(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024175031
(43)【公開日】2024-12-17
(54)【発明の名称】アトピー性皮膚炎の検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20241210BHJP
【FI】
G01N33/50 D ZNA
G01N33/50 D
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024159052
(22)【出願日】2024-09-13
(62)【分割の表示】P 2021551626の分割
【原出願日】2020-10-02
(31)【優先権主張番号】P 2019184174
(32)【優先日】2019-10-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003421
【氏名又は名称】弁理士法人フィールズ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村田 幸久
(72)【発明者】
【氏名】中村 達朗
(72)【発明者】
【氏名】濱崎 雄大
(72)【発明者】
【氏名】大矢 幸弘
(72)【発明者】
【氏名】犬塚 祐介
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴和子
(57)【要約】
【課題】アトピー性皮膚炎を検出する新規な方法と、アトピー性皮膚炎に対する治療効果の新規な判定方法の提供。
【解決手段】本発明によれば、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程を含んでなる、アトピー性皮膚炎の検出方法が提供される。本発明によればまた、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程を含んでなる、アトピー性皮膚炎に対する治療効果の判定方法が提供される。本発明によれば、アトピー性皮膚炎やアトピー性皮膚炎に対する治療効果を被験対象の生体試料に基づいて定量的に検出できる点で有利である。また、被験対象の生体試料は非侵襲的に採取したものを用いることができる点でも有利である。
【選択図】
図13
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程を含んでなる、アトピー性皮膚炎の検出方法。
【請求項2】
前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度とを比較する工程をさらに含む、請求項1に記載の検出方法。
【請求項3】
前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がアトピー性皮膚炎に罹患していることが示される、請求項1または2に記載の検出方法。
【請求項4】
前記生体試料が体液である、請求項1~3のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項5】
対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程を含んでなる、アトピー性皮膚炎に対する治療効果の判定方法。
【請求項6】
前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度とを比較する工程をさらに含む、請求項5に記載の判定方法。
【請求項7】
前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、治療前の対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、あるいは、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、治療効果があることが示される、請求項5または6に記載の判定方法。
【請求項8】
アトピー性皮膚炎に対する治療が、薬物療法またはプロアクティブ療法である、請求項5~7のいずれか一項に記載の判定方法。
【請求項9】
前記生体試料が体液である、請求項5~8のいずれか一項に記載の判定方法。
【請求項10】
前記脂質代謝物が、アラキドン酸代謝物、エイコサペンタエン酸代謝物およびドコサヘキサエン酸代謝物からなる群から選択される1種または2種以上である、請求項1~4のいずれか一項に記載の検出方法または請求項5~9のいずれか一項に記載の判定方法。
【請求項11】
前記脂質代謝物が、アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の濃度が健常な対象の生体試料中の濃度よりも高い傾向にあるものである、請求項1~4および10のいずれか一項に記載の検出方法または請求項5~10のいずれか一項に記載の判定方法。
【請求項12】
前記脂質代謝物が、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGJ2、テトラノル-PGDM、20-ヒドロキシ-PGE2、15-ケト-PGE2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGE2、テトラノル-PGEM、15-ケト-PGF2α、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF1α、テトラノル-PGFM、6,15-ジケト-13,14-ジヒドロ-PGF1α、5-HpETE、17-HETE、11β-13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2α、PGK2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF1β、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGE2、6-ケト-PGF1αおよびTXB2からなる群から選択される1種または2種以上である、請求項11に記載の検出方法または請求項11に記載の判定方法。
【請求項13】
前記脂質代謝物が、アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の濃度が健常な対象の生体試料中の濃度よりも低い傾向にあるものである、請求項1~4および10のいずれか一項に記載の検出方法または請求項5~10のいずれか一項に記載の判定方法。
【請求項14】
前記脂質代謝物が、5-HETE、アラキドン酸(AA)、11β-13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2α、iPF2α-IV、EPA、4-HDoHE、10,17-DiHDoHEおよびPGD3からなる群から選択される1種または2種以上である、請求項13に記載の検出方法または請求項13に記載の判定方法。
【請求項15】
前記脂質代謝物の濃度を質量分析法により測定する、請求項1~4および10~14のいずれか一項に記載の検出方法または請求項5~14のいずれか一項に記載の判定方法。
【請求項16】
脂質代謝物を含んでなる、アトピー性皮膚炎マーカー。
【請求項17】
前記脂質代謝物が、アラキドン酸代謝物、エイコサペンタエン酸代謝物およびドコサヘキサエン酸代謝物からなる群から選択される1種または2種以上である、請求項16に記載のアトピー性皮膚炎マーカー。
【請求項18】
前記脂質代謝物が、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGJ2、テトラノル-PGDM、20-ヒドロキシ-PGE2、15-ケト-PGE2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGE2、テトラノル-PGEM、15-ケト-PGF2α、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF1α、テトラノル-PGFM、6,15-ジケト-13,14-ジヒドロ-PGF1α、5-HpETE、17-HETE、11β-13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2α、PGK2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF1β、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGE2、6-ケト-PGF1α、TXB2、5-HETE、アラキドン酸(AA)、iPF2α-IV、EPA、4-HDoHE、10,17-DiHDoHEおよびPGD3からなる群から選択される1種または2種以上である、請求項16または17に記載のアトピー性皮膚炎マーカー。
【請求項19】
アトピー性皮膚炎の治療薬または緩和剤の候補を対象に投与する工程と、前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程とを含んでなる、アトピー性皮膚炎の治療薬または緩和剤のスクリーニング方法。
【請求項20】
治療薬または緩和剤の候補の投与後の対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較する工程をさらに含む、請求項19に記載のスクリーニング方法。
【請求項21】
治療薬または緩和剤の候補の投与後の対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、治療薬または緩和剤の候補の投与前の対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、あるいは、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、前記治療薬または緩和剤の候補に治療効果があることが示される、請求項19または20に記載のスクリーニング方法。
【請求項22】
生体試料中の脂質代謝物においてアトピー性皮膚炎マーカーを同定する方法であって、アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と、健常な対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程と、前記の測定した2つの濃度を比較する工程を含む方法。
【請求項23】
アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、当該脂質代謝物がアトピー性皮膚炎マーカーであることが示される、請求項22に記載の同定方法。
【請求項24】
対象の生体試料中の脂質代謝物の定量手段を含んでなる、アトピー性皮膚炎の検出用キット。
【請求項25】
(A)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程と、(B)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度とを比較する工程と、(C)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がアトピー性皮膚炎に罹患していると決定する工程と、(N)アトピー性皮膚炎に罹患していると決定された対象に、アトピー性皮膚炎に対する治療を実施する工程を含んでなる、アトピー性皮膚炎の治療方法
【発明の詳細な説明】
【関連出願の参照】
【0001】
本願は、先行する日本国出願である特願2019-184174(出願日:2019年10月4日)の優先権の利益を享受するものであり、その開示内容全体は引用することにより本明細書の一部とされる。
【技術分野】
【0002】
本発明は、アトピー性皮膚炎の検出方法に関する。本発明はまた、アトピー性皮膚炎に対する治療効果の判定方法に関する。
【背景技術】
【0003】
アトピー性皮膚炎(AD)は、憎悪と寛解を繰り返す、掻痒のある湿疹によって特徴づけられる炎症性皮膚疾患である。ADは遺伝的な要素と環境的な要素の相互作用によって引き起こされるが、ADの患者数は近年増加しており、子供と成人の有症率はそれぞれ9.8~13.2%、2.5~9.4%と推定されている。また、乳児期におけるADの発症は、食物アレルギー、気管支喘息、アレルギー性鼻炎といった他のアレルギー性疾患の発症リスクを上昇させる報告もある。AD病変では、Th2細胞がIL-4やIL-13といったTh2サイトカイン、TARCといったケモカインと相関しており、血清TARCレベルはADのマーカーとして有用であることが知られている(非特許文献1、非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Thijs J et al., Current Opinion in Allergy and Clinical Immunology, 15(5):453-460 (2015)
【非特許文献2】Judith L et al., J. Clin. Med, 4, 479-487(2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、アトピー性皮膚炎を検出する新規な方法を提供することを目的とする。本発明はまた、アトピー性皮膚炎に対する治療効果の新規な判定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは今般、アトピー性皮膚炎モデルマウスおよびアトピー性皮膚炎患者の生体試料中の脂質代謝物の量が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物とは異なることを確認した。本発明者らはまた、前記の脂質代謝物濃度を指標にすることにより、アトピー性皮膚炎を検出できることを見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0007】
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程を含んでなる、アトピー性皮膚炎の検出方法または診断方法。
[2]前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度とを比較する工程をさらに含む、上記[1]に記載の検出方法または診断方法。
[3]前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がアトピー性皮膚炎に罹患していることが示される、上記[1]または[2]に記載の検出方法または診断方法。
[4]前記生体試料が体液である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の検出方法または診断方法。
[5]対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程を含んでなる、アトピー性皮膚炎に対する治療効果の判定方法。
[6]前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度とを比較する工程をさらに含む、上記[5]に記載の判定方法。
[7]前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、治療前の対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、あるいは、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、治療効果があることが示される、上記[5]または[6]に記載の判定方法。
[8]アトピー性皮膚炎に対する治療が、薬物療法またはプロアクティブ療法である、上記[5]~[7]のいずれかに記載の判定方法。
[9]前記生体試料が体液である、上記[5]~[8]のいずれかに記載の判定方法。
[10]前記脂質代謝物が、アラキドン酸代謝物、エイコサペンタエン酸代謝物およびドコサヘキサエン酸代謝物からなる群から選択される1種または2種以上である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の検出方法もしくは診断方法または上記[5]~[9]のいずれかに記載の判定方法。
[11]前記脂質代謝物が、アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の濃度が健常な対象の生体試料中の濃度よりも高い傾向にあるものである、上記[1]~[4]および[10]のいずれかに記載の検出方法もしくは診断方法または上記[5]~[10]のいずれかに記載の判定方法。
[12]前記脂質代謝物が、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGJ2、テトラノル-PGDM、20-ヒドロキシ-PGE2、15-ケト-PGE2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGE2、テトラノル-PGEM、15-ケト-PGF2α、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF1α、テトラノル-PGFM、6,15-ジケト-13,14-ジヒドロ-PGF1α、5-HpETE、17-HETE、11β-13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2α、PGK2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF1β、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGE2、6-ケト-PGF1αおよびTXB2からなる群から選択される1種または2種以上である、上記[11]に記載の検出方法もしくは診断方法または上記[11]に記載の判定方法。
[13]前記脂質代謝物が、アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の濃度が健常な対象の生体試料中の濃度よりも低い傾向にあるものである、上記[1]~[4]および[10]のいずれかに記載の検出方法もしくは診断方法または上記[5]~[10]のいずれかに記載の判定方法。
[14]前記脂質代謝物が、5-HETE、アラキドン酸(AA)、11β-13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2α、iPF2α-IV、EPA、4-HDoHE、10,17-DiHDoHEおよびPGD3からなる群から選択される1種または2種以上である、上記[13]に記載の検出方法もしくは診断方法または上記[13]に記載の判定方法。
[15]前記脂質代謝物の濃度を質量分析法により測定する、上記[1]~[4]および[10]~[14]のいずれかに記載の検出方法もしくは診断方法または上記[5]~[14]のいずれかに記載の判定方法。
[16]脂質代謝物を含んでなる、アトピー性皮膚炎マーカー。
[17]前記脂質代謝物が、アラキドン酸代謝物、エイコサペンタエン酸代謝物およびドコサヘキサエン酸代謝物からなる群から選択される1種または2種以上である、上記[16]に記載のアトピー性皮膚炎マーカー。
[18]前記脂質代謝物が、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGJ2、テトラノル-PGDM、20-ヒドロキシ-PGE2、15-ケト-PGE2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGE2、テトラノル-PGEM、15-ケト-PGF2α、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF1α、テトラノル-PGFM、6,15-ジケト-13,14-ジヒドロ-PGF1α、5-HpETE、17-HETE、11β-13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2α、PGK2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF1β、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGE2、6-ケト-PGF1α、TXB2、5-HETE、アラキドン酸(AA)、iPF2α-IV、EPA、4-HDoHE、10,17-DiHDoHEおよびPGD3からなる群から選択される1種または2種以上である、上記[16]または[17]に記載のアトピー性皮膚炎マーカー。
[19]アトピー性皮膚炎の治療薬または緩和剤の候補を対象に投与する工程と、前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程とを含んでなる、アトピー性皮膚炎の治療薬または緩和剤のスクリーニング方法。
[20]治療薬または緩和剤の候補の投与後の対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較する工程をさらに含む、上記[19]に記載のスクリーニング方法。
[21]治療薬または緩和剤の候補の投与後の対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、治療薬または緩和剤の候補の投与前の対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、あるいは、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、前記治療薬または緩和剤の候補に治療効果があることが示される、上記[19]または[20]に記載のスクリーニング方法。
[22]生体試料中の脂質代謝物においてアトピー性皮膚炎マーカーを同定する方法であって、アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と、健常な対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程と、前記の測定した2つの濃度を比較する工程を含む方法。
[23]アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、当該脂質代謝物がアトピー性皮膚炎マーカーであることが示される、上記[22]に記載の同定方法。
[24]対象の生体試料中の脂質代謝物の定量手段を含んでなる、アトピー性皮膚炎の検出用キットまたは診断用キット。
[25](A)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程と、(B)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度とを比較する工程と、(C)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がアトピー性皮膚炎に罹患していると決定する工程と、(N)アトピー性皮膚炎に罹患していると決定された対象に、アトピー性皮膚炎に対する治療を実施する工程を含んでなる、アトピー性皮膚炎の治療方法。
【0008】
本発明によれば、アトピー性皮膚炎やアトピー性皮膚炎に対する治療効果を被験対象の生体試料に基づいて定量的に検出できる点で有利である。また、被験対象の生体試料は非侵襲的に採取したものを用いることができる点でも有利である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、アトピー性皮膚炎モデルマウスの作製手順を時系列で示す。
【
図2】
図2は、ADモデルマウスのDNFB処置前、1回目、2回目、3回目の刺激における背部皮膚の典型的な写真を示す。
【
図3】
図3は、ADモデルマウスのDNFB処置前、1回目、2回目、3回目の刺激における皮膚炎スコアを示す。データは平均±標準誤差(n=8)で示す。
**P<0.01は処置前と比較した場合の有意差を示す。
【
図4】
図4は、ADモデルマウスのDNFB処置前、1回目、2回目、3回目の刺激におけるひっかき回数を示す。データは平均±標準誤差(n=8)で示す。
*P<0.05、
**P<0.01はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示し、
†P<0.05、
††P<0.01は1回目の刺激と比較した場合の有意差を示す。
【
図5】
図5は、ADモデルマウスのDNFB処置前、1回目、2回目、3回目の刺激における耳の厚さを示す。
**P<0.01はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示す。
【
図6】
図6は、ADモデルマウスのDNFB処置前、1回目、2回目、3回目の刺激における背部の水分蒸散量(TEWL)を示す。
*P<0.05、
**P<0.01はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示す。
【
図7】
図7は、ADモデルマウスのDNFB処置前、1回目、3回目の刺激における背部皮膚病変部断片のHE染色像の典型例を示す。スケールバーは50μmを示す。
【
図8】
図8は、HE染色画像から測定したADモデルマウスの表皮肥厚を示す。データは平均±標準誤差(n=5-7)で示す。
**P<0.01はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示し、
†P<0.05は1回目の刺激と比較した場合の有意差を示す。
【
図9】
図9は、ADモデルマウスのCAE染色の画像の典型例を示す(A:肥満細胞、B:好中球)。
【
図10】
図10は、ADモデルマウスのDNFB処置前、1回目、3回目の刺激におけるCAE染色の画像から定量した肥満細胞数(A)、好中球数(B)を示す。データは平均±標準誤差(n=5-7)で示す。
**P<0.01はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示す。
【
図11】
図11は、ADモデルマウスのMGG染色の画像の典型例を示す(好酸球)。
【
図12】
図12は、ADモデルマウスのDNFB処置前、1回目、3回目の刺激におけるMGG染色の画像から定量した好酸球数を示す。データは平均±標準誤差(n=5-7)で示す。
**P<0.01はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示す。
【
図13】
図13A~Cは、ADモデルマウス尿中に排泄されたAA由来、COX下流のPGD2を経由した脂質メディエーターの量を示す。
*P<0.05、
**P<0.01はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示す。
【
図14】
図14A~Eは、ADモデルマウス尿中に排泄されたAA由来、COX下流のPGE2を経由した脂質メディエーターの量を示す。
*P<0.05、
**P<0.01はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示し、
††P<0.01は1回目の刺激と比較した場合の有意差を示す。
【
図15】
図15は、ADモデルマウス尿中に排泄されたAA由来、COX下流のPGF2αを経由した脂質メディエーターの量を示す。
**P<0.01はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示し、
†P<0.05は1回目の刺激と比較した場合の有意差を示す。
【
図16】
図16は、ADモデルマウス尿中に排泄されたAA由来、COX下流のPGI2を経由した脂質メディエーターの量を示す。
*P<0.05はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示し、
†P<0.05は1回目の刺激と比較した場合の有意差を示す。
【
図17】
図17は、ADモデルマウス尿中に排泄されたAA由来、COX下流のTXB2の量を示す。
**P<0.01はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示す。
【
図18】
図18AおよびBは、ADモデルマウス尿中に排泄されたAA由来で、酵素非依存的酸化により産生する脂質メディエーターの量を示す。
*P<0.05はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示し、
†P<0.05は1回目の刺激と比較した場合の有意差を示す。
【
図19】
図19AおよびBは、ADモデルマウス尿中に排泄されたn-3系脂肪酸由来、LOX下流の脂質メディエーターの産生量を示す。
*P<0.05、
**P<0.01はDNFB処置前と比較した場合の有意差を示し、
†P<0.05、
††P<0.01は1回目の刺激と比較した場合の有意差を示す。
【
図20】
図20A~Dは、ADモデルマウスの3回目のDNFB刺激後の皮膚病変部から抽出したcox-1(A)、cox-2(B)、mpges-1(C)、Akr1b3(D)、Txs(E)、H-pgds(F)、mpges-2(G)、cpges(H)およびL-pgds(I)のmRNA発現量を示す。データは平均±標準誤差(各n=5-7)で示す。
*P<0.05、
**P<0.01は対照(溶媒処理)と比較した場合の有意差を示す。
【
図21】
図21は、ADモデルマウスの皮膚病変部のCOX-1、COX-2、mPGES-1、AKR1B3、溶媒(ビークル)、正常ヤギ血清、正常ウサギIgGおよびTXSの免疫染色画像の典型例を示す。スケールバーは50μmを示す。
【
図22】
図22AおよびBは、AD患者(n=10-14)の尿中に排泄されたAA由来、COX下流のPGD2を経由した脂質メディエーターの量を示す。データは内部標準に対する比率であり平均値±標準誤差で示す。
*P<0.05は対照(各n=3-4)と比較した場合の有意差を示す。
【
図23】
図23A~Dは、AD患者(n=10-14)の尿中に排泄されたAA由来、COX下流のPGE2を経由した脂質メディエーターの量を示す。データは内部標準に対する比率であり平均値±標準誤差で示す。
*P<0.05は対照(各n=3-4)と比較した場合の有意差を示す。
【
図24】
図24A~Cは、AD患者(n=10-14)の尿中に排泄されたAA由来、COX下流のPGF2αを経由した脂質メディエーターの量を示す。データは内部標準に対する比率であり平均値±標準誤差で示す。
*P<0.05は対照(n=3-4)と比較した場合の有意差を示す。
【
図25】
図25は、AD患者(n=10-14)の尿中に排泄されたAA由来、COX下流のPGI2を経由した脂質メディエーターの量を示す。データは内部標準に対する比率であり平均値±標準誤差で示す。
*P<0.05は対照(n=3-4)と比較した場合の有意差を示す。
【
図26】
図26AおよびBは、AD患者(n=10-14)の尿中に排泄されたAA由来、LOX下流の脂質メディエーターの量を示す。データは内部標準に対する比率であり平均値±標準誤差で示す。
*P<0.05は対照(n=3-4)と比較した場合の有意差を示す。
【
図27】
図27は、AD患者(n=10-14)の尿中に排泄されたAA由来、CYP下流の脂質メディエーターの量を示す。データは内部標準に対する比率であり平均値±標準誤差で示す。
*P<0.05は対照(n=3-4)と比較した場合の有意差を示す。
【
図28】
図28は、AD患者(n=10-14)の尿中に排泄されたAA、AAの酵素非依存的酸化により生じた脂質メディエーターの量を示す。データは内部標準に対する比率であり平均値±標準誤差で示す。
*P<0.05、
**P<0.01は対照(n=3-4)と比較した場合の有意差を示す。
【
図29】
図29は、AD患者(n=10-14)の尿中に排泄されたEPAの量を示す。データは内部標準に対する比率であり平均値±標準誤差で示す。
*P<0.05は対照(各n=3-4)と比較した場合の有意差を示す。
【
図30】
図30AおよびBは、AD患者(n=10-14)の尿中に排泄されたDHA由来でLOX下流の脂質メディエーターの量を示す。データは内部標準に対する比率であり平均値±標準誤差で示す。
*P<0.05は対照(各n=3-4)と比較した場合の有意差を示す。
【
図31】
図31Aは、テープストリッピング(Tape Stripping)処置を行ったマウス(非アレルギー性皮膚炎モデルマウス)を用いた実験を時系列で示す。
図31Bは、非アレルギー性皮膚炎モデルマウスの背部皮膚断片のHE染色像の典型例を示す。スケールバーは50μmを示す。
図31Cは、HE染色画像から測定した非アレルギー性皮膚炎モデルマウスの表皮肥厚を示す。データは平均±標準誤差(n=4-7)で示す。
図31Dは、非アレルギー性皮膚炎モデルマウスの皮膚部から抽出したTslp、Il-4、Il-13およびCcl17のmRNA発現量を示す。データは平均±標準誤差(n=4-7)で示す。
図31Eは、非アレルギー性皮膚炎モデルマウスの尿中に排出されたAA由来、COX下流の脂質メディエーターの量を示す。データは内部標準に対する比率であり平均±標準誤差(n=4-7)で示す。
*P<0.05はテープストリッピング処置を行った日(0日)と比較した場合の有意差を示す。
図31Fは、非アレルギー性皮膚炎モデルマウスの皮膚部から抽出したCox-2、mPGES-2、Akr1B3およびH-pgdsのmRNA発現量を示す。データは平均±標準誤差(n=4-7)で示す。
図31Gは、非アレルギー性皮膚炎モデルマウスの皮膚部の免疫染色画像の典型例を示す(左:ISO(アイソタイプ抗体による陰性対照)、右:AKR1B3抗体)。スケールバーは50μmを示す。
【
図32】
図32Aは、非アレルギー性皮膚炎モデルマウスのMGG染色の画像から定量した好酸球数(左)、好中球数(中)、肥満細胞数(右)を示す。データは平均±標準誤差(n=4-7)で示す。
*P<0.05、
**P<0.01は対照(n=4-7)と比較した場合の有意差を示す。非アレルギー性皮膚炎モデルマウスの尿中に排泄されたPGF2αを経由した脂質メディエーター(左)およびPGE2を経由した脂質メディエーター(中、右)の量を示す。
【発明の具体的説明】
【0010】
本発明において「脂質代謝物」とは、生体において酵素依存的酸化または酵素非依存的酸化(本明細書中「OX」ということがある)による分解で生じた脂質の分解物を意味し、炎症反応を制御する生理作用を持った脂質メディエーターを包含する。酵素依存的酸化は、生体内に存在する脂質代謝酵素により進行する。当該酵素としては、アトピー性皮膚炎の発症および進展に関連する脂質代謝酵素(好ましくはアトピー性皮膚炎の発症および進展により活性化される脂質代謝酵素)が挙げられ、例えば、シクロオキシゲナーゼ(本明細書中「COX」ということがある)、リポキシゲナーゼ(本明細書中「LOX」ということがある)(例えば、5-LOX、15―LOX)、シトクロムp450(本明細書中「CYP」ということがある)が挙げられる。また、酵素依存的酸化または酵素非依存的酸化により分解される脂質の例としては、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸およびドコサヘキサエン酸が挙げられる。
【0011】
本発明において脂質代謝物の例としては、アラキドン酸代謝物、エイコサペンタエン酸代謝物およびドコサヘキサエン酸代謝物が挙げられる。脂質代謝物は、アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の濃度が健常な対象の生体試料中の濃度よりも高い(または上回る)傾向にあるもの(脂質代謝物X)と、アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の濃度が健常な対象の生体試料中の濃度よりも低い(または下回る)傾向にあるもの(脂質代謝物Y)に分類できる。脂質代謝物Xの例としては、アラキドン酸のCOX代謝物(例えば、11β-13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2α(11β-13,14-dihydro-15-keto-PGF2α)、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGJ2(13,14-dihydro-15-keto-PGJ2)、テトラノル-PGDM(tetranor-Prostaglandin D Metabolite)(本明細書中「テトラノル-PGDM」は、9-ヒドロキシ-11,15-ジオキソ-13,14-ジヒドロ-2,3,4,5-テトラノル-プロスタン-1,20-ジオイック酸(9-hydroxy-11,15-dioxo-13,14-dihydro-2,3,4,5-tetranor-prostan-1,20-dioic acid)である)、20-ヒドロキシ-PGE2(20-hydroxy-PGE2)、15-ケト-PGE2(15-keto-PGE2)、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGE2(13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGE2)、テトラノル-PGEM(tetranor-Prostaglandin E Metabolite)(本明細書中「テトラノル-PGEM」は、9,15-ジオキソ-11-ヒドロキシ-13,14-ジヒドロ-2,3,4,5-テトラノル-プロスタン-1,20-ジオイック酸(9,15-dioxo-11-hydroxy-13、14-dihydro-2,3,4,5-tetranor-prostan-1,20-dioic acid)である)、15-ケト-PGF2α(15-keto-PGF2α)、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF1α(13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGF1α)、テトラノル-PGFM(tetranor-Prostaglandin F Metabolite)(本明細書中「テトラノル-PGFM」は、9α,11-ジヒドロキシ-15-オキソ-13,14-ジヒドロ-2,3,4,5-テトラノル-プロスタン-1,20-ジオイック酸(9α,11-dihydroxy-15-oxo-13,14-dihydro-2,3,4,5-tetranor-prostan-1,20-dioic acid)である)、6,15-ジケト-13,14-ジヒドロ-PGF1α(6,15-diketo-13,14-dihydro-PGF1α)、PGK2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF1β(13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGF1β)、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGE2(13,14-dihydro-15-keto-PGE2)、6-keto-PGF1α、TXB2、アラキドン酸のLOX代謝物(例えば、5-HpETEのようなアラキドン酸の5-LOX代謝物)、アラキドン酸のCYP代謝物(例えば、17-HETE)、アラキドン酸のOX代謝物(例えば、8-iso-15(R)-PGF2α)が挙げられ、好ましくはアトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の濃度が健常な対象の生体試料中の濃度よりも有意に高いという特徴を有するものが挙げられる。また、脂質代謝物Yの例としては、AA、アラキドン酸のCOX代謝物(例えば、11β-13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2α)、アラキドン酸のLOX代謝物(例えば、5-HETEのようなアラキドン酸の5-LOX代謝物)、アラキドン酸のOX代謝物(例えば、iPF2α-IV)、エイコサペンタエン酸およびドコサヘキサエン酸のLOX代謝物(例えば、4-HDoHEのようなドコサヘキサエン酸の5-LOX代謝物および10,17-DiHDoHEのようなドコサヘキサエン酸の15-LOX代謝物)、エイコサペンタエン酸のCOX代謝物(例えば、PGD3のようなエイコサペンタエン酸のCOX代謝物)が挙げられ、好ましくはアトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の濃度が健常な対象の生体試料中の濃度よりも有意に低いという特徴を有するものが挙げられる。
【0012】
本発明において「アトピー性皮膚炎」は、増悪と軽快を繰り返す、掻痒のある湿疹を主病変とする疾患を意味し、患者の多くはアトピー素因(アレルギー体質)を持つ。特徴的な左右対称性の分布を示す湿疹性の疾患であり、年齢により好発部位が異なり、乳児期あるいは幼児期から発症し小児期に寛解するか、あるいは寛解することなく再発を繰り返し、症状が成人まで持続する特徴的な湿疹病変が慢性的にみられる(アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018)。
【0013】
本発明において「生体試料」は、生体から分離された試料を意味し、例えば尿、血液、唾液、鼻汁、汗、涙、糞便などの体液である。生体試料の採取方法は侵襲的であっても非侵襲的であってもよく、被験対象に応じて選択することができる。
【0014】
本発明における「対象」は、ヒトのみならず、ヒト以外の哺乳動物(例えば、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ウマ、ウシ、ブタ、ヒツジ)を含む意味で用いられる。
【0015】
本発明の第一の側面によれば、アトピー性皮膚炎の検出方法が提供される。本発明の検出方法によれば、生体試料中の脂質代謝物を指標にしてアトピー性皮膚炎検出することができる。
【0016】
本発明の検出方法においては、まず、(A)被験対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程を実施する。脂質代謝物の濃度の測定は、公知の方法により実施することができ、例えば、質量分析法や、ELISA法およびイムノクロマト法等のイムノアッセイにより脂質代謝物の濃度を測定することができる。質量分析法の例としては、液体クロマトグラフィー-マススペクトロメトリー法(LC-MS)、液体クロマトグラフィー-タンデムマススペクトロメトリー法(LC-MSMS)、高速液体クロマトグラフィー-マススペクトロメトリー法(HPLC-MS)および高速液体クロマトグラフィー-タンデムマススペクトロメトリー法(HPLC-MSMS)が挙げられる。イムノアッセイは、検出可能に標識した抗脂質代謝物抗体、または検出可能に標識した、抗脂質代謝物抗体に対する抗体(二次抗体)を用いる分析法である。抗体の標識法により、エンザイムイムノアッセイ(EIAまたはELISA)、ラジオイムノアッセイ(RIA)、蛍光イムノアッセイ(FIA)、蛍光偏光イムノアッセイ(FPIA)、化学発光イムノアッセイ(CLIA)等に分類され、これらのいずれも本発明に用いることができる。構造が類似した脂質代謝物の濃度を正確に測定する観点から、質量分析法(特に、LC-MSMSおよびHPLC-MSMS)による測定が好ましい。
【0017】
本発明の検出方法においては、前記工程(A)で測定された脂質代謝物の濃度に基づいて、生体試料を採取した対象についてアトピー性皮膚炎の有無を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、(B)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度とを比較する工程を含んでいてもよい。ここで、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がアトピー性皮膚炎に罹患していることが示される。すなわち、本発明の検出方法は、(C)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がアトピー性皮膚炎に罹患していると決定する工程をさらに含んでいてもよい。工程(C)の「有意に異なる」とは、脂質代謝物によって健常な対象の濃度よりも高いか、低い場合のいずれかであり、例えば、脂質代謝物が脂質代謝物Xの場合には、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度よりも高いこと、好ましくは有意に高いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に高いか、あるいはその約1.1倍以上、約1.2倍以上、約1.3倍以上、約1.4倍以上、約1.5倍以上、約1.6倍以上、約1.7倍以上、約1.8倍以上、約1.9倍以上、約2.0倍以上、約2.5倍以上または約3倍以上であること)を意味し、脂質代謝物が脂質代謝物Yの場合には、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度よりも低いこと、好ましくは有意に低いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に低いか、あるいはその約0.9倍以下、約0.8倍以下、約0.7倍以下、約0.6倍以下、約0.5倍以下、約0.4倍以下または約0.3倍以下であること)を意味する。健常な対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度は、事前に複数の健常な対象から生体試料を採取して脂質代謝物濃度を測定して算出した平均値を用いることができる。また、「アトピー性皮膚炎に罹患している」とは、罹患している可能性がある場合も含む意味で用いられるものとする。
【0018】
本発明の検出方法によれば、対象についてアトピー性皮膚炎を検出することができる。従って、本発明の検出方法は、アトピー性皮膚炎の診断に補助的に用いることができ、対象がアトピー性皮膚炎に罹っているか否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師または獣医師が行うことができる。
【0019】
本発明の検出方法によれば、被験対象から採取された生体試料に基づいて定量的にアトピー性皮膚炎の検出を行うことができる。すなわち、本発明の検出方法は、患者への負担を軽減しつつ、簡便かつ的確にアトピー性皮膚炎を検出できる点で有利である。本発明の検出方法によればまた、採尿等の非侵襲的な方法により採取された生体試料に基づいて検出を行うことができることから、採血等の侵襲的な方法によってアトピー性皮膚炎を検出することが難しい対象、例えば、子供(乳幼児を含む)のように採血することが容易ではない対象に適用することができる点でも有利である。
【0020】
本発明の別の側面によればまた、アトピー性皮膚炎の診断方法が提供される。本発明の診断方法によれば、生体試料中の脂質代謝物を指標にして対象がアトピー性皮膚炎に罹患しているか否かを診断することができる。本発明の診断方法においては、本発明の検出方法と同様に、(A’)被験対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程を実施する。本発明の診断方法においては、(B’)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度とを比較する工程をさらに含んでもよく、(C’)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がアトピー性皮膚炎に罹患していると決定する工程をさらに含んでいてもよい。前記工程(A’)、(B’)および(C’)は、前記工程(A)、(B)および(C)にそれぞれ対応し、本発明の検出方法の記載に従って実施することができる。
【0021】
本発明の第二の側面によれば、アトピー性皮膚炎に対する治療効果の判定方法が提供される。本発明の判定方法によれば、生体試料中の脂質代謝物を指標にしてアトピー性皮膚炎に対する治療効果を判定することができる。
【0022】
本発明の判定方法においては、本発明の検出方法と同様に、(D)被験対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程を実施する。脂質代謝物の濃度の測定は、本発明の検出方法と同様に行うことができる。
【0023】
本発明の判定方法においては、前記工程(D)で測定された脂質代謝物の濃度に基づいて、治療を受けた対象についてアトピー性皮膚炎に対する治療効果を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、(E)アトピー性皮膚炎に対する治療を受けた対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度とを比較する工程を含んでいてもよい。ここで、アトピー性皮膚炎に対する治療を受けた対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、治療前の対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、あるいは、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、治療効果があることが示される。すなわち、本発明の判定方法は、(F)アトピー性皮膚炎に対する治療を受けた対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、治療前の対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に(好ましくは、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度に近づく方向で有意に異なる場合に)、あるいは、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、治療効果があると決定する工程をさらに含んでいてもよい。工程(F)の「有意に異なる」とは、脂質代謝物によって治療前の対象またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の濃度よりも高いか、低い場合のいずれかであり、例えば、脂質代謝物が脂質代謝物Xの場合には、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が治療前の対象またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度よりも低いこと、好ましくは有意に低いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が治療前の対象またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に低いか、あるいはその約0.9倍以下、約0.8倍以下、約0.7倍以下、約0.6倍以下、約0.5倍以下、約0.4倍以下または約0.3倍以下であること)を意味し、脂質代謝物が脂質代謝物Yの場合には、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が治療前の対象またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度よりも高いこと、好ましくは有意に高いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が治療前の対象またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に高いか、あるいはその約1.1倍以上、約1.2倍以上、約1.3倍以上、約1.4倍以上、約1.5倍以上、約1.6倍以上、約1.7倍以上、約1.8倍以上、約1.9倍以上、約2.0倍以上、約2.5倍以上または約3倍以上であること)を意味する。また、工程(F)の「有意に異ならない」とは、脂質代謝物Xおよび脂質代謝物Yのいずれについても、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と同等であること(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に異ならないか、あるいはその約0.8倍を超え約1.2倍未満であること、または約0.9倍を超え約1.1倍未満であること)を意味する。治療前の対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度は、治療前に対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定して得た値を用いることができる。アトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度は、事前に複数のアトピー性皮膚炎に罹った対象から生体試料を採取して脂質代謝物濃度を測定して算出した平均値を用いることができる。また、健常な対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度は、事前に複数の健常な対象から生体試料を採取して脂質代謝物濃度を測定して算出した平均値を用いることができる。なお、本発明の判定方法において治療を受ける対象は、好ましくはアトピー性皮膚炎に罹った対象である。また、本発明において「アトピー性皮膚炎に罹った対象」は、他の検査方法の結果がアトピー性皮膚炎を示している対象であればよく、好ましくは医師または獣医師によりアトピー性皮膚炎を発症しているとの診断を受けた対象とすることができる。
【0024】
本発明の判定方法によって治療効果を判定できるアトピー性皮膚炎に対する治療としては、例えば、薬物療法、プロアクティブ療法が挙げられる。薬物療法としては、アトピー性皮膚炎の治療薬による治療が挙げられ、そのような治療薬の例としては、抗炎症外用薬(ステロイド外用薬、タクロリムス、非ステロイド性抗炎症薬)、抗ヒスタミン薬、シクロスポリン、ステロイド内服薬、漢方薬、抗体医薬等の医薬品が挙げられる。
【0025】
本発明の判定方法によれば、アトピー性皮膚炎に対する治療を受けた対象において、当該治療効果を判定することができるため、対象に対して行ったアトピー性皮膚炎に対する治療の有効性を検証することができる。そして、治療効果が認められない場合には直ちにその治療を中止し、別の治療計画を立てることができる。従って、本発明の判定方法は、無駄な投薬を抑制することができ、ひいては医療費削減や患者負担軽減に資することができる点で有利である。本発明の判定方法によればまた、採尿等の非侵襲的な方法により採取された生体試料に基づいて検出を行うことができることから、採血等の侵襲的な方法によって当該治療効果を判定することが難しい対象、例えば、子供(乳幼児を含む)や動物(例えば、イヌ、ネコ等の愛玩動物)のように採血することが容易ではない対象に適用することができる点でも有利である。
【0026】
本発明の第三の側面によれば、脂質代謝物を含んでなる、アトピー性皮膚炎マーカーと、アトピー性皮膚炎マーカーとしての脂質代謝物の使用が提供される。本発明において「アトピー性皮膚炎マーカー」は、その存在および量がアトピー性皮膚炎の発症の有無やその症状の重篤度の指標となる物質をいい、アトピー性皮膚炎を検出、識別、評価等するためのマーカーとして用いることができる。すなわち、本発明によれば、脂質代謝物をアトピー性皮膚炎の疾患識別マーカーとして使用することができるとともに、脂質代謝物をアトピー性皮膚炎の重篤度の評価に使用することができる。
【0027】
本発明の判定方法は、アトピー性皮膚炎の治療薬の有効性の判定に用いることができるため、本発明によればアトピー性皮膚炎の治療薬または緩和剤のスクリーニング方法も提供される。すなわち、本発明の第四の側面によれば、(G)アトピー性皮膚炎の治療薬または緩和剤の候補を対象に投与する工程と、(H)前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程とを含んでなる、アトピー性皮膚炎の治療薬または緩和剤のスクリーニング方法が提供される。本発明のスクリーニング方法においては、前記工程(H)で測定された脂質代謝物の濃度に基づいて、治療薬または緩和剤の候補の治療効果の有無を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、(I)治療薬または緩和剤の候補の投与後の対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度とを比較する工程を含んでいてもよい。ここで、治療薬または緩和剤の候補の投与後の対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、治療薬または緩和剤の候補の投与前の対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、あるいは、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、前記治療薬または緩和剤の候補に治療効果があることが示される。すなわち、本発明のスクリーニング方法は、(J)治療薬または緩和剤の候補の投与後の対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、治療薬または緩和剤の候補の投与前の対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に(好ましくは、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度に近づく方向で有意に異なる場合に)、あるいは、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、治療効果があると決定する工程をさらに含んでいてもよく、それにより治療効果がある候補を選択することができる。工程(J)の「有意に異なる」とは、脂質代謝物によって治療薬または緩和剤の候補の投与前の対象またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の濃度よりも高いか、低い場合のいずれかであり、例えば、脂質代謝物が脂質代謝物Xの場合には、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が治療薬または緩和剤の候補の投与前の対象またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度よりも低いこと、好ましくは有意に低いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が治療薬または緩和剤の候補の投与前の対象またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に低いか、あるいはその約0.9倍以下、約0.8倍以下、約0.7倍以下、約0.6倍以下、約0.5倍以下、約0.4倍以下または約0.3倍以下であること)を意味し、脂質代謝物が脂質代謝物Yの場合には、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が治療薬または緩和剤の候補の投与前の対象またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度よりも高いこと、好ましくは有意に高いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が治療薬または緩和剤の候補の投与前の対象またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に高いか、あるいはその約1.1倍以上、約1.2倍以上、約1.3倍以上、約1.4倍以上、約1.5倍以上、約1.6倍以上、約1.7倍以上、約1.8倍以上、約1.9倍以上、約2.0倍以上、約2.5倍以上または約3倍以上であること)を意味する。また、工程(J)の「有意に異ならない」とは、脂質代謝物Xおよび脂質代謝物Yのいずれについても、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と同等であること(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に異ならないか、あるいはその約0.8倍を超え約1.2倍未満であること、または約0.9倍を超え約1.1倍未満であること)を意味する。本発明のスクリーニング方法は、本発明の検出方法および判定方法の記載に従って実施することができる。本発明のスクリーニング方法において治療薬または緩和剤の候補を投与される対象は、好ましくはアトピー性皮膚炎に罹った対象である。本発明のスクリーニング方法を実施する場合には、対象はヒト以外の哺乳動物を用いることができる。本発明のスクリーニング方法の対象となるアトピー性皮膚炎の治療薬は、本発明の判定方法で述べたものと同様である。また、本発明のスクリーニング方法の対象となるアトピー性皮膚炎の緩和剤としては、アトピー性皮膚炎の症状の緩和機能を有する食品(例えば、食品組成物)、医薬部外品(例えば、薬用化粧品)、飼料(例えば、ペットフード)、化粧品(例えば、化粧組成物)、スキンケア組成物が挙げられ、前記食品には、サプリメント、特定保健用食品、機能性表示食品が含まれる。また、「緩和」は改善を含む意味で用いられる。
【0028】
本発明の第五の側面によれば、(K)アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と、健常な対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程と、(L)前記の測定した2つの濃度を比較する工程とを含んでなる、生体試料中の脂質代謝物においてアトピー性皮膚炎マーカーを同定する方法が提供される。本発明の同定方法においては、前記工程(L)で行った濃度の比較結果に基づいて、脂質代謝物をアトピー性皮膚炎マーカーと決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、当該脂質代謝物がアトピー性皮膚炎マーカーであることが示される。すなわち、本発明の同定方法は、(M)アトピー性皮膚炎に罹患した対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、当該脂質代謝物がアトピー性皮膚炎マーカーであると決定する工程をさらに含んでいてもよい。工程(M)の「有意に異なる」とは、脂質代謝物によって健常な対象の濃度よりも高いか、低い場合のいずれかであり、例えば、脂質代謝物が脂質代謝物Xの場合には、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度よりも高いこと、好ましくは有意に高いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に高いか、あるいはその約1.1倍以上、約1.2倍以上、約1.3倍以上、約1.4倍以上、約1.5倍以上、約1.6倍以上、約1.7倍以上、約1.8倍以上、約1.9倍以上、約2.0倍以上、約2.5倍以上または約3倍以上であること)を意味し、脂質代謝物が脂質代謝物Yの場合には、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度よりも低いこと、好ましくは有意に低いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に低いか、あるいはその約0.9倍以下、約0.8倍以下、約0.7倍以下、約0.6倍以下、約0.5倍以下、約0.4倍以下または約0.3倍以下であること)を意味する。本発明の同定方法は、本発明の検出方法および判定方法の記載に従って実施することができる。
【0029】
本発明の検出方法によりアトピー性皮膚炎が検出された対象あるいは本発明の診断方法によりアトピー性皮膚炎と診断された対象に対しては、アトピー性皮膚炎に対する治療を実施することができる。従って、本発明の第六の側面によれば、(A)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度を測定する工程と、(B)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度とを比較する工程と、(C)対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がアトピー性皮膚炎に罹患していると決定する工程と、(N)アトピー性皮膚炎に罹患していると決定された対象に、アトピー性皮膚炎に対する治療を実施する工程を含んでなる、アトピー性皮膚炎の治療方法が提供される。本発明の治療方法のうちアトピー性皮膚炎の検出工程および決定工程(すなわち、工程(A)、(B)および(C))は、本発明の検出方法の記載および本発明の診断方法に従って実施することができる。またアトピー性皮膚炎に対する治療は、本発明の判定方法の記載に従って実施することができる。
【0030】
本発明の第七の側面によれば、対象の生体試料中の脂質代謝物の定量手段を含んでなる、アトピー性皮膚炎の検出用キットが提供される。本発明のキットは、典型的には、本発明の検出方法に従ってアトピー性皮膚炎を検出するためのキットである。脂質代謝物の定量手段としては、例えば、該脂質代謝物に特異的に結合する物質が挙げられ、典型的には脂質代謝物に対する抗体である。脂質代謝物の定量手段としてはまた、前記のような質量分析法に使用する質量分析計が挙げられる。
【0031】
本発明のキットにおいて、脂質代謝物の定量手段が抗体である場合には、本発明のキットは該抗体を利用するイムノアッセイにより脂質代謝物の濃度を測定するために必要な試薬(および場合によっては装置)を含むものである。
【0032】
本発明のキットの例としては、サンドイッチ法によって脂質代謝物の濃度を測定するキットが挙げられ、該キットは、マイクロタイタープレートと、捕捉用の抗脂質代謝物抗体と、アルカリホスファターゼまたはペルオキシダーゼで標識した抗脂質代謝物抗体と、アルカリホスファターゼの基質またはペルオキシダーゼの基質とを含んでいてもよい。
【0033】
本発明のキットの例としてはまた、二次抗体を使用したサンドイッチ法によって脂質代謝物の濃度を測定するキットが挙げられ、該キットは、マイクロタイタープレートと、捕捉用の抗脂質代謝物抗体と、一次抗体としての抗脂質代謝物抗体と、二次抗体としての、アルカリホスファターゼまたはペルオキシダーゼで標識した抗脂質代謝物抗体に対する抗体と、アルカリホスファターゼの基質またはペルオキシダーゼの基質とを含んでいてもよい。
【0034】
上記キットは、例えば、以下のようにして使用することができる。まず、マイクロタイタープレートに捕捉用抗体を固定し、ここに対象の生体試料を適宜希釈して添加した後インキュベートし、該試料を除去して洗浄する。続いて、一次抗体を添加してインキュベートおよび洗浄を行い、さらに酵素標識した二次抗体を添加してインキュベートを行った後、基質を加えて発色させる。マイクロタイタープレートリーダー等を用いて発色を測定することにより、脂質代謝物の濃度を求めることができる。
【0035】
本発明のキットにおいて、標識抗体は、酵素標識した抗体に限定されず、放射性物質(25I、131I、35S、3H等)、蛍光物質(フルオレセインイソチオシアネート、ローダミン、ダンシルクロリド、フィコエリトリン、テトラメチルローダミンイソチオシアネート、近赤外蛍光材料等)、発光物質(ルシフェラーゼ、ルシフェリン、エクオリン等)、ナノ粒子(金コロイド、量子ドット)等で標識した抗体であってもよい。また、標識抗体としてビオチン化抗体を用い、標識したアビジンまたはストレプトアビジンをキットに加えることもできる。
【0036】
本発明のキットの例としてはさらに、イムノクロマト法によって脂質代謝物の濃度を測定するキットが挙げられ、該キットは、金コロイドなどで標識した第1の抗脂質代謝物抗体が格納された抗体格納部と、第2の抗脂質代謝物抗体(好ましくは脂質代謝物の別のエピトープを認識する抗体)をセルロース膜などにライン状に固定した判定部とが細い溝でつながれた構成とすることができる。
【0037】
上記キットは、例えば、以下のようにして使用することができる。まず、抗体格納部あるいは抗体格納部に隣接する生体試料受部に生体試料を添加すると、抗体格納部で標識抗体と脂質代謝物が結合して脂質代謝物-標識抗体複合体となり、当該複合体が毛細管現象により溝を通って判定部に移動する。続いて、当該複合体が、固定された第2の抗脂質代謝物抗体に捕捉されると、金コロイドのプラズモン効果により、赤色のラインが判定部に出現し、脂質代謝物の存在を検出することができる。この場合のキットは検査用スティック等のスティック状の形態で提供することができ、該検査用スティックは生体試料を吸収するための吸収紙や、乾燥剤等をさらに備えていてもよい。
【0038】
本発明のキットにおいて、脂質代謝物の定量手段が質量分析計である場合には、本発明のキットは質量分析計に加えて、場合によっては内部標準装置を含むものである。内部標準を用いることにより質量分析器による測定の際に、分析毎の抽出効率およびイオン化効率を補正することができる。質量分析に使用する内部標準としては、重水素化脂質代謝物が挙げられる。
【0039】
本発明のキットは、上記に加えて、本発明の検出方法および判定方法の記載に従って実施することができる。
【実施例0040】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0041】
例1:アトピー性皮膚炎モデルマウスの作製
手順は、
図1に示す通りである。BALB/C系統マウス(雄、7-8週齢)(日本クレア)を麻酔下にてバリカンおよび除毛クリームを用いてマウスの背部の毛を除毛し3日間馴化した。その後、0.5%DNFB(2,4-dinitrofluorobenzene、ナカライテスク)混合液(アセトン(富士フイルム和光純薬):オリーブ(富士フイルム和光純薬)、4:1)をマウス背中上部に25μL滴下して感作を行った(1日目)。その4日後、0.2%DNFB混合液(アセトン:オリーブ、4:1)をマウスの右耳に20μL、背中下部に100μL滴下して1回目の刺激を行った。この刺激の操作を3日おきに計3回繰り返し(1回目:5日目、2回目:8日目、3回目:11日目)、アトピー性皮膚炎(AD)モデルマウスを作製した。
【0042】
例2:アトピー性皮膚炎の症状の評価
例1で作製したADモデルマウスの症状を評価した。
【0043】
(1)皮膚病態の観察
ADモデルマウスの皮膚病態の経時変化は、
図2に示す通りであった。ADモデルマウス背部の炎症状態が1回目の刺激から3回目の刺激にかけて悪化する状態が確認された。
【0044】
(2)病態スコア
結果は、
図3に示す通りであった。ヒトのADの診断指標であるSCORAD(Severity Scoring of Atopic Dermatitis)を基準にして、DNFB処置前、刺激1回目、2回目、3回目のADモデルマウスの背部の皮膚病変部の病態スコアを算出した。SCORADは、紅班、出血、浮腫、丘疹、表皮剥離、糜爛、引っ掻き痕、乾燥、苔癬化などの指標から構成され、それぞれの症状の程度に伴いスコア(0:なし、1:軽症、2:中等症、3:重症)を算出し、最大スコアは12点となる。DNFB処置前と比較して、刺激2回目、3回目においてスコアが有意に増加することが確認された。
【0045】
(3)ひっかき回数
結果は、
図4に示す通りであった。DNFB処置前、刺激1回目、2回目、3回目の各回の処置1時間後におけるADモデルマウスのひっかき回数を目視で10分間計測した。ひっかきは後ろ足で引っかいたものをひっかきとした。DNFB処置前と比較して、刺激1回目、2回目、3回目のいずれにおいてもスコアが有意に増加することが確認された。
【0046】
(4)耳の厚さ
結果は、
図5に示す通りであった。ADモデルマウスの耳の厚さはABSソーラー式デジマチックキャリパ(ミツトヨ)を使用して測定し、グラフの値はDNFB処置前と各回の刺激の24時間後の耳の厚さの差から算出した。
【0047】
(5)水分蒸散量(TEWL g/(m
2・h))
結果は、
図6に示す通りであった。ADモデルマウスの背部の水分蒸散量はマルチディスプレイデバイスMDD4(Courage+Khazaka)を使用して測定した。
【0048】
(6)統計処理
例2~例7において、測定値は平均値±標準誤差で表し、すべての実験は少なくとも3回行った。統計学的解析はExcel2015用のBellCurveソフトウェア(社会情報サービス)を用いて行った。有意差検定は、2群比較はStudent’s t testまたはMann-Whitney U testによって行った。また、多群比較はone-way analysis of variance(ANOVA)とTukey’s testの併用またはKruskal-Wallis testとSteel-Dwass testの併用により行った。統計学的有意差は*P<0.05、**P<0.01として定義した。
【0049】
例3:アトピー性皮膚炎の病理組織学的評価
例1で作製したADモデルマウスの皮膚病変部の病理組織学的評価を行った。
(1)手順
切除した皮膚病変部は、4%パラホルムアルデヒドに24時間固定し、パラフィンに包埋し、厚さ4μmの組織切片を作製した。前記組織切片は、ヘマトキシリン・エオジン(HE)、クロロアセテート・エステラーゼ(CAE)またはメイグリュンワルド・ギムザ(MGG)にて常法に従い染色した。具体的な染色手順は、後記の通りである。染色した皮膚病変部組織をBZ-X710顕微鏡(キーエンス)を用いて観察、撮影した。CAE陽性の肥満細胞、好中球およびMGG陽性の好酸球の数を、1視野あたり10個の無作為に選択された区画内(倍率×400)で計測した。
【0050】
(2)クロロアセテート・エステラーゼ(CAE)染色
CAE染色は、ナフトールAS-Dクロロアセテートを基質にして肥満細胞、好中球に特異的なエステラーゼを赤色に染める染色法である。上記(1)で作製した組織切片標本を脱パラフィン処理後、染色に用いた。4%の亜硝酸ナトリウム溶液とニューフクシン液を1:1で混合した後、この溶液とナフトール液を1:9の割合で混合した。この溶液とリン酸バッファー(0.2M NaH2PO4 0.2M Na2HPO4 pH7.6)を1:20の割合で混合し、切片を10分間浸漬した。切片を蒸留水で洗浄後、ヘマトキシリン溶液を用いて対比染色を行った。1mm2内の肥満細胞、好中球数を計測し、平均値および標準偏差を算出した。
【0051】
(3)メイグリュンワルド・ギムザ(MGG)染色
メイグリュンワルド・ギムザ染色は、好酸球に特異的な好酸性顆粒を赤色に染色する。上記(1)で作製した組織切片標本を脱パラフィン処理後、メイグリュンワルド染色液に切片を6分間浸漬した。次いで、1/15M-リン酸緩衝液(×10)(0.2M NaH2PO4 0.2M Na2HPO4 pH6.4~6.8)で切片を洗浄後、ギムザ染色液と蒸留水を1:20の割合で混合した溶液に切片を5分間浸漬した。1mm2内の好酸球数を計測し、平均値および標準偏差を算出した。
【0052】
(4)結果
例1で作製したADモデルマウスについて行った上記(2)および(3)の病理組織学的評価の結果は
図7~10に示される通りであった。
【0053】
HE染色の画像は、
図7に示される通りであった。また、HE染色の画像から測定した表皮肥厚の変化は、
図8に示す通りであった(データは平均±標準誤差(n=5-7))。
【0054】
CAE染色の画像は、
図9(A:肥満細胞、B:好中球)に示される通りであった。また、CAE染色の画像から定量した肥満細胞数、好中球数の変化は、
図10(A:肥満細胞数、B:好中球数)に示す通りであった(データは平均±標準誤差(n=5-7))。
【0055】
MGG染色の画像は、
図11に示される通りであった。また、MGG染色の画像から定量した好酸球数の変化は、
図12に示す通りであった(データは平均±標準誤差(n=5-7))
【0056】
例2および3の結果から、例1でアトピー性皮膚炎モデルマウスがアトピー性皮膚炎の症状を示すことが確認された。
【0057】
例4:ADモデルマウスの尿中脂質メディエーターの解析
例1で作製したADモデルマウス(n=8)の尿中脂質メディエーターの解析を行った。
【0058】
(1)方法
ア 尿の採取
ADモデルマウスの採尿は、DNFB処置前(0日目)、刺激1回目(5日目)および3回目(11日目)において各日の24時間分の尿を採取した(表1参照)。尿サンプルは解析まで-80℃で保存した。
【0059】
イ 尿の調整
上記アで調製した尿を15000rpm、4℃で10分間遠心分離した。上清200μLに0.1%ギ酸水300μLおよび表2に示す内部標準溶液10μLを加え試料溶液を調製した。この試料溶液を固相抽出カートリッジ(OASIS HLB μElute、Waters社)に負荷し、カートリッジを蒸留水200μL、ヘキサン200μLで洗浄した後、カートリッジに付着させた脂質メディエーターを100%メタノール100μLで溶出した。
【0060】
ウ 脂質メディエーターの測定
上記イで調製した溶出液をLCMS-8060に注入し、下記の手順で脂質メディエーターの測定を行った。
【0061】
<LC条件>
液体クロマトグラフィー質量分析に用いた条件は以下の通りである。
分析カラム:KinetexC8(2.1mmI.D.×150mm、2.6μm、Phenomenex)
移動相A:0.1%ギ酸
移動相B:アセトニトリル
流速:0.4mL/分
注入量:5μL
カラム温度:40℃
グラジエントプログラム:表1に示される通りであった。
【0062】
【0063】
<MS条件>
質量分析器:LCMS-8060(島津製作所)測定プログラム;LC/MS/MSメソッドパッケージ 脂質メディエーターver.2(島津製作所)
ネブライザーガス流量:3L/分
ヒ―ティングガス流量:10L/分
インターフェイス温度:300℃
ドライイングガス流量:10L/分
DL温度:250℃
ヒートブロック温度:400℃
イオン化モード:ESI+/-
内部標準溶液:組成は表2に示される通りであった。
【0064】
【0065】
エ データ処理
上記測定プログラムに従って、検出された脂質メディエーター(158種)を物性に基づいて16種類のグループに分割し、各グループに対して内部標準物質を設定した(表2参照)。LabSolutions LCMS(Version5.65、島津製作所)を用いて、各脂質メディエーターのクロマトグラムから算出したピーク面積値を、上記の対応する内部標準物質のピーク面積値で除することによって脂質抽出時に生じる定量誤差等を補正した。脂質メディエーターの濃度(
図13~19および
図21~30の縦軸)は、脂質メディエーターのピーク面積値を内部標準物質のピーク面積値で除した後に、各サンプルの尿中クレアチニンの値をさらに除した値として示した。尿中クレアチニンの濃度はラボアッセイクレアチニン(富士フイルム和光純薬)を使用して測定した。
【0066】
(2)結果
<n-6系脂肪酸>
ア COX下流の脂質メディエーター
図13~17に示す通り、n-6系脂肪酸であるアラキドン酸(arachidonic acid、本明細書中「AA」ということがある。)由来、シクロオキシゲナーゼ(COX)下流の10個の脂質メディエーターが有意に増加することが確認された。具体的には、プロスタグランジンD2(prostaglandin D2、本明細書中「PGD2」または「PGD
2」ということがある。)から代謝されるものは、11β-13,14-dihydro-15-keto-PGF2α(
図13A)、13,14-dihydro-15-keto-PGJ2(
図13B)およびプロスタグランジンK2(prostaglandin K2、本明細書中「PGK2」または「PGK
2」ということがある。)(
図13C)であった。プロスタグランジンE2(prostaglandin E2、本明細書中「PGE2」または「PGE
2」ということがある。)から代謝されるものは、15-keto-PGE2(
図14A)、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGF1β(
図14B)、13,14-dihydro-15-keto-PGE2(
図14C)、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGE2(
図14D)およびPGK2(
図14E(
図13Cと同じ))であった。なお、PGK
2はPGD
2またはPGE
2のいずれかから代謝される。PGJ2はプロスタグランジンJ2(prostaglandin J2、本明細書中「PGJ
2」ということがある。)、PGF1βはプロスタグランジンF1β(prostaglandin F1β、本明細書中「PGF
1β」ということがある。)である。プロスタグランジンF2α(prostaglandin F2α、本明細書中「PGF
2α」ということがある。)から代謝されるものは、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGF1α(
図15)であった。プロスタグランジンI2(prostaglandin I2、本明細書中「PGI
2」ということがある。)から代謝されるものは、6-keto-PGF1α(
図16)であった。なお、PGF1αはプロスタグランジンF1α(prostaglandin F1α、本明細書中「PGF
1α」ということがある。)である。そして、トロンボキサンB2(thromboxane B2、本明細書中「TXB
2」ということがある。)(
図17)であった。COX下流の脂質メディエーターの代謝経路(AA由来)は表3に示す通りである。
【0067】
【0068】
イ OX下流の脂質メディエーター
図16に示す通り、AA由来、酵素非依存的酸化(OX)下流の脂質メディエーターであるイソプロスタグランジンF2α-IV(iso prostaglandin F2α-IV、本明細書中「iPF2α-IV」または「iPF
2α-IV」ということがある。)(
図18A)および8-iso-15(R)-PGF2α(
図18B)が有意に増加することが確認された。
【0069】
<n-3系脂肪酸>
ウ n-3系脂肪酸由来の脂質メディエーター
図19に示す通り、n-3系脂肪酸であるエイコサペンタエン酸(eicosapentaenoic acid、本明細書中「EPA」ということがある。)およびドコサヘキサエン酸(docosahexaenoic acid、本明細書中「DHA」ということがある。)由来で、それぞれのリポキシゲナーゼ(LOX)下流の脂質メディエーターであるプロスタグランジンD3(prostaglandin D3、本明細書中「PGD3」または「PGD
3」ということがある。)(
図19A)およびレゾルビンD1(
図19B)は1回目の刺激後に有意に減少することが確認された。
【0070】
これらの結果は、脂質メディエーターの産生に使用される脂肪酸の主要タイプが、ADモデルマウスの尿ではn-6系脂肪酸であることを示唆するものであった。COX下流の脂質メディエーターでは、3つのPGD2由来の脂質メディエーター(11β-13,14-dihydro-15-keto-PGF2α、13,14-dihydro-15-keto-PGJ2およびPGK2)(
図13A~C)、5つのPGE2由来の脂質メディエーター(15-keto-PGE2、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGF1β、13,14-dihydro-15-keto-PGE2、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGE2およびPGK2)(
図14A~E)、1つのPGF2α由来の脂質メディエーター(13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGF1α)(
図15)、1つのPGI
2由来の脂質メディエーター(6-keto-PGF1α)(
図16)、およびTXB2(
図17)は、DNFBで刺激した尿では有意に増加していた。なお、PGK2(
図13Cおよび
図14Eは同じ図)はPGD2とPGE2の両いずれかから代謝される。
【0071】
例5:皮膚病変部における脂質代謝酵素および脂質合成酵素の遺伝子発現解析
例1で作製したADモデルマウスの皮膚病変部における脂質代謝酵素および脂質合成酵素の遺伝子発現解析を行った。
【0072】
(1)定量的RT-PCR
トータルRNAは、トライゾル試薬(Molecular Research)を使用して皮膚から単離し、ReverTra Ace(東洋紡)を使用してcDNAへの逆転写を行った。定量的RT-PCRはTHUNDERBIRD SYBR qPCR Mix(東洋紡)およびAriaMx Real-Time PCR System (Agilent Technologies)を用いて表3~5に記載の条件で行った。定量化はデルタデルタCt法により行った。
【0073】
【0074】
【0075】
【0076】
(2)結果
結果は、
図20に示す通りであった。PGD2はCOX(COX-1、COX-2)およびPGD合成酵素(H-PGDS、L-PGDS)、PGE2はPGE合成酵素(mPGES-1、mPGES-2およびcPGES)、PGF2αはPGF合成酵素(PGFS)、TXA2はトロンボキサン合成酵素(TXS)の活性により産生される。マウスのアルド-ケト還元酵素(AKR)1B3はPGFS活性と相関している。3回目の刺激後24時間のDNFB処置の皮膚におけるCox-1(
図20A)、Cox-2(
図20B)、mPges-1(
図20C)、Akr1B3(
図20D)、Txs(
図20E)、H-pgds(
図20F)のmRNAが有意に増加した。一方で、mPges-2(
図20G)、cPges(
図20H)、L-pgds(
図20I)のmRNAの発現レベルはDNFB処置による影響を受けなかった。
【0077】
例6:皮膚病変部の免疫組織化学的解析
例1で作製したADモデルマウスから採取した皮膚病変部について免疫組織化学的な解析を行った。
【0078】
(1)免疫染色
解剖組織は、4%パラホルムアルデヒドで固定し、パラフィンまたはOCT化合物(サクラファインテックジャパン)で包埋した。厚さ4μmの切片を0.3%過酸化水素水を含むメタノールで室温にて30分間インキュベートした。COX-1、COX-2およびmPGES-1の染色は、切片を0.1%のトリプシンと0.1%塩化カルシウムを含む50mMトリス緩衝液に37℃にて15分間浸して行った。AKR1B3およびTBXAS1の染色は、切片を抗原賦活化緩衝液(10mMトリス、1mMEDTA、pH9.0)で95℃にて10分間インキュベートした。0.1%TritonX-100と5%標準ヤギ血清を含むPBSで室温にて30分間インキュベートした後、ヤギ抗mPGES-1抗体(Santa Cruz Biotechnology)、ウサギ抗TBXAS1抗体(アブカム)、ウサギ抗AKR1B3抗体(大阪バイオサイエンス研究所)、ウサギ抗COX-1抗体(Cayman Chemical)、ウサギ抗COX-2抗体(Cayman Chemical)にそれぞれ1:200の割合にて4℃で一晩浸した。mPGES-1はビオチン化したウマ抗ヤギ抗体(VECTOR)に、COX-1、COX-2、AKR1B3、TBXAS1はヤギ抗ウサギ抗体(VECTOR)にそれぞれ1:500の割合にて室温で2時間インキュベートした。アビジン-ビオチン複合体(VECTASTAIN)で室温にて30分間インキュベートした後、切片は200μg/mlDABと0.03%過酸化水素水を含む50mMTris緩衝液のインキュベーションにより染色した。画像はBZ-X710顕微鏡(キーエンス)を用いて捕捉した。
【0079】
(2)結果
結果は、
図21に示す通りであった。免疫染色において、COX-2、mPGES-1、AKR1B3、TXSの染色が表皮層において観察された(
図21)。COX-2、mPGES-1はいくつかの浸潤細胞においても観察された。COX-1は弱く染まった。正常血清、対照(溶媒)の皮膚では陽性染色を示さなかった(
図21)。これらの結果は、PGE2、PGF2α由来の脂質メディエーターがADモデルマウスの尿における主要な脂質メディエーターであることを示唆している。
【0080】
例7:アトピー性皮膚炎患者の尿中脂質メディエーターの解析
アトピー性皮膚炎(AD)患者群(13名)と対照群(4名)から採取した尿中の脂質メディエーターについて解析を行った。
【0081】
(1)方法
ア 尿検体
国立成育医療研究センターのアレルギー部門を定期的に受診している17名のアレルギー患者から採取した尿検体を使用した。前記アレルギー患者のうちアトピー性皮膚炎と臨床的に診断されている患者13名をAD患者群、臨床的な症状のない患者(湿疹など)4名を対照群として分類した。被験者の臨床特性は表6に示す通りである。採取した尿は解析まで-80℃で保存した。
【0082】
【0083】
すべての被験者はインフォームドコンセントに同意し、研究プロトコールは東京大学および国立成育医療研究センターの倫理委員会による承認を得た。すべての実験は承認されたガイドラインに従って実施された。
【0084】
イ 尿の調整
例4(1)イの記載と同様にして行った。
【0085】
ウ 脂質メディエーターの測定
例4(1)ウの記載と同様にして行った。
【0086】
エ データ処理
例4(1)エの記載と同様にして行った。
【0087】
(2)結果
<n-6系脂肪酸>
ア COX下流の脂質メディエーター
図22~25に示す通り、AD患者群において、AA由来、COX下流の7つの脂質メディエーターの産生量が対照群と比較して有意に高かった。具体的には、PGD2から代謝されるものは、13,14-dihydro-15-keto-PGJ2(
図22A)およびtetranor-PGDM(
図22B)であった。PGE2から代謝されるものは、20-hydroxy-PGE2(
図23A)、15-keto-PGE2(
図23B)、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGE2(
図23C)およびtetranor-PGEM(
図23D)であった。PGF2αから代謝されるものは、15-keto-PGF2α(
図24A)、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGF1α(
図24B)およびtetranor-PGFM(
図24C)であった。PGI2から代謝されるものは、6,15-diketo-13,14-dihydro-PGF1α(
図25)であった。COX下流の脂質メディエーターの代謝経路(AA由来)は表8に示す通りである。
【0088】
【0089】
イ LOX下流の脂質メディエーター
図26に示す通り、AD患者群において、AA由来、LOX下流の脂質メディエーターである5-ヒドロペルオキシイコサテトラエン酸(Hydroperoxyeicosatetraenoic acid、本明細書中「HpETE」ということがある。)(
図26A)の産生量が対照群と比較して有意に高かったのに対し、その代謝物である5-ヒドロキシエイコサテトラエン酸(hydroxyeicosatetraenoic acid、本明細書中「HETE」ということがある。)(
図26B)の産生量は有意に低かった。
【0090】
ウ CYP下流の脂質メディエーター
図27に示す通り、AD患者群において、AA由来、シトクロムp450(CYP)下流の脂質メディエーターである17-HETEの産生量が対照群と比較して有意に高かった。
【0091】
エ AAおよびAA由来OX下流の脂質メディエーター
図26に示す通り、AD患者群において、AA(
図28A)およびAA由来で酵素非依存的酸化(OX)下流の脂質メディエーターであるiPF2α-IV(
図28B)の産生量が対照群と比較して有意に低かった。
【0092】
<n-3系脂肪酸>
オ EPAおよびEPA由来脂質メディエーター
図29に示す通り、AD患者群において、EPA(
図29)の産生量が対照群と比較して有意に低かった。
【0093】
カ DHA由来脂質メディエーター
図30に示す通り、AD患者群において、DHA由来、LOX下流の脂質メディエーターである4-ヒドロキシドコサヘキサエン酸(hydroxy Docosahexaenoic Acid、本明細書中「HDoHE」ということがある。)(
図30A)、10,17-ジヒドロキシドコサヘキサエン酸(dihydroxy docosahexaenoic acid、本明細書中「DiHDoHE」ということがある。)(
図30B)の産生量が対照群と比較して有意に低かった。
【0094】
例8:非アレルギー性皮膚炎モデルマウスによる検討
例8では、ADモデルマウスにおける脂質代謝の特異性を検証するために、テープストリッピング(Tape Stripping)により非アレルギー性の皮膚炎を引き起こした非アレルギー性皮膚炎モデルマウスを用いて検討を行った。
【0095】
(1)方法
ア テープストリッピング
BALB/C系統マウス(雄、7-8週齢)(日本クレア)を用いて、テープストリッピングを20回行い非アレルギー性の皮膚炎を引き起こした(実験の時系列は
図31A参照)。
【0096】
イ HE染色
例3(1)の記載と同様にして行った。
【0097】
ウ 好酸球、好中球および肥満細胞の計測
例3(2)の記載と同様にして行った。
【0098】
エ 尿の採取および調整
尿をテープストリッピング処置した日(0日)、処置後1日目、処置後9日目に採取した以外は、例4(1)アおよびイの記載と同様にして行った。
【0099】
オ 脂質メディエーターの測定
例4(1)ウの記載と同様にして行った。
【0100】
カ データ処理
例4(1)エの記載と同様にして行った。
【0101】
キ 定量的RT-PCR
例5(1)の記載と同様にして行った。
【0102】
ク 免疫染色
例6(1)の記載と同様にして行った。
【0103】
(2)結果
結果は、
図31および
図32に示す通りであった。HE染色の画像(
図31B)から測定した表皮肥厚の変化から、テープストリッピング処置後9日目に表皮肥厚の増大が確認された(
図31C)。定量的RT-PCRでは、TslpのmRNAの発現レベルが増加傾向にあったのに対し、Th2細胞が主に産生するサイトカインであるインターロイキン4(Il-4)、インターロイキン13(Il-13)およびCcl17では増加傾向にないことが確認された(
図31D)。テープストリッピング処置の6時間後に、IL-1およびプロテアーゼ活性化受容体2(PAR-2)の活性化によりNF-κBが活性化され、皮膚のTSLPレベルが上昇することが報告されていることから(Redhu D, et al., Br J Dermatol 2020; 182:119-29.)、テープストリッピング処置をした皮膚部では主にIL-1によって媒介されるTh1型の炎症を引き起こすと考えられた(Sanmiguel JC, et al., Cell Signal 2009; 21:685-94.)。好中球と肥満細胞は、テープストリッピングの9日後に真皮に浸潤したが、好酸球は浸潤しなかった(
図32A)。
【0104】
また、テープストリッピング処置後1日目と9日目の尿を分析した結果、テープストリッピング処置後1日目では、尿中のPGE2代謝物である13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF1βと、PGF2αが増加したのに対し(
図31E左、中))、テープストリッピング処置後9日目では、PGF2αおよびPGE2の代謝物は増加しなかった(
図32B)。対照的に、EPAの代謝物であるPGF3αのレベルはストリッピング処置後9日目に大きく減少した(
図31E右)。また、テープストリッピング処置が、mPges-1を除き、Cox-2、Akr1b3およびH-pgdsのmRNA発現を変化させないことが確認された(
図31F)。テープストリッピングにより、AKR1B3タンパク質の発現レベルはわずかに増加したが(
図31G)、その程度はDNFB刺激した皮膚の場合よりもはるかに小さかった。
【0105】
これらの結果は、非アレルギー性皮膚炎モデルマウスとは異なり、ADモデルマウスではアレルギー性(Th2型)の炎症を伴う肥厚したケラチノサイトがPGD2、PGE2、PGF2αおよびPGI2を生成し、それらの代謝物がADモデルマウスの尿中に排泄されることを示している。
前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がアトピー性皮膚炎に罹患していることが示される、請求項1または2に記載の検出方法。
前記対象の生体試料中の脂質代謝物の濃度が、治療前の対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度またはアトピー性皮膚炎に罹った対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異なる場合に、あるいは、健常な対象の生体試料中の当該脂質代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、治療効果があることが示される、請求項5または6に記載の判定方法。