(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024176854
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】植物のKODA蓄積量を増加させるための方法、KODA製造システム、およびストレス耐性が増大した植物の製造方法
(51)【国際特許分類】
A01H 1/00 20060101AFI20241212BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20241212BHJP
A01H 3/00 20060101ALI20241212BHJP
C12P 7/6409 20220101ALI20241212BHJP
C12N 15/61 20060101ALN20241212BHJP
C12N 15/53 20060101ALN20241212BHJP
C12N 15/29 20060101ALN20241212BHJP
【FI】
A01H1/00 A
C12N5/10
A01H3/00
C12P7/6409
C12N15/61
C12N15/53
C12N15/29
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023095691
(22)【出願日】2023-06-09
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100129230
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 理恵
(72)【発明者】
【氏名】今村 壮輔
(72)【発明者】
【氏名】高谷 和宏
(72)【発明者】
【氏名】下嶋 美恵
(72)【発明者】
【氏名】川東 真理子
(72)【発明者】
【氏名】若松 孝幸
【テーマコード(参考)】
2B030
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
2B030AD04
2B030AD20
2B030CA17
4B064AD88
4B064AD89
4B064CA11
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA11
4B065AA88X
4B065AA88Y
4B065AA89X
4B065AA89Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA02
4B065BB31
4B065CA10
4B065CA53
(57)【要約】
【課題】植物の個体、組織、または細胞におけるKODAの蓄積量を増加させるための方法、KODAを製造するためのシステム、および、ストレス耐性が増大した植物の製造方法を提供する。
【解決手段】植物の個体、組織、または細胞をリン欠乏条件の培地に維持する工程を含む、KODAの蓄積量を増加させるための方法が提供される。溶存リン濃度が1mM未満である培地に維持された9-LOX遺伝子および/またはAOS遺伝子を含む植物の個体、組織、または細胞を含む、KODAを製造するためのシステムも提供される。植物に9-LOX遺伝子および/またはAOS遺伝子を導入する工程と、該植物をリン欠乏条件の培地で栽培する工程を含む、ストレス耐性が増大した植物の製造方法も提供される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の個体、組織、または細胞における9,10-α-ケトールリノレン酸の蓄積量を増加させるための方法であって、
前記植物の個体、組織、または細胞をリン欠乏条件の培地に維持する工程(a)を含む、方法。
【請求項2】
前記リン欠乏条件の培地は、溶存リン濃度が1mM未満である培地である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記植物の個体、組織、または細胞が、9-LOXをコードする遺伝子、および/または、AOSをコードする遺伝子を含む植物の個体、組織、または細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記維持する工程(a)の後に、蓄積された9,10-α-ケトールリノレン酸を前記植物の個体、組織、または細胞から抽出する工程(b)をさらに含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
溶存リン濃度が1mM未満である培地に維持された、9-LOXをコードする遺伝子、および/または、AOSをコードする遺伝子を含む植物の個体、組織、または細胞を含む、9,10-α-ケトールリノレン酸を製造するためのシステム。
【請求項6】
ストレス耐性が増大した植物の製造方法であって、
植物に9-LOXをコードする遺伝子およびAOSをコードする遺伝子から選択される少なくとも1個の遺伝子を導入する工程と、
前記遺伝子が導入された植物をリン欠乏条件の培地で栽培する工程とを含む、
方法。
【請求項7】
前記リン欠乏条件の培地は、溶存リン濃度が1mM未満である培地である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記ストレス耐性が高温耐性である、請求項6または7に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、植物の9,10-α-ケトールリノレン酸(KODA)の蓄積量を増加させるための方法およびシステムに関する。また本開示はストレス耐性が増大した植物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
9,10-α-ケトールリノレン酸(9-hydroxy-10-oxo-12(Z),15(Z)-octadecadienoic acid、または9,10-ketol-octadecadienoic acidとも表記され、KODAと略称される)は、植物で生合成される生理活性物質であり、植物に環境ストレス耐性(乾燥、病害など)を付与し、植物の成長を促進させることが知られている。このような特筆すべき性質から、KODAを農業分野で実用化することが強く期待されている。非特許文献1はKODAを化学的に合成する方法を報告している(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Yokokawa et al., “Total Synthesis of α-Ketol Derivative of Linolenic Acid (KODA), a Flower-inducing Factor in Lemna paucicostata”, Chemistry Letters, Vol.32, No.9, pp.844-845. (2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、一般に植物におけるKODAの生合成量(細胞内蓄積量)は極めて少なく、また、植物を用いたKODA大量生産系の構築はなされていない。非特許文献1の化学合成法は非常に多くの反応ステップを経る必要があり、最終的な収率が0.81%と非常に低いため、KODA生産のコストが高いという問題があった。遺伝子組み換え大腸菌などから抽出した9-LOXおよびAOS酵素タンパク質を用いてインビトロでKODAを生産することも可能である。しかしながら、基質原料として高価なα-リノレン酸を添加する必要があるため、コストが大きくなってしまうという問題があった。
【0005】
本開示は上記のような問題を解決するためになされたものであり、その実施形態は、植物の個体、組織、または細胞におけるKODAの蓄積量を増加させるための方法、KODAを製造するためのシステム、および、ストレス耐性が増大した植物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本開示の一態様は、植物の個体、組織、または細胞における9,10-α-ケトールリノレン酸の蓄積量を増加させるための方法であって、前記植物の個体、組織、または細胞をリン欠乏条件の培地に維持する工程(a)を含む方法である。
【0007】
本開示の一態様は、溶存リン濃度が1mM未満である培地に維持された、9-LOXをコードする遺伝子、および/または、AOSをコードする遺伝子を含む植物の個体、組織、または細胞を含む、9,10-α-ケトールリノレン酸を製造するためのシステムである。
【0008】
本開示の一態様は、ストレス耐性が増大した植物の製造方法であって、植物に9-LOXをコードする遺伝子およびAOSをコードする遺伝子から選択される少なくとも1個の遺伝子を導入する工程と、前記遺伝子が導入された植物をリン欠乏条件の培地で栽培する工程とを含む方法である。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、植物の個体、組織、または細胞におけるKODAの蓄積量を増加させるための方法、KODAを製造するためのシステム、および、ストレス耐性が増大した植物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】リン酸十分条件(+Pi)またはリン酸欠乏条件(-Pi)の培地で栽培された、野生株(WT)、ベクターコントロール株(VC)、および形質転換株のKODA含有量(μg/g新鮮重量)を示す。各株について、左側のグラフが+Piであり右側のグラフが-Piである。
【
図2】リン酸十分条件(+Pi)またはリン酸欠乏条件(-Pi)での培地で栽培され、高温ストレス(37℃、4日または5日)にさらされた、野生株(WT)、ベクターコントロール株(VC)、および形質転換株の写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示の非限定的な実施形態を説明する。本開示は以下の実施形態における例示に限定されない。
【0012】
[KODAの蓄積量を増加させるための方法]
一態様において、植物の個体、組織、または細胞における9,10-α-ケトールリノレン酸の蓄積量を増加させるための方法が提供される。この方法は、植物の個体、組織、または細胞をリン欠乏条件の培地に維持する工程(a)を含む。
【0013】
実施形態において、植物は特に限定されず、陸上植物、水中植物、着生植物、および岩生植物を含み得る。実施形態の植物は、アオイ科、アカザ科、アカネ科、アブラナ科、イネ科、ウリ科、キク科、クワ科、ゴマ科、サトイモ科、ナス科、パパイア科、バラ科、マメ科、ミカン科、モクセイ科、ユリ科の植物を含むが、これらに限定されない。実施形態の植物のより具体的な例としては、キウイフルーツ(Actinidia deliciosa)、セロリ(Apium graveolens var. dulce)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、ビート(Beta vulgaris subsp. Vulgaris)、カリフラワー(Brassica oleracea var. botrytis)、キャベツ(Brassica oleracea var. capitata)、ブロッコリー(Brassica oleracea var. italica)、ナタネ(Brassica rapa)、チンゲン菜(Brassica rapa var. chinensis)、チャノキ(Camellia sinensis)、ピーマン(Capsicum annuum)、パプリカ(Capsicum annuum)、ベニバナ(Carthamus tinctorius)、ライム(Citrus aurantifolia)、レモン(Citrus limon)、オレンジ(Citrus sinensis)、グレープフルーツ(Citrus x paradisi)、ココヤシ(Cocos nucifera)、コーヒーノキ(Coffea arabica)、タロイモ(Colocasia esculenta)、キュウリ(Cucumis sativus)、カボチャ(Cucurbita maxima)、カキ(Diospyros kaki)、ソバ(Fagopyrum esculentum)、イヌビエ(Echinochloa crus-galli)イチジク(Ficus carica)、イチゴ(Fragaria × ananassa)、ダイズ(Glycine max)、ヒマワリ(Helianthus annuus)、オオムギ(Hordeum vulgare)、レタス(Lactuca sativa)、アオウキクサ(Lemna aoukikusa)、リンゴ(Malus domestica)、バナナ(Musa spp.)、タバコ(Nicotiana tabacum)、バジル(Ocimum basilicum)、オリーブ(Olea europaea)、イネ(Oryza sativa)、アボカド(Persea americana)、パセリ(Petroselinum crispum)、インゲン豆(Phaseolus vulgaris)、エンドウ豆(Pisum sativum)、ナシ(Pyrus pyrifolia)、ローズマリー(Rosmarinus officinalis)、サトウキビ(Saccharum officinarum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ナス(Solanum melongena)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、タイム(Thymus vulgaris)、コムギ(Triticum aestivum)、ブドウ(Vitis spp.)、トウモロコシ(Zea mays)を挙げることができるが、これらに限定されない。このうち、シロイヌナズナ、アオウキクサ、トマト、ナタネ、イヌビエ、またはタバコがより好ましい。アブラナ科が好ましく、シロイヌナズナがより好ましい。
【0014】
実施形態の方法において、植物の個体を用いることもできるし、植物の個体の一部、例えば組織または細胞を用いることもできる。当業者に知られるように、植物の組織または細胞は培養組織または培養細胞として維持され得る。
【0015】
上記実施形態の植物の個体、組織、または細胞は、リン欠乏条件の培地で維持することによって、KODAの蓄積量を増加させることができる。KODAの蓄積が生じる部位は、典型的には細胞内であるが、細胞外での蓄積の可能性も排除されない。またKODAの蓄積する部位は、花、茎、根、果実、種子、胚、もしくはこれらの組合せ(例えば地上部)、またはカルスであり得るが、これらに限定されない。
【0016】
実施形態において、9,10-α-ケトールリノレン酸(9,10-α-ketol linolenic acid)はKODA、9-hydroxy-10-oxo-12(Z),15(Z)-octadecadienoic acid、または9,10-ketol-octadecadienoic acidとも称される化合物を意味する。本開示では9,10-α-ケトールリノレン酸を単に「KODA」と記載する場合がある。以下にKODAの構造を示す。
【0017】
【0018】
KODAは個々の水溶液環境における平衡状態に応じて自発的にイオン形態または塩形態としても存在し得ることが当業者に理解される。従って本開示におけるKODAはそのイオン形態および塩形態も包含するものと解されるべきである。KODAの塩は例えばナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩、アンモニウム塩、その他一価カチオン塩であり得る。
【0019】
植物の個体、組織、または細胞を培地に維持するとは、当業者によく知られているように、個体をその培地で栽培すること、および組織または細胞をその培地中で培養することを含む。植物の個体、組織、または細胞をそれぞれ生存状態で維持することに適した培地は当業者に知られており、例えば土壌、水溶液、寒天培地等であり得る。植物の個体、組織、または細胞をリン欠乏条件の培地に維持することは、植物の個体、組織、または細胞がそれまで維持されてきた培地を、それらのKODA蓄積量の有意な増加が起こる程度までリン濃度が低下された培地に変更することを含み得る。リン欠乏条件の培地に維持するための適切な期間は、植物、組織、または細胞の種類に応じて異なり得る。その期間は例えば少なくとも12時間、少なくとも24時間、少なくとも2日間、少なくとも3日間、少なくとも10日間、または少なくとも1カ月であり得る。またその期間は例えば1年以下、1カ月以下、10日間以下、3日間以下、2日間以下、または24時間以下であり得る。
【0020】
本開示におけるリンは、例えばリン酸(またはそのイオン)の状態で存在し得る。従って例えば「リン濃度」という用語は、リンが単体として存在していることは必ずしも意味せず、リン原子換算濃度として理解されるべきである。例えば本願実施例のように培地にリンをリン酸形態でのみ添加する実験を記述する文脈では、「リン欠乏」という用語と「リン酸欠乏」という用語は同義になり得る。
【0021】
リン欠乏条件の培地は、植物の個体、組織、または細胞のKODA蓄積量の有意な増加が起こる程度までリン濃度が低下された培地である。本開示において、培地のリン濃度は、培地の水性成分中の溶存リンのリン原子換算濃度として表すことができる。例えば培地が土壌であれば、遠心分離、濾過等で土壌中の固形物から水性液を分離してその水性液の溶存リン濃度を測定することができる。培地が寒天培地であれば、寒天を加える前の水溶液の溶存リン濃度を測定することができる。リン欠乏条件の培地の溶存リン濃度は具体的には例えば1mM未満であり得、好ましくは0.1mM以下であり、より好ましくは0.01mM以下であり、0mMであってもよい。
【0022】
表1に植物の生育に用いられる培地の一つの組成を例示する。
【0023】
【0024】
例えば表1の培地の組成において、KH2PO4濃度を0mMに変更した培地は、リン欠乏条件の培地である。
【0025】
上記実施形態の方法は、培地中のリン酸濃度変更という安価で容易に行うことができる操作によって、植物体中のKODAの蓄積量が増大するという驚くべき効果を有する。
【0026】
実施形態の植物の個体、組織、または細胞は、9-LOXをコードする遺伝子、および/または、AOSをコードする遺伝子を含み得、これら両方の遺伝子を含むことがより好ましい。これらの遺伝子は、内在性の遺伝子であってもよいし、外在性の遺伝子であってもよい。外在性の遺伝子は、植物の個体、組織、または細胞に人為的に導入されたものでもよく、例えば形質転換によって導入されたものでもよい。
【0027】
本開示における形質転換とは、外在性の遺伝子を導入することにより、対応する非形質転換の個体、組織、または細胞と比べて当該遺伝子の発現を増加させることを含む。形質転換は、アグロバクテリウム法、遺伝子銃(パーティクルガン)法、電気穿孔(エレクトロポレーション)法、PEG法、相同組換え、CRISPR/CAS9法を含む種々のゲノム編集技術、を含む、当業者に知られた様々な手法によって行うことができる。
【0028】
実施形態の、9-LOXをコードする遺伝子(9-LOX遺伝子ともいう)は、9-リポキシゲナーゼ(9-LOX)をコードする遺伝子である。9-LOXはリノレン酸の9位にヒドロペルオキシ基を導入する活性を有する酵素である。好ましくは、9-LOXをコードする遺伝子がコードする9-LOXは、植物由来の9-LOXであり、より好ましくはアオウキクサ由来の9-LOXである。9-LOXをコードする遺伝子によってコードされる9-LOXは、上記の活性を有する限り、アミノ酸の置換、欠失、および追加のうちの1つ以上を含み得る。より具体的には、9-LOXはアオウキクサ由来の9-LOXに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有する酵素であり得る。
【0029】
実施形態の、AOSをコードする遺伝子(AOS遺伝子ともいう)は、アレンオキシドシンターゼ(AOS)をコードする遺伝子である。AOSは、ヒドロペルオキシ化した脂肪酸からアレンオキシドを合成するアレンオキシドシンターゼ活性を有する酵素である。好ましくは、AOSをコードする遺伝子がコードするAOSは、植物由来のAOSであり、より好ましくはアオウキクサ由来のAOSである。AOSをコードする遺伝子によってコードされるAOSは、上記の活性を有する限り、アミノ酸の置換、欠失、および追加のうちの1つ以上を含み得る。より具体的には、AOSはアオウキクサ由来のAOSに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有する酵素であり得る。
【0030】
実施形態の、9-LOXおよびAOSをそれぞれコードする遺伝子は、機能性のプロモーターと作動可能に連結した遺伝子でありうる。機能性のプロモーターは、植物の個体、組織、または細胞において9-LOXまたはAOSの発現を誘導しうるものであれば特に限定されず、好適な例として、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35Sプロモーターおよびその改変体を含む。機能性のプロモーターに連結された9-LOX遺伝子および/またはAOS遺伝子は、形質転換に好適な任意のベクターの中に含まれ得る。また9-LOXおよびAOS遺伝子は、コーディング領域に加えて、非翻訳領域(UTR)を含みうる。
【0031】
本開示において、植物の個体、組織、または細胞が遺伝子を含むとは、当該遺伝子が植物の個体、組織、または細胞のゲノムに内在性の遺伝子として存在するか、または外来遺伝子として組み込まれていることを意味し得る。また植物の個体、組織、または細胞が遺伝子を含むとは、当該遺伝子が、エピソームとして染色体外に存在することを意味する場合もある。
【0032】
一実施形態によれば、本方法は、植物の個体、組織、または細胞をリン欠乏条件の培地に維持する工程(a)の後に、蓄積されたKODAを当該植物の個体、組織、または細胞から抽出する工程(b)をさらに含む。本実施形態の方法は、KODAの蓄積量を増加させた後にKODAを抽出するため、KODAの製造方法と捉えることもできる。
【0033】
抽出の具体的な手順は、植物の個体、組織、または細胞を破砕することを含み得る。破砕は、例えば乳鉢と乳棒、凍結処理、ホモジナイザー、ビーズミルを含む、当業者に知られた器具や方法を用いて行うことができる。破砕物中でKODAの合成を継続させることによって、試料中のKODAの含有量を増大させてもよい。また、実施形態の破砕物にα-リノレン酸を添加することによってKODAの含有量を増大させることもできる。
【0034】
破砕した、または破砕していない植物の個体、組織、または細胞の試料から、種々の溶媒を用いてKODAを抽出することができる。溶媒としては、水、ギ酸、酢酸などの酸、メタノール、エタノールを含むアルコール類、クロロホルム、その他有機溶媒並びにこれらの混合物が挙げられる。好ましい抽出溶媒の具体例は、水、2%(v/v)ギ酸/メタノール、およびこれらの混合物である。
【0035】
抽出処理によって得られた抽出液から、ろ過によって固形物を除くことができる。ろ過は、当業者によって知られた方法で行うことができ、例えば各種のスピンカラムと遠心機を用いて適宜行うことができる。当業者に知られるように、抽出液をクロマトグラフィーで分画することにより、KODAを含む画分を分離してもよい。
【0036】
[KODAを製造するためのシステム]
一態様において、KODAを製造するためのシステムが提供される。このシステムは、溶存リン濃度が1mM未満である培地に維持された、9-LOXをコードする遺伝子、および/または、AOSをコードする遺伝子を含む植物の個体、組織、または細胞を含む。このシステムを用いて、上述したKODAの蓄積量を増加させるための方法の一実施形態を実施できることが理解される。このシステムの諸要素(植物、遺伝子、培地、およびリン濃度を含む)については、上記方法の実施形態に関連して提供された説明を適用することができる。
【0037】
[ストレス耐性が増大した植物の製造方法]
一態様において、ストレス耐性が増大した植物(特に、植物の個体)の製造方法が提供され、この方法は、植物に9-LOXをコードする遺伝子およびAOSをコードする遺伝子から選択される少なくとも1個の遺伝子を導入する工程と、該遺伝子が導入された植物をリン欠乏条件の培地で栽培する工程とを含む。9-LOX遺伝子とAOS遺伝子の両方が導入(例えば形質転換)されることが好ましい。
【0038】
実施形態において、ストレス耐性とは、高温ストレス、乾燥ストレス、浸透圧ストレス、飢餓ストレス、病害によるストレスを含む、多様な環境ストレスを意味し得る。KODAはこれら多様なストレスに対する植物の耐性に関与することが知られている。上記植物をリン欠乏条件の培地で栽培する工程によって、植物におけるKODAの含有量が増大することから、本実施形態において製造された植物はこれら多様なストレスに耐性を示すと考えられる。一実施形態において、ストレス耐性は高温ストレス耐性である。
【0039】
本実施形態の製造方法の諸要素(植物、培地、遺伝子およびその導入、ならびにリン欠乏条件を含む)については、上記方KODAの蓄積量を増加させるための方法の実施形態に関連して提供された説明を適用することができる。例えば、リン欠乏条件の培地は、溶存リン濃度が1mM未満である培地であり得る。
【実施例0040】
以下に本開示の実施例を記載するが、本開示は以下に記載する実施例に限定されない。
【0041】
(実施例1)形質転換植物および非形質転換植物のリン欠乏条件下でのKODA蓄積
【0042】
材料と方法
1.形質転換植物
特開2022-114271号公報に記載の方法に従って、アオウキクサの9-LOX遺伝子およびAOS遺伝子を植物シロイヌナズナで発現させた形質転換株を作出した。これら遺伝子を有さない対照ベクターを用いて形質転換操作を行ったベクターコントロール株も同様にして作出した。
【0043】
具体的には、花序浸し法により、シロイヌナズナの形質転換を行った。すなわち、花芽が形成されるまで生育したシロイヌナズナを、目的遺伝子を導入したアグロバクテリウムの懸濁液に3分間浸した。その後、シロイヌナズナの花序をラップに包んで、弱光下で一晩静置し、翌日から通常の条件で生育させ、種子の回収を行った。薬剤入りのMS培地に種子を播種し、ベクター上の薬剤耐性マーカー遺伝子により選択を行って、目的の形質転換体を得た。
【0044】
2.植物の生育条件
野生株(WT)、ベクターコントロール株(VC)、および形質転換株の種子を、0.1%(v/v)Tween20、20%(v/v)次亜塩素酸ナトリウム溶液で滅菌処理をし、滅菌したイオン交換水で5回すすいだ。滅菌した種子は、通常生育条件として、1%(w/v)スクロース、0.8%(w/v)INA Agarを含むMS培地(表2)のプレートに1粒ずつ播種し、2~4日間4℃に遮光保存して春化処理を行った後、連続光照射下で23℃において生育させた。通常生育培地(23℃、連続光)で10日間生育後、リン十分(+Pi)またはリン欠乏(-Pi)生育培地(表3)で10日間、23℃、連続光下で生育させた。
【0045】
【0046】
【0047】
3.植物葉の粗抽出液のKODA含有量測定
液体窒素で凍結させた3個体の植物地上部のサンプルを乳鉢と乳棒で素早く破砕した。氷冷しながら、新鮮重量1mgあたり250μLの滅菌したイオン交換水を加えて破砕物を懸濁し、速やかに微量高速遠心機を用いて20℃において13,000rpmで2分間遠心して、上澄み100μLを採取した。この上澄みに2%(v/v)ギ酸/メタノールを100μL加えてよく撹拌した。混合液を、酸化チタンおよび酸化ジルコニウム結合型シリカモノリスのスピンカラム(MonoSpin(登録商標)Phospholipid、ジーエルサイエンス株式会社)に滴下し、微量高速遠心機を用いて20℃において5,000rpmで2分間遠心し、ろ液を回収した。ろ液を、さらに0.22μm親水性ポリビニリデンフルオライドのメンブレンフィルター(4 mm Millex(登録商標)Syringe Filters、Merck)でろ過した。得られた溶液をKODAサンプルとし、これをLC-MS/MS解析に使用した。LC-MS/MS解析装置は、高速液体クロマトグラフLC-2040C 3Dと質量分析計LCMS-8050を組み合わせたLC-ESI-MS/MS(島津製作所)を用いた。装置の操作は、装置に付属のLabSolutionで行った。
【0048】
結果
リン酸十分条件下において、野生株およびベクターコントロール株の試料からはKODAを検出することができなかった。これに対して、形質転換株ではKODAの蓄積が見られた(
図1)。驚くべきことに、リン酸欠乏条件の培地でこれらの植物を生育すると、野生株とベクターコントロール株でも少量のKODA蓄積が得られた。また形質転換株ではKODA産生量の大幅な増加がみられた。すなわち、リン酸十分条件下の野生株およびベクターコントロール株では検出可能なKODA蓄積が無いにも関わらず、それをリン酸欠乏条件に移すと検出可能なKODA蓄積が起こり、形質転換株ではさらにその約30倍の量のKODA蓄積が起こった。
【0049】
上記の結果は、形質転換株のみならず、野生型やベクターコントロール株においても、リン欠乏条件の培地で維持することによってKODAの蓄積量を増加させることができることを示唆している。従来KODA生産の際には、収量を増加させるために、形質転換株においても、葉の破砕とその後の室温でのインキュベーションが必要とされていた。本実施例の結果は、植物体内のKODA濃度を上昇させることが、形質転換自体を省略しても達成し得ること、および、形質転換と非形質転換株のいずれについても、葉破砕物のインキュベーションをするまでもなくリン欠乏条件の培地で維持するだけで達成できることを示している。
【0050】
(実施例2)9-LOX遺伝子およびAOS遺伝子で形質転換された植物のリン欠乏条件下での高温ストレス耐性向上
【0051】
材料と方法
1.形質転換植物
実施例1で用いたものと同じ野生株、ベクターコントロール株、および形質転換株を用いた。
【0052】
2.植物の生育条件
通常生育培地での生育期間を9日間とし、その後の、リン十分(+Pi)またはリン欠乏(-Pi)生育培地での生育期間を7日間としたほかは、実施例1と同様に植物を生育させた後、通常生育培地(23℃、連続光)でさらに4日間生育させた。その後、高温(37℃)条件に切り替えて、連続光下で4日、5日、または6日間の栽培を行った。この高温ストレス処理の後、高温ストレスからの回復を観察するために、通常生育培地、通常生育温度(23℃)、連続光下でさらに生育と観察を続けて、ストレス耐性評価を行った。
【0053】
結果
図2の写真において白く映っている葉が枯れた葉を示す。野生株とベクターコントロール株(実施例1で示したように、これらの株は、リン欠乏条件下でKODA量の増加が控えめな程度にとどまっていた)は、リンの有無にかかわらずストレス処理中に枯れ始めストレス処理後に枯死した。形質転換株もリン十分条件下では5日間の高温ストレス処理後に枯死した。それに対し、リン欠乏条件の培地で維持された形質転換株のみ枯死を回避してストレス処理に生育し続けることができ、ストレス耐性が付与されていたことが示された。
【0054】
上記いくつかの実施形態を参照して本開示を説明したが、本開示は上記いくつかの実施形態によって限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本開示の範囲内で様々な変更をすることができる。
【0055】
<付記>
(付記1)
植物の個体、組織、または細胞における9,10-α-ケトールリノレン酸の蓄積量を増加させるための方法であって、前記植物の個体、組織、または細胞をリン欠乏条件の培地に維持する工程(a)を含む。
(付記2)
付記1記載の方法であって、前記リン欠乏条件の培地は、溶存リン濃度が1mM未満である培地である。
(付記3)
付記1または2に記載の方法であって、前記植物の個体、組織、または細胞が、9-LOXをコードする遺伝子、および/または、AOSをコードする遺伝子を含む植物の個体、組織、または細胞である。
(付記4)
付記1~3のいずれか一項に記載の方法であって、前記維持する工程(a)の後に、蓄積された9,10-α-ケトールリノレン酸を前記植物の個体、組織、または細胞から抽出する工程(b)をさらに含む。
(付記5)
溶存リン濃度が1mM未満である培地に維持された、9-LOXをコードする遺伝子、および/または、AOSをコードする遺伝子を含む植物の個体、組織、または細胞を含む、9,10-α-ケトールリノレン酸を製造するためのシステムである。
(付記6)
ストレス耐性が増大した植物の製造方法であって、植物に9-LOXをコードする遺伝子およびAOSをコードする遺伝子から選択される少なくとも1個の遺伝子を導入する工程と、前記遺伝子が導入された植物をリン欠乏条件の培地で栽培する工程とを含む。
(付記7)
付記6に記載の方法であって、前記リン欠乏条件の培地は、溶存リン濃度が1mM未満である培地である。
(付記8)
付記6または7に記載の方法であって、前記ストレス耐性が高温耐性である。