(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024028176
(43)【公開日】2024-03-01
(54)【発明の名称】植物由来メラニン様物質及びその利用
(51)【国際特許分類】
C07G 99/00 20090101AFI20240222BHJP
C12P 1/00 20060101ALI20240222BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240222BHJP
A61K 8/9789 20170101ALI20240222BHJP
A61K 36/81 20060101ALI20240222BHJP
A61Q 17/04 20060101ALI20240222BHJP
A61P 17/16 20060101ALI20240222BHJP
A61P 39/06 20060101ALI20240222BHJP
【FI】
C07G99/00 C
C12P1/00 Z
A61K45/00
A61K8/9789
A61K36/81
A61Q17/04
A61P17/16
A61P39/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023130233
(22)【出願日】2023-08-09
(31)【優先権主張番号】P 2022130933
(32)【優先日】2022-08-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北村 憲司
(72)【発明者】
【氏名】田中 伸和
【テーマコード(参考)】
4B064
4C083
4C084
4C088
【Fターム(参考)】
4B064AH19
4B064BB07
4B064BB12
4B064BB34
4B064BE01
4B064BE19
4B064BG06
4B064BG09
4B064CA11
4B064CC01
4B064CE03
4B064CE15
4B064DA01
4B064DA10
4C083AA111
4C083AA112
4C083CC19
4C083EE12
4C083EE17
4C083FF01
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZA89
4C084ZC37
4C088AB49
4C088AC01
4C088BA21
4C088CA25
4C088NA14
4C088ZA89
4C088ZC37
(57)【要約】
【課題】植物の組織培養によって得られる新規なメラニン様物質及びその利用を提供する。
【解決手段】ナス科タバコ属の植物の培養細胞を当該細胞が褐色~黒色に変化するまで培養した後、培養物のアルカリ水溶液抽出物から分離されるメラニン様物質。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナス科タバコ属の植物の培養細胞を当該細胞が褐色~黒色に変化するまで培養した後、培養物のアルカリ水溶液抽出液から分離されるメラニン様物質。
【請求項2】
培養が、細胞を植え継ぎ後10日間以上行われる請求項1記載のメラニン様物質。
【請求項3】
培養細胞がタバコBY-2細胞である、請求項1記載のメラニン様物質。
【請求項4】
アルカリ水溶液が水酸化ナトリウム水溶液である、請求項1記載のメラニン様物質。
【請求項5】
ナス科タバコ属の植物の培養細胞を当該細胞が褐色~黒色に変化するまで培養する工程、前記培養により得られた培養物をアルカリ水溶液で抽出する工程、及び前記抽出により得られた抽出液からメラニン様物質を分離する工程を含むメラニン様物質の製造方法。
【請求項6】
メラニン様物質の分離が前記抽出液に酸を添加することにより析出させた析出物を分離回収する、請求項5記載の方法。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか1項記載のメラニン様物質を有効成分とする紫外線防御剤。
【請求項8】
請求項1~4のいずれか1項記載のメラニン様物質を有効成分とする抗酸化剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は植物由来の新規メラニン様物質及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
メラニンは動物、菌類、真正細菌などで形成される褐~黒色の色素で、ヒトの髪の毛や皮膚などに蓄積し、紫外線を吸収してDNA損傷を防ぐ有用物質として知られる。
【0003】
動物由来では黒褐色のユーメラニン(eumelanin)や橙赤色のフェオメラニン(pheomelanin)があるが、脳に蓄積する暗黒色素としてニューロメラニン(neuromelanin)が存在することも知られている。また、カビには窒素未含有メラニンであるアロメラニン(allomelanin)がしばしばみられ、真正細菌の表面には同様に窒素未含有のピオメラニン(pyomelanin)がみられ、酸化ストレスからの防護や電子伝達への関わりが報告されている。
【0004】
また、メラニン類は植物でも見られ、アスパラゲール類やキク科(ヒマワリなど)の種皮に蓄積するものはフィトメラニン(phytomelanin)と呼ばれるが、スイカ、トマ卜、モクセイ、クリ、アサガオ、ゴマ、オートムギ、ニンニク、オオムギ、クロタネソウ(ニゲラ)の種皮や茶などの植物にも存在し、その多くがアロメラニンで、昆虫による食害や乾燥に対する耐性を提供すると推測されている。
【0005】
メラニンは紫外線からの保護作用のみならず、ラジカル補足機能、温度制御など、その特殊な物理化学的性状から、電子材料としての利用も期待されている(非特許文献1)。さらに、最近ではその生理活性から抗腫瘍、抗アレルギー作用が示されており、医薬品としての利用可能性も示唆されている(非特許文献2)。例えば、特許文献1には、イカスミ由来のメラニンがプリン体と結合し、血中の尿酸値低下作用を有することが開示されている。
【0006】
植物由来のメラニンを取得する場合、その抽出材料の多くは種皮であり、栽培や採取によるため取得時期が限られるだけでなく、天候や栽培場所などが異なれば質的な変化も生じる。その上、硬質な種皮から抽出材料を取得する手問もかかる。
したがって、取得時期や環境条件などに左右されることなく常時均質の抽出材料を入手できる方法が求められ、例えば、ニゲラ属植物の培養細胞からメラニンを産生させることが報告されている(特許文献2)。
【0007】
一方、タバコ(学名:Nicotiana tabacum)は、ナス科タバコ属の植物であり、葉の成分としてニコチンを含み、その葉は「葉たばこ」として喫煙用などに供される。
しかしながら、タバコ属の植物にメラニン様物質が含まれるとの報告はなく、タバコ属植物からメラニン様物質が単離されたという報告もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009-137896号公報
【特許文献2】国際特許公開第2012/125091号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Paulin, J.V., Graeff, C.F.O., 2021. From nature to organic (bio)electronics: a review on melanin-inspired materials. J. Mater. Chem., 9, 14514-14531.
【非特許文献2】d'Ischia, M., Wakamatsu, K., Cicoira, F., Di Mauro, E., Garcia-Borron, J.C., Commo, S., Ghanem, G., Koike, K., Meredith, P., Pezzella, A., Santato, C., Sarna, T., Simon, J.D., Zecca, L., Zucca, F.A., Napolitano, A., Ito, S., 2015. Pigment Cell Melanoma Res. 28, 520-544.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、植物の組織培養によって得られる新規なメラニン様物質及びその利用を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題に鑑み検討したところ、タバコの培養細胞を一定期間培養した場合に、細胞中に多くの植物でみられるアロメラニンとは異なるメラニン様物質が生産され、当該物質には、紫外線防御作用及び抗酸化作用があることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明は以下の1)~8)に係るものである。
1)ナス科タバコ属の植物の培養細胞を当該細胞が褐色~黒色に変化するまで培養した後、培養物のアルカリ水溶液抽出液から分離されるメラニン様物質。
2)培養が細胞を植え継ぎ後20日間以上行われる、1)のメラニン様物質。
3)培養細胞がタバコBY-2細胞である、1)のメラニン様物質。
4)アルカリ水溶液が水酸化ナトリウム水溶液である、1)のメラニン様物質。
5)ナス科タバコ属の植物の培養細胞を当該細胞が褐色~黒色に変化するまで培養する工程、前記培養により得られた培養物をアルカリ水溶液で抽出する工程、及び前記抽出により得られた抽出液からメラニン様物質を分離する工程を含むメラニン様物質の製造方法。
6)メラニン様物質の分離が前記抽出液に酸を添加することにより析出させた析出物を分離回収する、5)の方法。
7)1)~4)のいずれかのメラニン様物質を有効成分とする紫外線防御剤。
8)1)~4)のいずれかのメラニン様物質を有効成分とする抗酸化剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、時期や環境条件などに左右されることなく常時均質の天然由来のメラニン様物質を入手できる。得られたメラニン様物質は紫外線防御作用及び抗酸化作用を有することから、医薬品、化粧品、食品等の素材として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】培養細胞の着色変化の様子;a)0週、b)1週、c)2週、d)3週。
【
図3】メラニン様物質の紫外-可視吸収スペクトル。
【
図4】メラニン様物質のフーリエ変換赤外スペクトル(FT-IR)
【
図5】メラニン様物質の電子スピン共鳴分析(ESR)。
【
図11】メラニン様物質の溶解性(エチレングリコールモノエチルエーテル、Soluene-350)。
【
図15】メラニン様物質の酸化剤に対する反応性(KMnO
4)。
【
図16】メラニン様物質の酸化剤に対する反応性(NaOCl)。
【
図17】メラニン様物質の酸化剤に対する反応性(H
2O
2)。
【
図18】メラニン様物質の酸化剤に対する反応性(K
2Cr
2O
7)。
【
図19】メラニン様物質の還元剤に対する反応性(Na
2SO
3)。
【
図20】メラニン様物質の金属イオンに対する反応性。
【
図21】メラニン様物質の大腸菌細胞の増殖性に対する影響。
【
図23】メラニン様物質の紫外線保護効果(メラニン様物質:1mg/mL)。
【
図24】メラニン様物質の紫外線保護効果(メラニン様物質:0~2mg/mL)。
【
図25】メラニン様物質のスーパーオキシドラジカル捕捉活性。
【
図26】メラニン様物質のDPPHラジカル捕捉活性。
【
図27】メラニン様物質のヒドロキシラジカル捕捉活性。
【
図30】4種のタバコ属植物の培養後の乾燥カルス。
【
図31】3種のタバコ属植物の培養後の乾燥懸濁培養細胞。
【
図32】4種のタバコ属植物由来乾燥カルス粉末の溶媒抽出液(左:メタノール抽出、右:水酸化ナトリウム水溶液抽出)。
【
図33】3種のタバコ属植物由来乾燥懸濁培養細胞粉末の溶媒抽出液(左:メタノール抽出、右:水酸化ナトリウム水溶液抽出)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のメラニン様物質は、ナス科タバコ属植物の培養細胞を一定期間以上培養した場合に、細胞中に産生される褐色~黒色の物質である。
培養細胞は、ナス科タバコ属植物の葉、根、茎等の植物体の一部から定法により培養細胞を樹立することにより得ることができる。
培養細胞を樹立するための原材料となるナス科タバコ属植物は、3つの亜属(Rustica、Tabacum、Petunioides)に分類され、何れの亜属のものでものよい。例えば、Rustica亜属であればN.glaucaやN.knightanaなど、Petunioides亜属であればN.rusticaやN.langsdorffiiなどでもよいが、好ましくはTabacum亜属であり、N.glutinosaやN.otophoraなどがあるが、より好ましくはニコチアナ・タバカム(Nicotiana tabacum、別名:タバコ)である。さらに、タバコには黄色種、バーレー種、オリエント種など品種があるが、いずれの品種でもよい。
【0016】
培養細胞の樹立方法としては、例えばタバコ属植物の組織の一部(例えば子葉)を定法により殺菌および洗浄し、固体培地上で無菌的に培養することによりカルスを取得し、この中から増殖能が高く維持されたカルスを取得した後、液体培地に移植して、一定期間毎に継代培養を繰り返して安定した細胞増殖性が認められる細胞株を取得する方法が挙げられる。
タバコの培養細胞としては、ニコチアナ・タバカムの品種であるブライトイエロー2号から誘導されたタバコBY-2細胞(Nagata et al., Int. Rev. Cytol. 1992, 132, 1-30;Nagata et al., In vitro Cell Dev.-Pl. 2004, 40, 163-166)やNicotiana tabacum petit Havana SR-1から誘導された細胞を用いるのが好適である。タバコBY-2細胞は、理化学研究所バイオリソースセンター実験植物開発室等より入手することができる。
【0017】
メラニン様物質の生産に用いる培地としては、タバコ属植物の培養細胞の生育に必要な炭素源、窒素源、無機物などを含有すれば特に限定されないが、液体培地を用いるのが好ましい。例えば、基本培地として、リンスマイア-スクーグ(Linsmaier-Skoog)培地(LS培地)、ムラシゲ-スクーグ(Murashige-Skoog)培地(MS培地)、ホワイト(White)培地、オー.エル.ガンボーグ(O.L.Gamborg)B5培地、ニッチェ(Nitsch)培地、ヘラー(Heller)培地、モーレル(Morel)培地等を用いることができ、これにショ糖、グルコース、フラクトース、マルトース等の糖類を適宜添加したものを用いることができる。
また、基本培地の培地成分の一部の類似成分への置換、ビタミン類(塩酸チアミン、塩酸ピリドキシン、ニコチン酸、パントテン酸カルシウム、ビタミンB12、ビオチン、パラアミノ安息香酸、葉酸等)、アミノ酸(グリシン、グルタミン酸、リジン等)の添加、糖類の濃度の変更等によって改変した培地を用いることもできる。また、培地にはオーキシン類(インドール酢酸、インドール酪酸、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸、ナフタレン酢酸等)、サイトカイニン類(ゼアチン、カイネチン、ベンジルアデニン、チジアズロン等)、ジベレリン類(ジベレリンA1、ジベレリンA3等)等の植物ホルモンを添加しても良い。
前記タバコBY-2細胞を培養する場合は、LS培地を基本とし、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸を0.2mg/Lもしくは無添加とし、固形培地の場合は0.8~1.2%の寒天あるいは0.2~0.3%のゲルライト(ゲランガム)を添加し、121℃15~20分オートクレーブで滅菌した培地を用いるとよい。
【0018】
培養条件は、植物細胞の種類に応じて適宜調整できるが、通常約20℃~約35℃で、暗黒下で培養することが挙げられる。
例えば、BY-2細胞の場合、上記のLS培地を使用し、20~30℃、好ましくは23~27℃で、暗黒下、ロータリーシェーカー等の回転培養機で80~150rpmで振とう培養することができる。
培養は細胞が黒変するまで行われる。タバコBY-2細胞の場合、細胞を植え継ぎ後、1週間で継代培養するが、そのまま培養を続けると10日前後で褐色~黒色への変化(「黒変」とも称する)が始まり、約2週間を過ぎると細胞は黒変が進み、約3週間後には完全に褐色~黒色へ変化する。従って、タバコBY-2細胞の場合、細胞を植え継ぎ後20日以上、好ましくは植え継ぎ後20~30日程度、より好ましくは21~24日程度行うことが挙げられる。
なお、細胞の褐色~黒色への変化は目視によって確認することができ、細胞の褐色~黒色への変化と培地への褐色~黒色物質の蓄積をもって、完全に褐色~黒色へ変化したことを確認することができる。なお、本発明において「褐色~黒色」には、褐色から黒色に至るまでの色調が包含され、好ましくは黒褐色(黒みがかった茶色)が挙げられる。
【0019】
メラニン様物質は、前記培養により褐色~黒色に変化した培養細胞を回収した後、当該細胞をアルカリ水溶液に懸濁して抽出し、抽出液に酸を添加して析出させることにより分離回収できる。
ここで、用いられるアルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム等の無機塩基の水溶液;アンモニア水、メチルアミン、ジメチルアミン、エチルアミンなどの有機アミンの水溶液等が挙げられる。このうち、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液またはアンモニア水が好ましく、メラニン様物質の抽出効率の点から、例えば0.1~5Mの水酸化ナトリウム水溶液がより好適である。
【0020】
抽出は、上記アルカリ水溶液の懸濁液を25~75℃で、1~24時間で撹拌し、上清を遠心分離(6,000~10,000g、10~30分)し、残渣についてアルカリ水溶液を加えて撹拌する抽出操作を繰り返すことにより行うことができる。
上記アルカリ水溶液によって抽出されたメラニン様物質は、酸を用いて抽出液のpHを1~2に調整することにより不溶化される。ここで用いられる酸としては、pHを酸性に調整できるものであれば特に限定されず、例えば塩酸、硫酸、酢酸等を挙げることができる。斯かる不溶化操作は、抽出液に酸を添加して1~2時間静置することにより行うのが好ましい。
【0021】
斯くして不溶化して分離されたメラニン様物質(粗メラニン様物質)は、適宜、炭水化物、タンパク質、脂質等を除去した後、回収される。斯かる精製操作は公知の手法により行うことができる。
炭水化物の除去は、粗メラニン様物質に1~5M塩酸溶液を加えてボルテックス攪拌すること等により行うことができるが、細胞壁の除去ではセルラーゼやペクチナーゼ、デンプンの除去ではアミラーゼなどの分解酵素による処理で行うことができる。タンパク質の除去は、例えば粗メラニン様物質に1~5M塩酸溶液を加えてボルテックス攪拌すること等により行うことができるが、フェノールによる変性やプロテアーゼなどのタンパク分解酵素による処理で行うことができる。脂質の除去は、例えば粗メラニン様物質に100%エタノールやクロロホルムを加えて一定時間撹拌することにより行うことができるが、リパーゼなどの酵素の処理によって行うことができる。
また、メラニン様物質の単離においては、必要に応じて、濾過、洗浄、乾燥、各種クロマトグラフィー等による精製を適宜行うことができる。
【0022】
斯くして回収された、本発明のメラニン様物質は、後記試験例に示すとおり、吸光度解析(200-600nm)において、Sepia officinalis(ヨーロッパコウイカ)由来のSepiaメラニン(イカスミメラニン、M2649;Sigma-Aldrich)あるいは合成メラニン(CAS番号:8049-97-6)と類似した吸光度スペクトルを保有する。
また、FT-IR分析では、3700-2500cm-1と1800-900cm-1に広い吸収帯と800-500cm-1に少し小さめのやや広い吸収帯を持ち、他の既報のmelaninとも似たFT-IRスペクトラムが示される。3286cm-1を中心とする3366-3167cm-1の広くて比較的強いピークはO-HとN-Hの伸縮振動を示し、3125-3046cm-1の広くて弱いピークは芳香族のC-H振動で、1600cm-1と1500cm-1辺りの芳香環のバンドの存在によって支持される。比較的強く2つの中心を持つ2990-2903cm-1および小さな2874cm-1のピークは脂肪族のC-H基の伸縮振動と考えられる。1692-1607cm-1の強い吸収は芳香族のC=C伸縮,COO-の非対称伸縮で、1563-1503cm-1の強い吸収はN-Hの歪みとC-N伸縮(アミドII帯)と芳香族C=C伸縮と考えられる。1456cm-1と1394cm-1の小さめのピークはそれぞれ脂肪族のC-Hの歪みとフェノールのC-O-H湾曲およびインドールとフェノールのN-H伸縮とみられる。1297-1260cm-1の小さめのピークはカルボキシル基の伸縮振動と思われる。1225-900cm-1の吸収の傾斜にあるいくつかの小さなピークは芳香族C-H平面内湾曲と思われる。699cm-1に小さいが鋭いピークがみられ、822cm-1や742cm-1とともに芳香族C-Hの平面外歪みと思われる。以上のことからメラニン類似物質であると考えられるが、元素分析によりNの含有が認められることから、植物で報告されている多くのアロメラニンとは異なる新規なメラニン様物質であると云える。
【0023】
そして、本発明のメラニン様物質は、後記試験例に示すとおり、紫外線防御作用、抗酸化作用(活性酸素消去作用)を有する。したがって、本発明のメラニン様物質は紫外線防御剤、抗酸化剤となり得る。
本発明において、「紫外線防御」とは、紫外線を吸収或いは散乱することで、生体を紫外線から防御する作用を意味する。したがって、本発明の紫外線防御剤によれば、紫外線による肌のダメージ(例えば、紅斑やシミ、皮膚の黒化、シワ、炎症など)の発生を抑制すること、紫外線による皮膚や肌の老化を抑制することが可能となる。
【0024】
本発明において、「抗酸化」とは、活性酸素を消去して物質が酸化されるのを抑制することを意味し、より具体的には、活性酸素の過剰産生による細胞や組織傷害を減弱することを指す。したがって、本発明の抗酸化剤によれば、活性酸素の過剰産生によって誘発又は助長される症状若しくは疾患の予防、改善又は治療が可能となる。活性酸素の過剰産生によって誘発又は助長される疾患としては、例えば、循環器疾患(動脈硬化症、虚血性心疾患(不整脈、狭心症、心筋梗塞)、高血圧、脳血管疾患(脳梗塞、脳出血)等)、脳神経系疾患(パーキンソン病、アルツハイマー病、能萎縮性側索硬化症状、外傷性てんかん、認知症等)、消化器系疾患(胃炎、胃潰瘍、小腸炎、潰瘍性大腸炎、過敏性大腸炎、クローン病、薬剤性大腸炎、膀胱炎、肝炎、胆嚢炎等)、腎疾患(糸球体腎炎、糖尿病性腎炎、腎不全、薬剤性腎障害等)、呼吸器疾患、代謝・内分泌疾患、アレルギー疾患、眼疾患、老化・老人性疾患等が挙げられる。
【0025】
本発明の紫外線防御剤、抗酸化剤は、紫外線防御又は抗酸化を目的とした、医薬品、医薬部外品、食品若しくは化粧品であり得、又は当該医薬品、医薬部外品、食品若しくは化粧品を製造するための原料又は素材であり得る。また、食品には、紫外線防御又は抗酸化をコンセプトとし、必要に応じてその旨を表示した食品、機能性表示食品、特定保健用食品、病者用食品、サプリメントが包含される。
【0026】
上記医薬品又は医薬部外品は、その投与形態は任意であり、経口投与、非経口投与の何れでもよい。経口投与のための剤型としては、例えば、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤のような固形製剤、並びにエリキシル、シロップ及び懸濁液のような液体製剤が挙げられ、非経口投与のための剤型としては、注射、外用、経皮、経粘膜、経鼻、経腸、吸入、坐剤、貼付等の各製剤が挙げられる。
【0027】
上記化粧品の形態としては、クリーム、乳液、ローション、懸濁液、ジェル、パウダー、パック、シート、パッチ、スティック、ケーキ、ヘアトニック、ヘアリキッド、ヘアジェル、ヘアクリーム、トリートメント、ヘアスプレー、エアゾルムース、シャンプー、リンス等、化粧品に使用され得る任意の形態が挙げられる。
【0028】
上記食品の形態は、例えば、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料等の飲料、ゼリー状食品や各種スナック類、焼き菓子、ケーキ類、チョコレート、ガム、飴、スープ類等、あらゆる飲料・食品形態とすることができる。
【0029】
上記医薬品、医薬部外品若しくは化粧品に係る製剤組成物は、それぞれ一般的な製造法により、本発明のメラニン様物質を製剤上許容し得る担体、例えば、各種油剤、界面活性剤、ゲル化剤、防腐剤、酸化防止剤、溶剤、アルコール、水、キレート剤、増粘剤、紫外線吸収剤、乳化安定剤、pH調整剤、色素、香料等と共に混合、分散した後、所望の形態に加工することによって得ることができる。また、これらの製剤組成物には、本発明のメラニン様物質の他、それぞれ医薬品、医薬部外品、化粧品等の製剤の種類に応じて、適宜、植物抽出物、殺菌剤、保湿剤、抗菌剤、清涼剤等の薬効成分を本発明の効果を妨害しない範囲で適宜配合することができる。
【0030】
当該製剤組成物中の本発明のメラニン様物質の含有量は、一般的に好ましくは0.0001~10質量%、より好ましくは0.0005~1質量%である。
また、上記製剤組成物による本発明のメラニン様物質の投与量は、本発明の効果を達成できる量であり得る。当該投与量は、対象者の状態、体重、性別、年齢又はその他の要因に従って変動し得るが、成人(60kg)1人当たり1日、例えば好ましくは0.001~10,000mgであり得る。
【実施例0031】
実施例1 タバコBY-2細胞を用いたメラニン様物質の生産
1.材料と方法
(1)細胞と培地
タバコ属植物の培養細胞として、タバコBY-2細胞を用いた。BY-2細胞は、理化学研究所バイオリソースセンター実験植物開発室より、入手した。
この細胞の培養にはLinsmaier-Skoog(LS)液体培地(Linsmaier and Skoog, 1965)を用いた。
UV保護作用試験では大腸菌Escherichia coli K-12株由来DH-5α株を用い、培養にはLuria-Bertani(LB)培地(Bertani,1951)を用いた。
【0032】
(2)試薬類
試薬類は、特に断りがなければNacalai Tesque(Kyoto, Japan)とFUJIFILM Wako Pure Chemical Corp.(Osaka, Japan)から購入した。
【0033】
2.メラニン様物質の抽出
(1)BY-2細胞の培養
毎週、75mLのLS液体培地を300mlのフラスコに3mlのBY-2細胞を植え継ぎ、25℃の暗黒下でNew Brunswick Scientific Co. Inc.の回転培養機(Gyrotory Shaker Model G-10)で130rpmで培養した。
20mlのLS液体培地を入れた100mlのフラスコに1週間培養したBY-2細胞を1ml入れ、25℃の暗黒下でNew Brunswick Scientific Co. Inc.の回転培養機(Gyrotory Shaker Model G-10)で130rpmで細胞が褐色~黒色に変化(「黒変」)するまで培養した。
植え継ぎ後10日あたりから黒変がみられ、2週間後には黒変が進み、3週間後では黒褐色に変化した(
図1a-e)。また、培地も黒褐色に変化し(
図1f)、何らかの黒褐色の物質が蓄積し、細胞外に放出されていることが示唆された。
【0034】
(2)メラニン様物質の抽出
(2-1)3週間培養したBY-2細胞をブフナーロートに定性ろ紙(ADVANTEC,Tokyo,Japan)を乗せ、吸引ろ過で回収した。75℃で48hr乾燥し、抽出材料とした。濾過後の培地は別途回収し、メラニン様物質の基質候補の分析用として-80℃で保存した
5gの乾燥したBY-2細胞を200mlの蓋付きガラスフラスコ中で120mlの0.5M NaOH溶液に懸濁した。この懸濁液を75℃で3時間静置し、1時間ごとに攪拌して抽出した。この懸濁液を10,000g、22℃で10分間遠心し、黒褐色の上清を回収した。沈殿は40mlの0.5M NaOH溶液で懸濁し、再度、200mlの蓋付きガラスフラスコに入れて80mlの0.5M NaOH溶液を加えて、120mlとし、前述の方法で細胞から黒褐色物質がなくなるまであと3回抽出を繰り返した。回収した合計480mlの黒褐色の上清を2枚重ねたろ紙を通してろ過した。
抽出した黒褐色溶液は6.0MのHClを加えてスターラーで攪拌しながらpH2.0に調整し、その後室温に2時間静置することで黒褐色色素を不溶化させた。この液を10,000g、22℃で10分間遠心し、黒褐色の沈殿を回収した。この沈殿を40mlの6.0M HClにVortexで懸濁し、100℃に2時間静置し、炭水化物とタンパク質を分解した。この溶液を10,000g、22℃で10分間遠心し、黒褐色の沈殿を回収した。この沈殿を40mlの蒸留水にVortexで十分に懸濁して洗浄し、10,000g、22℃で10分間遠心して、黒褐色の沈殿を回収した。
【0035】
脂質とその他の物質を除去するため、黒褐色沈殿を30mlの100% EtOHにVortexで十分に懸濁し、30分間シェーカーで振とうした。この液を10,000g、22℃で10分間遠心し、黒褐色の沈殿を回収した。この沈殿を40mlの蒸留水にVortexで十分に懸濁して洗浄し、10,000g、22℃で10分間遠心して、黒褐色の沈殿を回収した。同様な分解と洗浄を酢酸エチルとアセトンで繰り返した。最終的に黒褐色沈殿は2mlの蓋つきプラスチックチューブに移し、凍結乾燥機(FD-1000、Tokyo Rikakikai Co, Ltd)で乾燥した。5gの乾燥したBY-2細胞から150~170mgの物質が抽出された。この物質は黒褐色を呈し、乾燥後はやや塊を形成したが、よくつぶすことで細かい粒子となった(
図2)。抽出した物質をメラニン様物質と呼ぶ。
【0036】
<試験例>
以下の試験結果は3つのサンプルの平均値と標準偏差とし、各実験は少なくとも2回は繰り返した。統計学的有意差は実験によってP<0.05もしくはP<0.01で評価した。
試験例1 メラニン様物質の解析
(1)吸光度解析
実施例1で得られたメラニン様物質を0.05mg/mlで0.5M NaOH溶液に溶解し、紫外可視分光光度計(DU730,Beckman Coulter,Fullerton,CA)で200-600nmの波長で吸光度をスキャンした。
市販の合成メラニン(CAS番号:8049-97-6、M8631,Sigma-Aldrich,St. Louis,MO)およびSepiaメラニン(Sepia officinalis由来,M2649,Sigma-Aldrich)の粉末を同じ濃度で0.5M NaOH溶液に溶解し、比較として用いた。
【0037】
結果を
図3に示す。
合成メラニンは600nmから徐々に吸光度が上昇し400-230nmでは直線的に、230nmから急激に上昇後218nmにピークがみられた。また、Sepiaメラニンは500nm辺りから徐々に吸光度が上昇し400-280nmでは直線的に、その後やや急激に上昇し、265nmあたりで低いピークがみられ、さらに、230nm辺りから急激な上昇の後、210nmと206nmにピークがみられた。
本発明のメラニン様物質では500nm辺りから徐々に吸光度が上昇し400-300nmでは直線的に、その後やや急に上昇し、280nmあたりでショルダーがみられ、さらに、265nm辺りから急激な上昇の後、218nmにピークがみられた。このことから、ピークの波長は少し異なるが、本発明のメラニン様物質は、これまで報告されている動物由来あるいは合成のメラニンと類似した吸光度スペクトルを持っていることが分かった。
【0038】
(2)元素分析
乾燥した本発明のメラニン様物質を微量元素分析装置(CHNS/O Analyzer 2400 II,PerkinElmer,Inc.CT)で構成元素の分析を行った。結果を表1に示す。
【0039】
【0040】
表1より、ロットの異なる抽出サンプルで得られた本発明のメラニン様物質の構成元素の比率はほぼ同一で、C,H.Nが含有されているがSは含有されていない。なお、Nの含有から、植物で報告されている多くのallomelaninとは異なるメラニン様物質であることが示唆された。
【0041】
(3)FT-IR分析
フーリエ変換赤外スペクトル(FT-IR)分析はSpectrum One(Perkin-Elmer,Shelton,CT)を用いて行った。本発明のメラニン様物質を3mgと150mgのKBrと混合し、約50mgを分析に供した。波長は4000-500cm
-1のレンジで測定し、グラフ化した(
図4)。
3700-2500cm
-1と1800-900cm
-1に広い吸収帯と800-500cm
-1に少し小さめのやや広い吸収帯を持ち、他の既報のmelaninとも似たFT-IRスペクトラムが示された。3286cm
-1を中心とする3366-3167cm
-1の広くて比較的強いピークはO-HとN-Hの伸縮振動を示し、3125-3046cm
-1の広くて弱いピークは芳香族のC-H振動で、1600cm
-1と1500cm
-1辺りの芳香環のバンドの存在によって支持される。比較的強く2つの中心を持つ2990-2903cm
-1および小さな2874cm
-1のピークは脂肪族のC-H基の伸縮振動と考えらる。1692-1607cm
-1の強い吸収は芳香族のC=C伸縮,COO-の非対称伸縮で、1563-1503cm
-1の強い吸収はN-Hの歪みとC-N伸縮(アミドII帯)と芳香族C=C伸縮と考えられる。1456cm
-1と1394cm
-1の小さめのピークはそれぞれ脂肪族のC-Hの歪みとフェノールのC-O-H湾曲およびインドールとフェノールのN-H伸縮とみられる。1297-1221cm
-1の小さめの2つのピークはカルボキシル基の伸縮振動と思われる。1225-900cm
-1の吸収の傾斜にあるいくつかの小さなピークは芳香族C-H平面内湾曲と思われる。699cm
-1に小さいが鋭いピークがみられ、822cm
-1や742cm
-1とともに芳香族C-Hの平面外歪みと思われる。
【0042】
(4)ESR分析
電子スピン共鳴(ESR)分析はBruker E-500を用いて行った。本発明のメラニン様物質、合成メラニン、Sepiaメラニンの粉末をそれぞれ5mgとってガラス測定管に入れ、測定を行った(
図5)。
【0043】
本発明のメラニン様物質は合成メラニン及びSepiaメラニンと類似のESRスペクトルを示したが、電子スピンの周囲の環境を反映するg値からはSepiaメラニンに近いことが示された。一方、信号強度はSepia>合成メラニン>本発明のメラニン様物質の順で、およそ50:5:1で、本発明のメラニン様物質のラジカル生成は強くないことが示唆された。
【0044】
(5)溶解性分析
溶媒はH2O、酸とアルカリとして0.05-1.0Mの濃度のHCl、NaOH、KOH、NH4OHを使用した。極性の異なる有機溶媒としてヘキサン、トルエン、酢酸エチル、クロロホルム、ジクロロメタン、アセトン、ピリジン、エタノール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、メタノール、溶解が報告されている有機溶媒であるエチレングリコールモノエチルエーテル(Lea,1952)とSoluene-350(PerkinElmer、Waltham,MA、Wakamatsu and Ito,2002)を使用した。
緩衝液として、いずれも0.5Mの酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.2),クエン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0),MOPS-KOH緩衝液(pH7.0),HEPES-KOH緩衝液(pH7.5),Tris-酢酸緩衝液(pH7.9),Tris-塩酸緩衝液(pH8.0)を用いた(Kawamoto et al., Biochem. Pharmacol. 2019,163, 178-193)。
【0045】
1.5mlのエッペンドルフチューブに1mgの本発明のメラニン様物質を入れ、100μlの各種溶媒を添加し(最終濃度10mg/ml)、Vortexによる懸濁し、室温で24h静置後の溶解状況を調べた。検定方法は、Kawamotoらによる方法を参考に少し修正を加えた。ろ紙(Whatman 3MM chr)に10mmの格子を作り、本発明のメラニン様物質の懸濁液をvortexで攪拌し1μlをスポットした。
【0046】
次に、10000gで15min遠心した上清を1μLをスポットした。測定用としては、ろ紙に1μlを3つずつスポットした。これを乾燥後、光学スキャナー(V7000 PHOTO,Epson,Nagano,Japan)でスキャンし、Scan software(EPSON Scan)を用いてColor(48 bit)もしくはGray(16 bit)でスポットの像を取り込んだ。この像をImageJ(NIH)で解析した。Grayの像の白黒を反転しにして、輝度をピクセルとしてカウントし、溶解した濃度を数値化した。
【0047】
(結果)
<アルカリに対する溶解性>(
図6~
図8)
0.05-1.0MのNaOH、KOH、NH
4OH溶液では試験したどの濃度でも1mlの溶液で十分に10mgのメラニン様物質が溶解された。
<酸に対する溶解性>(
図9)
1mlのHClに10mgのメラニン様物質は完全に溶解できず、不溶物が残った。0.05Mで4mg/ml、0.1Mで5mg/ml程度のメラニン様物質が溶解できるが、0.3Mでは1mg/ml程度となり、0.5M以上ではほぼ溶解できないことが分かった。
<有機溶媒及び水に対する溶解性>(
図10、
図11)
・DMSOでわずかな溶解がみられた以外は、極性の高低に関わらず、調べたすべての有機溶媒には溶解しないことが分かった。
・また、水ではわずかに溶解することが分かった。
・また、毛髪メラニンの溶解の報告があるエチレングリコールモノエチルエーテル(Ethylcellosolve)には溶解しないが、Soluene-350(Wakamatsu K., Ito, S., 2002. Advanced chemical methods in melanin determination. Pigment Cell Res., 15, 174-183.)にはよく溶けたが、溶液は色も濃く変化するだけでなく強い粘性を持ち、各種実験の溶媒として使用できるものとは思われなかった。
<緩衝液に対する溶解性>(
図12)
・pHの異なる6種の緩衝液による溶解性では、酸性の酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.2)中性のクエン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)にはメラニン様物質はほとんど溶解しなかったが、中性のMOPS-KOH緩衝液(pH7.0)はかなり溶け,弱アルカリ性のHEPES-KOH緩衝液(pH7.5),Tris-酢酸緩衝液(pH7.9),Tris-塩酸緩衝液(pH8.0)には0.5M NaOHと同程度に溶解することが分かった。このことから、緩衝液の溶質は関係するが中性~弱アルカリ性の緩衝液には溶解するものがあること、特に、HEPES-KOH緩衝液に溶解することから、本発明のメラニン様物質はsquid ink melaninと同様に動物の細胞への投与も可能であることが示唆された(Kawamoto et al., Biochem. Pharmacol. 2019,163, 178-193)。
【0048】
(6)温度耐性
0.05mg/mlで0.5M NaOH溶液に溶解した本発明のメラニン様物質を13.5 mlの蓋つきガラスバイアル(Mighty vial、No, 4、マルエム)に3ml入れ、25℃、50℃、75℃、100℃に置き、1時間おきに218nmの吸光度を測定した。
【0049】
結果を
図13に示す。
本発明のメラニン様物質を異なる温度で5時間インキュベートして、吸光度を計測して安定性を調べた。その結果、いずれの温度で5時間では、吸光度の低下はほとんどなく、少なくともこの時間では100℃の高温でも安定であることが分かった。
【0050】
(7)光耐性
0.05mg/mlで0.1M Tris-HCl溶液に溶解した本発明のメラニン様物質を直径30mmのガラスシャーレに2ml入れ、蒸発を防ぐためUV透過フィルム(Titer Stick HC film,UV-transmissible type,Fukae-Kasei Co.Ltd.,Kobe,Japan)でシールして、太陽光ランプ(SUNLAMP 60W,R-62,Kyokko Electric Industrial Co.Ltd.Tokyo Japan)、UVランプ(GL15、東芝ライテック、日本)および暗黒下に25℃で静置した。光源からの距離は30cmとした。0‐5日に毎日λmax(212nm)の吸光度を測定した。
加えて、光による退色は、溶解性分析と同様にろ紙(Whatman 3MM Chr)に0.5M NaOHに溶解した10mg/mlの本発明のメラニン様物質の懸濁液を1μlをスポットした。比較として、0.5M NaOHに溶解した1mg/mlの合成メラニン(Sigma-Aldrich)を1μlスポットした。これを太陽光ランプ、UVランプ、暗黒下で25℃で静置し、0,1,3,5,10日後に、光学スキャナー(V700 PHOTO, Epson)でスキャンしてスポットの像を取り込んだ。また、測定用として、ろ紙に1μlを3つずつスポットし、同じ条件に置いた後、光学スキャナーでスポットの像を取り込み、ImageJで解析した。
【0051】
結果を
図14に示す。
暗黒下では双方のメラニンで退色はなく、太陽光ランプでも退色は見られなかった。一方、UV照射では双方のメラニンで退色がみられた。特に、本発明のメラニン様物質では、1日で約70%、3日で約40%と急激に退色し、その後はゆっくりと退色し、10日後では約20%程度でかすかな褐色がみられる程度に退色した。合成メラニンの退色はやや遅かったが、10日後には本発明のメラニン様物質と同様に約20%程度まで退色した。
また、溶液での本発明のメラニン様物質の分解を212nmの吸光度で確認すると、ろ紙の実験と同様に5日間では暗黒下ではメラニン様物質で退色はなく、太陽光ランプでも退色はほとんど見られなかった。しかし、UV照射では、1日目で吸光度は少し下がり、その後も減少を続け、5日目では2割程度まで減少した。
【0052】
(8)各種化学物質の反応性
1)酸化剤と還元剤の反応
酸化剤による反応はKMnO4,K2Cr2O7,NaOCl,H2O2を用いて行った。目視でのテストはKMnO4,NaOCl,H2O2で0.1M NaOH中の本発明のメラニン様物質溶液で調べた。KMnO4では0及び0.1、0.5、1mMとなるよう0.1mg/mlのメラニン溶液に添加し、Vortexでよく混合後、室温、暗黒下で静置し、24h後の色の変化を調べた。NaOClでは、1mg/mLの本発明のメラニン様物質に0、1.0、2.0、5.0%となるよう添加し、暗黒下、室温で静置し、2、18、24、42時間後の脱色を調べた。H2O2では0.5mg/mlのメラニン溶液に0、0.75、3.75、7.5%になるようH2O2を加えて混合し、暗黒下、室温で静置し、0,2、16、24時間後の脱色を調べた。
K2Cr2O7による酸化は吸光度で調べた。0.1M NaOH溶液中の0.05mg/mlの本発明のメラニン様物質溶液にK2Cr2O7を0、0.1、0.5、1.0mMになるように加え、218nmで吸光度を測定し、24hr後に再度測定し、変化を観察した。
還元剤の影響はNa2SO3を用いて吸光度測定および目視での観察を行った。0.1M NaOH溶液中の0.05mg/mlの本発明のメラニン様物質溶液にNa2SO3を0、0.1、0.5、1.0mMになるように加え、218nmで吸光度を測定し、24時間後に再度測定し、変化を観察した。また、目視では、0.1M NaOH溶液中の1mg/mlの本発明のメラニン様物質溶液にNa2SO3を0、1.0、2.0、5.0%になるように加え、1、2、18、24時間後に色の変化を観察した。
【0053】
結果を
図15~
図19に示す。
KMnO
4は、目視での観察では24時間後に本発明のメラニン様物質を含まないときは薄い赤色で変化はなかったが、メラニン様物質を含むときは還元による青色を呈した。このことから、本発明のメラニン様物質はKMnO
4によって酸化されることが分かった。NaOClでは添加して2時間後の目視での観察で濃度依存的に酸化によって退色が見られたが、その後はあまり変化しなかった。H
2O
2の添加では目視での観察で本発明のメラニン様物質の色は経時的にかつ濃度に依存的に薄くなったことから、酸化によって分解されることが示された。
吸光度によるK
2Cr
2O
7の酸化の測定では、24時間後での吸光度が0.1mMでは10%、0.5mMでは80%程度減少し、1.0mMでは完全になくなったため、酸化による分解が示された。
還元反応では、本発明のメラニン様物質の溶液にNa
2SO
3を0,0.1,0.5.および1mMになるように加え、24時間後の吸光度を測定したが、変化は見られなかった。さらに、本発明のメラニン様物質は溶液にNa
2SO
3を0、1.0、2.0、5.0%になるように加え、1、2、18、24時間後に目視での観察で色の変化を観察した結果、各時間いずれの濃度でも退色などは見られなかった。よって、本発明のメラニン様物質は還元による変化は起こらないことが示された。
【0054】
2)金属イオンへの反応
金属イオンへの反応は、CuSO4,MgSO4,CaCl2,Na2SO4,FeCl3,AlCl3,ZnCl2で行った。0.5M NaOH溶液中の0.05mg/mlの本発明のメラニン様物質溶液に各化学物質を0もしくは1mMになるように加え、218nmで吸光度を測定、24時間後に再度測定し、変化を観察した。
【0055】
Cu
2+,Ca
2+,Na
+,Al
3+,Zn
2+,では吸光度に変化は見られなかったが、Mg
2+,では5%、Fe
2+では10%の減少がみられ、分解等の変化が生じている可能性が示唆された(
図20)。
【0056】
試験例2 UV照射保護作用(紫外線防御作用)
LB固形培地で培養したE.coli DH-5α株を5mLのLB液体培地に接種し、37℃で16時間振盪培養した。この培養液の125μLを25mLのLB液体培地に接種し、37℃、100rpmの往復振盪培養を行った。OD600が0.3前後になったら、5分間の氷冷後、4℃、6000rpm、10分間遠心し、上清を捨てて沈殿を0.1M リン酸ナトリウムバッファー(pH7.4)にOD600=0.3となるよう懸濁し、本発明のメラニン様物質によるUV保護試験に供した。
24ウェルの滅菌培養プレートのウェルに0.1M リン酸ナトリウムバッファーに懸濁した大腸菌を1mLずつ入れ、本発明のメラニン様物質を0,0.1、0.2、0.5、1.0、2.0mg/mLとなるよう添加し、0,1分間、5分間、UV-A(352nm)、UV-B(306nm)、UV-C(254nm)のいずれかを照射して回収した。また、同様に0.1M リン酸ナトリウムバッファーに懸濁した大腸菌を1mLずつ入れ、本発明のメラニン様物質を1.0mg/mLとなるよう添加し、0,30秒、1、2、5、10、20分間、UV-A(352nm)、UV-B(306nm)、UV-C(254nm)のいずれかを照射して回収した。これらのサンプルは、4℃、6000rpm、5分間遠心し、上清を捨ててLB液体培地で洗浄後、再遠心し、LB液体培地に再懸濁した。これらをOD600=0.02となるよう希釈して懸濁後、それぞれ96ウェル滅菌培養プレートの1列(8ウェル)に200μLずつ分注し、37℃で静置培養し、1時間ごとに振盪して懸濁し、マイクロプレートリーダー(iMARK(商標),Bio-Rad Laboratory Inc., Hercules, CA)を用い、OD595で増殖を測定した。
【0057】
結果を
図21~
図24に示す。
大腸菌に本発明のメラニン様物質を投与して20-30分間程度静置しても特に増殖に影響はなく、短時間での投与では毒性は示さないことが示された(
図21)。次に、大腸菌に紫外線(UV-C、254nm)を30秒以上照射すると増殖せず、死滅することが分かった(
図22)。また、1.0mg/mLの濃度であれば、20分のUV-C照射でも大腸菌は生き残ることが分かった(
図23)。そこで、本発明のメラニン様物質を0.1、0.2、0.5、1.0、2.0mg/mLを添加してUV-Cを1分間および5分間照射すると、濃度依存的に大腸菌が生き残り、増殖することが分かった。UV-Bでも生存が確認された(
図24)。以上のことから、本発明のメラニン様物質はUVからの保護作用が見られた。
【0058】
試験例3 抗酸化作用
(1)スーパーオキシドラジカル捕捉活性
1.0mg/mLの濃度で50mM Tris-HCl緩衝液(pH8.2)に溶かした3mLの本発明のメラニン様物質に10mM HClに溶かした10mMピロガロール(焦性没食子酸)を200μL加え、25℃で30秒おきに5分まで吸光度420nmを測定した。
本発明のメラニン様物質によるスーパーオキシドラジカルの捕捉活性(%)は、ピロガロールによるスーパーオキシドラジカルの捕捉が阻害されることで示される。1.5-3.5分の間でピロガロールのみの吸光度の上昇を示すグラフの傾き(kbcontrol)と本発明のメラニン様物質を加えた吸光度の上昇を示すグラフの傾き(kbsample)で、以下の式で求めた。
(数1)
スーパーオキシドラジカル捕捉活性(%)=(Kbcontrol-Kbsample)/Kbcontrol×100
【0059】
結果を
図25に示す。
本発明のメラニン様物質に添加によってピロガロールによるスーパーオキシドラジカル捕捉が阻害されたことから、本発明のメラニン様物質は濃度依存的にスーパーオキシドラジカルを捕捉できることが分かった。0.5mg/mLでは15%、1.0mg/mLで18%程度であった。
【0060】
(2)DPPHラジカル捕捉活性
0.2mMとなるようDPPH(2,2-ジフェニル-1-ピクリルヒドラジル)をエタノールに溶解し、吸光度が安定するまで25℃で2時間静置した。0-3mg/mLの濃度で0.1M Tris-HCl(pH7.4)に溶解した1.2mLの本発明のメラニン様物質と1.5mLのDPPH溶液、300μLのエタノールを混合し、30分間室温で遮光して静置後、517nmの吸光度を測定し、DPPHによるラジカル捕捉活性を調べた。サンプル添加の吸光度をAs、サンプル無添加の吸光度をAcとし、DPPHラジカル捕捉活性(%)は、以下の式で求めた。
(数2)
DPPHラジカル捕捉活性(%)={(Ac-As)/Ac}×100
【0061】
ラジカル捕捉の阻害物質として40、60、80μg/mLのTrolox(6-hydroxy-2,5,7,8-tetramethylchroman-2-carboxylic acid)を用い、本発明のメラニン様物質のDPPHラジカル捕捉活性をTEAC(Trolox等価抗酸化能)で算出した。それぞれのDPPHラジカル捕捉活性で50%を示す濃度をIC50とし、以下の式でTEACを求めた。
(数3)
TEAC=TroloxのIC50値(μg mL-1)/メラニン様物質のIC50値(μ
g mL-1)
【0062】
結果を
図26に示す。
本発明のメラニン様物質は濃度依存的にDPPHのラジカルを捕捉した。Troloxを指標としたTEACは0.03であった。
【0063】
(3)ヒドロキシラジカル捕捉活性
100μLの100mM KH2PO4-KOH緩衝液(pH7.4)、200μLの15mMデオキシリボース溶液、200μLの0.5mM FeCl3溶液、100μLの1mM EDTA、100μLの1mMのアスコルビン酸、100μLの蒸留水を混合した反応液に、0~1.0mg/mLの濃度で100mM KH2PO4-KOH緩衝液(pH7.4)に溶解した本発明のメラニン様物質を100μL加え、100μLの10mM 過酸化水素水を加えて1mLとして混合し反応を開始させた。37℃で4時間静置後、反応液に1mLの1%チオバルビツール酸(TBA)を加えて混合し、さらに1mLの2.8%トリクロロ酢酸(TCA)を加えて混合した。この液を80℃で20分間静置後、2500×g、22℃で10分間遠心し、分光光度計を用い、532nmで上清の吸光度を測定した。ヒドロキシラジカル捕捉活性がある標準物質としてはTroloxを用いた。
ヒドロキシラジカル捕捉活性は以下の式で算出した。
(数4)
ヒドロキシラジカル捕捉活性(%)=(ABlank-ASample)/ABlank×100
ABlank:コントロール(サンプルなしのブランク)の吸光度
ASample:サンプルの吸光度
【0064】
また、本発明のメラニン様物質のヒドロキシラジカル捕捉活性をTEAC(Trolox等価抗酸化能)で算出した。それぞれのヒドロキシラジカル捕捉活性で50%を示す濃度をIC50とし、以下の式でTEAC値を求めた。
(数5)
TEAC=TroloxのIC50値(μg mL-1)/メラニン様物質のIC50値(μg mL-1)
【0065】
結果を
図27に示す。
本発明のメラニン様物質でヒドロキシラジカル捕捉活性が見られた。Troloxとの比較によるTEAC値は0.0056であった。
【0066】
(4)還元力
200μLの0.2M リン酸ナトリウム緩衝液(pH6.6)に0~0.2mg/mLで溶解した本発明のメラニン様物質、500μLの0.2M リン酸ナトリウム緩衝液(pH6.6)、500μLの1%フェリシアン化カリウムを混合し、50℃で20分間静置した。さらに、500μLの10%トリクロロ酢酸(TCA)を加えて混合し、2500×g、22℃で10分間遠心した。500μLの上清をとり、500μLの蒸留水と100μLの0.1% FeCl3を加えて混合し、10分間室温で静置後、分光光度計を用い、700nmの吸光度を測定した。還元力のある標準物質としてはアスコルビン酸を用いた。
【0067】
結果を
図28に示す。
本発明のメラニン様物質はフェリシアン化カリウム(Fe
3+)をフェロシアン化カリウム(Fe
2+)に還元する能力があった。その能力はアスコルビン酸と比較し、概ね1/25~1/40であった。
【0068】
(5)鉄キレート活性
250μLの0.1M MES緩衝液(pH6.0)に0~2.0mg/mLで溶解した本発明のメラニン様物質、250μLの0.1mM FeSO4溶液、500μLの0.25mMのフェロジン(3-(2-ピリジル)-5,6-ジフェニル-1,2,4-トリアジン-4′,4″-ジスルホン酸ナトリウム塩水和物)を混合し、10分間室温で静置後、分光光度計を用い、562nmの吸光度を測定した。250μLの各種濃度の本発明のメラニン様物質の溶液に250μLの0.1mM FeSO4溶液、500μLの蒸留水を加えて混合したものをブランクとして用いた。標準物質としてはEDTAを用いた。鉄キレート活性は以下の式で算出した。
(数6)
鉄キレート活性(%)=(AMax-ASample)/AMax×100
AMax:最大シグナルコントロール(EDTAなし)の吸光度
ASample:サンプルの吸光度
【0069】
結果を
図29に示す。
本発明のメラニン様物質は鉄(Fe
2+)をキレートし、フェロジンとの結合を阻害する活性があることが分かった。EDTAと比較すると、キレート活性は概ね1/100程度であった。
【0070】
実施例2 4種のタバコ属植物を用いたメラニン様物質の生産
(1)タバコ属植物のカルス誘導
ムラシゲ・スクーグ培地に0.2%となるようゲルライトを加えてオートクレーブした後、直径9cmの滅菌プラスチックシャーレに20mLずつ分注して、固化した。ブライトイエロー2号と同種のタバコ属植物としてNicotiana tabacum petit Havana SR-1を、異種のタバコ属植物としてN.glutinosa、N.glauca及びN.otophoraの3種(日本たばこ産業株式会社葉たばこ研究所より分譲)を用いた。これらの種子を次亜塩素酸ナトリウム溶液処理で表面殺菌し、滅菌水で十分に洗浄した。この培地に上記の表面殺菌した種子を播種し、25℃、暗黒下で2週間培養して発芽させた。次に、ムラシゲ・スクーグ培地に最終濃度2mg/Lになるように2.4-Dを、最終濃度0.25mg/Lになるようにカイネチンを加え、0.2%となるようゲルライトを加えてオートクレーブした後、直径9cmの滅菌プラスチックシャーレに20mLずつ分注して、固化した培地(MSKD固形培地)に、発芽した幼植物を置床し、25℃、暗黒下で培養し、カルスを誘導した。これらのカルスを新しいMSKD固形培地に植え継ぎ、カルスを増殖させた。さらに、Nicotiana tabacum petit Havana SR-1N.glutinosa及びN.glaucaでは、100mLのフラスコに入れた20mLのMSKD液体培地にそれぞれのカルスの一部を接種し、25℃の暗黒下、回転培養機(Gyrotory Shaker Model G-10、New Brunswick Scientific Co. Inc.)で130rpm、2~2.5ヵ月間、回転振盪培養した。
【0071】
(2)カルスのメラニン様物質の生産
いずれのタバコの種でも固形培地上で2か月程度培養したカルスは黒色化した。恒温乾燥機にいれて75℃で3日間乾燥したN.tabacum petit Havana SR-1、異種のタバコ属植物のN.glutinosa、N.glauca及びN. otophoraの3種のカルスの黒色化の状態を
図30に示す。
液体培養では、N.tabacum petit Havana SR-1では2.5ヵ月、異種のタバコ属植物のN.glutinosa及びN.glaucaの2種では2ヵ月で増殖した細胞は黒色化した。恒温乾燥機にいれて75℃で3日間乾燥したこれらの細胞を
図31に示す。
【0072】
(3)カルスのメラニン様物質の抽出
乾燥したN.tabacum petit Havana SR-1、異種のタバコ属植物のN.glutinosa、N.glauca及びN.otophoraの3種のカルスを2mLのフタ付遠心管(Watson)に入れ、直径5mmのステンレスビーズをそれぞれ3個ずつ入れ、ビーズ粉砕機(タイテックμT―12)で2800rpmで1分間破砕して粉状化した。これらを小型薬さじ(マイクロスプーン)で少量ずつ掻きとり、10mLの試験管に入れ、0.5mLの100%メタノールもしくは0.5mLの0.5M NaOH溶液を添加してVortexミキサーで十分に撹拌した。25℃で一晩静置すると、粉状化した細胞は試験管の底に沈み、上清と区別できた。100%メタノール添加では、N.glutinosa以外のいずれのサンプルでも上清は透明で、粉状化細胞の沈殿はN.glutinosaを含めて黒色のままあった。一方、1M NaOH溶液添加ではいずれのサンプルでも上清は抽出されたメラニン様物質で着色され、粉状化細胞の沈殿は脱色されていた。結果を
図32に示す。
【0073】
N.tabacum petit Havana SR-1、異種のタバコ属植物のN.glutinosa及びN.glaucaの2種の液体培養細胞の乾燥物でも同様の実験を行った。その結果、100%メタノール添加では、いずれのサンプルでも上清は透明で、粉状化細胞の沈殿は黒色のままであったが、1M NaOH溶液添加ではいずれのサンプルでも上清は抽出されたメラニン様物質で着色され、粉状化細胞の沈殿は脱色されていた。結果を
図33に示す。なお、いずれのタバコの種においても、上清の着色は乾燥カルスより乾燥液体培養細胞の方が濃く、メラニンの乾燥重量当たりのメラニンの蓄積量が高いことが分かる。