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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024175362
(43)【公開日】2024-12-18
(54)【発明の名称】繊維シート及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D21H 11/20 20060101AFI20241211BHJP
   D21H 15/02 20060101ALI20241211BHJP
【FI】
D21H11/20
D21H15/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023093088
(22)【出願日】2023-06-06
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】000003506
【氏名又は名称】第一工業製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003395
【氏名又は名称】弁理士法人蔦田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 継之
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 秀次
(72)【発明者】
【氏名】石岡 瞬
(72)【発明者】
【氏名】張 昊果
(72)【発明者】
【氏名】後居 洋介
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 圭樹
(72)【発明者】
【氏名】橋本 賀之
【テーマコード(参考)】
4L055
【Fターム(参考)】
4L055AA02
4L055AF10
4L055AF46
4L055AG99
4L055CG32
4L055CH16
4L055EA04
4L055EA07
4L055EA11
4L055EA16
4L055EA30
4L055EA31
4L055FA13
(57)【要約】
【課題】紙などの繊維シートの強度を向上する。
【解決手段】実施形態に係る繊維シートは、下記(A)~(C)の条件を満たすセルロース繊維を含み、繊維シートに含まれる全セルロース繊維の内、(A)~(C)を満たすセルロース繊維の割合が50質量%以上である。
(A)アニオン性官能基を有し、その少なくとも一部が塩型である
(B)数平均繊維幅が1μm以上
(C)セルロース繊維濃度0.2質量%の20℃に調整された水懸濁液を目開き60μmのフィルターを用いてろ過した際に、ろ液中のセルロース繊維の含有量が0.06質量%以下
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(A)~(C)の条件を満たすセルロース繊維を含む繊維シートであって、当該繊維シートに含まれる全セルロース繊維の内、前記(A)~(C)の条件を満たすセルロース繊維の割合が50質量%以上である、繊維シート。
(A)アニオン性官能基を有し、その少なくとも一部が塩型である
(B)数平均繊維幅が1μm以上
(C)セルロース繊維濃度0.2質量%の20℃に調整された水懸濁液を目開き60μmのフィルターを用いてろ過した際に、ろ液中のセルロース繊維の含有量が0.06質量%以下
【請求項2】
波長600nmの全光透過率が70%以上である、請求項1に記載の繊維シート。
【請求項3】
引張強度が100MPa以上である、請求項1に記載の繊維シート。
【請求項4】
前記セルロース繊維のアニオン性官能基の量が1.5~2.5mmol/gである、請求項1に記載の繊維シート。
【請求項5】
前記セルロース繊維のアニオン性官能基がカルボキシ基である、請求項1に記載の繊維シート。
【請求項6】
前記セルロース繊維は繊維表面に外部フィブリル化した毛羽を持つ、請求項1~5のいずれか1項に記載の繊維シート。
【請求項7】
アニオン性官能基を有するセルロース繊維が水に懸濁した懸濁液を調製する工程、
前記懸濁液のpHを5.0以上に調整する工程、及び、
pH5.0以上の前記懸濁液をろ過してシート化する工程、を含み、
pH5.0以上の条件で前記セルロース繊維を叩解する工程を含まない、繊維シートの製造方法。
【請求項8】
アニオン性官能基を有するセルロース繊維が水に懸濁した懸濁液を調製する工程、
pH5.0未満の条件で前記セルロース繊維を叩解する工程、
叩解後に前記懸濁液のpHを5.0以上に調整する工程、及び、
pH5.0以上の前記懸濁液をろ過してシート化する工程、を含み、
pH5.0以上の条件で前記セルロース繊維を叩解する工程を含まない、繊維シートの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維シート及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維シート、例えば紙は、一般に、パルプを叩解し、叩解したパルプを含む紙料を抄紙することにより製造される。かかる抄紙工程において、乾燥時にパルプ間結合が生じ、繊維間に空隙ができる。この空隙の存在により紙は強度が低く、また空隙での光の散乱により紙は白くなる。
【0003】
紙の強度等の物理的特性を向上するために、セルロース繊維を微細化したセルロースナノファイバーを紙に添加することが知られている。しかしながら、セルロースナノファイバーは製造コストが高いなどの問題がある。そのため、セルロースナノファイバーよりも解繊の程度の低いフィブリル化された化学変性セルロース繊維を用いることが提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1及び2には、平均繊維幅が500nm以上であるフィブリル化された化学変性セルロース繊維であって、化学変性としてカルボキシ基が導入されたものが開示されている。しかしながら、特許文献1,2に記載の化学変性セルロース繊維は、例えば製紙用添加剤として用いられるものであり、当該化学変性セルロース繊維を主たるセルロース繊維として用いて繊維シートを作製することは開示されていない。
【0005】
一方、特許文献3には、原料パルプにTEMPO酸化パルプを化学変性パルプとして添加して混合パルプを調製し、該混合パルプを叩解して抄紙すること、及び該叩解によりTEMPO酸化パルプが微細化することが記載されている。特許文献3には原料パルプと化学変性パルプの混合率は特に限定されないと記載されているが、具体例としては化学変性パルプを極少量添加した例しか記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2020/195671号
【特許文献2】国際公開第2021/054274号
【特許文献3】国際公開第2019/189615号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の実施形態は、アニオン変性セルロース繊維を主たるセルロース繊維として用いた強度に優れる繊維シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下に示される実施形態を含む。
[1] 下記の(A)~(C)の条件を満たすセルロース繊維を含む繊維シートであって、当該繊維シートに含まれる全セルロース繊維の内、前記(A)~(C)の条件を満たすセルロース繊維の割合が50質量%以上である、繊維シート。
(A)アニオン性官能基を有し、その少なくとも一部が塩型である
(B)数平均繊維幅が1μm以上
(C)セルロース繊維濃度0.2質量%の20℃に調整された水懸濁液を目開き60μmのフィルターを用いてろ過した際に、ろ液中のセルロース繊維の含有量が0.06質量%以下
[2] 波長600nmの全光透過率が70%以上である、[1]に記載の繊維シート。
[3] 引張強度が100MPa以上である、[1]又は[2]に記載の繊維シート
[4] 前記セルロース繊維のアニオン性官能基の量が1.5~2.5mmol/gである、[1]~[3]のいずれか1項に記載の繊維シート。
[5] 前記セルロース繊維のアニオン性官能基がカルボキシ基である、[1]~[4]のいずれか1項に記載の繊維シート。
[6] 前記セルロース繊維は繊維表面に外部フィブリル化した毛羽を持つ、[1]~[5]のいずれか1項に記載の繊維シート。
【0009】
[7] アニオン性官能基を有するセルロース繊維が水に懸濁した懸濁液を調製する工程、
前記懸濁液のpHを5.0以上に調整する工程、及び、
pH5.0以上の前記懸濁液をろ過してシート化する工程、を含み、
pH5.0以上の条件で前記セルロース繊維を叩解する工程を含まない、紙の製造方法。
[8] アニオン性官能基を有するセルロース繊維が水に懸濁した懸濁液を調製する工程、
pH5.0未満の条件で前記セルロース繊維を叩解する工程、
叩解後に前記懸濁液のpHを5.0以上に調整する工程、及び、
pH5.0以上の前記懸濁液をろ過してシート化する工程、を含み、
pH5.0以上の条件で前記セルロース繊維を叩解する工程を含まない、紙の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の実施形態であると、アニオン変性セルロース繊維を主たるセルロース繊維として用いた強度に優れる繊維シート、及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1の中和工程後のセルロース繊維の顕微鏡写真
図2】実施例4の中和工程後のセルロース繊維の顕微鏡写真
【発明を実施するための形態】
【0012】
実施形態に係る繊維シートは、下記(A)~(C)の条件を満たすセルロース繊維(以下、アニオン変性セルロース繊維ともいう。)を、全セルロース繊維のうち50質量%以上含むものである。
(A)アニオン性官能基を有し、その少なくとも一部が塩型である
(B)数平均繊維幅が1μm以上
(C)セルロース繊維濃度0.2質量%の20℃に調整された水懸濁液を目開き60μmのフィルターを用いてろ過した際に、ろ液中のセルロース繊維の含有量が0.06質量%以下
【0013】
このように繊維シートを構成するセルロース繊維としてアニオン性官能基を導入したアニオン変性セルロース繊維を用いることにより、繊維間の空隙率を小さくして、繊維シートの強度及び透明性を向上させることができる。その場合、アニオン性官能基は酸型よりも塩型である方が、上記空隙率をより小さくすることができ、高強度化及び透明化に有利である。しかしながら、塩型としたアニオン変性セルロース繊維に対して叩解処理を施すと、セルロース繊維の微細化が進行するため、当該セルロース繊維を含む懸濁液の粘度が上昇してハンドリングが困難になり、また通常の抄紙工程での繊維シートの形成が難しいことが判明した。そのため、アニオン変性セルロース繊維を主たるセルロース繊維として繊維シートを作製する場合、微細化されたセルロース繊維の量が少ないことが求められる。本実施形態であると、上記(A)~(C)の条件を満たすアニオン変性セルロース繊維を含むことにより、通常の抄紙工程で製造することが可能でありながら、強度及び透明性に優れた繊維シートとなる。
【0014】
上記(A)~(C)の条件を満たすアニオン変性セルロース繊維は、例えば、アニオン性官能基を有するセルロース繊維を水に懸濁し、当該懸濁液をpH5.0未満の条件で叩解処理し又は叩解処理することなく、その懸濁液のpHを5.0以上に調整することにより得ることができる。そのため、当該懸濁液を更なる叩解処理をすることなくろ過してシート化することにより、(A)~(C)の条件を満たすアニオン変性セルロース繊維を含む繊維シートが得られる。但し、これに限定されるものではない。なお、上記特許文献1~3には、アニオン変性セルロース繊維を酸型のまま叩解処理してから中和して塩型にすることは記載されておらず、上記(A)~(C)の条件を満たすアニオン変性セルロース繊維で繊維シートを構成することは記載されていない。
【0015】
アニオン変性セルロース繊維は、未変性のセルロース繊維を化学的に変性することによりアニオン性官能基を導入して得られるセルロース繊維である。アニオン性官能基は、少なくとも繊維表面に導入されることが好ましい。未変性のセルロース繊維としては、特に限定されず、例えば、植物、動物、藻類、微生物、微生物産生物に由来するものが挙げられ、好ましくは植物由来のパルプである。
【0016】
植物由来のパルプとしては、例えば、針葉樹未漂白クラフトパルプ(NUKP)、針葉樹漂白クラフトパルプ(NBKP)、広葉樹未漂白クラフトパルプ(LUKP)、広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)、針葉樹未漂白サルファイトパルプ(NUSP)、針葉樹漂白サルファイトパルプ(NBSP)、サーモメカニカルパルプ(TMP)、再生パルプ、古紙パルプ等が挙げられる。これらはいずれか1種を用いてもよく、2種以上併用してもよい。
【0017】
上記(A)のアニオン性官能基としては、例えば、カルボキシ基、リン酸基、スルホン酸基、硝酸基、ホウ酸基、及び硫酸基からなる群から選択される少なくとも1種が挙げられる。これらの中でも、カルボキシ基、リン酸基、及び硫酸基からなる群から選択される少なくとも1種が好ましい。これらの官能基は、セルロース分子の構成単位であるグルコースユニットに直接結合してもよく、間接的に結合してもよい。間接的に結合する場合、グルコースユニットとアニオン性官能基との間には、例えば、炭素数1~4のアルキレン基が存在してもよい。アニオン性官能基は、セルロース分子を構成するすべてのグルコースユニットに1つ又は2つ以上結合していてもよく、あるいは、セルロース分子を構成する一部のグルコースユニットに1つ又は2つ以上結合していてもよい。
【0018】
アニオン性官能基は、酸型(例えばカルボキシ基の場合は-COOH)だけでなく、塩型(例えば、カルボキシ基の場合は-COOX(ここで、Xはカルボン酸と塩を形成する陽イオン))も含む概念である。また、例えば紙料を調製する際に添加する化合物(例えば、後述するPAE)と反応していてもよい。塩としては、特に限定されず、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩、ホスホニウム塩等のオニウム塩、1級アミン、2級アミン、3級アミン等のアミン塩等が挙げられる。
【0019】
アニオン性官能基の量は、アニオン変性セルロース繊維の乾燥質量あたり1.5~2.5mmol/gであることが好ましく、より好ましくは1.8~2.3mmol/gである。アニオン性官能基の量は次の方法により測定することができる。
【0020】
例えば、カルボキシ基の場合、0.1~1質量%の濃度に調製したアニオン変性セルロース繊維含有スラリーを50mL調製し、0.1mol/Lの塩酸水溶液によってpHを約2.5に調整する。次いで、該スラリーに0.05mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して、電気伝導度測定を行い、pHが約11になるまで続ける。電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下記式に従いアニオン性官能基の量を求めることができる。リン酸基についても、電気伝導度測定により測定することができる。その他のアニオン性官能基についても公知の方法で測定すればよい。なお、本明細書において「乾燥質量」とは、一分間当たりの質量変化率が0.05%以下になるまで140℃で乾燥させた後の質量のことである。
アニオン性官能基量(mmol/g)=V(mL)×〔0.05/アニオン変性セルロース繊維質量(g)〕
【0021】
一実施形態において、アニオン変性セルロース繊維としては、例えば、セルロース分子中のグルコースユニットの水酸基を酸化してなる酸化セルロース繊維や、セルロース分子中のグルコースユニットの水酸基をカルボキシメチル化してなるカルボキシメチル化セルロース繊維が挙げられる。
【0022】
酸化セルロース繊維としては、セルロース分子中のグルコースユニットのC6位の水酸基が選択的に酸化されてカルボキシ基に変性されたものが挙げられる。酸化セルロース繊維は、木材パルプなどの天然セルロースをN-オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いて酸化させることにより得られる。N-オキシル化合物としては、一般に酸化触媒として用いられるニトロキシラジカルを有する化合物が用いられ、例えばピペリジンニトロキシオキシラジカルであり、特に2,2,6,6-テトラメチルピペリジノオキシラジカル(TEMPO)又は4-アセトアミド-TEMPOが好ましい。好ましい実施形態に係るアニオン変性セルロース繊維は、TEMPOを用いて酸化されたTEMPO酸化セルロース繊維である。
【0023】
上記(A)のとおり、アニオン性官能基はその少なくとも一部が塩型として存在する。アニオン性官能基が塩型であることにより、シート化工程(製紙の場合は抄紙工程)での乾燥時に生じるパルプ間結合を高めて繊維間の空隙率を小さくすることができる。そのため、繊維シートの強度を向上することができ、また、空隙での光散乱による白色化を抑えて、繊維シートの透明性を向上することができる。
【0024】
繊維シートの状態において、アニオン性官能基はその全てが塩型として存在してもよく、全て塩型で存在することが好ましい態様であるが、その一部が酸型として残っていてもよい。また、アニオン性官能基は、その一部が例えばPAE等の添加剤と反応していてもよい。アニオン性官能基の全量に対する塩型として存在する量の割合は、50モル%以上であることが好ましく、より好ましくは70モル%以上であり、100モル%でもよい。なお、当該割合は、FT-IRを用いて酸型、もしくは塩型の官能基を示すピークの面積の比率を求めることなどにより測定することができる。
【0025】
上記(B)のとおり、アニオン変性セルロース繊維の数平均繊維幅は1μm以上である。当該数平均繊維幅の上限は特に限定しないが、未変性パルプの数平均繊維幅と同等であることが好ましく、例えば60μm以下である。アニオン変性セルロース繊維の数平均繊維幅は、10~50μmであることが好ましく、より好ましくは20~45μmであり、更に好ましくは25~40μmである。なお、数平均繊維幅は、実施例の欄に記載の方法により測定することができる。
【0026】
アニオン変性セルロース繊維の数平均繊維幅は、叩解処理を行う場合でも未処理パルプと略同等の数平均繊維幅を持つことが好ましい。すなわち、好ましい実施形態において、叩解処理は、アニオン変性セルロース繊維をより小さい繊維幅に微細化するために行うものではなく、繊維自体の微細化をできるだけ抑制しながら繊維表面を毛羽立たせ、繊維を柔軟にするための処理である。そのため、アニオン変性セルロース繊維は、繊維表面に外部フィブリル化した毛羽を持つことが好ましい。
【0027】
アニオン変性セルロース繊維の平均アスペクト比(数平均繊維長/数平均繊維幅)は、特に限定されず、例えば、10~400であることが好ましく、より好ましくは40~100である。なお、平均アスペクト比は、実施例の欄に記載の方法により測定することができる。
【0028】
上記(C)の条件は、(B)の条件と相俟って、微細化されたセルロース繊維の量が少ないことを規定したものである。すなわち、本実施形態に係る繊維シートに含まれるアニオン変性セルロース繊維は、セルロース繊維濃度が0.2質量%の水懸濁液を20℃に調整し、目開き60μmのフィルターを用いて当該水懸濁液をろ過したとき、ろ液中のセルロース繊維の含有量(以下、この含有量を「微細繊維含有量」ともいう。)が0.06質量%以下との条件を満たすものである。微細繊維含有量は、0.04質量%以下であることが好ましく、より好ましくは0.02質量%以下であり、0質量%でもよい。ここで、微細繊維含有量は、上記ろ液中のセルロース繊維の濃度であり、ろ液から水を蒸発させて、ろ液中に含まれるセルロース繊維の乾燥質量を測定することにより求められる。
【0029】
本実施形態に係る繊維シートは、上記アニオン変性セルロース繊維を主たるセルロース繊維として含むものである。ここで、繊維シートとは、繊維を交絡させてシートにしたものであり、例えば、繊維を含む懸濁液をシート状に抄くことにより得られる。
【0030】
本実施形態に係る繊維シートにおいて、当該繊維シートに含まれる全セルロース繊維のうち、上記アニオン変性セルロース繊維の割合は50質量%以上である。繊維シートを構成するセルロース繊維は、上記アニオン変性セルロース繊維のみでもよいが、アニオン変性セルロース繊維とともに、未変性パルプなどの他のセルロース繊維を含んでもよい。全セルロース繊維100質量%における上記アニオン変性パルプの量は、70質量%以上であることが好ましく、より好ましくは80質量%以上であり、より好ましくは90質量%以上であり、更に好ましくは95質量%以上であり、100質量%でもよい。
【0031】
一実施形態において、繊維シートを構成する繊維はセルロース繊維のみであることが好ましいが、セルロース繊維とともに他の繊維を含んでもよい。繊維シートを構成する全繊維のうち、セルロース繊維の割合は70質量%以上であることが好ましく、より好ましくは80質量%以上であり、より好ましくは90質量%以上であり、更に好ましくは95質量%以上であり、100質量%でもよい。
【0032】
一実施形態において、繊維シートは、上記アニオン変性セルロース繊維を主成分とすることが好ましい。繊維シート100質量%におけるアニオン変性セルロース繊維の含有量は50質量%以上であることが好ましく、より好ましくは70質量%以上であり、より好ましくは80質量%以上であり、より好ましくは90質量%以上であり、更に好ましくは95質量%以上であり、100質量%でもよい。
【0033】
本実施形態に係る繊維シートは、繊維のみで構成されてもよいが、繊維とともに各種添加剤を含んでもよい。添加剤としては、例えば、耐水化剤、難燃剤、顔料や染料などの着色剤、紙力増強剤、歩留向上剤、濾水向上剤、サイズ剤、かさ高剤などが挙げられる。
【0034】
耐水化剤は、繊維シートに耐水性を付与するための添加剤であり、例えば、ポリアミドエピクロロヒドリン(PAE)、ポリアミンエピクロロヒドリン、尿素ホルムアルデヒド樹脂、メラミンホルムアルデヒド樹脂、ポリビニルアミンなどが挙げられる。繊維シート100質量%における耐水化剤の含有量は、特に限定されず、例えば0.01~5質量%でもよく、0.05~1質量%でもよい。
【0035】
難燃剤は、繊維シートに難燃性を付与するための添加剤であり、例えば、水酸化アルミニウム、有機又は無機のリン酸、含窒素化合物、ハロゲン系化合物などが挙げられる。繊維シート100質量%における難燃剤の含有量は、特に限定されず、例えば0.1~80質量%でもよく、1~50質量%でもよい。
【0036】
繊維シートの坪量(1m当たりの質量)は、特に限定されず、例えば20~500g/mでもよく、30~200g/mでもよい。
【0037】
一実施形態において、繊維シートは、波長600nmの全光透過率が70%以上であることが好ましい。該全光透過率は、より好ましくは75%以上であり、より好ましくは80%以上であり、更に好ましくは85%以上である。該全光透過率は高いほど好ましいので、上限は特に限定されないが、通常は98%以下であり、95%以下でもよい。なお、全光透過率は、実施例の欄に記載の方法により測定することができる。
【0038】
一実施形態において、繊維シートは、引張強度が100MPa以上であることが好ましい。繊維シートの引張強度は、より好ましくは120MPa以上であり、更に好ましくは150MPa以上である。引張強度は高いほど好ましいので、上限は特に限定されないが、通常は500MPa以下である。なお、引張強度は、実施例の欄に記載の方法により測定することができる。
【0039】
一実施形態において、繊維シートは、空隙率が30%以下であることが好ましく、より好ましくは25%以下である。空隙率は低いほど好ましいので、下限は特に限定されないが、通常は10%以上であり、15%以上でもよい。なお、空隙率は、実施例の欄に記載の方法により測定することができる。
【0040】
好ましい一実施形態において、上記繊維シートは紙であり、より好ましくは上記全光透過率が70%以上の透明紙である。ここで、紙には、単層抄きの単層紙だけでなく、段ボール原紙などの多層抄きの板紙(多層紙)も含まれる。
【0041】
また、一実施形態において、繊維シートは、その表面や裏面にクリア層や着色層などの層を設けて積層シートとしてもよい。
【0042】
一実施形態に係る繊維シートの製造方法は、
(1)アニオン性官能基を有するセルロース繊維(即ち、アニオン変性セルロース繊維)が水に懸濁した懸濁液を調製する工程(懸濁液調製工程)、
(2)上記懸濁液のpHを5.0以上に調整する工程(中和工程)、及び、
(3)pH5.0以上の上記懸濁液をろ過してシート化する工程(シート化工程)、
を含み、pH5.0以上の条件でアニオン変性セルロース繊維を叩解する工程を含まない。
【0043】
好ましい実施形態において、繊維シートの製造方法は、pH5.0未満の条件でセルロース繊維を叩解する工程を更に含み、叩解後に懸濁液のpHを5.0以上に調整する。従って、当該好ましい実施形態の製造方法は、
(1)上記懸濁液調製工程、
(2)pH5.0未満の条件でアニオン変性セルロース繊維を叩解する工程(叩解工程)、
(3)叩解後の懸濁液のpHを5.0以上に調整する工程(中和工程)、及び、
(4)上記シート化工程、
を含み、pH5.0以上の条件でアニオン変性セルロース繊維を叩解する工程を含まない。
【0044】
pH5.0未満の条件での叩解工程は必須ではないが、当該叩解処理により繊維表面を毛羽立たせることができ、これにより、繊維シートの強度及び透明性をより向上することができる。
【0045】
懸濁液調製工程において、アニオン変性セルロース繊維を含む懸濁液は、例えば、公知の方法により、未変性パルプのセルロースにアニオン性官能基を導入し、得られたアニオン変性セルロース繊維を水に懸濁することにより調製することができる。市販のアニオン変性セルロース繊維を水に懸濁することにより調製してもよい。その際、懸濁液は、酸型のアニオン性官能基を持つセルロース繊維(即ち、酸型のアニオン変性セルロース繊維)が水に懸濁した懸濁液として調製してもよく、その場合、懸濁液のpHは5.0未満である。あるいは、叩解工程を実施しない場合、酸型のアニオン変性セルロース繊維を水に懸濁させながら、アルカリを加えて中和してもよく、懸濁液調製工程において中和工程を同時に実施してもよい。
【0046】
なお、該懸濁液には、アニオン変性セルロース繊維とともに未変性パルプなどの他のセルロース繊維や、セルロース繊維以外の繊維が、効果が損なわれない範囲で含まれてもよい。
【0047】
叩解工程では、懸濁液のpHが5.0未満である条件でアニオン変性セルロース繊維の叩解処理を行う。pH5.0未満という酸性域では、アニオン変性セルロース繊維は酸型のアニオン性官能基を有し、かかる酸型のアニオン変性セルロース繊維に対して叩解処理を実施する。
【0048】
叩解処理は、セルロース繊維を水とともに機械的に処理して柔軟化ないしフィブリル化させる処理であり、例えば通常の製紙における叩解処理により行うことができる。叩解処理には、例えば、高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などのタイプの装置が用いられる。具体的には、高圧ホモジナイザー、リファイナー、ビーター、PFIミル、ニーダー、ディスパーザー、高速離解機等が挙げられる。
【0049】
叩解処理に供する懸濁液のセルロース繊維濃度は、特に限定されないが、1~20質量%であることが好ましく、より好ましくは5~15質量%である。また、該懸濁液の温度は、5~50℃であることが好ましく、より好ましくは10~30℃である。該懸濁液のpHは上記のとおり5.0未満であり、例えば1.0~4.5でもよく、1.5~4.0でもよい。
【0050】
中和工程では、未叩解又は叩解処理後の酸型のアニオン変性セルロース繊維を含む懸濁液にアルカリを添加してpH5.0以上の中性~アルカリ性に調整する。これにより、懸濁液に含まれるアニオン変性セルロース繊維のアニオン性官能基はその少なくとも一部が塩型になる。アルカリとしては、懸濁液のpHを5.0以上に調整できれば、特に限定されず、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア、アミンなどが挙げられる。
【0051】
中和工程における懸濁液の最終pHは5.0~11.0であることが好ましく、より好ましくは6.0~10.5であり、より好ましくは6.5~10.0であり、より好ましくは7.0~9.0であり、更に好ましくは7.0~8.0である。中和工程における懸濁液の温度は特に限定されず、例えば5~50℃でもよく、10~30℃でもよい。
【0052】
シート化工程では、上記中和工程においてpH5.0以上に調整した懸濁液をろ過してセルロース繊維をシート状に形成する。すなわち、懸濁液を用いてセルロース繊維をシート状に抄く。好ましくは、上記懸濁液を紙料として用いて抄紙することにより紙を作製することである。
【0053】
シート化工程において、シート化する原料となる上記懸濁液(好ましくは、紙料)は、塩型のアニオン変性セルロース繊維及び水とともに、例えば、耐水化剤、難燃剤、顔料や染料などの着色剤、紙力増強剤、歩留向上剤、濾水向上剤、サイズ剤、かさ高剤などの各種添加剤を含んでもよい。
【0054】
シート化工程は、公知の方法によって行うことができ、特に限定されない。例えば、抄紙は、紙料をろ過により脱水してシート状にし、プレス、乾燥して紙を作製する工程である。シート化工程(好ましくは抄紙工程)は、例えば、長網型湿式抄紙機、ツインワイヤー抄紙機、ヤンキー抄紙機、円網抄紙機、円網短網コンビネーション抄紙機などの公知の抄紙機を用いて実施することができる。
【0055】
シート化工程における上記懸濁液(好ましくは、紙料)の固形分濃度は、特に限定されず、例えば0.05~10質量%でもよく、0.1~5質量%でもよい。
【0056】
本実施形態に係る繊維シートの製造方法は、上記のように、懸濁液をpH5.0以上の条件で叩解する工程を含まない。pH5.0以上とした塩型のアニオン性官能基を含むアニオン変性セルロース繊維に対して叩解処理を施すと、セルロース繊維の微細化が進行し、懸濁液の粘度が上昇する。そのため、シート化工程における懸濁液の粘度が上昇してハンドリングが困難になり、また通常の抄紙工程でのシート化が難しくなる。pH5.0以上の条件での叩解工程を行わないことにより、上記(C)の微細繊維含有量を低減することができ、通常の抄紙工程への適用が可能となり、脱水時間が過度に長くなることも抑えることができる。
【実施例0057】
以下に実施例について比較例とともに詳細に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0058】
実施例及び比較例における各物性の測定方法は以下のとおりである。
[官能基量(カルボキシ基量)]
セルロース繊維濃度0.1質量%のアニオン変性セルロース繊維の水懸濁液を50mL調製し、0.1mol/Lの塩酸水溶液によってpHを約2.5に調整した。次いで、該水懸濁液に0.05mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して、電気伝導度測定を行い、pHが約11になるまで続けた。電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下記式に従いカルボキシ基量を算出した。
カルボキシ基量(mmol/g)=V(mL)×〔0.05/アニオン変性セルロース繊維質量(g)〕
【0059】
[官能基量(リン酸基量)]
アニオン変性セルロース繊維をイオン交換水で含有量が0.2質量%となるように希釈して作製した水懸濁液に対し、イオン交換樹脂による処理を行った後、アルカリを用いた滴定を行うことにより測定した。イオン交換樹脂による処理は、上記水懸濁液に体積で1/10の強酸性イオン交換樹脂(アンバージェット1024;オルガノ株式会社、コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行った後、目開き90μmのメッシュ上に注いで水懸濁液から樹脂を分離することにより行った。また、アルカリを用いた滴定は、イオン交換樹脂による処理後の水懸濁液に、0.1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を、30秒に1回、50μLずつ加えながら、水懸濁液が示す電気伝導度の値の変化を計測することにより行った。リン酸基量(mmol/g)は、計測結果のうち第1領域に相当する領域において必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象の水懸濁液中の固形分(g)で除して算出した。
【0060】
[官能基量(硫酸基量)]
アニオン変性セルロース繊維の所定量を燃焼させて、燃焼イオンクロマトグラフを用いて燃焼物に含まれる硫黄分をIEC 62321に準拠した方法で測定し、硫酸基量に換算して算出した。
【0061】
[pH]
pHメーター(HM-40P、東亞ディーケーケー(株)製)を用いて測定した。
【0062】
[数平均繊維幅及び平均アスペクト比]
0.01質量%に希釈したセルロース繊維の水懸濁液について、光学顕微鏡(RH-2000、(株)ハイロックス製)を用いて、10枚撮影し、その中から25本の繊維を選択し、繊維幅と繊維長を計測した。その際、繊維幅と繊維長としては、外部フィブリル化した毛羽を除いた繊維本体の幅(直径)と長さを計測した。得られた繊維幅と繊維長のデータから、それぞれの相加平均を算出して、数平均繊維幅[μm]及び数平均繊維長[μm]を求めた。平均アスペクト比は、下記式に従い算出した。
平均アスペクト比=数平均繊維長[μm]/数平均繊維幅[μm]
【0063】
[微細繊維含有量]
セルロース繊維濃度0.2質量%のアニオン変性セルロース繊維の水懸濁液を100mL調製し、該水懸濁液の温度を20℃に調整した。調整した水懸濁液を目開き60μmのナイロンメッシュフィルター(直径90mm)を用いてろ過し、ろ液中のセルロース繊維の含有量を測定した。ろ過は20℃の雰囲気で行い、水懸濁液をフィルター上に緩やかに注いで自然ろ過させ、30分経過時のろ液を用いて上記含有量を測定した。ろ液中の固形分量を赤外線加熱乾燥式水分計(MX-50、(株)エー・アンド・ディ製)で測定し、微細繊維含有量とした。
【0064】
[紙料(懸濁液)の粘度]
セルロース繊維濃度0.2質量%のアニオン変性セルロース繊維の水懸濁液である紙料を調整してから1日静置し、BM型粘度計(25℃、3分間)で測定した。
【0065】
[紙の空隙率]
空隙率は、23℃、50%RHでのシート密度ρと、アニオン変性セルロースの真密度ρから、以下の式で算出した。
(空隙率)=1-(ρ×(1-M))/ρ
Mは23℃、50%RHにおける含水率である。23℃、50%RHにおけるシート密度は、試験片(約5×5cm)の厚み(PG-02J、(株)テクロック製で測定)、辺の長さ(DT-150、新潟精機(株)製で測定)、質量(HM-202、(株)エー・アンド・ディ製で測定)から算出した。真密度は、TEMPO酸化セルロースは1.7、リン酸エルテル化セルロースは1.8、硫酸エステル化セルロースは1.8とした。
【0066】
[紙の全光透過率]
分光光度計(UV-Vis V670、日本分光(株)製)を用いて、波長600nmにおける全光透過率を測定した。
【0067】
[紙の引張強度及び破断伸度]
引張試験機(EZ-SX、(株)島津製作所製)を用いて、縦6cm×横0.5cmに切断した紙を、掴み具間距離3cm、引張速度3mm/min、23℃、50%RHの条件で引張試験に供した。引張強度は、紙が破断するまで引っ張ったときに記録される最大の引張力を紙の試験前の断面積で除した値である。破断伸度は、紙が破断したときの伸びであり、試験前の長さに対する比率である。
【0068】
[実施例1]
(TEMPO酸化セルロース繊維懸濁液の調製)
針葉樹パルプ2gに、水150mL、0.25gの臭化ナトリウム、0.025gのTEMPOを加え、充分撹拌して分散させた後、13質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液(共酸化剤)を、上記パルプ1.0gに対して次亜塩素酸ナトリウム量が6.0mmol/gとなるように加え、反応を開始した。反応の進行に伴いpHが低下するため、pHを10~11に保持するように0.5mol/L水酸化ナトリウム水溶液を滴下しながら、pHの変化が見られなくなるまで反応させた(反応時間:120分)。反応終了後、0.1mol/L塩酸を添加してpH2.0に調整した後、ろ過と水洗を繰り返して精製し、繊維表面が酸化されたセルロース繊維を得た。これに純水を加えてセルロース繊維濃度10質量%に希釈して、TEMPO酸化セルロース繊維懸濁液を調製した。
【0069】
得られたTEMPO酸化セルロース繊維懸濁液において、TEMPO酸化セルロース繊維のカルボキシ基量は2.2mmol/gであった。また、該懸濁液のpH(25℃)は4.0であり、カルボキシ基は酸型であった。
【0070】
(中和工程)
上記で得られたTEMPO酸化セルロース繊維懸濁液をイオン交換水で0.2質量%に希釈した後、0.5mol/L水酸化ナトリウム水溶液で中和してpH(25℃)を7.0とした。これにより塩型のカルボキシ基を有するTEMPO酸化セルロース繊維の懸濁液が得られた。得られたTEMPO酸化セルロース繊維の数平均繊維幅は38μmであり、平均アスペクト比は65であり、上記(C)の微細繊維含有量は0.01質量%であった。また、中和後の懸濁液の粘度は10mPa・s以下であった。中和後のTEMPO酸化セルロース繊維は、図1に示されるように、原料パルプと同様の繊維形態を有しており、繊維表面に外部フィブリル化による毛羽は見られなかった。
【0071】
(抄紙工程)
上記で得られた塩型のカルボキシ基を有する0.2質量%のTEMPO酸化セルロース繊維懸濁液を紙料として用いて抄紙した。抄紙は、熊谷理機工業(株)製「スタンダードシートマシン抄紙装置」に目開き59μmのナイロンメッシュフィルターを装着したものを用い、上記懸濁液をろ過した。得られたシート状の湿潤堆積物を、平膜フィルター及び吸水紙を重ねたものの間で挟み込み、熱プレス装置を用いて室温にて4MPaでプレスし、更に、60℃で1時間、4MPaで加熱して、坪量60g/mである実施例1の紙を調製した。抄紙時のろ過時間は10秒であった。
【0072】
[実施例2]
実施例1の調製方法において、セルロース繊維濃度10質量%のpH4.0のTEMPO酸化セルロース繊維懸濁液を得た後、懸濁液に対して叩解工程を実施した。叩解工程では、熊谷理機工業(株)製「PFIミル」を用いて10000回叩解した。
【0073】
叩解後のTEMPO酸化セルロース繊維の懸濁液をイオン交換水で0.2質量%に希釈した後、0.5mol/L水酸化ナトリウム水溶液で中和してpH(25℃)を7.0とした。得られたTEMPO酸化セルロース繊維の数平均繊維幅は38μmであり、平均アスペクト比は65であり、上記(C)の微細繊維含有量は0.02質量%であった。また、中和後の懸濁液の粘度は10mPa・s以下であった。
【0074】
得られたpH7.0のTEMPO酸化セルロース繊維懸濁液(セルロース繊維濃度0.2質量%)を紙料として用い、その他は、実施例1と同様にして、坪量60g/mである実施例2の紙を調製した。抄紙時のろ過時間は30秒であった。
【0075】
[実施例3]
叩解の回数を20000回とした以外は実施例2と同様にして、坪量60g/mである実施例3の紙を調製した。叩解し、中和した後のTEMPO酸化セルロース繊維の数平均繊維幅は35μmであり、平均アスペクト比は66であり、上記(C)の微細繊維含有量は0.04質量%であった。また、紙料として用いた懸濁液の粘度は40mPa・sであった。抄紙時のろ過時間は900秒であった。
【0076】
[実施例4]
叩解の回数を40000回とした以外は実施例2と同様にして、坪量60g/mである実施例4の紙を調製した。叩解し、中和した後のTEMPO酸化セルロース繊維の数平均繊維幅は33μmであり、平均アスペクト比は70であり、上記(C)の微細繊維含有量は0.05質量%であった。また、紙料として用いた懸濁液の粘度は60mPa・sであった。抄紙時のろ過時間は360秒であった。中和後のTEMPO酸化セルロース繊維は、図2に示されるように、繊維本体としては原料パルプと略同等の繊維幅を維持しつつ、繊維表面に外部フィブリル化による毛羽を有していた。
【0077】
[実施例5]
TEMPO酸化セルロース繊維の懸濁液の調製時における次亜塩素酸ナトリウム添加量を4.5mmol/gとし、それ以外は実施例4と同様にして、坪量60g/mである実施例5の紙を調製した。TEMPO酸化セルロース繊維のカルボキシ基量は1.6mmol/gであった。また、叩解し、中和した後のTEMPO酸化セルロース繊維の数平均繊維幅は36μmであり、平均アスペクト比は68であり、上記(C)の微細繊維含有量は0.04質量%であった。また、紙料として用いた懸濁液の粘度は40mPa・sであった。抄紙時のろ過時間は300秒であった。
【0078】
[実施例6]
(リン酸エステル化セルロース繊維懸濁液の調製)
針葉樹クラフトパルプ100質量部(絶乾質量)に、リン酸二水素アンモニウムと尿素の混合水溶液を添加して、リン酸二水素アンモニウム45質量部、尿素120質量部、水150質量部となるように調整し、薬液含浸パルプを得た。次いで、得られた薬液含浸パルプを165℃の熱風乾燥機で200秒加熱し、パルプ中のセルロースにリン酸基を導入し、リン酸エステル化セルロース繊維を得た。反応後、0.1mol/L塩酸を添加してpH1.0に調整した後、ろ過と水洗を繰り返して精製し、繊維表面がリン酸エステル化されたセルロース繊維を得た。これに純水を加えてセルロース繊維濃度10質量%に希釈して、リン酸エステル化セルロース繊維懸濁液を調製した。
【0079】
得られたリン酸エステル化セルロース繊維のリン酸基量は2.0mmol/gであった。また、該懸濁液のpHは1.8であり、リン酸基は酸型であった。
【0080】
(叩解工程・中和工程)
セルロース繊維濃度10質量%のpH1.8のリン酸エステル化セルロース繊維懸濁液を得た後、該懸濁液に対して叩解工程を実施した。叩解工程では、熊谷理機工業(株)製「PFIミル」を用いて40000回叩解した。叩解後のリン酸エステル化セルロース繊維の懸濁液をイオン交換水で0.2質量%に希釈した後、0.5mol/L水酸化ナトリウム水溶液で中和してpH(25℃)を7.0とした。得られたリン酸エステル化セルロース繊維の数平均繊維幅は31μmであり、平均アスペクト比は55であり、上記(C)の微細繊維含有量は0.05質量%であった。また、中和後の懸濁液の粘度は70mPa・sであった。
【0081】
(抄紙工程)
上記で得られた塩型のリン酸基を有する0.2質量%のリン酸エステル化セルロース繊維懸濁液を紙料として用いて、その他は実施例1と同様にして抄紙して、坪量60g/mである実施例6の紙を調製した。抄紙時のろ過時間は320秒であった。
【0082】
[実施例7]
(硫酸エステル化セルロース繊維懸濁液の調製)
針葉樹クラフトパルプ2g、スルファミン酸20g、尿素50g、イオン交換水100gを混合し、10分間撹拌子を用いて撹拌した。撹拌後、スラリーをろ紙(No.2)を用いて吸引ろ過した。吸引ろ過は溶液が滴下しなくなるまで行った。吸引ろ過後、ろ紙からパルプを剥がし、当該パルプを恒温槽の温度を50℃に設定した乾燥機に入れて6時間反応させた。反応後、0.1mol/L塩酸を添加してpH1.0に調整した後、ろ過と水洗を繰り返して精製し、繊維表面が酸化されたセルロース繊維を得た。これに純水を加えてセルロース繊維濃度10質量%に希釈して、硫酸エステル化セルロース繊維懸濁液を調製した。
【0083】
得られた硫酸エステル化セルロース繊維の硫酸基量は1.8mmol/gであった。また、該懸濁液のpHは1.8であり、硫酸エステル基は酸型であった。
【0084】
(叩解工程・中和工程)
セルロース繊維濃度10質量%のpH1.8の硫酸エステル化セルロース繊維懸濁液を得た後、該懸濁液に対して叩解工程を実施した。叩解工程では、熊谷理機工業(株)製「PFIミル」を用いて40000回叩解した。叩解後の硫酸エステル化セルロース繊維の懸濁液をイオン交換水で0.2質量%に希釈した後、0.5mol/L水酸化ナトリウム水溶液で中和してpH(25℃)を7.0とした。得られた硫酸エステル化セルロース繊維の数平均繊維幅は30μmであり、平均アスペクト比は50であり、上記(C)の微細繊維含有量は0.05質量%であった。また、中和後の懸濁液の粘度は90mPa・sであった。
【0085】
(抄紙工程)
上記で得られた塩型の硫酸基を有する0.2質量%の硫酸エステル化セルロース繊維懸濁液を紙料として用いて、その他は実施例1と同様にして抄紙して、坪量60g/mである実施例7の紙を調製した。抄紙時のろ過時間は340秒であった。
【0086】
[比較例1]
実施例1の調製方法において、セルロース繊維濃度10質量%のpH4.0のTEMPO酸化セルロース繊維懸濁液を得た後、該懸濁液をイオン交換水で0.2質量%に希釈したが中和は実施せず、pH4.0の酸型の状態のまま、実施例1と同様に抄紙して、坪量60g/mである比較例1の紙を得た。抄紙に用いたTEMPO酸化セルロース繊維の数平均繊維幅は38μmであり、平均アスペクト比は65であり、上記(C)の微細繊維含有量は0質量%であった。また、抄紙に用いた懸濁液の粘度は10mPa・s以下であり、抄紙時のろ過時間は10秒であった。
【0087】
[比較例2]
実施例1の調製方法において、pH4.0のTEMPO酸化セルロース繊維懸濁液(セルロース繊維濃度10質量%)を、0.5mol/L水酸化ナトリウム水溶液で中和してpH(25℃)を7.0にした後、当該中和後の懸濁液に対して叩解工程を実施した。叩解工程では、熊谷理機工業(株)製「PFIミル」を用いて40000回叩解した。
【0088】
叩解後の懸濁液をイオン交換水で0.2質量%に希釈して、紙料を調製した。叩解後のTEMPO酸化セルロース繊維の数平均繊維幅は12μmであり、平均アスペクト比は120であり、上記(C)の微細繊維含有量は0.15質量%であった。また、0.2質量%に希釈した後の懸濁液の粘度は420mPa・sであった。叩解後のTEMPO酸化セルロース繊維は、繊維表面が外部フィブリル化するとともに、セルロース繊維が切断しており、これにより、高粘度化するとともに、(C)の微細繊維含有量が増加したと考えられる。
【0089】
得られた紙料を用いて実施例1と同様に抄紙工程を実施したが、ナイロンメッシュフィルター上に残存したセルロース繊維が少なすぎて紙を調製できなかった。
【0090】
[比較例3]
針葉樹パルプを未変性のままイオン交換水で0.2質量%に希釈して、pH7.0のセルロース繊維懸濁液を調製した。該懸濁液に対して叩解工程を実施した。叩解工程では、熊谷理機工業(株)製「PFIミル」を用いて40000回叩解した。叩解後の懸濁液におけるセルロース繊維の数平均繊維幅は36μmであり、平均アスペクト比は70であり、上記(C)の微細繊維含有量は0質量%であった。また、叩解後の懸濁液の粘度は10mPa・s以下であった。該セルロース繊維懸濁液を紙料として用いて、実施例1と同様にして抄紙して、坪量60g/mである比較例3の紙を調製した。抄紙時のろ過時間は5秒であった。
【0091】
[比較例4]
針葉樹パルプ2gに、水150mL、0.25gの臭化ナトリウム、0.025gのTEMPOを加え、充分撹拌して分散させた後、13質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液(共酸化剤)を、上記パルプ1.0gに対して次亜塩素酸ナトリウム量が6.0mmol/gとなるように加え、反応を開始した。反応中は温度を20℃に保持した。反応の進行に伴いpHが低下するため、pHを10~11に保持するように0.5mol/L水酸化ナトリウム水溶液を滴下しながら、pHの変化が見られなくなるまで反応させた(反応時間:120分)。反応終了後、0.1mol/L塩酸を添加してpHを2以下に調整した後、ろ過と水洗を繰り返して精製した。これに純水を加えて固形分濃度4質量%に調整した。その後、24質量%水酸化ナトリウム水溶液にてスラリーのpHを10に調整した。スラリーの温度を30℃として水素化ホウ素ナトリウムをセルロース繊維に対して0.2mmol/g加え、2時間反応させることで還元処理した。反応後、0.1mol/L塩酸を添加してpHを2以下に調整した後、ろ過と水洗を繰り返して精製した。精製後のセルロース繊維に純水を加え、終濃度がセルロース繊維0.2質量%となるように調製した。ここに24質量%水酸化ナトリウム水溶液を添加し、pHを7に調整した。これを高圧ホモジナイザー(三和エンジニアリング製、H11)を用いて圧力100MPaで2回処理することにより、セルロースナノファイバー懸濁液を調製した。
【0092】
得られたセルロースナノファイバーは数平均繊維幅が0.003μmであり、平均アスペクト比が250であり、上記(C)の微細繊維含有量は0.2質量%であった。また、セルロースナノファイバー懸濁液の粘度は1020mPa・sであった。
【0093】
セルロースナノファイバー懸濁液を紙料として用いて、実施例1と同様に抄紙工程を実施したが、ナイロンメッシュフィルターを全て通り抜けてしまったため、紙を調製できなかった。
【0094】
上記で調製した実施例1~7及び比較例1,3の紙について、空隙率、全光透過率、引張強度及び破断伸びを測定した。これらの測定は、温度23℃、相対湿度50%の雰囲気で紙の状態を調整してから実施した。結果を下記表1及び表2に示す。
【0095】
【表1】
【0096】
【表2】
【0097】
結果は表1,2に示すとおりである。比較例3は未変性パルプを叩解して抄紙したものである。比較例3では、紙の空隙率が高く、そのため全光透過率が低く一般的な紙と同様の白色であり、また引張強度も低いものであった。比較例4はセルロースナノファイバーを紙料に用いたものである。比較例4では、セルロース繊維が微細化されすぎて全てがフィルターメッシュを通過してしまい、通常の抄紙工程では紙を調製することができなかった。
【0098】
一方、比較例1は、TEMPO酸化セルロース繊維の懸濁液を中和せずに酸型の状態のまま抄紙したものである。比較例1では、セルロース繊維の繊維表面にアニオン性官能基が導入されたことにより、未変性の比較例3に比べて、紙の空隙率が低く、そのため、全光透過率が向上して透明化され、また引張強度も向上していた。実施例1は、TEMPO酸化セルロース繊維の懸濁液を中和により塩型としてから抄紙したものである。この場合、比較例1に対して平均繊維幅や微細繊維含有量は同等であったものの、アニオン性官能基が塩型であるため、比較例3に対してはもちろん、比較例1に対しても、紙の空隙率が低く、全光透過率が顕著に向上しており、引張強度も顕著に向上していた。また、実施例1では比較例1に対して紙の破断伸びが顕著に向上した。アニオン性官能基を塩型として抄紙した実施例1の紙では、酸型として抄紙した比較例1の紙に対して厚みのバラツキが小さく、このことが破断伸びの向上に寄与したものと考えられる。
【0099】
比較例2は、TEMPO酸化セルロース繊維の懸濁液を中和してから叩解処理したものである。叩解処理すれば、セルロース繊維がフィブリル化されて紙の空隙率が小さくなり、高強度化及び透明化が進むと考えられる。しかしながら、比較例2では、TEMPO酸化セルロース繊維を塩型にしてから叩解したため、セルロース繊維が部分的に微細化されて粘度が上昇し、多くのセルロース繊維がフィルターメッシュを通過してしまうのに加え、フィルターメッシュ上に残存したセルロース繊維も濃度が低くゲル状となっており、通常の抄紙工程では紙を調製することができなかった。
【0100】
これに対し、実施例2~7であると、アニオン性官能基を酸型のまま叩解処理した後、中和により塩型として抄紙したため、セルロース繊維の微細化を抑えながら、外部フィブリル化による毛羽の形成を促進することができた。そのため、アニオン変性セルロース繊維懸濁液の粘度上昇が抑えられ、また通常の抄紙工程での抄紙を可能にしながら、紙の空隙率を低減することができ、全光透過率及び引張強度を顕著に向上することができた。実施例2~4の結果より、叩解処理回数が大きいほど、紙の空隙率が小さく、紙の全光透過率及び引張強度がより高くなっていた。
【0101】
なお、明細書に記載の種々の数値範囲は、それぞれそれらの上限値と下限値を任意に組み合わせることができ、それら全ての組み合わせが好ましい数値範囲として本明細書に記載されているものとする。また、「X~Y」との数値範囲の記載は、X以上Y以下を意味する。
【0102】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これら実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその省略、置き換え、変更などは、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
図1
図2