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特開2024-175586酸化型補酵素F420の調製方法、還元型補酵素F420の調製方法及び補酵素F420測定用バイオセンサ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024175586
(43)【公開日】2024-12-18
(54)【発明の名称】酸化型補酵素F420の調製方法、還元型補酵素F420の調製方法及び補酵素F420測定用バイオセンサ
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/333 20060101AFI20241211BHJP
   G01N 27/416 20060101ALI20241211BHJP
【FI】
G01N27/333 331A
G01N27/333 331C
G01N27/416 336G
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023093484
(22)【出願日】2023-06-06
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】弁理士法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】風呂田 郷史
(72)【発明者】
【氏名】金子 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】辻村 清也
(72)【発明者】
【氏名】竹下 大二郎
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 健輔
(72)【発明者】
【氏名】ノブ マサル コニシ
(72)【発明者】
【氏名】吉川 美穂
(72)【発明者】
【氏名】中道 優介
(57)【要約】
【課題】補酵素F420の調製方法及び補酵素F420測定用バイオセンサの提供を課題とする。
【解決手段】下記式(I)の反応を触媒する補酵素F420酸化還元酵素と、
還元型補酵素F420と、
電子メディエータとを、アノード電極上で反応させる工程を含む、酸化型補酵素F420の調製方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)の反応を触媒する補酵素F420酸化還元酵素と、
還元型補酵素F420と、
電子メディエータとを、アノード電極上で反応させる工程を含む、酸化型補酵素F420の調製方法。
【化1】
【請求項2】
下記式(I)の反応を触媒する補酵素F420酸化還元酵素と、
酸化型補酵素F420と、
電子メディエータとを、カソード電極上で反応させる工程を含む、還元型補酵素F420の調製方法。
【化2】
【請求項3】
前記補酵素F420酸化還元酵素が、メタン生成菌又は放線菌に由来する、請求項1又は2に記載の調製方法。
【請求項4】
前記電子メディエータが、キノン系化合物、フェナジン系化合物、フェノチアジン系化合物、フェノキサジン系化合物、ビオロゲン系化合物及び中心金属イオンがオスミニウム、ルテニウム、鉄、コバルト、ニッケル、銅又は白金である金属錯体からなる群から選ばれる電子メディエータである、請求項1又は2に記載の調製方法。
【請求項5】
前記アノード電極又はカソード電極が、前記補酵素F420酸化還元酵素及び電子メディエータを含む反応層を備えた電極である、請求項1又は2に記載の調製方法。
【請求項6】
下記式(I)の反応を触媒する補酵素F420酸化還元酵素と電子メディエータとを含む作用電極、及び対極を含む、補酵素F420測定用バイオセンサ。
【化3】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化型補酵素F420の調製方法、還元型補酵素F420の調製方法及び補酵素F420測定用バイオセンサに関する。
【背景技術】
【0002】
補酵素F420は、メタン生成菌や放線菌等が電子キャリアとして利用する生体物質である。
補酵素F420のセンシングは、補酵素F420の蛍光強度を測定することで実施されている。例えば、特許文献1及び2には、メタン発酵槽に蛍光強度測定機を取り付けることでメタン生成菌の細胞数や活性を測定する技術が開示されている。
具体的には、特許文献1には、メタン発酵槽内のメタン菌の活性の測定が容易に行われ、同発酵槽の制御が可能となるため、同発酵槽の状態が悪化する前に予めその制御ができ、またスタートアップに要する期間も大幅に短縮されるメタン発酵槽の自動制御システムとして、蛍光物質F420の蛍光強度を測定することによってメタン菌の活性を測定し、原料の投入を調節すること、を特徴とするメタン発酵槽の自動制御方法が開示されている。
特許文献2には、オンサイトでリアルタイムに、メタン発酵中のメタン生成菌数を測定することができる技術として、メタン生成菌を用いてバイオマスを発酵し、メタンガスを生成するメタン発酵槽と、前記メタン発酵槽に接続され、前記メタン発酵槽内の消化液の一部を引き抜いてから、さらに前記メタン発酵槽に戻す循環導管と、非接触で前記循環導管を通る前記メタン生成菌の量を検出する検出部と、を備える、メタン発酵システムが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平08-154662号公報
【特許文献2】特開2019-004717号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
光源と検出機、および光路の確保を必要とする測定技術である特許文献1及び2に記載の技術では、補酵素F420の検出機を設置するためには数cm以上のスペースが必要となる。
また、補酵素F420を酵素反応で利用するためには、その反応系に合わせて補酵素F420を酸化型又は還元型を調製する必要がある。補酵素F420の酸化還元反応は、従来補酵素F420酸化還元酵素と電子受容体/供与体を用いた反応系を利用して行われている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、補酵素F420を電極上で酸化還元反応させることが可能であることを見出した。本発明はかかる発見に基づき、更に検討を重ねて完成したものである。
本発明は、下記[1]~[6]の態様を含む。
[1] 下記式(I)の反応を触媒する補酵素F420酸化還元酵素と、
還元型補酵素F420と、
電子メディエータとを、アノード電極上で反応させる工程を含む、酸化型補酵素F420の調製方法。
【0006】
【化1】
【0007】
[2] 下記式(I)の反応を触媒する補酵素F420酸化還元酵素と、
酸化型補酵素F420と、
電子メディエータとを、カソード電極上で反応させる工程を含む、還元型補酵素F420の調製方法。
【0008】
【化2】
【0009】
[3] 前記補酵素F420酸化還元酵素が、メタン生成菌又は放線菌に由来する、[1]又は[2]に記載の調製方法。
[4] 前記電子メディエータが、キノン系化合物、フェナジン系化合物、フェノチアジン系化合物、フェノキサジン系化合物、ビオロゲン系化合物及び中心金属イオンがオスミニウム、ルテニウム、鉄、コバルト、ニッケル、銅又は白金である金属錯体からなる群から選ばれる電子メディエータである、[1]~[3]のいずれか1項に記載の調製方法。
[5] 前記アノード電極又はカソード電極が、前記補酵素F420酸化還元酵素及び電子メディエータを含む反応層を備えた電極である、[1]~[4]のいずれか1項に記載の調製方法。
[6] 下記式(I)の反応を触媒する補酵素F420酸化還元酵素と電子メディエータとを含む作用電極、及び対極を含む、補酵素F420測定用バイオセンサ。
【0010】
【化3】
【発明の効果】
【0011】
本発明により、酸化型補酵素F420の調製方法、還元型補酵素F420の調製方法及び補酵素F420測定用バイオセンサが提供される。
具体的には、補酵素F420を電極上で酸化還元することで、電極を利用した還元型補酵素F420及び酸化型補酵素F420の調製が可能になる。また、補酵素F420を電極上で酸化還元し、その反応を電流値として検出することで、環境中の補酵素F420を測定するバイオセンサも提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、実施例1の結果を示す。
図2A図2Aは、実施例2の結果を示す。
図2B図2Bは、実施例2の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[酸化型補酵素F420の調製方法]
本発明の酸化型補酵素F420の調製方法は、下記式(I)の反応を触媒する補酵素F420酸化還元酵素と、
還元型補酵素F420と、
電子メディエータとを、アノード電極上で反応させる工程を含む。
【0014】
【化4】
【0015】
<補酵素F420
補酵素F420はメタン生成菌、放線菌等の微生物が有する生体有機化合物である。メタン生成菌においては、メタン生成反応等の酸化還元反応において電子メディエータの補酵素として働く。
補酵素F420には、酸化型形態(酸化型補酵素F420、F420)と還元型形態(還元型補酵素F420、F420・H)がある。
酸化型補酵素F420は、下記の構造を有する。
【0016】
【化5】
【0017】
[式中、nは2~9の整数を示す。]
【0018】
還元型酵素F420は、下記の構造を有する。
【0019】
【化6】
【0020】
[式中、nは2~9の整数を示す。]
なお、nは補酵素F420が由来する生物種により異なる。
【0021】
補酵素F420の入手手段は当業者が適宜選択することができる。例えば、補酵素F420を有する生物を培養し、培養物から抽出及び精製して単離することができる。また、遺伝子組み換え技術を用いて、補酵素F420の合成酵素群を大腸菌等のホスト生物に異種発現させながら培養し、培養物から抽出及び精製して単離することもできる。培養物は、細胞体及び培地のいずれか又は両方である。
精製手段としては、例えばカラムクロマトグラフィが挙げられる。
単離した補酵素F420は、例えば乾燥状態で保存することができる。
【0022】
<補酵素F420酸化還元酵素>
補酵素F420酸化還元酵素は、下記式(I)の反応を触媒する酸化還元酵素である。
【0023】
【化7】
【0024】
上記式(I)の反応は、酸化型補酵素F420がプロトンを2つ受け取り還元型補酵素F420が生成する還元反応、及びその逆反応である還元型補酵素F420がプロトンを2つ供与し酸化型補酵素F420が生成する酸化反応である。
酵素番号(EC番号)はEC1.12.98.1である。
【0025】
補酵素F420酸化還元酵素が由来する生物は限定されない。補酵素F420酸化還元酵素としては、例えば、メタン生成菌又は放線菌に由来する補酵素F420酸化還元酵素が挙げられる。補酵素F420酸化還元酵素は天然型であっても、上記式(I)の反応を触媒する酸化還元酵素である限り改変体であってもよい。
【0026】
メタン生成菌としては、例えば、Methanococci綱、Methanobacteria綱、Methanomicrobia綱、Methanopyri綱に属するメタン生成菌が挙げられる。
Methanococci綱に属するメタン生成菌として、Methanocaldococcus属、Methanotorris属、Methanococcus属、Methanofervidicoccus属、Methanothermococcus属等のメタン生成菌が挙げられる。
Methanobacteria綱に属するメタン生成菌として、Methanobacterium属、Methanobrevibacter属、Methanosphaera属、Methanothermobacter属、Methanothermus属等のメタン生成菌が挙げられる。
Methanomicrobia綱に属するメタン生成菌として、Methanocella属、Methanoculleus属、Methanomicrobium属、Methanoregula属、Methanospirillum属、Methanosaeta属、Methanothrix属、Methanococcoides属、Methanolobus属、Methanosarcina属等のメタン生成菌が挙げられる。
Methanopyri綱に属するメタン生成菌として、Methanopyrus属等のメタン生成菌が挙げられる。
【0027】
放線菌としては、例えば、Actinomycetes綱に属する放線菌が挙げられる。Actinomycetes綱に属する放線菌としては、Corynebacterium属、Mycobacterium属、Rhodococcus属、Propionibacterium属、Streptomyces属、Micrococcus属、Frankia属等の放線菌が挙げられる。
【0028】
補酵素F420酸化還元酵素の好ましい態様として、メタン生成菌Methanocaldococcus属、特にMethanocaldococcus jannaschii由来の補酵素F420依存亜硫酸レダクターゼ(Coenzyme F420-dependent sulfite reductase;Fsr)が挙げられる。
Methanocaldococcus jannaschii由来の補酵素F420酸化還元酵素のアミノ酸配列は、米国生物工学情報センター(NCBI; National Center for Biotechnology Information)が提供するGenBankに、アクセッション番号WP_010870385で登録されている(複数のリビジョン(revision)が登録されている場合、最新のリビジョンを指すと理解される。)
【0029】
補酵素F420酸化還元酵素の入手手段は当業者が適宜選択することができる。例えば、補酵素F420酸化還元酵素の由来生物を培養し、培養物から抽出及び精製して単離することができる。また、遺伝子組み換え技術を用いて、補酵素F420酸化還元酵素を大腸菌等のホスト生物に異種発現させながら培養し、培養物から抽出及び精製して単離することもできる。培養物は、細胞体及び培地のいずれであってもよい。
簡便性及び製造効率の観点から、遺伝子組み換え技術を用いた異種発現が好ましい。
単離した補酵素F420酸化還元酵素は、例えば中性程度(pH6~8程度)であり、塩を含む溶液中で冷凍保存することができる。中性程度の溶液としては、例えばHEPES、Tris等のpKaが6.0~8.0程度の緩衝剤を含む緩衝液(バッファー)が挙げられる。塩としては、例えばNaClが挙げられる。塩の濃度は、好ましくは100~300mM程度の低濃度である。
補酵素F420酸化還元酵素を単離する工程は、嫌気的条件下で行うことが好ましい。嫌気的条件下は、通常酸素濃度が1ppm以下の条件である。
【0030】
<電子メディエータ>
電子メディエータは、本発明の酸化型補酵素F420の調製方法において、補酵素F420酸化還元酵素と作用電極との間の電子移動を媒介する酸化還元物質である。
電子メディエータ(電子受容体/電子供与体ともいう)としては、補酵素F420酸化還元酵素と電子を授受することができるとともに、作用電極とも電子を授受することができる物質であれば、特に限定されない。
【0031】
電子メディエータとしては、下記の酸化還元物質が例示される:
ナフトキノン、アントラキノン、ハイロドキノン、ピロロキノリンキノン等のキノン系化合物及びその誘導体;
5-メチルフェナジニウムメチルスルファート(フェナジンメトスルファート:PMS)、5-エチルフェナジニウムメチルスルファート(フェナジンエトスルファート:PES)等のフェナジン系化合物及びその誘導体;
フェノチアジン系化合物及びその誘導体;
フェノキサジン系化合物及びその誘導体;
ベンジルビオロゲン、メチルビオロゲン等のビオロゲン系化合物及びその誘導体
中心金属がオスミニウム、ルテニウム、鉄、コバルト、ニッケル、銅、白金等の金属イオンである金属錯体。
金属錯体において、配位子は、例えば、ピリジン、イミダゾール系化合物、ポリピリジン、ポリイミダゾール等の化合物である。
【0032】
本発明の酸化型補酵素F420の調製方法において、酸化反応を進行させる観点から、電子メディエータは酸化型補酵素F420の酸化還元電位(-535mV vs.Ag/AgCl、3M NaCl溶液)よりも正側の酸化還元電位を有することが好ましい。酸化型補酵素F420の酸化還元電位と電子メディエータ酸化還元電位とはある程度近いことが好ましく、その差は好ましくは300mV以下、より好ましくは100mV以下である。
また、電子メディエータは、電子メディエータが酵素の活性部位に近接する際の立体障害等の分子形状、分子サイズ、分子間相互作用等を考慮して選択されることが好ましい。
このような観点から、電子メディエータは、好ましくはビオロゲン系化合物、より好ましくはベンジルビオロゲンである。
【0033】
<電極>
本発明の酸化型補酵素F420の調製方法に置おける作用電極であるアノード電極及び帯電局であるカソード電極としては、種々の素材からなる電極を使用することができる。具体的には、炭素電極、金電極、白金電極、パラジウム電極等を使用することができる。
【0034】
本発明の好ましい態様の1つにおいて、作用電極が補酵素F420酸化還元酵素及び電子メディエータを含む反応層を備えた電極である。
反応層の構成としては、例えば、ポリマーと、補酵素F420酸化還元酵素及び電子メディエータは必要に応じてリンカー基を介して前記ポリマーと結合している構成の反応層が挙げられる。換言すると、補酵素F420酸化還元酵素及び電子メディエータが、ポリマー及びリンカーを介して、電極上に担持されている態様である。
ポリマーとしては、(メタ)アクリレート系ポリマー、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリビニルピリジン、ポリビニルピロリドン、ポリエチレンイミン、ポリリジン等の親水性ポリマー及びこれらの共重合体ポリマーが挙げられる。
リンカー基としては、ヒドロキシエステル、エポキシ基又はグリシジル基含有化合物等のクロスリンカー化合物に由来するリンカー基が挙げられる。
電子メディエータを含むポリマーを、「レドックスポリマー」ともいう。
【0035】
<反応条件>
本発明の酸化型補酵素F420の調製方法は、酵素F420酸化還元酵素と、還元型補酵素F420と、電子メディエータとを、アノード電極上で反応させる工程を含む。
電極上の反応は、液体媒体中で行うことが好ましい。液体媒体としては、リン酸バッファー等が挙げられる。pHは好ましくは6~8、より好ましくは7前後である。
反応は化学量論に従って進行する。
反応温度は、例えば0℃超100℃未満、好ましくは20℃~85℃、より好ましくは25℃~40℃、更に好ましくは30℃前後とすることができる。
印加条件は、例えば、-530~-400mV(vs.Ag/AgCl、3M NaCl溶液)とすることができる。
【0036】
かくして、酸化型補酵素F420が調製される。
【0037】
[還元型補酵素F420の調製方法]
本発明の還元型補酵素F420の調製方法は、下記式(I)の反応を触媒する補酵素F420酸化還元酵素と、
酸化型補酵素F420と、
電子メディエータとを、カソード電極上で反応させる工程を含む。
【0038】
【化8】
【0039】
本発明の還元型補酵素F420の調製方法は、原料物質の1つが酸化型補酵素F420であり、カソード電極上で反応させる以外は上記「酸化型補酵素F420の調製方法」と同様に行うことができる。
本発明の還元型補酵素F420の調製方法において、還元反応を進行させる観点から、電子メディエータはF420の酸化還元電位(-535mV vs.Ag/AgCl、3M NaCl溶液)よりも負側の酸化還元電位を有することが好ましい。還元型補酵素F420の酸化還元電位と電子メディエータ酸化還元電位とはある程度近いことが好ましく、その差は好ましくは300mV以下、より好ましくは100mV以下である。
本発明の還元型補酵素F420の調製方法の反応条件において、印加条件は、例えば、-750~-590mV(vs. Ag/AgCl、3M NaCl溶液)とすることができる。
【0040】
かくして、還元型補酵素F420が調製される。
【0041】
[補酵素F420測定用バイオセンサ]
本発明の補酵素F420測定用バイオセンサは、下記式(I)の反応を触媒する補酵素F420酸化還元酵素と電子メディエータとを含む作用電極、及び対極を含む。
【0042】
【化9】
【0043】
作用電極は、上記「酸化型補酵素F420の調製方法」欄に記載の補酵素F420酸化還元酵素及び電子メディエータを含む反応層を備えた電極を使用することができる。反応層において、補酵素F420酸化還元酵素及び電子メディエータがリンカー基を介してポリマーと結合している構成、多孔質膜で酵素とメディエータが覆われている構成、ポリマー以外の担体に酵素とメディエータとが結合している構成、酵素とメディエータが直接結合している構成等が挙げられる。
【0044】
本発明の補酵素F420測定用バイオセンサを用いた補酵素F420の測定は、例えば以下のようにして行うことができる。
作用電極が備える反応層に補酵素F420を含む試料を加えて反応させ、さらに電極に一定の電圧を印加する。電流をモニタリングし、電圧印加開始から一定時間に蓄積される電流を積算する、又は電圧印加開始から一定時間を経過したある時点での若しくはサイクリックボルタンメトリーで得られる電流値を測定する。得られた電流の積算値又は電流値に基づき、標準濃度の補酵素F420溶液により作成した検量曲線に従い、試料中の補酵素F420濃度を算出することができる。
【0045】
本発明の補酵素F420測定用バイオセンサは、補酵素F420に基づいたシグナル強度から濃度を算出するための演算装置及び算出された補酵素F420の濃度を表示するためのディスプレイをさらに備えていてもよい。
【実施例0046】
以下、実施例により本開示を更に詳細に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0047】
調製例1:酵素Fsrの大腸菌発現と精製
メタン生成菌Methanocaldococcus jannaschii由来の補酵素F420依存亜硫酸レダクターゼ(Coenzyme F420-dependent sulfite reductase)(以下、酵素Fsrと記載する)を大腸菌で異種発現した。大腸菌コドンに最適化したFsr人工遺伝子(UniProt ID,Q58280)を合成(GenScript社へ委託)し、pET-28aベクター(Novagen社製)のNdeIサイト-XhoIサイト間に導入した。このベクターで大腸菌BL21(DE3)を形質転換した。
形質転換した大腸菌を、カナマイシン添加Luria-Bertani培地(カナマイシン終濃度30μg/mL)を使って37℃で培養した。
濁度OD600が0.8~1.0の間に達した後、Fsrの発現誘導を文献(Vitt el al.,2014,Journal of Molecular Biology 426,2813-2826)に記述されたFrhBの発現誘導法に準じて実施した。
具体的には、システイン(0.12g/L)、硫化鉄(0.1g/L)、クエン酸鉄(0.1g/L)、クエン酸鉄アンモニウム(0.1g/L)、0.2mM IPTG(isopropyl β-D-thiogalactopyranoside)を加えて25℃で発現誘導した。15時間培養後、遠心機を用いて集菌した。集菌した大腸菌をバイヤル瓶に入れゴム栓をした後、Nガスで嫌気状態にパージした。Fsrの精製作業を行うまで-30℃で冷凍保管した。
【0048】
培養した大腸菌からFsrの抽出と精製を実施した。Fsrの酸素曝露を回避するため、抽出から精製までの一連の作業は基本的にグローブボックス内の嫌気的な環境(酸素濃度<1ppm)で実施した。グローブボックス外へ取り出す際は密閉容器に入れた。使用した全てのバッファーは事前にNガスのパージで嫌気状態にした純水を溶媒として使用し、グローブボックス内の嫌気条件で作成した。
試料は常に4℃に冷やした状態で作業を実施した。
培養した大腸菌を50mLのLysisバッファー(50mM Tris-HCl、150mM NaCl、2mM DTT(dithiothreitol)、10μM FAD(flavin adenine dinucleotide)、10mM イミダゾール、pH:7.6)に溶かし、ホモジナイザーで破砕した。破砕液を遠沈管に移して密閉した後、グローブボックス外へ持ち出し、低温条件(4℃)で上清と沈殿物に遠心分離した。試料をグローブボックス内に戻した後、遠沈管の蓋を開けて上清を回収した。
【0049】
上清をNi-NTAアガロースカラム(QIAGEN社製)に注入して、Fsrをカラム上に吸着させた。カラム上の夾雑物をWashバッファー(50mM Tris-HCl、150 mM NaCl、2mM DTT、10μM FAD、pH:7.6、20mM イミダゾール)で除去した。カラム上に吸着させたFsrをElutionバッファー(50mM Tris-HCl、150mM NaCl、2mM DTT、10μM FAD、250mM イミダゾール、pH:7.6)で溶出して回収した。
回収した試料の一部に対してポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE、クマシンブリリアントブルー染色)を実施し、Fsrの回収を確認した。
回収したFsrを限外ろ過(Amicon Ultra 0.5,30kDa,Millipore社製)を用いて濃縮した。濃縮試料をStockバッファー(50mM Tris-HCl、150mM NaCl、2mM DTT、10μM FAD、pH:7.6)を用いて希釈した。試料の一部を回収してUV280の吸光度測定により濃度を求め、終濃度を調整した。
【0050】
調製例2:補酵素F420の精製
補酵素F420を、ジャーファメンターを用いて大量培養されたメタン生成菌試料から抽出し、文献(Shima and Thauer,2001,Method in Enzymology 331,317-353)を参考に精製した。
具体的には、ジャーファメンターから回収された菌体を含む培養液を超音波ホモジナイザーで破砕し、溶液中に補酵素F420を溶出した。遠心分離機を用いて菌体片と溶液を分離し、補酵素F420が含まれる上清を回収した。回収した上清中の成分をバッファーA(水:ギ酸=1:69、pH3.0、10M NaOH、10mM メルカプトエタノール)で調整したSerdolit PAD Iカラム(Serva社製)に注入し、補酵素F420をカラム上に吸着した。カラム上に吸着しにくい夾雑成分をバッファーA及びバッファー緩衝液Aにメタノールを加えた溶液(15%)で洗浄した。カラム上に吸着している補酵素F420をメタノールで回収した。
回収した溶液を遠心エバポレーターで低温乾燥(4℃)し、50mM Tris-HCL 緩衝液(pH7.6)に再溶解させた。再溶解した試料を50mM Tris-HCL 緩衝液(pH7.6)でコンディショニングしたQAE Sephadex A-25カラム(Cytiva社製)に注入し、補酵素F420をカラム上に吸着した。カラムを50mM Tris-HClで洗浄し、一部の共雑成分を除去した。カラム上に吸着した成分を下記に示す溶液を順番に使用して段階的に溶出を行い、7つの画分を得た。
(1) 10mM ギ酸、
(2) 20mM ギ酸、
(3) 30mM ギ酸、
(4) 100mM ギ酸、
(5) 200mM ギ酸、
(6) 300mM ギ酸、
(7) 100mM 塩酸
補酵素F420が含まれる(7)100mM塩酸溶出画分を回収し、ロータリーエバポレーターで乾固した。乾固した試料の一部を高速液体クロマトグラフィー/ダイオードアレイ検出器(HPLC/DAD)で測定し、補酵素F420が回収されかつ精製されたことを確認した。
【0051】
実施例1:補酵素F420の電極反応実験(1)
補酵素F420の電極反応実験はグローブボックス内の嫌気的環境下(酸素濃度<1ppm、30℃)で実施した。作用電極は炭素ディスク電極(径3mm、ビー・エー・エス株式会社製)、対電極はPt線(ビー・エー・エス株式会社製)、参照電極はAg/AgCl電極(3M NaCl溶液、195mV vs.RHE、ビー・エー・エス株式会社製)を使用した。
溶媒として、0.1M KHPOバッファー(pH=7.0)を使用した。バッファーは事前に脱気した純水を溶媒として用いてグローブボックス内で作製した。
基質として、精製したFsr、補酵素F420とベンジルビオロゲンを使用した。
基質を緩衝液に溶解し、下記表1に示す試料を調製した。なお、表中には、炭素ディスク電極を作用極に用いた実施時における各基質の濃度を示す。
【0052】
【表1】
【0053】
調製した試料のサイクリックボルタンメトリーを、初期電位:-400mV、高電位:-400mV、低電位:-650mV、初期スキャン極性:Negative、掃引速度:10mV/sec、最終電位:0mVの条件で実施した。
結果を図1に示す。図1は、試料1-1~1-4のそれぞれにおける、補酵素F420のサイクリックボルタモグラムを示す。
【0054】
測定の結果、全ての基質を加えた系でのみで現れるサイクリックボルタモグラムの形状と、最も高い電流の極大値が確認できた。これにより、Fsrとベンジルビオロゲンを加えた条件で補酵素F420の電極反応が生じることが確認できた。
【0055】
実施例2:補酵素F420電極反応の電極反応実験(2)
補酵素F420電極反応をさらに検証するために、サイクリックボルタンメトリーにおける420nm光の吸光度変化を測定した。補酵素F420は酸化体ではピーク波長420nmの吸光特性を示すが、還元体では示さない。そのため、420nmの吸光度変化を観測することで電極上での補酵素F420の酸化還元反応を確認することができる。
実験装置として、石英ガラス製光電気化学セル(ビー・エー・エス株式会社製)を使用した。作用電極には金メッシュ電極(ビー・エー・エス株式会社製)、対電極にはPt線(ビー・エー・エス株式会社製)、参照電極にはAg/AgCl電極(3M NaCl溶液、195mV vs.RHE、ビー・エー・エス株式会社製)を使用した。
溶媒として、0.1M KHPOバッファー(pH:7.0)を使用した。バッファーと基質は、事前に脱気した純水を溶媒として用いてグローブボックス内で作製した。基質には精製したFsr、補酵素F420とベンジルビオロゲンを使用した。
電気化学セルを分光器内のセルホルダーに設置し、そこへ密閉容器に保存したバッファーを注入した。この時、緩衝液の上面にG1グレードの高純度Nガスを流速3mL/minで継続して流すことで溶液の嫌気状態を維持した。それぞれの基質を緩衝液に溶かし、下記表2に示す試料を調製した。なお、表中には、金メッシュ電極を作用極に用いた実施時における各基質の濃度を示す。
【0056】
【表2】
【0057】
全ての基質は事前にバッファーに溶かして密閉容器で保管し、シリンジ針を用いて嫌気状態を維持したままセルに注入した。調製した試料に対してサイクリックボルタンメトリーを行い、同時に金メッシュ電極を透過する420nm光量の変化を観測した。測定条件は初期電位:-400mV、高電位:-400mV、低電位:-650mV、初期スキャン極性:Negative、掃引速度:10mV/sec、最終電位:0mVの条件で実施した。
吸光度測定は実験開始時の値を基準(0値)として測定を行った。
結果を図2A及び図2Bに示す。図2Aは、試料2-1及び2-2のそれぞれにおける、補酵素F420のサイクリックボルタモグラムを示す。図2Bは、試料2-1及び2-2のそれぞれにおける、420nm吸光度の経時的変化を示す。
【0058】
測定の結果、Fsrを加えた系におけるサイクリックボルタンメトリーで420nmの吸光度に変化が生じることが確認できた。
【0059】
以上実施例1及び2の結果より、Fsrの作用によって補酵素F420の電極反応が進行していることが確認できた。
図1
図2A
図2B