(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024028540
(43)【公開日】2024-03-04
(54)【発明の名称】哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具
(51)【国際特許分類】
A61D 19/02 20060101AFI20240226BHJP
A01K 67/02 20060101ALI20240226BHJP
【FI】
A61D19/02 D
A01K67/02
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024006657
(22)【出願日】2024-01-19
(62)【分割の表示】P 2020077576の分割
【原出願日】2020-04-24
(31)【優先権主張番号】P 2019086195
(32)【優先日】2019-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(71)【出願人】
【識別番号】519157624
【氏名又は名称】一般財団法人動物繁殖研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 悠樹
(72)【発明者】
【氏名】金子 武人
(72)【発明者】
【氏名】外尾 亮治
(57)【要約】
【課題】小型軽量で操作の簡便な哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の人工的偽妊娠誘起具を提供すること。
【解決手段】哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具は、偏心分銅付きモータからなる振動発生装置と、前記モータを収容するモータ収容部を有した本体部と、前記本体部の先端部に対して着脱自在とされた、哺乳動物の膣内に挿入可能な挿入部材と、を備え、前記モータによって生じる振動が、毎分18,000~25,000回である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
偏心分銅付きモータからなる振動発生装置と、
前記モータを収容するモータ収容部を有した本体部と、
前記本体部の先端部に対して着脱自在とされた、哺乳動物の膣内に挿入可能な挿入部材と、
を備え、
前記モータによって生じる振動が、毎分18,000~25,000回である、
哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具。
【請求項2】
前記哺乳動物が、不完全性周期動物である、
請求項1に記載の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具。
【請求項3】
前記不完全性周期動物が、げっ歯目、重歯目、食虫目からなる群より選択される1種である、
請求項2に記載の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具。
【請求項4】
前記挿入部材が弾性体である、
請求項1に記載の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具。
【請求項5】
前記弾性体の先端に、金属製の接触端部を備える、
請求項4に記載の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法およびこれに用いる偽妊娠誘起具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生命科学研究分野において最も利用されている実験動物は、ラット、マウス、ハムスター等のげっ歯類動物である。中でも、ラットとマウスは古くから多様な生物学実験に利用されてきた。例えば、マウスは、多くの近交系やそれから発生したコンジェニック系統等の存在から、遺伝学や免疫学研究に利用されてきた。また、近年、飛躍的に技術革新が進んでいる発生工学分野では、トランスジェニックマウスの作出が容易であることから、様々なヒト疾患モデル動物が作出されており、医学研究に欠くことができない存在である。
【0003】
一方、ラットは、マウスと比較して体重ベースで10~15倍程度身体が大きいため、臓器由来の酵素の精製等の大量の材料を必要とする生化学実験や、解剖のしやすさから病態・病理学的研究に利用されてきた。また、生理学的にヒトに近い特徴を示すことから、高血圧や糖尿病などのヒト疾患モデルとして医学・創薬研究に利用されており、近年ではゲノム編集技術の利用により多くの疾患モデル系統が作製されている。
【0004】
これらのげっ歯類動物は、哺乳動物の中でも繁殖力が旺盛である。その理由の一つとして、性周期が短いことが挙げられる。性周期(月経周期)は、排卵と排卵の間隔であり、ヒトでは24日から32日間の周期を持つ。哺乳動物の性周期には、完全性周期と不完全性周期があり、前者は卵胞期、排卵、黄体期という一連の過程から成るが、後者は黄体期を欠く短い性周期である。
【0005】
ヒトをはじめとする完全性周期動物では、排卵に先行するのが卵胞期であり、エストロゲンの分泌が高まる。排卵後は黄体期と呼ばれ、プロジェステロンの分泌が高まる。プロジェステロンは、雌の子宮内膜に着床性増殖を誘起したり、妊娠を維持させるのに必要な黄体ホルモンの一種である。
【0006】
一方、不完全性周期動物には、前述のラット、マウス、ハムスター等のげっ歯類の他、ウサギ、ナキウサギ等の重歯類、スンクス(トガリネズミ)等の食虫類、ネコ等の食肉類等が含まれるが、これらの動物では、排卵後に形成される黄体がプロジェステロン(黄体ホルモン)分泌能を持たないまま機能的に退行するので、前記のとおり黄体期を欠いた性周期となり、直ちに次回の排卵にむけて卵胞の成熟が開始する。そのため、例えば、ラットやマウス等では、発情前期(Proestrus)、発情期(Estrus)、発情後期(Metestrus)、発情休止期(Diestrus)の4期からなる性周期をわずか約4日間という短い時間で繰り返している。
【0007】
このような不完全性周期動物の性周期に関する研究の過程において、ラットやマウス等では、交尾の結果、黄体ホルモンが分泌されること、また、分泌された黄体ホルモンにより、一定期間排卵が抑制されるため、妊娠が維持されることが明らかとなった。すなわち、一部の不完全性周期動物においては、交尾自体が妊娠を維持するための生理的環境を整える上で必須の要素であった。
【0008】
また、近年、発生工学分野において、特定の遺伝子を導入したトランスジェニック動物の作出が盛んに行われており、中でも、マウスについてはトランスジェニック個体の作出が容易であることから多様なモデル動物が生み出されている。一方、ラットは繊細であるため、マウスで用いられた方法を適用してもトランスジェニック個体の作出が難しい。ラットのトランスジェニック個体は、古典的な交配のほか、体外受精法や顕微授精法により作成した受精卵を遺伝子改変し、得られた受精卵をレシピエントとなる雌ラットの卵管および子宮内に移植することで新たな遺伝的形質を導入した産子を計画的に作出している。ラットでの受精卵移植においては、前述のように移植する雌に交尾刺激を与えなければ、黄体ホルモンが分泌されず、妊娠を維持することができない。そのため、従来、あらかじめ精管を結紮した(精子がない)雄ラットと、レシピエントとなる雌ラットとを交尾させることで交尾刺激を与え、黄体ホルモンの分泌を促したあとで、受精卵を移植することによりトランスジェニックラットを作出していた。
【0009】
しかしながら、上記従来の方法では、雌に交尾刺激を与えるためだけに、精管の結紮手術を施した雄ラットをあらかじめ準備する必要があり、実験動物の削減の観点から好ましくなく、しかも、多くの費用と労力を要し、作業効率や費用対効果が良好とは言えなかった。また、受精卵を移植する雌ラットと精管結紮雄とを1匹ずつ同一の飼育ケージ内にて飼育する必要があり、しかも交尾行動については人為的に強制することはできず、雄ラットまかせであった。そのため、雄ラットと雌ラットの相性や、交尾行動の成功率に左右されてしまい、時間の短縮や確実性の向上が求められていた。
【0010】
一方、ラットやマウス等を交尾させた後、交尾栓の形成が確認され、かつ黄体ホルモン量の増加とそれに伴う排卵の抑制は認められるものの、実際には妊娠していない「偽妊娠」と呼ばれる現象が知られており、そのメカニズムについての研究が進められてきた。これまでに、様々な偽妊娠の誘起方法が提案されている(例えば、非特許文献1-3を参照)。
【0011】
非特許文献1では、ガラス棒を雌ラットの膣内に挿入、抽挿し、人手により子宮頚部を物理的に刺激する方法が提案されている。
【0012】
非特許文献2では、ラットの膣内に銅線の双極電極を挿入し、所定の交流を5秒間、3回通電することにより偽妊娠を誘起する方法が提案されている。この方法では、16V以上の電圧で刺激することにより、100%偽妊娠を誘起することができるとされている。
【0013】
非特許文献3では、疑似的な交尾刺激として120サイクル/秒程度の周波数の振動を雌ラットの生殖器に与えることで、偽妊娠を誘起することができるとされている。
【0014】
しかしながら、非特許文献1に記載の方法では、ガラス棒を手動で動かすため、施術者の技量の差等により偽妊娠の誘起率が変動し、再現性や確実性に難があった。そのため、より確実に偽妊娠状態を誘起させることができる装置や手技の開発が求められていた。
【0015】
非特許文献2に記載の方法では、簡便かつほぼ確実に偽妊娠を誘起することができるものの、ラットの膣内に銅線の双極電極を挿入し、通電することを技術的特徴とするため、近年の実験動物に対する動物愛護の観点から代替技術に置換することが望ましいと考えられる。
【0016】
非特許文献3に記載の方法は、振動刺激の振動数(周波数)や印加方法について改善の余地が残されていた。
【0017】
また、非特許文献1~3に記載の方法は、いずれも偽妊娠という生命現象そのものについて研究することを目的としたものであり、その産業上の利用については必ずしも十分に検討されていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】De Feo, V. J.: Endocrinology 72:303(1963)
【非特許文献2】菅原七郎、竹内三郎:日本畜産学会報 35:80(1964)
【非特許文献3】De Feo, V. J.: Endocrinology 79:440(1966)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
以上のような背景から、本発明者らは、鋭意研究を進めた結果、振動発生装置を備える器具を雌ラットの膣内に挿入し、子宮頚部に振動を与えることで疑似的な交尾刺激を与えることができ、人工的に偽妊娠誘起を再現できる器具およびこれを用いた偽妊娠誘起方法を開発するに至った。さらに、本発明者らは、上記の器具およびこれを用いた偽妊娠誘起方法により得られた偽妊娠誘起雌ラットに特定の発育段階にある受精卵を移植したところ、従来と遜色のない割合で正常な産子が得られることを見出した。そしてまた、本発明者らは、受精卵の移植当日であっても、雌ラットの偽妊娠を誘起させることができ、しかも、受精卵の移植により正常な産子が得られることを見出した。
【0020】
本発明は、上記の知見に基づいてなされたものであり、ラット等の実験動物のみならず家畜などの他の動物種にも応用できる、簡便であり、確実性、汎用性の高い哺乳動物の人工的偽妊娠の誘起方法および偽妊娠動物への移植受精卵からの産子作出方法を提供することを課題とする。また、本発明は、小型軽量で操作の簡便な哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の人工的偽妊娠誘起具を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明によれば、上記課題を解決するため、下記の技術的手法ないし技術的手段が提供される。
〔1〕本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法は、少なくとも以下の工程<a><b>を含むことを特徴とする。
【0022】
<a>哺乳動物の偽妊娠誘起具を発情前期乃至発情期の哺乳動物の膣内に挿入し、前記偽妊娠誘起具の先端部を前記哺乳動物の子宮頚部に当接させ、該子宮頚部に振動刺激を与えて偽妊娠を誘起させる工程;
<b>前記工程<a>の後、前記哺乳動物の卵管および子宮内に前核期から桑実胚のいずれかの発育段階にある受精卵を移植する工程。
〔2〕本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法では、前記哺乳動物が、不完全性周期動物であることが好ましく考慮される。
〔3〕また、本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法では、前記不完全性周期動物が、げっ歯目、重歯目、食虫目からなる群より選択される1種であることが好ましく考慮される。
〔4〕さらに、本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法では、前記工程<a>の完了後、12時間~24時間以内に、前記工程<b>として、二細胞期の受精卵を移植することが好ましく考慮される。
〔5〕また、本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法では、前記工程<a>の完了から20時間~24時間以内に、前記工程<b>として、前核期の受精卵を移植することが好ましく考慮される。
〔6〕さらに、本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法では、前記工程<a>における前記振動刺激が、毎分18,000~25,000回であることが好ましく考慮される。
〔7〕また、本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法では、前記工程<a>における前記振動刺激として、1回30秒の刺激を2~7回繰り返し、かつ該刺激と刺激との間に30秒~5分のインターバルを挟むことが好ましく考慮される。
〔8〕さらに、本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法では、前記工程<a>における前記振動刺激として、30秒~120秒の刺激を1回与えることが好ましく考慮される。
〔9〕本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具は、
偏心分銅付きモータからなる振動発生装置と、
前記モータを収容するモータ収容部を有した本体部と、
前記本体部の先端部に対して着脱自在とされた、哺乳動物の膣内に挿入可能な挿入部材と、
を備えることを特徴とする。
〔10〕本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具では、前記哺乳動物が、不完全性周期動物であることが好ましく考慮される。
〔11〕また、本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具では、前記不完全性周期動物が、げっ歯目、重歯目、食虫目からなる群より選択される1種であることが好ましく考慮される。
〔12〕さらに、本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具では、前記モータによって生じる振動が、毎分18,000~25,000回であることが好ましく考慮される。
〔13〕また、本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具では、前記挿入部材が弾性体であることが好ましく考慮される。
〔14〕さらに、本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具では、前記弾性体の先端に、金属製の接触端部を備えることが好ましく考慮される。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ラット等の実験動物のみならず家畜などの他の動物種にも応用できる、簡便であり、確実性、汎用性の高い哺乳動物の人工的偽妊娠の誘起方法および偽妊娠動物への移植受精卵からの産子作出方法が実現される。また、本発明によれば、小型軽量で操作の簡便な哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の人工的偽妊娠誘起具が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の一実施形態である哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具の概略斜視図である。
【
図4】(a)(b)は、哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具の挿入部材を示した概略斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を実施の形態により詳細に説明する。
【0026】
なお、本明細書中において、「人工的偽妊娠誘起」の用語は、哺乳動物の雌雄に実際に交尾をさせることなく、偽妊娠誘起具を用いて交尾刺激と同等の刺激を哺乳動物の雌に与
え、偽妊娠を誘起することを意味する。
また、本明細書中において、「発情前期」とは、発情休止期の黄体が消失し、次の性周期に入る最初の段階を意味する。この時期に卵胞の発育が急速に始まり卵巣表面に突出する。
さらに、本明細書中において、「発情期」とは、哺乳動物が交尾をする時期であり、前述した発情前期において発育した卵胞から卵子の排卵が準備される時期を意味する。例えば、マウスの場合は、発情前期から発情期にかけて外部生殖器周辺が赤く腫脹するといった外観の変化が現れる。
【0027】
本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法は、少なくとも以下の工程<a><b>を含むことを特徴とする。すなわち、<a>哺乳動物の偽妊娠誘起具を発情前期乃至発情期の哺乳動物の膣内に挿入し、前記偽妊娠誘起具の先端部を前記哺乳動物の子宮頚部に当接させ、該子宮頚部に振動刺激を与えて偽妊娠を誘起させる工程;<b>前記工程<a>の後、前記哺乳動物の卵管および子宮内に前核期から桑実胚のいずれかの発育段階にある受精卵を移植する工程、の各工程を含んでいる。
【0028】
工程<a>は、哺乳動物の偽妊娠誘起具を用いて、哺乳動物の子宮頚部に振動刺激を与える工程である。本発明の哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法を適用可能な哺乳動物としては、不完全性周期動物であることが好ましく考慮される。また、不完全性周期動物としては、例えば、ラット、マウス、ハムスター等のげっ歯類の他、ウサギ、ナキウサギ等の重歯類、スンクス(トガリネズミ)等の食虫類、ネコ等の食肉類等であることが好ましく、中でも、実験動物として大量に利用されているラット、マウスであることが特に好ましい。
【0029】
このような哺乳動物が、発情前期乃至発情期にあることを確かめる方法としては、従来公知の方法を適宜用いることができる。例えば、ラットやマウスの場合、実験者が雌ラットや雌マウスの背中に手を置いたり、尾の付け根部分にリズミカルな振動を与えることで、背中を大きく弓なりに湾曲させた姿勢をとるロードシス反射の有無やイヤーウィッグリング等により確認することができる。ロードシス反射は、ラットやマウス等のげっ歯類のほか、ネコ等の食肉類でも認められる。ロードシス反射が起こらない哺乳動物については、例えば、エストロジェン等のホルモン濃度を測定することにより発情前期乃至発情期にあることを確かめる方法等が例示される。
【0030】
上記の方法により哺乳動物が発情前期乃至発情期にあることを確認した後、偽妊娠誘起具を哺乳動物の膣内に挿入し、前記偽妊娠誘起具の先端部を哺乳動物の子宮頚部にやさしく当接させ、該子宮頚部に振動刺激を与える。振動刺激を与える際には、ストップウォッチ等を用いて刺激提示時間を確認しながら行う。また、偽妊娠誘起具を前後に細かく摺動させ、さらに子宮頚部を刺激することが好ましい。
【0031】
偽妊娠誘起具は、哺乳動物の子宮頚部に振動刺激を与えることができる限り、その外観形状や給電方法等について特に制限されることはないが、哺乳動物を保定しつつ操作を行う必要があるため、小型、軽量かつ電源コードを廃したコードレス構造であることが望ましい。また、偽妊娠誘起具は、その先端部を哺乳動物の膣内に挿入することから、使用後に水洗いが可能な耐水、防水機能を備えていることが望ましい。さらにまた、先端部のみ取り外し可能であり、該先端部は消毒用アルコール等の薬剤に対する耐薬性を備えた材質や、煮沸またはオートクレーブ滅菌可能な材質からなることが好ましく考慮される。また、先端部が、一度使用するごとに廃棄することができるディスポーザブルな態様であることも好ましい。
【0032】
このような偽妊娠誘起具としては、例えば、後述の偏心分銅付きモータからなる振動発
生装置と、前記モータを収容するモータ収容部を有した本体部と、前記本体部の先端部に対して着脱自在とされた、哺乳動物の膣内に挿入可能な挿入部材と、を備えた構成であることが好ましく考慮される。
【0033】
工程<a>における振動刺激としては、例えば、毎分18,000~25,000回であることが好ましく考慮される。振動刺激が上記の範囲内であれば、短時間の刺激提示で確実に偽妊娠を誘起することができるが、必ずしも上記の数値範囲内に限定されるものでもない。
【0034】
また、工程<a>における振動刺激としては、例えば、1回30秒の刺激を2~7回繰り返し、かつ該刺激と刺激との間に30秒~5分のインターバルを挟むことが好ましく例示される。なお、偽妊娠誘起具は、1回使用するごとに消毒することが望ましい。
【0035】
ラットの交尾行動を一例にとると、雄ラットは、一晩の間に複数回の挿入及び射精を繰り返す。このような複数回の挿入及び射精のサイクルを「射精シリーズ」と呼称する。本発明者らは、一連の射精シリーズにおける挿入回数について調査したところ、雄ラットの挿入回数が7回未満では、妊娠が成立せず性周期に回帰するが、7回以上の挿入が確認できた場合には、ほぼ100%妊娠が成立することを確認している。
【0036】
一方、本発明者らは、後述の偽妊娠誘起具を用いた哺乳動物の人工的偽妊娠誘起実験において、必ずしも7回以上の振動刺激の提示が不可欠ではないことも確認している。具体的には、30秒刺激、30秒のインターバル、30秒刺激(合計90秒)の振動刺激を付与することで、ほぼ100%偽妊娠を誘起可能であることを確認している。また、30秒刺激、30秒のインターバル、30秒刺激、30秒のインターバル、30秒刺激(合計150秒)の振動刺激を付与することで、より確実に偽妊娠を誘起可能であることを確認している。
【0037】
なお、刺激と刺激との間のインターバルは、前記射精シリーズにおいて、一度射精した後、次の挿入が可能となるまでの不応期の時間に基づき設定している。
【0038】
また、工程<a>における前記振動刺激としては、例えば、インターバルを設けず、30秒~120秒の刺激を1回与えることも好ましく例示される。本発明の偽妊娠誘起具を用いた哺乳動物の人工的偽妊娠誘起では、自然に行われる交尾での刺激よりも短時間かつ高効率で偽妊娠を誘起することができる。具体的には、子宮頚部へ30秒の刺激を1回与えると、およそ60%の成功率で偽妊娠を誘起させることができる。また、刺激提示時間が長くなるほど偽妊娠誘起の成功率が高くなり、120秒でほぼ100%に達する。
【0039】
このような偽妊娠誘起の高効率化は、前記のとおり、偽妊娠誘起具の先端部を哺乳動物の子宮頚部に当接させ、子宮頚部にダイレクトに振動刺激を付与することに起因している。
【0040】
上記のとおり、本発明の哺乳動物の人工的偽妊娠誘起法では、ほぼ確実に偽妊娠を誘起することができるため、従来、雌の哺乳動物に交尾刺激を与えるためだけにあらかじめ準備が必要であった、精管の結紮手術を施した雄の哺乳動物が不要となり、実験動物の削減が可能である。また、精管の結紮手術等に要していた多くの費用と労力を削減可能であり、作業効率や費用対効果を大幅に改善させることができる。さらにまた、従来、妊娠および偽妊娠の確認を目的として行なっていた、哺乳動物への膣内へ電極線を挿入し、電気伝導度を測定することによる膣スメアの有無の判定等が不要である。したがって、本発明の哺乳動物の人工的偽妊娠誘起法は、動物愛護の観点から優れており、しかも、偽妊娠動物の作出に当たり、工程数が従来よりも少なくなり、作業効率を向上可能である。
【0041】
このような工程<a>の後、工程<b>として、哺乳動物の卵管および子宮内に前核期から桑実胚のいずれかの発育段階にある受精卵を移植する。
【0042】
前記受精卵は、哺乳動物の雄と雌の交尾の結果、自然に受精した受精卵であってもよいし、体外受精法や顕微授精法によって人工受精させた受精卵であってもよい。中でも、遺伝子操作等を伴う場合には、自然に受精した受精卵を用いることが好ましい。
【0043】
体外受精法や顕微授精法による受精卵の作成に用いる卵子は、雌の哺乳動物の卵巣より採卵した新鮮卵子であってもよいし、凍結保存した卵子であってもよい。また、顕微授精法による受精卵の作成に用いる精子は、雄の哺乳動物から採精した新鮮精子であってもよいし、凍結保存した精子であってもよい。
【0044】
受精卵の移植には、上記の各方法により受精・発育した受精卵を直ちに移植に用いてもよいし、凍結保存した受精卵を用いてもよい。
【0045】
受精卵の採卵方法については、従来公知の各種方法を適用することができ、例えば、受精卵の培養に用いる液体培地を用いて卵管内を灌流フラッシングする方法等が例示される。
【0046】
採精方法についても、従来公知の各種方法を適用することができ、例えば、マッサージ法、電気刺激法、水圧法、人工膣法等が例示される。
【0047】
受精卵の発育段階については、本発明の方法によるり移植受精卵からの正常な産子を得られる割合が、従来の方法と遜色ない水準、すなわち、概ね40~60%程度である限り、特段限定されることはない。例えば、前核期から桑実胚のいずれか、特に、前核期から二細胞期のいずれかの発生段階にあることが好ましく考慮される。特に、本発明の方法によれば、従来の受精卵移植による産子作出法では正常な産子の得られる割合が比較的低かった前核期の受精卵を用いた場合であっても、移植受精卵からの正常な産子を得られる割合が約40%を上回る。
さらにまた、従来正常な産子の得られる割合が比較的低かった桑実胚を用いた場合であっても、従来の方法と遜色ない水準で移植受精卵からの正常な産子を得ることができる。
【0048】
本発明の哺乳動物の人工的偽妊娠誘起による移植受精卵からの産子作出方法では、前記工程<a>の完了後、12時間~24時間以内、好ましくは17時間~20時間以内に、前記工程<b>として、二細胞期の受精卵を移植することが好ましく考慮される。このような工程<a>と行程<b>との間隔は、哺乳動物の雄と雌の交尾の結果、自然に受精した受精卵が二細胞期まで発育するタイミングとほぼ同期している。そのため、哺乳動物の卵管および子宮内は、二細胞期の移植受精卵にとって、最適な生理的環境が整っており、正常な産子が得られやすくなる。例えば、受精卵の移植予定日の前日、夕方頃に、施術者(実験者)が発情前期の哺乳動物に対し工程<a>の処置を施し、移植予定日当日の午前から夕方にかけて施術者(実験者)が工程<b>の処置を施すタイムスケジュールを例示することができる。
【0049】
また、本発明の哺乳動物の人工的偽妊娠誘起による移植受精卵からの産子作出方法では、前記工程<a>の完了から20時間~24時間以内に、前記工程<b>として、前核期の受精卵を移植することが好ましく考慮される。このような工程<a>と行程<b>との間隔は、哺乳動物の雄と雌の交尾の結果、自然に受精した受精卵が前核期まで発育するタイミングとは、わずかに相違している。具体的には、哺乳動物の卵管および子宮内は、前核期より発育段階の進んだ受精卵に適した生理的環境にある。しかしながら、哺乳動物の卵管および子宮内は、移植受精卵の発育段階に応じて、最適な生理的環境にアジャストするとともに、移植受精卵の発育段階が進むまでの間、それ以上卵管および子宮内の生理的環境が後の発育段階にある受精卵に適した生理的環境に変化することがないよう、タイミングの同期が起こる。すなわち、母胎側が、生理的環境を移植受精卵に合わせてくれるといえる。そのため、従来、二細胞期の受精卵の移植より正常な産子が得られにくかった、前核期の受精卵の移植であっても、正常な産子が得られやすくなり、むしろ二細胞期の受精卵を移植した場合よりも高い割合で正常な産子を得ることができる。例えば、受精卵の移植予定日の前日、夕方頃に施術者(実験者)が発情前期の哺乳動物に対し工程<a>の処置を施し、施術者(実験者)が移植予定日当日の夕方に工程<b>の処置を施すタイムスケジュールを例示することができる。
【0050】
一方、本発明の哺乳動物の人工的偽妊娠誘起による移植受精卵からの産子作出方法では、哺乳動物の性周期が発情期に入っていれば、該哺乳動物に受精卵を移植する処置当日、例えば、工程<a>と行程<b>との間隔が、1~6時間以内、好ましくは1~2時間以内であっても、哺乳動物の子宮頚部に振動刺激を付与し、受精卵の移植に適した人工的な偽妊娠を誘起することができる。受精卵移植当日における人工的偽妊娠を誘起する場合、移植に適した受精卵の発育ステージとしては、二細胞期または前核期が例示される。
【0051】
このように、本発明の哺乳動物の人工的偽妊娠誘起による移植受精卵からの産子作出方法では、従来公知の方法において考慮が不可欠であった受精、着床後の受精卵の発育ステージの時間経過に束縛されることがなく、従来の手法と比較して自由度が高く、施術者の負担を減らすことも可能である。
【0052】
このような哺乳動物の人工的偽妊娠誘起による移植受精卵からの産子作出方法に用いるために最適化された、哺乳動物の偽妊娠誘起具について、以下に図面に沿って詳細に説明する。
【0053】
図1は、本発明の一実施形態である哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具の概略斜視図である。
図2は、
図1の分解斜視図である。また、
図3は、
図1の概略断面図である。
【0054】
哺乳動物の移植受精卵からの産子作出用の偽妊娠誘起具1(以下、単に、偽妊娠誘起具1と呼称する)は、偏心分銅付きモータからなる振動発生装置2と、モータを収容するモータ収容部3を有した本体部4と、本体部4の先端部41に対して着脱自在とされた、哺乳動物の膣内に挿入可能な挿入部材5と、を備えている。
【0055】
本体部4は、挿入部材5に振動を付与するための振動発生装置2および電池収容部46を有しており、
図1から
図3に示したように、本体部4に取り付けられる外装ケース42を備えている。
【0056】
本体部4の先端部41は、縮径して挿入部材取り付け軸筒43を形成している。挿入部材取り付け軸筒43は、有蓋円筒状の軸筒であって、挿入部材5の円筒状の空間S2(
図2参照)と連通している。また、挿入部材取り付け軸筒43は、
図3に示すように、その中心軸線が本体部4の中心軸線に対して、本体部4の後面4a側に偏寄するよう、本体部4の上面に形成されている。
【0057】
本体部4の前面4bには、貫通口44が貫通形成され、該貫通口44および貫通口44直下には空間S1が形成されており、貫通口44および空間S1は可撓性のスイッチ部材45にて閉塞されている。スイッチ部材45は、エラストマー樹脂よりなり、貫通口44の開口縁に対して融着させている。従って、指で外部から貫通口44を閉塞したスイッチ
部材45を空間S1内に向かって押し込むことができる。
【0058】
本体部4の挿入部材取り付け軸筒43とは反対側の端部には、電池収容部46が延出形成されている。電池収容部46は、その底部に陽極端子金具46aが設けられ、上部には胴部47から延びる陰極端子バネ46bが設けられている。そして、電池収容部46に、電池Bが収容されると、電池Bは陽極端子金具46a及び陰極端子バネ46bと電気的に接続された状態で電池収容部46内に収容保持される。電池収容部46は、着脱自在とされた有底筒体としての本体ケース42により保護される。
【0059】
電池Bは、市販の乾電池であってもよいし、着脱自在なリチウムイオン電池等の二次電池であってもよい。乾電池の場合、単三電池、単四電池などの比較的小型軽量なものであることが好ましい。
【0060】
胴部47の上側には、基板固定部48が延出形成されている。基板固定部48には、プリント配線基板49が固設されている。プリント配線基板49には、陽極端子金具46a及び陰極端子バネ46bと電気的に接続されているスイッチSWが実装されている。そして、プリント配線基板49に実装されたスイッチSWは、外装ケース42に設けたスイッチ部材45と相対向する位置に実装されている。従って、スイッチ部材45を指で押すと、スイッチSWは押し込まれたスイッチ部材45にてオン・オフ動作する。
【0061】
基板固定部48の上側には、モータ収容部3が延出形成されている。モータ収容部3は、挿入部材取り付け軸筒43の空間S1に内装されたとき、モータ収容部3の外周面は、挿入部材取り付け軸筒43の内周面と密着するようになっている。
【0062】
モータ収容部3には、モータMが収容される。モータ収容部3に収容されたモータMは、モータ収容部3が挿入部材取り付け軸筒43の空間S1に内装されたとき、モータ収容部3から開放された部分の外周面がスペーサ31を介して挿入部材取り付け軸筒43の内周面と当接するようになっている。モータMの回転軸は、モータ収容部3に上面から空間S1内に突出させ、その突出した回転軸に偏心分銅32を固着させている。このような偏心分銅32を備えるモータMを振動発生装置2としている。
【0063】
モータMは、プリント配線基板49に実装されたスイッチSWをオンさせると、電池Bの電圧が印加されて回転する。モータMが回転すると、回転軸に固着した偏心分銅32が回転軸を回転中心に偏心回転し、その偏心回転により回転軸が振られてモータ収容部3に収容保持されたモータM自身が振動する。そして、このモータMの振動は、モータ収容部3を介して、同モータ収容部3と密接している挿入部材取り付け軸筒43に伝搬されることになる。
【0064】
モータMによって生じる振動は、偽妊娠を誘起することができる限り、特に限定されることはないが、例えば、毎分18,000~25,000回であることが好ましく考慮される。振動刺激が上記の範囲内であれば、短時間の刺激提示で確実に偽妊娠を誘起することができるが、必ずしも上記の数値範囲内に限定されるものでもない。
【0065】
外装ケース42は、ABS樹脂やPP樹脂などのプラスチック材料製のケースであって、作業者が握り込みやすいように、短手方向の断面が略円形となっている。その内部空間には上部開口部より本体部4の電池収容部46が装着される。外装ケース42の上部開口部の内周面形状は、胴部47の下端部と同一形状であって、電池収容部46および胴部47の下端部が外装ケース42に内装されるようになっている。
【0066】
また、電池収容部46および胴部47の下端部が外装ケース42に内装されるとき、胴部47の下端部に設けられた環状溝のoリングOが外装ケース42の上部開口部に弾性変形して電池収容部46および胴部47と外装ケース42との間を水密かつ弾性支持している。そして、本体部4を外装ケース42に装着することによって、外装ケース42によって偽妊娠誘起具1の把持部が形成されるとともに、電池収容部46に収容保持された電池Bは外装ケース42によって密閉収納される。
【0067】
このように形成された外装ケース42を備える本体部4の上側先端部41(挿入部材取り付け軸筒43)に、挿入部材5が装着される。
【0068】
本体部4の先端部41(挿入部材取り付け軸筒43)に装着される挿入部材5は、その基端部51の下端面51aには、嵌着孔52が形成されている。嵌着孔52は、本体部4の先端部41に形成した挿入部材取り付け軸筒43が着脱自在に圧入嵌着される。嵌着孔52の内周面52aは、挿入部材取り付け軸筒43が嵌着された時、挿入部材取り付け軸筒43の外周面43aが密着される。従って、モータ収容部3を介して挿入部材取り付け軸筒43に伝搬されるモータMの振動は、挿入部材5の基端部51から胴部54を介して、哺乳動物の子宮頸部と当接する挿入部材5の先端53に伝搬される。
【0069】
挿入部材5の胴部54は、
図4(a)に示したように、挿入部材5の先端53から基端部51に向かって直径が一定になるように形成されており、基端部51近傍で直径が太くなり、テーパー面を形成している。そして、挿入部材5の先端部は丸みを帯びており、哺乳動物の膣内への挿入時および子宮頸部への当接時に、器官を傷つけることがない。挿入部材5の直径および長さについては、哺乳動物の膣内への挿入時および子宮頸部への当接時に、器官を傷つけない限り、特に制限されることはなく、対象とする動物種に応じて適宜サイズ変更することができる。例えば、ラット用の挿入部材では、先端部近傍の直径が5mm程度、ラットの膣内に挿入する部分の長さが7cm程度であることが例示される。
【0070】
挿入部材5の材質は、特に制限されることはないが、哺乳動物の膣内への挿入時および子宮頸部への当接時に、器官を傷つけることがないよう、弾性体であることが好ましく考慮される。弾性体としては、例えば、シリコン樹脂や、合成ゴム等が例示される。中でも、消毒用アルコール等の消毒薬を用いた殺菌処理や、煮沸またはオートクレーブ処理等の殺菌・滅菌処理を考慮すると、耐薬性や耐熱性に優れたシリコン樹脂製であることが特に好ましい。さらにまた、挿入部材5は、一度使用するごとに廃棄することができるディスポーザブルな態様であることも好ましい。
【0071】
また、
図4(b)に示したように、挿入部材5の先端53に金属製の接触端部5aを備えることも好ましく考慮される。接触端部5aの形状は、哺乳動物の卵管および膣内を傷つけることがなければ特に制限されることはないが、球形であることが望ましい。また、
図4(b)に示したように、哺乳動物の体内において接触端部5aが挿入部材5から脱落することがないよう、例えば、挿入部材5の先端から半球状に露出し、残りの部分が挿入部材5に埋設された形状であることが例示される。また、接触端部5aの材質は、母胎である哺乳動物への悪影響がない限り特に限定されることはないが、例えば、ステンレスや生体適合性が高いチタン等の耐食性に優れた金属製であることが例示される。
【0072】
本発明の偽妊娠誘起具を適用可能な動物な哺乳動物は、不完全性周期動物である。例えば、ラット、マウス、ハムスター等のげっ歯類の他、ウサギ、ナキウサギ等の重歯類、スンクス(トガリネズミ)等の食虫類、ネコ等の食肉類等であることが好ましく、中でも、実験動物として大量に利用されているラット、マウスであることが特に好ましい。
【0073】
本発明の偽妊娠誘起具は、上記のとおりの構成を具備していることにより、実験動物のみならず家畜などの他の動物種にも応用でき、しかも小型軽量で操作が簡便である。また
、本発明の偽妊娠誘起具は、哺乳動物の子宮頚部に振動刺激を与えることができる限り、その外観形状や給電方法等について上記の実施形態によって何ら限定されることはない。さらにまた、本発明における偽妊娠誘起の工程においては、哺乳動物を保定しつつ操作を行う必要があるため、偽妊娠誘起具が小型、軽量かつ電源コードを廃したコードレス構造であることが望ましい。
【実施例0074】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により何ら限定されることはない。
<実施例A:本発明の方法により偽妊娠を誘起した哺乳動物の移植受精卵からの産子作出方法と従来法との比較>
(1)供試動物
受精卵の採取およびそれに続く受精卵移植には、Iar:Wister-Imamichi系統のラット{(一財)動物繁殖研究所}を使用した。全ての動物
を明暗調節(7:00から19:00まで照明)された恒温恒湿(気温23℃±3℃、湿度50%±10%)室内で、プラスチック製のケージを用いて飼育した。また、全ての動物の飼育と実験手順は、岩手大学動物実験ガイドラインに則って行われるとともに、岩手大学動物研究委員会の承認を受けて行われた。
【0075】
(2)受精卵の採取
8~13週齢の雌ラットをランダムに選択し、過排卵を誘発するために、ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG、あすかアニマルヘルス株式会社)を300IU/kgの濃度で腹腔内注射した48時間後に、妊馬血清ゴナドトロピン(PMSG、あすかアニマルヘルス株式会社)を300IU/kgの濃度で腹腔内注射した。その後、雌ラットを10週齢以上の成熟した雄ラットと一晩交尾させた。雌ラットに膣栓が存在していれば、確実に交尾が行われたと判断した。
【0076】
hCGの注射24時間後に、PB1培地を用いて卵管内を灌流フラッシングすることにより、前核期のラット受精卵を採取した。複数個のラット受精卵を、37℃、CO25%、空気95%の環境下、新鮮なHTF培地中で二細胞期になるまで培養した。
【0077】
(3)人為的な偽妊娠誘起雌ラットの作成
8~13週齢の発情前期の雌ラットを人為的な偽妊娠の誘起に使用した。雌ラットの膣内に本発明の偽妊娠誘起具を挿入し、該偽妊娠誘起具の挿入部材を子宮頚部にやさしく押し当てて振動刺激を付与した。偽妊娠誘起具による刺激は30秒間、合計7回実施し、刺激と刺激の間には5分間のインターバルを設けた。なお、このインターバルの時間は、雄ラットの射精後の不応期の時間に基づいている。対照区として、精管結紮した雄ラットと交尾させて人為的な偽妊娠を誘起した雌ラットを用いた。
【0078】
(4)受精卵移植
実施例1として、偽妊娠誘起具による人為的な偽妊娠誘起から12時間後に、偽妊娠誘起雌ラットの卵管に二細胞期まで発育した受精卵を移植した。
【0079】
また、実施例2として、偽妊娠誘起具による人為的な偽妊娠誘起から12時間後に、偽妊娠誘起雌ラットの卵管に凍結保存していた二細胞期の受精卵を移植した。
【0080】
さらにまた、実施例3として、偽妊娠誘起具による人為的な偽妊娠誘起から24時間後に、偽妊娠誘起雌ラットの卵管に前核期の受精卵を移植した。
【0081】
なお、対照区1として、精管結紮した雄ラットとの交尾から12時間後に、偽妊娠誘起
雌ラットの卵管に二細胞期まで発育した受精卵を移植した。
また、対照区2として、精管結紮した雄ラットとの交尾から12時間後に、偽妊娠誘起雌ラットの卵管に凍結保存していた二細胞期の受精卵を移植した。
【0082】
(5)データ解析
全てのデータは、カイ2乗検定の後、ライアンの方法による多重比較検定を行った。
【0083】
このような実施例1~3および対照区1、2の偽妊娠誘起雌ラットについて、移植した受精卵の着床割合および正常に発育した産仔数を妊娠21日目に数えた。結果を表1に示す。
【0084】
【0085】
表1に示したように、実施例1では、移植した二細胞期の新鮮な受精卵のうち、63%が着床し、54%の受精卵から正常な産子が得られた。また、実施例2では、移植した二細胞期の凍結受精卵のうち、46%が着床し、24%の受精卵から正常な産子が得られた。実施例3では、移植した前核期の新鮮な受精卵のうち、73%が着床し、67%の受精卵から正常な産子が得られた。
【0086】
なお、対照区1の精管結紮した雄ラットと交尾させて人為的な偽妊娠を誘起した雌ラットでは、移植した二細胞期の新鮮な受精卵のうち72%が着床し、63%の受精卵から正常な産子が得られた。
【0087】
また、対照区2の精管結紮した雄ラットと交尾させて人為的な偽妊娠を誘起した雌ラットでは、移植した凍結受精卵のうち56%が着床し、32%の受精卵から正常な産子が得られた。これら対照区1、2の結果との対比より、実施例の人為的な偽妊娠を誘起した雌ラットでは、従来の方法と同程度の割合で正常な産子が得られることを確認できた。
【0088】
<実施例B:刺激方法による着床率、正常産子の割合の比較>
実施例4として、子宮頚部への振動刺激の提示パターンを120秒間、1回としたこと以外は実施例1と同様にして偽妊娠誘起雌ラットの卵管に二細胞期の新鮮な受精卵を移植した。
【0089】
また、実施例5として、子宮頚部への振動刺激の提示パターンを30秒間、合計2回とし、かつ刺激と刺激との間に30秒間のインターバルを設けた以外は、実施例1と同様にして偽妊娠誘起雌ラットの卵管に二細胞期の新鮮な受精卵を移植した。
【0090】
実施例6として、子宮頚部への振動刺激の提示パターンを30秒間、合計2回とし、かつ刺激と刺激との間に30秒間のインターバルを設けた以外は、実施例3と同様にして偽妊娠誘起雌ラットの卵管に前核期の新鮮な受精卵を移植した。
【0091】
実施例7として、子宮頚部への振動刺激の提示パターンを30秒間、合計2回とし、刺激と刺激との間に30秒間のインターバルを設けるとともに、偽妊娠誘起具による人為的な偽妊娠誘起から96時間後に、実施例1と同様にして偽妊娠誘起雌ラットの卵管に新鮮な桑実胚を移植した。
【0092】
このような実施例4~7の偽妊娠誘起雌ラットについて、移植した受精卵の着床割合および正常に発育した産仔数を妊娠21日目に数えた。結果を表2に示す。
【0093】
【0094】
表2に示したように、実施例4では、移植した二細胞期の新鮮な受精卵のうち、64%が着床し、40%の受精卵から正常な産子が得られた。また、実施例5では、移植した二細胞期の新鮮な受精卵のうち、65%が着床し、62%の受精卵から正常な産子が得られ
た。実施例6では、移植した前核期の新鮮な受精卵のうち、52%が着床し、43%の受精卵から正常な産子が得られた。また、実施例7では、移植した新鮮な桑実胚のうち、30%が着床し、21%の受精卵から正常な産子が得られた。
【0095】
<実施例C:受精卵(胚)移植当日における子宮頚部への刺激提示による着床率、正常産子の割合の比較>
実施例8として、受精卵(胚)移植当日、具体的には1~2時間前に刺激を提示したこと以外は、実施例5と同様にして偽妊娠誘起雌ラットの卵管に二細胞期の新鮮な受精卵を移植した。
【0096】
また、実施例9として、受精卵(胚)移植当日、具体的には5~6時間前に刺激を提示したこと以外は、実施例6と同様にして偽妊娠誘起雌ラットの卵管に前核期の新鮮な受精卵を移植した。
【0097】
このような実施例8および9の偽妊娠誘起雌ラットについて、移植した受精卵の着床割合および正常に発育した産仔数を妊娠21日目に数えた。結果を表3に示す。
【0098】
【0099】
表3に示したように、実施例8では、移植した二細胞期の新鮮な受精卵のうち、75%が着床し、68%の受精卵から正常な産子が得られた。また、実施例9では、移植した前核期の新鮮な受精卵のうち、72%が着床し、67%の受精卵から正常な産子が得られた。
【0100】
したがって、本発明の哺乳動物の人工的偽妊娠の誘起方法および偽妊娠動物への移植受精卵からの産子作出方法では、従来の手法と同等かそれ以上の成功率で正常な産子が得られることが確認された。特に、受精卵(胚)移植当日に子宮頚部への振動刺激を付与した哺乳動物においては、受精卵の着床率が70%を超え、かつ65%以上の受精卵から正常な産子が得られることが確認された。また、従来、成功率の低かった前核期の受精卵および桑実胚を移植した場合であっても、従来法とほぼ遜色のない割合で正常な産子が得られることが確認された。