IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三菱レイヨン株式会社の特許一覧

特開2024-176954遷移金属錯体の製造方法、遷移金属錯体の精製方法、遷移金属錯体及び有機電界発光素子
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024176954
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】遷移金属錯体の製造方法、遷移金属錯体の精製方法、遷移金属錯体及び有機電界発光素子
(51)【国際特許分類】
   C07F 15/00 20060101AFI20241212BHJP
   C09K 11/06 20060101ALI20241212BHJP
   H10K 85/30 20230101ALI20241212BHJP
   H10K 50/12 20230101ALI20241212BHJP
【FI】
C07F15/00 E
C09K11/06 660
H10K85/30
H10K50/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023095860
(22)【出願日】2023-06-09
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】津田 裕陸
(72)【発明者】
【氏名】小野 聰
【テーマコード(参考)】
3K107
4H050
【Fターム(参考)】
3K107AA01
3K107BB01
3K107BB02
3K107CC01
3K107CC45
3K107DD59
3K107DD64
3K107DD67
4H050AA02
4H050AD10
4H050AD17
4H050BB21
(57)【要約】
【課題】高純度の遷移金属錯体を簡便かつ効率的に製造することができる遷移金属錯体の製造方法を提供すること。
【解決手段】遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液を加熱熟成することにより前記遷移金属錯体を精製する工程を含む、遷移金属錯体の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液を加熱熟成することにより前記遷移金属錯体を精製する工程を含む、遷移金属錯体の製造方法。
【請求項2】
前記遷移金属錯体に含まれる遷移金属が8族又は9族金属元素である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記8族又は9族金属元素がイリジウムである、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記遷移金属錯体がトリスシクロメタル化イリジウム錯体である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記トリスシクロメタル化イリジウム錯体がホモトリスシクロメタル化イリジウム錯体である、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記配位性化合物が窒素原子を含有する化合物である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項7】
前記溶液に含まれる前記配位性化合物の質量が、前記遷移金属錯体の質量に対して0.01倍以上である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項8】
前記加熱熟成を70℃以上で行う、請求項1に記載の製造方法。
【請求項9】
前記溶液がさらに溶媒を含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項10】
前記遷移金属錯体の前記溶媒に対する25℃における溶解度が10mg/mL以上である、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
下記条件の液体クロマトグラフィー分析において、遷移金属錯体が示すピークの相対保持時間を1.0としたとき、相対保持時間が0.3~0.9の範囲に現れるピーク群の合計の面積の全ピーク面積に対する面積率が0.49%以下である、遷移金属錯体。
(液体クロマトグラフィー分析の条件)
・分析カラム:
基材がシリカゲルで化学結合基がオクタデシル基であるカラム
(平均粒径3μm、平均細孔径10nm、長さ250mm×内径4.6mm)
・試料濃度:
0.1質量%(希釈溶媒:テトラヒドロフラン)
・カラムオーブン温度:
40℃
・キャリア:
アセトニトリル:2-プロパノール=75:25(体積比)混合溶液
・カラムの液流量:
1.0mL/分
【請求項12】
請求項11に記載の遷移金属錯体を用いた、有機電界発光素子。
【請求項13】
遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液を加熱熟成する工程を含む、遷移金属錯体の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高純度の遷移金属錯体を簡便に製造する方法、特に、有機電界発光素子に用いられるイリジウム錯体を簡便に製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、有機電界発光照明(有機EL照明)や有機電界発光ディスプレイ(有機ELディスプレイ)(特許文献1)など、有機電界発光素子(以下、「有機EL素子」と称すこともある。)を利用する各種電子デバイスが実用化されつつある。有機EL素子は、印加電圧が低く消費電力が小さく、面発光であり、三原色発光も可能であることから、照明やディスプレイへの適用が盛んに検討されている。そのため、有機EL素子の発光効率のさらなる改善が求められる。発光効率を改善するために、例えば、有機EL素子の発光層に燐光発光材料を利用することが提案されている。
燐光発光材料としては、例えば、ビス(2-フェニルピリジナト-N,C2’)イリジウムアセチルアセトナート(Ir(ppy)(acac))や、トリス(2-フェニルピリジナト-N,C2’)(Ir(ppy))イリジウムをはじめとした、オルソメタル化イリジウム錯体が広く知られている。
【0003】
これらの錯体は、一般に、原料となるイリジウム塩、配位子、銀塩等を混合して強熱することによって合成される。目的とするイリジウム錯体が生成する過程で、添加した配位子どうしの意図しないカップリングや添加した銀との錯形成など、様々な副反応が進行することが知られている(非特許文献1)。
【0004】
有機EL素子等に適用される遷移金属錯体には、性能を安定化させるために非常に高い純度が求められ、合成工程後の遷移金属錯体に含まれる不純物を除去する必要がある(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5459447号公報
【特許文献2】特許第4913059号公報
【特許文献3】特開2021-73692号公報
【特許文献4】特開2014-111613号公報
【特許文献5】特開2010―285372号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Dalton.Trans.,2006,2468-2478
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
要求される高い純度の生成物を得るために、通常、クロマトグラフィー(順相シリカゲルクロマトグラフィー、逆相シリカゲルクロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィー、ペーパークロマトグラフィー)、分液洗浄、再結晶、再沈殿、懸濁洗浄、吸着剤処理、昇華が用いられ、一般にはこれらを複数回または組み合わせた精製が行われる。しかしながら、特に遷移金属錯体の精製において、反応中に副生する不純物は目的物である錯体に類似した部分構造を有しており、これらを完全に除去することは非常に困難である(非特許文献1、特許文献3)。
【0008】
特に、遷移金属錯体の精製には順相シリカゲルクロマトグラフィーが好ましく用いられる(特許文献4、特許文献5)。ところが、有機EL素子等への適用に要求されるような高い純度の遷移金属錯体を得るためには、通常、順相シリカゲルクロマトグラフィーによる精製を複数回行う必要があり、高コストで時間がかかるため、工業化された大規模生産には適さない。
【0009】
本発明は上記実状に鑑みてなされたものであり、高純度の遷移金属錯体を簡便かつ効率的に製造することができる遷移金属錯体の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、遷移金属錯体の溶解した溶液に配位性化合物を添加し加熱熟成することで、精製対象である遷移金属錯体の収量を減ずることなく不純物を簡便に除去する手法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
【0012】
本発明の態様1は、
遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液を加熱熟成することにより前記遷移金属錯体を精製する工程を含む、遷移金属錯体の製造方法である。
【0013】
本発明の態様2は、態様1の製造方法において、
前記遷移金属錯体に含まれる遷移金属が8族又は9族金属元素である、製造方法である。
【0014】
本発明の態様3は、態様2の製造方法において、
前記8族又は9族金属元素がイリジウムである、製造方法である。
【0015】
本発明の態様4は、態様1~3のいずれか1つの製造方法において、
前記遷移金属錯体がトリスシクロメタル化イリジウム錯体である、製造方法である。
【0016】
本発明の態様5は、態様4の製造方法において、
前記トリスシクロメタル化イリジウム錯体がホモトリスシクロメタル化イリジウム錯体である、製造方法である。
【0017】
本発明の態様6は、態様1~5のいずれか1つの製造方法において、
前記配位性化合物が窒素原子を含有する化合物である、製造方法である。
【0018】
本発明の態様7は、態様1~6のいずれか1つの製造方法において、
前記溶液に含まれる前記配位性化合物の質量が、前記遷移金属錯体の質量に対して0.01倍以上である、製造方法である。
【0019】
本発明の態様8は、態様1~7のいずれか1つの製造方法において、
前記加熱熟成を70℃以上で行う、製造方法である。
【0020】
本発明の態様9は、態様1~8のいずれか1つの製造方法において、
前記溶液がさらに溶媒を含む、製造方法である。
【0021】
本発明の態様10は、態様9の製造方法において、
前記遷移金属錯体の前記溶媒に対する25℃における溶解度が10mg/mL以上である、製造方法である。
【0022】
本発明の態様11は、
下記条件の液体クロマトグラフィー分析において、遷移金属錯体が示すピークの相対保持時間を1.0としたとき、相対保持時間が0.3~0.9の範囲に現れるピーク群の合計の面積の全ピーク面積に対する面積率が0.49%以下である、遷移金属錯体である。
(液体クロマトグラフィー分析の条件)
・分析カラム:
基材がシリカゲルで化学結合基がオクタデシル基であるカラム
(平均粒径3μm、平均細孔径10nm、長さ250mm×内径4.6mm)
・試料濃度:
0.1質量%(希釈溶媒:テトラヒドロフラン)
・カラムオーブン温度:
40℃
・キャリア:
アセトニトリル:2-プロパノール=75:25(体積比)混合溶液
・カラムの液流量:
1.0mL/分
【0023】
本発明の態様12は、
態様11の遷移金属錯体を用いた、有機電界発光素子である。
【0024】
本発明の態様13は、
遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液を加熱熟成する工程を含む、遷移金属錯体の精製方法である。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、精製対象である遷移金属錯体の収量を減ずることなく、錯体を合成する過程で生じる、通常用いられるような精製手法では除去困難な微量不純物を除去可能な状態にすることができる。そして、これにより、高純度の遷移金属錯体を簡便かつ効率的に製造することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々に変形して実施することができる。なお、本明細書において「~」という表現を用いる場合、その前後の数値又は物性値を含む表現として用いる。
【0027】
<遷移金属錯体の製造方法>
本発明による遷移金属錯体の製造方法は、遷移金属錯体の精製工程を特徴とするものであり、精製工程以外にも、合成工程、分析工程等を有していてもよい。
【0028】
〔遷移金属錯体の合成工程〕
遷移金属錯体の合成工程において用いられる合成方法は特に限定されないが、具体的には、撹拌翼やマグネティックスターラーなどによる撹拌を用いる方法、マイクロ波を用いる方法、振とう機やボールミル、ビーズミル、混錬機などを用いての振とう、摺合せ、押圧、分散、混錬、解砕を利用する方法(メカノケミカル合成)、電極を用いて通電する方法(電解合成)、連続フロー合成法、またはこれらを必要に応じて組み合わせた方法等を用いることができる。
【0029】
〔遷移金属錯体の精製工程〕
本発明による遷移金属錯体の製造方法は、遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液を加熱熟成することにより遷移金属錯体を精製する工程を含む。
本明細書において、加熱熟成とは、遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液を加熱することにより不純物を除去可能な状態にすることを意味する。除去可能な状態とは、例えば、分解、誘導体化することが挙げられる。遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液は、遷移金属錯体及び配位性化合物以外の成分として、後述する溶媒を含んでもいてもよいが、配位性化合物が遷移金属錯体を溶解し、溶媒を用いることなく溶液を形成することが好ましい。
【0030】
本発明における遷移金属錯体の精製工程は、常法に従って合成した遷移金属錯体を以下に記載する精製方法を用いて処理することで、高純度の遷移金属錯体へと精製する工程である。これにより、除去が困難な不純物を含有する遷移金属錯体であっても、工業的な規模で精製することが可能となり、高純度の遷移金属錯体を高い生産効率で製造することができる。
以下、遷移金属錯体の精製方法(精製工程)の詳細について記載する。
【0031】
{遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液を得る方法}
精製工程では、まず、遷移金属錯体と配位性化合物とを混合し、これらを含む溶液を得る。
【0032】
遷移金属錯体と配位性化合物とを混合する順番に特に制限はない。
【0033】
遷移金属錯体と配位性化合物とを混合する温度に特に制限はないが、遷移金属錯体の溶解を促進する観点から、0℃以上が好ましく、15℃以上がより好ましい。また、配位性化合物又は溶媒が蒸気として発生することを抑制する観点から、120℃以下が好ましく、90℃以下がより好ましい。なお、遷移金属錯体の配位性化合物に対する溶解量を上げるために、混合温度を40~90℃程度に加温しながら混合してもよい。
遷移金属錯体が溶解しているかどうかを確認するための方法に特に制限はないが、目視、溶液のスポッティング、顕微鏡を用いた確認が好ましく用いられる。
【0034】
(配位性化合物)
配位性化合物は、精製対象の遷移金属錯体と化学反応せず、遷移金属原子に対して配位能を有する化合物であればよく、不純物を除去可能な状態にする効率の観点から、分子内に窒素原子を含有する化合物であることが好ましい。
【0035】
配位性化合物に特に制限はないが、例えば、芳香族化合物、芳香族複素環化合物、脂環式化合物、複素環式化合物、又は、直鎖状あるいは分枝鎖状炭化水素化合物における、炭素原子の少なくとも1つが窒素原子に置き換えられた化合物、アミン化合物、アミド化合物、シアン化合物、イソシアン化合物、チオシアン化合物、イソチオシアン化合物、アジ化物を挙げることができる。具体的には、例えば、塩化アンモニウム、トリメチルアミン、N,N’-ジメチルエチレンジアミン、アニリン、トリフェニルアミン、ピリジン、2,2’-ビピリジル、ピリミジン、ピペリジン、ピロール、イミダゾール、ピロリジン、キノリン、アセトニトリル、ベンゾニトリル、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、青酸ナトリウム、アジ化ナトリウム、チオシアン酸カリウム、チオシアン酸4-フルオロフェニル、イソチオシアン酸フェニル、フェニルイソシアニド、イソシアン酸フェニル、シアン酸フェニルを挙げることができる。安全性と不純物を除去可能な状態にする効率の観点から、塩化アンモニウム、トリメチルアミン、アニリン、トリフェニルアミン、ピリジン、ピリミジン、ピペリジン、ピロール、イミダゾール、ピロリジン、キノリン、アセトニトリル、ベンゾニトリルが好ましく、不純物を除去可能な状態にする効率の観点から、ピリジン、ベンゾニトリルがより好ましい。
【0036】
配位性化合物の使用量に特に制限はないが、熟成の効率を向上させる観点から、溶液に含まれる配位性化合物の質量が、遷移金属錯体の質量に対して0.01倍以上であることが好ましく、0.1倍以上であることがより好ましい。また、後述する溶媒を添加しない場合には、遷移金属錯体の溶解を促進する観点から、遷移金属錯体の質量に対して配位性化合物の質量が0.01倍以上であることが好ましく、0.1倍以上であることがより好ましく、1倍以上であることがさらに好ましい。
工程効率の観点から、前記の含有量は50倍以下であることが好ましく、20倍以下であることがより好ましい。
【0037】
(精製対象の遷移金属錯体)
精製対象の遷移金属錯体に特に制限はないが、有機電界発光材料、光触媒等の用途に供される場合に特に高い純度が要求されることから、遷移金属錯体に含まれる遷移金属が8族又は9族金属元素である態様に対して、本発明における遷移金属錯体の精製工程は特に有用である。これらのうち、合成工程で生じる不純物の除去が困難であることから、前記8族又は9族金属元素がイリジウムである態様、すなわち遷移金属錯体がイリジウム錯体である態様に対して、本発明における遷移金属錯体の精製工程はいっそう有用である。また、錯体が熱的、化学的に安定であることから、遷移金属錯体がトリスシクロメタル化イリジウム錯体である態様、特にトリスシクロメタル化イリジウム錯体がホモトリスシクロメタル化イリジウム錯体である態様に対して、本発明における遷移金属錯体の精製工程は最も有用である。
【0038】
精製対象の遷移金属錯体としてのイリジウム錯体は特に制限はない。本発明における精製工程によって高純度化を達成できるイリジウム錯体として、具体的には、芳香族環及び芳香族複素環から選択される少なくとも一種が二つ以上結合した化学構造を、配位子として少なくとも一つ、好ましくは二つ以上、有する錯体が挙げられる。
【0039】
以下に、本発明による好適な精製対象の遷移金属錯体の具体例を示すが、これらに限定されるものではない。
【0040】
【化1】
【0041】
【化2】
【0042】
【化3】
【0043】
【化4】
【0044】
【化5】
【0045】
【化6】
【0046】
【化7】
【0047】
【化8】
【0048】
【化9】
【0049】
【化10】
【0050】
【化11】
【0051】
【化12】
【0052】
【化13】
【0053】
【化14】
【0054】
【化15】
【0055】
【化16】
【0056】
【化17】
【0057】
【化18】
【0058】
(溶媒)
本発明による遷移金属錯体の製造方法において、遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液は、さらに溶媒を含んでいてもよい。溶媒を含むことにより、溶媒を用いない場合と比較して配位性化合物の使用量を削減できるため好ましい。
本明細書において、溶媒とは、遷移金属錯体に対して配位能を有しない成分を意味する。すなわち、本明細書において、遷移金属錯体に対して配位能を有する化合物は、溶媒として用いられ得る成分であっても配位性化合物とみなされる。
【0059】
使用することができる溶媒の種類に特に制限はないが、工程効率の観点から、精製対象の遷移金属錯体の溶媒に対する25℃における溶解度が10mg/mL以上となるものが好ましく、50mg/mL以上となるものがより好ましい。また、後述するように、熟成において加温することから、溶媒の沸点は70℃以上が好ましく、100℃以上がより好ましい。使用することができる溶媒としては、例えば、アセトフェノン、ベンゼン、ジメチルスルホキシド、メチルエチルケトン、酢酸ブチル、酢酸エチル、クレゾール、1,2-ジクロロエタン、2-エトキシエタノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、グリセリン、1,1,2,2-テトラクロロエタン、トルエン、キシレンを挙げることができる。
【0060】
溶媒を使用する場合における溶媒の使用量に特に制限はないが、加温中の溶液への遷移金属錯体の溶解性を維持しやすくする観点から、精製対象の遷移金属錯体の質量に対して0.5倍以上が好ましく、2倍以上がより好ましい。また、工程効率の観点から、50倍以下が好ましく、20倍以下がより好ましい。
【0061】
{溶液を加温熟成する方法}
本発明における精製工程では、精製対象の遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液を加熱熟成する。加熱熟成は、溶液を撹拌しながら行うことが好ましい。加熱熟成により、精製対象の遷移金属錯体に含まれる不純物を除去可能な状態にすることができる。
また、本発明は、遷移金属錯体及び配位性化合物を含む溶液を加熱熟成する工程を含む、遷移金属錯体の精製方法にも関する。
【0062】
(加熱熟成温度)
精製対象の遷移金属錯体に含まれる不純物を加熱熟成する効率の観点から、加熱熟成を行う温度は70℃以上が好ましく、100℃以上がより好ましい。また、加熱、冷却に要する時間を短縮する観点から、230℃以下が好ましく、200℃以下がより好ましい。
【0063】
(加熱熟成時間)
精製対象の遷移金属錯体に含まれる不純物を加熱熟成する効率の観点から、加熱熟成を行う時間は15分以上が好ましく、30分以上がより好ましい。また、精製対象の遷移金属錯体の分解を防止する観点から、600分以下が好ましく、300分以下がより好ましい。
【0064】
[加熱熟成後の遷移金属錯体の回収方法]
本発明による遷移金属錯体の製造方法は、精製工程に含まれる操作として、加熱熟成後の遷移金属錯体の回収を含んでもよい。回収方法に特に制限はないが、減圧、加熱による溶媒の留去、再沈殿とそれに続くろ過、晶析などが好ましく用いられる。
【0065】
本発明における精製工程では、回収された遷移金属錯体に対して、クロマトグラフィー(例えば、順相シリカゲルクロマトグラフィー、逆相シリカゲルクロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィー、ペーパークロマトグラフィー)や、分液洗浄、再沈殿、再結晶、懸濁洗浄、減圧乾燥、昇華などの精製操作を必要に応じて施すことができる。精製操作は条件を変えて複数回行ってもよい。
【0066】
[遷移金属錯体の分析工程]
本発明による遷移金属錯体の製造方法は、遷移金属錯体の分析工程を含むことが好ましい。遷移金属錯体の分析工程は、遷移金属錯体の純度を分析・測定する工程のことである。分析方法として特に限定はないが、具体的には、X線粉末回折(XRPD)、単結晶X線回折、赤外(IR)及びラマン分光法、固体状態及び溶液核磁気共鳴(NMR)分光法、溶解度測定、溶解測定、元素分析、融点測定、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、ガスクロマトグラフィー(GC)、イオンクロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィーが挙げられ、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)が好ましく用いられる。高速液体クロマトグラフィー分析の検出方法は特に限定はないが、紫外可視検出器、蛍光検出器、示差屈折率検出器、フォトダイオードアレイ検出器、電気伝導度検出器、電気化学検出器、蒸発光散乱検出器の使用等が挙げられ、検出感度の観点から、フォトダイオードアレイ検出器が好ましく用いられる。
【0067】
(遷移金属錯体の純度)
本発明において、下記特定の条件で測定される液体クロマトグラフィー分析の結果から、精製対象の遷移金属錯体が示すピークの相対保持時間を1.0としたとき、ある特定の相対保持時間の範囲に現れるピーク群の面積率が、特に有機電界発光素子の発光特性と相関があることが見出された。
相対保持時間が0.3~0.9の範囲に現れるピーク群の合計の面積の全ピーク面積に対する面積率は、有機電界発光素子の発光効率の観点から0.49%以下が好ましく、0.25%以下がより好ましく、0.10%以下がさらに好ましい。また、精製効率の観点から、0.0001%以上が好ましく、0.0005%以上がより好ましく、0.001%以上がさらに好ましい。
【0068】
(液体クロマトグラフィー分析の条件)
・分析カラム:
基材がシリカゲルで化学結合基がオクタデシル基であるカラム
(平均粒径3μm、平均細孔径10nm、長さ250mm×内径4.6mm)
・試料濃度:
0.1質量%(希釈溶媒:テトラヒドロフラン)
・カラムオーブン温度:
40℃
・キャリア:
アセトニトリル:2-プロパノール=75:25(体積比)混合溶液
・カラムの液流量:
1.0mL/分
【0069】
[遷移金属錯体、有機電界発光素子]
本発明は、上記条件の液体クロマトグラフィー分析において、遷移金属錯体が示すピークの相対保持時間を1.0としたとき、相対保持時間が0.3~0.9の範囲に現れるピーク群の合計の面積の全ピーク面積に対する面積率が上記の範囲にある遷移金属錯体に関する。また、本発明は、かかる遷移金属錯体を用いた有機電界発光素子にも関する。
【実施例0070】
以下、実施例を示して本発明について更に具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、本発明はその要旨を逸脱しない限り任意に変更して実施できる。
【0071】
以下の測定条件にて、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて分析・定量を行った。
<測定条件>
・装置:
Agilent社製 1260 Infinity II Quaternary Pump VL (G7111A)
Agilent社製 1260 Infinity II バイアルサンプラ(G7129A)
Agilent社製 1260 Infinity ダイオードアレイ検出器(G4212B)
・分析カラム:
GLSciences社製 InertsilODS-3
(平均粒径 3μm、平均細孔径10nm、長さ250mm×内径4.6mm)
・カラムオーブン温度:
40℃
・キャリア:
アセトニトリル:2-プロパノール=75:25(体積比)混合溶液
・カラムの液流量:
1.0mL/分
・試料濃度:
0.1質量%(希釈溶媒:テトラヒドロフラン)
・検出器:
ダイオードアレイ検出器
・検出波長:
254nm
【0072】
付属の解析ソフトにより得られた、対象となる相対保持時間内にあるピーク面積の合計が大きいピークの保持時間を1.0(精製対象の遷移金属錯体のピークの相対保持時間)とし、各ピークの保持時間を規格化して求めた。精製対象の遷移金属錯体に対応するピーク面積の全ピーク面積に対する比率を、錯体純度(表1中の「錯体純度」の項目)とした。相対保持時間0.3~0.9にあるピーク面積の総和の、全ピーク面積に対する比率を不純物含有量(表1中の「不純物含有量」の項目)とした。
【0073】
また、相対保持時間0.3~0.9において、製造時に使用した溶媒や希釈溶媒として使用したテトラヒドロフランのピークが見られることがあるが、これらはピーク面積からは除いた。本測定において検出することができる前記面積率の最小値は、0.01ppmであった。
【0074】
以下の実施例1、並びに、比較例1及び2では、イリジウム錯体Aの精製を行った。イリジウム錯体Aは参考例1及び2に記載の方法に従って合成し、得られたイリジウム錯体Aの粗体(錯体純度55.38%)を、それぞれの方法で精製した。
【0075】
[参考例1](二核錯体Aの合成)
【0076】
【化19】
【0077】
IrCl・n水和物(1.00g)、水(5.43g)、ジグリム(33.94g)及び配位子A(3.62g)を混合し、外温165℃まで昇温した。溶媒を留去しながら加熱し、内温が165℃で一定になった後にそのまま2.0時間加熱撹拌した。放冷後にメタノール(38.60mL)を添加し、撹拌後に析出した固体をろ過回収した。得られた粗体(4.54g)をHPLCで定量したところ、二核錯体Aは3.92g含まれていた。
【0078】
[参考例2](イリジウム錯体Aの合成)
【0079】
【化20】
【0080】
上記にて合成した二核錯体Aを含む粗体(4.40g)、配位子A(6.00g)、ジグリム(40.80g)及びトリフルオロメタンスルホン酸銀(1.00g)を混合し、内温120℃で3時間加熱撹拌した。放冷後にメタノール(83.60mL)を添加し、撹拌後にろ過した。回収した固体に対してジクロロメタン(83.60mL)を加え完全に溶解させた後、活性白土(2.10g)を加えて撹拌後ろ過した。得られたろ液を減圧蒸留してジクロロメタンを取り除き、残渣を回収した。得られた粗体(7.50g)についてHPLCを用いて定量したところ、イリジウム錯体Aは3.31g含まれており、錯体純度55.38%、不純物含有量42.21%と算出された。
【0081】
[実施例1]
<加熱熟成によるイリジウム錯体Aの精製>
参考例2にて得られたイリジウム錯体Aを含む粗体(2.50g)に、配位性化合物としてベンゾニトリル(50.00g)を加え完全に溶解させた。得られた溶液を窒素雰囲気下で加温し、内温が175℃で一定になった後にそのまま3時間還流条件で加熱撹拌した。室温まで放冷した後にアセトニトリル(125.00mL)を添加し、撹拌後に析出した固体をろ過回収した。得られたイリジウム錯体A(0.88g)を、シリカゲル(10.02g)を用いた順相カラムクロマトグラフィーにかけて酢酸エチル/n-ヘプタンの2:8混合溶液で溶出させることにより精製した。カラム流出液を分画してイリジウム錯体Aを含有する画分を回収し、これを濃縮乾固した。得られた乾固物(0.76g)をHPLCで分析・定量したところ、イリジウム錯体Aは0.68g含まれており、収率61.5%、錯体純度98.53%、不純物含有量0.17%と算出された。
【0082】
[比較例1]
<晶析によるイリジウム錯体Aの精製>
参考例2にて得られたイリジウム錯体Aを含む粗体(2.50g)に、ベンゾニトリル(50.00g)を加え完全に溶解させた。得られた溶液を窒素雰囲気下で室温(25℃)に保ち3時間撹拌した。これにアセトニトリル(125.00mL)を添加し、析出した固体をろ過回収した。得られたイリジウム錯体A(1.53g)を、シリカゲル(30.04g)を用いた順相カラムクロマトグラフィーにかけて酢酸エチル/n-ヘプタンの2:8混合溶液で溶出させることにより精製した。カラム流出液を分画してイリジウム錯体Aを含有する画分を回収し、これを濃縮乾固した。得られた乾固物(0.87g)についてHPLCで分析・定量したところ、イリジウム錯体Aは0.85g含まれており、収率77.1%、純度98.44%、不純物含有量0.50%と算出された。
【0083】
[比較例2]
<カラムクロマトグラフィーのみによるイリジウム錯体Aの精製>
参考例2にて得られたイリジウム錯体Aを含む粗体(2.50g)を、シリカゲル(150.00g)を用いた順相カラムクロマトグラフィーにかけて酢酸エチル/n-ヘプタンの2:8混合溶液で溶出させることにより精製した。カラム流出液を分画してイリジウム錯体Aを含有する画分を回収し、これを濃縮乾固した。得られた乾固物(1.04g)についてHPLCで分析・定量したところ、イリジウム錯体Aは0.97g含まれており、収率88.2%、錯体純度98.34%、不純物含有量1.57%と算出された。
【0084】
上記の実施例1並びに比較例1及び2の結果を表1にまとめた。
【0085】
【表1】
【0086】
以上の結果より、常法に従って合成した遷移金属錯体を、本発明による遷移金属錯体の製造方法に含まれる精製工程により精製することで、除去困難な不純物を簡便に除去することが可能となった。このことから、本発明による遷移金属錯体の製造方法によって、遷移金属錯体を工業的な規模で合成、精製することができ、高い生産効率で高純度の遷移金属錯体の製造が可能となることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明による製造方法は、高純度の遷移金属錯体を簡便に製造することを可能とするため、特に、有機電界発光素子に用いられるイリジウム錯体の製造に利用可能である。