(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024002933
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】半導体装置用ボンディングワイヤ
(51)【国際特許分類】
H01L 21/60 20060101AFI20231228BHJP
【FI】
H01L21/60 301F
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023094836
(22)【出願日】2023-06-08
(62)【分割の表示】P 2023509507の分割
【原出願日】2022-10-18
(31)【優先権主張番号】P 2022101611
(32)【優先日】2022-06-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】595179228
【氏名又は名称】日鉄マイクロメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宇野 智裕
(72)【発明者】
【氏名】小山田 哲哉
(72)【発明者】
【氏名】小田 大造
(72)【発明者】
【氏名】江藤 基稀
【テーマコード(参考)】
5F044
【Fターム(参考)】
5F044FF04
5F044FF06
(57)【要約】 (修正有)
【課題】過酷な高温環境下においてもガルバニック腐食を抑制する半導体装置用ボンディングワイヤを提供する。
【解決手段】ボンディングワイヤは、Cu又はCu合金からなる芯材と、芯材の表面に形成されたCu以外の導電性金属を含有する被覆層とを含み、オージェ電子分光法により測定して得られたワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の合計CPd+CNiの平均値が50原子%以上であり、かつ、被覆層の測定点に関するCPdとCNiの比CPd/CNiの平均値が0.2以上20以下であり、被覆層の厚さdtが20nm以上180nm以下であり、ワイヤの表面におけるAuの濃度CAuが10原子%以上85原子%以下であり、ワイヤの表面を後方散乱電子線回折法により分析して得られる、結晶粒のワイヤ円周方向の平均サイズが35nm以上200nm以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたCu以外の導電性金属を含有する被覆層とを含む半導体装置用ボンディングワイヤであって、
オージェ電子分光法(AES)により測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の合計CPd+CNiの平均値が50原子%以上であり、被覆層の測定点に関するCPdとCNiの比CPd/CNiの平均値が0.2以上20以下であり、かつ、被覆層の厚さdtが20nm以上180nm以下であり、
該ワイヤの表面におけるAuの濃度CAuが10原子%以上85原子%以下であり、
該ワイヤの表面を後方散乱電子線回折(EBSD)法により分析して得られる、結晶粒のワイヤ円周方向の平均サイズが35nm以上200nm以下である、半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項2】
AESにより測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、Auの濃度CAuが10原子%以上である領域の厚さdaが0.5nm以上25nm以下である、請求項1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項3】
ワイヤの表面の結晶方位をEBSD法により測定した結果において、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15度以下である<111>結晶方位の割合が30%以上95%以下である、請求項1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項4】
ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルが、ワイヤの表面からArスパッタリングにより深さ方向に掘り下げていきながら、下記<条件>にてAESにより測定して得られる、請求項1に記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
【請求項5】
ワイヤの表面におけるAuの濃度が、下記<条件>にてAESにより測定される、請求項1に記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
【請求項6】
B、P、In及びMgからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第1添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、請求項1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項7】
Se、Te、As及びSbからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第2添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、請求項1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項8】
Ga、Ge及びAgからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第3添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度が0.011質量%以上1.5質量%以下である、請求項1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項9】
請求項1~8の何れか1項に記載のボンディングワイヤを含む半導体装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体装置用ボンディングワイヤに関する。さらには、該ボンディングワイヤを含む半導体装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体装置では、半導体チップ上に形成された電極と、リードフレームや基板上の電極との間をボンディングワイヤによって接続している。ボンディングワイヤの接続プロセスは、半導体チップ上の電極に1st接合し、次にループを形成した後、リードフレームや基板上の外部電極にワイヤ部を2nd接合することで完了する。1st接合は、ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりフリーエアボール(FAB:Free Air Ball;以下、単に「ボール」ともいう。)を形成した後に、該ボール部を半導体チップ上の電極に圧着接合(以下、「ボール接合」)する。また、2nd接合は、ボールを形成せずに、ワイヤ部を超音波、荷重を加えることにより外部電極上に圧着接合(以下、「ウェッジ接合」)する。そして接続プロセスの後、接合部を封止樹脂により封止して半導体装置が得られる。
【0003】
これまでボンディングワイヤの材料は金(Au)が主流であったが、LSI用途を中心に銅(Cu)への代替が進んでおり(例えば、特許文献1~3)、また、近年の電気自動車やハイブリッド自動車の普及を背景に車載用デバイス用途において、さらにはエアコンや太陽光発電システムなどの大電力機器におけるパワーデバイス(パワー半導体装置)用途においても、熱伝導率や溶断電流の高さから、高効率で信頼性も高いCuへの代替が期待されている。
【0004】
CuはAuに比べて酸化され易い欠点があり、Cuボンディングワイヤの表面酸化を防ぐ方法として、Cu芯材の表面をPd等の金属で被覆した構造も提案されている(特許文献4)。また、Cu芯材の表面をPdで被覆し、さらにCu芯材にPd、Ptを添加することにより、1st接合部の接合信頼性を改善したPd被覆Cuボンディングワイヤも提案されている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭61-48543号公報
【特許文献2】特表2018-503743号公報
【特許文献3】国際公開第2017/221770号
【特許文献4】特開2005-167020号公報
【特許文献5】国際公開第2017/013796号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
車載用デバイスやパワーデバイスは、作動時に、一般的な電子機器に比べて、より高温にさらされる傾向にあり、用いられるボンディングワイヤに関しては、過酷な高温環境下において良好な接合信頼性を呈することが求められる。
【0007】
本発明者らは、車載用デバイスやパワーデバイスに要求される特性を踏まえて評価を実施したところ、従来のPd被覆層を有するCuボンディングワイヤでは、ワイヤの接続工程でPd被覆層が部分的に剥離して芯材のCuが露出し、被覆Pd部と露出Cu部の接触領域が高温環境下で封止樹脂から発生する酸素や水蒸気、硫黄化合物系アウトガスを含む環境に曝されることでCuの局部腐食、すなわちガルバニック腐食が発生し、2nd接合部における接合信頼性が十分に得られない場合があることを見出した。とりわけ、ワイヤが細線(特に線径18μm以下)である場合や、より高温環境(特に190℃以上)にさらされる場合において、ガルバニック腐食を抑制し2nd接合部における接合信頼性を改善することは困難であることを本発明者らは確認した。
【0008】
本発明は、過酷な高温環境下においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらす新規なCuボンディングワイヤを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題につき鋭意検討した結果、下記構成を有することによって上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の内容を含む。
[1] Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたCu以外の導電性金属を含有する被覆層とを含む半導体装置用ボンディングワイヤであって、
オージェ電子分光法(AES)により測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の合計CPd+CNiの平均値が50原子%以上であり、被覆層の測定点に関するCPdとCNiの比CPd/CNiの平均値が0.2以上20以下であり、かつ、被覆層の厚さdtが20nm以上180nm以下であり、
該ワイヤの表面におけるAuの濃度CAuが10原子%以上85原子%以下であり、
該ワイヤの表面を後方散乱電子線回折(EBSD)法により分析して得られる、結晶粒のワイヤ円周方向の平均サイズが35nm以上200nm以下である、半導体装置用ボンディングワイヤ。
[2] AESにより測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、Auの濃度CAuが10原子%以上である領域の厚さdaが0.5nm以上25nm以下である、[1]に記載のボンディングワイヤ。
[3] ワイヤの表面の結晶方位をEBSD法により測定した結果において、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15度以下である<111>結晶方位の割合が30%以上95%以下である、[1]又は[2]に記載のボンディングワイヤ。
[4] ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルが、ワイヤの表面からArスパッタリングにより深さ方向に掘り下げていきながら、下記<条件>にてAESにより測定して得られる、[1]~[3]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
[5] ワイヤの表面におけるAuの濃度が、下記<条件>にてAESにより測定される、[1]~[4]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
[6] B、P、In及びMgからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第1添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、[1]~[5]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[7] Se、Te、As及びSbからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第2添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、[1]~[6]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[8] Ga、Ge及びAgからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第3添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度が0.011質量%以上1.5質量%以下である、[1]~[7]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[9] [1]~[8]の何れかに記載のボンディングワイヤを含む半導体装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、過酷な高温環境下においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらす新規なCuボンディングワイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、AESによる組成分析を行う際の測定面の位置及び寸法を説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。説明にあたり図面を参照する場合もあるが、図面は、発明が理解できる程度に、構成要素の形状、大きさおよび配置が概略的に示されているに過ぎない。本発明は、下記実施形態及び例示物に限定されるものではなく、本発明の特許請求の範囲及びその均等の範囲を逸脱しない範囲において任意に変更して実施され得る。
【0014】
[半導体装置用ボンディングワイヤ]
本発明の半導体装置用ボンディングワイヤ(以下、単に「本発明のワイヤ」、「ワイヤ」ともいう。)は、
Cu又はCu合金からなる芯材と、
該芯材の表面に形成されたCu以外の導電性金属を含有する被覆層とを含み、
オージェ電子分光法(AES)により測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の合計CPd+CNiの平均値が50原子%以上であり、被覆層の測定点に関するCPdとCNiの比CPd/CNiの平均値が0.2以上20以下であり、かつ、被覆層の厚さdtが20nm以上180nm以下であり、
該ワイヤの表面におけるAuの濃度CAuが10原子%以上85原子%以下であり、
該ワイヤの表面を後方散乱電子線回折(EBSD)法により分析して得られる、結晶粒のワイヤ円周方向の平均サイズが35nm以上200nm以下であることを特徴とする。
【0015】
先述のとおり、車載用デバイスやパワーデバイスに用いられるボンディングワイヤは、過酷な高温環境下において良好な接合信頼性を呈することが求められる。例えば、車載用デバイスに用いられるボンディングワイヤでは、150℃を超えるような高温環境下での接合信頼性が求められている。本発明者らは、車載用デバイス等で要求される特性を踏まえて評価を実施したところ、従来のPd被覆層を有するCuボンディングワイヤでは、高温環境下においてガルバニック腐食が発生し、2nd接合部における接合信頼性が十分に得られない場合があることを見出した。とりわけ、ワイヤが細線(特に線径18μm以下)である場合には、ガルバニック腐食が発生する領域の体積的影響が高まる傾向にあり、2nd接合部における接合信頼性は悪化し易い。
【0016】
この点、車載用デバイス等で要求される特性はますます過酷になっており、より高温での動作保証が求められている。高温環境下におけるボンディングワイヤの接合信頼性を評価するにあたっては、過酷な高温環境を想定して、温度175℃の環境に暴露する高温放置試験(HTSL:High Temperature Storage Life Test)を行う場合が多いが、発明者らはより過酷な高温環境を想定して温度200℃におけるHTSLを行った。その結果、温度175℃で良好な2nd接合部の接合信頼性を呈するボンディングワイヤであっても、温度200℃においては2nd接合部の接合信頼性が損なわれる傾向にあることを見出した。200℃の高温環境下では、大半の封止樹脂のガラス転移温度を超えており、樹脂の変性、分解が進行し、封止樹脂から発生する酸素や水蒸気、硫黄化合物系アウトガスの量が著しく増す傾向にある。このように温度200℃におけるHTSLは、腐食が促進される過酷な試験である。
【0017】
これに対し、Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたCu以外の導電性金属を含有する被覆層とを含み、AESにより測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の合計CPd+CNiの平均値が50原子%以上であり、被覆層の測定点に関するCPdとCNiの比CPd/CNiの平均値が0.2以上20以下であり、かつ、被覆層の厚さdtが20nm以上180nm以下であり、該ワイヤの表面におけるAuの濃度CAuが10原子%以上85原子%以下であり、該ワイヤの表面をEBSD法により分析して得られる、結晶粒のワイヤ円周方向の平均サイズが35nm以上200nm以下であるボンディングワイヤによれば、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことを本発明者らは見出した。本発明は、車載用デバイスやパワーデバイスにおけるCuボンディングワイヤの実用化・その促進に著しく寄与するものである。
【0018】
<Cu又はCu合金からなる芯材>
本発明のワイヤは、Cu又はCu合金からなる芯材(以下、単に「Cu芯材」ともいう。)を含む。
【0019】
Cu芯材は、Cu又はCu合金からなる限りにおいて特に限定されず、半導体装置用ボンディングワイヤとして知られている従来のPd被覆Cuワイヤを構成する公知のCu芯材を用いてよい。
【0020】
本発明において、Cu芯材中のCuの濃度は、例えば、Cu芯材の中心(軸芯部)において、97原子%以上、97.5原子%以上、98原子%以上、98.5原子%以上、99原子%以上、99.5原子%以上、99.8原子%以上、99.9原子%以上又は99.99原子%以上などとし得る。
【0021】
Cu芯材は、例えば、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上のドーパントを含有してよい。これらドーパントの好適な含有量は後述のとおりである。
【0022】
好適な一実施形態において、Cu芯材は、Cuと不可避不純物からなる。他の好適な一実施形態において、Cu芯材は、Cuと、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上の元素と、不可避不純物とからなる。なお、Cu芯材についていう用語「不可避不純物」には、後述の被覆層を構成する元素も包含される。
【0023】
<被覆層>
本発明のワイヤは、Cu芯材の表面に形成されたCu以外の導電性金属を含有する被覆層(以下、単に「被覆層」ともいう。)を含む。
【0024】
ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすために、本発明のワイヤにおける被覆層は、AESにより測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイル(以下、単に「深さ方向の濃度プロファイル」ともいう。)において以下の(1)乃至(3)の条件を満たし、これらに加えて以下の(4)及び(5)の条件を満たすことが重要である。
(1)被覆層の測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の合計CPd+CNiの平均値が50原子%以上
(2)被覆層の測定点に関するCPdとCNiの比CPd/CNiの平均値が0.2以上20以下
(3)被覆層の厚さdtが20nm以上180nm以下
(4)該ワイヤの表面におけるAuの濃度CAuが10原子%以上85原子%以下
(5)該ワイヤの表面をEBSD法により分析して得られる、結晶粒のワイヤ円周方向の平均サイズ(以下、単に「結晶粒の幅」ともいう。)が35nm以上200nm以下
【0025】
本発明において、AESによりワイヤの深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたって、その深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定することが好適である。一般にAESによる深さ方向の分析はサブナノオーダーの測定間隔で分析することが可能であるので、本発明が対象とする被覆層の厚さとの関係において測定点を50点以上とすることは比較的容易である。仮に、測定した結果、測定点数が50点に満たない場合には、スパッタ速度を下げたりスパッタ時間を短くしたりする等して測定点数が50点以上になるようにして、再度測定を行う。これにより、AESにより深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定し、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルを得ることができる。したがって、好適な一実施形態において、本発明のワイヤにおける被覆層は、AESにより深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、上記(1)乃至(3)の条件を満たす。
【0026】
-条件(1)-
条件(1)は、被覆層の測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の合計CPd+CNiの平均値に関する。
【0027】
条件(2)~(5)との組み合わせにおいて、条件(1)を満たす被覆層を含むことにより、本発明のワイヤは、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことができる。
【0028】
条件(1)について、合計CPd+CNiの平均値は、過酷な高温環境においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらす観点から、50原子%以上であり、好ましくは55原子%以上、より好ましくは60原子%以上である。該平均値が50原子%未満であると、高温環境下における2nd接合部の接合信頼性が悪化する傾向にある。該平均値の上限は、条件(2)~(5)を満たす限りにおいて特に限定されないが、通常、95原子%以下であり、好ましくは94原子%以下、92原子%以下又は90原子%以下である。
【0029】
-条件(2)-
条件(2)は、被覆層の測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値に関する。
【0030】
条件(1)、(3)~(5)との組み合わせにおいて、条件(2)を満たす被覆層を含むことにより、本発明のワイヤは、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことができる。
【0031】
条件(2)について、比CPd/CNiの平均値は、高温環境下における良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点から、20以下であり、好ましくは15以下、より好ましくは14以下、12以下又は10以下である。比CPd/CNiが20超であると、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてガルバニック腐食を抑制できず2nd接合部において十分な高温接合信頼性が得られない傾向にある。また、比CPd/CNiの平均値の下限は、高温環境下における良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点から、0.2以上であり、好ましくは0.4以上、0.5以上又は0.6以上、より好ましくは0.8以上、1.0以上又は1.0超である。
【0032】
-条件(3)-
条件(3)は、被覆層の厚さに関する。条件(1)、(2)、(4)、(5)との組み合わせにおいて条件(3)を満たす被覆層を含むことにより、本発明のワイヤは、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことができる。
【0033】
条件(3)について、被覆層の厚さdt(ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルに基づく算出方法は後述する。)は、高温環境下における良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点から、20nm以上であり、好ましくは25nm以上、30nm以上、32nm以上、34nm以上、36nm以上又は38nm以上、より好ましくは40nm以上、45nm以上、50nm以上又は55nm以上、さらに好ましくは60nm以上、65nm以上又は70nm以上である。被覆層の厚さdtが20nm未満であると、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてガルバニック腐食を抑制できず2nd接合部において十分な高温接合信頼性が得られない傾向にある。また、被覆層の厚さdtの上限は、高温環境下における良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点から、180nm以下であり、好ましくは170nm以下、160nm以下又は150nm以下、より好ましくは140nm以下、135nm以下又は130nm以下である。被覆層の厚さが180nm超であると、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてガルバニック腐食を抑制できず2nd接合部において十分な高温接合信頼性が得られない傾向にある。
【0034】
条件(1)における合計CPd+CNiの平均値、条件(2)における比CPd/CNiの平均値、条件(3)における被覆層の厚さdtは、ワイヤの表面からArスパッタリングにより深さ方向(ワイヤ中心への方向)に掘り下げていきながら、AESにより組成分析を行うことにより確認・決定することができる。詳細には、1)ワイヤ表面の組成分析を行った後、2)Arによるスパッタリングと3)スパッタリング後の表面の組成分析とを繰り返すことで、ワイヤの表面から深さ(中心)方向の各元素の濃度変化(所謂、深さ方向の濃度プロファイル)を取得し、該濃度プロファイルに基づき確認・決定することができる。本発明において、深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたって、深さの単位はSiO2換算とした。
【0035】
1)ワイヤ表面の組成分析や3)スパッタリング後の表面の組成分析を行うにあたり、測定面の位置及び寸法は、以下のとおり決定する。なお、以下において、測定面の幅とは、ワイヤ軸に垂直な方向(ワイヤの太さ方向、ワイヤ円周方向)における測定面の寸法をいい、測定面の長さとは、ワイヤ軸の方向(ワイヤの長さ方向、ワイヤ長手方向)における測定面の寸法をいう。
図1を参照してさらに説明する。
図1は、ワイヤ1の平面視概略図であり、ワイヤ軸の方向(ワイヤの長さ方向)が
図1の垂直方向(上下方向)に、また、ワイヤ軸に垂直な方向(ワイヤの太さ方向)が
図1の水平方向(左右方向)にそれぞれ対応するように示している。
図1には、ワイヤ1との関係において測定面2を示すが、測定面2の幅は、ワイヤ軸に垂直な方向における測定面の寸法w
aであり、測定面2の長さは、ワイヤ軸の方向における測定面の寸法l
aである。なお、測定面についていう「測定面の幅」や「測定面の長さ」の意義は、後述する条件(5)におけるEBSD法による分析についても同様である。
【0036】
AESによる測定に際して、ワイヤ軸に垂直な方向におけるワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下となるように測定面を決定する。測定面の長さは、測定面の幅の5倍となるように設定する。
図1において、ワイヤの幅は符号Wで示し、ワイヤの幅の中心を一点鎖線Xで示している。したがって、測定面2は、その幅の中心がワイヤの幅の中心である一点鎖線Xと一致するように位置決めし、かつ、測定面の幅w
aがワイヤ直径(ワイヤの幅Wと同値)の5%以上15%以下、すなわち0.05W以上0.15W以下となるように決定する。また、測定面の長さl
aは、l
a=5w
aの関係を満たす。測定面の位置及び寸法を上記のとおり決定することにより、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性を実現するのに好適な、条件(1)~(3)の成否を精度良く測定することができる。
【0037】
一実施形態に係る本発明のワイヤについて求められた、深さ方向の濃度プロファイルについて、その傾向を以下に説明する。ワイヤの表面からごく浅い位置にかけて、Au濃度が低下すると共にPdとNiの濃度が上昇する傾向にある(Auに関しては条件(4)と関連して後述する。)。深さ方向に進むと、一定の深さ位置までは、PdとNiが所定の比率にて高濃度に共存する傾向にある。さらに深さ方向に進むと、PdとNiの濃度が低下すると共にCuの濃度が上昇する傾向にある。
【0038】
このような深さ方向の濃度プロファイルにおいて、芯材であるCuの濃度CCu(原子%)に着目して、Cu芯材と被覆層との境界を判定し、被覆層の厚さdtや被覆層に関する測定点を求めることができる。はじめに、Cu芯材と被覆層との境界を、CCuを基準に判定する。CCuが50原子%の位置を境界と判定し、CCuが50原子%以上の領域をCu芯材、50原子%未満の領域を被覆層とする。本発明においてCu芯材と被覆層との境界は必ずしも結晶粒界である必要はない。そして、被覆層の厚さは、ワイヤ表面からワイヤ中心側に向けて濃度プロファイルを確認し、ワイヤ表面位置Z0から、芯材であるCuの濃度CCuが50原子%にはじめて達した深さ位置Z1までの距離として求めることができる。ここで、ワイヤ表面位置Z0から深さ位置Z1までの測定点が、被覆層に関する測定点に該当する。本発明において、深さ方向の濃度プロファイルから被覆層の厚さを決定するにあたって、深さの単位はSiO2換算とした。また、ワイヤ長手方向に互いに1mm以上離間した複数箇所(n≧3)の測定面について濃度プロファイルを取得し、その算術平均値を採用することが好適である。
【0039】
また、このような深さ方向の濃度プロファイルにおいて、Pdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)に着目して、被覆層の全測定点に関するCPdとCNiの合計値を算術平均することで該合計CPd+CNiの平均値を、また、被覆層の全測定点に関する比CPd/CNiの値を算術平均することで比CPd/CNiの平均値を求めることができる。
【0040】
条件(1)における合計CPd+CNiの平均値、条件(2)における比CPd/CNiの平均値、条件(3)における被覆層の厚さdtは、後述の[オージェ電子分光法(AES)による被覆層の厚さ分析]欄に記載の条件にて測定した結果に基づくものである。
【0041】
-条件(4)-
条件(4)は、ワイヤの表面におけるAuの濃度CAu(原子%)に関する。
【0042】
条件(1)~(3)、(5)との組み合わせにおいて、条件(4)を満たす被覆層を含むことにより、本発明のワイヤは、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことができる。
【0043】
条件(4)について、高温環境下における良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点から、本発明のワイヤの表面におけるAuの濃度CAuは、10原子%以上であり、好ましくは15原子%以上、より好ましくは20原子%以上、さらに好ましくは25原子%以上、さらにより好ましくは30原子%以上、32原子%以上、34原子%以上、35原子%以上、36原子%以上、38原子%以上又は40原子%以上である。該CAuが10原子%未満であると、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてガルバニック腐食を抑制できず2nd接合部において十分な高温接合信頼性が得られない傾向にある。該CAuの上限は、高温環境下における良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点から、85原子%以下であり、好ましくは80原子%以下、78原子%以下又は76原子%以下、より好ましくは75原子%以下、74原子%以下、72原子%以下又は70原子%以下である。該CAuが85原子%超であると、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてガルバニック腐食を抑制できず2nd接合部において十分な高温接合信頼性が得られない傾向にある。
【0044】
条件(4)におけるワイヤ表面のAuの濃度CAuは、ワイヤ表面を測定面として、オージェ電子分光法(AES)によりワイヤ表面の組成分析を行って求めることができる。ここで、表面におけるAuの濃度を求めるにあたり、炭素(C)、硫黄(S)、酸素(O)、窒素(N)等ガス成分、非金属元素等は考慮しない。
【0045】
ワイヤ表面の組成分析は、深さ方向の濃度プロファイルを取得する方法に関連して説明した、1)ワイヤ表面の組成分析と同様の条件で実施することができる。すなわち、ワイヤ表面についてオージェ電子分光法(AES)により組成分析を行うにあたり、測定面の位置及び寸法は、以下のとおり決定する。
【0046】
ワイヤ軸に垂直な方向におけるワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下となるように測定面を決定する。測定面の長さは、測定面の幅の5倍となるように設定する。測定面の位置及び寸法を上記のとおり決定することにより、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性を実現するのに好適な、ワイヤ表面におけるAuの濃度を精度良く測定することができる。また、ワイヤ長手方向に互いに1mm以上離間した複数箇所(n≧3)の測定面について組成分析を行い、その算術平均値を採用することが好適である。
【0047】
上記の条件(4)におけるワイヤ表面のAuの濃度CAuは、後述の[オージェ電子分光法(AES)によるワイヤ表面の組成分析]欄に記載の条件にて測定した結果に基づくものである。
【0048】
-条件(5)-
条件(5)は、ワイヤの表面をEBSD法により分析して得られる、結晶粒のワイヤ円周方向の平均サイズ(「結晶粒の幅」)に関する。
【0049】
条件(1)~(4)との組み合わせにおいて、条件(5)を満たす被覆層を含むことにより、本発明のワイヤは、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことができる。ワイヤ表面の結晶粒はワイヤ長手方向に伸長した組織を形成している。発明者らの研究により、結晶粒のワイヤ円周方向の平均サイズである結晶粒の幅を縮小することが2nd接合部の接合信頼性の改善に有効であることを見出した。比較として、ワイヤ長手方向の結晶粒の平均長さ、あるいは円相当で換算された結晶粒の平均粒径を制御することでは、2nd接合部の接合信頼性を改善することは困難であることを確認している。
【0050】
条件(5)について、高温環境下における良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点から、本発明のワイヤの表面をEBSD法により分析して得られる、結晶粒の幅は、200nm以下であり、好ましくは180nm以下、160nm以下又は150nm以下、より好ましくは140nm以下又は130nm以下、さらに好ましくは120nm以下、115nm以下又は110nm以下である。特に、該結晶粒の幅が140nm以下であると、高温環境下においていっそう良好な2nd接合部の接合信頼性を実現し易く好適であり、中でも、該結晶粒の幅が120nm以下であると、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においても一際優れた2nd接合部の接合信頼性を実現し易いことを本発明者らは確認している。
【0051】
先述のとおり、従来の信頼性評価条件である175℃の高温加熱では問題が生じないワイヤでも、200℃の高温加熱では問題が生じることが多いことを本発明者らは確認している。これに対し、上記の条件(1)~(4)との組み合わせにおいて、結晶粒の幅を一定範囲に小さくして条件(5)を満たすようにしたことにより、200℃の過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことができるという格別優れた効果を達成できることを見出したものである。
【0052】
斯かる効果が奏される理由に関しては定かではないが、条件(1)~(4)を満たすような、表面にAuを含有すると共にPdとNiを所定比率にて主成分として含有する被覆層を含むCu系ボンディングワイヤにおいて、ワイヤ表面の結晶粒の幅が一定値以下である場合には、2nd接合時の被覆層の破損が抑制されるなどして高温環境下でもガルバニック腐食の発生を顕著に抑制し得るものと考えられる。PdとNiを含有する合金(以下、「Pd-Ni含有合金」ともいう。)がもたらす、ガルバニック腐食、耐水性などに関連する2nd接合信頼性を向上する作用に対して、Pd-Ni含有合金の結晶粒の幅を一定範囲に低減することが有効である。この点、Pdのみ含有する被覆層の場合は、結晶粒の幅を一定範囲に低減しても2nd接合部の接合信頼性は改善されないことを確認しており、結晶粒の幅を一定範囲に低減する場合に奏される上記の効果は、Pd-Ni含有合金において特異的に発現するものであることを明らかにしている。
【0053】
該結晶粒の幅の下限は、高温環境下における良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点、1st接合部における良好な圧着形状を実現する観点から、35nm以上であり、好ましくは40nm以上、42nm以上又は44nm以上、より好ましくは45nm以上、46nm以上又は48nm以上、さらに好ましくは50nm以上、52nm以上、54nm以上又は55nm以上である。該結晶粒の幅が35nm未満であると、高温環境下における2nd接合部の接合信頼性が悪化する傾向にある。また、該結晶粒の幅が35nm未満であると、1st接合における圧着形状も悪化し易いことを確認している。
【0054】
条件(5)におけるワイヤ表面の結晶粒の幅は、ワイヤの表面を後方散乱電子線回折(EBSD:Electron Backscattered Diffraction)法により分析して得られる。EBSD法に用いる装置は、走査型電子顕微鏡とそれに備え付けた検出器によって構成される。EBSD法は、試料に電子線を照射したときに発生する反射電子の回折パターンを検出器上に投影し、その回折パターンを解析することによって、各測定点の結晶方位を決定する手法である。EBSD法によって得られたデータの解析には、EBSD測定装置に付属の解析ソフト(株式会社TSLソリューションズ製 OIM analysis等)を用いることができる。
【0055】
EBSD法によりワイヤ表面の結晶粒の幅を測定するにあたり、測定面の位置及び寸法は、以下のとおり決定する。
【0056】
まず、測定に供するボンディングワイヤを試料ホルダーに直線状に固定する。次いで、ワイヤ軸に垂直な方向におけるワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の20%以上40%以下となるように測定面を決定する。測定面の位置及び寸法を上記のとおり決定することにより、ワイヤ表面の曲率の影響を抑えることができ、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性を実現するのに好適な、ワイヤ表面の結晶粒の幅を精度良く測定・算出することができる。なお、測定面の長さは、測定面の幅の2~5倍となるように設定すればよい。測定倍率は5千倍から2万倍の範囲、測定点間隔は0.02~0.05μmの範囲で測定することが好適である。
【0057】
図1を参照してさらに説明する。先述のとおり、
図1において、ワイヤの幅は符号Wで示し、ワイヤの幅の中心を一点鎖線Xで示している。したがって、測定面2は、その幅の中心がワイヤの幅の中心である一点鎖線Xと一致するように位置決めし、かつ、測定面の幅w
aがワイヤ直径(ワイヤの幅Wと同値)の20%以上40%以下、すなわち0.2W以上0.4W以下となるように決定する。また、測定面の長さl
aは、2w
a≦l
a≦5w
aの関係を満たす。測定面の位置及び寸法を上記のとおり決定することにより、ワイヤ表面の曲率の影響を抑えることができ、ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性を実現するのに好適な、ワイヤ表面の結晶粒の幅を精度良く測定・算出することができる。
【0058】
EBSD法によりワイヤ表面の結晶粒の幅を測定するにあたっては、ワイヤ表面の汚れ、付着物、凹凸、キズなどの影響を回避するため、測定面内で、ある信頼度を基準に同定できた結晶方位のみを採用し、結晶方位が測定できない部位、あるいは測定できても方位解析の信頼度が低い部位等は除外して計算することが好ましい。例えば、解析ソフトとしてTSLソリューションズ社製OIM analysisを用いる場合、CI値(信頼性指数、Confidence Index)が0.1未満である測定点を除いて解析することが好適である。なお、除外されるデータが例えば全体の3割を超えるような場合は、測定対象に何某かの汚染があった可能性が高いため、測定試料の準備から再度実施することが望ましい。ここでの「ワイヤ表面の結晶粒」とは、ワイヤ表面に露出している結晶粒だけでなく、EBSD測定で結晶粒として認識される結晶粒を総称している。
【0059】
また、EBSD法によりワイヤ表面の結晶粒の幅を測定するにあたっては、隣接する測定点間の方位差が5度以上である境界を結晶粒界とみなして、結晶粒の幅を求めることが好適である。解析ソフトによるワイヤ表面の結晶粒の幅の算出は、一般に、(i)測定面の幅方向(ワイヤ円周方向)にラインを引き、そのライン上における結晶粒界の間隔から各結晶粒のワイヤ円周方向のサイズを求め、(ii)各結晶粒のワイヤ円周方向のサイズを算術平均して結晶粒のワイヤ円周方向の平均サイズを算出することにより行われる。これを、ワイヤ長手方向に互いに離間した複数のライン(N数は好ましくは10以上、より好ましくは20以上)について実施し、その平均値を結晶粒の幅として採用する。
【0060】
条件(5)におけるワイヤ表面の結晶粒の幅は、後述の[後方散乱電子線回折(EBSD)法によるワイヤ表面の結晶解析]欄に記載の条件にて測定した結果に基づくものである。
【0061】
被覆層は、例えば、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上のドーパントを含有してよい。これらドーパントの好適な含有量は後述のとおりである。
【0062】
一実施形態において、被覆層は、Pd、Ni及びAuと、不可避不純物からなる。他の一実施形態において、被覆層は、Pd、Ni及びAuと、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上の元素と、不可避不純物とからなる。なお、被覆層についていう用語「不可避不純物」には、先述のCu芯材を構成する元素も包含される。
【0063】
本発明のワイヤは、B、P、In及びMgからなる群から選択される1種以上の元素(「第1添加元素」)をさらに含有してよい。本発明のワイヤが第1添加元素を含有する場合、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度は1質量ppm以上であることが好ましい。これにより、より良好な1st接合部の圧着形状をもたらすボンディングワイヤを実現することができる。ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度は2質量ppm以上であることがより好ましく、3質量ppm以上、5質量ppm以上、8質量ppm以上、10質量ppm以上、15質量ppm以上又は20質量ppm以上であることがさらに好ましい。ワイヤの硬質化を抑え1st接合時のチップ損傷を低減する観点から、第1添加元素の総計濃度は100質量ppm以下であることが好ましく、90質量ppm以下、80質量ppm以下、70質量ppm以下、60質量ppm以下又は50質量ppm以下であることがより好ましい。したがって好適な一実施形態において、本発明のワイヤは、第1添加元素を含み、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である。
【0064】
本発明のワイヤが第1添加元素を含有する場合、第1添加元素は、Cu芯材及び被覆層のいずれか一方に含有されていてもよく、その両方に含有されていてもよい。よりいっそう良好な1st接合部の圧着形状をもたらすボンディングワイヤを実現する観点から、第1添加元素は、Cu芯材中に含有されていることが好適である。
【0065】
本発明のワイヤは、Se、Te、As及びSbからなる群から選択される1種以上の元素(「第2添加元素」)をさらに含有してよい。本発明のワイヤが第2添加元素を含有する場合、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度は1質量ppm以上であることが好ましい。これにより、高温高湿環境下での1st接合部の接合信頼性を改善することができる。ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度は2質量ppm以上であることがより好ましく、3質量ppm以上、5質量ppm以上、8質量ppm以上、10質量ppm以上、15質量ppm以上又は20質量ppm以上であることがさらに好ましい。良好な1st接合部の圧着形状を実現する観点から、第2添加元素の総計濃度は100質量ppm以下であることが好ましく、90質量ppm以下、80質量ppm以下、70質量ppm以下、60質量ppm以下又は50質量ppm以下であることがより好ましい。したがって好適な一実施形態において、本発明のワイヤは、第2添加元素を含み、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である。
【0066】
本発明のワイヤが第2添加元素を含有する場合、第2添加元素は、Cu芯材及び被覆層のいずれか一方に含有されていてもよく、その両方に含有されていてもよい。よりいっそう良好な高温高湿環境下での1st接合部の接合信頼性をもたらすボンディングワイヤを実現する観点から、第2添加元素は、被覆層中に含有されていることが好適である。
【0067】
本発明のワイヤは、Ga、Ge及びAgからなる群から選択される1種以上の元素(「第3添加元素」)をさらに含有してよい。本発明のワイヤが第3添加元素を含有する場合、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度は0.011質量%以上であることが好ましい。これにより、高温環境下での1st接合部の接合信頼性を改善することができる。ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度は0.015質量%以上であることがより好ましく、0.02質量%以上、0.025質量%以上、0.03質量%以上、0.031質量%以上、0.035質量%以上、0.04質量%以上、0.05質量%以上、0.07質量%以上、0.09質量%以上、0.1質量%以上、0.12質量%以上、0.14質量%以上、0.15質量%以上又は0.2質量%以上であることがさらに好ましい。良好な1st接合部の圧着形状を実現する観点、良好な2nd接合部における接合性を実現する観点から、第3添加元素の総計濃度は1.5質量%以下であることが好ましく、1.4質量%以下、1.3質量%以下又は1.2質量%以下であることがより好ましい。したがって好適な一実施形態において、本発明のワイヤは、第3添加元素を含み、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度が0.011質量%以上1.5質量%以下である。
【0068】
本発明のワイヤが第3添加元素を含有する場合、第3添加元素は、Cu芯材及び被覆層のいずれか一方に含有されていてもよく、その両方に含有されていてもよい。
【0069】
ワイヤ中の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素の含有量は、後述の[元素含有量の測定]に記載の方法により測定することができる。
【0070】
<その他の好適条件>
以下、本発明のワイヤがさらに満たすことが好適な条件について説明する。
【0071】
本発明のワイヤは、上記の条件(1)~(5)に加えて、以下の(6)及び(7)から選択される一以上の条件をさらに満たすことが好ましい。
(6)AESにより測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、Auの濃度CAuが10原子%以上である領域の厚さdaが0.5nm以上25nm以下
(7)ワイヤの表面の結晶方位をEBSD法により測定した結果において、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15度以下である<111>結晶方位の割合が30%以上95%以下
【0072】
-条件(6)-
条件(6)は、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおける、Auの濃度CAuが10原子%以上である領域の厚さdaに関する。
【0073】
条件(1)~(5)に加えて、条件(6)を満たす被覆層を含むことにより、2nd接合をより低温(例えば175℃)で行う場合であっても、良好な2nd接合部の初期接合性(以下、「2nd接合性」ともいう。)を実現することができる。さらに、斯かる低温接合時にあっても、温度200℃といった過酷な高温環境において良好な接合信頼性をもたらす2nd接合部を実現することができる。
【0074】
条件(6)について、低温接続時における良好な2nd接合性を実現する観点、低温接続時にあっても過酷な高温環境において良好な接合信頼性をもたらす2nd接合部を実現する観点から、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおける、Auの濃度CAuが10原子%以上である領域の厚さdaは、好ましくは0.5nm以上、より好ましくは1nm以上、2nm以上又は3nm以上、さらに好ましくは4nm以上、5nm以上又は6nm以上であり、その上限は、好ましくは25nm以下、20nm以下、15nm以下又は14nm以下、より好ましくは12nm以下である。特に、該領域の厚さdaが4~12nmの範囲にあると、接合温度が175℃と低い場合であっても、良好な2nd接合性を実現し易く、また、その場合に過酷な高温環境において良好な接合信頼性をもたらす2nd接合部を実現し易いため好適である。
【0075】
Auの濃度CAuが10原子%以上である領域の厚さdaは、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、ワイヤ表面からワイヤ中心側に向けて濃度プロファイルを確認し、ワイヤ表面位置Z0から、Auの濃度が10原子%未満にはじめて低下した深さ位置Z2までの距離として求めることができる。また、先述の条件(1)~(3)と同様、ワイヤ長手方向に互いに1mm以上離間した複数箇所(n≧3)の測定面について深さ方向の濃度プロファイルを取得し、その算術平均値を採用することが好適である。
【0076】
条件(6)におけるAuの濃度CAuが10原子%以上である領域の厚さdaは、後述の[オージェ電子分光法(AES)による被覆層の厚さ分析]欄に記載の条件にて測定した結果に基づくものである。
【0077】
-条件(7)-
条件(7)は、ワイヤの表面の結晶方位をEBSD法により測定した結果において、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15度以下である<111>結晶方位の割合(以下、単に「ワイヤ表面の<111>結晶方位の割合」ともいう。)に関する。
【0078】
先述のとおり、ボンディングワイヤによる接続プロセスは、半導体チップ上の電極に1st接合し、次にループを形成した後、リードフレームや基板上の外部電極にワイヤ部を2nd接合することで完了する。条件(1)~(5)に加えて、条件(7)を満たす被覆層を含むことにより、所望するループ形状を安定して形成することができるボンディングワイヤを実現することができる。
【0079】
条件(7)について、良好なループ形状安定性を呈するワイヤを実現する観点から、ワイヤ表面の<111>結晶方位の割合は、好ましくは30%以上、より好ましくは35%以上、さらに好ましくは40%以上、45%以上、50%以上、55%以上又は60%であり、その上限は、好ましくは95%以下、より好ましくは90%以下、さらに好ましくは85%以下、84%以下、82%以下又は80%以下である。特にワイヤ表面の<111>結晶方位の割合が40%以上85%以下の範囲にあると、格別良好なループ形状安定性を呈するボンディングワイヤを実現することができる。
【0080】
ワイヤ表面の<111>結晶方位の割合は、ワイヤの表面の結晶方位をEBSD法により測定して得られる。EBSD法に用いる装置や解析ソフトは、上記の条件(5)に関連して説明したとおりであり、ワイヤの表面を測定面とすることや、該測定面の位置及び寸法もまた先述のとおりである。さらに、解析に際して、測定面内で、ある信頼度を基準に同定できた結晶方位のみを採用し、結晶方位が測定できない部位、あるいは測定できても方位解析の信頼度が低い部位等は除外して計算することもまた、上記の条件(5)に関連して説明したとおりである。本発明において、ワイヤ表面の<111>結晶方位の割合は、ワイヤ長手方向に互いに1mm以上離間した複数箇所(n≧3)の測定面について測定を行い、その算術平均値を採用することが好適である。
【0081】
ワイヤ表面の<111>結晶方位の割合は、被覆層中のPdとNiの濃度比、伸線の加工度、加熱条件等を調整することにより、所期の範囲となる傾向にある。ワイヤ表面の<111>結晶方位の比率を高める条件について、例えば被覆層中のPd/Ni濃度比を低減すること、加工率を高めること、加熱温度の低温化、短時間化などで調整することが可能である。
【0082】
条件(7)におけるワイヤ表面の<111>結晶方位の割合は、後述の[後方散乱電子線回折(EBSD)法によるワイヤ表面の結晶解析]欄に記載の条件にて測定した結果に基づくものである。
【0083】
本発明のワイヤの直径は、特に限定されず具体的な目的に応じて適宜決定してよい。該直径の下限は、例えば15μm以上、16μm以上などとしてよく、該直径の上限は、例えば80μm以下、70μm以下又は50μm以下などとし得る。先述のとおり、特定の条件(1)~(5)を全て満たす本発明のワイヤは、細線である場合にも、過酷な高温環境においてガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらす。斯かる本発明の効果をより享受し得る観点から、本発明のワイヤの直径は、例えば、20μm以下、18μm以下などであってもよい。
【0084】
<ワイヤの製造方法>
本発明の半導体装置用ボンディングワイヤの製造方法の一例について説明する。
【0085】
まず、高純度(4N~6N;99.99~99.9999質量%以上)の原料銅を連続鋳造により大径(直径約3~7mm)に加工し、インゴットを得る。
【0086】
上述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素等のドーパントを添加する場合、その添加方法としては、例えば、Cu芯材中に含有させる方法、被覆層中に含有させる方法、Cu芯材の表面に被着させる方法、及び、被覆層の表面に被着させる方法が挙げられ、これらの方法を複数組み合わせてもよい。何れの添加方法を採用しても、本発明の効果を発揮することができる。ドーパントをCu芯材中に含有させる方法では、ドーパントを必要な濃度含有した銅合金を原料として用い、Cu芯材を製造すればよい。原材料であるCuにドーパントを添加して斯かる銅合金を得る場合、Cuに、高純度のドーパント成分を直接添加してもよく、ドーパント成分を1%程度含有する母合金を利用してもよい。ドーパントを被覆層中に含有させる方法では、被覆層を形成する際のPd、Ni、Auのめっき浴等(湿式めっきの場合)やターゲット材(乾式めっきの場合)中にドーパントを含有させればよい。Cu芯材の表面に被着させる方法や被覆層の表面に被着させる方法では、Cu芯材の表面あるいは被覆層の表面を被着面として、(1)水溶液の塗布⇒乾燥⇒熱処理、(2)めっき法(湿式)、(3)蒸着法(乾式)、から選択される1以上の被着処理を実施すればよい。
【0087】
大径のインゴットを鍛造、圧延、伸線を行って直径約0.7~2.0mmのCu又はCu合金からなるワイヤ(以下、「中間ワイヤ」ともいう。)を作製する。
【0088】
Cu芯材の表面に被覆層を形成する手法としては、電解めっき、無電解めっき、蒸着法等が利用できるが、膜厚を安定的に制御できる電解めっきを利用するのが工業的には好ましい。例えば、大径のインゴットの表面に被覆層を形成してもよく、中間ワイヤの表面に被覆層を形成してよく、あるいは、中間ワイヤを伸線してさらに細線化した後(例えば最終的なCu芯材の直径まで伸線した後)に、該Cu芯材表面に被覆層を形成してよい。中でも、上記の条件(5)におけるワイヤ表面の結晶粒の幅を所期の範囲に調整し易いため、被覆層は、Cu芯材が最終線径の50倍~500倍の大径の段階で形成することが好ましく、大径のインゴットの表面に被覆層を形成することが好適である。Cu芯材が大径の段階で被覆層を形成することにより、その後の伸線加工等において被覆層の加工度を高めることができ、最終線径で結晶粒を微細化し易いためである。
【0089】
被覆層は、例えば、Cu芯材の表面にPdとNiを所定比率で含有するPdNi合金層を設けることにより形成してよく、Cu芯材との密着性に優れる被覆層を形成する観点から、Cu芯材の表面に導電性金属のストライクめっきを施した後で、PdとNiを所定比率で含有するPdNi合金層を設けることにより形成してもよい。また、PdとNiを所定比率で含有するPdNi合金層を形成した後、Pd及びNiの1種以上を含む層(例えば、Pd層、Ni層、PdNi合金層)をさらに設けてもよい。先述のとおり、本発明のワイヤは、表面にAuを含有する被覆層を含む。斯かる被覆層は、上述したものと同様の手法により、PdNi合金層の表面(形成する場合にはPd及びNiの1種以上を含む層の表面)にAu層を設けることにより形成してよい。
【0090】
伸線加工は、ダイヤモンドコーティングされたダイスを複数個セットできる連続伸線装置を用いて実施することができる。必要に応じて、伸線加工の途中段階で熱処理を施してもよい。熱処理によりワイヤ表面のAu層と下層のPdNi合金層(設ける場合にはPd層、Ni層、PdNi合金層)との間で構成元素を互いに拡散させて、上記の条件(4)を満たすように、ワイヤの表面にAuを含む領域(例えば、AuとPdとNiを含む合金領域)を形成して、ワイヤ表面におけるAuの濃度を調整することができる。その方法としては一定の炉内温度で電気炉中、ワイヤを一定の速度の下で連続的に掃引することで合金化を促す方法が、確実に合金の組成と厚みを制御できるので好ましい。なお、被覆層の表面にAu層を設けた後に熱処理によってAuを含む領域を形成する方法に代えて、最初からAuとPd、Niの1種以上とを含有する合金領域を被着する方法を採用してもよい。
【0091】
以下、Cu芯材の表面に電解めっきにより被覆層を形成する実施形態について、上記の条件(5)におけるワイヤ表面の結晶粒の幅を所期の範囲に調整する観点から好適な態様について例示する。
【0092】
斯かる好適な態様では、電解めっき、伸線加工、熱処理の諸条件を制御して、ワイヤ表面の結晶粒の幅を所期の範囲に調整する。
【0093】
まず電解めっき工程において、Pd、Niの核生成を誘発して結晶粒の成長を抑えるために、めっき浴の温度は好ましくは60℃以下、より好ましくは50℃以下の低温とする。めっき浴の温度の下限は、円滑に電解めっきを実施し得る限りにおいて特に限定されず、例えば、10℃以上、15℃以上、20℃以上などとし得る。電解めっき工程においてはまた、Pd、Niの核生成を誘発して結晶粒の成長を抑えるために、めっき液を攪拌して液流れ状態にてめっき処理を実施することが好適である。したがって好適な一実施形態において、電解めっき工程では、液流れ状態にある10~60℃(より好ましくは10~50℃)のめっき浴にてめっき処理を実施する。
【0094】
また伸線加工と熱処理について、ワイヤの直径が最終線径の5~50倍の範囲にある伸線加工途中において中間熱処理を実施することが好適である。適度な中間熱処理を実施することにより、被覆層内部の加工歪みを調整して、最終線径での結晶粒のサイズを調整し易いためである。
【0095】
特に好適な一実施形態において、Cu芯材が最終線径の50倍~500倍の大径の段階で、液流れ状態にある10~60℃のめっき浴にて電解めっき処理して該Cu芯材の表面に被覆層を形成する。さらに、該ワイヤを伸線加工して、その直径が最終線径の5~50倍の範囲にある伸線加工途中において中間熱処理を行うことが好適である。
【0096】
本発明のワイヤは、該ワイヤが細線である場合や、温度200℃といった過酷な高温環境にさらされる場合においてもガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことができる。したがって本発明のボンディングワイヤは、特に車載用デバイスやパワーデバイス用のボンディングワイヤとして好適に使用することができる。
【0097】
[半導体装置の製造方法]
本発明の半導体装置用ボンディングワイヤを用いて、半導体チップ上の電極と、リードフレームや回路基板上の電極とを接続することによって、半導体装置を製造することができる。
【0098】
一実施形態において、本発明の半導体装置は、回路基板、半導体チップ、及び回路基板と半導体チップとを導通させるためのボンディングワイヤを含み、該ボンディングワイヤが本発明のワイヤであることを特徴とする。
【0099】
本発明の半導体装置において、回路基板及び半導体チップは特に限定されず、半導体装置を構成するために使用し得る公知の回路基板及び半導体チップを用いてよい。あるいはまた、回路基板に代えてリードフレームを用いてもよい。例えば、特開2020-150116号公報に記載される半導体装置のように、リードフレームと、該リードフレームに実装された半導体チップとを含む半導体装置の構成としてよい。
【0100】
半導体装置としては、電気製品(例えば、コンピューター、携帯電話、デジタルカメラ、テレビ、エアコン、太陽光発電システム等)及び乗物(例えば、自動二輪車、自動車、電車、船舶及び航空機等)等に供される各種半導体装置が挙げられる。
【実施例0101】
以下、本発明について、実施例を示して具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0102】
(サンプル)
まずサンプルの作製方法について説明する。Cu芯材の原材料となるCuは、純度が99.99質量%以上(4N)で残部が不可避不純物から構成されるものを用いた。また、第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素を添加する場合、これらは純度が99質量%以上で残部が不可避不純物から構成されるもの、あるいはCuにこれら添加元素が高濃度で配合された母合金を用いた。
【0103】
芯材のCu合金は、まず、黒鉛るつぼに原料を装填し、高周波炉を用いて、N2ガスやArガス等の不活性雰囲気で1090~1500℃まで加熱して溶解した後、連続鋳造により直径4~7mmのインゴットを製造した。次に、得られたインゴットに対して、電解めっき法により被覆層を形成した。被覆層の形成は、インゴット表面の酸化膜を除去するために、塩酸または硫酸による酸洗処理を行った後、PdとNiを所定比率にて含有するPdNi合金のめっき液を使用して、該インゴットの表面全体を覆うようにPdとNiを所定比率にて含有するPdNi合金層を形成し、さらに該PdNi合金層の上にAu層を設けた。ここで、電解めっき法によるPdNi合金層、Au層の形成は、めっき浴温度を20~40℃とし、めっき液を攪拌して液流れ状態にて実施した。
【0104】
その後、引抜加工、伸線加工等を行い、最終線径まで加工した。ワイヤ表面近傍の結晶粒の幅を制御すべく、必要に応じて、加工の途中において、中間熱処理を1~2回行った。中間熱処理の条件は、ワイヤ直径が0.1~0.3mmにおいて熱処理温度を200~600℃とし、熱処理時間は1~6秒間とした。また中間熱処理を行う場合、ワイヤを連続的に掃引し、N2ガスもしくはArガスを流しながら行った。最終線径まで加工後、ワイヤを連続的に掃引し、N2もしくはArガスを流しながら調質熱処理を行った。調質熱処理の熱処理温度は200~600℃とし、ワイヤの送り速度は20~200m/分、熱処理時間は0.2~0.8秒間とした。被覆層が薄い場合または結晶粒の幅を小さくする場合には熱処理温度を低め、あるいはワイヤの送り速度を速めに設定し、被覆層が厚い場合または結晶粒の幅を大きくする場合には熱処理温度を高め、あるいはワイヤの送り速度を遅めに設定した。
【0105】
(試験・評価方法)
以下、試験・評価方法について説明する。
【0106】
[オージェ電子分光法(AES)によるワイヤ表面の組成分析]
ワイヤ表面におけるAuの濃度CAuは、ワイヤ表面を測定面として、以下のとおりオージェ電子分光法(AES)により測定して求めた。
まず測定に供するボンディングワイヤを試料ホルダーに直線状に固定した。次いで、ワイヤ軸に垂直な方向におけるワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下となるように測定面を決定した。測定面の長さは測定面の幅の5倍とした。そして、AES装置(アルバック・ファイ製PHI-700)を用いて、加速電圧10kVの条件にてワイヤ表面の組成分析を行い、表面Au濃度(原子%)を求めた。
なお、AESによる組成分析は、ワイヤ長手方向に互いに1mm以上離間した3箇所の測定面について実施し、その算術平均値を採用した。表面におけるAuの濃度を求めるにあたり、炭素(C)、硫黄(S)、酸素(O)、窒素(N)等ガス成分、非金属元素等は考慮しなかった。
【0107】
[オージェ電子分光法(AES)による被覆層の厚さ分析]
被覆層の厚さ分析にはAESによる深さ分析を用いた。AESによる深さ分析とは組成分析とスパッタリングを交互に行うことで深さ方向の組成の変化を分析するものであり、ワイヤ表面から深さ(中心)方向の各元素の濃度変化(所謂、深さ方向の濃度プロファイル)を得ることができる。
具体的には、AESにより、1)ワイヤ表面の組成分析を行った後、さらに2)Arによるスパッタリングと3)スパッタリング後の表面の組成分析とを繰り返すことで深さ方向の濃度プロファイルを取得した。2)のスパッタリングは、Ar+イオン、加速電圧2kVにて行った。また、1)、3)の表面の組成分析において、測定面の寸法やAESによる組成分析の条件は、上記[オージェ電子分光法(AES)によるワイヤ表面の組成分析]欄で説明したものと同じとした。AESにより、深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたり、深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定した。
なお、深さ方向の濃度プロファイルの取得は、ワイヤ長手方向に互いに1mm以上離間した3箇所の測定面について実施した。
【0108】
-被覆層の厚さdtと該被覆層の測定点の総数-
取得した深さ方向の濃度プロファイルにおいて、ワイヤ表面からワイヤ中心側に向けて濃度プロファイルを確認し、ワイヤ表面位置Z0から、芯材であるCuの濃度が50原子%にはじめて達した深さ位置までの距離Z1を、測定された被覆層の厚さとして求めた。また、ワイヤ表面位置Z0から深さ位置Z1までの測定点の総数を、被覆層の測定点の総数として求めた。被覆層の厚さdtは、3箇所の測定面について取得した数値の算術平均値を採用した。また、実施例のワイヤに関して、被覆層の測定点の総数は50点~100点あることを確認した。
なお、AES分析にて測定される深さは、スパッタリング速度と時間の積として求められる。一般にスパッタリング速度は標準試料であるSiO2を使用して測定されるため、AESで分析された深さはSiO2換算値となる。つまり被覆層の厚さの単位にはSiO2換算値を用いた。
【0109】
-CPd+CNiの平均値-
取得した深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の合計CPd+CNiを算術平均して、平均値を求めた。CPd+CNiの平均値は、3箇所の測定面について取得した数値の算術平均値を採用した。
【0110】
-比CPd/CNiの平均値-
取得した深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiを算術平均して、平均値を求めた。比CPd/CNiの平均値は、3箇所の測定面について取得した数値の算術平均値を採用した。
【0111】
-CAuが10原子%以上である領域の厚さda-
取得した深さ方向の濃度プロファイルにおいて、ワイヤ表面からワイヤ中心側に向けて濃度プロファイルを確認し、ワイヤ表面位置Z0から、Auの濃度が10原子%未満にはじめて低下した深さ位置Z2までの距離を、CAuが10原子%以上である領域の厚さとして求めた。CAuが10原子%以上である領域の厚さdaは、3箇所の測定面について取得した数値の算術平均値を採用した。
【0112】
なお、上記[オージェ電子分光法(AES)によるワイヤ表面の組成分析]および[オージェ電子分光法(AES)による被覆層の厚さ分析]について、Pd、Au、Ni、Cuの各元素の検出に用いたピークは以下のとおりであった。すなわち、オージェ電子の微分スペクトル(以下、「オージェ電子スペクトル」という。)における各元素の負のピーク(最小値)のエネルギー値に着目し、Au(2022eV)、Pd(333eV)、Ni(849eV)、Cu(922eV)のピークを使用した。
また、AES装置に装備されている解析ソフトウェア(PHI MultiPak)を使用して、オージェ電子スペクトルの解析、濃度の算出を行った。解析にあたり、必要に応じて最小二乗法処理(Linear Least Squares:LLS処理)を実施した。詳細には、CuとNiのピークを分離する際にLLS処理を実施した。具体的には、対象試料の分析を行うにあたり、純Cuと純Niを用いてオージェ電子スペクトルを取得して、そのスペクトルを元素の基準試料のデータとして用いてLLS処理を実施した。対象試料に、Cuは含有するがNiを含有しない部位(Cu含有部)とNiは含有するがCuを含有しない部位(Ni含有部)がそれぞれ存在する場合には、該Cu含有部、Ni含有部のオージェ電子スペクトルを元素の基準試料のデータとして用いて、Ni元素、Cu元素の濃度解析においてLLS処理を実施した。また、Auを含有する対象試料に関して、バックグランドノイズを低減するためにLLS処理を実施した。その際、オージェ電子スペクトルのうち、Auの上記ピークエネルギー値近傍のオージェ電子スペクトルの波形を基準に、LLS処理を行った。
【0113】
[後方散乱電子線回折(EBSD)法によるワイヤ表面の結晶解析]
ワイヤ表面の結晶解析は、ワイヤの表面を測定面として、EBSD法により行った。
【0114】
-ワイヤ表面の結晶粒の幅-
まず測定に供するボンディングワイヤを試料ホルダーに直線状に固定した。次いで、ワイヤ軸に垂直な方向(ワイヤ円周方向)におけるワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅が7μm、測定面の長さが15μmとなるように測定面を決定した。そして、EBSD測定装置(日立ハイテクノロジーズ社製SU-70)を用いて、測定倍率15,000倍、測定点間隔0.03μmにて測定した。測定に際して、加速電圧は、試料の表面状態に応じて15~30kVの範囲で適正化した。次いで、EBSD測定装置に付属の解析ソフト(TSLソリューションズ社製OIM analysis)を使用してCI値(信頼性指数、Confidence Index)が0.1未満である測定点を除いて解析し、隣接する測定点間の方位差が5度以上である境界を結晶粒界とみなして、結晶粒として認識する下限ピクセル数または画素数(装置附属ソフトの設定では、Grain Sizeの項目のMinimum sizeに相当)を2~5の値で設定して、結晶粒のワイヤ円周方向の平均サイズ、すなわち結晶粒の幅(nm)を求めた。解析に際しては、前記の被覆層のPdとNiの濃度比CPd/CNiが1以上であるときは、Pdの結晶データ(fcc、格子定数)を使用し、CPd/CNiが1未満であるときは、Niの結晶データ(fcc、格子定数)を使用した。
【0115】
なお、解析ソフトによるワイヤ表面の結晶粒の幅の算出は、(i)測定面の幅方向(ワイヤ円周方向)にラインを引き、そのライン上における結晶粒界の間隔から各結晶粒のワイヤ円周方向のサイズを求め、(ii)各結晶粒のワイヤ円周方向のサイズを算術平均して結晶粒のワイヤ円周方向の平均サイズを算出することにより行われる。ワイヤ長手方向に互いに離間した複数のライン(N=20~50)について実施し、その平均値を採用した。なお、解析ソフトでは、ラインのN数を設定すると等間隔でラインが自動設定される。
【0116】
-ワイヤ表面の結晶方位-
上記と同様にして、測定に供するボンディングワイヤを試料ホルダーに固定し、測定面を決定した上で、測定面の結晶方位を観察し、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15度以下である<111>結晶方位の割合を求めた。
なお、EBSD法による結晶方位の測定は、ワイヤ長手方向に互いに1mm以上離間した3箇所の測定面について実施し、その平均値を採用した。
【0117】
[元素含有量の測定]
ワイヤ中の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素の含有量は、ボンディングワイヤを強酸で溶解した液をICP発光分光分析装置、ICP質量分析装置を用いて分析し、ワイヤ全体に含まれる元素の濃度として検出した。分析装置として、ICP-OES((株)日立ハイテクサイエンス製「PS3520UVDDII」)又はICP-MS(アジレント・テクノロジーズ(株)製「Agilent 7700x ICP-MS」)を用いた。
【0118】
[2nd接合部の接合信頼性]
2nd接合部の接合信頼性は、高温放置試験(HTSL:High Temperature Storage Life Test)により評価した。
【0119】
-200℃接合時の2nd接合部の接合信頼性-
リードフレームのリード部分に、市販のワイヤボンダーを用いてウェッジ接合したサンプルを、市販の熱硬化性エポキシ樹脂により封止し、2nd接合部の接合信頼性試験用のサンプルを作製した。リードフレームには、1~3μmのAgめっきを施したFe-42原子%Ni合金リードフレームを用い、ステージ温度200℃、N2+5%H2ガス0.5L/分流通下にボンディングを行った。作製した2nd接合部の接合信頼性試験用のサンプルを、高温恒温機を使用し、温度200℃の高温環境に暴露した。2nd接合部の接合寿命は、500時間毎にウェッジ接合部のプル試験を実施し、プル強度の値が初期に得られたプル強度の1/2となる時間とした。プル強度の値は無作為に選択したウェッジ接合部の50箇所の測定値の算術平均値を用いた。高温放置試験後のプル試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ウェッジ接合部を露出させてから行った。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0120】
評価基準:
◎◎:接合寿命2000時間以上
◎:接合寿命1000時間以上2000時間未満
○:接合寿命500時間以上1000時間未満
×:接合寿命500時間未満
【0121】
-175℃接合(低温接合)時の2nd接合部の接合信頼性-
2nd接合時のステージ温度を175℃とした以外は、上記と同様にして、2nd接合部の接合信頼性試験用のサンプルを作製し、2nd接合部の接合信頼性を評価した。
【0122】
[1st接合部の接合信頼性]
1st接合部の接合信頼性は、高温高湿試験(HAST;Highly Accelerated Temperature and Humidity Stress Test)及び高温放置試験(HTSL:High Temperature Storage Life Test)の双方により評価した。
【0123】
-HAST-
一般的な金属フレーム上のシリコン基板に厚さ1.5μmのAl-1.0質量%Si-0.5質量%Cuの合金を成膜して設けた電極に、市販のワイヤボンダーを用いてボール接合したサンプルを、市販の熱硬化性エポキシ樹脂により封止し、1st接合部の接合信頼性試験用のサンプルを作製した。ボールは電流値30~75mA、EFOのギャップを762μm、テイルの長さを254μmに設定し、N2+5%H2ガスを流量0.4~0.6L/分で流しながら形成し、その径はワイヤ線径に対して1.5~1.9倍の範囲とした。作製した1st接合部の接合信頼性評価用のサンプルを、不飽和型プレッシャークッカー試験機を使用し、温度130℃、相対湿度85%の高温高湿環境に暴露し、7Vのバイアスをかけた。1st接合部の接合寿命は、48時間毎にボール接合部のシェア試験を実施し、シェア強度の値が初期に得られたシェア強度の1/2となる時間とした。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の50箇所の測定値の算術平均値を用いた。シェア試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ボール接合部を露出させてから行った。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0124】
評価基準:
◎:接合寿命384時間以上
○:接合寿命240時間以上384時間未満
×:接合寿命240時間未満
【0125】
-HTSL-
上記と同様の手順で作製した1st接合部の接合信頼性評価用のサンプルを、高温恒温機を使用し、温度175℃の環境に暴露した。1st接合部の接合寿命は、500時間毎にボール接合部のシェア試験を実施し、シェア強度の値が初期に得られたシェア強度の1/2となる時間とした。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の50箇所の測定値の算術平均値を用いた。高温放置試験後のシェア試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ボール接合部を露出させてから行った。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0126】
評価基準:
◎:接合寿命2000時間以上
○:接合寿命1000時間以上2000時間未満
×:接合寿命1000時間未満
【0127】
[ループ形状]
ループ形状安定性(ループプロファイルの再現性)は、ループ長が2mm、接合部の高低差が250μm、ループ高さが200μmとなるように台形ループを30本接続し、最大ループ高さの標準偏差より評価した。高さ測定には光学顕微鏡を使用し、以下の基準に従って評価した。
【0128】
評価基準:
◎:3σが20μm未満
○:3σが20μm以上30μm未満
×:3σが30μm以上
【0129】
[圧着形状]
1st接合部の圧着形状(ボールのつぶれ形状)の評価は、市販のワイヤボンダーを用いて、上記[1st接合部の接合信頼性]欄に記載の条件でボールを形成し、それをSi基板に厚さ1.5μmのAl-1.0質量%Si-0.5質量%Cuの合金を成膜して設けた電極に圧着接合し、直上から光学顕微鏡で観察した(評価数N=100)。ボールのつぶれ形状の判定は、つぶれ形状が真円に近い場合に良好と判定し、楕円形や花弁状の形状であれば不良と判定した。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0130】
評価基準:
◎:不良なし
○:不良1~3箇所(実用上問題なし)
△:不良4~5箇所(実用上問題なし)
×:不良6箇所以上
【0131】
[チップ損傷]
チップ損傷の評価は、市販のワイヤボンダーを用いて、上記[1st接合部の接合信頼性]欄に記載の条件でボールを形成し、それをSi基板に厚さ1.5μmのAl-1.0質量%Si-0.5質量%Cuの合金を成膜して設けた電極に圧着接合した後、ワイヤ及び電極を薬液にて溶解しSi基板を露出し、接合部直下のSi基板を光学顕微鏡で観察することにより行った(評価数N=50)。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0132】
評価基準:
◎:クラック及びボンディングの痕跡なし
〇:クラックは無いもののボンディングの痕跡が確認される箇所あり(3箇所以下)
×:それ以外
【0133】
実施例及び比較例の評価結果を表1、2に示す。
【0134】
【0135】
【0136】
実施例No.1~43のワイヤはいずれも、本件特定の条件(1)~(5)を全て満たす被覆層を備えており、温度200℃の過酷な高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことを確認した。特に、条件(5)としてワイヤ表面の結晶粒の幅が120nm以下であるワイヤは、過酷な高温環境下においても一際良好な2nd接合部の接合信頼性を実現し易いことを確認した。
また、AESにより測定して得られた深さ方向の濃度プロファイルにおいて、Auの濃度CAuが10原子%以上である領域の厚さdaが0.5nm以上25nm以下である実施例No.1~20、22~43のワイヤ、中でも該厚さdaが4nm以上12nm以下の好適範囲にあるワイヤは、175℃の低温接合時においても、温度200℃の過酷な高温環境下において良好な2nd接合部の接合信頼性を呈し易いことを確認した。
さらに、ワイヤの表面の結晶方位をEBSD法により測定した結果において、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15度以下である<111>結晶方位の割合が30%以上95%以下である実施例No.1~15、17~43のワイヤはいずれも、良好なループ形状をもたらすことを確認した。中でも、同<111>結晶方位の割合が40%以上85%以下の好適範囲にある実施例No.2~4、6~11、13、15、18~31、33、34、36、37、39~43は、格別良好なループ形状をもたらすことを確認した。
加えて、第1添加元素を総計で1質量ppm以上含有する実施例No.22~26、32、33、39、40、42、43のワイヤは、一際良好な1st接合部の圧着形状をもたらすことを確認した。第2添加元素を総計で1質量ppm以上含有する実施例No.27~33、41~43のワイヤは、一際良好な高温高湿環境下での1st接合部の接合信頼性をもたらすことを確認した。第3添加元素を総計で0.011質量%以上含有する実施例No.34~43のワイヤは、一際良好な高温環境下での1st接合部の接合信頼性をもたらすことを確認した。
他方、比較例No.1~9のワイヤは、本件特定の条件(1)~(5)の少なくとも1つを満たさない被覆層を備えており、過酷な高温環境下における2nd接合部の接合信頼性が不良であることを確認した。
【0137】
[符号の説明]
1 ボンディングワイヤ(ワイヤ)
2 測定面
X ワイヤの幅の中心
W ワイヤの幅(ワイヤ直径)
wa 測定面の幅
la 測定面の長さ