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特開2024-28432硫化物系固体電解質の製造方法及び硫化物系固体電解質
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024028432
(43)【公開日】2024-03-04
(54)【発明の名称】硫化物系固体電解質の製造方法及び硫化物系固体電解質
(51)【国際特許分類】
   H01B 13/00 20060101AFI20240226BHJP
   C01B 25/14 20060101ALI20240226BHJP
   H01B 1/06 20060101ALN20240226BHJP
   H01B 1/10 20060101ALN20240226BHJP
【FI】
H01B13/00 Z
C01B25/14
H01B1/06 A
H01B1/10
【審査請求】有
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024001901
(22)【出願日】2024-01-10
(62)【分割の表示】P 2022539617の分割
【原出願日】2021-07-30
(31)【優先権主張番号】P 2020130799
(32)【優先日】2020-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤井 直樹
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏明
(72)【発明者】
【氏名】寺園 真二
(72)【発明者】
【氏名】林 英明
(57)【要約】
【課題】組成制御性に優れ、かつ大量製造がしやすい硫化物系固体電解質の製造方法を提供すること。
【解決手段】リチウム元素、硫黄元素およびリン元素を含む原料を加熱処理して中間体を得ることと、硫黄元素を含むガス雰囲気下で前記中間体を加熱溶融することと、を含む、硫化物系固体電解質の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム元素、硫黄元素およびリン元素を含む原料を加熱処理して中間体を得ることと、
硫黄元素を含むガス雰囲気下で前記中間体を加熱溶融することと、を含み、
前記加熱溶融の温度は900℃以下である、硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項2】
前記加熱溶融により得られた融液を急冷して固体を得ることと、
前記固体を再加熱処理することと、をさらに含み、
前記急冷において、冷却速度が10℃/sec以上であり、前記融液における結晶核となる化合物の割合は1質量%以下であり、
得られる硫化物系固体電解質のリチウムイオン伝導度は1.0×10-3S/cm以上である、請求項1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項3】
リチウム元素、硫黄元素およびリン元素を含む原料を加熱処理して中間体を得ることと、
硫黄元素を含むガス雰囲気下で前記中間体を加熱溶融することと、
前記加熱溶融により得られた融液を急冷(但し、液体窒素を用いた急冷を除く。)して固体を得ることと、を含む、硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項4】
前記原料が、塩化リチウム、臭化リチウムおよびヨウ化リチウムからなる群から選ばれる1以上を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項5】
得られる硫化物系固体電解質がアルジロダイト型結晶構造を有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項6】
前記加熱溶融で得られた融液を冷却して固体を得ることをさらに含む硫化物系固体電解質の製造方法であって、前記融液は結晶核となる化合物を0.01質量%以上含み、前記固体は結晶相を含む硫化物系固体電解質である、請求項1~5のいずれか1項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項7】
リチウム元素、硫黄元素およびリン元素を含む原料を加熱処理して中間体を得ることと、
硫黄元素を含むガス雰囲気下で前記中間体を加熱溶融することと、を含み、
得られる硫化物系固体電解質はアルジロダイト型結晶構造を有する、硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項8】
前記原料が、塩化リチウム及び臭化リチウムの少なくとも一方を含む、請求項7に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項9】
前記加熱溶融で得られた融液を冷却して固体を得ることをさらに含み、
前記融液は結晶核となる化合物を0.01質量%以上含み、前記固体は前記アルジロダイト型結晶構造を有する結晶相を含む硫化物系固体電解質である、請求項7又は8に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項10】
前記加熱溶融により得られた融液を急冷して固体を得ることをさらに含む、請求項7~9のいずれか1項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項11】
前記急冷において、冷却速度が10℃/sec以上であり、前記融液における結晶核となる化合物の割合は1質量%以下である、請求項10に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項12】
前記固体を再加熱処理することをさらに含む、請求項9~11のいずれか1項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項13】
前記加熱処理において、前記原料を加熱する温度が250~500℃の範囲である、請求項1~12のいずれか1項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項14】
前記中間体を得る際に、前記原料から揮散する硫黄元素を含む成分を回収することをさらに含み、
前記硫黄元素を含むガスの少なくとも一部として、前記硫黄元素を含む成分に由来するガスを用いる、請求項1~13のいずれか1項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項15】
前記原料が、金属リチウム、硫化リチウム、炭酸リチウム、硫酸リチウム、酸化リチウムおよび水酸化リチウムからなる群から選ばれる1以上を含む、請求項1~14のいずれか1項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項16】
前記中間体がLiおよびLiPSの少なくとも一方を含む、請求項1~15のいずれか1項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項17】
前記原料がさらにハロゲン元素を含む、請求項1~16のいずれか1項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化物系固体電解質の製造方法及び硫化物系固体電解質に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、携帯電話やノート型パソコン等の携帯型電子機器に広く用いられている。
従来、リチウムイオン二次電池においては液体の電解質が使用されてきたが、液漏れや発火等が懸念され、安全設計のためにケースを大型化する必要があった。また、電池寿命の短さ、動作温度範囲の狭さについても改善が望まれていた。
【0003】
これに対し、安全性の向上や高速充放電、ケースの小型化等が期待できる点から、固体電解質をリチウムイオン二次電池の電解質として用いる全固体型リチウムイオン二次電池が注目されている。
【0004】
固体電解質は、硫化物系固体電解質と酸化物系固体電解質とに大別される。硫化物系固体電解質を構成する硫化物イオンは、酸化物系固体電解質を構成する酸化物イオンに比べて分極率が大きく、高いイオン伝導性を示す。硫化物系固体電解質としては、例えばリチウム元素、硫黄元素およびリン元素を含む硫化物系固体電解質が挙げられ、その製造方法としては、ガラス封管法、メカニカルミリング法、溶融法等が知られている。しかし、ガラス封管法やメカニカルミリング法はバッチ式のプロセスであることや反応に長時間を要することから、大量生産には不向きの製法である。
【0005】
一方で、溶融法は大量生産が可能な製法であるものの、原料である五硫化二リン(P)の沸点が514℃であるのに対して硫化リチウム(LiS)の融点が938℃であるため、LiSを加熱溶融させる際に、その温度よりも大幅に低い温度でPが揮散してしまう。このため、得られる硫化物系固体電解質の組成制御が難しいという課題があった。
【0006】
このような課題に対し、例えば特許文献1には、リチウムイオン伝導性材料の製造において、組成としてリチウム、リンおよび硫黄を含む複合化合物を原料として用いることが開示されている。これにより、溶融時にP成分のみが揮散する、すなわち硫黄成分やリン成分が揮散するという問題が発生しないため、所望の組成を有する均質なリチウムイオン伝導材料を安定して製造できることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】日本国特開2012-43654号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載された複合化合物自体はLiSとPの混合物等を加熱して得られる中間体と考えられ、複合化合物を得る工程では依然として硫黄成分やリン成分が揮散しやすい。従来の技術では出発原料から目的とする硫化物系固体電解質までの組成制御性の点で依然として改善の余地があった。
【0009】
組成制御性が不十分であると、硫化物系固体電解質の目的組成と、実際に得られる組成とのずれが生じやすい。この場合、得られる硫化物系固体電解質は不均質なものとなりやすい。そして、不均質な硫化物系固体電解質は、リチウムイオン伝導性の点で劣る場合がある。すなわち、従来の技術では、組成制御性とともに、得られる硫化物系固体電解質の均質性およびリチウムイオン伝導性についても改善の余地があった。
【0010】
そこで本発明は、硫黄成分やリン成分の揮散を抑制しつつ、原料からの組成のずれが小さく組成制御性に優れ、かつ大量製造がしやすい硫化物系固体電解質の製造方法の提供を目的とする。また、本発明は均質性に優れ、リチウムイオン伝導性に優れる硫化物系固体電解質の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、リチウム元素、硫黄元素およびリン元素を含む原料を加熱処理して中間体を得て、さらには、硫黄元素を含むガス雰囲気下で中間体を加熱溶融することにより上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、下記[1]~[13]に関するものである。
[1]リチウム元素、硫黄元素およびリン元素を含む原料を加熱処理して中間体を得ることと、
硫黄元素を含むガス雰囲気下で前記中間体を加熱溶融することと、を含む、
硫化物系固体電解質の製造方法。
[2]前記加熱処理において、前記原料を加熱する温度が250~500℃の範囲である、前記1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
[3]前記中間体を得る際に、前記原料から揮散する硫黄元素を含む成分を回収することをさらに含み、
前記硫黄元素を含むガスの少なくとも一部として、前記硫黄元素を含む成分に由来するガスを用いる、前記1または2に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
[4]前記原料が、金属リチウム、硫化リチウム、炭酸リチウム、硫酸リチウム、酸化リチウムおよび水酸化リチウムからなる群から選ばれる1以上を含む、前記1~3のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
[5]前記中間体がLiおよびLiPSの少なくとも一方を含む、前記1~4のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
[6]前記原料がさらにハロゲン元素を含む、前記1~5のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
[7]前記原料が、塩化リチウム、臭化リチウムおよびヨウ化リチウムからなる群から選ばれる1以上を含む、前記1~6のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
[8]得られる硫化物系固体電解質がアルジロダイト型結晶構造を有する、前記1~7のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
[9]前記加熱溶融で得られた融液を冷却して固体を得ることをさらに含む硫化物系固体電解質の製造方法であって、前記融液は結晶核となる化合物を0.01質量%以上含み、前記固体は結晶相を含む硫化物系固体電解質である、前記1~8のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
[10]前記加熱溶融により得られた融液を急冷して固体を得ることをさらに含む、前記1~8のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
[11]前記急冷において、冷却速度が10℃/sec以上であり、前記融液における結晶核となる化合物の割合は1質量%以下である、前記10に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
[12]前記固体を再加熱処理することをさらに含む、前記9~11のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
[13]スポット径3μm、測定点の数を10としてラマンスペクトル測定をした際に、前記測定点ごとの、350cm-1~500cm-1におけるP-S結合由来のピークのピーク位置の標準偏差が2cm-1以内である、硫化物系固体電解質。
【発明の効果】
【0013】
本発明の硫化物系固体電解質の製造方法によれば、原料から目的の硫化物系固体電解質を得るまでに中間体を経ることで、原料中の硫黄成分やリン成分の揮散を抑制できる。また中間体を経ることで、原料から直接目的の硫化物系固体電解質を得る場合に比べ、組成を制御しやすくなる。そして、中間体を得る際には、依然として一定量の硫黄成分が揮散するものの、硫黄元素を含むガス雰囲気下でかかる中間体を加熱溶融することで、目的組成の硫化物系固体電解質を得るための十分な量の硫黄成分を導入できる。
【0014】
特に、本発明の製造方法における中間体は、熱力学的に安定な状態であり、このため中間体を合成した後、反応温度を室温まで下げて取り出すこともできる。このようにして取り出した中間体は一時的に保管しておくこともできるし、次の工程である溶融工程において取り出した中間体を使用することもできる。さらに本発明の製造方法における中間体は、反応を制御して合成されるので、詳しく組成分析することで組成情報を明確化できる。以上の理由から、本発明の硫化物系固体電解質の製造方法は、溶融工程における溶融状態で硫黄元素(S)を含むガス雰囲気下で行う中間体への硫黄導入量も制御しやすく、硫黄欠損が少なくより組成ずれが起こりにくい。
【0015】
これらの工程を含むことにより、大量製造が可能な溶融法において、目的の硫化物系固体電解質の組成と、原料から得られる硫化物系固体電解質の組成とのずれが小さく、組成の制御がしやすい硫化物系固体電解質の製造方法を提供できる。本製造方法によれば、組成制御性に優れることにより、得られる硫化物系固体電解質の物性の制御性も向上でき、その結果、リチウムイオン二次電池の電解質として好適なリチウムイオン伝導性の高い硫化物系固体電解質を安定的に、かつ高い再現性で製造しやすくなる。さらには、本製造方法が組成制御性に優れることで、得られる硫化物系固体電解質は均質性にも優れ、リチウムイオン伝導性にも優れる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、例1の硫化物系固体電解質のXRD測定結果を示す図である。
図2図2は、例1の硫化物系固体電解質のラマンスペクトル測定結果を示す図である。
図3図3は、例2の硫化物系固体電解質のXRD測定結果を示す図である。
図4図4は、例2の硫化物系固体電解質のラマンスペクトル測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施できる。また、数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0018】
<硫化物系固体電解質の製造方法>
本発明の実施形態に係る硫化物系固体電解質の製造方法(以下、本製造方法と称することがある。)は、リチウム元素、硫黄元素およびリン元素を含む原料を加熱処理して中間体を得る工程(中間体合成工程)と、硫黄元素を含むガス雰囲気下で中間体を加熱溶融する工程(加熱溶融工程)と、を含む。
また、本製造方法は、さらに加熱溶融で得られた融液を冷却する工程(冷却工程)や、冷却工程により得られた固体を再加熱処理する工程(再加熱工程)、粉砕工程、乾燥工程等、適宜その他の工程を含んでもよい。以下、各工程について説明する。
【0019】
〔中間体合成工程〕
本製造方法は、リチウム元素、硫黄元素およびリン元素を含む原料を加熱処理して中間体を得る中間体合成工程を含む。
【0020】
(原料)
本製造方法の原料は、リチウム元素(Li)、硫黄元素(S)およびリン元素(P)を含む。このような原料としては、Li単体やLiを含む化合物といったLiを含む物質(成分)、S単体やSを含む化合物といったSを含む物質(成分)、P単体やPを含む化合物といったPを含む物質(成分)等を適宜組み合わせて使用できる。Liを含む化合物、Sを含む化合物およびPを含む化合物は、Li、SおよびPから選ばれる2以上をともに含む化合物であってもよい。例えば、Sを含む化合物およびPを含む化合物を兼ねる化合物として、五硫化二リン(P)等が挙げられる。
【0021】
Liを含む物質としては、例えば、硫化リチウム(LiS)、炭酸リチウム(LiCO)、硫酸リチウム(LiSO)、酸化リチウム(LiO)および水酸化リチウム(LiOH)等のリチウム化合物や、金属リチウム等が挙げられる。中間体合成のしやすさや、取り扱いやすさの観点からは、硫化リチウムを用いることが好ましい。
一方で、硫化リチウムは高価であるため、硫化物系固体電解質の製造コストを抑える観点からは、硫化リチウム以外のリチウム化合物や、金属リチウム等を用いることが好ましい。具体的にはこの場合、原料はLiを含む物質として、金属リチウム、炭酸リチウム(LiCO)、硫酸リチウム(LiSO)、酸化リチウム(LiO)および水酸化リチウム(LiOH)からなる群から選ばれる1以上を含むことが好ましい。これらの物質は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
Sを含む物質としては、例えば、三硫化二リン(P)、五硫化二リン(P)等の硫化リン、リンを含有するその他の硫黄化合物および単体硫黄、硫黄を含む化合物等が挙げられる。硫黄を含む化合物としては、HS、CS、硫化鉄(FeS、Fe、FeS、Fe1-xSなど)、硫化ビスマス(Bi)、硫化銅(CuS、CuS、Cu1-xSなど)が挙げられる。Sを含む物質は、中間体合成工程における反応のしやすさや、目的の硫化物系固体電解質を構成する元素以外の元素の含有を防止する観点から、硫化リンが好ましく、五硫化二リン(P)がより好ましい。これらの物質は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。なお、硫化リンはSを含む物質とPを含む物質を兼ねる化合物として考えられる。
【0023】
Pを含む物質としては、例えば、三硫化二リン(P)五硫化二リン(P)等の硫化リン、リン酸ナトリウム(NaPO)等のリン化合物および単体リン等が挙げられる。Pを含む物質は、中間体合成工程における反応のしやすさや、目的の硫化物系固体電解質を構成する元素以外の元素の含有を防止する観点から、硫化リンが好ましく、五硫化二リン(P)がより好ましい。これらの物質は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0024】
本製造方法の原料は、例えば上記の物質を、目的とする硫化物系固体電解質や中間体の組成に応じて適宜混合して得られる。混合比率は特に限定されないが、例えば、原料中のPに対するLiのモル比Li/Pは、目的の中間体を精度よく合成するため、65/35以上が好ましく、70/30以上がより好ましい。
【0025】
上記化合物の好ましい組み合わせの一例として、LiSとPの組み合わせが挙げられる。LiSとPを組み合わせる場合は、LiとPのモル比Li/Pは65/35~88/12が好ましく、70/30~88/12がより好ましい。PがLiSに対して比較的少なくなるように混合比を調整することで、LiSの融点に対しPの沸点が小さいことによる、加熱処理時の硫黄成分とリン成分の揮散を抑制しやすくなる。
【0026】
本製造方法の原料は、目的とする硫化物系固体電解質や中間体の組成に応じて、又は添加剤等として、上記の物質の他にさらなる物質(化合物等)を含んでもよい。
【0027】
例えば、F、Cl、BrまたはIなどのハロゲン元素を含む硫化物系固体電解質を製造する場合、原料はハロゲン元素(Ha)を含むことが好ましい。この場合、原料はハロゲン元素を含む化合物を含むことが好ましい。ハロゲン元素を含む化合物としてはフッ化リチウム(LiF)、塩化リチウム(LiCl)、臭化リチウム(LiBr)、ヨウ化リチウム(LiI)等のハロゲン化リチウム、ハロゲン化リン、ハロゲン化ホスホリル、ハロゲン化硫黄、ハロゲン化ナトリウム、ハロゲン化ホウ素等が挙げられる。ハロゲン元素を含む化合物としては、中間体合成工程における反応のしやすさや、目的の硫化物系固体電解質を構成する元素以外の元素の含有を防止する観点からは、ハロゲン化リチウムが好ましく、LiCl、LiBr、LiIがより好ましい。これらの化合物は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
ハロゲン元素を含む化合物が原料に含まれる場合、加熱処理して中間体を得る際に、ハロゲン元素を含む化合物は反応せずに、そのまま中間体に含まれる場合がある。
【0028】
また、ハロゲン元素を含む硫化物系固体電解質を製造する場合に原料がハロゲン元素(Ha)を含むことは必須ではない。原料がハロゲン元素を含む化合物を含まない場合であっても、中間体合成工程後、加熱溶融工程時にハロゲン元素を含む化合物を添加する等によりハロゲン元素を含む硫化物系固体電解質を製造してもよい。
【0029】
なお、ハロゲン化リチウムは、Liを含む化合物でもある。原料がハロゲン化リチウムを含む場合、原料におけるLiの一部または全部がハロゲン化リチウムに由来するものであってもよい。
【0030】
原料がハロゲン元素を含む場合、原料中のPに対するHaのモル当量は、中間体を加熱溶融する際に融点を下げる観点からは、0.2モル当量以上が好ましく、0.5モル当量以上がより好ましい。また、得られる硫化物系固体電解質の安定性の観点からは、Haのモル当量は4モル当量以下が好ましく、3モル当量以下がより好ましい。
【0031】
得られる硫化物系固体電解質のガラス形成状態を改善する観点からは、原料がSiS、B、GeS、Al等の硫化物を含むことも好ましい。ガラス形成をし易くすることで、急冷によりガラスを得る場合に冷却速度を低下させてもガラスを得ることができ、設備負荷を軽減できる。また硫化物固体電解質の耐湿性付与等の観点からは、SiO、B、GeO、Al等の酸化物を含むことも好ましい。これらの化合物は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0032】
なお、これらの硫化物や酸化物は原料に含んでもよいし、原料から得られる中間体に組成として含んでもよいし、中間体を溶融する際に別途添加してもよい。
これらの化合物の添加量は、原料または中間体の全量に対し0.1重量%以上が好ましく、0.5重量%以上がより好ましい。また添加量は、50重量%以下が好ましく、40重量%以下がより好ましい。
また、原料は、後述する結晶核となる化合物を含んでいてもよい。
【0033】
(中間体合成工程における加熱処理)
上記のリチウム元素、硫黄元素およびリン元素を含む原料を加熱処理して中間体を得る。加熱処理の具体的な方法は特に限定されないが、例えば耐熱性の容器に原料を入れ、加熱炉で加熱する方法が挙げられる。耐熱性の容器としては、特に限定されないが、カーボン製の耐熱容器、石英、石英ガラス、ホウケイ酸塩ガラス、アルミノシリケートガラス、アルミナ、ジルコニア、ムライト等の酸化物を含有した耐熱容器、窒化ケイ素、窒化ホウ素などの窒化物を含有した耐熱容器、炭化ケイ素などの炭化物を含有した耐熱容器等が挙げられる。また、これらの耐熱性容器は、上記の材質でバルクが形成されていてもよいし、カーボン、酸化物、窒化物、炭化物等の層が形成された容器であってもよい。
【0034】
中間体合成工程における加熱処理において、原料を加熱する温度は、250℃以上が好ましく、255℃以上がより好ましく、260℃以上がさらに好ましい。温度が上記下限値以上であることで、中間体合成の反応が進行しやすくなるため好ましい。また、温度は500℃以下が好ましく、450℃以下がより好ましく、400℃以下がさらに好ましい。温度が上記上限値以下であることで、原料中のP等の沸点の低い成分の揮散を抑制し目的組成の化合物を含む中間体を合成する反応が進行しやすくなるため好ましい。
【0035】
加熱処理により中間体を得るには、上記好ましい温度の範囲内で一定時間保持することが好ましい。なお保持する際の温度範囲は一定の温度範囲内であることがより好ましく、例えば基準とする温度の±15℃以内が好ましく、±10℃以内がより好ましい。
保持時間としては、1分以上が好ましく、5分以上がより好ましく、10分以上がさらに好ましく、15分以上がよりさらに好ましく、20分以上が特に好ましい。上記の好ましい温度で加熱した場合でも、保持時間が十分でない場合には、反応の進行が不十分となりやすく、本製造方法の効果が得られるような中間体を得にくいと考えられる。保持時間を1分以上することで、反応が進行して中間体を得られる条件となり、好ましい。保持時間は、原料中のP等の沸点の低い成分の揮散抑制の観点からは600分以下が好ましく、500分以下がより好ましい。
【0036】
保持時間は、原料に所定の処理が施された場合等において、さらに短縮できる場合がある。かかる処理としては、例えば、原料の粒度を小さくすること、原料が含有する粒子の表面の酸化物層をエッチングなどにより可能な限り取り除くあるいは改質すること、粒子を多孔化すること、原料の混合条件を調整し、原料の均質性を向上すること等により、原料が含有する粒子同士の反応性を高めること等が挙げられる。この場合、保持時間は1秒以上が好ましく、10秒以上がより好ましく、20秒以上がさらに好ましい。保持時間は、原料中のP等の沸点の低い成分の揮散抑制の観点からは10分以下が好ましく、5分以下がより好ましい。
【0037】
保持時間を短くする観点、すなわち中間体合成工程における反応時間を短くする観点からは、原料の粒度を小さくすることが好ましい。また、原料の粒度(D50)は、大きすぎると硫化物系固体電解質の均質性にも影響する場合があり、かかる観点からもある程度小さいことが好ましい。ただし、本製造方法は組成制御性に優れるので、例えば従来の製造方法においては均質性が低下し得る粒度の原料を用いたとしても、本製造方法においてはより均質な硫化物系固体電解質を製造し得る。これらの観点から、具体的には、原料の粒度(D50)は、1mm以下が好ましく、500μm以下がより好ましく、250μm以下がさらに好ましく、100μm以下がよりさらに好ましく、50μm以下が特に好ましい。
【0038】
粒度は小さいほど好ましいが、下限は0.1μm程度が実際的であり、1μm以上が好ましく、5μm以上がより好ましい。また、上述の通り、本製造方法によれば、比較的粒度の大きい原料を使用しても均質な硫化物系固体電解質を得やすい。これを考慮して、例えば製造コストを抑制する観点等から、原料の粒径を10μm以上とすることも好ましく、100μm以上がより好ましく、250μm以上がさらに好ましい。
【0039】
なお、原料は上述の通り複数の物質(化合物等)の混合物であり得る。原料は、互いに粒度の異なる複数の物質を混合した形態であってもよい。その場合は、各物質の粒度がそれぞれ上記範囲内にあることが好ましい。
本明細書において、原料の粒度(D50)とは、Microtrac社製 レーザー回折粒度分布測定機 MT3300EXIIを用いて粒度分布を測定し、得られた体積基準粒度分布のチャートから求められるメジアン径(D50)をいう。
【0040】
中間体合成工程における加熱処理時の圧力は特に限定されないが、例えば常圧~微加圧が好ましく、常圧がより好ましい。
【0041】
中間体合成工程における加熱処理は、原料と水蒸気や酸素等との副反応を防ぐため、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。具体的には、例えば、Nガス、アルゴンガス、ヘリウムガスが挙げられる。また加熱処理時の露点は-20℃以下が好ましく、下限は特に制限されないが、通常-80℃程度である。酸素濃度は1000ppm以下が好ましい。
【0042】
中間体合成工程においては、原料が含む化合物やその混合比率の調整、また加熱処理時の条件を制御することで、目的に応じた異なる組成の中間体が得られる。得られた中間体は、耐熱性の容器から取り出さずに、中間体合成に用いた加熱炉内でそのまま加熱溶融工程に使用してもよく、室温まで冷却後に取り出して一時保管してもよい。取り出して保管した、異なる組成の中間体を複数種組み合わせて加熱溶融工程に使用することも可能である。加熱溶融工程において、硫黄元素を含むガス雰囲気下で中間体への硫黄導入量を制御することにより、異なる組成、物性、性能をもった硫化物系固体電解質の作り分けが容易となる。
【0043】
本工程で得られる中間体の組成の例としては、Li、LiPS等のLi、PおよびSを含む化合物が挙げられる。加熱溶融工程において、硫黄元素を含むガス雰囲気下で中間体への硫黄導入量を制御する観点からは、中間体はLiおよびLiPSの少なくとも一方を含むことが好ましい。また、LiやLiPSは熱力学的に安定なため、中間体の一時保管時の安定性の観点でも好ましい。
【0044】
ここで、中間体合成工程において生じる反応とは、目的とする硫化物系固体電解質の組成にもよるが、典型的には、原料に含まれるLiSとPが約250℃から反応し始め、Li及びLiPSの少なくとも一方が形成することを特徴とする反応である。また、当該反応において、LiSやPは、それぞれを得る前段階の、Liを含む物質(化合物等)や、Pを含む物質(化合物等)からスタートしても良い。
この反応を本質的に早めるためには、原料の粒度を小さくすること、原料が含有する粒子の表面の酸化物層をエッチングなどにより可能な限り取り除くあるいは改質すること、粒子を多孔化すること、原料の混合条件を調整し、原料の均質性を向上すること等により、原料が含有する粒子同士の反応性を高めることが好ましい。特に、この反応においては、Pが最初に反応する相手であるLiSの粒度が中間体形成反応に影響しやすい。したがって、中間体形成反応を促進する観点からは、原料において、LiS又はLiSを得る前段階のLiを含む物質(化合物等)の粒度を細かくすることが好ましい。また、LiSの表面の結晶性を低くすることや、微粒化以外の表面積を大きくする処理なども上記観点で効果があると考えられる。また、硫黄元素を含んだガス雰囲気中でLiSとPを反応させることも、中間体形成反応を促進することに寄与すると考えられる。
【0045】
ハロゲン元素を含む硫化物系固体電解質を製造する場合には、中間体はハロゲン元素を含む化合物を含むことが好ましい。なお、原料がLiCl、LiBr等のハロゲン化リチウムを含む場合、これらの化合物は加熱処理時の温度範囲で組成が変化しにくいため、得られる中間体もハロゲン化リチウムを含み得る。
【0046】
本製造方法によれば、中間体合成工程を経ることにより、原料から直接目的の硫化物系固体電解質を得る場合に比べ、原料中の硫黄成分やリン成分の揮散を抑制できるため、Li、LiPS等のLi、PおよびSを含む組成情報が明確な化合物を中間体として合成できる。これらの中間体は、熱力学的に安定であるため、中間体合成時の加熱処理後に室温まで温度を下げて取り出せる。このようにして取り出した中間体に対して組成分析を行うこともできるので、加熱溶融工程で必要な硫黄導入量を知ることができる。また、原料から特定組成の中間体を経ることで、中間体組成に合わせて加熱溶融時の条件をより適切に設定しやすい。これにより、硫黄元素を含むガス雰囲気下で硫黄導入量を適切に制御できるようになるため、組成ずれが起こりにくい。さらに、原料よりも目的の硫化物系固体電解質に近づいた組成となる中間体を経た上で加熱溶融することで、得られる硫化物系固体電解質の組成を均質にできる。加えて、異なる組成の中間体を複数種組み合わせて加熱溶融すれば、異なる組成、物性、性能をもった硫化物系固体電解質の作り分けが容易となる。
【0047】
〔加熱溶融工程〕
加熱溶融工程において、硫黄元素を含むガス雰囲気下で上述の中間体を加熱溶融する。なお、本工程において加熱溶融される中間体とは、必要に応じ、複数種の中間体が混合された中間体組成物や、中間体にさらに他の物質(化合物等)が添加された中間体組成物等であってもよい。
【0048】
加熱溶融の具体的な方法は特に限定されないが、例えば耐熱性の容器に原料を入れ、加熱炉で加熱する方法が挙げられる。耐熱性の容器としては、特に限定されないが、カーボン製の耐熱容器、石英、石英ガラス、ホウケイ酸塩ガラス、アルミノシリケートガラス、アルミナ、ジルコニア、ムライト等の酸化物を含有した耐熱容器、窒化ケイ素、窒化ホウ素などの窒化物を含有した耐熱容器、炭化ケイ素などの炭化物を含有した耐熱容器等が挙げられる。また、これらの耐熱性容器は、上記の材質でバルクが形成されていてもよいし、カーボン、酸化物、窒化物、炭化物等の層が形成された容器であってもよい。
【0049】
加熱溶融は、硫黄元素を含むガス雰囲気下で行う。硫黄元素を含むガスは、例えば、硫黄ガス、硫化水素ガス、二硫化炭素ガス等、硫黄元素を含む化合物又は硫黄単体を含むガスである。
硫黄元素を含むガスは、硫黄ガス、硫化水素ガス、二硫化炭素ガス等の硫黄元素を含む気体化合物のみから構成されてもよいし、コストを抑制する観点、キャリアガスとして硫黄成分の搬送に使用する観点等からはNガス、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガスを含むことも好ましい。また硫黄元素を含むガスは、本製造方法の効果を阻害しない範囲であれば、硫黄源などに由来する不純物を含んでいてもよい。
【0050】
硫黄元素を含むガスが硫黄ガスを含む場合、硫黄元素を含むガスにおける硫黄ガス(S(x=2~8))の含有量は、硫黄元素を十分な量とする観点、硫黄導入の反応を進行させる観点から、0.01vol%以上が好ましく、0.1vol%以上がより好ましく、0.2vol%以上がさらに好ましい。また、硫黄ガスの含有量は100vol%以下であり、コスト抑制の観点や不活性ガスをキャリアガスとして用いる観点からは99vol%以下が好ましく、98vol%以下がより好ましい。硫黄ガス(S(x=2~8))の含有量は質量分析ガスクロマトグラフィーにより測定できる。
【0051】
硫黄元素を含むガスは、硫黄源を加熱して得られる。したがって、硫黄源は加熱により硫黄元素を含むガスが得られる単体硫黄または硫黄化合物であれば特に限定されないが、例えば、単体硫黄、硫化水素、二硫化炭素等の有機硫黄化合物、硫化鉄(FeS、Fe、FeS、Fe1-xSなど)、硫化ビスマス(Bi)、硫化銅(CuS、CuS、Cu1-xSなど)、多硫化リチウム、多硫化ナトリウム等の多硫化物、ポリスルフィド、硫黄加硫処理を施されたゴム等が挙げられる。
【0052】
例えば、これら硫黄源を別途設けられる硫黄源加熱部にて加熱し、硫黄元素を含むガスを発生させ、Nガス、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガスをキャリアガスとして加熱溶融炉に搬送することで、硫黄元素を含むガス雰囲気が得られる。硫黄源加熱部と加熱溶融工程を行う部分とを分けることで、加熱溶融炉に導入されるガスが酸素や水分を含んでいても、導入前に硫黄ガスと反応させ除去できる。これにより、不純物の少ない良質で純度の高い硫化物系固体電解質を得られるため好ましい。
【0053】
硫黄源を加熱する温度は使用する硫黄源の種類によって適宜選択すればよい。例えば硫黄源として単体硫黄を使用する場合には、加熱温度は250℃以上が好ましく、750℃以下が好ましい。
【0054】
または、上記硫黄源のうち、単体硫黄、HS、Bi、硫化鉄、硫化銅、CS等の固体の硫黄源を、粉末等の微細な状態でキャリアガスにより加熱溶融炉に気流搬送することで硫黄元素を含むガス雰囲気を得てもよい。
【0055】
例えば、加熱溶融工程は次のように行える。硫黄源加熱部と、加熱溶融工程を行う部分が分かれた構成において、硫黄源加熱部で硫黄源を加熱して硫黄元素を含むガスを発生させる。必要な硫黄分圧に応じた量の硫黄元素を含むガスを、加熱溶融工程を行う部分に送り込み、硫黄元素を含むガス雰囲気を得る。この雰囲気下でリチウム元素、硫黄元素およびリン元素を少なくとも含む原料から得られた中間体を加熱溶融する。この時、硫黄元素を含むガス雰囲気における硫黄分圧は10-3~10atmが好ましい。
【0056】
ここで、上述の中間体合成工程において、揮散したP等の硫黄成分を回収し、本工程において硫黄源として使用できる。具体的には、例えば、揮散した硫黄成分を冷却固化し、これを上記の硫黄源として使用できる。
製造コストの観点や、目的の硫化物系固体電解質を高収量で得る観点から、本製造方法は中間体合成工程において、原料から揮散する硫黄元素を含む成分を回収する工程をさらに含み、加熱溶融工程において、硫黄元素を含むガスの少なくとも一部として、回収した硫黄元素を含む成分に由来するガスを用いることが好ましい。
【0057】
硫黄元素を含むガス雰囲気下で中間体を加熱溶融することで、中間体の融液に硫黄が導入される。これにより、目的組成の硫化物系固体電解質を得るための十分な量の硫黄を導入できる。
【0058】
また、中間体を溶融させた液相状態で硫黄を導入することにより、固相状態での反応に比べ硫黄導入のための反応時間を短縮できるので好ましい。さらに、液相状態であることで融液全体に均質に硫黄を導入しやすく、得られる硫化物系固体電解質の組成が均質なものとなりやすい。なお中間体の融液は、固体の流動化により粘度が下がり、高均一化した状態となっている。これにより、中間体の融液は硫黄元素を含むガスの溶解性、拡散性が大きい。そのため、液相状態で反応させることによる反応時間の短縮や組成の均質化の効果はより優れたものとなる。また、融液や硫黄元素を含むガスを撹拌しながら加熱溶融を行えば、上述の効果をさらに得やすいためより好ましい。
【0059】
加熱溶融の温度は、融液の流動性を上げて硫黄導入の反応を進行させるため、600℃以上が好ましく、630℃以上がより好ましく、650℃以上がさらに好ましい。また、加熱溶融の温度は融液中の成分の加熱による劣化や分解抑制等の観点から900℃以下が好ましく、850℃以下がより好ましく、800℃以下がさらに好ましい。
【0060】
加熱溶融の時間は、硫黄導入の反応を進行させるため0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましく、0.7時間以上がさらに好ましく、1時間以上がよりさらに好ましい。また、加熱溶融の時間は融液中の成分の加熱による劣化や分解抑制等の観点から10時間以下が好ましく、9.5時間以下がより好ましく、9時間以下がさらに好ましい。
【0061】
加熱溶融は連続的なプロセスとして行われてもよい。連続的なプロセスとは、溶解した融液を耐熱性容器から連続的に流下させる工程のことである。投入するものは、中間体でもよく、原料でもよい。投入は連続的でもよく、間欠的でもよい。加熱溶融が連続的なプロセスとして行われる場合は、硫黄導入の反応の進行や融液中の成分の劣化等を考慮した適切な条件の下、融液が溶融した状態で長時間保持されてもよい。長時間とは、例えば24時間程度であってもよい。
【0062】
加熱溶融時の圧力は特に限定されないが、例えば常圧~微加圧が好ましく、常圧がより好ましい。また、硫黄分圧を10-3~10atmとすることが好ましい。かかる硫黄分圧にすることで、装置が複雑にならず低コストで効率よく硫黄導入ができ目的の硫化物系固体電解質を得やすい。
【0063】
加熱溶融時、水蒸気や酸素等との副反応を防ぐ観点から、露点は-20℃以下が好ましい。下限は特に制限されないが、通常-80℃程度である。また酸素濃度は1000ppm以下が好ましい。
【0064】
(冷却工程)
本製造方法は、加熱溶融により得られた融液を冷却して固体を得る工程をさらに含むことが好ましい。冷却は公知の方法で行えばよく、その方法は特に限定されない。
【0065】
冷却速度は加熱溶融工程により得られた組成を維持する観点から、0.01℃/sec以上が好ましく、0.05℃/sec以上がより好ましく、0.1℃/sec以上がさらに好ましい。また、冷却速度の上限値は特に定めないが、一般的に急冷速度が最も早いと言われる双ローラーの冷却速度は1000000℃/sec以下である。
【0066】
ここで、得られる固体を非晶質の硫化物系固体電解質としたい場合には、加熱溶融により得られた融液を急冷して固体を得ることが好ましい。具体的には、急冷する場合の冷却速度は10℃/sec以上が好ましく、100℃/sec以上がより好ましく、500℃/sec以上がさらに好ましく、700℃/sec以上がよりさらに好ましい。また、冷却速度の上限値は特に限定されないが、一般的に急冷速度が最も早いと言われる双ローラーの冷却速度は1000000℃/sec以下である。
【0067】
一方で、冷却工程時に徐冷して、固体の少なくとも一部を結晶化し、特定の結晶構造を有する硫化物系固体電解質や結晶相と非晶質相とから構成される硫化物系固体電解質として得ることもできる。徐冷する場合の冷却速度は0.01℃/sec以上が好ましく、0.05℃/sec以上がより好ましい。また、冷却速度は500℃/sec以下が好ましく、450℃/sec以下がより好ましい。冷却速度は10℃/sec未満であってもよく、5℃/sec以下であってもよい。なお、結晶化の条件に応じて適宜冷却速度を調節してもよい。
ここで硫化物系固体電解質に含有される結晶とは、好ましくはイオン伝導性結晶である。イオン伝導性結晶とは、具体的には、リチウムイオン伝導度が10-4S/cmより大きく、より好ましくは10-3S/cmより大きい結晶である。
【0068】
冷却後に得られる固体を、結晶相を含む硫化物系固体電解質としたい場合には、加熱溶融工程で得られる融液に結晶核となる化合物を含有させることが好ましい。これにより、冷却工程において結晶が析出しやすくなる。融液に結晶核となる化合物を含有させる方法は特に限定されないが、例えば原料や中間体に結晶核となる化合物を添加する、加熱溶融中の融液に結晶核となる化合物を添加する等の方法が挙げられる。
【0069】
結晶核となる化合物としては、酸化物、酸窒化物、窒化物、炭化物、他のカルコゲン化合物、ハロゲン化物等が挙げられる。結晶核となる化合物は、融液とある程度の相溶性をもった化合物が好ましい。なお、融液と全く相溶しない化合物は結晶核と成り得ない。
【0070】
冷却後に得られる固体を、結晶相を含む硫化物系固体電解質としたい場合には、融液における結晶核となる化合物の含有量は0.01質量%以上が好ましく、0.1質量%以上がより好ましく、1質量%以上がさらに好ましい。一方で、リチウムイオン伝導度の低下を抑制する観点からは、融液における結晶核となる化合物の含有量は20質量%以下が好ましく、10質量%以下がより好ましい。
【0071】
冷却後に得られる固体を非晶質の硫化物系固体電解質としたい場合には、融液は結晶核となる化合物を含有しないか、その含有量は所定量以下であることが好ましい。具体的には、融液における結晶核となる化合物の含有量は1質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましい。融液における結晶核となる化合物の含有量は0.01質量%未満であってもよい。
【0072】
(再加熱工程)
非晶質の硫化物系固体電解質または非晶質相を含む硫化物系固体電解質は、加熱処理(ポストアニール)することで、高温結晶化を促進できる。本製造方法は、冷却工程において得られた固体が非晶質の硫化物系固体電解質または非晶質相を含む硫化物系固体電解質である場合、固体を再加熱処理することをさらに含んでもよい。また、硫化物系固体電解質結晶を含んだ硫化物系固体電解質を再加熱処理することで、結晶構造内のイオンを再配列させ、リチウムイオン伝導度を高めることもできる。なお、本工程における再加熱処理とは、冷却工程にて冷却して得られた固体を結晶化のために加熱処理すること、および結晶構造内のイオンを再配列させることの少なくとも一方をいう。以下、これらの非晶質の硫化物系固体電解質または非晶質相を含む硫化物系固体電解質の熱処理を結晶化処理も含めて、再加熱処理と称する。
【0073】
再加熱処理の温度、時間を制御することにより、非晶質相と結晶相の比率を制御できるので、リチウムイオン伝導度を制御でき好ましい。リチウムイオン伝導度を高めるためには、結晶相の割合を大きくすることが好ましい。具体的には、結晶相の割合は10質量%以上が好ましく、20質量%以上がより好ましい。結晶相の割合は機械的な強度の観点からは99.9質量%以下が好ましく、99質量%以下がより好ましい。結晶相の割合はX線回折(XRD)測定により測定できる。
【0074】
再加熱処理の具体的な条件は硫化物系固体電解質の組成等に合わせて調節すればよく、特に限定されない。再加熱処理は、Nガス、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。再加熱処理は、硫黄元素を含んだガス雰囲気中で実施しても良い。
【0075】
一例として、再加熱処理の温度は硫化物系固体電解質のガラス転移温度以上が好ましく、具体的には200℃以上が好ましく、250℃以上がより好ましい。また、温度の上限は硫化物系固体電解質が加熱による熱劣化や熱分解をしない範囲であれば特に限定されないが、例えば550℃以下が好ましく、500℃以下がより好ましい。
【0076】
また再加熱処理の時間は結晶析出をより確実に行うため、0.1時間以上が好ましく、0.2時間以上がより好ましい。加熱による熱劣化抑制の観点からは、再加熱処理の時間は3時間以下が好ましく、2時間以下がより好ましい。
【0077】
本製造方法は、得られる硫化物系固体電解質の用途等に応じ、上記の工程で得られた硫化物系固体電解質を粉砕する工程、また乾燥する工程等を含んでもよい。いずれも具体的な方法は限定されず、公知の方法で行えばよい。
【0078】
<硫化物系固体電解質>
本製造方法は原料や中間体の種類および混合比の調節が可能であり、さらには中間体を得ることと、硫黄元素を含むガス雰囲気下で加熱溶融を行うこととを含むので組成制御性に優れる。そのため本製造方法では種々の硫化物系固体電解質を製造できる。本製造方法で得られる硫化物系固体電解質としては、例えばLi10GeP12等のLGPS型結晶構造を有する硫化物系固体電解質、LiPSCl、Li5.4PS4.4Cl1.6およびLi5.4PS4.4Cl0.8Br0.8等のアルジロダイト型結晶構造を有する硫化物系固体電解質、Li-P-S-Ha系(Haはハロゲン元素から選ばれる少なくとも一つの元素を表す)の結晶化ガラス、ならびにLi11等のLPS結晶化ガラス等が挙げられる。
【0079】
硫化物系固体電解質は、その目的に応じて、非晶質の固体電解質であってもよく、特定の結晶構造を有する硫化物系固体電解質であってもよく、結晶相と非晶質相とを含む硫化物系固体電解質であってもよい。
硫化物系固体電解質が結晶相を含む場合、硫化物系固体電解質に含有される結晶は、好ましくはイオン伝導性結晶である。イオン伝導性結晶とは、具体的には、リチウムイオン伝導度が10-4S/cmより大きく、より好ましくは10-3S/cmより大きい結晶である。結晶相は、リチウムイオン伝導度の観点からはアルジロダイト型結晶相であることがより好ましい。
【0080】
リチウムイオン伝導度に優れる硫化物系固体電解質としては、アルジロダイト型結晶構造を有する硫化物系固体電解質が好ましい。アルジロダイト型結晶構造を有する硫化物系固体電解質を目的化合物とする場合、本製造方法の原料および中間体の少なくとも一方がハロゲン元素を含むことが好ましい。また、かかるハロゲン元素は、ハロゲン元素が塩化リチウム、臭化リチウムおよびヨウ化リチウムからなる群から選ばれる1以上に由来することが好ましい。
【0081】
得られた硫化物系固体電解質は、X線回折(XRD)測定による結晶構造の解析や、ICP発光分析測定、原子吸光測定およびイオンクロマトグラフィ測定等種々の方法を用いた元素組成の分析により同定できる。例えば、PとSはICP発光分析測定により、Liは原子吸光測定により、Clはイオンクロマトグラフィ測定により測定できる。
【0082】
また、ラマンスペクトル測定を行うことにより、硫化物系固体電解質の組成の均質性を評価できる。具体的には、得られた硫化物系固体電解質から得られるサンプルについて、任意の2点以上でラマンスペクトル測定を行う。なお、評価の精度を高める観点から、測定点の数は8以上が好ましく、10以上がより好ましい。
硫化物系固体電解質の組成の均質性を評価する際の好ましいラマンスペクトル測定の条件として、例えばスポット径3μm、測定点の数を10とすることが挙げられる。スポット径を3μmとすることで、ラマンスペクトル測定における分析領域が、硫化物系固体電解質の組成の均質性をミクロレベルで評価するのに適した大きさとなる。
【0083】
各測定結果での、PS 3-等、硫化物系固体電解質の構造に由来するピーク波数(ピーク位置)のばらつきが小さいほど、硫化物系固体電解質の組成は均質であると考えられる。または、硫化物系固体電解質の構造に由来するピークの半値全幅のばらつきが小さいほど、硫化物系固体電解質の組成は均質であると考えられる。
【0084】
得られる硫化物系固体電解質の組成にもよるが、硫化物系固体電解質の構造に由来するピークとして、PS 3-に由来するピークを確認することが好ましい。
PS 3-に由来するピークの位置も組成系によって異なるが、典型的には、PS 3-に由来するピークは350cm-1~500cm-1の間に含まれるP-S結合由来のピークである。例えば、アルジロダイト型結晶構造を有する硫化物系固体電解質においては、かかるピークは420~430cm-1の間に含まれる。以降、本明細書においてピーク位置のばらつきやピークの半値全幅のばらつきとは、PS 3-に由来するピークについて確認されるものをいう。
【0085】
ピーク位置のばらつきは次のように評価できる。すなわち、ラマンスペクトル測定により得られた測定点ごとのピーク位置の標準偏差を求め、(ピーク位置平均値)±(標準偏差)と記載した場合、標準偏差の値は、2cm-1以内が好ましく、より好ましくは1cm-1以内であり、より好ましくは、0.5cm-1以内である。なお、ここでピーク位置とは、ピークトップの位置のことをいう。
例えば、本製造方法により得られる硫化物系固体電解質について、スポット径3μm、測定点の数を10としてラマンスペクトル測定をした際に、前記測定点ごとの、350cm-1~500cm-1におけるP-S結合由来のピークのピーク位置の標準偏差が、2cm-1以内であることが好ましく、より好ましくは1cm-1以内であり、より好ましくは、0.5cm-1以内である。
【0086】
ピークの半値全幅のばらつきは次のように評価できる。すなわち、ラマンスペクトル測定により得られた測定点ごとのピークの半値全幅の標準偏差は、それぞれのピークの半値全幅をもとめ、その値の標準偏差を求める方法で算出される。これを(ピーク半値全幅平均値)±(標準偏差)と記載した場合、標準偏差の値は、2cm-1以内が好ましく、より好ましくは1.5cm-1以内である。なお、ピークの半値全幅とは、ラマンスペクトルを描いた際に、前記P-S結合由来のピークのピーク強度半分の値と、そのP-S結合由来のピークとが交わる幅のことをここでは指す。
例えば、本製造方法により得られる硫化物系固体電解質について、スポット径3μm、測定点の数を10としてラマンスペクトル測定をした際に、前記測定点ごとの、350cm-1~500cm-1におけるP-S結合由来のピークの半値全幅の標準偏差が、2cm-1以内であることが好ましく、より好ましくは1.5cm-1以内である。
【0087】
得られた硫化物系固体電解質のリチウムイオン伝導度は、リチウムイオン二次電池に用いた際に電池特性を良好にする観点からは、1.0×10-3S/cm以上が好ましく、3.0×10-3S/cm以上がより好ましく、5.0×10-3S/cm以上がさらに好ましい。
【実施例0088】
以下に実施例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。例1、例5は本製造方法の実施例であり、例2~例4は比較例である。
なお、各例で原料に用いた物質の粒度について、例1~3では、LiS、P、LiClの粒度(D50)がそれぞれ、5μm、10μm、50μmのものを用いた。例4、5では、LiSだけ粒度(D50)が100μmのものを用いた。
【0089】
〔例1 Li5.4PS4.4Cl1.6の合成〕
(中間体合成工程)
LiS、P、LiClの各原料粉末を1.9:0.5:1.6(mol比)になるように調合した。この原料粉末を耐熱性の容器に入れ、30g試験炉に入れ、露点-50℃の窒素雰囲気下、圧力:1気圧、温度:300℃(昇温速度5℃/分)の条件で0.5時間保持することで加熱処理し、中間体を得た。
得られた中間体について、XRD測定(装置名:株式会社リガク製SmartLab)を行ったところ、Pの結晶ピークは確認されなかった。また組成分析の結果、中間体の組成は、Pの元素比を1として、Li5.47PS4.08Cl1.62であった。なお組成分析は、PとSはICP発光分析測定により、Liは原子吸光測定により、Clはイオンクロマトグラフィ測定により行った。
(加熱溶融工程)
得られた中間体を耐熱性の容器に入れ、圧力:1気圧、温度:730℃の条件で0.5時間加熱溶融した。このとき、単体硫黄を350℃の温度で加熱して得られた硫黄ガスを、Nをキャリアガスとして同伴させながら硫黄ガスの分圧が0.1atmとなるように供給し、硫黄元素を含むガス雰囲気を得て、このガス雰囲気下で加熱溶融を行うことで融液に硫黄を導入した。硫黄元素を含むガス雰囲気における硫黄ガスの含有量は0.1vol%であった。
(冷却工程)
その後、冷却速度10~1000℃/secで冷却し非晶質相とアルジロダイト型結晶相を含有した硫化物系固体電解質として固体を得た。
(再加熱工程)
次いで、この固体を窒素ガス雰囲気下、450℃で1時間再加熱処理し、結晶化した。これにより結晶相の割合が90vol%以上のアルジロダイト型結晶構造を有する硫化物系固体電解質としてLi5.4PS4.4Cl1.6を得た。得られた硫化物系固体電解質について、乳鉢を用いて粉砕処理を行い、D50が約10μmの粉末を得た。
粉砕後の硫化物系固体電解質粉末をサンプルとして、中間体合成工程と同様に組成分析を行った結果、組成は、Pの元素比を1として、Li5.43PS4.38Cl1.59であった。結晶相は、XRD測定(装置名:株式会社リガク製SmartLab)により同定した。XRD測定の結果、結晶相はアルジロダイト型の結晶の単一相であった。例1の硫化物系固体電解質のXRD測定結果を図1に示す。
(均質性評価)
またラマンスペクトル測定(装置名:株式会社堀場製作所製LabRAM HR Evolution)を行い、得られた硫化物系固体電解質の均質性を評価した。測定は、得られたサンプル粉末を直径1cmのペレット状にしたものを用い、任意の10点について行った。ばらつきの指標として、アルジロダイト型結晶構造由来の(PS3-のラマンバンド(420~430cm-1)ピークを用い、測定点10点におけるピーク波数のばらつきを(ピーク位置平均値±標準偏差)の形で評価した。ピーク位置平均値とは、各スペクトルのピーク波数の平均値である。(ピーク位置平均値±標準偏差)における標準偏差の絶対値が小さいほど、ピーク波数(ピーク位置)のばらつきが小さいことを示す。
なお、ラマンスペクトル測定は大気非曝露環境で実施した。測定条件は次の通りである。励起波長532nm、サンプル照射時パワー5mW、対物レンズ10倍、開口数0.25、共焦点ピンホール:200μm、グレーティング:1200gr/mm、測定時間:3sec×10回、スポット径:約3μm。測定は大気非暴露の状態で実施した。
例1の(ピーク位置平均値±標準偏差)は、428.1±0.0cm-1であった。例1の硫化物系固体電解質のラマンスペクトル測定結果を表1および図2に示す。なお、図2は測定点10点の各点におけるラマンスペクトルを重ねた図であり、ピーク位置のばらつきを分かりやすくするため、縦軸の強度で規格化したものである。
(リチウムイオン伝導度評価)
交流インピーダンス法(ソーラートロン社製 1260Aインピーダンスアナライザー、測定周波数:7MHz~20Hz)によりリチウムイオン伝導度を25℃で測定した。リチウムイオン伝導度は、25℃において6.2×10-3S/cmであった。測定結果を表1に示す。
【0090】
〔例2 Li5.4PS4.4Cl1.6の合成〕
(中間体合成工程)
LiS、P、LiClの各原料粉末を1.9:0.5:1.6(mol比)になるように調合した。この原料粉末を耐熱性の容器に入れ、30g試験炉に入れ、露点-50℃の窒素雰囲気下、圧力:1気圧、温度:300℃(昇温速度5℃/分)の条件で0.5時間保持することで加熱処理し、中間体を得た。
得られた中間体について、XRD測定(装置名:株式会社リガク製SmartLab)を行うと、Pの結晶ピークは確認されなかった。また例1と同様に組成分析を行った結果、中間体の組成は、Pの元素比を1として、Li5.47PS4.08Cl1.62であった。
(加熱溶融工程)
得られた中間体を耐熱性の容器に入れ、圧力:1気圧、温度:730℃の条件で0.5時間加熱溶融した。
(冷却工程)
その後、冷却速度10~1000℃/secで冷却し、非晶質相とアルジロダイト型結晶相と不純物相を含有した硫化物系固体電解質として固体を得た。
(再加熱工程)
次いで、この固体を窒素ガス雰囲気下、450℃で1時間再加熱処理した。得られた硫化物系固体電解質について、乳鉢を用いて粉砕処理を行い、D50が約10μmの粉末を得た。
粉砕後の硫化物系固体電解質粉末について、例1と同様に、組成分析およびXRD測定を行った。組成は、Pの元素比を1として、Li5.33PS3.88Cl1.65であった。また、例2の硫化物系固体電解質のXRD測定結果を図3に示す。
(均質性評価)
また例1と同様にラマンスペクトル測定を行い、得られる硫化物系固体電解質の均質性を評価した。例2の(ピーク位置平均値±標準偏差)は、425.2±3.0cm-1であった。例2の硫化物系固体電解質のラマンスペクトル測定結果を表1および図4に示す。図4は測定点10点の各点におけるラマンスペクトルを重ねた図であり、ピーク位置のばらつきを分かりやすくするため、縦軸の強度で規格化したものである。
(リチウムイオン伝導度評価)
例1と同様に交流インピーダンス法によりリチウムイオン伝導度を25℃で測定した。リチウムイオン伝導度は25℃において0.4×10-3S/cmであった。測定結果を表1に示す。
【0091】
〔例3 Li5.4PS4.4Cl1.6の合成〕
(加熱溶融工程)
LiS、P、LiClの各原料粉末を1.9:0.5:1.6(mol比)になるように調合した。この原料粉末を耐熱性の容器に入れ、30g試験炉に入れ、硫黄の粉末を3g容器に添加した後、露点-50℃の窒素雰囲気下、圧力:1気圧、温度:950℃(昇温速度30℃/分)の条件で0.5時間加熱溶融した。
(冷却工程)
その後、冷却速度10~1000℃/secで冷却し、非晶質相とアルジロダイト型結晶相と不純物相を含有した硫化物系固体電解質として固体を得た。
(再加熱工程)
次いで、この固体を窒素ガス雰囲気下、450℃で1時間再加熱処理した。得られた硫化物系固体電解質について、乳鉢を用いて粉砕処理を行い、D50が約10μmの粉末を得た。
粉砕後の硫化物系固体電解質粉末について、組成分析を行ったところ、Pの元素比を1として、Li5.93PS4.23Cl1.78であった。
(均質性評価、リチウムイオン伝導度評価)
また例1と同様にラマンスペクトル測定を行い、得られる硫化物系固体電解質の均質性を評価した。例3の(ピーク位置平均値±標準偏差)は、425.0±2.4cm-1であった。
例1と同様に交流インピーダンス法によりリチウムイオン伝導度を25℃で測定した。リチウムイオン伝導度は25℃において0.6×10-3S/cmであった。
【0092】
〔例4 Li5.4PS4.4Cl1.6の合成〕
(加熱溶融工程)
LiS、P、LiClの各原料粉末を1.9:0.5:1.6(mol比)になるように調合した。この原料粉末を耐熱性の容器に入れ、30g試験炉に入れ、硫黄の粉末を3g容器に添加した後、露点-50℃の窒素雰囲気下、圧力:1気圧、温度:750℃(昇温速度30℃/分)の条件で0.5時間加熱溶融した。
(冷却工程)
その後、冷却速度10~1000℃/secで冷却し、非晶質相とアルジロダイト型結晶相と不純物相を含有した硫化物系固体電解質として固体を得た。
(再加熱工程)
次いで、この固体を窒素ガス雰囲気下、450℃で1時間再加熱処理した。得られた硫化物系固体電解質について、乳鉢を用いて粉砕処理を行い、D50が約10μmの粉末を得た。
粉砕後の硫化物系固体電解質粉末について、組成分析を行ったところ、Pの元素比を1として、Li5.73PS4.52Cl1.72であった。
(均質性評価、リチウムイオン伝導度評価)
また例1と同様にラマンスペクトル測定を行い、得られる硫化物系固体電解質の均質性を評価した。例4の(ピーク位置平均値±標準偏差)は、425.5±3.4cm-1であった。
例1と同様に交流インピーダンス法によりリチウムイオン伝導度を25℃で測定した。リチウムイオン伝導度は25℃において0.8×10-3S/cmであった。
【0093】
〔例5 Li5.4PS4.4Cl1.6の合成〕
(中間体合成工程)
LiS、P、LiClの各原料粉末を1.9:0.5:1.6(mol比)になるように調合した。この原料粉末を耐熱性の容器に入れ、30g試験炉に入れ、露点-50℃の窒素雰囲気下、圧力:1気圧、温度:300℃(昇温速度5℃/分)の条件で0.5時間保持することで加熱処理し、中間体を得た。
(加熱溶融工程)
得られた中間体を耐熱性の容器に入れ、圧力:1気圧、温度:750℃の条件で0.5時間加熱溶融した。このとき、単体硫黄を350℃の温度で加熱して得られた硫黄ガスを、Nをキャリアガスとして同伴させながら硫黄ガスの分圧が0.1atmとなるように供給し、硫黄元素を含むガス雰囲気を得て、このガス雰囲気下で加熱溶融を行うことで融液に硫黄を導入した。硫黄元素を含むガス雰囲気における硫黄ガスの含有量は0.1vol%であった。
(冷却工程)
その後、冷却速度10~1000℃/secで冷却し非晶質相とアルジロダイト型結晶相を含有した硫化物系固体電解質として固体を得た。
(再加熱工程)
次いで、この固体を窒素ガス雰囲気下、450℃で1時間再加熱処理した。得られた硫化物系固体電解質について、乳鉢を用いて粉砕処理を行い、D50が約10μmの粉末を得た。
粉砕後の硫化物系固体電解質粉末について、組成分析を行ったところ、Pの元素比を1として、Li5.47PS4.32Cl1.62であった。
(均質性評価、リチウムイオン伝導度評価)
また例1と同様にラマンスペクトル測定を行い、得られる硫化物系固体電解質の均質性を評価した。例5の(ピーク位置平均値±標準偏差)は、429.6±0.5cm-1であった。
例1と同様に交流インピーダンス法によりリチウムイオン伝導度を25℃で測定した。リチウムイオン伝導度は25℃において5.8×10-3S/cmであった。
【0094】
表1に、例1~例5の硫化物系固体電解質の組成、リチウムイオン伝導度評価結果及び均質性評価結果を示す。なお、均質性評価の結果として、(ピーク位置平均値±標準偏差)及び(ピーク半値全幅平均値±標準偏差)をそれぞれ表1に示す。
【0095】
【表1】
【0096】
実施例である例1、例5は均質性評価においてラマンスペクトルのピーク波数(ピーク位置)及びピーク半値全幅のばらつきが小さく、均質性の高い硫化物系固体電解質としてアルジロダイト型結晶を得ることができ、リチウムイオン伝導度も高かった。一方で、比較例である例2~例4は均質性が低い硫化物系固体電解質しか得られず、リチウムイオン伝導度も低い結果となった。
【0097】
例えば全固体型リチウムイオン二次電池に用いられる固体電解質の粒度(D50)は、一般的に1~5μmであることが知られている。上述の均質性評価におけるラマンスペクトルの分析領域は、かかる粒度を有する粒子一粒と同等の大きさであるか、粒子一粒よりやや大きい領域に相当する。すなわち、上述の均質性評価において、各測定点の測定値同士を比較した結果は、目標とする固体電解質粉末の粒子おおよそ一粒に相当する領域を測定した値同士を比較したものといえる。
したがって、各測定点の測定値のばらつきが小さいことは、粉砕して固体電解質粉末とした場合にも固体電解質粉末がミクロンレベルで均質である、すなわち固体電解質粉末を構成する粒子同士が互いにより均質であることを意味する。これにより、本発明の硫化物系固体電解質はリチウムイオン伝導性の点で優れ、全固体型リチウムイオン二次電池に用いた際に電池特性を向上できると考えられる。
一方で、固体電解質粉末が互いに不均質な粒子の集合体である場合、固体電解質粉末の中には多かれ少なかれリチウムイオン伝導性の点で劣る粒子が存在することとなる。このような粒子は活物質や他の固体電解質粒子等と接触した際にリチウムイオンをうまく伝導させられないと考えられる。
【0098】
本発明を詳細にまた特定の実施形態を参照して説明したが、本発明の精神と範囲を逸脱することなく様々な変更や修正を加えることができることは当業者にとって明らかである。本出願は、2020年7月31日出願の日本特許出願(特願2020-130799)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
図1
図2
図3
図4