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特開2024-2592アニオン交換膜水電解装置のアノード電極及びその製造方法
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  • 特開-アニオン交換膜水電解装置のアノード電極及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024002592
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】アニオン交換膜水電解装置のアノード電極及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/052 20210101AFI20231228BHJP
   C25B 11/031 20210101ALI20231228BHJP
   C25B 9/23 20210101ALI20231228BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20231228BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20231228BHJP
   C25B 11/073 20210101ALI20231228BHJP
【FI】
C25B11/052
C25B11/031
C25B9/23
C25B9/00 A
C25B1/04
C25B11/073
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022101873
(22)【出願日】2022-06-24
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「水素利用等先導研究開発事業/水電解水素製造技術高度化のための基盤技術研究開発/アルカリ性アニオン交換膜を用いた低コスト高性 能水電解装置の開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 博
(72)【発明者】
【氏名】大橋 真智
(72)【発明者】
【氏名】王 瑞祥
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4K011AA04
4K011AA11
4K011AA20
4K011AA29
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021DB11
4K021DB18
4K021DB36
4K021DB43
4K021DB53
(57)【要約】
【課題】アニオン交換膜水電解装置の電解性能を向上させることができるアノード電極を提供する。
【解決手段】本アノード電極は、(A)導電性の多孔質媒体と、(B)フッ素系樹脂と触媒とを含み、多孔質媒体に圧着されている触媒層とを有する。アニオン交換膜に対する、触媒層の接触面は平滑化されていることが好ましく、平滑度合いについては、算術平均粗さが1.0μm未満と表される場合もある。また、触媒層により、多孔質媒体の一方の面全てが覆われており、30nm以下の孔径を有する孔がもたらされるものと表される場合もある。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性の多孔質媒体と、
フッ素系樹脂と触媒とを含み、前記多孔質媒体に圧着されている触媒層と、
を有する、アニオン交換膜水電解装置のアノード電極。
【請求項2】
アニオン交換膜に対する、前記触媒層の接触面が平滑化されている
請求項1記載のアノード電極。
【請求項3】
前記接触面の算術平均粗さが、1.0μm未満である
請求項2記載のアノード電極。
【請求項4】
前記触媒層自体が、30nm以下の孔径を有する孔を有する
請求項1記載のアノード電極。
【請求項5】
前記触媒層により、前記多孔質媒体の一方の面全てが覆われており、30nm以下の孔径を有する孔がもたらされる
請求項1記載のアノード電極。
【請求項6】
フッ素系樹脂と触媒とを含むシートを形成する工程と、
前記シートと多孔質媒体とを圧着する工程と、
圧着された前記シート及び前記多孔質媒体を成形して乾燥及び焼成する工程と、
を含む、アニオン交換膜水電解装置のアノード電極の製造方法。
【請求項7】
前記フッ素系樹脂の分散液と触媒微粒子と純水とを乾燥させながら攪拌して触媒インクを生成する工程と、
前記触媒インクを乾燥させる工程と、
前記触媒インクを混練する工程と、
をさらに含み、
前記シートを形成する工程が、
混練された前記触媒インクを所定の厚みに延展させる工程
を含む請求項6記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アニオン交換膜水電解装置のアノード電極及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、アルカリ性のアニオン交換膜(AEM:Anion Exchange Membrane)水電解装置のアノードのために、多孔質媒体としてのニッケル発泡金属(Ni-foam)を事前に厚さ0.5mmになるようにロールプレスしてから、当該ニッケル発泡金属にCuCoOx等を含む触媒インクをスプレー塗布することで触媒層を形成して、多孔質媒体を基体として触媒を担持させた多孔質移動層電極(PTE:Porous Transport Electrode)を得る技術が開示されている。なお、PTEの基体となる多孔質媒体の層を多孔質移動層(PTL:Porous Transport Layer)と呼ぶ。
【0003】
また、非特許文献2には、PTLの構造として、触媒層に近い領域は低多孔度の構造とし、離れた領域は高多孔度の構造とすることで、PTL断面方向に孔径や多孔度の勾配を付けるという技術が開示されている。これによって、接触抵抗の低減だけでなく気泡の除去にも効果的であるとされる。
【0004】
さらに、特許文献1には、PTLに対して触媒の微粒子を含む触媒インクをスプレー塗布する乾燥させる工程を繰り返して、イオン交換膜に対する接触面から又は当該接触面付近から、10nm以下の孔径をもたらす触媒層を有する多孔質媒体を、水電解装置のアノード電極として用いることが開示されている。
【0005】
一方、例えば特許文献2等に開示されている固体高分子形燃料電池において用いられる高分子電解質膜には、Nafion(登録商標)に代表されるフッ素系膜であるパーフルオロスルホン酸(PFSA:PerFluoroSulfonic Acid)膜が用いられるが、この膜については、イオン導電性と化学的且つ機械的強度を兼ね備えたアイオノマが存在し、これをバインダ(結着材)に用いた触媒層が一般的である。この場合、転写法又は直接塗工法により高分子電解質膜の両面上に触媒層が形成され、触媒塗工電解質膜(CCM:Catalyst Coated Membrane)となる。燃料電池セル組立時には、CCMの両側から、多孔質移動層(PTL)やガス拡散層(GDL:Gas Diffusion Layer)を押し付ける形で膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)が形成される。
【0006】
他方、主にMEA作製の効率化の観点から、PTLやGDL上に触媒層を形成したPTEやGDE(Gas Diffusion Electrode)と呼ばれる電極構造が選択される場合がある。このようにPTEやGDEといった電極構造が選択された場合には、電解質膜と電極との界面の接触状態を良好に保つということが、電解性能の点において問題となる。
【0007】
なお、フッ素を含まない炭化水素系のアニオン交換膜やプロトン交換膜については、近年高いイオン導電性と機械的強度を兼ね備えた膜が開発され一部実用化もされているが、アイオノマについては、イオン導電性と化学的且つ機械的強度を兼ね備えたものが、アニオン交換、プロトン交換とを問わず、見当たらない、という問題もある。特に、AEM水電解装置の場合には、アノードにアルカリ性電解液が供給され、酸素が発生するため、化学的且つ機械的に強い強度がアイオノマに課されるが、上で述べたようにこの要件を満たすアイオノマが現状見当たらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2022-26413号公報
【特許文献2】特開2015-185334号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】C.C.Pavel, et al.,"Highly efficient platinum group metal free based membrane-electrode assembly for anion exchange membrane water electrolysis", Angew. Chem. Int. Ed. 53 (2014) 1378-1381.
【非特許文献2】P.Lettenmeier, et al.,"Towards developing a backing layer for proton exchange membrane electrolyzers", J. Power Sources, 311 (2016) 153-158.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って、本発明の目的は、一側面として、AEM水電解装置の電解性能を向上させることができる新規なアノード電極及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第1の発明に係るアニオン交換膜水電解装置のアノード電極は、(A)導電性の多孔質媒体と、(B)フッ素系樹脂と触媒とを含み、多孔質媒体に圧着されている触媒層とを有する。
第2の発明に係るアニオン交換膜水電解装置のアノード電極では、アニオン交換膜に対する、第1の発明における触媒層の接触面が平滑化されている。
第3の発明に係るアニオン交換膜水電解装置のアノード電極では、第2の発明における接触面の算術平均粗さが、1.0μm未満である。
第4の発明に係るアニオン交換膜水電解装置のアノード電極では、第1の発明における触媒層自体が、30nm以下の孔径を有する孔を有する。
第5の発明に係るアニオン交換膜水電解装置のアノード電極では、第1の発明における触媒層により、多孔質媒体の一方の面全てが覆われており、30nm以下の孔径を有する孔がもたらされる。
第6の発明に係る、アニオン交換膜水電解装置のアノード電極の製造方法は、(A)フッ素系樹脂と触媒とを含むシートを形成する工程と、(B)シートと多孔質媒体とを圧着する工程と、(C)圧着されたシート及び多孔質媒体を成形して乾燥及び焼成する工程とを含む。
第7の発明に係る製造方法は、(D)フッ素系樹脂の分散液と触媒微粒子と純水とを乾燥させながら攪拌して触媒インクを生成する工程と、(E)触媒インクを乾燥させる工程と、(F)触媒インクを混練する工程とをさらに含み、上記シートを形成する工程が、混練された触媒インクを所定の厚みに延展させる工程を含む。
【発明の効果】
【0012】
一側面によれば、AEM水電解装置の電解性能を向上させることができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、AEM水電解装置の構成例を示す図である。
図2図2は、実施例に係るPTEの製造方法の概要を示す図である。
図3図3は、PTL及び実施例に係るPTEの表面及び断面についての走査型電子顕微鏡写真を示す図である。
図4図4は、従来方法で作製したPTEの走査型電子顕微鏡写真(表面及び断面)を示す図である。
図5図5は、実施例に係るPTE及び従来方法で作製したPTEの電解性能を示す図である。
図6図6は、PTL及び実施例についての孔径の分布を示す図である。
図7図7は、従来方法で作製したPTEについての孔径の分布を示す図である。
図8図8は、PTL、実施例に係るPTE及び従来方法で作製したPTEの表面の算術平均粗さの測定結果を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず、本実施の形態に係るアノード電極の適用先であるAEM水電解装置について説明しておく。図1に、本実施の形態に係るAEM水電解装置の構成例を示す。AEM水電解装置は、中央にアルカリ性のAEMを有し、AEMのアノード側には、CuCoOxやLiCoOx等の触媒層(CL:Catalyst Layer)とPTLとが設けられており、その外側にアノードの複極板(Bipolar plate)が設けられている。このアノードの複極板には、フローチャネル(flow channel)が設けられており、アノードとカソードの間に直流電流を流すと触媒層で4OH-→O2+2H2O+4e-という反応が起こり、アノードの複極板からはO2とH2Oが排出される。生成したH2Oの一部はAEM中を拡散し、カソードに到達し、アノード反応の反応物となる。なお、CuCoOx等は一例であって、BET(Brunauer, Emmett, Teller)表面積で100m2/g程度以上(粒径10nm程度以下)の触媒微粒子であれば、触媒の種類は問わない。
【0015】
一方、AEMのカソード側には、NiやPt/Cの触媒層が形成されたPTLが設けられており、その外側にカソードの複極板が設けられている。このカソードの複極板にもフローチャネルが設けられており、アノードとカソードの間に直流電流を流すと触媒層で4H2O+4e-→2H2+4OH-という反応が起こり、カソードの複極板からはH2とOH-が排出される。OH-はイオン担体となり、AEM中をアノードへ移動し、カソード反応の反応物となる。カソードの複極板からはH2が排出される。AEM中の水分移動はカソードからアノード方向への電気浸透力(electro-osmosis)による移動と濃度差に伴うカソードからアノード方向への拡散(diffusion)の二つのモードがあり、正味の移動量は両者のバランスによって決まる。実施例ではカソード複極板から排出されるH2の相対湿度は70-90%程度である。
【0016】
本実施の形態に係るPTEは、導電性の多孔質媒体と、導電性の多孔質媒体に対して触媒インクをスプレー塗布して多孔質媒体と一体的に作製するのでは無く多孔質媒体とは別に作製され、フッ素系樹脂PTFEと触媒とを含み且つ当該多孔質媒体に圧着された触媒層とを含む。
【0017】
このように、触媒層を、多孔質媒体と一体的に作製するのでは無く別途独立して作製することで、アニオン交換膜側の面を平滑化しやすくなっている。上でも述べたように、AEMと電極との界面の接触状態を良好に保つことが水電解装置の電解性能向上の上では重要であり、このようなPTEであれば、AEM水電解装置における電解性能向上が図られる。なお、本実施の形態のような触媒層は、自立触媒層とも呼ばれる。
【0018】
上で述べたように、AEMに対する、触媒層の接触面は、平滑化されていることが好ましく、当該平滑化の程度の一例としては、AEMに対する、触媒層の接触面の算術平均粗さが、1.0μm未満であることが好ましい。触媒層表面の触媒が確実に反応に関与できることから、安定した触媒活性が得られることが期待される。なお、将来的に触媒担持量(すなわち使用量)を削減することも想定されるが、その場合にも、平滑な表面を有する触媒層であれば、AEMと触媒との良好な接触が担保できると考えられる。
【0019】
別の側面から触媒層の平滑性について検討すると、触媒層自体が、30nm以下の孔径を有する孔を有するものとも言える。スプレー塗布のような方法で触媒層を多孔質媒体と一体的に作製した場合には、触媒層自体にどのような孔径の穴があるのかを確認することは難しいが、本実施の形態では独立して作製しているので確認可能であり、このような特徴的な孔径の孔を有することで、電解効率が向上する。
【0020】
さらに、後に詳細に述べるように、スプレー塗布のような方法で触媒層を多孔質媒体と一体的に作製すると触媒層表面にはスプレー塗布などでは埋めきれなかった孔が残ってしまう。本実施の形態では、触媒層により、多孔質媒体の一方の面全てが覆われており、30nm以下の孔径を有する孔がもたらされるようになる。より具体的には、触媒層により覆われているので多孔質媒体の一方の面において従来のような埋め切れなかった孔は存在せず、その上で30nm以下の孔径を有する孔がもたらされるので、平滑度合いが従来よりも向上しており、これにより電解効率が向上することになる。このような平滑化によって、PTEをAEMに接合させる場合において発生しうるAEM側に物理的な損傷も低減できる
【0021】
このようなアニオン交換膜水電解装置のアノード電極は、以下の手順にて製造される。すなわち、本実施の形態に係る製造方法は、(A)フッ素系樹脂と触媒とを含むシートを形成する工程と、(B)シートと多孔質媒体とを圧着する工程と、(C)圧着されたシート及び多孔質媒体を成形して乾燥及び焼成する工程とを含む。このような簡易な方法にて、本実施の形態に係るPTEを製造できる。なお、このような製造方法では、触媒層の厚みの調整は容易である。
【0022】
なお、上記工程の前に、(D)フッ素系樹脂の分散液と触媒微粒子と純水とを乾燥させながら攪拌して触媒インクを生成する工程と、(E)触媒インクを乾燥させる工程と、(F)触媒インクを混練する工程とを含み、上記シートを形成する工程が、混練された触媒インクを所定の厚みに延展させる工程を含むようにしても良い。スプレー塗布等による方法を用いる場合には、触媒インクの組成や粘性などの繊細な調整が必要となり、さらに、周囲の気温や湿度によって触媒インクの粘度や分散度が変化するので、塗布条件のチューニングが必要となるが、本実施の形態のような製造方法では、このような問題は存在せず、安定した性状の触媒層を再現性よく製造できるようになる。
【0023】
[実施例]
ここでは、最初にPTEの製造方法について図2を用いて具体的に説明する。
まず、アノード触媒としてCuCoOxの微粒子と、PTFE分散液(例えば10wt%)と、純水とからなる触媒インクを調合し、乾燥させながら攪拌した(ステップ(1))。
【0024】
次に、触媒インクを、例えば100℃で60分間、真空乾燥させた(ステップ(2))。さらに、30分程度の冷却の後、乳鉢に乾燥後の触媒インクを入れ、少量(例えば1ml程度)の純水を加えつつ乳棒で混練し、触媒インクの増粘を行った(ステップ(3))。そして、増粘した触媒インクをポリプロポレン(PP)フィルム上に伸ばし、さらにアルミナ棒を用いて延展し、自立触媒層を作製した(ステップ(4))。なお、厚みについては、100乃至110μmになるように、随時ダイヤルゲージで確認した。このように作製した自立触媒層は、PTFEと触媒とからなる。
【0025】
次に、自立触媒層の上に、PTLを載せ、その上にもう1枚のPPフィルムをかぶせ、4層からなる接合用サンプルを作成した(ステップ(5))。PTLにはニッケル発泡金属(Ni-foam)を用いた。このニッケル発泡金属の初期厚みは300μm、多孔度は80%である。なお、PTLはニッケル繊維不織布であっても良い。そして、接合用サンプルをそのままロールプレスにかけて、サンプルを圧着した(ステップ(6))。ロールプレスのクリアランス(隙間)は適宜調節し、90°ずつ回転させ、4回のプレスを行うことで、自立触媒層とPTLの接合を行った。
【0026】
そして、圧着したサンプルからPPフィルムをはがし、PTL(ニッケル多孔体)からはみ出る自立触媒層の部分を切り取った(ステップ(7))。さらに、このように整形されたサンプルを、真空乾燥して、残った水分を飛ばした(ステップ(8))。そして、例えば360°で60分間、サンプルを焼成した(ステップ(9))。このようにして自立触媒層とPTLとからなるPTEが完成し、アノード電極としてセルに組み込んだ。
【0027】
図3に、PTLの表面及び断面と、上記製造方法で作製されたPTEの表面及び断面のSEM(Scanning Electron Microscope)画像を示す。また、対比のため、図4に、特許文献2に記載の方法で作成したPTEの表面及び断面のSEM画像を示す。PTLについては、表面には多数の孔が空いており、断面についても空洞があることが分かる。また、本実施例に係るPTEと従来方法で作製したPTEの表面とを比較すると、本実施例に係る自立触媒層を適用したPTEの表面には小さなクラックは数多く確認できるものの、PTL基体構造はほぼ表面に確認できず、従来方法で作製したPTEの表面と比べると明らかに平滑であることが確認できる。また断面についても、本実施例に係るPTEの自立触媒層部分には空洞もほぼ確認できず、従来方法で作製したPTEの触媒層部分と比べるとその緻密さの点で大きく上回ることが確認できる。従来方法のスプレー塗工においては、スプレーの合間に乾燥時間を設けることが必要で、どうしても間欠的塗工になってしまう。そのためスプレー塗工では緻密な触媒層作製には限界が生じるが、本実施例のような自立触媒層の作製工程にはそのような制約がないため、より均一で緻密な触媒層の形成が可能になる。
【0028】
図5に、従来方法で作製したPTE(スプレー塗工PTE)と本実施例に係る自立触媒層を含むPTE(自立触媒層PTE)を、アニオン交換膜水電解セルのアノード電極として使用した場合における水電解性能の比較を示す。なお、左の縦軸は、電流密度[Acm-2]に対する電解電圧[V]を示しており、右の縦軸は、電流密度に対するセル抵抗[Ωcm]を示している。アニオン交換膜水電解セルに直流を印加し、水の電気分解を行うが、加える電流を徐々に増加させていった時の電圧値等を記録したものである。電流密度に対する電解電圧は低いほど電解性能が優れることを示しており、電流密度に対するセル抵抗についても低いほど電解性能が優れることを示す。いずれについても、スプレー塗工PTEよりも、自立触媒層PTEの方が、わずかに電解性能が良いことが分かる。なお、セル温度50℃で、電解液はアノードのみで、0.1M-KOHである。
【0029】
この性能向上に加えて、従来方法(スプレー塗工)においては、同じ性状の触媒層を形成するためには、用いる触媒インクの組成だけでなく、分散度や粘度についても精密に制御することが求められ、周囲条件(温度、湿度)の影響も考慮に入れる必要がある。さらに、その触媒インク性状に依存して塗工条件(加熱温度、スプレーガス圧、インク供給速度)のチューニングが必要になる場合がある。また、PTL基体の硬質部分が直接膜へ押し付けられ、AEMに物理的ダメージが発生する可能性があり、AEMの長期安定性に関して懸念がある。一方、本実施例に係る自立触媒層の作製工程は、周囲条件の影響を受けにくく、触媒インク組成や粘度についても、それほど精密な制御を要しない。また、図3から分かるように自立触媒層がPTLを完全に被覆するため、PTL基体の硬質部分がAEMに触れることは無く、AEM膜へのダメージが大きく低減される。さらに、スプレー塗工では、PTLへの触媒インクの浸透が避けられず、PTE内での触媒層とPTLの境界があいまいになることが多い。本実施例に係る自立触媒層がPTLに圧着されたPTEでは、触媒インクの浸透が起きないため、比較的両者の境界は明確であり、結果として触媒層厚みの制御が容易になる。これは触媒層構造の最適化を図る場合には重要な因子となる。また、上記製造方法であれば、工程数は多くなるが、大面積あるいは大量生産を行う場合にも十分適用可能である。
【0030】
図6に、自立触媒層無しのPTLと、自立触媒層をPTLに圧着させたPTE(自立触媒層PTE)について、水銀圧入法で測定した孔径分布を示す。なお、自立触媒層PTEについては、触媒層中の単位面積(1cm)当たり触媒担持量wcat_Aが異なる2種類のPTE、すなわち自立触媒層PTE1及び自立触媒層PTE2とを示す。PTLについては、約100μmをピークとする孔を有していることが分かる。そして、自立触媒層PTE1及び自立触媒層PTE2は、いずれも圧着などの工程によりPTLそのものよりも小さくなったPTL由来のピーク(約50μm)を除けば、20μm付近のピークのみ有している。なお、自立触媒層PTE1及び自立触媒層PTE2でほとんどピークに違いが見られないことから、本実施例の製造方法によれば再現性よく同じ性状の触媒層が作製できることが分かる。
【0031】
一方、図7に、2種類のスプレー塗工PTEについて、水銀圧入法で測定した孔径分布を示す。これらについても、PTL由来のピーク(約100μm)があるが、他にも、10nm付近のピークと、丸印で囲った10μm付近のピークとを有する。丸印で囲った10μm付近のピークは、スプレー塗工によって埋め切れなかったPTLの孔によって生じたピークである。自立触媒層PTEについては、このような埋め切れなかったPTLの孔によって生ずるピークは存在していない。上でも述べたように、PTLのAEM側の表面は完全に自立触媒層で覆われているためである。すなわち、図6において約20nmのピークは、自立触媒層自体において生じているピークである。このピークは、孔径約30nm以下の孔をもたらしている。これは、PTEの自立触媒層について、平滑化された表面の1つの側面を表している。
【0032】
また、図8に、PTL、自立触媒層PTE、スプレー塗工PTEについて、ハイロックス社製デジタルマイクロスコープ(RX-100)によって、表面を直線的にスキャンした場合における算術平均粗さを測定した結果を示す。Ni-foamであるPTLについては1回測定し、自立触媒層PTE及びスプレー塗工PTEについては5回測定した結果及びその平均値が示されている。このような側面で見ても、自立触媒層PTEは、スプレー塗工PTEよりもその表面は平滑化されており、算術平均粗さが1.0μm未満を実現できている。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8