することにより、凝固浴中における繊維層の見かけ密度を調整するという着想に至った。これにより、例えば、(i)繊維層に含まれる1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径が5μm未満であり、(ii)エタノール中における繊維層の体積と、乾燥状態における繊維層の質量とに基づいて導出される見かけ密度が10mg/cm3未満である、繊維層が作製され得る。
【0035】
また、本発明者らは、湿式の紡糸技術を用いてフィブロインの不織布を作製することで、上記の繊維層の厚さが100μm以上となり得ることを見出した。さらに、本発明者らは、凝固浴中に貯留された凝固用流体の粘度及び/又は温度を調整することにより、上記の繊維層の厚さが調整され得ることを見出した。
【0036】
これに対して、乾式の紡糸技術を用いて、微細繊維により構成される繊維層を有する不織布を作製する場合、当該不織布の厚さには原理上の上限が存在する。例えば、電界紡糸法により、空気中に配されたノズルから、空気中に配されたコレクタに向かって紡糸原液を吐出した場合、ノズルから射出された糸条と、コレクタ上に集積した樹脂とが互いに反発する。そのため、数μm~数十μm程度の厚さを有する不織布が得られるに過ぎない。具体的には、典型的な紡糸条件において、紡糸原液を電極板に向かって90分間吐出した場合、作製される不織布の厚さは、100μm±30μm程度である。
【0037】
この点につき、細胞増殖用の足場材料は、100μm以上の厚さを有することが好ましく、数百μm~数mm程度の厚さを有することがさらに好ましい。例えば、培養肉の作製工程においては、組織又は器官が培養される。そのため、数μm~数十μm程度の厚さの不織布を、培養肉の作製用の足場材料として用いることは現実的ではない。これに対して、湿式の紡糸技術を用いて作製された上記の繊維層は、細胞増殖用の足場材料として特に適した厚さ及び見かけ密度を有する。
【0038】
さらに、本発明者らは、上記のフィブロインの繊維構造体を高分子ゲルの内部に封入することで、フィブロインの繊維構造体の形状を比較的長期間にわたって維持するという着想に至った。つまり、乾式紡糸法によれば、紡糸固定中に紡糸原液に含まれる溶媒が蒸発することから、見かけ密度の大きな不織布を作製することが難しい。湿式紡糸法によれば、凝固液中に作製された不織布が凝固液から取り出された後、当該不織布に含まれる凝固液の質量によって、当該不織布が押しつぶされる。その結果、不織布の見かけ密度が増加する。
【0039】
これに対して、本実施形態によれば、フィブロインの繊維構造体が高分子ゲルの内部に封入された複合材料が提供される。これにより、フィブロインの繊維構造体の形状が比較的長期間に渡って維持される。例えば、高分子ゲルが溶解又は崩壊しない条件下で上記の複合材料が保存された場合、フィブロインの繊維構造体の見かけ密度の減少が実質的に抑制される期間の長さは、例えば、1ヶ月以上である。
【0040】
(A.繊維構造体)
本実施形態において、繊維構造体は、繊維層を備える。繊維層は、1以上の繊維を有する。1以上の繊維のそれぞれは、フィブロインを含む。1以上の繊維のそれぞれは、実質的にフィブロインからなる。特定の繊維が10質量%以上のフィブロインを含む場合、当該繊維は実質的にフィブロインからなると見做される。
【0041】
(繊維層)
本実施形態において、凝固浴中における繊維層の厚さ(具体的には、エタノール中における繊維層の厚さである。)は、例えば、100μm以上である。エタノール中における繊維層の厚さは、300μm以上であってもよく、500μm以上であってもよい。エタノール中における繊維層の厚さは、1mm以上であることが好ましく、1.4mm以上であることがさらに好ましい。上記のエタノールは、市販の無水エタノールであってよい。上記のエタノールは、例えば、99.5体積%以上のエタノールを含む。
【0042】
上記の厚さを有する繊維層を備える繊維構造体が、例えば、細胞増殖用の足場材料として用いられた場合、従来のフィブロインの不織布が細胞増殖用の足場材料として用いられた場合と比較して、より大きな厚みを有する細胞、組織又は器官が培養され得る。つまり、本実施形態によれば、細胞増殖用の足場材料として特に適した繊維構造体が得られる。
【0043】
エタノール中における繊維層の厚さは、例えば、エタノール中におけるサンプルの内部の5箇所(測定点と称される場合がある。)の厚さの平均値として導出される。上記の繊維層の厚さは、例えば、下記の手順により導出される。まず、測定点の位置が決定される。5個の測定点が略中央を通る直線上に配されるように、サンプル中における各測定点の位置が決定される。より具体的には、上記の直線上において、5個の測定点が、サンプルの一方の端部から他方の端部までの線分を6等分するように、各測定点の位置が決定される。
【0044】
次に、各測定点におけるサンプルの厚さが測定される。各測定点におけるサンプルの厚さは、例えば、デジタルノギスを用いて測定される。また、5個の測定点のそれぞれにおける測定値の平均値が算出される。5個の測定点のそれぞれにおける測定値の標準偏差又は分散が算出されてもよい。これにより、エタノール中における繊維層の厚さが決定される。
【0045】
本実施形態において、エタノール中における繊維層の体積と、乾燥状態における繊維層の質量とに基づいて導出される繊維層の見かけ密度(湿式紡糸法における見かけ密度と称される場合がある。)は、例えば、10mg/cm3未満である。繊維層の見かけ密度は、7mg/cm3以下であってもよい。繊維層の見かけ密度は、6mg/cm3以下であることが好ましく、5.55mg/cm3未満であることがさらに好ましい。
【0046】
上記の見かけ密度を有する繊維層を備える繊維構造体が、例えば、細胞増殖用の足場材料として用いられた場合、従来のフィブロインの不織布が細胞増殖用の足場材料として用いられた場合と比較して、培養対象となる細胞の生着率が向上する。つまり、本実施形態によれば、細胞増殖用の足場材料として特に適した繊維構造体が得られる。
【0047】
湿式紡糸法において、凝固用流体として、エタノール(市販の無水エタノールである。)が用いられることが多い。そこで、本実施形態において、湿式紡糸法により作製された繊維層の見かけ密度は、エタノール中における繊維層の体積と、乾燥状態における繊維層の質量に基づいて導出される。
【0048】
より具体的には、湿式紡糸法で作製された繊維層の上記の見かけ密度は、下記の手順にしたがって導出される。まず、エタノール中における繊維層の厚さが決定される。
【0049】
一実施形態において、凝固用流体がエタノールである場合、上述された手順に従って、エタノール中における繊維層の厚さが測定される。これにより、エタノール中における繊維層の厚さが決定される。
【0050】
他の実施形態において、繊維層がエタノールとは異なる凝固用流体を用いて作製された場合、エタノール中における当該繊維層の厚さは、例えば、(i)凝固浴から取り出された当該繊維層をエタノール中に浸漬させて、エタノール中における当該繊維層の厚さを測定する手順、又は、(ii)エタノール中における物体の厚さと、当該凝固用流体中における物体の厚さとの関係を予め導出しておき、実際に作製された繊維層の当該凝固用流体中における厚さの測定結果と、上記の関係とに基づいて、エタノール中における当該繊維層の厚さを推定する手順、に従って導出される。これにより、エタノール中における繊維層の厚さが決定される。
【0051】
次に、エタノール中における繊維層の面積が決定される。まず、凝固浴中の繊維層の画像を撮像する。具体的には、繊維層の堆積面が略水平となるように、凝固浴を配置する。また、凝固浴の上方に撮像装置を配置する。撮像装置は、撮像装置の光軸が略鉛直方向に平行となり、撮像装置の光軸が繊維層の略中心を通過するように設置される。撮像された画像を画像解析ソフト(例えば、ImageJソフトウェアである。)を用いてを解析することで、エタノール中における繊維層の面積が導出される。
【0052】
なお、繊維層がエタノールとは異なる凝固用流体を用いて作製された場合、エタノール中における当該繊維層の面積は、例えば、エタノール中における物体の面積と、当該凝固用流体中における物体の面積との関係に基づいて推定される。これにより、エタノール中における繊維層の面積が決定される。
【0053】
次に、乾燥状態における繊維層の質量が決定される。まず、凝固浴から繊維層を取り出す。次に、室温(例えば23~25℃である。)及び相対湿度20~60%RHの条件で10~12時間静置及び乾燥させる。これにより、エタノール含有量が10質量%未満(乾燥状態と称される場合がある。)の繊維層が得られる。次に、上記の繊維層の質量が測定される。これにより、乾燥状態における繊維層の質量が決定される。なお、凝固浴中の凝固用流体の容量が少ない場合には、凝固浴から繊維層を取り出すことなく、凝固浴中の凝固用流体を蒸発させることで、エタノール含有量が10質量%未満の繊維層を得てもよい。
【0054】
次に、上述された各種の測定結果又は推定結果を用いて、湿式紡糸法で作製された繊維層の見かけ密度が算出される。上記の繊維層の見かけ密度は、乾燥状態における繊維層の質量[mg]を、エタノール中における繊維層の体積[cm3]で除することにより導出される。エタノール中における繊維層の体積は、エタノール中における繊維層の厚さ[cm]と、エタノール中における繊維層の面積[cm2]とを乗算することで導出される。
【0055】
(繊維)
本実施形態において、繊維層に含まれる繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、例えば、5μm未満である。上記の平均繊維径は、4μm以下であってもよく、3μm以下であってもよく、2.5μm以下であってもよく、2.4mm以下であってもよい。上記の平均繊維径は、2.0μm以下であってもよく、1.6μm以下であってもよい。繊維層に含まれる繊維のモノフィラメントの平均繊維径の下限は、1.0μmであってもよく、1.5μmであってもよい。繊維層に含まれる繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、1μm以上5μm未満であってもよく、1μm以上4μm未満であってもよく、1μm以上3μm未満であってもよく、1μm以上2.5μm以下であってもよい。繊維層に含まれる繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、1.5μm以上5μm未満であってもよく、1.5μm以上4μm以下であってもよく、1.5μm以上3μm以下であってもよく、1.5μm以上2.5μm以下であってもよい。
【0056】
上記の平均繊維径は、例えば、画像解析法により決定される。例えば、繊維層が湿式紡糸法で作製された場合、平均繊維径を測定するためのサンプルは、下記の手順により作製される。まず、凝固浴から繊維層を取り出す。次に、室温(例えば23~25℃である。)及び相対湿度20~60%RHの条件で10~12時間静置及び乾燥させる。これにより、乾燥状態の繊維層が得られる。
【0057】
次に、上記のサンプルの平均繊維径は、例えば、下記の手順により導出される。まず、サンプルの中央付近のSEM画像を取得する。次に、例えば、ImageJソフトウェアを利用してSEM画像を解析することで、1サンプル当たり90本の繊維の繊維径を決定する。次に、90本の繊維の測定結果に基づいて、当該サンプルの平均繊維径及び標準偏差が導出される。
【0058】
(フィブロイン)
一実施形態において、フィブロインは、蚕又はクモにより作製された天然の絹に由来するシルクフィブロインであってよい。フィブロインは、蚕により作製された絹(カイコ絹と称される場合がある。)に由来するシルクフィブロインであることが好ましい。他の実施形態において、フィブロインは、遺伝子工学的に作製された絹たんぱく質に由来するものであってもよい。遺伝子工学的に作製された絹たんぱく質としては、絹たんぱく質を作製するように遺伝子を改変された細菌、酵母、動植物の細胞、トランスジェニック植物、トランスジェニック動物などにより作製された絹たんぱく質を例示することができる。
【0059】
カイコ絹においてフィブロインは、セリシンにより被覆されている。天然のカイコ絹に由来するフィブロインは、カイコ絹からセリシンを除去することで得られる。一実施形態において、組成物は、フィブロインの質量に対して、10~35%の質量のセリシンを不純物として含んでもよい。他の実施形態において、組成物中のセリシンの含有量は、フィブロインの質量に対して20%未満(質量比)であることが好ましく、10%未満(質量比)であることがより好ましく、5%未満(質量比)であることがさらに好ましい。
【0060】
(B.高分子ゲル)
上述されたとおり、高分子ゲルは、その内部に、上記の繊維構造体の少なくとも一部を封入する。これにより、上記の繊維構造体の少なくとも一部が高分子ゲルの内部に配された複合材料が得られる。その結果、フィブロインの繊維構造体の形状が比較的長期間に渡って維持され得る。
【0061】
一実施形態によれば、上記の繊維構造体の体積のうち10体積%以上が、高分子ゲルの内部に配される。これにより、例えば、フィブロインの繊維構造体の表面に薄い高分子ゲルの層が配された複合材料が得られる。他の実施形態において、上記の繊維構造体の体積のうち10体積%以上100体積%以下が、高分子ゲルの内部に配されてもよい。さらに他の実施形態において、上記の繊維構造体の体積に対する高分子ゲルの体積の割合は、100体積%以上であってよい。これにより、例えば、フィブロインの繊維構造体が高分子ゲルの内部に完全に埋包された複合材料が得られる。
【0062】
本実施形態において、上記の高分子ゲルの質量は、上記の繊維構造体の質量の0.1倍~1.5倍であってよい。上記の高分子ゲルの質量は、上記の繊維構造体の質量の0.5倍~1.0倍であることが好ましく、上記の繊維構造体の質量の0.7倍~1.0倍であることがさらに好ましい。
【0063】
(分散質)
本実施形態において、高分子ゲルは、高分子化合物を分散質として含む。高分子ゲルは、1種以上の高分子化合物を分散質として含んでよい。高分子ゲルの分散質は、食品としての安全性が確認された高分子化合物であることが好ましい。高分子ゲルの分散質は、水溶性の高分子化合物であってよい。
【0064】
高分子溶液のゲル化が開始された時点においては、高分子溶液の粘度が十分に小さく、高分子溶液と、上述されたフィブロインの繊維層とを混合させることができる。一方、高分子溶液のゲル化が進行すると、ある時点において溶液の粘度が急激に上昇し、高分子溶液と、上述されたフィブロインの繊維層とを混合させることが難しくなる。そのため、高分子溶液のゲル化が開始された後、ゲル化が完了するまでの期間の長さが小さすぎる場合、複合材料の生産の難易度が大きくなる。一方、上記の期間の長さが長すぎる場合、複合材料の生産効率が低下する。
【0065】
そこで、高分子ゲルの分散質は、20~25℃において、ゲル化が開始された後、当該分散質の溶液の粘度が予め定められた値に達するまでの期間の長さが15分以上である高分子化合物であってよい。上記の予め定められた値は、溶液の粘度が急激に上昇する直前の粘度であってよい。
【0066】
高分子ゲルの分散質は、上記の期間の長さが15分以上24時間以下である高分子化合物であってもよい。高分子ゲルの分散質は、上記の期間の長さが15分以上1時間以下である高分子化合物であってもよく、上記の期間の長さが15分以上45分以下である高分子化合物であってもよく、上記の期間の長さが20分以上30分以下である高分子化合物であってもよい。
【0067】
例えば、上記の分散質がHTHP抽出法により抽出されたセリシンである場合、セリシン水溶液のゲル化が開始された後、24時間程度でゲル化が完了する。ゲル化が完了した状態におけるセリシンゲルの弾性率は、含水率99.17%のとき、1~10Paである。例えば、上記の分散質が熱水抽出法により抽出されたセリシンである場合、セリシン水溶液のゲル化が開始された後、20~30分程度でゲル化が完了する。ゲル化が完了した状態におけるセリシンゲルの弾性率は、含水率99.36%のとき、30~70Paである。
【0068】
上記の1種以上の高分子化合物は、セリシン、フィブロイン、ゼラチン、マンナン、グルコマンナン、コラーゲン、アガロース、ヒアルロン酸、アルギネート、フィブリン、フィブロネクチン、カードラン、パラミロン、カゼイン、寒天、ガム、ポリエチレングリコール(PEG)、及び、ポリビニルアルコール(PVA)からなる群から選択される少なくとも1つを含んでよい。上記の1種以上の高分子化合物は、セリシンを含んでよい。
【0069】
セリシンは、上述された絹、又は、遺伝子工学的に作製された絹たんぱく質に含まれるシルクセリシンであってよい。セリシンは、熱水(例えば、1気圧において60℃以上の水である。)生糸からセリシンを抽出する手法(熱水抽出法と称される場合がある。)により抽出されたセリシンであってもよく、121℃の飽和蒸気圧下において生糸からセリシンを抽出する手法(HTHP抽出法と称される場合がある。)により抽出されたセリシンであってもよい。
【0070】
(分散媒)
本実施形態において、高分子ゲルの分散媒として用いられる物質は特に限定されない。高分子ゲルは、分散媒として水を含んでもよく、分散媒として有機溶媒を含んでもよい。高分子ゲルの分散媒は、食品としての安全性が確認された物質であることが好ましい。
【0071】
高分子ゲルの分散媒は、水を含むことが好ましく、実質的に水であることが好ましい。例えば、分散媒中の有機溶媒の含有量が10質量%未満である場合、当該分散媒が実質的に水であるとみなされる。
【0072】
(その他の添加物)
高分子ゲルの分散媒中には、高分子化合物によるゲル化を阻害しない程度に、任意の化合物が添加され得る。例えば、細胞の培養に用いられる各種の化合物が、高分子ゲルの分散媒中に添加され得る。
【0073】
(II.複合材料の用途)
本実施形態において、上記の複合材料は、例えば、細胞培養用の足場材料として用いられる。これにより、上記の複合材料を含む足場材料が得られる。また、上記の複合材料を含む足場材料を用いて細胞を培養することにより、三次元細胞集合体が得られる。上記の三次元細胞集合体は、例えば、フィブロインと、三次元構造を有する細胞とを含む。
【0074】
上述されたとおり、本実施形態に係る複合材料は、フィブロインの微細繊維を含み、且つ、従来のフィブロイン製の材料よりも厚い。また、従来のフィブロイン製の材料と比較して見かけ密度が小さい。そのため、フィブロインの微細繊維の隙間に細胞が捕捉されやすく、細胞の生着率が向上する。
【0075】
上記の複合材料は、例えば、培養肉を作製するための足場材料として用いられる。これにより、厚さを有する培養肉が作製され得る。上記の培養肉は、例えば、フィブロインと、三次元構造を有する筋芽細胞とを含む。筋芽細胞は、骨格筋芽細胞であってもよい。筋芽細胞は、筋組織を形成していてもよい。上記の培養肉は、セリシンをさらに含んでもよい。
【0076】
上記の複合材料は、食品原料として用いられてもよい。上記の複合材料は、医療材料として用いられてもよい、医療材料としては、再生型人工軟骨などの再生医療材料、創傷被覆材などの創傷治癒材料などが例示される。
【0077】
(III.複合材料の製造方法)
図1を用いて、フィブロインの繊維構造体がセリシンのハイドロゲルの内部に封入された足場材料が作製される場合を例として、繊維構造体が高分子ゲルの内部に封入された複合材料の製造方法の詳細が説明される。本実施形態において、フィブロインの繊維構造体は、湿式紡糸法により作製される。
【0078】
具体的には、フィブロインを含む紡糸原液が、低温及び/又は高粘度の凝固用流体に向けて射出される。紡糸原液を射出する方式としては、エレクトロスピニング方式、ソリューションブロー方式、メルトブロー法、スプレードライ法などが例示される。凝固用流体中で紡糸原液中のフィブロインが脱水凝固することで、フィブロインを含む糸条が得られる。凝固用流体中で上記の糸条がゆっくりと堆積することで、上述された厚さ及び/又は見かけ密度を有する堆積物が得られる。これにより、フィブロインの微細繊維を有する繊維層を備える繊維構造体(フィブロインの繊維構造体と称される場合がある。)が作製される。
【0079】
(A.繊維構造体の作製)
本実施形態によれば、ステップ122(ステップがSと省略される場合がある。)からS126により、上述された繊維構造体が作製される。まず、S122において、フィブロインを主成分として含む紡糸原液が準備される。紡糸原液は、溶媒と、フィブロインとを含む。溶媒は、水系溶媒であってもよく、有機溶媒であってもよい。水系溶媒としては、水、塩含有水溶液、高分子ゲルの分散質に関連して説明された1種以上の高分子化合物を含む水溶液などが例示される。
【0080】
フィブロインを含む紡糸原液の作製方法としては、公知の任意の手法が採用され得る。上記の紡糸原液の作製方法は、例えば、(i)精製されたシルクフィブロインを臭化リチウム水溶液に溶解させる工程と、(ii)透析処理により、シルクフィブロインが溶解した臭化リチウム水溶液から、臭化リチウムを除去する工程とを有する。
【0081】
次に、S124において、紡糸原液を凝固させるための凝固用流体が準備される。凝固用流体は、湿式紡糸法に用いられる凝固液として公知の任意の化合物又は混合物が用いられる。本実施形態において、凝固用流体は、例えば、アルコール及び/又はエーテルを含む。凝固用流体は、実質的にアルコールによりからなる流体であってよい。アルコールの脱水作用により、紡糸原液中のフィブロインの凝集が促進される。
【0082】
凝固用流体として、単一の種類のアルコールが用いられてもよく、複数の種類のアルコールが併用されてもよい。凝固用流体の質量に対する、1種以上のアルコールの質量の合計の割合は、70質量%以上であってよい。
【0083】
上記のアルコールの炭素数は、5以下であってもよく、4以下であってもよく、3以下であってもよい。これにより、紡糸原液中のフィブロインの凝集が促進される。
【0084】
上記のアルコールは、1価アルコールであってもよく、2価アルコールであってもよく、3価アルコールであってもよい。1価アルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノールなどが例示される。2価アルコールとしては、ポリエチレングリコールなどが例示される。3価アルコールとしては、グリセリンなどが例示される。上記のエーテルとしては、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテルなどが例示される。
【0085】
本実施形態によれば、S124において、凝固用流体が冷却される。これにより、例えば、凝固用流体の粘度が増加する。凝固用流体の温度は、例えば、当該流体の凝固点である第1温度よりも大きく、当該凝固点よりも大きな第2温度よりも小さな値に設定される。凝固用流体が冷却される場合、例えば、第2温度と、凝固用流体の凝固点との差の絶対値が、1度以上55度以下となるように、第2温度が設定される。上記の差の絶対値は、1度以上50度以下であってよい。凝固用流体の温度が第1温度から第2温度の範囲内に制御されることにより、例えば、凝固用流体の粘度が増加する。
【0086】
一例として、凝固用流体が無水エタノールであり、紡糸工程が大気圧下で実施される場合、凝固用流体は、例えば、液体窒素を用いて、-114.14超、-60℃以下に冷却される。凝固用流体は、-114.14超、-80℃以下に冷却されてもよい。なお、エタノールの凝固点は、-114.14℃である。
【0087】
次に、S126において、上記の紡糸原液が、冷却された凝固用流体に射出される。紡糸原液中のフィブロインと、凝固用流体とが接触することで、フィブロインの脱水凝固反応が進行する。その結果、凝固用流体中でフィブロインを含む微細な糸条が得られる。凝固用流体中で上記の糸条がゆっくりと堆積することで、上述された特性を有する繊維層を備える繊維構造体が得られる。
【0088】
上述されたとおり、上記の繊維構造体において、1以上の繊維のモノフィラメントの平均繊維径は、5μm未満に調整される。上記の平均繊維径は、4μm以下に調整されてもよく、3μm以下に調整されてもよく、2.5μm以下に調整されてもよく、2.5μm未満に調整されてもよい。上記の平均繊維径は、1μm以上5μm未満に調整されてもよく、1μm以上4μm以下に調整されてもよく、1μm以上3μm以下に調整されてもよく、1μm以上2.5μm以下に調整されてもよく、1μm超2.5μm未満に調整されてもよい。モノフィラメントの平均繊維径は、例えば、繊維が溶解した溶液の濃度、印加電圧、吐出距離、吐出速度、凝固浴温度、凝固浴粘度、シリンジ径、凝固浴の種類などにより調整され得る。
【0089】
例えば、電界紡糸用のシリンジ径がΦ15.9mmの場合、紡糸原液中におけるフィブロインの濃度は、1~30wt%に調整される。上記の濃度は、1wt%~5wt%であってもよい。例えば、紡糸原液の溶媒がHFIPである場合、紡糸原液中におけるフィブロインの濃度は、1~10wt%に調整される。例えば、紡糸原液の溶媒が水である場合、紡糸原液中におけるフィブロインの濃度は、1~30wt%に調整される。
【0090】
印加電圧は、2kV~30kVであってもよく、20kV~30kVであってもよい。吐出速度は、0.2ml/h~2.0ml/hであってもよく、1.0ml/h~1.5ml/hであってもよい。凝固浴温度は、-110℃~0℃であってもよく、-100℃~-60℃であってもよい。凝固浴粘度は、20~25℃において1mPa・s~100mPa・sであってもよく、5mPa・s~30mPa・sであってもよい。
【0091】
上述されたとおり、上記の繊維構造体において、エタノール中における繊維層の厚さは、100μm以上に調整される。繊維層の厚さは、例えば、繊維が溶解した溶液の濃度、印加電圧、吐出距離、吐出速度、凝固浴温度、凝固浴粘度、シリンジ径、凝固浴の種類などにより調整され得る。
【0092】
例えば、電界紡糸用のシリンジ径がΦ15.9mmの場合、紡糸原液中におけるフィブロインの濃度は、1~30wt%に調整される。上記の濃度は、1wt%~5wt%であってもよい。例えば、紡糸原液の溶媒がHFIPである場合、紡糸原液中におけるフィブロインの濃度は、1~10wt%に調整される。例えば、紡糸原液の溶媒が水である場合、紡糸原液中におけるフィブロインの濃度は、1~30wt%に調整される。
【0093】
印加電圧は、2kV~30kVであってもよく、20kV~30kVであってもよい。吐出速度は、0.2ml/h~2.0ml/hであってもよく、1.0ml/h~1.5ml/hであってもよい。凝固浴温度は、-110℃~0℃であってもよく、-100℃~-60℃であってもよい。凝固浴粘度は、20~25℃において1mPa・s~100mPa・sであってもよく、5mPa・s~30mPa・sであってもよい。
【0094】
上述されたとおり、上記の繊維構造体において、エタノール中における繊維層の体積と、乾燥状態における繊維層の質量とに基づいて導出される繊維層の見かけ密度は、10mg/cm3未満に調整される。繊維層の見かけ密度は、例えば、繊維が溶解した溶液の濃度、印加電圧、吐出距離、吐出速度、凝固浴温度、凝固浴粘度、シリンジ径、凝固浴の種類などにより調整され得る。
【0095】
例えば、電界紡糸用のシリンジ径がΦ15.9mmの場合、紡糸原液中におけるフィブロインの濃度は、1~30wt%に調整される。上記の濃度は、1wt%~5wt%であってもよい。例えば、紡糸原液の溶媒がHFIPである場合、紡糸原液中におけるフィブロインの濃度は、1~10wt%に調整される。例えば、紡糸原液の溶媒が水である場合、紡糸原液中におけるフィブロインの濃度は、1~30wt%に調整される。
【0096】
印加電圧は、2kV~30kVであってもよく、20kV~30kVであってもよい。吐出速度は、0.2ml/h~2.0ml/hであってもよく、1.0ml/h~1.5ml/hであってもよい。凝固浴温度は、-110℃~0℃であってもよく、-100℃~-60℃であってもよい。凝固浴粘度は、20~25℃において1mPa・s~100mPa・sであってもよく、5mPa・s~30mPa・sであってもよい。
【0097】
(別実施形態の一例)
本実施形態においては、S124において凝固液が冷却される場合を例として、繊維構造体の作製手順の詳細が説明された。しかしながら、繊維構造体の作製手順は本実施形態に限定されない。他の実施形態において、冷却された凝固液の代わりに、常温の凝固液が準備されてよい。
【0098】
(B.高分子ゲルの準備)
本実施形態によれば、S142からS144により、上述された高分子ゲルが準備される。まず、S142において、高分子ゲルの分散質として用いられるセリシンが準備される。セリシンの作製方法は、特に限定されない。一実施形態によれば、熱水(例えば、1気圧において60℃以上の水である。)を用いて絹の生糸を処理する(熱水抽出法と称される場合がある。)ことで、セリシンが抽出される。他の実施形態によれば、121℃の飽和蒸気圧の水を用いて絹の生糸を処理する(HTHP法と称される場合がある。)ことで、セリシンが抽出される。
【0099】
セリシンの大きさは、1kDa以上400kDa以下であってよい。シルクセリシンの大きさは、生糸を分泌する絹糸腺の位置によって異なることが知られている。絹糸腺は、前部、中部及び後部の三個の部位に機能分化している。セリシンは、主に中部絹糸腺において合成及び分泌され、中部絹糸腺から分泌されたセリシンの大きさは、400kDa程度である。中部絹糸腺から分泌されたセリシンは、上述された抽出工程において加水分解される。その結果、熱水抽出法によれば、例えば100kDa以上のセリシンが抽出され、HTHP法によれば、例えば30kDa以下のセリシンが抽出される。
【0100】
次に、S144において、高分子ゲルの分散質としてのセリシンと、高分子ゲルの分散媒としての水とが混合される。これにより、セリシンの溶液(セリシン水溶液と称される場合がある。)が得られる。次に、例えば、超音波ホモジナイザーを用いてセリシン水溶液を攪拌することで、セリシン水溶液のゲル化を開始させる。
【0101】
(C.複合材料の作製)
本実施形態によれば、S162からS164により、上述された複合材料が作製される。まず、S162において、上述されたセリシン水溶液がゲル化する前に、フィブロインの繊維構造体と、セリシン水溶液とが混合される。
【0102】
一実施形態によれば、まず、液体中に保存されたフィブロインの繊維構造体が準備される。例えば、凝固用流体を貯留する容器の内部に保存された、フィブロインの繊維構造体が準備される。次に、上記の容器からフィブロインの繊維構造体が取り出されることなく、上記の容器から凝固用流体が除去される。例えば、蒸発操作又は揮発操作により、凝固用流体が除去される。
【0103】
次に、セリシン水溶液の粘度が予め定められた値に達する前に、当該セリシン水溶液が上記の容器の内部に投入される。これにより、混合用容器の内部において、フィブロインの繊維構造体の少なくとも一部が、セリシン水溶液の内部に配される。セリシン水溶液は、フィブロインの繊維構造体がセリシン水溶液の内部に完全に埋没するように、混合用容器の内部に投入されてもよい。
【0104】
他の実施形態によれば、まず、液体中に保存されたフィブロインの繊維構造体が準備される。例えば、凝固用流体を貯留する容器の内部に保存された、フィブロインの繊維構造体が準備される。次に、フィブロインの繊維構造体が、凝固用流体から取り出される。この段階において、凝固用流体の蒸発操作又は揮発操作が実施されてもよく、これらの操作が実施されなくてもよい。
【0105】
次に、凝固用流体から取り出されたフィブロインの繊維構造体が、フィブロインの繊維構造体と、セリシン水溶液とを混合するための容器(混合用容器と称される場合がある。)の内部に配される。次に、セリシン水溶液の粘度が予め定められた値に達する前に、当該セリシン水溶液が混合用容器の内部に投入される。
【0106】
これにより、混合用容器の内部において、フィブロインの繊維構造体の少なくとも一部が、セリシン水溶液の内部に配される。セリシン水溶液は、フィブロインの繊維構造体がセリシン水溶液の内部に完全に埋没するように、混合用容器の内部に投入されてもよい。
【0107】
次に、S164において、フィブロインの繊維構造体の少なくとも一部がセリシン水溶液の内部に配された状態で、セリシン水溶液のゲル化をさらに進行させる。これにより、セリシンのハイドロゲルの内部に、フィブロインの繊維構造体の少なくとも一部が封入された複合材料が得られる。
【0108】
フィブロインの繊維構造体に含まれる繊維層は、エタノール中における繊維層の形状が概ね維持された状態で、セリシンのハイドロゲルの内部に封入され得る。セリシンのハイドロゲルに封入された繊維層中における繊維の濃度又は分散具合は、エタノール中における繊維層中における繊維の濃度又は分散具合(例えば、見かけ密度である。)と略同一であってもよい。
【0109】
図2は、エレクトロスピニングシステム200のシステム構成の一例を概略的に示す。本実施形態において、エレクトロスピニングシステム200は、ノズル210と、シリンジ220と、移送部222と、凝固浴230と、冷却部240と、制御部250と、電源260とを備える。本実施形態において、凝固浴230の内部には、コレクタ板232が配される。凝固浴230の外部には、位置調整部234が配される。
【0110】
本実施形態において、ノズル210は、シリンジ220から移送部222を介して紡糸原液を受け取る。ノズル210は、紡糸原液20を射出する。ノズル210の吐出口の近傍には、例えば、電源260により正電圧が印加される。これにより、上記の吐出口から吐出された紡糸原液の液滴により、紡糸ジェット22が形成される。
【0111】
紡糸ジェット22は、凝固浴230の内部に貯留された凝固用流体30に入射する。これにより、紡糸ジェット22が脱水される。紡糸ジェット22は凝固用流体30の内部で凝固することにより、フィブロインの微細繊維が形成される。フィブロインの微細繊維が凝固用流体30の内部でゆっくりと沈降する。その結果、コレクタ板232の上に、ウェブ24が形成される。ウェブ24は、上述された繊維構造体の一例であってよい。
【0112】
本実施形態において、シリンジ220は、上述された紡糸原液を貯留する。移送部222は、シリンジ220に貯留された紡糸原液を、ノズル210に移送する。移送部222は、任意の種類のポンプであってよい。
【0113】
本実施形態において、凝固浴230は、上述された凝固用流体を貯留する。本実施形態において、コレクタ板232は、ノズル210から吐出された紡糸ジェット22を集積する。コレクタ板232は、例えば、電源260の接地端子と電気的に接続される。本実施形態において、位置調整部234は、ノズル210と、凝固浴230又はコレクタ板232との相対位置を調整する。
【0114】
本実施形態において、冷却部240は、凝固浴230の内部に貯留された凝固用流体を冷却する。冷却部240は、凝固用流体の目標温度を設定可能に構成される。冷却部240は、例えば、凝固用流体の温度が、当該流体の凝固点である第1温度よりも大きく、当該凝固点よりも第2温度よりも小さな値となるように設定される。上述されたとおり、第2温度の目標値は、凝固用流体の凝固点よりも1~55℃程度大きな値に設定される。
【0115】
冷却部240による冷却方式は特に限定されない。冷却部240は、液体窒素などの冷媒で満たされたジャケットであってもよく、当該ジャケットと攪拌装置との組み合わせであってもよい。
【0116】
本実施形態において、制御部250は、エレクトロスピニングシステム200の各部の動作を制御する。例えば、制御部250は、移送部222の吐出量を制御する。制御部250は、位置調整部234を制御して、ノズル210と、凝固浴230又はコレクタ板232との相対位置を調整する。制御部250は、電源260を制御して、ノズル210及びコレクタ板232の電位差を調整する。
【0117】
本実施形態において、電源260は、ノズル210に正電圧を印加する。電源260は、エレクトロスピニングシステム200の各部に電力を供給してもよい。
【実施例0118】
以下、実施例及び参考例を挙げて、本発明をさらに具体的に説明する。本発明は、その要旨を越えない限り、下記の実施例に限定されるものではないことに留意すべきである。
【0119】
(セリシンの抽出)
(作製例1)
まず、製糸済みの家蚕生糸を、浴比1:70の条件で超純水に浸漬させた後、100℃で1時間煮沸した。その後、フィルター(株式会社大一器械、品名:#27-730 ナイロンメッシュ 4-2408-29)を通してSF繊維を除去することで、セリシン水溶液(SS水溶液と称される場合がある。)を得た。作製例1のSS水溶液が、熱水抽出SS水溶液と称される場合がある。
【0120】
次に、ポリアクリルアミド電気泳動法(SDS-PAGE)を用いて、抽出されたシルクセリシンの分子量を測定した。具体的には、まず、ERICA-MBX電気泳動槽(ディー・アール・シー株式会社製)を取扱説明書に準じて組み立てた。次に、上記の電気泳動槽に5~10%のPerfect NT Gelをセットした。また、高速SDS-PAGE泳動バッファー(ディー・アール・シー株式会社製)を1Lの超純水に溶解して得られた泳動バッファーを、電気泳動槽に注いだ。
【0121】
2×Lamili sample Bufferと、2-MEとを95:5で混合したSDS試薬と、SS水溶液とを、1:1で混合してサンプルを作製した。上記のサンプル40μLを電気泳動槽の試料溝にアプライした。サンプルがアプライされた後、マーカー色素がゲルの下端から1cmの位置に達するまで、当該サンプルに200Vの定電圧を印加した。上記の電気泳動処理が施されたゲルをCBB(クマシーブリリアントブルー)色素の溶液に浸して一晩振盪させることで、サンプル中のたんぱく質を染色した。サンプル容器中のCBB溶液を廃棄した後、当該サンプル容器に超純水を加えて振盪させることで、余計な染色剤を除去した。サンプル容器中の超純水を2時間ごとに交換し、バンド以外のゲル部分が透明になったところで洗浄を終了した。
【0122】
SDS-PAGE結果によれば、約100kDaから約460kDaの領域にブロード状のバンドが確認された。シルクセリシン水溶液のシルクセリシン濃度は、0.19質量%であった。
【0123】
(作製例2)
まず、製糸済みの家蚕生糸を、浴比1:70の条件で超純水に浸漬させた後、高圧蒸気滅菌器を使用して121℃、0.1MPa加圧で1時間煮沸した。その後、フィルター(株式会社大一器械、品名:#27-730 ナイロンメッシュ 4-2408-29)を通してSF繊維を除去することで、SS水溶液を得た。作製例2のSS水溶液が、HTHP抽出SS水溶液と称される場合がある。
【0124】
次に、作製例1と同様の手順により、抽出されたシルクセリシンの大きさを測定した。SDS-PAGE結果によれば、約31kDa以下の領域に2種のバンドが確認された。シルクセリシン水溶液のシルクセリシン濃度は、0.19質量%であった。
【0125】
(フィブロインの繊維構造体の作製)
(実施例1)
家蚕繭から繰糸した生糸を、浴比1:100の条件で95℃の0.02M炭酸ナトリウム水溶液に浸漬させた後、30分間攪拌することで精練を行なった。その後、40℃の超純水でのすすぎと脱水を3回繰り返すことでSFに付着したセリシンを除去し、その後室温下で一晩乾燥させることでSF繊維を得た。
【0126】
次に、SFの濃度が10(w/v)%となるように、上記のSF繊維に9M臭化リチウム水溶液を加えて、SF繊維が溶解するまで37℃の条件下で振盪させた。その後、フィルターを通して溶け残ったSF繊維を除去し、10分間煮沸した透析用セルロースチューブに溶解液を移し、超純水に対しての透析を行なった。透析中は1日に2~3回超純水を取り換え、交換から4時間以上経過後の超純水の電気伝導度が2μS/cm以下になった時点で透析を終了した。
【0127】
次に、遠心分離処理により、透析処理後のSF水溶液から不純物を除去した。遠心分離処理は、4℃、8500rpmの条件で30分間実施した。また、遠心分離処理による不純物除去作業を計2回行った。その後、不純物が取り除かれたSF水溶液を複数のシャーレに少量滴下し、乾燥後の重量を測定することで濃度を測定した。
【0128】
次に、SF水溶液の濃度を1(w/v)%になるように超純水で希釈し、液体窒素を用いて予備凍結を行った後、凍結乾燥を行うことでSFスポンジを得た。上記のSFスポンジをHFIPに溶解して、紡糸原液を作製した。紡糸原液におけるSFの濃度は、5(w/v)%に調整された。また、200mLの99.5%エタノール(関東化学株式会社製、特級)にエタノールの温度が-100℃になるまで、液体窒素を加えた。
【0129】
凝固浴の内部のエタノールの温度が-80℃となったことを確認した後、エレクトロスピニング装置(Bionicia社製、Fluidnatek LE-50)を用いて、紡糸原液を凝固浴に向けて射出した。紡糸原液の射出量は、2mgであった。エレクトロスピニングの吐出条件は、印加電圧30kV、吐出速度1.5mL/h、吐出時間1分、ノズル-アルミバットの底の距離を8cmで固定して行った。
【0130】
これにより、凝固浴の底部に、微細繊維が堆積してなる繊維層からなる繊維構造体が得られた。上記の繊維構造体を凝固浴から取り出す前に、上述された手順に従って、繊維構造体の厚さ及び面積を測定した。次に、上記の繊維構造体を凝固浴から取り出し、上述された手順に従って、乾燥状態における繊維構造体の質量及び平均繊維径を測定した。また、上述された手順に従って、上述された見かけ密度を導出した。上記の各項目の測定結果を表1に示す。また、繊維構造体の外観のSEM画像(倍率:2000倍)を
図3に示す。
【0131】
(実施例2)
凝固浴の内部のエタノールの温度が常温(23℃)であったことを除き、実施例1と同様の手順により、微細繊維が堆積してなる繊維層からなる繊維構造体を作製した。上記の繊維構造体を凝固浴から取り出す前に、上述された手順に従って、繊維構造体の厚さ及び面積を測定した。次に、上記の繊維構造体を凝固浴から取り出し、上述された手順に従って、乾燥状態における繊維構造体の質量及び平均繊維径を測定した。また、上述された手順に従って、上述された見かけ密度を導出した。上記の各項目の測定結果を表1に示す。また、繊維構造体の外観のSEM画像(倍率:2000倍)を
図4に示す。
【0132】
【0133】
(複合材料の作製)
(実施例3)
まず、実施例1により得られたフィブロインの繊維構造体を、混合用容器(IWAKI社製、5φシャーレ)の内部に配置した。次に、超音波ホモジナイザー(BRANSON製、SONIFIER)を用いて、作製例1により得られたシルクセリシン水溶液を混合した。超音波ホモジナイザーによる混合時間は60秒であった。シルクセリシン水溶液の混合が終了した後、20~30分以内に、当該シルクセリシン水溶液を、フィブロインの繊維構造体が配された混合用容器の内部に投入した。
【0134】
その後、室温条件下で一晩静置した。これにより、実施例1により得られたフィブロインの繊維構造体が、作製例1により得られたシルクセリシンのハイドロゲルの内部に封入された複合材料が得られた。静置後の複合材料は、シルクフィブロイン繊維層を覆うセリシンハイドロゲルの表面の状態が、新たな繊維の封入が不可能なほど(埋包したシルクフィブロイン繊維層が取出し不可能なほど)の弾性を示しており、シルクセリシン水溶液のゲル化が十分に進行していることが確認された。複合材料の外観の画像を
図5に示す。
図5に示されるとおり、フィブロインの繊維構造体の全体がシルクセリシンのハイドロゲルの内部に封入された複合材料が得られた。
【0135】
(細胞接着試験)
(参考例1)
親水処理の施されたポリスチレンの24well(TPP社製)プレートに対して、作製例1により得られたシルクセリシン水溶液を0.25mg/cm2となるようにキャストし、25℃下で振盪しながら風乾することでプレート上をフィルムコーティングした。その後、70(v/v)%エタノール水溶液をプレートに加えて10分浸漬させることで水へ不溶化するとともに滅菌処理を行なった。その後、超純水で2回洗浄を行なった後、1×PBSを浸漬することでフィルムを膨潤させた。
【0136】
フィルムコーティングした24wellプレート上に2.0×104cells/wellとなるように調整した300μLのヒト新生児皮膚線維芽細胞(NHDF-Neo)(Lonza社)の懸濁液を播種し、37℃、5%CO
2で6時間培養した。培養後、未接着の細胞を除去するためPBSで2回洗浄した。その後、上記のプレートに培地200μLと、MTS試薬及びPSM試薬が体積比20:1となるように混合した発色試薬40μLとを添加して、2時間インキュベートした。2時間後、96-wellプレートに120μLずつ溶液を移し、マイクロプレートリーダー(Bio-Rad社製、Model 680)を用いて492nmにおける吸光度を測定した。細胞接着試験の結果を
図6に示す。
【0137】
(参考例2)
作製例1により得られたシルクセリシン水溶液の代わりに、作製例2により得られたシルクセリシン水溶液を用いたフィルムコーティング処理が実施された点を除き、参考例1と同様の手順により、シルクセリシンフィルムを作製した。また、作製されたシルクセリシンフィルムを用いて、参考例1と同様の手順により細胞接着試験を実施した。細胞接着試験の結果を
図6に示す。
【0138】
(参考例3)
親水処理の施されたポリスチレンの24wellプレートの表面にシルクセリシン水溶液を用いたフィルムコーティング処理が施されていない点を除き、参考例1と同様の手順により細胞接着試験を実施した。細胞接着試験の結果を
図6に示す。
【0139】
(参考例4)
作製例1により得られたシルクセリシン水溶液の代わりに、実施例1により得られたシルクフィブロイン水溶液を用いた点を除き、参考例1と同様の手順により、シルクフィブロインフィルムを作製した。また、作製されたシルクフィブロインフィルムを用いて、参考例1と同様の手順により細胞接着試験を実施した。細胞接着試験の結果を
図6に示す。
【0140】
参考例1及び参考例2の結果により、シルクセリシンを用いることで、細胞接着性に優れた足場材料が得られることが予想される。また、参考例1及び参考例2の結果により、熱水抽出法により得られたシルクセリシンは、HTHP法により得られたシルクセリシンと比較して優れた細胞接着性を有することがわかる。これにより、シルクセリシンの加水分解が抑制されるほど、細胞接着性が向上する又は維持されることが示唆される。
【0141】
以上、本発明を実施の形態を用いて説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施の形態に記載の範囲には限定されない。上記実施の形態に、多様な変更または改良を加えることが可能であることが当業者に明らかである。また、技術的に矛盾しない範囲において、特定の実施形態について説明した事項を、他の実施形態に適用することができる。その様な変更または改良を加えた形態も本発明の技術的範囲に含まれ得ることが、特許請求の範囲の記載から明らかである。
【0142】
特許請求の範囲、明細書、および図面中において示した材料及びその製造方法における動作、手順、ステップ、および段階等の各処理の実行順序は、特段「より前に」、「先立って」等と明示しておらず、また、前の処理の成果物を後の処理で用いるのでない限り、任意の順序で実現しうることに留意すべきである。特許請求の範囲、明細書、および図面中の動作に関して、便宜上「まず、」、「次に、」等を用いて説明したとしても、この順で実施することが必須であることを意味するものではない。