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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024175964
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】走光性測定システムおよび推定方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/34 20060101AFI20241212BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20241212BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20241212BHJP
   G01N 21/27 20060101ALI20241212BHJP
   G06T 7/20 20170101ALI20241212BHJP
【FI】
C12M1/34
C12M1/00 E
C12Q1/02
G01N21/27 Z
G06T7/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023094112
(22)【出願日】2023-06-07
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100129230
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 理恵
(72)【発明者】
【氏名】今村 壮輔
(72)【発明者】
【氏名】高谷 和宏
(72)【発明者】
【氏名】若林 憲一
【テーマコード(参考)】
2G059
4B029
4B063
5L096
【Fターム(参考)】
2G059AA05
2G059BB08
2G059BB12
2G059CC16
2G059DD13
2G059DD17
2G059EE02
2G059EE11
2G059FF01
2G059FF04
2G059GG02
2G059GG03
2G059HH02
2G059KK04
2G059MM01
2G059MM10
4B029AA02
4B029BB04
4B029CC01
4B063QA20
4B063QQ05
4B063QS39
4B063QX10
5L096CA04
5L096CA17
(57)【要約】
【課題】藻類の挙動データを測定するための走光性測定システム、および測定された藻類の挙動データに基づいて藻類の表現型、遺伝子型、または遺伝子発現を推定する方法を提供する。
【解決手段】藻類を収容するための培養チェンバーと、複数の光照射装置とを備え、藻類の挙動データ測定を可能にする走光性測定システムであって、複数の光照射装置は互いに独立に照射光の波長、または波長と強度を変更可能であり、培養チェンバーの周囲の互いに異なる位置に設置されて培養チェンバーに光照射するように構成される。藻類の挙動データと表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を関係付けるモデルを提供することと、対象の藻類の挙動データを測定することと、挙動データとモデルに基づいて対象の藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を推定することを含む推定方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
藻類を収容するための培養チェンバーと、複数の光照射装置とを備え、前記藻類の挙動データ測定を可能にする走光性測定システムであって、
前記複数の光照射装置は、互いに独立に照射光の波長、または波長と強度を変更可能であり、前記培養チェンバーの周囲の互いに異なる位置に設置されて前記培養チェンバーに光照射するように構成される、
走光性測定システム。
【請求項2】
さらに測定装置を備え、前記測定装置は、前記培養チェンバー内に収容された藻類を撮影して前記藻類の挙動データを測定するように構成される、請求項1に記載の走光性測定システム。
【請求項3】
前記測定装置は、タイムラプス画像取得装置である、請求項2に記載の走光性測定システム。
【請求項4】
(i)前記複数の光照射装置は少なくとも4個の光照射装置を備え、前記4個の光照射装置は前記培養チェンバーの四方に設置されるか、または
(ii)前記(i)の前記少なくとも4個の光照射装置に加え、さらに前記培養チェンバーの上下にも光照射装置を備える、
請求項1または2に記載の走光性測定システム。
【請求項5】
藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上の推定方法であって、
藻類の挙動データと表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を関係付けるモデルを提供することと、
対象の藻類の挙動データを測定することと、
前記対象の藻類の挙動データと前記モデルに基づいて、前記対象の藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を推定することを含む、推定方法。
【請求項6】
前記挙動データが、それぞれ異なる方向から照射される複数の波長、または複数の波長と複数の強度の組合せの光を受けた藻類の挙動データである請求項5に記載の推定方法。
【請求項7】
前記対象の藻類の挙動データは、請求項1~3のいずれか一項に記載の走光性測定システムを用いて測定される、請求項5に記載の推定方法。
【請求項8】
前記提供されるモデルが、
請求項1~3のいずれか一項に記載の走光性測定システムを用いて、モデル構築用藻類の挙動データを測定することと、
前記モデル構築用藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を解析することと、
前記モデル構築用藻類の挙動データと、前記モデル構築用藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上にもとづいてモデルを構築することと、を含む方法によって構築されたモデルである、
請求項5に記載の推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、走光性測定システムおよび推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
走光性は、生物が光刺激に反応して移動することであり、光のある方向に近づくような行動を「正の走光性」、光から離れるような行動を「負の走光性」と呼ぶ。
【0003】
非固着性の藻類は走光性を示し得る生物の一例である。藻類はさまざまな波長の光を吸収する光受容体をもつ。光合成に使われるクロロフィルは赤と青を、走光性に使われるチャネルロドプシンは緑を、光合成装置を強い光から守るスイッチとして働くクリプトクロムは青を、それぞれよく吸収する。走光性の正と負は、細胞内の光合成活性を含むさまざまな代謝状態に応じて切り替わる。その切り替え機構の全容はまだ明らかになっていないが、細胞内の活性酸素種の量がシグナルになり、多いと正、少ないと負に走光性を示すことがわかっている(非特許文献1)。正の走光性を示しやすい藻類株の中には、増殖速度が高いもの、あるいは強光耐性の高いものが含まれる(非特許文献2)。負の走光性を示しやすい藻類株の中には、光合成活性が高いものが含まれる(非特許文献3)。
【0004】
従来、例えば走光性を利用して特定の藻類を分離しようとする場合、一方向から一種類の波長(その藻類の光受容体の吸収ピークの波長)の光源装置を用いて藻類に対する走光性誘導が行われていた(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Wakabayashi, K., Misawa, Y., Mochiji, S., Kamiya, R. (2011). Reduction-oxidation poise regulates the sign of phototaxis in Chlamydomonas reinhardtii. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 108:11280-4
【非特許文献2】Morishita, J., Tokutsu, R., Minagawa, J., Hisabori, T., Wakabayashi, K. (2021)Characterization of Chlamydomonas reinhardtii mutants that exhibit strong positive phototaxisPlants 10: 1483
【非特許文献3】Kim, J.Y.H., Kwak, H.S., Sung, Y.J., Choi, H.I., Hong, M.E., Lim, H.S., Lee, J.H., Lee S.Y., Sim, S.J. Microfluidic high-throughput selection of microalgal strains with superior photosynthetic productivity using competitive phototaxis. Scientific Reports 6: 21155
【非特許文献4】Ueki, N. and Wakabayashi, K. (2017). Phototaxis Assay for Chlamydomonas reinhardtii. Bio-protocol 7(12): e2356. DOI: 10.21769/BioProtoc.2356.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし従来の走光性測定では、例えば光合成活性を任意の状態に調節した条件で走光性誘導を行うことができないという問題があるということを本発明者らは認識した。また、そのような従来技術は、光受容体の吸収ピークが判明している既知の藻類を想定していたところ、光受容体が不明の新規藻類に対する走光性アッセイができないという問題があるということも本発明者らは認識した。
【0007】
本開示は、上記のような問題を少なくとも部分的に解決するためになされたものであり、藻類の挙動データを測定するための走光性測定システム、および測定された藻類の挙動データに基づいて藻類の表現型、遺伝子型、または遺伝子発現を推定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一態様の走光性測定システムは、藻類を収容するための培養チェンバーと、複数の光照射装置とを備え、前記藻類の挙動データ測定を可能にする走光性測定システムであって、前記複数の光照射装置は、互いに独立に照射光の波長、または波長と強度を変更可能であり、前記培養チェンバーの周囲の互いに異なる位置に設置されて前記培養チェンバーに光照射するように構成される。
【0009】
本開示の一態様の推定方法は、藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上の推定方法であって、藻類の挙動データと表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を関係付けるモデルを提供することと、対象の藻類の挙動データを測定することと、前記対象の藻類の挙動データと前記モデルに基づいて、前記対象の藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を推定することを含む。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、藻類の挙動データを測定するための走光性測定システムを提供することができる。また、測定された藻類の挙動データに基づいて藻類の表現型、遺伝子型、または遺伝子発現を推定する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、実施形態の装置構成図を示す。
図2図2は、実施形態の装置の模式図を示す。
図3図3は、藻類単離位置データの一例を示す。
図4図4は、解析データの一例を示す。
図5図5は、実施形態の工程フローを示す。
図6図6は、ハードウェア構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の実施の形態について図面を用いて説明する。
【0013】
図1は、実施形態の走光性測定システムの一例を示す全体構成図である。同図に示す走光性測定システムは、培養チェンバー1、複数の光照射装置2、および測定装置3を備えており、さらに単離装置4、解析装置5、および算出装置6を有している。
【0014】
培養チェンバー1は測定および解析の対象となる藻類を収容する培養容器である。本開示において「培養」とは、藻類を生存状態で維持することを意味し、藻類が増殖することは必ずしも要しない。本実施形態における藻類は典型的には非固着性の藻類である。藻類は例えば単細胞藻類であり得る。培養チェンバーは、対象の藻類の種類や個々の実施目的に応じて、タンク状、ウェル状、チューブ状等を含む異なる形状であり得、海水および淡水を含む異なる水性培地を含み得る。藻類以外の生物、および/または水性培地以外の物質(例えば土)が培養チェンバーに含まれる実施形態も企図される。培養チェンバー1は、必要に応じて、藻類を培養するための一般的な構成、例えば、温度などの環境条件を制御する環境制御部、給液部、排液部などを備えてもよい。培養チェンバー1の容量も、藻類の種類や個々の実施目的に応じて変化させることができ特に限定されない。例えば培養チェンバー1は水槽、ペトリ皿、またはマイクロ流体装置であってもよい。
【0015】
複数の光照射装置2はそれぞれ、培養チェンバーに、従って培養チェンバー内の藻類に、光を照射することができる。複数の光照射装置2は、照射光の波長、または波長と強度を変更することができる。従って、複数の光照射装置2はそれぞれ照射光を定性的および/または定量的に調節することができ、全体として、培養チェンバー内の光照射状態を調節することができる。光の強度を変更することは、光を消すことも含み得る。各々の光照射装置2が所与の時点で照射する光は、単一の色、波長、もしくは波長域の光であってもよいし、複数の色、波長もしくは波長域を含んでいてもよい。各々の光照射装置2が所与の時点で照射する光の波長は、可視光、紫外線、赤外線、またはこれらの組合せを含み得る。各々の光照射装置2が所与の時点で照射する光は、青(例えば430nm以上、490nm未満)、緑(例えば490nm以上、550nm未満)、黄(例えば550以上、590nm未満)、または赤(例えば640以上、770nm未満)の範囲の波長を含み得るが、これらに限定されない。各々の光照射装置2は、例えば、光の3原色+白色の4色のいずれかの光を強度可変で照射し得る。例えばある実施形態では、光照射装置2の各々が、それぞれ赤、緑、および青の光を照射できる3つの光源を有しており、そして上記3色の混合としての白色光を照射することもできる。つまり例えば、培養チェンバーを囲んで四方に照明装置2を合計4つ(第一~第四)設置し、第一の照明装置2から赤色の光を照射したいときにはその赤光源だけを点灯し、第一の照明装置2から白色の光を照射したいときにはその赤、緑、および青光源をすべて点灯し得る。
【0016】
上述したように、実施形態のシステムは、複数の光照射装置2を含む。光照射装置2の数は、2個、3個、4個、5個、6個、または7個以上であってもよい。3個以上の光照射装置2があることが好ましく、4個以上の光照射装置2があることがより好ましい。前記複数の光照射装置2は互いに独立に、照射光の波長、または波長と強度について、システムのユーザーにより、または例えば自動プログラムにより、設定され、変化させることができる。すなわち前記複数の光照射装置2は互いに独立に、照射光の波長、または波長と強度を変更可能である。
【0017】
実施形態のシステムにおいて、複数の光照射装置2は培養チェンバー1の周囲の互いに異なる位置に設置されて、前記培養チェンバー1に光照射するように構成される。好ましい一実施形態では、複数の光照射装置2は培養チェンバー1を囲って略等間隔に設置され得る(この場合、複数の光照射装置の光源は略同じ高さに設置され得る)。例えば、システムが少なくとも4個の光照射装置を備え、その4個の光照射装置が、培養チェンバー1の四方に配置されることが好ましい。第1および第2の光照射装置が培養チェンバー1を挟んで対向して設置され、第3および第4の光照射装置も培養チェンバー1を挟んで対向して設置され、第1および第2の光照射装置を結ぶ線と第3および第4の光照射装置を結ぶ線とが略直交し得る。いくつかの実施形態では、2次元的な挙動データだけでなく、3次元空間中の藻類の挙動データを測定することができる。例えばシステムは、前記少なくとも4個の光照射装置に加え、さらに前記培養チェンバーの上と下にも光照射装置を備えていてよい(図2)。
【0018】
光照射装置2によって照射される光は例えば、光源としての発光ダイオード(LED)によって発出され得る。一つの光照射装置には、一つの光源(例えばLED素子)が含まれていてもよいし、複数の光源(例えばLED素子)が含まれていてもよい。前記複数の光源(例えばLED素子)は同一の光照射特性を有するものであってもよいし、異なる光照射特性を有するものであってもよい。光照射装置2は、照射光を拡散または集光するためのレンズを含み得る。光照射装置2は光源(例えばLED素子)を用いるために必要な一般的な制御回路を含み得る。例えば、光照射装置2は光源(例えばLED素子)の出力を調整するための制御回路を含み得る。
【0019】
光照射装置2は、光源として、LED素子の代わりにまたはLED素子に加えて、キセノンランプを含み得る。
【0020】
光照射装置2は、波長に幅を有する光または多色光を発出する光源と、任意でモノクロメータ、光学フィルタ、またはその両方とを含み得る。モノクロメータおよび光学フィルタの種類は、光源から発出された光の波長を、藻類に照射される前に調節し得るものであれば限定されない。
【0021】
複数の光照射装置2の照射光の波長または波長と強度が可変であることにより、実施形態の走光性測定システムはいくつかの優れた特性を提供し得る。藻類のあいだで走光性だけでなくその他の光応答反応性および光感受性(代謝的な光反応性および光感受性を含む)が異なり得、または変化し得る。これらの性質に鑑みて、実施形態のシステムは、多様な光質(波長、強度、またはそれらの両方を含む)の光に対して正もしくは負のまたはそれ以外の特定の走光性挙動を示す藻類を所与の藻類集団の他の藻類から分離する。また、実施形態のシステムは、場合によってはさらに、分離された藻類の遺伝子解析等をする。実施形態のシステムが行う藻類の分離または遺伝子解析等によって、特定の性質をもつ藻類、あるいは場合によっては特定の性質を欠く藻類を、効率よく単離することができる。また、光感受機構が未知である既知藻類または新規藻類に対して、多様な光照射を行ってその挙動を調べ、他の藻類の挙動データと照らし合わせることで、その藻類の光受容体の同定を行うこともできる。
【0022】
例えば、一方向から一種類の波長の光源装置を用いて藻類に対する走光性誘導を行っていた従来の装置と異なり、本実施形態の走光性測定システムは、赤色と青色の光によって光合成活性を任意の状態に調節しながら、緑色で藻類の走光性を誘導できる。また例えば、ストレスを感じる赤色強光下でなお正の走光性を示すような、野生環境または特定の人工環境で生き延びやすい新規藻類または変異株を単離できるなど、多様な波長と強度の光に対して藻類が示す走光性の違いを利用して有用藻類を効率的に単離することができる。さらに、未知の光受容体をもつ新規藻類の走光性アッセイが可能となり、光受容機構を探索できる。
【0023】
本開示において挙動データという用語は、測定対象物(藻類)の位置、移動距離、移動速度、移動方向、移動軌跡、および指定領域における密度のうちの1つ以上を含むものとして定義される。挙動データを測定することは、挙動データまたはその変化を検出することを含み得る。最も単純な実施形態において、培養チェンバー内の藻類の挙動データの測定は、肉眼で行われ得る。培養チェンバー内の藻類集団の走光性の均一度が比較的高い場合、培養チェンバー内の特定の領域において藻類の密度が高くなることを肉眼でも見ることができる。あるいは、システムは、藻類の挙動データの測定を促進する測定装置を備えてもよい。測定装置3は、挙動データまたはその変化を検出するための人工的装置であり、培養チェンバー内に収容された藻類の挙動データを測定するように構成される。これらのデータは、培養チェンバー内の全領域または任意の領域で測定され得る。測定装置3は例えば、実体顕微鏡等の顕微鏡、タイムラプス画像取得装置、またはそれらの組合せであり得る。測定装置は、培養チェンバー内に収容された藻類を撮影するように構成されることが好ましい。測定装置3がタイムラプス画像取得装置である場合、測定装置3は撮影するすなわち画像データを取得するためのカメラを備える。前記カメラは例えばCCDカメラであり得る。また、測定装置3がタイムラプス画像取得装置である場合、測定装置3は定期的に培養チェンバー1内の画像データを取得する。測定装置3が取得する画像データは、培養チェンバー1内の任意の焦点面における藻類の画像データであり得る。画像データ上の細胞のような粒子を追跡して挙動データを提供できるソフトウェアは当業者に知られており、例えば引用文献4に記載されている。測定装置3は、測定された挙動データを保存し、場合によっては蓄積する、ストレージを含んでもよい。蓄積された挙動データは、後述するモデル構築に利用することができる。
【0024】
実施形態のシステムは単離装置4を含み得る。単純な実施形態において、単離装置4は、培養チェンバー中の特定の位置から、特定の走光性を示したゆえにその位置に移動または濃縮していた藻類を手動または半手動で回収するピペットまたはマイクロピペットなどを含み得る。あるいは、単離装置4は、培養チェンバーに組み入れられ、培養チェンバー中の特定の位置から藻類を含む培養液を吸引、排出、すくい上げ、またはその他の態様で回収する機械的単離装置であり得る。単離装置4は、藻類の回収の際に、その回収されたサンプルに対応する単離位置データを記録する記録部を含み得る。
【0025】
図3は、単離装置4で記録される、単離位置データの構成例を示す。単離位置データは例えば表形式であらわされ、サンプル識別番号、記録日時、および培養チェンバー中の座標x、座標y、座標zなどのカラムを有し得る。
【0026】
解析装置5は、単離装置4から取得した藻類サンプルの表現型解析、遺伝子型解析、および遺伝子発現解析のうちの1つ以上を行い得る。表現型とは、回収された藻類がその時点でどのような種類および/または量の遺伝子産物および/または代謝産物を保有しているかを表し、遺伝子産物および/または代謝産物の種類および/または量に応じて変化し得る細胞、細胞内構造または組織の形態学的または生理学的情報を含み得る。表現型の例には、細胞形態および組織形態ならびに細胞内構造形態、代謝状態、活性酸素種の量、強光耐性などのストレス耐性、増殖速度、走光性、および光合成活性が含まれるがこれらに限定されない。遺伝子型とは、回収された藻類がゲノムにどのような遺伝子配列を有しているかを表す。遺伝子発現解析とは、回収された藻類がその時点でどのような種類および/または量の遺伝子を転写しているかを表す。所与の生物学的試料から表現型、遺伝子型、および遺伝子発現を解析することができる方法および装置は当業者に知られている。これらの解析には例えば、質量分析、クロマトグラフィー、電気泳動、抗体による検出、酵素アッセイ、核酸配列決定、マイクロアレイ、逆転写PCR、またはこれらの組合せが含まれ得るが、これらに限定されない。
【0027】
図4は、解析装置5で得られる解析データの構成例を示す。解析データは例えば表形式であらわされ、サンプル識別番号、記録日時、ならびに、表現型解析、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を同定するための解析値a、解析値b、解析値cなどのカラムを有し得る。
【0028】
算出装置6は、測定装置で測定された藻類の挙動データと、解析装置5が同定した表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうち一つ以上とを関係付けるモデルを算出し、提供する。このために、算出装置6は測定装置3から藻類の挙動データを、また、解析装置5から藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうち一つ以上に関するデータを取得する。
【0029】
算出装置6は、対象の藻類の挙動データと、藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうち一つ以上とを関係付けるモデルに基づいて、前記対象の藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を推定することができる。
【0030】
算出装置6は、培養チェンバー1、光照射装置2、測定装置3、単離装置4、および解析装置5のうちの1つ以上を制御する機能を有していてもよく、そのための制御部を含んでいてもよい。算出装置6は、培養チェンバー1における、温度等の環境パラメータを制御してもよい。算出装置6は、光照射装置2にける、照射光の波長、強度またはその両方を制御してもよい。算出装置6は、測定装置3における、露光、フレームレートその他カメラの測定に関するパラメータの制御を行ってもよい。算出装置6は、単離装置4における、サンプル取得位置、サンプル取得量、サンプル取得頻度等のパラメータを制御してもよい。また、算出装置6は解析装置の表現型、遺伝子型、または遺伝子発現解析に関する制御を行ってもよい。
【0031】
<推定方法>
【0032】
一態様において、藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を推定する方法が提供される。この方法は、藻類の挙動データと表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を関係付けるモデルを提供することと、対象の藻類の挙動データを測定することと、対象の藻類の挙動データと前記モデルに基づいて、対象の藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を推定することを含む。
【0033】
挙動データには、必ずしも走光性に関係しないものもあり得るが(例えば化学走化性に関係する挙動データ)、ここでは、図5のフローチャートを参照し、上述した実施形態の走光性測定システムを用いて行われる推定処理の一例について説明する。培養チェンバー1、光照射装置2、測定装置3、単離装置4、解析装置5、算出装置6、および藻類を含む構成要素ならびにそれらの使用形態については、上記システムの実施形態の文脈で提供された説明がこの推定方法の実施形態に適用され得、その逆もまた然りである。
【0034】
ステップS1において、培養チェンバー1内に藻類培養液が調製される。培養液は緩衝液、栄養塩、炭素源、アミノ酸、ビタミン、ミネラル、希少金属などの成分を含んでもよい。藻類は、培養チェンバー1内で所定の密度まで増殖した後に用いられてもよいが、培養チェンバー1内の藻類が、測定に適した密度になるように、希釈されてもよい。また、事前に別の容器で培養された藻類を培養チェンバー1に投入してもよい。培養チェンバー1で培養される藻類の種類は限定されない。培養チェンバー1内の藻類としては例えば、クロレラ、ユーグレナ、ボトリオコッカス、オーランチオキトリウム、クラミドモナス、藍藻、珪藻、黄緑藻、渦鞭毛藻、海藻などの分類のいずれかを用いてもよい。前記藻類は、単一の種の藻類であってもよいし、複数の種の藻類であってもよい。同一の種における遺伝的に均質(純系)な藻類の集団を用いてもよいし、遺伝的な変異(variation)を有する藻類の集団を用いてもよい。
【0035】
ステップS2において、複数の光照射装置によって、培養チェンバー1に対して、ひいては培養チェンバー内の藻類に対して、複数の方向から、複数の波長または複数の波長と複数の強度の組合せで光が照射される。照射される光の波長は、クロロフィルが吸収しない緑の光を含む波長(例えば、400-700nm)を含むものであってもよいし、反対にその波長含まないものであってもよい。光合成で用いられる、あるいは用いられない波長の光の強度を調節することによって、藻類の光合成の活性を調節しながら、測定を行うことができる。ここで培養チェンバー1内の藻類は、各個体の走光性に応じた挙動を示し、藻類の集団は培養チェンバー1内において特定の分布パターンを示す。
【0036】
ステップS3において、測定装置3が培養チェンバー1内の藻類の挙動データを測定する。測定対象の藻類は、それぞれ異なる方向から照射される複数の波長、強度、または波長と強度の組み合わせの光を受けた藻類であり得る。実施形態の走光性測定システムが、複数の光照射装置を有し、照射光の波長と強度が可変であることにより、このような異なる方向から照射される複数の波長、強度、または波長と強度の組み合わせの光を受けた藻類の計測が可能となる。挙動データは藻類のタイムラプス画像データに捕捉されたものであってもよい。測定された挙動データは、蓄積されてステップS6のモデルの構築に用いられ得、あるいは対象藻類について測定された挙動データはステップS7の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうち少なくとも一つの推定に用いられ得る。
【0037】
ステップS4において、単離装置4によって培養チェンバー1内の藻類が単離される。藻類の単離は、培養チェンバー1内の特定の位置毎の藻類について行われてもよい。培養チェンバー1内の位置毎に単離された藻類は、例えば識別番号が割り当てられたチューブまたはプレートの中に回収され得る。割り当てられる番号は、多連チューブまたは多穴プレートの特定の位置を表す番号であってもよく、他連チューブまたは多穴プレートごとの識別番号を含んでいてもよい。回収された藻類サンプルは、解析装置に送られて下流の解析に用いられる。このとき、単離装置4から解析装置5に、他連チューブまたは多穴プレートごとの識別番号が、藻類サンプルと併せて送出されてもよい。識別番号と、それに付随する藻類が単離された培養チェンバー1内の座標とが紐づけられた単離位置データ(図3に一例を示す)は、算出装置6に送出される。
【0038】
ステップS5において、単離装置4から取得した藻類サンプルの表現型解析、遺伝子型解析、および遺伝子発現のうちの1つ以上の解析を行う。
【0039】
ステップS5において、解析装置5が行う表現型解析は、藻類の形態、代謝状態、活性酸素種の量、強光耐性などのストレス耐性、増殖速度、走光性、光合成活性などのうちの1つ以上の表現型に関する解析であり得る。これらの表現型については、当業者に知られた分析またはアッセイ方法によって解析が行われ、解析データが取得され得る。表現型解析の具体的手法の例としては、代謝解析(メタボローム解析)、タンパク質解析(プロテオーム解析)、および電子顕微鏡による細胞表層解析が含まれるがこれらに限定されない。
【0040】
ステップS5において、解析装置5が行う遺伝子型解析は、次世代配列解析による全ゲノム解析であり得る。あるいは、解析装置5が行う遺伝子型解析は、特定の遺伝子にターゲットを絞ったDNA配列解析であり得る。DNA配列解析のターゲット遺伝子は限定されず、光受容蛋白質をコードする遺伝子、あるいはクロロフィル合成蛋白質をコードする遺伝子であり得る。前記光受容蛋白質は、例えばクロロフィル含有蛋白質であり得る。前記クロロフィル含有蛋白質は、光化学系複合体蛋白質でありうる。あるいは、前記光受容蛋白質は、チャネルロドプシンまたはクリプトクロムであり得る。これらのDNA配列解析は当業者に知られた方法によって行われ得る。
【0041】
ステップS5において、解析装置5が行う遺伝子発現解析は、次世代配列解析またはマイクロアレイによるトランスクリプトーム解析であり得る。前記遺伝子解析の対象は、全または部分的トランスクリプトームでもよく、個別のターゲット遺伝子に限定されていてもよい。トランスクリプトーム解析または個別遺伝子発現解析のターゲット遺伝子は限定されず、例えば上述した光受容蛋白質をコードする遺伝子、クロロフィル含有蛋白質をコードする遺伝子、またはクロロフィル合成蛋白質をコードする遺伝子であり得る。これらのトランスクリプトーム解析は、当業者に知られた方法によって行われる。
【0042】
ステップS5の解析によって得られたデータは、識別番号に紐づけられて、算出装置6に送出される(図4)。
【0043】
ステップS6において、算出装置6が、藻類の挙動と、表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうち一つ以上とを関係付けるモデルを算出し、提供する。このために、算出装置6は測定装置3からモデル構築用藻類の挙動データを、解析装置5からモデル構築用藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうち一つ以上に関するデータを取得する。前記モデルは、藻類の挙動と、表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうち一つ以上とを関係付けるモデルであれば特に限定されず、当業者が通常の知識に基づいて適宜決定することができる。例えばモデルは機械学習モデルであってもよい。より具体的には、ランダムフォレスト、サポートベクターマシン、ニューラルネットワーク、一般線形モデル、正則化線形判別分析、正則化ロジスティック回帰、ラッソ(least absolute shrinkage and selection operator)回帰などのモデルを用いることができる。前記モデルの構築には、機械学習モデルまたはその他のモデルの構築に用いるアルゴリズムとして公知のものを利用することができる。構築したモデルのなかから、検証用のデータをモデルに入力して出力される値が実測値と最も適合するモデルを選抜し、最適なモデルとして用いることができる。
【0044】
ステップS7において、算出装置6が、対象の藻類の挙動データと、上記モデルとに基づいて、前記対象の藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を推定する。藻類の挙動データは測定装置3から直接取得されてもよいし、算出装置6に、別の方法で入力された挙動データを用いてもよい。前記モデルは、算出装置6自体によってあらかじめ算出されたものであってもよいし、別途の算出に由来し算出装置6に入力されたものであってもよい。前記対象の藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上の推定は、本明細書で例示したそれぞれのモデルの種類に応じて公知の方法を用いて行うことができる。前記対象の藻類の推定される表現型、遺伝子型、および遺伝子発現は、通常は、ステップS6でモデルの構築に用いられる表現型、遺伝子型、および遺伝子発現として例示した表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上でありうる。
【0045】
上記説明した算出装置6は、例えば、図6に示すような汎用的なコンピュータシステムを含み得る。図示するコンピュータシステムは、CPU(Central Processing Unit、プロセッサ)901と、メモリ902と、ストレージ903(HDD:Hard Disk Drive、SSD:Solid State Drive等)と、通信装置904と、入力装置905と、出力装置906とを備える。メモリ902およびストレージ903は、記憶装置である。このコンピュータシステムにおいて、CPU901がメモリ902上にロードされた所定のプログラムを実行することにより、算出装置6の機能が実現される。
【0046】
算出装置6は、1つのコンピュータで実装されてもよく、あるいは複数のコンピュータで実装されてもよい。また、算出装置6は、コンピュータに実装される仮想マシンであってもよい。算出装置6のプログラムは、HDD、SSD、USB(Universal Serial Bus)メモリ、CD (Compact Disc)、DVD (Digital Versatile Disc)などのコンピュータ読取り可能な記録媒体に記憶することも、あるいはネットワークを介して配信することもできる。コンピュータ読取り可能な記録媒体は、例えば非一時的な(non-transitory)記録媒体である。
【0047】
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で数々の変形が可能である。
【0048】
<付記>
(付記1)
藻類を収容するための培養チェンバーと、複数の光照射装置とを備え、前記藻類の挙動データ測定を可能にする走光性測定システムであって、
前記複数の光照射装置は、互いに独立に照射光の波長、または波長と強度を変更可能であり、前記培養チェンバーの周囲の互いに異なる位置に設置されて前記培養チェンバーに光照射するように構成される、走光性測定システム。
(付記2)
さらに測定装置を備え、前記測定装置は、前記培養チェンバー内に収容された藻類を撮影して前記藻類の挙動データを測定するように構成される、付記1に記載の走光性測定システム。
(付記3)
前記測定装置は、タイムラプス画像取得装置である、付記2に記載の走光性測定システム。
(付記4)
(i)前記複数の光照射装置は少なくとも4個の光照射装置を備え、前記4個の光照射装置は前記培養チェンバーの四方に設置されるか、または
(ii)前記(i)の前記少なくとも4個の光照射装置に加え、さらに前記培養チェンバーの上下にも光照射装置を備える、
付記1~3のいずれか一つに記載の走光性測定システム。
(付記5)
藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上の推定方法であって、
藻類の挙動データと表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を関係付けるモデルを提供することと、
対象の藻類の挙動データを測定することと、
前記対象の藻類の挙動データと前記モデルに基づいて、前記対象の藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を推定することを含む、推定方法。
(付記6)
前記挙動データが、それぞれ異なる方向から照射される複数の波長、または複数の波長と強度の組合せの光を受けた藻類の挙動データである付記5に記載の推定方法。
(付記7)
前記対象の藻類の挙動データは、付記1~4のいずれか一つに記載の走光性測定システムを用いて測定される、付記5または6に記載の推定方法。
(付記8)
前記提供されるモデルが、
付記1~4のいずれか一つに記載の走光性測定システムを用いて、モデル構築用藻類の挙動データを測定することと、
前記モデル構築用藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上を解析することと、
前記モデル構築用藻類の挙動データと、前記モデル構築用藻類の表現型、遺伝子型、および遺伝子発現のうちの1つ以上に基づいてモデルを構築することと、を含む方法によって構築されたモデルである、
付記5~7のいずれか一つに記載の推定方法。
【符号の説明】
【0049】
1 培養チェンバー
2 光照射装置
3 測定装置
4 単離装置
5 解析装置
6 算出装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6