(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024018120
(43)【公開日】2024-02-08
(54)【発明の名称】スパッタリングターゲット及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/34 20060101AFI20240201BHJP
B22F 10/28 20210101ALI20240201BHJP
【FI】
C23C14/34 A
B22F10/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022121226
(22)【出願日】2022-07-29
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100211018
【弁理士】
【氏名又は名称】財部 俊正
(74)【代理人】
【識別番号】100129296
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 博昭
(72)【発明者】
【氏名】正能 大起
(72)【発明者】
【氏名】召田 雅実
【テーマコード(参考)】
4K018
4K029
【Fターム(参考)】
4K018AA21
4K018BA09
4K018BB04
4K018DA31
4K018DA32
4K018KA29
4K029BA11
4K029CA05
4K029DC03
4K029DC04
4K029DC07
4K029DC08
4K029DC09
(57)【要約】
【課題】スパッタリング時のクラックの発生を抑制できるスパッタリングターゲット及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】スパッタリング面を有し、モリブデンを含む複数の結晶粒からなる多結晶体を備え、複数の結晶粒のうち、スパッタリング面に垂直な方向に沿って延びる棒状結晶粒の割合が10%以上であり、なおかつ多結晶体におけるスパッタリング面に垂直な断面における結晶粒の平均粒径が300μm以下である、スパッタリングターゲット。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スパッタリング面を有し、モリブデンを含む複数の結晶粒からなる多結晶体を備え、
前記複数の結晶粒のうち、前記スパッタリング面に垂直な方向に沿って延びる棒状結晶粒の割合が10%以上であり、なおかつ、前記多結晶体における前記スパッタリング面に垂直な断面における前記結晶粒の平均粒径が300μm以下である、スパッタリングターゲット。
【請求項2】
前記多結晶体において、前記棒状結晶粒の少なくとも一部が前記スパッタリング面に垂直な方向に直列に配置されている、請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
前記多結晶体における前記スパッタリング面に平行な断面において、前記結晶粒の平均粒径が150μm以下である、請求項1又は2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
スパッタリング面を有し、モリブデンを含む複数の結晶粒からなる多結晶体を備えるスパッタリングターゲットを製造する方法であって、
モリブデンを含む原料を、前記スパッタリング面に垂直な方向に沿って照射される電子ビームにより溶解させて、モリブデンを含みかつ前記電子ビームの照射方向に沿って延びる棒状結晶粒を10%以上の割合で含有し、前記スパッタリング面に垂直な断面において300μm以下の平均粒径を有する複数の結晶粒からなるビーム照射体を形成するビーム照射工程を少なくとも1回行うことで前記多結晶体を形成する多結晶体形成工程を含む、スパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項5】
前記ビーム照射工程において、前記電子ビームの出力を10kW以下とする、請求項4に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、スパッタリングターゲット及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モリブデンを含むスパッタリングターゲットは、パワーエレクトロニクス用の半導体基板、太陽電池やフラットパネルなどにおけるモリブデン膜の形成に用いられることがある。このようなスパッタリングターゲットでは、スパッタリング時にいわゆるパーティクルが発生することがある。このパーティクルは、モリブデン膜の品質を低下させる傾向があることから、スパッタリングターゲットには、スパッタリング時のパーティクルの発生を抑制することが求められる。
【0003】
例えば下記特許文献1では、モリブデンの含有量が99.99質量%以上であり、相対密度が98%以上であり、平均粒径が400μm以下であるスパッタリングターゲットにより、スパッタリング時のパーティクルを有効に低減することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記特許文献1に記載のスパッタリングターゲットは、スパッタリング時のクラックの発生を抑制する点で改善の余地を有していた。
本開示は、スパッタリング時のクラックの発生を抑制できるスパッタリングターゲット及びその製造方法の少なくともいずれかを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、スパッタリング面を有する多結晶体に含まれる結晶粒の形状に着目し、結晶粒の形状を棒状としてみた。しかし、結晶粒の形状を棒状とするだけでは必ずしも、スパッタリング時のクラックを抑制することができない場合があった。そこで、本発明者らは、多結晶体を構成する複数の結晶粒の少なくとも一部の結晶粒を棒状結晶粒としつつ、棒状結晶粒をスパッタリング面に垂直な方向に延びるようにすることで、上記課題を解決し得ることを見出し、本開示に至った。
すなわち、本発明は特許請求の範囲に記載のとおりであり、また、本開示の要旨は以下のとおりである。
(1)スパッタリング面を有し、モリブデンを含む複数の結晶粒からなる多結晶体を備え、前記複数の結晶粒のうち、前記スパッタリング面に垂直な方向に沿って延びる棒状結晶粒の割合が10%以上であり、なおかつ、前記多結晶体における前記スパッタリング面に垂直な断面における前記結晶粒の平均粒径が300μm以下であるスパッタリングターゲット。
(2)前記多結晶体において、前記棒状結晶粒の少なくとも一部が前記スパッタリング面に垂直な方向に直列に配置されている、(1)に記載のスパッタリングターゲット。
(3)前記多結晶体における前記スパッタリング面に平行な断面において、前記結晶粒の平均粒径が150μm以下である、(1)又は(2)に記載のスパッタリングターゲット。
(4)スパッタリング面を有し、モリブデンを含む複数の結晶粒からなる多結晶体を備えるスパッタリングターゲットを製造する方法であって、モリブデンを含む原料を、前記スパッタリング面に垂直な方向に沿って照射される電子ビームにより溶解させて、モリブデンを含みかつ前記電子ビームの照射方向に沿って延びる棒状結晶粒を10%以上の割合で含有し、前記スパッタリング面に垂直な断面において300μm以下の平均粒径を有する複数の結晶粒からなるビーム照射体を形成するビーム照射工程を少なくとも1回行うことで前記多結晶体を形成する多結晶体形成工程を含む、スパッタリングターゲットの製造方法。
(5)前記ビーム照射工程において、前記電子ビームの出力を10kW以下とする、(4)に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、スパッタリング時のクラックの発生を抑制できるスパッタリングターゲット及びその製造方法の少なくともいずれかが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本開示のスパッタリングターゲットの一実施形態を示す断面図である。
【
図2】
図1の多結晶体のスパッタリング面に垂直な方向に沿った切断面を部分的に示す概略図である。
【
図3】本開示のスパッタリングターゲットの製造方法の一実施形態における多結晶体形成工程を示す概略図である。
【
図4】実施例1の多結晶体のスパッタリング面に垂直な方向に沿った切断面のSEM画像を示す図である。
【
図5】比較例1の多結晶体のスパッタリング面に垂直な方向に沿った切断面のSEM画像を示す図である。
【
図6】比較例2の多結晶体のスパッタリング面に垂直な方向に沿った切断面のSEM画像を示す図である。
【
図7】比較例3の多結晶体のスパッタリング面に垂直な方向に沿った切断面のSEM画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本開示について、一実施形態を示して詳細に説明するが、本開示は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0010】
<スパッタリングターゲット>
まず、本開示のスパッタリングターゲットの実施形態について
図1及び
図2を参照しながら説明する。
図1は、本開示のスパッタリングターゲットの一実施形態を示す断面図、
図2は、
図1の多結晶体のスパッタリング面に垂直な方向に沿った切断面を部分的に示す概略図である。
【0011】
図1に示されるスパッタリングターゲット10は多結晶体2を備えており、多結晶体2はスパッタリング面2aを有する。
多結晶体2は、モリブデンを含む複数の結晶粒からなり、複数の結晶粒のうち、スパッタリング面2aに垂直な方向Xに沿って延びる棒状結晶粒3の割合が10%以上となっている(
図2参照)。
図2は、結晶粒がすべて棒状結晶粒3である状態を示している。また、多結晶体2におけるスパッタリング面2aに垂直な断面における結晶粒の平均粒径は300μm以下となっている。
【0012】
なお、スパッタリングターゲット10は、バッキングプレート1をさらに備えてもよい。バッキングプレート1は、多結晶体2のうちスパッタリング面2aとは反対側に設けられる。
【0013】
スパッタリングターゲット10によれば、スパッタリング時のクラックの発生を抑制することができる。
スパッタリングターゲット10によって上記効果が得られる理由については明らかではないが、以下の理由が考えられる。
すなわち、例えばプラズマでスパッタリングをスパッタリング面に垂直な方向に行い、スパッタリング面においてターゲット中の結晶粒の一部が露出すると、その露出部は、プラズマの衝突により高温になり、膨張する。この時、一般に結晶粒径が小さいとクラックが発生しにくいことが知られている。本実施形態のターゲットにおいては、平均粒径が300μm以下の複数の結晶粒のうち10%以上の棒状結晶粒3はスパッタリング面2aに垂直な方向Xに沿って延びており、スパッタリング面内の結晶粒断面における見かけの粒径が小さくなるため、クラックが発生しにくくなると考えられる。また、スパッタリング面に垂直な方向Xに沿って延びる棒状結晶粒3は、スパッタリング時にも高温とならない非露出部がターゲットの内部深くまで延びている。そのため、露出部が膨張して隣りの結晶粒との間の粒界で大きなせん断応力が加わっても、その大きなせん断応力は、主に露出部周縁に作用し、非露出部とその隣りの結晶粒との間の粒界には伝搬しにくい。したがって、スパッタリング時に、多結晶体2においてクラックの発生が抑制されるのではないかと考えられる。
【0014】
以下、多結晶体2について詳細に説明する。
【0015】
(結晶粒)
結晶粒は、モリブデンを含む粒子であればよく、モリブデンのみで構成されてもよいし、モリブデンと他の金属(例えば、タングステン)との合金(モリブデン合金)で構成されてもよい。
多結晶体2におけるスパッタリング面2aに垂直な断面における結晶粒の平均粒径(以下、「第1平均粒径」ということがある)は、300μm以下である。結晶粒の第1平均粒径が300μm以下であることで、スパッタリング時のクラックの発生をより抑制することができる。また、結晶粒の第1平均粒径は、1μm以上であってよく、5μm以上であってもよい。上限及び下限は、上記のいずれの組合せであってもよい。
第1平均粒径は、多結晶体2を、JIS G 0551:2013の切断法に準拠してスパッタリング面に垂直な面で切断し、切断面を研磨した上で電解エッチングを行い、SEMを用いて観察される結晶粒について、多結晶体2のスパッタリング面2a内の結晶粒を横切る線分の1結晶粒あたりの平均線分長から算出される。
【0016】
(棒状結晶粒)
結晶粒のうち、スパッタリング面2aに垂直な方向Xに沿って延びる棒状結晶粒(以下、「垂直棒状結晶粒」ということがある)3の割合は10%以上である。
ここで、「スパッタリング面2aに垂直な方向Xに沿って延びる」とは、棒状結晶粒3を楕円近似した場合における長軸が方向Xに対して45°未満の角度をなすことをいう。ここで、楕円近似は、以下に示す解析プログラム(Aztec Crystal)を使用して行うことができ、具体的には、SEM観察平面において各粒子を構成する1以上の測定ピクセル座標から分散共分散行列を計算し、算出された2つの固有値を長軸と短軸として算出するとともに、この時の長軸の向きを固有ベクトルとして算出して行われる。
【0017】
結晶粒のうち、垂直棒状結晶粒3の割合は好ましくは40%以上であり、より好ましくは45%以上、更に好ましくは75%以上、特に好ましくは100%である。また、結晶粒のうち、垂直棒状結晶粒3の割合は100%以下であってよく、99%以下、98%以下、又は95%以下であってもよい。上限及び下限は、上記のいずれの組合せであってもよい。
【0018】
棒状結晶粒3は、棒状の結晶粒である。「棒状の」とは、多結晶体2のスパッタリング面2aに垂直な面に沿った断面において結晶粒を観察し、結晶粒を楕円近似した場合に、楕円の短径に対する長径の比(以下、「アスペクト比」という)が2.0より大きい形状を有することをいう。ここで、アスペクト比は、具体的には、SEM-EBSD(走査電子顕微鏡-電子線後方散乱回折装置、SEM:日本電子製、EBSD:オックスフォード・インストゥルメンツ社製)を利用し、以下の測定条件及び使用プログラムで多結晶体2の組織の観察を行い、観察される全ての結晶粒についてそれぞれを楕円近似した際に算出される長径/短径の数値である。
(測定条件)
ビーム条件:加速電圧20kV、照射電流100μA
ワークディスタンス:10mm
ステップ幅:5μm
(使用プログラム)
測定プログラム:AZtec
解析プログラム:AZtec Crystal
【0019】
棒状結晶粒3の平均アスペクト比は、クラックをより抑制する観点から2.4以上であることが好ましい。平均アスペクト比は、4.0以下であってよく、3.5以下であってもよい。平均アスペクト比は、観察される結晶粒のアスペクト比の相加平均値である。上限及び下限は、上記のいずれの組合せであってもよい。
【0020】
スパッタリング面2aに平行な断面における結晶粒の平均粒径(以下、「第2平均粒径」ということがある)は、特に制限されるものではないが、150μm以下であることが好ましく、100μm以下であることがより好ましい。結晶粒の第2平均粒径が150μm以下であることで、スパッタリング時のクラックの発生をより抑制することができる。また、結晶粒の第2平均粒径は、1μm以上であってよく、5μm以上であってもよい。上限及び下限は、上記のいずれの組合せであってもよい。
【0021】
第2平均粒径は、多結晶体2を、JIS G 0551:2013の切断法に準拠してスパッタリング面に平行な面で切断し、切断面を研磨した上で電解エッチングを行い、SEMを用いて観察される結晶粒について、多結晶体2のスパッタリング面2a内の結晶粒を横切る線分の1結晶粒あたりの平均線分長から算出される。
【0022】
棒状結晶粒3の少なくとも一部は、方向Xに並列に配置されていてもよく、方向Xに直列に配置されていてもよく、方向Xに並列に配置されかつ直列に配置されていてもよい。
多結晶体2においては、棒状結晶粒3の少なくとも一部が方向Xに直列に配置されていることが好ましい。この場合、スパッタリングにより多結晶体2が削られて棒状結晶粒3が消滅しても、スパッタリング時に新たな棒状結晶粒3を出現させることができ、クラックの発生を抑制することができるため、スパッタリングターゲット10の寿命を延ばすことができる。
【0023】
多結晶体2において、少なくともスパッタリング面2aに接する結晶粒は、棒状結晶粒3であることが好ましい。この場合、スパッタリング開始直後からクラックの発生を抑制することができる。
【0024】
(多結晶体中の不純物の含有量)
多結晶体2中の不純物の含有量の総計は100質量ppm以下であることが好ましい。この場合、多結晶体2において不純物に起因する結晶粒間の粒界の脆弱化をより抑制し、多結晶体2の強度をより向上させることが可能となり、スパッタリング法によりモリブデン膜を形成する際にパーティクルの発生を抑制することが可能となる。
【0025】
多結晶体2中の不純物の含有量の総計は、多結晶体2の質量に対して、50質量ppm以下であることがより好ましく、30質量ppm以下であることが特に好ましい。
多結晶体2中の不純物の含有量の総計は、3質量ppm以上であってよく、1質量ppm以上であってよい。上限及び下限は、上記のいずれの組合せであってもよい。
上記不純物は、金属及び非金属の少なくとも一方である。
金属としては、例えば、Na、Mg、Al、Si、K、Ca、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Pb及びAsが挙げられる。
非金属不純物としては、例えば、ホウ素、硫黄、炭素、酸素、水素、塩素が挙げられる。
【0026】
(多結晶体の形状)
多結晶体2の形状は、特に限定されるものではない。多結晶体2の形状としては、板状、円筒状などが挙げられる。多結晶体2が円筒状である場合、「スパッタリング面2aに垂直な方向」とは、スパッタリング面2a上の任意の点における接平面に対して垂直な方向又は円筒状の多結晶体2の径方向をいう。
【0027】
(多結晶体の厚さ)
多結晶体2の厚さは特に制限されるものではなく、使用用途に応じて適宜決められるが、例えば6.35mm以上16.50mm以下が挙げられる。
【0028】
<スパッタリングターゲットの製造方法>
次に、本開示のスパッタリングターゲットの製造方法の一実施形態について
図3を参照しながら説明する。
図3は、本開示のスパッタリングターゲットの製造方法の一実施形態における多結晶体形成工程を示す概略図である。
【0029】
図3に示すように、本開示のスパッタリングターゲットの製造方法は、ベースプレート4上に配置されたモリブデンを含む原料2Aを、スパッタリング面2aに垂直な方向に沿って照射される電子ビームYにより溶解させて、モリブデンを含みかつ電子ビームYの照射方向に沿って延びる棒状結晶粒を10%以上の割合で含有し、スパッタリング面2aに垂直な断面において300μm以下の平均粒径(第1平均粒径)を有する複数の結晶粒からなるビーム照射体を形成するビーム照射工程を少なくとも1回行うことで多結晶体2を形成する多結晶体形成工程を含む。ここで、ビーム照射工程を1回のみ行う場合には、ビーム照射体が多結晶体2となる。ビーム照射工程を2回以上行う場合(すなわち、1回目のビーム照射によって形成された多結晶体の上にさらに原料を積層し、当該原料に電子ビームYを照射してビーム照射体の積層体を形成する場合)には、ビーム照射体の積層体が多結晶体2となる。
【0030】
上記製造方法によれば、上述したスパッタリングターゲット10を効果的に製造することができる。
【0031】
以下、上記バルク形成工程について詳細に説明する。
【0032】
(ベースプレート)
ベースプレート4は、原料2Aを支持する部材である。ベースプレート4を構成する材料は特に制限されるものではないが、モリブデンを含むことが好ましい。この場合、得られる多結晶体2への不純物の混入を抑制することができる。
【0033】
(原料)
原料2Aは、モリブデン及びモリブデン合金の少なくともいずれか粉末でもよく、モリブデンを含む板状部材、または金属箔であってもよい。
【0034】
(電子ビーム)
電子ビームYは、電子ビーム源5から照射すればよい。電子ビームYは、電子ビーム源5を備えた電子ビーム型3Dプリンタなどを用いて照射することができる。電子ビーム型3Dプリンタを用いて電子ビームYを照射し、ビーム照射体を形成して多結晶体2を得る場合、多結晶体2の形状を任意の形状とすることが可能である。このため、多結晶体2を得た後の成形加工等の工程を省略することができる。
【0035】
電子ビームYの照射方向は、原料2Aの表面(ベースプレート4と反対側の表面)又はベースプレート4と原料2Aとの界面に垂直な方向とする。原料2Aに電子ビームYが照射されると、電子ビームYの照射部分が高温となり、原料2Aが溶解される。電子ビームYの照射後、溶解された部分は急冷される。この際、溶解された部分はベースプレート4側から冷却される。こうして、モリブデンがベースプレート4側から再結晶化し、その際に、原料2Aの表面に垂直な方向に結晶粒が成長し、棒状結晶粒3が形成される。また原料2Aが電子ビームYの照射により高温になると、原料2A中の不純物が揮発する。その結果、多結晶体2中の不純物含有量の総量を低減することができる。
【0036】
ビーム照射工程において、電子ビームYの出力は、10kW以下とすることが好ましく、6kW以下とすることがより好ましい。電子ビームYの出力を10kW以下とすることで、多結晶体2のスパッタリング面2aに平行な断面における結晶粒の平均粒径を小さくすることができ、スパッタリング時に多結晶体2におけるクラックの発生をより抑制することができる多結晶体2を製造することができる。
但し、ビーム照射工程において、電子ビームYの出力は、1kW以上とすることが好ましく、3kW以上とすることがより好ましい。電子ビームYの出力を1kW以上とすることで、原料2A中の高融点金属も効果的に溶解でき、多結晶体2中に棒状結晶粒3を形成することができる。また、一部の不純物金属が揮発するため、不純物含有量の総量を低減することができる。上限及び下限は、上記のいずれの組合せであってもよい。
【0037】
なお、原料2Aの厚さは、特に制限されるものではないが、電子ビームYをベースプレート4に到達させるためには、500μm以下であることが好ましく、200μm以下であることがより好ましい。これにより、厚さ方向全体にわたって棒状結晶粒3を有する多結晶体2が得られる。より厚みのある多結晶体2を得るためには、形成された多結晶体2の上に再度原料2Aを配置し、さらにビーム照射を行うことによって、多結晶体2の積層体とすればよい。これにより、得られる多結晶体2の形状の自由度が向上し、所望の形状の多結晶体2が得られる。
【0038】
ビーム照射工程において、電子ビームYの積算エネルギー投入量は照射面積1cm2あたり10kJ以上とすることが好ましく、50kJ以上とすることがより好ましく、100kJ以上とすることがさらに好ましい。電子ビームYの積算エネルギー投入量を100kJ以上とすることで揮発性の元素が蒸発しやすくなり、得られるターゲットの純度が向上する。
但し、電子ビームYの積算エネルギー投入量は照射面積1cm2あたり500kJ以下とすることが好ましく、300kJ以下とすることがより好ましい。電子ビームYの積算エネルギー投入量を300kJ以下とすることで、ビーム照射体の表面凹凸を抑制し、均一な厚みのビーム照射体を得ることができる。上限及び下限は、上記のいずれの組合せであってもよい。
【0039】
照射時間は、特に制限されるものではないが、照射面積1cm2あたり5秒間以上とすることが好ましく、20秒間以上とすることがより好ましい。電子ビームYの照射時間を5秒間以上とすることで、原料2Aの溶解が効果的に行われ、多結晶体2の厚さ方向全体にわたって棒状結晶粒3を形成することができる。
但し、電子ビームYの照射時間は、照射面積1cm2あたり200秒間以下とすることが好ましく、300秒間以下とすることがより好ましい。電子ビームYの照射時間を300秒間以下とすることで、多結晶体2のスパッタリング面2aに平行な断面における結晶粒の平均粒径を小さくすることができるとともに、材料中のボイドの発生を防ぐことができるため、スパッタリング時に多結晶体2におけるクラックの発生をより抑制することができる。上限及び下限は、上記のいずれの組合せであってもよい。
【0040】
電子ビームYは、照射後、次々と別の位置に照射し、最終的に原料2Aの表面の一部又は全体にわたって照射される。
【0041】
原料2Aに対する電子ビームYの照射は、不活性ガス雰囲気又は真空中で行うことが好ましい。この場合、多結晶体2への不純物の混入を抑制することができる。
不活性ガスとは窒素、又はアルゴンなどの希ガスである。不活性ガスとしては、アルゴンが好ましい。
【0042】
ビーム照射工程を2回以上行う場合には、ビーム照射体が形成された後、そのビーム照射体の上に原料2Aを配置し、1回目と同様にして電子ビームYを照射して溶解させ、ビーム照射体を形成する。その後、上記工程を3回以上行う場合には、2回目と同様の工程を繰り返し行えばよい。なお、原料2Aがモリブデン粉末である場合には、原料2Aを配置するたびにスキーズ機構などを用いて表面を平坦にすることが好ましい。この場合、形成されるビーム照射体の厚さの均一性をより向上させることができる。
【0043】
多結晶体2とバッキングプレート1の接合は、接合材によって行うことができる。接合材の材質としては様々な材料を利用することができるが、スパッタリング時の熱拡散及び熱膨張の抑制の点でインジウムが好ましい。
多結晶体2とバッキングプレートとの接合方法としては、拡散接合、ソルダーボンディング、摩擦攪拌接合などが挙げられるが、接合方法は特に限定されない。
【実施例0044】
実施例及び比較例を参照して本開示の内容をより詳細に説明するが、本開示は下記の実施例に限定されるものではない。
【0045】
実施例及び比較例で使用したパラメータの測定方法は以下のとおりである。
<第1平均粒径>
多結晶体を、JIS G 0551:2013の切断法に準拠してスパッタリング面に垂直な面で切断し、切断面を研磨した上で電解エッチングを行い、SEMを用いて観察される結晶粒について、スパッタリング面内の結晶粒を横切る線分の1結晶粒あたりの平均線分長から平均粒径を算出した。
<第2平均粒径>
多結晶体を、JIS G 0551:2013の切断法に準拠してスパッタリング面に平行な面で切断し、切断面を研磨した上で電解エッチングを行い、SEMを用いて観察される結晶粒について、スパッタリング面内の結晶粒を横切る線分の1結晶粒あたりの平均線分長から平均粒径を算出した。
<アスペクト比>
多結晶体をその厚さ方向(スパッタリング面に垂直な方向)に沿って切断し、研磨した上で電解エッチングを行い、SEMを用いて観察される100個以上の結晶粒に対し、それぞれを楕円近似した際のアスペクト比(=長径/短径)を算出した。
【0046】
(実施例1)
モリブデンからなるベースプレートの表面上に、モリブデン粉末(純度4N、平均粒径40μm)からなる原料を配置した。このとき、表面を平坦化して原料の厚さが40μmとなるようにした。
次に、出力6kWの電子ビームを1cm
2あたり20秒間、積算エネルギー投入量を1cm
2あたり108kJ照射して原料を溶解させた後、照射位置を変えて電子ビームを照射し、原料の表面全体にわたって電子ビームの照射を行った。こうして、ベースプレート上に、厚さ40μm×直径300mmの多結晶体を得た。上記手順を100回繰り返して積層することで、厚さ4000μm×直径300mmの多結晶体を得た。
次に、ベースプレートと多結晶体とを分離した後、分離した多結晶体を、インジウムを接合材としてバッキングプレートに接着させてスパッタリングターゲットを作製した。
なお、得られた多結晶体について、厚さ方向に沿った断面をSEMで観察した。結果を
図4に示す。
図4に示すSEM画像は、多結晶体の厚さ方向に沿った断面の表面近傍の部分(750μm×750μmの部分)を示す。多結晶体について上記のようにしてアスペクト比を算出したところ、SEMで観察される結晶粒は、平均アスペクト比が2.48であった。また、全結晶粒中の棒状結晶粒の割合は62.4%であった。また、棒状結晶粒の内、楕円近似により求められる長軸がスパッタリング面に垂直な方向に対して45°未満の角度に傾いた棒状結晶粒(垂直棒状結晶粒)は77.6%存在しており、全結晶粒の48.4%の結晶粒が、垂直棒状結晶粒であることを確認した。さらに、多結晶体のスパッタリング面に垂直な断面における全結晶粒の平均粒径(第1平均粒径)は121.4μmであった。スパッタリング面に平行な断面における全結晶粒の平均粒径(第2平均粒径)は97.7μmであった。
このスパッタリングターゲットを用い、ガス種をArとし、ガス圧を0.5MPaとし、電力密度を7.4W/cm
2としてスパッタリングを行った。
そして、スパッタリング後に、多結晶体の表面を目視にて観察したところ、クラックの発生が見られなかった。
【0047】
(比較例1)
モリブデン粉末(純度4N、平均粒径20μm)からなる原料を、軟鉄製の缶(350mm×350mm×350mm)に、充填率が26%となるように充填し、充填物を真空封止後、焼成温度1250℃、圧力150MPa、及び保持時間5時間の条件でHIP処理を行い、焼成した後、切断及び研磨加工を行い、インジウムを接合材としてバッキングプレートに接着させてスパッタリングターゲットを作製した。
なお、得られた多結晶体について、厚さ方向に沿った断面をSEMで観察した。結果を
図5に示す。
図5に示すSEM画像は、多結晶体の厚さ方向に沿った断面の表面近傍の部分(1.5mm×1.5mmの部分)を示す。多結晶体について上記のようにしてアスペクト比を算出したところ、SEMで観察される結晶粒は、平均アスペクト比は1.43であった。また全結晶粒中の棒状結晶粒の割合は10.5%であった。また、棒状結晶粒の内、垂直棒状結晶粒は48.3%存在しており、全結晶粒の5.1%の結晶粒が垂直棒状結晶粒であることを確認した。さらに、多結晶体におけるスパッタリング面に垂直な断面において、全結晶粒の第1平均粒径は77.0μmであった。
このスパッタリングターゲットを用い、実施例1と同様にしてスパッタリングを行った。
そして、スパッタリング後に、多結晶体の表面を実施例1と同様にして観察したところ、クラックの発生が見られた。
【0048】
(比較例2)
比較例1と同様にして焼結体を得た後、1000℃にて85%の圧延を16パスで実施したのち、アルゴン雰囲気中で1100℃×1時間熱処理することで多結晶体を得た。得られた多結晶体を、インジウムを接合材としてバッキングプレートに接着させてスパッタリングターゲットを作製した。
なお、得られた多結晶体について、厚さ方向に沿った断面をSEMで観察した。結果を
図6に示す。
図6に示すSEM画像は、多結晶体の厚さ方向に沿った断面の表面近傍の部分(700μm×700μmの部分)を示す。多結晶体について上記のようにしてアスペクト比を算出したところ、SEMで観察される結晶粒は、平均アスペクト比が2.21であった。また、全結晶粒中の棒状結晶粒の割合は59.6%であった。また、棒状結晶粒の内、垂直棒状結晶粒は5.1%存在しており、全結晶粒の3.0%の結晶粒が垂直棒状結晶粒であることを確認した。さらに、多結晶体におけるスパッタリング面に垂直な断面において、全結晶粒の第1平均粒径は48.4μmであった。
【0049】
(比較例3)
比較例1と同様にして焼結体を得た後、20kWの出力の電子ビームを1cm
3あたり94秒間、積算エネルギー投入量を1cm
3あたり1885kJ照射して原料を引抜き溶解し、得られた多結晶体を、インジウムを接合材としてバッキングプレートに接着させてスパッタリングターゲットを作製した。
なお、得られた多結晶体について、厚さ方向に沿った断面をSEMで観察した。結果を
図7に示す。
図7に示すSEM画像は、多結晶体の厚さ方向に沿った断面の表面近傍の部分(2mm×2mmの部分)を示す。多結晶体について上記のようにしてアスペクト比を算出したところ、SEMで観察される結晶粒は、平均アスペクト比が2.14であった。また、全結晶粒中の棒状結晶粒の割合は42.9%であった。また、棒状結晶粒の内、垂直棒状結晶粒は91.6%存在しており、全結晶粒の39.3%の結晶粒が垂直棒状結晶粒であることを確認した。さらに、多結晶体におけるスパッタリング面に垂直な断面において、全結晶粒の第1平均粒径は7864μmであった。
【0050】
以上のことから、本開示のスパッタリングターゲットにより、スパッタリング時のクラックの発生を抑制できることが確認された。