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特開2024-179333無血清培地中での細胞培養用下地材料
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024179333
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】無血清培地中での細胞培養用下地材料
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20241219BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20241219BHJP
   C12N 5/071 20100101ALN20241219BHJP
   C07K 7/04 20060101ALN20241219BHJP
   C07K 5/04 20060101ALN20241219BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12M1/00 A
C12N5/071
C07K7/04
C07K5/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023098089
(22)【出願日】2023-06-14
(71)【出願人】
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 康平
(72)【発明者】
【氏名】庄子 武明
(72)【発明者】
【氏名】涌井 和也
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029AA27
4B029BB11
4B029CC02
4B029DF10
4B029DG10
4B029GA01
4B029GA08
4B029GB09
4B029GB10
4B065AA93X
4B065AC20
4B065BA30
4B065BB40
4B065BC50
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA12
4H045BA56
4H045EA65
4H045FA20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】細胞凝集塊の量産製造において、生体由来の血清を用いなくても均質で高品質な細胞凝集塊を製造することができる、細胞培養の下地膜を形成するための下地膜形成剤を提供する。
【解決手段】式(I)及び(II):

で表される繰り返し単位を含むポリマーを含む、細胞培養の下地膜形成剤とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)及び(II):
【化1】

[式中、
a1及びUa2は、互いに独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Ra1及びRb1は、互いに独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Ra2は、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基であり、Lは、リンカーであり、Xは、細胞接着性ペプチドの残基である]で表される繰り返し単位を含むポリマーを含む、細胞培養の下地膜形成剤。
【請求項2】
前記ポリマーが、さらに式(III):
【化2】

[式中、
は、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基である]で表される繰り返し単位を含む、請求項1に記載の細胞培養の下地膜形成剤。
【請求項3】
前記ポリマーが、さらに架橋構造を含む、請求項1又は2に記載の細胞培養の下地膜形成剤。
【請求項4】
前記架橋構造が、多官能アクリレート化合物、多官能アクリルアミド化合物、多官能ポリエステル又はイソプレン化合物由来の構造を含む、請求項3に記載の細胞培養の下地膜形成剤。
【請求項5】
前記架橋構造が、下記式(IV)、(V)及び(VI):
【化3】

[式中、
d1及びRd2は、互いに独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Rd3は、互いに独立して、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基であり、n1は1~50の数である]で表される構造からなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項3又は4に記載の細胞培養の下地膜形成剤。
【請求項6】
前記細胞接着ペプチドが、アルギニン-グリシン-アスパラギン酸(RGD)配列を有するペプチドである、請求項1~5のいずれかに記載の細胞培養の下地膜形成剤。
【請求項7】
細胞の付着抑制能を有する基板上に、請求項1~6のいずれかに記載の細胞培養の下地膜形成剤で形成した、細胞培養の下地膜のスポットを備える、細胞凝集塊製造用基板。
【請求項8】
請求項7に記載の細胞凝集塊製造用基板に、細胞を播種する工程を含む、細胞凝集塊の製造方法。
【請求項9】
下記式(IIa′):
【化4】

[式中、Rb11は、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Rb12は、水素原子又はカルボキシル基の保護基であり、Rb13及びRb15は、水素原子又は1級アミノ基の保護基であり、Rb14は、水素原子又は2級アミノ基の保護基であり、mは、1~5の数である]で表される化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無血清培地中での細胞培養の下地膜形成剤、前記下地膜を備える細胞凝集塊製造用基板、及び細胞凝集塊の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養を効率的に行うための下地膜形成剤として、様々な材料が提案されている。
特許文献1には、細胞培養の下地膜として使用するポリマーの製造方法及び細胞培養容器が開示されている。特許文献2には、細胞構造体の製造方法が開示されている。
これらの細胞培養の下地膜は、均質な細胞凝集塊の製造(培養)工程においては、細胞の下地膜への均一な接着のために、生体由来の血清を用いる必要があり、個体差による増殖能力をはじめとする品質のばらつきの問題や、人以外の動物由来血清を用いる場合のアレルギー発生やウイルス混入など安全性のリスクが発生するなどの問題があった。
【0003】
特許文献3には、そのような問題を解消するために、生体由来の血清を用いなくても均質で高品質な細胞凝集塊を製造することができる細胞培養の下地膜、それを形成するための下地膜形成剤、及び細胞凝集塊製造用基板が開示されている。前記下地膜形成剤は、特定の構造を有するポリマー、細胞接着性物質、及び溶媒を含み、これにより形成される下地膜を備える基板は、動物由来血清の有無にかかわらず、均質で高品質な細胞凝集塊の量産化が達成できることが示されているが、下地膜に含まれる細胞接着性物質の溶出が懸念される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2020/040247号
【特許文献2】特開2017-143755号公報
【特許文献3】国際公開第2023/282253号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、先行技術をさらに改良し、細胞凝集塊の量産製造において、生体由来の血清を用いなくても均質で高品質な細胞凝集塊を製造することができ、かつ細胞接着性物質の溶出の懸念のない新たな細胞培養の下地膜、それを形成するための下地膜形成剤及び、細胞凝集塊製造用基板を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下を包含する。
[1] 下記式(I)及び(II):
【化1】

[式中、
a1及びUa2は、互いに独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Ra1及びRb1は、互いに独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Ra2は、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基であり、Lは、リンカーであり、Xは、細胞接着性ペプチドの残基である]で表される繰り返し単位を含むポリマーを含む、細胞培養の下地膜形成剤。
[2] 前記ポリマーが、さらに式(III):
【化2】

[式中、
は、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基である]で表される繰り返し単位を含む、[1]に記載の細胞培養の下地膜形成剤。
[3] 前記ポリマーが、さらに架橋構造を含む、[1]又は[2]に記載の細胞培養の下地膜形成剤。
[4] 前記架橋構造が、多官能アクリレート化合物、多官能アクリルアミド化合物、多官能ポリエステル又はイソプレン化合物由来の構造を含む、[3]に記載の細胞培養の下地膜形成剤。
[5] 前記架橋構造が、下記式(IV)、(V)及び(VI):
【化3】

[式中、
d1及びRd2は、互いに独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Rd3は、互いに独立して、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基であり、n1は1~50の数である]で表される構造からなる群より選択される少なくとも1種を含む、[3]又は[4]に記載の細胞培養の下地膜形成剤。
[6] 前記細胞接着ペプチドが、アルギニン-グリシン-アスパラギン酸(RGD)配列を有するペプチドである、[1]~[5]のいずれかに記載の細胞培養の下地膜形成剤。
[7] 細胞の付着抑制能を有する基板上に、[1]~[6]のいずれかに記載の細胞培養の下地膜形成剤で形成した、細胞培養の下地膜のスポットを備える、細胞凝集塊製造用基板。
[8] [7]に記載の細胞凝集塊製造用基板に、細胞を播種する工程を含む、細胞凝集塊の製造方法。
[9] 下記式(IIa′):
【化4】

[式中、Rb11は、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Rb12は、水素原子又はカルボキシル基の保護基であり、Rb13及びRb15は、水素原子又は1級アミノ基の保護基であり、Rb14は、水素原子又は2級アミノ基の保護基であり、mは、1~5の数である]で表される化合物。
【発明の効果】
【0007】
本発明の細胞培養の下地膜形成剤を用いて形成した細胞培養の下地膜は、動物由来の血清不含培養条件において、前記下地膜に対する細胞の均一な接着を実現できるため、良質な細胞凝集塊を製造できる。また本発明の下地膜では、細胞接着性ペプチドはポリマーに化学結合していることから、下地膜から培養液などへの溶出の懸念がない。これにより前記細胞培養の下地膜形成剤を用いることで、再生医療分野で用いられる均質で高品質な細胞凝集塊の量産化を達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】試験例1のヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞(ADSC)を用いた細胞接着・細胞凝集塊形成確認試験に付された、実施例1~2、比較例1~2で作製した細胞凝集塊製造用基板の様子を、2時間後、6時間後及び26時間後に撮影した実体顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<細胞培養の下地膜形成剤>
本発明の細胞培養の下地膜形成剤は、下記式(I)及び(II):
【化5】

[式中、
a1及びUa2は、互いに独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Ra1及びRb1は、互いに独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Ra2は、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基であり、Lは、リンカーであり、Xは、細胞接着性ペプチドの残基である]で表される繰り返し単位を含むポリマーを含む。
【0010】
(ポリマー)
本発明の細胞培養の下地膜形成剤が含むポリマーは、前記式(I)及び(II)で表される繰り返し単位を含むポリマーである。
【0011】
本発明の細胞培養の下地膜形成剤が含むポリマーの好ましい実施態様は、さらに式(III):
【化6】

[式中、
は、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基である]で表される繰り返し単位を含む。
【0012】
本明細書において、他に定義のない限り、「炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基」としては、例えばメチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、s-ブチル基、t-ブチル基、n-ペンチル基、1-メチルブチル基、2-メチルブチル基、3-メチルブチル基、1,1-ジメチルプロピル基、1,2-ジメチルプロピル基、2,2-ジメチルプロピル基又は1-エチルプロピル基が挙げられる。
【0013】
a1及び、Rb1及びRは、それぞれ独立して、水素原子及びメチル基から選ばれることが好ましい。
a1及びUa2は、それぞれ独立して、水素原子、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基及びn-ブチル基から選ばれることが好ましいが、メチル基又はエチル基であることが好ましく、メチル基が最も好ましい。
【0014】
本明細書において「炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基」は、炭素原子数1~5のアルカンジイル基を意味し、他に定義のない限り、例えばメチレン基、エチレン基、プロピレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基、1-メチルプロピレン基、2-メチルプロピレン基、ジメチルエチレン基、エチルエチレン基、ペンタメチレン基、1-メチル-テトラメチレン基、2-メチル-テトラメチレン基、1,1-ジメチル-トリメチレン基、1,2-ジメチル-トリメチレン基、2,2-ジメチル-トリメチレン基、1-エチル-トリメチレン基等が挙げられる。
【0015】
a2は、エチレン基及びプロピレン基から選ばれることが好ましく、エチレン基が最も好ましい。
【0016】
式(II)においてLは、ポリマーの主鎖と細胞接着性ペプチドを繋ぐリンカーであり、本発明の目的を損なわないものであれば特に限定はない。そのようなリンカーとしては、例えば、オキシアルキレン単位を含む基、ペプチドリンカーなどが挙げられる。
オキシアルキレン単位を含む基は、例えば、下記式:
【化7】

[式中、Rb2は、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基であり、nは、1~100の数である]で表される(ポリ)オキシアルキレン基であるか、あるいは該(ポリ)オキシアルキレン基が、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基、-NRb3-(ここで、Rb3は、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基である)、-O-及び-C(=O)-からなる群より選択される少なくとも1つの基により中断されているか、又はそれらから選択される少なくとも1つの基と該(ポリ)オキシアルキレン基の末端で結合している基である。
b2は、エチレン基又はプロピレン基であるのが好ましく、エチレン基が最も好ましく、またnは、1~100の数であり、1~50の数であるのが好ましく、1~20の数であるのがより好ましく、1~10の数であるのが特に好ましく、1~5の数であるのが最も好ましい。
オキシアルキレン単位を含む基としては、(ポリ)オキシアルキレン基であるか、あるいは該(ポリ)オキシアルキレン基が、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基、-NH-、-O-及び-C(=O)-からなる群より選択される少なくとも1つの基と該(ポリ)オキシアルキレン基の末端で結合している基が好ましく、具体的には、(ポリ)オキシアルキレン基であるか、あるいは(ポリ)オキシアルキレン-NH-基、(ポリ)オキシアルキレン-O-基、(ポリ)オキシアルキレン-C(=O)-基、(ポリ)オキシアルキレン-OC(=O)-基が挙げられる。
【0017】
ペプチドリンカーは、例えば、抗体医薬、抗体-薬物複合体(ADC)、ペプチド-薬物複合体(PDC)などで使用されている、アミノ酸数が5~20の公知のリンカーであれば特に限定はない。そのようなペプチドリンカーとして、具体的には、グリシン-セリン(Gly-Ser:GS)配列を有し、一般に「GSリンカー」と称されるもの、例えばGGGGS(Gly-Gly-Gly-Gly-Ser)GSGSGS(Gly-Ser-Gly-Ser-Gly-Ser)、GGSGGS(Gly-Gly-Ser-Gly-Gly-Ser)又はそれらの繰り返し配列などが挙げられる。
【0018】
式(II)においてXは、細胞接着性ペプチドの残基である。ペプチドの残基とは、ペプチドのN末端又はC末端から反応性原子団(例えば、H又はOH)が脱離することにより形成された基を意味する。
本発明の細胞接着性ペプチドは、細胞の接着、伸展、増殖及び分化を促進することができるものであれば特に限定はなく、例えば、アミノ酸の数が50以下の、生物由来のペプチドや、合成ペプチドなどの公知の物質を使用することができる。そのようなペプチドとして、細胞外マトリックス(ECM)タンパク質など、多くの細胞接着性タンパク質に共通で保存されている、アルギニン-グリシン-アスパラギン酸(Arg-Gly-Asp:RGD)配列を含むものが挙げられる。RGD配列を含むペプチドは、一般に「RGDペプチド」と称され、(株)ペプチド研究所、富士フイルム和光純薬(株)のような試薬供給会社から入手することができる。そのようなペプチドの例としては、RGD(Arg-Gly-Asp)、RGDS(Arg-Gly-Asp-Ser)、GRGDS(Gly-Arg-Gly-Asp-Ser)、GRGDNP(Gly-Arg-Gly-Asp-Asn-Pro)、Cyclo[RGDfK(C)](Cyclo[Arg-Gly-Asp-D-Phe-Lys(Cys)])が挙げられる。
その他の細胞接着性ペプチドとしては、例えばYIGSR(Tyr-Ile-Gly-Ser-Arg)、PHSCN(Pro-His-Ser-Cys-Asn)などが挙げられる。
【0019】
Xは、好ましくはアミノ酸の数が50以下、より好ましくは30以下、さらに好ましくは15以下、特に好ましくは8以下の、RGDペプチドの残基である。
【0020】
前記ポリマー中の式(I)で表される繰り返し単位/式(II)で表される繰り返し単位の割合(モル比)は、99.9/0.1~80/20であり、好ましくは99.5/0.5~90/10であり、より好ましくは99/1~95/5である。本発明では、細胞接着性ペプチドがポリマーに化学結合し、下地膜から培養液などへの溶出の懸念がないことから、式(II)で表される細胞接着性ペプチドを含む繰り返し単位の割合を抑制できる。
【0021】
前記ポリマーが式(III)で表される繰り返し単位を含む場合、前記ポリマー中におけるその割合(モル比)は、50%以下であり、好ましくは30%以下であり、より好ましくは20%以下である。式(III)で表される繰り返し単位をこのような範囲とすることにより、ポリマーのアニオン性による細胞の接着力低下を抑制できる。
【0022】
前記ポリマーは、式(I)で表される繰り返し単位と、式(II)で表される繰り返し単位と、場合により式(III)で表される繰り返し単位を含むものであれば特に限定されず、本発明の目的を損なわない範囲において、式(I)/式(II)/式(III)で表される繰り返し単位以外の他の繰返し単位を含むものであってよい。前記ポリマーは、繰り返し単位として、式(I)/式(II)/式(III)で表される繰り返し単位を合計で、50モル%以上、好ましくは75モル%以上、より好ましくは80モル%以上、さらに好ましくは90モル%以上含むものであってよい。
【0023】
前記ポリマーは、例えば、式(I)/式(II)/式(III)で表される繰り返し単位と、架橋構造とを含むポリマーであってよい。そのようなポリマーの例としては、式(I)/式(II)/式(III)で表される繰り返し単位と共に、さらに2つ以上の炭素-炭素不飽和結合を有するモノマー由来の架橋構造とを含むポリマーが挙げられる。2つ以上の炭素-炭素不飽和結合を有するモノマーとは、具体的には、2つ以上の炭素-炭素二重結合を有するモノマーであり、例えば多官能アクリレート化合物、多官能アクリルアミド化合物、多官能ポリエステル、又はイソプレン化合物などが挙げられる。
【0024】
架橋構造の好ましい例としては、下記式(IV)~(VI):
【化8】

[式中、Rd1及びRd2は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基を表し、Rd3は、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基を表し、n1は、1~50の数を表す]
で表される構造が挙げられる。
【0025】
前記ポリマー中の式(IV)~(VI)で表される架橋構造の割合(モル比)は、好ましくは50%以下であり、より好ましくは30%以下であり、さらに好ましくは20%以下である。式(IV)~(VI)のモル比が50%以下であると、過度な架橋による高分子量化による製造中の固形分のゲル化を抑制でき、製造を容易にできる。
【0026】
d1及びRd2は、それぞれ独立して、水素原子及びメチル基から選ばれることが好ましい。
d3はメチレン基、エチレン基及びプロピレン基から選ばれることが好ましく、エチレン基が最も好ましい。
n1は1~50の数であるが、nは1~30の数であることが好ましく、nは1~10の数であることが好ましい。
【0027】
前記ポリマーの重量平均分子量(Mw)は、20,000~1,000,000であり、50,000~800,000であることが好ましく、100,000~500,000であることがより好ましい。重量平均分子量(Mw)は、例えば後述の実施例に記載のGel Filtration Chromatography(GFC)により求めることができる。
【0028】
本発明のポリマーは、例えば、式(Ia):
【化9】

[式中、Ua1、Ua2、Ra1及びRa2は、前記のとおりである]
で表されるモノマーと、式(IIa):
【化10】

[式中、Rb1、L及びXは、前記のとおりである]
で表されるモノマーとを重合させる工程を含む製造方法により得ることができる。
【0029】
本発明のポリマーは、例えば、前記式(Ia)で表されるモノマーと、前記式(IIa)で表されるモノマーと共に、さらに式(IIIa):
【化11】

[式中、Rは、前記のとおりである]
で表されるモノマーとを重合させる工程を含む製造方法により得ることもできる。
【0030】
前記式(Ia)で表されるモノマーとしては、2-N,N-ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N,N-ジメチルアミノメチル(メタ)アクリレートなどが挙げられ、2-N,N-ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレートが好ましい。
なお本発明において、「(メタ)アクリレート」とは、アクリレート又はメタクリレートを意味し、「(メタ)アクリル酸」とは、アクリル酸又はメタクリル酸を意味する。
【0031】
前記式(IIa)で表される細胞接着性ペプチドを含むモノマーとしては、下記式:
【化12】

[式中、Rb1、L及びRGDペプチドは、前記のとおりである]
で表されるモノマーが挙げられ、下記式:
【化13】

[式中、Rb1及びRGDペプチドは、前記のとおりであり、m1は1~5の数である]
で表されるモノマーが好ましい。例えば、後述の実施例では、下記式:
【化14】

[式中、Rb1は、前記のとおりであり、m1は、1~5であり、好ましくは2~3である]
で表されるRGDペプチドを含むモノマーが用いられる。
【0032】
前記式(IIa)で表される細胞接着性ペプチドを含むモノマーは、ポリマーの製造に供される際、細胞接着性ペプチドの残基Xを構成する各アミノ酸が、保護されたアミノ酸であってもよい。例えば、細胞接着性ペプチドに含まれる各アミノ酸のカルボン酸、1級若しくは2級アミノ基、及び/又はヒドロキシ基等の遊離の反応性官能基が、必要に応じて、任意の保護基で保護される。なお、保護基は、当業者に公知の保護基を用いることができ、その保護及び脱保護は、当業者に公知の保護・脱保護反応を行うことにより実施できる。そのような保護基、並びにその保護及び脱保護は、例えば、プロテクティブ・グループス・イン・オーガニック・シンセシス第4版(Protective Group in Organic Synthesis, Fourth edition)、グリーン(T.W.Greene)著、ジョン・ワイリー・アンド・サンズ・インコーポレイテッド(John Wiley & Sons Inc.)(2006年)などを参照できる。典型的には、RGD配列におけるArgのカルボン酸、Aspの1級アミノ基及び/又は2級アミノ基は、任意の保護基で保護されていてもよい。なおそれらの保護基は、重合反応の後、好ましくは適宜、脱保護される。したがって本発明の下地膜形成剤に配合されるポリマーに含まれる細胞接着性ペプチドは、好ましくは保護基を含まない。
【0033】
したがって、本発明のポリマーの製造方法は、モノマーの重合工程後、必要に応じて、保護基の脱保護工程を含む。
【0034】
前記式(IIIa)で表されるモノマーとしては、(メタ)アクリル酸が挙げられ、メタクリル酸が好ましい。
【0035】
また式(Ia)/式(IIa)/式(IIIa)で表されるモノマーと共に、2つ以上の炭素-炭素二重結合を有するモノマーを重合させることにより、前記架橋構造を本発明のポリマーに導入することができる。2つ以上の炭素-炭素二重結合を有するモノマーの例としては、多官能アクリレート化合物、多官能アクリルアミド化合物、多官能ポリエステル、又はイソプレン化合物が挙げられ、下記式(IVa)、(Va)又は(VIa):
【化15】

[式中、Rd1、Rd2、Rd3及びn1は、式(IV)~(VI)と同義である]で表されるモノマーが挙げられる。
【0036】
なお、前記ポリマー全体に対する式(I)~(VI)で表される繰り返し単位の占めるモル%の値と、その製造工程時のモノマー仕込み量全体に対する式(Ia)~(VIa)で表される各モノマーのモル%の値の差は、0~10モル%である。本発明のポリマーは、モノマー仕込み比と、製造されたポリマーの実測値との差が少なく、0~10モル%であり、さらに好ましくは0~8モル%である。
【0037】
あるいは、本発明のポリマーは、例えば、(i)前記式(Ia)で表されるモノマーと、前記式(IIIa)で表されるモノマーとを重合させ、プレポリマーを得る工程、及び(ii)得られたプレポリマー中の前記式(IIIa)で表されるモノマー由来の単位(すなわち、前記式(III)で表される繰り返し単位)のカルボキシル基の少なくとも一部に、下記式(IIb):
【化16】

[式中、L及びXは、前記のとおりである]
で表される化合物を反応させて、前記式(II)で表される繰り返し単位を形成する工程、を含む製造方法により得ることもできる。
【0038】
前記式(IIb)の化合物は、試薬供給会社から入手できるか、又は試薬供給会社から入手できる試薬を用いて、当業者に公知のペプチド又はその誘導体の合成反応に従い製造できる。例えば、下記式(IIb′):
【化17】

の化合物は、以下のスキーム1~3に従って合成できる。
【0039】
【化18】
【0040】
【化19】
【0041】
【化20】
【0042】
前記スキーム1~3に示した合成手順は例示に過ぎず、当業者は、液相合成及び/又は固相合成などのペプチド又はその誘導体の合成分野の公知の技術を用いることができ、反応順序、保護基、縮合試薬、保護及び脱保護試薬、溶媒などは適宜変更できる。
【0043】
前記式(IIb)の化合物は、前記式(IIa)で表される細胞接着性ペプチドを含むモノマーの製造に用いることもできる。例えば、前記式(IIb)の化合物とアクリル酸化合物:CRb1=CH-COOHをエステル交換反応に付すことにより製造できる。そのようなエステル交換反応は、当業者に公知であり、適宜選択できる。
例えば、前記式(IIa)で表される細胞接着性ペプチドを含むモノマーの一実施態様であって、後述の実施例で用いる保護RGD-AEMA、及びその脱保護体であるRGD-AEMAは、以下のスキーム4に従って、前記式(IIb′)の化合物(スキーム3、化合物7参照)とメタクリル酸とのエステル交換反応及び続く脱保護反応によって合成できる。
【0044】
【化21】
【0045】
本発明の一実施態様は、下記式(IIa′):
【化22】

[式中、Rb11は、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Rb12は、水素原子又はカルボキシル基の保護基であり、Rb13及びRb15は、水素原子又は1級アミノ基の保護基であり、Rb14は、水素原子又は2級アミノ基の保護基であり、mは、1~5の数である]で表される化合物に関する。下記式(IIa′)で表される化合物において、Rb11は、好ましくは水素原子、メチル基又はエチル基であり、より好ましくは水素原子又はメチル基である。本発明の好ましい実施態様は、下記式(IIa′)において、Rb11がメチル基であり、Rb12、Rb13、Rb14及びRb15が保護基であり、mが2である化合物(保護RGD-AEMA)又はRb1がメチル基であり、Rb12、Rb13、Rb14及びRb15が水素原子であり、mが2である化合物(RGD-AEMA)である。本発明のより好ましい実施態様は、下記式(IIa′)において、Rb11がメチル基であり、Rb12がt-ブチル基であり、Rb13、Rb14及びRb15がt-ブトキシカルボニル基であり、mが2である保護RGD-AEMAであるか、又はRb11がメチル基であり、Rb12、Rb13、Rb14及びRb15が水素原子であり、mが2である、RGD-AEMAである。
【0046】
本発明のポリマーを細胞培養の下地膜として利用することで、細胞を接着させた後に剥離させて細胞凝集塊を形成させることが可能である。なお細胞凝集塊とは、細胞が凝集した結果形成する構造体を示し、球状やリング状などのように形状が限定されない。また細胞凝集塊を構成する細胞の種類の数は限定されず、複数の細胞種から構成されていてもよい。細胞凝集塊には、スフェロイド、器官原基、オルガノイドなどの様々な構造体が含まれる。従来の細胞低接着プレート上での非接着培養により作製される細胞凝集塊と比較し、接着面積の規定による細胞凝集塊のサイズ調整(任意の大きさの細胞凝集塊が製造できる)などの点でメリットがある。
国際公開第2020/040247号、国際公開第2021/167042号に記載の全開示は、参照として本願に援用される。
【0047】
(溶媒)
本発明の細胞培養の下地膜形成剤は、好ましくは溶媒を含む。前記溶媒としては、前記ポリマーを溶解できるものであれば限定されないが、水を含む含水溶液であることが好ましい。
含水溶液とは、水、生理食塩水又はリン酸緩衝溶液などの塩含有水溶液、あるいは水又は塩含有水溶液とアルコールとを組み合わせた混合溶媒が挙げられる。アルコールとしては、炭素原子数2~6のアルコール、例えば、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、イソブタノール、t-ブタノール、1-ペンタノール、2-ペンタノール、3-ペンタノール、1-ヘプタノール、2-ヘプタノール、2,2-ジメチル-1-プロパノール(=ネオペンチルアルコール)、2-メチル-1-プロパノール、2-メチル-1-ブタノール、2-メチル-2-ブタノール(=t-アミルアルコール)、3-メチル-1-ブタノール、3-メチル-3-ペンタノール、シクロペンタノール、1-ヘキサノール、2-ヘキサノール、3-ヘキサノール、2,3-ジメチル-2-ブタノール、3,3-ジメチル-1-ブタノール、3,3-ジメチル-2-ブタノール、2-エチル-1-ブタノール、2-メチル-1-ペンタノール、2-メチル-2-ペンタノール、2-メチル-3-ペンタノール、3-メチル-1-ペンタノール、3-メチル-2-ペンタノール、3-メチル-3-ペンタノール、4-メチル-1-ペンタノール、4-メチル-2-ペンタノール、4-メチル-3-ペンタノール及びシクロヘキサノールが挙げられ、単独で又はそれらの組み合わせの混合溶媒を用いてもよい。
含水溶液中の水の含有量は、例えば50質量%~100質量%、80質量%~100質量%、90質量%~100質量%である。
【0048】
さらに下地膜形成剤は、前記ポリマー、細胞接着性物質及び溶媒の他に、必要に応じて得られる下地膜の性能を損ねない範囲で他の物質を添加することもできる。他の物質としては、pH調整剤、架橋剤、防腐剤、界面活性剤、容器又は基板との密着性を高めるプライマー、防カビ剤及び糖類等が挙げられる。
【0049】
(細胞)
本発明における細胞とは、動物又は植物を構成する最も基本的な単位であり、その要素として細胞膜の内部に細胞質と各種の細胞小器官をもつものである。この際、DNAを内包する核は、細胞内部に含まれても含まれなくてもよい。例えば、本発明における動物由来の細胞には、精子や卵子などの生殖細胞、生体を構成する体細胞、幹細胞(多能性幹細胞等)、前駆細胞、生体から分離された癌細胞、生体から分離され不死化能を獲得して体外で安定して維持される細胞(細胞株)、生体から分離され人為的に遺伝子改変が成された細胞、生体から分離され人為的に核が交換された細胞等が含まれる。生体を構成する体細胞の例としては、以下に限定されるものではないが、線維芽細胞、骨髄細胞、Bリンパ球、Tリンパ球、好中球、赤血球、血小板、マクロファージ、単球、骨細胞、骨髄細胞、周皮細胞、樹状細胞、ケラチノサイト、脂肪細胞、間葉細胞、上皮細胞、表皮細胞、内皮細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞、軟骨細胞、卵丘細胞、神経系細胞、グリア細胞、ニューロン、オリゴデンドロサイト、マイクログリア、星状膠細胞、心臓細胞、食道細胞、筋肉細胞(たとえば、平滑筋細胞又は骨格筋細胞)、膵臓ベータ細胞、メラニン細胞、造血前駆細胞(例えば、臍帯血由来のCD34陽性細胞)、及び単核細胞等が含まれる。当該体細胞は、例えば皮膚、腎臓、脾臓、副腎、肝臓、肺、卵巣、膵臓、子宮、胃、結腸、小腸、大腸、膀胱、前立腺、精巣、胸腺、筋肉、結合組織、骨、軟骨、血管組織、血液(臍帯血を含む)、骨髄、心臓、心筋、眼、脳又は神経組織などの任意の組織から採取される細胞が含まれる。さらに当該体細胞は、幹細胞又は前駆細胞から分化誘導された細胞が含まれる。
【0050】
幹細胞とは、自分自身を複製する能力と他の複数系統の細胞に分化する能力を兼ね備えた細胞であり、その例としては、以下に限定されるものではないが、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性腫瘍細胞、胚性生殖幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、筋幹細胞、生殖幹細胞、腸幹細胞、癌幹細胞、毛包幹細胞などが含まれる。多能性幹細胞としては、前記幹細胞のうち、ES細胞、胚性生殖幹細胞、iPS細胞が挙げられる。前駆細胞とは、前記幹細胞から特定の体細胞や生殖細胞に分化する途中の段階にある細胞である。癌細胞とは、体細胞から派生して無限の増殖能を獲得した細胞である。細胞株とは、生体外での人為的な操作により無限の増殖能を獲得した細胞である。これらの中でも、線維芽細胞、幹細胞、幹細胞の中でも多能性幹細胞がより好ましい。
【0051】
<細胞凝集塊製造用基板>
本発明の細胞凝集塊製造用基板は、細胞の付着抑制能を有する基板上に、前記細胞培養の下地膜形成剤で形成した、細胞培養の下地膜のスポットを備える。
本発明の細胞凝集塊製造用基板は、細胞の付着抑制能を有する基板を用いて製造される。前記スポット(下地膜)の形成前に、基板が細胞の付着抑制処理を施されたものであってよい。細胞の付着抑制能を有する基板は、市販の細胞低接着処理済みの細胞培養皿、細胞の付着抑制能を有する細胞培養器等を使用してもよく、例えば特開2008-61609号公報に記載されている細胞培養容器が使用できるが、これに限定されるものではない。また例えば公知の細胞の付着抑制能を有するコーティング膜形成用組成物を塗布する工程を経て製造した基板でもよい。前記コーティング膜形成用組成物は例えば、国際公開第2014/196650号に記載されているコーティング膜形成用組成物が使用できる。前記コーティング膜形成組成物としては、下記式(a)で表される有機基を含む繰り返し単位と、下記式(b)で表される有機基を含む繰り返し単位とを含む共重合体(P):
【化23】

[式中、
a11、Ua12、Ub11、Ub12及びUb13は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基を表し、Anは、ハロゲン化物イオン、無機酸イオン、水酸化物イオン及びイソチオシアネートイオンからなる群から選ばれる陰イオンを表す]
と、溶媒とを含むコーティング膜形成用組成物を容器又は基板の表面に塗布し乾燥する工程を含むことが好ましい。前記コーティング膜は、基板表面の少なくとも一部に含めばよいが、細胞凝集塊を製造する表面(すなわち本発明のスポットが存在する表面)全体に渡って、あるいは基板表面全体に渡って塗布されていることが好ましい。
国際公開第2014/196650号及び国際公開第2016/093293号の全開示は、参照として本願に援用される。
【0052】
前記細胞の付着抑制能を有するとは、例えば国際公開第2016/093293号の実施例に記載した方法で行う蛍光顕微鏡によるコーティング膜無し、又は細胞低吸着処理無しと比較した場合の相対吸光度(WST O.D.450nm)(%)((実施例の吸光度(WST O.D.450nm))/(比較例の吸光度(WST O.D.450nm)))が50%以下、好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下であることを意味する。
【0053】
また、細胞の付着抑制能を有するコーティング膜として、エチレン性不飽和モノマー、又は多糖類若しくはその誘導体が共重合したものを用いてもよい。エチレン性不飽和モノマーの例としては、(メタ)アクリル酸及びそのエステル;酢酸ビニル;ビニルピロリドン;エチレン;ビニルアルコール;並びにそれらの親水性の官能性誘導体からなる群より選択される1種又は2種以上のエチレン性不飽和モノマーを挙げることができる。多糖類又はその誘導体の例としては、ヒドロキシアルキルセルロース(例えば、ヒドロキシエチルセルロース又はヒドロキシプロピルセルロース)等のセルロース系高分子、デンプン、デキストラン、カードランを挙げることができる。
【0054】
親水性の官能性誘導体とは、親水性の官能基又は構造を有するエチレン性不飽和モノマーを指す。親水性の官能性基又は構造の例としては、ベタイン構造;アミド構造;アルキレングリコール残基;アミノ基;並びにスルフィニル基等が挙げられる。
【0055】
ベタイン構造は、第4級アンモニウム型の陽イオン構造と、酸性の陰イオン構造との両性中心を持つ化合物の一価又は二価の基を意味し、例えば、ホスホリルコリン基:
【化24】

を挙げることができる。そのような構造を有するエチレン性不飽和モノマーの例としては、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)等を挙げることができる。
【0056】
アミド構造は、下記式:
【化25】

[ここで、R11、R12及びR13は、互いに独立して、水素原子又は有機基(例えば、メチル基、ヒドロキシメチル基又はヒドロキシエチル基等)である]
で表される基を意味する。そのような構造を有するエチレン性不飽和モノマーの例としては、(メタ)アクリルアミド、N-(ヒドロキシメチル)(メタ)アクリルアミド、N-イソプロピル(メタ)アクリルアミド等を挙げることができる。さらに、そのような構造を有するモノマー又はポリマーは、例えば、特開2010-169604号公報等に開示されている。
【0057】
アルキレングリコール残基は、アルキレングリコール(HO-Alk-OH;ここでAlkは、炭素原子数1~10のアルキレン基である)の片側端末又は両端末の水酸基が他の化合物と縮合反応した後に残るアルキレンオキシ基(-Alk-O-)を意味し、アルキレンオキシ単位が繰り返されるポリ(アルキレンオキシ)基も包含する。そのような構造を有するエチレン性不飽和モノマーの例としては、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、メトキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレート等を挙げることができる。さらに、そのような構造を有するモノマー又はポリマーは、例えば、特開2008-533489号公報等に開示されている。
【0058】
アミノ基は、式:-NH、-NHR14又は-NR1516[ここで、R14、R15及びR16は、互いに独立して、有機基(例えば、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基等)である]で表される基を意味する。本発明におけるアミノ基には、4級化又は塩化されたアミノ基を包含する。そのような構造を有するエチレン性不飽和モノマーの例としては、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、2-(t-ブチルアミノ)エチル(メタ)アクリレート、メタクリロイルコリンクロリド等を挙げることができる。
【0059】
スルフィニル基は、下記式:
【化26】

[ここで、R17は、有機基(例えば、炭素原子数1~10の有機基、好ましくは、1個以上のヒドロキシ基を有する炭素原子数1~10のアルキル基等)である]
で表される基を意味する。そのような構造を有するポリマーとして、特開2014-48278号公報等に開示された共重合体を挙げることができる。
【0060】
さらに細胞の付着抑制能を有するコーティング膜として、リン酸緩衝生理食塩水に溶解しにくい、非水溶性共重合体を使用することができる。
【0061】
本明細書において「水溶性」とは、25℃の水100gに対して1.0g以上溶解可能であることをいう。「非水溶性」とは、「水溶性」に該当しないこと、即ち、25℃の水100gに対する溶解性が1.0g未満であることをいう。したがって、「非水溶性共重合体」とは、25℃の水100gに対する溶解性が1.0g未満である共重合体を意味し、特に25℃のリン酸緩衝生理食塩水100gに対する溶解性が1.0g未満である共重合体を意味する。
【0062】
非水溶性共重合体としては、下記式(A)で表される繰り返し単位(A)、及び下記式(B)で表される繰り返し単位(B)を含む共重合体が挙げられる。
【0063】
【化27】
【0064】
式中、R21~R23は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基を表し、X21及びX22は、それぞれ独立して、単結合、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、又は酸素原子で中断されていてもよい炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基を表す。
【0065】
前記非水溶性共重合体は、2種以上の繰り返し単位(A)を含んでいてもよく、また2種以上の繰り返し単位(B)を含んでいてもよいが、1種類の繰り返し単位(A)及び1種類の繰り返し単位(B)を含むことが好ましい。
【0066】
前記非水溶性共重合体において、R21~R23は、それぞれ独立して、水素原子、メチル基、又はエチル基であることが好ましい。
【0067】
本明細書において、他に定義のない限り、「エステル結合」は、-C(=O)-O-又は-O-C(=O)-を意味し、「エーテル結合」は、-O-を意味し、「アミド結合」は、-NHC(=O)-又は-C(=O)NH-を意味する。
【0068】
本明細書において、他に定義のない限り、「酸素原子で中断されていてもよい炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基」とは、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基であるか、あるいは炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基の1つ又は2以上の炭素-炭素結合間がエーテル結合を介して結合している基を意味する。
前記非水溶性共重合体において、X21及びX22は、それぞれ独立して、メチレン基、エチレン基、又はプロピレン基であるのが好ましい。
【0069】
前記非水溶性共重合体において、R21及びR22が水素原子であり、R23がメチル基であり、X21及びX22が単結合であるのが好ましい。
【0070】
前記非水溶性共重合体における繰り返し単位(A)と繰り返し単位(B)とのモル比率(A:B)は、89:11~50:50である。
前記非水溶性共重合体における、繰り返し単位(A)と繰り返し単位(B)との合計のモル数を100とした場合、繰り返し単位(A)と繰り返し単位(B)とのモル比率(A:B)は、(100-m):mで表すことができる。その場合、mの範囲は、11~50である。そして、mの下限は、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、又は30であってよい。mの上限は、49、48、47、46、45、44、43、42、41、40、38、37、36、又は35であってよい。mの範囲としては、例えば、12~49、12~48、15~48、20~49、20~45、22~49、又は22~45である。
【0071】
前記非水溶性共重合体における全繰り返し単位中の繰り返し単位(A)と繰り返し単位(B)の合計のモル%としては、特に制限されないが、90モル%以上が好ましく、95モル%以上がより好ましく、99.5モル%以上がより一層好ましく、100%が特に好ましい。
【0072】
前記非水溶性共重合体における繰り返し単位(A)と繰り返し単位(B)とのモル比率を特定の範囲とすることで、共重合体を架橋させることなく、リン酸緩衝生理食塩水に溶解しにくいコーティング膜が得られる。よって、前記非水溶性共重合体は、共重合体を架橋させるための感光基を有する必要がない。即ち、前記非水溶性共重合体は感光基を有さないことが好ましい。感光基としては、例えば、アジド基が挙げられる。
このように前記非水溶性共重合体は、共重合体を架橋させるための感光基を有する必要がないため、コーティング膜を形成する際に、共重合体を架橋させるための光照射を行う必要がない。よって、前記非水溶性共重合体の使用は、細胞の付着抑制能を有するコーティング膜を形成する際の工程を簡素にすることができる。
【0073】
前記非水溶性共重合体の粘度平均重合度(以下、単に「重合度」ということがある)は、特に制限されないが、細胞の付着抑制能を好適に得る観点から、200~3,000が好ましく、200~2,500がより好ましく、200~2,000が特に好ましい。
粘度平均重合度は、前記非水溶性共重合体を完全けん化した状態で測定される。
完全けん化して得られるポリビニルアルコールの「粘度平均重合度」は、イオン交換水を溶媒としたオストワルド粘度計により30℃で測定した際の極限粘度[η](g/dL)から、下記式により算出される値である。
【0074】
【数1】

ここで、Pは粘度平均重合度を示す。
粘度平均重合度は、JIS K 6726に従って求めることができる。
【0075】
前記非水溶性共重合体を製造する方法としては、特に制限されないが、例えば、下記式(C)で表される化合物を重合してホモポリマーを製造し、得られたホモポリマーを公知のけん化反応により部分加水分解して、共重合体を得る方法が挙げられる。
【化28】
【0076】
式中、R21、R23、及びX21は前記と同義である。
【0077】
また、前記非水溶性共重合体を製造する方法としては、例えば、下記式(C)で表される化合物と下記式(D)で表される化合物とを共重合して、共重合体を得る方法が挙げられる。
【化29】
【0078】
式中、R21~R23、X21、及びX22は前記と同義である。
【0079】
前記非水溶性共重合体は、ランダムコポリマーであってもよいし、ブロックコポリマーであってもよい。
前記非水溶性共重合体としては、市販品を使用してもよい。共重合体の市販品としては、具体的にはポリ酢酸ビニル(日本酢ビ・ポバール(株)製、商品名JMR-150L(登録商標))が挙げられる。
【0080】
本発明に係る、細胞の付着抑制能を有する基板の製造で用いられるコーティング膜形成用組成物中の膜形成成分における共重合体の含有量としては、特に制限されないが、80質量%以上が好ましく、90質量%以上がより好ましく、95質量%以上が特に好ましい。なお膜形成成分とは、組成物の全成分から溶媒成分を除いた成分を指す。
【0081】
本発明に係る、細胞の付着抑制能を有する基板の製造で用いられるコーティング膜形成用組成物における共重合体の含有量としては、特に制限されないが、所望の厚みのコーティング膜を形成しやすい観点から、0.1~10質量%が好ましく、0.3~8質量%がより好ましく、0.5~5質量%が特に好ましい。また、コーティング膜形成用組成物における共重合体の含有量は、0.02~2質量%であってもよいし、0.05~1質量%であってよい。
【0082】
(スポット)
本発明の細胞凝集塊製造用基板が備える、スポット、好ましくは複数のスポット(下地膜)の総面積の割合、各スポットの直径やスポット中心間の間隔は、用いる細胞や基板の種類、細胞凝集塊の所望のサイズ等に応じて、所定の範囲から適宜選択することができるが、基板の表面積に対するスポットの総面積の割合は、30%以上、40%以上、50%以上であることが好ましく、かつ99%以下であることが好ましく、各スポットの直径は、50~5000μmであり、100~3000μmであることが好ましく、スポット中心間の間隔は、100~6000μmであり、150~4000μmであり、150~300μmであることが好ましい。
【0083】
本発明は、細胞の付着抑制能を有する基板上に、細胞が接着し得る独立したマイクロサイズの領域(スポット)を、高密度で、好ましくは規則的に配することにより、均一なサイズのスフェロイドを一つの基板(容器)で一度に複数形成できる。
前記スポットは、前記下地膜形成剤を塗布することにより形成することができる。下地膜形成剤の塗布の方式としては、例えばインクジェット法、スクリーン印刷法、スリットコート法、ロール・トゥー・ロール法等を用いることが出来るが、好ましくはインクジェット法又はスクリーン印刷等の印刷技術で行われる。
【0084】
別の塗布方法としては、例えば場合によりスポットの非形成箇所を保護した基板を前記下地膜形成剤に浸漬する、下地膜形成剤を場合によりスポットの非形成箇所を保護した基板(容器)に添加し、所定の時間静置する等の方法が用いられるが、基板、一態様として細胞培養容器の場合は、下地膜形成剤を場合によりスポットの非形成箇所を保護した容器に添加し、所定の時間静置する方法によって行われる。添加は、例えば、容器の全容積の0.5~1倍量の下地膜形成剤を、シリンジ等を用いて添加することによって行うことができる。静置は、容器又は基板の材質や細胞培養の下地膜形成剤の種類に応じて、時間や温度を適宜選択して実施されるが、例えば、1分から24時間、好ましくは5分から3時間、10~80℃で実施される。これにより、細胞凝集塊製造用基板を製造することができる。
【0085】
また、かかる方法により得られる基板の表面のスポットは、乾燥工程を経ずにそのまま、あるいは水又は細胞培養に付される試料の媒質(例えば、水、緩衝液、培地等)を用いての洗浄後に、細胞凝集塊製造用基板として使用することができる。
すなわち、前記基板の表面のスポットの形成後、48時間以内、好ましくは24時間以内、さらに好ましくは12時間以内、さらに好ましくは6時間以内、さらに好ましくは3時間以内、さらに好ましくは1時間以内に乾燥工程を経ずにそのまま、あるいは水又は細胞培養に付される試料の媒質(例えば、水、緩衝液、培地等、特に好ましくは培地(例えば、DMEM培地(ダルベッコ改変イーグル培地))を用いての洗浄後に、細胞凝集塊製造用基板として使用することができる。
【0086】
細胞凝集塊製造用基板は、乾燥工程に付してもよい。乾燥工程は、大気下又は真空下にて、好ましくは、温度-200℃~200℃の範囲内で行なう。乾燥工程により、前記下地膜形成剤中の溶媒を取り除くことで、基体へ完全に固着する。
スポットは、例えば室温(10℃~35℃、好ましくは20℃~30℃、例えば25℃)での乾燥でも形成することができるが、より迅速にスポットを形成させるために、例えば40℃~80℃にて乾燥させてもよい。乾燥温度が-200℃未満であると、一般的ではない冷媒を使用しなければならず汎用性に欠けることと、溶媒昇華のために乾燥に長時間を要し効率が悪い。乾燥温度が200℃超であると、ポリマーの熱分解が生じる。より好ましい乾燥温度は10℃~180℃、より好ましい乾燥温度は20℃~150℃である。本発明の細胞凝集塊製造用基板は、以上の簡便な工程を経て製造される。
【0087】
また、スポット(下地膜)に残存する不純物、未固着のポリマー等を無くすために、水及び電解質を含む水溶液から選ばれる少なくとも1種の溶媒で洗浄する工程を実施してもよい。洗浄は、流水洗浄又は超音波洗浄等が望ましい。前記水及び電解質を含む水溶液は例えば40℃~95℃の範囲で加温されたものでもよい。電解質を含む水溶液は、PBS、生理食塩水(塩化ナトリウムのみを含むもの)、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水、トリス緩衝生理食塩水、HEPES緩衝生理食塩水及びベロナール緩衝生理食塩水が好ましく、PBSが特に好ましい。固着後は水、PBS及びアルコール等で洗浄してもコーティング膜は溶出せずに基体に強固に固着したままである。
本発明のスポット(下地膜)の膜厚は、最大膜厚と最小膜厚が1~1000nmの範囲であり、好ましくは5~500nmの範囲である。
【0088】
(基板)
前記下地膜形成剤を基板の表面に塗布し乾燥することにより、本発明の細胞凝集塊製造用基板が製造できる。ここで「表面」とは、細胞又は細胞培養液などの内容物と接する面を指す。
基板表面の形状は、平面であっても凹凸があってもよいが、平面形状であることが好ましい。
【0089】
基板の材質は、例えば、ガラス、金属、金属含有化合物若しくは半金属含有化合物、活性炭又は樹脂を挙げることができる。金属は、典型金属:(アルミニウム族元素:Al、Ga、In;鉄族元素:Fe、Co、Ni;クロム族元素:Cr、Mo、W、U;マンガン族元素:Mn、Re;貴金属:Cu、Ag、Au等が挙げられる。金属含有化合物若しくは半金属含有化合物は、例えば基本成分が金属酸化物で、高温での熱処理によって焼き固めた焼結体であるセラミックス、シリコンのような半導体、金属酸化物若しくは半金属酸化物(シリコン酸化物、アルミナ等)、金属炭化物若しくは半金属炭化物、金属窒化物若しくは半金属窒化物(シリコン窒化物等)、金属ホウ化物若しくは半金属ホウ化物等の無機化合物の成形体等の無機固体材料、アルミニウム、ニッケルチタン、ステンレス(SUS304、SUS316、SUS316L等)が挙げられる。
【0090】
樹脂としては、天然樹脂若しくはその誘導体、又は合成樹脂いずれでもよく、天然樹脂若しくはその誘導体としては、セルロース、三酢酸セルロース(CTA)、ニトロセルロース(NC)、デキストラン硫酸を固定化したセルロース等、合成樹脂としてはポリアクリロニトリル(PAN)、ポリイミド(PI)、ポリエステル系ポリマーアロイ(PEPA)、ポリスチレン(PS)、ポリスルホン(PSF)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリウレタン(PU)、エチレンビニルアルコール(EVAL)、ポリエチレン(PE)、ポリエステル、ポリプロピレン(PP)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリカーボネート(PC)、シクロオレフィンポリマー(COP)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、超高分子量ポリエチレン(UHPE)、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂(ABS)又はテフロン(登録商標)が好ましく用いられる。
【0091】
本発明の細胞凝集塊製造用基板の製造では、下地膜を形成する際に、高温での処理を要しないため、耐熱性が低い樹脂等も適用可能である。
基板の材質は1種類であっても2種類以上の組み合わせであってもよいが、本発明の細胞凝集塊製造用基板は、例えば、細胞培養凝集塊を大量製造するために、該基板がベルトコンベアーのように巻き取り(ロール方式)できるような柔軟性を有する基板であってもよい。前記ロール方式に用いられる基板の材質としては、合成樹脂、天然高分子が挙げられる。
【0092】
又、本発明の基板は、いわゆる細胞培養器で使用される基板であってもよい。細胞の培養に一般的に用いられるペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュなどのシャーレ又はディッシュ、細胞培養フラスコ、スピナーフラスコ、多段フラスコなどのフラスコ、プラスチックバッグ、テフロン(登録商標)バッグ、培養バッグなどのバッグ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレートなどのプレート、チャンバースライド、チューブ、トレイ、ローラーボトルなどのボトル等が挙げられる。
【0093】
<細胞凝集塊の製造方法>
本発明の細胞凝集塊の製造方法は、細胞の付着抑制能を有する基板上に、下記式(I)及び(II):
【化30】

[式中、
a1及びUa2は、互いに独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Ra1及びRb1は、互いに独立して、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキル基であり、Ra2は、炭素原子数1~5の直鎖若しくは分岐アルキレン基であり、Lは、リンカーであり、Xは、細胞接着性ペプチドの残基である]で表される繰り返し単位を含むポリマーを含む、細胞培養の下地膜を形成する工程、次いで細胞を播種し細胞を培養する工程を含む。細胞の播種・培養工程は、特に限定はなく、細胞の種類に応じて適切な公知の方法で行うことができる。細胞の付着抑制能を有する基板、下地膜の形成工程(製造方法)、細胞の詳細は前述の通りである。
本発明の細胞凝集塊の製造方法は、細胞の播種・培養工程を生体由来の血清の存在下又は不在下で行うことができ、特に、培地中の生体由来の血清が低濃度(例えば、5質量%未満、特には3質量%未満)であっても又は不存在であっても、高品質な細胞凝集塊の製造を行うことができる点で優れる。
【実施例0094】
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0095】
<重量平均分子量の測定方法>
下記合成例に示す重量平均分子量はGel Filtration Chromatography(以下、GFCと略称する)による結果である。
(測定条件)
・装置:HLC-8320GPC(東ソー(株)製)
・GFCカラム:TSKgel guardcolumn PWXL-CP + G6000 PWXL-CP + G3000 PWXL-CP
・流速:1.0mL/min
・溶離液:塩含有の水/有機混合溶媒
・カラム温度:40℃
・検出器:RI
・注入濃度:ポリマー固形分0.05質量%
・注入量:100μL
・検量線:三次近似曲線
・標準試料:ポリエチレンオキサイド(Agilent社製)×8種
【0096】
<合成例1>
メタクリル酸2-(ジメチルアミノ)エチル(東京化成工業(株)製)2.01g、メタクリル酸(東京化成工業(株)製)0.13g、エチレングリコールジメタクリレート(東京化成工業(株)製)0.22g、ジメチル 1,1′-アゾビス(1-シクロヘキサンカルボキシレート)(VE-073、富士フイルム和光純薬(株)製)0.02g、下記に示す保護RGD-AEMA(東京化成工業(株)製)0.14g、2-プロパノール6.33gを混合し、リフラックス温度とした2-プロパノール9.47gに対して滴下重合することでポリマーを合成した。反応生成物を貧溶媒であるノルマルヘプタンで再沈殿させ、析出物を濾過により回収し減圧乾燥させた。
得られたポリマー0.20gをTFA/トリイソプロピルピルシラン/水=95/2.5/2.5(v/v/v) 3.00gに溶解させ23℃で2時間反応させることで保護RGD-AEMAユニット中のBoc保護部位を脱保護した。反応生成物を貧溶媒であるメチルtert-ブチルエーテルで再沈殿させ、析出物を濾過により回収し減圧乾燥させた。
GFCによるこのポリマーの重量平均分子量は350,000であった(以下、「合成例ポリマー1」と称す)。H-NMR及び13C-NMR測定の結果、RGD-AEMAの共重合比率は1mol%だった。
【0097】
なお、保護RGD-AEMA及びその脱保護体であるRGD-AEMAの合成は、前記スキーム1~4に従って実施した。
【化31】

1H NMR(270MHz、d6-DMSO, ppm):12.40(1H、br)、8.71-8.69(1H、t、4.6Hz)、8.33(1H、d、7.6Hz)、8.15(2H、br)、7.96(1H、t、5.7Hz)、7.61(1H、br)、7.19(3H、br)、6.03(1H、s)、5.70(1H、s)、4.58-4.50(1H、m)、4.21(2H、t、4.6Hz)、3.87-3.85(3H、m)、3,67―3.35(8H、m)、3.27―3.10(4H、m)2.69-2.43(2H、m)1.88(3H、s)、1.70(2H,m)、1.53(2H、m)
MASS(ESI+)m/z;547(M+H)(546(計算値))
【0098】
【化32】

1H NMR(270MHz、d6-DMSO, ppm):9.06(1H、br)、8.10-8.05(1H、m)、7.85(1H、m)、6.96(1H、d、8.1Hz)、6.01(1H、s)、5.68(1H、s)、4,55(1H、q、5.4Hz)、4.21―4.17(1H、m)、3.92-3.50(8H、m)、3.38(2H、t、5.4Hz)、3.19-3.15(2H、m)、2.63(1H、dd、5.4Hz、16.2Hz)、2.38(1H、dd、8.1Hz,16.2Hz)、1.87(3H、s)、1.47-1.35(m、38H)
MASS(ESI+)m/z;904(M+H)(903(計算値))
【0099】
<比較合成例1>
メタクリル酸2-(ジメチルアミノ)エチル(東京化成工業(株)製)24.00g、メタクリル酸(東京化成工業(株)製)1.46g、エチレングリコールジメタクリレート(東京化成工業(株)製)5.09g、ジメチル 1,1′-アゾビス(1-シクロヘキサンカルボキシレート)(VE-073、富士フイルム和光純薬(株)製)0.31g、2-プロパノール111.09gを混合し、リフラックス温度とした2-プロパノール166.62に対して滴下重合することでポリマーを合成した。反応生成物を貧溶媒であるヘキサンで再沈殿させ、析出物を濾過により回収し減圧乾燥させた。
GFCによるこのポリマーの重量平均分子量は228,000であった(以下、「比較合成例ポリマー1」と称す)。
【0100】
<比較合成例2>
メタクリル酸2-(ジメチルアミノ)エチル(東京化成工業(株)製)2.01g、メタクリル酸(東京化成工業(株)製)0.13g、エチレングリコールジメタクリレート(東京化成工業(株)製)0.22g、ジメチル 1,1′-アゾビス(1-シクロヘキサンカルボキシレート)(VE-073、富士フイルム和光純薬(株)製)0.02g、保護RGD-AEMA(東京化成工業(株)製)、2-プロパノール0.14g、2-プロパノール6.33gを混合し、リフラックス温度とした2-プロパノール9.47gに対して滴下重合することでポリマーを合成した。反応生成物を貧溶媒であるノルマルヘプタンで再沈殿させ、析出物を濾過により回収し減圧乾燥させた。 GFCによるこのポリマーの重量平均分子量は310,000であった(以下、「比較合成例ポリマー2」と称す)。H-NMR及び13C-NMR測定の結果、保護RGD-AEMAの共重合比率は1mol%だった。
【0101】
<調製例1>
ポリ酢酸ビニル(日本酢ビ・ポバール(株)製 JMR-150L(登録商標)(重合度1480、けん化度22.7%))をエタノール/1-メトキシ-2-プロパノール(7/3質量比)で10mg/gの濃度となるように溶解させ、細胞の付着抑制能を有するコーティング膜形成用組成物1を調製した。得られた組成物は透明かつ均一であった。
【0102】
<作製例1>
(細胞の付着抑制能を有する基板の作製)
調製例1のコーティング膜形成用組成物1を、24穴細胞培養プレート(Corning社製、#351147、容積1mL、ポリスチレン製)の各ウェルに100μL/ウェルとなるよう添加し、室温にて3時間静置後、オーブンを用いて70℃で24時間乾燥して、細胞の付着抑制能を有する基板1を作製した。
【0103】
<実施例1>
前記合成例ポリマー1 0.010gに、純水9.99gを加えて十分に攪拌した。前記溶液1.50gに、滅菌水6.00gを加えて十分に攪拌し、下地膜形成剤1を調製した。インクジェット装置((株)マイクロジェット製、型番:LaboJet-600)、及びインクジェットヘッド(型番:IJHBS-1000)を用いて、作製例1で作製した細胞の付着抑制能を有する基板1の培養表面に、下地膜形成剤を適量塗布し、直径400μmのスポットを多数形成した。70℃の恒温乾燥機で1日間乾燥させ、細胞凝集塊製造用基板を調製した。ガンマ線を25kGy照射することで滅菌を行った。
【0104】
<実施例2>
前記合成例1で得られたポリマー0.010gに、純水9.99gを加えて十分に攪拌した。前記溶液1.50gに、滅菌水6.00g、1N水酸化ナトリウム水溶液(関東化学社製)0.49gを加えて十分に攪拌し、下地膜形成剤2を調製した。実施例1と同様にインクジェット装置を用いて下地膜形成剤を塗布して乾燥させ、細胞凝集塊製造用基板を調製した。ガンマ線を25kGy照射することで滅菌を行った。
【0105】
<比較例1>
前記比較合成例ポリマー1 0.010gに、純水9.99gを加えて十分に攪拌した。前記溶液1.20gに、純粋6.81gを加えて十分に攪拌し、下地膜形成剤3を調製した。実施例1と同様にインクジェット装置を用いて下地膜形成剤を塗布して乾燥させ、細胞凝集塊製造用基板を調製した。ガンマ線を25kGy照射することで滅菌を行った。
【0106】
<比較例2>
前記比較合成例ポリマー2 0.010gに、純水9.99gを加えて十分に攪拌した。前記溶液1.50gに、純粋6.00gを加えて十分に攪拌し、下地膜形成剤4を調製した。実施例1と同様にインクジェット装置を用いて下地膜形成剤を塗布して乾燥させ、細胞凝集塊製造用基板を調製した。ガンマ線を25kGy照射することで滅菌を行った。
【0107】
<試験例1:実施例1~2、比較例1~2のヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞を用いた無血清培地での細胞接着、細胞凝集塊形成確認試験>
(細胞の調製)
細胞は、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞(ADSC:セルソース(株)製)を用いた。細胞の培養には、無血清培地Mesenchymal Stem Cell Growth Medium XF(タカラバイオ(株)製)を用いた。細胞は、37℃/COインキュベーター内にて5%二酸化炭素濃度を保った状態で、直径10cmのシャーレ(培地10mL)を用いて2日間以上静置培養した。引き続き、本細胞をPBS溶液(富士フイルム和光純薬(株)製)3mLで洗浄した後、トリプシン-EDTA溶液(PromoCell社製)3mLを添加して室温で3分間静置し細胞を剥離した。無血清培地のMesenchymal Stem Cell Growth Medium DXF培地を7mL添加して細胞を回収した。本懸濁液を遠心分離((株)トミー精工製、型番LC-230、200×g/3分、室温)後、上清を除き、前記の培地を添加して細胞懸濁液を調製した。
【0108】
(細胞接着、細胞凝集塊形成確認試験)
実施例1~2、比較例1~2で作製した細胞凝集塊製造用基板に対して、細胞懸濁液を2.0×10cells/cm2となるように0.35mL加えた。その後、5%二酸化炭素濃度を保った状態で、37℃/COインキュベーター内にて静置した。静置2時間後、6時間後、及び26時間後に実体顕微鏡SZX16(オリンパス(株)製)を用いて接着細胞の様子を観察、撮影した。その結果、実施例1~2では図1に示すように、作製した基板上の下地膜部分への選択的な細胞の接着が確認された。また細胞接着に間隙はなく均一な接着が起きていた。さらに1日後の時点では接着した細胞がシャーレから剥がれて凝集し、均一サイズの細胞凝集塊(スフェロイド)を形成していることが確認された。
一方で比較例1~2については細胞接着に間隙があり、不均一に細胞接着していることが分かった。また1日後には接着しなかった浮遊細胞由来とみられる微小スフェロイドが含まれており、均一スフェロイド形成ができなかった。
前記より下地膜形成剤中に細胞の接着や伸展を促進するRGD含有ポリマーを含有することで、無血清培地での試験においても下地膜上に均一な細胞接着及びその後の均一スフェロイド形成を達成できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明の細胞培養の下地膜形成剤を用いて形成した細胞培養の下地膜は、動物由来の血清含有、不含有いずれの培養条件においても、前記下地膜に対する細胞の均一な接着を実現できるため、良質な細胞凝集塊を製造できる。また本発明の下地膜では、細胞接着性物質はポリマーに化学結合していることから、下地膜から培養液などへの溶出の懸念がない。これにより前記細胞培養の下地膜形成剤を用いることで、再生医療分野で用いられる均質で高品質な細胞凝集塊の量産化を達成できる。
図1