(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024172482
(43)【公開日】2024-12-12
(54)【発明の名称】減衰全反射遠紫外分光法を用いた液体試料の分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/552 20140101AFI20241205BHJP
G01N 33/72 20060101ALI20241205BHJP
G01N 33/483 20060101ALI20241205BHJP
【FI】
G01N21/552
G01N33/72 A
G01N33/483 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023090231
(22)【出願日】2023-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】503092180
【氏名又は名称】学校法人関西学院
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 英俊
(72)【発明者】
【氏名】橋本 剛佑
【テーマコード(参考)】
2G045
2G059
【Fターム(参考)】
2G045DA51
2G045FA14
2G045FA27
2G059AA01
2G059BB04
2G059BB13
2G059CC18
2G059EE02
2G059EE12
2G059HH04
2G059MM01
(57)【要約】
【課題】本発明者らは、赤血球を除去することを必要とせず、液体試料中の赤血球外に存在するヘモグロビンを簡便かつ高感度に分析可能な技術の提供を主な目的とした。
【解決手段】本発明者らは、遠紫外光を用いた減衰全反射分光法によれば、赤血球を除去することを必要とせず、液体試料中の赤血球外に存在するヘモグロビンを簡便かつ高感度に分析できる可能性を見出した。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
減衰全反射遠紫外分光法により液体試料中の赤血球外ヘモグロビンを分析する工程を含む、液体試料の分析方法。
【請求項2】
減衰全反射遠紫外分光法により液体試料中の赤血球外ヘモグロビンを検出及び/又は測定する工程を含む、請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記液体試料が血液由来成分を含有する、請求項1又は2に記載の分析方法。
【請求項4】
前記液体試料が赤血球を含有する、請求項1又は2に記載の分析方法。
【請求項5】
前記液体試料が血液製剤である、請求項1又は2に記載の分析方法。
【請求項6】
前記液体試料が全血試料である、請求項1又は2に記載の分析方法。
【請求項7】
減衰全反射遠紫外分光法により赤血球含有液体試料中の赤血球外ヘモグロビンを分析する工程を含む、当該液体試料の品質管理方法。
【請求項8】
減衰全反射遠紫外分光法により赤血球含有液体試料中の赤血球外ヘモグロビンを検出及び/又は測定する工程を含む、請求項7に記載の品質管理方法。
【請求項9】
前記赤血球含有液体試料が血液製剤である、請求項7又は8に記載の品質管理方法。
【請求項10】
前記赤血球含有液体試料が全血試料である、請求項7又は8に記載の品質管理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、減衰全反射遠紫外分光法を用いた液体試料の分析方法及び減衰全反射遠紫外分光法を用いた液体試料の品質管理方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
溶血とは赤血球が破裂(溶解)する現象である。溶血は、生体内(in vivo)及び生体外(in vitro)のいずれでも生じ得る。in vivo溶血の原因としては、細菌感染、ある種の抗菌薬・抗真菌薬の摂取、自己免疫性溶血性貧血等の自己免疫疾患、鎌状赤血球症・G6PD欠損症等の遺伝性疾患等が知られている。in vitro溶血の原因としては、浸透圧ショック、圧力・遠心力等の機械的なストレス、凍結融解、微生物汚染等が挙げられる。
【0003】
溶血が起こると、ヘモグロビン等の赤血球中の内容物が周囲の液体(例えば血漿)へと放出される。このため、赤血球外に存在するヘモグロビンは溶血の程度の指標となる。遊離ヘモグロビン(ハプトグロビンと結合していない、血漿中のヘモグロビン)は毒性を有するため、例えば溶血が認められた血液製剤は患者に用いることができない。
【0004】
ヘモグロビンを高感度に測定する方法として、比色法や吸着定量法、電気泳動法等が知られている。これらの方法では、赤血球外に存在するヘモグロビンと赤血球細胞膜等に内包されたヘモグロビンとを区別して分析できなかったり、あるいは細胞膜等のヘモグロビン以外の成分が測定精度に影響したりする。このため、上記方法で赤血球外に存在するヘモグロビンを分析する場合、分析前に遠心分離等を行って赤血球を除去することが通常である。しかし上述の通り遠心力等の機械的ストレスは溶血の原因となり得るため、分析前の赤血球除去操作がその後のヘモグロビン分析結果に影響する可能性を排除できない。さらに、上記方法は操作の煩雑さの面でも問題を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2018-533012号公報
【特許文献2】特表2019-518941号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の理由で、赤血球を除去することなく赤血球外に存在するヘモグロビンを分析可能な技術がこれまでに検討されている。例えば特許文献1においては、小孔を備えた多孔質ミラーを用いて毛細管現象により全血サンプルから血漿相を分離し、可視光線を照射してヘモグロビンを測定/検出することが試みられている。しかし特許文献1の開示で用いられる多孔質ミラーは複雑な構造を有するため、洗浄・乾燥操作が煩雑である等の問題を有している。さらに特許文献1においては、約4mg/dLのヘモグロビンが検出可能であったことは記載されているが、それよりも低い濃度のヘモグロビンの検出については検討されていない。
【0007】
また特許文献2においては、フローセルを用いてチャネル内の血液を流動させることでチャネルの縁に生じる、血漿を主成分とする非常に薄い無細胞層における可視光領域の吸収スペクトルを測定することによって、ヘモグロビンを測定することが試みられている。しかし狭いチャネル内を血液が流動する際には剪断応力(すなわち機械的なストレス)が生じ、上述の通り機械的ストレスは溶血の原因となり得るため、これがヘモグロビン分析結果に影響する可能性を排除できない。さらに特許文献2においては、溶血を有する試料中の50mg/dLのヘモグロビンが検出可能であったことは記載されているが、それよりも低い濃度のヘモグロビンの検出については検討されていない。
【0008】
上記事情に鑑みて本発明者らは、赤血球を除去することを必要とせず、液体試料中の赤血球外に存在するヘモグロビンを簡便かつ高感度に分析可能な技術の提供を主な目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、遠紫外光を用いた減衰全反射分光法によれば、赤血球を除去することを必要とせず、液体試料中の赤血球外に存在するヘモグロビンを簡便かつ高感度に分析できる可能性を見出し、さらに改良を重ねた。そして本開示を完成させるに至った。
【0010】
本開示は例えば以下の項に記載の主題を包含する。
項1.
減衰全反射遠紫外分光法により液体試料中の赤血球外ヘモグロビンを分析する工程を含む、液体試料の分析方法。
項2.
減衰全反射遠紫外分光法により液体試料中の赤血球外ヘモグロビンを検出及び/又は測定する工程を含む、項1に記載の分析方法。
項3.
前記液体試料が血液由来成分を含有する、項1又は2に記載の分析方法。
項4.
前記液体試料が赤血球を含有する、項1又は2に記載の分析方法。
項5.
前記液体試料が血液製剤である、項1又は2に記載の分析方法。
項6.
前記液体試料が全血試料である、項1又は2に記載の分析方法。
項7.
減衰全反射遠紫外分光法により赤血球含有液体試料中の赤血球外ヘモグロビンを分析する工程を含む、当該液体試料の品質管理方法。
項8.
減衰全反射遠紫外分光法により赤血球含有液体試料中の赤血球外ヘモグロビンを検出及び/又は測定する工程を含む、項7に記載の品質管理方法。
項9.
前記赤血球含有液体試料が血液製剤である、項7又は8に記載の品質管理方法。
項10.
前記赤血球含有液体試料が全血試料である、項7又は8に記載の品質管理方法。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、赤血球を除去することを必要とせず、液体試料中の赤血球外に存在するヘモグロビンを簡便かつ高感度に分析可能な技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】試験2-1の結果を示す。試験例1-2で作製したHb標準液(0.1mg/dL、1mg/dL、10mg/dL、及び50mg/dL)、並びにコントロールとしてPBSを、ATR-FUV遠紫外分光装置の測定部に40μLアプライし、ATR-FUVスペクトルを測定した。測定したスペクトルからブランクのスペクトルを引いた。191nm付近の吸収は、ヘモグロビン中のアミド結合のπ-π*遷移に帰属される。また、155nm付近の吸収は、水分子に帰属される。
【
図2】試験2-2の結果を示す。試験例1-3で作製したHb漏出モデル試料をATR-FUV遠紫外分光装置の測定部に40μLアプライし、ATR-FUVスペクトルを測定した。測定したスペクトルからブランクのスペクトルを引いた。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示に包含される各実施形態について、さらに詳細に説明する。本開示は、赤血球外に存在するヘモグロビンを分析する工程を含む液体試料の分析方法、赤血球外に存在するヘモグロビンを分析する工程を含む赤血球含有液体試料の品質管理方法等を好ましく包含するが、これらに限定されるわけではなく、本開示は本明細書に開示され当業者が認識できる全てを包含する。
【0014】
本開示において、「赤血球外ヘモグロビン」との用語は、赤血球に内包されていないヘモグロビンを指すものとする。したがって本開示の赤血球外ヘモグロビンには、溶血によって赤血球外に放出されたヘモグロビンが包含される。
【0015】
本開示の技術において分析対象となる液体試料は、赤血球外ヘモグロビンを含有する可能性があれば足り、必ずしも実際に赤血球外ヘモグロビンを含有しなくともよい。また、赤血球を含んでいてもよく、赤血球を含んでいなくてもよい。当該液体試料は、血液由来成分を含有することが好ましく、赤血球を含有することがより好ましい。また、当該液体試料は、血液製剤であること及び/又は全血試料であることが好ましい。
【0016】
本開示の液体試料が、赤血球外ヘモグロビンを含有し得るが赤血球を含まない態様としては、例えば含まれていた全赤血球が溶血した血液製剤が挙げられる。また例えば赤血球を除去した血液製剤が挙げられる。前記血液製剤は、仮に赤血球を除去する前に溶血が生じていた場合には、溶血によって赤血球外へと放出されたヘモグロビン(すなわち赤血球外ヘモグロビン)を含有するが、赤血球は含有しない。
【0017】
本開示において「分析」との用語には、対象物質を検出すること及び対象物質を測定することが包含される。したがって本開示における「赤血球外ヘモグロビンを分析する工程」には、液体試料中に赤血球外ヘモグロビンが存在するか否かを検出する工程及び液体試料中の赤血球外ヘモグロビンの濃度を測定する工程のいずれもが包含される。
【0018】
本開示の技術を用いて液体試料中に赤血球外ヘモグロビンが存在するか否かを検出する場合、例えばヘモグロビンに帰属される波長に吸収がないことを指標としてもよく、赤血球外ヘモグロビンが存在しないことが明らかな対照と分析対象の液体試料との吸収スペクトルを比較してもよい。また、本開示の技術を用いて液体試料中の赤血球外ヘモグロビンの濃度を測定する場合、複数の濃度既知のヘモグロビン溶液の吸収スペクトルから検量線を作成し、分析対象の液体試料中の赤血球外ヘモグロビン濃度を算出してもよい。
【0019】
本開示の液体試料中の赤血球外ヘモグロビンの濃度は特に制限されず、例えば0~100mg/dLであってもよく、0~50mg/dLであることが好ましく、0~10mg/dLであることがより好ましい。前記範囲の上限又は下限は、0.01、0.02、0.03、0.04、0.05、0.06、0.07、0.08、0.09、0.1、0.15、0.2、0.25、0.3、0.35、0.4、0.45、0.5、0.55、0.6、0.65、0.7、0.75、0.8、0.85、0.9、0.95、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、20、30、40、50、60、70、80、又は90mg/dLであってもよい。なお、赤血球外ヘモグロビンの濃度が0mg/dLであるとは、赤血球外ヘモグロビンが検出されないことを指す。
【0020】
減衰全反射測定法(Attenuated Total Reflection Method:ATR法)においては、内部反射素子(Internal Reflection Element:IRE)を測定試料に接触させた状態で、IRE内部に臨界角以上の角度で光を入射させ、IREを透過した光を測定試料との界面で全反射させる。全反射の際、IRE側から測定試料側へとわずかに光が染み出す(エバネッセント波)。ATR法とは、全反射の際に生じるエバネッセント波を利用して、前記界面の近傍(換言すれば、測定試料の表面付近)に存在する分子の吸収スペクトルを得る手法である。
【0021】
ATR法において、測定試料への光の染み出し深さは、入射光の波長、入射角、IREの屈折率及び測定試料の屈折率に依存する。光の染み出し深さと、入射光の波長、入射角、IREの屈折率及び測定試料の屈折率との関係を以下に示す。
【0022】
【数1】
dp:光の染み出し深さ
λ:入射光の波長
θ:入射角
n
1:IREの屈折率
n
2:測定試料の屈折率
【0023】
上式から明らかなように、光の染み出し深さは、入射光の波長が短いほど浅く、長いほど深くなる。ATR法の入射光としては、赤外光(Infrared:IR)が頻用される。IRを用いたATR法は、一般にATR-IR分光法と称される。ATR-IR分光法における染み出し深さは1~10μm程度である。したがって、ATR-IR分光法においては、測定試料の表面から約1~10μmの範囲に存在する分子の吸収スペクトルが検出される。
【0024】
また特許文献2においては、約420nmの光を入射光として用いることが開示されている。特許文献2に開示された条件での光の染み出し深さは、約280nmである。
【0025】
上記波長の光を用いる従来のATR法で液体試料中のヘモグロビンを検出する場合、赤血球内に存在するヘモグロビンと赤血球外に存在するヘモグロビンとを識別できない。すなわち、染み出し深さが赤血球の糖鎖修飾部分を含む細胞膜の厚さ(糖鎖の長さ+脂質二重膜の厚さ、約55nm)よりも長いため、エバネッセント波が赤血球内部にまで到達する結果、当該ATR法によって得られる吸収スペクトルは、赤血球内に存在するヘモグロビンによる吸収と赤血球外に存在するヘモグロビンによる吸収の両方を反映したものとなる。
【0026】
上記理由により、従来のATR法で赤血球外に存在するヘモグロビンを分析する場合、赤血球内に存在するヘモグロビンによる吸収スペクトルへの影響を排除するために、あらかじめ赤血球を除去した試料を分析に供するか、あるいは特許文献1に開示されたように多孔質ミラーを用いたり、特許文献2に開示されたようにフローセルを用いたりする必要がある。
【0027】
本開示の技術においては、ATR法の入射光として遠紫外光が用いられる。本開示において遠紫外光(Far-ultraviolet:FUV)とは、波長が100~300nmの電磁波を指すものとする。また、当該遠紫外光を用いたATR法を、減衰全反射遠紫外分光法(ATR-FUV分光法)と称することがある。
【0028】
本開示の技術で用いられる遠紫外光の波長は、所望の効果が得られる限りにおいて特に制限されない。例えば100~300nmであってもよく、120~280nmであることが好ましく、140~260nmであることがより好ましい。前記範囲の上限又は下限は、110、120、130、140、150、160、170、180、190、200、210、220、230、240、250、260、270、280、又は290nmであってもよい。
【0029】
特に制限されないが、ヘモグロビンは191nm付近に吸収を有するため、本開示の技術で用いられる遠紫外光は180~200nmの波長を含むことが好ましい。当該191nm付近の吸収は、タンパク質中のアミド結合のπ-π*遷移に帰属される。また、赤血球を構成する細胞膜には脂質が含まれ、脂質は160~165nm付近に吸収を有する。したがって、本開示の技術で用いられる遠紫外光が150~170nm付近の波長を含む場合には、試料中の赤血球外に存在するヘモグロビンとともに赤血球も分析することができる。すなわち、試料中の赤血球外に存在するヘモグロビンとともに赤血球も分析できる観点から、本開示の技術で用いられる遠紫外光は150~170nm及び180~200nmの波長を含むことが特に好ましい。さらに、本開示の技術で用いられる遠紫外光は、水分子が吸収を有する155nm付近の波長を含むことが好ましい。
【0030】
本開示の技術で用いられる内部反射素子(IRE)の材質は特に制限されないが、下式で定まる臨界角を小さくする観点から、屈折率が大きい材質が好ましい。
【0031】
【数2】
θc:臨界角
n
1:IREの屈折率
n
2:測定試料の屈折率
【0032】
IREの材質としては、例えばZnSe、ダイヤモンド、Ge、Si、サファイアガラス(酸化アルミニウム)等が挙げられ、なかでもサファイアガラスが好ましい。
【0033】
本開示の技術において、遠紫外光の入射角は臨界角以上であれば特に制限されない。上述した通り、光の染み出し深さは入射光の波長の他、入射角、IREの屈折率、及び測定試料の屈折率により定まる。したがって、光の染み出し深さが所望の値となるように、入射角はIREの材質及び測定試料に応じて適宜調整され得る。例えばIREの材質がサファイアガラスである場合、遠紫外光の入射角は35~75°であってもよく、50~75°であることが好ましく、65~75°であることがより好ましく、70°であることが特に好ましい。前記範囲の上限又は下限は、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、49、50、51、52、53、54、55、56、57、58、59、60、61、62、63、64、65、66、67、68、69、70、71、72、73、74、又は75°であってもよい。
【0034】
本開示の技術において、光の染み出し深さは80nm以下である。赤血球外に存在するヘモグロビンを選択的に分析する観点から、光の染み出し深さは70nm以下であることが好ましく、60nm以下であることがより好ましい。下限は特に制限されず、例えば10nm以上であってもよく、20nm以上であってもよい。したがって本開示の技術における光の染み出し深さは、例えば10~80nmであってもよく、20~70nmであることが好ましく、20~60nmであることがより好ましい。前記範囲の上限又は下限は、10、15、20、25、30、35、40、45、50、55、60、65、70、又は75nmであってもよい。
【0035】
上述した通り、赤血球の糖鎖修飾部分を含む細胞膜の厚さ(糖鎖の長さ+脂質二重膜の厚さ)は約55nmである。したがってATR-FUV分光法を用いる本開示の技術によれば、エバネッセント波は赤血球内部にまで到達しないか、到達しても極わずかとなる。また、エバネッセント波は界面から離れるほど強度が低下するという特徴を有する。よって、仮にエバネッセント波が赤血球内部にまで到達したとしても、赤血球内に存在するヘモグロビンによる吸収スペクトルへの影響は非常に小さい。特に拘束される訳ではないが、本開示の技術においては前記メカニズムにより、赤血球を除去する工程や特許文献1、2で用いられた多孔質ミラーやフローセルを必要とせずに、液体試料中の赤血球外に存在するヘモグロビンを簡便かつ高感度に分析可能であることが推測される。
【0036】
上記特徴により、本開示の技術は赤血球外ヘモグロビンの存在を指標として、溶血の有無の検出に好適に用いられる。分析対象の液体試料が血液である場合には、当該血液が由来する対象において溶血を生じる異常が生じているか否かを診断する指標となり得る。
【0037】
また上述の通り、赤血球外ヘモグロビンは毒性を有する。このため本開示の技術の分析対象の液体試料が血液製剤である場合には、当該血液製剤が輸血に適しているか否かを判断する指標となり得る。すなわち本開示の技術によって赤血球外ヘモグロビンが検出された場合には、当該血液製剤は輸血に適さないと判断され得る。
【0038】
さらに上述の通り、本開示の技術は高感度に赤血球外ヘモグロビンを検出することができる。したがって、本開示の技術は血液製剤の高度な品質管理、ひいては血液製剤の利用可能期間の延長に資することが期待される。
【0039】
なお、本明細書において「含む」とは、「含有する」の他に、「本質的にからなる」と、「からなる」をも包含する(The term “comprising” includes “essentially consisting of” and ”consisting of.“)。また、本開示は、本明細書に説明した構成要件の任意の組み合わせを全て包含する。
【0040】
また、上述した本開示の各実施形態について説明した各種特性(性質、数値、機能等)は、本開示に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例0041】
以下、例を示して本開示の実施形態をより具体的に説明するが、本開示の実施形態は下記の例に限定されるものではない。
【0042】
1.試料の作製
1-1.赤血球(RBC)の精製
ラットの心臓から血液を採取した後、凝固防止のために0.5MのEDTA-リン酸緩衝生理食塩水(PBS)を最終濃度が0.1Mとなるように混合した。その後15000rpm、10min、4℃で遠心分離し、上清(血漿成分)並びにバッフィーコート(白血球及び血小板)を除去した。残り(赤血球、本開示においてRed Blood Cells:RBCと称することがある)を4℃で保存した。
【0043】
1-2.ヘモグロビン(Hb)標準液の作製
1-1で精製したRBCを400μL分取し、超純水を400μL加えてピペッティングすることにより、溶血処理を行った。その後15000rpm、10min、4℃で遠心分離し、上清を回収した。当該上清をヘモグロビン(Hb)原液と称することがある。
【0044】
Hb原液をPBSで希釈し、光路長1cmの石英ガラスセルを使用して、紫外可視分光光度計で400~600nmの吸収スペクトルを測定した。
【0045】
酸素化Hbが吸収を有する414nmのピーク強度、モル吸光係数、及びHbの分子量から、Hb原液の濃度(mg/dL)を求め、Hb原液の希釈系列(Hb標準液)を作製した。
【0046】
1-3.Hb漏出モデル試料作製
1-1で精製したRBC20μL及び1-2で作製したHb標準液を混合し、Hb濃度が0.1mg/dL、10mg/dL、50mg/dLのHb漏出モデル試料を作製した。また、Hb標準液の代わりにPBS20μLをRBC20μLと混合したものをコントロールとした。なお、溶血が生じないように混合は極力穏やかに行った。
【0047】
2.ATR-FUVスペクトルの測定
ATR-FUVスペクトルの測定は分光計器社製のATR-FUV遠紫外分光装置を用いて行った。本試験例では特に記載がない限り、サファイアガラス製のIREを用い、入射角は70°として測定を行った。また、測定部が空の状態で測定したATR-FUVスペクトルを、本試験例においてブランクと称する。
【0048】
2-1.Hb標準液のスペクトル測定
1-2で作製したHb標準液(0.1mg/dL、1mg/dL、10mg/dL、及び50mg/dL)、並びにコントロールとしてPBSを、ATR-FUV遠紫外分光装置の測定部に40μLアプライし、ATR-FUVスペクトルを測定した。測定したスペクトルからブランクのスペクトルを引いた結果を
図1に示す。
【0049】
2-2.Hb漏出モデル試料のスペクトル測定
1-3で作製した試料をATR-FUV遠紫外分光装置の測定部に40μLアプライし、ATR-FUVスペクトルを測定した。測定したスペクトルからブランクのスペクトルを引いた結果を
図2に示す。
【0050】
3.考察
図1及び2に示す通り、ヘモグロビン中のアミド結合のπ-π*遷移に帰属される191nmのバンドは、試料中のヘモグロビン濃度が高いほどバンド強度が強くなる傾向が認められた。当該結果から、本開示の技術によれば赤血球を除去することを必要とせずに、液体試料中の赤血球外ヘモグロビンの濃度を測定可能であることが示唆された。
【0051】
また、本開示の技術によれば赤血球の除去を必要とせずに、液体試料中の0.1mg/dL程度と極めて低い濃度の赤血球外ヘモグロビンを高感度に検出可能であることが示唆された。