(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024030202
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】試料加熱ホルダーとその使用方法
(51)【国際特許分類】
H05B 3/62 20060101AFI20240229BHJP
G01N 1/28 20060101ALI20240229BHJP
H05B 3/03 20060101ALI20240229BHJP
H05B 3/12 20060101ALI20240229BHJP
H05B 3/10 20060101ALI20240229BHJP
C22C 27/04 20060101ALN20240229BHJP
【FI】
H05B3/62
G01N1/28 W
H05B3/03
H05B3/12 A
H05B3/10 A
C22C27/04 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022132855
(22)【出願日】2022-08-23
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2.3年 文部科学省 エネルギー対策特別会計委託事業、原子力システム研究開発事業 課題名:人工知能(AI)技術を取り入れた核燃料開発研究の加速 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(71)【出願人】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(71)【出願人】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】小無 健司
(72)【発明者】
【氏名】有田 裕二
(72)【発明者】
【氏名】矢板 毅
(72)【発明者】
【氏名】森本 恭一
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 博道
【テーマコード(参考)】
2G052
3K092
【Fターム(参考)】
2G052AA38
2G052AD32
2G052AD52
2G052DA33
2G052JA04
3K092PP20
3K092QB02
3K092QB08
3K092QC02
3K092QC24
3K092QC38
3K092RA07
3K092RA10
3K092VV02
3K092VV16
(57)【要約】
【課題】試料に対するX線透過方向のアライメントを容易にし、また、X線透過方向以外の方向から試料を保持するとともに、試料の効率的な加熱を可能とする試料加熱ホルダーを提供する。
【解決手段】本発明の試料加熱ホルダー100は、主面101aに平行な第一の方向D
1に一端101bと他端101cを有する導体板101と、導体板101に接続された第一の電極102および第二の電極103と、を備え、導体板101は、一端101b内側に、第一の方向D
1に延在し、他端101cに到達せず、かつ主面101aと垂直な第二の方向D
2に貫通したスリット104を有し、第一の電極102、第二の電極103は、導体板101のうち、スリット104により分割された一端101b側の一方101d、他方101eにそれぞれ接続され、スリット幅104bは1~1000μmである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
主面に平行な第一の方向に一端と他端を有する導体板と、
前記導体板に接続された第一の電極および第二の電極と、を備え、
前記導体板は、前記一端内側に、前記第一の方向に延在し、前記他端に到達せず、かつ前記主面と垂直な第二の方向に貫通したスリットを有し、
前記第一の電極、前記第二の電極は、前記導体板のうち、前記スリットにより分割された前記一端側の一方、他方にそれぞれ接続され、
前記スリット幅は20μm以上、500μm以下である、ことを特徴とする試料加熱ホルダー。
【請求項2】
前記第二の方向からの平面視において、前記他端は、前記一端から遠ざかる方向に凸の曲線で構成されることを特徴とする請求項1に記載の試料加熱ホルダー。
【請求項3】
前記第一の方向における前記スリットの長さが、20mm以上、50mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の試料加熱ホルダー。
【請求項4】
前記導体板は、タングステン、レニウム、タンタル、モリブデン、ジルコニウム、白金、ロジウム、ハフニウム、炭素のうち、少なくとも一つを含む材料からなる、請求項1に記載の試料加熱ホルダー。
【請求項5】
前記導体板の主面は、
前記スリットを挟み、前記一端側から前記他端側に向かって延在する二つの直線部と、
前記他端側において、二つの前記直線部を連結する曲線部と、で構成されるU字形状を有する、ことを特徴とする請求項1に記載の試料加熱ホルダー。
【請求項6】
300K以上、3000K以下の温度範囲において、前記導体板の前記第一の方向の熱膨張量が、前記スリット内に装填する試料の前記第一の方向における長さの半分以下である、ことを特徴とする請求項1に記載の試料加熱ホルダー。
【請求項7】
前記スリット幅が、前記導体板の厚みの60%以下である、ことを特徴とする請求項1に記載の試料加熱ホルダー。
【請求項8】
前記スリット幅が、20μm以上、200μm以下である、ことを特徴とする請求項1に記載の試料加熱ホルダー。
【請求項9】
熱電対をさらに備え、
前記導体板の一方の主面において、前記曲線部に前記熱電対の一端が溶接され、
前記導体板の他方の主面において、前記曲線部に前記熱電対の他端が溶接される、ことを特徴とする請求項1に記載の試料加熱ホルダー。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の試料加熱ホルダーの使用方法であって、
前記スリットに、有機溶媒に混ぜ込んだ試料を塗布する工程と、
塗布後の前記試料を1000K以上に加熱する工程と、を有することを特徴とする試料加熱ホルダーの使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料加熱ホルダーとその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
核燃料の高温での振る舞いに関心が集まっているが、核燃料の融点は非常に高く、高温域での試料の保持が難しいため、その実験手法が確立されていない。高温域の影響を回避する手法として、試料を直接保持せず、ガス浮遊させた状態で、レーザー照射により溶融させる手法が開示されている(非特許文献1)。しかしながら、試料をガス浮遊させるためには、試料の厚みが2~3mmであることが求められるため、この手法では、試料にX線を透過させるXAFS(X-ray Absorption Fine Structure)測定を行うことは難しい。一方、金属製の試料加熱ホルダーを抵抗加熱することで、ホルダー内で2000Kに加熱されたUO2のXAFS測定が開示されているが、こちらも試料ホルダーの形状のため透過XAFSは実施できずに蛍光XAFSに限定している(非特許文献2)。
【0003】
金属製の試料加熱ホルダーを抵抗加熱することで、ホルダー内に装填した試料の高温における透過XAFSを測定する試みは、過去に何例か報告されているが(非特許文献3、4)、約2000Kが到達最高温度である。BN等のX線をある程度透過する試料ホルダーに、試料を封入して加熱炉で加熱し、高温での透過XAFSを測定する試みも過去に報告されているが(非特許文献5~7)、2000K超の温度での測定は困難である他、ホルダーによるX線の吸収がXAFS測定に悪影響を与える問題がある。
【0004】
原子力工学関連の開発に関係して、温度2000K超の高温融体のXAFS測定のニーズは増加しているが、試料の温度を抵抗加熱法を用いて2000Kより高くする場合、次のような課題が生じる。すなわち、高温加熱に伴う試料ホルダーの熱膨張、熱歪みが大きくなり、試料に対するX線透過方向のアライメント維持が難しくなる。また、X線を透過させる方向には高温で液体状態になった試料を保持する部材を配置できず、液体状態の試料を、この方向に漏れ出さないように保持することが難しい。また、高温加熱に伴う試料の汚染、蒸発減量、試料周囲(カプトン窓等)の熱輻射による損壊を避けるため、試料の効率的な加熱が必要となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Skinner. L. B. et. al. ‘Molten Uranium Dioxide Structure and Dynamics’, Science 2014, 346 (6212), 984-987
【非特許文献2】Damien Prieur et. al. ‘Peculiar Thermal Behavior of UO2 Local Structure’ Inorg. Chem. 2018, 57, 14890-14894
【非特許文献3】F. Farges et. al. ‘A new device for XAFS data collection up to 2000 K (or 3700 K under vacuum)’ Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 101 (1995) 493-498
【非特許文献4】Pengfei An et. al. ‘A facile heating cell for in situ transmittance and fluorescence X-ray absorption spectroscopy investigations’ J. Synchrotron Rad. (2014). 21, 165-169
【非特許文献5】Anna L. Smith et. al. ‘In situ high-temperature EXAFS measurements on radioactive and air-sensitive molten salt materials’ J. Synchrotron Rad. (2019). 26, 124-136
【非特許文献6】Y. Okamoto et. al. ‘High-temperature XAFS measurement of molten salt systems’ Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 487 (2002) 605-611
【非特許文献7】岡本芳浩 他 「廃棄物低減を目指すガラス固化技術高度化のための放射光利用」 放射光 July 2018 Vol.31 No.4 274-280
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、高温に加熱された試料のX線透過方向のアライメントを容易にし(アライメント維持性を向上させ)、また、X線透過方向以外の方向から試料を保持するとともに、試料の効率的な加熱を可能とする試料加熱ホルダーと、その使用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明は以下の手段を採用している。
【0008】
(1)本発明の一態様に係る試料加熱ホルダーは、主面に平行な第一の方向に一端と他端を有する導体板と、前記導体板に接続された第一の電極および第二の電極と、を備え、前記導体板は、前記一端内側に、前記第一の方向に延在し、前記他端に到達せず、かつ前記主面と垂直な第二の方向に貫通したスリットを有し、前記第一の電極、前記第二の電極は、前記導体板のうち、前記スリットにより分割された前記一端側の一方、他方にそれぞれ接続され、前記スリット幅は20μm以上、500μm以下である。
【0009】
(2)上記(1)に記載の試料加熱ホルダーにおいて、前記第二の方向からの平面視において、前記他端は、前記一端から遠ざかる方向に凸の曲線で構成されることが好ましい。
【0010】
(3)上記(1)に記載の試料加熱ホルダーにおいて、前記第一の方向における前記スリットの長さが、20mm以上、50mm以下であることが好ましい。
【0011】
(4)上記(1)に記載の試料加熱ホルダーにおいて、前記導体板は、タングステン、レニウム、タンタル、モリブデン、ジルコニウム、白金、ロジウム、ハフニウム、炭素のうち、少なくとも一つを含む材料からなることが好ましい。
【0012】
(5)上記(1)に記載の試料加熱ホルダーにおいて、前記導体板の主面は、前記スリットを挟み、前記一端側から前記他端側に向かって延在する二つの直線部と、前記他端側において、二つの前記直線部を連結する曲線部と、で構成されるU字形状を有してもよい。
【0013】
(6)上記(1)に記載の試料加熱ホルダーにおいて、300K以上、3000K以下の温度範囲において、前記導体板の前記第一の方向の熱膨張量が、前記スリット内に装填する試料の前記第一の方向における長さの半分以下であることが好ましい。
【0014】
(7)上記(1)に記載の試料加熱ホルダーにおいて、前記スリット幅が、前記導体板の厚みの60%以下である、ことが好ましい。
【0015】
(8)上記(1)に記載の試料加熱ホルダーにおいて、前記スリット幅が、20μm以上、200μm以下である、ことが好ましい。
【0016】
(9)上記(1)に記載の試料加熱ホルダーにおいて、熱電対をさらに備え、前記導体板の一方の主面において、前記曲線部に前記熱電対の一端が溶接され、前記導体板の他方の主面において、前記曲線部に前記熱電対の他端が溶接されてもよい。
【0017】
(10)本発明の一態様に係る試料加熱ホルダーの使用方法は、上記(1)~(9)のいずれか一つに記載の試料加熱ホルダーの使用方法であって、前記スリットに、有機溶媒に混ぜ込んだ試料を塗布する工程と、塗布後の前記試料を1000K以上に加熱する工程と、を有する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、試料に対するX線透過方向のアライメントを容易にし、また、X線透過方向以外の方向から試料を保持するとともに、試料の効率的な加熱を可能とする試料加熱ホルダーと、その使用方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】(a)、(b)本発明の一実施形態に係る試料加熱ホルダーの平面図、断面図である。
【
図2】実施例1の試料加熱ホルダーにおいて、試料を溶融させる前の電子顕微鏡写真である。
【
図3】実施例1の試料加熱ホルダーにおいて、試料を溶融させた後の電子顕微鏡写真である。
【
図4】溶融後の試料について、XAFS測定で得られたスペクトルを示すグラフである。
【
図5】実施例2の試料加熱ホルダーにおいて、表面の輝度温度および真温度の時間変化を示すグラフである。
【
図6】実施例2の試料加熱ホルダーにおいて、表面の輝度温度と真温度の関係を示すグラフである。
【
図7】実施例3の試料加熱ホルダーにおいて、表面の輝度温度と真温度の関係を示すグラフである。
【
図8】(a)、(b)実施例4の試料加熱ホルダーにおいて、導体板の一方の面、他方の面の拡大画像である。
【
図9】実施例4の試料加熱ホルダーにおいて、表面とスリット内の温度差の表面温度依存性を示すグラフである。
【
図10】実施例5の試料加熱ホルダーにおいて、導体板の一方の面の拡大画像である。
【
図11】実施例6の試料加熱ホルダーにおいて、表面とスリット内の温度差の表面温度依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を適用した実施形態に係る試料加熱ホルダーとその使用方法について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴を分かりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0021】
<試料加熱ホルダー>
図1(a)は、本発明の一実施形態に係る試料加熱ホルダー(試料加熱セル)100の平面図である。試料加熱ホルダー100は、主に、導体板101と、第一の電極102と、第二の電極103と、を備える。
図1(b)は、
図1(a)の試料加熱ホルダー100を、A-A線を含む平面で切断した場合の断面図である。
【0022】
導体板101は、その主面101aに平行な第一の方向D1に、一端101bと他端101cとを有する。また、導体板101は、一端101bから内側に、第一の方向D1に沿って延在し、他端101cには到達せず、かつ主面101aと垂直な第二の方向(厚み方向)D2に貫通するスリット104を有する。導体板の厚み101tは、X線の透過率、加熱ホルダーとしての強度等の観点から、0.2mm以上、1.0mm以下であることが好ましく、0.2mm以上、0.7mm以下であることがより好ましく、0.3mm以上、0.5mmであればさらに好ましい。
【0023】
スリット104の延在方向(第一の方向D1)の長さ104aは、20mm以上、50mm以下であれば好ましく、20mm以上、30mm以下であればより好ましい。
【0024】
第一の方向D1と第二の方向D2に垂直な第三の方向D3において、スリットの幅104bは、濡れ性によって液体状態の試料をスリット104内に保持できる程度であり、かつスリット104内を黒体炉の状態に近づける程度であるとする。濡れ性による試料のスリットへの密着は、スリットの幅104bを20μm以上、200μm以下とすれば実現することができる。スリット104内を黒体炉の状態に近づけるスリット幅104bは、例えば導体板の厚み101tに対する比率(スリット幅104b/厚み101t)を60%以下とすることで実現することができる。具体的には、スリット幅104bを、20μm以上、500μm以下とすればよく、50μm以上、300μm以下とすれば好ましい。当該比率を小さくするほど、スリット104の内壁面からの熱輻射が、スリット104の外部に散逸しにくくなるため、スリット104内を黒体炉の状態に近づけることができる。
【0025】
スリット104の延在方向における端部、すなわちスリットの先端104cの形状については、限定されるものではないが、加工上の都合により、丸みを帯びたものとなることが多い。導体板の他端101cとスリットの先端104cとの間には、2mm以上、5mm以下の間隔(距離)があることが好ましい。
【0026】
導体板101の主面の形状については、限定されることはないが、第一電極102と第二電極103の間に電流が流れやすい形状、すなわちスリット104の外周に沿った形状であることが好ましく、例えば
図1(a)に示すようなU字形状が挙げられる。導体板の主面101aは、スリット104を挟み、導体板の一端101b側から他端101c側に向かって延在する二つの直線部101A、101Bと、他端101c側において、二つの直線部101A、101Bを連結する一つの曲線部101Gと、で構成される。
【0027】
直線部101A、101Bは、スリット104を挟み、スリット104と平行に延在する。直線部101A、101Bの長さ101fは、スリットの長さ104aと略等しい。スリット104内を黒体炉の状態に近づけ、加熱効率を向上させる観点から、スリットの幅104bと導体板の厚み101bの比(104b/101t)は、0.6以下であることが好ましい。
【0028】
曲線部101Gは、導体板の他端101c側において、二つの直線部101A、101Bを連結し、スリットの先端104cを覆う。第二の方向からの平面視において、導体板の他端101cは、一端101bから遠ざかる方向に凸の曲線で構成される。この曲線の曲率半径は、直線部の幅101wおよびスリットの幅104bに応じて決められるが、例えば、2mm以上5mm以下とすることができる。例えば、長さ101fが20mmである場合、曲率半径は2mmであることが好ましく、長さ101fが50mmである場合、曲率半径は5mmであることが好ましい。
【0029】
導体板101は、例えばワイヤー放電加工により、金属の薄板から、スリット部分と外周部分を切り外すことによって得られる。導体板101を構成する金属材料としては、融点が2000K以上、好ましくは3000K以上であり、かつ試料と反応しないものであればよく、例えば、タングステン(W)、レニウム(Re)、タンタル(Ta)、モリブデン(Mo)、ジルコニウム(Zr)、白金(Pt)、ロジウム(Rh)、ハフニウム(Hf)、炭素(C)等の高融点金属もしくは炭素材料、あるいはそれらのいずれかを含む合金(例えば、95%Wと5%Reの合金等)のうち、少なくとも一つを含むものが挙げられる。これらのうち、温度測定の観点からは、95%Wと5%Reの合金、74%Wと26%Reの合金が、特に好ましい。
【0030】
導体板101の一端101b側は、スリット104によって分割される。分割された一端側101bの一方101dに第一の電極102が接続され、他方101eに第二の電極103が接続される。
【0031】
試料加熱ホルダー100を加熱した場合、スリット内の温度は、導体板の外表面の温度に比べて高くなる。試料の溶融状態を把握する上で、スリット内の温度を正確に評価することが求められる。例えば、本実施形態において熱電対をさらに備え、導体板101の一方の主面において、曲線部101Gに当該熱電対の一端が溶接され、かつ導体板101の他方の主面において、曲線部101Gに当該熱電対の他端が溶接されていれば、この評価が可能となる。
【0032】
試料加熱ホルダー100の材質を、熱電対の構成が可能な2種類の金属のどちらかとし、前記熱電対を構成する2種類の金属の細線を、前記導体の前記直線部分のスリット先端湾曲部近傍のU字型を見込める発熱体の表と裏面に個別に溶接し、最も高温になるスリット先端内面の温度を測定するか、スリット内に熱電対を溶接することにより、スリット内の温度の正確な評価が可能になると考えられる。
【0033】
<試料加熱ホルダーの使用方法>
上述した試料加熱ホルダー100の使用方法、すなわち、試料加熱ホルダー100を用いた試料の加熱は、主に次の三つの工程(第一工程、第二工程、第三工程)を有する。
【0034】
(第一工程)
スリット104内の先端104c付近に、試料Sを充填する。充填する試料Sの形状は、スリット104に入る形状であればよく、例えば、板状の部材、あるいは粉末であってもよい。試料Sが粉末である場合には、エタノール、イソプロピルアルコール等の有機溶剤に、この粉末を混ぜ込んだものを、スリット104に塗布(充填)する。
【0035】
(第二工程)
充填後の試料Sを真空下(あるいは真空下に近い減圧下)で加熱し、試料Sの表面の水分等の蒸発成分を除去する。試料Sが粉末である場合、1000K以上、好ましくは1300K程度まで加熱することにより、試料Sと導体板101(スリット104)との密着性を良くすることができる。
【0036】
(第三工程)
試料Sの充填後、一般的な直流電源を用いた通電加熱法等により、試料Sを1000K以上で加熱する。具体的には、
図1(a)に示すように、第一の電極102が高電位となり、第二の電極103が低電位となるように電源を接続し、第一の電極102から第二の電極103に向けて、スリットの周囲に沿って電流を流す。この時の電流経路は、スリット104を挟んで第一の電極102と第二の電極103とを結ぶ最短の経路になるように選択される。その結果として、電流経路がスリットの先端104c付近に集中するため、スリットの先端104c付近が局所的に高温で加熱され、そこに接している試料Sも同様に加熱される。反対に、スリットの先端104c付近以外には電流経路が集中しないため、高温になることがなく、熱によるダメージが少なくなっている。
【0037】
導体板101は、第一の電極102、第二の電極103により、一端側だけが固定されている状態であるため、他端側の変位による熱膨張が可能となっている。より詳細には、300K以上、3000K以下の温度範囲において、導体板101の第一の方向D1の熱膨張量が、スリット104内に装填(充填)する試料Sの第一の方向D1における長さの半分以下(例えば5mm以下)であると、高温での測定の際に求められる光学アライメントの維持に関して好ましい。したがって、電流方向(ここでは第一の方向D1)における導体板101の熱膨張が拘束されないため、厚み方向(第二の方向D2)のスリット104の形状の歪みを防ぐことができる。
【0038】
以上のように、本実施形態の試料加熱ホルダー100によれば、スリットの先端104cに電流が集中して流れること、および、スリット104内が黒体炉に近い状態になることにより、スリットの先端104cを高温で効率的に加熱することができるため、熱による導体板101のダメージを抑えた上で、XAFS測定を行う試料Sの溶融状態を実現することができる。また、本実施形態の試料加熱ホルダー100では、熱膨張によるスリット104の貫通方向の形状の歪みを防ぐことができるため、試料Sに照射したX線を、この貫通方向に透過させることが可能となり、XAFS測定を行うことができる。また、本実施形態の試料加熱ホルダー100では、スリット幅が20μm以上、500μm以下に抑えられているため、濡れ性を利用して、液体状態の試料Sをスリット104内に保持させることができる。
【実施例0039】
以下、実施例により、本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0040】
(実施例1)
上記実施形態の試料加熱ホルダーを作製した。導体板については、Wの薄板から切り出し、各部が次の寸法になるように作製した。スリットは、導体板の一端から他端に向けて、太さ50μmのワイヤーを用いて形成した。
導体板の厚み(101t):0.5mm
直線部の長さ(101g):23mm
直線部の幅(101w):3.47mm
曲線部の曲率半径(R):3.5mm
スリットの幅104b:0.06mm
【0041】
直径約40μmのZrO2粉体を分散させたエタノール溶液を、試料加熱ホルダーのスリット(幅0.06mm、深さ0.5mm)に塗布した。その後、アルゴン雰囲気中で1300Kに加熱して、X線が透過可能な低密度のZrO2の焼結体試料をスリット内に形成した。
【0042】
図2、3は、高温XAFS測定を行う前後でのスリット104内の焼結体試料Sの電子顕微鏡写真である。測定前の試料S
1と比較すると、測定後の試料S
2は、粒子の形状が丸みを帯びて融合しており、明らかに溶融していることが確認できる。
【0043】
試料加熱ホルダー(導体板)の表面の輝度温度を放射温度計で測定しながら、手動で所定の電流を印可し、輝度温度が一定になったことを確認してから、XAFS測定を行った。
さらに、印可する電流値(電力)を変えて、同じ手順で測定を繰り返した。
【0044】
図4は、測定によって得られたスペクトルを比較するグラフである。各スペクトルの比較から、加熱電力を203Wとしたときに酸素の移動が開始し、420Wを越えると試料(ZrO
2)の溶融が開始すると判断できる。いずれのスペクトルからも、吸収率が同じエネルギー値のときにピークを示し、さらに高いエネルギー領域で振動する様子が見られていることから、溶融したZrO
2に対し、XAFS測定が正しく行われていることが分かる。
【0045】
(実験例1)
実施例1と同様に、試料加熱ホルダーを作製し、スリット内に試料を形成し、加熱を行った。加熱は、高速多段階パルス通電加熱装置を用いて行った。加熱開始から3秒間に、室温から3000Kの温度範囲で15点の指定した各目標温度で約0.2秒保持する実験を3回行った。
【0046】
実験では、高速放射温度計(Luma Sense Technologies社、型式IGA 740)を用いて、試料加熱ホルダーの表面の輝度温度を10μs毎に測定し、試料加熱ホルダーに流す電流値をフィードバック制御して階段状の温度保持を行った。そして、試料加熱ホルダー表面の真温度は、試料加熱ホルダー表面に溶接した、線径約0.08mmのC型熱電対(正脚:W-5%Re合金、負脚:W-26%合金)で測定した。
【0047】
図5は、その測定によって得られた輝度温度と真温度の時間変化を示すグラフである。
図6は、輝度温度に対する真温度の変化を示すグラフである。
図5において、真温度のグラフが断続的になっているのは、各目標温度での約0.2秒の保持時間の最終0.02秒間のみ、加熱電流を切断して熱電対起電力を測定したためである。
【0048】
図6の3回目の実験結果は、最高到達温度近傍で極大値を示すが、この原因は、試料加熱ホルダーがこの時点で溶断したためである。3回の加熱試験後、試料加熱ホルダー内のZrO
2試料の組織観察を行い、試料が溶融したことを確認した。この結果、試料加熱ホルダーの外側表面温度は融点に到達していないにもかかわらず、試料を装填したスリット内(約60μm幅の隙間)の温度はZrO
2の融点である2988K以上に加熱されたことが分かる。二回目の加熱試験結果が示す輝度温度約1700Kにある変曲点(温度約2640K)は、ZrO
2の試料が溶融したことに対応しており、スリット内の温度は、試料加熱ホルダーの外表面温度より300K以上高温になったことが分かる。また、加熱試験後のZrO
2の試料は、溶融したにも関わらず、溶け落ちることはなく、ほぼ完全にスリット内に装填されたままであった。
【0049】
(実験例2)
厚さが約0.2mmのW-Re合金(W:95%、Re:5%)の導体板を用い、実験例1と同様に、試料加熱ホルダーを作製し、スリット内に試料を装填し、多段階パルス通電加熱を3回行った。
図7は、得られた輝度温度に対する真温度の測定結果を示すグラフである。ここでは、実験例1と異なり、溶接した熱電対の正脚と同じ素材の板でホルダーが作製されているため、スリット先端内面の温度を直接測定することができる。
【0050】
実験例1と同様に1回目と2回目の測定結果は良い一致を示し、3回目の測定結果は大きく上方に変位した。2回目と3回目の測定結果を比較すると、輝度温度1700Kを境にして変位が大きくなり、試験後の組織観察からZrO2が溶融したことが確認できた。したがって、Wと同様に合金製の試料加熱ホルダーでも輝度温度約1700K(真温度は約2600K)においてZrO2の溶融(融点2988K)が始まったと考えられ、やはりスリット内は、試料加熱ホルダーの外表面よりも300K以上高い温度になることが確認できる。
【0051】
(実験例3)
厚さが約0.5mmのW-Re合金(W:95%、Re:5%)の導体板を用い、実験例1と同様に、試料加熱ホルダーを作製した。この試料加熱ホルダーに対し、表面温度検出用の熱電対と、スリット内の温度検出用の二脚のC型熱電対を溶接した。具体的には、導体板の一方の主面において、スリットから離間した位置に表面温度検出用の熱電対を溶接し、スリット近傍にスリット内温度検出用のC型熱電対の正脚を溶接し、導体板の他方の主面において、スリット近傍にC型熱電対の他の負脚を溶接した。
図8(a)、(b)は、熱電対を溶接した導体板の一方の主面、他方の主面の写真である。
【0052】
熱電対の線径はスリット幅より太い約0.08mmであり、直接スリット内に熱電対を挿入することはできないため、スリット先端近傍の表と裏に熱電対の正負脚を別々に溶接した。C型熱電対の正脚の材質はホルダーと同一であるため、試料加熱ホルダーのスリット近傍の表と裏に正負脚を別々に溶接することで、熱電対の回路内にスリット内壁面が含まれ、その部分の温度、すなわちスリット内の温度を検出することができる。このような構成でスリットに試料を装填せずに、試料加熱ホルダー単体について直接通電加熱試験を行い、外表面とスリット内の温度差を測定した。
【0053】
図9は、測定結果を示すグラフである。
図9から、表面温度が2000Kを超えるとスリット内と表面の温度差は急激に上昇し、表面温度が約2650Kでは、スリット内の温度は500K以上も高い3100K超の高温になることが分かる。このように、スリット内の温度が、表面と比較して急上昇する現象は、表面と異なり、スリット内の熱輻射は散逸しにくく、熱輻射の強度が温度の4乗で増加することに対応していると考えられる。このことは、当該試料加熱ホルダーによって、スリット内の試料を選択的に加熱できることを示す。
【0054】
(実験例4)
スリット幅を0.3mmとし、それ以外は実験例1と同様にして試料加熱ホルダーを作製し、表面温度検出用の熱電対と、スリット内温度検出用の熱電対を溶接し、実験例3と同様に通電加熱試験を行った。スリット幅が大きいため、スリット内温度検出用の熱電対をスリット内に溶接した。また、表面温度検出用の熱電対は、スリット先端から約1.9mm電極側に寄った場所に溶接した。このような状態の試料加熱ホルダーに対して、多段階高速パルス通電加熱試験を3回実施した。
図10は、熱電対を溶接した導体板の主面の写真である。
【0055】
図11は、3回目の試験で得られたスリット内と表面との温度差を、表面温度に対してプロットしたものである。最高到達温度近傍において、スリット先端に溶接した熱電対が外れたため、測定値は異常な変動を示している。しかしながら、1回目と2回目の測定結果及び3回目の最高測定温度以下での結果は、実験例2と同じく温度が上昇するにつれてスリット内は表面より温度が高くなる傾向を確認した。これらの結果から、導体板の厚みに対するスリットの幅の割合が約60%でも、十分にスリット内で熱輻射が封じ込まれてスリット内の試料を集中的に加熱できることが分かる。