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特開2024-177574節足動物捕獲器及び節足動物捕獲方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024177574
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】節足動物捕獲器及び節足動物捕獲方法
(51)【国際特許分類】
   A01M 1/00 20060101AFI20241212BHJP
   A01M 1/14 20060101ALI20241212BHJP
【FI】
A01M1/00 Q
A01M1/14 E
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024178523
(22)【出願日】2024-10-11
(62)【分割の表示】P 2021165466の分割
【原出願日】2021-10-07
(31)【優先権主張番号】P 2020213383
(32)【優先日】2020-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石島 力
(57)【要約】
【課題】水田等の水面及び水生・湿生植物を生息域とする節足動物を分類、計数するために、効率よく捕獲することが可能な捕獲器及び捕獲方法を提供する。
【解決手段】底部、屋根部及び側部を備える、中空構造を有する本体を備え、前記本体は、側部に少なくとも1つの開口を有し、底部の上面に、粘着剤が塗布された粘着領域を備え、底部の下面に、浮き材を備える、節足動物捕獲器、及びこれを用いた節足動物の捕獲方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
底部、屋根部及び側部を備える、中空構造を有する本体を備え、
本体は、側部に少なくとも1つの開口を有し、
底部の上面に、粘着剤が塗布された粘着領域を備え、
底部の下面に、浮き材を備え、
前記本体及び浮き材が耐水性の素材で形成されており、
底部上面が略水平な状態となるように水面上に浮遊可能である、
水面及び水生・湿生植物を生息域とする節足動物を捕獲するための節足動物捕獲器。
【請求項2】
一方端が本体又は浮き材に取り付けられた耐水性の固定紐をさらに備える、請求項1に記載の捕獲器。
【請求項3】
前記固定紐の他方端に耐水性の固定部材を備え、前記固定部材がOリング又はS字フックであり、杭又は植物の茎に本体を固定可能である、請求項2に記載に捕獲器。
【請求項4】
前記側部の高さが、0.5~10cmである、請求項1~3のいずれか1項に記載の捕獲器。
【請求項5】
屋根部の上面が略水平である、請求項1~4のいずれか1項に記載の捕獲器。
【請求項6】
側部に、本体の中心を挟んで互いに対向する、少なくとも2つの開口を有する、請求項1~5のいずれか1項に記載の捕獲器。
【請求項7】
側部の少なくとも1つの開口が、側部下端まで延在する、請求項1~6のいずれか1項に記載の捕獲器。
【請求項8】
前記節足動物がクモである、請求項1~7のいずれか1項に記載の捕獲器。
【請求項9】
前記クモがコモリグモである、請求項8に記載の捕獲器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水面等を生息域とするクモ等の節足動物を捕獲するための捕獲器、及び、水面等を生息域とするクモ等の節足動物を捕獲するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水田内に生息するクモ類、昆虫類等の節足動物、特にコモリグモ類は、水稲害虫のウンカ・ヨコバイ等を捕食する天敵として知られる。コモリグモ類は、水田内の生息密度が高く、捕食効率が高いことから、水稲害虫の防除における利活用が期待されている。このような天敵を効率的に害虫防除に利用するためには、水田における発生状況を把握することが重要である。天敵の発生状況を把握するために、従来は、水田内のイネ及びその付近の天敵を直接目視・計数する方法が採用されてきた。しかし、この方法は、天敵の種類を瞬時に判別しなければならず、経験を積んだ調査者でなければ実施が困難な方法であった。また、天敵の行動特性の影響で、天候や時間帯によって目視・計数結果の変動が大きくなり得るため、高精度での調査が困難であった。また、エンジンブロワ等で天敵を吸引して捕獲する方法もとられるが、吸引作業及び吸引後の試料の分別作業が煩雑であること、調査者の接近やエンジンブロワの音によりクモが逃げるため、効率よく捕獲できない等の問題があった。
【0003】
作物害虫の発生状況を調査する他の方法として、トラップを設置する方法が知られる。この方法は、トラップを所定位置に所定の時間設置した後に、捕獲された害虫等の観察を行う方法である。例えば、所定の時間を数時間~数日間に設定することで、捕獲される対象の種類や数について、時間帯や天候の影響を受けにくくすることができる。また、トラップ内に残存する対象に対して分類・計数を行うため、熟練した調査者でなくても容易に実施することができる。このようなトラップを用いた調査方法として、非特許文献1には、水田の水面に粘着物質を塗布した発泡スチロール塊を浮かべて、捕獲されるクモ類の計数と観察を行う方法が開示されている。また、非特許文献2には、ピットフォールトラップを池の水面に浮かべ、生息するクモ類を捕獲する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】M. J. Oraze, et al., J. Arachnol., Vol.16: 331-337 (1988)
【非特許文献2】A. K. Graham, et al., J. Arachnol., Vol.31: 78-89 (2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1に示す方法で使用されるトラップは、粘着面が露出しているが、水稲害虫の天敵となる徘徊性のクモ類は、鳥等の捕食者から身を隠す場所を探して移動する行動特性を有するため、露出した粘着面では効率的に捕獲することが困難である。また、非特許文献2に示す方法は、捕獲部分がコップ状のため、ある程度の水深を有する池等の設置には適しているが、水深の浅い水田には設置が不可能である。
【0006】
本発明の目的は、上記のような従来の問題を解消し、水田等の水面及び水生・湿生植物を生息域とする節足動物を分類、計数するために、効率よく捕獲することが可能な捕獲器及び捕獲方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者は鋭意研究を重ねた結果、粘着剤が塗布された底部とそれを覆う屋根部を有し、水面に浮遊可能な粘着トラップを用いることで、水田内に生息する節足動物を効率よく捕獲できることを見出した。本発明は、当該新規知見に基づくものであって、具体的には以下の発明を提供する。
(1)底部、屋根部及び側部を備える、中空構造を有する本体を備え、本体は、側部に少なくとも1つの開口を有し、底部の上面に、粘着剤が塗布された粘着領域を備え、底部の下面に、浮き材を備え、前記本体及び浮き材が耐水性の素材で形成されており、底部上面が略水平な状態となるように水面上に浮遊可能である、水面及び水生・湿生植物を生息域とする節足動物を捕獲するための節足動物捕獲器。
(2)一方端が本体又は浮き材に取り付けられた耐水性の固定紐をさらに備える、(1)に記載の捕獲器。
(3)前記固定紐の他方端に耐水性の固定部材を備え、前記固定部材がOリング又はS字フックであり、杭又は植物の茎に固定紐を介して本体を固定可能である、(2)に記載に捕獲器。
(4)前記側部の高さが、0.5~10cmである、(1)~(3)のいずれかに記載の捕獲器。
(5)屋根部の上面が略水平である、(1)~(4)のいずれかに記載の捕獲器。
(6)側部に、本体の中心を挟んで互いに対向する、少なくとも2つの開口を有する、(1)~(5)のいずれかに記載の捕獲器。
(7)側部の少なくとも1つの開口が、側部下端まで延在する、(1)~(6)のいずれかに記載の捕獲器。
(8)前記節足動物がクモである、(1)~(7)のいずれかに記載の捕獲器。
(9)前記クモがコモリグモである、(8)に記載の捕獲器。
【発明の効果】
【0008】
本発明によると、水田等の水面及び水生・湿生植物を生息域とする節足動物を分類、計数するために、効率よく捕獲することが可能な捕獲器及び捕獲方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の節足動物捕獲器の一実施形態の外観を示す斜視図である。
図2図1のA-A’断面図である。
図3図1のB-B’断面図である。
図4】本発明の節足動物捕獲器の別の実施形態の外観を示す写真である。節足動物捕獲器を実際に水田に設置した状態を示す。
図5】本発明の節足動物捕獲器の別の実施形態で水田の節足動物を捕獲した後の、節足動物捕獲器の粘着領域の写真を示す。
図6】本発明の節足動物の調査方法と、従来の調査方法で観察されたコモリグモの数の推移を示す折れ線グラフである。コモリグモの発生消長の傾向は、2つの方法でほぼ同じであったが、観察数は、本発明の調査方法の方が明らかに多かった。
図7】本発明の節足動物の調査方法を用いて観察された、水稲害虫の各種天敵の捕獲数の推移を示す折れ線グラフである。水稲が育つまでの初夏はアメンボ類が多く、水稲が十分生育する7~9月にはコモリグモが多い。
図8】本発明の節足動物捕獲器と、本発明の節足動物捕獲器から屋根を取り外したものをそれぞれ用いて捕獲したコモリグモの数を示すグラフである。本発明の節足動物捕獲器で、屋根を取り外した捕獲器の約3倍のコモリグモが観察された。
図9】本発明の節足動物捕獲器と、本発明の節足動物捕獲器から屋根を取り外したものをそれぞれ用いて捕獲したコモリグモに占める、コモリグモの保存状態の分布を示すグラフである。コモリグモの触肢等のみが観察された個体をグループi、個体の一部等が観察された個体をグループii、完全な個体が観察された個体をグループiiiとして分類し、観察されたコモリグモの全個体数に占める各グループの個体数の割合を算出した。
図10】底面から屋根までの高さが異なる複数の節足動物捕獲器を用いて捕獲したコモリグモの数を示すグラフである。図中の数値は、各処理区において2つの捕獲器で捕獲されたコモリグモの数の平均値である。検討した捕獲器の中では、屋根の高さの高い捕獲器ほど、多くのコモリグモが捕獲できた。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<1.節足動物捕獲器>
本発明の節足動物捕獲器は、底部、屋根部及び側部を備える、中空構造を有する本体を備え、前記本体は、側部に少なくとも1つの開口を有し、底部の上面に、粘着剤が塗布された粘着領域を備え、底部の下面に、浮き材を備えることを特徴とする。
【0011】
本明細書において、「節足動物」とは、節足動物門に属する動物を指し、昆虫類、甲殻類、クモ類、ムカデ類等が含まれる。本発明の節足動物捕獲器が捕獲対象とする節足動物は、水田等の水面及び水生・湿生植物を生息域とする節足動物であり、特に昆虫及びクモである。さらには、水稲害虫の天敵となり得るコモリグモ科、サラグモ科コサラグモ亜科、アシナガグモ科アゴブトグモ属に属するクモ、アメンボ科を含めた水生半翅類、ハネカクシ科、ゲンゴロウ科を含めた水生甲虫類に属する昆虫である。
【0012】
水田における水稲害虫の天敵の生息状況を精度よく調査するためには、より多くの天敵を観察することが求められる。本発明の節足動物捕獲器は、上記の節足動物を効率よく捕獲することで、多くの天敵の観察を可能とし、天敵の生息状況をより高い精度で調査することを可能とするものである。
【0013】
本明細書において、節足動物捕獲器(以下、単に「捕獲器」とも称する)の上下方向は、捕獲器を水面に浮遊させた際の水面に対して鉛直な上下方向である。本明細書において、「高さ」は、水面に対して鉛直方向の長さを指す。本発明の捕獲器本体の「底部」とは、捕獲本体の最下部を構成する略水平な部分を指し、「屋根部」とは、底部の上方に間隙を空けて存在する捕獲器本体の最上部を構成し、底部の上方の全部及び一部を覆う部分を指し、「側部」とは底部外縁と屋根部外縁とで挟まれた側面部分を指す。
【0014】
本発明の捕獲器の一実施形態を図1~3に示す。以下、図1~3の実施形態に基づいて本発明の捕獲器を説明するが、本発明の捕獲器を当該実施形態に限定することを企図するものではない。図1は本発明の捕獲器の一実施形態の外観斜視図、図2図1のA-A’断面図、図3図1のB-B’断面図を示す。
【0015】
本発明の捕獲器10の本体11は、底部12、屋根部13及び側部14を構成する部材で形成される中空構造を有する。底部12、屋根部13及び側部14は、好ましくは、薄板状の部材で構成される。このような薄板状の部材を形成する素材としては、紙、プラスチック、ゴム、金属、木等が挙げられる。捕獲した節足動物の分類、計数のため、粘着領域の部材のみを他の部材と切り離すことが望まれることから、特にハサミ等で容易に切り離せる素材が好ましい。また、所定の期間水面に浮遊させることから、耐水性の素材が好ましい。このような素材として、防水性塗料等を塗布した紙(特に、ボール紙等)、合成紙(ユポ(登録商標)紙等)、プラスチック(特に、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリ塩化ビニル等)、代替プラスチック(LIMEX(登録商標)等)を好適に使用できる。薄板状部材は、少なくとも捕獲器上方から内部を視認できないようにするために、不透明のもの、特に光透過性の低いものとすることが望まれる。
【0016】
底部12、屋根部13及び側部14は、特に限定されないが、1つの薄板状部材を折って組み立てられることで形成されてもよく、また、それぞれ別の複数の薄板状部材として形成され、連結されてもよい。底部12、屋根部13及び側部14は、好ましくは、1つの部材として組み立てられる。
【0017】
本体11における側部14の高さは、0.5~10cm、特に2.0~6.0cm、さらに2.0~5.0cmとすることが好ましい。コモリグモ等は、狭くて暗い場所を好むため、屋根部を設けることで、内部の粘着領域に入りやすい、という利点を有するが、一方で、側部の高さを低くしすぎると、かえってコモリグモ等が入りにくい、屋根部が粘着領域に付着しやすい、という問題が生じ得る。一方、側部の高さを高くしすぎれば、開口部から光が入りやすく、また、横風等による転倒が生じやすい、という問題が生じうる。側部を上記の高さに設定することで、転倒等が生じにくく、より効率よい捕獲が可能となる。
【0018】
側部14には、節足動物の入口となる開口16が少なくとも1つ設けられる。好ましくは、側部14には、少なくとも2つの開口16が、本体11の中心を挟んで互いに対向するように設けられる。開口16は、より節足動物が入りやすいように、側部14の下端まで延在することが好ましい。開口16の形状、大きさは特に限定されないが、上記の本体11、側部14及び開口16は、図示例のように、本体を両端が開放された角筒状に形成し、開放部分を側部とすることで簡便に形成可能である。なお、開口16は、より多く形成されてもよいが、開口16の全面積は、粘着領域Sの水濡れを低減するために、あるいは、本体内部を暗く保つために、側部14の全面積の70%以下、特に50%未満以下とすることが好ましい。
【0019】
捕獲器10における粘着領域Sは、本体11の底部12の上面の全部又は一部に形成された、粘着剤が塗布された粘着剤層15を備える領域を指す。図示例のように、底部12を構成する部材に直接粘着剤が塗布されて形成されてもよいが、例えば、底部12とは別の薄板状部材に粘着剤を塗布し、これを粘着剤が上面となるように底部12の上面に固定して形成されてもよい。粘着領域Sは、少なくとも側部の開口16付近に配置されることが好ましく、底部12の上面全体に配置されることがより好ましい。粘着領域Sにおいて、粘着剤は図示例のように領域全体に均一な層となるように塗布されてもよいが、ドット、ストライプ、波状ストライプ等のパターンとして塗布されてもよい(図示せず)。
【0020】
粘着領域Sに塗布される「粘着剤」は、不乾性の物質で、常温で粘着性を有し、かつ常温で流動性、水溶性を有しない物質を指す。粘着剤は、上記の条件を満たす物質であれば特に限定されないが、例えば、天然ゴム、合成ゴム、エチレン-酢酸ビニル共重合体、ポリイソブチレン、ポリブテン、アタクチックポリプロピレンおよびその他の液状重合体、石油樹脂等の粘着付与樹脂等が挙げられる。これらの物質は、単独で、適宜溶剤の存在下で、無溶剤で加熱により、または、ラテックス、エマルジョン状態で混合して塗布して用いることができる。特に、スチレン-ブタジエンブロックポリマー及び/又はエチレン-酢酸ビニル共重合体と粘着付与樹脂、可塑剤の組み合わせ、ポリイソブチレンと液状ポリブテンおよびアタクチックポリプロピレンの組み合わせは、粘着特性がよく、かつ、無溶剤系で加熱混合ができ、そのまま塗布できるなど作業性がよいため、好適に使用できる。本発明の捕獲器に塗布する粘着剤の粘度(JIS K-6833(1980))は、130℃で2500~3300Pとすることが好ましい。
【0021】
本体11の形状は、底部下面が略水平であれば、その断面は、台形状、逆台形状、三角形状、多角形状、半円形状、正方形等、いずれの形状であってもよい。本体底面の形状は、特に限定されないが、組み立ての簡便性等を考慮すると、長方形とすることが好ましい。また、本体11の大きさも特に限定されないが、稲を植えた水田に設置するため、底面の大きさを5~30cm程度、特に7~20cm程度とすることが好ましい。
【0022】
本体11の底部12の下面には、浮き材17が取り付けられる。浮き材17の数、形状、大きさは、本体11の底部12を水平に維持しながら捕獲器10を浮遊させることができれば、特に限定されない。底部12が傾くと、粘着剤が流動するリスクがある。特に、図示例のように、浮き材17を平板状として底部12の下面全体を覆うように取り付けることで、底部12を水平に維持することができる。浮き材17の構造としては、密閉された中空構造や、多孔質構造等、通常の浮き材として使用される構造をいずれも採用できる。浮き材17の素材は、浮き材に耐水性、浮力及び水面で形状を維持できる程度の剛性を付与できるものであれば、特に限定されないが、特に、加工が容易な素材とすることが好ましい。このような素材としては、例えば、発泡スチロール、EVA、発泡ポリエチレン、発泡ポリウレタンが挙げられる。浮き材17を平板状とする場合、浮き材17の底面の大きさは、本体11の底面と同じ大きさとすることが好ましい。浮き材17の浮力及び本体11の重量は、水面に設置した時に、本体11の底部12上面が、水面から0.1~3mm程度の位置となるように調整することが好ましい。
【0023】
浮き材は、必ずしも図示例のように本体11と別部材で構成される必要はない。例えば、本体11の底部12を構成する薄板状部材を、所望の浮力と剛性を有する素材とすることで、底部12に浮き材の機能を持たせる態様とすることもできる(図示せず)。
【0024】
天敵の捕獲は、所定の位置で継続して行うため、本体11が流れて所定の位置から移動しないようにすることを要する。そのため、杭等に本体11を固定するための固定紐18を取り付けることが好ましい。図示例において、固定紐18は、その一方端が本体11の任意の位置に取り付けられ、他方端が杭等に固定される。固定紐18は、浮き材17に取り付けられてもよい。固定紐18の長さは特に限定されないが、10~50cm程度とすることが好ましい。固定紐18の素材は、耐水性を有するものであれば特に限定されないが、加工が容易で軽量なPP紐等を好適に使用できる。
【0025】
固定紐18の他方端は、杭等に直接結びつけられてもよいが、固定部材19を介して杭等に固定されることが好ましい。固定部材19は、杭等に固定紐18を固定できれば特に限定されず、クリップ、洗濯バサミ、O-リング、S字フック等を使用することができる。固定紐18が杭等に巻きついたり、水田の水位の増減により捕獲器が傾くリスクを低減できることから、O-リング、特に、開閉可能なO-リング(一般に「カードリング」とも称される)を好適に使用できる。
【0026】
図4に、本発明の捕獲器の別の実施形態の実際に水田に設置した状態を示す。図4に示す実施形態の捕獲器40において、本体41は、底部42が屋根部43よりも大きく扁平な台形断面を有する、両端が開放された略角筒状に形成されている。側部44には、前記の開放部分で形成される開口46aとは別に、開口46bを有する。当該実施形態においても、底部42上面に粘着領域S、底部42下面に浮き材47が設けられる。また、固定紐48及び固定部材49が設けられていてもよい。図示例において、固定部材49は、水田に設置した支柱Pを囲うように取り付けられる。その他の態様は、図1~3に示す実施形態と同様である。
【0027】
本発明の捕獲器は、本体粘着領域を有する底部上面が水面上に略水平な状態で浮遊し、かつ、底面を覆う屋根部を備える形態であればよく、上記の実施形態に限定されるものではない。
【0028】
<2.節足動物の捕獲方法>
本発明の節足動物の捕獲方法(以下、単に「捕獲方法」とも称する)は、<1.節足動物捕獲器>に記載した捕獲器を水面上の所定の位置に浮遊させ、所定の期間経過後に回収することを特徴とする。なお、本発明の捕獲方法において、詳細な条件等は、特に記載のない限り、<1.節足動物捕獲器>と同様である。
【0029】
本発明の捕獲方法において、「所定の位置」とは、捕獲器が、水面上に決定した一地点から一定の距離の範囲内にあることを指す。より具体的には、捕獲器が一地点から10~50cm以内、より好ましくは20~40cm以内の位置にあることを指す。
【0030】
また、「所定の期間」とは、捕獲器を所定位置に設置するために予め設定した期間であり、具体的には3~10日間、より好ましくは、5~7日間を指す。
【0031】
より具体的には、本発明の捕獲方法は、下記のステップで構成される。
(1)捕獲器を準備するステップ
(2)捕獲器を水面上の所定の位置に設置するステップ
(3)捕獲器を回収するステップ
【0032】
(1)捕獲器を準備するステップ
<1.節足動物捕獲器>に記載した捕獲器を準備するステップである。捕獲器の準備作成において、本体部分については、市販の害虫捕獲器を使用してもよい。
【0033】
(2)捕獲器を水面上の所定の位置に設置するステップ
捕獲器を水面上の所定の位置に浮遊させる。設置する場所は、水面が存在する場所であれば限定されず、例えば、水田、水路、い草田、レンコン田、池沼、プール等が挙げられる。好ましくは、水田である。捕獲器を「所定の位置」に浮遊させる手段は、特に限定されないが、例えば、捕獲器本体に固定紐の一方端を取り付け、水田の地面に設置した杭等に、固定紐の他方端を固定する手段をとり得る。浮遊させた捕獲器は、所定の期間、好ましくは、3~10日間、特に触らずに放置するが、風雨等の影響で沈んでしまったり、紐が切れて所定位置から外れてしまったりしていないか、定期的に点検することが好ましい。
【0034】
(3)捕獲器を回収するステップ
所定期間経過後に、設置した捕獲器を回収する。その際に、粘着領域に目的の節足動物あるいは他の生物等が確実に捕獲されているかを確認することが好ましい。
【0035】
本発明の捕獲方法は、上記のように、非常に簡便な方法で節足動物、特にコモリグモ等の水稲害虫の天敵を捕獲することができる。
【0036】
<3.節足動物の調査方法>
本発明の節足動物の調査方法(以下、単に「調査方法」とも称する)は、<1.節足動物捕獲器>に記載した捕獲器を水面上の所定の位置に浮遊させ、所定の期間経過後に回収し、粘着領域に存在する節足動物の分類と計数を行うことを特徴とする。なお、本発明の調査方法において、詳細な条件等は、特に記載のない限り、<1.節足動物捕獲器>及び<2.節足動物の捕獲方法>と同様である。
【0037】
より具体的には、本発明の調査方法は、下記のステップで構成される。
(1)捕獲器を準備するステップ
(2)捕獲器を水面上の所定の位置に設置するステップ
(3)捕獲器を回収するステップ
(4)捕獲器の粘着領域に存在する節足動物の分類と計数を行うステップ
なお、(1)~(3)のステップは、<2.節足動物の捕獲方法>と同様である。
【0038】
(4)捕獲器の粘着領域に存在する節足動物の分類と計数を行うステップ
回収した捕獲器の屋根部を開き、粘着領域を露出することで、捕獲された節足動物を観察することができる。特に、捕獲器本体が紙やプラスチックで形成されている場合は、ハサミ等で容易に屋根部を開くことが可能である。さらに、底部のみをハサミ等で他の部材から切り離すことで、保管や観察、撮影がしやすくなる。
【0039】
捕獲された節足動物の分類と計数は、目視で行ってもよいが、例えば、コンピュータを用いた画像解析によって行うこともできる。例えば、得られた粘着領域の写真の画像データを入力し、コンピュータ上で予め設定された各節足動物の画像データベースと照合させて、最も近い節足動物の名称を出力させることができる。この照合は、人工知能(AI)を用いて行われてもよい。AIを用いる場合、前記の画像データベースを教師データとして、既知のニューラルネットワークを用いた機械学習を経てAIを構築することができ、これを用いて、新たに入力された画像データから、該当する節足動物を割り出すことができる。
【0040】
図5に、本発明の捕獲器で水田の節足動物を捕獲した後の、捕獲器の粘着領域の写真を示す。図5に示すように、捕獲された節足動物が固定されているため、その分類と計数を簡便に行うことができる。また、試料の保管等も容易である。図示例では、コモリグモを16体、アメンボを4体確認することができる。
【0041】
使用する捕獲器、水面上に浮遊させる期間をいずれも同じ条件として、例えば、水田等の同じ位置で複数回の捕獲と観察を行うことで、当該水田等に生息する節足動物の種類及び数の季節による推移を調査することができる。あるいは、同一の時期に複数の箇所で捕獲と観察を行うことで、水田等に生息する節足動物の種類及び数の地域間差を調査することができる。いずれも、従来の方法と比べて、調査者の熟練度等の影響を受けず、簡便に、かつ確実な調査を行うことが可能である。
【実施例0042】
<実施例1 従来法(見取り法)との比較>
同一の水田において、本発明の捕獲器を用いた調査方法(トラップ法)と、従来の目視観察による調査方法(見取り法)とで確認できたコモリグモの数を比較した。
【0043】
(1)トラップ法
トラップ法に用いる捕獲器を作成した。2mm厚の発泡スチレンボードを181×86mmに裁断して、市販のゴキブリトラップ(商品名:調査用PPトラップJ(L)、環境機器株式会社製)の底面にステープラーを用いて張り付けた。ゴキブリトラップの大きさは、底面の大きさが187mm×88mm、側面の高さが28mmであった。ゴキブリトラップの底部に、350mmのPP紐の一方端をステープラーを用いて取り付けた。PP紐の他方端に直径30mmのプラスチック製のO-リング(カードリング)を取り付けて、捕獲器を完成させた。
【0044】
水田の水面に完成した捕獲器を浮遊させた。水田の所定の位置に、太さ11mm、長さ1800mmの支柱を深く差し込み、捕獲器の端の輪を支柱に通して捕獲器を取り付けた。捕獲器は1週間毎に取り換えた。調査は、同一の位置で13週間継続した。
【0045】
トラップ法において捕獲された節足動物について、コモリグモ以外の天敵についても分類と計測を行い、試験した水田における各種天敵の捕獲数の推移を観察した。
【0046】
(2)見取り法
上記トラップ法を実施した同じ時期に、同じ水田で、任意の水稲株に生息するコモリグモを目視で計数した。計数は週1回行った。
【0047】
(3)結果
図6に、トラップ法及び見取り法で観察されたコモリグモの数を示す。コモリグモの発生消長の傾向は、2つの方法でほぼ同じであった。一方、観察数は、トラップ法で明らかに多かった。トラップ法での観察は、従来の方法と同様の傾向が見られる上に、より精度の高い調査が可能になることが示された。
【0048】
図7に、トラップ法を用いて観察された、各種天敵の捕獲数の推移を示す。水稲が育つまでの初夏はアメンボ類が多くなり、水稲が十分生育する7~9月にはコモリグモが多くなった。これは、従来法でこれまで観察されてきた傾向と同様である。
【0049】
<実施例2 トラップの屋根の効果確認試験I>
実施例1と同様の方法で、捕獲器を作成した。比較例として、捕獲器から屋根部と側部を切り離して、粘着領域が露出した屋根なし捕獲器を作成した。屋根あり捕獲器と屋根なし捕獲器を、同一の水田で同様に浮遊させた。1週間後に、両方の捕獲器を回収して、コモリグモの捕獲数を比較した。
【0050】
図8に、屋根あり捕獲器と屋根なし捕獲器におけるコモリグモの捕獲数を示す。屋根あり捕獲器で、屋根なし捕獲器の約3倍のコモリグモが観察された。
【0051】
<実施例3 トラップの屋根の効果確認試験II>
実施例2と同様の方法で、屋根あり捕獲器と屋根なし捕獲器を作成した。屋根あり捕獲器と屋根なし捕獲器を、同一の水田で同様に浮遊させた。1週間後に、両方の捕獲器を回収して、捕獲されたコモリグモの捕獲数と各個体の状態を観察した。
【0052】
屋根あり、屋根なしの捕獲器で捕獲されたコモリグモについて、観察された個体の状態ごとに分類を行った。コモリグモの触肢等のみが観察された個体数をグループi、個体の一部等が観察された個体数をグループii、完全な個体が観察された個体数をグループiiiとして、観察されたコモリグモの全個体数に占める各グループの割合を算出した。
【0053】
図9に、屋根あり捕獲器と屋根なし捕獲器で捕獲されたコモリグモに占める、各グループの割合を示す。屋根あり捕獲器において、明らかに完全な個体が多く観察された。屋根あり捕獲器を使用することで、状態の良い試料を取得可能であることが明らかとなった。
【0054】
<実施例4 トラップの屋根の高さの検討>
厚さ0.2mmのプラペーパー(株式会社タミヤ製)を折りたたんで、縦187mm、横88mmで高さが1.5cmの、長手方向(縦方向)の両端に開口を有する角筒状部材を作成した。同様に高さが3.0cm、4.0cm及び6.0cmの角筒状部材を作成した。実施例1で使用したゴキブリトラップの粘着領域を有する底部全体を台紙ごと切り取り、角筒状部材を組み立てる前のプラペーパーの底部上面に相当する面に、粘着領域が上面側になるように重ねてステープラーで取り付けた。その後、プラペーパーをたたんで全体が角筒となるようにクリップで固定した。2mm厚の発泡スチレンボードを181×86mmに裁断して、前記角筒状部材の底面にステープラーを用いて取り付けた。底部に、350mmのPP紐の一方端をステープラーを用いて取り付けた。PP紐の他方端に直径30mmのプラスチック製のO-リングを取り付け、各種捕獲器を完成させた。高さが1.5cm、3.0cm、4.0cm、6.0cmの捕獲器をそれぞれ2つずつ作製した。
【0055】
水田の水面に完成した各捕獲器を浮遊させた。水田の所定の位置に、太さ11mm、長さ1800mmの支柱を深く差し込み、捕獲器の端の輪を支柱に通して捕獲器を取り付けた。同時期の1週間(8月12日~19日)、各高さ条件の捕獲器を2つずつ設置して浮遊させた。1週間浮遊させた後の各捕獲器を回収し、粘着領域に付着したコモリグモの数を計数した。
【0056】
図10に各高さ条件の捕獲器におけるコモリグモの捕獲数を示す。図中の数値は、2つの捕獲器が捕獲したコモリグモの数の平均値を示す。検討した高さ条件の中では、屋根の高さが高いほどコモリグモが多く捕獲できた。コモリグモをより確実に捕獲するためには、屋根の高さはある程度以上高くする必要があることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の捕獲器、捕獲方法及び調査方法は、稲作農業における水稲害虫対策としての天敵の活用のために有用であり、農業等の産業分野で利用可能である。また、環境教育の教材として水田の生き物調査に利用できる。
【0058】
本発明は、以下の実施形態を包含する。
(1)底部、屋根部及び側部を備える、中空構造を有する本体を備え、本体は、側部に少なくとも1つの開口を有し、底部の上面に、粘着剤が塗布された粘着領域を備え、底部の下面に、浮き材を備える、節足動物捕獲器。
(2)前記側部の高さが、0.5~10cmである、(1)の捕獲器。
(3)側部に、本体の中心を挟んで互いに対向する、少なくとも2つの開口を有する、(1)又は(2)の捕獲器。
(4)側部の少なくとも1つの開口が、側部下端まで延在する、(1)~(3)のいずれかの捕獲器。
(5)一方端が本体又は浮き材に取り付けられた固定紐をさらに備える、(1)~(4)のいずれかの捕獲器。
(6)固定紐の他方端に固定部材を備える、(5)の捕獲器。
(7)(1)~(6)のいずれかの捕獲器を、水面上の所定の位置に浮遊させ、所定の期間経過後に回収する、節足動物の捕獲方法。
(8)(1)~(6)のいずれかの捕獲器を、水面上の所定の位置に浮遊させ、所定の期間経過後に回収し、前記粘着領域に存在する節足動物の分類と計数を行う、節足動物の調査方法。
【符号の説明】
【0059】
10、40…捕獲器
11、41…本体
12、42…底部
13、43…屋根部
14、44…側部
15…粘着剤層
16、46…開口
17、47…浮き材
18、48…固定紐
19、49…固定部材
S…粘着領域
P…支柱
図1
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図3
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図10