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特開2024-2133ネポウイルス属ウイルスベクターを利用したゲノム編集植物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024002133
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】ネポウイルス属ウイルスベクターを利用したゲノム編集植物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20231228BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20231228BHJP
   C12N 15/82 20060101ALN20231228BHJP
   C12N 15/40 20060101ALN20231228BHJP
【FI】
C12N15/09 110
A01H1/00 A
C12N15/82 Z ZNA
C12N15/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022101150
(22)【出願日】2022-06-23
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「スマートバイオ産業・農業基盤技術」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石橋 和大
(72)【発明者】
【氏名】吉田 哲也
【テーマコード(参考)】
2B030
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB04
2B030CA17
(57)【要約】
【課題】 組織培養を経ずにゲノム編集された植物を製造しうる方法を提供すること。
【解決手段】 植物内でCa9タンパク質とガイドRNAを発現するウイルスベクターとして、ネポウイルス属ウイルスベクターを利用することで、組織培養を経ずに植物のゲノム編集を行うことが可能であることを見出した。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノム編集された植物の製造方法であって、Casタンパク質をコードする核酸およびガイドRNAをコードする核酸を保持するネポウイルス属ウイルスベクターを植物に導入することを含む方法。
【請求項2】
ネポウイルス属ウイルスベクターが、さらに、ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーをコードする核酸を保持する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーが、タバコ茎えそウイルス由来の16Kタンパク質である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ネポウイルス属ウイルスベクターを導入する植物が、内因性のRNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現が抑制されている植物である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
ネポウイルス属ウイルスベクターがタバコ輪点ウイルスベクターである、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
Casタンパク質がCas9タンパク質である、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
ゲノム編集された植物を製造するためのキットであって、Casタンパク質をコードする核酸およびガイドRNAをコードする核酸を保持するネポウイルス属ウイルスベクターを含むキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CRISPR-Cas系を搭載したネポウイルス属ウイルスベクターを利用して、ゲノム編集された植物を製造する方法、および当該方法に用いるキットに関する。
【背景技術】
【0002】
植物のゲノム編集は、多くの場合、組織培養を介した形質転換を利用して、ゲノム編集酵素を発現する遺伝子を導入することにより行われている。しかしながら、組織培養には、(i)操作が煩雑である、(ii)時間を要する、(iii)培養による変異が生じる恐れがある、そして最も重要なことに、(iv)適用可能な植物種/品種が限られる、といった問題があり、植物のゲノム編集における技術的な制約となっている。これらの問題を回避するため、世界中で多くの試みがなされている。例えば、茎頂分裂組織に物理的にゲノム編集酵素を導入することにより、組織培養を経ずに変異を導入する技術として、インプランタ・パーティクルボンバードメント法が開発されている(非特許文献1)。しかしながら、この方法においても、適用可能な植物の範囲が限られるなどの問題がある。
【0003】
また、組織培養を経ない植物のゲノム編集を目的にウイルスベクターの利用が試みられているが(非特許文献2)、ウイルスベクターを利用する方法には、(i)一般に植物の茎頂分裂組織がウイルスを排除する仕組みを備えている、(ii)ゲノム編集酵素遺伝子は、そのサイズの大きさからウイルスベクターゲノム中から脱落し易い、といった問題がある。
【0004】
いくつかのウイルスは例外的に茎頂分裂組織に侵入可能であることが知られている(非特許文献3)。このため、1つ目の問題の解決策として、これらウイルスをベクターとして利用する方法や、茎頂分裂組織への侵入を助ける配列をウイルスベクターに搭載する方法が開発されている。例えば、Cas9を発現する形質転換植物にガイドRNA(sgRNA)を発現するウイルスベクターを接種して組織培養を経ずにゲノム編集植物を得る方法が、タバコ茎えそウイルス(TRV;非特許文献4~6)、ムギ斑葉モザイクウイルス(BSMV;非特許文献7)、コットン葉巻ウイルス(CLCrV;非特許文献8)、およびタバコ輪点ウイルス(TRSV;特許文献1)で報告されている。一方、Cas9タンパク質をウイルスベクターで発現させることは困難であり、接種葉ではジャガイモXウイルス(非特許文献9)で、植物個体全身ではソンカスイエローネットウイルス(非特許文献10)で報告されているものの、いずれの場合も生長点に変異を導入することはできず、子孫に変異が伝搬しないとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2020/234468号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Hamada et al. (2018) Sci. Rep. 8(1) 14422
【非特許文献2】Kujur et al. (2021) Plant Cell Rep. 40, 931-934
【非特許文献3】Bradamante et al. (2021) Plant Cell 33(8), 2523-2537
【非特許文献4】Ellison et al. (2020) Nature Plants 6, 620-624
【非特許文献5】Aragones et al., Authorea. October 01, 2021
【非特許文献6】Nagalakshmi et al., bioRxiv 2022.01.20.477144
【非特許文献7】Li et al. (2021) Molecular Plant 14(11), 1787-1798
【非特許文献8】Lei et al. (2021) Plant Methods 17, 20
【非特許文献9】Ariga et al. Plant Cell Physiology (2020) 61(11), 1946-1953
【非特許文献10】Ma et al. Nature Plants (2020) 6, 773-779
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、組織培養を経ずにゲノム編集された植物を製造しうる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、どのような植物ウイルスベクターであれば、Cas9タンパク質などの大きなタンパク質を安定的に発現できるかについての知見がない状況下において、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、植物内でCasタンパク質とガイドRNAを含むCRISPR-Casシステムを発現するウイルスベクターとして、ネポウイルス属ウイルスベクターを利用することで、組織培養を経ずに植物のゲノム編集を行うことが可能であることを見出した。この方法でネポウイルス属ウイルスベクターを接種した植物体では、接種葉から離れた葉において、ウイルスベクター中のCas遺伝子が欠失しているにも拘わらず変異が導入されていた。この事から、茎頂分裂組織に変異が導入されたことにより、その後、変異細胞を含む組織が次々と発生し、変異が植物体全体に拡大したと考えられる。また、ネポウイルス属ウイルスベクターを接種した個体の次世代の植物においても変異の導入が認められた。
【0009】
ネポウイルス属ウイルスは、茎頂分裂組織に侵入可能であることが知られており(非特許文献3)、Casタンパク質を発現している形質転換植物に対して、ガイドRNAを発現するウイルスベクターを導入することで、ゲノム編集植物を得たことが報告されている(特許文献1)。しかしながら、Cas遺伝子はサイズが大きくウイルスベクターゲノム中で不安定であるため、ウイルスベクターを利用して植物内でCasタンパク質を発現させることは一般に困難である。ネポウイルス属ウイルスベクターにおいても、これまでCasタンパク質の発現に成功したことは報告されていなかった。ジャガイモXウイルスベクターやソンカスイエローネットウイルスベクターでは、植物内でのCasタンパク質の発現の成功例が知られているが、これらの例では、子孫に変異が伝搬しないとされている。従って、本発明は、植物ウイルスベクターからCasタンパク質を発現させ、当代の植物体のみならず、次世代の植物体までそのゲノムの編集に成功した世界で初めての例となる。
【0010】
また、本発明者らは、宿主植物のウイルス抵抗性に関与するRNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現を抑制すること、およびウイルスに対する宿主植物の抵抗性を阻害する様々なRNAサイレンシングサプレッサーを発現させることにより、ネポウイルス属のウイルスベクターを利用した植物のゲノム編集効率が向上することを見出した。特に、RNAサイレンシングサプレッサーとして、タバコ茎えそウイルス由来の16Kタンパク質を利用した場合には、最も顕著なゲノム編集効率の向上が認められた。これまで、16Kタンパク質を分裂組織で機能させるためには、タバコ茎えそウイルスの他のコンポーネントも必要であると考えられてきたが(Martin-Hernandez and Baulcombe, JOURNAL OF VIROLOGY, Apr. 2008, 4064-4071)、本発明において、タバコ茎えそウイルスの他のコンポーネントを利用せずに、ネポウイルス属ウイルスベクターのみで、16Kタンパク質を機能させることができたことは、驚くべきことである。
【0011】
本発明は、これら知見に基づいてなされたものであり、以下の態様が含まれる。
【0012】
(1)ゲノム編集された植物の製造方法であって、Casタンパク質をコードする核酸およびガイドRNAをコードする核酸を保持するネポウイルス属ウイルスベクターを植物に導入することを含む方法。
【0013】
(2)ネポウイルス属ウイルスベクターが、さらに、ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーをコードする核酸を保持する、(1)に記載の方法。
【0014】
(3)ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーが、タバコ茎えそウイルス由来の16Kタンパク質である、(2)に記載の方法。
【0015】
(4)ネポウイルス属ウイルスベクターを導入する植物が、内因性のRNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現が抑制されている植物である、(1)から(3)のいずれかに記載の方法。
【0016】
(5)ネポウイルス属ウイルスベクターがタバコ輪点ウイルスベクターである、(1)から(4)のいずれかに記載の方法。
【0017】
(6)Casタンパク質がCas9タンパク質である、(1)から(5)のいずれかに記載の方法。
【0018】
(7)ゲノム編集された植物を製造するためのキットであって、Casタンパク質をコードする核酸およびガイドRNAをコードする核酸を保持するネポウイルス属ウイルスベクターを含むキット。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、CRISPR-Cas系を搭載したネポウイルス属ウイルスベクターを利用することにより、組織培養を経なくとも、効率的に植物ゲノムの編集を行うことが可能となる。また、当該ウイルスベクターの接種部位のみならず、植物体全体に渡ってゲノムを編集することも可能となる、さらに、編集されたゲノムを次世代の植物まで伝搬させることも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、Cas9タンパク質とガイドRNA(標的はPDS遺伝子)を発現するタバコ輪点ウイルスベクターを接種したベンサミアナタバコにおけるゲノム編集の結果を示す。左は、ベンサミアナタバコへの当該ベクターの接種を示す略図である。右上は、CAPS法により、タバコ輪点ウイルスベクターを接種した葉よりも上位の葉におけるゲノム編集を検出した結果を示す電気泳動像である。矢印で示したバンドは、変異が導入されたことにより制限酵素で切断されなかったバンドを示す。右下は、RT-PCRにより、タバコ輪点ウイルスベクターを接種した葉よりも上位の葉における、タバコ輪点ウイルスベクター上のCas9遺伝子の存在を検出した結果を示す電気泳動像である。
図2図2は、RNA依存性RNAポリメラーゼ6(RDR6)遺伝子の発現抑制によるゲノム編集効率の向上を示す。上は、CAPS法によりゲノム編集を検出した結果を示す電気泳動像であり、対照として、RNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子を含まないベクター(ALSV-empty)を用いた。下は、ゲノム編集を行った植物体の葉の写真である。
図3図3は、ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサー(VSR)の導入によるゲノム編集効率の向上を示す。上は、タバコ輪点ウイルスベクターへのRNAサイレンシングサプレッサーの挿入を示す概略図であり、下は、CAPS法によりゲノム編集を検出した結果を示す電気泳動像である。
図4図4は、Cas9タンパク質とガイドRNA(標的はPDS遺伝子)を発現するタバコ輪点ウイルスベクターを接種したベンサミアナタバコの次世代個体において、PDSa遺伝子(上段)とPDSb遺伝子(下段)のそれぞれのゲノム編集をCAPS法により検出した結果を示す電気泳動像である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<ゲノム編集された植物の製造方法>
本発明は、ゲノム編集された植物の製造方法であって、Casタンパク質をコードする核酸およびガイドRNAをコードする核酸を保持するネポウイルス属ウイルスベクターを植物に導入することを含む方法を提供する。
【0022】
(Casタンパク質およびガイドRNA)
本発明においてネポウイルス属ウイルスベクターに搭載するCRISPR-Casシステムは、構成要素として、少なくともCasタンパク質およびそのガイドRNAを含む。
【0023】
本発明における「Casタンパク質」は、クラス2システムのCasタンパク質(例えば、Cas9などのII型のCasタンパク質、Cas12a(Cpf1)、Cas12b(C2c1)、Cas12c(C2c3)、Cas12d(CasY)、Cas12e(CasX)およびCas14などのV型のCasタンパク質、Cas13a(C2c2)、Cas13b、Cas13cなどのVI型のCasタンパク質)であってもよく、クラス1システムのCasタンパク質(例えば、Cas3などのI型のCasタンパク質、その他、III型やIV型のCasタンパク質)であってもよいが、好ましくはクラス2システムのCasタンパク質であり、より好ましくはII型のCasタンパク質であり、特に好ましくはCas9タンパク質である。
【0024】
Casタンパク質の由来に、特に制限はない。Cas9タンパク質においては、例えば、ストレプトコッカス・ピオゲネス由来のCas9タンパク質(SpCas9)、フランシエダ・ノビシダ由来のCas9タンパク質(FnCas9)、スタフィロコッカス・アウレウス由来のCas9タンパク質(SaCas9)、カンピロバクター・ジェジュニ由来のCas9タンパク質(CjCas9)、ナイセリア・メニンジティディス由来のCas9タンパク質(NmCas9)など、様々な由来のものを本発明において用いることができる。
【0025】
なお、Casタンパク質の典型的なアミノ酸配列および塩基配列は公開されたデータベース、例えば、GenBank(http://www.ncbi.nlm.nih.gov)に登録されており、本発明においてはこれらを利用することができる。例えば、ストレプトコッカス・ピオゲネス由来のCas9タンパク質の典型的なアミノ酸配列および塩基配列は、NCBI Reference Sequence:NP_269215およびNC_002737に記載の各々の配列である。
【0026】
本発明における「Casタンパク質」は、ガイドRNAと複合体を形成して標的となる植物ゲノムを編集しうる限り、天然のCasタンパク質の人工的な変異体であっても、ホモログであっても、部分ペプチドであってもよい。
【0027】
人工的な変異体は、参照される天然のCasタンパク質のアミノ酸配列に対して1若しくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、付加、または挿入されたアミノ酸配列からなる。ここで、「複数個」とは、例えば、2~150個、好ましくは2~100個、より好ましくは2~50個(例えば、2~30個、2~10個、2~5個、2~3個、2個)である。
【0028】
導入される変異としては、例えば、Casタンパク質のヌクレアーゼ活性の一部または全部を喪失させる変異が挙げられる。Casタンパク質においてヌクレアーゼ活性の一部を喪失させた変異体をnCasタンパク質と称し、ヌクレアーゼ活性の全部を喪失させた変異体をdCasタンパク質と称する。
【0029】
SpCas9タンパク質においては、そのヌクレアーゼ活性を喪失させる変異として、例えば、N末端から10番目のアミノ酸(アスパラギン酸)のアラニンへの変異(D10A:RuvCドメイン内の変異)、N末端から840番目のアミノ酸(ヒスチジン)のアラニンへの変異(H840A:HNHドメイン内の変異)、N末端から863番目のアミノ酸(アスパラギン)のアラニンへの変異(N863A:HNHドメイン内の変異)、N末端から762番目のアミノ酸(グルタミン酸)のアラニンへの変異(E762A:RuvCIIドメイン内の変異)、N末端から986番目のアミノ酸(アスパラギン酸)のアラニンへの変異(D986A:RuvCIIIドメイン内の変異)が知られている。
【0030】
nCasタンパク質やdCasタンパク質を利用する場合には、他のエフェクタータンパク質と融合することで、当該エフェクタータンパク質の活性により、植物ゲノムを編集することもできる。本発明の「Casタンパク質」には、このような融合タンパク質が含まれる。融合するエフェクタータンパク質の活性としては、例えば、デアミナーゼ活性(例えば、シチジンデアミナーゼ活性、アデノシンデアミナーゼ活性)、メチルトランスフェラーゼ活性、脱メチル化酵素活性、DNA修復活性、DNA損傷活性、ジスムターゼ活性、アルキル化活性、脱プリン活性、酸化活性、ピリミジンダイマー形成活性、インテグラーゼ活性、トランスポサーゼ活性、リコンビナーゼ活性、ポリメラーゼ活性、リガーゼ活性、光回復酵素活性、およびグリコシラーゼ活性が含まれるが、これらに制限されない。CRISPR-Casシステムへのデアミナーゼの適用の手法は公知であり(Nishida K. et al., Targeted nucleotide editing using hybrid prokaryotic and vertebrate adaptive immune systems, Science, DOI: 10.1126/science.aaf8729,(2016))、それを本発明に応用すればよい。
【0031】
Casタンパク質に導入される変異としては、また、PAM認識を改変するための変異が挙げられる(Benjamin,P.ら、Nature 523, 481-485(2015)、Hirano,S.ら、 Molecular Cell 61, 886-894(2016))。このような変異を導入することにより、Casタンパク質が認識するPAM配列の塩基数を減少させ、CRISPR-Casシステムの標的となるゲノム上の領域を拡大することができる。
【0032】
本発明に用いられる天然のCasタンパク質のホモログは、参照される天然のCasタンパク質のアミノ酸配列に対して、通常、85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上(例えば、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)のアミノ酸配列の同一性を有する。配列の同一性は、BLAST等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ)を用いて計算したときの数値で評価することができる。
【0033】
本発明で用いるCasタンパク質には、目的に応じて、核局在化シグナル(NLS)、ミトコンドリア移行シグナル、葉緑体移行シグナルなどのシグナル配列が付加されていてもよい。
【0034】
本発明における「ガイドRNA」は、Casタンパク質と相互作用する塩基配列と標的領域の塩基配列に対して相補的な塩基配列とを含むRNAである。ガイドRNAの形態は、CRISPR-Casシステムの種類により変動し、crRNAとtracrRNAの双方を含む形態と、crRNAのみからなる形態が含まれる。crRNAは、PAM(proto-spacer adjacent motif)配列と隣接する領域を標的化するように選択される。
【0035】
crRNAとtracrRNAの双方を含む形態の場合、crRNAは、tracrRNAと相互作用(ハイブリダイズ)が可能な塩基配列を3’側に含み、一方、tracrRNAは、crRNAの一部の塩基配列と相互作用(ハイブリダイズ)が可能な塩基配列を5’側に含む。これら塩基配列の相互作用により形成された二重鎖RNAは、Casタンパク質と相互作用する。ガイドRNAは、crRNAとtracrRNAの双方を含む一分子ガイドRNA(sgRNA)の形態であっても、それぞれの断片の組み合わせからなる二分子ガイドRNAの形態であってもよい。
【0036】
CRISPR-Cas9系を用いる場合、crRNA中の標的化塩基配列は、通常、12~50塩基、好ましくは、17~30塩基、より好ましくは17~25塩基からなる塩基配列である。
【0037】
(ネポウイルス属ウイルスベクター)
本発明においては、Casタンパク質をコードする核酸およびガイドRNAをコードする核酸を搭載するためのベクターとしてネポウイルス属ウイルスベクターを用いる。
【0038】
ベクターの由来する「ネポウイルス属ウイルス」としては、例えば、タバコ輪点ウイルス(TRSV)、アラビスモザイクウイルス(ArMV)、ブルーベリー小球形潜在ウイルス(BLSV)、チェリー葉巻ウイルス(CLRV)、ソテツえそ萎縮ウイルス(CNSV)、ブドウファンリーフウイルス(GFLV)、メロン微斑ウイルス(MMMoV)、クワ輪紋ウイルス(MRSV)、トマト黒色輪点ウイルス(TBRV)、トマト輪点ウイルス(ToRSV)などが挙げられるが、好ましくは、タバコ輪点ウイルス(TRSV)である。
【0039】
ネポウイルス属ウイルスのゲノムは、+鎖1本鎖RNAであり、RNA-1とRNA-2の2分節ゲノムを有する。RNA1は、P1A(または、X1、X2。以下、同様。)、Hel(ヘリカーゼ)、VPg(ゲノム結合タンパク質)、Pro(プロテアーゼ)、およびPol(ポリメラーゼ)をコードし、RNA-2は、P2A(または、X3、X4。以下、同様。)、MP(移行タンパク質)、およびCP(外皮タンパク質)をコードする。RNA-1にコードされる上記タンパク質とRNA-2にコードされる上記タンパク質は、それぞれポリプロテインとして翻訳され、プロテアーゼによって分解されて、機能的なタンパク質となる。
【0040】
本発明におけるネポウイルス属ウイルスベクターは、ウイルスゲノムRNAをコードするDNAの形態、ウイルスゲノムRNAの形態、ウイルスゲノムRNAを含むウイルス粒子の形態であり得る。
【0041】
本発明のネポウイルス属ウイルスベクターが、ウイルスゲノムRNAをコードするDNAの形態の場合、Casタンパク質をコードする核酸およびガイドRNAをコードする核酸は、いずれもDNAの形態でネポウイルス属ウイルスベクターに保持されている。この場合、ウイルスゲノムRNAをコードするDNAは、植物細胞内での発現を保証する発現ベクターに挿入されていてもよい。発現ベクターにおいて、ウイルスゲノムRNAをコードするDNAは、1つ以上の調節エレメントに作動可能に結合していることが好ましい。ここで、「作動可能に結合している」とは、ウイルスゲノムRNAをコードするDNAが発現可能に結合していることを意味する。「調節エレメント」としては、プロモーター、エンハンサー、内部リボソーム進入部位(IRES)、および他の発現制御エレメント(例えば、転写終結シグナル(ポリアデニル化シグナル、ポリU配列等))が挙げられる。
【0042】
ネポウイルス属ウイルスベクターが、ウイルスゲノムRNAの形態またはウイルスゲノムRNAを含むウイルス粒子の形態の場合、Casタンパク質をコードする核酸およびガイドRNAをコードする核酸は、いずれもRNAの形態でネポウイルス属ウイルスベクターに保持されている。ウイルスゲノムRNAは、ウイルスゲノムRNAをコードするDNAが挿入されたベクターからの試験管内転写により調製することができ、ウイルスゲノムRNAを含むウイルス粒子は、ウイルスゲノムRNAをコードするDNAが挿入されたベクターあるいはウイルスRNAを宿主細胞に導入し、当該宿主細胞内でウイルス粒子を増殖させ、これを回収することにより調製することができる。
【0043】
ネポウイルス属ウイルスベクターにおいて、Casタンパク質をコードするRNAは、RNA1のP1A遺伝子の5’側、各遺伝子の間、またはPol遺伝子の3’側、あるいはRNA2のP2A遺伝子の5’側、各遺伝子の間、またはCP遺伝子の3’側のいずれに位置してもよいが、好ましくは、RNA2のMP遺伝子とCP遺伝子の間に位置する。
【0044】
ネポウイルス属ウイルスベクターにおいて、ガイドRNAは、P1A遺伝子の5’側またはPol遺伝子の3’側、あるいはRNA2のP2A遺伝子の5’側またはCP遺伝子の3’側のいずれかに位置するが、好ましくは、RNA2のCP遺伝子の3’側に位置する。
【0045】
本発明のネポウイルス属ウイルスベクターは、その形態に応じて、例えば、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、プラズマ法、アグロバクテリウム法、摩擦接種法など、当業者に公知の方法により、植物に導入することができる。
【0046】
(ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサー)
本発明の好ましい態様においては、ネポウイルス属ウイルスベクターは、CRISPR-Casシステムをコードする核酸に加えて、ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーをコードする核酸を保持する。ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーの発現により、ネポウイルス属ウイルスに対する植物の抵抗性を抑制し、植物ゲノムの編集効率を向上させることができる。
【0047】
本発明における「ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサー」は、動植物のウイルス抵抗性に関与するRNAサイレンシングを抑制する機能を有するウイルスのタンパク質である。ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーとしては、例えば、タバコ茎えそウイルス由来の16Kタンパク質、フロックハウスウイルス由来のB2タンパク質、イネ黄葉ウイルス由来のp6タンパク質、キュウリモザイクウイルス由来の2bタンパク質、ジャガイモXウイルス由来のp25タンパク質が挙げられるが、タバコ茎えそウイルス由来の16Kタンパク質が特に好ましい。
【0048】
本発明のネポウイルス属ウイルスベクターが、ウイルスゲノムRNAをコードするDNAの形態の場合、ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーをコードする核酸は、DNAの形態でネポウイルス属ウイルスベクターに保持されている。一方、ネポウイルス属ウイルスベクターが、ウイルスゲノムRNAの形態またはウイルスゲノムRNAを含むウイルス粒子の形態の場合、ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーをコードする核酸は、RNAの形態でネポウイルス属ウイルスベクターに保持されている。
【0049】
ネポウイルス属ウイルスベクターにおいて、ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーをコードするRNAは、RNA1のP1A遺伝子の5’側、各遺伝子の間、またはPol遺伝子の3’側、あるいはRNA2のP2A遺伝子の5’側、各遺伝子の間、またはCP遺伝子の3’側のいずれに位置してもよいが、好ましくは、RNA1のP1A遺伝子の5’側に位置する。P1A遺伝子の5’側に位置する場合、ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーをコードするRNAは、2A配列を介して、P1A遺伝子と結合されていることが好ましい。
【0050】
(植物)
本発明において、ネポウイルス属ウイルスベクターを導入する「植物」としては、ネポウイルス属ウイルスが宿主としうる植物であれば、特に制限はない。このような植物としては、例えば、ナス科植物(例えば、タバコなどのタバコ属植物、ナスなどのナス属植物、ペチュニアなどのペチュニア属植物、ピーマンなどのトウガラシ属植物)、マメ科植物(例えば、ダイズなどのダイズ属植物、ルピナスなどのルピナス属植物)、ツツジ科植物(例えば、ブルーベリーなどのスノキ属植物)、バラ科植物(例えば、リンゴなどのリンゴ属植物、ブラックベリーなどのイチゴ属植物、セイヨウミザクラなどのサクラ属植物、モモなどのモモ属植物)、ブドウ科植物(例えば、ブドウなどのブドウ属植物)、ミズキ科植物(例えば、ハナミズキなどのミズキ属植物)、モクセイ科植物(例えば、セイヨウトネリコなどのトネリコ属植物、オリーブなどのオリーブ属植物)、アヤメ科植物(例えば、グラジオラスなどのグラジオラス属植物、アヤメなどのアヤメ属植物)、キンポウゲ科植物(例えば、アネモネなどのイチリンソウ属植物)、シソ科植物(例えば、ミントなどのメンタ属植物)、ヒガンバナ科植物(例えば、スイセンなどのスイセン属植物)、パパイア科植物(例えば、パパイアなどのパパイア属植物)、フウロソウ科植物(例えば、ゼラニウムなどのテンジクアオイ属植物)、レンプクソウ科植物(例えば、ニワトコなどのニワトコ属植物)、ウリ科植物(例えば、メロンなどのキュウリ属植物)、アブラナ科植物(例えば、アラビスなどのアラビス属植物)、クワ科植物(例えば、クワなどのクワ属植物)、トウダイグサ科植物(例えばキャッサバなどのイモノキ属植物)、ベンケイソウ科植物(例えば、アエオニウムなどのアエオニウム属植物)、セリ科植物(例えばアラカチャなどのアラカチャ属植物)、キク科植物(例えばアーティチョークなどのチョウセンアザミ属植物、チコリーなどのキクニガナ属植物)、ヒユ科植物(例えばテンサイなどのフダンソウ属植物)、スグリ科植物(例えばクロスグリなどのスグリ属植物)、アオイ科植物(例えばカカオなどのカカオ属植物、フヨウなどのフヨウ属植物)、ソテツ科植物(例えばソテツなどのソテツ属植物)が挙げられる。
【0051】
(RNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現の抑制)
本発明の好ましい態様において、ネポウイルス属ウイルスベクターを導入する植物は、内因性のRNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現が抑制されている。
【0052】
本発明における「RNA依存性RNAポリメラーゼ6」は、植物のウイルス抵抗性を誘導するRNAサイレンシングに関与するタンパク質として知られている。RNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現を抑制することにより、ネポウイルス属ウイルスに対する植物の抵抗性を抑制し、植物ゲノムの編集効率を向上させることができる。
【0053】
ここで「遺伝子の発現の抑制」には、遺伝子の転写の抑制およびタンパク質への翻訳の抑制の双方が含まれる。また、「発現の抑制」には、発現の完全な停止のみならず発現の減少も含まれる。
【0054】
RNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現の抑制には、当該遺伝子の転写産物と相補的なdsRNA(二重鎖RNA)を利用することができる。標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有するdsRNAを細胞内に導入することにより、RNAi(RNA干渉)と呼ばれる現象を引き起こすことができる。実際、RNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現を抑制するRNAiヘアピン構築物(RDR6i)が報告されている(Schwach et al. Plant Physiology (2005) 138(4), 1842-1852)。また、RNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現の抑制には、アンチセンスRNAやリボザイム活性を有するRNAを用いることもできる。
【0055】
本発明においては、RNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子を標的としたゲノム編集系(CRISPR-Cas、TALEN、ZFNなど)を利用してRNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子またはその発現制御領域を編集することにより、機能的なタンパク質の発現を抑制したり、当該遺伝子の転写を抑制してもよい。
【0056】
(植物のゲノム編集)
本発明における「ゲノム編集」には、核ゲノムの編集の他、ミトコンドリアゲノムおよび葉緑体ゲノムの編集が含まれる。
【0057】
また、本発明において「ゲノムを編集する」とは、ゲノム上の標的部位におけるDNA鎖の塩基の欠失、挿入、置換もしくは修飾が含まれる。さらに、標的部位におけるDNA(遺伝子)の転写の調節も含まれる。ゲノムの編集の態様は、CRISPR-Casシステムにおける、Casタンパク質の活性またはCasタンパク質に融合する他のエフェクタータンパク質の活性に応じて、変動しうる。
【0058】
本発明によれば、ネポウイルス属ウイルスベクターを導入した植物の部位のみならず、植物の全体に渡ってゲノムを編集することができる。本実施例においては、ネポウイルス属ウイルスベクターを導入した植物の栽培を続けると、その脇芽において、ゲノム編集された細胞の割合が高まる現象が確認された。従って、このような脇芽を挿し木などで増殖させることにより、種子繁殖を経ずにゲノム編集個体を得ることも可能となる。また、当該脇芽から種子を得れば、次世代個体への編集されたゲノムの遺伝率を大幅に向上させることも可能である。
【0059】
なお、本発明のネポウイルス属ウイルスベクターを利用することにより、上記の通り、組織培養を経ずに、植物のゲノムを編集することが可能であるが、組織培養を経て植物のゲノムを編集することが可能であることは言うまでもない。この場合、本発明のネポウイルス属ウイルスベクターを植物細胞に導入し、当該植物細胞から植物体を再生させることができる。組織培養により植物の組織を再分化させて個体を得る方法としては、本技術分野において確立された方法を利用することができる(例えば、形質転換プロトコール[植物編] 田部井豊・編 化学同人 pp.340-347(2012))。
【0060】
<ゲノム編集された植物を製造するためのキット>
本発明は、ゲノム編集された植物を製造するためのキットを提供する。
【0061】
本発明のキットは、Casタンパク質をコードする核酸およびガイドRNAをコードする核酸を保持するネポウイルス属ウイルスベクターを含む。ネポウイルス属ウイルスベクターは、上記の通り、さらに、ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーをコードする核酸を含んでいてもよい。
【0062】
本発明のキットは、一つまたは複数の追加の要素をさらに含んでもよい。追加の要素としては、例えば、上記のRNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現を抑制するための分子が挙げられる。他の追加の要素としては、対象試薬(例えば、CRISPR-Casシステムを含まないネポウイルス属ウイルスベクター)が挙げられる。
【0063】
本発明のキットは、さらに、使用説明書を含むことができる。
【実施例0064】
A.材料と方法
(1)植物
ベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana)を、25℃、16時間明期・8時間暗期の条件で栽培した。
【0065】
(2)使用したウイルスおよび部分配列
・TRSV RNA1(配列番号:1、2)
・TRSV RNA2-Cas9(NbPDS)(配列番号:3、4)
・TRSV RNA1-タバコ茎えそウイルス 16K(配列番号:5、6)
・フロックハウスウイルス B2(配列番号:7、8)
・イネ黄葉ウイルス P6(配列番号:9、10)
・キュウリモザイクウイルス 2b(配列番号:11、12)
・ジャガイモXウイルス p25(配列番号:13、14)
・ALSV RNA1(配列番号:15、16)
・ALSV RNA2-NbRDR6(配列番号:17、18)。
【0066】
(3)アグロインフェクション用ウイルス(TRSV、ALSV)ベクター
pPZP2028(Endo et al. (2015) Plant Cell Physiol. 56:116-125)にCaMV 35Sプロモーターとノパリンシンターゼ遺伝子ターミネーターを導入し、その間に各ウイルスcDNAをクローニングした。
【0067】
(4)ウイルス接種
基本的にAriga et al.(Ariga et al. Plant Cell Physiology (2020) 61 (11), 1946-1953)の方法に従い、各ウイルスcDNAプラスミドを保有するアグロバクテリウムとトマトブッシースタントウイルスp19遺伝子を発現するプラスミドを保有するアグロバクテリウムを共接種した。タバコ輪点ウイルスベクター(TRSV)の接種は、播種後4週間前後のベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana)の第5~8本葉に行った。RDR6遺伝子の発現抑制は、播種後18日前後の第1~3本葉にALSVベクターを接種することにより行った。
【0068】
(5)ベンサミアナタバコのゲノムDNA抽出、CAPS解析
DNeasy Plant Mini kit(QIAGEN)あるいはカネカ簡易DNA抽出キットVersion 2(カネカ)を用いてDNA抽出を行った。CAPS解析はプライマー(フォワードプライマー:TTAGGTTCACAAGTGGGACAATCTTC/配列番号:19、リバースプライマー:CAGCATCACACTTTCGCATTCAAAAC/配列番号:20)でPCR増幅を行ったDNAを制限酵素NcoIで切断することにより行った。
【0069】
B.結果
(1)CRIPR-Cas9システムを発現するTRSVベクターによるベンサミアナタバコのゲノム編集
「TRSV RNA1」を発現するアグロインフェクション用TRSVベクターと「TRSV RNA2-Cas9(NbPDS)」を発現するアグロインフェクション用TRSVベクターの組み合わせをアグロバクテリウム法によりベンサミアナタバコに接種した(図1)。その結果、接種葉より上位の葉で、PDS遺伝子の変異が検出されたが(右上)、接種葉より8枚以上上位の葉ではCas9遺伝子が脱落したことを示す短いバンドが検出された(右下)。ベンサミアナタバコの茎頂分裂組織のPDS遺伝子に変異が導入されたことにより、変異細胞を含む組織が生じ続けていると考えられる。
【0070】
なお、接種した植物体の栽培を続けると脇芽において変異が濃縮され、枝変わりの様な表現型を示す個体が出現することが判明した。このような個体を利用すれば、ほぼ変異細胞のみからなる脇芽を選抜することが可能である。
【0071】
(2)RNA依存性RNAポリメラーゼ6(RDR6)遺伝子の発現抑制のゲノム編集効率への影響
RNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現をウイルス誘導性ジーンサイレンシングによって抑制するために、アグロバクテリウム法により、「ALSV RNA2-NbRDR6」を発現するアグロインフェクション用ALSVベクターと「ALSV RNA1」を発現するアグロインフェクション用ALSVベクターの組み合わせを事前に接種したベンサミアナタバコ、およびコントロール(ALSV-emptyを事前に接種したベンサミアナタバコ)に、「TRSV RNA1」を発現するアグロインフェクション用TRSVベクターと「TRSV RNA2-Cas9(NbPDS)」を発現するアグロインフェクション用TRSVベクターの組み合わせを接種し、10枚上位葉における変異の有無を調べた(図2)。
【0072】
その結果、RNA依存性RNAポリメラーゼ6遺伝子の発現を抑制した場合、コントロールと比較して、PDS遺伝子への変異導入効率が上昇した(上)。また、RDR6遺伝子の発現を抑制した植物では、標的であるPDS遺伝子の破壊による葉面の白化が稀に見られた(下)。
【0073】
(3)RNAサイレンシングサプレッサー(VSR)の発現のゲノム編集効率への影響
「TRSV RNA1-各RNAサイレンシングサプレッサー」を発現するアグロインフェクション用TRSVベクターと「TRSV RNA2-Cas9(NbPDS)」を発現するアグロインフェクション用TRSVベクターの組み合わせをアグロバクテリウム法によりベンサミアナタバコに接種し、10枚上位葉における変異の有無を調べた(図3上)。その結果、RNAサイレンシングサプレッサーの発現により、全体として、PDS遺伝子への変異導入効率が上昇したが、タバコ茎えそウイルス(TRV)由来の16Kタンパク質を発現させた場合に、最も変異導入効率が高かった(図3下)。
【0074】
(4)次世代個体における変異の確認
上記(2)で得られた個体より得られた次世代個体について、複二倍体のため2個存在する標的遺伝子(NbPDSa遺伝子とNbPDS1b遺伝子)に導入された変異をそれぞれCAPS法で検出した(図4)。その結果、一部の個体では変異が検出され、サンガーシークエンスにより確認したところ、いずれか片方の遺伝子に変異が入っていた個体は42%(8/19)、両方の遺伝子に変異が入っていた個体は26%(5/19)であった。
【産業上の利用可能性】
【0075】
以上説明したように、本発明によれば、組織培養を経ることなく、植物ゲノムの編集を行うことが可能となる。これにより、ゲノム編集を行う遺伝子の種類に応じて、様々な形質を持つ幅広い植物を簡便かつ効率的に作出することが可能となる。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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