IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構の特許一覧 ▶ 公立大学法人宮城大学の特許一覧

特開2024-19983細菌、細菌を含む組成物及びTh17細胞活性化剤
<>
  • 特開-細菌、細菌を含む組成物及びTh17細胞活性化剤 図1
  • 特開-細菌、細菌を含む組成物及びTh17細胞活性化剤 図2
  • 特開-細菌、細菌を含む組成物及びTh17細胞活性化剤 図3
  • 特開-細菌、細菌を含む組成物及びTh17細胞活性化剤 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024019983
(43)【公開日】2024-02-14
(54)【発明の名称】細菌、細菌を含む組成物及びTh17細胞活性化剤
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20240206BHJP
   A23L 33/135 20160101ALI20240206BHJP
   C12N 5/0783 20100101ALI20240206BHJP
   A61P 31/00 20060101ALI20240206BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20240206BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240206BHJP
   A61K 35/74 20150101ALI20240206BHJP
   A23K 10/10 20160101ALI20240206BHJP
   C12N 15/11 20060101ALN20240206BHJP
【FI】
C12N1/20 A
A23L33/135
C12N1/20 E
C12N5/0783
A61P31/00
A61P37/04
A61P43/00 107
A61K35/74 A
A23K10/10
C12N15/11 Z ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022122805
(22)【出願日】2022-08-01
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】509298012
【氏名又は名称】公立大学法人宮城大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100211199
【弁理士】
【氏名又は名称】原田 さやか
(72)【発明者】
【氏名】遠野 雅徳
(72)【発明者】
【氏名】島津 朋之
【テーマコード(参考)】
2B150
4B018
4B065
4C087
【Fターム(参考)】
2B150AA01
2B150AA02
2B150AA03
2B150AA05
2B150AA06
2B150AB10
2B150AC01
2B150AD02
2B150DA08
2B150DA32
2B150DA43
2B150DC19
2B150DE01
2B150DH35
4B018MD85
4B018ME09
4B018ME14
4B018MF13
4B065AA01X
4B065AA92X
4B065AA94X
4B065BA22
4B065BB40
4B065CA41
4B065CA42
4B065CA43
4B065CA44
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC55
4C087BC68
4C087MA52
4C087NA14
4C087ZB09
4C087ZB22
4C087ZB32
(57)【要約】
【課題】単独でTh17細胞の活性化が可能な細菌を提供すること。
【解決手段】配列番号1に示す塩基配列に対して98.7%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有するラクリミスポラ属(Lacrimispora)細菌。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示す塩基配列に対して98.7%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有するラクリミスポラ属(Lacrimispora)細菌。
【請求項2】
配列番号1に示す塩基配列に対して99.5%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有する、請求項1に記載の細菌。
【請求項3】
YZC11菌株(NITE P-03648)又はその変異株である、請求項2に記載の細菌。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の細菌を含む、組成物。
【請求項5】
食品組成物、飼料組成物、医薬組成物又は発酵スターター組成物である、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
抗感染症用又は免疫応答促進用である、請求項4に記載の組成物。
【請求項7】
配列番号1に示す塩基配列に対して98.7%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有するラクリミスポラ属(Lacrimispora)細菌を有効成分として含有する、Th17細胞活性化剤。
【請求項8】
抗生物質を含有しない、請求項7に記載の剤。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の剤を含む、食品組成物、飼料組成物、医薬組成物又は発酵スターター組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細菌、細菌を含む組成物及びTh17細胞活性化剤を提供する。
【背景技術】
【0002】
生体の免疫システムを担うヘルパーT細胞(Th)は、免疫系の司令塔的役割を発揮し、抗原認識に応じて周囲の免疫反応を適切な方向へ誘導する。Thは複数のタイプにわけられており、その局面に応じた様々なサイトカインを細胞外に分泌し、周囲の免疫応答を惹起する。
【0003】
Th1は、マクロファージによる病原体の貪食や、細胞傷害性T細胞やナチュラルキラー細胞による細胞傷害の活性化をとおして、細胞性免疫を活性化する方向に誘導する。一方、液性免疫を担当するTh2は、IL-4等を放出することで抗体産生を活性化させて病原体を排除する。Treg(制御性T細胞)は、自己免疫疾患、炎症性疾患やアレルギーなどを引き起こす過剰な免疫反応を抑制する。IL-17等のサイトカインを分泌するTh17は、過度に亢進した場合に、自己免疫疾患の発症に関与する一方で、細胞外の病原性細菌や真菌の感染侵入を防ぐ重要な役割を発揮する。
【0004】
このため、ヒトの健康維持・増進や家畜の健全飼養のために、生体に侵入してくる感染性の微生物に対して、ヘルパーT細胞の活性化をとおして、効率的な免疫応答を誘導する技術が求められている。
【0005】
腸内において、IL-17産生型CD4陽性T細胞(Th17細胞)が担う免疫システムの活性化を誘導する技術として、特許文献1には、潰瘍性大腸炎の患者からのヒト糞便を無菌マウスへ直接経口摂取させることにより、Th17細胞に相当する画分を誘導する手法が記載されている。しかしながら、腸内細菌叢全体を投与する手法は、悪玉菌とされる日和見感染菌や時に重篤な症状を引き起こす感染性細菌が含まれることもあり、安全性、安定性、コスト、治療の受け入れやすさ等の観点から汎用的な技術とは考えにくい。
【0006】
また、特許文献1には、潰瘍性大腸炎患者の糞便を定着させた後、アンピシリンを与えたマウスからの盲腸内容物より分離された合計20種類の細菌株を用いる手法も記載されている。すなわち、アンピシリン耐性を示す20菌株全てを培養混合して細菌カクテルを調製し、無菌マウスに経口摂取させることで、Th17細胞に相当する画分の誘導が観察されている。しかしながら、20菌株を用いて有効組成物を作製して実用化するには、培養・製造上の技術的課題のみならず、製造コストも大きな問題になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-014483号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、単独でTh17細胞の活性化が可能な細菌を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、Th17細胞の活性化が可能な新規細菌を見出し、これを単離及び同定することにより、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、例えば、以下の各発明に関する。
[1]
配列番号1に示す塩基配列に対して98.7%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有するラクリミスポラ属(Lacrimispora)細菌。
[2]
配列番号1に示す塩基配列に対して99.5%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有する、[1]に記載の細菌。
[3]
YZC11菌株(NITE P-03648)又はその変異株である、[2]に記載の細菌。
[4]
[1]~[3]のいずれかに記載の細菌を含む、組成物。
[5]
食品組成物、飼料組成物、医薬組成物又は発酵スターター組成物である[4]に記載の組成物。
[6]
配列番号1に示す塩基配列に対して98.7%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有するラクリミスポラ属(Lacrimispora)細菌を有効成分として含有する、Th17細胞活性化剤。
[7]
抗生物質を含有しない、[6]に記載の剤。
[8]
[6]又は[7]に記載のTh17細胞活性化剤を含む、食品組成物、飼料組成物、医薬組成物又は発酵スターター組成物。
[9]
Th17細胞活性化用である、[4]又は[5]に記載の組成物。
[10]
経口投与用である、[4]、[5]、[8]若しくは[9]に記載の組成物、又は[6]に記載の剤。
[11]
抗生物質を含有しない、[4]~[10]のいずれかに記載の組成物又は剤。
[12]
[1]~[3]のいずれかに記載の細菌又は[4]~[5]のいずれかに記載の組成物を用いて、Th17細胞を活性化させる方法。
[13]
[1]~[3]のいずれかに記載の細菌又はその培養物を用いて、[4]~[11]のいずれかに記載の組成物又は剤を製造する方法。
[14]
抗感染症用又は免疫応答促進用である、[4]又は[5]に記載の組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって得られた新規細菌は、ラクリミスポラ属(Lacrimispora)に属する新種である。この新種の細菌は、単独でTh17細胞の活性化が可能である上に、培養が比較的容易であるため、当該細菌を含む組成物等の製造も容易となり、製造コストの面からも有利である。また、抗生物質耐性能を必要としないため、アンピシリンなどの抗生物質の併用も要しない。
【0012】
また、Th17細胞の活性化のための有効成分として単一の当該細菌を使用すればよく、他の細菌は不要であるため、例えば、様々な糞便を用いる方法と比較して安全且つ安定である。
【0013】
さらに、新種であることから、従来対応できなかった宿主対象に対しても有効である可能性が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】16S rDNAの塩基配列に基づき作成した、YZC11菌株、YZC6菌株及び近縁の菌株の系統樹を示す。
図2】実施例4におけるマウスへの経口投与試験を説明する模式図である。
図3】実施例4において、YZC11菌株の生体菌が大腸粘膜固有層(cLP)のCD4T細胞のサイトカイン産生に与える影響を解析した結果を示す。図中の「IFNg」は「IFN-γ」を意味する。(a)は、実験例であり、T細胞を刺激する試薬であるPMAとイオノマイシン添加時にIL-17AとIFN-γが産生されることを示すグラフである(X軸=IFNg、Y軸=IL-17a(IL-17A))。(b)は、CD4T細胞のIL-17産生及びIFN-γ産生を比較した結果を示すグラフである。縦軸は、CD4T細胞中に存在するIL-17AもしくはIFN-γを産生する細胞の割合を示す。
図4】実施例4において、YZC11菌株の生体菌がTregに与える影響を解析した結果を示す。(a)は、TregのマーカーであるFoxp3の染色例を示すグラフである(X軸=Foxp3、Y軸=CD25)。(b)は、大腸粘膜固有層(cLP)、腸間膜リンパ節(MLN)、脾臓(Sp)の各組織におけるCD4T細胞中のTreg数(%)を比較した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の
実施形態に限定されるものではない。
【0016】
1.ラクリミスポラ属(Lacrimispora)細菌
本発明の一実施形態におけるラクリミスポラ属細菌は、以下に示す配列番号1に示す塩基配列に対して98.7%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有する。
GATGAACGCTGGCGGCGTGCTTAACACATGCAAGTCGAGCGAAGCGATTTCAAGGAAGTTTTCGGATGGAATTGAAATTGACTTAGCGGCGGACGGGTGAGTAACGCGTGGGTAACCTGCCTCATACAGGGGGATAACAGTTAGAAATGACTGCTAATACCGCATAAGCGCACAGTGCTGCATAGCACAGTGCGAAAAACTCCGGTGGTATGAGATGGACCCGCGTCTGATTAGGTAGTTGGTGAGGTAACGGCCCACCAAGCCGACGATCAGTAGCCGACCTGAGAGGGTGACCGGCCACATTGGGACTGAGACACGGCCCAAACTCCTACGGGAGGCAGCAGTGGGGAATATTGGACAATGGGGGAAACCCTGATCCAGCGACGCCGCGTGAGTGAAGAAGTATTTCGGTATGTAAAGCTCTATCAGCAGGGAAGAAAATGACGGTACCTGACTAAGAAGCCCCGGCTAACTACGTGCCAGCAGCCGCGGTAATACGTAGGGGGCAAGCGTTATCCGGATTTACTGGGTGTAAAGGGAGCGTAGACGGCACTGCAAGTCTGGAGTGAAAGCCCGGGGCTCAACCCCGGGACTGCTTTGGAAACTGTGGTGCTAGAGTGCAGGAGAGGTAAGTGGAATTCCTAGTGTAGCGGTGAAATGCGTAGATATTAGGAGGAACACCAGTGGCGAAGGCGGCTTACTGGACTGTAACTGACGTTGAGGCTCGAAAGCGTGGGGAGCAAACAGGATTAGATACCCTGGTAGTCCACGCCGTAAACGATGAATACTAGGTGTTGGGGAGCAAAGCTCTTCGGTGCCGCCGCTAACGCAATAAGTATTCCACCTGGGGAGTACGTTCGCAAGAATGAAACTCAAAGGAATTGACGGGGACCCGCACAAGCGGTGGAGCATGTGGTTTAATTCGAAGCAACGCGAAGAACCTTACCAAGTCTTGACATCCCCCTGAATGGGAATTAACATTCCCCGGCCTACGGGACAGGGGAGACAGGTGGTGCATGGTTGTCGTCAGCTCGTGTCGTGAGATGTTGGGTTAAGTCCCGCAACGAGCGCAACCCTTATCCTTAGTAGCCAGCAAGTCAAGTTGGGCACTCTGGGGAGACTGCCAGGGATAACCTGGAGGAAGGTGGGGATGACGTCAAATCATCATGCCCCTTATGATTTGGGCTACACACGTGCTACAATGGCGTAAACAAAGGGAAGCAAAGGAGTGATCTGGAGCAAACCCCAAAAATAACGTCTCAGTTCGGATTGTAGTCTGCAACTCGACTACATGAAGCTGGAATCGCTAGTAATCGCGGATCAGAATGCCGCGGTGAATACGTTCCCGGGTCTTGTACACACCGCCCGTCACACCATGGGAGTTGGTAACGCCCGAAGTCAGTGACCCAACCGTAAGGAGGGAGCTGCCGAAGGCGGGACTGATAACTGGGGTG(配列番号1)
【0017】
本実施形態のラクリミスポラ属細菌が有する16S rRNA遺伝子の塩基配列の、配列番号1に示す塩基配列に対する配列同一性は、例えば、98.7%以上、99%以上、99.5%以上、99.7%以上、99.8%以上又は100%であってもよい。配列番号1に示す塩基配列は、ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株の16S rRNA遺伝子の塩基配列である。ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株は、独立行政法人 製品評価技術基盤機構(National Institute of Technology and Evaluation(NITE))バイオテクノロジーセンター 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に寄託されており、その受託番号は、NITE P-03648(受託日:2022年5月18日)である。本実施形態のラクリミスポラ属細菌は、ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株であってもよい。
【0018】
ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株は、実施例に記載された菌学的性質の解析、16S rDNAの部分塩基配列解析並びにゲノム塩基配列のANI解析の結果、ラクリミスポラ属(Lacrimispora)に属することは確認されたものの、ラクリミスポラ属に属する公知の種とは異なる、新種の細菌であることが明らかとなった。
【0019】
なお、実施例において比較として用いているラクリミスポラ属細菌YZC6菌株は、ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株と同様に単離同定され、ラクリミスポラ属に属する新規細菌であることが判明しているが、16S rRNA遺伝子の塩基配列は、YZC11菌株の16S rRNA遺伝子の塩基配列と、98.0%の配列同一性しか有さない。
【0020】
本明細書において、「配列同一性」とは、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのDNA塩基配列をアラインさせた場合の最適なアラインメントにおける、オーバーラップする全DNA塩基配列に対する同一DNA塩基の割合(%)を意味する。アラインメントの作成には、例えば、CLUSTAL Xを用いることができ、配列同一性の算出には、例えば、CLUSTAL Xを用いることができる。
【0021】
ラクリミスポラ属は、2020年に旧クロストリジウム属から分類再編された属である(Haas et al., International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology (2019) Vol.70, Issue 1)。
【0022】
本実施形態に係るYZC11菌株の変異株とは、YZC11菌株において自然に突然変異、形態変異がおきたもの、YZC11菌株に対して、ガンマ線、X線等の放射線やエチルメタンスルホン酸(EMS)等の化学薬剤を用いて突然変異を誘発した上でスクリーニングする方法により得られたもの、トランスポゾン導入、CRISPR-Cas9等の遺伝子後学的手法により得られたものであって、その特性が改変されているが、YZC11菌株の変異株の新種としての分類学的性質を維持したものである。例えば、1)細菌の形態が桿菌である、2)運動性がある、3)胞子を形成する、4)グラム染色が陰性である、5)絶対嫌気性である、及び6)G+C含量が43~45mol%(ゲノム塩基配列解析)である、との特性を有し、後述する16S rRNA遺伝子解析により98.7%以上の配列同一性を維持するものであってよい。また、例えば、後述するTh17細胞活性化作用を有し、16S rRNA遺伝子解析により98.7%以上の配列同一性を維持するものであってよい。
【0023】
(16S rRNA遺伝子の解析)
Wooseら(Proc. Natl. Acad. Sci. 87:4576-4579, 1990)によりsmall subunits rRNA(原核生物では16S rRNA、真核生物では18S rRNA)遺伝子配列を用いた全生物の系統分類法が提案されたことから、細菌の系統分類には、約1500塩基の16S rDNA配列が用いられている。
【0024】
現在では200万配列以上の16S rDNA配列が決定され、日本DNAデータバンク、GenBankやEMBLなどの公的な遺伝子バンクに登録されている。また、ミシガン州立大学の微生物センターにより、細菌の分類のためのrDNA配列のデータベースや解析支援アプリケーションがRibosomal Database Projectとして提供されている。
【0025】
細菌は、基準株とのDNA-DNAハイブリダイゼーションの相同性が70%以上の場合、同種であると定義(Wayne et al.,Int.J.Syst.Bacteriol.37:463-464,1987)される。一方、16S rDNA配列を用いた菌種同定では、98.7%以上の同一性があれば、同種である可能性が高いとされている。
【0026】
ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株の16S rRNA遺伝子(配列番号1)についてCLUSTAL Xによるペアワイズ類似性の比較解析を行った結果、最も同一性が高いラクリミスポラ・スフェノイデス(Lacrimispora_sphenoides)の基準株の16S rDNAの塩基配列(AB075772)に対する同一性でさえ98.14%しかなかった。
【0027】
(ゲノムDNAのANI解析)
ANI(Average Nucleotide Identity:平均ヌクレオチド同一性)解析は、対照株(検体)と比較株の完全長ゲノム配列やドラフトゲノム配列の同一性(ANI値)をコンピュータ上で計算し、種の異同を判断する。一般に、ANI値が95%以上であれば同種、95%未満であれば別種(新種)と判定される。DNA-DNAハイブリッド形成試験とANI解析には正の相関があり、DNA-DNAハイブリッド形成試験における種の境界値「70%」は、ANI値で「95%」に相当する(Int J Syst Microbiol 2007;57:81-91)。
【0028】
ANI解析に用いるゲノムDNAの配列情報は、例えば、シーケンサーとして、例えば、miseq(商標)(illumina社製)やPacBio(商標) RS II(Pacific Biosciences社製)を用いることにより、完全長ゲノム配列が取得可能である。なお、ゲノムDNAの抽出・精製時には断片化をなるべく抑えることが必須である。
【0029】
ANI値の算出方法については、Rodriguez-RらによるThe enveomics collection: a toolbox for specialized analyses of microbial genomes and metagenomes. PeerJ Preprints 2016;4:e1900v1(https://peerj.com/preprints/1900v1.pdf)に詳しく記載されている。
【0030】
FastANI(Jain et al., “High throughput ANI analysis of 90K prokaryotic genomes reveals clear species boundaries”, Nature Communications, vol.9, Article number :5114(2018))というツールを用いて、YZC11菌株のゲノムDNAの塩基配列とラクリミスポラ属全菌種のゲノムDNAの塩基配列を比較した結果、既存種ゲノムの塩基配列とのANI値は78.9~90.1%であった。16S rDNAの解析において最も同一性の高かったラクリミスポラ・スフェノイデス(Lacrimispora_sphenoides)のゲノムDNAの塩基配列を対比した結果、ANI値は90.1%であった。
【0031】
(菌学的性質)
単離された微生物の形態学的な特徴及び生理・生化学的な性状等を調べるため、細菌形態観察(細胞形態、運動性観察、及び芽胞形成能)、培養的性質の解析、生理学的な性状の解析(グラム染色性)、化学分類学的性質の解析(G+C含量)を行った。
【0032】
ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株は、次の1)~6)の特性を有する。
1)細菌の形態が桿菌である
2)運動性がある
3)胞子を形成する
4)グラム染色が陰性である
5)絶対嫌気性である
6)G+C含量が43~45mol%(ゲノム塩基配列解析)である
【0033】
(ラクリミスポラ属細菌を含む組成物)
本実施形態のラクリミスポラ属細菌は、単体で投与されてもよく、その効果を妨げない限り、これを含む組成物として、ヒト及び非ヒト動物に対して、経口的又は非経口的に投与できる。非経口的投与としては、例えば、静脈注射、動脈注射、筋肉内注射、皮下注射、皮内注射、腹腔内注射、脊髄内注射、硬膜外注射、経皮投与、経肺投与、経鼻投与、経腸投与、及び経粘膜投与等が挙げられる。
【0034】
非ヒト動物としては、特に限定されないが、例えば、哺乳類、爬虫類、鳥類、両生類及び魚類が挙げられる。哺乳類としては、例えば、霊長類(サル等)、齧歯類(ネズミ、ラット等)、偶蹄類(ウシ、シカ、ブタ等)、奇蹄類(ウマ等)及び食肉類(イヌ、ネコ等)が挙げられる。また具体的には、例えば、ウシ、ニワトリ、シカ、ブタ、ヒツジ、ウマ、ヤギ、イノシシ、アヒル等の家畜類であってもよい。
【0035】
ラクリミスポラ属細菌を単体で投与する場合及び組成物に含める場合には、ラクリミスポラ属細菌の生菌体を用いてもよく、死菌体を用いてもよい。例えば、ラクリミスポラ属細菌の培養物をそのまま用いてもよく、ラクリミスポラ属細菌を培養後に単離してそのまま用いてもよく、乾燥させたものを用いてもよく、例えば、さらに粉砕して用いてもよい。
【0036】
ラクリミスポラ属細菌を含む組成物は、固体、液体、ペースト等のいずれの形状であってもよい。また、組成物の形態は、例えば、錠剤、顆粒、粉末、カプセルであってもよい。例えば、組成物はラクリミスポラ属細菌を培養した培養液そのものであってもよく、当該培養液を含む物であってもよい。
【0037】
対象に投与されるラクリミスポラ属細菌の細菌数は、投与される対象の種類、体重、その健康状態や症状等により適宜調整することができるが、例えば、一日当たり3×10CFU/kg~5×1013CFU/kg(対象の体重1kgあたりのCFU)、3×10CFU/kg~5×1012CFU/kg、又は3×10CFU/kg~5×1011CFU/kgであってもよい。略語CFU(「コロニー形成単位」)は寒天プレート上の微生物計数により示される細菌細胞数を示す。一日一回投与されてもよく、一日二回、一日三回等、複数回に分けて投与されてもよい。複数回に分けて投与される場合、各回の用量を含む組成物として複数回投与してもよい。ラクリミスポラ属細菌は、定期的に投与されてもよく、不定期的に投与されてもよい。例えば、継続的に毎日投与されてもよく、二日おき、三日おき等間隔をあけて投与されてもよい。
【0038】
上記組成物は、例えば、食品組成物、飼料組成物、医薬組成物又は発酵スターター組成物であってもよい。ラクリミスポラ属細菌をこれらの組成物に含めることで経口的に摂取しやすくなるという利点を有する。
【0039】
食品組成物は、食品、健康食品、機能性表示食品、栄養機能食品、栄養補助食品、サプリメント、特定保健用食品及び食品プレミックスからなる群より選択されてもよい。食品プレミックスは、ケーキ、パン、惣菜等を、簡便に調理できる調製粉で小麦粉等の粉類(澱粉を含む)に糖類、油脂、脱脂粉乳、卵粉、膨張剤、食塩、香料等を必要に応じて適正に配合したものを意味する。
【0040】
食品組成物の形態は特に限定されず、例えば、飲料類、ペースト類、菓子類、食品類、調味料類等であってもよい。
【0041】
発酵スターター組成物は、発酵食品を製造するときに使用する種菌(原菌)を含む組成物を意味する。
【0042】
飼料組成物は、飼料、機能性飼料及び飼料プレミックスからなる群より選択されてもよい。また、飼料組成物は、例えば、ペット用飼料組成物又は家畜用飼料組成物であってもよい。飼料プレミックスは、微量の配合を目的とする飼料添加物をあらかじめ媒体飼料に混和して一定濃度に希釈したものであり、飼料に添加して用いるものを意味する。
【0043】
食品組成物、発酵スターター組成物、飼料組成物は、食品として許容される他の成分をさらに含有していてもよい。食品として許容される他の成分としては、例えば、ミネラル類、ビタミン類、フラボノイド類、キノン類、ポリフェノール類、アミノ酸、核酸、必須脂肪酸、清涼剤、結合剤、甘味料、崩壊剤、滑沢剤、着色料、香料、安定化剤、防腐剤、徐放調整剤、界面活性剤、溶解剤及び/又は湿潤剤が挙げられる。
【0044】
医薬組成物は、例えば、予防薬又は治療薬であってもよく、ワクチン製剤の効果を向上させるためのワクチンアジュバントであってもよい。後述するように、ラクリミスポラ属細菌YZC6菌株は、Th17細胞活性化作用を有し、抗感染症作用、免疫応答促進作用等が期待できることから、医薬組成物は、例えば、Th17細胞活性化用医薬組成物、抗感染症薬(感染症疾患の予防又は治療薬)、又は免疫応答促進用医薬組成物であってもよい。
【0045】
医薬組成物は、薬学的に許容される他の成分をさらに含有していてもよい。薬学的に許容される他の成分としては、例えば、pH調整剤、崩壊薬、結合剤、界面活性剤、潤滑剤、担体、安定剤、希釈剤、分散剤、懸濁剤、増粘剤、添加剤及び/又は賦形剤が挙げられる。
【0046】
医薬組成物の剤形としては、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤、注射剤(皮下注射剤、皮内注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、及び腹腔内注射剤等)、外用剤(経皮製剤、及び軟膏剤等)、外用液剤(注入剤等)、及び徐放性製剤(徐放性マイクロカプセル等)が挙げられる。
【0047】
本実施形態のラクリミスポラ属細菌は、適切な培地において嫌気的に培養することができる。培地としては、例えば、嫌気性菌用の培地である、PYG培地、クロストリジア強化培地、チオグリコレート培地等を用いることができる。具体例としては、GAM寒天培地(製品コード05420、日水製薬株式会社)、クロストリジア測定用培地(製品コード05409、日水製薬株式会社)、BD Difco(商標)Dehydrated Culture Media: Reinforced Clostridial Medium(製品コード218081、Thermo Fisher Scientific社)等が挙げられる。培養条件は特に制限されないが、例えば、20℃~40℃、25℃~35℃又は30℃で24時間~120時間、24時間~96時間、又は24時間~72時間培養してもよい。また、継代培養することで、所望の菌数を培養してもよい。本実施形態のラクリミスポラ属細菌は培養が比較的容易であるため、当該細菌を含む組成物等の製造も容易となり、製造コストの面からも有利となる。
【0048】
適切な菌数への調整については、公知の方法により行うことができるが、例えば、あらかじめ吸光度(OD600)及び菌数の検量線を作成することで、吸光度から菌数を測定できるため、適切な菌数に調整することができる。
【0049】
本実施形態の組成物の製造方法は、ラクリミスポラ属細菌を培地において嫌気的に培養する工程を含むことができる。また、上記製造方法は、適切な菌数に調整する工程も含んでよい。適切な菌数への調整は、例えば、吸光度及び菌数の検量線に基づき、菌数を測定することで行うことができる。また、上記製造方法は、培養培地からラクリミスポラ属細菌を単離する工程を含んでもよい。ラクリミスポラ属細菌の単離は、例えば、遠心分離により沈殿と上清に分け、ラクリミスポラ属細菌が含まれる沈殿を回収することで行うことができる。さらに、上記製造方法は、単離したラクリミスポラ属細菌を用いて組成物を製造する工程を含んでもよい。組成物に含まれる他の成分は上述したとおりである。これらの成分とラクリミスポラ属細菌を含む組成物は、当該分野に公知の方法により作製することができる。
【0050】
(Th17細胞活性化作用)
ラクリミスポラ属細菌YZC6菌株は、単独でTh17細胞活性化作用を有する。したがって、上記組成物は、有効成分としては、本実施形態のラクリミスポラ属細菌のみ(単一の菌)を含むものであってよく、他の微生物(例えば細菌等)を含まないものであってもよい。
【0051】
Th17細胞活性化とは、Th17細胞の増殖、集積、又は増殖及び集積を誘導することを意味する。Th17細胞は、ヘルパーT細胞(Th細胞)のサブセットの一つであり、Th1及びTh2細胞とは異なり、炎症性サイトカインであるIL-17及びIL-22を産生し、IL-17を産生するものはIL-17産生型Th17細胞とも表される。Th17細胞は、過度に亢進した場合に、自己免疫疾患の発症に関与する一方で、細胞外の病原性細菌や真菌の感染侵入を防ぐ重要な役割を発揮する。したがって、Th17細胞を活性化させることで、細胞外の病原性細菌や真菌の感染侵入を防ぐ感染予防効果が期待できる。したがって、上記組成物は、抗感染症用組成物であってもよく、免疫応答促進用組成物であってもよい。
【0052】
Th17細胞活性化により、体内に侵入してくる病原性微生物に対する免疫応答を高めることができるため、上記感染症の原因となる病原性微生物は特に限定されず、例えば、細菌、真菌、ウイルス、原虫、マイコプラズマ、リケッチア・クラミジア及びこれらの組み合わせから選択されてもよい。
【0053】
Th17細胞の増殖又は集積を誘導することとは、Th17細胞の増殖及び/又は集積に至る、ナイーブCD4陽性T細胞のTh17細胞への分化誘導を意味する。
【0054】
Th17細胞活性化、すなわちTh17細胞の増殖又は集積が誘導されているか否かは、例えば、対象の腸管(例えば、大腸粘膜固有層(cLP))、リンパ節、脾臓等から採取した試料におけるTh17細胞数、CD4陽性T細胞におけるTh17細胞の割合、IL-17及びIL-22等のTh17細胞のマーカーの発現等に基づき、確認することができる。例えば、本実施形態のラクリミスポラ属細菌又はこれを含む組成物を投与した対象において、上記Th17細胞数、Th17細胞の割合、及び/又はマーカーの発現レベルが対照(同じ対象における投与前又は投与していない対象)と比較して有意に高い場合に、Th17細胞の増殖又は集積が誘導されていると判断することができる。ここで、例えば、上記Th17細胞数、Th17細胞の割合、及び/又はマーカーの発現レベルが、同じ対象における投与前又は投与していない対象と比較して特定の倍率(例えば2倍以上、5倍以上等)以上高い場合に、Th17細胞の増殖又は集積が誘導されていると判定すると定めてもよい。また、これらの比較において、投与する対象、投与しない対象はそれぞれ複数の対象であってよく、これらの平均値から判断してもよい。Th17細胞数、CD4陽性T細胞におけるTh17細胞の割合、IL-17及びIL-22等のTh17細胞のマーカーの発現レベルの測定は、公知の方法により行うことができる。一例として、本実施形態のラクリミスポラ属細菌又はこれを含む組成物をマウス等の実験動物に経口投与した後、腸管における細胞を回収し刺激を行い、抗CD4抗体を用いて当該細胞を染色した後、透過処理し、抗IL-17抗体を用いて当該細胞染色し、CD4陽性T細胞におけるTh17細胞の割合をフローサイトメトリーにより測定することができる。そして、この結果、当該割合が、非投与実験動物(対照)のCD4陽性T細胞におけるTh17細胞の割合と比較して有意に高い場合に、Th17細胞の増殖又は集積が誘導されていると判断することができる。
【0055】
2.ラクリミスポラ属細菌を有効成分として含むTh17細胞活性化剤
本発明は一実施形態として、Th17細胞活性化剤も提供する。これは、特定のラクリミスポラ属細菌において、Th17細胞活性化という新たな用途を見出したことに基づくものである。Th17細胞活性化について上述したとおりである。
【0056】
本実施形態に係るTh17細胞活性化剤は、配列番号1に示す塩基配列に対して98.7%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有するラクリミスポラ属(Lacrimispora)細菌を有効成分として含有する。ラクリミスポラ属細菌が有する16S rRNA遺伝子の塩基配列の、配列番号1に示す塩基配列に対する配列同一性は、例えば、98.7%以上、99%以上、99.5%以上、99.7%以上、99.8%以上又は100%であってもよい。
【0057】
本実施形態に係るTh17細胞活性化剤は上述した食品組成物、飼料組成物、医薬組成物、発酵スターター組成物そのものして使用してもよく、食品組成物、飼料組成物、医薬組成物、発酵スターター組成物に添加して使用することもできる。
【0058】
例えば、特許文献1に記載されるような糞便を用いる方法では、糞便組成物に対してアンピシリン等の抗生物質により抗生物質耐性能を有する細菌を選抜する必要がある。一方、本実施形態のラクリミスポラ属細菌は単独でTh17細胞の活性化が可能であるため、このような選抜は不要である。したがって、本実施形態に係るTh17細胞活性化剤、又はこれを含む食品組成物、飼料組成物、医薬組成物、発酵スターター組成物等には、抗生物質を含有する必要がない。そのため、これらの剤又は組成物は、抗生物質を含有しないものであってよい。抗生物質を含有しないものとすることで、抗生物質の使用による薬剤耐性菌の発生が起こらないという利点を有する。上述した組成物をTh17細胞活性化用、抗感染症用、又は免疫応答促進用とする場合にも、同様に抗生物質を含有しないものとすることができる。
【0059】
本実施形態に係るTh17細胞活性化剤は上述した組成物と同様に製造することができる。また、本実施形態に係るTh17細胞活性化剤は上述した組成物と同様に用いることができる。
【0060】
本実施形態のTh17細胞活性化剤における具体的な態様等は、上述した具体的な態様等を制限なく適用できる。
【0061】
本発明は、一実施形態として、上述したラクリミスポラ属細菌又は組成物を用いて、Th17細胞を活性化させる方法も提供する。Th17細胞を活性化させる方法は、インビボ、インビトロのいずれの方法としても行うことができる。本実施形態の方法は、対象にラクリミスポラ属細菌又は組成物を投与することを含む方法であってもよく、インビトロであれば、対象から採取した試料(例えば、細胞)に対してラクリミスポラ属細菌又は組成物を投与することを含む方法であってもよい。
【0062】
本実施形態のTh17細胞を活性化させる方法における具体的な態様等は、上述した具体的な態様等を制限なく適用できる。
【0063】
本発明は、一実施形態として、上述したラクリミスポラ属細菌又は組成物を用いて、感染症を予防又は治療する方法も提供する。さらに、本発明は、一実施形態として、上述したラクリミスポラ属細菌又は組成物を用いて、免疫応答を促進する方法も提供する。感染症を予防又は治療する方法及び免疫応答を促進する方法は、インビボ、インビトロのいずれの方法としても行うことができる。本実施形態の方法は、対象にラクリミスポラ属細菌又は組成物を投与することを含む方法であってもよく、インビトロであれば、対象から採取した試料(例えば、細胞)に対してラクリミスポラ属細菌又は組成物を投与することを含む方法であってもよい。
【0064】
本実施形態の感染症を予防又は治療する方法及び免疫応答を促進する方法における具体的な態様等は、上述した具体的な態様等を制限なく適用できる。
【0065】
本発明は、一実施形態として、上述したラクリミスポラ属細菌を用いて、上述した組成物又は剤を製造する方法も提供する。組成物又は剤の製造方法については、上述したとおりである。
【0066】
本実施形態の製造方法における具体的な態様等は、上述した具体的な態様等を制限なく適用できる。
【実施例0067】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施
例に限定されるものではない。
【0068】
[実施例1 YZC11菌株の単離・同定]
1)菌株の単離
キャベツ、レタス等の葉物野菜のカット野菜残渣からYZC11菌株を単離した。すなわち、カット野菜残渣の表面に存在する微生物を調べるために、カット野菜残渣10グラムに滅菌蒸留水100mLを添加し、ホモジナイザ(エルメックス社製Promedia SH-IIM)を用いてカット野菜残渣抽出液を調製した。本抽出液の段階希釈液をクロストリジア強化培地上にて30℃で嫌気培養し、YZC11菌株のコロニーを単離した。同様にYZC6菌株も単離した。
【0069】
2)菌学的性質の解析
単離された微生物の形態学的な特徴及び生理・生化学的な性状等を調べるため、菌学的性質の解析を行った。具体的には、細菌形態観察(細胞形態、運動性観察、及び芽胞形成能)、培養的性質の解析、生理学的な性状の解析(グラム染色性)、化学分類学的性質の解析(G+C含量)を行った。
【0070】
ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株の形態的性質
光学顕微鏡による形態観察から、以下の形態的性質を有することが分かった。
・細菌の形態が桿菌である
・運動性がある
・胞子を形成する
【0071】
ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株の培養的性質
ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株をReinforced Clostridial Mediumで30℃で2日から7日間嫌気培養し、グラム染色を行った。その結果、以下の培養的性質を有することが分かった。
・グラム染色が陰性である
・絶対嫌気性である
【0072】
ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株の化学分類学的性質
G+C含量は、DFAST(DDBJ Fast Annotation andSubmission Tool)を用いてYZC11菌株のゲノムDNAの塩基配列のゲノム統計情報を解析することにより算出した。
ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株のG+C含量は43~45mol%(ゲノム塩基配列解析)であることが分かった。
【0073】
[実施例2 YZC11菌株の16S rDNAの塩基配列解析]
ラクリミスポラ属細菌YZC11菌株の16S rDNAの塩基配列(配列番号1)をCLUSTAL Xによるペアワイズ類似性の比較解析に供した結果、最も同一性が高いラクリミスポラ・スフェノイデス(Lacrimispora_sphenoides)の基準株の16S rDNAの塩基配列(AB075772)に対する同一性でさえ98.14%しかなかった。同様に単離したYZC6菌株の16S rRNA遺伝子の塩基配列は、YZC11菌株の16S rDNAの塩基配列に対して98.0%の配列同一性であることが分かった。16S rDNAの塩基配列に基づき作成した、YZC11菌株、YZC6菌株及び近縁の菌株の系統樹を図1に示す。
【0074】
[実施例3 ANI解析]
miseq(商標)(illumina社製)を使用し、YZC11菌株の完全長ゲノム配列を取得した。FastANI(Jain et al., “High throughput ANI analysis of 90K prokaryotic genomes reveals clear species boundaries”, Nature Communications, vol.9, Article number :5114(2018))というツールを用いて、YZC11菌株のゲノムDNAの塩基配列とラクリミスポラ属全菌種のゲノムDNAの塩基配列を比較した結果、既存種ゲノムの塩基配列とのANI値は78.9~90.1%であった。また、16S rDNAの解析において最も同一性の高かったラクリミスポラ・スフェノイデス(Lacrimispora_sphenoides)のゲノムDNAの塩基配列を対比した結果、ANI値は90.1%であった。
【0075】
[実施例4 YZC11菌株のマウスへの経口投与試験]
以下のように、YZC11菌株の生菌体が腸管免疫に与える影響について試験した。
【0076】
1)YZC11菌株の調製
YMC11菌株はGAM寒天培地(製品コード05420、日水製薬株式会社)を用い、嫌気的に培養を行なった。あらかじめ吸光度(OD600)と菌数の検量線を作成した。YMC11菌株は随時継代培養を行い、マウスへの経口投与においては、吸光度から生菌数を測定することで適切な菌数となるように調整した。YZC6菌株についても同様に調整を行った。
【0077】
2)マウスへのYMC11菌株の投与
YMC11菌株をPBSで1.4×10cfu/200μLとなるように調整した。5週齢のC57BL/6(雌)マウス(日本エスエルシー株式会社から購入)を購入後一週間馴致し、週に3回、4週間の間ゾンデを用いて経口投与(200μL)を行なった(図2)。これらのマウスはコンベンショナル環境で飼育し、餌と水は自由に摂取できるようにした。比較として、YZC6菌株をPBSで1.4×10cfu/200μLとなるように調整したものを200μL、コントロールマウスにはPBS 200μLを投与した。
【0078】
3)細胞調製
解剖したマウスから大腸を採取し、PBSで洗浄後、EDTA処理、コラゲナーゼ8処理(Sigma-Aldrich社)を行い大腸粘膜固有層(colonic Lamina Propria(cLP))の調製を行なった。腸間膜リンパ節(Mesenteric Lymph Node(MLN))と脾臓(Spleen (SPL))はシリンジを用いてシングルセル化した。
【0079】
4)Th1及びTh17細胞解析
大腸粘膜固有層から得られた細胞を2.0×10cells/mLになるようにR10培地(RPMI-1640培地に10%FBS、グルタミン、ペニシリン/ストレプトマイシン、2-メルカプトエタノールを混合したもの)に希釈し、96穴roundプレートに100μLずつ分注した。細胞刺激のため、モネンシン(Sigma-Aldrich社、最終濃度2μM)、イオノマイシン(Sigma-Aldrich社、50ng/mL)、PMA(富士フイルム和光純薬、100ng/mL)となるようにR10培地で調整した。モネンシンのみの溶液、モネンシン+イオノマイシン+PMAを混合した溶液を細胞に添加し、COインキュベーターで4.5時間培養を行なった。細胞を回収後、APC標識抗CD4抗体と7AADで染色し、細胞透過処理を行い、その後FITC標識抗IFN-γ抗体(XMG1.2、BioLegend社)、PE標識抗IL-17A抗体(TC11-18H10.1、BioLegend社)で染色した。解析は、FACS calibar(BD Biosciences社)で測定し、Flow Jo(Tree Star社)を用いて解析した。
【0080】
結果を図3に示す。図中の「IFNg」は「IFN-γ」を意味する。図3の(a)は、実験例であり、T細胞を刺激する試薬であるPMAとイオノマイシン添加時にIL-17AとIFN-γが産生されることを示すグラフである。図3の(b)は、CD4T細胞のIL-17産生及びIFN-γ産生を比較した結果を示すグラフである。縦軸は、CD4T細胞中に存在するIL-17AもしくはIFN-γを産生する細胞の割合を示す。コントロールを投与したマウス及びYZC6菌株を投与したマウスと比較して、YMC11菌株を投与したマウスにおいて、大腸粘膜固有層のCD4T細胞のIL-17産生が活性化されたことが示唆された。一方で、IFN-γ産生については、コントロールを投与したマウス、YZC6菌株を投与したマウス及びYMC11菌株を投与したマウスの間で顕著な差は認められなかった。
【0081】
5)Treg細胞解析
大腸粘膜固有層、腸間膜リンパ節、脾臓から採取した細胞をTreg解析に供した。調製した細胞をFACS buffer(2%FBS PBS)に懸濁し、96穴プレートを用いて染色を行なった。FITC標識抗CD25抗体(PC61、BioLegend社)、APC標識抗CD4抗体(RM4-5、BioLegend社)、7AADで染色を行なった後、FACS bufferで洗浄した。さらにFoxp3/Transcription Factor Staining Buffer Set(eBioscience)で透過処理を行なった後、PE標識抗Foxp3抗体(FJK-16s、eBioscience)で染色し、解析に供した。解析は、FACS calibar(BD Biosciences社)で測定し、Flow Jo(Tree Star社)を用いて解析した。なお、Foxp3は、Tregのマスター転写因子であり、Tregを同定する際のマーカー分子として用いられている。
【0082】
結果を図4に示す。図4の(a)は、TregのマーカーであるFoxp3の染色例を示すグラフである。図4の(b)は、大腸粘膜固有層(cLP)、腸間膜リンパ節(MLN)、脾臓(Sp)の各組織におけるCD4T細胞中のTreg数(%)を比較した結果を示すグラフである。大腸粘膜固有層(cLP)、腸間膜リンパ節(MLN)、脾臓(Sp)の各組織におけるCD4T細胞中のTreg数について、コントロールを投与したマウス、YZC6菌株を投与したマウス及びYMC11菌株を投与したマウスの間で顕著な差は認められなかった。これより、YMC11菌株の投与は、Treg産生には影響を与えないことが示唆された。
【0083】
6)結果
YMC11菌株投与によりその産生が活性化されたIL-17は、Th17細胞により放出されるサイトカインである。また、YMC11菌株の投与は、Th17細胞とは異なる種類のヘルパー細胞であるTh1細胞が産生するIFN-γ、Th17細胞とは相反するヘルパー細胞であるTreg数に影響を与えなかった。このことから、YMC11菌株の投与は、ヘルパーT細胞のうち、特異的にTh17細胞を活性化していると考えられる。
【0084】
なお、これらの結果は、腸内細菌叢が定着している通常マウスで評価した結果であるため、無菌マウスで評価する場合の結果と比較して、実際の体内環境における影響を解析する上で、より信頼性が高いものと考えられる。
【受託番号】
【0085】
(1)寄託機関名:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター
(2)連絡先:〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8
電話番号 0438-20-5580
(3)受託番号:NITE P-03648
(4)識別の表示:YZC11
(5)受託日:2022年5月18日
図1
図2
図3
図4
【配列表】
2024019983000001.xml