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  • 特開-硫化物系固体電解質ブロック 図1
  • 特開-硫化物系固体電解質ブロック 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024027159
(43)【公開日】2024-02-29
(54)【発明の名称】硫化物系固体電解質ブロック
(51)【国際特許分類】
   H01B 1/06 20060101AFI20240221BHJP
   H01M 10/0562 20100101ALI20240221BHJP
   H01B 1/10 20060101ALI20240221BHJP
【FI】
H01B1/06 A
H01M10/0562
H01B1/10
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023223117
(22)【出願日】2023-12-28
(62)【分割の表示】P 2023564062の分割
【原出願日】2023-01-20
(31)【優先権主張番号】P 2022009604
(32)【優先日】2022-01-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤井 直樹
(57)【要約】
【課題】加熱溶融時に、原料に吸着した酸素と原料中の他の成分との反応を抑制でき、それにより得られる硫化物系固体電解質のリチウムイオン伝導率の低下を抑制できる、硫化物系固体電解質の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明は、導入部と加熱部とを備える製造装置を用いた硫化物系固体電解質の製造方法であって、前記製造装置の前記導入部に原料を導入することと、前記原料を、前記導入部よりも高温である前記加熱部に移送して加熱溶融することと、を含み、前記導入部の露点は-65℃~-25℃である、硫化物系固体電解質の製造方法に関する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Li、P、S及びHaを含む硫化物系固体電解質ブロックであって、
前記HaはF、Cl、Br及びIからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、
前記硫化物系固体電解質ブロックにおいて、P-S結合及びP-O結合の合計に対するP-O結合の割合が5%未満であり、
厚さが0.01mm以上10mm以下のブロック状である、硫化物系固体電解質ブロック。
【請求項2】
前記硫化物系固体電解質ブロックを平均粒子径10μmの粉末状として、380MPaの圧力で圧粉体とした際に、25℃で測定されるリチウムイオン伝導率が2.0mS/cm以上である、請求項1に記載の硫化物系固体電解質ブロック。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化物系固体電解質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、携帯電話やノート型パソコン等の携帯型電子機器に広く用いられている。
従来、リチウムイオン二次電池においては液体の電解質が使用されてきたが、液漏れや発火等が懸念され、安全設計のためにケースを大型化する必要があった。また、電池寿命の短さ、動作温度範囲の狭さについても改善が望まれていた。
【0003】
これに対し、安全性の向上や高速充放電、ケースの小型化等が期待できる点から、固体電解質をリチウムイオン二次電池の電解質として用いる全固体型リチウムイオン二次電池が注目されている。
【0004】
固体電解質は、硫化物系固体電解質と酸化物系固体電解質とに大別される。硫化物系固体電解質を構成する硫化物イオンは、酸化物系固体電解質を構成する酸化物イオンに比べて分極率が大きく、高いイオン伝導性を示す。硫化物系固体電解質としては、例えばリチウム元素、硫黄元素およびリン元素を含む硫化物系固体電解質が挙げられ、その製造方法としては、ガラス封管法、メカニカルミリング法、溶融法等が知られている。
【0005】
なかでも、溶融法の例として、特許文献1には、(1)組成としてリチウム、リンおよび硫黄を含有する複合化合物を溶融してガラス化させる工程、および、(2)溶融ガラスを急冷することにより硫化物ガラスを得る工程、を含むことを特徴とするリチウムイオン伝導性材料の製造方法が開示されている。
また、特許文献2には、硫化物系リチウムイオン導電性固体電解質を合成する際に、100ppm以下で水分を含んだ不活性ガスを用い、該気流中において加熱、溶融した後に冷却して硫化物系リチウムイオン導電性固体電解質を得る方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】日本国特開2012-43654号公報
【特許文献2】日本国特開平6-279050号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、硫化物系固体電解質の原料となる硫化物等の化合物は、酸素と反応しやすい。かかる原料の表面には、酸素が吸着して存在しやすく、その状態で原料を加熱溶融すると、吸着酸素と原料中の他の成分とが反応し、得られる硫化物系固体電解質のリチウムイオン伝導率が低下する場合があることがわかった。
【0008】
そこで本発明は、加熱溶融時に、原料に吸着した酸素と原料中の他の成分との反応を抑制でき、それにより得られる硫化物系固体電解質のリチウムイオン伝導率の低下を抑制できる、硫化物系固体電解質の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、原料を露点が所定範囲に調整された導入部に導入し、その後、該原料を加熱部に移送して加熱溶融することにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の1~6に関する。
1.導入部と加熱部とを備える製造装置を用いた硫化物系固体電解質の製造方法であって、
前記製造装置の前記導入部に原料を導入することと、
前記原料を、前記導入部よりも高温である前記加熱部に移送して加熱溶融することと、を含み、
前記導入部の露点は-65℃~-25℃である、硫化物系固体電解質の製造方法。
2.前記加熱部の温度が400℃以上であり、前記導入部の温度が300℃以下である、前記1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
3.前記加熱部の温度と、前記導入部の温度の差が200℃以上である、前記1又は2に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
4.前記加熱溶融の際に、所定の元素を補うことを含む、前記1又は2に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
5.Li、P、S及びHaを含む硫化物系固体電解質ブロックであって、
前記HaはF、Cl、Br及びIからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、
前記硫化物系固体電解質ブロックにおいて、P-S結合及びP-O結合の合計に対するP-O結合の割合が5%未満であり、
厚さが10mm以下である、硫化物系固体電解質ブロック。
6.前記硫化物系固体電解質ブロックを平均粒子径10μmの粉末状として、380MPaの圧力で圧粉体とした際に、25℃で測定されるリチウムイオン伝導率が2.0mS/cm以上である、前記5に記載の硫化物系固体電解質ブロック。
【発明の効果】
【0011】
本発明の硫化物系固体電解質の製造方法によれば、加熱溶融時に、原料に吸着した酸素と原料中の他の成分との反応を抑制できるので、リチウムイオン伝導性に優れた硫化物系固体電解質を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明の実施形態に係る製造方法に用いられる製造装置の一例を模式的に示す図である。
図2図2は、本発明の実施形態に係る製造方法を例示するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施できる。また、数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0014】
本実施形態に係る硫化物系固体電解質の製造方法(以下、本製造方法ともいう。)は、導入部と加熱部とを備える製造装置を用いた硫化物系固体電解質の製造方法であって、前記製造装置の前記導入部に原料を導入することと、前記原料を、前記導入部よりも高温である前記加熱部に移送して加熱溶融することと、を含み、前記導入部の露点は-65℃~-25℃である。
すなわち、本製造方法は、図2に例示するように、製造装置の導入部に原料を導入するステップS11と、原料を、導入部よりも高温である加熱部に移送して加熱溶融するステップS12とを含む。
【0015】
(硫化物系固体電解質)
本製造方法において、製造される硫化物系固体電解質の種類や組成は特に限定されず、用途や所望の物性等に応じて適宜選択できる。硫化物系固体電解質としては、例えばLi、P及びSを含む硫化物系固体電解質、Li、P、S及びHaを含む硫化物系固体電解質等が挙げられる。ここで、Haはハロゲン元素から選ばれる少なくとも1種の元素を表す。Haは、具体的には、例えば、F、Cl、Br及びIからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素である。アルジロダイト型の結晶構造を取るためには、Haとして、Cl及びBrの少なくとも一方を含むことがより好ましく、Clを含むことがさらに好ましく、Cl単体又はCl及びBrの混合体がよりさらに好ましい。
【0016】
硫化物系固体電解質は、その目的に応じて、非晶質の硫化物系固体電解質であってもよく、特定の結晶構造を有する硫化物系固体電解質であってもよく、結晶相と非晶質相とを含む硫化物系固体電解質であってもよい。
【0017】
硫化物系固体電解質は、リチウムイオン伝導性を向上する観点から結晶構造を含むことが好ましい。硫化物系固体電解質が結晶構造を含む場合、硫化物系固体電解質に含有される結晶は、好ましくはイオン伝導性結晶である。イオン伝導性結晶とは、具体的には、リチウムイオン伝導率が好ましくは10-4S/cmより大きく、より好ましくは10-3S/cmより大きい結晶である。
【0018】
硫化物系固体電解質として、より具体的にはLi10GeP12等のLGPS型の結晶を含む硫化物系固体電解質、LiPSCl等のアルジロダイト型の結晶を含む硫化物系固体電解質、Li-P-S-Ha系の結晶化ガラス、並びにLi11等のLPS結晶化ガラス等が挙げられる。硫化物系固体電解質はこれらを組み合わせたものや、組成や結晶構造が異なる複数種の結晶を含有するものであってもよい。リチウムイオン伝導性に優れる点から、硫化物系固体電解質としてはアルジロダイト型の結晶を含む硫化物系固体電解質が好ましい。
【0019】
硫化物系固体電解質が結晶を含む場合、その結晶構造は、アルジロダイト型を含むことが結晶構造の対称性の観点から好ましい。対称性が高い結晶は、リチウムイオン伝導のパスが三次元に広がりやすく、粉体を成型した際に好ましい。
【0020】
アルジロダイト型の結晶構造を取るためには、結晶相はLi、P及びSに加えてHaを含む。Haは、Cl及びBrの少なくとも一方を含むことがより好ましく、Clを含むことがさらに好ましく、Cl単体又はCl及びBrの混合体がよりさらに好ましい。
【0021】
アルジロダイト型の結晶は、Li、P、S及びHaを含み、X線粉末回折(XRD)パターンにおいて、2θ=15.7±0.5°及び30.2±0.5°の位置にピークを有するものであると定義できる。XRDパターンは上記に加え、さらに2θ=18.0±0.5°の位置にもピークを有することが好ましく、さらに2θ=25.7±0.5°の位置にもピークを有することがより好ましい。
【0022】
硫化物系固体電解質の組成は、例えばICP発光分析、原子吸光法、イオンクロマトグラフ法などを用いた組成分析により求められる。また、硫化物系固体電解質に含有される結晶の種類は、X線粉末回折(XRD)パターンから解析できる。
【0023】
(原料)
本製造方法に用いられる原料は、上述した種々の硫化物系固体電解質の原料として公知のものを使用できる。例えば、硫化物系固体電解質がLi、P及びSを含む場合には、原料はリチウム元素(Li)、硫黄元素(S)およびリン元素(P)を含む。このような原料としては、Li単体やLiを含む化合物といったLiを含む物質(成分)、S単体やSを含む化合物といったSを含む物質(成分)、P単体やPを含む化合物といったPを含む物質(成分)等を適宜組み合わせて使用できる。Liを含む化合物、Sを含む化合物およびPを含む化合物は、Li、SおよびPから選ばれる2以上をともに含む化合物であってもよい。例えば、Sを含む化合物およびPを含む化合物を兼ねる化合物として、五硫化二リン(P)等が挙げられる。
【0024】
Liを含む物質としては、例えば、硫化リチウム(LiS)、炭酸リチウム(LiCO)、硫酸リチウム(LiSO)、酸化リチウム(LiO)および水酸化リチウム(LiOH)等のリチウム化合物や、金属リチウム等が挙げられる。取り扱いやすさの観点からは、硫化リチウムを用いることが好ましい。
一方で、硫化リチウムは高価であるため、硫化物系固体電解質の製造コストを抑える観点からは、硫化リチウム以外のリチウム化合物や、金属リチウム等を用いることが好ましい。具体的にはこの場合、原料はLiを含む物質として、金属リチウム、炭酸リチウム(LiCO)、硫酸リチウム(LiSO)、酸化リチウム(LiO)および水酸化リチウム(LiOH)からなる群から選ばれる1以上を含むことが好ましい。これらの物質は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0025】
Sを含む物質としては、例えば、三硫化二リン(P)、五硫化二リン(P)等の硫化リン、リンを含有するその他の硫黄化合物および単体硫黄、硫黄を含む化合物等が挙げられる。硫黄を含む化合物としては、HS、CS、硫化鉄(FeS、Fe、FeS、Fe1-xSなど)、硫化ビスマス(Bi)、硫化銅(CuS、
CuS、Cu1-xSなど)が挙げられる。Sを含む物質は、目的の硫化物系固体電解質を構成する元素以外の元素の含有を抑制する観点から、硫化リンが好ましく、五硫化二リン(P)がより好ましい。これらの物質は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。なお、硫化リンはSを含む物質とPを含む物質を兼ねる化合物として考えられる。
【0026】
Pを含む物質としては、例えば、三硫化二リン(P)五硫化二リン(P)等の硫化リン、リン酸ナトリウム(NaPO)等のリン化合物および単体リン等が挙げられる。Pを含む物質は、目的の硫化物系固体電解質を構成する元素以外の元素の含有を抑制する観点から、硫化リンが好ましく、五硫化二リン(P)がより好ましい。
これらの物質は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0027】
本製造方法において、原料は、例えば上記の物質を、目的とする硫化物系固体電解質の組成に応じて適宜混合して得られる。混合比率は特に限定されないが、例えば、原料中のPに対するLiのモル比Li/Pは、65/35以上が好ましく、70/30以上がより好ましい。
【0028】
上記化合物の好ましい組み合わせの一例として、LiSとPの組み合わせが挙げられる。LiSとPを組み合わせる場合は、LiとPのモル比Li/Pは65/35~88/12が好ましく、70/30~88/12がより好ましい。PがLiSに対して比較的少なくなるように混合比を調整することで、LiSの融点に対しPの沸点が小さいことによる、加熱処理時の硫黄成分とリン成分の脱離を抑制しやすくなる。
【0029】
本製造方法の原料は、目的とする硫化物系固体電解質の組成に応じて、又は添加剤等として、上記の物質の他にさらなる物質(化合物等)を含んでもよい。
【0030】
例えば、F、Cl、BrまたはIなどのハロゲン元素を含む硫化物系固体電解質を製造する場合、原料はハロゲン元素(Ha)を含むことが好ましい。この場合、原料はハロゲン元素を含む化合物を含むことが好ましい。ハロゲン元素を含む化合物としてはフッ化リチウム(LiF)、塩化リチウム(LiCl)、臭化リチウム(LiBr)、ヨウ化リチウム(LiI)等のハロゲン化リチウム、ハロゲン化リン、ハロゲン化ホスホリル、ハロゲン化硫黄、ハロゲン化ナトリウム、ハロゲン化ホウ素等が挙げられる。ハロゲン元素を含む化合物としては、目的の硫化物系固体電解質を構成する元素以外の元素の含有を抑制する観点からは、ハロゲン化リチウムが好ましく、LiCl、LiBr、LiIがより好ましい。これらの化合物は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0031】
なお、ハロゲン化リチウムは、Liを含む化合物でもある。原料がハロゲン化リチウムを含む場合、原料におけるLiの一部または全部がハロゲン化リチウムに由来するものであってもよい。
【0032】
原料がハロゲン元素を含む場合、原料中のPに対するHaのモル当量は、原料を加熱溶融する際に融点を下げる観点からは、0.2モル当量以上が好ましく、0.5モル当量以上がより好ましい。また、得られる硫化物系固体電解質の安定性を向上する観点からは、Haのモル当量は4モル当量以下が好ましく、3モル当量以下がより好ましい。
【0033】
得られる硫化物系固体電解質のガラス形成状態を改善する観点からは、原料がSiS、B、GeS、Al等の硫化物を含むことも好ましい。ガラス形成をし易くすることで、急冷によりガラスを得る場合に冷却速度を低下させてもガラスを得ることができ、設備負荷を軽減できる。また硫化物固体電解質の耐湿性付与等の観点からは、SiO、B、GeO、Al、P等の酸化物を含むことも好ましい。
これらの化合物は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0034】
これらの化合物の添加量は、原料の全量に対し0.1重量%以上が好ましく、0.5重量%以上がより好ましい。また添加量は、50重量%以下が好ましく、40重量%以下がより好ましい。
【0035】
原料としては、上述した各種の物質を組み合わせて使用できる。原料として複数の物質を組み合わせる場合、例えば公知の混合機等を用いて原料を混合してもよい。混合機としては、例えばV型混合機、W型混合機、リボン型混合機等を使用できる。
【0036】
本製造方法では原料を加熱溶融することで硫化物系固体電解質が得られるが、加熱溶融の前に、予め原料に対し熱処理を行ってもよい。熱処理を経ることで、原料の組成をより目的組成に近づけた状態から加熱溶融できるため、組成制御しやすくなる。なお、熱処理を原料の一部に対して行い、その後、残りの原料と混合して用いてもよい。熱処理を経た原料は、例えばLi、LiPS等のLi、PおよびSを含む化合物を含んでいてもよい。熱処理の条件は特に限定されないが、例えば、温度100~500℃で0.1~5時間保持することが好ましい。
【0037】
(硫化物系固体電解質の製造方法)
本製造方法に用いられる製造装置は、導入部と加熱部とを備える。本製造方法は、製造装置の導入部に原料を導入することと(導入工程)、前記原料を、前記導入部よりも高温である前記加熱部に移送して加熱溶融すること(加熱溶融工程)と、を含む。ここで、導入部の露点は-65℃~-25℃である。
【0038】
上述の通り、硫化物系固体電解質の原料となる化合物、なかでも硫化物等は、酸素と反応しやすい。本発明者によれば、かかる原料の表面には酸素が吸着して存在しやすく、原料の表面に酸素が吸着した状態で加熱溶融すると、吸着酸素と原料中の他の成分とが反応し、得られる硫化物系固体電解質のイオン伝導率が低下する場合があることがわかった。
【0039】
これに対し、本発明者は、原料を露点が所定範囲に調整された導入部に導入し、その後、該原料を加熱部に移送して加熱溶融することにより、原料に吸着した酸素と原料中の他の成分との反応を抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。この理由としては次のように考えられる。すなわち、本製造方法においては、導入部の露点を所定範囲とし、導入部内を比較的水分の多い雰囲気としている。加熱溶融前に原料を比較的水分の多い雰囲気に曝すことで、原料表面に適量の水分が吸着し、酸素の吸着力が弱まると考えらえる。その結果、その後の加熱溶融の際に吸着酸素が原料から脱離しやすくなり、吸着酸素と原料中の他の成分との反応を抑制できると推測される。
【0040】
図1は、本製造方法に用いられる製造装置の一例を模式的に示す図である。製造装置100は、導入部2及び加熱部4を備える。導入部2内の露点は-65℃~-25℃であり、加熱部4内の温度は導入部2内の温度よりも高温である。導入部2及び加熱部4はそれぞれ、内部に気体を供給し、また、内部から気体を排出する機構を備えることが好ましい。図1において、導入部2には供給気体21が供給され、導入部2から排出気体22が排出されている。同様に、加熱部4には供給気体41が供給され、加熱部4から排出気体42が排出されている。かかる機構を備えることで、導入部や加熱部内の雰囲気を好適なものに調整しやすい。
【0041】
(導入工程)
本製造方法において、まず、導入部2に上述の原料を導入する。導入部に原料を導入する際、露点を好ましくは-65℃~-10℃に維持できれば、導入の方法は特に限定されない。導入の方法として、例えば導入部を開放する前に原料と、導入部の開口部とを、ポリエチレン製の袋等で覆い、覆われた空間内の露点を上述の好適範囲に調整した上で、開口部を開けて投入する方法が挙げられる。
【0042】
導入部2に原料を導入する際の雰囲気は、原料からの硫化水素発生を抑制する観点から、露点は-25℃以下がより好ましく、-30℃以下がさらに好ましい。比較的短時間、例えば合計10分以下程度であれば、露点が-25℃よりも高くなってもよく、例えば最高で-10℃程度になってもよい。また、原料表面に十分に水分を吸着させる観点から、露点は-65℃以上が好ましく、-55℃以上がより好ましい。すなわち、導入部2に原料を導入する際の雰囲気の露点は、好ましくは-65℃~-10℃であり、-65℃~-25℃がより好ましく、-55℃~-30℃がさらに好ましい。導入部に原料を導入する際の雰囲気は、不活性ガス雰囲気が好ましく、具体的には窒素ガス、アルゴンガス、ヘリウムガス等の雰囲気が挙げられる。不活性ガス雰囲気において、酸素濃度は10000ppm以下が好ましく、1000ppm以下がより好ましい。なお、酸素濃度について、ppmとは体積基準の割合(体積ppm)を意味する。
【0043】
(導入部)
導入部の露点は-65℃~-25℃である。導入部の露点は-65℃以上であり、-60℃以上が好ましく、-55℃以上がより好ましい。露点が上記値以上であることで、導入部内に水分が適切な量存在しやすく、加熱溶融時の吸着酸素と原料中の他の成分との反応を抑制しやすい。一方で、導入部の露点は-25℃以下であり、-30℃以下が好ましく、-40℃以下がより好ましい。露点が上記値以下であることで、導入部内の水分量が過剰となり原料が劣化するのを抑制できる。すなわち、導入部の露点は-65℃~-25℃であり、-60℃~-30℃が好ましく、-55℃~-40℃がより好ましい。露点は、例えば適切な純度の気体を選択して使用することや、適切な比率で気体を混合して用いることで調整できる。
【0044】
導入部の雰囲気は不活性ガス雰囲気が好ましく、具体的には窒素ガス、アルゴンガス等の雰囲気が挙げられる。不活性ガス雰囲気において、酸素濃度は1000ppm以下が好ましく、300ppm以下がより好ましい。
【0045】
導入部は、所定の置換率で気体が供給されることが好ましい。供給される気体の好ましい態様は、上記導入部内の雰囲気を構成する気体と同様である。
【0046】
本明細書において、置換率は、1分当たりの、(供給気体の量)/(気体が供給される空間の容積の量)を表す。例えば、1分間に導入部の容積と同じ量の気体が供給される場合、置換率は1(min-1)である。導入部においては、置換率1/10000(min-1)~100(min-1)で気体が供給されることが好ましく、1/100(min-1)~10(min-1)がより好ましく、1/10(min-1)~5(min-1)がさらに好ましい。置換率は1/10000(min-1)以上が好ましく、1/100(min-1)以上がより好ましく、1/10(min-1)以上がさらに好ましい。置換率が上記値以上であることで、水分濃度が局所的に高くなることを抑制でき、水分が適切に供給され続ける状態となるため好ましい。また、置換率は100(min-1)以下が好ましく、10(min-1)以下がより好ましく、5(min-1)以下がさらに好ましい。置換率が上記値以下であることで、原料が気流により飛散することを抑制できるため好ましい。
【0047】
導入部の温度は0℃~500℃が好ましく、20℃~300℃がより好ましく、50℃~200℃がさらに好ましい。温度は0℃以上が好ましく、20℃以上がより好ましく、50℃以上がさらに好ましい。温度が上記値以上であることで、原料への水分の吸着が促進されるため好ましい。導入部の温度は500℃以下が好ましく、300℃以下がより好ましく、200℃以下がさらに好ましい。温度が上記値以下であることで、原料の固着を抑制できるため好ましい。
【0048】
導入部で原料が保持される時間は、1分~6時間が好ましく、10分~3時間がより好ましく、30分~1時間がさらに好ましい。かかる保持時間は比較的短い方が生産の観点では好ましいが、原料に水分をより効果的に吸着させる観点から、1分以上が好ましく、10分以上がより好ましく、30分以上がさらに好ましい。保持時間が上記値以上であることで、加熱溶融時に吸着酸素と原料中の他の成分との反応を抑制する効果をより十分なものとしやすい。導入部で原料が保持される時間は、6時間以下が好ましく、3時間以下がより好ましく、1時間以下がさらに好ましい。保持時間が上記値以下であることで、雰囲気中の水分によって原料が劣化するのを抑制できる。
【0049】
(加熱溶融工程)
加熱溶融工程では、まず、導入部2に導入された原料を、導入部2よりも高温である加熱部4に移送する。加熱部4は、原料を加熱溶融できる装置等であれば特に限定されないが、例えば加熱炉である。加熱部4の構成に応じて、加熱部4の内部に直接原料を移送してもよいし、加熱部4の内部に容器等を設け、その中に原料を移送してもよい。図1の構成においては、加熱部4の内部に耐熱容器43が配置され、耐熱容器43の中に原料が移送される。移送の方法は特に限定されないが、例えば、導入部2から原料を落下させる方法、気流で搬送する方法等が挙げられる。
【0050】
耐熱容器43としては、特に限定されないが、カーボン製の耐熱容器、石英、石英ガラス、ホウケイ酸塩ガラス、アルミノシリケートガラス、アルミナ、ジルコニア、ムライト等の酸化物を含有した耐熱容器、窒化ケイ素、窒化ホウ素などの窒化物を含有した耐熱容器、炭化ケイ素などの炭化物を含有した耐熱容器等が挙げられる。また、これらの耐熱性容器は、上記の材質でバルクが形成されていてもよいし、カーボン、酸化物、窒化物、炭化物等の層が形成された容器であってもよい。耐熱容器の形状は特に限定されず、角柱型、円柱型、円錐型等、任意の形状であってよい。
【0051】
導入部2から加熱部4への原料の移送は、連続的に定量を移送する方法でもよく、間欠的に所定量を移送する方法でもよい。
【0052】
次いで、加熱部4に移送された原料を加熱溶融する。
加熱部の温度は、導入部の温度より高温であり、好ましくは300℃~1000℃であり、より好ましくは400℃~950℃であり、さらに好ましくは500℃~900℃である。加熱部の温度は300℃以上が好ましく、400℃以上がより好ましく、500℃以上がさらに好ましい。加熱部の温度が上記値以上であることで、原料が溶融し易い温度となるため好ましい。加熱部の温度は、1000℃以下が好ましく、950℃以下がより好ましく、900℃以下がさらに好ましい。加熱部の温度が上記値以下であることで、加熱溶融時に原料から脱離する成分量が過剰となりにくいため好ましい。
【0053】
加熱部及び導入部のより好ましい温度として、加熱部の温度が400℃以上であり、導入部の温度が300℃以下であることが挙げられる。加熱部及び導入部がそれぞれ上記の温度範囲にあることで、導入部での原料表面の水分吸着を促し、加熱部での酸素の脱離を促進できるため、好ましい。
【0054】
また、加熱部の温度と導入部の温度との差は200℃以上であることが好ましく、400℃以上がより好ましく、500℃以上がさらに好ましい。温度の差が上記値以上であることで、導入部で原料の水分による劣化を抑えながら表面に水分吸着させ、加熱部で急速に溶融温度に到達させられるため、酸素脱離に好ましい条件となると考えられる。かかる温度の差は、加熱部及び導入部のそれぞれの好適温度を考慮すると、1000℃以下が好ましく、900℃以下がより好ましく、800℃以下がさらに好ましい。加熱部の温度と導入部の温度との差は、200℃~1000℃であってもよく、400℃~900℃であってもよく、500℃~800℃であってもよい。なお、本明細書において、加熱部の温度と導入部の温度との差とは、(加熱部の温度)-(導入部の温度)を意味する。
【0055】
加熱部を加熱する方法は特に限定されず、例えば外熱式の加熱装置を用いる等、公知の加熱方法であってよい。
【0056】
加熱部は、露点が-75℃~-25℃であることが好ましく、-70℃~-35℃がより好ましく、-40℃~-65℃がさらに好ましい。加熱部の露点は-25℃以下が好ましく、-35℃以下がより好ましく、-40℃以下がさらに好ましい。露点が上記値以下であることで、加熱溶融時に水分と溶融物成分が反応し、劣化するのを抑制できる。加熱部の露点は-75℃以上が好ましく、-70℃以上がより好ましく、-65℃以上がさらに好ましい。露点が上記値以上であることで、製造コストを抑制しやすい。
【0057】
加熱部の雰囲気は不活性ガス雰囲気が好ましく、具体的には窒素ガス、アルゴンガス等の雰囲気が挙げられる。不活性ガス雰囲気において、酸素濃度は1000ppm以下が好ましく、300ppm以下がより好ましい。
【0058】
また、加熱部の雰囲気は、酸素と反応しやすいガスを含む雰囲気であることも好ましい。酸素と反応しやすいガスとして、具体的には硫黄元素を含むガス、一酸化炭素等が挙げられる。加熱溶融工程では硫化物等、硫黄元素を含む原料を溶融するので、含有元素が共通し、融液への不要な成分の混入を抑制しやすい点から硫黄元素を含むガスが好ましい。硫黄元素を含むガスとして、例えば、硫黄ガス、硫化水素ガス、二硫化炭素ガス、二酸化硫黄等の、硫黄元素を含む化合物又は硫黄単体を含むガスが挙げられる。硫黄元素を含むガスは、酸素との反応性の観点から硫黄ガス、硫化水素ガスが好ましい。
【0059】
加熱部の雰囲気が酸素と反応しやすいガスを含む雰囲気であることで、原料を加熱溶融する際に、原料から抜けた吸着酸素と酸素と反応しやすいガスとが反応し、別の化合物を形成し得る。これにより、吸着酸素によるイオン伝導率の低下をより抑制できる。また、加熱部は、原料に吸着した酸素の他にも微量の酸素を含み得る。酸素と反応しやすいガスを含む雰囲気で加熱溶融することにより、かかる酸素と原料中成分との反応も抑制できる。
【0060】
硫黄元素を含むガスは、硫黄源を加熱して得られる。したがって、硫黄源は加熱により硫黄元素を含むガスが得られる単体硫黄または硫黄化合物であれば特に限定されないが、例えば、単体硫黄、硫化水素、二硫化炭素等の有機硫黄化合物、硫化鉄(FeS、Fe、FeS、Fe1-xSなど)、硫化ビスマス(Bi)、硫化銅(CuS、CuS、Cu1-xSなど)、多硫化リチウム、多硫化ナトリウム等の多硫化物、ポリスルフィド、硫黄加硫処理を施されたゴム等が挙げられる。
【0061】
例えば、これら硫黄源を別途設けられる硫黄源加熱部にて加熱し、硫黄元素を含むガスを発生させ、Nガス、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガスをキャリアガスとして加熱部に搬送することで、硫黄元素を含むガス雰囲気が得られる。
【0062】
硫黄源を加熱する温度は使用する硫黄源の種類によって適宜選択すればよい。例えば硫黄源として単体硫黄を使用する場合には、加熱温度は250℃以上が好ましく、750℃以下が好ましい。
【0063】
または、上記硫黄源のうち、単体硫黄、HS、Bi、硫化鉄、硫化銅、CS等の固体の硫黄源を、粉末等の微細な状態でキャリアガスにより加熱部に気流搬送することで硫黄元素を含むガス雰囲気を得てもよい。
【0064】
(所定の元素を補う工程)
本製造方法において、加熱溶融の際に所定の元素を補う工程を含んでもよい。本製造方法においては、加熱溶融の際に、原料に吸着した吸着酸素が脱離しやすい。このとき、原料に含まれる酸素以外の元素成分も酸素とともに脱離する場合がある。また、原料中に沸点の差が大きい複数の化合物が含まれる等の理由で所定の元素や化合物が脱離しやすい場合がある。これらの理由により、加熱溶融の際に、所定の元素成分が硫化物系固体電解質の目的組成に対し不足することがある。本製造方法においては、このように不足し得る元素を補う工程をさらに含んでもよい。
【0065】
例えば、不足する元素は硫黄元素、リチウム元素、リン元素等、硫化物系固体電解質に含まれ得る元素から選ばれる1以上であり得る。これらの元素を補う方法として、例えば、当該元素を含む化合物を加熱部にさらに導入する方法が挙げられる。導入される化合物は固体、非晶質、液体及び気体のいずれの状態であってもよく、導入部を経て加熱部に導入されてもよいし、供給気体として加熱部に導入されてもよい。導入される化合物としては、例えば上述した原料に用いられる物質から選択される1種、または2種以上の混合物であってもよい。
【0066】
また、不足する元素が硫黄元素である場合、上述の硫黄元素を含むガス雰囲気下で原料を加熱溶融することで、融液に硫黄を導入することもできる。これにより、目的組成の硫化物系固体電解質を得るための十分な量の硫黄を導入でき、硫黄元素を補うことができる。
【0067】
原料を溶融させた液相状態で硫黄を導入することにより、融液全体に均質に硫黄を導入しやすく、得られる硫化物系固体電解質の組成が均質なものとなりやすい。融液は、固体の流動化により粘度が下がり、高均一化した状態となっている。これにより、融液は硫黄元素を含むガスの溶解性、拡散性が大きい。融液や硫黄元素を含むガスを撹拌しながら加熱溶融を行えば、上述の効果をさらに得やすいためより好ましい。
【0068】
加熱溶融の時間は、融液や得られる硫化物系固体電解質の均質性を向上する観点から0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましく、0.7時間以上がさらに好ましく、1時間以上がよりさらに好ましい。また、融液中の成分の加熱による劣化や分解が許容できる範囲であれば、加熱溶融の時間の上限は特に限定されず、比較的長くてもよい。現実的な範囲としては、100時間以下が好ましく、50時間以下がより好ましく、24時間以下がさらに好ましい。
【0069】
加熱溶融時の圧力は特に限定されないが、常圧又は微加圧が好ましく、常圧がより好ましい。また、硫黄元素を補うために硫黄元素を含むガス雰囲気下で加熱溶融する場合、硫黄分圧を10-3~10atmとすることが好ましい。かかる硫黄分圧にすることで、装置が複雑にならず低コストで効率よく硫黄導入ができる。
【0070】
(冷却工程)
本製造方法は、加熱溶融により得られた融液を冷却して固体を得る工程をさらに含むことが好ましい。冷却は公知の方法で行えばよく、その方法は特に限定されない。加熱溶融工程の後、加熱部4で引き続き冷却を行ってもよいし、加熱部4から融液を取り出して冷却を行ってもよい。
【0071】
冷却のより具体的な方法として、例えば、融液をカーボン製等の板状体の上に流し出して冷却する方法や、狭い隙間に流し込んで薄く成形する方法等が挙げられる。融液を板状体の上に流し出して冷却する場合、冷却効率を向上する観点から、流し出した後の融液及び得られる固体の厚みは比較的薄いことが好ましい。具体的には、厚みは10mm以下が好ましく、5mm以下がより好ましい。厚みの下限は特に限定されないが、0.01mm以上であってもよく、0.02mm以上であってもよい。狭い隙間に流し込んで薄く成形する場合は、冷却効率が優れており、薄片状のもの、繊維状のもの、粉末状のもの等を得ることができる。得られた固体は、取り扱いやすい大きさに砕く等して、任意の形状で得られる。中でも、ブロック状の固体で得た方が回収がし易く好ましい。ブロック状とは、板状、薄片状、または繊維状である場合も含む。
【0072】
冷却速度は加熱溶融工程により得られた組成を維持する観点から、0.01℃/sec以上が好ましく、0.05℃/sec以上がより好ましく、0.1℃/sec以上がさらに好ましい。また、冷却速度の上限値は特に定めないが、一般的に急冷速度が最も早いと言われる双ローラーの冷却速度は1000000℃/sec以下である。
【0073】
ここで、得られる固体を非晶質の硫化物系固体電解質としたい場合には、加熱溶融により得られた融液を急冷して固体を得ることが好ましい。具体的には、急冷する場合の冷却速度は10℃/sec以上が好ましく、100℃/sec以上がより好ましく、500℃/sec以上がさらに好ましく、700℃/sec以上がよりさらに好ましい。また、冷却速度の上限値は特に限定されないが、一般的に急冷速度が最も早いと言われる双ローラーの冷却速度は1000000℃/sec以下である。
【0074】
一方で、冷却工程時に徐冷して、固体の少なくとも一部を結晶化し、特定の結晶構造を有する硫化物系固体電解質や結晶相と非晶質相とから構成される硫化物系固体電解質として得ることもできる。徐冷する場合の冷却速度は0.01℃/sec以上が好ましく、0.05℃/sec以上がより好ましい。また、冷却速度は500℃/sec以下が好ましく、450℃/sec以下がより好ましい。冷却速度は10℃/sec未満であってもよく、5℃/sec以下であってもよい。なお、結晶化の条件に応じて適宜冷却速度を調節してもよい。
ここで硫化物系固体電解質に含有される結晶とは、好ましくはイオン伝導性結晶である。イオン伝導性結晶とは、具体的には、リチウムイオン伝導率が10-4S/cmより大きく、より好ましくは10-3S/cmより大きい結晶である。
【0075】
冷却後に得られる固体を、結晶相を含む硫化物系固体電解質としたい場合には、加熱溶融工程で得られる融液に結晶核となる化合物を含有させることが好ましい。これにより、冷却工程において結晶が析出しやすくなる。融液に結晶核となる化合物を含有させる方法は特に限定されないが、例えば原料や原料加熱物に結晶核となる化合物を添加する、加熱溶融中の融液に結晶核となる化合物を添加する等の方法が挙げられる。
【0076】
結晶核となる化合物としては、酸化物、酸窒化物、窒化物、炭化物、他のカルコゲン化合物、ハロゲン化物等が挙げられる。結晶核となる化合物は、融液とある程度の相溶性をもった化合物が好ましい。なお、融液と全く相溶しない化合物は結晶核と成り得ない。
【0077】
冷却後に得られる固体を、結晶相を含む硫化物系固体電解質としたい場合には、融液における結晶核となる化合物の含有量は0.01質量%以上が好ましく、0.1質量%以上がより好ましく、1質量%以上がさらに好ましい。一方で、リチウムイオン伝導率の低下を抑制する観点からは、融液における結晶核となる化合物の含有量は20質量%以下が好ましく、10質量%以下がより好ましい。
【0078】
冷却後に得られる固体を非晶質の硫化物系固体電解質としたい場合には、融液は結晶核となる化合物を含有しないか、その含有量は所定量以下であることが好ましい。具体的には、融液における結晶核となる化合物の含有量は1質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましい。融液における結晶核となる化合物の含有量は0.01質量%未満であってもよい。
【0079】
(再加熱工程)
非晶質の硫化物系固体電解質または非晶質相を含む硫化物系固体電解質は、加熱処理(ポストアニール)することで、高温結晶化を促進できる。本製造方法は、冷却工程において得られた固体が非晶質の硫化物系固体電解質または非晶質相を含む硫化物系固体電解質である場合、固体を再加熱処理することをさらに含んでもよい。また、硫化物系固体電解質結晶を含んだ硫化物系固体電解質を再加熱処理することで、結晶構造内のイオンを再配列させ、リチウムイオン伝導率を高めることもできる。なお、本工程における再加熱処理とは、冷却工程にて冷却して得られた固体を結晶化のために加熱処理すること、および結晶構造内のイオンを再配列させることの少なくとも一方をいう。以下、これらの非晶質の硫化物系固体電解質または非晶質相を含む硫化物系固体電解質の熱処理を結晶化処理も含めて、再加熱処理と称する。
【0080】
再加熱処理の温度、時間を制御することにより、非晶質相と結晶相の比率を制御できるので、リチウムイオン伝導率を制御でき好ましい。リチウムイオン伝導率を高めるためには、結晶相の割合を大きくすることが好ましい。具体的には、結晶相の割合は10質量%以上が好ましく、20質量%以上がより好ましい。結晶相の割合は機械的な強度の観点からは99.9質量%以下が好ましく、99質量%以下がより好ましい。結晶相の割合はX線回折(XRD)測定により測定できる。
【0081】
再加熱処理の具体的な条件は硫化物系固体電解質の組成等に合わせて調節すればよく、特に限定されない。再加熱処理は、窒素ガス、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。再加熱処理は、硫黄元素を含んだガス雰囲気中で実施してもよい。また、酸素濃度は低い方が好ましく、酸素濃度は1000ppm以下が好ましく、300ppm以下がより好ましい。
【0082】
一例として、再加熱処理の温度は硫化物系固体電解質のガラス転移温度以上が好ましく、具体的には200℃以上が好ましく、250℃以上がより好ましい。また、温度の上限は硫化物系固体電解質が加熱による熱劣化や熱分解を抑制でき、本発明の効果を阻害しない範囲であれば特に限定されないが、例えば650℃以下が好ましく、550℃以下がより好ましい。
【0083】
また再加熱処理の時間は結晶析出をより確実に行うため、0.1時間以上が好ましく、0.2時間以上がより好ましい。加熱による熱劣化抑制の観点からは、再加熱処理の時間は3時間以下が好ましく、2時間以下がより好ましい。
【0084】
本製造方法により得られる硫化物系固体電解質の形状は特に限定されず、例えば、上述のブロック状(硫化物系固体電解質ブロック)や、粉末状(硫化物系固体電解質粉末)であり得る。リチウムイオン二次電池に用いた際に活物質粒子等との密着性を向上させ、電池特性を向上する観点からは粉末状が好ましい。本製造方法は、硫化物系固体電解質を粉末状とするために粉砕する粉砕工程を含んでいてもよい。粉砕工程により、ブロック状の硫化物系固体電解質を粉砕して粉末状としてもよいし、粉末状の硫化物系固体電解質の粒子径をさらに小さくしてもよい。
【0085】
粉末の平均粒子径は特に限定されないが、例えばリチウムイオン二次電池に用いられる際に電池特性を向上する観点から、5μm以下が好ましく、2μm以下がより好ましく、1.5μm以下がさらに好ましく、1.0μm以下がよりさらに好ましい。一方で、粉体の取り扱いやすさの観点から、平均粒子径は0.1μm以上が好ましく、0.2μm以上がより好ましく、0.3μm以上がさらに好ましい。本明細書において平均粒子径とは、Microtrac社製 レーザー回折粒度分布測定機 MT3300EXIIを用いて粒度分布を測定し、得られた体積基準粒度分布のチャートから求められるメジアン径(D50)をいう。
【0086】
本製造方法によれば、加熱溶融時に原料の吸着酸素が脱離しやすいので、得られる硫化物系固体電解質において、吸着酸素の影響が抑制されている。より具体的に、硫化物系固体電解質が、加熱溶融時に吸着酸素の影響を全く受けていないと仮定した場合、硫化物系固体電解質におけるPの結合相手はほとんどSになると考えられる。これに対し、吸着酸素の影響が大きいと、硫化物系固体電解質にP-O結合が存在しやすく、Pの結合相手におけるOの割合が増加する。すなわち、本製造方法により得られる硫化物系固体電解質は、P-S結合とP-O結合の量の合計に対するP-O結合の割合が比較的少ない。かかるP-O結合の割合は、5%未満が好ましく、3%以下がより好ましく、2%以下がさらに好ましい。P-O結合の割合は、31P-NMR測定の結果から、実施例に記載の方法で求められる。本製造方法により得られる好ましい硫化物系固体電解質の一例として、Li、P、S及びHaを含む硫化物系固体電解質ブロックであって、HaはF、Cl、Br及びIからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、硫化物系固体電解質ブロックにおいて、P-S結合及びP-O結合の合計に対するP-O結合の割合が5%未満であり、厚さが10mm以下である、硫化物系固体電解質ブロックが挙げられる。
【0087】
本製造方法により得られる硫化物系固体電解質のリチウムイオン伝導率は、その組成により異なるため特に限定されないが、リチウムイオン二次電池に用いた際に電池特性を良好にする観点からは、25℃において2.0×10-3S/cm以上が好ましく、3.0×10-3S/cm以上がより好ましく、4.0×10-3S/cm以上がさらに好ましい。より好ましくは、測定対象の硫化物系固体電解質を平均粒子径10μmの粉末として、380MPaの圧力で圧粉体とした際に、25℃で測定されるリチウムイオン伝導率が上述の範囲である。
【0088】
本製造方法によれば、原料を加熱溶融する際に、原料に吸着した酸素の影響が抑制されているため、リチウムイオン伝導率に優れる硫化物系固体電解質を製造できる。本製造方法により得られる硫化物系固体電解質は、例えばリチウムイオン二次電池に用いられる固体電解質材料として好適に用いられる。
【実施例0089】
以下に実施例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。例2~例5は実施例であり、例1は比較例である。
【0090】
(製造例1)
アルジロダイト型の結晶を含み、組成がLi5.4PS4.4Cl1.6である硫化物系固体電解質を目標材料として、LiS(Sigma社製、純度99.98%)、P(Sigma社製、純度99%)、LiCl(Sigma社製、純度99.99%)の各粉末を1.9:0.5:1.6(mol比)になるように調合した。この粉末100gを耐熱性の容器に入れ、試験炉に入れ、露点-50℃の窒素雰囲気下、圧力:1気圧、温度:300℃(昇温速度5℃/分)の条件で1時間保持することで加熱処理し、得られた加熱原料は、室温で露点-50℃の乾燥空気雰囲気下に一日以上保管し、これを各例における原料とした。得られた原料について、大気非曝露環境下、0~200℃の範囲で加熱発生ガス分析(EGA-MS法)を行い、酸素分子の検知の有無を調べた。
EGA-MS法の測定条件は以下の通りである。
<熱分解条件>
装置:ダブルショットパイロライザー(フロンティアラボ社、PY-3030D)
サンプル量:10~20mg使用
加熱条件:40℃で5min保持し、5℃/minで200℃まで昇温し、200℃での保持時間を0minとした。
雰囲気:He
<GC/MS条件>
装置:Agilent社7890A/JEOL社JMS-T100GC
カラム:Ultra ALLOY-DTM(2.5m,I.D.0.15mmφ)
オーブン温度:300℃
注入口温度:300℃
スプリット比:50:1
検出器電圧:2100V
イオン化法:EI
【0091】
(例1~例4)
各例において、製造例1で得られた原料100gを、表1に示す露点及び温度に調整された導入部に導入した。導入の際は、グローブボックス内にて、露点-30℃以下、酸素濃度100ppm以下に保持した状態で導入部を開放して原料を投入した。導入部の容積は500cmであり、導入部内には置換率0.2(min-1)の条件で窒素ガスを供給した。導入部内の酸素濃度は10ppm以下であった。
次いで、導入部内で原料を20分間保持した後、表1に示す露点及び温度に調整された加熱部内の耐熱容器に落下させることにより移送した。加熱部内には、3L/分のNガスが流れており、別のガスラインから0.05vol%の硫黄ガスを含んだNガスを流速1L/分で供給した。原料を加熱部内で1時間保持することにより、原料を加熱溶融した。加熱部内に導入するガスの酸素濃度は10ppm以下であった。
加熱溶融後、溶融物をカーボン製のプレートに厚さ5mmとなるよう流し出し、冷却した。その後、得られた固体を適切な大きさに砕くことにより、ブロック状の硫化物系固体電解質を得た。得られた硫化物系固体電解質について、以下の評価を行った。
【0092】
(例5)
LiS(Sigma社製、純度99.98%)、P(Sigma社製、純度99%)、LiCl(Sigma社製、純度99.99%)の各粉末を室温で露点-50℃の乾燥空気雰囲気下に一日以上保管し、各粉末を1.9:0.5:1.6(mol比)になるように調合した。調合した原料について、製造例1と同様に加熱発生ガス分析(EGA-MS法)を行い、酸素分子の検知の有無を調べた。調合した原料100gを表1に示す露点及び温度に調整された導入部に導入した。導入の際は、グローブボックス内にて、露点-30℃以下、酸素濃度100ppm以下に保持した状態で導入部を開放して原料を投入した。導入部の容積は500cmであり、導入部内には置換率0.2(min-1)の条件で窒素ガスを供給した。導入部内の酸素濃度は10ppm以下であった。
【0093】
次いで、導入部内で原料を20分間保持した後、表1に示す露点及び温度に調整された加熱部内の耐熱容器に落下させることにより移送した。加熱部内には、3L/分のNガスが流れており、例5では硫黄ガスを含んだNガスを流さなかった。原料を加熱部内で1時間保持することにより、原料を加熱溶融した。加熱部内に導入するガスの酸素濃度は10ppm以下であった。
加熱溶融後、例1~4と同様の方法で溶融物を冷却し、得られた固体を適切な大きさに砕くことにより、ブロック状の硫化物系固体電解質を得た。得られた硫化物系固体電解質について、以下の評価を行った。
【0094】
(評価)
(P-O結合割合評価)
各例で得られた硫化物系固体電解質について、P-O結合の割合を測定し、原料の吸着酸素の影響を評価した。硫化物系固体電解質が、加熱溶融時に吸着酸素の影響を全く受けていないと仮定した場合、硫化物系固体電解質におけるPの結合相手はほとんどSになると考えられる。したがって、P-S結合とP-O結合の量を測定し、それらの合計に対するP-O結合の割合が少ないほど、加熱溶融時における原料の吸着酸素の影響を抑制できていると言える。
各結合量の測定は、31P-NMR測定により行った。具体的な測定条件は以下の通りである。
装置名:Bruker社製 AVANCE-III-HD400
31P-NMR測定により得られるNMRスペクトルにおいて、0~20ppmの範囲にピークが観測されるバンドをPO 3-由来、30~50ppmの範囲にピークが観測されるバンドをPO3-由来、60~75ppmの範囲にピークが観測されるバンドをPO 3-由来、75~78ppmの範囲にピークが観測されるバンドをPOS 3-由来、78~100ppmの範囲にピークが観測されるバンドをPS 3-由来として、各バンドの面積強度で、(4×[PO 3-]+3×[POS 3-]+2×[PO 3-]+[PO3-])/{4×([PO 3-]+[POS 3-]+[PO 3-]+[PO3-]+[PS 3-])}×100(%)にて、P-O結合割合を求めた。
各例の硫化物系固体電解質を粉砕し、平均粒子径10~100μmの硫化物系固体電解質粉末としたものをサンプルとした。サンプリングは大気非曝露環境で行い、リン酸水素二アンモニウムを外部標準として測定し、1.6ppmとした。
【0095】
(リチウムイオン伝導率評価)
各例の硫化物系固体電解質を粉砕し、平均粒子径10μmの硫化物系固体電解質粉末を得た。この硫化物系固体電解質粉末を380MPaの圧力で圧粉体として測定サンプルとし、交流インピーダンス測定装置(Bio-Logic Sciences Instruments社製、ポテンショスタット/ガルバノスタット VSP)を用いて測定した。
測定条件は、測定周波数:100Hz~1MHz、測定電圧:100mV、測定温度:25℃とした。
【0096】
各例の製造条件及び評価結果について、表1に示す。
【0097】
【表1】
【0098】
例1~5のいずれも、原料には吸着酸素が存在していたが、露点が-65℃~-25℃の範囲内である導入部に原料を入れ、その後加熱部に移送した例2~5では、得られる硫化物系固体電解質のP-O結合割合が少なく、リチウムイオン伝導率が比較的大きい結果となった。一方で、導入部の露点が-70℃であった例1では、得られる硫化物系固体電解質のP-O結合割合が比較的多く、リチウムイオン伝導率も比較的小さい結果となった。すなわち、本製造方法によれば、加熱溶融時に、原料に吸着した酸素と原料中の他の成分との反応を抑制でき、リチウムイオン伝導性に優れた硫化物系固体電解質を製造できることが確認された。
【0099】
以上説明したように、本明細書には次の事項が開示されている。
1.導入部と加熱部とを備える製造装置を用いた硫化物系固体電解質の製造方法であって、
前記製造装置の前記導入部に原料を導入することと、
前記原料を、前記導入部よりも高温である前記加熱部に移送して加熱溶融することと、を含み、
前記導入部の露点は-65℃~-25℃である、硫化物系固体電解質の製造方法。
2.前記加熱部の温度が400℃以上であり、前記導入部の温度が300℃以下である、前記1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
3.前記加熱部の温度と、前記導入部の温度の差が200℃以上である、前記1又は2に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
4.前記加熱溶融の際に、所定の元素を補うことを含む、前記1~3のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
5.Li、P、S及びHaを含む硫化物系固体電解質ブロックであって、
前記HaはF、Cl、Br及びIからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、
前記硫化物系固体電解質ブロックにおいて、P-S結合及びP-O結合の合計に対するP-O結合の割合が5%未満であり、
厚さが10mm以下である、硫化物系固体電解質ブロック。
6.前記硫化物系固体電解質ブロックを平均粒子径10μmの粉末状として、380MPaの圧力で圧粉体とした際に、25℃で測定されるリチウムイオン伝導率が2.0mS/cm以上である、前記5に記載の硫化物系固体電解質ブロック。
【0100】
本発明を詳細にまた特定の実施態様を参照して説明したが、本発明の精神と範囲を逸脱することなく様々な変更や修正を加えることができることは当業者にとって明らかである。本出願は、2022年1月25日出願の日本特許出願(特願2022-009604)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
【符号の説明】
【0101】
100 製造装置
2 導入部
21 供給気体
22 排出気体
4 加熱部
41 供給気体
42 排出気体
43 耐熱容器
図1
図2