(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024176104
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】水素ガス製造システム及び水素ガス製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 9/00 20210101AFI20241212BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20241212BHJP
C25B 9/19 20210101ALI20241212BHJP
C25B 15/02 20210101ALI20241212BHJP
【FI】
C25B9/00 A
C25B1/04
C25B9/19
C25B15/02
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023094362
(22)【出願日】2023-06-07
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-10-22
(71)【出願人】
【識別番号】320011650
【氏名又は名称】大陽日酸株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】染谷 巧
(72)【発明者】
【氏名】土橋 祐太
(72)【発明者】
【氏名】三木 雄輔
(72)【発明者】
【氏名】宮澤 譲
(72)【発明者】
【氏名】福田 健治
【テーマコード(参考)】
4K021
【Fターム(参考)】
4K021AA01
4K021AA09
4K021BA02
4K021BC01
4K021CA08
4K021CA09
4K021DB05
4K021DC03
(57)【要約】
【課題】原料水と同等以上の重水素Dの含有比率を有する水素ガスを高い回収率で製造することが可能な水素ガス製造システムを提供する。
【解決手段】重水を含む原料水を収容する第1タンク10と、原料水を電気分解して水素ガスを発生させる電気分解装置30と、水素ガスを貯留する貯留器50と、原料水を第1タンク10から電気分解装置30に送液する送液装置20と、電気分解装置30で発生した水素ガスを貯留器50に送気する送気装置40と、を有し、送液装置40が、電気分解装置30内に残存する原料水の減少に伴い、第1タンク10から電気分解装置30に原料水を補充するように制御され、送気装置40が、補充の前後にわたり継続的に、電気分解装置30で発生した水素ガスを貯留器50に送気するように制御され、貯留器50が、補充の前後にわたり電気分解装置30で発生した水素ガスを貯留する水素ガス製造システム100。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重水を含む原料水を収容する第1タンクと、
前記原料水を電気分解して水素ガスを発生させる電気分解装置と、
前記水素ガスを貯留する貯留器と、
前記原料水を前記第1タンクから前記電気分解装置に送液する送液装置と、
前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを前記貯留器に送気する送気装置と、
を有し、
前記送液装置が、前記電気分解装置内に残存する前記原料水の量の減少に伴い、前記第1タンクから前記電気分解装置に前記原料水を補充するように制御され、
前記送気装置が、前記補充の前後にわたり継続的に、前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを前記貯留器に送気するように制御され、前記貯留器が、前記補充の前後にわたり前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを貯留することを特徴とする水素ガス製造システム。
【請求項2】
前記電気分解装置が、
陽極を収容する陽極室と陰極を収容する陰極室とがイオン交換膜を介して隣り合う電気分解セルと、
前記第1タンクから供給される前記原料水を収容する第2タンクと、
前記第2タンクと前記陽極室とを連結し、前記第2タンクから前記陽極室に前記原料水を供給するための送液配管と、
前記陽極室と前記第2タンクとを連結し、前記陽極室から前記第2タンクに前記原料水を返送するための返送配管と、
前記送液配管及び前記返送配管を介して、前記第2タンクと前記陽極室との間で前記原料水を循環させる循環装置と、
を有する、請求項1に記載の水素ガス製造システム。
【請求項3】
重水を含む原料水を第1タンクに収容する工程と、
前記原料水を前記第1タンクから電気分解装置に送液する工程と、
前記電気分解装置にて前記原料水を電気分解して水素ガスを発生させる電気分解工程と、
前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを貯留器に送気する工程と、
を有し、
前記電気分解装置内に残存する前記原料水の量の減少に伴い、前記第1タンクから前記電気分解装置に前記原料水を補充し、
前記補充の前後にわたり継続的に、前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを前記貯留器に送気し、前記貯留器が、前記補充の前後にわたり前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを貯留することを特徴とする水素ガス製造方法。
【請求項4】
前記電気分解装置が、陽極を収容する陽極室と陰極を収容する陰極室とがイオン交換膜を介して隣り合う電気分解セルと、前記第1タンクから供給される前記原料水を収容する第2タンクと、を有し、
前記電気分解工程では、前記第2タンクと前記陽極室とを連結する送液配管を介して、前記第2タンクから前記陽極室に前記原料水を供給しつつ、前記陽極室と前記第2タンクとを連結する返送配管を介して、前記陽極室から前記第2タンクに前記原料水を返送することで、前記送液配管及び前記返送配管を介して、前記第2タンクと前記陽極室との間で前記原料水を循環させる、請求項3に記載の水素ガス製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水を電気分解することにより水素ガスを製造する水素ガス製造システム及び水素ガス製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
天然に存在する水や水素ガス等を構成する水素原子の安定同位体として、質量数が1である(原子核が1個の陽子のみからなる)水素1H(以下、Hとも記す)と、質量数が2である(原子核が1個の陽子と1個の中性子からなる)重水素2H(以下、Dとも記す)と、質量数が3である(原子核が1個の陽子と2個の中性子からなる)三重水素3H(以下、Tとも記す)があり、D又はTの含有比率はHに比べて圧倒的に小さい。半導体製造分野や原子力分野においては、Dが特に有効となる用途が知られている。このため、Dの含有比率を高めた水や水素ガスを低コストで製造することが求められている。
【0003】
ところで、一般的な水素ガスの製造方法としては、水を電気分解して酸素ガスと水素ガスとを発生させる電気分解法がよく用いられている。電気分解法において、重水素濃縮水(通常の純水よりも重水素Dの含有比率が高められた水)を原料水として用いることで、重水素濃縮水素ガス(通常の水素ガスよりも重水素Dの含有比率が高められた水素ガス)を製造することが可能であることが知られている。特許文献1には、バッチ式の電気分解装置を用いて重水素濃縮水素ガスを発生させる技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、原料水としての重水素濃縮水を電気分解して重水素濃縮水素ガスを得る場合、同位体効果により、原料水に含まれる軽水(H2O)が先に分解される。そのため、得られる水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率は、電気分解開始直後は低く、徐々に上昇していくという経時変化が生じる。従来、重水素濃縮水素ガスを製造する際は、目的とするDの含有比率に達するまでに発生させた水素ガスを廃棄していたため、水素ガスの回収率が低く、製造コストが高くなるという課題があった。
【0006】
また、理論上は、電気分解装置に一度投入した重水素濃縮水(原料水)に含まれるDの全量を水素ガスに変換できれば、最終的に得られる水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率は、原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率と同等となる。しかし、実際の電気分解装置の運用においては、特許文献1に記載されるようなバッチ式の電気分解装置の場合は電極が原料水に浸かる必要があり、フロー式の電気分解装置の場合は送液ポンプを駆動させるために最低限の液量を確保する必要があり、電気分解装置内に原料水が残留することが避けられない。そのため、投入した原料水の全量を電気分解することは不可能であり、前述した経時変化が生じる事象も踏まえると、従来の水素ガス製造方法では、得られる水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率は、原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率よりも低くなるという課題があった。
【0007】
上記課題を鑑みて、本発明は、原料水中の全水素原子に占める重水素Dの含有比率と同等以上の重水素Dの含有比率を有する水素ガスを高い回収率で製造することが可能な水素ガス製造システム及び水素ガス製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、以下の知見を得た。電気分解装置から得られる水素ガスを貯留器で貯留することで、水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率を経時的に平均化することができる。また、電気分解装置の運用上、装置内に残留した原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率は、電気分解開始前よりも高くなっているため、電気分解装置内の原料水の量の減少に伴い、電気分解装置に重水素濃縮水(原料水)を補充することによって、Dの含有比率がより高い水素ガスを継続的に発生させることができる。これらを組み合わせることで、発生した水素ガスを廃棄することなく、原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率と同等以上のDの含有比率を有する水素ガスを製造することができる。
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
【0010】
[1]重水を含む原料水を収容する第1タンクと、
前記原料水を電気分解して水素ガスを発生させる電気分解装置と、
前記水素ガスを貯留する貯留器と、
前記原料水を前記第1タンクから前記電気分解装置に送液する送液装置と、
前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを前記貯留器に送気する送気装置と、
を有し、
前記送液装置が、前記電気分解装置内に残存する前記原料水の量の減少に伴い、前記第1タンクから前記電気分解装置に前記原料水を補充するように制御され、
前記送気装置が、前記補充の前後にわたり継続的に、前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを前記貯留器に送気するように制御され、前記貯留器が、前記補充の前後にわたり前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを貯留することを特徴とする水素ガス製造システム。
【0011】
[2]前記電気分解装置が、
陽極を収容する陽極室と陰極を収容する陰極室とがイオン交換膜を介して隣り合う電気分解セルと、
前記第1タンクから供給される前記原料水を収容する第2タンクと、
前記第2タンクと前記陽極室とを連結し、前記第2タンクから前記陽極室に前記原料水を供給するための送液配管と、
前記陽極室と前記第2タンクとを連結し、前記陽極室から前記第2タンクに前記原料水を返送するための返送配管と、
前記送液配管及び前記返送配管を介して、前記第2タンクと前記陽極室との間で前記原料水を循環させる循環装置と、
を有する、上記[1]に記載の水素ガス製造システム。
【0012】
[3]重水を含む原料水を第1タンクに収容する工程と、
前記原料水を前記第1タンクから電気分解装置に送液する工程と、
前記電気分解装置にて前記原料水を電気分解して水素ガスを発生させる電気分解工程と、
前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを貯留器に送気する工程と、
を有し、
前記電気分解装置内に残存する前記原料水の量の減少に伴い、前記第1タンクから前記電気分解装置に前記原料水を補充し、
前記補充の前後にわたり継続的に、前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを前記貯留器に送気し、前記貯留器が、前記補充の前後にわたり前記電気分解装置で発生した前記水素ガスを貯留することを特徴とする水素ガス製造方法。
【0013】
[4]前記電気分解装置が、陽極を収容する陽極室と陰極を収容する陰極室とがイオン交換膜を介して隣り合う電気分解セルと、前記第1タンクから供給される前記原料水を収容する第2タンクと、を有し、
前記電気分解工程では、前記第2タンクと前記陽極室とを連結する送液配管を介して、前記第2タンクから前記陽極室に前記原料水を供給しつつ、前記陽極室と前記第2タンクとを連結する返送配管を介して、前記陽極室から前記第2タンクに前記原料水を返送することで、前記送液配管及び前記返送配管を介して、前記第2タンクと前記陽極室との間で前記原料水を循環させる、上記[3]に記載の水素ガス製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の水素ガス製造システム及び水素ガス製造方法によれば、原料水中の全水素原子に占める重水素Dの含有比率と同等以上の重水素Dの含有比率を有する水素ガスを高い回収率で製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態における水素ガス製造システムの装置構成を示す模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態における、フロー式の電気分解装置を有する水素ガス製造システムの装置構成を示す模式図である。
【
図3】本発明の一実施形態における、バッチ式の電気分解装置を有する水素ガス製造システムの装置構成を示す模式図である。
【
図4】比較例における、電気分解装置の運転時間に対して得られた水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る水素ガス製造システム及び水素ガス製造方法の実施形態を説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明を具体化した一例であって、その具体例をもって本発明の構成を限定するものではない。
【0017】
[水素ガス製造システム及び水素ガス製造方法]
図1に本発明の一実施形態における水素ガス製造システム100の装置構成を示す。水素ガス製造システム100は、重水を含む原料水を収容する第1タンク10と、原料水を電気分解して水素ガスを発生させる電気分解装置30と、水素ガスを貯留する貯留器50と、原料水を第1タンク10から電気分解装置30に送液する送液装置20と、電気分解装置30で発生した水素ガスを貯留器50に送気する送気装置40と、を有する。水素ガス製造システム100はさらに、送液装置20が、電気分解装置30内に残存する原料水の量の減少に伴い、第1タンク10から電気分解装置30に原料水を補充するように制御され、送気装置40が、補充の前後にわたり継続的に、電気分解装置30で発生した水素ガスを貯留器50に送気するように制御され、貯留器50が、原料水の補充の前後にわたり電気分解装置30で発生した水素ガスを貯留することを特徴とする。
【0018】
図1において、配管60は、第1タンク10と送液装置20とを連結し、原料水が送液される流路を区画する配管である。配管62は、送液装置20と電気分解装置30とを連結し、原料水が送液される流路を区画する配管である。配管64は、電気分解装置30と送気装置40とを連結し、水素ガスが送気される流路を区画する配管である。配管66は、送気装置40と貯留器50とを連結し、水素ガスが送気される流路を区画する配管である。
【0019】
本発明の一実施形態に係る水素ガス製造方法は、水素ガス製造システム100を用いて好適に実施することができ、重水を含む原料水を第1タンク10に収容する工程と、原料水を第1タンク10から電気分解装置30に送液する工程と、電気分解装置30にて原料水を電気分解して水素ガスを発生させる電気分解工程と、電気分解装置30で発生した水素ガスを貯留器50に送気する工程と、を有する。水素ガス製造方法はさらに、電気分解装置30内に残存する原料水の量の減少に伴い、第1タンク10から電気分解装置30に原料水を補充し、補充の前後にわたり継続的に、電気分解装置30で発生した水素ガスを貯留器50に送気し、貯留器50が、補充の前後にわたり電気分解装置30で発生した水素ガスを貯留することを特徴とする。
【0020】
(原料水)
原料水は、重水(D2O)を含む水とする。原料水(重水素濃縮水)中の全水素原子に占めるDの含有比率が90[atom%D]以上であると、Dが十分に濃縮された水素ガスを得ることができ、好ましい。原料水(重水素濃縮水)中の全水素原子に示すDの含有比率の上限は特に限定されないが、工業的な観点から、原料水(重水素濃縮水)中の全水素原子に占めるDの含有比率は、概ね99.98[atom%D]以下である。なお、原料水は、半重水(HDO)を一部含んでいてもよく、半重水に含まれるDも上記含有比率に含まれる。また、使用する電気分解装置に応じて原料水に水酸化カリウムや次亜塩素酸塩などの支持塩が含まれていてもよい。
【0021】
原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率は、原料水を核磁気共鳴分光装置(例えば日本電子製)による分析に供して、H原子及びD原子の面積を測定し、H原子及びD原子の総面積に対するD原子の面積の比率を計算することで求めることができる。
【0022】
(第1タンク)
第1タンク10は、原料水を収容する装置であり、送液装置20と配管60により連結されたものとする。第1タンク10の材質は特に限定されないが、例えば樹脂などの空気成分を透過しやすい材質は、空気中の水分を透過させることで第1タンク10内の原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率が下がってしまう恐れがあるため、空気成分を透過しないSUSやガラス材料を使用することが好ましい。
【0023】
(送液装置及び送液工程)
送液装置20は、原料水を第1タンク10から電気分解装置30に送液する装置であり、第1タンク10と配管60により連結され、電気分解装置30と配管62により連結されたものとする。送液装置20は、例えば送液ポンプであり得る。送液工程は、原料水を第1タンク10から電気分解装置30に送液装置20を用いて送液する工程である。原料水を送液して電気分解装置30内の水量を増やし、電気分解装置30が稼働できるようにする。送液する液量は、電気分解装置30の収容できる上限量とすることが好ましい。
【0024】
送液装置20は、電気分解装置30による原料水の電気分解の過程で、電気分解装置30内に残存する原料水の量の減少に伴い、第1タンク10から電気分解装置30に原料水を補充するように制御されるものとする。原料水を補充する制御としては、限定されるものではないが、以下のような態様が好ましい。電気分解装置30は、液面センサーが設置されていることが好ましい。液面センサーは、電気分解装置30内の原料水の液面(すなわち、残留している原料水の液量)を感知し、液面高さが所定の閾値まで下がると信号を出力する。液面センサーの出力信号は制御部(CPU等)に送られ、制御部は、液面センサーからの信号の入力を受けて、送液装置20を稼働し、原料水を電気分解装置30に補充する。あるいは、液面センサーの出力信号は光や音等の形式でもよく、作業員が液面センサーの出力信号を認識して、作業員が送液装置20を稼働することで、原料水を電気分解装置30に補充してもよい。
【0025】
原料水を補充するタイミングとしては、上記のような液面センサーが電気分解装置30に設置されている場合は、液面高さが所定の閾値まで下がった時とすることが好ましい。ここで、液面高さの閾値とは、後述する電気分解装置30の運転限界の液面としてもよく、運転限界に達する前に原料水を補充できるように、運転限界よりも高い値を設定してもよい。液面センサーが電気分解装置30に設置されていない場合は、作業員が定期的に液量を確認し、液量が減少していると判断した場合に送液装置20を稼働して原料水を補充してもよい。原料水の消費速度は、電気分解装置30の容量や電気分解の条件等によって求めることができるため、あらかじめ原料水の消費量を計算し、一定時間電気分解を行った後に、送液装置20を制御部が自動で稼働し、又は作業員が稼働して、原料水を補充してもよい。なお、原料水を補充するタイミングは特に限定されず、電気分解中に常時補充を行ってもよい。
【0026】
電気分解装置30が水素ガスを発生させる際、同位体効果により原料水に含まれる軽水(H2O)が先に分解される。そのため、電気分解装置30に残留する原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率は、経時的に高くなる。電気分解装置30による原料水の電気分解の過程で、送液装置20によって原料水を電気分解装置30に補充することで、電気分解装置30はDの含有比率がより高い原料水を電気分解することが可能となり、結果として、原料水補充前に得られた水素ガスよりもDの含有比率が高い水素ガスが得られる。
【0027】
(配管)
水素ガス製造システム100は、第1タンク10と送液装置20とを連結し、原料水が第1タンク10から送液装置20に送液される流路を区画する配管60と、送液装置20と電気分解装置30とを連結し、原料水が送液装置20から電気分解装置30に送液される流路を区画する配管62と、を有する。配管60,62の材質は特に限定されないが、例えば樹脂などの空気成分を透過しやすい材質は、空気中の水分を透過させることで配管60,62内の原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率が下がってしまう恐れがあるため、空気成分を透過しないSUSやガラス材料を使用することが好ましい。
【0028】
(電気分解装置)
電気分解装置30は、原料水を電気分解する装置であり、送液装置20と配管62によって連結され、送気装置40と配管64によって連結されたものとする。電気分解装置30は、原料水を電気分解して水素ガスを発生させるものであれば特に限定されず、従来公知のものを用いることができる。一般に、電気分解装置30はフロー式とバッチ式の2種が広く使用されている。
【0029】
図2に、本発明の一実施形態における、フロー式の電気分解装置30Aを有する水素ガス製造システム102の模式図を示す。電気分解装置30A以外の構成については
図1と同様である。電気分解装置30Aは電気分解セル80を有し、電気分解セル80は、陽極を収容する陽極室82と陰極を収容する陰極室84とがイオン交換膜86を介して隣り合う構成を有する。さらに、電気分解装置30Aは、第1タンク10から送液装置20により供給される原料水を収容する第2タンク32と、送液配管34及び返送配管36を介して第2タンク32と陽極室82との間で原料水を循環させる循環装置38と、を有する。送液配管34は、第2タンク32と陽極室82とを連結し、第2タンク32から陽極室82に原料水を供給するための配管である。返送配管36は、第2タンク32と陽極室82とを連結し、陽極室82から第2タンク32に原料水を返送するための配管である。循環装置38は、例えば送液ポンプであり得る。循環装置38の設置位置は特に限定されないが、
図2に示すように、例えば送液配管34に設置される。
【0030】
図3に、本発明の一実施形態における、バッチ式の電気分解装置30Bを有する水素ガス製造システム104の模式図を示す。電気分解装置30B以外の構成については
図1と同様である。電気分解装置30Bは電気分解セル90を有し、電気分解セル90内には、陽極92及び陰極94が収容され、陽極92及び陰極94は、同じく電気分解セル90に収容される原料水96に浸かる。配管68は、電気分解セル90の陽極92にて副生する酸素ガスが排出される際に用いる配管である。
【0031】
(電気分解工程)
電気分解工程は、電気分解装置30を用いて水素ガスを発生させる工程である。
図2に示すフロー式の電気分解装置30Aを使用する場合は、電気分解を行っている間、常時循環装置38を稼働させて、第2タンク32と陽極室82との間で原料水を循環させることが好ましい。
【0032】
図2に示すフロー式の電気分解装置30Aを用いて電気分解を行う場合、電気分解セル80内の陽極室82においては、以下の式(1)に示す酸化反応により、原料水は酸素ガスと水素イオンとに分解される。陽極室82で発生した水素イオンはイオン交換膜86を透過して陰極室84に移動し、以下の式(2)に示す還元反応により水素ガスとなる。陰極室84で発生した水素ガスは送気装置40により配管64及び配管66を介して貯留器50に送気される。なお、陽極室82で発生した酸素ガスの大半はイオン交換膜86を透過しないが、透過したごく微量の酸素ガスも、陰極室84の還元条件下で水素イオンと反応し水になるため、陰極室84で発生した水素ガスには含まれない。
H
2O→1/2O
2+2H
++2e
-・・・(1)
2H
++2e
-→H
2・・・(2)
【0033】
なお、重水(D2O)の電気分解により得られる水素ガスは重水素ガス(D2)である。また、原料水が半重水(HDO)を含む場合、半重水の電気分解により得られる水素ガスは、半重水素ガス(HD)である。原料水が重水素濃縮水の場合、得られる水素ガスも重水素濃縮水素ガス(通常の水素ガスよりも重水素Dの存在比率が多い水素ガス)となる。
【0034】
図3に示すバッチ式の電気分解装置30Bを使用した場合も同様に、電気分解セル90において、陽極92で上記式(1)に示す酸化反応、陰極94で上記式(2)に示す還元反応が起こる。電気分解セル90はイオン交換膜86を有さないが、
図3に示すように陽極側及び陰極側の上部にそれぞれ空間が設けられている。このような構造をとることで、陽極92で発生した酸素ガスと陰極94で発生した水素ガスとは、互いに混ざることなく、酸素ガスは陽極92側上部の空間へ、水素ガスは陰極94側上部の空間へ移動する。水素ガスは、送気装置40によって配管64及び配管66を介して貯留器50へ送気される。
【0035】
電気分解装置30がその上限量まで原料水を収容した段階で電気分解工程を開始すると、電気分解装置30内の原料水は分解されて徐々に減少する。そこで、電気分解装置30による原料水の電気分解の過程で、電気分解装置30内に残存する原料水の量の減少に伴い、送液装置20により第1タンク10から電気分解装置30に原料水を補充する。原料水の補充は、電気分解装置30内に残存する原料水の量が電気分解装置30の運転限界の液量となる前に行う。運転限界とは、フロー式の電気分解装置30Aの場合は循環装置38を駆動させるために必要な原料水の最低量に達してしまった状態や、バッチ式の電気分解装置30Bの場合は陽極92又は陰極94が原料水の液面から出てしまう液量に達してしまった状態等を指す。
【0036】
電気分解工程において水素ガスを発生させる際、同位体効果により原料水に含まれる軽水(H2O)が先に分解される。そのため、電気分解装置30に残留する原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率は、経時的に高くなる。電気分解装置30による原料水の電気分解の過程で、送液装置20によって原料水を電気分解装置30に補充することで、電気分解装置30はDの含有比率がより高い原料水を電気分解することが可能となり、結果として、原料水補充前に得られた水素ガスよりもDの含有比率が高い水素ガスが得られる。
【0037】
(送気装置)
送気装置40は、水素ガスを電気分解装置30から貯留器50に送気する装置であり、電気分解装置30に配管64により連結され、貯留器50に配管66により連結されたものとする。送気装置40は、送液装置20が原料水を電気分解装置30に補充する前後にわたり継続的に、電気分解装置30で発生した水素ガスを貯留器50に送気するように制御されるものとする。送気装置40としては、昇圧器を使用することができる。
【0038】
(送気工程)
送気工程は、電気分解装置30で発生した水素ガスを、送気装置40を用いて貯留器50に送気する工程である。貯留器50への送気は、送液装置20が原料水を電気分解装置30に補充する前後にわたり継続的に行う。これにより、貯留器50に貯留された水素ガスは、継続的に得られた水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率が平均化されたものとなる。電気分解装置30で発生した水素ガスは、一般に0.3MPa程度の圧力を有する。そのため、送気工程の一例としては、電気分解装置30の稼働前に貯留器50内を減圧状態にして、電気分解装置30の稼働直後は発生した水素ガスの自圧で貯留器50に充填し、さらに送気装置40で水素ガスを昇圧して貯蓄器へ充填することができる。
【0039】
(配管)
水素ガス製造システム100は、電気分解装置30と送気装置40とを連結し、水素ガスが電気分解装置30から送気装置40に送気される流路を区画する配管64を有する。配管64の材質は特に限定されないが、例えば樹脂などの空気成分を透過しやすい材質は、得られる水素ガスの純度の低下につながるため、空気成分を透過しないSUSやガラス材料を使用することが好ましい。
【0040】
また、電気分解装置30から発生した水素ガスを貯留器50へ送気する流路の間には、マスフローコントローラーや背圧弁などの水素ガス送気量を制御する機器や、発生した水素ガス中の水分や空気成分を除去する精製器、発生した水素ガスを昇圧させるための圧縮機などを適宜設けてよい。
【0041】
(貯留器)
貯留器50は、電気分解により得られた水素ガスを貯留する装置であり、送気装置40と配管66により連結されたものとする。貯留器50は、送液装置20が原料水を電気分解装置30に補充する前後にわたり、電気分解装置30で発生した水素ガスを貯留するものとする。貯留器50が水素ガスを継続的に貯留することによって、貯留された水素ガスにおける全水素原子に占めるDの含有比率が平均化される。
【0042】
貯留器50の材質は特に限定されないが、例えば樹脂などの空気成分を透過しやすい材質は、得られる水素ガスの純度の低下につながるため、空気成分を透過しないSUSやガラス材料を使用することが好ましい。
【0043】
(配管)
水素ガス製造システム100は、送気装置40と貯留器50を連結し、水素ガスが送気装置40から貯留器50に送気される流路を区画する配管66を有する。配管66の材質は特に限定されないが、例えば樹脂などの空気成分を透過しやすい材質は、得られる水素ガスの純度の低下につながるため、空気成分を透過しないSUSやガラス材料を使用することが好ましい。
【0044】
(水素ガス)
以上説明した本発明の実施形態に係る水素ガス製造システム及び水素ガス製造方法によれば、初期に発生した水素ガスを廃棄することなく、原料水(重水素濃縮水)中の全水素原子に占める重水素Dの含有比率と同等以上のDの含有比率を有する水素ガスが得られる。特に、原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率が90[atom%D]以上であると、水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率が90[atom%D]以上である水素ガスが得られるため好ましい。水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率の上限は特に限定されず、水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率は100.00[atom%D]以下であり得る。既述のとおり、工業的な観点から、原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率の上限は99.98[atom%D]であり、この場合には、得られる水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率は99.98[atom%D]以上となり得る。また、水素ガスは、半重水素ガス(HD)を一部含んでいてもよく、半重水に含まれるDも上記含有比率に含まれる。なお、水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率は、原料水と同様にして求めることができる。
【0045】
なお、本発明に記載されていない工程、条件については定法を使用することができる。
【実施例0046】
[実施例1]
図2と同様の構成の装置を用いて、初めに電気分解装置内にDの含有比率が99.84atom%Dである原料水(重水素濃縮水)を940g投入し、1回目の装置運転を開始した。運転開始から6時間後に、貯留器に貯留した水素ガスのDの含有比率を測定すると、99.81atom%Dであった。この時、電気分解装置内には400gの原料水が残留しており、残留していた原料水におけるDの含有比率は99.92atom%Dであった。
【0047】
次に、第1タンクからDの含有比率が99.84atom%Dである原料水540gを投入して電気分解装置内の原料水におけるDの含有比率を99.87atom%Dとし、2回目の装置運転を開始し水素ガスを発生させた。運転開始から6時間後に貯留器に貯留した水素ガスのDの含有比率を測定すると99.83atom%Dであった。この時、電気分解装置内には400gの原料水が残留しており、残留していた原料水におけるDの含有比率は99.95atom%Dであった。
【0048】
そこで、同様に第1タンクからDの含有比率が99.84atom%Dである原料水540gを投入して電気分解装置内の原料水におけるDの含有比率を99.88atom%Dとし、3回目の装置運転を開始し水素ガスを発生させた。運転開始から6時間後に貯留器に貯留した水素ガスのDの含有比率を測定すると99.84atom%Dであった。この時、電気分解装置内には400gの原料水が残留しており、残留していた原料水におけるDの含有比率は99.95atom%Dであった。
【0049】
さらに、同様に第1タンクからDの含有比率が99.84atom%Dである原料水540gを投入して電気分解装置内の原料水におけるDの含有比率を99.88atom%Dとし、4回目の装置運転を開始し水素ガスを発生させた。運転開始から6時間後に貯留器に貯留した水素ガスのDの含有比率を測定すると99.85atom%Dであった。この時、電気分解装置内には400gの原料水が残留しており、残留していた原料水におけるDの含有比率は99.95atom%Dであった。表1に各測定結果を示す。
【0050】
電気分解装置より発生した水素ガスに対する、貯留器での原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率と同等以上のDの含有比率を有する水素ガスとしての回収率は≧99%となった。なお、回収率は以下のようにして計算した。
回収率[%]=貯留器での水素ガス回収量[L]/電気分解装置より発生した水素ガス総量[L]×100[%]
【0051】
【0052】
[実施例2]
図3と同様の構成の装置を用いて、初めに電気分解装置内にDの含有比率が99.84atom%Dである原料水(重水素濃縮水)100gを投入し、1回目の装置運転を開始した。運転開始から1時間後に、貯留器に貯留した水素ガスのDの含有比率を測定すると、99.83atom%Dであった。この時、電気分解装置内には12gの原料水が残留しており、残留していた原料水におけるDの含有比率は99.97atom%Dであった。
【0053】
次に、第1タンクからDの含有比率が99.84atom%Dである原料水88gを投入して電気分解装置内の原料水におけるDの含有比率を99.85atom%Dとし、2回目の装置運転を開始し水素ガスを発生させた。運転開始から1時間後に貯留器に貯留した水素ガスのDの含有比率を測定すると99.84atom%Dであった。この時、電気分解装置内には12gの原料水が残留しており、残留していた原料水におけるDの含有比率は99.97atom%Dであった。
【0054】
そこで、同様に第1タンクからDの含有比率が99.84atom%Dである原料水88gを投入して電気分解装置内の原料水におけるDの含有比率を99.85atom%Dとし、3回目の装置運転を開始し水素ガスを発生させた。運転開始から1時間後に貯留器に貯留した水素ガスのDの含有比率を測定すると99.85atom%Dであった。この時、電気分解装置内には12gの原料水が残留しており、残留していた原料水におけるDの含有比率は99.97atom%Dであった。表2に各測定結果を示す。
【0055】
実施例1と同様に、回収率を計算した。電気分解装置より発生した水素ガスに対する、貯留器での原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率と同等以上のDの含有比率を有する水素ガスとしての回収率は≧99%となった。
【0056】
【0057】
[比較例1]
実施例1で使用した装置のうち、第1タンクと貯留器を用いずに、電気分解装置を用いてDの含有比率が99.84atom%Dである原料水(重水素濃縮水)の電気分解を行った。発生した水素ガスを定期的にサンプリングして、Dの含有比率を測定した。
図4に、電気分解装置の運転時間に対して得られた水素ガス中の全水素原子に占めるDの含有比率を示す。その結果、発生した水素ガスのDの含有比率が原料水におけるDの含有比率である99.84atom%Dに到達するまで3.8時間以上の運転が必要であった。すなわち、貯留器を使用しない場合は、Dの含有比率が99.84atom%Dである水素ガスを得るためには、到達するまでの3.8時間分の水素ガスは廃棄する必要がある。3.8時間分の水素ガスを廃棄したと仮定して、実施例1と同様に回収率を計算すると、貯留器での原料水中の全水素原子に占めるDの含有比率と同等以上のDの含有比率を有する水素ガスとしての回収率は37%となった。
前記電気分解装置が、陽極を収容する陽極室と陰極を収容する陰極室とがイオン交換膜を介して隣り合う電気分解セルと、前記第1タンクから供給される前記原料水を収容する第2タンクと、を有し、
前記電気分解工程では、前記第2タンクと前記陽極室とを連結する送液配管を介して、前記第2タンクから前記陽極室に前記原料水を供給しつつ、前記陽極室と前記第2タンクとを連結する返送配管を介して、前記陽極室から前記第2タンクに前記原料水を返送することで、前記送液配管及び前記返送配管を介して、前記第2タンクと前記陽極室との間で前記原料水を循環させる、請求項3に記載の水素ガス製造方法。