(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024020905
(43)【公開日】2024-02-15
(54)【発明の名称】石油系ピッチの製造方法
(51)【国際特許分類】
C10C 3/02 20060101AFI20240207BHJP
【FI】
C10C3/02 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022123456
(22)【出願日】2022-08-02
(71)【出願人】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100146466
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 正俊
(74)【代理人】
【識別番号】100202418
【弁理士】
【氏名又は名称】河原 肇
(72)【発明者】
【氏名】西 信宏
(72)【発明者】
【氏名】畑中 滋
(72)【発明者】
【氏名】太田 啓介
【テーマコード(参考)】
4H058
【Fターム(参考)】
4H058DA03
4H058DA13
4H058DA43
4H058EA12
4H058EA13
4H058EA14
4H058EA22
4H058EA45
4H058EA50
4H058FA14
4H058FA33
4H058GA06
4H058GA14
4H058HA03
4H058HA04
4H058HA06
4H058HA12
(57)【要約】
【課題】固定炭素量が高い炭素材製造用石油系ピッチを提供する。
【解決手段】四酸化二窒素で石油系重質油のニトロ化反応を行った後、蒸留によって、低沸点成分を留去して石油系ピッチを得る。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニトロ化剤として四酸化二窒素を用い、石油系重質油をニトロ化する石油系ピッチの製造方法。
【請求項2】
ニトロ化後、低沸点成分を留去する請求項1に記載の石油系ピッチの製造方法。
【請求項3】
前記石油系重質油がエチレンボトム油である請求項1又は2に記載の石油系ピッチの製造方法。
【請求項4】
ニトロ化を行う温度が10℃~50℃の範囲である請求項1又は2に記載の石油系ピッチの製造方法。
【請求項5】
得られた石油系ピッチの軟化点が70℃~130℃、固定炭素量が45質量%以上である請求項1又は2に記載の石油系ピッチの製造方法。
【請求項6】
石油系ピッチが、炭素材製造用である請求項1又は2に記載の石油系ピッチの製造方法。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の製造方法により得られた石油系ピッチをバインダーピッチとして用いる炭素材の製造方法。
【請求項8】
前記炭素材が、黒鉛電極である請求項7に記載の炭素材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒鉛電極等の炭素材の製造に用いられる石油系ピッチの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄の再融解を行う電気炉で用いられる黒鉛電極等の炭素材は、コークスなどの骨材とピッチ(「バインダーピッチ」という)とをバインダーピッチの軟化点以上の温度で混練・成形した後に焼成し、次いで黒鉛化することで製造される。炭素材は、機械的強度が高いこと、電気伝導度及び熱伝導度が高いことなどの特性が要求されるため、炭素材は高密度であることが好ましい。しかし、通常は、焼成工程においてバインダーピッチ中の低分子量成分が揮発することなどに由来し、焼成体は気孔の多い構造となる。そのため、製造工程の中で焼成体へのピッチ(「含浸ピッチ」という)の含浸と再焼成を数回行うことで気孔率を低減し、得られる炭素材を高密度にしている。したがって、炭素材の製造に用いられるピッチは、その目的から、コークスとの混練が容易になるように低軟化点を有し、かつ、炭素材の密度が高くなるように高固定炭素量を有することが求められる。
【0003】
ナフサ等の石油系炭化水素を水蒸気分解又は熱分解してエチレン、プロピレン等のオレフィンを製造する際に副生する重質残渣油(エチレンボトム油)は、一部がカーボンブラックの原料として利用されるのみで、大部分は燃料として利用されている。そのため、このエチレンボトム油を付加価値の高い製品に転換することは当該技術分野の課題である。この課題を解決するために、芳香族化合物を多く含有するエチレンボトム油の特性を活かし、エチレンボトム油から炭素材製造用バインダーピッチを製造する試みがなされてきた。しかし、エチレンボトム油等の石油系重質油から製造される石油系ピッチは、石炭系重質油から得られるコールタールピッチに比べて固定炭素量が低いため、得られる炭素材の密度が低くなる傾向にある。したがって、バインダーピッチや含浸ピッチには、主にコールタールピッチが使われているのが現状である。
【0004】
ピッチの固定炭素量を高くするためには、一般的には、300℃以上の高温、かつ1MPa以上の高圧下で熱改質を行い、重質化を進行させることが知られている。しかしながら、高温、かつ高圧での熱改質を行うためには、高価な製造設備が必要である。重質化のための他の方法として、ニトロ化反応を利用する方法が知られている。特開昭60-255888号公報(特許文献1)では、二酸化窒素ガスを用いてエチレンボトム油のニトロ化を行っている。しかし、反応温度が100℃以上と高く、重質化が進行し、得られるピッチの軟化点は200℃以上である。したがって、得られるピッチは、黒鉛電極用のピッチとしては、好ましくない。特開平8-73863公報(特許文献2)では、硝酸等の水溶液を用いて、石油系重質油のニトロ化を行っている。しかし、この方法では、ニトロ化後、多量の水分を除去する工程が必要となり、工業的に好ましくない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭60-255888号公報
【特許文献2】特開平8-73863号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、簡便なニトロ化によって、高い固定炭素量の石油系ピッチを提供することを目的とする。なお、「石油系ピッチ」とは、石油由来の重質油から製造されたピッチをいう。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討の結果、四酸化二窒素の存在下で石油系重質油のニトロ化を行った後、必要に応じて蒸留を行い、低沸点成分を留去することによって、固定炭素量が高い石油系ピッチが得られることを見出した。
【0008】
即ち、本発明は、以下の[1]~[8]に関する。
[1]
ニトロ化剤として四酸化二窒素を用い、石油系重質油をニトロ化する石油系ピッチの製造方法。
[2]
ニトロ化後、低沸点成分を留去する[1]に記載の石油系ピッチの製造方法。
[3]
前記石油系重質油がエチレンボトム油である[1]又は[2]に記載の石油系ピッチの製造方法。
[4]
ニトロ化を行う温度が10℃~50℃の範囲である[1]~[3]のいずれかに記載の石油系ピッチの製造方法。
[5]
得られた石油系ピッチの軟化点が70℃~130℃、固定炭素量が45質量%以上である[1]~[4]のいずれかに記載の石油系ピッチの製造方法。
[6]
石油系ピッチが、炭素材製造用である[1]~[5]のいずれかに記載の石油系ピッチの製造方法。
[7]
[1]~[6]のいずれかに記載の製造方法により得られた石油系ピッチをバインダーピッチとして用いる炭素材の製造方法。
[8]
前記炭素材が、黒鉛電極である[7]に記載の炭素材の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、四酸化二窒素を用いることで、従来のニトロ化よりも、低い温度で反応が進行し、その結果、固定炭素量が高く、所望の軟化点を有する炭素材製造用の石油系ピッチを得ることができる。加えて、ニトロ化反応において多量の水を使用する必要がないため、水分除去工程が不要であり、工業的に有利な製造プロセスを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の好ましい実施の形態について説明するが、本発明はこれらの形態のみに限定されるものではなく、その精神と実施の範囲内において様々な応用が可能であることを理解されたい。
【0011】
<黒鉛電極の製造工程>
以下に黒鉛電極の一般的な製造工程の一例を述べる。
1.混練工程
ニードルコークスとバインダーピッチとを共に混合し、混練する工程
2.成形工程
混練物を押し出し等により成形して所定のサイズ及び形状の成形体を得る工程
3.焼成工程
成形体を焼成して焼成体を得る工程
4.含浸工程
焼成体に含浸ピッチを充填する工程
5.再焼成工程
含浸ピッチが充填された焼成体を再度焼成して再焼成体を得る工程
6.黒鉛化工程
再焼成体を黒鉛化する工程
7.加工工程
黒鉛化体を切削などにより所定の形状に成形し、黒鉛電極とする工程
【0012】
1.混練工程
粉砕し、分級し、所定の割合に粒度配合したニードルコークスとバインダーピッチとを共に混合及び混練する。バインダーピッチの配合量は、混練方法及び成形方法によって異なるが、一般に、ニードルコークス100質量部に対して20質量部~30質量部程度である。
【0013】
混練物は酸化鉄等のパッフィング抑制剤を含んでもよい。
【0014】
混合及び混練には市販の混合機又は混練機を用いることができる。具体的な例としてはミキサー、ニーダー等の混合機及び混練機を挙げることができる。混練温度は用いるバインダーピッチによって異なるが、一般的には150℃前後である。バインダーピッチの軟化点は130℃以下が好ましく、110℃以下が更に好ましい。150℃前後で混練する場合、バインダーピッチの軟化点が130℃より高いと十分に混練することが難しい。混練後、混練物はその後の成形に適する温度(100℃~130℃)まで冷却される。
【0015】
2.成形工程
混練物を成形して所定のサイズ及び形状の成形体を得る。成形方法は目的とする炭素材によって押出成形、モールド成形等から適宜選択可能である。目的とする炭素材が黒鉛電極である場合は円柱形状への押出成形が一般的である。
【0016】
3.焼成工程
前工程の成形体を昇温し、700℃~1000℃で焼成し、焼成体を得る。焼成工程は燃焼排ガス非酸化性雰囲気下で行うことが好ましい。成形体は昇温初期に軟化し、200℃~500℃でバインダーピッチの熱分解及び重縮合によって多量の分解ガスが発生し、気孔の生成と体積収縮が起こる。500℃~600℃でバインダーピッチは炭素化する。焼成工程は冷却も含め1ヶ月前後を要することが多い。
【0017】
4.含浸工程
焼成工程では、一般に、バインダーピッチの質量の35%~45%が揮発分として失われる。その際、焼成体には多量の気孔が発生する。この気孔に含浸ピッチを充填するのが含浸工程である。含浸は、例えばオートクレーブ中に焼成体を入れ、減圧下で脱気した後、熔融した含浸ピッチを注入し、約200℃にて1MPa程度のガス圧で気孔に含浸ピッチを注入することで行われる。
【0018】
5.再焼成工程
含浸ピッチが充填された焼成体を再度焼成して再焼成体を得る。再焼成も上記焼成工程と同様の条件で行うことができる。含浸工程と再焼成工程は必要に応じて繰り返し行ってもよい。
【0019】
6.黒鉛化工程
再焼成体を絶縁材料により囲まれた炉(アチソン炉、LWG炉等)に仕込み、通電によるパッキングコークス又は再焼成体の抵抗発熱による熱処理を再焼成体に施す。黒鉛化の温度は2000℃~3000℃である。この温度は、再焼成体中の非晶質炭素を結晶質黒鉛に変換するために必要である。再焼成体を黒鉛に変換するために、数日間熱処理することが好ましい。
【0020】
7.加工工程
黒鉛化体を切削等の機械加工により、所定の形状の黒鉛電極製品とする。黒鉛電極の密度(嵩密度)は、使用する電気炉設備及び電気炉の運転条件によって異なるが1.5g/cm3~1.9g/cm3であることが好ましい。
【0021】
<石油系ピッチの製造方法>
一般的な石油系ピッチの製造方法は、エチレンボトム油などの石油系重質油を熱処理する工程と、熱処理された石油系重質油から低沸点物を蒸留により除去(留去)し、所望の固定炭素量と軟化点を持つピッチを製造する工程の2つの工程を含む。一実施形態の石油系ピッチの製造方法では、ニトロ化剤として四酸化二窒素を用い、石油系重質油をニトロ化するニトロ化工程を行う。ニトロ化は、熱処理された石油系重質油に対して行ってよく、熱処理されていない石油系重質油に対して行ってもよい。石油系重質油の熱処理を行わず、蒸留により低沸点物を留去して、固定炭素量を高めた石油系重質油をニトロ化工程に供してもよい。なお、本開示において「低沸点物」とは石油系重質油由来の低沸点成分を指し、「低沸点成分」とは低沸点物、溶媒等を含めたすべての低沸点成分を指す。
【0022】
一実施形態の石油系ピッチの製造方法は、ニトロ化後に蒸留工程を含むことが好ましく、以下の3工程:
1.熱処理工程 :石油系重質油を熱処理する工程
2.ニトロ化工程:四酸化二窒素を用い、石油系重質油のニトロ化反応を行う工程
3.蒸留工程 :低沸点成分を留去し、高沸点成分として石油系ピッチを得る工程
をこの順序で含むことがより好ましい。その他の工程が追加されてもよい。
【0023】
本開示において固定炭素量とは、JIS K2425:2006「クレオソート油、加工タール及びタールピッチ試験方法」の「11.固定炭素分定量方法」により測定される値であり、軟化点とは、JIS K2425:2006「クレオソート油、加工タール及びタールピッチ試験方法」の「8.タールピッチの軟化点測定方法(環球法)」により測定される値である。
【0024】
(石油系重質油、エチレンボトム油)
石油化学工業では一般に、ナフサ等を高温で熱分解し、得られた熱分解物を蒸留して、エチレン、プロピレン、及びその他のオレフィン類や、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族化合物、分解ケロシン、分解ガソリン等の各留分に分離し製品としている。これらの留分のうち、最も沸点が高い重質成分を「エチレンボトム油」といい、例えばカーボンブラック等の原料、及び燃料に使用される。
【0025】
ナフサ等の熱分解プラントは、エチレンプラントと称されることが多いため、前述の重質成分はエチレンボトム油と呼ばれている。ナフサの熱分解プラントは、ナフサクラッカーと呼ばれることもある。
【0026】
ナフサ含有原料の熱分解によって得られるエチレンボトム油の性状は、ナフサ含有原料の種類、熱分解条件、精製蒸留塔の運転条件等にもよるが、一般的に、50%留出温度が200℃~350℃、芳香族炭素含有割合が50質量%以上、引火点が70℃~90℃、100℃動粘度が10mm2/s未満である。ただし、エチレンボトム油は、炭化水素化合物の混合物であることから、上記の値は多少変動してもよい。
【0027】
石油系重質油は、エチレンボトム油、エチレンボトム油から任意の割合(例えば5~70質量%)の軽質分を蒸留操作等によって除去したエチレンボトム油重質分若しくは除去されたエチレンボトム油軽質分、その他の石油系重質油又はそれらを混合したものでもよい。一実施形態では、石油系重質油はエチレンボトム油であることが好ましい。また、石油系重質油にコールタール等の重質油を添加してもよい。その他の石油系重質油としては特に限定されないが、例えば、流動接触分解油(FCCデカントオイル)、常圧蒸留残油、減圧蒸留残油等が挙げられる。ピッチ中の硫黄分及び窒素分は焼成時にパッフィングの原因になるため少ない方が好ましい。金属成分を多く含有するピッチを用いて黒鉛電極を製造した場合、これらの金属成分が黒鉛化時に蒸発し、黒鉛電極の密度が低下するため、製品の品質上好ましくない場合がある。これらの観点から、その他の石油系重質油としては、流動接触分解油(FCCデカントオイル)が好ましい。流動接触分解油(FCCデカントオイル)の性状は、原料、運転条件等にもよるが、一般的に、50%留出温度が300~450℃、引火点が60℃~160℃、40℃動粘度が40mm2/s未満である。ただし、流動接触分解油(FCCデカントオイル)は複雑な混合物であることから、上記の値は多少変動してもよい。
【0028】
(熱処理工程)
熱処理工程は、石油系重質油を熱処理する工程である。熱処理は、密閉容器にて非酸化性ガス雰囲気中で実施することが好ましい。非酸化性ガスとして、窒素ガス、アルゴン、水素ガス、メタンやエタン等の低級アルカン及びこれら非酸化性ガスの混合ガス等が挙げられるが、コスト及びハンドリングの容易さの観点から窒素ガスが好ましい。
【0029】
熱処理温度は、360℃~500℃が好ましく、390℃~500℃がより好ましく、410℃~450℃が更に好ましい。
【0030】
適切な熱処理時間は、熱処理温度によって異なる。熱処理温度が360℃~390℃の場合は、所定の熱処理温度に到達した時(以下同様)から、8時間~48時間が好ましく、16時間~48時間がより好ましい。熱処理温度が390℃超~430℃の場合は、0.5時間~24時間が好ましく、1時間~16時間がより好ましい。熱処理温度が430℃超~500℃の場合は、1時間~16時間が好ましく、0.5時間~8時間がより好ましい。熱処理時間を上記範囲とすることで、適切な固定炭素量のピッチを得ることができる。
【0031】
熱処理開始時の圧力(初期圧力)は、0MPaGであることが好ましいが、特に制限はない。密閉容器内の圧力は、熱処理中に起こる熱分解により発生した水素ガス及びメタンやエタン等の低級アルカン等により上昇する。密閉容器内の圧力に制限はないが、常圧下ではキノリン不溶分(QI)及びトルエン不溶分(TI)が生成しやすく、最終的なピッチ収率が低下するため加圧条件が好ましい。なお、QIは、JIS K 2425:2006「クレオソート油、加工タール及びタールピッチ試験方法」の「15.タールピッチのキノリン不溶分定量方法」により測定される値である。TIは、JIS K 2425:2006「クレオソート油、加工タール及びタールピッチ試験方法」の「14.2加工タール及びタールピッチのトルエン不溶分定量方法」に記載の濾過法に準拠して測定される値である。
【0032】
(ニトロ化工程)
ニトロ化工程では、ニトロ化剤として四酸化二窒素(N2O4)を用い、石油系重質油のニトロ化を行う。ニトロ化反応により、得られるピッチの固定炭素量を高くすることができる。四酸化二窒素は、融点が-11.2℃、常圧での沸点が21.1℃であることから、条件を選べば液体で取り扱える点で好ましい。
【0033】
ニトロ化は、石油系重質油とニトロ化剤である四酸化二窒素とを反応させることにより行う。四酸化二窒素ガスを石油系重質油に吹き込んでもよいが、液体の四酸化二窒素を溶媒に溶かして石油系重質油と反応させることが、反応制御が容易なため好ましい。石油系重質油を溶媒に溶かした状態でニトロ化を行ってもよい。過度なニトロ化によって、得られるピッチの軟化点が上昇しすぎることを防ぐため、四酸化二窒素を溶媒に溶かし、得られた溶液を石油系重質油に滴下することが好ましい。
【0034】
溶媒は、石油系重質油を溶解し、溶媒自体のニトロ化が進行しないものが好ましい。加えて、ニトロ化反応後に、石油系重質油から容易に留去できる低沸点のものが好ましい。具体的には、クロロホルム及びジクロロメタン等のハロゲン系溶媒が好ましい。
【0035】
ニトロ化を行う温度は、10~50℃が好ましく、より好ましくは20~50℃であり、さらに好ましくは20~30℃である。50℃以下であれば、ニトロ化が過度に進行することによって、得られるピッチの軟化点が上昇することを抑制することができる。10℃以上であれば、反応速度を維持できる。
【0036】
ニトロ化を行う時間は、10~120分間が好ましく、より好ましくは10~60分間であり、さらに好ましくは20~40分間である。ニトロ化時間が長いと、ニトロ化が過度に進行し、得られるピッチの軟化点が上昇する。
【0037】
ニトロ化反応時の圧力は、常圧であってよく、四酸化二窒素の揮散を防ぐため、常圧~1.0MPaが好ましく、常圧~0.5MPaがより好ましく、常圧~0.3MPaがさらに好ましい。
【0038】
四酸化二窒素は、基質の石油系重質油100質量部に対して、10~70質量部が好ましく、より好ましくは10~60質量部であり、さらに好ましくは15~50質量部である。四酸化二窒素の量が多いと、ニトロ化が過度に進行し、得られるピッチの軟化点が上昇する。
【0039】
ニトロ化を行う反応容器は、耐食性の素材で構成されていることが好ましい。具体的には、ガラス製容器やハステロイ(商標)製容器などが好ましい。
【0040】
(蒸留工程)
蒸留工程は、ニトロ化工程で得られたニトロ化石油系重質油から、未反応の四酸化二窒素、溶媒、及び石油系重質油中の低沸点物などの低沸点成分を蒸留により除去(留去)し、高沸点成分として、所望の軟化点と固定炭素量を有する石油系ピッチを製造する工程である。
【0041】
蒸留の方法は、常圧蒸留、減圧蒸留(真空蒸留)、常圧蒸留と減圧蒸留とを組み合わせたもののいずれでもよく、適宜選択される。
【0042】
蒸留釜の内部温度は、350℃を超えないことが好ましい。350℃を超えると、ピッチの重合などの反応が起こり、得られるピッチの軟化点が大きく上昇してしまうため、好ましくない。蒸留時の温度は、50~350℃が好ましく、より好ましくは50~300℃、さらに好ましくは、50~250℃である。
【0043】
蒸留は、蒸留温度を上げないために、減圧下で行うことが好ましい。減圧下で蒸留を行う場合、軟化点が70℃~130℃のピッチを得るために、蒸留時の圧力は、100~10000Paが好ましく、より好ましくは500~4000Pa、さらに好ましくは、800~3000Paである。
【0044】
ピッチの軟化点は、石油系重質油中の低沸点物の除去量により制御することができる。一般的に、低沸点物の除去量が多いと高軟化点になり、少ないと低軟化点になる。
【0045】
<石油系ピッチ>
石油系ピッチは、炭素材の製造に用いることができ、例えば、炭素材製造用の含浸ピッチ及びバインダーピッチとして使用可能である。特に、黒鉛電極製造で使用されるバインダーピッチとして用いることができる。
【0046】
石油系ピッチの軟化点は130℃以下が好ましく、70℃~130°がより好ましい。バインダーピッチとして用いる場合の軟化点は、70℃~120℃が好ましく、70℃~110℃が更に好ましい。
【0047】
固定炭素量が高いほど得られる黒鉛電極の密度が高くなる傾向にあるため、一実施形態の石油系ピッチの固定炭素量は、45質量%以上であることが好ましく、50質量%以上であることがより好ましい。固定炭素量の上限は特に限定されないが、例えば75質量%又は85質量%である。
【0048】
N(窒素原子)含有量は、多いほど炭化反応に寄与し、ピッチの固定炭素量を高くする。一方でN含有量が多すぎるとピッチの粘度も増加させてしまい、軟化点が高くなる。一実施形態の石油系ピッチのN含有量は、1.0~10質量%が好ましく、より好ましくは、1.0~7.0質量%、さらに好ましくは、1.5~5.0質量%である。N含有量の測定は、実施例の項に記載の方法による。
【実施例0049】
本発明をさらに以下の実施例及び比較例を参照して説明するが、これらの実施例は本発明の概要を示すもので、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
<軟化点(SP)の測定方法>
JIS K 2425:2006「クレオソート油、加工タール及びタールピッチ試験方法」の「8.タールピッチの軟化点測定方法(環球法)」に準拠して測定した。
【0051】
<固定炭素(FC)量の測定方法>
JIS K 2425:2006「クレオソート油、加工タール及びタールピッチ試験方法」の「11.固定炭素分定量方法」に準拠して測定した。
【0052】
<N含有量の測定方法>
CHN元素分析法により、試料中のN含有量を測定した。
【0053】
<赤外吸収分光測定方法>
KBr法にて、赤外吸収分光法分析を行い、1550cm-1の吸収から、ニトロ基の存在を確かめた。
【0054】
(実施例1)
エチレンボトム油256gをガラス製容器に導入し、280℃で、常圧蒸留を行うことにより、低沸点成分を留去し、高沸点成分193gを、低沸点成分を留去したエチレンボトム油として得た(収率75%)。
【0055】
低沸点成分を留去したエチレンボトム油25gをガラス製容器中でジクロロメタン50mLに溶解した。得られたエチレンボトム油溶液を30℃で撹拌しながら、四酸化二窒素4gを20mLのジクロロメタンに溶解させた溶液を、30分かけて滴下した後、常圧にて30分間撹拌し、合計で60分間ニトロ化を行った。ニトロ化後、2600Pa、90℃の条件で減圧蒸留を行い、溶媒、未反応四酸化二窒素、及びその他の低沸点成分を留去し、ピッチ1を28g得た(収率97%)。得られたピッチ1を用いて、軟化点、固定炭素量、及びN含有量を測定し、赤外吸収分光法分析にてニトロ基が導入されていることを確かめた。
【0056】
(実施例2)
四酸化二窒素の量を8gに変更した以外は、実施例1と同様の方法で、ピッチ2を30g得た。
【0057】
(実施例3)
四酸化二窒素の量を11gに変更した以外は、実施例1と同様の方法で、ピッチ3を34g得た。
【0058】
(比較例1)
エチレンボトム油256gをガラス製容器に導入し、280℃で、常圧蒸留を行うことにより、低沸点成分を留去したエチレンボトム油1(EBO-1)を193g得た(収率75%)。
【0059】
(比較例2)
エチレンボトム油256gをガラス製容器に導入し、320℃で、常圧蒸留を行うことにより、低沸点成分を留去したエチレンボトム油2(EBO-2)を180g得た(収率56%)。
【0060】
本発明によれば、従来の硝酸等を使ったニトロ化反応で必要だった多量の水分の除去工程を必要とせず、高温かつ高圧下での熱処理を行わずに、低軟化点、及び高固定炭素量を有する炭素材製造用のピッチを得ることができる。