(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024177139
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】質量分析装置を用いたさけの検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20241212BHJP
G01N 33/12 20060101ALI20241212BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20241212BHJP
C12Q 1/37 20060101ALI20241212BHJP
【FI】
G01N27/62 V ZNA
G01N27/62 X
G01N33/12
G01N33/68
C12Q1/37
G01N27/62 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024092586
(22)【出願日】2024-06-06
(31)【優先権主張番号】P 2023094350
(32)【優先日】2023-06-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000226976
【氏名又は名称】日清食品ホールディングス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 美奈
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 葵
(72)【発明者】
【氏名】松田 高博
(72)【発明者】
【氏名】建田 潮
【テーマコード(参考)】
2G041
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041EA04
2G041FA12
2G041GA09
2G041HA01
2G045AA25
2G045BB01
2G045CB19
2G045DA36
2G045FB06
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA18
4B063QQ36
4B063QQ79
4B063QR16
4B063QR48
4B063QS28
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】
アレルギーを引き起こす恐れのあるさけが食品原料や製品等に含まれていた場合に、その量が微量であっても高感度で検出する。
【解決手段】
試料からタンパク質を抽出する工程と、抽出したタンパク質をタンパク質分解酵素により酵素消化物を得る工程と、酵素消化物の分析を行い、配列番号1~2からなる群より選択される少なくとも一つ以上のペプチドを質量分析装置を用いて検出することによって試料中にさけタンパク質が存在するか否かを定性又は定量的に判断するさけの検出方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料からタンパク質を抽出する工程と、抽出したタンパク質をタンパク質分解酵素により処理し酵素消化物を得る工程と、酵素消化物の分析を行い、配列番号1~2からなる群より選択される少なくとも一つ以上のペプチドを質量分析装置を用いて検出することによって試料中にさけタンパク質が存在するか否かを定性又は定量的に判断するさけの検出方法。
【請求項2】
試料からタンパク質を抽出する工程と、抽出したタンパク質をタンパク質分解酵素により処理し酵素消化物を得る工程と、酵素消化物を液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC-MS/MS)により分析し、以下:
i)配列番号1、約638/342、638/820、426/577、または426/289のm/z値
ii)配列番号2、約702/1107、702/975、または702/846のm/z値
からなる群より選択される、特定のアミノ酸配列と関連する特定のm/z値を有する少なくとも一つ以上のプリカーサー-プロダクトイオン対トランジションをモニタリングすることによって、試料中にさけタンパク質が存在するか否かを定性又は定量的に判断する工程とを含むさけの検出方法。
【請求項3】
前記特定のアミノ酸配列と関連する特定のm/z値を有する少なくとも二つ以上のプリカーサー-プロダクトイオン対トランジションをモニタリングすることによって、試料中にさけタンパク質が存在するか否かを定性又は定量的に判断する工程とを含む請求項2に記載のさけの検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食物アレルギーを引き起こす恐れのあるさけが食品原料や製品等に含まれていた場合に、その量が微量であっても高感度で検出することを可能とする、質量分析装置を用いたさけの検出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
さけ(Oncorhynchus ketaなど)はさけ科さけ属の魚類であり、日本において、食物アレルギーを引き起こす物質として表示が推奨される「特定原材料に準ずるもの」に指定されている(食品表示基準について、平成 27 年3月 30 日、消食表発第 139 号)。
【0003】
アレルギーを引き起こす恐れのある食品は、生産、流通、加工段階での意図しない微量の混入も起こり得るため、食品原料ないし製品の提供者としては、それらが混入しているか否かの品質管理を行うことが重要となる。
【0004】
特定の食品の混入の有無を検査する方法として、ELISA法やウェスタンブロット法、イムノクロマト法のような抗原抗体反応を用いて、特徴的な蛋白質を検出する方法や、PCR法により特徴的なDNA塩基配列を検出する方法等が挙げられる。
【0005】
また近年は、特定の食品に特徴的なタンパク質由来のペプチドを質量分析装置を用いて検出する方法が報告されている。対象原材料のタンパク質を定量できる技術であり、かつ、抗原抗体反応を用いた場合に生じやすい偽陽性反応が低減できることや、複数品目の同時検出が可能であるという利点を持つ。
【0006】
さけの検出に関する先行技術として、例えば、出願人の以下の先行技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【0008】
一方、当該特許文献は遺伝子を検出対象とするものであって、他の方法もあり得るところである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、アレルギーを引き起こす恐れのあるさけを、食品原料や製品中から特異的、かつ高感度に検出できる質量分析装置を用いた分析方法を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を達成するために、本発明者らは、検出対象とするさけのアレルゲンタンパク質におけるアミノ酸配列に着目し、さけを特異的かつ高感度に検出することができる方法を鋭意研究した。その結果、さけに特徴的なアミノ酸配列を見いだし、これらのアミノ酸配列を検出することで、さけを特異的かつ高感度に検出し得ることを見いだし、本発明を完成するに至った。すなわち、本願発明はまず以下の項に関するものである。
【0011】
項1.
試料からタンパク質を抽出する工程と、抽出したタンパク質をタンパク質分解酵素により酵素消化物を得る工程と、酵素消化物の分析を行い、配列番号1~4からなる群より選択される少なくとも一つ以上のペプチドを質量分析装置を用いて検出することによって試料中にさけタンパク質が存在するか否かを定性又は定量的に判断するさけの検出方法。
【0012】
次に、上記の配列番号1~2からなる群より選択される少なくとも一つ以上のペプチドを検出する方法として、液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC-MS/MS)により分析し、特定のアミノ酸配列と関連する特定のm/z値を有する少なくとも一つ以上のプリカーサー-プロダクトイオン対トランジションをモニタリングする方法が好ましい。すなわち、本願発明は次の項2に関するものである。
【0013】
項2.
試料からタンパク質を抽出する工程と、抽出したタンパク質をタンパク質分解酵素により酵素消化物を得る工程と、酵素消化物を液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC-MS/MS)により分析し、以下:
i)配列番号1、約638/342、638/820、426/577、または426/289のm/z値
ii)配列番号2、約702/1107、702/975、または702/846のm/z値
からなる群より選択される、特定のアミノ酸配列と関連する特定のm/z値を有する少なくとも一つ以上のプリカーサー-プロダクトイオン対トランジションをモニタリングすることによって、試料中にさけタンパク質が存在するか否かを判断する工程とを含むさけの検出方法。
【0014】
次に前記のプリカーサー-プロダクトイオン対トランジションについては二以上をモニタリングすることが好ましい。すなわち、本願発明は次の項3に関するものである。
項3.
前記特定のアミノ酸配列と関連する特定のm/z値を有する少なくとも二つ以上のプリカーサー-プロダクトイオン対トランジションをモニタリングすることによって、試料中にさけタンパク質が存在するか否かを定性又は定量的に判断する工程とを含む請求項2に記載のさけの検出方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、LC-MS/MS分析によって、さけタンパク質由来ペプチドの検出を可能とし、被験食品原料や被験食品中に、上記さけが混入しているか否か、又は、使用されているか否かといった品質管理検査の実施を可能にするという効果を奏する。また、アレルギーの未然防止、アレルギー症状が生じた際の原因物質の調査等にも寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】さけ濃度既知の標準試料から得たクロマトグラムにおけるさけタンパク質由来ペプチドのピーク
【
図2】さけ濃度既知の標準試料から得たクロマトグラムにおけるさけタンパク質由来ペプチドの面積と、前記標準試料中の既知さけタンパク質濃度とをプロットして作成した検量線
【
図3】さけを含まない白がゆ試料の例示的なクロマトグラム
【
図4】さけタンパク質をスパイクした白がゆ試料から得られる、さけタンパク質由来ペプチドを含む例示的なクロマトグラム
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、食品原料や加工食品等の被験試料中に微量に混入したさけタンパク質検出方法を提供する。すなわち、被験試料からタンパク質を抽出する工程と、抽出したタンパク質をタンパク質分解酵素により酵素消化物を得る工程と、酵素消化物をLC-MS/MSにより分析し、分析対象ペプチドのクロマトグラムを得る工程とを含む方法である。以下、本実施形態に係る方法の好ましい態様について説明する。
【0018】
被検試料からのタンパク質の抽出には、界面活性剤を含む緩衝液や、市販のタンパク質分析キット等を用いることができる。
【0019】
被検試料からのタンパク質抽出液は更に、還元-アルキル化して、チオール基をブロックすることが好ましい。
【0020】
上記のように調製した試料を、タンパク質分解酵素で処理する。本発明の方法で用いられるタンパク分解酵素の例としては、トリプシン、キモトリプシンなどが挙げられ、好ましくはトリプシンである。処理の条件は、酵素の種類に応じて適宜選択すればよい。当該酵素処理により、検出対象タンパク質が分解され複数のペプチドが生成される。
【0021】
得られた酵素消化物は、界面活性剤の除去や逆相固相カラムによる精製等を行ってからLC-MS/MSで分析することが望ましい。
【0022】
LC-MS/MSにおける分析対象ペプチド配列は以下のとおりである。
配列番号1 VNQIGSVTESIK
配列番号2 LAIMENC[CAM]NVLAR
これらのさけ由来のペプチドを検出するための方法としては種々の方法の利用が可能であるが、本発明においては質量分析装置を利用する。
このうち、特に液体クロマトグラフィーを利用した方法が好ましい。例えば、LC-MSやLC-MS/MSを利用する方法が挙げられる。
特に得られた酵素消化物を、界面活性剤の除去や逆相固相カラムによる精製等を行ってからLC-MS/MSで分析することが好ましい。
【0023】
また、さけ由来タンパク質濃度が既知の標準試料も被験試料と同様の処理を行い、LC-MS/MSで分析し、検量線を作成することで、さけタンパク質の定量分析を行うことも可能である。
【0024】
本発明のさけの検出法において、対象となる被験試料の種類は、特に限定されない。例えば、被験試料としては、食品原料や加工食品等が挙げられる。食品原料としては、さけを取り扱う食品原料生産工場において、別途生産されるさけを意図的に含まない食品原料が挙げられる。加工食品としては、菓子類、麺類、粉末スープ、液体スープ、熱風乾燥又は凍結乾燥した具材、あるいは、これらの加工食品を含有する各種調理食品等が挙げられる。また、さけを取り扱う食品製造工場において、別途生産されるさけを意図的に含まない加工食品が挙げられる。また、さけを含む加工食品を製造後、さけを含まない加工食品を製造する際には、さけ残渣の除去を念頭においた食品製造設備の入念な清掃作業が必須となる。この清掃作業方法の有効性、並びに、食品製造設備のさけ残渣の有無を確認する観点から、当該製造設備の拭き取り試料も被験試料として挙げられる。
【0025】
実施例
以下に、本発明について実施例を用いて、さらに、詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定して解釈されるものではない。また、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能である。
【0026】
実施例1
さけタンパク質濃度既知の標準試料の分析
本発明のLC-MS/MSによるさけ検出法の定量性を検証するため、さけタンパク質濃度既知の標準試料を分析し、検量線を作成した。
【0027】
商店から購入したさけから、MPEX PTS Reagents (60mM SDC SLS/50 mM TEAB)(ジーエルサイエンス社)を用いてタンパク質を抽出し、2-D Quant Kit(Cytiva社)により総タンパク質濃度を決定し、標準試料とした。
【0028】
調製した標準試料のうち、タンパク質量として40μgを2.0 mL低吸着ポリプロピレン製チューブに採取し、卵由来オボアルブミンを1000μg、牛由来アルブミンを100μg添加し、全体の溶液量を700μLとした。
【0029】
1M TEABを70μL、1M DTTを28μL添加し、75℃で15分間静置した後、常温で30分間静置した。次いで蒸留水で1Mに調製したIodoacetamide溶液を56μL添加し、室温、遮光下で45分静置した後、1M DTTを28μL添加した(還元・アルキル化)。
【0030】
0.1%ギ酸で20 mg/mLに調製した牛膵臓由来トリプシン溶液を10 μL添加した後に37℃で一晩静置し、さけ標準試料の酵素消化を行った。
【0031】
得られた酵素消化物にギ酸を添加し酸性状態にした後、酢酸エチルを加え液液分配により抽出溶液に含まれていた界面活性剤を除去した。除去操作は3回繰り返した。
【0032】
界面活性剤除去後の溶液を遠心エバポレーターで濃縮し、0.1%ギ酸を添加した後にC18逆相固相抽出遠心カラム、及びシリカゲルベース陰イオン交換固相を用いて精製を行った。
【0033】
精製後の溶液を遠心エバポレーターで乾固し、5%アセトニトリル入り0.1%ギ酸に溶解し、さけ総タンパク質の試料中濃度換算として1.25 ~20 μg/mLの希釈系列を調製しLC-MS/MSで分析した。
【0034】
<LC-MS/MS装置>
LC部:ExionLC ADsystem(SCIEX社)
MS/MS部:QTRAP(登録商標)6500+システム(SCIEX社)
<LC条件>
分析カラム:YMC-Triart C18 粒子径3μm、100 x 2.1 mm id.(YMC社)
カラム温度:40℃
カラム流量:0.3 mL/min
溶離液A:0.1%ギ酸;溶離液B:0.1%ギ酸含有アセトニトリル
グラジエント 0分(B:5%)→16分(B:40%)→18分(B:95%)→23分(B:95%)→23.1分(B:5%)→初期化
<質量分析条件>
イオン化:エレクトロスプレーイオン化法
極性:ポジティブ
スプレー電圧:5500 V
【0035】
検出対象としたさけタンパク質由来ペプチド断片の配列とMRMトランジションを表1に示した。
【0036】
【0037】
さけ総タンパク質濃度として1.25 μg/mLの標準試料を分析した時のクロマトグラムを
図1に例示した(ペプチド配列:VNQIGSVTESIK(配列番号1)、Q1:637.9、Q3:342.2)。
【0038】
図1と同じ検出条件における検量線を
図2に例示した。さけ総タンパク質の試料中濃度換算値として1.25 ~20 ppmの範囲において、R2:0.986の良好な検量線が得られた。
【0039】
実施例2
加工食品へのさけタンパク質スパイク試験
本発明のLC-MS/MSによるさけ検出法の加工食品への適用性を検討するため、さけを含まない白がゆに対し、さけタンパク質標準試料を10 ppmになるよう添加したものを分析した。
【0040】
さけを含まない白がゆ試料1gをポリプロピレン製50 mL遠沈管に秤量し、実施例1に使用したさけタンパク質標準試料をさけ総タンパク質濃度として10 ppmになるよう添加した。
【0041】
1Nの水酸化ナトリウム溶液で100 mg/mLに調製したethylenediaminetetraacetic acid (EDTA)を30 μL添加した。
【0042】
実施例1で使用した抽出溶液を9 mL添加し、90~110 rpmで一晩振とうしてタンパク質を抽出した。
【0043】
4℃、10,000xgで30分間遠心分離を行い、上清700 μLを2.0 mL低吸着ポリプロピレン製チューブに採取した。
【0044】
以降の操作は実施例1と同様に実施し、最終溶解液の原液をLC-MS/MSで分析した。
【0045】
さけを含まない白がゆ試料のクロマトグラムを
図3に、さけタンパク質標準試料を製品含量10 ppmになるよう添加した試料のクロマトグラムを
図4に例示した(ペプチド配列:VNQIGSVTESIK(配列番号1)、Q1:637.9、Q3:342.2)。
【0046】
さけタンパク質標準試料を添加した場合のみ、検出対象ピークが認められた。
【配列表】