(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022197
(43)【公開日】2024-02-16
(54)【発明の名称】薄膜構造体及び薄膜構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20240208BHJP
C30B 23/02 20060101ALI20240208BHJP
C30B 29/22 20060101ALI20240208BHJP
H01F 1/00 20060101ALI20240208BHJP
B82B 1/00 20060101ALI20240208BHJP
C01G 49/00 20060101ALN20240208BHJP
【FI】
C23C14/06 T
C30B23/02
C30B29/22
H01F1/00 181
B82B1/00 ZNM
C01G49/00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022125603
(22)【出願日】2022-08-05
(71)【出願人】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】中川原 修
(72)【発明者】
【氏名】田中 秀和
(72)【発明者】
【氏名】服部 梓
【テーマコード(参考)】
4G002
4G077
4K029
5E040
【Fターム(参考)】
4G002AA08
4G002AA09
4G002AB01
4G002AD02
4G002AE02
4G002AF01
4G077AA03
4G077BC60
4G077DA03
4G077HA03
4K029AA04
4K029AA24
4K029BA09
4K029BA43
4K029BB09
4K029BC06
4K029BD11
4K029CA01
4K029DB20
4K029EA08
5E040AA11
(57)【要約】
【課題】高い磁気異方性と高い絶縁性を兼ね備えた薄膜構造体及び薄膜構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】分離相1がマトリックス2中に分散した相分離ナノ構造を有する薄膜3を備え、薄膜3は、熱平衡状態で相分離する強磁性金属材料と酸化物を主成分とした非磁性絶縁体材料とを有し、マトリックス2は、非磁性絶縁体材料で形成されると共に、分離相1は、強磁性金属材料で形成され、薄膜3は、分離相1とマトリックス2とが三次元的な接合面を有する形態で格子整合基板4上に形成され、分離相1は、格子整合基板4上に形成され、かつマトリックス2に被覆された初期核1aと、マトリックス2を介して初期核1a上に柱状に形成されたピラー1bと、を含む、薄膜構造体。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分離相が母相中に分散した相分離ナノ構造を有する薄膜を備え、
前記薄膜は、熱平衡状態で相分離する強磁性金属材料と酸化物を主成分とした非磁性絶縁体材料とを有し、
前記母相は、前記非磁性絶縁体材料で形成されると共に、前記分離相は、前記強磁性金属材料で形成され、
前記薄膜は、前記分離相と前記母相とが三次元的な接合面を有する形態で格子整合基板上に形成され、
前記分離相は、前記格子整合基板上に形成され、かつ前記母相に被覆された初期核と、前記母相を介して前記初期核上に柱状に形成されたピラーと、を含む、薄膜構造体。
【請求項2】
前記強磁性金属材料が、Feを主成分とした金属からなり、
前記非磁性絶縁体材料が、LaSrFeO4を主成分とした酸化物からなる、請求項1に記載の薄膜構造体。
【請求項3】
前記薄膜は、前記格子整合基板上でのエピタキシャル成長により形成されている、請求項1又は2に記載の薄膜構造体。
【請求項4】
前記格子整合基板は、SrTiO3、(La0.3Sro.7)(Al0.65Ta0.35)O3又はLaAlO3のいずれかを主成分とした単結晶材料で形成されている、請求項1又は2に記載の薄膜構造体。
【請求項5】
前記格子整合基板は、SrTiO3を主成分とした単結晶材料で形成されている、請求項4に記載の薄膜構造体。
【請求項6】
前記初期核と前記ピラーとの間の距離は、5nm以上、20nm以下である、請求項1又は2に記載の薄膜構造体。
【請求項7】
前記ピラーの直径は、10nm以上、200nm以下である、請求項1又は2に記載の薄膜構造体。
【請求項8】
前記初期核の直径は、5nm以上、20nm以下である、請求項1又は2に記載の薄膜構造体。
【請求項9】
熱平衡状態で相分離する強磁性金属材料と酸化物を主成分とした非磁性絶縁体材料とを用意し、
前記強磁性金属材料及び前記非磁性絶縁体材料を、格子整合基板上でそれぞれ自己組織化により単分子層に分離しながら三次元的に結晶成長させ、
前記非磁性絶縁体材料で母相を形成すると共に前記強磁性金属材料で初期核を形成し、前記初期核を前記非磁性絶縁体材料で被覆した後、前記強磁性金属材料で柱状のピラーを形成し、
前記初期核と前記ピラーとを含む分離相が前記母相中に分散した相分離ナノ構造を有する薄膜を前記格子整合基板上に作製する、薄膜構造体の製造方法。
【請求項10】
前記薄膜の成膜中における前記格子整合基板の温度は、500℃以上、1000℃以下である、請求項9に記載の薄膜構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜構造体及び薄膜構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物質をナノメートル(10-9m)の領域にまで超微粒化されたナノ粒子は、バルク材料では得られない種々の特有な性質を発現できることから、ナノ構造の評価技術の飛躍的発展と相俟って特に注目されている。
【0003】
これらナノ構造のうち、分離相が母相中に分散した相分離ナノ構造を有する薄膜構造体についても、近年、盛んに研究されており、新規で有用な機能性材料として期待されている。
【0004】
例えば、非特許文献1は、分解によって形成された自己組織化単結晶強磁性鉄ナノワイヤについて報告している。
【0005】
この非特許文献1では、ターゲット物質にLa0.5Sr0.5FeO3を使用し、高真空下、単結晶SrTiO3(001)基板を760℃に加熱しながらパルスレーザを上記ターゲット物質に照射し、これによりLa0.5Sr0.5FeO3をLaSrFeO4とFeとに分解し、自己組織化された垂直状のα-FeナノワイヤがLaSrFeO4マトリックス中に埋め込まれたナノ構造体を得ている。
【0006】
そして、この非特許文献1では、作製されたα-Feナノワイヤは強い磁気異方性を有しており、エピタキシャル膜の成長方位によって磁気特性が異なることが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】L. Mohaddes-Ardabili et al., “Self-assembled single-crystal ferromagnetic iron nanowires formed by decomposition”, Nature Material, Vol. 3, August 2004, pp. 533 - 538
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献1に記載されたα-Feナノワイヤは、基板界面から途切れることなく成長しており、金属磁性体を導電パスとして、膜厚方向に導通可能な状態になっている。これは磁気デバイスの渦電流損の増大を招き、特に今後高周波化が進むと予想される次世代磁気デバイスにとって課題となり得る。
【0009】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、高い磁気異方性と高い絶縁性を兼ね備えた薄膜構造体及び薄膜構造体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の薄膜構造体は、分離相が母相中に分散した相分離ナノ構造を有する薄膜を備え、前記薄膜は、熱平衡状態で相分離する強磁性金属材料と酸化物を主成分とした非磁性絶縁体材料とを有し、前記母相は、前記非磁性絶縁体材料で形成されると共に、前記分離相は、前記強磁性金属材料で形成され、前記薄膜は、前記分離相と前記母相とが三次元的な接合面を有する形態で格子整合基板上に形成され、前記分離相は、前記格子整合基板上に形成され、かつ前記母相に被覆された初期核と、前記母相を介して前記初期核上に柱状に形成されたピラーと、を含む。
【0011】
本発明の薄膜構造体の製造方法は、熱平衡状態で相分離する強磁性金属材料と酸化物を主成分とした非磁性絶縁体材料とを用意し、前記強磁性金属材料及び前記非磁性絶縁体材料を、格子整合基板上でそれぞれ自己組織化により単分子層に分離しながら三次元的に結晶成長させ、前記非磁性絶縁体材料で母相を形成すると共に前記強磁性金属材料で初期核を形成し、前記初期核を前記非磁性絶縁体材料で被覆した後、前記強磁性金属材料で柱状のピラーを形成し、前記初期核と前記ピラーとを含む分離相が前記母相中に分散した相分離ナノ構造を有する薄膜を前記格子整合基板上に作製する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高い磁気異方性と高い絶縁性を兼ね備えた薄膜構造体及び薄膜構造体の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、本発明に係る薄膜構造体の一実施形態を模式的に示す斜視図である。
【
図3A】
図3Aは、エピタキシャル成長における結晶成長モードの類型を模式的に示す図であり、層状成長モードを示す。
【
図3B】
図3Bは、エピタキシャル成長における結晶成長モードの類型を模式的に示す図であり、島状成長モードを示す。
【
図4】
図4は、PLD装置の一実施形態を示す概念図である。
【
図5】
図5は、実施例1で作製したナノヘテロ膜の断面を電子顕微鏡で観察した像である。
【
図6】
図6は、実施例1で作製したナノヘテロ膜のX線回折プロファイルである。
【
図7】
図7は、実施例1で作製したナノヘテロ膜の振動試料型磁力計(VSM)の測定結果である。
【
図8】
図8は、実施例2においてLSAT基板上で作製したナノヘテロ膜のX線回折プロファイルである。
【
図9】
図9は、実施例2においてLAO基板上で作製したナノヘテロ膜のX線回折プロファイルである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の薄膜構造体及び薄膜構造体の製造方法について説明する。
しかしながら、本発明は、以下の構成に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において適宜変更して適用することができる。なお、以下において記載する個々の望ましい構成を2つ以上組み合わせたものもまた本発明である。
【0015】
図1は、本発明に係る薄膜構造体の一実施形態を模式的に示す斜視図である。
図2は、
図1の縦断面図である。
【0016】
図1及び
図2に示すように、この薄膜構造体は、複数の分離相1が母相(以下、「マトリックス」という。)2中に分散した相分離ナノ構造を有し、これら分離相1及びマトリックス2で薄膜3を形成すると共に、該薄膜3が格子整合基板4上に形成されている。
【0017】
具体的には、薄膜3は、熱平衡状態で相分離する強磁性金属材料と非磁性絶縁体材料とを有している。非磁性絶縁体材料は、酸化物を主成分としており、そして、マトリックス2は、非磁性絶縁体材料で形成されると共に、分離相1は、強磁性金属材料で形成されている。
【0018】
また、薄膜3は、分離相1とマトリックス2とが三次元的な接合面を有するような形態で格子整合基板4上に形成されている。すなわち、薄膜3は、分離相1とマトリックス2とが、X方向、Y方向、及びZ方向の三方向に対し接合面を有し、分離相1はマトリックス2で被覆されるような形態で格子整合基板4上に形成されている。このように、薄膜3は、マトリックス2中に相分離により分離相1が三次元成長したナノヘテロ膜である。
【0019】
さらに、分離相1は、格子整合基板4上に形成され、かつマトリックス2に被覆された複数の初期核1aと、マトリックス2を介して初期核1a上に柱状に形成された複数のピラー1bと、を含んでいる。ここで、「柱状」とは、略柱状である場合を包含するものとする。
【0020】
このように本薄膜構造体は、柱状に形成されたピラー1bを有することから、そのピラー1bの幾何学的効果により高い磁気異方性を有し、高い磁気異方性Hkを示す。また、ピラー1bの成長の基礎になる初期核1aがマトリックス2で被覆され、ピラー1bと初期核1aとの間にマトリックス2、すなわち非磁性絶縁体材料が介在することから、膜厚方向の絶縁性が向上する。したがって、高い磁気異方性と高い絶縁性を兼ね備えた薄膜構造体を得ることができる。
【0021】
このような強磁性金属材料及び非磁性絶縁体材料としては、熱平衡状態で固溶体を形成せず、互いに相分離しているものであれば特に限定されるものではなく、例えば、強磁性金属材料としては、Fe、Co、Ni等を使用することができるが、なかでもFeが好適である。Feを用いることで、非常に高い磁化を得ることができる。また、非磁性絶縁体材料としては、LaSrFeO4(以下、「LSFO」という。)、LaSrMnO(以下、「LSMO」という。)、LaSrCoO(以下、「LSCO」という。)等を主成分とした酸化物を使用することができるが、なかでもLSFOが好適である。これら強磁性金属材料と非磁性絶縁体材料とを組み合わせて分離相1とマトリックス2を形成することができる。
【0022】
このように本薄膜構造体は、非特許文献1に記載されたα-Feナノワイヤと同様の材料から形成可能であるが、このα-Feナノワイヤにはない特徴的な分離相1、すなわちマトリックス2に被覆された三次元的な初期核1aと、マトリックス2を介して初期核1a上に形成されたピラー1bとを有している。これは成膜条件が異なるためであると考えられる。
【0023】
また、三次元的な接合面は、自己組織化による結晶成長により形成されているのが好ましい。このように自己組織化により結晶成長させることにより、自発的に相秩序を形成しながら結晶成長することから、より長いピラーを有する薄膜構造体を得ることができ、高効率の各種磁気デバイスの実現が可能となる。
【0024】
また、本薄膜構造体は、薄膜3をエピタキシャル成長させて格子整合基板4上に形成するのが好ましく、これにより、薄膜3を高配向膜とすることができる。また、薄膜3中に欠陥が生じたり結晶粒界が生じるのを顕著に抑制することができ、磁気デバイスの効率向上が期待できる。
【0025】
また、格子整合基板4は、分離相1及びマトリックス2と格子整合する単結晶基板である。格子整合基板4に使用される基板材料は、格子整合基板4上に三次元的な接合面を有する分離相/マトリックスナノ構造の薄膜3が形成可能であれば特に限定されるものではないが、上述したように薄膜3が高配向性を有するためには、格子整合基板4上で強磁性金属材料及び非磁性絶縁体材料をエピタキシャル成長させて薄膜3を形成するのが好ましい。斯かる観点からは、例えば、SrTiO3(以下、「STO」という。)、(La0.3Sro.7)(Al0.65Ta0.35)O3(以下、「LSAT」という。)又はLaAlO3(以下、「LAO」という。)のいずれかを主成分とした単結晶材料を好んで使用することができる。なかでも、汎用性の観点からは、格子整合基板4は、STOを主成分とした単結晶材料で形成されていることが好ましい。いずれの単結晶材料を用いる場合も格子整合基板4の面方位は(100)であることが好ましい。
【0026】
このように、薄膜3(分離相1及びマトリックス2)と格子整合基板4とは、主成分が異なる材料で形成されているのが好ましい。これにより、格子整合基板4上で分離相1及びマトリックス2をそれぞれヘテロエピタキシャル成長により結晶成長させることができる。
【0027】
なお、上述した単結晶材料は、格子整合基板4中に主成分として含有していればよく、微量の不純物を含有させても格子不整合度に影響を与えるものではなく、必要に応じて微量の不純物を含有させてもよい。例えば、格子整合基板4の導電性を確保するために、これら単結晶材料にNb等の微量の不純物を基板材料に含有させて使用することができる。
【0028】
ここで、エピタキシャル成長と格子不整合度との関係について詳述する。
【0029】
図3A及び
図3Bは、エピタキシャル成長における結晶成長モードの類型を模式的に示す図であり、
図3Aは層状成長モードを示し、
図3Bは島状成長モードを示す。
【0030】
エピタキシャル成長は、薄膜材料と基板材料との間の表面自由エネルギーの差に応じて結晶成長モードが異なり、一般に、
図3Aに示す層状成長モード(Frank-van der Merwe mode)、
図3Bに示す島状成長モード(Volmer-Weber mode)等が知られている。
【0031】
層状成長モード(
図3A)は、基板30の表面に二次元的な核(初期核)を形成し、この初期核が成長して層状の単分子層を形成し、この過程を繰り返して単分子層を順次層状に成長させ、薄膜5を形成する。この層状成長モードは、基板材料の表面自由エネルギーが薄膜材料の表面自由エネルギーよりも大きい場合に生じ、基板材料と薄膜材料とが同質のホモエピタキシャル成長や、基板材料と薄膜材料との間の格子不整合度が小さい場合に観察することができる。
【0032】
これに対し島状成長モード(
図3B)は、基板30上に付着した原子が表面を拡散しながら結合して三次元的な核(初期核)を形成し、この初期核を中心に三次元的な島状に成長し、薄膜6を形成する。この島状成長モードは、薄膜材料の表面自由エネルギーが基板材料の表面自由エネルギーよりも大きい場合に生じ、基板30と薄膜6との間の格子不整合度が大きいヘテロエピタキシャル成長の場合に観察することができる。
【0033】
このようにエピタキシャル成長による結晶成長モードと格子不整合度との間には密接な関係があり、本実施形態では層状成長モードがマトリックス2の形成に寄与し、島状成長モードがピラー1bの形成に寄与すると考えられる。
【0034】
また、本実施形態ではピラー1bの成長の基礎になる初期核1aがマトリックス2で被覆され、ピラー1bがマトリックス2上に形成されているが、マトリックス2による被覆層は、10nm程度と薄いため、この構造はリモートエピタキシャル成長によるものと考えられる。すなわち、まず、成膜初期に格子整合基板4表面にピラー1bの成長の基礎になる三次元的な初期核1aがエピタキシャル成長し、この初期核1aは、一旦、非磁性絶縁体材料のマトリックス2で被覆されると考えられる。これにより、薄膜3の導電性が遮断される。その後、強磁性金属材料の結晶成長が再開しピラー1bを形成するが、その際、ピラー1bは初期核1aの最表面の結晶配位情報を引き継いで同一の方位関係を維持しながらエピタキシャル成長すると考えられる。
【0035】
なお、絶縁性の観点からは、格子整合基板4上に形成された全ての初期核1aがマトリックス2により被覆され、いずれのピラー1bも初期核1aと接合されておらず、各ピラー1bと格子整合基板4との間の導通がない状態が好ましい。しかしながら、格子整合基板4上にはマトリックス2に完全には被覆されていない初期核が多少は存在してもよく、また、このような初期核に直接接合したピラーが多少は存在してもよい。
【0036】
初期核1aとピラー1bとの間の距離、すなわちピラー1bと初期核1aとの間に介在するマトリックス2の被覆層の厚みは、初期核1aとピラー1bとの間の絶縁性が確保されるものであれば特に限定されないが、5nm以上、20nm以下であることが好ましく、8nm以上、17nm以下であることがより好ましく、10nm以上、15nm以下であることがさらに好ましい。
【0037】
ピラー1bの直径は、特に限定されないが、10nm以上、200nm以下であることが好ましく、20nm以上、100nm以下であることがより好ましく、30nm以上、80nm以下であることがさらに好ましい。
【0038】
このように、各ピラー1bは、円柱状に形成されており、それらの直径のバラツキは通常は小さい。ここで、「円柱状」とは、略円柱状である場合を包含するものとする。
【0039】
なお、ピラー1bの高さは、成膜時間に応じて適宜設定可能であるが、例えば、50nm以上、3000nm以下であってもよいし、200nm以上、500nm以下であってもよい。
【0040】
初期核1aの直径も、特に限定されないが、5nm以上、20nm以下であることが好ましく、8nm以上、17nm以下であることがより好ましく、10nm以上、15nm以下であることがさらに好ましい。
【0041】
このように、各初期核1aは、球形に形成されており、それらの直径のバラツキは通常は小さい。ここで、「球形」とは、略球形である場合を包含するものとする。
【0042】
なお、初期核1aとピラー1bとの間の距離と、ピラー1bの直径及び高さと、初期核1aの直径とは、それぞれ、本薄膜構造体の断面を走査電子顕微鏡で観察した像(SEM像)から推定される。
【0043】
なお、隣接する初期核1aは、
図1及び
図2に示したように互いに離れていてもよいし、互いに接触していてもよい。また、互いに接触する初期核1aと、互いに離れた初期核1aとが混在していてもよい。
【0044】
また、初期核1aは、
図2に示したように格子整合基板4上に一層だけ形成されていてもよいし、格子整合基板4上に複数層堆積していてもよい。また、初期核1aが一層だけ存在する領域と、初期核1aが一層だけ存在する領域と、初期核1aが複数層堆積する領域とが混在していてもよい。
【0045】
格子整合基板4上に存在する初期核1aの個数とピラー1bの本数は、互いに同数であってもよいが、通常では
図1及び
図2に示したようにピラー1bよりも初期核1aの方がより多く格子整合基板4上に存在している。
【0046】
本薄膜構造体は、PLD(Pulse Laser Deposition;パルスレーザ堆積)法を使用して格子整合基板4上に薄膜3を形成するのが好ましく、これにより自己組織化を利用したエピタキシャル成長による薄膜3を効率良く作製することができる。
【0047】
図4は、PLD装置の一実施形態を模式的に示す概念図である。
【0048】
図4に示すように、このPLD装置は、格子整合基板4とターゲット保持具8とが成膜室9内で対向状に配されている。
【0049】
格子整合基板4は、ヒータが内蔵された基板保持具10に保持され、該基板保持具10の一端に接続された回転機11を介して矢印U方向に回転可能とされている。
【0050】
ターゲット保持具8は、表面にターゲット物質12が保持されると共に、一端にはターゲット回転機13が接続され、ターゲット保持具8が矢印V方向に回転可能とされている。
【0051】
また、成膜室9には、真空ポンプ等の真空系に接続された排気口14と、成膜室9内が所定の酸素濃度となるように該成膜室9に酸素を供給する酸素供給口15と、成膜室9にレーザ光を案内するレーザ導入口16が設けられている。なお、酸素供給口15はなくてもよい。
【0052】
また、成膜室9の外部にはエキシマレーザ等のレーザ発振器17及び集光レンズ18が配され、レーザ発振器17から出力された所定波長のレーザ光は集光レンズ18を介して成膜室9に供給され、ターゲット保持具8表面のターゲット物質12に照射されるように構成されている。
【0053】
そして、上記薄膜構造体は、以下のようにして製造することができる。
【0054】
まず、熱平衡状態で相分離する強磁性金属材料と酸化物を主成分とした非磁性絶縁体材料とをそれぞれ用意する。熱平衡状態で相分離するか否かは、熱平衡状態を示す相図に基づいて判断することができ、上述したように強磁性金属材料としては、例えばFe、Co及びNiがあり、酸化物を主成分とした非磁性絶縁体材料としては、例えばLSFO、LSMO及びLSCOがあり、これらを組み合わせた材料を選定することができる。
【0055】
次いで、格子整合基板4の材料を選定する。格子整合基板4の材料は、主成分が、例えばSTO、LSAT又はLAOの単結晶材料で形成されたものを選定することができる。
【0056】
次に、ターゲット物質12として、強磁性金属材料及び非磁性絶縁体材料の混合焼結体を用意し、ターゲット保持具8に保持する。なお、強磁性金属材料と非磁性絶縁体材料との混合比率は、二つの材料の結晶成長の難易度に応じ、分離相/マトリックスを有する所望の相分離ナノ構造が得られるように設定することができる。例えば、重量%表示で強磁性金属材料:非磁性絶縁体材料=50~5:50~95としたものを使用することができる。
【0057】
そして、格子整合基板4を基板保持具10に保持して前記ターゲット保持具8と対向状に配し、成膜室9を減圧する。
【0058】
次いで、成膜室9を真空雰囲気とし、基板保持具10に内蔵されたヒータを介して格子整合基板4を加熱し、基板保持具10及びターゲット保持具8をそれぞれ矢印U方向及びV方向に回転させると共に、レーザ発振器17からレーザ光を出力させてターゲット物質12に照射する。するとターゲット物質12は、ターゲット保持具8上でレーザ光を吸収し、爆発的な粒子放出が生じるアブレーションが起こり、アブレーションされた粒子19はプルームと呼称されるプラズマ状態となって格子整合基板4に到達する。そして、混合焼結体は熱平衡状態で強磁性金属材料と非磁性絶縁体材料に相分離することから、分離相1とマトリックス2に相分離した状態で成膜する。詳細には、まず、成膜初期に格子整合基板4表面にマトリックス2と初期核1aとが形成され、初期核1a形成後、初期核1aがマトリックス2で被覆される。その後、マトリックス2が成長すると共にピラー1bが成長する。そして、仕上げ工程で非磁性絶縁体材料を積層し、これにより複数の分離相1がマトリックス2で被覆された形態となり、相分離ナノ構造を有する薄膜3が格子整合基板4上に形成される。
【0059】
なお、格子整合基板4の加熱温度は、特に限定されないが、格子整合基板4は、成膜中、500℃以上、1000℃以下に維持されることが好ましく、750℃以上、1000℃以下に維持されることがより好ましく、900℃以上、1000℃以下に維持されることがさらに好ましい。
【0060】
また、成膜速度も特に限定されないが、50nm/h以上、250nm/h以下であることが好ましく、80nm/h以上、200nm/h以下であることがより好ましく、100nm/h以上、150nm/h以下であることがさらに好ましい。
【0061】
さらに、レーザ光の強度も特に限定されないが、50mJ以上、120mJ以下であることが好ましく、60mJ以上、110mJ以下であることがより好ましく、70mJ以上、100mJ以下であることがさらに好ましい。
【0062】
上述したように本薄膜構造体は、分離相1がマトリックス2中に分散した相分離ナノ構造を有する薄膜3を備え、薄膜3は、熱平衡状態で相分離する強磁性金属材料と酸化物を主成分とした非磁性絶縁体材料とを有し、マトリックス2は、非磁性絶縁体材料で形成されると共に、分離相1は、強磁性金属材料で形成され、薄膜3は、分離相1とマトリックス2とが三次元的な接合面を有する形態で格子整合基板4上に形成され、分離相1は、格子整合基板4上に形成され、かつマトリックス2に被覆された初期核1aと、マトリックス2を介して初期核1a上に柱状に形成されたピラー1bと、を含むので、ピラー1bの幾何学的効果により高い磁気異方性を実現できると共に、ピラー1bと初期核1aとの間に介在するにマトリックス2(非磁性絶縁体材料)により膜厚方向での絶縁性を向上することができる。したがって、高い磁気異方性と高い絶縁性を兼ね備えた薄膜構造体を得ることができる。
【0063】
また、上記製造方法は、熱平衡状態で相分離する強磁性金属材料と酸化物を主成分とした非磁性絶縁体材料とを用意し、強磁性金属材料及び非磁性絶縁体材料を、格子整合基板4上でそれぞれ自己組織化により単分子層に分離しながら三次元的に結晶成長させ、非磁性絶縁体材料でマトリックス2を形成すると共に強磁性金属材料で初期核1aを形成し、初期核1aを非磁性絶縁体材料で被覆した後、強磁性金属材料で柱状のピラー1bを形成し、初期核1aとピラー1bとを含む分離相1がマトリックス2中に分散した相分離ナノ構造を有する薄膜を格子整合基板4上に作製するので、高い磁気異方性と高い絶縁性を兼ね備えた薄膜構造体を製造することができる。
【0064】
なお、本薄膜構造体の用途は、磁気異方性を使用するデバイスであれば特に限定されないが、例えば、ノイズフィルタ等の磁気デバイスに使用することができる。
【実施例0065】
以下、本発明の薄膜構造体及び薄膜構造体の製造方法をより具体的に開示した実施例を示す。なお、本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではない。
【0066】
(実施例1)
図4に示したPLD装置、すなわちレーザーアブレーション法を用いて、Feピラー/LSFOマトリックスからなるナノヘテロ膜を作製した。原料となる酸化物ターゲット(混合焼結体)としてペロブスカイト構造を持つ酸化物材料La
0.5Sr
0.5FeO
3を用い、成膜室を真空雰囲気とし、格子整合基板を加熱した状態で、ArFエキシマレーザ(レーザ発振器)から発振波長193nmのパルスレーザを発振し、集光レンズを介して当ターゲットにレーザ光を照射することで、格子整合基板として対向する位置に設置したSTO(100)単結晶基板上にナノヘテロ膜が成長した。成膜中、基板は980℃に加熱した状態を維持した。成膜速度は120nm/hとし、ArFエキシマレーザの強度は70mJとした。
【0067】
この成長の主反応式は以下で表すことができる。
2La0.5Sr0.5FeO3 → Fe+LaSrFeO4+O2
【0068】
成膜室内でターゲットの還元によってFeとLSFOに相分離し、STO基板と格子整合の良いLSFO(格子不整合度ΔL=0.77%)はエピタキシャル成長かつlayer-by-layer層状成長する(層状成長モード)。一方、STO基板と格子整合の悪いFe(格子不整合度ΔL=3.8%)はエピタキシャル成長するものの、島状成長によりピラーを形成する(島状成長モード)。
【0069】
なお、格子不整合度ΔLは、下記式(1)で算出している。
ΔL={(L2-L1)/L1}×100 (1)
ここで、L2は薄膜材料の原子間距離、L1は基板材料の原子間距離である。
【0070】
すなわち、格子不整合度は、一般的には、基板材料の格子定数a1に対する薄膜材料の格子定数a2と基板材料の格子定数a1との差(a2-a1)の比率、すなわち(a2-a1)/a1で表すことができる。
【0071】
図5は、実施例1で作製したナノヘテロ膜の断面を電子顕微鏡で観察した像である。
図5によれば、STO基板上に成膜初期段階として直径10nm程度の球形のFe初期核が多数形成される。この初期核がFeであることは組成分析で確認した。初期核形成後、一旦Feの成長はストップし、非磁性絶縁体材料であるLSFOマトリックスによって完全に被覆され絶縁性が向上する。マトリックスで被覆された後、再びFeピラーが成長することで高い磁気異方性が発現する。
【0072】
図6は、実施例1で作製したナノヘテロ膜のX線回折プロファイルである。
図6に示されるように、マトリックスのエピタキシャル成長を示すLSFO起因のc軸ピークとFe(200)ピークが検出されている。LSFOの高次のピークが検出されていることから、結晶性(配向性)が高く、膜質がよいマトリックスが成長していると考えられる。
【0073】
また、
図7は、実施例1で作製したナノヘテロ膜の振動試料型磁力計(VSM)の測定結果である。
図7に示されるように、磁界の印加方向で明確な違いが見られ、面直方向の磁界に対してヒステリシスが確認できる。異方性磁界は約3kOeと非常に大きい磁気異方性Hkが認められた。高い磁気異方性Hkは、Feピラーの垂直方向の磁気モーメントに起因すると考えられる。
【0074】
本実施例によれば、Feピラーの成長により、高い磁気異方性を実現できる。また、Fe初期核を非磁性絶縁体材料のマトリックスが覆うことによって、膜厚方向への導電性を遮断することが可能になる。
【0075】
(実施例2)
格子整合基板としてSTO基板の代わりにLSAT(100)単結晶基板又はLAO(100)単結晶基板を用いたことを除いて、実施例1と同様に膜成長を行った。LSAT及びLAOは下記表1の組成で表される酸化物単結晶基板である。
【0076】
【0077】
LSAT及びLAOはSTOと同様の格子定数を持つためナノヘテロ膜のエピタキシャル成長の格子整合基板として有望である。さらに比誘電率がSTOと比べて低いため、デバイス設計の自由度が広がる。
【0078】
図8は、実施例2においてLSAT基板上で作製したナノヘテロ膜のX線回折プロファイルである。
図9は、実施例2においてLAO基板上で作製したナノヘテロ膜のX線回折プロファイルである。
図8及び
図9に示すように、いずれもFeとLSFOのエピタキシャル成長を示すピークが検出されており、実施例1と同質の膜が成長していると考えられる。
【0079】
本実施例によれば、低誘電率基板上でナノヘテロ膜を成長させることができる。
【0080】
本明細書には、以下の内容が開示されている。
【0081】
<1>
分離相が母相中に分散した相分離ナノ構造を有する薄膜を備え、
前記薄膜は、熱平衡状態で相分離する強磁性金属材料と酸化物を主成分とした非磁性絶縁体材料とを有し、
前記母相は、前記非磁性絶縁体材料で形成されると共に、前記分離相は、前記強磁性金属材料で形成され、
前記薄膜は、前記分離相と前記母相とが三次元的な接合面を有する形態で格子整合基板上に形成され、
前記分離相は、前記格子整合基板上に形成され、かつ前記母相に被覆された初期核と、前記母相を介して前記初期核上に柱状に形成されたピラーと、を含む、薄膜構造体。
【0082】
<2>
前記強磁性金属材料が、Feを主成分とした金属からなり、
前記非磁性絶縁体材料が、LaSrFeO4を主成分とした酸化物からなる、<1>に記載の薄膜構造体。
【0083】
<3>
前記薄膜は、前記格子整合基板上でのエピタキシャル成長により形成されている、<1>又は<2>に記載の薄膜構造体。
【0084】
<4>
前記格子整合基板は、SrTiO3、(La0.3Sro.7)(Al0.65Ta0.35)O3又はLaAlO3のいずれかを主成分とした単結晶材料で形成されている、<1>から<3>のいずれか1つに記載の薄膜構造体。
【0085】
<5>
前記格子整合基板は、SrTiO3を主成分とした単結晶材料で形成されている、<4>に記載の薄膜構造体。
【0086】
<6>
前記初期核と前記ピラーとの間の距離は、5nm以上、20nm以下である、<1>から<5>のいずれか1つに記載の薄膜構造体。
【0087】
<7>
前記ピラーの直径は、10nm以上、200nm以下である、<1>から<6>のいずれか1つに記載の薄膜構造体。
【0088】
<8>
前記初期核の直径は、5nm以上、20nm以下である、<1>から<7>のいずれか1つに記載の薄膜構造体。
【0089】
<9>
熱平衡状態で相分離する強磁性金属材料と酸化物を主成分とした非磁性絶縁体材料とを用意し、
前記強磁性金属材料及び前記非磁性絶縁体材料を、格子整合基板上でそれぞれ自己組織化により単分子層に分離しながら三次元的に結晶成長させ、
前記非磁性絶縁体材料で母相を形成すると共に前記強磁性金属材料で初期核を形成し、前記初期核を前記非磁性絶縁体材料で被覆した後、前記強磁性金属材料で柱状のピラーを形成し、
前記初期核と前記ピラーとを含む分離相が前記母相中に分散した相分離ナノ構造を有する薄膜を前記格子整合基板上に作製する、薄膜構造体の製造方法。
【0090】
<10>
前記薄膜の成膜中における前記格子整合基板の温度は、500℃以上、1000℃以下である、<9>に記載の薄膜構造体の製造方法。