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特開2024-1860タマネギの変質検査方法及びタマネギ病原菌同定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024001860
(43)【公開日】2024-01-10
(54)【発明の名称】タマネギの変質検査方法及びタマネギ病原菌同定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/02 20060101AFI20231227BHJP
   G01N 5/02 20060101ALI20231227BHJP
   G01N 27/04 20060101ALI20231227BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20231227BHJP
   G01N 19/00 20060101ALI20231227BHJP
【FI】
G01N33/02
G01N5/02 Z
G01N27/04 F
C12Q1/04
G01N19/00 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023093575
(22)【出願日】2023-06-07
(31)【優先権主張番号】P 2022099975
(32)【優先日】2022-06-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【弁理士】
【氏名又は名称】續 成朗
(72)【発明者】
【氏名】逵 瑞枝
(72)【発明者】
【氏名】下田 武志
(72)【発明者】
【氏名】今成 麻衣
(72)【発明者】
【氏名】中久保 亮
(72)【発明者】
【氏名】吉川 元起
(72)【発明者】
【氏名】今村 岳
(72)【発明者】
【氏名】南 皓輔
【テーマコード(参考)】
2G060
4B063
【Fターム(参考)】
2G060AA01
2G060AB04
2G060AB05
2G060AB09
2G060AB10
2G060AB21
2G060AB22
2G060AB26
2G060AE19
2G060AF07
2G060BB10
2G060JA01
2G060KA01
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ04
4B063QQ06
4B063QQ07
4B063QQ61
4B063QQ89
4B063QS10
4B063QS39
(57)【要約】
【課題】タマネギの変質の有無または変質の種類の判定、並びに/あるいは、タマネギに感染している病原菌の同定を、実際の生産、加工、流通などの現場で簡便に、高感度かつ高精度で行う。
【解決手段】タマネギから発生するガスをニオイセンサアレイへ供給し、当該ニオイセンサアレイから得られる複数のシグナルに基づいて、当該タマネギの変質の有無または変質の種類を判定する、あるいは、当該タマネギに感染している病原菌を同定する。上記ニオイセンサアレイは、特定のニオイ分子に応答する異なる感応膜を有する複数の表面応力センサ素子を有し、上記複数のシグナルは、当該複数の表面応力センサ素子から得られる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タマネギから発生するガスをニオイセンサアレイへ供給し、前記ニオイセンサアレイから得られる複数のシグナルに基づいて前記タマネギの変質の有無または変質の種類を判定するタマネギの変質検査方法において、
前記ニオイセンサアレイは、特定のニオイ分子に応答する異なる感応膜を有する複数の表面応力センサ素子を有し、
前記複数のシグナルは、前記複数の表面応力センサ素子から得られる
タマネギの変質検査方法。
【請求項2】
タマネギから発生するガスをニオイセンサアレイへ供給し、前記ニオイセンサアレイから得られる複数のシグナルに基づいて前記タマネギに感染している病原菌を同定するタマネギ病原菌同定方法において、
前記ニオイセンサアレイは、特定のニオイ分子に応答する異なる感応膜を有する複数の表面応力センサ素子を有し、
前記複数のシグナルは、前記複数の表面応力センサ素子から得られる
タマネギ病原菌同定方法。
【請求項3】
前記病原菌は、収穫後のタマネギ植物体に発生し得る病気の原因となる細菌または糸状菌である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記病原菌は、タマネギりん片腐敗病、タマネギ腐敗病、タマネギ軟腐病、灰色腐敗病、乾腐病、及び黒かび病からなる群より選択された少なくとも一の病気の原因となる細菌または糸状菌である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記病原菌は、Pantoea ananatis、Burkholderia gladioli;Burkholderia ambifaria、Burkholderia cenocepacia、Burkholderia cepacia、Burkholderia pyrrocinia、Erwinia persicina、Erwinia rhapontici、Pseudomonas allii、Pseudomonas marginalis pv. marginalis、Pseudomonas viridiflava;Pectobacterium carotovorum;Botrytis aclada、Botrytis allii;Fusarium oxysporum f. sp. cepae、Fusarium proliferatum var. minus、Fusarium solani;及びAspergillus nigerからなる群より選択された少なくとも一の細菌または糸状菌である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記病原菌は、タマネギりん片腐敗病、タマネギ腐敗病、及びタマネギ軟腐病からなる群より選択された少なくとも一の病気の原因となる細菌である、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記病原菌は、Pantoea ananatis、Burkholderia gladioli;Burkholderia ambifaria、Burkholderia cenocepacia、Burkholderia cepacia、Burkholderia pyrrocinia、Erwinia persicina、Erwinia rhapontici、Pseudomonas allii、Pseudomonas marginalis pv. marginalis、Pseudomonas viridiflava;及びPectobacterium carotovorumからなる群より選択された少なくとも一の細菌である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記複数の表面応力センサ素子は、Poly(2,6-diphenyl-p-phenylene oxide)(ポリ(2,6-ジフェニル-p-フェニレンオキシド))、Poly(4-methylstyrene)(ポリ(4-メチルスチレン))、以下の構造を有する金属ポルフィリン(メタロポルフィリン)誘導体、Polystyrene(ポリスチレン)、Poly(vinylidene fluoride)(ポリ(フッ化ビニリデン))、Cellulose Acetate Butyrate(酢酸酪酸セルロース)、及びオクタデシル基修飾シリカ/チタニア複合ナノ粒子からなる群より選択された一の材料を感応膜に使用した第1の表面応力センサ素子と、前記群より選択された他の材料を感応膜に使用した第2の表面応力センサ素子とを少なくとも含む、請求項1から7のいずれか一項に記載の方法。
【化1】
【請求項9】
前記第1の表面応力センサ素子の感応膜は、有機酸、アルコール類、ケトン類、及びアルデヒド類からなる群より選択された少なくとも一のニオイ分子に応答し、前記第2の表面応力センサ素子の感応膜は、前記群より選択された少なくとも一のニオイ分子に応答する、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記群は、有機酸、アルコール類、及びケトン類からなり、前記有機酸は酢酸、プロピオン酸、及び酪酸であり、前記アルコール類は、メタノール、及びエタノールであり、前記ケトン類はアセトンである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記複数の表面応力センサ素子は複数の膜型表面応力センサ素子である、請求項1から10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記複数のシグナルの時間変化のパターンに基づいて、タマネギの変質検査またはタマネギ病原菌同定を行う、請求項1から11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
対象のタマネギを収容した容器に、タマネギの変質検査及び/またはタマネギ病原菌同定に影響を与える成分を実質的に含まないガスを通すことにより得られたガスを前記タマネギから発生するガスとして前記ニオイセンサアレイに供給する、請求項1から12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記ニオイセンサアレイに前記タマネギから発生するガスの供給を開始した以降の前記複数のシグナルを使用して、タマネギの変質検査またはタマネギ病原菌同定を行う、請求項1から13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記タマネギから発生するガスとパージガスとを前記ニオイセンサアレイに交互に与え、前記タマネギから発生するガスに対応する前記複数のシグナルと前記パージガスに対応する前記複数のシグナルとを使用して、タマネギの変質検査またはタマネギ病原菌同定を行う、請求項1から14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記複数のシグナルを機械学習することにより、タマネギの変質検査またはタマネギ病原菌同定を行う、請求項1から15のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タマネギの変質検査方法及びタマネギ病原菌同定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、収穫後のタマネギから発生する揮発性有機化合物(VOC)と、タマネギの変質や病害との関係性が研究されている。
【0003】
例えば、非特許文献1には、複数の金属酸化物半導体(MOS)センサからなるガスセンサアレイを用いてタマネギ試料から発生するガスを分析し、タマネギの変質・病変を検出することが開示されている。
【0004】
また、非特許文献2及び非特許文献3には、収穫後のタマネギに発生する病害の病原菌を播種したタマネギから発生するガスをガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)で分析した結果から、変質・病変が生じたタマネギに特徴的な揮発性代謝物が存在することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2011/148774号
【特許文献2】国際公開第2017/098862号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T. Konduru et al., "A Customized Metal Oxide Semiconductor-Based Gas Sensor Array for Onion Quality Evaluation: System Development and Characterization," Sensors, 15, 1252-1273 (2015).
【非特許文献2】A. Vikram et al., "Volatile metabolites from the headspace of onion bulbs inoculated with postharvest pathogens as a tool for disease discrimination," Can. J. Plant Pathol., 27, 194-203 (2005).
【非特許文献3】B. Prithiviraj et al., "Volatile metabolite profiling for the discrimination of onion bulbs infected by Erwinia carotovora ssp. carotovora, Fusarium oxysporum and Botrytis allii," Eur. J. Plant Pathol., 110, 371-377 (2004).
【非特許文献4】K. Shiba et. al., "Controlled growth of silica-titania hybrid functional nanoparticles through a multistep microfluidic approach," Chem. Commun. 51, 15874-15857 (2015).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1によれば、試作したシステムでは、腐敗したタマネギから放出される2種類の揮発性化合物について、10倍の濃度差を識別することができたとされている。しかしながら、一般に半導体センサは、特定のガス分子に対して特異的に応答する性質(選択性)が低いことが知られている。半導体センサの選択性の向上のために、従来、酸化物半導体に金属や金属酸化物の触媒を組み合わせるなどの手法が採用されているが、適用可能なセンサ材料の種類は限定的である。
【0008】
また、非特許文献2及び非特許文献3で使用されているGC/MSは、専ら実験室内での研究用途としては有用であるが、農作物の品質検査など、実際の生産、加工、流通などの現場で使用するのは、およそ現実的ではない。
【0009】
そこで、本発明は、タマネギの変質の有無または変質の種類の判定、並びに/あるいは、タマネギに感染している病原菌の同定を、実際の生産、加工、流通などの現場で簡便に、高感度かつ高精度で行うことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題の解決のために、本発明者らは鋭意検討を行った結果、タマネギから発生するガスの組成に基づいて、特定のニオイ分子に応答する異なる感応膜を有する複数の表面応力センサ素子を有するニオイセンサアレイを用いることにより、上記判定及び/または同定が可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は、以下の[1]~[16]を要旨とする。
【0012】
[1] タマネギから発生するガスをニオイセンサアレイへ供給し、前記ニオイセンサアレイから得られる複数のシグナルに基づいて前記タマネギの変質の有無または変質の種類を判定するタマネギの変質検査方法において、前記ニオイセンサアレイは、特定のニオイ分子に応答する異なる感応膜を有する複数の表面応力センサ素子を有し、前記複数のシグナルは、前記複数の表面応力センサ素子から得られる、タマネギの変質検査方法。
[2] タマネギから発生するガスをニオイセンサアレイへ供給し、前記ニオイセンサアレイから得られる複数のシグナルに基づいて前記タマネギに感染している病原菌を同定するタマネギ病原菌同定方法において、前記ニオイセンサアレイは、特定のニオイ分子に応答する異なる感応膜を有する複数の表面応力センサ素子を有し、前記複数のシグナルは、前記複数の表面応力センサ素子から得られる、タマネギ病原菌同定方法。
[3] 前記病原菌は、収穫後のタマネギ植物体に発生し得る病気の原因となる細菌または糸状菌である、[2]に記載の方法。
[4] 前記病原菌は、タマネギりん片腐敗病、タマネギ腐敗病、タマネギ軟腐病、灰色腐敗病、乾腐病、及び黒かび病からなる群より選択された少なくとも一の病気の原因となる細菌または糸状菌である、[3]に記載の方法。
[5] 前記病原菌は、Pantoea ananatis、Burkholderia gladioli;Burkholderia ambifaria、Burkholderia cenocepacia、Burkholderia cepacia、Burkholderia pyrrocinia、Erwinia persicina、Erwinia rhapontici、Pseudomonas allii、Pseudomonas marginalis pv. marginalis、Pseudomonas viridiflava;Pectobacterium carotovorum;Botrytis aclada、Botrytis allii;Fusarium oxysporum f. sp. cepae、Fusarium proliferatum var. minus、Fusarium solani;及びAspergillus nigerからなる群より選択された少なくとも一の細菌または糸状菌である、[4]に記載の方法。
[6] 前記病原菌は、タマネギりん片腐敗病、タマネギ腐敗病、及びタマネギ軟腐病からなる群より選択された少なくとも一の病気の原因となる細菌である、[4]に記載の方法。
[7] 前記病原菌は、Pantoea ananatis、Burkholderia gladioli;Burkholderia ambifaria、Burkholderia cenocepacia、Burkholderia cepacia、Burkholderia pyrrocinia、Erwinia persicina、Erwinia rhapontici、Pseudomonas allii、Pseudomonas marginalis pv. marginalis、Pseudomonas viridiflava;及びPectobacterium carotovorumからなる群より選択された少なくとも一の細菌である、[6]に記載の方法。
[8] 前記複数の表面応力センサ素子は、Poly(2,6-diphenyl-p-phenylene oxide)(ポリ(2,6-ジフェニル-p-フェニレンオキシド))、Poly(4-methylstyrene)(ポリ(4-メチルスチレン))、以下の構造を有する金属ポルフィリン(メタロポルフィリン)誘導体、Polystyrene(ポリスチレン)、Poly(vinylidene fluoride)(ポリ(フッ化ビニリデン))、Cellulose Acetate Butyrate(酢酸酪酸セルロース)、及びオクタデシル基修飾シリカ/チタニア複合ナノ粒子からなる群より選択された一の材料を感応膜に使用した第1の表面応力センサ素子と、前記群より選択された他の材料を感応膜に使用した第2の表面応力センサ素子とを少なくとも含む、[1]から[7]のいずれかに記載の方法。
【化1】
[9] 前記第1の表面応力センサ素子の感応膜は、有機酸、アルコール類、ケトン類、及びアルデヒド類からなる群より選択された少なくとも一のニオイ分子に応答し、前記第2の表面応力センサ素子の感応膜は、前記群より選択された少なくとも一のニオイ分子に応答する、[8]に記載の方法。
[10] 前記群は、有機酸、アルコール類、及びケトン類からなり、前記有機酸は酢酸、プロピオン酸、及び酪酸であり、前記アルコール類は、メタノール、及びエタノールであり、前記ケトン類はアセトンである、[9]に記載の方法。
[11] 前記複数の表面応力センサ素子は複数の膜型表面応力センサ素子である、[1]から[10]のいずれかに記載の方法。
[12] 前記複数のシグナルの時間変化のパターンに基づいて、タマネギの変質検査またはタマネギ病原菌同定を行う、[1]から[11]のいずれかに記載の方法。
[13] 対象のタマネギを収容した容器に、タマネギの変質検査及び/またはタマネギ病原菌同定に影響を与える成分を実質的に含まないガスを通すことにより得られたガスを前記タマネギから発生するガスとして前記ニオイセンサアレイに供給する、[1]から[12]のいずれかに記載の方法。
[14] 前記ニオイセンサアレイに前記タマネギから発生するガスの供給を開始した以降の前記複数のシグナルを使用して、タマネギの変質検査またはタマネギ病原菌同定を行う、[1]から[13]のいずれかに記載の方法。
[15] 前記タマネギから発生するガスとパージガスとを前記ニオイセンサアレイに交互に与え、前記タマネギから発生するガスに対応する前記複数のシグナルと前記パージガスに対応する前記複数のシグナルとを使用して、タマネギの変質検査またはタマネギ病原菌同定を行う、[1]から[14]のいずれかに記載の方法。
[16] 前記複数のシグナルを機械学習することにより、タマネギの変質検査またはタマネギ病原菌同定を行う、[1]から[15]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、特定のニオイ分子に応答する異なる感応膜を有する複数の表面応力センサ素子を有するニオイセンサアレイを用いることにより、タマネギから発生するガスを対象として、タマネギの変質の有無または変質の種類の判定、並びに/あるいは、タマネギに感染している病原菌の同定を、実際の生産、加工、流通などの現場で簡便に、高感度かつ高精度で行うことができる方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明で使用可能な測定システムの概略構成を示す図。
図2】MSS素子の光学顕微鏡写真の例を示す図。
図3】MSS素子などの表面応力センサ素子に試料ガスを与えたときのシグナル強度の時間変化を説明する概念図。
図4】実施例1について、試料Xの試料片から発生するガスをプロトン移動反応飛行時間型質量分析計(PTR-TOF-MS)により分析した結果を示す図。
図5】実施例1について、試料Yの試料片から発生するガスをPTR-TOF-MSにより分析した結果を示す図。
図6】実施例1について、試料Zの試料片から発生するガスをPTR-TOF-MSにより分析した結果を示す図。
図7】実施例1について、試料X、試料Y及び試料Zの試料片から発生するガスの成分を分析した結果を示す図。横軸:サイクル数、縦軸:濃度(ppb)×100。
図8】実施例1について、ChAのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図。
図9】実施例1について、ChBのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図。
図10】実施例1について、ChCのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図。
図11】実施例1について、ChDのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図。
図12】実施例1について、ChEのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図。
図13】実施例1について、ChFのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図。
図14】実施例1について、ChGのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図。
図15】実施例1について、ChHのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図。
図16】実施例2について、試料A~Dから発生するガス、及び水蒸気の測定結果から得られたデータ集合に対して主成分分析(PCA)を使用して解析を行った結果を示す図。左側の図は、第1主成分(PC1)と第2主成分(PC2)のスコアプロット及び各々の寄与率を示し、右側の図は、第1主成分(PC1)と第3主成分(PC3)のスコアプロット及び各々の寄与率を示している。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
【0016】
本発明の第一の実施形態は、タマネギの変質検査方法に関する。
本実施形態に係るタマネギの変質検査方法(以下、単に「変質検査方法」ともいう。)は、タマネギから発生するガスをニオイセンサアレイへ供給し、当該ニオイセンサアレイから得られる複数のシグナルに基づいて当該タマネギの変質の有無または変質の種類を判定する。
【0017】
本発明の第二の実施形態は、タマネギ病原菌同定方法に関する。
本実施形態に係るタマネギ病原菌同定方法(以下、単に「病原菌同定方法」ともいう。)は、タマネギから発生するガスをニオイセンサアレイへ供給し、当該ニオイセンサアレイから得られる複数のシグナルに基づいて当該タマネギに感染している病原菌を同定する。
【0018】
本発明の変質検査方法及び病原菌同定方法において、上記ニオイセンサアレイは、特定のニオイ分子に応答する異なる感応膜を有する複数の表面応力センサ素子を有し、上記複数のシグナルは、当該複数の表面応力センサ素子から得られる。
【0019】
本明細書において、「タマネギ」とは、典型的には、収穫後のタマネギ植物体(主として茎葉及び鱗茎を含む部位。なお、鱗茎は球状部分(onion bulb)とも称される。)を意図するものとする。一方、本発明の適用範囲は、収穫後のタマネギ植物体に限定されない。例えば、ハウス栽培において、収穫前(栽培中)の株における病害の発生もしくは予兆を検知する、あるいは、植え付け前の苗の健全さを評価する目的で、本発明を適用することも可能であり得る。タマネギの種類としては、例えば、含まれる色素の違いによる分類として黄タマネギ、赤タマネギ、白タマネギなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0020】
本明細書において、タマネギに関して用いられる「変質」との用語は、典型的には、タマネギに生じる化学的変化及び/または酸素との化学反応(酸化)による性質の変化を意図するものとする。上記化学的変化の原因としては特に限定されず、病気、害虫、栽培環境(土壌、大気等)中に存在する各種の微生物、輸送・運搬もしくは貯蔵・保管中の損傷(傷)などであり得る。また、変質の「種類」には、変質のタイプ(病名、病気の内容)、特定の変質(病気)の進行度(例えば、病気の進行度、腐敗の程度)などが含まれる。
【0021】
本明細書において、タマネギに感染している「病原菌」とは、タマネギに寄生して病気の原因となる細菌・糸状菌などを意図するものとする。具体的には、例えば、収穫後のタマネギ植物体に発生し得る病気の病原菌の例を挙げると、病原菌Pantoea ananatis、Burkholderia gladioliは、タマネギりん片腐敗病(Scale rot, Center rot)と呼ばれる病気の原因となる。なお、この病気の一部は、Slippery skinとも呼ばれる。病原菌Burkholderia ambifaria、Burkholderia cenocepacia、Burkholderia cepacia、Burkholderia pyrrocinia、Erwinia persicina、Erwinia rhapontici、Pseudomonas allii、Pseudomonas marginalis pv. marginalis、Pseudomonas viridiflavaは、タマネギ腐敗病(Soft rot)と呼ばれる病気の原因となる。なお、タマネギ腐敗病(Soft rot)の一部は、Sour skin/Spring rotとも呼ばれる。病原菌Pectobacterium carotovorumは、タマネギ軟腐病(Bacterial soft rot,Soft rot)と呼ばれる病気の原因となる。病原菌Botrytis aclada、Botrytis alliiは、灰色腐敗病(Gray-mold neck rot)と呼ばれる病気の原因となる。病原菌Fusarium oxysporum f. sp. cepae、Fusarium proliferatum var. minus、Fusarium solaniは、乾腐病(Fusarium basal rot)と呼ばれる病気の原因となる。なお、乾腐病(Fusarium basal rot)は、和名では、フザリウム病、鱗茎腐敗病とも呼ばれる。病原菌Aspergillus nigerは、黒かび病(Black mold rot)と呼ばれる病気の原因となる。ここで、本発明が適用され得る病気の種類及びそれらの原因となる細菌・糸状菌などの種類はこれらに限定されない。例えば、上述した病気の病原菌として、本願出願日後に新たに発見・報告されたもの、あるいは、収穫後の(貯蔵・保管中の)タマネギ植物体に現れる病変を意味する病気であって、上述した病気とは異なる病名で呼ばれるもの及びそれらの病原菌は、本発明を適用するのに好適であり得る。なお、以下では、病原菌に関して、上述した細菌・糸状菌などを包括する用語として「細菌」を使用する。
【0022】
本明細書において、タマネギ病原菌の「同定」とは、対象のタマネギに感染している病原菌が、タマネギに発生する特定の病気の原因となる細菌(群)のうちの特定の一種であることを決定(識別)することのみならず、当該病原菌が、当該細菌群に属するものであることを決定(識別)することをも意味する。例えば、タマネギに発生する3種類の病気P,Q,Rがあり、各病気の病原菌群として、病気Pについてp,p,・・p、病気Qについてq,q,・・q、病気Rについてr,r,・・rを仮定する。本発明の一局面では、対象のタマネギに感染している病原菌がpであるか、qであるか、またはrであるかを決定(識別)することができる。また、本発明の別の局面では、病気Pの病原菌群(p,p,・・p)に属する細菌に感染したタマネギから発生するガスの組成と病気Qの病原菌群(q,q,・・q)に属する細菌に感染したタマネギから発生するガスの組成との間に区別可能な違いがある場合に、対象のタマネギに感染している病原菌が、病気Pの病原菌群に属する細菌であるかまたは病気Qの病原菌群に属する細菌であるかを決定(識別)することができる。また、本発明のさらに別の局面では、病気Rの病原菌群(r,r,・・r)のうち、rに感染したタマネギから発生するガスの組成とrに感染したタマネギから発生するガスの組成との間に区別可能な違いがある場合に、対象のタマネギに感染している病原菌が、rであるかまたはrであるかを決定(識別)することが可能であり得る。本発明では、これらの局面における決定(識別)を、タマネギ病原菌の「同定」として取り扱うこととする。但し、本発明におる「同定」とは、個々の病気/病原菌を完全に同定することだけではなく、他の病気/病原菌と誤って同定する可能性がある場合、また、対象のタマネギから発生するガスの組成が互いに十分に識別しきれない複数の病気/病原菌に対してこれら複数のものの何れかという形でしか同定できない場合等の、不完全な同定も包含することに注意されたい。
【0023】
本明細書において、「タマネギから発生するガス」とは、ある環境下でタマネギから揮発・蒸発する気体成分、すなわち、タマネギの揮発成分・蒸発成分を包括的に意味するものとする。当該揮発成分・蒸発成分は、ヒトの嗅覚によって感知される香気成分、及び、ヒトの嗅覚によって感知されない非香気成分の両方を包含する。なお、ヒトの嗅覚は個人差が極めて大きく、感知可能な成分もヒト毎に大きく異なるので、本発明の変質検査方法及び病原菌同定方法で対象とするタマネギから発生するガスに含まれる揮発成分・蒸発成分を、香気の有無によって分類することは意図されず、また、そのいずれかに限定することも意図されない点に留意されたい。なお、以下では、便宜的に、当該揮発成分・蒸発成分を、「ニオイ分子」とも称することとする。
【0024】
具体的には、タマネギから発生するガスに含まれるニオイ分子としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなどのアルコール類;アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン類;ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの有機酸;ホルムアルデヒドやアセトアルデヒド、ヘキサナールなどのアルデヒド類;アセトニトリルなどのニトリル類;フラン類を含むエーテル類;及び、水(水蒸気)、一酸化窒素、窒素、酸素、二酸化炭素などが挙げられる。なお、ここでは各種ニオイ分子の例として、主に低分子のものを列挙したが、より分子量の大きい分子も含まれることに留意されたい。また、後述する実施例で示すように、本発明者らは、タマネギ病原菌接種による変質の有無及び変質の種類(腐敗の程度)が異なる3種類のタマネギについてプロトン移動反応飛行時間型質量分析計(PTR-TOF-MS)を行い、その結果から、タマネギから発生するガスに含まれるニオイ分子には、上記物質の他に、酢酸メチルや酢酸エチルなどのエステル類;アリシンやメチルメルカプタンなどの含硫黄化合物;ピネンやリモネンなどのテルペン化合物;アルカン類などの炭化水素化合物;エチルシンナマートやシリンゴールなどの芳香族化合物;なども含まれる可能性があることを知見している。
【0025】
ここで、上述したような従来のMOSセンサやGC/MSによる分析では、タマネギから発生するガスに含まれるニオイ分子として酪酸は含まれておらず、例えば、非特許文献1によれば、メチルプロピルスルフィド(Methyl Propyl Sulfide)及び2-ノナノン(2-Nonanone)が、腐敗したタマネギから放出される重要な揮発性化合物であるとされている。これに対して、本発明の変質検査方法及び病原菌同定方法では、後述する実施例で示すように、タマネギ病原菌接種による変質の有無及び変質の種類によって、タマネギから発生するガスに含まれる酪酸の濃度が異なる(変化する)ことを利用して、酪酸に応答する感応膜を有する表面応力センサ素子を用いることができる。
【0026】
本発明で使用するニオイセンサアレイを構成する表面応力センサ素子は、後述するように、表面応力センサ本体と、当該表面応力センサ本体の表面に被覆された感応膜とを備え、感応膜が、検出対象分子(ニオイ分子)に対する特異的な応答性(物理吸着及び/または化学吸着による反応性)を有し、表面応力センサ本体が、高感度でのシグナル発生をもたらすことで、センサの主要な機能を、当該センサ素子を構成する2つの要素が分担している。そのため、複数の表面応力センサ素子を作製するにあたり、表面応力センサ本体としては同一の材料を使用する一方で、当該表面応力センサ本体の表面に塗布する感応膜の材料を様々に変化させることで、目的の検出対象分子に対する新たな特異性や高感度応答を実現することができる。
【0027】
言い換えると、本発明で使用する表面応力センサ素子は、センサ素子の構成上、表面応力センサ本体の表面に被覆される感応膜の材料の選択の自由度が高いため、各種のポリマー、微粒子などの広範な材料候補の中から対象のニオイ分子(例えば、酪酸)に応答する材料を選択する、あるいは、当該ニオイ分子に対する特異性が高まるようにさらに改変(特定の官能基の導入など)を行うなど、従来の半導体センサに比べて、変質検査及び/または病原菌同定の最適化を図ることが容易である。
【0028】
本発明で使用するニオイセンサアレイを構成する表面応力センサ素子は、適切な感応膜材料を選択することで、一つの感応膜から複数の対象物質に対するシグナルを、それらが重畳した形で得ることができる。つまり、多くの対象物質について、感応膜材料を適切に選択することで、それぞれの対象物質に対する表面応力センサ素子の応答においてその振幅や応答波形が互いに異なるようにすることができる。従って、複数の表面応力センサ素子から得られるシグナルを組み合わせることにより、複数の対象物質に対応するパラメータを適宜組み合わせた測定値を求めることが可能となる。この際、表面応力センサ素子のシグナルのパターンマッチングや機械学習を行うことで、これらのシグナルから適切に特徴を抽出して、比較的少数の表面応力センサ素子を使用するだけで表面応力センサ素子の個数よりも多数のパラメータに基づく変質検査及び/または病原菌同定を実現できる。
【0029】
本発明の変質検査方法及び病原菌同定方法の好ましい一態様において、上記表面応力センサ素子は、膜型表面応力センサ(MSS)素子である。
【0030】
図1は、本発明の変質検査方法及び病原菌同定方法において使用可能な測定システムの概略構成を示す図である。なお、図1では、ニオイセンサアレイを構成する表面応力センサ素子としてMSS素子を使用する構成を示すが、もちろんこれにより一般性を失うものではない。
【0031】
図1に示される概略構成では、2本のガス流路へ、それぞれ図の左側から白抜き矢印で示すように、測定すべきガス成分(ニオイ分子)ではなく、また当該ガス成分の測定に影響をできるだけ与えない不活性のガス(パージガス、基準ガスとも呼ばれる)を供給する。パージガスとしては、例えば、窒素ガスや大気を使用することができ、後述する実施例では、パージガスとして窒素ガスを使用している。なお、パージガスとして大気などを使用して簡便な測定を行う場合、測定現場(タマネギの貯蔵・保管等を行う場所等)の大気に、変質検査及び/または病原菌同定に影響を与え得るガス(有機酸やアンモニアなど)がわずかに混入している可能性がある。このような場合、このようなガスの混入濃度が検査・同定結果に与える影響が意図した測定精度の実現に悪影響を与えない程度のものであれば(このような場合を、「タマネギの変質検査及び/またはタマネギ病原菌同定に影響を与える成分を実質的に含まない」とも称する。)、そのようなガスの混入は無視することができる。このような2系統のガス流はガス流路ごとに設けられているマスフローコントローラ(MFC)によりその流量を制御される。具体的には、2本のガス流路中のガス流を所望の時間間隔で交互に切り替えるとともに、ガス流量を時間軸上で一定になるように制御している。なお、当然のことであるが、ガス流の制御は、MFCに限らず、様々なポンプやバルブなどを組み合わせた系などを使用しても良い。この際、ポンプやバルブを設置する位置は、それぞれサンプルの上流であっても下流であっても良く、サンプルやセンサの位置を含め、どのような順序で構成されていても良いことは言うまでも無い。また、後述するとおり、MFCやポンプ・バルブなどガス流を制御する装置を用いることなく、センサをサンプル近傍に設置しておき、その際のセンサシグナルの変動を観察することによってサンプルの状態を把握すると言った構成でも良い。このように任意の方法で、センサにサンプルガスを供給してよいことは言うまでも無い。
【0032】
図1において、上側に示すガス流路は測定すべきガス成分を含有しないパージガスをニオイセンサアレイに与えることで、MSS素子の本体表面に被覆されている感応膜中に拡散している各種のガスを脱着させてMSS素子を初期化するパージ処理を行う。一方、図1の下側にあるガス流路を通るガス流はMFCの直後に設置されたバイアル瓶中の試料(タマネギから取得した試料片)から揮発・蒸発したガス成分を含んだ状態で、試料ガスとしてニオイセンサアレイに供給される。あるいは、タマネギから試料片を取得せずに、一つまたは複数のタマネギを収容した容器または空間からガスを取得し、当該ガスが測定系に対して与えられる場合には、上述したバイアル瓶を使用しない構成を採用することができる。2本のガス流路からのガス流は別のバイアル瓶において合流した後、試料ガスとしてニオイセンサアレイに供給される。
【0033】
また、MSS素子の本体表面の感応膜によるガスの吸着・脱着の速度は温度の影響を受けるため、図1に示した測定系の温度を所望の値に維持するのが好ましい。そのための手段としては、例えば、測定システム全体を恒温槽、インキュベータ等に収容してもよいし、MSS素子を含むニオイセンサアレイを恒温槽、インキュベータ等に収容するとともに、当該ニオイセンサアレイを含む測定システム全体を所定の温度に制御された空間に配置してもよい。あるいは、測定系の温度が所望の値に維持される限りにおいては、測定システム全体もしくは測定システムの一部分を開放系としてもよい。なお、後述する実施例では、ニオイセンサアレイをインキュベータに収容するとともに、測定システム全体を調温調湿された室内に配置して測定を行った。
【0034】
また、図1において試料を収容したバイアル瓶の温度を所望の値に維持することも好ましい。これにより、試料から揮発・蒸発するガス成分濃度のバラツキを低減することができ、測定精度をより向上させることができる。この場合において、バイアル瓶の温度は、上述した測定系の温度と同じであってもよく、異なっていてもよい。具体的には、バイアル瓶の温度の設定値としては、例えば、5℃、10℃、20℃、25℃、30℃、40℃、50℃が挙げられるが、これらに限定されない。一般に、試料を収容したバイアル瓶の温度が高いほど、試料から揮発・蒸発するガス成分濃度は高くなるが、ニオイセンサアレイに供給されるガスの温度が測定系の温度(より具体的にはニオイセンサアレイを構成するMSS素子の温度)よりも高いと、MSS素子の本体表面に被覆されている感応膜表面での固-気界面における分配係数が気相側に傾くため、感応膜に対する測定すべきガス成分(ニオイ分子)の吸着量が減少し、ニオイセンサアレイから得られるシグナル強度が低下する場合がある。また、この温度差やガス成分濃度によっては、ガス成分が感応膜表面などに結露し、測定精度の低下の原因となる可能性がある。そのため、ニオイセンサアレイを構成する表面応力センサ素子としてMSS素子を使用する構成においては、上述した要素を考慮して、測定系の温度及びバイアル瓶の温度を設定することが望ましい。
【0035】
また、MFCなどのシステム内の各種の機器の動作を制御し、また表面応力センサ素子からのシグナルを取り込んで記録し解析する等の各種の処理を行うことによって以下で説明する変質検査方法及び病原菌同定方法を実現する情報処理装置、更に外部の機器等との間で情報や指令等の交換を行うためのインターフェースや通信機器も本システムに含まれるが、図示は省略した。
【0036】
MSS素子の光学顕微鏡写真の例を図2に示す。図2に示される、MSS素子を含むセンサチップ(MSSチップ)は、シリコン単結晶から切り出される、半導体素子技術分野で使用されるシリコンウエハから形成されたものであり、MSS素子は、中央に示す円形部分(正方形等の他の形状でもよい)がその周囲の枠状部に当該円形部分の上下左右4か所で接続され固定された構造を有している。MSS素子に与えられたガス成分が円形部分(本体)の表面に塗布された感応膜に吸着・脱着することでMSS素子に印加された表面応力がこれら4か所の固定領域に集中し、これら固定領域に設けられているピエゾ抵抗素子の電気抵抗変化がもたらされる。これらのピエゾ抵抗素子は枠状部に設けられた導電領域(図2では明度の高い砂目状の領域として示される)によって相互接続されてホイートストンブリッジが形成される。このホイートストンブリッジの対向する2つの節点間に電圧を印加し、残りの2つの節点間に現れる電圧をMSS素子から出力されるシグナルとしてMSS素子の外部に取り出して所要の解析を行う。このようなMSS素子の構造や動作については例えば特許文献1に詳述されている。なお、図2では、感応膜は、MSS素子の円形部分だけで無く、枠状部も含めMSSチップ表面に広く塗布されている。これは感応膜をスプレーコーティングによって塗布した場合に見られる状態であるが、枠状部などに塗布された感応膜は実質的にセンサ素子のシグナルに寄与しないため、このように塗布した場合でも問題なくセンサ素子として使用することが可能である。もちろん、インクジェットやディスペンサーなどによって、円形部分だけに感応膜が塗布されたMSS素子を使用することも可能である。
【0037】
図3に、MSS素子などの表面応力センサ素子に試料ガスを与えたときのシグナル強度の時間変化の概念図を示す。図3(a)にはMSS素子に与えるガスが試料ガスであるのかそれともパージガスであるのかを時間軸上で示す。具体的には、MSS素子に与えられるガス中の測定対象ガスの濃度が試料ガスを与えている試料ガスインジェクション期間中は0よりも大きな濃度Cgであり、パージガスを与えることで下流側のガス流路中の試料ガスを流し去るとともにMSS素子の感応膜(及び、ガス流路の管壁等)に吸着されている試料ガス成分を脱着するパージ動作を行うパージ期間中は試料ガス濃度が0となっている。図3(b)は図3(a)に示すガスの種類の切り替えを行った際のMSS素子からのシグナルの強度を、図3(a)と時間軸を揃えて示す。シグナル強度は多くの要因に支配されるが、基本的にはMSS素子上の感応膜近傍のガス中の成分濃度と感応膜表面の同じ成分の濃度との差により引き起こされるガスと感応膜との間の当該成分の吸着・脱着の速度が主要な要因となる。そのため、シグナル強度の時間変化は図3(a)に示されるガスの切り替え直後から始まり、上下の飽和値へ向かって指数関数的に漸近する曲線に近いものとなる。図3(b)は理想的な場合の当該曲線を示す。実際の当該曲線の形状や曲線の最大値等は、感応膜への吸着・脱着速度や感応膜に吸着・脱着される成分の種類によりかなり変化し、またシグナルの変化範囲も大きく相違することが多い。さらに、感応膜の粘弾性特性や、測定対象ガスの感応膜への拡散、あるいは感応膜材料と測定対象ガスとの物理化学的な相互作用などによって、シグナルはより複雑な経時変化を示す事もある。このように、MSS素子からのシグナルの経時変化や振幅等に基づいて試料中の各種成分の量・濃度や複数成分間の比率等を求めることが可能となる。具体的に言えば、タマネギから発生するガスのうち、ケトン類の測定に適したシグナルを与える感応膜材料が存在し、アルコール類の測定に適したシグナルを与える感応膜材料も存在し、また有機酸の測定に適したシグナルを与える感応膜材料も存在する。従って、これらの材料から適宜選択されたものを塗布した表面応力センサ素子を単独で使用してタマネギから発生するガスを測定し、あるいは異なる材料をそれぞれ塗布した複数種類の表面応力センサ素子を使用して同様の測定を行うことによって、タマネギから発生するガスの組成に基づいた変質検査及び/または病原菌同定を行うことができる。
【0038】
ここで、感応膜を形成する材料の吸着・脱着特性は多様であって、上述の単純化したモデルから逸脱した応答を示す感応膜材料も存在する。しかしながら、表面応力センサ素子の応答を解析等する場合、上記モデルを用いて最初の検討を行うのは多くの場合に有益であるということができる。
【0039】
なお、図3ではMSS素子に試料ガスを1回だけ与えるように図示されているが、MSS素子などの表面応力センサ素子を使用した測定においては、試料ガスとパージガスとを交互に切り替えて供給することにより、図3に示したような測定を複数回繰り返すのが通常である。以下では、試料ガスインジェクションと当該インジェクションに関連付けられているパージとの組を測定サイクルと呼ぶ(詳細は後述)。また、試料ガス中のある成分の吸着速度と脱着速度とが大きく異なるなどの事情がない限り、試料ガスインジェクション期間とパージ期間とは同じ時間長とする場合が多いが、もちろん、試料ガスインジェクション期間とパージ期間とを異なる時間長としてもよい。
【0040】
通常、対象のタマネギから発生するガスに含まれるニオイ分子のセンサ素子への吸着および脱離に伴って生じるそれぞれのシグナルのうち、有効なシグナル値が得られるまでに比較的長い時間がかかることがある。また、脱離しにくい成分がセンサ素子に残存している場合、次に測定する試料ガスのシグナル値の再現性が下がってしまうこともある。そのため、本発明では、1回の測定サイクルにおける試料ガスインジェクション期間とパージ期間とを異なる長さとすることも有効となる場合があり、試料ガスインジェクション期間として有効なシグナル値を得るのに十分な時間を確保した上で、パージ期間を試料ガスインジェクション期間よりも長くすることが好ましい。具体的には、後述する実施例では、試料ガスインジェクション期間を120秒とし、パージ期間をその2倍の240秒としている。また、1回の測定サイクルを、「パージ期間-試料ガスインジェクション期間-パージ期間」の測定シーケンスとすることで、複数回の測定を行う場合に、2回目以降の試料ガスインジェクションの前に実質的に2度パージを行うようにすることも有効である。後述する実施例においても、この測定シーケンスを採用することで、2回目以降の試料ガスインジェクションの前に、直近の試料ガスインジェクションの終了から480秒(240秒+240秒)のパージ期間を確保している。このように、試料ガスインジェクション期間に対してパージ期間を長くすることによって、試料ガスインジェクション中にMSS素子の本体表面の感応膜に吸着された成分の脱着が十分に行われやすくなり、ベースライン(ここではパージ期間から試料ガスインジェクション期間への切り替え直前のシグナルレベル)をより安定させることができるため、測定を複数回繰り返す場合において判定精度を確保するのに特に有効である。
【0041】
言い換えると、試料ガスインジェクション期間に対してパージ期間が短い場合には、検査・同定精度に悪影響が出る可能性がある。現実の測定では測定時間が長くなることは、それ自体測定のスループットを低下させるなどの不都合があるだけではなく、測定系内外の環境の各種のパラメータ(流速、ガス圧力、温度等)を長時間安定させることがしばしば困難であったり、測定系の大型化、高価格化を招いたりするといった問題がある。さらに、測定系は通常はポンプ等の能動部品を含むことから、これらの部品からの発熱による長時間にわたる温度変化も、検査・同定精度に悪影響を与える恐れがある。従って、本発明においては、測定サイクルの時間の配分を、試料ガスインジェクション期間(サンプリング時間)には有効なシグナル値を得ることが可能な範囲内で極力短く配分し、パージ期間(パージ時間)をできるだけ長くすることが望ましい。あるいは、ベースライン変動が問題となる場合の対策として、検査・同定精度に影響を与え得る成分の量があらかじめ規定された値である標準試料(詳細は後述する)を準備しておき、測定毎に標準試料から発生するガスを測定してキャリブレーション(校正)を行う等により、短時間のパージによる悪影響を除去あるいは軽減することもできる。
【0042】
なお、上述したように、図1に示される概略構成を有する測定システムでは、通常、2本のガス流路中のガス流は、所望の時間間隔で交互に切り替えられ、ガス流量が時間軸上で一定になるようにMFC(もしくはポンプ等)で制御されるが、測定システムの構成や表面応力センサ素子(図1ではMSS素子)の仕様等によっては、パージ期間のガス流量を試料ガスインジェクション期間のガス流量よりも多くすることで、ベースラインをより安定させることが可能な場合もある。
【0043】
本態様では、MSS素子などの表面応力センサ素子に試料ガスを与えることで得られる、図3に示すようなシグナル強度の時間変化の測定結果(以下、単に「測定結果」ともいう。)を使用して、タマネギから発生するガスの組成に基づくタマネギの変質検査及び/またはタマネギ病原菌同定を行う。
【0044】
具体的には、測定結果をそのまま使用してもよいし、あるいは、測定結果に対して任意のデータ分析処理を施してもよい。例えば、測定サイクルの時間範囲から任意に選択した時点を基準点とし、この時点を基準にオフセット処理を行う。その後、上記時間範囲から別の任意の時点を判定点として、判定点または判定点の近傍の値から特徴量を求めることによって、タマネギの変質の有無または変質の種類を判定する、あるいは、タマネギに感染している病原菌を同定することができる。この特徴量としては、例えば判定点におけるオフセット処理後のシグナル強度、判定点におけるシグナルのグラフの傾き、判定点近傍におけるシグナルのグラフの平均傾斜や曲率等でよい。なお、シグナルのオフセット処理を行っていない生シグナルは、センサの長期的な経時変化や、センサシグナルの絶対値としての現在の状態など、独特の情報が含まれているため、オフセット処理を行わず、生シグナルの値をそのまま利用したり、あるいは生シグナルから任意の特徴量を抽出したりして解析を行っても良い。
【0045】
なお、ここでオフセット処理とは、基準点tにおけるシグナル強度S(t)が0(一般的には任意の定数)になるように、シグナル強度のグラフをその強度軸方向に平行移動することで、オフセット処理後のシグナル強度S’(t)=S(t)-S(t)を求める処理である。
【0046】
基準点としては、例えば、試料ガスインジェクション期間の開始直前(つまりパージ期間の終了)の時点、パージ期間の開始直前(つまり試料ガスインジェクション期間の終了)の時点が挙げられるが、これら以外の任意の時点であってもよい。ただし、パージとインジェクションとの切り替えを行う時点で表面応力センサ素子に与えるガスを切り替えるため、この境界点の近傍では表面応力センサ素子からのシグナルが乱れることがある。また、切り替えを行っても、バルブ等の切り替え機構からある程度の長さのガス流路を経た位置にある表面応力センサ素子の周囲のガスが実際に切り替わるまでには無視できない時間遅れが生じる場合がある。このシグナルの乱れなどの不安定性や時間遅れの影響が問題となり得るのであれば、基準点としてはこの切り替えの時点から時間的にわずかにずらした時点を採用してもよい。
【0047】
また、測定サイクルの時間範囲から任意に選択した時点を基準点とし、当該選択した時点を基準にオフセット処理を行う。その後、上記時間範囲内の別の任意の時点を判定点として、判定点または判定点の近傍の値から特徴量を求めることによって、タマネギの変質検査及び/またはタマネギ病原菌同定を行うことができる。この特徴量としては、例えば判定点におけるオフセット処理後のシグナル強度、判定点におけるシグナルのグラフの傾き、判定点近傍におけるシグナルのグラフの平均傾斜や曲率等でよい。なお、シグナルのオフセット量が十分小さい、あるいはオフセット前のシグナル強度から求められた特徴量が十分大きい場合には、オフセット処理を省略してもよい。ただし、このような条件を満たす判定点は、測定サイクルの時間長や、試料ガスインジェクション期間及びパージ期間の時間長だけでなく、測定システムの構成(ガス流路、測定系へのガス供給形態、ガス流量等)や測定条件、さらには、表面応力センサ素子(より具体的にはMSS素子)の感応膜材料の種類などによっても異なり得るため、予め標準試料などを用いて感応膜材料毎にタマネギの変質検査及び/またはタマネギ病原菌同定に有効な特徴量が抽出できる基準点と判定点の組み合わせを確認しておくことが望ましい。
【0048】
なお、上述したように、本態様では、測定サイクルの時間の配分や、測定シーケンスの構成を適切に設定することによってベースラインの変動を抑制し、ベースラインを安定させることができるため、抽出される特徴量の差異が微小な場合であっても判定精度を確保することができる。具体的には、パージ期間を長くすることによって感応膜から十分にガスが脱離するため、試料ガスインジェクション前の状態を毎回同じような状態に戻すことが可能となる。すなわち、パージ期間を長くすることは、測定系のリセットを十分に行うために有用である。この十分にリセットが行われた時点が試料ガスインジェクション直前の時点であり、ここをオフセットの基準点とすることでシグナル再現性が確保され、結果的に高精度の判定が容易になる。また、特に、試料ガスインジェクション開始直前のパージ時シグナルを基準としてオフセット処理を行うとともに、インジェクション期間の終了からわずかに時間が経過した時点に判定点を設定することで、当該判定点におけるシグナル強度の変動がより明りょうになりやすく、タマネギの変質検査及び/またはタマネギ病原菌同定に有効な特徴量が得られやすい。
【0049】
なお、上の説明では試料ガスとパージガスとを切り替える測定シーケンスに基づく測定を行ったが、本発明はそれに限られるものではない。例えば、試料ガスに含有されてその濃度がタマネギの変質検査及び/またはタマネギ病原菌同定に影響を与える可能性のある成分を含む別のガス(標準ガス)についての測定を測定シーケンスに挿入して、3種類のガスの切り替え測定からのシグナルに基づいてタマネギの変質検査及び/またはタマネギ病原菌同定を行うことができる。
【0050】
このような標準ガスとしては、変質及び病原菌感染の疑いの無い、正常なタマネギ(標準試料)から発生する試料ガス成分と同じ成分組成を有するガスを標準ガスとしてよい。このような標準試料としては、例えば、対象のタマネギと同じ環境で栽培されたタマネギであってよく、この場合、標準試料は、対象のタマネギと同一品種であることが好ましい。
【0051】
あるいは、そのように想定される試料ガスの一部の成分(例えば、成分量のわずかな違いを特に高精度で測定したい成分等)についての組成を同じにしたガスを標準ガスとするなど、必要に応じて各種の組成に設定することができる。さらには、標準ガスとしては、水から発生するガス(水蒸気)であってもよく、この場合、水は、対象のタマネギの栽培に使用する水であり得る。そして、測定上の各種の要請や制約条件なども勘案してこれら3種類のガスの供給シーケンスを適宜設定する。例えば、以下のようなガス供給時間区間の繰り返しを含む測定シーケンスが考えられる:
A.パージガスを供給する→[試料ガスと標準ガスの一方を供給する→パージガスを供給する→試料ガスと標準ガスの他方を供給する→パージガスを供給する](あるいは[]内を繰り返す)
B.パージガスを供給する→[試料ガスと標準ガスを交互に供給する→パージガスを供給する](あるいは[]内を繰り返す)
C.パージガスを供給する→[試料ガスと標準ガスの一方とパージガスとの交互供給を繰り返す→パージガスを供給する→試料ガスと標準ガスの他方とパージガスとの交互供給を繰り返す](あるいは[]内を繰り返す)
これ以外にもガス供給時間区間の各種のガス供給シーケンスが考えられる。何れのガス供給シーケンスでも、一連の測定シーケンス中は温度、ガス圧力・流量、センサ特性の経時変化などの測定条件はシーケンス内で大きく変化しないと考えられるので、試料ガスと標準ガスとの比較により、両ガス間の微量な組成の違いを精密に測定でき、また測定結果への外乱の影響が低減できるなど、測定の安定性の向上を図ることもできる。
【0052】
なお、標準ガスまで使用する場合には測定装置のガス供給系に標準ガス用のガス流路を追加することになるが、これはガス供給系についての各種の既存技術を利用して容易に実現できる。たとえば、標準ガスは最初から気体の状態で準備しておくこともできるし、あるいは液体や固体から蒸発させることでガス供給系に導入してもよい。また、標準ガスを提供する際に、当初準備しておいた気体や液体・固体から発生する気体にパージガスなどの別の気体を混合させてもよい。また、これら3系統のガス流路は最終的には合流させる必要があるが、3つの流路を一か所で合流させてもよいし、あるいは試料ガス流路の上流側を一部分流させて標準ガス流路を構成し、そこに標準ガスが導入された後、両ガス流路をパージガスとの合流点の手前で合流させるなどの構成も考えられる。
【0053】
さらには、求められる判定精度が実現できる限りにおいて測定の再現性が高くかつセンサチップや測定装置間のバラツキなども較正可能である場合には、試料ガスの測定と標準ガスの測定とを互いに独立させ、別々の好都合な時点で行う測定手順やそのための測定系の構築も可能である。例えば標準ガスの測定と試料ガスの測定とを同時にあるいは一連の測定シーケンス中で相次いで行うのではなく、それぞれ別個に行い、これらの測定から得られた標準ガス測定データと試料ガス測定データとを比較してもよい。ここで、頭書の条件、すなわち求められる検査・同定精度が実現できる限りにおいて測定の再現性が高くかつセンサチップや測定装置間のバラツキなども較正可能であるという条件、が満足される限り、試料ガスの測定に使用されるセンサチップや測定装置と標準ガスの測定に使用されるセンサチップや測定装置とは互いに同一の個体であってもよいし、一方の測定に使用されるものとは別のセンサチップや測定装置を使用してもよい。また、パージガスを利用すること無く、試料ガスと標準ガスのみを使用して測定しても良い。この場合は、標準ガスをパージガスとして利用して測定を行っても良い。さらには、試料ガスのみ、あるいは標準ガスのみを使用した測定も可能である。この場合、試料ガス、あるいは標準ガスを、十分に長い時間センサ素子に曝露することにより、それぞれのガスが感応膜に十分に吸着・拡散し、センサ素子が一定のシグナル値を示すまで待っても良い。このシグナルの絶対値をそのまま特徴量として利用しても良いし、測定前に大気などに十分に長い時間曝した場合のシグナルを測定しておき、それを基準点として利用しても良い。
【0054】
これに限定されるものではないが、例えば、一定期間同じ場所で貯蔵・保管される複数のタマネギからなる群から発生するガスを対象とする場合、貯蔵・保管の開始時点での当該タマネギ群から発生するガスを測定してこれを標準ガスのデータとして蓄積しておけば、特定の時点で同一のタマネギ群から発生するガスを試料ガスとして同様にデータ化することで、測定の再現性や各種のバラツキの較正可能性が担保できさえすれば、同一のタマネギ群において、上記ガスの比較が実現できる。なお、ここで各ガスの測定結果のデータ化は特に限定しない。非限定的な例を挙げれば、各ガスとパージガスとの交互切り替えを行った時のセンサ素子からのシグナルをそのままディジタル化するだけでもよいし、その他の形式の測定の際のセンサ素子のシグナルのディジタル化をおこなってもよいし、その他例えば上述のようなディジタル化の結果のディジタル値を更にデータ処理するなどしてよい。
【0055】
表面応力センサ素子の感応膜の材料としては、Poly(2,6-diphenyl-p-phenylene oxide)(ポリ(2,6-ジフェニル-p-フェニレンオキシド))、Poly(4-methylstyrene)(ポリ(4-メチルスチレン))、スピロ環骨格を有するポルフィリン誘導体及び金属ポルフィリン(メタロポルフィリン)誘導体、Polystyrene(ポリスチレン)、Poly(vinylidene fluoride)(ポリ(フッ化ビニリデン))、Cellulose Acetate Butyrate(酢酸酪酸セルロース)、及びオクタデシル基修飾シリカ/チタニア複合ナノ粒子が挙げられるが、これらに限定されない。
【0056】
なお、Poly(2,6-diphenyl-p-phenylene oxide)(ポリ(2,6-ジフェニル-p-フェニレンオキシド))は、「テナックス」あるいは「Tenax」(登録商標)という名称でも知られる材料であり、その純度や添加物により数種類のものが市販されている。例えば、Tenaxの後ろにサフィックスを付加してTenax TAやTenax GR(Tenax GRはTenax重合時に23%のグラファイトカーボンを配合したもの)などが挙げられ、本発明では、これらのいずれも用いることができる。また、Tenaxは各種の粒度分布のものが提供されており、粒度の範囲は、例えばTenax TA 20/35というようにメッシュで表記される。なお、後述する実施例では、Poly(2,6-diphenyl-p-phenylene oxide)としてTenax TA 60/80(ジーエルサイエンス株式会社より入手)を使用した。
【0057】
また、上記スピロ環骨格を有するポルフィリン誘導体及び金属ポルフィリン(メタロポルフィリン)誘導体は、多孔質のビラジカル(biradical)化合物であって、スピロ型の結合(spiro-type linkage。単一の四級炭素原子を含み、この炭素原子だけにより2つのヘテロ環が結合されている)を介してポルフィリンまたは金属ポルフィリン(メタロポルフィリン)へ結合された2つの周辺置換基を有する分子である。具体的には、例えば、以下の構造を有する、スピロ環骨格を有する金属ポルフィリン(メタロポルフィリン)誘導体が挙げられる。
【0058】
【化2】
【0059】
中でも、ポルフィリン骨格中心にニッケル(Ni)を配位し、かつ、上記構造式中の記号Xに対応する構造が符号「27c」で示した構造である、以下の構造を有する化合物(識別を容易にするために「27c-(Ni)」と表記した。以下、便宜的にこの化合物を「NiOX3」とも称する。)は、好ましい一態様として、本発明で用いることができる。
【0060】
【化3】
【0061】
なお、上で例示した構造を有する化合物を含む、上記スピロ環骨格を有するポルフィリン誘導体及び金属ポルフィリン(メタロポルフィリン)誘導体の製造方法の例は、特願2021-111892の明細書等に記載されており、その内容は、本明細書によって参照により援用される。
【0062】
また、上記オクタデシル基修飾シリカ/チタニア複合ナノ粒子は、非特許文献4に示す方法を基本として合成することができる。具体的には、例えば、特許文献2の段落[0025]~[0026]に記載の手順に従って上記ナノ粒子を合成することができる。
【0063】
本発明の好ましい一態様において、上記感応膜材料から複数種を選択し、それらを各々感応膜として有する複数の表面応力センサ素子を作製し、ニオイセンサアレイを構成する。このとき、各感応膜は、互いに異なるニオイ分子に応答してもよいし、同一のニオイ分子に応答してもよい。前者の場合には、タマネギから発生するガスに含まれる複数種類のニオイ分子の濃度に基づく検査・同定が可能であり、後者の場合には、同一のニオイ分子に対する複数の表面応力センサ素子の応答に基づく検査・同定が可能である。いずれの場合でも、変質検査及び/または病原菌同定の精度を確保することは可能であるが、前者の場合には、検査・同定に使用するパラメータとして対象とするニオイ分子を複数種とすることで、より多角的・多面的な検査・同定が可能である。一方、後者の場合には、例えば、ある病原菌と、当該病原菌に感染したタマネギから発生するガスに含まれるニオイ分子とが一対一の関係にあることが予め分かっている場合など、特定のニオイ分子に焦点を当てて検査・同定を行うのに適している。
【0064】
あるいは、後述する実施例で示すように、ある感応膜材料は、タマネギの変質の有無及び変質の種類の両方の判定に適するものであり得、別の感応膜材料は、タマネギの変質の有無の判定に特に適するものであり得る。そのため、ニオイセンサアレイを構成する複数の表面応力センサ素子のうち、一の表面応力センサ素子の感応膜を、タマネギの変質の有無及び変質の種類の両方の判定に適する感応膜材料とし、他の表面応力センサ素子の感応膜を、タマネギの変質の有無の判定に特に適する感応膜材料とすることで、1つのニオイセンサアレイで、タマネギの変質の有無及び変質の種類の判定を複合的に行うことも可能である。あるいは、タマネギの変質の有無の判定に特に適する複数種類の感応膜材料をそれぞれ感応膜として有する複数の表面応力センサ素子で構成された第一のニオイセンサアレイと、タマネギの変質の有無及び変質の種類の両方の判定に適する複数種類の感応膜材料をそれぞれ感応膜として有する複数の表面応力センサ素子で構成された第二のニオイセンサアレイとを用いて、第一のニオイセンサアレイではタマネギの変質の有無の判定し、変質有りと判定された試料ガスをさらに第二のニオイセンサアレイで測定し、タマネギの変質の確認と共に変質の種類を判定するといった多段階の判定を行うことも可能である。
【0065】
なお、上述した感応膜材料の選択、表面応力センサ素子の感応膜の構成、及びニオイセンサアレイの構成及びその利用は、タマネギ病原菌同定に関しても同様に当てはまる。
例えば、タマネギ病原菌の同定に関して上述した3種類の病気P,Q、Rとそれらの病原菌群を仮定すると、ある感応膜材料は、個々の病原菌の同定(例えば、対象のタマネギに感染している病原菌がpであるか、qであるか、またはrであるかの決定(識別))に適するものであり得る。また、別の感応膜材料は、異なる病気の病原菌群の同定(例えば、対象のタマネギに感染している病原菌が、病気Pの病原菌群に属する細菌であるかまたは病気Qの病原菌群に属する細菌であるかの決定(識別))に適するものであり得る。そのため、ニオイセンサアレイを構成する複数の表面応力センサ素子のうち、一の表面応力センサ素子の感応膜を、個々の病原菌の同定に適する感応膜材料とし、他の表面応力センサ素子の感応膜を、異なる病気の病原菌群の同定に適する感応膜材料とすることで、1つのニオイセンサアレイで、タマネギ病原菌の同定を複合的に行うことも可能である。あるいは、異なる病気の病原菌群の同定に適する複数種類の感応膜材料をそれぞれ感応膜として有する複数の表面応力センサ素子で構成された第一のニオイセンサアレイと、個々の病原菌の同定に適する複数種類の感応膜材料で構成された第二のニオイセンサアレイとを用いて、第一のニオイセンサアレイではタマネギに感染している病原菌が属する病気の種類(例えば、病気Pの病原菌群に属する細菌であるかまたは病気Qの病原菌群に属する細菌であるか)を同定した後、同じ試料ガスをさらに第二のニオイセンサアレイで測定し、個々の病原菌(例えば、pであるかまたはqであるか)を同定するといった多段階の同定を行うことも可能である。
さらには、同一の病気の病原菌群に属する複数の病原菌間でそれらに感染したタマネギから発生するガスの組成に区別可能な違いがある場合において、当該複数の病原菌の同定(例えば、対象のタマネギに感染している病原菌がrであるかまたはrであるかの決定(識別))に適する感応膜材料がある場合には、当該感応膜材料をさらに組み合わせることによって、上記複合的な同定または多段階の同定のバリエーションを増やすことも可能であり得る。
【0066】
また、上で説明したような3種類以上の病原菌を逐次的に同定する手法以外に、ニオイセンサアレイ上の複数の表面応力センサからのシグナルを一つのまとまりとして取り扱うことで、3種類以上の候補からの同定を一段階で行うことも可能である。例えば、パターン認識等で通常行われるように、これらのシグナルに基づいた特徴ベクトルが張る多次元空間を病原菌に対応させてクラス分割し、特定のサンプルから得られた特徴ベクトルがどのクラスに属するかを判定して、ここで目的とする同定を行うことも可能である。また、機械学習などでも複数のシグナルを一つのまとまりとして取り扱うことで同様な一段階の同定を行うことができる。
【0067】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。なお、以下の実施例は本発明を限定するものではなく、その理解を助けるためのものであることに留意されたい。
【実施例0068】
[実施例1]
実施例1では、タマネギ試料として、以下の3種類のタマネギを用意した。実験対象のタマネギの品種としては、現在日本国内で広く栽培されている品種の一つであるもみじ3号(株式会社 七宝)を使用した。この品種は、黄タマネギの一種である。
・通常のタマネギ:タマネギ病原菌を接種しないタマネギ。外観に変色や傷みが無く、触った感触で十分な硬さがあるもの(以下、「試料X」とも称する。)
・変質したタマネギ:病原菌Burkholderia cepaciaを接種したことによりタマネギ腐敗病の病変が現れたタマネギ。外観が部分的もしくは全体的に赤褐色に変色しており、触った感触で部分的もしくは全体的に柔らかさがあるもの(以下、「試料Y」とも称する。)
・腐敗したタマネギ:病原菌Pectobacterium carotovorumを接種したことによりタマネギ軟腐病の病変が現れたタマネギ。外観が全体的に赤褐色~褐色水浸状に変色しており、触った感触が全体的に非常に柔らかい(ブヨブヨする)もの(以下、「試料Z」とも称する。)
【0069】
各試料から、重さ約2.5gの試料片を切り出し、試料片をそのままバイアル瓶に収容して測定を行った。
【0070】
<試料ガスの成分分析>
後述する測定システムでの測定にあたり、各試料から発生するガスを、プロトン移動反応飛行時間型質量分析計(PTR-TOF-MS)により分析した。
【0071】
結果を図4図6に示す。
図4図5及び図6は、それぞれ、試料X、試料Y及び試料Zの試料片から発生するガスをPTR-TOF-MSにより分析した結果を示す図である。
各図の上段には、質量電荷比(m/z値)がゼロから200の範囲のシグナル強度を示し、下段には、m/z値がゼロから100の範囲のシグナル強度を示した。
【0072】
図4図6に示す結果から、m/z値が約8から約40の範囲では、PTR-TOF-MSで測定対象分子のイオン化に使われる一次イオン(ヒドロニウムイオン)なども含まれているため、シグナル強度のプロフィールが試料間で類似する傾向が見られた。
一方、m/z値が約40を超えると、試料によって異なるシグナル強度のプロフィールが得られていることがわかる。
このことから、タマネギ病原菌接種(タマネギ病原菌への感染)による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び、変質の種類(腐敗の程度)によって、タマネギから発生するガスの成分組成が異なることが示唆された。
【0073】
そこで、PTR-TOF-MSの結果から、各試料から発生するガスの成分を具体的に分析したところ、いずれの試料にも共通して濃度が高い7種類の成分(メタノール、アセトアルデヒド、エタノール、アセトン、酢酸、プロピオン酸、酪酸)が同定された。
【0074】
図7には、各試料から発生するガスの成分を分析した結果を示した。
図7中の「1」から「7」の数字は、それぞれ、1:メタノール、2:アセトアルデヒド、3:エタノール、4:アセトン、5:酢酸、6:プロピオン酸、7:酪酸を示す。すなわち、試料Xに関しては、これらの数字の順に、対応する成分の濃度が高いことを意味している。
また、以下の表1には、上記7種類の成分の濃度に関し、試料Xにおける濃度を基準とし、試料Y及び試料Zにおける各成分の相対的な濃度を記号*の数で示した。
【0075】
【表1】
【0076】
図7及び表1に示すように、試料Xと試料Yの結果を比較すると、タマネギ病原菌(Burkholderia cepacia)への感染によりタマネギが変質すると、いずれの成分の濃度も増加することがわかる。例えば、試料Xにおいて1番目、2番目及び3番目に高い濃度であるメタノール、アセトアルデヒド及びエタノールは、試料Yにおいてより高い濃度を示している。加えて、タマネギ病原菌(Burkholderia cepacia)への感染により変質したタマネギ(試料Y)では、通常のタマネギ(試料X)よりもアセトンの濃度が大きく増加し、アセトアルデヒドとほぼ同等の濃度であること、さらに、プロピオン酸よりも酪酸の濃度が高いことがわかった。
【0077】
これに対して、試料Zの結果からは、試料Yと同様に、タマネギ病原菌(Pectobacterium carotovorum)への感染によるタマネギの変質(腐敗)に伴うメタノール及びエタノールの濃度の増加が見られたが、アセトアルデヒドの濃度は試料Xとほぼ同等であった。むしろ、特筆すべきは、試料Zにおいて、試料X及び試料Yではそれぞれ7番目及び6番目の濃度であった酪酸の濃度が大きく増加して4番目に高い濃度であったことである。一方、試料Yでは濃度が大きく増加したアセトンの濃度は、試料Zでは、上述した酪酸の濃度よりも低く、試料Xでの濃度よりもやや高い結果であった。
【0078】
これらの結果から得られた、タマネギから発生するガスに関する知見をまとめると、おおよそ以下の通りである。
(1)タマネギから発生するガスの成分には、タマネギ病原菌への感染による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び、変質の種類によらず共通して濃度が高い成分が複数存在し、これらの成分のうち上位7種類の成分は、メタノール、アセトアルデヒド、エタノール、アセトン、酢酸、プロピオン酸、酪酸であること。
(2)タマネギ病原菌への感染によりタマネギが変質すると、タマネギから発生するガスにおける、上記7種類のいずれの成分の濃度も増加すること。
(3)感染したタマネギ病原菌の種類、及び/または、タマネギの変質の種類によって、タマネギから発生するガスにおける、上記7種類の成分の濃度は変化すること。特に、タマネギ病原菌(Burkholderia cepacia)への感染、及び/または、変質の比較的初期の段階では、アセトン及び酪酸の濃度が有意に増加するのに対して、タマネギ病原菌(Pectobacterium carotovorum)への感染、及び/または、変質がより進行した腐敗状態では、酪酸の濃度が顕著に増加する一方、アセトンの濃度は通常のタマネギから発生するガスにおける濃度よりもやや高い程度になること。
(4)有機酸である酢酸、プロピオン酸、酪酸、及びケトン類であるアセトンは、タマネギ病原菌への感染による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び変質の種類によって、タマネギから発生するガスにおける濃度が異なること。
(5)アルコール類であるメタノール、エタノールは、タマネギ病原菌への感染による変質の有無によって、タマネギから発生するガスにおける濃度が異なるが、感染したタマネギ病原菌の種類、及び/または、変質の種類(腐敗の程度)によっては、当該濃度に顕著な違いは無いこと。
【0079】
なお、比較対照のための実験は行っていないものの、本発明者らによるタマネギ栽培の経験上、黄タマネギに属する品種である限り、上記実験で使用した品種と異なる品種であっても、同じ病原菌による病徴には大きな差異はないと思われる。従って、病原菌が同じなら、それに感染した各種の黄タマネギから発生するガスの組成なども互いに類似したものとなると予測される。
【0080】
<測定システムを用いた試料ガスの分析>
次に、測定システムを用いて各試料から発生するガス(試料ガス)の分析を行った結果について説明する。
【0081】
本実施例では、図1に概略の構成を示した測定システムを使用した。
使用したニオイセンサアレイは、それぞれ異なる感応膜材料を塗布した複数個のMSS素子からなる集合体であった。以下では、それらの感応膜材料のうち、
Poly(2,6-diphenyl-p-phenylene oxide)を使用したMSS素子を「ChA」、
オクタデシル基修飾シリカ/チタニア複合ナノ粒子を使用したMSS素子を「ChB」
Poly(4-methylstyrene)を使用したMSS素子を「ChC」、
Poly(methyl vinyl ether-alt-maleic anhydride)を使用したMSS素子を「ChD」、
Polystyreneを使用したMSS素子を「ChE」、
Poly(vinylidene fluoride)を使用したMSS素子を「ChF」、
Cellulose Acetate Butyrateを使用したMSS素子を「ChG」、
上述した構造を有する、スピロ環骨格を有する金属ポルフィリン(メタロポルフィリン)誘導体(NiOX3)を使用したMSS素子を「ChH」、
として説明する。
【0082】
ニオイセンサアレイを30℃に設定したインキュベータに収容し、測定システム全体を調温調湿された室内(空調機の設定温度は30℃)に配置した。試料ガス及びパージガスの流量は、ChA、ChB、ChC及びChDについては30sccmとし、ChE、ChF、ChG及びChHについては10sccmとした。サンプリング時間(各測定サイクルにおいて試料ガスインジェクションを行う時間)は120秒とした。また、サンプリング時間とパージ時間(各測定サイクルにおいてパージガスをニオイセンサアレイ(MSS素子)に与えてそのパージを行う時間)との比を1:4として測定を行った。具体的には、各測定サイクルでの測定シーケンスは、先ずパージガスを240秒間流し、次に試料ガスを120秒間流し、その後、再度パージガスを240秒間流す、という構成とした。つまり、各測定を連続的に実施したため、試料ガスを流した後に流すパージガスと、次の試料ガスを流す前に流すパージガスとは、途切れることなく連続的に流れることになった。従って、パージ時間は上記2つのパージ時間の合計となり、サンプリング時間とパージ時間との比は実質的に1:4となるのである。なお、これらの測定条件は、測定システムの構成に応じて適宜調整することができる点に留意されたい。
【0083】
上記測定シーケンスを行っている間に試料の切り替え(別のタマネギ試料への切り替えなど)を行う手順についてここで説明する。サンプリング時間終了後、試料が入っているバイアル瓶を切り替えバルブによってガス流路から切り離す。これにより、測定対象の試料を、測定に影響を与えることなく任意のタイミングで次の試料に切り替えることができる。
【0084】
測定試料の交換作業(バイアル瓶の付け替え等)は数十秒を要し、また試料交換を行ったことを測定システムのデータ設定等に反映させる入力作業等が必要となるので、互いに異なる試料を測定する2つの測定の間にはセンサモジュールが停止する時間が必要となる。ところが、センサモジュールの停止によりモジュール温度が低下するため、ベースラインが変動する。このベースラインの変動は微細なシグナル差を測定する上では大きなノイズになるため、測定間のモジュール停止は1秒以内に抑えるのが理想的である。ここで、上述したようにサンプリング時間終了後に試料を収容しているバイアル瓶(もちろん、他の種類の試料収容容器等でも同様である)をガス流路から切り離すことで、切り離されている間にバイアル瓶の交換及びこの交換に伴うその他の作業を行うことができる。従って、このような手法では試料の切り替えをパージ処理と並行して行うことで、試料の切り替え時間を測定シーケンス上に実質的に現れないようにできる。あるいは、言うまでも無いことであるが、自動的に試料を交換するシステムを用いても良い。
【0085】
結果を図8図15に示す。
【0086】
図8は、ChAのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図である。
図8では、試料Xの測定結果を標準的な線幅の黒色で示し、試料Yの測定結果は太い線幅の淡灰色で示し、試料Zの結果は太い線幅の濃黒色で示した。つまり、試料Y及び試料Zの測定結果を示す線の幅は、同じグラフ上で試料Xの測定結果との比較を容易にするための処理であり、測定結果自体に変動(ぶれ)があることを意味するものではない点に留意されたい。
また、図8に示す結果は、上記測定シーケンスの試料ガスインジェクション期間の開始時点(すなわち、最初のパージ期間の終了時点)をオフセットの起点に設定し、同一の試料について複数回の測定を行った結果のうち、典型的な結果をプロットしている。後述する図9図15についても同様である。
【0087】
図8からわかるように、ChAの感応膜材料を用いた場合には、試料ガスインジェクション期間の開始直後にシグナル強度が鋭く立ち上がる。
その後、試料Xでは、1.4mV~1.45mVの間でシグナル強度が安定したのに対して、試料Y及び試料Zでは、シグナル強度は漸増し、試料ガスインジェクション期間の後半区間(約310秒から360秒までの範囲)では、互いに異なる漸増挙動が見られ、両者の飽和値も異なっている。
また、試料ガスインジェクション期間からパージ期間に切り換えた直後のシグナル強度の鋭い立ち下りからベースラインに収束(復帰)するまでの挙動(シグナル強度が減少する傾向)にも違いが見られる。具体的には、試料Xでは、パージ期間に切り換わった直後にシグナル強度は0.1mV未満に減少し、パージ期間の早い段階でベースラインに収束した。これに対して、試料Y及び試料Zでは、試料Xよりも高いシグナル強度値からベースラインに向けて緩やかに収束している点では類似するが、試料Zよりも試料Yの方が、より低いシグナル強度値からより短時間でシグナル強度が収束し、ベースラインへ復帰している。
【0088】
この結果から、ChAの感応膜材料を用いたMSS素子による測定結果から、タマネギ病原菌への感染による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び/または、変質の種類を判定することが可能であることがわかった。より具体的には、測定結果に対して適切なオフセット処理を施すことによって、タマネギ病原菌接種による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び/または、変質の種類を明確に識別できることがわかった。
【0089】
図9は、ChBのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図である。
【0090】
図9からわかるように、ChBの感応膜材料を用いた場合には、上述したChAの場合と比べてやや緩やかであるが、試料ガスインジェクション期間の開始直後にシグナル強度が鋭く立ち上がる。
その後、試料Xでは、シグナル強度が増加しながら飽和値(約6.0mV)へ向かって漸近するのに対して、試料Y及び試料Zでは、より高い飽和値(約6.2mV)へ向かって漸近する挙動が見られた。
また、試料ガスインジェクション期間からパージ期間に切り換えた直後のシグナル強度の鋭い立ち下りからベースラインに収束(復帰)するまでの挙動(シグナル強度が減少する傾向)について見ると、試料Y及び試料Zでは、ほぼ同様の挙動でベースラインに向けて緩やかに収束しているが、試料Xでは、パージ期間に切り換わった直後のシグナル強度の立ち下りの程度がより大きく、より短時間でシグナル強度が収束し、ベースラインへ復帰している。
【0091】
この結果から、ChBの感応膜材料を用いたMSS素子による測定結果から、タマネギ病原菌への感染による変質の有無を判定することが可能であることがわかった。より具体的には、測定結果に対して適切なオフセット処理を施すことによって、タマネギの変質の種類を問わず、タマネギ病原菌への感染による変質の有無を明確に識別できることがわかった。
【0092】
図10は、ChCのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図である。
【0093】
図10からわかるように、ChCの感応膜材料を用いた場合には、上述したChAの場合と同様に、試料ガスインジェクション期間の開始直後にシグナル強度が鋭く立ち上がる。
その後、試料Xでは、1.55mV~1.6mVの間でシグナル強度が安定したのに対して、試料Y及び試料Zでは、シグナル強度は漸増し、試料ガスインジェクション期間の後半区間(約300秒から360秒までの範囲)では、互いに異なる漸増挙動が見られ、両者の飽和値も異なっている。
また、試料ガスインジェクション期間からパージ期間に切り換えた直後のシグナル強度の鋭い立ち下りからベースラインに収束(復帰)するまでの挙動(シグナル強度が減少する傾向)にも違いが見られる。具体的には、試料Xでは、パージ期間に切り換わった直後にシグナル強度は約0.1mVに減少し、パージ期間の早い段階でベースラインに収束した。これに対して、試料Y及び試料Zでは、試料Xよりも高いシグナル強度値からベースラインに向けて緩やかに収束している点では類似するが、試料Zよりも試料Yの方が、より低いシグナル強度値からより短時間でシグナル強度が収束し、ベースラインへ復帰している。
【0094】
この結果から、ChCの感応膜材料を用いたMSS素子による測定結果から、タマネギ病原菌への感染による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び/または、変質の種類を判定することが可能であることがわかった。より具体的には、測定結果に対して適切なオフセット処理を施すことによって、タマネギ病原菌への感染による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び/または、変質の種類を明確に識別できることがわかった。
【0095】
図11は、ChDのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図である。
【0096】
図11からわかるように、ChDの感応膜材料を用いた場合には、試料ガスインジェクション期間の開始直後にシグナル強度が鋭く立ち上がった後、いずれの試料でも、17.5mV~18mVの間でシグナル強度は比較的安定しており、特定の時間区間に着目した場合には試料間でシグナル強度値の違いはあるものの、試料同士をはっきりと区別できるほどの特徴的な挙動は見られない。
また、試料ガスインジェクション期間からパージ期間に切り換えた直後のシグナル強度の鋭い立ち下りからベースラインに収束(復帰)するまでの挙動(シグナル強度が減少する傾向)について見ると、いずれの試料でも、パージ期間に切り換わった直後にシグナル強度は0.5mV未満に減少し、パージ期間の早い段階でベースラインに収束した。
【0097】
この結果から、ChDの感応膜材料を用いたMSS素子による測定結果からは、タマネギ病原菌への感染による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び/または、変質の種類を判定することは困難であることが示唆された。
【0098】
図12は、ChEのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図である。
【0099】
図12からわかるように、ChEの感応膜材料を用いた場合には、試料ガスインジェクション期間の開始直後にシグナル強度が鋭く立ち上がった後、いずれの試料でも、飽和値へ向かって漸近する挙動が見られたが、試料ガスインジェクション期間の終盤(約340秒から360秒までの範囲)に着目すると、試料Xと、試料Y及び試料Zとでは、試料Xの方が、飽和値が有意に低いことがわかる。
また、試料ガスインジェクション期間からパージ期間に切り換えた直後のシグナル強度の鋭い立ち下りからベースラインに収束(復帰)するまでの挙動(シグナル強度が減少する傾向)について、特にパージ期間の序盤(約370秒から420秒までの範囲)に着目すると、試料Xと、試料Y及び試料Zとでは、試料Xの方が、より低いシグナル強度値からより短時間でシグナル強度が収束し、ベースラインへ復帰していることがわかる。
【0100】
この結果から、ChEの感応膜材料を用いたMSS素子による測定結果から、タマネギ病原菌への感染による変質の有無を判定することが可能であることがわかった。より具体的には、測定結果に対して適切なオフセット処理を施すことによって、タマネギの変質の種類を問わず、タマネギ病原菌への感染による変質の有無を明確に識別できることがわかった。
【0101】
図13は、ChFのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図である。
【0102】
図13からわかるように、ChFの感応膜材料を用いた場合には、試料ガスインジェクション期間の開始直後にシグナル強度が鋭く立ち上がった後、試料Xでは、約4.2mV~約4.3mVの間でシグナル強度が安定したのに対して、試料Y及び試料Zでは、飽和値へ向かって漸近する挙動が見られた。試料Y及び試料Zについては、特定の時間区間に着目した場合には試料間でシグナル強度値の違いはあるものの、両者の飽和値がほぼ同程度であることを考慮すると、試料Yと試料Zをはっきりと区別できるほどの特徴的な挙動は見られないと言える。
また、試料ガスインジェクション期間からパージ期間に切り換えた直後のシグナル強度の鋭い立ち下りからベースラインに収束(復帰)するまでの挙動(シグナル強度が減少する傾向)について見ると、試料Xと、試料Y及び試料Zとでは、試料Xの方が、より低いシグナル強度値からより短時間でシグナル強度が収束し、ベースラインへ復帰していることがわかる。
【0103】
この結果から、ChFの感応膜材料を用いたMSS素子による測定結果から、タマネギ病原菌への感染による変質の有無を判定することが可能であることがわかった。より具体的には、測定結果に対して適切なオフセット処理を施すことによって、タマネギの変質の種類を問わず、タマネギ病原菌への感染による変質の有無を明確に識別できることがわかった。
【0104】
図14は、ChGのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図である。
【0105】
図14からわかるように、ChGの感応膜材料を用いた場合には、試料ガスインジェクション期間の開始直後にシグナル強度が鋭く立ち上がった後、いずれの試料でも、飽和値へ向かって漸近する挙動が見られたが、試料ガスインジェクション期間の全体に渡って、試料Xは、試料Y及び試料Zよりも低いシグナル強度を保ちながら飽和値(約36mV)に到達している。試料Y及び試料Zについては、特定の時間区間に着目した場合には試料間でシグナル強度値の違いはあるものの、両者の飽和値がほぼ同程度であることを考慮すると、試料Yと試料Zをはっきりと区別できるほどの特徴的な挙動は見られないと言える。
また、試料ガスインジェクション期間からパージ期間に切り換えた直後のシグナル強度の鋭い立ち下りからベースラインに収束(復帰)するまでの挙動(シグナル強度が減少する傾向)について見ると、試料Xと、試料Y及び試料Zとでは、試料Xの方が、より低いシグナル強度値からより短時間でシグナル強度が収束し、ベースラインへ復帰していることがわかる。
【0106】
この結果から、ChGの感応膜材料を用いたMSS素子による測定結果から、タマネギ病原菌への感染による変質の有無を判定することが可能であることがわかった。より具体的には、測定結果に対して適切なオフセット処理を施すことによって、タマネギの変質の種類を問わず、タマネギ病原菌への感染による変質の有無を明確に識別できることがわかった。
【0107】
図15は、ChHのMSS素子からのシグナル(単位はmV)の時間変化(単位は秒)を示す図である。
【0108】
図15からわかるように、ChHの感応膜材料を用いた場合には、試料ガスインジェクション期間の開始直後にシグナル強度が鋭く立ち上がる。
その後、試料Xでは、3.85mV~3.95mVの間でシグナル強度が安定したのに対して、試料Y及び試料Zでは、シグナル強度は漸増し、試料ガスインジェクション期間の後半区間(約310秒から360秒までの範囲)では、互いに異なる漸増挙動が見られ、両者の飽和値も異なっている。
また、試料ガスインジェクション期間からパージ期間に切り換えた直後のシグナル強度の鋭い立ち下りからベースラインに収束(復帰)するまでの挙動(シグナル強度が減少する傾向)にも違いが見られる。具体的には、試料Xでは、パージ期間に切り換わった直後にシグナル強度は急減にゼロ(もしくは一時的にゼロ以下)にまで減少し、パージ期間の早い段階でベースラインに収束した。これに対して、試料Y及び試料Zでは、試料Xよりも高いシグナル強度値からベースラインに向けて緩やかに収束している点では類似するが、試料Zよりも試料Yの方が、より低いシグナル強度値からより短時間でシグナル強度が収束し、ベースラインへ復帰している。
【0109】
この結果から、ChHの感応膜材料を用いたMSS素子による測定結果から、タマネギ病原菌への感染による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び/または、変質の種類を判定することが可能であることがわかった。より具体的には、測定結果に対して適切なオフセット処理を施すことによって、タマネギ病原菌への感染による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び/または、変質の種類を明確に識別できることがわかった。
【0110】
ここまで、各々の感応膜材料を用いたMSS素子による測定結果と、それに基づくタマネギ病原菌への感染による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び/または、変質の種類の判定について説明したが、本発明においては、各々の感応膜材料を用いた個別の(単独の)測定結果を用いるだけでなく、各々の感応膜材料が表面応力センサ本体表面に被覆された複数の表面応力センサ素子を有するニオイセンサアレイから得られる複数の測定結果を組み合わせることで、タマネギ病原菌への感染による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び/または、変質の種類の判定の精度をより高めることも可能である。
【0111】
あるいは、タマネギの変質の検査を行う目的等に応じて、単独または複数の感応膜材料を使い分けることも可能である。
例えば、ChB、ChE、ChF、ChGのように、タマネギ病原菌への感染による変質の有無の判定に特徴を有する感応膜材料は、各々単独でまたはこれらを組み合わせることで、通常のタマネギがタマネギ病原菌への感染によって変質する予兆を捉え、比較的初期段階で変質したタマネギを取り除くなどの対処策を講じることができる。あるいは、特定のタマネギ群の中から、タマネギ病原菌への感染によって何らかの変質が生じた(もしくは変質が生じた可能性がある)タマネギをピックアップするためのスクリーニング検査などに活用することもできる。
一方、ChA、ChC、ChHのように、タマネギ病原菌への感染による変質の有無、感染したタマネギ病原菌の種類、及び、変質の種類の判定に特徴を有する感応膜材料は、各々単独でまたはこれらを組み合わせることで、通常のタマネギがタマネギ病原菌への感染によって変質し、さらに腐敗へと進行していく様子を経時的にモニターすることができる。あるいは、上述したようにして変質が生じた(もしくは変質が生じた可能性がある)タマネギとしてピックアップされたタマネギに関し、タマネギ病原菌への感染による変質の有無の特定、感染したタマネギ病原菌の種類の特定、及び/または、変質の種類の特定のために活用することもできる。
【0112】
ここで、上述した3種類のタマネギ試料のPTR-TOF-MSによる分析結果と組み合わせると、各感応膜材料と、それが応答するニオイ分子との関係について、以下のように推定することができる。
ChA、ChC、ChHの感応膜材料は、各タマネギ試料から発生するガスにおける濃度が異なるニオイ分子に応答する。当該ニオイ分子は、酢酸、プロピオン酸、酪酸(以上、有機酸)、及びアセトン(ケトン類)であり得る。
ChB、ChE、ChF、ChGの感応膜材料は、変質の無いタマネギ試料(試料X)と、変質の有るタマネギ試料(試料Y、試料Z)との間で、タマネギ試料から発生するガスにおける濃度が異なるニオイ分子に応答する。当該ニオイ分子は、メタノール、エタノール(以上、アルコール類)であり得る。
上で挙げたニオイ分子のうち、アセトアルデヒドは、試料Xと試料Zにおいてほぼ同程度の濃度であり、試料Yとの間で明確な濃度差が見られたことから、本実施例で用いた感応膜材料を被覆した表面応力センサ素子が応答するニオイ分子としては主たる成分ではないと思われる。但し、このことは、他の感応膜材料を被覆した表面応力センサ素子が、アセトアルデヒド(アルデヒド類)に応答することを否定もしくは排除するものではなく、また、そのような感応膜材料を見い出すまたは開発することは可能である点に留意されたい。
【0113】
[実施例2]
実施例2では、複数の感応膜材料がそれぞれ表面応力センサ本体表面に被覆された複数の表面応力センサ素子を有するニオイセンサアレイから得られる複数の測定結果を組み合わせることによる、上述の実施形態に係る変質検査または病原菌同定について具体的に説明する。
【0114】
<試料の調製>
実施例1で使用したのと同品種の黄タマネギ(もみじ3号(株式会社 七宝))を準備し、1つのタマネギから、重さ約2.5gの試料片を複数切り出し、4つの群(以下、「試料A」、「試料B」、「試料C」、「試料D」とも称する。)に分け、滅菌したバイアル瓶に入れた。より詳細には、以下の手順で試料片を切り出した。
1.タマネギりん茎の外皮(茶色部分)を除去し、70%エタノールで表面を滅菌する。
2.風乾後、りん茎上部(首部)と下部(茎盤部)を滅菌した包丁で除去した後、縦半分に切断する。
3.りん茎外側から数えて3枚目もしくは4枚目のりん茎を摘出し、滅菌シャーレ内で重さ約2.5gの切片を切り出し、試料片とする。
【0115】
各群のタマネギ試料片を収容したバイアル瓶に、200μLの菌液を添加し、滅菌した解剖針で試料片を数回穿刺し、室温で一定時間静置(培養)した後、測定を行った。ここで、試料A~Dに対して使用した菌液は以下の通りであった。
・試料A:滅菌蒸留水(対照)
・試料B:タマネギりん片腐敗病の病原菌Pantoea ananatisを含有する懸濁液
・試料C:タマネギ腐敗病の病原菌Burkholderia cepaciaを含有する懸濁液
・試料D:タマネギ軟腐病の病原菌Pectobacterium carotovorumを含有する懸濁液
なお、試料B~Dに対して使用した菌液(細菌懸濁液)は、PPGA(Potato peptone glucose agar)斜面培地(西山幸司・江塚昭典 (1977) ラフ型集落を生じるライグラス類かさ枯病細菌の分離例 日植病報, 43, 426-431)で28℃24時間培養した新鮮な菌体を、約10cfu/mL程度の濃度になるように滅菌蒸留水に懸濁して調製した。
【0116】
<測定システムの構成及び測定条件等>
実施例1で使用したのと同様の測定システムを使用した(図1参照)。
使用したニオイセンサアレイは、実施例1に記載のChA、ChB、ChC及びChEのMSS素子を有する集合体であった。
当該測定システムを用いて、各バイアル瓶中の試料A~Dから発生するガス、及び滅菌蒸留水のみを収容したバイアル瓶からのガス(水蒸気)を試料ガスに用いて測定を行った。なお、上述した以外の測定条件等は、実施例1の「測定システムを用いた試料ガスの分析」の項で説明したのと同様とした。
【0117】
<結果及び考察>
上述の測定によって得られた複数の測定結果について、各々のMSS素子からのシグナル(シグナルの波形)をディジタル化し、得られたディジタルデータの集合(データ集合)に対して、主成分分析(PCA)を使用して解析を行った。ここでは、実施例1について図8図15に示したのと同様にオフセット処理を施した測定結果の各々から、複数のパラメータを特徴量として抽出した。具体的には、上記4種類のMSS素子(ChA、ChB、ChC及びChE)の感応膜材料の各々から4種類の特徴量を抽出した16次元のデータ集合について主成分分析を行った。
【0118】
結果を図16に示す。図16の左側の図は、第1主成分(PC1)と第2主成分(PC2)のスコアプロット及び各々の寄与率(PC1:77.4%、PC2:17.0%)を示し、図16の右側の図は、第1主成分(PC1)と第3主成分(PC3)のスコアプロット及び各々の寄与率(PC1:77.4%、PC3:3.0%)を示している。図16の左側の図において、試料A~D及び水(水蒸気)についてのプロットは、相互に重なることのない領域にそれぞれまとまっていることがわかる。また、図16の右側の図において、試料Bと試料Cとが一部重なる部分が存在するが、それ以外の群と重なることはなく、各群に対応するプロットが首尾よくまとまっていることがわかる。
【0119】
これらの結果から、実施例1において言及した、各々の感応膜材料を用いた個別の(単独の)測定結果を用いるだけでなく、本実施例のように、複数の感応膜材料がそれぞれ表面応力センサ本体表面に被覆された複数の表面応力センサ素子を有するニオイセンサアレイから得られる複数の測定結果を組み合わせることで、本発明の実施形態に係る変質検査または病原菌同定を実用に足る精度で行うことができることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本発明によれば、タマネギの変質の有無または変質の種類の判定、並びに/あるいは、タマネギに感染している病原菌の同定を、実際の生産、加工、流通などの現場で簡便に、高感度かつ高精度で行うことができる。これにより、例えば、収穫後のタマネギを貯蔵・保管する倉庫や保管庫などの場所で、タマネギの変質検査及び/または病原菌同定を手軽に実施できるようになり、ひいては、食の安全・安心の向上や、食品ロスの削減に資することが期待される。
図1
図2
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