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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178406
(43)【公開日】2024-12-24
(54)【発明の名称】熱電変換素子及び熱電変換装置
(51)【国際特許分類】
   H10N 15/20 20230101AFI20241217BHJP
【FI】
H10N15/20
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024166625
(22)【出願日】2024-09-25
(62)【分割の表示】P 2021516328の分割
【原出願日】2020-04-27
(31)【優先権主張番号】62/931,892
(32)【優先日】2019-11-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】P 2019086716
(32)【優先日】2019-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度 国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、研究タイプ「チーム型研究(CREST)」、研究領域「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」、研究課題「電子構造のトポロジーを利用した機能性磁性材料の開発とデバイス創成」、研究題目「電子構造のトポロジーを利用した機能性磁性材料の開発とデバイス創成」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中▲辻▼ 知
(72)【発明者】
【氏名】酒井 明人
(72)【発明者】
【氏名】肥後 友也
(57)【要約】
【課題】安価で無毒な材料からなる熱電変換素子及び熱電変換装置を提供する。
【解決手段】熱電変換素子は、組成式がFeXで表され、Xが典型元素若しくは遷移元素であるストイキオメトリックな組成の第1物質(FeAlなど)、第1物質からFeとXとの組成比がずれたオフ・ストイキオメトリックな組成の第2物質、第1物質のFeサイトの一部若しくは第2物質のFeサイトの一部をX以外の典型金属元素若しくは遷移元素で置換した第3物質、組成式がFeM11-xM2(0<x<1)で表され、M1及びM2が互いに異なる典型元素である第4物質、又は第1物質のFeサイトの一部をX以外の遷移元素で置換し、Xのサイトの一部をX以外の典型金属元素で置換した第5物質からなる。第1物質、第2物質、第3物質、第4物質及び第5物質は異常ネルンスト効果を示す。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式がFeXで表され、前記Xが典型元素若しくは遷移元素であるストイキオメトリックな組成の第1物質、
前記第1物質からFeと前記Xとの組成比がずれたオフ・ストイキオメトリックな組成の第2物質、
前記第1物質のFeサイトの一部若しくは前記第2物質のFeサイトの一部を前記X以外の典型金属元素若しくは遷移元素で置換した第3物質、
組成式がFeM11-xM2(0<x<1)で表され、前記M1及び前記M2が互いに異なる典型元素である第4物質、又は
前記第1物質のFeサイトの一部を前記X以外の遷移元素で置換し、前記Xのサイトの一部を前記X以外の典型金属元素で置換した第5物質からなり、
前記第1物質、前記第2物質、前記第3物質、前記第4物質及び前記第5物質は、異常ネルンスト効果を示す、熱電変換素子。
【請求項2】
前記第1物質、前記第2物質、前記第3物質、前記第4物質又は前記第5物質は、ネルンスト係数が、室温を含む所定の温度範囲において一定である、請求項1に記載の熱電変換素子。
【請求項3】
前記第1物質、前記第2物質、前記第3物質、前記第4物質又は前記第5物質は単結晶体である、請求項1又は2に記載の熱電変換素子。
【請求項4】
前記第1物質、前記第2物質、前記第3物質、前記第4物質又は前記第5物質は多結晶体である、請求項1又は2に記載の熱電変換素子。
【請求項5】
前記第1物質、前記第2物質、前記第3物質、前記第4物質又は前記第5物質はアモルファスである、請求項1又は2に記載の熱電変換素子。
【請求項6】
前記Xは、Al、Ga、Ge、Sn、Si、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Sc、Ni、Mn、又はCoである、請求項1~5の何れか1項に記載の熱電変換素子。
【請求項7】
厚さが10μm以下の薄膜である、請求項1~6の何れか1項に記載の熱電変換素子。
【請求項8】
基板と、
前記基板の上に設けられ、複数の熱電変換素子を有する発電体と、を備え、
前記複数の熱電変換素子の各々は、一方向に延在した形状をなし、且つ請求項1~7のいずれか1項に記載の熱電変換素子と同一の物質からなり、
前記複数の熱電変換素子は、前記一方向と垂直な方向に並列に配置され、電気的に直列に接続されている、熱電変換装置。
【請求項9】
前記複数の熱電変換素子は、蛇行状に配列されている、請求項8に記載の熱電変換装置。
【請求項10】
請求項1~7のいずれか1項に記載の熱電変換素子と、
中空部材と、を備え、
前記熱電変換素子は、シート状の構造又は線材であり、前記中空部材の外表面を覆うように設けられている、熱電変換装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電変換素子、及び熱電変換素子を備えた熱電変換装置に関する。
【背景技術】
【0002】
物質に温度勾配を与えると電圧が発生する熱電機構として、ゼーベック効果(Seebeck effect)が知られている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、ゼーベック効果を用いた熱電機構において、室温以上で使用可能な材料は、ビスマス、テルル又は鉛等を主原料とするものであり、毒性が高いため、実用には向かない上に、機械的に脆弱で振動に弱く耐久性がない。また、ゼーベック効果では、温度勾配と同じ方向に電圧が生じることから、熱源表面から垂直方向にp型モジュールとn型モジュールとを交互に設けた立体的で複雑な構造に作製する必要があるため、製造コストが高い。また、このような立体的な素子を大面積に展開することは困難である。
【0003】
同じく、温度勾配によって電圧を発生させる熱電機構として、異常ネルンスト効果(Anomalous Nernst effect)が知られている。異常ネルンスト効果とは、磁性体に熱流を流して温度差が生じたときに、磁化方向と温度勾配の双方に直交する方向に電圧が生じる現象である。近年になって、電子構造のトポロジーを利用することにより、ネルンスト係数がこれまで知られていた値(0.1μV/K)よりもはるかに増大することがわかってきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2016/181777号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これまで、異常ネルンスト効果を示す様々な磁性材料が開発されてきたものの、比較的高価な金属が使われているため、コスト高になるという課題があった。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、安価で無毒な材料からなる熱電変換素子及び熱電変換装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一実施形態に係る熱電変換素子は、組成式がFeXで表され、Xが典型元素若しくは遷移元素であるストイキオメトリックな組成の第1物質、第1物質からFeと前記Xとの組成比がずれたオフ・ストイキオメトリックな組成の第2物質、第1物質のFeサイトの一部若しくは第2物質のFeサイトの一部を前記X以外の典型金属元素若しくは遷移元素で置換した第3物質、組成式がFeM11-xM2(0<x<1)で表され、M1及びM2が互いに異なる典型元素である第4物質、又は第1物質のFeサイトの一部をX以外の遷移元素で置換し、Xのサイトの一部をX以外の典型金属元素で置換した第5物質からなる。第1物質、第2物質、第3物質、第4物質及び第5物質は、異常ネルンスト効果を示す。
【0008】
本発明の一実施形態に係る熱電変換装置は、基板と、前記基板の上に設けられ、複数の熱電変換素子を有する発電体と、を備える。複数の熱電変換素子の各々は、一方向に延在した形状をなし、且つ上記の第1物質、第2物質、第3物質、第4物質又は第5物質からなる。複数の熱電変換素子は、前記一方向と垂直な方向に並列に配置され、電気的に直列に接続されている。
【0009】
本発明の他の実施形態に係る熱電変換装置は、上記の熱電変換素子と中空部材とを備える。熱電変換素子は、シート状の構造又は線材であり、中空部材の外表面を覆うように設けられている。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、安価で無毒な物質から熱電変換素子によって、異常ネルンスト効果を発現させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】D0型のFeXの結晶構造及びL1型のFeXの結晶構造を示す模式図である。
図2】本実施形態の熱電変換素子による熱電機構を説明するための模式図である。
図3】各種金属材料におけるネルンスト係数の温度依存性を表すグラフである。
図4図3に示すネルンスト係数をT=300Kでのネルンスト係数で規格化したグラフである。
図5】Fe-Al合金の単結晶体及び多結晶体、並びにFe-Al―V合金の多結晶体のT=300Kでのネルンスト係数の磁場依存性を表すグラフである。
図6】Fe-Al合金の単結晶体及び多結晶体、並びにFe-Al―V合金の多結晶体のネルンスト係数の温度依存性を表すグラフである。
図7】本実施形態の熱電変換素子を備えた実施例1に係る熱電変換装置の構成を示す斜視図である。
図8】本実施形態の熱電変換素子を備えた実施例2に係る熱電変換装置の構成を示す平面図である。
図9】本実施形態の熱電変換素子を備えた実施例3に係る熱電変換装置の構成を示す外観図である。
図10】FePtとFeGeとFeAlとFeGa0.5Al0.5とFeGaとCoMnGaのT=300Kでのネルンスト係数の磁場依存性を表すグラフである。
図11】FePtとFeGeとFeAlとFeGaとCoMnGaのネルンスト係数の温度依存性を表すグラフである。
図12A】FeSnのネルンスト係数の温度依存性を表すグラフである。
図12B】FeSnの横熱電伝導度の温度依存性を表すグラフである。
図13A】FeSiとFeAlとの混晶系のT=300Kでのネルンスト係数を示す表である。
図13B】FeSiとFeAlとの混晶系のT=300Kでのネルンスト係数を表すグラフである。
図14A】FeAlとFeGaとの混晶系のT=300Kでのネルンスト係数を示す表である。
図14B】FeAlとFeGaとの混晶系のT=300Kでのネルンスト係数を表すグラフである。
図15】FeGaのGaサイトの一部をCuで置換して得られたFeCu1-xGa単結晶体及び多結晶体のT=300Kでのネルンスト係数を表すグラフである。
図16A】Nd0.1Fe2.9Ga及びFeGaのX線回折パターンを表すグラフである。
図16B】Nd0.1Fe2.9GaのT=300Kでの磁化の磁場依存性を表すグラフである。
図16C】FeGa単結晶体及びNd0.1Fe2.9Ga多結晶体のT=300Kでのネルンスト係数の磁場依存性を表すグラフである。
図16D】FeGa単結晶体及びNd0.1Fe2.9Ga多結晶体のT=300Kでのホール抵抗率の磁場依存性を表すグラフである。
図17A】Ho0.05Fe2.95Ga及びFeGaのX線回折パターンを表すグラフである。
図17B】Ho0.05Fe2.95GaのT=300Kでの磁化の磁場依存性を表すグラフである。
図18A】Y0.05Fe2.95Ga及びFeGaのX線回折パターンを表すグラフである。
図18B】Y0.05Fe2.95Gaの磁化の磁場依存性を表すグラフである。
図19A】Tb0.05Fe2.95Gaの磁化の磁場依存性を表すグラフである。
図19B図19Aの低磁場付近を拡大したグラフである。
図20A】Tb0.03Fe2.97Ga及びFeGaのX線回折パターンを表すグラフである。
図20B】Tb0.03Fe2.97GaのT=300Kでの磁化の磁場依存性を表すグラフである。
図21A】FeGa0.80.2、FeGa0.90.1及びFeGaのX線回折パターンを表すグラフである。
図21B】FeGa0.80.2からなる針状試料及び板状試料のそれぞれについて、T=300Kでの磁化の磁場依存性を表すグラフである。
図21C】針状試料のFeGa0.80.2及びFeGaの磁化の磁場依存性を表すグラフである。
図21D】板状試料のFeGa0.80.2及びFeGaの磁化の磁場依存性を表すグラフである。
図21E】板状試料のFeGa0.80.2のネルンスト係数の磁場依存性を表すグラフである。
図21F】板状試料のFeGa0.80.2のホール抵抗率の磁場依存性を表すグラフである。
図22A】Fe2.9Mn0.1Ga、Fe2.5Mn0.5Ga、FeMnGa及びFeGaのX線回折パターンを表すグラフである。
図22B】針状試料のFe2.9Mn0.1Ga及びFe2.5Mn0.5GaのT=300Kでの磁化の磁場依存性を表すグラフである。
図23A】Fe2.9Pt0.1Ga、Fe2.9Pt0.1Ga0.9Ge0.1及びFeGaのX線回折パターンを表すグラフである。
図23B】針状試料のFe2.9Pt0.1Ga及びFe2.9Pt0.1Ga0.9Ge0.1のT=300Kでの磁化の磁場依存性を表すグラフである。
図24】熱電変換素子としての薄膜試料の面内方向に温度勾配をかけるときの異常ネルンスト効果を説明するための模式図である。
図25】薄膜試料(FeGa)に対して面内方向に温度勾配をかけたときのT=300Kでの異常ネルンスト効果の測定結果を表すグラフである。
図26】熱電変換素子としての薄膜試料に対して面直方向に温度勾配をかけるときの異常ネルンスト効果を説明するための模式図である。
図27A】薄膜試料に対して面直方向に温度勾配をかけるときの異常ネルンスト効果の測定方法を説明するための模式図である。
図27B】薄膜試料に対して面直方向に温度勾配をかけるときの異常ネルンスト効果の測定方法を説明するための模式図である。
図28】薄膜試料(FeGa)に対して面直方向に温度勾配をかけたときの異常ネルンスト効果の測定結果を表すグラフである。
図29A】室温成膜後にアニールを行わずに得られたFeGaの薄膜試料に対して面直方向に温度勾配をかけたときの異常ネルンスト効果の測定結果を表すグラフである。
図29B図29Aの低磁場付近を拡大したグラフである。
図30】室温成膜後にアニールを行って得られたFeGaのエピタキシャル膜と、室温成膜後にアニールを行わずに得られたFeGaのアモルファス膜のそれぞれについて、面直方向に温度勾配をかけたときの異常ネルンスト効果の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付の図面を参照して、本発明の例示の実施形態について説明する。
【0013】
異常ネルンスト効果を示す物質のうち、ネルンスト係数の室温でのこれまでの最高値は、本願発明者らがCoMnGaで実現した6μV/Kである(Nature Physics 14, 1119-1124 (2018)及び国際公開第2019/009308号参照)。
【0014】
本願発明者らは、後述のように、これまでの最高値に迫るネルンスト係数を二元系のFeAlで実現することができた。地球の地表付近に存在する元素の重量の割合を表すクラーク数は、大きい順に、酸素(O)、ケイ素(Si)、アルミニウム(Al)、鉄(Fe)、…であることが知られている。このように、FeとAlはクラーク数が相対的に大きいことから、非常に安価な材料であり、且つ無毒である。また、FeAlは、化学的にも安定であり、強磁性転移温度も約700Kと高い。
【0015】
図1に、異常ネルンスト効果が発現可能なFeX(Xは典型元素又は遷移元素)の結晶構造を示す。図1に示すように、FeXは、D0型の構造(a)とL1型の構造(b)をとり得る。
【0016】
D0構造(a)の単位格子は、8個の体心立方(bcc)型のサブセルを有する。各サブセルでは、隅点をFe原子(Fe(II))が占め、各Fe(II)は、隣接する8個のサブセルによって共有される。8個のサブセルのうちの4個の体心点をそれぞれ4個のFe原子(Fe(I))が占めており、残りの4個のサブセルの体心点をそれぞれ4個のX原子が占めている。例えば、D0構造のFeAlの格子定数aは、5.64Åである(Physical Review B 66, 205203 (2002)参照)。
【0017】
L1構造(b)は、Fe原子が面心点に位置し、X原子が隅点に位置する面心立方(fcc)型の結晶構造である。
【0018】
例えば、FeAlの単結晶は、適切な比のFeとAlとをアーク溶解し、チョクラルスキー法による引き上げによって結晶成長させ、当該結晶を低温(例えば、500℃)でアニールし、数分から数十分かけて室温まで徐冷することで作製した。電子線回折によると、作製されたFeAl単結晶は、秩序相(D0相(Fm-3m))であることがわかった。
【0019】
一方、FeAlの多結晶は、適切な比のFeとAlとをアーク溶解することで多結晶の試料を作製し、当該試料を高温(例えば、900℃)でアニールし、数秒で室温に急冷させることで作製した。相図より、作製されたFeAl多結晶は、ディスオーダー相(B2相(Pm-3m)又はA2相(Im-3m))、あるいは、秩序相との混晶と考えられる。
【0020】
次に、図2を参照して、本発明の実施形態に係る熱電変換素子及びその熱電機構について説明する。
【0021】
本実施形態に係る熱電変換素子1は、上述の方法で作製されたFeX単結晶又は多結晶からなる。熱電変換素子1は、図2に示すように、一方向(y方向)に延在する直方体状をなし、所定の厚さ(z方向の長さ)を有し、+z方向に磁化しているものとする。熱電変換素子1に+x方向の熱流Q(∝-∇T)が流れると、+x方向に温度差が生じる。これにより、熱電変換素子1には、異常ネルンスト効果によって、熱流Qの方向(+x方向)及び磁化Mの方向(+z方向)の双方に直交する外積の方向(y方向)に起電力V(∝M×(-∇T))が発生する。
【0022】
図3に、FeAl単結晶からなる熱電変換素子1のネルンスト係数(Syx)を他の金属材料からなる熱電変換素子のネルンスト係数と比較した結果を示しており、ネルンスト係数の温度依存性を表している。図4は、図3に示す各金属材料のネルンスト係数をT=300Kでのネルンスト係数で規格化したグラフである。
【0023】
図3及び図4において、FeAl♯1は、FeとAlの組成比が3:1からずれたオフ・ストイキオメトリックな組成(Fe-rich、Al-poor)の単結晶からなる熱電変換素子1での観測結果を表し、FeAl♯2は、FeとAlの組成が3:1のストイキオメトリックな組成の単結晶からなる熱電変換素子1での観測結果を表す。
【0024】
また、図3及び図4において、L1型のMnGa、D022型のMnGa、Co/Ni、FePd、及びFePtのデータは、Appl. Phys. Lett. 106, 252405 (2015)に開示されたデータに基づくものであり、Feのデータは、Physical Review B 90, 054422 (2014)に開示されたデータに基づくものである。また、CoMnGaのデータは、本願発明者らによる研究(Nature Physics 14, 1119-1124 (2018); 国際公開第2019/009308号)に基づくものである。
【0025】
図3及び図4より、FeAl♯1とFeAl♯2のネルンスト係数の絶対値|Syx|は、CoMnGaを除く他の金属材料よりも大きい。特に、ストイキオメトリックなFeAl♯2の|Syx|は、オフ・ストイキオメトリックなFeAl♯1よりも大きく、室温(T=300K付近)で約4μV/Kとなっており、CoMnGaの|Syx|≒6μV/Kに迫っていることがわかる。
【0026】
また、図3及び図4より、オフ・ストイキオメトリックなFeAl♯1のSyxは、室温を含む200K~400Kの温度範囲で温度変化の影響をほとんど受けず、ほぼ一定値となっている。
【0027】
図5に、Fe-Al合金の単結晶体(S1,S2)及び多結晶体(P2)、並びにFe-Al―V合金の多結晶体(P1)におけるT=300Kでのネルンスト係数(Syx)の磁場依存性を示し、図6に、磁場B=2Tを印加したときのFe-Al合金の単結晶体(S1,S2)及び多結晶体(P2)、並びにFe-Al―V合金の多結晶体(P1)におけるネルンスト係数の温度依存性を示す。
【0028】
図5及び図6において、S1及びS2は、それぞれ、図3に示すFeAl♯2及びFeAl♯1に対応しており、S1は、熱電変換素子1に、[001]に平行な磁場Bを印加し、[010]に平行な熱流Qを流したときの観測結果を表し、S2は、熱電変換素子1に、[001]に平行な磁場Bを印加し、[210]に平行な熱流Qを流したときの観測結果を表している。
【0029】
また、図5及び図6において、P1は、FeAlのFeサイトの一部をバナジウム(V)で置換したFe2.80.15Al多結晶体からなる熱電変換素子1での観測結果を表し、P2は、FeとAlの組成が3:1のストイキオメトリックな組成の多結晶体からなる熱電変換素子1での観測結果を表す。
【0030】
図5及び図6より、単結晶体(S1、S2)は多結晶体(P1、P2)よりもネルンスト係数の絶対値|Syx|が大きいことがわかる。また、多結晶体P1及びP2を比較すると、ストイキオメトリックな二元系の多結晶体P2は、三元系の多結晶体P1よりも|Syx|が大きいことがわかる。
【0031】
また、多結晶体(P1、P2)は単結晶体(S1、S2)よりも、ネルンスト係数が室温(T=300K付近)を含む200K~400Kの温度範囲で温度変化の影響をほとんど受けず、ほぼ一定値をとっている。多結晶体(P1、P2)は単結晶体(S1、S2)よりも|Syx|が小さいものの、室温での|Syx|が約1.5~2.0μV/Kであることから、熱流センサ等の実用レベルに達していると言える。また、上述のように、多結晶体(P1、P2)は単結晶体(S1、S2)よりも作製が容易である。
【0032】
次に、本実施形態の熱電変換素子をモジュール化した熱電変換装置について説明する。
【実施例0033】
図7に、本実施形態の実施例1に係る熱電変換装置20の外観構成を示す。熱電変換装置20は、基板22と、基板22上に載置された発電体23と、を備える。熱電変換装置20において、基板22側から発電体23に向けて熱流Qが流されると、発電体23に熱流方向の温度差が生じ、異常ネルンスト効果によって発電体23に電圧Vが生じる。
【0034】
基板22は、発電体23が載置される第1面22aと、第1面22aと反対側の第2面22bと、を有する。第2面22bには、熱源(図示せず)からの熱が当てられる。
【0035】
発電体23は、複数の熱電変換素子24と複数の熱電変換素子25とを有し、各々は、L字の立体的形状をなし、図2に示す熱電変換素子1と同一の物質からなる。図7に示すように、複数の熱電変換素子24と複数の熱電変換素子25は、基板22上に、各々の長手方向(x方向)と垂直な方向(y方向)に、交互に並列に配置されている。なお、発電体23を構成する熱電変換素子24及び熱電変換素子25の数は限定されない。
【0036】
また、複数の熱電変換素子24と複数の熱電変換素子25は、熱電変換素子24の磁化M1の方向と熱電変換素子25の磁化M2の方向が逆になるように配列される。また、複数の熱電変換素子24及び複数の熱電変換素子25は、同符号のネルンスト係数を有する。
【0037】
熱電変換素子24は、長手方向(x方向)に平行な第1端面24aと第2端面24bとを有している。熱電変換素子25は、長手方向(x方向)に平行な第1端面25aと第2端面25bとを有している。熱電変換素子25の第1端面25aと、隣接する熱電変換素子24の第2端面24bが接続され、当該熱電変換素子25の第2端面25bと、反対側に隣接する熱電変換素子24の第1端面24aが接続されている。これにより、複数の熱電変換素子24と複数の熱電変換素子25とが電気的に直列に接続される。すなわち、発電体23は、基板22の第1面22a上に蛇行状に設けられている。
【0038】
熱源から基板22の第2面22bに熱が当てられると、発電体23に向けて+z方向の熱流Qが流れる。熱流Qにより温度差が生じると、異常ネルンスト効果により、熱電変換素子24では、磁化M1の方向(-y方向)及び熱流Qの方向(+z方向)の双方に直交する方向(-x方向)に起電力E1が生じる。熱電変換素子25では、異常ネルンスト効果により、磁化M2の方向(+y方向)及び熱流Qの方向(+z方向)の双方に直交する方向(+x方向)に起電力E2が生じる。
【0039】
上述のように、並列に配置された熱電変換素子24と熱電変換素子25は、電気的に直列に接続されていることから、一の熱電変換素子24で発生した起電力E1が、隣接する熱電変換素子25に印加され得る。また、一の熱電変換素子24で発生する起電力E1と、隣接する熱電変換素子25で発生する起電力E2が逆方向であることから、隣接する熱電変換素子24及び熱電変換素子25のそれぞれで起電力が加算され、出力電圧Vを増大させることができる。
【0040】
なお、図7の熱電変換装置20の変形例として、隣接する熱電変換素子24と熱電変換素子25が互いに逆符号のネルンスト係数を有し、且つ複数の熱電変換素子24及び複数の熱電変換素子25の磁化方向が同一となるように(すなわち、磁化M1の方向と磁化M2の方向が同一となるように)配置した構成を採用してもよい。
【実施例0041】
図8に、本実施形態の実施例2に係る熱電変換装置20Aの平面図を示す。熱電変換装置20Aは、発電体23Aとして、同符号のネルンスト係数を有する直方体状の複数の熱電変換素子1Aを有する。各熱電変換素子1Aは、図2に示す熱電変換素子1と同一の物質からなる。複数の熱電変換素子1Aは、長手方向(x方向)と垂直な方向(y方向)に、磁化Mの方向が同一(y方向)となるように基板22A上に並列に配置され、隣接する熱電変換素子1Aを銅配線26によって接続することで、複数の熱電変換素子1Aが電気的に直列に接続されている。熱流は基板22A側から発電体23Aに向けて(z方向に)流される。熱電変換装置20Aは、隣接する熱電変換素子1Aが銅配線26を介して接続された構成であるため、図7に示す実施例1の熱電変換装置20よりも容易に作製することができる。
【実施例0042】
異常ネルンスト効果による熱電機構は、温度勾配と磁化方向と電圧の方向とが互いに直交しているため、薄いシート状の熱電変換素子を作製することが可能である。
【0043】
図9に、シート状の熱電変換素子32を備えた実施例3に係る熱電変換装置30の外観構成を示す。具体的には、熱電変換装置30は、中空部材31と、中空部材31の外表面を覆うように巻き付いた、長尺のシート状(テープ状)の熱電変換素子32と、を備える。熱電変換素子32は、図2に示す熱電変換素子1と同一の物質からなる。熱電変換素子32の磁化の方向は中空部材31の長手方向(x方向)に平行である。中空部材31の長手方向(x方向)と垂直な方向に熱流が生じ、中空部材31の内部から外部の方向に温度勾配が生じると、異常ネルンスト効果によって、長尺の熱電変換素子32の長手方向(磁化の方向及び熱流の方向に垂直な方向)に沿って電圧Vが発生する。
【0044】
なお、図9の熱電変換装置30において、長尺のシート状の熱電変換素子32の代わりに、線材の熱電変換素子を中空部材31に巻き付ける構成を採用してもよい。
【0045】
ここで、図7図9において、熱電変換素子の長手方向の長さをL、厚さ(高さ)をHとすると、異常ネルンスト効果により発生する電圧はL/Hに比例する。すなわち、熱電変換素子が長く薄いほど、発生する電圧が大きくなる。よって、複数の熱電変換素子を電気的に直列に接続した発電体や、線材又は長尺のシート状の熱電変換素子を採用することによって、異常ネルンスト効果の向上を期待することができる。
【0046】
実施例1~実施例3で示した熱電変換装置は、様々な応用が可能である。特に、室温から数100℃での温度領域で、Internet of Things(IoT)センサの自立型電源又は熱流センサとしての応用が考えられている。
【0047】
例えば、本実施形態の熱電変換装置を熱流センサに適用することで、建築物の断熱性能の良否を判定することができる。また、自動車等の排気装置に熱電変換装置を設けることで、排気ガスの熱(廃熱)を利用して発電することができ、熱電変換装置を補助電源として有効利用することができる。また、ある空間の壁面にメッシュ状に熱流センサを配置することで、熱流や熱源の空間認識を行うことが可能となる。これは、例えば、高密度農作物栽培や家畜生育の高精度温度管理や、自動運転に向けた運転者検知システムとしての応用が想定される。さらに、室内空調管理や、医療における深部体温管理においても、熱流センサを用いることができる。また、本実施形態の熱電変換素子を粉末にしたり、ペーストにしたりすることで、幅広い分野への応用を期待することができる。
【0048】
本実施形態では、異常ネルンスト効果によって生じる電圧に着目したが、温度勾配によって生じたゼーベック効果による電圧と、ゼーベック効果が作り出した電圧に基づいて生じるホール効果と、異常ネルンスト効果によって生じる電圧との相乗効果により、出力電圧を高めることが可能である。
【0049】
このように、本実施形態の熱電変換素子によれば、クラーク数が大きく安価で無毒な材料であるFeとAlの合金によって、異常ネルンスト効果を発現させることができる。特に、FeとAlの組成比を調整してオフ・ストイキオメトリックな組成を採用することによって、又は単結晶体よりも多結晶体を採用することによって、ネルンスト係数が200K~400Kの広範囲にわたって温度変化に鈍感な熱電変換素子を提供することができる。これにより、ネルンスト係数が室温付近で温度とともに大きく変化する材料を用いた熱流センサ等において必要とされていた、温度キャリブレーション回路や温度計を設ける必要がなくなり、熱電変換装置をより安価なものにすることができる。
【0050】
なお、図3図6では、熱電変換素子がFe-Al合金、又はFe-Al合金のFeサイトの一部をVで置換したFe-Al―V合金からなるものとしたが、Al以外の遷移元素若しくは典型元素、又はV以外の遷移元素を採用してもよい。すなわち、ストイキオメトリックな組成がFeX(Xは典型元素若しくは遷移元素)で表される第1物質、FeとXの組成比が3:1からずれたオフ・ストイキオメトリックな組成の第2物質、第1物質のFeサイトの一部若しくは第2物質のFeサイトの一部をX以外の典型金属元素若しくは遷移元素で置換した第3物質、組成式がFeM11-xM2(0<x<1)で表され、M1及びM2が互いに異なる典型元素である第4物質、又は第1物質のFeサイトの一部をX以外の遷移元素で置換し、Xのサイトの一部をX以外の典型金属元素で置換した第5物質においても異常ネルンスト効果の発現を期待することができる。Al以外のXの候補として、Ga、Ge、Sn、Si、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Sc、Ni、Mn、又はCoが挙げられる。第4物質を構成するM1及びM2の組み合わせとして、例えば、Ga及びAl、Si及びAl、Ga及びBなどが挙げられる。
【0051】
例えば、Fe-Ge合金、Fe-Ga合金及びFe-Ga-Al合金においても異常ネルンスト効果が発現する。図10に、FePtとFeGeとFeAlとFeGa0.5Al0.5とFeGaとCoMnGaのT=300Kでのネルンスト係数(Syx)の磁場依存性を示し、図11に、FePtとFeGeとFeAlとFeGaとCoMnGaのネルンスト係数の温度依存性を示す。
【0052】
図10及び図11において、FeGeは、六方晶系のFeGe単結晶からなる熱電変換素子1に、a軸に平行な磁場Bを印加し、c軸に平行な熱流Qを流したときの観測結果を表し、FeAlは、立方晶系のFeAl単結晶からなる熱電変換素子1に、[001]に平行な磁場Bを印加し、[110]に平行な熱流Qを流したときの観測結果を表し、FeGaは、立方晶系のFeGa単結晶からなる熱電変換素子1に、[110]に平行な磁場Bを印加し、[1-11]に平行な熱流Qを流したときの観測結果を表す。また、図10において、FeGa0.5Al0.5は、FeGa0.5Al0.5単結晶からなる熱電変換素子1に、[110]に平行な磁場Bを印加し、[1-11]に平行な熱流Qを流したときの観測結果を表す。さらに、図10及び図11において、FePtは、FePt単結晶からなる熱電変換素子1に、[110]に平行な磁場Bを印加し、[1-10]に平行な熱流Qを流したときの観測結果を表し、CoMnGaは、CoMnGa単結晶からなる熱電変換素子1に、[001]に平行な磁場Bを印加し、[110]に平行な熱流Qを流したときの観測結果を表している。
【0053】
図10及び図11より、FeGe単結晶は、FeAl単結晶よりも|Syx|は小さいものの、FePt単結晶よりも|Syx|が大きく、室温での|Syx|が2.0μV/Kを超えており、熱流センサ等の実用レベルに達していることがわかる。また、三元系のFeGa0.5Al0.5単結晶は、FeAl単結晶よりも|Syx|が大きく、室温で約5.0μV/Kとなっている。さらに、FeGa単結晶の室温での|Syx|は、5.0μV/Kを優に超えており、CoMnGa単結晶で実現したこれまでの最高値(6μV/K)に迫る値を示している。なお、六方晶系のFeGa単結晶においても、異常ネルンスト効果が確認されている。
【0054】
また、図11より、FeGe、FeAl及びFeGaの各単結晶のネルンスト係数は、FePt及びCoMnGaの各単結晶よりも、200K~400Kの温度範囲で、温度変化が緩やかであることがわかる。
【0055】
Fe-Sn合金においても異常ネルンスト効果が発現する。図12Aに、多結晶体をアーク炉で溶融合成した後、摂氏805度にて1週間アニールして合成して得られた六方晶系のFeSn多結晶体のネルンスト係数の温度依存性を示す。また、図12Bに、このFeSnの異常ネルンスト効果によって見積もった横熱電伝導度α[A/Km]の磁場B=2Tでの温度依存性を示す。これらの実験データより、FeSn多結晶体は、室温以上でネルンスト係数|Syx|が3μV/K以上に増大していることがわかる。
【0056】
次に、3つの多結晶体(FeSi、FeAl及びFeGa)の間の混晶系の多結晶体を作製し、異常ネルンスト効果を測定した結果を説明する。
【0057】
図13A及び図13Bに、FeSiとFeAlとの混晶系FeSi1-xAl(0≦x≦1)の多結晶体のT=300Kでのネルンスト係数を示す。ここで、図13Aに示すFeSi0.67Al0.4はセンダスト(Sendust)と呼ばれる軟磁性材料である。図13A及び図13Bより、FeSi0.3Al0.7を除き、Alの含有量が多くなると、ネルンスト係数|Syx|が増加することがわかる。
【0058】
図14A及び図14Bに、FeAlとFeGaとの混晶系FeAl1-xGa(0≦x≦1)の多結晶体のT=300Kでのネルンスト係数を示す。図14Bでは、結晶成長速度20mm/hで作製されたFeAl1-xGa単結晶体のネルンスト係数も示している。図14A及び図14Bより、多結晶体よりも単結晶体の方がネルンスト係数|Syx|が大きく、単結晶体も多結晶体も、FeAl0.25Ga0.75多結晶体を除き、Gaの含有量が多くなるとネルンスト係数|Syx|が増加することがわかる。
【0059】
図15に、FeGaのGaサイトの一部をCuで置換して得られたFeCu1-xGa単結晶体及び多結晶体(0.6<x≦1)のT=300Kでのネルンスト係数を示す。FeCu1-xGa単結晶体も、結晶成長速度20mm/hで作製されたものである。図15より、FeCu1-xGa単結晶体は、Cuの含有量が増えてGaの含有量が減ると、ネルンスト係数|Syx|が減少することがわかる。しかし、x=0.7でも3μV/Kを超えており、実用レベルに達していることがわかる。
【0060】
次に、図16A図20Bを参照し、FeGaにNd、Ho、Y、Tbをドープした実験結果について説明する。
【0061】
図16Aに、Nd0.1Fe2.9Ga及びFeGaのX線回折パターンを示し、図16Bに、Nd0.1Fe2.9GaのT=300Kでの磁化の磁場依存性を示す。図16Aより、Nd0.1Fe2.9Gaは、FeGaとほぼ同様の結晶構造を維持していることがわかる。また、図16Bより、Nd0.1Fe2.9Gaは、500 Oeで飽和磁化4.08μ/F.U.に達し、保磁力がほとんど見られない。
【0062】
図16Cに、FeGa単結晶体及びNd0.1Fe2.9Ga多結晶体のT=300Kでのネルンスト係数の磁場依存性を示す。また、図16Dに、FeGa単結晶体及びNd0.1Fe2.9Ga多結晶体のT=300Kでのホール抵抗率の磁場依存性を示す。図16Cより、Nd0.1Fe2.9Ga多結晶体のネルンスト係数|Syx|は、FeGa単結晶体よりも小さいものの、3μV/Kを超えており、実用レベルに達していることがわかる。また、図16Dより、FeGa単結晶体及びNd0.1Fe2.9Ga多結晶体のホール抵抗率ρyxの磁場依存性は、ほぼ同様の振る舞いを示すことがわかる。
【0063】
図17Aに、Ho0.05Fe2.95Ga及びFeGaのX線回折パターンを示し、図17Bに、Ho0.05Fe2.95GaのT=300Kでの磁化の磁場依存性を示す。図17Aより、Ho0.05Fe2.95Gaは、FeGaとほぼ同様の結晶構造を維持していることがわかる。また、図17Bより、Ho0.05Fe2.95Gaは、2Tで飽和磁化4.8μ/F.U.に達し、保磁力がほとんど見られない。
【0064】
図18Aに、Y0.05Fe2.95Ga及びFeGaのX線回折パターンを示し、図18Bに、Y0.05Fe2.95Gaの磁化の磁場依存性を示す。図18Aより、Y0.05Fe2.95Gaは、FeGaとほぼ同様の結晶構造を維持していることがわかる。また、図18Bより、Y0.05Fe2.95Gaは、500 Oeで飽和磁化3.28μ/F.U.に達し、約20 Oeの保磁力を有することがわかる。
【0065】
図19Aに、モノアーク炉を用いて作製されたTb0.05Fe2.95Gaの磁化の磁場依存性を示し、図19Bに、図19Aの低磁場付近を拡大したグラフを示す。図19A及び図19Bより、Tb0.05Fe2.95Gaは、2Tで飽和磁化7.5μ/F.U.に達し、約40 Oeもの保磁力を有することがわかる。
【0066】
図20Aに、テトラアーク炉を用いて作製されたTb0.03Fe2.97GaのX線回折パターンと、FeGaのX線回折パターンを示し、図20Bに、Tb0.03Fe2.97GaのT=300Kでの磁化の磁場依存性を示す。図20Aより、Tb0.03Fe2.97Gaは、FeGaとほぼ同様の結晶構造を維持していることがわかる。また、図20Bより、Tb0.03Fe2.97Gaは、2Tで飽和磁化6.9μ/F.U.に達し、保磁力がほとんど見られない。
【0067】
なお、図16A図17B及び図19A図20Bでは、FeGaのFeサイトの一部をNd、Ho、又はTbで置換して得られた物質(第3物質)の異常ネルンスト効果を示したが、他のランタノイド(例えば、Gdなど)で置換して得られた他の第3物質においても同様に異常ネルンスト効果を期待することができる。
【0068】
次に、図21A図23Bを参照して、FeGaにB、Mn、又はPtをドープした実験結果について説明する。
【0069】
まず、FeGaにBをドープした実験結果について説明する。図21Aに、FeGa0.80.2、FeGa0.90.1及びFeGaのX線回折パターンを示す。これにより、FeGa0.80.2及びFeGa0.90.1は、FeGaとほぼ同様の結晶構造を維持していることがわかる。また、エネルギー分散型X線分析(EDX)(図示略)より、FeGaの境界付近に添加物であるBが出現していることがわかる。
【0070】
図21Bに、FeGa0.80.2からなる針状試料及び板状試料のそれぞれについて、T=300Kでの磁化の磁場依存性を示す。図21Bに示す針状試料(円柱試料)は、長手方向に磁化されており、長手方向に平行に磁場が印加されたものである。図21Bに示す板状試料は、面内方向に磁化されており、面直方向に磁場が印加されたものである。このように、板状試料では磁化方向と磁場の方向が垂直であるため、磁場の方向に磁化を立ち上げるためには、強い磁場を印加する必要がある。図21Bより、強い磁場を印加すると、板状試料では、磁化が線形にわずかに変化するだけだが、磁場と平行方向に磁化を持つ針状試料では、磁化が大きく変化し、明らかなヒステリシスが現れていることがわかる。
【0071】
図21Cに、針状試料のFeGa0.80.2及びFeGaの磁化の磁場依存性を示す。図21Cに示す針状試料は、長手方向に磁化されており、磁化方向に平行に磁場が印加されたものである。磁化方向と磁場の方向が平行であるため、FeGaもFeGa0.80.2も比較的弱い磁場(それぞれ、約400 Oe、約800 Oe)で磁化が飽和される。図21Cより、FeGa0.80.2ではFeGaよりも明らかなヒステリシスが現れており、FeGaの保磁力が約10 Oeであるのに対し、FeGa0.80.2の保磁力は約35 Oeとなっている。
【0072】
図21Dに、板状試料のFeGa0.80.2及びFeGaの磁化の磁場依存性を示す。図21Dに示す板状試料は、面内方向に磁化されており、面直方向に磁場が印加されたものである。磁化方向と磁場の方向が垂直であるため、面直方向に磁化を立ち上げるために強い磁場が必要となり、FeGaもFeGa0.80.2も、3KOeを超える磁場まで磁化が線形に増加しており、ヒステリシスは弱い。実際、FeGaについては、ほとんど保磁力が見られない。一方、低磁場付近の拡大図(図21Dの挿入図)より、FeGa0.80.2は約35 Oeの保磁力を有する。
【0073】
図21Eに、板状試料のFeGa0.80.2のネルンスト係数の磁場依存性を示し、図21Fに、板状試料のFeGa0.80.2のホール抵抗率の磁場依存性を示す。図21E及び図21Fに示す板状試料は、図21Dと同様に、面内方向に磁化されており、面直方向に磁場が印加されたものである。図21Fにおいて、磁場を-2Tから+2Tまで増加させたときのデータプロットを丸で示し、磁場を+2Tから-2Tまで減少させたときのデータプロットを四角で示している。図21Eより、FeGa0.80.2のネルンスト係数|Syx|は4μV/Kに達しており、FeGa多結晶体のネルンスト係数(4.9μV/K:図14A及び図14B参照)の約80%の値を示していることがわかる。
【0074】
このように、FeGaのGaサイトの一部をBで置換することで、保磁力が増加し、且つネルンスト係数はFeGaの約80%の値を確保することができることから、FeGa0.80.2は、ゼロ磁場で実現可能なサーモパイルの作製に有利であると言える。
【0075】
次に、FeGaにMnをドープした実験結果について説明する。図22Aに、Fe2.9Mn0.1Ga、Fe2.5Mn0.5Ga、FeMnGa及びFeGaのX線回折パターンを示し、図22Bに、針状試料のFe2.9Mn0.1Ga及びFe2.5Mn0.5GaのT=300Kでの磁化の磁場依存性を示す。図22Bに示す針状試料は、長手方向に磁化されており、磁化方向に平行に磁場が印加されたものである。
【0076】
図22Aより、Fe2.9Mn0.1Ga及びFe2.5Mn0.5Gaは、FeGaとほぼ同様の結晶構造を維持していることがわかる。また、図22Bより、Fe2.9Mn0.1Gaは、大きな磁化を示しているものの、ヒステリシスがほとんど見られない。一方、Fe2.5Mn0.5Gaは、小さなヒステリシスを示しており、約10 Oeの保磁力(図21Cに示す針状試料のFeGaの保磁力と同じ)を有するが、Fe2.9Mn0.1Gaに比べると磁化が大幅に抑制されていることがわかる。
【0077】
次に、FeGaにPtをドープした実験結果について説明する。図23Aに、Fe2.9Pt0.1Ga、Fe2.9Pt0.1Ga0.9Ge0.1及びFeGaのX線回折パターンを示し、図23Bに、針状試料のFe2.9Pt0.1Ga及びFe2.9Pt0.1Ga0.9Ge0.1のT=300Kでの磁化の磁場依存性を示す。図23Bに示す針状試料は、長手方向に磁化されており、磁化方向に平行に磁場が印加されたものである。
【0078】
図23Aより、Fe2.9Pt0.1Ga、及びFe2.9Pt0.1Ga0.9Ge0.1は、FeGaとほぼ同様の結晶構造を維持していることがわかる。また、図23Bより、Fe2.9Pt0.1Gaは、ヒステリシスがほとんど見られない。一方、Fe2.9Pt0.1Ga0.9Ge0.1は、小さなヒステリシスを示しており、約8 Oeの保磁力を有する。すなわち、Fe2.9Pt0.1GaのGaサイトの一部をGeで置換したことにより、保磁力が増加していることがわかる。
【0079】
上述のように、FeGaのGaサイトの一部をBで置換したときも保磁力の増加が見られたことから(図21C及び図21D参照)、Gaサイトの置換が磁気的性質に影響を及ぼしていると考えられる。
【0080】
次に、図24図30を参照して、熱電変換素子1が薄膜である場合の実施形態について説明する。以下の実施形態では、熱電変換素子1が、組成式FeXの第1物質又は第1物質からFeとXとの組成比がずれたオフ・ストイキオメトリックな組成の第2物質からなるものとするが、これらに限定されない。
【0081】
まず、薄膜の作製方法について説明する。以下では、スパッタ法で薄膜を作製する例を示すが、薄膜の作製方法は限定されず、例えば、Molecular Beam Epitaxy(MBE)法、Chemical Vapor Deposition(CVD)、Pulsed Laser Deposition(PLD)、めっき法等を採用してもよい。
【0082】
例えば、FeGa薄膜の作製では、まず、DCマグネトロンスパッタ装置で、室温においてFeとGaが3:1の組成からなるターゲットを放電させる過程を経て、FeにGaをドープした薄膜を、[001]配向の酸化マグネシウム(MgO)基板上に作製した。室温成膜したFeGa試料は多結晶薄膜であるが、成膜後に真空を破らず500℃で30分アニールをすることで、[001]配向のエピタキシャル薄膜を作製することができる。このように、FeGa薄膜は、[001]配向のMgO基板上に作製された[001]配向のエピタキシャル薄膜である。
【0083】
また、薄膜の最表面にMgOからなる酸化抑止層が設けられる。なお、酸化防止層としては、MgO以外にもAl、Al、SiO等の一般的な酸化を防ぐキャップ層を採用することができる。なお、薄膜と基板との間のバッファ層や、薄膜の最表面のキャップ層は、必ずしも必要ではない。
【0084】
T/S距離(ターゲットと基板との距離)として、上述の作製方法では、スパッタ装置で15cm~20cmが望ましいが、他の作製方法を用いた場合も、T/S距離として5cm~40cmの範囲とすればよい。
【0085】
強磁性体は、反磁場の影響により、磁化の方向を温度差に対して垂直に揃えることが困難であることから、ゼロ磁場で電圧を得ることが難しい。しかしながら、上述のように薄膜化すると、薄膜の面直方向での反磁場の寄与が大きくなる一方で、面内方向では、反磁場の効力がほぼゼロとなる。これにより、面内方向で磁化が安定化する。
【0086】
次に、図24を参照して、熱電変換素子1としての薄膜試料に対して面内方向に温度勾配をかけるときの異常ネルンスト効果の測定方法を説明する。このような異常ネルンスト効果を測定するため、例えば、図24に示す直方体状の構造体を用いる。図24の構造体では、厚さ500μmのMgO基板上に厚さ50nmの薄膜(FeX薄膜)試料が積層され、薄膜試料上に厚さ5nmのMgOキャップ層が積層されている。この構造体の長手方向の長さは9mm、幅の長さは2mmである。薄膜試料には長手方向に熱電対が設けられており、熱電対の間隔は6mmである。
【0087】
上述のように、薄膜試料は面内方向に磁化している。図24に示すように、薄膜試料に対して面直方向に磁場を印加すると、磁化が面直方向に立ち上がる。薄膜試料に対して長手方向に熱流Qが流れると、温度差ΔT(=T-T)が生じる。これにより、図2と同様、異常ネルンスト効果によって、熱流Qの方向及び磁化の方向(面直方向)の双方に直交する方向に起電力Vyxが発生する。
【0088】
図24に示す薄膜試料がFeGaであるときの異常ネルンスト効果の測定結果(T=300Kでのネルンスト係数の磁場依存性)を図25に示す。図25から、FeGaのネルンスト係数|Syx|が4.0μV/Kを示していることがわかる。
【0089】
図24及び図25では、薄膜試料に対して面内方向に温度勾配をかけた例を示したが、図26に示すように、薄膜試料に対して面直方向に温度勾配をかけたときにも、異常ネルンスト効果を得ることができる。すなわち、熱電変換素子1としての薄膜試料は面内方向(x方向)に磁化しており、この薄膜試料に対して面直方向(z方向)に熱流Qを流すと、熱流Qの方向及び磁化Mの方向の双方に直交する方向(y方向)に起電力Vが発生する。
【0090】
このような異常ネルンスト効果を測定するため、例えば、図27Aに示す構造体を用いる。図27Aの構造体では、Cuからなるヒートシンク上に、厚さ500μmのシリコーンパッドが設けられ、シリコーンパッド上に厚さ500μmのMgO基板が積層され、MgO基板上に厚さ50nmの薄膜試料が積層され、薄膜試料上に厚さ5nmのMgOキャップ層が積層されている。MgOキャップ層の長手方向における両端には電圧端子が設けられており、この電圧端子は、薄膜試料の長手方向における両端部に接続されている。これにより、図27Bに示すように、異常ネルンスト効果によって薄膜試料の長手方向に発生した起電力Vyxを測定することができる。
【0091】
MgOキャップ層上には、厚さ500μmのシリコーンパッドが積層され、このシリコーンパッド上に厚さ1mmの銅プレートが積層され、この銅プレート上に抵抗ヒータ(セラミックヒータ)が設けられている。MgOキャップ層の上端とMgO基板の下端に熱電対が設けられ、この熱電対を用いて、セラミックヒータからの熱流により、MgOキャップ層の上端から薄膜試料を経てMgO基板の下端までに生じた面直方向[00-1]の温度勾配ΔTallを測定することができる。図27A及び図27Bにおいて、薄膜試料の磁化の方向と、印加する磁場の方向[110]は平行である。
【0092】
図27A及び図27Bに示す薄膜試料がFeGaであるときの300Kでの異常ネルンスト効果の測定結果(起電力の磁場依存性)を図28に示す。図28より、薄膜試料FeGaは、バルク試料と異なり、ゼロ磁場においても起電力19.8μVが得られており、飽和磁場での値とほぼ同じであることがわかる。また、薄膜試料FeGaの保磁力は約40 Oeである。
【0093】
この測定において、熱電対により得られた面直方向の温度差はΔTall=1.5Kである。ここで、薄膜試料自体の温度勾配∇Tfilmを正確に見積もることは困難であるため、図25に示した測定結果、すなわち、薄膜試料の面内方向に温度勾配をかけて面直方向に磁場を印加したときの測定結果を適用する。図25に示したFeGaのネルンスト係数(4.0μV/K)が面直方向の∇Tfilmにも適用可能であるとしたときに、50nmの薄膜試料FeGaの面直方向にかかる温度勾配は、0.9K/mmと見積もることができる。
【0094】
上述の薄膜作製方法では、室温成膜後にアニールを行っているが、室温成膜後にアニールを行わずに得られる多結晶又はアモルファスの薄膜においても、以下に示すように、アニールした薄膜試料と同程度の異常ネルンスト効果を得ることができる。
【0095】
アニールを行わない方が薄膜作製が簡単になり、フレキシブルフィルムにも使用可能である。また、上述のエピタキシャル膜の作製には、[001]配向のMgO基板が必要であったが、多結晶膜又はアモルファス膜の作製には、基板は問わない。
【0096】
基板の素材は限定されず、MgO以外で、Si、Al、PET、ポリイミド等が採用可能である。
【0097】
図29Aに、室温成膜後にアニールを行わずにMgO基板上に作製された薄膜試料FeGaに対して、図26に示すように面直方向に温度勾配をかけたときのT=300Kでの異常ネルンスト効果の測定結果(起電力の磁場依存性)を示し、図29Bに、図29Aの低磁場付近を拡大したグラフを示す。図29A及び図29Bにおいても、図27A及び図27Bと同様、薄膜試料FeGaの厚さは50nmであり、熱電対により得られた面直方向の温度勾配はΔTall=1.5K(3K/mm)である。
【0098】
また、図30に、室温成膜後にアニールを行って得られたFeGaのエピタキシャル膜と、室温成膜後にアニールを行わずに得られたFeGaのアモルファス膜のそれぞれについて、面直方向に温度勾配をかけたときの異常ネルンスト効果の測定結果(起電力の磁場依存性)を示す。図30におけるアモルファス膜の測定結果は、図29A及び図29Bに示した測定結果に対応し、図30におけるエピタキシャル膜の測定結果は、図28に示したFeGaの測定結果に対応する。
【0099】
図29A図29B及び図30より、アモルファス膜の起電力は、高磁場下において、エピタキシャル膜の起電力とほぼ同等であり、ゼロ磁場では、エピタキシャル膜の起電力の半分程度となることがわかる。すなわち、室温成膜で作製されたFeGaのアモルファス薄膜試料において、ゼロ磁場で2μV/K程度のネルンスト係数が得られる。
【0100】
なお、上述の実施形態(図24図30)では、薄膜の厚さを50nmとした例を示したが、薄膜の厚さは限定されず、10μm以下、より好ましくは1μm以下であればよい。
【0101】
以上のように、図24図30の実施形態によると、FeGaからなる薄膜を熱電変換素子1として用いていることから、安価な素材で異常ネルンスト効果を得ることができる。また、薄膜化することで、ゼロ磁場でも巨大な異常ネルンスト効果を示す熱電変換素子1を作製することができる。さらに、熱電変換素子1が単結晶体、多結晶体、アモルファスのいずれであっても異常ネルンスト効果を得ることができる。また、室温成膜が可能であることから、熱に弱いフレキシブル基板上にも薄膜を作製することができる。
【符号の説明】
【0102】
1、1A、24、25、32 熱電変換素子
20、20A、30 熱電変換装置
22、22A 基板
23、23A 発電体
31 中空部材
図1
図2
図3
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図12A
図12B
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図13B
図14A
図14B
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図16A
図16B
図16C
図16D
図17A
図17B
図18A
図18B
図19A
図19B
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図20B
図21A
図21B
図21C
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図22A
図22B
図23A
図23B
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図27A
図27B
図28
図29A
図29B
図30