(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024029800
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】イオンガイド、およびそれを備える質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/06 20060101AFI20240229BHJP
【FI】
H01J49/06 300
H01J49/06 800
H01J49/06 500
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022132186
(22)【出願日】2022-08-23
(71)【出願人】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉山 益之
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 英樹
(72)【発明者】
【氏名】橋本 雄一郎
(57)【要約】
【課題】イオンガイドを透過できるイオンのm/z範囲が広く、構造が単純で汚染に強いイオンガイドを実現する。
【解決手段】本開示は、イオンが導入され、当該イオンを収束させて出射するイオンガイドであって、多重極電界を形成するための多重極電極と、軸電界を形成するための軸電界電極と、を有し、多重極電極あるいは軸電界電極の少なくとも一方のイオンガイドの中心軸に垂直な断面積がイオンガイドの入口から出口に掛けて変化する、イオンガイドを提案する。
【選択図】
図2A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンが導入され、当該イオンを収束させて出射するイオンガイドであって、
多重極電界を形成するための多重極電極と、
軸電界を形成するための軸電界電極と、を有し、
前記多重極電極あるいは前記軸電界電極の少なくとも一方の前記イオンガイドの中心軸に垂直な断面積が前記イオンガイドの入口から出口に掛けて変化する、イオンガイド。
【請求項2】
請求項1において、
前記軸電界電極は、前記断面積が前記入口から前記出口に掛けて大きくなるように構成される、イオンガイド。
【請求項3】
請求項1において、
前記多重極電極および前記軸電界電極を2対ずつ有し、
前記多重極電極および前記軸電界電極の形状は共に板状をなす、イオンガイド。
【請求項4】
請求項3において、
前記多重極電極および前記軸電界電極の形状は共に前記入口から前記出口に掛けて円弧状をなす、イオンガイド。
【請求項5】
請求項3において、
前記多重極電極および前記軸電界電極の形状は共に直線状をなす、イオンガイド。
【請求項6】
請求項1において、
前記軸電界電極は、前記断面積が前記入口から前記出口に掛けて同一となるように構成され、
前記多重極電極は、前記断面積が前記入口から前記出口に掛けて大きくなるように構成される、イオンガイド。
【請求項7】
請求項3において、
前記多重極電極は、前記軸電界電極を覆うように配置される、イオンガイド。
【請求項8】
請求項1において、
前記軸電界電極は板状をなし、前記断面積が前記入口から前記出口に掛けて大きくなるように構成され、
前記多重極電極は板状をなし、前記断面積が前記入口から前記出口に掛けて小さくなるように構成され、
前記軸電界電極および前記多重極電極は、それぞれの側面同士が対向するように同一平面上に配置される、イオンガイド。
【請求項9】
請求項1において、
前記軸電界電極は、前記多重極電極よりも前記中心軸に近い位置に配置され、
さらに、前記軸電界電極よりも前記中心軸に近い位置に配置された、前記多重極電極とは別の追加の多重極電極を備える、イオンガイド。
【請求項10】
イオンを発生させるイオン源と、
前記イオン源の後段に配置され、前記イオンを収束させる、請求項1に記載のイオンガイドと、
前記イオンガイドに電圧を印加するイオンガイド電源と、
前記イオンガイドによって収束されたイオンを検出する検出器と、を備え、
前記イオンガイド電源は、前記多重極電極に同位相かつ同振幅のRF電圧を印加し、前記多重極電極と前記軸電界電極との間に電位差が生じるように異なるDC電圧を印加する、質量分析装置。
【請求項11】
イオンを発生させるイオン源と、
前記イオン源の後段に配置され、前記イオンを収束させる、請求項9に記載のイオンガイドと、
前記イオンガイドに電圧を印加するイオンガイド電源と、
前記イオンガイドによって収束されたイオンを検出する検出器と、を備え、
前記イオンガイド電源は、前記多重極電極および前記追加の多重極電極に同位相かつ同振幅のRF電圧を印加し、前記多重極電極および前記追加の多重極電極と前記軸電界電極との間に電位差が生じるように異なるDC電圧を印加する、質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、イオンガイド、およびそれを備える質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオンガイドは、質量分析装置内でイオンを輸送するのに広く用いられている。特に、タンデム質量分析装置のコリジョンセルに使われるイオンガイドでは、クロストークを防ぐため中心軸上に軸電界を生成する必要がある。当該軸電界に関し、例えば、特許文献1は、多重極(四重極など)の平行なロッド電極で構成される多重極イオンガイドにおいてイオンを加速する軸電界を生成することを開示している。また、例えば、特許文献2は、高周波電極が印加された多重極電極の間隙に高周波電圧が印加された抵抗体の電極を挿入して軸電界を生成することを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国特許5,847,386号明細書
【特許文献2】米国特許8,785,847号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に示されるような、一対のロッド電極を傾けることで軸電界を印加するイオンガイドでは、イオンガイドを透過できるイオンのm/z範囲が狭くなってしまうという課題がある。また、特許文献2に示されるような、ロッド電極間隙に電極を挿入するイオンガイドでは、イオンガイドの構成が複雑で、電極間の間隔が狭く、電極の表面積も狭いためイオンガイドに導入された中性液滴などの夾雑物により電極が汚染されて性能が低下しやすいという課題がある。さらに、特許文献2に示されるイオンガイドはその構成が複雑であり、電極間の間隔が狭く軸電界を形成する電極の表面積も小さい。このため、イオンガイドに導入された中性液滴などの夾雑物により電極表面が汚染されて性能が低下しやすいという課題もある。
本開示は、このような状況に鑑み、イオンガイドを透過できるイオンのm/z範囲が広く、構造が単純で汚染に強いイオンガイドを実現する技術を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本開示は、イオンが導入され、当該イオンを収束させて出射するイオンガイドであって、多重極電界を形成するための多重極電極と、軸電界を形成するための軸電界電極と、を有し、多重極電極あるいは軸電界電極の少なくとも一方のイオンガイドの中心軸に垂直な断面積がイオンガイドの入口から出口に掛けて変化する、イオンガイドを提案する。
【0006】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素及び多様な要素の組み合わせ及び以降の詳細な記述と添付される特許請求の範囲の様態により達成され実現される。本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の特許請求の範囲又は適用例をいかなる意味においても限定するものではない。
【発明の効果】
【0007】
本開示の技術によれば、構造が簡便で汚染に強く、透過する質量範囲が広いイオンガイドおよびそれを備える質量分析装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、第1の実施形態による湾曲イオンガイド20を備える質量分析装置10の概略構成例を示す断面図である。
【
図2A】第1の実施形態によるイオンガイド20の外観構成例を示す図である。
【
図2B】第1の実施形態によるイオンガイド20を中心軸23に沿った断面構成例を示す図である。
【
図2C】第1の実施形態によるイオンガイド20の入口1Aおよび出口1Bの断面構成例を示す図である。
【
図3】各実施形態で用いられるイオンガイド電源300の構成例を示す図である。
【
図4】第1の実施形態によるイオンガイド20の入口1Aおよび出口1Bにおける、ry平面の擬ポテンシャルを示す図である。
【
図5】第1の実施形態によるイオンガイド20の中心軸23を含むxz平面のDCポテンシャルを示す図である。
【
図6】第1の実施形態によるイオンガイド20の中心軸23上のポテンシャル(
図2や
図5のθの関数)を示す図である。
【
図7】第1の実施形態によるイオンガイド20の入口1Aおよび出口1Bのyr平面のDCポテンシャルを示す図である。
【
図8】軸電界電極22と多重極電極21の電位差6V、3V、1.5V、および1Vの各条件について200個イオンの透過時間の分布を示す図である。
【
図9】軸電界電極22と多重極電極21との電位差が3Vおよび6Vの条件におけるm/z150~m/z4000のイオンの透過率を示す図である。
【
図10】第2の実施形態によるイオンガイド201の概略構成例を示す図である。
【
図11】第3の実施形態によるイオンガイド202の概略構成例を示すである。
【
図12】第4の実施形態によるイオンガイド203の構成例を示す図である。
【
図13】第5の実施形態によるイオンガイド204の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本実施形態は、イオンガイドにおいて、多重極電極の中心軸に対する断面積(イオン進行方向に垂直な面の面積)あるいは軸電界電極の中心軸に対する断面積の少なくとも一方をイオンガイドの入口から出口にかけて変化させることにより、イオンガイドを透過できるイオンのm/z範囲が広く、構造が単純で汚染に強いイオンガイドを実現することについて開示する。
【0010】
以下、添付図面を参照して本開示の実施形態について説明する。添付図面では、機能的に同じ要素は同じ番号で表示される場合もある。なお、添付図面は本開示の原理に則った具体的な実施形態と実装例を示しているが、これらは本開示の理解のためのものであり、決して本開示を限定的に解釈するために用いられるものではない。
【0011】
本実施形態では、当業者が本開示を実施するのに十分詳細にその説明がなされているが、他の実装・形態も可能で、本開示の技術的思想の範囲と精神を逸脱することなく構成・構造の変更や多様な要素の置き換えが可能であることを理解する必要がある。従って、以降の記述をこれに限定して解釈してはならない。
【0012】
(1)第1の実施形態
<質量分析装置10の構成例>
図1は、第1の実施形態による湾曲イオンガイド20を備える質量分析装置10の概略構成例を示す断面図である。
【0013】
質量分析装置10は、一例として、イオン源101と、必要に応じてイオン輸送用イオンガイド121を含む第1差動排気部102と、第1差動排気部102の空気を排気して真空にする真空ポンプ131と、イオンガイド(湾曲イオンガイド)20を含む第2差動排気部103と、第2差動排気部103の空気を排気して真空にする真空ポンプ132と、イオンガイドに電圧を印加するイオンガイド電源300と、質量フィルタ125、コリジョンセル126、および検出器127を有する質量分析室104と、質量分析室104の空気を排気して真空にする真空ポンプ133と、を備える。
【0014】
イオン源101は、エレクトロスプレーイオン源、大気圧化学イオン源、大気圧光イオン源、あるいは大気圧マトリックス支援レーザー脱離イオン源などを用いることができる。
【0015】
イオン源101で生成されたイオンは、第1差動排気部102に設けられた細孔111を気流とともに通過して第1差動排気部102(真空室)に導入される。差動排気部102を通過したイオンは、第1差動排気部102と第2差動排気部103の接続部(壁)に設けられた細孔112を通過し、本開示の技術によるイオンガイド20へと導入される。
【0016】
イオンガイド20にはイオンガイド電源300によって電圧が印加されている。また、当該イオンガイド20が動作する圧力は、1000Pa~10-3Pa程度である。特に1000Pa~0.1Paでは中性気体分子との衝突でイオンの運動エネルギーが冷却されるためにイオンを効率よく収束することができる。イオンガイド20から排出されたイオンは、第2差動排気部103と質量分析室104の接続部(壁)に設けられた細孔113を通過し、質量分析室104に導入される。
【0017】
質量分析装置10が例えばタンデム質量分析装置である場合、質量分析室104では、質量フィルタ125で特定のm/zの前駆体イオンが選択され、コリジョンセル126内で解離される。コリジョンセル126で生成されたフラグメントイオンは、検出器127で検出される。検出器127には、電子増倍管などを用いることができる。なお、イオンガイド20をコリジョンセル126として用いることもできる。
【0018】
<イオンガイド20の構成例>
図2は、第1の実施形態によるイオンガイドの構成例を示す図である。
図2Aは、イオンガイド20の外観構成例を示す図である。
図2Bは、イオンガイド20を中心軸23に沿った断面構成例を示す図である。
図2Cは、イオンガイド20の入口1Aおよび出口1Bの断面構成例を示す図である。
【0019】
図2Aに示すように、イオンガイド20は、湾曲形状をなし(湾曲イオンガイド)、上下2枚ずつの板状の多重極電極(Multipole electrode)21と、上下の多重極電極に挟まれた、上下2枚ずつの軸電界電極(Axial field electrode)22と、を備え、入口1Aからイオンが入射し、出口1Bから加速されたイオンが出射する。
【0020】
また、イオンガイド20は、中心軸23が円弧中心(Ion guide arc center)29を有する1/4円弧となるように構成されている。
図2Aから分かるように、イオンガイド20の入口1Aの断面がx軸上にあり、同出口1Bの断面がz軸上にある。このとき、上記1/4円弧の半径rを中心軸23に沿って移動させたときの半径rとx軸とのなす角をθとすると、軸電界電極22は、イオンガイド20の円弧中心29からの角度θの関数としてイオンガイド中心軸23に垂直な断面における円弧中心からの距離r方向(r軸方向)の長さが変化する。つまり、軸電界電極22は、その断面積が入口1Aから出口1Bに行くに従って大きくなるように構成されている。
図2Bからも、軸電界電極22の大きさ(xz平面上)が入口1Aから出口1Bに掛けて小さくなっているのが分かる。
【0021】
軸電界電極22がイオンガイド20の中心軸(イオンガイド中心軸)23上に形成する電位は、イオンガイド中心軸23上から見える軸電界電極22の面積に依存するため、イオンガイド中心軸23上に多重極電極21の電位と軸電界電極22の電位との電位差に応じた軸電界が形成される。
図2Cにおいて、符号“+”および“-”は、イオンガイド電源300から多重極電極21および軸電界電極22に印加されるRF電圧の位相を示している。同じ符号が付された電極には同位相、同周波数のRF電圧が印加される。多重極電極21にはイオンを閉じ込める多重極電界を発生させるため、隣接する多重極電極21と逆相のRF電圧が印加される。また、軸電界電極22には隣接する多重極電極21と同位相でほぼ同振幅のRF電圧が印加される。このように電圧を印加することで電極間の間隔が狭い多重極電極21と軸電界電極22との間にはRF電圧の電位差が発生せず、放電を防ぐことができる。さらに、多重極電極21のセット(ペア)と軸電界電極22のセット(ペア)にはそれぞれ異なるオフセットDC電圧が印加される。イオンはイオンガイド20の中心軸23を通過するが、中心軸23から見えている軸電界電極22の中心軸23に垂直な断面の面積が中心軸23上の距離に従って変化していくため、中心軸23上のイオンが受ける軸電界電極22のDC電圧の強度が変化していくことになる。これによってイオンが加速されることになる。
【0022】
<イオンガイド電源300の構成例>
図3は、各実施形態で用いられるイオンガイド電源300の構成例を示す図である。
図3には、イオンガイド電源300の構成例が2種類示されている。
【0023】
いずれの構成例によるイオンガイド電源300も、軸電界電極DC電源301と、多重極電極DC電源302と、RF電源303と、を備え、多重極電極21および軸電界電極22に対して、軸電界電極DC電源301あるいは多重極電極DC電源302からDC電圧を供給する。また、RF電源303は、交流電源と複数のコイルを含み、各コイルを用いて多重極電極21と軸電界電極22に同位相、かつ同振幅のRF電圧を印加する。
【0024】
<擬ポテンシャルの様子>
図4は、イオンガイド20の入口1Aおよび出口1Bにおける、ry平面の擬ポテンシャルを示す図である。
図4では、イオンのm/zを600、RF電圧振幅を300V0-peakとして擬ポテンシャルを計測した。
【0025】
軸電界電極22には隣接する多重極電極21と同相のRF電圧でほぼ同じ振幅のRF電圧が印加され、多重極電極21と隣接する軸電界電極22の組で多重極の極が形成される。そのため、軸電界電極22が多重極電極21を遮ることがなく、擬ポテンシャルのひずみを引き起こしにくい。
【0026】
イオンガイド入口1Aでは、イオンガイド出口1Bと比較して軸電界電極22のr軸方向の長さが短く(電極幅が小さく)、イオンガイド中心軸23からの距離が遠いため、擬ポテンシャルが浅くなる。このため、イオンガイド出口1Bに近づくほど擬ポテンシャルが深くなるファネル状のポテンシャルとなる。これにより効率的にイオンの分布を収束させることができる。
【0027】
質量分析装置10では、イオンとともに帯電液滴や中性の夾雑物などが真空室内部に導入され装置内部の汚染の原因となる。この点、イオンは、質量の大きな帯電液滴や中性夾雑物は電界の影響を受けにくいため、イオンガイド20の入口1Aの手前の細孔112から
図2のz軸方向に直進する。一方、イオンガイド20の入口1Aから導入されたイオンは、中心軸23上にある擬ポテンシャルの極小点付近に収束され、中心軸23に沿って移動してイオンガイド20の出口1Bから排出される。
【0028】
図2のイオンガイド20では、入口1Aはxy平面、出口1Bはyz平面に存在するため、帯電液滴や中性夾雑物はイオンガイド20の入口1Aからz軸方向に直進してイオンガイド20から排除され、イオンのみがイオンガイド20を通過する。これによりノイズを低減することができる。
【0029】
細孔112にから導入された帯電液滴や中性夾雑物は、
図2中に示したように数mm程度の範囲に広がりz軸方向に直進する。一方、イオンガイド20では、入口1Aの正面(z軸方向)の帯電液滴や中性夾雑物が通過する範囲に電極は存在せず、広い間隙(空間)が形成されている。このため、イオンガイド20は、中性夾雑物や帯電液滴が電極(多重極電極21および軸電界電極22)に衝突して電極が汚れる可能性が低く、汚染にも強い。
【0030】
<DCポテンシャルの様子>
図5は、イオンガイド20の中心軸23を含むxz平面のDCポテンシャルを示す図である。
図6は、イオンガイド20の中心軸23上のポテンシャル(
図2や
図5のθの関数)を示す図である。なお、DCポテンシャルは、軸電界電極22と多重極電極21との電位差を10Vとして計算している。
【0031】
図5から分かるように、xz平面のDCポテンシャルは、入口1A付近では密であり、出口1B付近では疎となっているため、イオンガイド20の入口1Aで最も高く、イオンガイド20の出口1Bにかけて徐々に低下する。また、
図6から分かるように、イオンガイド20の中心軸23沿いに湾曲中心からの角度θにほぼ比例してポテンシャルが減少する。この中心軸23上のポテンシャルによりイオンを常に一定加速度で加速することができる。
【0032】
また、
図7は、イオンガイド20の入口1Aおよび出口1Bのyr平面のDCポテンシャルを示す図である。
図7を見ると、イオンガイド20の入口1Aのポテンシャルは、四重極に加えて八重極など高次重極の成分を含むことが分かる。従って、高次項の効果で四重極DCポテンシャルを印加した場合と比較して、広いm/z範囲のイオンを効率よく透過させることが可能になる。一方、イオンガイド20の出口1Bは多重極電極が軸電界電極で覆われるため、yr平面のDCポテンシャルはほぼ均一になることが分かる。このため、DCポテンシャルによってイオンの空間分布で広がることがなく、イオンの空間分布を収束させることができる。
【0033】
<イオン透過時間の分布:シミュレーション結果>
イオンガイド20の技術的効果を検証するため、シミュレーションで透過時間の確認を行った。
図8は、軸電界電極22と多重極電極21の電位差6V、3V、1.5V、および1Vの各条件について200個イオンの透過時間の分布を示す図である。また、表1は、軸電界電極22と多重極電極21の電位差以外のパラメータ値を示す。
【0034】
【0035】
図8から分かるように、軸電界電極22と多重極電極21との電位差が大きいほど、透過時間は短くなり時間分布の半値幅も細くなった。つまり、当該シミュレーションによれば、軸電界電極22と多重極電極21との電位差3V以上では透過時間は1ms以下となり、電位差6Vのとき透過時間が最短となっている。
【0036】
以上より、イオンガイド20でによれば、中心軸23上に形成された電界によってイオンを加速することで透過時間を短く抑え、信号のクロストークを避けることができる。
【0037】
<イオンのm/z範囲:シミュレーション結果>
イオンガイド20の技術的効果を検証するため、シミュレーションでイオンガイド20を安定に透過できるイオンのm/z範囲の確認を行った。イオンガイド20を安定に透過できるイオンのm/zの下限はマシュー方程式の安定性領域の下限であるlow mass cut off値(LMCO)で決まる。例えば、四重極電極を用いる場合、一価イオンのLMCOは以下の式(1)で与えられる。
【0038】
【0039】
ここで、VはRF電圧振幅、mはイオンの質量、qLMCOはLMCOにおけるマシュー方程式のq値、eは電荷素量、ΩはRF電圧周波数、r0は四重極内接円半径を表している。この式(1)から、RF電圧振幅が高くなるほどイオンガイド20を安定に透過できるイオンのm/zの下限が高くなることが分かる。
一方、イオンガイドを透過できるイオンのm/zの上限は式(2)に示す一価イオンの擬ポテンシャル(Ψ)とDCポテンシャルでイオンが排除される効果との関係で決まる。
【0040】
【0041】
ここで、Eは電界を表している。式(1)から擬ポテンシャルはイオンのm/zに反比例するため、m/zが高いイオンは擬ポテンシャルが低くなり、DCポテンシャルによってイオンが排除されることが分かる。また、RF電圧振幅が高いほど擬ポテンシャルが高くなるため、透過できるイオンのm/zの上限が高くなる。
【0042】
図9は、軸電界電極22と多重極電極21との電位差が3Vおよび6Vの条件におけるm/z150~m/z4000のイオンの透過率を示す図である。軸電界電極22と多重極電極21との電位差が3Vの場合には、m/z175~m/z2500、すなわちLMCO~LMCO×14.3の範囲のイオンについて平均透過率97%が得られた。また、軸電界電極22と多重極電極21との電位差が6Vの場合には、m/z175~m/z1500、すなわちLMCO~LMCO×8.6の範囲のイオンについて平均透過率97%が得られた。
【0043】
以上のように、本実施形態によるイオンガイド20によれば、広いm/z範囲のイオンを透過させることができる。また、本実施形態によるイオンガイド20によれば、多重極電極21および軸電界電極22ともに板状電極であるため、製作容易性の観点からイオンガイド20の構成に自由度があり、同じ設計コンセプトで1/2円弧やより複雑な流路形状でも対応できる。よって、将来的に質量分析装置10のフットプリント(底面積)や形状に応じてフレキシブルに実装することが可能である。
【0044】
(2)第2の実施形態
図10は、第2の実施形態によるイオンガイド201の概略構成例を示す図である。イオンガイド201は、直線形状をなし、多重極電極21と、軸電界電極22とを備え、軸電界を形成する軸電界電極22のx方向の長さが入口10Aでは短く(電極の断面積が小さく)、出口10Bで長く(電極の断面積が大きい)構成されている。なお、イオンガイド201の径方向断面での構成、擬ポテンシャル、DCポテンシャル、および中心軸23上のポテンシャルは、第1の実施形態と同様である。なお、イオンガイド201は直線状をなすため、第1の実施形態によるイオンガイド20と比べて、構造が単純でより安価に実施することができる。一方、イオンがイオンガイド201に入射する方向とイオンガイド201から出射する方向が同じになるため、ノイズを低減させる効果は、第1の実施形態と比べると小さくなる。
【0045】
(3)第3の実施形態
図11は、第3の実施形態によるイオンガイド202の概略構成例を示すである。イオンガイド202では、多重極電極21と軸電界電極22が同じxz平面内に存在する。つまり、第1および第2の実施形態では、多重極電極21と軸電界電極22がz軸方向で空間的に重なるように配置してイオンガイド20あるいは201を構成している(
図2AおよびB、
図10参照)が、第3の実施形態では、台形状あるいは三角形の平板をなす多重極電極21と台形あるいは三角形をなす軸電界電極22とを側面で貼り合わせて(短辺(頂点)側と長辺(底辺)側を合わせて貼り合わせる)構成したほぼ矩形の平板電極を4枚(上下一対ずつ)用いてイオンガイド202を構成している。あるいは、両者を貼り合わせなくても、互いの側面を対向させて配置し見かけ上ほぼ矩形の平板電極を4枚(上下一対ずつ)用いてイオンガイド202を構成してもよい。
【0046】
図11を参照すると、イオンガイド202において、多重極電極21のx方向の長さ(x方向の電極幅)は、イオンガイド202の入口11Aで長く、出口11Bで短くなっている。また、軸電界電極22のx方向の長さ(x方向の電極幅)は、イオンガイド202の入口11Aで短く、出口11Bで長くなっている。このような電極構成により、軸電界が形成される。
【0047】
第3の実施形態によるイオンガイド202によれば、多重極電極21と軸電界電極22が同一平面(xz平面)に存在するため、第1の実施形態によるイオンガイド20と比べてy軸方向の電極間の間隔が広くなる。このため、入射した帯電液滴と中性夾雑物がより電極にぶつかりにくく、イオンガイド202は汚染に強いという特徴を有する。一方、中心軸23に沿った擬ポテンシャルの深さは一定であり、イオンを収束する効率は比較的低くなる(第1の実施形態との比較)。
【0048】
(4)第4の実施形態
図12は、第4の実施形態によるイオンガイド203の構成例を示す図である。イオンガイド203は、軸電界電極22のr軸方向(xz平面)の幅が一定、多重極電極21のr軸方向(xz平面)の幅がイオンガイド中心軸上の位置に応じて変化するように構成される。
【0049】
多重極電極21がイオンガイド203の中心軸23上に形成する電位は、イオンガイド203の中心軸23上から見える多重極電極21の面積に依存する。このため、イオンガイド203の中心軸23上に多重極電極21と軸電界電極22との電位差に応じた軸電界が形成される。
【0050】
(5)第5の実施形態
図13は、第5の実施形態によるイオンガイド204の構成例を示す図である。イオンガイド204は、第1の実施形態によるイオンガイド20の構成要素に加えて、軸電界電極22よりも中心軸23に近い位置に第2多重極電極(追加の多重極電極)を備えている。第1多重極電極22と第2多重極電極28には同じ電圧が印加される。
【0051】
イオンガイド204は、第1の実施形態によるイオンガイド20と比べて、構成が、多少複雑であるが、イオンガイド204の入口13AのDCポテンシャルがより高次の多重極に近づく。このため、イオンガイド204には、透過するイオンのm/z範囲が第1の実施形態によるイオンガイド20よりの広くなるという利点がある。
【0052】
(6)実施形態のまとめ
各実施形態の特徴は、まとめて表現すると、本開示によるイオンガイドにおいて、多重極電極21あるいは軸電界電極22の少なくとも一方のイオンガイド(20、および201から204)の中心軸に垂直な断面積が当該イオンガイドの入口(1A、10A、11A、12A、13A)から出口(1B、10B、11B、12B、13B)に掛けて変化することにある。
【0053】
(i)第1の実施形態によれば、軸電界電極22のイオンガイドの中心軸23に垂直な断面積がイオンガイド20の入口1Aから出口1Bに掛けて変化する(大きくなっている)。これにより、イオンガイド出口1Bに近づくほど擬ポテンシャルが深くなるファネル状のポテンシャルとすることができ、効率的にイオンの分布を収束させることができる。また、
図2Cに示すように、多重極電極21および軸電界電極22はそれぞれ2対ずつの板状電極として設置される。さらに、多重極電極および軸電界電極の形状は共に入口から出口に掛けて円弧状をなしている(湾曲電極)。具体的には、入口1Aはxy平面、出口1Bはyz平面に存在するため、帯電液滴や中性夾雑物はイオンガイド20の入口1Aからz軸方向に直進してイオンガイド20から排除され、イオンのみがイオンガイド20を通過する。これによりノイズを低減することができる。そして、イオンガイド電源300により、多重極電極21には同位相かつ同振幅のRF電圧が印加され、多重極電極21と軸電界電極22との間に電位差が生じるように異なるDC電圧が印加される。このように電圧を印加することで電極間の間隔が狭い多重極電極21と軸電界電極22との間にはRF電圧の電位差が発生せず、放電を防ぐことができる。
【0054】
さらに、
図6から分かるように、イオンガイド20の中心軸23沿いに湾曲中心からの角度θにほぼ比例してポテンシャルが減少する。この中心軸23上のポテンシャルによりイオンを常に一定加速度で加速することができる。一方、イオンガイド20の出口1Bは多重極電極が軸電界電極で覆われるため、yr平面のDCポテンシャルはほぼ均一になる。このため、DCポテンシャルによってイオンの空間分布で広がることがなく、イオンの空間分布を収束させることができる。以上のようにして、イオンガイド20を用いることにより、広いm/z範囲のイオンを透過させることができる。
【0055】
(ii)第2の実施形態によれば、第1の実施形態と同様に、軸電界電極22のイオンガイドの中心軸23に垂直な断面積がイオンガイド201の入口10Aから出口10Bに掛けて大きくなっており、多重極電極21および軸電界電極22の形状は共に直線状をなしている。第2の実施形態によるイオンガイド201を用いても、第1の実施形態と同様の技術的効果を期待することができる(電圧印加については第1の実施形態と同様)。
【0056】
(iii)第3の実施形態によれば、板状の軸電界電極22は中心軸23に垂直な断面積が入口11Aから出口11Bに掛けて大きくなるように構成され、かつ、板状の多重極電極21は同断面積が入口11Aから出口11Bに掛けて小さくなるように構成される(
図11参照)。そして、軸電界電極22および多重極電極21は、それぞれの側面同士が対向するように同一平面上に配置される(側面で貼り付けられる、あるいは同一平面(xz平面)内で並列配置される)。このようにしても、第1の実施形態と同様の技術的効果を期待することができる電圧印加については第1の実施形態と同様)。
【0057】
(iv)第4の実施形態によれば、軸電界電極22は、イオンガイドの中心軸23に垂直な断面積が入口12Aから出口12Bに掛けて同一となるように構成され、多重極電極21は、同断面積が入口12Aから出口12Bに掛けて大きくなるように構成される(
図12参照)。このように、多重極電極21を軸電界電極22よりも相対的に大きく構成(多重極電極21が軸電界電極22を覆うように構成)することにより、第1の実施形態と同様の技術的効果を期待することができる(電圧印加については第1の実施形態と同様)。
【0058】
(v)第5の実施形態によれば、多重極電極21よりも中心軸23に近い位置に配置された軸電界電極22のイオンガイドの中心軸23に垂直な断面積がイオンガイド20の入口1Aから出口1Bに掛けて大きくなり、多重極電極21は軸電界電極22を覆うように配置される(ここまでの構成は第1の実施形態と同一)。さらに、追加の多重極電極28が軸電界電極22よりも中心軸23に近い位置に設けられる。これにより、透過するイオンのm/z範囲をさらに広くすることが可能となる。
【0059】
(vi)なお、上記各実施形態の説明は単なる例示であり、本開示の技術を限定するものではなく、様々な変形例が考えられる。各実施形態の記述は本開示の技術を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0060】
20、201、202、203、204 イオンガイド
21 多重極電極
22 軸電界電極
23 イオンガイドの中心軸
28 第2多重極電極(追加の多重極電極)
29 イオンガイドの中心軸の円弧中心
101 イオン源
102 第1差動排気部
103 第2差動排気部
104 質量分析室
111、112、113 細孔
121 イオンガイド(イオン輸送用)
125 質量フィルタ
126 コリジョンセル
131、132、133 真空ポンプ
300 イオンガイド電源
301 軸電界電極DC電源
302 多重極電極DC電源
303 RF電源