(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024180314
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】精練方法
(51)【国際特許分類】
D01B 7/00 20060101AFI20241219BHJP
D01B 7/04 20060101ALI20241219BHJP
C07K 19/00 20060101ALN20241219BHJP
C07K 14/435 20060101ALN20241219BHJP
C07K 14/33 20060101ALN20241219BHJP
C12N 15/62 20060101ALN20241219BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20241219BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20241219BHJP
C12N 15/55 20060101ALN20241219BHJP
C12N 9/20 20060101ALN20241219BHJP
【FI】
D01B7/00 301Z
D01B7/04 B
C07K19/00 ZNA
C07K14/435
C07K14/33
C12N15/62 Z
C12N15/12
C12N15/31
C12N15/55
C12N9/20
C07K19/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024091383
(22)【出願日】2024-06-05
(31)【優先権主張番号】P 2023098448
(32)【優先日】2023-06-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和5年度、農林水産省、みどりの食料システム戦略実現技術開発・実証事業のうち農林水産研究の推進(委託プロジェクト研究)(昆虫(カイコ)テクノロジーを活用したグリーンバイオ産業の創出プロジェクト)委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 哲也
(72)【発明者】
【氏名】伊賀 正年
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 裕文
(72)【発明者】
【氏名】笠嶋 めぐみ
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045CA11
4H045CA50
4H045CA51
4H045DA89
4H045EA60
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】本発明は、絹糸に高温加熱処理をすることなく、酵素も必要としない絹糸の精練方法の提供を課題とする。
【解決手段】吐糸絹糸を、50℃を超え、かつ80℃未満である塩基性溶液に接触させる接触工程を含む精練方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
吐糸絹糸を、50℃を超え、かつ80℃未満である塩基性溶液に接触させる接触工程を含む精練方法。
【請求項2】
前記接触が浸漬によって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記塩基性溶液のpHが10.5~13である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記接触が2分以上90分以下で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記吐糸絹糸が遺伝子組換え絹糸である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記遺伝子組換え絹糸が機能性領域を含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記機能性領域が外因性遺伝子に由来する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記吐糸絹糸が繭である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
請求項8に記載の方法で得られる絹糸塊。
【請求項10】
請求項9に記載の絹糸塊を含む不織布。
【請求項11】
請求項9に記載の絹糸塊を含む充填剤。
【請求項12】
前記吐糸絹糸が生糸である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
請求項12に記載の方法で得られる練糸。
【請求項14】
請求項13に記載の練糸を含む織物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絹糸の精練方法、それにより得られる絹糸塊及び練糸、並びにそれらを含む不織布、充填剤及び織物に関する。
【背景技術】
【0002】
生物由来材料の利用は、遺伝子操作やゲノム情報の利用が容易になったことによりさらに注目され、現在も広がりを見せている。その研究開発は、細胞等を用いた医薬品開発のみならず、素材の分野でも活発に行われている。
【0003】
生物由来材料の一つである絹糸はその強度、質感、製法及び加工方法等の観点から、新たな素材開発の基礎として理想的な素材である。事実、遺伝子操作技術の活用により絹糸に外因性の機能性タンパク質を融合させることによる新たな機能性シルクの開発が数多く行われている(特許文献1及び非特許文献1)。
【0004】
従来の繭から生糸を得る製法には、乾燥、煮繭及び精練等、加熱を伴う工程がいくつも存在する。前述の機能性シルクには、シルクに酵素等の機能性タンパク質が付加されているが、加熱を伴う工程により付加されたタンパク質が熱変性し、その機能が失活してしまうという問題が生じ、付与した機能を維持したままシルク(繭)を形状加工することが困難であった。このことから、付加タンパク質を失活させない新たな方法の開発が求められていた。
【0005】
絹糸の製法のうち精練工程においては、煮沸することなく比較的低温において実施可能な、酵素を使用して精練を行う酵素精練という方法が知られている。しかしながら、酵素精練において使用される酵素は多くのタンパク質を分解する活性を有するため、この方法においても、付加タンパク質の活性が失われる場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】K. Kojima, et al., Biosci. Biotechnol. Biochem. 71, 2943-2951 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、絹糸に高温加熱処理をすることなく、酵素も必要としない精練方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った。その結果、塩基性溶液を用いた場合、タンパク質が変性しない比較的低い温度でのカイコ(Bombyx mori:以下、本明細書においては、カイコの幼虫及び成虫のいずれも「カイコ」と総称する。)の絹糸の精練が可能であることを見出した。さらに、この精練方法によれば、酵素精練によって分解され得る絹糸の機能性領域も、その活性が保たれることが明らかとなった。本発明は以上の新規な知見に基づくものであり、以下を提供する。
【0010】
(1)吐糸絹糸を、50℃を超え、かつ80℃未満である塩基性溶液に接触させる接触工程を含む精練方法。
(2)前記接触が浸漬によって行われる、(1)に記載の方法。
(2-1)前記塩基性溶液のpHが10.5~13である、(1)又は(2)に記載の方法。
(3)前記接触が2分以上90分以下で行われる、(1)~(2-1)のいずれかに記載の方法。
(4)前記吐糸絹糸が遺伝子組換え絹糸である、(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)前記遺伝子組換え絹糸が機能性領域を含む、(4)に記載の方法。
(6)前記機能性領域が外因性遺伝子に由来する、(5)に記載の方法。
(7)前記吐糸絹糸が繭である、(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)(7)に記載の方法で得られる絹糸塊。
(9)(8)に記載の絹糸塊を含む不織布。
(10)(8)に記載の絹糸塊を含む充填剤。
(11)前記吐糸絹糸が生糸である、(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(12)(11)に記載の方法で得られる練糸。
(13)(12)に記載の練糸を含む織物。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、酵素を使用せずにタンパク質が変性しない温度で吐糸絹糸を精練することができる。また、本発明の絹糸塊及び練糸によれば、精練の後も吐糸絹糸に含まれる機能性領域の機能を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】機能性絹糸の構成の例を模式的に示す図である。図中、0101は絹糸に付加される任意の分子を指し、0102はドッカリンドメインを指す。また、0103はフィブロイン鎖を指し、0104はコヒーシンドメインを指す。図中「N」はフィブロインタンパク質のN末端を示す。
【
図2】各温度条件におけるアルカリ精練による繭の練減率を示す図である。
【
図3】アルカリ精練の温度条件によるセルラーゼ活性の変化を示す図である。図中、エラーバーは標準偏差を示す。
【
図4】酵素精練前の機能性領域を含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)を使用した場合のセルラーゼ活性を示す図である。図中、エラーバーは標準偏差を示す。
【
図5】酵素精練後の機能性領域を含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)を使用した場合のセルラーゼ活性を示す図である。図中、エラーバーは標準偏差を示す。
【
図6】リパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)における、アルカリ精練による練減率を示す図である。
【
図7】アルカリ精練後のリパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)を使用した場合のリパーゼ活性を示す図である。図中、エラーバーは標準偏差を示す。
【
図8】リパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)における、精練処理の処理時間の長さとアルカリ精練による練減率の関係を示す図である。
【
図9】アルカリ精練後のリパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)における精練処理の処理時間の長さと特性の変化の関係を示す図である。
図Aはリパーゼ活性を示す図である。
図A中、エラーバーは標準偏差を示す。
図Bは対照繭におけるGFP蛍光の様子を示す。
図B中、「-」は蛍光が観察されなかったことを示す。
図Cは機能性繭におけるGFP蛍光の様子を示す。「+++」は極めて強い蛍光が観察されたことを示す。
【
図10】精練用溶液の炭酸ナトリウム濃度を変化させた場合のリパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)における、アルカリ精練による練減率を示す図である。図中、濃度はアルカリ精練における炭酸ナトリウムの濃度[(w/v)%]を示す。
【
図11】炭酸ナトリウム溶液によるアルカリ精練後のリパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)の特性を示す図である。
図Aはリパーゼ活性を示す図である。
図A中、エラーバーは標準偏差を示す。
図BはGFP蛍光の様子を示す。
図B中、「-」は蛍光が観察されなかったことを示し、「+++」は極めて強い蛍光が観察されたことを示す。図中、濃度はアルカリ精練における炭酸ナトリウムの濃度[(w/v)%]を示す。
【
図12】精練用溶液の水酸化ナトリウム濃度を変化させた場合のリパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)における、アルカリ精練による練減率を示す図である。図中、濃度はアルカリ精練における水酸化ナトリウムの濃度[(w/v)%]を示す。
【
図13】水酸化ナトリウム溶液によるアルカリ精練後のリパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)の特性を示す図である。
図Aはリパーゼ活性を示す図である。
図A中、エラーバーは標準偏差を示す。
図BはGFP蛍光の様子を示す。
図B中、「-」は蛍光が観察されなかったことを示し、「+++」は極めて強い蛍光が観察されたことを示し、「++」は強い蛍光が観察されたことを示す。図中、濃度はアルカリ精練における水酸化ナトリウムの濃度[(w/v)%]を示す。
【
図14】精練用溶液としてメタケイ酸ナトリウム溶液を使用した場合のリパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)における、アルカリ精練による練減率を示す図である。
【
図15】メタケイ酸ナトリウム溶液によるアルカリ精練後のリパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)のリパーゼ活性を示す図である。図中、エラーバーは標準偏差を示す。
【
図16】精練用溶液としてリン酸三ナトリウム溶液を使用した場合のリパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)における、アルカリ精練による練減率を示す図である。
【
図17】リン酸三ナトリウム溶液によるアルカリ精練後のリパーゼを機能性領域として含む繭(機能性繭)及び機能性領域を含まない対照繭(対照)のリパーゼ活性を示す図である。図中、エラーバーは標準偏差を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.精練方法
1-1.概要
本発明の第1の態様は絹糸の精練方法である。本態様の方法は、接触工程を必須工程として含む他、湿潤工程及び洗浄工程を任意工程として含む。本態様の方法によれば、タンパク質の変性を抑えて精練することができる。
【0014】
1-2.定義
「精練」とは、吐糸絹糸からセリシン等の接着物質の一部又は全部を除去し、単繊維を得ることをいう。精練の程度によって三分練り、半練り、七分練り及び全練り等が存在するが、本明細書における精練は、精練の度合いや使用される方法を限定せず、接着物質を除去するための方法を広く意味する。
【0015】
本明細書において「吐糸絹糸」(本明細書において、しばしば、単に「絹糸」と称する)とは、絹糸虫由来の糸であって、絹糸虫の幼虫や成虫が営巣、移動、固定、営繭、餌捕獲等の目的で吐糸するタンパク質製の糸及びその糸によって構成される構成物を指す。本明細書における吐糸絹糸は、いずれの絹糸虫に由来するものも含む。
【0016】
本明細書において「生糸」とは、繭から繰糸された、セリシン等の接着物質が残存している絹糸を指す。本明細書における生糸は、単に繰糸されたもののみならず、合糸及び/又は撚糸されたものを含む。
【0017】
本明細書において「練糸」とは、生糸から精練を経て生産された吐糸絹糸を指す。練糸においては、集合繊維であった生糸の一部又は全部が単繊維となっている。
【0018】
本明細書において「絹糸虫」とは、絹糸腺を有し、絹糸を吐糸することのできる昆虫の総称を指す。通常は幼虫期に営巣、営繭又は移動のために吐糸することのできる種を指す。具体的には、チョウ目、ハチ目、アミメカゲロウ目、トビケラ目に属する種が含まれる。好ましくは、多量の絹糸を吐糸できるチョウ目に属する種である。カイコガ科(Bombycidae)、ヤママユガ科(Saturniidae)、イボタガ科(Brahmaeidae)、オビガ科(Eupterotidae)、カレハガ科(Lasiocampidae)、ミノガ科(Psychidae)、ヒトリガ科(Archtiidae)、ヤガ科(Noctuidae)等に属する種は本明細書の絹糸虫として好ましい。Bombyx属、Samia属、Antheraea属、Saturnia属、Attacus属、Rhodinia属に属する種、具体的には、カイコ(Bombyx mori;家蚕:以下、本明細書においては、カイコの幼虫及び成虫のいずれも「カイコ」と総称する。)、クワコ(Bombyx mandarina)、シンジュサン(Samia cynthia;エリサン(Samia cynthia ricini)及びシンジュサンとエリサンの交配種を含む)、ヤママユガ(Antheraea yamamai)、サクサン(Antheraea pernyi)、ヒメヤママユ(Saturnia japonica)、オオミズアオ(Actias gnoma)等は、特に好ましい。
【0019】
本明細書で「単繊維」とは、吐糸絹糸の繊維成分を構成する最小単位のフィラメントであり、モノフィラメントとも呼ばれる。単繊維は、フィブロインタンパク質を主成分とする。例えば、カイコの絹糸は、自然状態では2本の単繊維が接着物質のセリシンタンパク質によって結合したジフィラメントの状態で吐糸される。
【0020】
「フィブロイン(タンパク質)」は、吐糸絹糸を構成する繊維状のタンパク質の総称である。例えば、カイコのフィブロインは、フィブロインH鎖(Fib H)、フィブロインL鎖(Fib L)及びp25/FHX(p25)の3つのタンパク質が複合体(silk fibroin elementary unit; SFEU複合体)を形成することにより構成される。なお、本明細書で単に「フィブロイン」と表記した場合、特に断りのない限りフィブロインの総称を意味するものとする。
【0021】
「セリシン(タンパク質)」とは、カイコの吐糸絹糸において、繊維タンパク質成分であるフィブロインを覆うゼラチン様の糊状水溶性タンパク質である。カイコが吐糸するセリシンには、セリシン1~セリシン5の5種類のバリアントが知られているが、本明細書におけるセリシンは、限定されず、いずれのバリアントであってもよい。特に、セリシン1は好適である。カイコの野生型セリシン1のアミノ酸配列は配列番号1で表される。なお、本明細書で前記バリアントを特定せず、単に「セリシン」と表記した場合、特に断りのない限りセリシンの総称を意味するものとする。
【0022】
「接触」とは、一の物質が他の物質と物理的に直接触れることを指す。
「浸漬」とは、目的の物質の一部又は全部を液体に浸すことを指す。
【0023】
本明細書において「遺伝子組換え絹糸」とは、絹糸成分の遺伝子に対して遺伝子組換え操作がされた絹糸を指す。
【0024】
本明細書において「機能性領域」とは、目的の機能を付与するために遺伝子組換えによって絹糸に導入されたタンパク質領域を指す。また、本明細書においては、機能性領域を導入された絹糸を「機能性絹糸」と呼ぶ。
本明細書において「機能可能」とは、機能性領域が活性を示すことを指す。
【0025】
本明細書において「外因性遺伝子」とは、外部から導入される絹糸中に由来しない遺伝子を指す。本明細書における外因性遺伝子は、天然の遺伝子及び人工の遺伝子のいずれも含む。
【0026】
「絹糸塊」とは、糸玉状に集合した絹糸を指す。本明細書における絹糸塊は特に精練された絹糸塊を指し、例えば、袋真綿及び角真綿等の真綿も含まれる。
【0027】
「不織布」とは、繊維が一方向又はランダムに配向しており、交絡、融着、接着によって繊維間が結合された繊維シート、ウェブ又はパットであって、紙、織物、編み物、タフト及び縮絨フェルト以外のものを指す。
【0028】
本明細書において「織物」とは、縦糸と横糸を交差させることで構成された平面(シート)状の構造物を指す。本明細書における織物は、いずれの織り方によって生産されたものも含む。
【0029】
本明細書において「充填剤」とは、任意の空間を満たすための剤又は素材を広く指す。本明細書における「充填剤」という用語は、「充填材」に区分されるものも含む。
【0030】
1-3.構成
本態様の方法は、接触工程を必須工程として含み、湿潤工程及び洗浄工程を任意工程として含む。
【0031】
1-3-1.湿潤工程
「湿潤工程」は、任意工程であり、吐糸絹糸を水、温水又は熱水等に接触させて、セリシンを膨潤及び/又は軟化させる工程である。
本工程における接触は、基本的には、後述の接触工程の記載に準ずる。
【0032】
本工程は、一般的な精練方法における前処理に準じて行うことができる。ここで「前処理」とは、精練のための絹糸を調製する工程をいう。
【0033】
通常、本工程における水は溶質を含まないが、必要に応じて溶質を含んでもよい。例えば、金属イオン、緩衝剤、pH調整剤、界面活性剤、キレート剤等が挙げられる。ここで、溶質を含む結果として水が塩基性になる場合は、接触工程の一部が本工程を兼ねるものとして扱う。
【0034】
本工程は複数回行うことができる。その場合、使用する水の組成及び温度は毎回同じでも、その度に異なってもよい。
【0035】
温度は特に限定しない。例えば、水であれば、冷水(15℃未満)、常温水(15℃以上40℃未満)、温水(40℃以上80℃未満)、熱水(80℃以上)のいずれでもよく、好ましくは、冷水、常温水又は温水が用いられる。例えば、塩基性溶液の温度に準じてもよく、具体的には、20℃~80℃又は30℃~50℃であってよい。
【0036】
本工程の接触の時間は特に限定しないが、例えば、5分~30分、10分~20分間行うことができる。
【0037】
1-3-2.接触工程
「接触工程」は、吐糸絹糸を、50℃を超え、かつ80℃未満である塩基性溶液に接触させる工程である。湿潤工程を行う場合、本工程は、その後に又は同時に行うことができる。
【0038】
<吐糸絹糸>
本工程で使用される吐糸絹糸は特に限定しない。例えば、その由来する絹糸虫、その組成及び種類を目的に応じて任意に選択することができる。
【0039】
絹糸の由来する絹糸虫は特に限定しないが、好ましくは、多量の絹糸を吐糸できるチョウ目に属する種である。例えば、カイコガ科(Bombycidae)、ヤママユガ科(Saturniidae)、イボタガ科(Brahmaeidae)、オビガ科(Eupterotidae)、カレハガ科(Lasiocampidae)、ミノガ科(Psychidae)、ヒトリガ科(Archtiidae)、ヤガ科(Noctuidae)等に属する種は本明細書の絹糸虫として好ましい。Bombyx属、Samia属、Antheraea属、Saturnia属、Attacus属、Rhodinia属に属する種、具体的には、カイコ(Bombyx mori;家蚕)、クワコ(Bombyx mandarina)、シンジュサン(Samia cynthia;エリサン(Samia cynthia ricini)及びシンジュサンとエリサンの交配種を含む)、ヤママユガ(Antheraea yamamai)、サクサン(Antheraea pernyi;柞蚕)、ヒメヤママユ(Saturnia japonica)、オオミズアオ(Actias gnoma)等は、特に好ましい。また、それらの遺伝子組換え体を使用することができる。本方法に使用される絹糸は、単一個体に由来してもよく、又は複数個体に由来するもの、若しくは複数種に由来するものの混合物でもよい。
【0040】
遺伝子組換え体由来の絹糸を使用する場合、絹糸が遺伝子組換え絹糸であってもよい。遺伝子組換え絹糸は、絹糸を構成するセリシンやフィブロインが遺伝子改変されている絹糸のみならず、遺伝子組換えによって内部構造が変化した絹糸等、遺伝子組換えによって性質が変化した絹糸を含む。遺伝子組換え絹糸は、例えば、機能性領域を含むことができる。
【0041】
機能性領域の種類は特に限定せず、任意のタンパク質又はその部分を含む。例えば、酵素、抗体、受容体、リガンド等の結合性タンパク質、神経性ペプチド、ホルモン、蛍光タンパク質、発光タンパク質及びその部分等が挙げられる。例えば、具体的な酵素としては、リパーゼ、ホスホリパーゼ等の脂質分解酵素、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ等の酸化還元酵素、グリコシダーゼ又はその組合せ等が挙げられる。例えば、結合性タンパク質としては、具体的には、コヒーシンドメイン及び/又はドッカリンドメイン等を含むことができる。また、例えば、具体的な蛍光タンパク質としては、GFP、EGFP、BFP、CFP、YFP、mCherry又はその組合せ等が挙げられる。
【0042】
「リパーゼ」は脂質を構成するエステル結合を加水分解する酵素をいう。その具体的なアミノ酸配列は特に限定しないが、例えば、Bacillus thermoamylovorans由来のリパーゼとして配列番号13で表されるアミノ酸配列、配列番号13において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列、及び配列番号13で表されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。
【0043】
「コヒーシンドメイン」は、微生物が形成するセルラーゼ複合体であるセルロソームに含まれるスキャフォルディンタンパク質に主に含まれるタンパク質ドメインである(例えば、Jindou, S. et al., J. Biol. Chem. 2004, 279(11):9867-9874を参照)。その具体的なアミノ酸配列は特に限定しないが、例えば、Acetivibrio thermocellus由来のコヒーシンドメインとして配列番号3又は5で表されるアミノ酸配列、配列番号3又は5において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列(例えば、配列番号3については配列番号7、配列番号5については配列番号8で表されるアミノ酸配列等)、及び配列番号3又は5で表されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質ドメインが挙げられる。また、例えば、Clostridium cellulovorans由来のコヒーシンドメインとして配列番号6で表されるアミノ酸配列、配列番号6において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列(例えば、配列番号9で表されるアミノ酸配列等)、及び配列番号6で表されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質ドメインが挙げられる。
【0044】
「ドッカリンドメイン」は、セルロソームに含まれる酵素に主に含まれる、二つのループヘリックス構造を有するドッカリンドメインスーパーファミリーに属するタンパク質ドメインである。その具体的なアミノ酸配列は特に限定しないが、例えば、Acetivibrio thermocellus由来のドッカリンドメインとして配列番号4又は10で表されるアミノ酸配列、配列番号4又は10において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列、及び配列番号4又は10で表されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質ドメインが挙げられる。また、例えば、Clostridium cellulovorans由来のドッカリンドメインとして配列番号11で表されるアミノ酸配列、配列番号11において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列、及び配列番号11で表されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質ドメインが挙げられる。
【0045】
コヒーシンドメインを含む機能性絹糸の模式図を
図1に示す。
図1においては、フィブロイン鎖(0103)に3つのコヒーシンドメイン(0104)が融合している(
図1A)。コヒーシンドメイン(0104)及びドッカリンドメイン(0102)は互いに高い親和性及び特異性をもって結合する。そのため、例えば、
図1に示すように任意の分子(0101)と融合したドッカリンドメイン(0102)を含む融合タンパク質を用いることにより、その分子をドッカリンドメイン(0102)を介してコヒーシンドメイン(0104)を含む機能性絹糸に結合させることができる(
図1B)。
【0046】
両ドメインは、セルロソームを形成する微生物において広く見られ、そのいずれも使用することができる。既知の両ドメインのアミノ酸配列及びDNA配列は、当業者であれば公共のデータベース(NCBI、DDBJ及びENA)等に基づいてその配列を容易に取得することができる。両ドメインが互いに結合可能であれば、それらが由来する細菌の種類は特に限定しない。通常、両ドメインが異種の細菌に由来するものであってもよく、同種の細菌に由来するものであってもよい。互いに結合可能な組合せが当技術分野において公知である。例えば、これらのドメインとしては、Acetivibrio thermocellus及び/又はClostridium cellulovoransに由来するドメインを使用することができる。
【0047】
機能性領域を含む部位は特に限定しないが、好ましくは、機能性領域はフィブロインタンパク質(例えば、L鎖及び/又はH鎖を含む)に直接的に、又は間接的に結合している。例えば、フィブロインタンパク質のN末端、C末端若しくはその近傍領域、又はフィブロインタンパク質の内部領域からなる群から選択される一以上の部位に機能性領域を導入することができる。具体的には、例えば、カイコのフィブロインタンパク質のH鎖(配列番号2)のアミノ酸配列における154位~5204位のアミノ酸領域に機能性領域を導入することができる。
【0048】
機能性領域の数及び種類は特に限定しない。本発明において使用される絹糸は、例えば、1種類の機能性領域を1つ若しくは複数、又は複数種類の機能性領域を複数含むことができる。複数の機能性領域を含む場合、その配置も特に限定しない。例えば、1種類又は複数種類の機能性領域を同じ位置に互いに連結して、又は別の位置に分散して導入することができる。また、例えば、複数の機能性領域が連結している場合、その間にリンカーを介してもよい。
【0049】
目的の機能性領域が本発明の方法に適するかどうかは、公知の方法によって判断することができる。具体的には、例えば、滴定試験によって、若しくは特定の塩基性溶液を使用してpH安定性を実際に測定することにより、又は機能性領域のpIや荷電性アミノ酸の比率からpH安定性を推定することにより判断することができる。
【0050】
本発明の方法に使用される機能性領域は、熱変性しやすい、及び/又は酵素精練に使用される酵素(例えば、パパイン、アルカラーゼ、セリアーゼ等)により分解されやすいタンパク質又はその部分であってもよい。
【0051】
本発明の方法に使用される機能性領域は、シグナル配列を有していても、有していなくてもよい。例えば、シグナル配列を除いたタンパク質を機能性領域として好適に使用することができる。
【0052】
機能性領域の由来は特に限定しない。例えば、その絹糸虫の内因性遺伝子に由来してもよく、外因性遺伝子に由来してもよい。また、その導入の方法は特に限定しない。当技術分野において公知の遺伝子組換え技術を使用して導入することができる。
【0053】
本工程で使用される絹糸の種類は特に限定しない。具体的には、例えば、絹糸虫が作製した構成物をそのまま使用してもよく、又は本工程に先立って任意の処理がされていてもよい。具体的には、絹糸としてカイコ由来の絹糸を利用する場合、カイコが製造した繭由来の絹糸を使用することができる。具体的には、繭(生繭及び乾繭を含む)、生糸、生糸から作製された織物及びその組合せ等を本工程で使用される絹糸として使用することができる。
【0054】
本方法の前に絹糸に施される処理は特に限定しないが、好ましくは、高温(例えば、80℃以上)での処理を含まない。
【0055】
<塩基性溶液>
塩基性溶液の温度は、50℃を超え、かつ80℃未満であれば特に限定しない。具体的な温度は、例えば、55℃以上、56℃以上、57℃以上、58℃以上、59℃以上、60℃以上、61℃以上、62℃以上、63℃以上、64℃以上又は65℃以上である。また、温度の具体的な上限は、例えば、79℃以下、78℃以下、76℃以下、75℃以下、74℃以下、72℃以下、71℃以下、70℃以下、69℃以下、68℃以下、67℃以下、65℃以下、64℃以下、63℃以下、62℃以下、61℃以下又は60℃以下である。温度は、本工程の期間、おおむね上記温度範囲内であればよく、一定に保たれる必要はない。
【0056】
温度以外の塩基性溶液の条件は特に限定しない。例えば、塩基性溶液の組成や性質等の条件は目的に応じて適宜設定することができる。
【0057】
溶質の種類や濃度等の塩基性溶液の組成は特に限定しない。
溶質の種類は、電離によって溶液が塩基性になる溶質であれば特に限定しない。例えば、任意の無機塩、有機酸塩、公知のアルカリ精練において使用される溶質、又はその組合せを使用することができる。具体的には、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、メタケイ酸ナトリウム、無水第二リン酸ナトリウム、無水第三リン酸ナトリウム、各種縮合リン酸ナトリウム(例えば縮合度が2以上のもの)、ホウ酸ナトリウム、二炭酸水素三ナトリウム、三リン酸ナトリウム、リン酸三ナトリウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、安息香酸ナトリウム、安息香酸カリウム、安息香酸アンモニウム又はその組合せ等が挙げられる。
【0058】
溶質の濃度は特に限定しない。例えば、溶液全量に対して0.01(w/v)%以上20(w/v)%以下、0.05(w/v)%以上15(w/v)%以下、0.1(w/v)%以上10(w/v)%以下、0.3(w/v)%以上7(w/v)%以下又は0.5(w/v)%以上5(w/v)%以下とすることができる。あるいは、例えば、精練対象の絹糸の重量に対して0.01%o.w.f.以上20%o.w.f.以下、0.05%o.w.f.以上15%o.w.f.以下、0.1%o.w.f.以上10%o.w.f.以下、0.3%o.w.f.以上7%o.w.f.以下又は0.5%o.w.f.以上5%o.w.f.以下とすることができる。溶質の濃度は、溶質の種類や目的のpHに基づいて決定することができる。
【0059】
塩基性溶液の精練開始前の初期pHは特に限定しないが、例えば、7.5以上、8以上、9以上、10以上、10.5以上、10.6以上、10.8以上、10.9以上、11以上、11.05以上、11.1以上、11.2以上、11.25以上、11.27以上、11.28以上、11.3以上、11.4以上、11.43以上、11.45以上、11.5以上、11.7以上、11.72以上、11.8以上、11.9以上、12以上、12.1以上、12.14以上、12.18以上、12.2以上とすることができる。また、例えば、14以下、13.5以下、13以下、12.5以下、12.45以下、12.42以下、12.4以下、12.35以下、12.3以下、12.2以下、12.18以下、12.17以下、12.15以下、12.14以下、12.13以下、12.1以下、12.05以下、12以下、11.8以下、11.7以下、11.6以下、11.5以下、11.45以下、11.43以下、11.4以下、11.3以下、11以下等とすることができる。また、例えば、利用可能なpHは、7.5~14、8~13.5、8.5~13、9~13、9~12.5、9.5~12、又は10~11.5、10.5~13、11~13、11~12.5、11.3~12.5、11.5~12.5等である。塩基性溶液のpHは、実際の測定に基づいて判断しても、電離度や濃度から算出されたpHに基づいて判断してもよい。pHの測定には、例えば、pH試験紙やpHメーター等を用いた公知の方法を使用することができる。濃度及びpHは本工程の間、おおむね上記範囲内にあればよく、一定に保たれる必要はない。また、例えば、本工程の間に溶質及び/又は水が追加されても、溶液が更新されてもよい。
【0060】
本発明で使用される塩基性溶液には、必要に応じて任意の他の成分を含めることができる。具体的には、例えば、緩衝剤、pH調整剤、界面活性剤、キレート剤等が挙げられる。
【0061】
塩基性溶液の液量も特に限定しない。例えば、接触を浸漬により行う場合、絹糸の重量を1とした場合の液全体の重量を示す浴比で、通常、1:10~1:100又は1:20~1:80の浴比で用いられる。
【0062】
使用する塩基性溶液の種類や条件は、使用する機能性領域に関連して決定することができる。例えば、機能性領域に基づく活性が、同じ方法で精練を行った機能性領域を含まない絹糸と比較して、3.5倍以上、4倍以上、4.5倍以上、5倍以上、5.5倍以上、6倍以上、7倍以上、8倍以上、9倍以上、又は10倍以上となるように決定することができる。
【0063】
<接触>
80℃以下の温度で固体(絹糸)と液体(塩基性溶液)が互いに直接接触できればその接触方法は特に限定しない。本発明においては、両成分を接触させるため、固体と液体の接触に適した方法が好ましい。具体的には、例えば、絹糸を塩基性溶液に浸漬させる、絹糸に塩基性溶液を散布、噴射若しくは塗布する又はその組合せ等によって接触させることができる。
【0064】
接触には、例えば、精練において使用される公知の方法を使用することができる。具体的な方法としては、例えば、吊練り法及び袋練り法等の手動の方法、噴射精練法等の機械を使用した方法等が挙げられる。「吊練り法」とは、溶液の鍋の上又は中に渡した竿や棒に絹糸をかけて吊るした状態で溶液に浸す方法であり、使用するものによって竿練り法や棒練り法等に分けられる。「袋練り法」は、絹糸を木綿袋等の袋に入れて溶液に浸す方法である。「噴射精練法」は、溶液を機械により絹糸に噴射する方法である。
【0065】
吊練り法及び袋練り法等の浸漬を使用する方法を用いる場合、絹糸の全体が一度に水面下にある必要はなく、例えば、位置替え、混和、回転等により、結果として絹糸の全体が塩基性溶液と接触すればよい。噴射精練法等のその他の方法を用いる場合においても、絹糸の位置替え又は回転等により、絹糸の全体が塩基性溶液と接触可能となるような操作を行うことが好ましい。
【0066】
温度以外の接触の条件は特に限定しない。例えば、接触時間、使用される絹糸、使用される塩基性溶液の種類や性質は目的の応じて任意に設定することができる。
【0067】
接触時間は、例えば、塩基性溶液の温度及び性質等に関連して決定することができる。一般に温度が低いほど時間は長くなり、高いほど短くなる。具体的には、例えば、30秒以上、1分以上、2分以上、5分以上、10分以上、15分以上、20分以上、30分以上、45分以上、50分以上、又は60分以上である。また、時間の上限は、例えば、6時間以下、5時間以下、4時間以下、3時間以下、2時間以下、90分以下、75分以下、又は60分以下である。具体的には、例えば、2分以上90分以下、15分以上90分以下で行うことができる。
【0068】
本工程の条件は、例えば、目的の練りの強さと関連して決定してもよい。例えば、精練後の絹糸重量の精練前の絹糸重量に対する減少率(練減率)が8%以上、9%以上、10%以上、12%以上、15%以上、17%以上、17.5%以上、18%以上、18.5%以上、19%以上、20%以上、21%以上、22%以上、23%以上、24%以上又は25%以上となるように決定してもよい。また、例えば、絹糸中の全セリシンに対して、30%以上、50%以上、60%以上、65%以上、70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上又は100%のセリシンが除去されるように決定してもよい。
【0069】
接触は、複数回行うことができる。その場合、各接触ごとに塩基性溶液の組成を変更してもよく、又は前の接触に用いた溶液をそのまま使用してもよい。複数回に分けて行う場合、各接触を異なる目的で行うことができる。例えば、絹糸として織物を使用する場合等には、目的に応じて、それぞれの接触を前処理、粗練り、本練り又は仕上練り等として扱ってもよい。「粗練り」とは、絹糸に水分を含ませセリシンの除去を容易にする工程をいう。「本練り」とは、セリシンを絹糸から完全に除去する工程をいう。「仕上練り」とは、これまでの工程で使用したセッケン分やアルカリ分を絹糸から除去する工程をいう。また、本工程とは別にそれらの工程を行ってもよい。
【0070】
1-3-3.洗浄工程
「洗浄工程」は、任意工程であり、吐糸絹糸を水又は温水等に接触させて、吐糸絹糸を洗浄する工程である。本工程は接触工程の前及び/又は後に実施することができる。特に、本方法が複数の工程を含む場合、その各工程の間に本工程を行うことができる。例えば、湿潤工程を行う場合は湿潤工程と接触工程の間及び/又は接触工程の後に本工程を行ってもよく、接触工程が複数回行われる場合には、その各接触の間に本工程を行ってもよい。
【0071】
本工程は、基本的に湿潤工程に準じて、又は一般的な精練方法における仕上練りに準じて行うことができる。なお、仕上練りとして本工程を行っても、本工程とは別に仕上練りを行ってもよい。
【0072】
本工程は複数回行うことができる。その場合、使用する水の組成及び温度は毎回同じでも、その度に異なってもよい。
【0073】
1-4.効果
本態様の精練方法によって絹糸に含まれるセリシンが除去される。また、精練後の絹糸の用途等に応じて精練の度合いを調節することができる。
【0074】
本発明の精練方法によれば、比較的低温で、かつ、酵素を使用せずに精練を行うことができる。そのため、本発明の方法は様々な目的、例えば、絹糸への負荷を軽くするため、又は製糸費用の削減のため等に使用することができる。特に、熱変性しやすい、及び/又は酵素精練に使用される酵素により分解されやすい機能性領域の活性を保持した練糸及び/又は絹糸塊を得ることができる。
【0075】
2.不織布
2-1.概要
本発明の第2の態様は不織布である。本発明の不織布は、第1態様の精練方法を用いて精練された絹糸を含む。
【0076】
2-2.構成
本発明の不織布は、第1態様の精練方法で得られた絹糸を材料として構成されている。通常、複数の絹糸が使用されるが、1本の絹糸を材料として構成してもよい。また、複数種類の絹糸を含んでもよく、他の繊維素材等を含んでもよい。本態様では、絹糸として練糸及び/又は絹糸塊を使用することができる。
【0077】
他の繊維素材は特に限定しないが、例えば、羊毛等の動物繊維及び綿等の植物繊維を含む天然繊維、アセテート等の半合成繊維、レーヨン等の再生繊維、ポリエステル等の合成繊維、又はガラス繊維等の無機繊維が挙げられる。
【0078】
不織布の製造には、公知の不織布の製法を使用することができる。具体的な方法は特に限定しないが、例えば、ケミカルボンド法、ニードルパンチ法又はスパンレース法等を利用できる。
【0079】
2-3.用途
本発明の不織布の用途は特に限定しない。通常の不織布の公知の用途に用いることができる。本発明の不織布が機能性領域を含む絹糸から構成されている場合、その機能性領域が機能を発揮し得る用途、例えば、特定の物質を選択的に吸着するためのフィルター材や布材等に使用することができる。
【0080】
3.充填剤
3-1.概要
本発明の第3の態様は充填剤である。本発明の充填剤は、第1態様の精練方法を用いて精練された絹糸を含む。
【0081】
3-2.構成
本発明の充填剤は、第1態様の精練方法で得られた絹糸を材料として構成されている。例えば、1本の又は複数種類の絹糸を材料として構成することができる。本態様では、絹糸として練糸及び/又は絹糸塊を使用することができる。
【0082】
本発明の充填剤には、他の公知の充填剤を含むことができる。具体的には、例えば、繊維状充填剤、板状充填剤及び粒状充填剤を含むことができる。
【0083】
繊維状充填剤としては、例えば、第2態様にて上述したような他の公知の繊維素材を含むことができる。
【0084】
板状充填剤としては、例えば、ガラスフレーク、カーボンフレーク、タルク及びグラファイト等を使用することができる。
【0085】
粒状充填剤としては、例えば、樹脂ビーズ、シリカビーズ、又は有機材料若しくは無機材料からなる多孔質粒子等を使用することができる。
【0086】
3-3.用途
本発明の充填剤の用途は特に限定しない。例えば、断熱材等の建築資材、枕等の寝具、ダウン等の衣類及びぬいぐるみ等の玩具等の日用品用の充填剤、並びにカラム充填剤等の試験用資材等として使用することができる。特に、本発明の充填剤が機能性領域を含む絹糸から構成されている場合、その機能性領域に則した機能、例えば、吸着及び/又は検出等の機能を有する充填剤として使用することができる。
【0087】
4.織物
4-1.概要
本発明の第4の態様は織物である。本発明の織物は、第1態様の精練方法を用いて生産された練糸を含む。
【0088】
4-2.構成
本発明の織物は、第1態様の精練方法で得られた練糸を材料として構成されている。例えば、複数の又は複数種類の練糸を材料として構成することができる。
【0089】
本発明の織物には、第2態様にて上述したような他の公知の繊維素材を含んでもよい。
【0090】
織物の種類は特に限定しない。例えば、平織、綾織及び朱子織からなる三原組織の他、ドビー織等の紋織物も含む。平織は縦糸と横糸が交互に1本ずつ組織された織物、綾織は縦糸と横糸がそれぞれ2本以上連続して織られ、斜紋線を有することを特徴とする織物、朱子織は縦糸又は横糸を表面に長く浮かせるように組織された織物である。これらの織物はいずれも織機等により、公知の方法で作製することができる。
【0091】
また、第1態様の精練方法において絹糸として織物を使用した場合に得られる織物も本発明の織物に含まれるものとする。
【0092】
4-3.用途
本発明の織物の用途は特に限定しない。通常の織物の公知の用途に用いることができる。例えば、洋服等の衣類、壁紙、及びシートカバー等の被覆用品等が挙げられる。本発明の不織布が機能性領域を含む絹糸から構成されている場合、その機能が付与された織物として使用することができる。
【実施例0093】
<実施例1.低温精練が練減率に与える影響>
(目的)
塩基性溶液を用いた低温精練を使用した場合に、タンパク質が変性しない温度において精練が可能かどうかを調べる。
【0094】
(方法)
機能性領域として用いたコヒーシンドメイン(
図1A、0104)は、Acetivibrio thermocellus ATCC 27405とClostridium cellulovorans由来のコヒーシンドメイン(配列番号3、5及び6)に基づくコヒーシンドメイン(配列番号7~9)をタンデムに合計3つ連結したものを用いた。また、フィブロインH鎖に導入するコンストラクトとして、このコヒーシンドメインのN末端にリンカー(配列番号12)を介して蛍光タンパク質(EGFP)を融合した融合タンパク質をコードする塩基配列を設計した。コヒーシンドメインをコードする塩基配列はカイコでの発現のためにコドン最適化した。Kojima et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 2943-2951 (2007)に記載のpBac[3XP3-DsRed2afm]_HC-EGFPベクター内にクローニングされたフィブロインH鎖の遺伝子において、フィブロインH鎖のアミノ酸配列(配列番号2)の154位~5204位の区間に対応する位置に、In fusionを用いた相同組換えを用いて上記コンストラクトをクローニングした。クローニングされたpiggyBacベクターを、T. Tamura et al., Nat. Biotechnol. 18, 81-84 (2000)に記載の方法に従って白眼の非休眠系統w1pndの初期受精卵に顕微注入し、眼の赤色蛍光を元にしてスクリーニングを行い、組換え個体を分取した。分離した系統を休眠の白眼系統(白/C姫)と交配し、機能性繭1(外因性遺伝子のコピー数:2)及び機能性繭2系統(外因性遺伝子のコピー数:5~6)を樹立した。
【0095】
得られた機能性繭(機能性繭1及び機能性繭2)を以下の実験に用いた。また、対照として機能性領域を含まない白/C姫系統の繭(対照)を用いた。機能性繭2においては、コピーの挿入位置及び挿入コピー数の異なる2種類の繭(機能性繭2-1(コピー数5)及び機能性繭2-2(コピー数6))を使用した。
繭はカッターにより切開し、繭中の蛹を除いた。
【0096】
塩基性溶液を用いた精練は、精練溶液として0.5(w/v)%炭酸ナトリウム水溶液(pHは約11.5)を用い、以下の温度で60分間行った。
温度は50℃、60℃、70℃、80℃及び93℃を用いた。
【0097】
練減率は、精練前後の繭の乾燥重量の差を精練前の繭の乾燥重量で除した値に100をかけることにより算出した。
実験は、それぞれの試験区について約0.5gの繭層を用いて1回行った。
【0098】
(結果)
結果を
図2に示す。
図2は、各温度条件における練減率を示すグラフである。機能性領域の有無にかかわらず、温度の練減率の関係はおおむね同様であった。
【0099】
通常のアルカリ精練の温度条件である93℃においては26%以上の練減率であり、セリシンがほぼ完全に除去されていると考えられた。しかし、温度を70℃程度まで下げても、練減率は大きく変化せず、おおむね25%以上の練減率を示した。また、60℃まで低くしても、練減率はおおむね20%以上と良好な練減率を示した。一方、50℃まで温度を下げると、練減率は10%を下回り、十分な精練はできなかった。
【0100】
以上のことから、60℃又は70℃のような比較的低温条件であっても、塩基性溶液による精練が可能であることがわかった。
【0101】
<実施例2.低温精練が機能性領域の機能に与える影響>
(目的)
塩基性溶液を用いた低温精練の温度条件と、精練が機能性領域の機能に与える影響の関係を調べる。
【0102】
(方法)
使用した繭と塩基性溶液を用いた低温精練は実施例1と同様に行った。
精練前及び後の各繭において、セルラーゼ活性を測定した。セルラーゼ活性は、特開2020-70293に記載の方法と同様の方法により測定した。具体的には、測定対象の繭は、洗浄した後、機能性領域中のコヒーシンドメインに結合可能なドッカリンドメイン(Acetivibrio thermocellus由来:配列番号4)をC末端側に融合したシロアリ型セルラーゼ(以下、単にドッカリン融合セルラーゼと呼ぶ)を含む酵素液と共に一晩4℃でインキュベートした。インキュベートの後に酵素液を洗浄し、1% CMC(カルボキシメチルセルロースナトリウム塩、Sigma-Aldrich)溶液(0.1M酢酸ナトリウムバッファ、pH5.5)を加えて37℃で1時間反応させた。反応の後に回収したCMC反応溶液にTZB(テトラゾリウムブルークロライド)試薬を添加し、95℃で10分間加熱した。還元糖による発色を660nmの吸光度の測定により検出することで、絹糸に結合したセルラーゼの活性を測定した。
【0103】
(結果)
結果を
図3に示す。
図3は、温度条件による各繭のセルラーゼ活性の変化を示すグラフである。通常のアルカリ精練の温度条件である93℃を含め、80℃以上の温度条件においては、いずれの繭においてもセルラーゼ活性はほとんど観察されなかった。機能性領域を含む繭においても活性が見られなかったのは、絹糸中の機能性領域であるコヒーシンドメインが熱変性してしまったためと考えられる。
【0104】
一方、70℃以下の温度条件においては、機能性領域を含む繭のいずれにおいてもセルラーゼ活性が見られた。特に、50℃及び60℃の温度条件では高いセルラーゼ活性が観察された。機能性領域を含まない対照繭では、基本的にセルラーゼ活性は見られなかったが、50℃の温度条件においては、低いセルラーゼ活性が見られた。ただ、50℃においても、対照繭及び機能性繭の両方におけるばらつきは、精練を行わない場合(比較例を参照)と比較して小さく、機能性領域の有無により顕著な違いが見られた。
【0105】
このことから、50℃より高い温度であれば、比較的低温であっても機能性領域の活性を失わせることなく、精練が可能であることがわかった。
【0106】
<比較例1.酵素精練による処理が機能性領域の機能に与える影響>
(目的)
タンパク質が変性しない比較的低温で実施可能な酵素精練を行った場合において、精練が機能性領域の機能に与える影響を調べる。
【0107】
(方法)
使用した繭は実施例1と同様のものを用いた。
酵素精練は、全ての繭に対して同時に、35分間の精練を1回行った。
練減率は実施例1と同様に算出した。
また、セルラーゼ活性の測定は、実施例2と同様に行った。
【0108】
【0109】
【0110】
表1は、各繭を使用した場合の練減率を示す。いずれの繭を用いた場合も、20%以上の練減率を示し、機能性領域の有無にかかわらず、正常な精練がされていることがわかった。
【0111】
図4は、精練前の各繭を使用した場合のセルラーゼ活性を示すグラフである。機能性領域を有しない対照群においてもセルラーゼ活性が検出され、また、各群においてその活性のばらつきも大きかった。このことから、精練前の繭においては、機能性領域の機能が埋没し得ることがわかった。理論に縛られるものではないが、これは、ドッカリン融合セルラーゼが、コヒーシンドメインのみならず、絹糸表面のセリシンに非特異的に吸着してしまったためと考えられる。
【0112】
図5は、精練後の各繭を使用した場合のセルラーゼ活性を示すグラフである。いずれの繭を使用した場合もほとんどセルラーゼ活性が検出されず、酵素精練によって機能性領域の機能が失われ得ることがわかった。
【0113】
以上のことから、タンパク質が変性しない温度で実施可能な酵素精練を使用した場合であっても、機能性領域等のタンパク質の機能が失われ得ることがわかった。
【0114】
<実施例3.コヒーシンドメイン以外の機能性領域を有する絹糸における低温精練>
(目的)
コヒーシンドメイン以外の機能性領域を有する機能性繭において塩基性溶液を用いた低温精練が有効であることを確認する。
【0115】
(方法)
1.遺伝子組換えカイコの作出
実施例1で機能性領域として使用したコヒーシンドメイン挿入位置にリパーゼ遺伝子を組み込んだベクターを作製し、カイコに導入した。リパーゼ遺伝子としては、Bacillus thermoamylovorans由来のリパーゼ(配列番号13)をコードする遺伝子を用いた。また、フィブロインH鎖に導入するコンストラクトとして、実施例1と同様に、このリパーゼのN末端にリンカー(配列番号12)を介して蛍光タンパク質(EGFP)を融合した融合タンパク質をコードする塩基配列を設計した。リパーゼをコードする塩基配列はカイコでの発現のためにコドン最適化した。
【0116】
遺伝子組換えカイコの作出は、本実施例にて作製したベクターを使用した以外は実施例1と同様に行った。分離した系統を休眠の白眼系統(白/C姫)と交配し、機能性繭を樹立した。
【0117】
得られた機能性繭を以下の実験に用いた。また、対照として機能性領域を含まない白/C姫系統の繭(対照)を用いた。
繭はカッターにより切開し、繭中の蛹を除いたものを使用した。
【0118】
2.精練処理
約1gの繭を入れたポリエステル製不織布の袋を精練用溶液に浸漬し、温度60℃で1時間処理した。精練用溶液としては、0.5(w/v)%炭酸ナトリウム水溶液を用いた。
【0119】
練減率は、精練前後の繭の乾燥重量の差を精練前の繭の乾燥重量で除した値に100をかけることにより算出した。
精練した繭は袋から取り出してリパーゼ活性の測定に供した。
【0120】
3.リパーゼ活性の測定
ハサミで細断した繭を約10mg容器に入れた。pH8.0の反応溶液(50mM Tris-HCl;5mM CaCl2;10% 2-プロパノール;0.4% Triton-X100)を1mL添加し、さらに基質として酪酸4-ニトロフェニルを終濃度が1mMになるように添加して反応を開始した。常温で3分間反応させた直後に400nmの吸光度を測定することにより、リパーゼによる分解産物である4-ニトロフェノラートの生成量を測定した。活性測定は、対照については10回、機能性繭については3回行った。
【0121】
(結果)
結果を
図6及び7に示す。
図6は練減率を示す図であり、
図7は精練後の繭のリパーゼ活性を示す図である。
【0122】
練減率は、実施例1における機能性繭の結果と同様に20%前後であり、対照と機能性繭で違いは見られなかった(
図6)。
【0123】
一方、リパーゼ活性は機能性繭でのみ観察され、機能性繭は精練後も高いリパーゼ活性を保持していることがわかった。
【0124】
この結果から、機能性領域の種類によらず、低温条件での十分な精練が可能であり、かつ、機能性領域の活性を保持できることが示された。
【0125】
<実施例4.精練処理時間が練減率及び機能に与える影響>
(目的)
精練処理の処理時間の長さと練減率及び機能性領域の機能との関係を調べる。
【0126】
(方法)
実施例3で使用した機能性領域としてリパーゼを有する機能性繭を使用し、精練処理の時間を30秒、5分、15分、30分、45分、60分とした以外は実施例3と同様に精練処理及びリパーゼ活性測定を行った。
【0127】
活性測定は、対照については10回、機能性繭については各処理条件の繭について3回ずつ行った。
【0128】
精練処理後の繭において、GFP蛍光を観察した。観察は、暗所において励起光として青色LEDを照射し、蛍光をオレンジ色のフィルターを通してデジタルカメラで撮影することにより行った。
【0129】
(結果)
結果を
図8及び9に示す。
図8は練減率を示す図であり、
図9は精練後の繭のリパーゼ活性及びGFP蛍光を示す図である。
【0130】
練減率は処理時間が長くなると共に上昇する傾向が見られた(
図8)。15分以上の処理時間で10%以上の練減率となることが示唆された。
【0131】
一方、リパーゼ活性は処理時間が長くなるに伴って低下する傾向が見られた(
図9A)。しかしながら、GFP蛍光からわかる通り(
図9C)、処理時間が60分であっても機能性領域の機能が十分に発揮されることが示された。また、リパーゼ活性から、処理時間が45分以下の範囲では処理時間が長くなる程活性が低下する傾向が見られたものの、それ以上の処理時間とした場合にはリパーゼ活性が低下しないことが示唆された。
【0132】
<実施例5.精練用溶液の塩基濃度が練減率及び機能に与える影響>
(目的)
精練用溶液の塩基性溶質の濃度と、練減率及び機能性領域の機能との関係を調べる。
【0133】
(方法)
精練処理の時間を60分とし、精練用溶液として0.5×10-4(w/v)%、0.5×10-3(w/v)%、0.5×10-2(w/v)%、0.1(w/v)%、0.25(w/v)%、0.5(w/v)%の炭酸ナトリウム水溶液を使用した以外は実施例4と同様に実験を行った。精練用溶液のpHは、溶液を常温で調製し、pHメーター(Sartorius社、DoCu-pH.5+)により測定した。
【0134】
活性測定は、0.25(w/v)%及び0.5(w/v)%の各処理条件の繭について4回ずつ行った。
【0135】
(結果)
結果を
図10及び11に示す。
図10は練減率を示す図であり、
図11は精練後の繭のリパーゼ活性及びGFP蛍光を示す図である。
【0136】
練減率は塩基性溶質濃度が高くなると共に上昇する傾向が見られた(
図10)。0.25(w/v)%以上の濃度で10%以上の練減率となることが示唆された。
【0137】
一方、リパーゼ活性及びGFP蛍光は濃度が高くなる程低下する傾向が見られた。ただ、0.25(w/v)%の場合と0.5(w/v)%の場合で大きな差は見られず(
図11A)、GFP蛍光からも、これらの濃度においては機能性領域の機能が十分に発揮されることが示された(
図11B)。
【0138】
<実施例6.精練用溶液の塩基性溶質の種類が練減率及び機能に与える影響(1)>
(目的)
精練用溶液の塩基性溶質の種類と、練減率及び機能性領域の機能との関係を調べる。
【0139】
(方法)
精練用溶液として1.0×10-4(w/v)%、1.0×10-3(w/v)%、0.05(w/v)%、0.075(w/v)%、0.1(w/v)%の水酸化ナトリウム水溶液を使用した以外は実施例5と同様に実験を行った。
【0140】
活性測定は、0.05(w/v)%及び0.075(w/v)%の各処理条件の繭について4回ずつ行った。
【0141】
(結果)
結果を
図12及び13に示す。
図12は練減率を示す図であり、
図13は精練後の繭のリパーゼ活性及びGFP蛍光を示す図である。
【0142】
塩基性溶質が水酸化ナトリウムの場合でも、炭酸ナトリウムの場合と傾向は概略同様であった。練減率は塩基性溶質濃度が高くなると共に上昇する傾向が見られ(
図12)、0.05(w/v)%以上の濃度で20%以上の練減率となることが示唆された。
【0143】
一方、リパーゼ活性は0.05(w/v)%の場合と0.075(w/v)%の場合で大きな差は見られなかった(
図13A)。GFP蛍光の観察結果においては、0.05(w/v)%の場合と比較すると、0.075(w/v)%の場合に蛍光がやや弱くなった(
図13B)。
【0144】
実施例5の結果とあわせると、特に精練用溶液のpHが11~13前後の条件が好適であることが示唆された。
【0145】
<実施例7.精練用溶液の塩基性溶質の種類が練減率及び機能に与える影響(2)>
(目的)
精練用溶液の塩基性溶質の種類と、練減率及び機能性領域の機能との関係を調べる。
【0146】
(方法)
精練用溶液として0.2(w/v)%のメタケイ酸ナトリウム水溶液及び0.1(w/v)%のリン酸三ナトリウム水溶液を使用した以外は実施例5と同様に実験を行った。
【0147】
活性測定は、各処理条件の繭について4回ずつ行った。
【0148】
(結果)
結果を
図14~17に示す。
図14及び15はメタケイ酸ナトリウム水溶液(pH12.18)を使用した場合の結果を示す図であり、
図16及び17はリン酸三ナトリウム水溶液(pH11.72)を使用した場合の結果を示す図である。
【0149】
塩基性溶質がメタケイ酸ナトリウムやリン酸三ナトリウムの場合でも、低温において十分な精練が可能であり(
図14及び16)、機能性領域の機能が保持されることが示された(
図15及び17)。
【0150】
以上から、塩基性溶質の種類にかかわらず、低温にて、機能性領域の機能を保持したまま精練が可能であることが示唆された。