(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024023240
(43)【公開日】2024-02-21
(54)【発明の名称】アルギン酸を炭素源とするポリヒドロキシアルカン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20240214BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240214BHJP
C12P 7/625 20220101ALI20240214BHJP
C08G 63/137 20060101ALI20240214BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20240214BHJP
C08L 101/16 20060101ALN20240214BHJP
【FI】
C12N1/20 A ZNA
C12N1/21 ZBP
C12P7/625
C08G63/137
C12N15/31
C08L101/16
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023189819
(22)【出願日】2023-11-07
(62)【分割の表示】P 2019142249の分割
【原出願日】2019-08-01
(31)【優先権主張番号】P 2018159148
(32)【優先日】2018-08-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】山田 美和
(72)【発明者】
【氏名】森谷 大樹
(72)【発明者】
【氏名】下飯 仁
(57)【要約】 (修正有)
【課題】アルギン酸を炭素源とするポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の製造方法を提供すること、及びアルギン酸を炭素源としてPHAを合成可能な微生物を提供すること。
【解決手段】本発明によれば、PHAの製造方法であって、アルギン酸及びアルギン酸分解物からなる群から選択されるいずれかを含む培地中で、アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物を培養し、培養物からPHAを抽出することを含む、製造方法が提供される。本発明によれば、(a)特定の塩基配列、又は(b)前記特定の塩基配列に対して90%以上の塩基配列同一性を有する塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有する、コベティア属細菌が提供される。
【選択図】
図5A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の製造方法であって、アルギン酸及びアルギン酸分解物からなる群から選択されるいずれかを含む培地中で、アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物を培養し、培養物からPHAを抽出することを含む、製造方法。
【請求項2】
海藻からアルギン酸を抽出すること、及び/又は海藻から抽出されたアルギン酸を酵素又は酸により分解することを前工程に含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記微生物が、ガンマプロテオバクテリア綱(Gammaproteobacteria)に属する海洋細菌から選択される、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記微生物が、コベティア属(Cobetia)に属する細菌から選択されるいずれかである、請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記微生物が、下記1)又は2)から選択されるいずれかである、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
1)受託番号NITE P-02758又はNITE P-02759として寄託された微生物。
2)下記(a)又は(b)の塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有する、微生物。
(a) 配列番号1又は2に記載の塩基配列。
(b) 配列番号1又は2に記載の塩基配列に対して90%以上の塩基配列同一性を有する塩基配列。
【請求項6】
前記微生物が、単離微生物、寄託微生物、遺伝子改変微生物である、請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
培地中のアルギン酸又はアルギン酸分解物の濃度が0.5質量%から20質量%の範囲である、請求項1~6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
培地中の塩化ナトリウムの濃度が0.5質量%~20質量%の範囲である、請求項1~7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記PHAが、3-ヒドロキシブタン酸モノマー単位を含む、請求項1~9のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記PHAが、ポリ(3-ヒドロキシブタン酸)である、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の方法を実施してポリヒドロキシアルカン酸(PHA)を得る工程、及び
前記工程で得られたPHAを25質量%以上含むプラスチック製品を得る工程を含む、バイオプラスチック製品の製造方法。
【請求項12】
受託番号NITE P-02758又はNITE P-02759として寄託された微生物。
【請求項13】
下記(a)又は(b)の塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有する、コベティア属細菌。
(a) 配列番号1又は2に記載の塩基配列。
(b) 配列番号1又は2に記載の塩基配列に対して90%以上の塩基配列同一性を有する塩基配列。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルギン酸を炭素源とするポリヒドロキシアルカン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生分解性プラスチックとは、微生物に接触しない条件では普通のプラスチックの場合と同様の性質・機能を有するが、自然環境またはコンポスト化装置においておくことで、微生物に資化され、最終的には二酸化炭素と水に分解される特性を有する、高分子材料である。生分解性プラスチックには、原料として化石資源を利用する生分解性石油由来プラスチックと、バイオマスを原料とする生分解性バイオプラスチックの2種類が存在する。二酸化炭素発生量の増加と地球温暖化が問題とされるなか、バイオプラスチックのようにバイオマスを原料とし、最終的には水と二酸化炭素に分解されて、環境に蓄積しない素材が求められている。
【0003】
日本バイオプラスチック協会は、バイオマスプラ識別表示基準に適合する製品の条件として、バイオプラスチック度が25質量%以上の製品であることを挙げている。バイオプラスチック度が高い製品のほうが、環境への負荷が少ないといえる。100%バイオマス原料由来のバイオプラスチックとしては、ポリ乳酸やポリヒドロキシアルカン酸(PHA)などがある。
【0004】
PHAは、微生物が合成する脂肪族ポリエステルであり、炭素源およびエネルギー化合物として生理的な役割を持っており、窒素やリン源などが不足した栄養枯渇条件下で炭素源が存在する時に、細胞内に蓄積される。最も研究が進んでいるPHAの1つであるポリヒドロキシブタン酸(P(3HB))は、1925年にLemoigne博士によって、バシラス・メガテリウム(Bacillus megaterium)から見いだされており、その後、水素細菌やラン藻類など300種類以上の細菌による合成が報告されている。このP(3HB)は、もろい性質(破壊伸び5%)であるため、ポリプロピレンと比べて商業的には劣る材料と考えられていた。しかし、1974年にWallenとRohwedderによって、3-ヒドロキシブタン酸ユニット(3HB)とは異なるヒドロキシアルカン酸(HA)ユニットが見だされて以降、様々なHAが報告され、現在は約150種類以上のモノマーユニットが報告されている。また、PHAの物性について3HB以外のモノマーユニットが組み込まれ、共重合体となることで物性が改善されることが様々な研究で示されている(非特許文献1~6)。
【0005】
これまでに、さまざまな有機物を炭素源としたPHAの微生物生合成について報告されている。例えば、特許文献1は、リグニン誘導体及び/又はそのポリヒドロキシアルカン酸生合成中間代謝物に資化性を有する、カプリアビダス(Cupriavidus)属、ラルストニア(Ralstonia)属又はアルカリゲネス(Alcaligenes)属に属する微生物を、リグニン誘導体及びそのポリヒドロキシアルカン酸生合成中間代謝物からなる群から選択される少なくとも1つの物質を炭素源として含有する培地にて培養し、該微生物菌体からポリヒドロキシアルカン酸を回収することを含む、微生物によるポリヒドロキシアルカン酸の生産方法を開示する。特許文献2は、(i)糖類の存在下に、微生物に、ポリヒドロキシアルカン酸重合酵素変異遺伝子及びクロストリジウム(Clostridium)属微生物由来のロイシン代謝遺伝子が導入された形質転換体を培養し、(ii)得られた培養物から、3-ヒドロキシブタン酸と3-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸とをモノマー単位として含むポリヒドロキシアルカン酸共重合体を採取することを特徴とする、ポリヒドロキシアルカン酸共重合体の製造法であって、糖類が単糖(グルコース)である方法を開示する。
【0006】
特許文献3は、少なくとも3-ヒドロキシ酪酸と3-ヒドロキシへキサン酸を含むモノマーユニットを重合して得られるポリヒドロキシアルカン酸の微生物による生産方法であって、構成脂肪酸としてラウリン酸を41重量%以上含有する油脂、及び/又は脂肪酸を炭素源とし、かつ培養開始時からのポリヒドロキシアルカン酸の平均時間生産性が1.5g/L/h以上になるよう、酸素移動速度を調整して微生物を培養することを特徴とするポリヒドロキシアルカン酸の微生物による生産方法を開示する。これらの他にも、炭素源を糖(グルコース、フルクトース、スクロース)、油脂又は脂肪酸とする微生物によるポリヒドロキシアルカン酸又はポリヒドロキシアルカン酸共重合体の製造方法(特許文献4~7)、炭素源が、炭素数4のカルボン酸及び/又は炭素数4のアルコールおよびそれらの誘導体を含むことを特徴とする、微生物によるポリヒドロキシアルカン酸の発酵生産方法(特許文献8)、1-ヘキセンを単一炭素源として含む培地中でポリエステルを生産する能力を有する微生物を培養することを特徴とする、微生物ポリエステルの製造方法(特許文献9)、及び酢酸またはその塩を単一炭素源として含む培地中で、酢酸またはその塩を資化することにより増殖し、かつポリヒドロキシアルカン酸を生産・蓄積する能力を有する微生物を培養することを特徴とするポリヒドロキシアルカン酸の製造方法(特許文献10)等がある。
【0007】
トウモロコシやサトウキビなどの可食原料から抽出される糖やアルコールなどを用いたPHA生産は、食糧と競合し、価格の上昇をもたらしている。そのため、未利用バイオマスを利用するための研究が、地球環境に低負荷な技術として期待されている。近年、未利用バイオマスのひとつとして海藻が世界的に注目されている。日本では海藻の生産・加工の段階で大量の海藻が破棄されており、ワカメ加工においては収穫量の約60%が廃棄されている(非特許文献7)。これら海藻廃棄物は産業廃棄物として処理しなくてはならず、漁師や企業にとっては大きな負担であり、海藻廃棄物の不法投棄も問題となっている。コンブやワカメといった褐藻類に属する海藻はアルギン酸を乾燥体重量当たり20-40%含むことが報告されている(非特許文献8)。また、海藻に含まれるアルギン酸の含量は一年を通してほぼ一定である(非特許文献9)。このことから、アルギン酸は海産資源として有望な原料である。しかしながら、海藻のアルギン酸以外の主要な構成成分であるセルロースとマンニトールを炭素源としたPHA生合成は報告があるが(非特許文献10~12)、アルギン酸を炭素源としたPHA生合成に関しては報告がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2015-077103号公報
【特許文献2】特開2015-33号公報
【特許文献3】特開2013-9627号公報
【特許文献4】WO2012/102371
【特許文献5】WO2009/147918
【特許文献6】特開2009-225662号公報
【特許文献7】特願2006-238032号公報
【特許文献8】特開2009-225775号公報
【特許文献9】特開2001-178487号公報
【特許文献10】特開2001-178484号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】松本謙一郎, 土肥義治, 生分解性ポリエステルのバイオ合成:現状と展望, 有機合成化学協会誌, Vol. 61, No. 5, pp. 489-495, 2003
【非特許文献2】K. Sudesh, T Iwata, Sustainability of Biobased and Biodegradable Plastics, Clean 2008, 36(5-6), 433-442
【非特許文献3】K. Sudesh, H. Abe, Y. Doi, Synthesis, structure and properties of polyhydroxyalkanoates: biological polyesters, Prog. Polym. Sci., 25(10), 1503-1555, (2000)
【非特許文献4】岩田忠久, 微生物産生ポリエステルの構造, 物質および生分解性, 日本結晶学会誌, 55, 188-196(2013)
【非特許文献5】Wallen LL, Rohwedder WK, Poly-β-hydroxyalkanoate from activated sludge, Environ Sci Technol 8: 576-579 (1974)
【非特許文献6】J. M. L. Dias, P. C. Lemos, L. S. Serafim, C. Oliveria, M. Eiroa, M. G. E. Albuquerque, A. M. Ramos, R. Oliveira, M. A M. Reis, Recent Advances in Polyhydroxyalkanoate Production by Mixed Aerobic Culture: From the Substrate to the Final Product, Macromol. Biosci., 6(11), 885-906 (2006)
【非特許文献7】藤井紳一郎, 伊永隆史, ワカメ加工業における物質フロー解析とゼロエミッション化技術, 環境科学会誌13(5), 586-592, (2000)
【非特許文献8】Hiroyuki Takeda, Fuminori Yoneyama, Shigeyuki Kawai, Wataru Hashimoto and Kousaku Murata, Bioethanol production from marine biomass alginate by metabolically engineered bacteria, Energy Environ. Sci., 4, 2575-2581, (2011)
【非特許文献9】T. Kimura, K. Ueda, R. Kuroda, T. Akao, N. Shinohara, T. Ushirokawa, A. Fukagawa and T. Akimoto, Nippon Suisan Gakkaishi, The seasonal variation in polysaccharide content of brown alga akamoku Sargassum horneri collected off Oshima Island (Fukuoka Prefecture) , Nippon Suisan Gakkaishi, 73(4), 739-744, (2007)
【非特許文献10】L.E. Alva Munoz, M.R. Riley, Utilization of cellulosic waste from tequila bagasse and production of polyhydroxyalkanoate (PHA) bioplastics by Saccharophagus degradans, Biotechnol. Bioeng., 100(5), 882-888, (2008)
【非特許文献11】F. Cerrone, R. Davis, S.T. Kenny, T. Woods, A. O'Donovan, V.K. Gupta, M. Tuohy, R.P. Babu, P. O'Kiely, K. O'Connor, Use of a mannitol rich ensiled grass press juice (EGPJ) as a sole carbon source for polyhydroxyalkanoates (PHAs) production through high cell density cultivation, Bioresour. Technol., 191, 45-52, (2015)
【非特許文献12】M. Yamada, A. Yukita, Y. Hanazumi, Y. Yamahata, H. Moriya, M. Miyazaki, T. Yamashita, H. Shimoi, Poly(3-hydroxybutyrate) Production using mannitol as a sole carbon source by Burkholderia sp. AIU M5M2 isolated from a marine environment, Fisheries Science, 84(2), 405-412, (2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のとおり、従来、糖やアルコールなどを炭素源とするPHA生合成が報告されているが、炭素源が食糧と競合するため、未利用バイオマスを原料とするバイオプラスチックの製造方法の開発が求められていた。
【0011】
アルギン酸は海藻に豊富に含まれており、海産資源として有望な原料である。しかしながら、アルギン酸を炭素源としたPHA生合成に関しては報告がなかった。したがって、本発明は、アルギン酸を炭素源とするPHAの製造方法を提供すること、及びアルギン酸を炭素源としてPHAを合成可能な微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、アルギン酸を炭素源としてPHAを合成可能な微生物、及びこの微生物を用いたPHAの製造方法を見出し、本発明を完成するに至った。
具体的に、本発明は、以下の[1]から[13]を提供する。
[1] ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の製造方法であって、アルギン酸及びアルギン酸分解物からなる群から選択されるいずれかを含む培地中で、アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物を培養し、培養物からPHAを抽出することを含む、製造方法。
[2] 海藻からアルギン酸を抽出すること、及び/又は海藻から抽出されたアルギン酸を酵素又は酸により分解することを前工程に含む、[1]に記載の製造方法。
[3] 上記微生物が、ガンマプロテオバクテリア綱(Gammaproteobacteria)に属する海洋細菌から選択される、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4] 上記微生物が、コベティア属(Cobetia)に属する細菌から選択されるいずれかである、[1]~[3]のいずれか一に記載の製造方法。
[5] 上記微生物が、下記1)又は2)から選択されるいずれかである、[1]~[4]のいずれか一に記載の製造方法。
1)受託番号NITE P-02758又はNITE P-02759として寄託された微生物。
2)以下の(a)又は(b)の塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有する、微生物。
(a) 配列番号1又は2に記載の塩基配列。
(b) 配列番号1又は2に記載の塩基配列に対して90%以上の塩基配列同一性を有する塩基配列。
[6] 上記微生物が、単離微生物、寄託微生物、遺伝子改変微生物である、[1]~[5]のいずれか一に記載の製造方法。
[7] 培地中のアルギン酸又はアルギン酸分解物の濃度が0.5質量%から20質量%の範囲である、[1]~[6]のいずれか一に記載の製造方法。
[8] 培地中の塩化ナトリウムの濃度が0.5質量%~20質量%の範囲である、[1]~[7]のいずれか一に記載の製造方法。
[9] 上記PHAが、3-ヒドロキシブタン酸モノマー単位を含む、[1]~[8]のいずれか一に記載の製造方法。
[10] 上記PHAが、ポリ(3-ヒドロキシブタン酸)である、[9]に記載の製造方法。
[11] [1]~[10]のいずれか一に記載の方法を実施してポリヒドロキシアルカン酸(PHA)を得る工程、及び
上記工程で得られたPHAを25質量%以上含むプラスチック製品を得る工程を含む、バイオプラスチック製品の製造方法。
[12] 受託番号NITE P-02758又はNITE P-02759として寄託された微生物。
[13] 下記(a)又は(b)の塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有する、コベティア属細菌。
(a) 配列番号1又は2に記載の塩基配列。
(b) 配列番号1又は2に記載の塩基配列に対して90%以上の塩基配列同一性を有する塩基配列。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、アルギン酸を炭素源としてバイオプラスチックを製造する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】
図2のAは、自然サンプルの海水培養の様子の一例を示す。
図2のBは、自然サンプルの寒天培地(ZoBell 2216E海水培地)における培養の様子の一例を示す。
【
図3-1】
図3-1は、一次スクリーニングで得られた171株のうち121サンプルに関して行った培養の結果の一部である。
【
図3-2】
図3-2は、一次スクリーニングで得られた171株のうち121サンプルに関して行った培養の結果の一部である。
【
図4A】
図4Aは、5-28-6-1株についてGC-MS法で得られた結果を示す。
【
図4B】
図4Bは、5-11-6-3株についてGC-MS法で得られた結果を示す。
【
図5A】
図5Aは、5-28-6-1株の
1H-NMR分析結果を示す。
【
図5B】
図5Bは、5-11-6-3株の
1H-NMR分析結果を示す。
【
図6】
図6は、16S rRNA遺伝子の塩基配列を示す。A:5-28-6-1株、B:5-11-6-3株。
【
図7-1】
図7-1は、16S rRNA遺伝子の塩基配列のアライメントを示す。
【
図7-2】
図7-1は、16S rRNA遺伝子の塩基配列のアライメントの続きを示す。
【
図8】
図8は、5-28-6-1株及び5-11-6-3株微生物のグラム染色像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に記載する本発明の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0016】
本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の製造方法であって、アルギン酸及びアルギン酸分解物からなる群から選択されるいずれかを含む培地中で、アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物を培養し、培養物からPHAを抽出することを含む、製造方法を提供する。
【0017】
本発明の製造方法は、アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物を用いて実施することができる。アルギン酸資化能は、アルギン酸を炭素源として増殖できる性質である。PHA合成能は、PHAを生合成できる性質である。アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物は、アルギン酸を炭素源としてPHAを合成する能力を有する微生物であるということができる。アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物は、アルギン酸の他に、アルギン酸分解物を資化し、PHA合成することができる微生物であってもよい。
【0018】
微生物がアルギン酸資化能を有するかどうかは、アルギン酸を単一の炭素源として含む培地で培養して、微生物が増殖するかどうかにより判断することができる。例えば、試験微生物を、唯一の炭素源として濃度1質量%のアルギン酸ナトリウムを含む培地において、試験微生物の増殖に適した条件(温度、pH、酸素、ナトリウム塩濃度等)下で培養して、試験微生物が増殖した場合には、試験微生物はアルギン酸資化能を有すると判断することができる。試験微生物の増殖は、濁度法、平板培養法、及び乾燥菌体重量法などにより測定することができる。
【0019】
微生物がPHA合成能を有するかどうかは、窒素やリンが制限された培地で培養して、PHAを合成するかどうかにより判断することができる。例えば、試験微生物を、単一炭素源として濃度1~2%のグルコースを含む、窒素源が制限された無機塩培地において、試験微生物の増殖に適した条件下で培養して、試験微生物が体内にPHAを蓄積した場合には、試験微生物はPHA合成能を有すると判断することができる。PHAの蓄積は、Nile RedやNile Blue A染色法で確認することができるほか、透過型顕微鏡による細胞内におけるPHA顆粒の観察、乾燥菌体から得られたクロロホルム抽出物のNMR分析、エタノリシス処理したクロロホルム抽出物のガスクロマトグラフィーやガスクロマトグラフィー質量分析などにより判断することができる。また、蓄積されたPHAがPHBである場合には、硫酸によるクロトン酸変換処理をしてから高速液体クロマトグラフィーで分析して、PHBの蓄積を判断することができる。
【0020】
上記アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物は、ガンマプロテオバクテリア綱(Gammaproteobacteria)に属する好塩性の海洋細菌であってもよい。ガンマプロテオバクテリア綱は、真性細菌のプロテオバクテリア門に属する。ガンマプロテオバクテリア綱に属する細菌は、グラム陰性細菌である。海洋細菌とは、海洋に生息する細菌であり、海水中でよく生育することができる。好塩性細菌とは、ナトリウム塩濃度0.5~20%程度でよく生育することができる細菌である。
【0021】
上記アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物は、コベティア属(Cobetia)に属する細菌であってもよい。コベティア属に属する細菌としては、コベティア・マリナ(Cobetia marina)、コベティア・パシフィカ(Cobetia pacifica)、コベティア・アムフィレクティ(Cobetia amphilecti)、及びコベティア・リトラリス(Cobetia litoralis)並びにコベティア属に属することが16S rDNA配列から推測される未記載種などを挙げることができる。本発明のアルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物は、コベティア属から選択することができ、コベティア・マリナ(Cobetia marina)及びその近縁種(未記載の種を含む)から選択することが好ましく、後記の実施例に記載する5-28-6-1株細菌や5-11-6-3株細菌が属する種から選択することがより好ましく、5-28-6-1株細菌や5-11-6-3株細菌を使用することが特に好ましい。なお、コベティア・マリナは、過去にアルスロバクター・マリヌス(Arthrobacter marinus)、シュードモナス・マリナ(Pseudomonas marina)、ダリア・マリナ(Dalya marina)、ハロモナス・マリナ(Halomonas marina)と分類されていた(Arahal DR, et al., (December 2002) Systematic and Applied Microbiology. 25 (2): 207-11)。
【0022】
本発明の一実施態様では、上記アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物は、下記1)又は2)から選択されるいずれかであることができる。
1)受託番号NITE P-02758又はNITE P-02759として寄託された微生物。
2)以下の(a)又は(b)の塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有する、微生物。
(a) 配列番号1又は2に記載の塩基配列。
(b) 配列番号1又は2に記載の塩基配列に対して90%以上の塩基配列同一性を有する塩基配列。
【0023】
上記微生物は、配列番号1又は2に記載の塩基配列に対して90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の塩基配列同一性を有する塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有し、且つアルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物であることができる。更には、上記微生物は、配列番号1又は2に記載の塩基配列に対して90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の塩基配列同一性を有する塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有し、且つアルギン酸資化能及びPHA合成能を有する、コベティア属に属する微生物であることができる。また、配列番号1又は2に記載の塩基配列において、1もしくは数個の塩基が置換、挿入、欠失および/または付加された塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有し、且つアルギン酸資化能及びPHA合成能を有する、コベティア属に属する微生物であることができる。
【0024】
塩基配列は、常法により解析することができる。例えば、微生物のDNAから16S rRNA遺伝子を増幅させる方法としては、プライマーを用いるPCR法等が挙げられるがこれに限定されない。PCR法により得られた増幅産物を、DNAシークエンサー等に供し、塩基配列を解析することができる。
【0025】
塩基配列同一性は、比較する2本の塩基配列を整列させ、最大のパーセント配列同一性を得るために必要ならばギャップを導入した後、2本の塩基配列間で同一である塩基のパーセントとして定義される。塩基配列同一性は、例えばBLAST、BLAST-2、ALIGN、ClustalXまたはMegalign(DNASTAR)ソフトウェアのような公に入手可能なコンピュータソフトウェアを使用することにより決定することができる。
【0026】
本明細書で言う「1もしくは数個の塩基が置換、挿入、欠失および/または付加された塩基配列」における「1もしく数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個程度を意味する。
【0027】
上記微生物は、単離微生物、寄託微生物、遺伝子改変微生物であることができる。
単離微生物は、自然サンプルから分離された微生物である。自然サンプルの例として、海水、海中生物、海藻、汽水域の水、汽水域の生物、岩、土及び砂を挙げることができる。自然サンプルを、任意の培地、例えばZoBell 2216E海水培地、MS培地、ダイゴIMK培地などで、10℃~42℃で、24~72時間、pH5~10の条件で培養し、コロニーを分離することができる。ZoBell 2216E海水培地やMS培地などを用いる培養の前に、ろ過海水中で予備培養することができる。単離したコロニーを、アルギン酸含有培地で培養し、アルギン酸含有培地で増殖性を示し、PHA合成していると判断されたコロニーを選択することができる。Nile Redは疎水性色素であり、生体内の中性脂質やPHAなどの疎水性物質と反応し赤く呈色するので、PHA合成能を有する微生物のスクリーニングに使用することができる。
【0028】
さらに、PHA合成について、PHAを微生物乾燥菌体からクロロホルムなどの有機溶媒で抽出し、メタノールやヘキサン等の有機溶媒を加えてPHAを析出させ、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、NMR、IRなどの分析手法を用いて、スクリーニングすることができる。さらに、場合により、単離されたコロニーの菌株について、16S rDNA配列又は菌学的性質をもとに、同定をすることができる。
【0029】
寄託微生物は、微生物の寄託物について、単離微生物について記載したものと同様の手法を用いて、アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物を選抜することによって得ることができる。例えば、ガンマプロテオバクテリア綱に属する海洋細菌の寄託物について、アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物を選抜することができる。更には、コベティア属に属する微生物の寄託物について、アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物を選抜することができる。
遺伝子改変微生物は、例えばアルギン酸分解酵素遺伝子、PHA合成酵素遺伝子及び/又はそれらに関連する遺伝子が改変された微生物であることができる。
【0030】
本発明により製造方法が提供されるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は、ある種の微生物が体内に蓄積することが知られているポリエステルであり、以下の化学式:
【化1】
[式中、Rは同一でも異なっていてもよく、炭素数1~14の直鎖又は分岐鎖アルキル基であり、nは繰り返し数であり、2以上の整数であり、好ましくは100以上の整数であり、好ましくは100000以下の整数である]で表すことができる。
PHAの具体例には、以下の化学式:
【化2】
を有するポリヒドロキシブタン酸(P(3HB)又はPHB)のほか、ポリヒドロキシ吉草酸、ポリヒドロキシカプロン酸などを挙げることができる。また、代表的な共重合体としては3-ヒドロキシ吉草酸ユニットを導入したポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-3-ヒドロキシ吉草酸)[P(3HB-co-3HV)]、3-ヒドロキシカプロン酸ユニットを導入したポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-3-ヒドロキシカプロン酸)[P(3HB-co-3HHx)]、3-ヒドロキプロピオン酸ユニットを導入したポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-3-ヒドロキプロピオン酸)[P(3HB-co-3HP)]、4-ヒドロキシブタン酸ユニットを導入したポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-4-ヒドロキシブタン酸)[P(3HB-co-4HB)]、乳酸ユニットを導入したポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-乳酸)[P(3HB-co-LA)]、グリコール酸ユニットを導入したポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-グリコール酸)[P(3HB-co-GL)]などを挙げることができる。
【0031】
PHAのうちP(3HB)の生合成経路は、ラルストニア・ユートロファ(Ralstonia eutropha)においてよく研究されており、2分子のアセチルCoAがβ-ケトチオラーゼ(PhaA)によってアセトアセチルCoAに縮合され、NADPH-依存性アセトアセチルCoAレダクターゼ(PhaB)によって(R)-3-ヒドロキシブチリルCoAに還元されたのち、PHAシンターゼ(PhaC)によって重合されることが報告されている(
図1)(山田美和ら, オレオサイエンス, 5 (11), 523-532 (2005); K. Sudesh et al., Prog. Polym. Sci. 25 (2000) 1503-1555)。また炭素数が6-14の中鎖長の3HA生合成はシュードモナス(Pseudomonas)属細菌やエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)において研究されており、脂肪酸のβ酸化と生合成経路が関わっていることが報告されている(
図1)(松崎弘美ら,日本油化学会誌, 48(12), 1353-1363, 1999; T. Fukui et al., J. Bacteriol, 180(3), 667-673, 1998; T. Fukui et al., J. Bacteriol, 179(15), 4821-4830, 1997)。
【0032】
本発明により製造方法が提供されるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は、20万~200万の分子量を有することができる。
本発明により製造方法が提供されるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は、3-ヒドロキシブタン酸モノマー単位を含むものであることができる。3-ヒドロキシブタン酸モノマー単位を含むものとしては、例えば、ポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-3-ヒドロキプロピオン酸)[P(3HB-co-3HP)]、ポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-3-ヒドロキシ吉草酸)[P(3HB-co-3HV)]、ポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-3-ヒドロキシカプロン酸)[P(3HB-co-3HHx)]、ポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-4-ヒドロキシブタン酸)[P(3HB-co-4HB)]、ポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-乳酸)[P(3HB-co-LA)]、ポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-グリコール酸)[P(3HB-co-GL)]などを挙げることができる。
本発明により製造方法が提供されるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は、ポリ(3-ヒドロキシブタン酸)であることができる。
【0033】
PHA生合成用培養培地及び条件
本発明の製造方法では、アルギン酸及びアルギン酸分解物からなる群から選択されるいずれかを含む培地中で、上記微生物を培養することにより、上記微生物は、炭素源としてアルギン酸及びアルギン酸分解物からなる群から選択されるいずれかを利用して、PHAを合成することができる。アルギン酸は、褐藻などに含まれる多糖類であり、2種類のウロン酸(β-D-マンヌロン酸(M)とそのC-5エピマーであるα-L-グルロン酸(G))が直鎖状に重合したポリマーである。本発明で使用されるアルギン酸は特に限定されず、如何なる重合度、MおよびGの量比(M/G比)であってよい。また、本発明のアルギン酸は、アルギン酸塩、アルギン酸エステル等を含む。アルギン酸塩としては、例えば、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウム、アルギン酸アンモニウム、アルギン酸カルシウム等である。アルギン酸分解物は、酵素による部分分解物、加水部分分解物、例えばウロン酸などを挙げることができる。
【0034】
PHA生合成用培養培地中のアルギン酸又はアルギン酸分解物の濃度は、アルギン酸又はアルギン酸分解物の種類や微生物の種類などにより適宜設定することができるが、0.5質量%から20質量%の範囲が好ましく、1質量%から10質量%の範囲がより好ましく、1質量%から5質量%の範囲が特に好ましい。例えば、アルギン酸ナトリウムの場合には、0.5質量%から20質量%の範囲が好ましく、1質量%から10質量%の範囲がより好ましく、1質量%から5質量%の範囲がさらにより好ましく、2質量%から4質量%の範囲が特に好ましい。
【0035】
PHA生合成用の微生物培養培地には、窒素制限無機塩培地を使用することができる。培地は、上記の炭素源のほかに、無機窒素源(例えば、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、尿素)を含むことができる。培地は、そのほかに、ミネラルや微量元素、例えばリン(P)、イオウ(S)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、鉄(Fe)、ナトリウム (Na)、コバルト(Co)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)等の塩を含むことができる。ミネラルや微量元素を含む物質の具体例として、例えば、塩化カルシウム、硫酸マグネシウム、硝酸カリウム、塩化ナトリウム、塩化鉄(III)、塩化カルシウム、塩化コバルト、硫酸銅(II)、塩化ニッケル(II)、塩化クロム(III)を挙げることができる。
【0036】
本発明の製造方法においてPHA生合成のための培養は、温度:約20℃~40℃の範囲、pH:約5~10の範囲で行うことができる。培養温度及びpHは、培養する微生物に合わせて、適宜調整することができる。例えば、上記微生物のうち、1)受託番号NITE P-02758として寄託された微生物(実施例の5-11-6-3株)、および2)受託番号NITE P-02759として寄託された微生物(実施例の5-28-6-1株)は酸性条件下で、スクリーニングにより単離された微生物である。このため、受託番号NITE P-02758またはNITE P-02759として寄託された微生物を使用するPHA合成のための培養は、酸性の培地で実施することができる。
【0037】
アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する微生物として、海洋細菌を利用する場合、塩化ナトリウムの培地中濃度は、海洋細菌の種類などにより適宜設定することができるが、0.5質量%~20質量%の範囲に調製することが好ましく、1質量%~10質量%の範囲に調整することがより好ましく、1質量%~8質量%の範囲に調整することが特に好ましい。
【0038】
本発明の製造方法においてPHA合成のための培養は、好気的条件で行い、通気撹拌型培養槽や気泡塔型培養槽などを使用することができる。培養槽のサイズは、例えば、150ミリリットル以上とすることができる。また、工業的規模で培養を実施する場合には、培養槽のサイズは、例えば100リットル以上とすることができる。連続的に又は間欠的に炭素源や他の栄養源を供給しながら培養を行うことができる。培地中の炭素源濃度は、約0.5質量%~約5.0質量%の範囲に設定することができる。撹拌速度は、例えば100~120rpmとすることができる。培養日数は、1日~7日の範囲に設定することができるが、これに限定されない。温度、pH、炭素源濃度、通気量、撹拌速度、培養時間などの条件を制御しながら、培養を行うことができる。
【0039】
PHA回収
微生物菌体内に蓄積されたPHAは、公知の方法によって回収することができる(例えば、特許文献3)。例えば、培養物から遠心分離機等の分離手段を用いて菌体を分離し、その菌体を蒸留水、メタノール等により洗浄し、乾燥させる。この乾燥菌体から、クロロホルム等の有機溶剤を用いてPHAを抽出する。このPHAを含んだ有機溶剤溶液から、濾過等によって菌体成分を除去し、そのろ液にメタノール、ヘキサン等の貧溶媒を加えてPHAを沈殿させる。さらに、濾過や遠心分離によって上澄み液を除去し、乾燥させてPHAを回収することができる。
【0040】
本発明の製造方法は、海藻類からアルギン酸を抽出すること、及び/又は海藻類から抽出されたアルギン酸を酵素又は酸により分解することを前工程に含むことができる。海藻からのアルギン酸の抽出は、公知の方法により行うことができる(例えば、特開2017-21034)。例えば、海藻類からアルギン酸を、以下の方法で抽出することができる。海藻の中でアルギン酸(AL-)は、カルシウムイオンなどにより無機イオン塩となって閉じ込められているので、海藻に炭酸ナトリウムを加え加熱して、ナトリウムイオン(Na+)とカルシウムイオン(Ca2+)をイオン交換させて、水溶性のアルギン酸ナトリウムとしてアルギン酸を抽出する(アルギン酸抽出)。次に、アルギン酸抽出液から炭酸カルシウムを除去する。炭酸カルシウム除去されたアルギン酸抽出液は、酸性にしてアルギン酸を沈殿させるか、又はカルシウムイオンを加えてアルギン酸カルシウムを沈殿させてろ過し、アルギン酸又はアルギン酸カルシウムとして得ることができる。
【0041】
アルギン酸を抽出する海藻類は、褐藻、紅藻、緑藻等から選択される大型藻類であり、特に褐藻が好ましい。褐藻は、アルギン酸を豊富に含むためである。褐藻の例としては、いわゆるコンブ、ワカメやオオウキモなどコンブ目(Laminariales)、ヒバマタ目(Fucales)に属する大型藻類を挙げることができるが、これらに限定されず、世界各地の海に生育する褐藻を利用することができる。
【0042】
上記のように抽出されたアルギン酸は、酵素又は酸により分解されてから、炭素源として培地に添加されてもよい。酵素による分解は、アルギン酸リアーゼ(EC.4.2.2.3)等を使用することができる。酸による加水分解反応は、塩酸やリン酸のような無機酸、硫酸のようなスルホン酸、酢酸、ギ酸のようなカルボン酸といった酸を使用することができる。
【0043】
本発明は、上記の製造方法を実施してポリヒドロキシアルカン酸(PHA)を得る工程、及び前の工程で得られたPHAを25質量%以上含むプラスチック製品を得る工程を含む、バイオプラスチック製品の製造方法を提供する。
日本バイオプラスチック協会は、バイオマスプラ識別表示基準に適合する製品の条件として、バイオプラスチック度が25重量%以上の製品であることを挙げている。バイオプラスチック度は、バイオマスプラスチック製品中のバイオマスプラスチックの成分質量の全質量に対する割合である。
【0044】
本発明の製造方法により製造されたPHAは、各種プラスチック製品の原料として用いることができる。PHAを含むプラスチック製品の例としては、冷凍品用包装、緩衝材などとして利用できるフィルムやシート、ボールペンなどの文房具、ストロー、フォーク、スプーンや皿などの使い捨て食器、土木・建築用資材、農業水産用資材としての多目的フィルム、苗ポット、釣り糸、漁網などを挙げることができる。
【0045】
微生物
コベティア属
本発明者らは、岩手県大船渡市、大船渡湾の碁石海岸に打ち揚げられた海藻から単離された複数の微生物の株についてアルギン酸資化能及びPHA合成能を見出している。特に、実施例に記載した微生物5-28-6-1株と5-11-6-3株は、桿菌、グラム陰性であり(
図8)、NaCl濃度が5%程度の培地で生育する。微生物5-28-6-1株と5-11-6-3株は、それぞれ配列番号1又は2に記載の塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有する。16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく、相同性検索プログラムBLAST(Altschul S. F. et al., 1990 Basic local alignment search tool. J. Mol. Biol. Vol. 215, pp. 403-410)を用いたシークエンスデータベースの解析により、コベティア属に属する可能性が示唆されている。
【0046】
コベティア属細菌は、好気性、若干の好塩性(0.5-20%)を有し、温度4~42℃、pH4~11で生育すると報告されている(Romanenko LA et al., International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology, 63, 288-297, (2013)。また、グルコースを炭素源として細胞内にP(3HB)を蓄積することが報告されているが(Romanenko LA et al. 2013; Arahal DR et al., Appl. Microbiol. 25, 207-211, 2002)、アルギン酸を炭素源とするPHA蓄積の報告は、本出願以前には無かった。また、コベティア属細菌は、コロニーは丸く、光沢があり、滑らかで、クリーム色であると報告されている(Romanenko LA et al. 2013)。単菌分離時に観察した5-28-6-1株及び5-11-6-3株のコロニーも丸く、光沢があり、滑らかで、クリーム色であり、上記コベティア属細菌で報告されているコロニーの形態と一致した。また、5-28-6-1株及び5-11-6-3株の生育可能な条件も、上記コベティア属細菌で報告されている条件と一致した。従って、5-28-6-1株及び5-11-6-3株はコベティア属細菌である可能性が示唆された。
【0047】
5-11-6-3株についてコベティア・マリナ(Cobetia marina)の基準株であるDSM4741株(Arahal DR et al, 2002、上掲)と表現性状を比較した結果、生育可能なNaCl濃度について、コベティア・マリナはNaCl濃度0%の培地で生育できるのに対して、5-11-6-3株細菌はNaCl濃度0%の培地では生育できないこと、L-アラビノースやD-マンノースの資化性が異なること(実施例6の表22)から、5-11-6-3株はコベティア属細菌であり、コベティア・マリナとは近縁であるものの、異なる種である可能性がある。
【0048】
本発明は、アルギン酸資化能及びPHA合成能を有する、コベティア属細菌を提供する。
本発明は、下記(a)又は(b)の塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有する、コベティア属細菌を提供する。
(a) 配列番号1又は2に記載の塩基配列、
(b) 配列番号1又は2に記載の塩基配列に対して90%以上の塩基配列同一性を有する塩基配列。
【0049】
本発明は、下記(a)又は(b)の塩基配列を含む16S rRNA遺伝子を有し、且つアルギン酸資化能及びPHA合成能を有する、コベティア属細菌を提供する。
(a) 配列番号1又は2に記載の塩基配列、
(b) 配列番号1又は2に記載の塩基配列に対して90%以上の塩基配列同一性を有する塩基配列。
【0050】
塩基配列及び塩基配列同一性については、上述の方法により、解析することができる。また、細菌がアルギン酸資化能及び/又はPHA合成能を有するかどうかについては、上述の方法により、判断することができる。
本発明のコベティア属細菌は、アルギン酸資化能及びPHA合成能を有するため、海藻類を原料とするパイオプラスチックの製造方法に利用することができる。
【0051】
微生物寄託
5-28-6-1菌株は、国立大学法人岩手大学(住所:岩手県盛岡市上田三丁目18番8号)により、以下のとおり、寄託機関へ寄託されている。5-28-6-1菌株の16S rRNA遺伝子は、列番号1に記載の塩基配列をする。
(i)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NITE-NPMD)
(住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122室)
(ii) 受託日(寄託日):2018年8月8日
(iii) 受託番号NITE P-02759(Cobetia sp. IU180733JP01 (5-28-6-1)株)
【0052】
5-11-6-3菌株は、国立大学法人岩手大学(住所:岩手県盛岡市上田三丁目18番8号)により、以下のとおり、寄託機関へ寄託されている。5-11-6-3菌株の16S rRNA遺伝子は、配列番号2に記載の塩基配列をする。
(i)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NITE-NPMD)
(住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122室)
(ii) 受託日(寄託日):2018年8月8日
(iii) 受託番号NITE P-02758(Cobetia sp. IU180733JP01 (5-11-6-3)株)
【0053】
以下の例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。なお、本明細書において、特に記載しない限り、「%」は質量基準であり、数値範囲はその端点を含むものとして記載される。
【0054】
試薬及び装置
実施例に使用した試薬及び装置は以下のとおりである。
【表1】
【0055】
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
【実施例0060】
実施例1
自然サンプルからの細菌の単離
自然サンプルは2017年6月20日岩手県大船渡市碁石海岸近郊から合計31種類採取し、採取後、4℃で保存し実験に使用した。自然サンプルは、海水、海藻類、貝殻、ウミウシであった。
【0061】
採取した自然サンプルは、2~3日間培養した(スケール:5mL試験管、温度:30℃、撹拌数:111rpm、培地:ZoBell 2216E 海水培地、pH:5、7又は9)。培地として岩手県大船渡市の海水を用いることで、サンプルを採取した環境に近い条件で、最初の培養を行った。pH調整にはHClとNaOHを用いた。培地用の海水は、FILTER PAPER(No2.110mm)でろ過し、使用した。調製した培地を試験管一本当たり5mL分注し、加圧滅菌(121℃、15min)を行った。
【0062】
海藻サンプルは約1cm×1cm程度の大きさにして、直接、培地に加えた。固体のサンプル(貝殻、ウミウシ)は0.1Mリン酸カリウム緩衝液 (KPB, pH7.0) 5mLで懸濁し、懸濁液200μLを培地に加えた。なお、貝殻は破砕し中身をすり鉢ですり潰しKPBで懸濁し、ウミウシはすり鉢ですり潰し出てきた液をKPBで懸濁した。液体のサンプル(海水)は200μLを直接、培地に加えた。
【0063】
培養1日目でpHに関係なく全てのサンプルにおいて、植菌直後は透明だった培地が、白または黄色く濁っている様子が確認された。2日目から3日目の培養液を用いて単菌分離を行った。
図2Aに、一部サンプルの培養の様子を示す。
【0064】
自然サンプルを加えて培養した培地から、単コロニーを取得するために単菌分離を、表7の培地を用い、培養温度30℃、培養時間3日間の条件で行った。自然サンプルを加えて培養した培地を希釈して、表7に記載の培地に播種した。自然サンプルの希釈は培養液を10μL分取し滅菌RO水990μLと混合することによって行った。この操作を繰り返し、104,106,108倍に希釈し、それぞれ200μL播種した。毎日観察を行い、十分生育したプレートに関しては次の実験まで4℃で保存した。
【0065】
【0066】
結果
1つの寒天プレート上で、色、形態及び大きさが異なるコロニーが複数確認された(
図2B)。これらを目視で選抜し、合計311株を取得した(表8)。コロニー数については、pHごとの傾向は特筆するようなものは見受けられなかった。
【0067】
【0068】
実施例2
Nile RedによるPHA合成候補株の選抜(一次スクリーニング)
本実施例では、一次スクリーニングとして、実施例1の単菌分離によって得られた株をNile Redを含む培地で培養することで、PHA合成候補株の選抜を行った。Nile Redは疎水性色素で、細胞内の中性脂質と反応し赤く呈色することから、目視で候補株の取得が可能である。Nile Redを含む培地と含まない培地2種類を用意し、両方のプレートに植菌することで色の変化を肉眼で観察した。赤く呈色したコロニーに関しては次の実験まで4℃で保存した。
【0069】
Nile Redを含む培地の組成及び培養条件を、表9及び10に記載する。培地は加圧滅菌(121℃、15min)を行い、Trace Elementはフィルター殺菌(Minisart(登録商標)-RC25、sartorius、RC、pore size 0.45μm)を行い、アルギン酸ナトリウムは培地と別に加圧滅菌(121℃、15min)を行った。Nile Redはジメチルスルホキシドに溶解させ滅菌せずに使用した。培地中のアルギン酸ナトリウムの終濃度は1%とした。ZoBell 2216E 海水プレートから色及び形態の異なるコロニーを選抜し、爪楊枝で採り、2プレートに植菌した。プレートは30℃で5日間培養し、Nile Red含有プレートは遮光して培養した。
【0070】
【0071】
【0072】
結果
プレートの観察は毎日肉眼で行い、赤く呈色した株を取得し、合計171株を得た(表11)。培養終了後は4℃で保存した。
【表11】
【0073】
実施例3
ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)法による選抜(二次スクリーニング)
本実施例では、二次スクリーニングとして、GC-MS法による選抜を行った。Nile RedはPHA以外の物質とも反応し赤く呈色することから、一次スクリーニングで選抜した菌株を培養後、PHAポリマーを抽出し、抽出物をエタノリシス化したものについて、GC-MS法PHAのモノマーの検出を行い、更なる選抜を行った。
【化3】
【0074】
(培養)一次スクリーニングで得たPHA合成候補株の培養を試験管(10mL)で行った。培地は、表12に記載の培地を加圧滅菌(121℃、15min)し、Trace Element(表11)とアルギン酸ナトリウムは上記と同様の方法で別に殺菌後に培地に添加して調整した。一次スクリーニングで得たPHA合成候補株のコロニーを爪楊枝で分取し、爪楊枝ごと培地にいれ、振盪培養を行った。炭素源としてアルギン酸ナトリウムを使用し、終濃度は1%とした。培養は、温度30℃、撹拌数111rpmで、72時間行い、生育が遅いサンプルはさらに培養時間を延長した。
【0075】
【0076】
一次スクリーニングで得られた171株のうち121サンプルに関して培養を行うことが出来た。培養結果の一部を、
図3に記載する。これらについて、PHAを抽出し、GC-MS法に供した。
【0077】
(PHA抽出)培養終了後、培養液のpHとOD660を測定し、RO水による2回の懸濁と3回の遠心によって菌体を回収した。遠心は8,490×g、又は7.670×gによって行った。回収した菌体は-30℃で予備凍結を行った。その後、菌体の入ったチューブをパラフィルムによって蓋をし、そこへ穴を開け、凍結乾燥機によって最低24時間凍結乾燥を行った。凍結乾燥終了後、乾燥菌体重量を測定し細かく砕いた後、菌体をねじ口試験管に移し、クロロホルムを菌体200~300mg当たり5mL添加した。ボルテックス後70℃で二日間加熱した。この際、適宜ボルテックスした。加熱後は、フィルターに通すことで菌体を除き、ろ液をドラフト内で加熱し乾固させた。抽出物重量はろ過前後のねじ口試験管の重量を測定することで求めた。乾固したサンプルは常温で保存した。
【0078】
(GC-MS法試料の調製)抽出物にクロロホルム1mLを添加後、加熱によって溶解させた。そこに99.5%エタノールを3.4mLとHCl(原液)400μLを加え、1分間ボルテックスにより撹拌し、100℃で4時間ヒートブロックを使用して加熱した(エタノリシス処理)(Y. Arai, et al., Plant Cell Physiol. 43(5), 555-562, (2002))。なお、加熱時は30分毎に1分間ボルテックスした。氷中で一旦冷却し、0.65M NaOH+0.9M NaCl混合液を4mLと0.25M Na2HPO4を2mL添加後、1分間ボルテックスし、pH試験紙でクロロホルム層が中性であることを確認した。次いでこの溶液を800×gで5分間遠心し、クロロホルム層を下層に集めた。パスツールピペットにガラスウールとNa2SO4を詰めて作製したカラムにクロロホルム層を通し、予め180℃で2時間乾熱したMolecular sievesを入れたねじ口試験管にクロロホルム層を移すことで脱水した。これをサンプルとし、分析まで-30℃で保存した。
【0079】
合成されたPHA量を測定するため、最もメジャーなPHAの1つであるP(3HB)をエタノリシス処理し、3HBエチルの標準物質として検量線を作成した。検量線の作成には、P(3HB)をクロロホルムで希釈して、濃度が10、50、100、500、1000μg/mLのものを用意し、それぞれエタノリシス処理した試料を用いた。
【0080】
(GC-MS法条件)
HP-5カラム(長さ30 m、膜厚0,25μm、内径0.25 mm)を使用した。分析条件は表13及び14に記載のとおりである。
【表13】
【0081】
【0082】
3HBエチル標準物質のマススペクトルのピークは、保持時間4.7付近で確認された。121サンプルを分析した結果、P(3HB)に由来すると考えられる3HBエチルのマススペクトルを示すピークが複数のサンプルで検出された。保持時間4.76~5.00のピークを示した14サンプルをPHA合成候補株として選抜した(表15)。保持時間4.76~5.00のピークを示した14サンプルのうち、5-28-6-1株及び5-11-6-3株の分析結果を
図4A及びBに示す。
【0083】
P(3HB)量は3HBエチルを標準物質として用いた検量線から求め、P(3HB)蓄積率は、P(3HB)量を乾燥菌体重量で割ることで求めた(表15)。
【表15】
【0084】
実施例1及び2では自然界からサンプリングした海藻等31サンプルを海水培地で培養し単菌分離を行うことで、合計311株を取得した。その後Nile Redを含む培地によって選抜を行い、PHA合成候補株171株を取得した。これらの株に関してPHA合成培地で培養を行い、ポリマー抽出後、エタノリシス処理したサンプルをGC-MS分析によって検出することで、候補株のさらなる絞り込みを行った。その結果、14株で、最もメジャーなPHAのひとつであるP(3HB)のエタノリシス産物である3HBエチルが検出された。
【0085】
GC-MSによる測定ではサンプルをモノマー化してから測定を行っているため、ポリマーが合成できたかどうか判断が出来ない。実際にポリマーの合成を確認するには1H-NMR分析を行う必要があるが、1H-NMR分析ではある程度の分析サンプルが必要となる。そこで次の実施例4では、複数の試験管と坂口フラスコスケールでの培養によってポリマー合成を行い、1H-NMR分析によってPHA合成の確認を行うこととした。
【0086】
実施例4
1H-Nuclear Magnetic Resonance (1H-NMR) 分析
1.坂口フラスコスケールでの培養
実施例2のGC-MS法によってPHA合成が示唆された14株について坂口フラスコによるスケールアップ培養を行った。種培養は試験管10 mLスケールで実施例2に記載のとおり行い、種培養液3 mLを継代することで本培養を行った。坂口フラスコスケールにおける培養は、温度30℃、撹拌数111rpmで、24~72時間行い、生育が遅いサンプルはさらに培養時間を延長した。この際、9-15-0-1株は生育が遅かったため培養時間を延長した。
【0087】
【0088】
上記表のとおり、時間経過による乾燥菌体重量と抽出物重量の関係について明らかにしたが、ほとんどのサンプルで、1~2日間の培養物において、乾燥菌体重量と抽出物重量がピークに達しており、3日間培養物では減少傾向にあった。原因として、ほとんどの菌株は生育が早いため、培養1~2日目辺りで栄養が枯渇した可能性が考えられる。生育が早くPHA合成までにかかる時間が短いことは産業利用を考える上でメリットとなると考えられる。
【0089】
2.ポリマーの精製・サンプル調製
上記培養物から、実施例3に記載のPHA抽出法により、クロロホルム抽出物を得た。これを少量のクロロホルムで溶解させ、そこに過剰量(10倍以上)のヘキサンを加えることで、ポリマーを析出させ、ポリマーの精製を行った。
精製したポリマーにクロロホルム-D,(D,99.8%) +1 v/v%TMS 2mLを添加し、加熱することで溶解させた。
【0090】
3.
1H-NMR分析
分析の結果、14株中13株においてPHAのひとつであるP(3HB)ホモポリマーに特異的なピーク(1.26-1.28, 2.44-2.64, 5.24-5.28 ppm)が観察され、モノマーである3HBのピークは検出されなかった。
図5A及びBに分析結果の一部(5-28-6-1株、及び5-11-6-3株)を示す。なお、3HBのピークは、1.20-1.21, 2.30-2.43, 4.13-4.19 ppm に観察されるため、P(3HB)ホモポリマーは、3HBから区別することができる。また1.5 ppm付近に検出されたピークは残存した水であり、7.26 ppm付近のピークは重クロロホルムであると考えられる。なお、P(3HB)ホモポリマーに特異的なピークが検出されなかったのは、9-10-8-2株である。
【0091】
試験管スケールで培養後1H-NMR分析を行った結果、13株に関してP(3HB)ホモポリマーであることが確認された。このことから、菌株はアルギン酸をアセチルCoAにまで変換し、従来報告のある3段階の酵素反応によってP(3HB)を合成している可能性が考えられる(Sudesh K. et al, Prog. Polym. Sci. 25 (2000) 1503-1555; Hiroyuki Takeda et al., Energy Environ. Sci.,2011, 4, 2575)。
【0092】
実施例5
種同定:16S rRNA塩基配列の決定
菌体から核酸を抽出し、エタノール沈殿後、核酸の濃度測定とアガロース電気泳動を行った。すべてのサンプルでDNA抽出が確認できたことから次の操作に供した。DNA抽出物について16S rDNAまたは18S rDNAのPCR増幅を行った。本菌株は細菌か真菌か判明していないため16S rRNA用プライマーと18S rRNA用プライマーの両方を使用した。
【表17】
【0093】
PCRは、TaKaRa Ex Taq を用いて、反応液組成(TaKaRa Ex Taq (5U/μL) 0.25μL; 10×Ex Taq Buffer 5μL; dNTP Mixture (each 2.5 mM) 4μL; Primer (10μM) 各3μL; Template (<500 ng) 3-5μL; 滅菌MQ水 up to 50μL)を使用して、98℃10秒→55℃30秒→72℃90秒を30サイクルの反応条件で行った。
結果、5-10-6-1サンプル以外は16S rRNAに相当する約1.5 kbpのバンドが確認された。
【0094】
以降の実験は安定してP(3HB)蓄積率が高い5-28-6-1株と5-11-6-3株を使用して行った。
PCRによって増幅した5-28-6-1株と5-11-6-3株の16S rRNAをpTA2ベクターに組込み大腸菌JM109に形質転換した。組換え体の選抜は無作為に行い、16時間培養後、菌体を回収し、プラスミドを抽出した。
【0095】
得られたプラスミドDNAをシークエンス解析に供し、5-28-6-1株と5-11-6-3株の両方で、上記16S rRNA遺伝子増幅用プライマーに挟まれた領域の全長である1496bpの塩基配列を決定した。BLASTプログラムを用いて相同性検索を行った。その結果、5-28-6-1株と5-11-6-3株はCobetia marinaの16S rRNAと99%の相同性を示した。5-28-6-1株と5-11-6-3株微生物は、16S rRNAの塩基配列からコベティア属細菌である可能性が強く示唆された(表18)。
5-28-6-1株と5-11-6-3株との間には、4塩基の違いがあった(
図7)。
【0096】
【0097】
実施例6
種同定:5-11-6-3株細菌の表現性状
16S rRNAの塩基配列解析からコベティア属に属する可能性が示唆された5-11-6-3 株細菌の性状を分析した。
運動性試験は、Rudolph Hugh et al.,(The taxonomic significance of fermentative versus oxidative metabolism of carbohydrates by various gram negative bacteria, J Bacteriol. 1953 Jul;66(1):24-26.)の培地組成を改変したNaCl濃度2%の寒天培地を分注した試験管に植菌し、運動性を顕微鏡で観察することにより行った。炭素源をアルギン酸ナトリウムとマンニトールで運動性試験を行った結果、両方とも培地全体に菌が広がって増殖する様子が確認できず、穿刺線に沿った増殖が観察された。寒天上では5-11-6-3株は運動性を有しないと考えられる。
【0098】
生育可能な温度範囲の検討のために、SW-5培地(表19に組成を示す)を用いて培養実験を行った。30% Marine salts(表20に組成を示す)はフィルター滅菌(Minisart(登録商標)-RC25、sartorius、RC、pore size 0.45μm)後、終濃度5%となるよう培地に添加した。5-11-6-3株細菌の培養物を一定量、SW-5培地に加え、温度条件4, 15, 25, 37, 42, 又は45℃で培養した。4~42℃の範囲で菌の生育が確認された。45℃では1週間培養を行ったが、5-11-6-3株細菌の生育は確認できなかった。
【0099】
【0100】
生育可能なNaCl濃度範囲の検討のために、0~25% Marine saltsを添加したSW培地で培養実験を行った。細菌株の培養物を一定量、SW-5培地に加え、NaCl濃度0, 0.5, 3, 5, 10, 15, 20, 又は25%で、温度37℃、1週間培養後、生育状況を確認した。5-11-6-3 株細菌は、0.5~20%のMarine saltsで生育が確認された。しかし、0%では生育は確認できなかった。
【0101】
オキシダーゼ試験にはチトクローム・オキシダーゼ試験用ろ紙(日水製薬)を使用した。5-11-6-3株細菌を新たなPHA合成培地で4日間培養した。試験紙をシャーレに入れ、MQ水数滴を滴下し、ろ紙全体を湿らせ、ただちにその上に固形培地上の培養菌を白金耳で塗布した。1分以内に塗布部分が深青色を呈した場合陽性菌と判定した。1分経過しても試験紙の色が変化することは無かった。そのため、本菌株はオキシダーゼ陰性と考えられる。
【0102】
栄養試験は、表21に組成を示す培地で行った。炭素源はL-アラビノース、D-グルコース、グリセロール、myo-イノシトール、D-マンニトール、D-マンノース、D-ソルビトール、スクロース、ラクトースを使用した。炭素源の濃度は10%に調整しフィルター滅菌して使用した。5-11-6-3株細菌はL-アラビノース、D-ソルビトールおよびラクトース以外の炭素源(D-グルコース、グリセロール、myo-イノシトール、D-マンニトール、D-マンノース、スクロース)で生育が確認できた。
【0103】
【0104】
5-11-6-3 株細菌の性状を解析した結果を、表22に示す。従来報告されているコベティア属細菌(Cobetia marina DSM4741株(基準株))の表現性状を表22に併記する(Arahal DR et al, 2002、上掲)。
【0105】
【0106】
コベティア属細菌はグラム陰性菌であるが、5-11-6-3株もグラム陰性細菌であり特徴が一致した。また、生育温度やオキシダーゼ陰性などの性質についても5-11-6-3株細菌はコベティア属細菌の特徴と一致した。しかし、生育可能なNaCl濃度について、Cobetia marinaはNaCl濃度0%の培地で生育できるのに対して、5-11-6-3株細菌はNaCl濃度0%の培地では生育できなかった。さらに、栄養試験において、生育に利用する糖の種類も5-11-6-3株細菌とCobetia marinaでは異なっていた。よって、本菌株はコベティア属細菌であるが、Cobetia marinaではない可能性が示唆された。
【0107】
実施例7:培養条件(アルギン酸ナトリウム濃度)の検討
コベティア属の5-11-6-3 株細菌のコロニーをPHA合成平板培地(表12に記載の培地、pH5.0)で、2日間種培養した。2日間培養後、種培養液を3 mL植菌し本培養を3連で行った。PHA合成におけるアルギン酸ナトリウム濃度の影響を検討するため、本培養の培地は、NaCl濃度2%、且つアルギン酸ナトリウム濃度1%、2%又は3%に設定した培地で、12時間、24時間又は36時間培養した。本培養後、pHとOD
660を測定したのち遠沈管に移し、7,670×gで15分間遠心分離後、デカンテーションで上清を捨てた。RO水で菌体を懸濁させ再度遠心分離を同条件で行いデカンテーションを行った。再度RO水での懸濁と遠心分離を行い、最後に上清を捨て、菌体は-30℃で保存した。予備凍結した菌体を凍結乾燥機(EYELA FDS-1000型、東京理化器械(株))で最低24時間凍結乾燥を行った。その後、すり鉢によって破砕し、重量を測定した。乾燥菌体200~300 mgあたり5 mL程度のクロロホルムを添加し、ヒートブロックを用いて70℃で48時間抽出を行った。抽出終了後、フィルター(DISMIC(登録商標)- 25HP、Advantec、PTFE、pore size 45μm)を用いて菌体を濾過し、ヒートブロックを用いて55℃で加熱し抽出液を乾固させた。抽出物が汚い場合は少量のクロロホルムで溶かした後、過剰量(約10倍以上)のヘキサンを加え、P(3HB)を析出させたのちヘキサンを除き乾固させた。析出したP(3HB)の重量を実験前後の試験管重量から算出し、乾燥菌体重量からP(3HB)の蓄積率を算出した。
結果を、表23に示す。
【表23】
【0108】
培地に添加するアルギン酸ナトリウム濃度を1~3%で検討した結果、3%アルギン酸ナトリウムを培地に添加した際、菌体の生育及びP(3HB)蓄積量が共に最も高かった。P(3HB)蓄積率は36時間後に46.6%に達し、P(3HB)合成量は24時間培養後に297.5 mgと最大値を示した。
アルギン酸を炭素源とするポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の製造方法であって、アルギン酸及びアルギン酸分解物からなる群から選択されるいずれかを含む培地中で、アルギン酸資化能及びPHA合成能を有するコベティア属細菌を培養し、培養物からPHAを抽出することを含み、前記微生物が請求項1に記載の微生物である、製造方法。