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特開2024-17955光誘起力測定装置、光誘起力顕微鏡及び光誘起力測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024017955
(43)【公開日】2024-02-08
(54)【発明の名称】光誘起力測定装置、光誘起力顕微鏡及び光誘起力測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01Q 60/24 20100101AFI20240201BHJP
【FI】
G01Q60/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022120944
(22)【出願日】2022-07-28
(71)【出願人】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110003753
【氏名又は名称】弁理士法人シエル国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100173646
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 桂子
(72)【発明者】
【氏名】山西 絢介
(72)【発明者】
【氏名】岡本 裕巳
(57)【要約】
【課題】物質のキラリティ及び円偏光に対する応答をナノスケールで観測することが可能な光誘起力測定装置、光誘起力顕微鏡及び光誘起力測定方法を提供する。
【解決手段】試料に右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する円偏光照射部10と、カンチレバーの先端に探針が取り付けられ、この探針の先端が試料2に近接して配置されるプローブ20と、該プローブ20のカンチレバーの変位から、試料2と探針との間に作用する光誘起力を検出する検出部30と、カンチレバーの共振周波数に基づき試料2に照射する円偏光の光強度を調整する照射光制御部40とを少なくとも備える装置1を用いて、試料2の光誘起力測定を行う。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する円偏光照射部と、
カンチレバーの先端に探針が取り付けられ、前記探針の先端が前記試料に近接して配置されるプローブと、
前記カンチレバーの変位から、前記試料と前記探針との間に作用する光誘起力を検出する検出部と、
前記カンチレバーの共振周波数に基づき、前記試料に照射する円偏光の光強度を調整する照射光制御部と、
を有する光誘起力測定装置。
【請求項2】
前記照射光制御部は、カンチレバーの共振周波数をf、任意の変調周波数をfとしたとき、前記試料に照射する円偏光の光強度を(2f+f)の周波数で変調させる請求項1に記載の光誘起力測定装置。
【請求項3】
右円偏光に由来する信号と左円偏光に由来する信号の差分信号を生成する請求項1に記載の光誘起力測定装置。
【請求項4】
前記円偏光照射部は、検出面とは逆の面側から右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する請求項1に記載の光誘起力測定装置。
【請求項5】
試料に右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する円偏光照射部と、
カンチレバーの先端に探針が取り付けられ、前記探針の先端が前記試料に近接して配置されるプローブと、
前記カンチレバーの変位から、前記試料と前記探針との間に作用する光誘起力を検出する検出部と、
前記検出部で得た検出信号に基づき、右円偏光誘起像及び左円偏光誘起像を生成する画像生成部と、
前記カンチレバーの共振周波数に基づき、前記試料に照射する円偏光の光強度を調整する照射光制御部と、
を有する光誘起力顕微鏡。
【請求項6】
前記照射光制御部は、カンチレバーの共振周波数をf、任意の変調周波数をfとしたとき、前記試料に照射する円偏光の光強度を(2f+f)の周波数で変調させる請求項5に記載の光誘起力顕微鏡。
【請求項7】
前記画像生成部では、前記右円偏光誘起像と前記左円偏光誘起像の差分像を生成する請求項5に記載の光誘起力顕微鏡。
【請求項8】
前記円偏光照射部は、検出面とは逆の面側から右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する請求項5に記載の光誘起力顕微鏡。
【請求項9】
前記カンチレバー又は前記試料を走査し、前記試料全体の像を生成する請求項5に記載の光誘起力顕微鏡。
【請求項10】
カンチレバーの先端に探針が取り付けられたプローブを、前記探針の先端が試料に近接するよう配置し、前記試料に右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する円偏光照射工程と、
前記カンチレバーの変位から、前記試料と前記探針との間に作用する光誘起力を検出する検出工程と、
前記カンチレバーの共振周波数に基づき、前記試料に照射する円偏光の光強度を調整する照射光制御工程と、
を有する光誘起力測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光誘起力測定装置、光誘起力顕微鏡及び光誘起力測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
見た目は同じに見えても空間的な位置関係が異なるため、分子の実像は鏡に映った鏡像と重ね合わせることができない構造、所謂キラル構造を有する物質をナノスケールで観測したいというニーズがある。例えば、アルツハイマーの原因物質と考えられているアミロイドβは、キラルな構造を持つ物質の1つである。患者の脳に蓄積するアミロイドβは通常とは異なった構造で蓄積されているため、その構造がアルツハイマー病の発症に深くかかわっていると考えられている。このため、アミロイドβの構造を解析することが、アルツハイマー治療薬の開発を促進すると期待されている。
【0003】
また、アミロイドβの他にキラリティが重要な物質としては化学薬品があり、例えばバルビツール酸誘導体やインダクリノンは、そのキラリティの方向で人体に対して異なる作用を示すことが知られている。このように、物質のキラリティは、生体の理解や創薬に関して重要な特徴であると考えられており、更に、生命科学分野以外でも、例えば磁性材料、高分子材料及び液晶材料などの各種有機・無機材料においてキラリティは重要な特徴とされている。
【0004】
従来、物質のキラリティを観測する手段としては、例えば円二色性(CD:Circular Dichroism)測定が知られている(例えば、特許文献1,2参照)。円二色性は、左円偏光と右円偏光とで吸収が異なる現象であり、左右円偏光の吸収の差で表される。この円二色性は、光学活性を有する物質特有の性質であり、光学活性物質の分析、光学異性体の存在率の測定、生体分子の構造や状態の解析などに利用されている。
【0005】
一方、物質の光応答をナノスケールで観測できる装置として、近年、光誘起力顕微鏡(PiFM:Photo-induced Force Microscopy)が注目されている(特許文献3,4参照)。特許文献3,4に記載されているように、光誘起力顕微鏡は、金属コーティングされた原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscopy)のプローブチップを用いて、AFMプローブチップとチップ頂点の下にあるサンプル間で作用する光誘起力や力の勾配を検出するものである。
【0006】
そして、光誘起力顕微鏡には、「試料内部のシグナルを検出しないため、観測対象の試料の最表面の情報のみ取得することができる」、「サンプルを切片化する必要がないため、ブロック状のサンプルでも空間分解能に影響がない」、「ダイポールフォース(双極子間力)を検出しているため、バックグラウンド光による影響を受けない」といった特徴がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2007/088947号
【特許文献2】特開2017-120255号公報(特許第6784396号)
【特許文献3】国際公開第2018/140982号
【特許文献4】国際公開第2019/034058号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前述した従来の技術には、以下に示す課題がある。先ず、特許文献1に記載の円二色性顕微鏡のような光学顕微鏡方式に基づくキラル分子イメージング法は、回折限界を超えることができないため、ナノスケールで物質のキラリティを測定することは困難である。特許文献2に記載の円偏光照射器を用いれば、円二色性顕微鏡でも300~400nmといったサブμmの空間分解能は実現できるが、シングルナノスケールの空間分解能を実現することは難しい。
【0009】
一方、光誘起力顕微鏡は、物質の局所的な化学組成をナノスケールの空間分解能で測定することが可能であるが、物質のキラリティを測定することはできない。
【0010】
そこで、本発明は、物質のキラリティ及び円偏光に対する応答をナノスケールで観測することが可能な光誘起力測定装置、光誘起力顕微鏡及び光誘起力測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る光誘起力測定装置は、試料に右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する円偏光照射部と、カンチレバーの先端に探針が取り付けられ、前記探針の先端が前記試料に近接して配置されるプローブと、前記カンチレバーの変位から、前記試料と前記探針との間に作用する光誘起力を検出する検出部と、前記カンチレバーの共振周波数に基づき、前記試料に照射する円偏光の光強度を調整する照射光制御部と、を有する。
前記照射光制御部は、例えばカンチレバーの共振周波数をf、任意の変調周波数をfとしたとき、前記試料に照射する円偏光の光強度を(2f+f)の周波数で変調させることができる。
右円偏光に由来する信号と左円偏光に由来する信号の差分信号を生成してもよい。
前記円偏光照射部は、例えば検出面とは逆の面側から右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する。
【0012】
本発明に係る光誘起力顕微鏡は、試料に右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する円偏光照射部と、カンチレバーの先端に探針が取り付けられ、前記探針の先端が前記試料に近接して配置されるプローブと、前記カンチレバーの変位から、前記試料と前記探針との間に作用する光誘起力を検出する検出部と、前記検出部で得た検出信号に基づき、右円偏光誘起像及び左円偏光誘起像を生成する画像生成部と、前記カンチレバーの共振周波数に基づき、前記試料に照射する円偏光の光強度を調整する照射光制御部と、を有する。
前記照射光制御部は、例えばカンチレバーの共振周波数をf、任意の変調周波数をfとしたとき、前記試料に照射する円偏光の光強度を(2f+f)の周波数で変調させることができる。
前記画像生成部では、前記右円偏光誘起像と前記左円偏光誘起像の差分像を生成してもよい。
前記円偏光照射部は、例えば検出面とは逆の面側から右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する。
本発明の光誘起力顕微鏡は、前記カンチレバー又は前記試料を走査し、前記試料全体の像を生成してもよい。
【0013】
本発明に係る光誘起力測定方法は、カンチレバーの先端に探針が取り付けられたプローブを、前記探針の先端が試料に近接するよう配置し、前記試料に右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する円偏光照射工程と、前記カンチレバーの変位から、前記試料と前記探針との間に作用する光誘起力を検出する検出工程と、前記カンチレバーの共振周波数に基づき、前記試料に照射する円偏光の光強度を調整する照射光制御工程と、を行う。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、物質のキラリティや円偏光に対する応答をナノスケールで観測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の第1の実施形態の光誘起力測定装置の構成例を模式的に示す図である。
図2】A,Bはキラル分子に円偏光を照射した際に探針との間に生じる力の関係を示す図であり、Aは右円偏光を照射したときの図、Bは左円偏光を照射したときの図である。
図3】熱膨張の影響を示す図である。
図4】光強度変調を説明する図である。
図5】Aは右旋性試料、Bは原子間力顕微鏡で観察したその凹凸像、Cはその左円偏光誘起像、Dはその右円偏光誘起像である。
図6】Aは左旋性試料、Bは原子間力顕微鏡で観察したその凹凸像、Cはその左円偏光誘起像、Dはその右円偏光誘起像である。
図7図5Cの左円偏光誘起像と図5Dの右円偏光誘起像の差分像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態について、添付の図面を参照して、詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0017】
(第1の実施形態)
先ず、本発明の第1の実施形態に係る光誘起力測定装置について説明する。図1は本実施形態の光誘起力測定装置の構成例を示す模式図である。図1に示すように、本実施形態の光誘起力測定装置1は、円偏光による光誘起力を検出するものであり、円偏光照射部10と、プローブ20と、検出部30と、制御部40を少なくとも備える。
【0018】
[円偏光照射部10]
円偏光照射部10は、例えば試料2の検出面とは逆の面側から、右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射するものであり、例えば光源11と、直線偏光子12、ミラー13,14、1/4波長板15及びレンズ16などの光学素子で成されている。なお、円偏光照射部10は、上記構成に限定されるものではなく、1/4波長板15の代わりに、光弾性変調器(PEM:Photoelastic Modulator)、音響光学変調器(AOM:Acousto-optic Modulator)及び電気光学変調器(EOM:Electro-optic modulator)などの各種変調器を用いて円偏光に変調してもよい。また、円偏光照射部10として、特許第6784396号やPCT/JP2022/005014に記載されている円偏光照射器を用いることもできる。
【0019】
従来の光誘起力測定装置では、直線偏光を用いているため、物質のキラル構造を観測することはできない。そこで、本実施形態の光誘起力測定装置では、試料への照射光として円偏光を用いることとした。例えば観察対象が分子である場合、直線偏光を用いた測定で検出される双極子間力Fdipoleは光応答に関係する試料分極率αに基づくものであるが、円偏光照射による測定では、光応答に関係する試料分極率αに加えて、キラリティ由来の試料分極率χの情報も含む双極子間力Fdipoleを検出することが可能となる。
【0020】
実施形態の光誘起力測定装置1で用いる光源11は、試料の種類や検出光の波長などに応じて適宜選択することができ、例えば固体レーザ、半導体レーザ(LD:laser diode)及び気体レーザなどの各種レーザ、発光ダイオード(LED:Light Emitting Diode)及びスーパールミネッセントダイオード(SLD:Super Luminescent Diode)などの発光素子を用いることができる。ここで、照射光(円偏光)の波長は、特に限定されるものではなく、観測試料(分子)の誘起波長や探針の共鳴波長に応じて適宜設定することができる。
【0021】
[プローブ20]
プローブ20は、光誘起力を検知するものであり、カンチレバー21の先端に探針22が取り付けられた構成となっている。プローブ20の構造や材質は、特に限定されるものではなく、光誘起力顕微鏡などの従来の測定装置で使用されている公知のプローブを用いることができる。プローブ20は、探針22の先端が試料2に近接するよう配置される。これにより、探針22と試料との間に生じた双極子間力によりカンチレバー21が試料に引き寄せられて変位する。
【0022】
また、プローブ20には、例えばカンチレバー21を特定の共振周波数fで振動させるピエゾ素子23が取り付けられている。なお、カンチレバー21の励振方法は、ピエゾ素子23を用いる方法(ピエゾ励振法)に限定されるものではなく、本実施形態の構成を実現でき、本発明の効果に影響しない手法であれば、ピエゾ素子23以外のものを用いて励振してもよい。
【0023】
[検出部30]
検出部30は、プローブ20のカンチレバー21の変位を検知し、試料2と探針22との間に作用する光誘起力を検出するものである。カンチレバー21の動きは、例えばカンチレバー21にレーザ光を照射し、その反射光を4分割フォトダイオード(QPD:Quadrant Photo-Diode)39で検出することで検知することができる。
【0024】
図2A,Bはキラル分子に円偏光を照射した際に探針22との間に生じる力の関係を示す図であり、図2Aは右円偏光を照射したときの図、図2Bは左円偏光を照射したときの図である。図2A、Bに示すように、例えばキラル分子2aと探針22との間に生じる双極子間力は、右偏光を照射したときと左偏光を照射したときで異なる。このため、左右円偏光で双極子間力の差を検出することにより、キラル分子2aのキラリティを観測することができる。
【0025】
ここで、検出部30の構成は、特に限定されるものではないが、カンチレバー21にレーザ光を照射する光学系は、例えば、半導体レーザ(LD:laser diode)などのレーザ発振器31aと、レンズ32、ミラー33a,33b、ビームスプリッター34a,34b、1/4波長板35、レンズ36などの光学素子が、この順に配置された構成とすることができる。
【0026】
一方、カンチレバー21からの反射光を検出する光学系は、例えば、レンズ36、1/4波長板35、ビームスプリッター34b、ロングパスフィルタ37、ミラー38、4分割フォトダイオード(QPD)39などの光学素子が、この順に配置された構成とすることができる。なお、反射光検出のための光学系は、カンチレバー21で反射した光のみ検出する構成であればよく、例えばロングパスフィルタ37に代えてショートパスフィルタ、バンドパスフィルタ又はノッチフィルタなどを用いてもよい。
【0027】
また、カンチレバー21の変位を検知する方法も、図1に示すQPDを用いる方法に限定されるものではなく、例えばカンチレバー21の背面に光ファイバーとフォトディテクターを配置する光干渉方式によって検出する方法、或いは、Qプラスセンサーを用いて検出する方法などを適用してもよい。
【0028】
[制御部40]
制御部40は、カンチレバー21の共振周波数fに基づき、試料に照射する円偏光の光強度を調整するものである。図3は熱膨張の影響を示す図であり、図4は光強度変調を説明する図である。本発明者は、従来の光誘起力測定装置では、図3に示すように「双極子間力」だけでなく、光照射により探針22と試料2とのに生じる「熱膨張による力」を合わせて検出しており、双極子間力の検出精度が十分には得られていないことを知見した。
【0029】
そこで、図4に示すように、本実施形態の光誘起力測定装置1では、カンチレバー21の共振周波数fに基づき、試料に照射する円偏光の光強度を(2f+f)の周波数で変調させる。ここで、fは任意の変調周波数である。これにより、熱膨張の力の検出信号への影響が抑制され、双極子間力の検出感度が相対的に高まるため、光誘起力の検出精度を向上させることができる。
【0030】
また、光誘起力測定装置1における検出信号は、光誘起力(極子間力)及び光熱膨張による力と、カンチレバー21の振動が結合した力として、周波数(f+f)で表される。そして、カンチレバー21を周波数(2f+f)でも駆動することにより、光熱振動をキャンセルすることができる。
【0031】
制御部40では、前述した照射光である円偏光の変調の他、例えばカンチレバー21の振動制御、右円偏光に由来する信号と左円偏光に由来する信号の差分をとる(差分信号を生成する)といった検出信号の処理、及び探針22と試料2の間の距離の制御などを行ってもよい。具体的には、制御部40に、円偏光を変調させるための信号を生成する回路(PLL回路、ダブラー回路、サイドバンド生成回路など)と併せて、カンチレバー21の振動を制御するための信号を生成する回路(PLL回路、AGG回路、PID回路など)や検出信号を処理するための回路を設けてもよい。
【0032】
なお、前述したカンチレバー21の振動制御、検出信号の処理及び探針22と試料2の間の距離の制御は、制御部40で行ってもよいが、それぞれ個別の制御部や処理部を設けてもよい。その場合、制御部40は、試料に照射する円偏光の変調のみ実行する。
【0033】
[固体撮像素子50]
本実施形態の光誘起力測定装置1は、前述した各構成に加えて、電荷結合素子(CCD:Charge Coupled Device)などの固体撮像素子50が設けられていてもよい。固体撮像素子50は、例えば、円偏光の照射位置及び探針22の位置から、試料2の検出面とは逆の面側から照射された円偏光のスポットに探針2の先端が配置されているか確認するために用いられる。また、試料2の特定の領域を観測したい場合に、試料2の位置を確認するために用いることもできる。
【0034】
[動作]
次に、本実施形態の光誘起力測定装置1の動作、即ち、光誘起力測定装置1を用いて物質のキラリティを観測する方法について説明する。本実施形態の光誘起力測定装置1により測定される試料2としては、例えば、たんぱく質などの生体分子、ナノ構造体、磁性材料、高分子材料、液晶及びキラルな有機分子が挙げられる。
【0035】
本実施形態の光誘起力測定方法では、カンチレバー21の先端に探針22が取り付けられたプローブ20を、探針21の先端が試料2に近接するよう配置し、試料2の例えば検出面とは逆の面側から、右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する(円偏光照射工程)。具体的には、円偏光照射部10の光源11から例えばレーザ光を出射し、その光を直線偏光子12、ミラー13及びミラー14を経て、1/4波長板15で円偏光に変換し、レンズ16で集光して、試料2に検出面とは逆の面(裏面)側から照射する。
【0036】
なお、円偏光照射部10において円偏光を生成する方法は、1/4波長板15を用いる方法に限定されるものではなく、例えば光弾性変調器(PEM)、音響光学変調器(AOM)及び電気光学変調器(EOM)などの各種変調器を用いて円偏光に変調する方法、特許第6784396号やPCT/JP2022/005014に記載されている円偏光照射器を用いる方法などを適用することもできる。
【0037】
そして、カンチレバー21の変位を検出し、試料2と探針22との間に作用する光誘起力を検知する(検出工程)。カンチレバー21の変位検出方法は、特に限定されるものではないが、例えば、検出部30のレーザ発振器31aの光ファイバー端面31bから出射されたレーザ光を、レンズ32で平行光にした後、ミラー33a及びミラー33bを経由し、ビームスプリッター34aで反射し、ビームスプリッター34b、1/4波長板35及びレンズ36を透過して、カンチレバー21に照射する。
【0038】
カンチレバー21からの反射光は、レンズ36で平行光にされ、1/4波長板35を透過し、ビームスプリッター34bで反射され、ロングパスフィルタ(LPF)37を透過し、ミラー38で反射されて、4分割フォトダイオード(QPD)39で検出する。
【0039】
その際、カンチレバー21の共振周波数fに基づき、試料2と探針22に照射する光の強度を調整する(照射光制御工程)。具体的には、カンチレバー21の共振周波数をf、任意の変調周波数をfとしたとき、試料2と探針22に照射する円偏光の光強度を(2f+f)の周波数で変調させる。これにより、熱膨張の力の検出信号への影響を抑制し、光誘起力の検出精度を向上させることができる。
【0040】
以上詳述したように、本実施形態の光誘起力測定装置では、円偏光を用いると共に、カンチレバーの共振周波数に基づき、試料に照射する円偏光の光強度を調整しているため、シングルナノメートルスケールの物質のキラリティを観測することができる。更に、本実施形態の光誘起力測定装置は、物質のキラリティだけでなく、物質の円偏光に対する応答も観測することが可能である。
【0041】
(第2の実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係る光誘起力顕微鏡について説明する。本実施形態の光誘起力顕微鏡は、円偏光による光誘起力を検出し、円偏光誘起像を生成するものであり、前述した光誘起力測定装置の各部に加えて、画像生成部を有する。
【0042】
この画像生成部では、検出部30で得た検出信号に基づき、右円偏光誘起像及び左円偏光誘起像を生成する。これにより、物質のキラリティや円偏光に対する応答を可視化することができる。なお、本実施形態の光誘起力顕微鏡では、必要に応じて、右円偏光誘起像と左円偏光誘起像の差分像を生成してもよい。また、本実施形態の光誘起力顕微鏡では、カンチレバー21又は試料2を走査し、試料2の全体の像を生成してもよい。カンチレバー21又は試料2の走査は、例えば制御部40により制御することもできる。
【0043】
本実施形態の光誘起力顕微鏡は、照射光を円偏光にすると共に、カンチレバーの共振周波数に基づき、試料に照射する円偏光の光強度を調整しているため、物質のキラリティや円偏光に対する応答をシングルナノスケールの空間分解能で検出し、画像化することができる。なお、本実施形態の光誘起力顕微鏡における上記以外の構成及び効果は、前述した第1の実施形態と同様である。
【実施例0044】
以下、本発明の実施例により、本発明の効果について具体的に説明する。本実施例においては、風車型の金属ナノ構造体が間隔をあけて複数形成された試料を、原子間力顕微鏡及び第2の実施形態の光誘起力顕微鏡で観察した。図5Aは右旋性試料、図5Bは原子間力顕微鏡(AFM)で観察したその凹凸像、図5Cはその左円偏光誘起像、図5Dはその右円偏光誘起像である。また、図6Aは左旋性試料、図6Bは原子間力顕微鏡で観察したその凹凸像、図6Cはその左円偏光誘起像、図6Dはその右円偏光誘起像である。図7図5Cの左円偏光誘起像と図5Dの右円偏光誘起像の差分像である。
【0045】
図5B及び図6Bに示すように、AFMで観測した凹凸像では、試料の右旋性と左旋性の違いが確認できなかった。一方、図5C,D及び図6C,Dに示す本発明の光誘起力顕微鏡による左円偏光誘起像及び右円偏光誘起像は、試料の右旋性と左旋性の違いが円偏光の左右で異なることが確認できた。更に、図7に示す差分像は、キラル分子イメージングに該当する像であり、局所的光学活性に関する量を観察することができた。
【0046】
以上の結果から、本発明によれば、物質のキラリティ及び局所的な円偏光応答をナノスケールで観測できることが確認された。
【0047】
なお、本発明は、以下の形態をとることもできる。
(1)
試料に右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する円偏光照射部と、
カンチレバーの先端に探針が取り付けられ、前記探針の先端が前記試料に近接して配置されるプローブと、
前記カンチレバーの変位から、前記試料と前記探針との間に作用する光誘起力を検出する検出部と、
前記カンチレバーの共振周波数に基づき、前記試料に照射する円偏光の光強度を調整する照射光制御部と、
を有する光誘起力測定装置。
(2)
前記照射光制御部は、カンチレバーの共振周波数をf、任意の変調周波数をfとしたとき、前記試料に照射する円偏光の光強度を(2f+f)の周波数で変調させる(1)に記載の光誘起力測定装置。
(3)
右円偏光に由来する信号と左円偏光に由来する信号の差分信号を生成する(1)又は(2)に記載の光誘起力測定装置。
(4)
前記円偏光照射部は、検出面とは逆の面側から右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する(1)~(3)のいずれかに記載の光誘起力測定装置。
(5)
試料に右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する円偏光照射部と、
カンチレバーの先端に探針が取り付けられ、前記探針の先端が前記試料に近接して配置されるプローブと、
前記カンチレバーの変位から、前記試料と前記探針との間に作用する光誘起力を検出する検出部と、
前記検出部で得た検出信号に基づき、右円偏光誘起像及び左円偏光誘起像を生成する画像生成部と、
前記カンチレバーの共振周波数に基づき、前記試料に照射する円偏光の光強度を調整する照射光制御部と、
を有する光誘起力顕微鏡。
(6)
前記照射光制御部は、カンチレバーの共振周波数をf、任意の変調周波数をfとしたとき、前記試料に照射する円偏光の光強度を(2f+f)の周波数で変調させる(5)に記載の光誘起力顕微鏡。
(7)
前記画像生成部では、前記右円偏光誘起像と前記左円偏光誘起像の差分像を生成する(5)又は(6)に記載の光誘起力顕微鏡。
(8)
前記円偏光照射部は、検出面とは逆の面側から右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する(5)~(7)のいずれかに記載の光誘起力顕微鏡。
(9)
前記カンチレバー又は前記試料を走査し、前記試料全体の像を生成する(5)~(8)のいずれかに記載の光誘起力顕微鏡。
(10)
カンチレバーの先端に探針が取り付けられたプローブを、前記探針の先端が試料に近接するよう配置し、前記試料に右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する円偏光照射工程と、
前記カンチレバーの変位から、前記試料と前記探針との間に作用する光誘起力を検出する検出工程と、
前記カンチレバーの共振周波数に基づき、前記試料に照射する円偏光の光強度の強度を調整する照射光制御工程と、
を有する光誘起力測定方法。
(11)
前記照射光制御工程では、カンチレバーの共振周波数をf、任意の周波数をfとしたとき、前記試料に照射する円偏光の光強度を(2f+f)の周波数で変調させる(10)に記載の光誘起力測定方法。
(12)
右円偏光に由来する信号と左円偏光に由来する信号の差分信号を生成する(10)又は(11)に記載の光誘起力測定方法。
(13)
前記円偏光照射工程では、検出面とは逆の面側から右円偏光、左円偏光又はその両方の光を照射する(10)~(12)のいずれかに記載の光誘起力測定方法。
【符号の説明】
【0048】
1 光誘起力測定装置
2 試料
2a キラル分子
3 円偏光
10 円偏光照射部
11 光源
12 直線偏光子
13、14、33a、33b、38 ミラー
15、35 1/4波長板
16,32,36 レンズ
20 プローブ
21 カンチレバー
22 探針
23 ピエゾ素子
30 検出部
31a レーザ発振器
31b 光ファイバー端面
34a、34b ビームスプリッター
37 ロングパスフィルタ(LPF)
39 4分割フォトダイオード(QPD)
40 制御部
50 撮像素子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7