(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024021850
(43)【公開日】2024-02-16
(54)【発明の名称】培養システム及び培養方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240208BHJP
C12M 1/26 20060101ALI20240208BHJP
C12N 1/12 20060101ALI20240208BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20240208BHJP
C12N 1/02 20060101ALI20240208BHJP
【FI】
C12M1/00 E
C12M1/26
C12N1/12 A
C12N1/00 G
C12N1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022124981
(22)【出願日】2022-08-04
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】今村 壮輔
(72)【発明者】
【氏名】高谷 和宏
(72)【発明者】
【氏名】田中 寛
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB04
4B029DG10
4B065AA83X
4B065BB04
4B065BC48
4B065CA19
4B065CA44
4B065CA50
4B065CA54
(57)【要約】
【課題】藻類における光合成の効率化に寄与し得る技術を提供する。
【解決手段】培養システム1は、藻類を培養する培養装置10と、前記藻類における葉緑体の分裂を阻害することなしに、前記藻類における核分裂を阻害する阻害剤を前記藻類へ供給する薬剤供給装置14とを備えている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
藻類を培養する培養装置と、
前記藻類における葉緑体の分裂を阻害することなしに、前記藻類における核分裂を阻害する阻害剤を前記藻類へ供給する薬剤供給装置と
を備えた培養システム。
【請求項2】
前記培養装置において培養した前記藻類を回収する回収装置を更に備えた請求項1に記載の培養システム。
【請求項3】
一細胞当たりの葉緑体数を増やした藻類を培養することを含んだ培養方法。
【請求項4】
葉緑体の分裂を阻害することなしに核分裂を阻害する阻害剤を藻類へ供給することによって、一細胞当たりの葉緑体数を増やした前記藻類を得ることを更に含んだ請求項3に記載の培養方法。
【請求項5】
前記阻害剤を供給するのに先立って、前記藻類を増殖させることを更に含んだ請求項4に記載の培養方法。
【請求項6】
一細胞当たりの葉緑体数を増やした前記藻類において光合成を生じさせることを更に含んだ請求項3乃至5の何れか1項に記載の培養方法。
【請求項7】
光合成を生じさせた前記藻類の少なくとも一部を回収することを更に含んだ請求項6に記載の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養システム及び培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
藻類が産生する物質は、様々な分野で利用可能である。例えば、藻類が産生する油脂は、バイオ燃料の原料として利用可能であり、藻類が産生する糖質は、燃料添加剤、医薬品、化粧品及びプラスチック製品の原料として利用可能である。
【0003】
また、近年、地球温暖化が問題となっている。その対策の1つとして、藻類の培養による二酸化炭素の固定化が注目されている。
【0004】
藻類は、光を十分に受けている状態で二酸化炭素が欠乏した場合に、二酸化炭素濃縮機構を誘導して光合成を維持する。
【0005】
二酸化炭素濃縮機構が誘導されると、藻類は、二酸化炭素が水と反応することにより生じた炭酸水素イオンを、細胞内へと取り込み、更に葉緑体内へと取り込む。電荷を帯びた炭酸水素イオンは、本来は、細胞膜や葉緑体包膜を容易に通過できるものではないが、二酸化炭素欠乏条件下で特定の膜タンパク質が発現することにより、それら膜を容易に通過できるようになる。非特許文献1は、二酸化炭素欠乏条件下で発現する膜タンパク質の1つが、藻類の細胞への無機炭素の取り込みを向上させることを示している。
【0006】
葉緑体ストロマへ運ばれた炭酸水素イオンは、特定の炭酸脱水酵素の触媒作用によって二酸化炭素へと変換される。二酸化炭素の一部は、リブロース1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(RuBisCO)の触媒作用によって、有機物へと変換される。そして、例えば、RuBisCOが集合してピレノイドを形成している藻類では、二酸化炭素の他の一部は、ピレノイドの近傍で、他の炭酸脱水酵素と特定のタンパク質複合体とによって炭酸水素イオンへ変換される。この炭酸水素イオンは、上記と同様に、有機物の産生に利用され得る。
【0007】
上記のように、藻類は、二酸化炭素濃縮機構が誘導されると、炭酸水素イオンを、細胞内へと取り込み、更に葉緑体内へと取り込む。そして、RuBisCOは、二酸化炭素と比較して、炭酸水素イオンに対して高い親和性を示す。それ故、例えば、RuBisCOが集合してピレノイドを形成している藻類では、二酸化炭素濃縮機構が誘導されると、炭酸水素イオンがピレノイド内に濃縮され、二酸化炭素が欠乏しているにも拘わらず光合成が維持される。
【0008】
なお、RuBisCOは、光合成の基質であるリブロース1,5-ビスリン酸(RuBP)と不活性な複合体を生成すると、その触媒活性が低下する。RuBisCOアクティベースは、RuBisCOからのRuBPの解離を促進し、RuBisCOを再活性化させる。非特許文献2では、紅藻のRuBisCOアクティベースについて、構造及び機能が論じられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Expression of a low CO2-inducible protein, LCI1, increases inorganic carbon uptake in the green alga Chlamydomonas reinhardtii. Ohnishi N, Mukherjee B, Tsujikawa T, Yanase M, Nakano H, Moroney JV, Fukuzawa H. Plant Cell. 2010 Sep;22(9):3105-3117.
【非特許文献2】Structure and function of the AAA+ protein CbbX, a red-type Rubisco activase. Mueller-Cajar O, Stotz M, Wendler P, Hartl FU, Bracher A, Hayer-Hartl M. Nature. 2011 Nov 2;479(7372):194-199.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、藻類における光合成の効率化に寄与し得る技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一側面によると、藻類を培養する培養装置と、前記藻類における葉緑体の分裂を阻害することなしに、前記藻類における核分裂を阻害する阻害剤を前記藻類へ供給する薬剤供給装置とを備えた培養システムが提供される。
【0012】
本発明の他の側面によると、前記培養装置において培養した前記藻類を回収する回収装置を更に備えた上記側面に係る培養システムが提供される。
【0013】
本発明の更に他の側面によると、一細胞当たりの葉緑体数を増やした藻類を培養することを含んだ培養方法が提供される。
【0014】
本発明の更に他の側面によると、葉緑体の分裂を阻害することなしに核分裂を阻害する阻害剤を藻類へ供給することによって、一細胞当たりの葉緑体数を増やした前記藻類を得ることを更に含んだ上記側面に係る培養方法が提供される。
【0015】
本発明の更に他の側面によると、前記阻害剤を供給するのに先立って、前記藻類を増殖させることを更に含んだ上記側面に係る培養方法が提供される。
【0016】
本発明の更に他の側面によると、一細胞当たりの葉緑体数を増やした前記藻類において光合成を生じさせることを更に含んだ上記側面の何れかに係る培養方法が提供される。
【0017】
本発明の更に他の側面によると、光合成を生じさせた前記藻類の少なくとも一部を回収することを更に含んだ上記側面に係る培養方法が提供される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、藻類における光合成の効率化に寄与し得る技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る培養システムのブロック図である。
【
図2】
図2は、葉緑体数を増やしていない藻類細胞を概略的に示す図である。
【
図3】
図3は、葉緑体数を増やした藻類細胞を概略的に示す図である。
【
図4】
図4は、葉緑体数を増やしていない藻類細胞の顕微鏡写真である。
【
図5】
図5は、葉緑体数を増やした藻類細胞の顕微鏡写真である。
【
図6】
図6は、一細胞当たりの葉緑体数が炭素固定量へ及ぼす影響の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。以下に説明する実施形態は、上記側面の何れかをより具体化したものである。以下に記載する事項は、単独で又は複数を組み合わせて、上記側面の各々に組み入れることができる。
【0021】
また、以下に示す実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための構成を例示するものであって、本発明の技術的思想は、下記の構成部材の材質、形状、及び構造等によって限定されるものではない。本発明の技術的思想には、請求の範囲に記載された請求項が規定する技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0022】
なお、同様又は類似した機能を有する要素については、以下で参照する図面において同一の参照符号を付し、重複する説明は省略する。また、図面は模式的なものであり、或る方向の寸法と別の方向の寸法との関係、及び、或る部材の寸法と他の部材の寸法との関係等は、現実のものとは異なり得る。
【0023】
図1は、本発明の一実施形態に係る培養システムのブロック図である。この培養システム1は、培養装置10と、培養液供給装置11と、回収装置12と、排液装置13と、薬剤供給装置14とを含んでいる。
【0024】
培養装置10は、藻類と培養液とを収容する1以上の培養槽を含んでいる。培養装置10は、各培養槽において藻類を培養する。藻類は、光合成を行う過程で、培養液中に含まれる二酸化炭素を吸収し、体内に固定化する。
【0025】
このように、培養装置10は、二酸化炭素固定化装置としての役割を果たし得る。即ち、培養システム1は、二酸化炭素固定化システムとしての役割を果たし得る。
【0026】
培養装置10は、培養槽の内部に水流を発生させる水流発生装置を更に含むことができる。水流発生装置は、例えば、ポンプを含んでいる。
【0027】
培養装置10は、温度調節装置を更に含むことができる。温度調節装置は、例えば、培養液を冷却する冷却装置及び培養液を加熱する加熱装置の少なくとも一方を含んでいる。温度調節装置は、培養槽内の培養液の温度が指定温度範囲を上回るか又は下回った場合に、培養液を冷却するか又は加熱して、培養槽内の培養液の温度が所定の温度範囲内に維持されるように温度調節する。培養システム1は、培養液供給装置11を介して、培養液を培養槽内に導入することにより、培養槽内の培養液の温度を調節するものであってもよい。
【0028】
培養装置10は、一例によれば、太陽光を藻類へ照射可能に構成されている。他の例によれば、培養装置10は、藻類へ光を照射する照明装置を更に含んでいる。更に他の例によれば、培養装置10は、太陽光を藻類へ照射可能に構成されるとともに、藻類に光を照射する照明装置を更に含んでいる。照明装置は、例えば、発光ダイオード(LED)光源を含む。培養槽の壁部が透明な材料からなる場合、太陽又は照明装置からの光は、壁部を介して藻類や魚介類へ照射することができる。
【0029】
培養装置10において培養する藻類は、光合成真核生物である。この藻類は、好ましくは、光合成真核生物であって、微細藻類である。微細藻類は、単細胞生物又はその群体である。藻類は、例えば、コナミドリムシ(Chlamydomonas reinhardtti)などの単細胞緑藻、シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)などの単細胞紅藻、フェオダクチラム(Phaeodactylum)やナンノクロロプシス(Nannochloropsis)などの不等毛植物、又は、それらの群体である。これら藻類は、培養液中の二酸化炭素を、光合成により、有機物、例えば油脂や炭水化物の形態で固定化する。
【0030】
なお、ここで藻類が上記の固定化に伴って産生する物質は、油脂、糖質、炭化水素、及びアミノ酸など様々である。藻類が産生する物質は、藻類の種類に応じて異なる。油脂は、例えば、トリアシルグリセロールなどの中性脂質である。炭化水素は、例えば、ボトリオコッセンである。また、糖質は、例えば、デンプン、又は、デンプンと他の1以上の糖質成分との組み合わせである。
【0031】
培養装置10における藻類の培養は、例えば、懸濁培養である。懸濁培養は、例えば、オープンポンドなどと呼ばれる開放型培養槽で行うことができる。懸濁培養は、閉鎖型フォトバイオリアクタなどと呼ばれる閉鎖型システムで行ってもよい。
【0032】
培養液供給装置11は、培養液を培養装置10へ供給する。具体的には、培養液供給装置11は、培養液を、培養装置10の培養槽へ供給する。培養装置10が複数の培養槽を含んでいる場合、培養液供給装置11は、例えば、これら培養槽へ培養液を別々に供給する。複数の培養槽が直列に接続されている場合、培養液供給装置11は、最上流の培養槽へ培養液を供給してもよい。
【0033】
培養液供給装置11は、例えば、海洋などの培養液源から培養装置10へ培養液を送出するポンプを含むことができる。培養液供給装置11は、浄化装置を更に含んでいてもよい。これにより、一般細菌や汚染物を含んだ培養液を浄化することができる。
【0034】
培養液は、一例によれば、海水である。海洋は、大気中の二酸化炭素を吸収する。従って、培養液として海水を使用した場合、二酸化炭素を含んだ培養液を培養槽へ供給することができる。また、海洋の表層水は、大気と接しているため、深層水などと比較して、より多くの二酸化炭素を含んでいる。従って、培養液供給装置11が培養装置10へ供給する培養液は、海洋の表層水であることが特に好ましい。
培養液は、他の例によれば、淡水である。淡水も、海水と同様に、二酸化炭素を含んでいる。
培養液は、更に他の例によれば、藻類の培養に適した組成を有するように調製した液である。この液も、例えば、大気との間での平衡に従う濃度で二酸化炭素を含み得る。
【0035】
回収装置12は、培養装置10から、二酸化炭素を吸収するとともに上記物質を産生した藻類の少なくとも一部を回収する。培養装置10が複数の培養槽を含んでいる場合、回収装置12は、これら培養槽の一部のみから藻類の少なくとも一部を回収してもよく、これら培養槽の全てから藻類の少なくとも一部を回収してもよい。
【0036】
回収装置12は、藻類が産生した物質のうち、細胞外へ放出したものを回収するものであってもよい。この場合、回収装置12は、この物質を、例えば培養液から回収する。ここでは、一例として、回収装置は、藻類を又はその細胞内に蓄積された物質を回収するものであるとする。
【0037】
回収装置12は、例えば、遠心分離装置や圧搾装置を含むことができる。懸濁培養を行った場合、遠心分離装置及び圧搾装置は、藻類を培養液から分離し得る。回収装置12は、培養液から分離した藻類を乾燥させる乾燥装置を更に含んでいてもよい。
【0038】
回収した藻類は、例えば、食品又はその原料として利用することができる。或いは、回収した藻類は、陸上生物の飼育のための飼料、魚介類の養殖のための餌料、又は、植物の育成のための肥料として利用することができる。
【0039】
なお、藻類を魚介類の養殖のための餌料として利用する場合、培養装置10の1以上の培養槽において魚介類の養殖を行い、未回収の藻類を魚介類へ給餌してもよい。この場合、回収装置12は、魚介類の少なくとも一部を、又は、魚介類の少なくとも一部と藻類の少なくとも一部とを回収するものであってもよい。
【0040】
回収装置12は、回収した藻類から、藻類が細胞内に蓄積した物質を更に回収するものであってもよい。藻類が細胞内に蓄積した物質を回収する場合、回収装置12は、以下の処理を更に行うことができる。例えば、回収装置12は、藻類から疎水性物質を抽出して、疎水性物質を含んだ抽出物と、親水性物質を含んだ残渣とを得る。或いは、回収装置12は、藻類から親水性物質を抽出して、親水性物質を含んだ抽出物と、疎水性物質を含んだ残渣とを得る。以下に、藻類が細胞内に蓄積した物質を更に回収する方法の一例として、藻類から油脂又は糖質を取得する方法について説明する。
【0041】
例えば、先ず、藻類を培養液から分離する。懸濁培養を行った場合は、例えば、遠心分離や圧搾によって、藻類と培養液との混合液から培養液の少なくとも一部を除去する。これにより、先の混合液と比較して藻類をより高い濃度で含んだ濃縮物を得る。次に、濃縮物を乾燥させて、藻類からなる乾燥物を得る。
【0042】
次に、藻類からなる乾燥物から、油脂を抽出する。油脂の抽出には、抽出媒体として有機溶剤を使用する。これにより、油脂を含んだ抽出物を得るとともに、糖質を含んだ残渣を得る。
【0043】
油脂を製造する場合は、その後、必要に応じて、抽出物に対して精製を行う。この精製物は、改質してもよい。以上のようにして、藻類から油脂を得る。このようにして得られた油脂は、例えば、バイオ燃料又はその原料として利用可能である。
【0044】
糖質を製造する場合は、例えば、上記の残渣から糖質を抽出する。デンプンなどの多糖類を抽出する場合には、抽出媒体として、例えば水を使用する。次に、必要に応じて、この抽出物に対して精製を行う。この精製物は、改質してもよい。以上のようにして、藻類から糖質を得る。この糖質は、例えば、燃料添加剤、医薬品、化粧品及びプラスチック製品の原料として利用可能である。
【0045】
例えば、このような方法により、油脂、糖質、又はその精製物若しくは改質物を得ることができる。また、これと同様の方法により、藻類に蓄積された、炭化水素及びアミノ酸などの他の物質、又はその精製物若しくは改質物を得ることができる。
【0046】
なお、このようにして取得した、藻類が産生若しくは蓄積した物質、この物質に対して精製及び改質等の後処理を行うことによって得られた物質、又は、それらを原料として得られた物質は、生物由来材料である。生物由来材料は、例えば、バイオ燃料、燃料添加剤、医薬品、サプリメント、生理活性物質、食品、化粧品、及びプラスチック製品などの物品である。或いは、生物由来材料は、上記物品の1以上の成分又は原料である。
【0047】
排液装置13は、培養装置10において二酸化炭素が減少した培養液を、培養システム1の外部へ、例えば海洋へ排出する。排液装置13は、例えば、上記の培養液を、培養装置10から培養システム1の外部へと導く流路を含む。排液装置13は、ポンプを更に含んでいてもよい。回収装置12が遠心分離装置のように藻類と培養液とを分離する装置を含んでいる場合、排液装置13は、藻類から分離した培養液を培養システム1の外部へ排出可能であってもよい。培養装置10が複数の培養槽を含んでいる場合、排液装置13は、これら培養槽の一部のみから培養液を培養システム1の外部へ排出してもよく、これら培養槽の全てから培養液を培養システム1の外部へ排出してもよい。
【0048】
薬剤供給装置14は、藻類へ薬剤を供給する。例えば、薬剤供給装置14は、培養装置10が含んでいる培養槽の1以上へ薬剤を供給する。或いは、薬剤供給装置14は、培養液供給装置11が培養装置10へ供給すべき培養液へ薬剤を供給する。薬剤供給装置14は、例えば、薬剤を収容した容器と、この容器から培養装置10又は培養液供給装置11へ薬剤を送出するポンプとを含むことができる。
【0049】
薬剤供給装置14が培養装置10又は培養液供給装置11へ供給する薬剤は、藻類における葉緑体の分裂を阻害することなしに、藻類における核分裂を阻害する阻害剤を含んでいる。阻害剤は、例えば、カンプトテシン、それらの誘導体、又は、それらの2以上の組み合わせである。
【0050】
この薬剤は、阻害剤を溶解させる溶媒又は阻害剤を分散させる分散媒を更に含むことができる。この溶媒又は分散媒としては、例えば、ジメチルスルホキシドなどの細胞毒性が低い溶剤を使用することができる。或いは、この溶媒又は分散媒として、藻類の培養に使用する培養液と同じ又はほぼ同様の組成を有する液体を用いることもできる。阻害剤を溶媒又は分散媒で希釈すると、例えば、阻害剤を藻類へ均一に供給することが容易になる。
【0051】
薬剤供給装置14は、藻類を増殖させてから回収するまでの期間において、培養装置10又は培養液供給装置11へ薬剤を1回のみ供給してもよく、複数回供給してもよい。例えば、薬剤供給装置14は、藻類が十分に増殖するまで、培養装置10又は培養液供給装置11へ薬剤を供給せずに、藻類が十分に増殖した後に、培養装置10又は培養液供給装置11へ薬剤を1回以上供給するものであってもよい。
【0052】
この培養システム1を利用した培養方法によると、以下に説明するように、藻類における光合成の効率化が可能になる。
【0053】
図2は、葉緑体数を増やしていない藻類細胞を概略的に示す図である。
図3は、葉緑体数を増やした藻類細胞を概略的に示す図である。
図2の細胞2A及び
図3の細胞2Bでは、細胞膜21、核22、ミトコンドリア23及び葉緑体24のみを示している。
【0054】
藻類の一細胞当たりの葉緑体の数は、細胞が分裂する期間を除けば、ほぼ一定である。即ち、藻類の一細胞におけるチラコイド及びストロマの体積は、細胞が分裂する期間を除けば、ほぼ一定である。従って、藻類の一細胞当たりの光合成の効率(又は、二酸化炭素固定化能力若しくは物質産生能力)も、細胞が分裂する期間を除けば、ほぼ一定である。
【0055】
藻類の細胞分裂では、葉緑体及びミトコンドリアの分裂に続いて、核の分裂が起こり、その後、一細胞が二細胞へと分裂する。培養システム1を利用した培養方法では、上記の阻害剤を藻類へ供給する。この阻害剤は、藻類における葉緑体の分裂を阻害することなしに、藻類における核分裂を阻害する。従って、阻害剤の供給により、一細胞当たりの葉緑体数が増える。即ち、
図2に示す状態から
図3に示す状態への変化を生じる。
【0056】
例えば、カンプトテシンは、核内で機能するトポイソメラーゼの特異的な阻害剤である。カンプトテシンの供給によって、核ゲノムDNA(デオキシリボ核酸)の複製は起こらず、核分裂が阻害され、それ故、細胞分裂も阻害される。他方、カンプトテシンの供給によって葉緑体の分裂が阻害されることはなく、その結果、一細胞当たりの葉緑体の数が増加する。
【0057】
培養システム1を利用した培養方法では、一細胞当たりの葉緑体数を増やした藻類を培養する。一細胞当たりの葉緑体数を増やすと、一細胞当たりの光合成の効率(又は、二酸化炭素固定化能力若しくは物質産生能力)も高まる。このように、培養システム1を利用した培養方法によると、藻類における光合成の効率化が可能になる。
【0058】
なお、藻類の光合成効率(又は、二酸化炭素固定化能力若しくは物質産生能力)は、例えば、細胞への二酸化炭素の取り込みを向上させる膜タンパク質をコードする遺伝子の機能改変、RuBisCOアクティベースをコードする遺伝子の高発現、及び、光合成における電子伝達の効率の向上などによって増加させることができる。しかしながら、一細胞当たりの葉緑体数が一定である場合、そのような機能向上の効果は限定的である。
【0059】
一細胞当たりの葉緑体数を増やすことにより、藻類の光合成効率(又は、二酸化炭素固定化能力若しくは物質産生能力)を大幅に高めることができる。また、一細胞当たりの葉緑体数を増やすとともに、上記の機能向上を行うことにより、藻類の光合成効率(又は、二酸化炭素固定化能力若しくは物質産生能力)を更に高めることができる。
【0060】
一細胞当たりの葉緑体数を増やした藻類を培養することができれば、上述した薬剤の供給は省略してもよい。例えば、細胞周期の各期において野生型と比較して一細胞当たりの葉緑体の数が多く且つ野生型と同様に増殖可能な突然変異体を取得した場合、その培養において、上述した薬剤の供給は不要である。
【実施例0061】
以下に、本発明に関連して行った試験について記載する。
【0062】
(試験1)
カンプトテシンを加えた培地において、シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)を48時間に亘って培養した。48時間経過後のカンプトテシンの濃度は0.2μg/mLであった。また、培地へカンプトテシンを加えなかったこと以外は、上記と同様の培養を行った。
【0063】
図4は、カンプトテシンの不存在下で培養した単細胞紅藻の一細胞の顕微鏡写真である。
図5は、カンプトテシンの存在下で培養した単細胞紅藻の一細胞の顕微鏡写真である。
図4及び
図5において、各三角形の一頂点は葉緑体の位置を示している。また、
図4及び
図5において、実線は5μmのスケールバーである。
【0064】
図4に示すように、カンプトテシンの不存在下で培養した単細胞紅藻では、一細胞当たりの葉緑体の数は1であった。これに対し、カンプトテシンの存在下で培養した単細胞紅藻では、一細胞当たりの葉緑体の数は2以上(
図5では4)であった。
【0065】
(試験2)
シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)を、750nmの波長で測定した光学濃度が約2になるまで増殖させた。これを2つの培養瓶へ分け、一方にはカンプトテシンのジメチルスルホキシド溶液を加え、他方にはジメチルスルホキシドのみを加えた。なお、ここで使用した培地は酸性であった。
【0066】
上記の藻類と酸性の培地との組み合わせに対するカンプトテシン添加の効果は時間の経過とともに低下するため、前者の培養瓶には、カンプトテシンのジメチルスルホキシド溶液を最初に加えてから、24時間経過後及び48時間経過後にも、カンプトテシンのジメチルスルホキシド溶液を加えた。そして、カンプトテシンのジメチルスルホキシド溶液を最初に加えてから51時間経過後に、培養瓶内の細胞を遠心分離によって回収した。また、後者の培養瓶についても、ジメチルスルホキシドを加えてから51時間経過後に、培養瓶内の細胞を遠心分離によって回収した。
【0067】
その後、これら細胞を凍結させ、凍結乾燥によって粉末状にした。各粉末の2mgを元素分析に供し、全炭素量の測定を行った。この元素分析には、Elementar社製 vario EL cubeを使用した。結果を
図6に示す。
【0068】
図6は、一細胞当たりの葉緑体数が炭素固定量へ及ぼす影響の一例を示すグラフである。
図6において、「Control」と表記したデータは、ジメチルスルホキシドのみを加えた場合に得られた結果を示している。「Camptothecin」と表記したデータは、カンプトテシンのジメチルスルホキシド溶液を加えた場合に得られた結果を示している。また、縦軸の数値の単位はmgである。
【0069】
図6に示すように、カンプトテシンを加えた場合、カンプトテシンを加えなかった場合と比較して、一細胞当たりの炭素固定量は1.8倍に上昇した。
【0070】
以上のように、一細胞当たりの葉緑体数を増加させること(結果として、チラコイド及びストロマ体積を増加させること)により、一細胞当たりの炭素固定量を増加させることができた。
1…培養システム、2A…細胞、2B…細胞、10…培養装置、11…培養液供給装置、12…回収装置、13…排液装置、14…薬剤供給装置、21…細胞膜、22…核、23…ミトコンドリア、24…葉緑体。