(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024179837
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】酵素の検出方法及び酵素の検出キット
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/48 20060101AFI20241219BHJP
C12Q 1/26 20060101ALI20241219BHJP
C12Q 1/50 20060101ALI20241219BHJP
【FI】
C12Q1/48 Z
C12Q1/26
C12Q1/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023099051
(22)【出願日】2023-06-16
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100194250
【弁理士】
【氏名又は名称】福原 直志
(72)【発明者】
【氏名】野地 博行
(72)【発明者】
【氏名】上野 博史
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ27
4B063QQ63
4B063QR04
4B063QS28
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】ATP又はADPを合成する酵素が検出可能であり、これらの酵素のうち蛍光基質をもたない酵素について1分子レベルの高感度検出が可能になり、疾患バイオマーカー等の高感度計測が可能な酵素の検出方法及びそれに用いる酵素の検出キットを提供する。
【解決手段】酵素試料から、ADP又はATPを合成する標的酵素を検出するための酵素の検出方法であって、検出液を充填可能な複数の収容部が配列されたマイクロチャンバーアレイ部材を備えた検出装置を用意し、前記検出装置の前記収容部に、前記酵素試料とヘキソキナーゼ酵素とを含む検出液を充填する試料添加工程と、前記検出液からADP又はATPの合成によるシグナルを検出する検出工程と、を備えた、酵素の検出方法及びそれに用いる酵素の検出キットである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素試料から、ADP又はATPを合成する標的酵素を検出するための酵素の検出方法であって、
検出液を充填可能な複数の収容部が配列されたマイクロチャンバーアレイ部材を備えた検出装置を用意し、
前記検出装置の前記収容部に、前記酵素試料と、ヘキソキナーゼ酵素を含む検出試薬とを充填し、前記検出液とする試料添加工程と、
前記検出液からADP又はATPの合成によるシグナルを検出する検出工程と、
を備えた、酵素の検出方法。
【請求項2】
前記標的酵素が、キナーゼである、請求項1に記載の酵素の検出方法。
【請求項3】
前記標的酵素がADPを合成する酵素である場合は、前記ヘキソキナーゼ酵素はADP依存性ヘキソキナーゼであり、前記標的酵素がATPを合成する酵素である場合は、前記ヘキソキナーゼ酵素はATP依存性ヘキソキナーゼである、請求項1又は2に記載の酵素の検出方法。
【請求項4】
前記検出試薬が、レサズリン及びジアフォラーゼを含む、請求項1又は2に記載の酵素の検出方法。
【請求項5】
前記検出工程は、蛍光シグナルを検出する、請求項1又は2に記載の酵素の検出方法。
【請求項6】
前記検出試薬が、アミン化合物又はHEPESを含まず、リン酸塩を含む、請求項1又は2に記載の酵素の検出方法。
【請求項7】
前記検出試薬がジアフォラーゼを含み、前記ジアフォラーゼ及び前記ヘキソキナーゼ酵素が好熱菌由来のリコンビナント酵素である、請求項1又は2に記載の酵素の検出方法。
【請求項8】
前記試料添加工程の前に、前記酵素試料にクレアチンキナーゼ及びホスホクレアチンを含む前処理溶液を添加して反応させるADP除去処理工程をさらに含む、請求項1又は2に記載の酵素の検出方法。
【請求項9】
酵素試料から、ADP又はATPを合成する標的酵素を検出するための酵素の検出キットであって、
酵素試料および検出試薬を混合した検出液を充填可能な複数の収容部が配列されたマイクロチャンバーアレイ部材を備えた検出装置と、
ヘキソキナーゼ酵素を含む前記検出試薬と、
を備えた、酵素の検出キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疾患のマーカーとなるキナーゼ等を含む酵素を検出するための酵素の検出方法及びそれに用いる酵素の検出キットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、様々な生体試料から特定の活性を有する酵素を検出することで、生体試料および酵素の情報を得る技術が用いられている。例えば、特定臓器由来の試料から酵素を検出することで、疾病や感染との関連を検出することができる(疾病・感染バイオマーカー)。疾病バイオマーカーとしては、キナーゼなどが考えられる。
【0003】
免疫化学的手法、特にELISA法を用いて少量、多数の試料の酵素を検出することができ、疾病・感染バイオマーカーの検出に応用することができる。
また、酵素のisozymeを調べるMultiplxed single enzyme assayの技術が開発されている。isozymeとは、同じ反応を触媒する酵素だが、少し異なる構造を持つもので、異なる基質特異性を持つ。このアッセイはその基質特異的な活性を1分子レベルで計測することで、isozymeを特定する手法である。血中には臓器特異的なisozymeが様々存在するため、どの臓器由来の疾患の可能性があるのか高感度に調べることができる。他にも、多量体を形成するisozymeは、1分子の活性分布が一様ではなくなることがあり、この分布の形を調べることで、どの疾病の影響があるのか調べることができる。また、ELISA法などの少量、多数の試料の分析では、検出および解析までを自動で行う方法も開発されており、これらのデジタルバイオ分析(デジタルELISA)も高感度にバイオマーカーを検出する手法として注目されている。
【0004】
多数の微量試料の酵素活性を検出するための検出装置および検出方法として、例えば、特許文献1では、生体試料を含む親水性溶媒を充填する複数の収容部を有するマイクロチャンバーアレイと、前記収容部に対応して画素が設けられているイメージセンサと、を備える検出装置において、前記マイクロチャンバーアレイは、前記収容部の開口部に連通している流通路と、前記流通路に連設されている疎水性溶媒供給部と、前記流通路に対し前記親水性溶媒が出入り可能な貫通穴とを有し、前記疎水性溶媒供給部は外部から加えられた力によって疎水性溶媒を前記流通路に流入させることを特徴とする検出装置、及びそれを用いた検出方法を開示している。この技術は、収容部の開口部を疎水性溶媒で封止し収容部に生体試料を含む親水性溶媒を閉じ込めるので、収容部内に収容される生体試料や試薬の濃度の低下を防いで測定感度を向上することができる検出装置、及びそれを用いた検出方法を得ようとするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、従来のバイオマーカーの検出技術では多数の試料を高感度に検出することができるが、様々な酵素タイプのバイオマーカーを検出することができない。
すなわち、従来のバイオマーカーの検出技術では、目的の酵素に反応する基質を準備し、酵素が基質に反応することで(例えば、酵素の反応により基質が一部切断されることで)検出することができる。この目的のため、例えば基質の一部を修飾するなどを行い、反応により検出することができるようにする。
しかしながら、こうした特定の基質(蛍光検出に使用できる基質として、以下蛍光基質と呼ぶことがある)が見つかっていない酵素の場合、例えば、ADP、ATPのような生物内で一般的な分子の反応を触媒する酵素の場合、検出することができない。また、基質が見つかっていても、反応を検出できるような修飾が困難な場合は、検出することができない。
【0007】
例えば、キナーゼはがん細胞の増殖、浸潤に関与し、キナーゼ変異からがん化が生ずると考えられている。がんの分子標的薬として多くのキナーゼ阻害剤が開発されている。例えば、Rafキナーゼの変異、血中のチミジンキナーゼの活性は細胞増殖に密接に関連するバイオマーカーで、がん治療の予後モニターのツールとして期待されている。例えば、チミジンキナーゼに関しては、血清中のチミジンキナーゼ活性上昇が,腫瘍性疾患,悪性疾患,ビタミンB12欠乏症,ウイルス感染症に関連することが報告されている。チミジンキナーゼの活性は細胞増殖に密接に関連するバイオマーカーで、がん治療の予後モニターのツールとして期待されている。血中のクレアチンキナーゼ(CK)は、心筋梗塞発症後、血中濃度が上昇する。そのため心筋梗塞診断に広く用いられている。CKには脳・平滑筋、心臓、骨格筋由来のisozymeが存在し、タイプを特定することで、どの臓器にダメージが生じているかを推測することができる。
このようにキナーゼは臨床診断のターゲット分子として非常に重要だが、しかし、その酵素活性は、ATPとADPの変換(合成)を触媒するものである。例えばチミジンキナーゼはチミジン+ATPから、チミジンにリン酸を付与し、チミジル酸(TMP)+ADPとする反応を触媒する。
そのため、チミジンキナーゼを含むキナーゼは蛍光基質が見つかっていないため、デジタルバイオ分析による、1分子レベルの高感度検出はいまだ成功していない。
【0008】
本発明は上記のような事情を鑑みてなされたものであり、その目的は、ATP又はADPを合成する酵素が検出可能であり、これらの酵素のうち蛍光基質をもたない酵素について1分子レベルの高感度検出が可能になり、疾患バイオマーカー等の高感度計測が可能な酵素の検出方法及びそれに用いる酵素の検出キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の実施態様は、以下の側面を有する。
[1] 酵素試料から、ADP又はATPを合成する標的酵素を検出するための酵素の検出方法であって、
検出液を充填可能な複数の収容部が配列されたマイクロチャンバーアレイ部材を備えた検出装置を用意し、
前記検出装置の前記収容部に、前記酵素試料と、ヘキソキナーゼ酵素を含む検出試薬を充填し、前記検出液とする試料添加工程と、
前記検出液からADP又はATPの合成によるシグナルを検出する検出工程と、
を備えた、酵素の検出方法。
[2] 前記標的酵素が、キナーゼである、[1]に記載の酵素の検出方法。
[3] 前記標的酵素がADPを合成する酵素である場合は、前記ヘキソキナーゼ酵素はADP依存性ヘキソキナーゼであり、前記標的酵素がATPを合成する酵素である場合は、前記ヘキソキナーゼ酵素はATP依存性ヘキソキナーゼである、[1]又は[2]に記載の酵素の検出方法。
[4] 前記検出試薬が、レサズリン及びジアフォラーゼを含む、[1]から[3]のいずれかに記載の酵素の検出方法。
[5] 前記検出工程は、蛍光シグナルを検出する、[1]から[4]のいずれかに記載の酵素の検出方法。
[6] 前記検出試薬が、アミン化合物又はHEPESを含まず、リン酸塩を含む、[1]から[5]のいずれかに記載の酵素の検出方法。
[7] 前記検出試薬がジアフォラーゼを含み、前記ジアフォラーゼ及び前記ヘキソキナーゼ酵素が好熱菌由来のリコンビナント酵素である、[1]から[6]のいずれかに記載の酵素の検出方法。
[8] 前記試料添加工程の前に、前記酵素試料にクレアチンキナーゼ及びホスホクレアチンを含む前処理溶液を添加して反応させるADP除去処理工程をさらに含む、[1]から[7]のいずれかに記載の酵素の検出方法。
[9] 酵素試料から、ADP又はATPを合成する標的酵素を検出するための酵素の検出キットであって、
酵素試料および検出試薬を混合した検出液を充填可能な複数の収容部が配列されたマイクロチャンバーアレイ部材を備えた検出装置と、
ヘキソキナーゼ酵素を含む前記検出試薬と、
を備えた、酵素の検出キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ATP又はADPを合成する酵素が検出可能であり、これらの酵素のうち蛍光基質をもたない酵素について1分子レベルの高感度検出が可能になり、疾患バイオマーカー等の高感度計測が可能な酵素の検出方法及びそれに用いる酵素の検出キットが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本実施形態の検出装置の分解一部拡大図である。
【
図2】本実施形態の酵素試料に含まれる標的酵素がADPを合成する酵素である場合の、試料添加工程における反応を示す概略図である。
【
図3】本実施形態の酵素試料に含まれる標的酵素がATPを合成する酵素である場合の、試料添加工程における反応を示す概略図である。
【
図4】本実施例の試験例1の蛍光シグナルを底面方向より撮影した写真図である。
【
図5】本実施例の試験例1の各λあたりの1分子活性分布を示す図である。
【
図6】本実施例の試験例2の蛍光シグナルを底面方向より撮影した写真図である。
【
図7】本実施例の試験例2の各λあたりの1分子活性分布を示す図である。
【
図8】本実施例の試験例3の蛍光シグナルを底面方向より撮影した写真図である。
【
図9】本実施例の試験例3の各λあたりの1分子活性分布を示す図である。
【
図10】本実施例の試験例4の蛍光シグナルを底面方向より撮影した写真図である。
【
図11】本実施例の試験例4の各λあたりの1分子活性分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の酵素の検出方法及びそれに用いる酵素の検出キットについて、実施形態を示して説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0013】
[酵素の検出方法]
(酵素試料、標的酵素)
本実施形態の酵素の検出方法は、酵素試料から、ADP又はATPを合成する標的酵素を検出するための酵素の検出方法であって、検出液を充填可能な複数の収容部が配列されたマイクロチャンバーアレイ部材を備えた検出装置を用意し、前記検出装置の前記収容部に、前記酵素試料と、ヘキソキナーゼ酵素を含む検出試薬を充填し前記検出液とする試料添加工程と、前記検出液からADP又はATPの合成によるシグナルを検出する検出工程と、を備える。
【0014】
酵素試料は、酵素を含んでいる可能性のある試料を広く含む。酵素を含んでいる可能性のある試料としては、例えば生物から採取した試料があり、組織、各種体液、その加工物、抽出物などを含む。このような試料としては、例えば血清などがある。生物の組織としては、生物の様々な臓器から得られた組織の試料が挙げられる。
生物としては特にヒト及びヒト以外の動物が挙げられる。ヒトとしては例えば健常者や、各種の癌患者が挙げられる。
【0015】
酵素試料に含まれる酵素の分子数としては、本実施形態では、酵素試料(後述する収容部の1つに充填される液体試料)あたり、1分子から検出することができる。例えば後述する反応の蛍光シグナルを検知することにより、またバックグラウンドを低減させるための条件を設定することにより、1分子の酵素反応のシグナルを検出できることによる。
【0016】
ADP又はATPを合成する標的酵素は、その酵素活性によって、ADP又はATPを合成される反応を触媒する酵素を広く指す。(本明細書では、「ADP又はATPが合成される反応を触媒する酵素」を、「ADP又はATPを合成する酵素」ともいう。)標的酵素は、ADP又はATPを合成するなんらかの活性を持つ酵素であれば全て選択できる。これらの酵素としては、例えば、各種のATPase、各種のATPシンターゼ、または各種のキナーゼなどから選択できる。
【0017】
本実施形態の標的酵素は、キナーゼであることが好ましい。
キナーゼはATPなどの高エネルギーリン酸結合を有する分子からリン酸基を基質あるいはターゲット分子に転移する(ターゲット分子をリン酸化し、前記ATPからはADPを合成する)酵素であり、細胞内における様々なシグナル伝達や代謝の調節因子として機能している。キナーゼとしては、前述したチミジンキナーゼ、クレアチンキナーゼ、Rafキナーゼ、コリンキナーゼ(hChK)及びその他のキナーゼを用いることができる。
キナーゼは、その発現、探索、反応機序の情報を得ることによって、その情報をがんの診断、治療、治療薬(例えば分子標的薬)の開発などに応用することができる利点がある。例えばCKは吸光度ベースの計測、isozyme特異的な阻害抗体で型を判別することが従来行われているため、バッチでの検出法での解析方法が知られているため、本実施形態の検出法の検討が可能という利点がある。
キナーゼについては、ADPを合成する酵素であると共に、逆反応でATPを合成する酵素として働くことがあり、本実施形態では、いずれの反応も検出することができる。
【0018】
ADPを合成する酵素の例として、ATPase活性を持つ酵素としては、F1-ATPase、すなわちF1 from thermophilic Bacillus PS3(TF1)などが挙げられる。
【0019】
ATPを合成する酵素の例として、ATPシンターゼ活性を持つ酵素としては、ピルビン酸キナーゼ(PK)などが挙げられる。
【0020】
(検出装置)
図1は、本実施形態の検出装置100の分解一部拡大図である。本実施形態の検出装置は、検出液20を充填可能な複数の収容部31が配列されたマイクロチャンバーアレイ部材30を備える。
【0021】
本実施形態では、マイクロチャンバーアレイ部材30は、例えばガラス、シリコン、高分子樹脂等で形成された板状部材からなる。本実施形態では、マイクロチャンバーアレイ部材30は、板状部材の平面部から底面部にそれぞれ連通して円筒形の孔が、配列(アレイ)して複数設けられ、同孔が検出液を充填可能な複数の収容部31となっている。本実施形態では、マイクロチャンバーアレイ部材30の底面は、底面部材32が設けられている。この底面部材32で、収容部31の底面が塞がれることによって、収容部31には検出液20を充填可能となっている。底面部材32は、後述するシグナルを検出するための部材(図示せず)による検出液20の光学的検知を妨げないよう、光透過性の構成素材からなる。本実施形態では、底面部材32は光透過性のガラスや高分子樹脂を構成素材とする。
【0022】
収容部31はそれぞれ、互いに間隔Iを設けて配列されている。この間隔Iは、アレイからの蛍光シグナルが重ならずに十分に分離できる長さに設定される。収容部31の大きさ、すなわち深さT(本実施形態ではマイクロチャンバーアレイ部材30の厚み)及び径Dは、検出する検出液20の容量と前記間隔Iをもとに適宜選択される。本実施形態では深さTは3μm、径Dは4μmである。
【0023】
ADP又はATPの合成によるシグナルを検出するための部材は、前記収容部31の検出が可能な形態であれば適宜設けられていてもよい。本実施形態では、前記マイクロチャンバーアレイ部材30を観察するための蛍光顕微鏡に取り付けられたsCMOSカメラ(図示せず)を用いて検出している。
【0024】
前記シグナルを検出するための部材は、蛍光のシグナルを検出できるものを適宜使用できる。
蛍光シグナルは免疫学的な検出手段と組み合わせて広く用いられており、感度や選択性を上げることができるため有効である。本実施形態では、後述する検出液によるレゾルフィンの蛍光シグナルを検出するために用いることができる。
【0025】
この検出装置としては、前記疎水性溶媒供給部と前記流通路の内部空間が接続されており、前記親水性溶媒が前記疎水性溶媒供給部に充填された前記疎水性溶媒と分離した状態で前記流通路に保持されていてもよい。また、前記本体の内部の高さが、前記疎水性溶媒の油滴の大きさ以下であってもよい。また、前記疎水性溶媒供給部と前記流通路の間に前記力によって破断可能な隔壁、前記疎水性溶媒供給部に有する外部から加えられた力によって弾性変形可能な変形部、前記流通路に重点された前記試料を含まない前記親水性溶媒、前記貫通穴を閉塞する開閉可能な蓋部などの構成が設けられていてもよい。
【0026】
上述の検出装置の検出に利用できる別の実施形態として、前記複数の収容部31の位置にそれぞれ対応するセンサを有するセンサ部材とを備えていてもよい。この場合、センサ部材は、マイクロチャンバーアレイ部材の底面、底面部材に隣接するように設けられている。センサ部材は、複数の収容部にそれぞれ対応する位置センサが設けられている。
また、別の実施形態として、本実施形態の検出装置としては、例えば、特許文献1に記載のものが使用できる。この検出装置は、本体の内部に配置され、生体試料を含む親水性溶媒を充填する複数の収容部を有するマイクロチャンバーアレイ(マイクロチャンバーアレイ部材)と、前記収容部に対応して画素が設けられているイメージセンサ(センサ部材)と、を備える検出装置において、前記本体は、前記収容部の開口部に連通している流通路と、前記流通路に連設されている疎水性溶媒供給部と、前記流通路に対し前記親水性溶媒が出入り可能な貫通穴とを有し、前記マイクロチャンバーアレイは、表面が疎水性を有し、前記疎水性溶媒供給部は外部から加えられた力によって疎水性溶媒を前記流通路に流入させることができる。
【0027】
(試料添加工程)
次に、本実施形態の酵素の検出方法の各工程について説明する。試料添加工程では、前記検出装置の前記収容部に、前記酵素試料と、ヘキソキナーゼ酵素を含む検出試薬とを充填し、前記検出液とする。
【0028】
試料添加工程では、酵素試料に含まれる標的酵素によって、検出試薬に含まれる物質の反応が触媒され、検出液内で、その反応によりシグナルを生じさせる。
検出試薬は、標的酵素により合成されたADPまたはATPを用いて、ヘキソキナーゼ酵素による酵素反応又は酵素反応のカスケードの反応が進み、最終的にシグナルを発するための物質を含む。すなわち、ヘキソキナーゼ酵素および前記酵素反応又は酵素反応のカスケードに必要とされる基質、酵素、その他の試薬を含む。
具体的には、例えば、ADPを合成する標的酵素を検出する場合は、標的酵素により合成されたADPを用いて、ADP依存性ヘキソキナーゼ反応によりグルコースをリン酸化する反応と、その反応からついで最終的に蛍光シグナルを発する酵素反応に進む酵素反応のカスケードの反応に進むための試薬を含んでいてもよい。すなわち、前記標的酵素がADPを合成する酵素である場合は、前記ヘキソキナーゼ酵素はADP依存性ヘキソキナーゼであることが好ましい。
また例えば、ATPを合成する標的酵素を検出する場合は、標的酵素により合成されたATPを用いて、ATP依存性ヘキソキナーゼ反応によりグルコースをリン酸化する反応と、その反応からついで最終的に蛍光シグナルを発する酵素反応に進む酵素反応のカスケードの反応に進むための試薬を含んでいてもよい。すなわち、前記標的酵素がATPを合成する酵素である場合は、前記ヘキソキナーゼ酵素はATP依存性ヘキソキナーゼであることが好ましい。
【0029】
この試料添加工程における反応について、標的試料がADPを合成する酵素である場合を例示してさらに具体的に説明する。
図2は、酵素試料に含まれる標的酵素がADPを合成する酵素である場合の、試料添加工程における反応を示す概略図である。ここで、ADPを合成する酵素は、各種のキナーゼの他、ATPaseなどが挙げられる。
【0030】
検出試薬には、本反応のために図中に示す化合物、反応基質としてATP、グルコース、NADP、レサズリンを含み、反応酵素としてADP依存性ヘキソキナーゼ、グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ、ジアフォラーゼを含む。
【0031】
標的酵素が含まれる酵素試料に検出試薬を添加すると、まず、ATPが、標的酵素に触媒され、ADPが合成される。このとき、標的酵素がキナーゼであるとき、キナーゼがリン酸化する対象であるリン酸化基質を検出試薬とあわせて添加してもよい。例えば、キナーゼがコリンキナーゼである場合、リン酸化基質はコリンである。その場合、ATPからADPとリン酸コリンが合成される。
ADPが合成されることにより、ついで、グルコースが、ADP依存性ヘキソキナーゼに触媒され、AMPおよびグルコース-6-リン酸が合成される。
グルコース-6-リン酸が合成されることにより、ついで、NADPおよびグルコース-6-リン酸が、グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼに触媒され、NADPHおよび6-ホスホグルコノラクトンが合成される。
NADPHが合成されることにより、ついで、NADPHおよびレサズリンが、ジアフォラーゼに触媒され、NADPおよびレゾルフィンが合成される。
レゾルフィンは、波長540nmの励起光の入射に対して波長590nmの蛍光を発する。
したがって、標的酵素が含まれる酵素試料に検出試薬を添加すると、検出液内に蛍光シグナルを検出することができる。よって、酵素試料に含まれる標的酵素を検出することができる。
【0032】
また、この試料添加工程における反応について、標的試料がATPを合成する酵素である場合を例示してさらに具体的に説明する。
図3は、酵素試料に含まれる標的酵素がATPを合成する酵素である場合の、試料添加工程における反応を示す概略図である。ここで、ADPを合成する酵素は、各種のキナーゼの他、ATPシンターゼなどが挙げられる。各種のキナーゼを用いる場合、ADPを合成する酵素としての場合とは逆反応について検出することができる。
【0033】
検出試薬には、本反応のために図中に示す化合物、反応基質としてADP、グルコース、NADP、レサズリンを含み、反応酵素としてATP依存性ヘキソキナーゼ、グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ、ジアフォラーゼを含む。
【0034】
標的酵素が含まれる酵素試料に検出試薬を添加すると、まず、ADPが、標的酵素に触媒され、ATPが合成される。このとき、標的酵素がキナーゼであるとき、リン酸化基質を検出液とあわせて添加してもよい。キナーゼがピルビン酸キナーゼである場合、リン酸化基質であるホスホエノールピルビン酸(PEP)とADPからATPとピルビン酸が合成される。
ATPが合成されることにより、ついで、グルコースが、ATP依存性ヘキソキナーゼに触媒され、ADPおよびグルコース-6-リン酸が合成される。
グルコース-6-リン酸が合成されることにより、ついで、NADPおよびグルコース-6-リン酸が、グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼに触媒され、NADPHおよび6-ホスホグルコノラクトンが合成される。
NADPHが合成されることにより、ついで、NADPHおよびレサズリンが、ジアフォラーゼに触媒され、NADPおよびレゾルフィンが合成される。
レゾルフィンは、波長540nmの励起光の入射に対して波長590nmの蛍光を発する。
したがって、標的酵素が含まれる酵素試料に検出試薬を添加すると、検出液内に蛍光シグナルを検出することができる。よって、酵素試料に含まれる標的酵素を検出することができる。
【0035】
なお、検出試薬は、前記した反応基質を含む基質液と、前記した反応酵素を含む酵素液とに分けて上記成分を含み、試料添加工程において基質液と酵素液とを混合するように構成されていてもよい。検査の直前に基質液と酵素液を混合することで、検査時に上記反応を起こすことができる。
【0036】
前記検出試薬は、レサズリン及びジアフォラーゼを含むことも好ましい。
前述のNADPHがNADPに変換されると共に、レサズリンがレゾルフィンへ合成される反応は、ジアフォラーゼによって触媒される。したがって、検出試薬がレザズリン及びジアフォラーゼを含むことで、レゾルフィンの発する蛍光を好適に検出できる。
【0037】
前記検出試薬が、アミン化合物又はHEPESを含まず、リン酸塩を含むことも好ましい。ここで、アミン化合物、HEPESおよびリン酸塩は、主にpH緩衝液における緩衝化合物として添加されるものを指す。
具体的には、本実施形態の検出試薬に含まれないアミン化合物として、Tris(トリスヒドロキシメチルアミノメタン)などが挙げられる。
また、本実施形態の検出試薬に含まれることが好ましいリン酸塩としては、リン酸カリウム、リン酸ナトリウムなどが挙げられる。本実施形態の検出液は、リン酸カリウムを含むことがより好ましい。すなわち、本実施形態の検出試薬は、リン酸塩を添加されたリン酸バッファーであることが好ましい。
【0038】
従来の技術では、蛍光を検出するアッセイ系では、緩衝液(バッファー)に添加されるpH緩衝用の化合物として、アミン系のバッファー、HEPESなどを含む検出試薬を用いていたことがあった。これらのアミン系、HEPESを含んでいると、蛍光顕微鏡観察ではバックグラウンド反応の速度が速く、背景光が急速に明るくなる(Photoreductionの可能性がある)ため正確な検出が困難となることがある。
従来の技術での、収容部(酵素試料を含む溶液)の容量の大きいバルクでの測定では、酵素濃度を上げれば相対的にバックグラウンド反応の背景光を少なくできるので、影響を少なくすることができる。しかしながら、本実施形態のようにスケールの小さい系、収容部(検出液)の容量の小さい測定を行おうとすると、少量の分子の活性のシグナルと背景光の上昇との比較になるので問題になる。
本実施形態では、アミン化合物又はHEPESを含まず、リン酸塩を含む緩衝液とすること、例えばリン酸バッファーとして検出試薬を調整することで、これらのバックグラウンド反応の背景光を防ぐことができる。
【0039】
また、検出試薬がジアフォラーゼ及びヘキソキナーゼ酵素を含む場合、前記ジアフォラーゼ及び前記ヘキソキナーゼ酵素が好熱菌由来のリコンビナント酵素であることも好ましい。
ジアフォラーゼ及びヘキソキナーゼ酵素は、精製の過程によっては、前記酵素内に、酵素試料にターゲットの酵素が含まれていない場合でも反応する酵素が含まれ、検出時に明るい輝点が多く出る、いわゆる擬陽性が非常に高い場合がある。例えば、市販のジアフォラーゼ、ADPヘキソキナーゼ(グルコキナーゼ)をそのまま用いると擬陽性が高くなることがある。
本実施形態では、好熱菌由来のリコンビナント酵素を発現させ、擬陽性が低くなるよう精製を行った酵素を用いることで、この擬陽性を低くすることができる。
【0040】
本実施形態では、好熱菌由来のリコンビナント酵素の発現系を構築し、デジタル計測を行い擬陽性を確認しながら、念入りに熱処理・精製を行うことで、擬陽性シグナルを30-40倍程度低減させたものを用いている。
【0041】
ADP及びATPを合成する酵素の検出に使用できる検出試薬を含むキットとしてFluorospark(R) Kinase/ADP Multi-Assay Kit(富士フィルム和光純薬)や、同等の構成を含有する検出用のキットを用いることができる。
【0042】
本実施形態の酵素の検出方法は、前記試料添加工程の前に、前記酵素試料にADPを除去するための前処理溶液を添加して反応させるADP除去処理工程をさらに含むことが好ましい。この前処理は、ADPを合成する酵素を検出する場合に行われる。ADPを除去するための前処理溶液としては、例えば、リン酸化した基質と該基質の脱リン酸化を触媒するキナーゼを含むものを用いることができる。具体的には、前処理溶液は、前記リン酸化基質としてホスホクレアチン、前記キナーゼとしてクレアチンキナーゼを含むものを用いることができる。
ADP除去処理工程では、酵素試料にクレアチンキナーゼ及びホスホクレアチンを含む前処理溶液を添加して反応させることで、酵素試料に含まれるADPを除去することができる。クレアチンキナーゼにより、ホスホクレアチンからADPへのリン酸転移反応が起こり、その結果、ADPがATPになることで、ADPが減少する。目安として、この工程によりADPが0.1%以下に減少すると考えられる。
酵素試料に、標的酵素により合成される前からADPが含まれていると、例えばADP合成を検出する場合のバックグラウンドとなり、また、ADP合成のコントロール試料のデータや検量線が不正確となる問題がある。このADP除去処理工程を行うことで、それらを防ぐことができる。
さらに、本実施形態ではスケールの小さい系、収容部の容量の小さい測定を行おうとすると、前記の酵素試料に含まれるADPの影響はより大きくなる。そのため、本実施形態ではADP除去処理工程は検出の正確性を増すために特に有効となる。
【0043】
本実施形態の効果として、例えば特許文献1などのマイクロチャンバーアレイを用いた従来のデジタルバイオ分析では、酵素とその酵素専用の蛍光基質をマイクロチャンバーアレイに導入し、オイルで封入後、反応に伴う蛍光を顕微鏡などでイメージングしていた。本実施形態では、専用の蛍光基質のかわりに、3つの酵素反応を共役させたアッセイ溶液を加えることで、酵素反応で生じるADPやATPを蛍光物質に変換し、その蛍光をイメージングする。こうすることで、酵素専用の蛍光基質が必要なくなり、ADPやATPを産生する酵素は、原理上全てこの系1つで計測が可能になる。人工の蛍光基質ではなく、酵素本来の天然基質の分解反応を酵素1分子レベルで計測可能なことも利点である。
【0044】
[酵素の検出キット]
本実施形態の酵素の検出キットは、酵素試料から、ADP又はATPを合成する標的酵素を検出するための酵素の検出キットであって、酵素試料および検出試薬を混合した検出液を充填可能な複数の収容部が配列されたマイクロチャンバーアレイ部材を備えた検出装置と、ヘキソキナーゼ酵素を含む前記検出試薬と、を備える。
【0045】
前記酵素試料、標的酵素、検出試薬、および検出装置は、前述した酵素の検出方法で述べたものと同様のものを選択できる。
【0046】
本実施形態の酵素の検出キットによれば、前記酵素の検出方法を用いた標的酵素の検出を好適に行うことができる。
【0047】
本実施形態の酵素の検出キットは、上述の成分を含んでいれば、後述する任意成分を含んでいてもよい。
例えば、前記酵素反応を停止させるための反応停止液を含んでいてもよい。反応停止液には、例えば還元剤などが含まれていてもよい。
また、基質、コントロールまたは検量線用のATPまたはADPを含む試薬を、前記基質液や酵素液とは別に含んでいてもよい。
【0048】
[本実施形態の効果]
本実施形態により、ATP又はADPを合成する酵素が検出可能であり、これらの酵素のうち蛍光基質をもたない酵素について1分子レベルの高感度検出が可能になり、疾患バイオマーカー等の高感度計測が可能な酵素の検出方法及びそれに用いる酵素の検出キットが得られる。
【0049】
本実施形態により、ターゲット酵素が認識する蛍光基質を必要としない新しいデジタルバイオ分析技術が得られる。本実施形態の技術により、蛍光基質をもたない酵素にデジタルバイオ分析が可能となった。また、従来技術におけるバイオアッセイは、基質種・酵素種について1対1の対応であったが、一つのアッセイプラットフォームで、複数の酵素のデジタル計測が可能な系を構築することができた。本実施形態の技術は、ATPやADPを産生する様々な酵素に適用可能であり、これまで計測不可能であった酵素1分子の活性の精密測定や、酵素の活性パターンを利用した疾患バイオマーカーの検出への応用が期待される。
【0050】
前述したように、キナーゼやATP、ADPを合成する酵素は、癌などの疾病のバイオマーカーとして使用できる可能性が考えられている。
例えば、結腸直腸癌患者では、健常者に比べATPaseとAMPaseの血清中での活性が有意に高い。特に進行した癌患者グループで、これらが有意に増加する報告がある。前立腺癌患者では、健常者に比べ血清中でのATP,ADP,AMPの加水分解活性が有意に高い。臨床病期がより低い患者(CS-IIA)は、臨床病期がより進んだ患者(CS-IIBおよびCS-III)と比較して、ATP加水分解活性の上昇を示した。ことが報告されている。これらの結果より、癌リスク評価のための新しいバイオマーカーとしてATPaseが使用できる可能性が考えられる。
したがって、本実施形態のATP、ADPを合成する酵素の検出方法は、癌についての情報を得るための方法に応用できる可能性がある。
本実施形態によれば、がんなどの疾病のバイオマーカーとしてよく用いられるキナーゼについて、少量の分子、例えば1分子単位での高感度活性計測も可能であり、疾病ごとに特徴的な活性分布も検出できる。このような活性分布を利用することで、より高感度かつ選択的に酵素バイオマーカーの発見や診断が可能になると期待される。
【0051】
(その他の実施形態)
一実施形態において、本発明は、前記酵素の検出方法を用いた疾病の診断方法を提供する。
一実施形態において、本発明は、前記酵素の検出方法を用いたがん又は心筋梗塞の診断方法を提供する。
一実施形態において、本発明は、前記酵素の検出キットを用いた疾病の診断方法を提供する。
一実施形態において、本発明は、前記酵素の検出キットを用いたがん又は心筋梗塞の診断方法を提供する。
一実施形態において、本発明は、前記酵素の検出キットの製造方法を提供する。
一実施形態において、本発明は、前記酵素の検出キットの製造のための前記検出試薬の使用を提供する。
一実施形態において、本発明は、前記酵素の検出キットの製造のための前記検出装置の使用を提供する。
【0052】
これらの各実施形態において、各構成及び使用条件等については、上述したものと同様である。
【実施例0053】
以下に、実施例を示して本実施形態を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0054】
(試験例1:ヒトコリンキナーゼの検出)
標的酵素としてヒトコリンキナーゼ(hChK)を用い、酵素試料あたりの酵素数に対して酵素を検出できる感度について試験を行った。
hChKは、α1,α2,βの3つのisoformが存在し、2量体で働くことが知られており、生体内でのリン脂質合成の最初のステップを触媒する機能が知られている。hChKα1は腫瘍形成に関与しており、がん治療薬の新しい標的分子として注目されている。
【0055】
上述の実施形態に記載した検出装置(1装置あたり収容部(リアクター)数500万個)を用いた。
収容部の個数に対して、使用する酵素の個数の比がλとなるようにhChK濃度を調整した酵素試料を準備した。
検出液の調整用に、レサズリン液、反応停止液を準備した。基質液および前記各液の濃度は各用時にバックグラウンドが出ない条件を検討して使用した。キナーゼの基質と検量線用にATP溶液およびADP溶液を準備した。
検出試薬について、アミン化合物又はHEPESを含まない、リン酸カリウムを用いたリン酸バッファーを用いた(50mMリン酸カリウム,pH7.5,100mM KCL,2mM MgCl2,0.02% Tween20,1mM グルコース,100μM NADP+,100μM レサズリン)を用いた。ジアフォラーゼ酵素及びヘキソキナーゼ酵素については、好熱菌由来のリコンビナント酵素を製造し、擬陽性シグナルが30-40倍程度低減するまで熱処理・精製を行ったものを用いた。酵素試料については、試料添加工程の前に、前記酵素試料にクレアチンキナーゼ及びホスホクレアチンを含む前処理溶液を添加して反応させた。すなわち、ホスホクレアチンからADPへのリン酸化転移反応によって、酵素試料内のADPをATPとして、ADPを減少させるADP除去処理工程を行い、ADPの残留量を0.1%以下に減少させた。
【0056】
基質として、コリン分子を添加したものと添加しないサンプルも準備した。ヒトコリンキナーゼの反応により、コリン+ATPからリン酸化コリン+ADPが合成される。
【0057】
図4は、検出装置の蛍光シグナルを底面方向より撮影した写真図である。図の白点が、配列した収容部のうち酵素の蛍光シグナルが検出できた収容部を示す。
収容部に何分子の酵素が含まれるかは、収容部の個数に対する、収容部に分注される酵素の数から求められる。全ての収容部に対して、酵素が一定個数入った試料溶液を分注した場合を考えると、全ての収容部の個数に対する全ての試料溶液中の酵素の個数の比がλであるとき、収容部1つに対して酵素がn個入る確率P(n)は、ポアソン分布P(n,λ)=(λ
n・e
-λ)/n!より、λ=0.1以下であれば、概ね1つの収容部に対して酵素が1分子以下入るとされる。
図中のλ=0.1、0.01においては、0分子の酵素が入っている収容部と、1分子の酵素が入っている収容部があると考えられる。図より、一部の収容部にのみ蛍光シグナルが検出される。すなわち、1分子の酵素が入っている収容部について、その酵素の蛍光シグナルが検出されていると考えられる。
一方でλ=0では、全ての収容部に酵素が無いが、酵素の検出が見られない。λ=1では、全ての収容部に1以上の酵素が収納されているが、全ての収容部から過剰なシグナルが見られる。
図に示した例より、この酵素の検出方法では、λ=0.01、0.1において、収容部ごとの分子の有無を検出することができ、収容部あたり分子1つの酵素が存在すれば検出できる感度が得られることが明らかとなった。
【0058】
図5は、各λあたりの1分子活性分布を示す図である。図中、縦軸(Counts)は収容部の数、横軸(Slope)は活性(a.u./min)の値である。例えば、各グラフの左端の活性0近くに高いピークが出ているのは、活性のない(酵素の分子が入っていない)空の収容部が多数検出されていることを示す。また、それぞれの試験の図に対して、縦軸が8000~12×10
3、横軸が10~40のグラフ(左下)と、その一部拡大図(右上)を重ね合わせて示している。
【0059】
図に示すように、コリンを添加している試験の図(Choline+)については活性を有する収容部のピークが確認でき、添加していない試験の図では活性のある側(より右側)にピークが見られている。すなわち、コリン依存的にピークが観察できたため、hChKの1分子の活性を検出することができた。
また、ピークが見られたCholine+の試験の図では、分布の形が1つの明確なピークのみではない(ヘテロな)形状となっている。これは、多量体由来の不活性な分子種が存在する可能性があり、本試験ではそれが検出されている可能性がある。
【0060】
(試験例2:ATPaseの検出)
標的酵素としてATPaseであるF1-ATPaseを用い、酵素試料あたりの酵素数に対して酵素を検出できる感度について試験を行った。
検出装置及び検出試薬は試験例1と同様に行った。
【0061】
図6は、検出装置の蛍光シグナルを底面方向より撮影した写真図である。図の白点が、配列した収容部のうち酵素の蛍光シグナルが検出できた収容部を示す。図中のλ=0.3において、一部の収容部にのみ蛍光シグナルが検出され、この酵素の検出方法では、λ=0.3において、収容部ごとの分子の有無を検出することができることが明らかとなった。
【0062】
図7は、各λあたりの1分子活性分布を示す図である。図中の説明は試験例1と同様である。λ=1、0.5、0.3、0にて行った。
図に示すように、各λの試験の図において活性を有する収容部のピークが確認できた。すなわち、F
1-ATPaseの1分子ごとの活性を検出することができることが示された。
【0063】
(試験例3:ピルビン酸キナーゼの検出)
標的酵素としてATPを合成するピルビン酸キナーゼ(PK)を用い、酵素試料あたりの酵素数に対して酵素を検出できる感度について試験を行った。検出装置及び検出試薬は試験例1と同様に行った。
ピルビン酸キナーゼは、解凍系の最終段階の反応(PEP+ADPからPyruvate+ATP)を触媒することで広く知られている。PKは、4量体で働く。PKには、PKL,PKR,PKM1,PKM2の4つのisoformが存在する。PKM2は癌細胞特有の代謝に関与しており、癌治療薬の標的分子としてや、癌の血中バイオマーカーとしても注目されている。
【0064】
図8は、検出装置の蛍光シグナルを底面方向より撮影した写真図である。図の白点が、配列した収容部のうち酵素の蛍光シグナルが検出できた収容部を示す。図中のλ=0.1において、一部の収容部にのみ蛍光シグナルが検出され、この酵素の検出方法では、λ=0.1において、収容部ごとの分子の有無を検出することができることが明らかとなった。
【0065】
図9は、各λあたりの1分子活性分布を示す図である。図中の説明は試験例1と同様である。λ=1、0.1、0にて行った。
図に示すように、各λの試験の図において活性を有する収容部のピークが確認できた。すなわち、ピルビン酸キナーゼの1分子ごとの活性を検出することができることが示された。
【0066】
(試験例4:アルカリフォスファターゼの検出)
標的酵素としてアルカリフォスファターゼ(ALP)を用い、酵素試料あたりの酵素数に対して酵素を検出できる感度について試験を行った。検出装置及び検出試薬は試験例1と同様に行った。
アルカリフォスファターゼは、リン酸化合物を分解する酵素として広く知られており、例えば肝疾患の判断基準として用いられる。アルカリフォスファターゼは、従来の技術でも利用可能な蛍光基質が存在する酵素であり、すなわち、本実施例の方法が従来の方法にかえて使用可能かも検討した。
【0067】
図10は、検出装置の蛍光シグナルを底面方向より撮影した写真図である。図の白点が、配列した収容部のうち酵素の蛍光シグナルが検出できた収容部を示す。図中のλ=0.1において、一部の収容部にのみ蛍光シグナルが検出され、この酵素の検出方法では、λ=0.1において、収容部ごとの分子の有無を検出することができることが明らかとなった。
【0068】
図11は、各λあたりの1分子活性分布を示す図である。図中の説明は試験例1と同様である。λ=0.1、0.01、0.001、0にて行った。
図に示すように、各λの試験の図において活性を有する収容部のピークが確認できた。λ=0.1、0.01、0.02のいずれも、ヘテロ分布(2ピーク)を示している。アルカリフォスファターゼは、2つのサブドメインが活性を示すかにより活性ピークが2つになるヘテロ分布になることが知られている。すなわち、本実施例の方法でアルカリフォスファターゼの活性を検出することができることが示された。この結果により、本実施例の方法は従来の蛍光基質が存在する酵素の検出についても有効であると考えられる。
【0069】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
本発明によれば、ATP又はADPを合成する酵素が検出可能であり、これらの酵素のうち蛍光基質をもたない酵素について1分子レベルの高感度検出が可能になり、疾患バイオマーカー等の高感度計測が可能な酵素の検出方法及びそれに用いる酵素の検出キットが得られる。