(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178413
(43)【公開日】2024-12-24
(54)【発明の名称】繰糸用繭の調製方法
(51)【国際特許分類】
D01B 7/00 20060101AFI20241217BHJP
D01B 7/04 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
D01B7/00 302Q
D01B7/00 302Z
D01B7/00 302A
D01B7/04 303A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024166832
(22)【出願日】2024-09-26
(62)【分割の表示】P 2022028312の分割
【原出願日】2022-02-25
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊賀 正年
(72)【発明者】
【氏名】小島 桂
(72)【発明者】
【氏名】中島 健一
(57)【要約】 (修正有)
【課題】絹糸に高温加熱処理をする必要がなく、かつ、塩基性溶液を要しない新規な煮繭方法を提供する。
【解決手段】繰糸用繭の調製方法であって、繭を有機溶媒及び/又は有機酸と接触させる接触工程、及び接触後の繭層及び繭腔内に水を浸透させる浸透工程を含み、浸透工程前に、有機溶媒及び/又は有機酸を除去する除去工程をさらに含み、浸透工程が浸漬法で行われ、浸透工程が繭腔内を減圧する繭腔内減圧ステップを含み、浸透工程が低温減圧法、煮繭冷却法及び触蒸法からなる選択される方法で行われる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
繰糸用繭の調製方法であって、
繭を有機溶媒及び/又は有機酸と接触させる接触工程、及び
前記接触後の繭層及び繭腔内に水を浸透させる浸透工程
を含む、前記調製方法。
【請求項2】
前記浸透工程前に、前記有機溶媒及び/又は有機酸を除去する除去工程をさらに含む、請求項1に記載の調製方法。
【請求項3】
前記浸透工程が浸漬法で行われる、請求項1又は2に記載の調製方法。
【請求項4】
前記浸透工程が前記繭腔内を減圧する繭腔内減圧ステップを含む、請求項1又は2に記載の調製方法。
【請求項5】
前記浸透工程が低温減圧法、煮繭冷却法及び触蒸法からなる群から選択される方法で行われる、請求項4に記載の調製方法。
【請求項6】
前記有機溶媒が、低級アルコール、アセトン、N,N-ジメチルホルムアミド、アセトニトリル及び酢酸エチルからなる群から選択される一以上の有機溶媒を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の調製方法。
【請求項7】
前記有機酸が、酢酸及び/又はプロピオン酸を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の調製方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の調製方法によって調製された繰糸用繭。
【請求項9】
生糸の製造方法であって、
請求項1~7のいずれか一項に記載の調製方法で得られた繰糸用繭において索緒を行う、索緒工程、及び
前記索緒工程で得られた糸口に基づいて繰糸を行う、繰糸工程
を含む、前記製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繰糸用繭の調製方法、それにより調製された繰糸用繭、及び生糸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物由来材料の利用は、遺伝子操作やゲノム情報の利用が容易になったことによりさらに注目され、現在も広がりを見せている。その研究開発は、細胞等を用いた医薬品開発のみならず、素材の分野でも活発に行われている。
【0003】
生物由来材料の一つである絹糸はその強度、質感、製法及び加工方法等の観点から、新たな素材開発の基礎として理想的な素材である。事実、絹糸に新たな機能を付与する研究が数多く行われている(特許文献1及び非特許文献1)。
【0004】
従来の絹糸の製法には、乾燥、煮繭及び精練等、加熱を伴う工程がいくつも存在する。近年、絹糸への新たな機能の付与を目的として遺伝子組換え技術により様々なタンパク質の絹糸への付加が検討されるようになってきた。ところが、加熱を伴う工程により付加タンパク質が熱変性し、その機能が失われてしまうという問題が生じている。付加タンパク質を失活させない新たな方法の開発の必要性が高まっている。
【0005】
煮繭とは、糸口の引き出し(索緒)を容易にするために繭を煮る工程である。従来、この工程は熱水で繭を煮ることが必要とされていた。本発明者らは、タンパク質が変性しない比較的低い温度で実施できる方法として、塩基性溶液を使用して60℃程度の低温で繭を処理する方法を開発した(特許文献2)。この方法は、繭を比較的長い時間にわたり塩基性環境に曝露するため、塩基性環境において変性しやすいタンパク質等には向かないという課題があった。そのため、付加された機能性タンパク質を失活させることのない、より低温で実施可能な方法の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2020-70293号公報
【特許文献2】特開2010-95833号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】K. Kojima, et al., Biosci. Biotechnol. Biochem. 71, 2943 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、絹糸に高温加熱処理をする必要がなく、かつ、塩基性溶液を要しない新規な煮繭方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った。その結果、繭を有機溶媒又は有機酸に接触させることにより、これまで開発された方法より低い温度、特に常温において、絹糸に付加されたタンパク質を変性させることなく、繰糸可能な繭の調製が可能であることがわかった。さらに、この方法を機能性領域を含む絹糸に適用した場合、機能性領域の活性が保たれることが明らかとなった。また、有機溶媒又は有機酸への処理により水の浸透が顕著に促進される結果、通常の繭を用いて従来の温度で煮繭を行う場合であっても、従来より短時間で同様の効果が得られることを見出した。本発明は以上の新規な知見に基づくものであり、以下を提供する。
【0010】
(1)繰糸用繭の調製方法であって、繭を有機溶媒及び/又は有機酸と接触させる接触工程、及び前記接触後の繭層及び繭腔内に水を浸透させる浸透工程を含む、前記調製方法。(2)前記浸透工程前に、前記有機溶媒及び/又は有機酸を除去する除去工程をさらに含む、(1)に記載の調製方法。
(3)前記浸透工程が浸漬法で行われる、(1)又は(2)に記載の調製方法。
(4)前記浸透工程が前記繭腔内を減圧する繭腔内減圧ステップを含む、(1)又は(2)に記載の調製方法。
(5)前記浸透工程が低温減圧法、煮繭冷却法及び触蒸法からなる群から選択される方法で行われる、(4)に記載の調製方法。
(6)前記有機溶媒が、低級アルコール、アセトン、N,N-ジメチルホルムアミド、アセトニトリル及び酢酸エチルからなる群から選択される一以上の有機溶媒を含む、(1)~(5)のいずれかに記載の調製方法。
(7)前記有機酸が、酢酸及び/又はプロピオン酸を含む、(1)~(6)のいずれかに記載の調製方法。
(8)(1)~(7)のいずれかに記載の調製方法によって調製された繰糸用繭。
(9)生糸の製造方法であって、(1)~(7)のいずれかに記載の調製方法で得られた繰糸用繭において索緒を行う、前記索緒工程、及び索緒工程で得られた糸口に基づいて繰糸を行う、繰糸工程を含む、前記製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、タンパク質が変性しない温度で繰糸用繭を調製することができる。本発明によれば、短時間で繰糸用繭を調製することができる。また、本発明の製造方法によれば、調製された繰糸用繭から生糸を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】異なる濃度のエタノール水溶液を使用して有機溶媒処理を行った場合の繭の吸水量を示す図である。図中、エラーバーは標準偏差を示す。
【
図2】異なる有機溶媒を使用して有機溶媒処理を行った場合の繭の吸水量を示す図である。図中、エラーバーは標準偏差を示す。
【
図3】機能性領域として蛍光タンパク質のアザミグリーンを含む繭を有機溶媒処理に供した場合の繭の様子を示す図である。図中、上段は明視野での様子を、下段は蛍光観察の様子をそれぞれ示す。繭の配置の順序は、上段と下段で同じである。下段の破線は、対照繭の位置を示す。図中、「-」はアザミグリーン又はエタノール処理を含まないことを、「+」はアザミグリーン又はエタノール処理を含むことをそれぞれ示す。
【
図4】機能性領域として蛍光タンパク質のアザミグリーンを含む繭を通常の煮繭処理に供した場合の繭の様子を示す図である。図中、上段は明視野での様子を、下段は蛍光観察の様子をそれぞれ示す。繭の配置の順序は、上段と下段で同じであり、左が煮繭を行わなかった繭、右が煮繭を行った繭を示す。下段の破線は、煮繭に供した繭の位置を示す。図中、「-」は煮繭処理を含まないことを、「+」はアザミグリーン又は煮繭処理を含むことをそれぞれ示す。
【
図5】機能性領域として蛍光タンパク質のアザミグリーンを含む繭を、酢酸を用いた有機溶媒処理に供した場合の繭の様子を示す図である。図中、上段は明視野での様子を、下段は蛍光観察の様子をそれぞれ示す。繭の配置の順序は、上段と下段で同じであり、左が有機溶媒処理を行わなかった繭、右が有機溶媒処理を行った繭を示す。下段の破線は、有機溶媒処理に供した繭の位置を示す。図中、「-」は有機溶媒処理を含まないことを、「+」はアザミグリーン又は有機溶媒処理を含むことをそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.繰糸用繭の調製方法
1-1.概要
本発明の第1の態様は繰糸用繭の調製方法である。本態様の方法は、接触工程及び浸透工程を必須工程として含む。本態様の方法によれば、より低温で又はより短い時間で繰糸用繭を調製することができる。
【0014】
1-2.定義
「繰糸」とは、索緒された繭の糸口から絹糸を引き出して生糸を生産する工程を指す。 本明細書において「繭」とは、繭層と、成虫、蛹、脱皮殻及び/又は幼虫とで構成されるものを指す。本明細書における繭は、繭層が絹糸によって構成されるものであれば、いずれの絹糸虫が作製する繭も含む。
【0015】
本明細書において「繰糸用繭」とは、索緒により糸口が容易に引き出せるように加工された繭を指す。通常、繰糸用繭は繭腔内に水が満たされ、繰糸の最中に繭自体が引き上げられない構成を有する。
【0016】
本明細書において「繭腔」とは、繭内の空間、すなわち蛹室を指す。例えば、カイコの繭の場合、カイコの幼虫、蛹又は成虫が収容された空間を意味する。
【0017】
本明細書において「繭層」とは、繭において、絹糸により構成される壁部を指す。
「索緒」とは、繭から糸口を探り引き出す工程を指す。通常、索緒箒等で行われるが、本明細書における索緒は、手段を問わず、繰糸用繭から糸口が引き出される任意の工程を含む。
【0018】
本明細書において「糸口」とは、繭から遊離した絹糸の端部を指す。
本明細書において「絹糸」とは、絹糸虫由来の糸であって、絹糸虫の幼虫や成虫が営巣、移動、固定、営繭、餌捕獲等の目的で作製するタンパク質製の糸を指す。本明細書における絹糸は、いずれの絹糸虫に由来するものも含む。
【0019】
本明細書において「絹糸虫」とは、絹糸腺を有し、絹糸を吐糸することのできる昆虫の総称を指す。通常は幼虫期に営巣、営繭又は移動のために吐糸することのできる種を指す。
【0020】
本明細書において「生糸」とは、繭から繰糸された、セリシン等の接着物質が残存している絹糸を指す。本明細書における生糸は、単に繰糸されたもののみならず、合糸及び/又は撚糸されたものを含む。
【0021】
本明細書において「有機溶媒」とは、有機化合物のうち、常温常圧において液体の形態であるものを指す。
【0022】
本明細書において「低級アルコール」とは、炭素数が4以下であり、ヒドロキシ基を有する有機化合物及びその誘導体を指す。本明細書における低級アルコールには、炭素鎖が分岐していない直鎖低級アルコール及び炭素鎖が分岐した分岐鎖低級アルコールのいずれも含む。
【0023】
本明細書において「有機酸」とは、有機化合物のうち、他の化合物にプロトンを供与可能なものを指す。本明細書における有機酸は、主に常温常圧において液体である酸性有機溶媒をいう。
【0024】
「接触」とは、一の物質が他の物質と物理的に直接触れることを指す。
「浸透」とは、物質又は空間の外に存在する液体が、物質の表面又は空間を囲む構造を通過して内部に移動することをいう。例えば、「繭層に浸透する」とは、繭の外の液体が繭層に染み込むことを指し、「繭腔内に浸透する」とは、繭の外の液体が繭層を通過して繭腔内に移動することを指す。
【0025】
「除去」とは、構造物から、構造物に含まれる特定の物質の少なくとも一部を失わせることをいう。本明細書における除去は、特定の物質を能動的に取り除くことも、特定の物質が失い得る状況に置く等して受動的に取り除くことも含む。
【0026】
本明細書において「浸漬」とは、目的の物質の一部又は全部を液体に浸すことを指す。 本明細書において「減圧」とは、気圧又は蒸気圧を低下させることを指す。本明細書における減圧は、気圧又は蒸気圧を直接低下させること、及び温度変化等によってそれらが間接的に低下することのいずれも含む。
【0027】
1-3.構成
本態様の方法は、接触工程及び浸透工程を必須工程として含み、乾燥工程、除去工程及び洗浄工程を任意工程として含む。
【0028】
1-3-1.乾燥工程
「乾燥工程」は、任意工程であり、繭及び/又は繭腔内の蛹を乾燥させ、乾繭を調製する工程である。
【0029】
本工程は、通常、繭腔内の蛹等の死滅、及び/又は長期保存を目的として実施される。そのため、本工程の要否は、使用する繭や保存の要否等の条件を勘案して決定することができる。例えば、繭腔内に蛹を含まない繭を使用する場合や、保存しない場合は、本工程は行わなくてもよい。
【0030】
本工程で使用される乾燥方法は特に限定しないが、例えば、カイコの生繭の乾燥に使用される方法を使用することができる。具体的には、例えば、熱風乾燥等の気熱乾燥、天日干し等の自然乾燥、赤外線による乾燥、容器内で真空ポンプ等を用いて脱気して蒸発させる減圧乾燥、凍結させたまま水分を気化させる凍結乾燥、温風や冷風による風乾法、除湿剤等による除湿乾燥法、電磁波による乾燥又はその組合せ等が挙げられる。いずれの方法も、手動で、又は機械等を用いて自動で行うことができる。
【0031】
乾燥に伴って、繭に追加の処理を施すことができる。例えば、自然乾燥を行う場合、その前後に繭を冷凍又は冷蔵処理してもよい。
【0032】
1-3-2.接触工程
「接触工程」は、必須工程であり、繭を有機溶媒及び/又は有機酸(以下、本明細書において、たびたび「有機溶媒等」と総称する)と接触させる工程である。乾燥工程を行う場合、本工程は、その後に行うことができる。
【0033】
<繭>
本工程で使用される繭は特に限定しない。例えば、その由来する虫、その組成及び種類を目的に応じて任意に選択することができる。
【0034】
繭の由来する絹糸虫は特に限定しないが、好ましくは、多量の絹糸を吐糸できるチョウ目に属する種である。例えば、カイコガ科(Bombycidae)、ヤママユガ科(Saturniidae)、イボタガ科(Brahmaeidae)、オビガ科(Eupterotidae)、カレハガ科(Lasiocampidae)、ミノガ科(Psychidae)、ヒトリガ科(Archtiidae)、ヤガ科(Noctuidae)等に属する種は本明細書の絹糸虫として好ましい。Bombyx属、Samia属、Antheraea属、Saturnia属、Attacus属、Rhodinia属に属する種、具体的には、カイコ(Bombyx mori;家蚕:以下、本明細書においては、カイコの幼虫及び成虫のいずれも「カイコ」と総称する。)、クワコ(Bombyx mandarina)、シンジュサン(Samia cynthia;エリサン(Samia cynthia ricini)及びシンジュサンとエリサンの交配種を含む)、ヤママユガ(Antheraea yamamai)、サクサン(Antheraea pernyi;柞蚕)、ヒメヤママユ(Saturnia japonica)、オオミズアオ(Actias gnoma)等は、特に好ましい。また、それらの遺伝子組換え体及びゲノム編集等による変異体等を使用することができる。本方法に使用される繭は、単一個体に由来してもよく、複数個体に由来するもの、又は複数種に由来するものの混合物でもよい。
【0035】
遺伝子組換え体由来の繭を使用する場合、繭が遺伝子組換え絹糸で構成されていてもよい。
【0036】
本明細書において「遺伝子組換え絹糸」とは、絹糸成分の遺伝子に対して遺伝子組換え操作がされた絹糸を指す。遺伝子組換え絹糸は、絹糸を構成するセリシンやフィブロインが遺伝子改変されている絹糸のみならず、遺伝子組換えによって内部構造が変化した絹糸等、遺伝子組換えによって性質が変化した絹糸を含む。遺伝子組換え絹糸は、例えば、機能性領域を含むことができる。
【0037】
本明細書において「機能性領域」とは、目的の機能を付与するために遺伝子組換えによって絹糸に導入されたタンパク質領域を指す。また、本明細書においては、機能性領域を導入された絹糸を「機能性絹糸」等と呼ぶ。「機能可能」とは、機能性領域が活性を示すことを指す。
【0038】
機能性領域の種類は特に限定せず、任意のタンパク質又はその部分を含む。例えば、酵素、抗体、受容体、リガンド等の結合性タンパク質、神経性ペプチド、ホルモン、蛍光タンパク質、発光タンパク質及びその部分等が挙げられる。
【0039】
例えば、蛍光タンパク質としては、GFP、DsRed、TurboRFP及びその改変体、並びにアザミグリーン等の別の起源を有する各種蛍光タンパク質が挙げられる。
【0040】
機能性領域の数及び種類は特に限定しない。本発明で使用される絹糸は、例えば、1種類の機能性領域を1つ若しくは複数、又は複数種類の機能性領域を複数含むことができる。1つの分子に複数の機能性領域を含む場合、その配置も特に限定しない。例えば、1種類又は複数種類の機能性領域を同じ位置に互いに連結して、又は別の位置に分散して導入することができる。
【0041】
使用する機能性領域はその性質等に応じて適宜選択することができる。例えば、蛍光タンパク質であれば、アザミグリーンはGFPより高い量子収率を有し、同じ強さの励起光からより強い蛍光が得られるが、特に単量体のアザミグリーンはpH安定性に関してGFPに劣る等の性質を有する(Karasawa et al., J. Biol. Chem. 278(36): 34167-71 (2003))。
【0042】
本発明の方法に使用される機能性領域は、熱変性しやすい、及び/又は塩基性条件において変性しやすいタンパク質又はその部分であってもよい。
【0043】
機能性領域の由来は特に限定しない。例えば、その絹糸虫の内因性遺伝子に由来してもよく、外因性遺伝子に由来してもよい。
【0044】
本明細書において「外因性遺伝子」とは、外部から導入される、任意の遺伝子を指す。本明細書における外因性遺伝子は、天然の遺伝子及び人工の遺伝子のいずれも含む。外因性遺伝子の場合、その由来する生物は特に限定しない。外因性遺伝子の種類は特に限定しない。例えば、絹糸に由来しない遺伝子であっても、絹糸に由来する遺伝子であっても、それらを組み合わせた遺伝子であってもよい。
【0045】
遺伝子の導入の方法は特に限定しない。当技術分野において公知の遺伝子組換え技術を使用して導入することができる。
【0046】
本工程で使用される繭に事前に施される処理は特に限定しない。具体的には、例えば、絹糸虫が作製した繭をそのまま、又は本工程に先立って任意に処理して使用することができる。具体的には、例えば、生繭及び生繭を乾燥させた乾繭のいずれも使用することができる。
【0047】
本方法の前に絹糸に施される処理は特に限定しないが、高温加熱処理を行わないことが目的の場合、本工程は高温(例えば、80℃以上)での処理を含まないことが好ましい。
【0048】
<有機溶媒等>
有機溶媒等の温度は特に限定しない。例えば、使用する有機溶媒等の融点以上又は沸点以下の温度とすることができる。具体的には、例えば、-120℃以上、-100℃以上、-90℃以上、-80℃以上、-50℃以上、-30℃以上、-20℃以上、-10℃以上、-5℃以上、-2℃以上、-1℃以上、0℃以上、3℃以上、5℃以上、10℃以上、12℃以上、15℃以上、17℃以上、18℃以上、19℃以上、20℃以上、23℃以上、24℃以上、又は25℃以上である。また、温度の具体的な上限は、例えば、100℃以下、90℃以下、80℃以下、79℃以下、75℃以下、70℃以下、65℃以下、60℃以下、55℃以下、50℃以下、45℃以下、40℃以下、37℃以下、35℃以下、33℃以下、31℃以下又は30℃以下である。温度は、本工程の期間、概ね上記温度範囲内であればよく、一定に保たれる必要はない。必要に応じて、当技術分野において公知の冷凍手段、冷蔵手段、保温手段、加温手段及び/又は加熱手段等を用いて温度の調節をすることができる。
【0049】
有機溶媒等の種類は特に限定しない。水溶性又は非水溶性のいずれの有機溶媒等も使用することができる。
【0050】
本明細書において「水溶性」とは、一気圧かつ20℃における水への溶解度が一定より大きい性質を指す。水溶性有機溶媒等の溶解度は特に限定しないが、例えば、8000mg/Lより大きい。具体的には、例えば、8500mg/L以上、9000mg/L以上、9500mg/L以上、10000mg/L以上、15000mg/L以上、20000mg/L以上、25000mg/L以上、30000mg/L以上、50000mg/L以上、100000mg/L以上、250000mg/L以上、500000mg/L以上又は1000000mg/Lである。「非水溶性」とは、水溶性でない性質を指す。
【0051】
水溶性有機溶媒としては、限定はしないが、例えば、低級アルコール、アセトン、N,N-ジメチルホルムアミド、アセトニトリル、酢酸エチル及びホルムアミド等のカルボン酸誘導体、エチレングリコール及びグリセリン等の多価アルコール、ジエチレングリコール等のその他のアルコール、アルコールエーテル及びアルコールエーテルエステル等のアルコール誘導体、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、ポリエーテル及びラクトン等が挙げられる。
【0052】
非水溶性有機溶媒としては、限定はしないが、例えば、クロロホルム、イソアミルアルコール(イソペンチルアルコールとも呼ばれる)、並びにキシレン、ベンゼン、ヘキサン及びトルエン等の芳香族化合物等が挙げられる。
【0053】
また、有機溶媒等として、例えば、低表面張力溶媒を使用してもよい。低表面張力溶媒とは、純水より表面張力が小さい有機溶媒等を指す。純水の表面張力は20℃において72.75mN/mであることから、低表面張力溶媒の表面張力は、72.75mN/m(20℃)未満であればよい。具体的には、例えば、20℃における表面張力が、72.75mN/m未満、70mN/m未満、65mN/m未満、60mN/m未満、55mN/m未満、50mN/m未満、45mN/m未満、40mN/m未満、又は38mN/m未満のものを使用することができる。
【0054】
有機酸としては、ギ酸、酢酸及びプロピオン酸等の脂肪族カルボン酸、及び安息香酸及びサリチル酸等の芳香族カルボン酸を含むカルボン酸、メタンスルホン酸等のスルホン酸、並びにフェノール及びエノール等の酸性アルコール等が挙げられる。
【0055】
有機溶媒等は純物質でなくてもよい。例えば、水等の無機化合物及び/又はその他の有機溶媒等との混合物を使用することができる。その場合、有機溶媒等の濃度は特に限定しない。例えば、混合物の総体積に対して20体積%以上、30体積%以上、40体積%以上、45体積%以上、50体積%以上、55体積%以上、59体積%以上、60体積%以上、61体積%以上、64体積%以上、65体積%以上、66体積%以上、69体積%以上、70体積%以上、71体積%以上、74体積%以上、75体積%以上、76体積%以上、79体積%以上、80体積%以上、81体積%以上、90体積%以上、又は99.5体積%以上である。濃度は本工程の間概ね上記範囲内にあればよく、一定に保たれる必要はない。また、例えば、本工程の間に有機溶媒等や他の成分が追加されても、溶液が入れ替えられてもよい。
【0056】
本工程において、有機溶媒等は少なくともその一部が液体であればよい。本工程の間、有機溶媒等の全てが液体の形態で維持されている必要はない。例えば、本工程の間にその一部が気化又は凝固していてもよい。例えば、純物質では液体以外の形態だが、他の物質と混合することにより液体となり得る場合は、混合物で使用するのが好ましい場合がある。
【0057】
本発明で使用される有機溶媒等には、必要に応じて任意の他の成分を含めることができる。具体的には、例えば、緩衝剤、pH調整剤、界面活性剤、キレート剤等が挙げられる。
【0058】
有機溶媒等の液量は特に限定しない。例えば、接触を浸漬により行う場合、繭層の重量を1とした場合の液全体の体積を示す浴比で、通常、1:0.5以上、1:1以上、1:1.5以上、1:2以上、1:5以上又は1:10以上の浴比で用いられる。
【0059】
温度等の有機溶媒等の条件は、目的や繭を構成する絹糸の性質等により適宜選択することができる。例えば、有機溶媒等の温度は、使用する有機溶媒等の沸点や融点等の物性によって決定してもよい。また、目的によって条件を選択してもよく、例えば、加熱処理を行わないことが目的の場合には、例えば、80℃未満、60℃未満、常温(15℃以上40℃未満)又は常温以下の温度の有機溶媒等を使用することができ、時間の短縮を目的とする場合には高い温度の有機溶媒等を使用することができる。
【0060】
本工程で使用される有機溶媒等は、本工程の前に調製されても、本工程と同時に調製されてもよい。具体的には、例えば、本工程の間に成分を追加及び/又は更新してもよい。
【0061】
<接触>
固体(繭)と液体(有機溶媒等)が互いに直接接触できればその方法は特に限定しない。本工程では両成分を接触させるため、固体と液体の接触に適した方法が好ましい。具体的には、例えば、繭を有機溶媒等に浸漬させる、繭にそれらを散布、噴射若しくは塗布する又はその組合せ等によって接触させることができる。
【0062】
接触には、例えば、カイコの繭の煮繭又は精練で使用される公知の方法を使用することができる。具体的な方法としては、手動の方法、例えば、繭をそのまま、何かに吊り下げて、若しくは袋等に入れて液体に浸す方法、又は機械を使用して液体を噴射する方法等が挙げられる。吊り下げる方法、袋等に入れる方法、及び噴射する方法は、それぞれ吊練り法、袋練り法及び噴射精練法等の精練に使用される方法に準じて行うことができる。「吊練り法」とは、鍋の上又は中に渡した竿や棒に織物や絹糸を吊るした状態で鍋に入った液体に浸す方法であり、使用するものによって竿練り法や棒練り法等に分けられる。「袋練り法」は、繭や絹糸を木綿袋等の袋に入れて液体に浸す方法である。「噴射精練法」は、液体を機械により絹糸に噴射する方法である。
【0063】
浸漬を使用する方法を用いる場合、繭の全体が一度に液面下にある必要はなく、例えば、位置替え、混和、回転等により、結果として繭の全体が有機溶媒等と接触すればよい。浸漬以外の方法を用いる場合でも、繭の位置替え又は回転等により、繭の全体が有機溶媒等と接触可能となるような操作を行うことが好ましい。
【0064】
接触時間は、有機溶媒等が繭層に浸透可能であれば特に限定しない。例えば、有機溶媒等の温度及び性質等に関連して決定することができる。一般に温度が低いほど時間は長くなり、高いほど短くなる。具体的には、例えば、1秒以上、3秒以上、5秒以上、6秒以上、9秒以上、10秒以上、11秒以上、15秒以上、20秒以上、25秒以上、又は30秒以上である。なお、本工程では有機溶媒等が繭腔内にまで浸透し得る。
【0065】
接触は、複数回行うことができる。その場合、各接触ごとに有機溶媒等の組成、接触時間及び温度等を変更してもよく、前の接触に用いたものをそのまま使用してもよい。
【0066】
1-3-3.除去工程
「除去工程」は、任意工程であり、繭層から有機溶媒及び/又は有機酸を除去する工程である。本工程は、接触工程の後に行うことができる。
【0067】
本工程の要否は、接触工程において使用する有機溶媒等の種類や濃度等の条件を勘案して決定することができる。通常、接触工程で非水溶性有機溶媒等を使用した場合に実施される。なお、接触工程で非水溶性有機溶媒等を含む有機溶媒等を使用した場合であっても、例えば、その種類によっては、又はその有機溶媒等が水溶性有機溶媒等や界面活性剤を含む場合には、本工程を行わなくてよい。
【0068】
本工程で使用される除去方法は特に限定しない。例えば、乾燥、滴下、遠心、吸引、送風又はその組合せ等により行うことができる。
【0069】
乾燥させる場合、その方法は特に限定しないが、例えば、減圧等の乾燥工程で上述した方法を使用することができる。
【0070】
滴下させる場合、重力に従って有機溶媒等を脱落させられる方法であればよく、その方法は特に限定しない。例えば、繭を静置して有機溶媒等を脱落させることができる。この際、繭に回転や振動等の刺激を与えてもよい。
【0071】
遠心する場合、遠心力を利用して有機溶媒等を脱落させられる方法であればよく、その方法は特に限定しない。例えば、手動で、又は遠心機等を使用して自動で行うことができる。
【0072】
吸引する場合、その方法は特に限定しない。例えば、呼吸やシリンジにより手動で、又は吸引機等により行うことができる。
【0073】
送風する場合、風圧を利用して有機溶媒等を脱落させられる方法であればよく、その方法は特に限定しない。例えば、呼吸やうちわにより手動で、又はブロアー等により行うことができる。
【0074】
本工程は複数回行うことができる。その場合、使用する方法及び条件は毎回同じでも、その度に異なってもよい。
【0075】
1-3-4.洗浄工程
「洗浄工程」は、任意工程であり、絹糸を水、水溶液又は他の有機溶媒等に接触させて、繭を洗浄する工程である。本工程は接触工程の後に実施することができる。また、除去工程を行う場合には、除去工程と同時又はその後に行うことができる。特に、本方法が複数の工程を含む場合、その各工程の間に本工程を行うことができる。例えば、乾燥工程を行う場合は乾燥工程と接触工程の間及び/又は接触工程の後に本工程を行ってもよく、接触工程が複数回行われる場合には、その各接触の間に本工程を行ってもよい。
【0076】
本工程に用いる洗浄液は特に限定しないが、例えば、界面活性剤や、トルエン、ベンゼン及びエタノール等の水溶性又は揮発性の有機溶媒等、水等を使用することができる。
【0077】
本工程は複数回行うことができる。その場合、使用する液体の組成及び温度は毎回同じでも、その度に異なってもよい。
【0078】
1-3-5.浸透工程
「浸透工程」は、必須工程であり、接触後の繭層及び繭腔内に水又は水溶液を浸透させる工程である。本工程は、接触工程と同時又はその後、除去工程を行う場合には除去工程と同時又はその後に行うことができる。
【0079】
本工程において使用される水溶液の組成は特に限定しない。例えば、水溶液には、必要に応じて任意の他の成分を含めることができる。具体的には、例えば、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム及び炭酸カルシウム等のアルカリ剤、クエン酸、酢酸及びプロピオン酸等の酸溶液、金属イオン、緩衝剤、pH調整剤、界面活性剤、及びキレート剤等が挙げられる。カイコ繭の煮繭に使用される煮繭用水を使用してもよい。
【0080】
本工程において使用される水及び水溶液の温度は特に限定しない。例えば、有機溶媒等において例示した温度の水(冷水(15℃未満)、常温水(15℃以上40℃未満)、温水(40℃以上80℃未満)及び熱水(80℃以上)を含む)を使用することができる。熱水の温度は特に限定しないが、例えば、80℃以上、85℃以上、90℃以上、93℃以上又は95℃以上である。
【0081】
本工程において使用される方法は特に限定しない。例えば、カイコ繭の通常の煮繭に使用される方法を使用することができる。例えば、本工程は浸漬法によって行うことができる。この方法では、繭を水に一定時間浸漬する。この際の時間は特に限定しない。例えば、30秒以上、1分以上、1分30秒以上、2分以上、5分以上、6分以上、8分以上、10分以上、15分以上、20分以上、30分以上、40分以上、50分以上、60分以上又は90分以上行うことができる。他の条件等は接触工程における浸漬について詳述した内容に準ずる。
【0082】
本工程は繭腔内減圧ステップを含んでもよい。本ステップでは繭腔内が減圧される。本ステップにおける減圧は繭腔内への水の浸透を補助する目的で行われるため、その目的が達成されれば使用される方法や減圧の程度は特に限定しない。
【0083】
具体的な方法としては、例えば、減圧法、冷却法及び触蒸法等が挙げられる。
減圧法は、繭を水又は水溶液に浸漬したまま、繭を含む空間の気圧を減ずる方法である。この方法では、通常、浸漬中に減圧し、減圧状態を一定時間維持した後に、大気圧に復圧する。特に、冷水、常温水又は温水を用いて行う減圧法を低温減圧法と呼び、熱水を用いて行う減圧法を高温減圧法と呼ぶ。
【0084】
気圧の変更手段は特に限定しない。例えば、繭を含む空間(容器内又は部屋の中等)に対して脱気及び/又は送気する方法、又は空間(特に容器内)の容積を変化させる方法等が挙げられる。市販の減圧機等を使用してもよい。
【0085】
減圧の程度は特に限定しない。通常、低真空(105Pa~102Pa程度)にまで減圧される。例えば、減圧の強さを示すゲージ圧が-50mmHg以下、具体的には、-750mmHg~-50mmHg、-700mmHg~-100mmHg、-650mmHg~-200mmHg、又は-600mmHg~-300mmHgであればよい。
【0086】
減圧状態を維持する時間は特に限定しない。例えば、浸漬法において例示した時間維持することができる。
【0087】
減圧状態の維持の後に、通常の気圧(例えば、一気圧)に復圧する。この際、復圧は低速度で行うことが好ましいが、それに限定しない。具体的には、例えば、1秒以上、2秒以上、5秒以上、10秒以上、30秒以上、40秒以上、1分以上又は2分以上かけて復圧が行われる。
【0088】
冷却法は、浸漬に使用する水の温度を変化させる方法である。この方法では、比較的高い温度の水での第1の浸漬の後に、比較的低い温度の水での第2の浸漬を行う。
【0089】
第1及び第2の浸漬の温度差は特に限定しないが、例えば、10℃以上、15℃以上、20℃以上、25℃以上、30℃以上又は35℃以上変化させることができる。それぞれの浸漬の温度は特に限定しないが、例えば、本工程において例示した水の温度から適宜選択することができる。本明細書においては、第1の浸漬に熱水を使用する方法を煮繭冷却法と呼び、第1の浸漬に温水以下の温度の水を使用する方法を低温冷却法と呼ぶ。例えば、煮繭冷却法として、第1の浸漬に熱水を使用し、第2の浸漬に温水を使用することができる。煮繭冷却法において使用される熱水の温度は、例えば、90℃以上又は95℃以上とすることができる。
【0090】
第1及び第2の浸漬を行う時間は特に限定しない。例えば、浸漬法において例示した時間行うことができるが、本発明の方法によれば、通常より短時間で同様の効果を得られる。そのため、各浸漬は、例えば、5分以下、3分以下、2分以下又は1分30秒以下の時間行えば十分である。第1及び第2の浸漬の時間は、同じでも互いに異なってもよい。例えば、第1の浸漬を第2の浸漬より長く行うことができる。
【0091】
触蒸法は、冷却法における第1の浸漬の代わりに繭に高温の水蒸気を当てる方法である。水蒸気の温度は、例えば、冷却法において使用される熱水の温度であればよい。
【0092】
温度差等のその他の条件は冷却法に準ずる。
本工程は煮繭機等の公知の機械を用いて行ってもよい。
【0093】
使用する方法及び条件は、その目的、繭を構成する絹糸の性質又は設備等を勘案して適宜選択することができる。例えば、加熱処理を行わないことが目的の場合には、低温減圧法又は低温冷却法を使用することができ、煮繭時間の短縮を目的とする場合には、高温減圧法、煮繭冷却法又は触蒸法を使用することができる。
【0094】
本工程は複数回行うことができる。その場合、同じ方法及び条件で行っても、その度に使用する方法や条件を変えてもよい。
【0095】
本発明の方法において使用する方法及び条件は、例えば、索緒効率(索緒可能な繭の割合)、解じょ率(一回の切断あたりの繭数)又は吸水量等と関連して決定してもよい。例えば、索緒効率が30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上又は100%となるように決定してもよい。また、例えば、解じょ率が80%以上となるように決定してもよい。
【0096】
繭1つあたりの吸水量は用いる繭により異なるが、通常、1g以上、1.1g以上、1.2g以上、1.3g以上又は1.4g以上となればよく、又は有機溶媒等で処理されていない繭で同じ浸透工程を行った場合と比較して、例えば、1.05倍以上、1.06倍以上、1.075倍以上、1.1倍以上、1.15倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.4倍以上、1.5倍以上又は1.6倍以上となればよい。
【0097】
1-4.効果
本態様の方法によって、低温で、又は短時間で繰糸用繭を調製することができる。この繰糸用繭は、そのまま索緒し繰糸することができる。また、熱変性しやすい、及び/又は塩基性条件下で変性しやすい機能性領域の活性を保持した繰糸用繭を得ることができる。さらに、本態様の方法によれば、通常の煮繭設備をそのまま使用して、より短時間で煮繭を行うことができる。そのため、本発明の方法は様々な目的、例えば、絹糸への負荷の軽減のため、時間の短縮のため、又は製糸費用の削減のため等に使用することができる。
【0098】
また、本態様の方法によってそのまま索緒及び繰糸可能な繭が得られるが、例えば、本方法の浸透工程を行わずに調製された繭を繰糸前浸透用繭として保存又は提供することもできる。この場合、保存又は提供された繰糸前浸透用繭に対して浸透工程を行うことにより、繰糸用繭を調製し、繰糸に供することができる。
【0099】
2.生糸の製造方法
2-1.概要
本発明の第2の態様は生糸の製造方法である。本態様の方法は、索緒工程及び繰糸工程を必須工程として含む。本態様の方法によれば、第1態様で調製された繰糸用繭から生糸を製造できる。
【0100】
2-2.構成
本態様の方法は、索緒工程及び繰糸工程を必須工程として含む。
【0101】
2-2-1.索緒工程
「索緒工程」は、必須工程であり、第1態様で得られた繰糸用繭において索緒を行う工程である。
【0102】
繰糸用繭については、第1態様において詳述したため、ここでの説明は省略する。
本工程で使用する方法及び条件は特に限定しない。例えば、カイコ繭の索緒に通常使用される方法を使用することができる。例えば、繰糸の際に繭を漬けておく水(以下、本明細書において、しばしば「繰糸用水」と称する)中の繭の表面を索緒箒等でこすることにより行ってもよい。繭腔内の水が大量に失われない限り、必ずしも繰糸用繭を水に漬けた状態で本工程を行う必要はない。また、繭表面をこする方法は、糸口を引き出せる限り特に限定しない。
【0103】
繰糸用水の温度や組成は特に限定しないが、例えば、カイコ繭の通常の繰糸に使用される繰糸湯を使用してもよく、第1態様の浸透の項において例示したものを使用してもよい。例えば、本方法を第1態様に記載の方法と連続して行う場合、浸透に使用した水をそのまま繰糸用水として使用してもよいし、本工程で使用した水を本工程の後に交換するか、組成を変更して繰糸工程に使用してもよい。
【0104】
2-2-2.繰糸工程
「繰糸工程」は、必須工程であり、索緒工程で得られた糸口に基づいて繰糸を行う工程である。本工程は、索緒工程と同時又はその後に行うことができる。
【0105】
索緒工程で引き出された糸口のうち、任意の糸口を選択して繰糸を行うことができる。例えば、通常のカイコ繭の製糸方法における抄緒と同様に、糸口をさらに引き出す作業を1本の糸口が残るまで続けることによって行ってもよい。
【0106】
本工程で使用される方法は特に限定しない。例えば、カイコ繭の繰糸に通常使用される方法を使用することができる。また、本工程の主な目的は繭から生糸を製造することであるため、繭から糸を引き出せる方法であれば、本工程に使用することができる。
【0107】
本工程は、手繰り又は座繰りによる手作業で行ってもよく、座繰器又は多条繰糸機を用いた定粒繰糸、又は自動繰糸機を用いた定繊度繰糸で繊度を制御して行ってもよい。
【0108】
必要に応じて、接緒等の糸の不具合への対処、又は合糸及び/又は撚糸等の繊度制御を行うことができる。それらの方法は当技術分野において公知であり、特に限定しない。
【0109】
本方法は、索緒及び繰糸を連続して行うことができる自動繰糸機を用いて、一連の工程として行ってもよい。
【0110】
2-3.生糸の用途
本態様の方法から得られた生糸及び/又はその生糸を精練して得られた練糸から、任意の製品を製造することができる。具体的には、例えば、不織布、充填剤、手術用縫合糸、織物、編み物、楽器用弦等が挙げられる。
【0111】
その際、任意の他の繊維素材等を含んでもよい。特に限定しないが、具体的には、例えば、羊毛等の他の動物繊維及び綿等の植物繊維を含む天然繊維、アセテート等の半合成繊維、レーヨン等の再生繊維、ポリエステル等の合成繊維、又はガラス繊維等の無機繊維が挙げられる。
【0112】
その製品の用途は特に限定しない。例えば、本態様の方法に使用される繰糸用繭が低温で調製された場合、絹糸が熱変性しやすい機能性領域を含む場合であっても、本態様の方法により、その活性を保持した生糸を得ることができる。その場合には、その機能性領域が機能を発揮し得る用途に使用してもよい。
【0113】
第1態様の方法を低温で行い、本態様の方法の後に低温で実施可能な精練方法により精練することによって、絹糸が熱変性しやすい機能性領域を含む場合であっても、機能可能な機能性領域を含む練糸を得ることができる。この場合に使用される精練方法としては、任意の公知の方法を使用することができる。
【実施例0114】
<実施例1.有機溶媒処理による索緒効率の改善>
(目的)
有機溶媒での処理が繭の索緒効率に与える影響を調べる。
【0115】
(方法)
サンプルとしては、ぐんま200のカイコガの乾繭を用いた。
有機溶媒処理は、以下の組成の有機溶媒を使用して、繭を30秒有機溶媒に浸漬することにより行った。
【0116】
有機溶媒としては、エタノールの濃度が20、40、60、80及び99.5体積%であるエタノール水溶液を用いた。対照として、エタノールを含まない水(0体積%エタノール水溶液)を用いた。
【0117】
有機溶媒処理の後、常温水に浸漬し、減圧(ゲージ圧:-600mmHg)下で8分間静置することで繭腔内へ水を浸透させた。
2分間かけて大気圧に復圧した後、索緒箒を用いて繭表面をこすり、糸口を引き出した。
【0118】
索緒効率は、各条件に使用した繭(各10個)のうち、正しい糸口が引き出せた繭の個数の割合として算出した。
【0119】
(結果)
結果を表1に示す。
【0120】
【0121】
表1は、各有機溶媒を使用した場合の索緒効率を示す。索緒効率はエタノールの濃度依存的に増加し、0体積%の対照では索緒効率が20%であったのに対して、40体積%エタノール水溶液では60%、60体積%エタノール水溶液では80%、80体積%エタノール水溶液では100%、99.5体積%エタノール水溶液では100%と優れた索緒効率を示した。
【0122】
繭の様子を観察したところ、対照では、繭層に、水が浸透した(半透明)部分及び浸透していない(白色)部分がまだらに存在した。一方、有機溶媒処理した繭では、繭層が全体にわたって半透明であり、均一に水が浸透していることがわかった。
【0123】
さらに、索緒により引き出された糸口から繰糸を行ったところ、索緒されたいずれの繭からも450m以上の絹糸を繰糸することが可能であった。これは、水繰り系統の選抜基準(大日本蚕糸会シルクだより No.41 p.2-3 (2011年))によれば、いずれも繰糸可能と判断されるものであった。
【0124】
また、日中四元交雑種であるありあけの生繭において上記と同様の処理により繰糸した生糸と、同品種の乾繭において通常の煮繭を行った生糸の物理学的特性を比較した。その結果、強度に関して、前者が4.25±0.10g/d、後者が4.29±0.05g/dとなる等、両者の物理学的特性に大きな違いは見られなかった。
【0125】
以上のことから、有機溶媒処理によって、生糸の物理学的特性に影響を与えることなく、加熱をせずに索緒及び繰糸可能な繭を調製可能であることがわかった。
【0126】
<実施例2.繭層への水の浸透と有機溶媒の濃度の関係>
(目的)
有機溶媒処理が繭層への水の浸透に与える影響と、有機溶媒の濃度と浸透の関係を調べる。
【0127】
(方法)
サンプル及び有機溶媒処理は基本的に実施例1と同様に行った。
吸水量は、復圧後に繭腔内の水を除去した繭の重量から、有機溶媒処理前の繭の重量を差し引くことによって、繭ごとに算出した。ここで、繭腔内の水の除去は、復圧後の繭を水から引き揚げ、再度減圧することにより行った。
各濃度条件において、10個の繭を用いて実験を行った。
【0128】
(結果)
結果を
図1に示す。
図1は、異なる濃度のエタノール水溶液を使用して有機溶媒処理を行った場合の繭(繭層)の吸水量を示すグラフである。繭層の吸水量はエタノール濃度依存的な変化を示し、0体積%の対照と比較して、60体積%エタノール水溶液を使用した場合に顕著に吸水量が増加した。さらに、80体積%以上の濃度ではさらに吸水量が増加し、80体積%及び99.5体積%では吸水量に大きな差は見られなかった。
【0129】
以上のことから、繭層の吸水量が有機溶媒処理によって増加すること、及びその増加が濃度依存的であることがわかった。
【0130】
<実施例3.繭層への水の浸透と有機溶媒等の種類の関係>
(目的)
使用する有機溶媒等の種類を変更して繭層の吸水量を測定し、有機溶媒等の種類と浸透の関係を調べる。
【0131】
(方法)
サンプル及び有機溶媒での処理は基本的に実施例2と同様に行った。
有機溶媒としては、99.5~99.8体積%のエタノール水溶液、メタノール水溶液及び2-プロパノール水溶液を用いた。
各条件において、10個の繭を用いて実験を行った。
【0132】
(結果)
結果を
図2に示す。
図2は、異なる有機溶媒を使用して有機溶媒処理を行った場合の繭層の吸水量を示すグラフである。いずれの有機溶媒を使用した場合でも、1.4g/繭以上の良好な吸水が見られた。また、その吸水量は溶媒の種類によって大きな違いは見られなかった。
【0133】
また、有機溶媒(酢酸エチル、アセトン、N,N-ジメチルホルムアミド及びアセトニトリル)、並びに有機酸(酢酸及びプロピオン酸)については、繭片を用いて簡易的に実施した繭層への浸透試験において、繭層への良好な浸透と水への置換が確認された。
【0134】
有機溶媒としてクロロホルム及びイソペンチルアルコールを使用した場合にも、有機溶媒の繭層への良好な浸透が見られたが、水への置換は困難であり、水溶性有機溶媒(エタノール)等を用いた洗浄によってそれらを除去する必要があった。
【0135】
このことから、有機溶媒であれば、その種類によらずに繭層への水の浸透を促進できることがわかった。
【0136】
<実施例4.有機溶媒への曝露が絹糸中の機能性領域に与える影響>
(目的)
機能性領域を含む繭を有機溶媒に曝露することにより、有機溶媒が機能性領域に与える影響を調べる。
【0137】
(方法)
サンプルとしては、フィブロインH鎖中に機能性領域として緑色蛍光タンパク質を含む絹糸を吐糸するカイコから得られた乾繭を使用した。対照としては、機能性領域を含まない普通品種(品種:日137号×支146号)の乾繭を用いた。
【0138】
緑色蛍光タンパク質としては、GFP又はアザミグリーンと融合したフィブロインを発現するカイコ(バックグラウンド系統 GFP:ぐんま×200;アザミグリーン:日604号×中511号)を使用した。
【0139】
有機溶媒として80体積%エタノール水溶液を用いた。
有機溶媒への曝露は、80体積%エタノール水溶液に30秒間浸漬した後、そこから引き揚げた繭を1日静置して自然乾燥させることにより行った。これにより、繭層及び繭腔内からエタノールが完全に蒸発するまでの間、繭はエタノールに曝露される。
【0140】
また、機能性領域としてアザミグリーンを含む一部の繭においては、有機溶媒処理を行わずに通常の煮繭処理を行った。煮繭処理としては、VP型真空煮繭機(有限会社ハラダ)で常法による煮繭を行った。
【0141】
対照繭、上記曝露処理を行わなかった繭、及び処理を行った繭を明視野で観察した。
また、励起光として青色LEDを用いて、暗所で繭の蛍光を観察した。
【0142】
(結果)
結果を
図3及び
図4に示す。
図3は、機能性領域としてアザミグリーンを含む繭を有機溶媒処理に供した場合の繭の様子を示す図である。エタノールへの曝露処理の有無によらず、見られた蛍光の強さは変わらなかった。
【0143】
一方、
図4に示す通り、煮繭処理を行わなかった場合(
図4左列)と比べ、通常の煮繭処理を行った場合(
図4右列)にはアザミグリーンの蛍光が失われた。
【0144】
機能性領域としてGFPを含む繭を用いた場合も同様に有機溶媒による影響は見られなかった。
【0145】
以上のことから、通常の煮繭によって活性が失われ得る機能性領域を含む繭を用いた場合であっても、その活性を損なうことなく繰糸可能な繭を調製できることがわかった。
【0146】
<実施例5.有機酸処理による機能性領域への影響及び索緒効率の改善>
(目的)
有機酸での処理が絹糸中の機能性領域に与える影響及び繭の索緒効率に与える影響を調べる。
【0147】
(方法)
サンプルとしては、フィブロインH鎖中に機能性領域としてアザミグリーンを含む絹糸を吐糸するカイコから得られた乾繭、及び機能性領域を含まない普通品種(品種:ぐんま200)の乾繭を用いた。
【0148】
有機酸として99.7体積%酢酸水溶液を用いた。
アザミグリーンを含む繭においては、有機溶媒として99.7体積%酢酸水溶液を使用する以外は実施例4と同様に処理を行い、酢酸処理の繭への影響を調べた。
【0149】
普通品種の繭(10個)においては、有機溶媒として99.7体積%酢酸水溶液を使用する以外は実施例1と同様に処理を行い、索緒効率を測定した。
【0150】
(結果)
結果を
図5に示す。
図5は、機能性領域としてアザミグリーンを含む繭を、酢酸を用いた有機酸処理に供した場合の繭の様子を示す図である。酢酸への曝露処理の有無によらず、見られた蛍光の強さは変わらなかった。
【0151】
また、酢酸を用いて有機酸処理を行った場合であっても、80%と優れた索緒効率を示した。
【0152】
以上のことから、有機溶媒として酢酸等の有機酸を用いた場合であっても、機能性領域の活性を損なうことなく繰糸可能な繭を調製できることがわかった。
【0153】
<実施例6.有機溶媒処理を利用した煮繭時間の短縮>
(目的)
有機溶媒処理の後に煮繭冷却法を行った場合に有機溶媒処理が煮繭時間、並びに繰糸効率及び繰製された生糸の物理学的特性に与える影響を調べる。
【0154】
(方法)
サンプルとして、日137号×支146号の乾繭を用いた。
有機溶媒処理は、80体積%エタノール水溶液を有機溶媒として使用して、繭を30秒有機溶媒に浸漬することにより行った。
【0155】
有機溶媒処理を行った繭を95℃に熱した熱水に約90秒間浸漬した後、60℃の温水に移して約60秒間浸漬することにより煮繭冷却法を行った。
【0156】
対照群としては、有機溶媒処理を行わず、VP型真空煮繭機(有限会社ハラダ)で常法による煮繭を行った繭を用いた。
【0157】
各条件で煮繭を行った繭において索緒箒を用いて索緒を行い、繰糸を行った。
解じょ率は、旧繭検定方法(繭検定所運営協議会、1984年)に準じた繰糸試験により算出した。
繰糸によって得られた生糸において物理学的特性の測定を行った。
【0158】
(結果)
結果を表2に示す。
【0159】
【0160】
表2は、有機溶媒処理を用いた短縮煮繭と通常の煮繭を行った繭からの繰糸効率と繰糸により生産(繰製)された生糸の物理学的特性を示す。有機溶媒処理を用いた群においては、煮繭時間が大幅に短い(通常約15分に対し約3分)にもかかわらず、解じょ率及び繭糸長等の繰糸効率は通常の煮繭と大きな違いが見られなかった。また、繰製された生糸の強度及び伸度等の物理学的特性も、同様に煮繭方法によって差は見られなかった。
【0161】
このことから、有機溶媒処理により、繰糸効率及び生糸の物理学的特性を損なうことなく、大幅に短い時間での煮繭が可能であることがわかった。