(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024030551
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】シリコン単結晶引き上げ用石英ガラスルツボ及びこれを用いたシリコン単結晶の製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/06 20060101AFI20240229BHJP
C03B 20/00 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
C30B29/06 502B
C03B20/00 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022133512
(22)【出願日】2022-08-24
(71)【出願人】
【識別番号】302006854
【氏名又は名称】株式会社SUMCO
(74)【代理人】
【識別番号】100115738
【弁理士】
【氏名又は名称】鷲頭 光宏
(74)【代理人】
【識別番号】100121681
【弁理士】
【氏名又は名称】緒方 和文
(72)【発明者】
【氏名】北原 賢
(72)【発明者】
【氏名】岸 弘史
(72)【発明者】
【氏名】北原 江梨子
(72)【発明者】
【氏名】長谷部 幸太
(72)【発明者】
【氏名】藤原 秀樹
【テーマコード(参考)】
4G014
4G077
【Fターム(参考)】
4G014AH00
4G077AA02
4G077BA04
4G077EG01
4G077HA12
(57)【要約】
【課題】結晶引き上げ工程中の加熱によって内表面に均一且つ薄い結晶層を形成することが可能なシリコン単結晶引き上げ用石英ガラスルツボを提供する。
【解決手段】石英ガラスルツボ1は、シリカガラスからなるルツボ基体10と、ルツボ基体10の内表面10iに形成された結晶化促進剤含有塗布膜13とを備えている。ルツボ基体10の内表面10iから少なくとも0.5mm以下の第1深さ領域に含まれるFeの濃度は、当該第1深さ領域に含まれるAlの濃度よりも高い。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコン単結晶引き上げ用石英ガラスルツボであって、
シリカガラスからなるルツボ基体と、
前記ルツボ基体の内表面に形成された結晶化促進剤含有塗布膜とを備え、
前記内表面から少なくとも0.5mm以下の第1深さ領域に含まれるFeの濃度が、当該第1深さ領域に含まれるAlの濃度よりも高いことを特徴とする石英ガラスルツボ。
【請求項2】
前記第1深さ領域に含まれるCaの濃度が、当該第1深さ領域に含まれるAlの濃度よりも高い、請求項1に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項3】
前記内表面から2mm以下の第2深さ領域に含まれるBの濃度が、前記内表面から2mm以上5mm以下の第3深さ領域に含まれるBの濃度よりも低い、請求項1に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項4】
前記第2深さ領域に含まれるMgの濃度が、前記第3深さ領域に含まれるMgの濃度よりも低い、請求項1に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項5】
前記第2深さ領域に含まれるCrの濃度が、前記第3深さ領域に含まれるCrの濃度よりも低い、請求項1に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項6】
前記結晶化促進剤含有塗布膜中の結晶化促進剤の濃度が1.0×1012~2.6×1015atoms/cm2である、請求項1に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項7】
1580℃で熱処理した場合に前記内表面の深さ方向の結晶化速度に対する面内方向の結晶化速度の比が1.5~400である、請求項1に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項8】
前記熱処理は、室温から1580℃までの昇温時間が2.5時間であり、1580℃の保持時間が10時間であり、前記熱処理中の気圧が20Torrである、請求項7に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項9】
前記熱処理後の前記内表面に広がる結晶化の面内方向の長さが1mm~60mmである、請求項8に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項10】
前記結晶化促進剤含有塗布膜に含まれる結晶化促進剤はBaであり、前記熱処理後に形成される結晶層中のBaの濃度が1ppm未満である、請求項7に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項11】
前記ルツボ基体は、円筒状の側壁部と、底部と、前記側壁部と前記底部との間に設けられたコーナー部とを有し、
前記ルツボ基体の前記内表面のうち、リム上端から下方に少なくとも20mmまでのリム近傍領域は、結晶化促進剤の未塗布領域であり、
前記結晶化促進剤含有塗布膜は、前記未塗布領域を除いた前記内表面の全体に形成されている、請求項1に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれか一項に記載の石英ガラスルツボを用いてシリコン単結晶を引き上げることを特徴とするシリコン単結晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チョクラルスキー法(CZ法)によるシリコン単結晶の引き上げに用いられる石英ガラスルツボ及びその製造方法に関する。また、本発明は、そのような石英ガラスルツボを用いたシリコン単結晶の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイスの基板材料となるシリコン単結晶の多くはCZ法により製造されている。CZ法は、石英ガラスルツボ内で多結晶シリコン原料を融解してシリコン融液を生成し、シリコン融液に種結晶を浸漬し、石英ガラスルツボ及び種結晶を回転させながら種結晶を徐々に引き上げることにより、種結晶の下端に大きな単結晶を成長させる。CZ法によれば大口径シリコン単結晶の歩留まりを高めることが可能である。
【0003】
石英ガラスルツボ(シリカガラスルツボ)はシリコン単結晶の引き上げ工程中にシリコン融液を保持するシリカガラス製の容器である。そのため、石英ガラスルツボにはシリコンの融点以上の高温下で変形せず、長時間の使用に耐えられる高い耐久性が求められる。またシリコン単結晶の不純物汚染を防止するため高純度であることが求められる。
【0004】
シリコン単結晶の引き上げ時にシリコン融液と接する石英ガラスルツボの内表面にはブラウンリングと呼ばれる褐色のリング状のクリストバライトの結晶が成長することが知られている。ブラウンリングがルツボの表面から剥離してシリコン融液中に混入すると、融液対流に乗って固液界面まで運ばれて単結晶中に取り込まれるおそれがあり、クリストバライトの剥離はシリコン単結晶の有転位化の原因となる。そのため、結晶化促進剤によりルツボの内表面を積極的に結晶化させて結晶粒の剥離を防止することが行われている。
【0005】
ルツボの内表面を結晶化させて強化する方法に関し、例えば特許文献1には結晶化促進剤としてカルシウム、ストロンチウム、バリウムを利用して高耐久ルツボを製造する方法が記載されている。特許文献2には、従来よりも効率が改善されたルツボのための失透剤が記載されている。この失透剤は、バリウム、及びタンタル、タングステン、ゲルマニウム、スズ、又はそれらの2つ以上の組み合わせを含むもので、構築中にルツボに溶け込ませ、最終的なルツボの表面に適用され、及び/又は結晶引上げに使用されるシリコン融液に添加される。
【0006】
特許文献3には、向上した無転位性能を有する表面処理ルツボが記載されている。このルツボは、ガラス質シリカの本体の側壁形成物の内表面及び外表面にそれぞれ分布された第一及び第二失透促進剤を含む。第一失透促進剤は、結晶成長の間に半導体材料がルツボ中で溶融するときに、溶融半導体材料と接触するルツボの内表面に、実質的に失透したシリカの第一層が形成されるように分布される。また第二失透促進剤は、結晶成長の間に半導体材料がルツボ中で溶融するときに、ルツボの外表面に、実質的に失透したシリカの第二層が形成されるように分布される。
【0007】
特許文献4には、マルチ引き上げなどの非常に長時間の単結晶引き上げ工程に耐えることができる石英ガラスルツボが記載されている。この石英ガラスルツボは、石英ガラスからなるルツボ基体と、ルツボ基体の内面及び外面にそれぞれ形成された第1及び第2の結晶化促進剤含有塗布膜とを備える。第1及び第2の結晶化促進剤含有塗布膜は高分子を含み、結晶化促進剤は水に不溶なバリウム化合物である。結晶化促進剤の作用により、ルツボ基体の内面及び外面の表層部にはドーム状又は柱状の結晶粒の集合からなる結晶層が形成される。
【0008】
特許文献5には、石英ルツボのサンプルの表面の特定の領域にエッチング液を接触させて表面を溶かした後、エッチング液を回収する工程を複数回繰り返し、回収したエッチング液に含まれる不純物の濃度を測定することにより、ルツボの表面から深さ方向の不純物濃度プロファイルを測定する方法及びこれに用いる測定用治具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2012-211082号公報
【特許文献2】特表2019-509969号公報
【特許文献3】特開平9-110590号公報
【特許文献4】特開2020-200236号公報
【特許文献5】特開2019-066262号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のように、結晶化促進剤を塗布する方法はルツボの内表面を均一に結晶化させる上で有効である。結晶化促進剤を塗布する手法として、刷毛による塗布、スプレーによる塗布などがある。刷毛による塗布方法では面内方向の濃度ムラが生じやすく、塗布領域中に結晶化しない部分が発生しやすい。スプレーによる塗布方法では、霧状にスプレーした結晶化促進剤が飛散して、塗布領域と未塗布領域との境界付近に結晶化しない部分が発生しやすい。シリコン融液との接触によってルツボの内表面は溶損するが、結晶化しないガラス部分の溶融速度は結晶化した部分よりも速いため、引き上げが進行すると、結晶化した部分が残存してガラス面から離脱しやすくなる。ルツボの内表面から離脱した結晶粒がシリコン融液に入り込むと、シリコン単結晶の有転位化を引き起こして単結晶収率に悪影響を及ぼす。
【0011】
結晶化しない部分が残らないようにするためには、結晶化促進剤の濃度を高くして結晶化を促進させる手法が有効である。しかし、結晶化促進剤を高濃度にすると面内方向のみならず深さ方向の結晶化速度も速くなり、結晶層が過剰に厚肉化する。このような厚い結晶層がルツボの内表面に形成されることで、結晶層がより剥がれやすくなるという課題があった。
【0012】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、結晶引き上げ工程中の加熱によって内表面に均一且つ薄い結晶層を形成することが可能な石英ガラスルツボ及びその製造方法を提供することにある。また本発明の目的は、そのような石英ガラスルツボを用いたシリコン単結晶の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願発明者らは、結晶化促進剤を塗布したときのルツボの内表面の結晶化のメカニズムについて鋭意研究を重ねた結果、ルツボの内表面近傍の深さ方向の不純物濃度を特定の範囲とすることで、結晶引上げ時の加熱による内表面の結晶化が深さ方向よりも面内方向に速くなる場合があることを知見し、本発明をなし得たものである。
【0014】
本発明はこのような技術的知見に基づくものであり、本発明によるシリコン単結晶引き上げ用石英ガラスルツボは、シリカガラスからなるルツボ基体と、前記ルツボ基体の内表面に形成された結晶化促進剤含有塗布膜とを備え、前記内表面から少なくとも0.5mm以下の第1深さ領域に含まれるFeの濃度が、当該第1深さ領域に含まれるAlの濃度よりも高いことを特徴とする。このように、本発明による石英ガラスルツボは、ルツボの内表面から少なくとも0.5mmまでの深さ領域に含まれる鉄の濃度が当該深さ領域に含まれるアルミニウムの濃度よりも高いので、内表面の面内方向の結晶化速度を速めることができる。これにより、たとえ内表面に結晶化促進剤の塗布ムラが生じたとしても、最終的にルツボの内表面が均一な結晶面に覆われるため、結晶化した部分の剥離を抑制することができ、ルツボ内のシリコン融液から引き上げられるシリコン単結晶の有転位化を防止することができる。
【0015】
本発明において、前記第1深さ領域に含まれるCaの濃度は、当該第1深さ領域に含まれるAlの濃度よりも高いことが好ましい。カルシウムも鉄と同様に作用し、ルツボの内表面の結晶化が面内方向へ広がりやすくなるので、ルツボの内表面に均一な結晶面を形成することができ、結晶化した部分の剥離を抑制することができる。
【0016】
本発明において、前記内表面から2mm以下の第2深さ領域に含まれる金属元素の濃度は、前記内表面から2mm以上5mm以下の第3深さ領域に含まれる前記金属元素の濃度よりも低く、前記金属元素は、B、Mg又はCrであることが好ましい。ボロン、マグネシウム又はクロムがガラス中に存在すると、その原子周辺のミクロな構造は規則正しく並ぶ結晶構造になる。内表面からある程度の深さまで上記不純物が存在すると、内表面から外表面側に向かう深さ方向の結晶化速度が速くなるので、少ない方が望ましい。しかもルツボの内表面の溶損によるシリコン融液の汚染を防止できる。
【0017】
本発明において、前記結晶化促進剤含有塗布膜中の結晶化促進剤の濃度は1.0×1012~2.6×1015atoms/cm2であることが好ましい。結晶化促進剤の濃度が2.6×1015atoms/cm2よりも高いと、結晶化した粒子がランダムではなく、深さ方向に配向した形で結晶化していくため、深さ方向の結晶化速度が速くなり、その方向に結晶化促進剤を消費(拡散)してしまい、結晶化が面内方向に広がりにくくなる。しかし、結晶化促進剤の濃度が2.6×1015atoms/cm2以下である場合には、深さ方向の結晶化を抑えて面内方向の結晶化を促進させることができる。
【0018】
本発明による石英ガラスルツボを1580℃で熱処理した場合に、前記深さ方向の結晶化速度に対する前記面内方向の結晶化速度の比は1.5~400であることが好ましい。深さ方向の結晶化速度に対する面内方向の結晶化速度の比が1.5よりも小さい場合、結晶層が厚くなりすぎて結晶粒の剥離が生じやすくなる。また深さ方向の結晶化速度に対する面内方向の結晶化速度の比が400よりも大きい場合、結晶層の十分な厚さが得られず、引き上げ時のシリコン融液との反応で結晶層が消失してしまう箇所が発生するおそれがある。深さ方向の結晶化速度に対する面内方向の結晶化速度の比が1.5~400であれば、そのような問題の発生を防止することができる。
【0019】
本発明において、前記熱処理は、室温から1580℃までの昇温時間が2.5時間であり、1580℃の保持時間が10時間であり、前記熱処理中の気圧が20Torrであることが好ましい。このような条件下で熱処理した場合に前記内表面の面内方向の結晶化速度が深さ方向の結晶化速度よりも大きければ、実際の結晶引き上げ中にも面内方向の結晶化が同様に進行するので、ルツボ基体の内表面に薄く且つ均一な結晶層をムラなく形成することができる。
【0020】
本発明において、前記熱処理後の前記内表面に広がる結晶化の面内方向の長さは1~60mmであることが好ましい。結晶化の長さが1mmよりも短い場合、内表面に塗布された結晶化促進剤のムラによって結晶化されない領域が発生する可能性がある。結晶化の長さが60mmよりも長い場合、ルツボ開口部の上端まで結晶化してしまい、過剰な結晶化によって剥離した結晶層がシリコン融液内に落下し有転位化を引き起こすリスクが高くなる。
【0021】
本発明において、前記結晶化促進剤含有塗布膜に含まれる結晶化促進剤はBaであり、前記熱処理後に形成される結晶層中のBaの濃度は1ppm未満であることが好ましい。
【0022】
本発明において、前記ルツボ基体は、円筒状の側壁部と、底部と、前記側壁部と前記底部との間に設けられたコーナー部とを有し、前記ルツボ基体の前記内表面のうち、リム上端から下方に少なくとも20mmまでのリム近傍領域は、結晶化促進剤の未塗布領域であり、前記結晶化促進剤含有塗布膜は、前記未塗布領域を除いた前記内表面の全体に形成されていることが好ましい。
【0023】
また、本発明による石英ガラスルツボの製造方法は、シリカガラスからなるルツボ基体を製造する工程と、前記ルツボ基体の内表面に結晶化促進剤含有塗布膜を形成する工程とを備え、前記ルツボ基体を製造する工程は、回転するモールドの内面に天然石英粉及び合成石英粉を順に投入して原料粉の堆積層を形成する工程と、前記モールドの内側から前記原料粉の堆積層をアーク溶融するアーク工程とを備え、前記アーク工程は、第1加熱工程と、前記第1加熱工程よりも低出力且つ長時間のアーク加熱である第2加熱工程と、前記第2加熱工程よりも低出力且つ前記第1加熱工程よりも長時間のアーク加熱である第3加熱工程を有することを特徴とする。この場合、前記第1加熱工程の出力は、前記第2加熱工程の出力の110%であることが好ましく、前記第3加熱工程の出力は、前記第2加熱工程の出力の55%であることが好ましい。本発明によれば、ルツボ基体の内表面の面内方向の結晶化速度が深さ方向の結晶化速度よりも早い石英ガラスルツボを製造することができる。
【0024】
本発明において、前記アーク工程は、モールドの内側から原料粉の堆積層を真空引きしながらアーク溶融する透明層形成工程と、前記真空引きの停止又は吸引力を低減しながらアーク溶融する気泡層形成工程を含み、前記第1加熱工程は前記透明層形成工程の開始時に開始され、前記透明層形成工程の途中で終了することが好ましい。これにより、ルツボ基体の内表面から0.5mmまでの深さ領域に存在するアルミニウムの濃度を低減することができる。
【0025】
さらにまた、本発明によるシリコン単結晶の製造方法は、上記特徴を有する本発明による石英ガラスルツボを用いてシリコン単結晶を引き上げることを特徴とする。本発明によれば、シリコン単結晶の製造歩留まりを高めることができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、結晶引き上げ工程中の加熱によって内表面に均一且つ薄い結晶層を形成することが可能な石英ガラスルツボ及びその製造方法を提供することができる。また本発明によれば、そのような石英ガラスルツボを用いることで長時間の結晶育成工程を行うことが可能なシリコン単結晶の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】
図1は、本発明の実施の形態による石英ガラスルツボの構成を示す略斜視図である。
【
図2】
図2は、
図1に示した石英ガラスルツボの略側面断面図である。
【
図3】
図3は、ルツボ基体の内表面から深さ方向の金属不純物プロファイルを説明するための模式図である。
【
図4】
図4は、回転モールド法による石英ガラスルツボの製造方法を示す模式図である。
【
図5】
図5は、本実施形態による石英ガラスルツボ1を用いたシリコン単結晶の製造方法を説明するための図であって、単結晶引き上げ装置の構成を示す略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の好ましい実施の形態について詳細に説明する。
【0029】
図1は、本発明の実施の形態による石英ガラスルツボの構成を示す略斜視図である。また
図2は、
図1に示した石英ガラスルツボの略側面断面図である。
【0030】
図1及び
図2に示すように、石英ガラスルツボ1は、シリコン融液を保持するためのシリカガラス製の容器であって、円筒状の側壁部10aと、側壁部10aの下方に設けられた底部10bと、側壁部10aと底部10bとの間に設けられたコーナー部10cとを有している。底部10bは緩やかに湾曲したいわゆる丸底であることが好ましいが、いわゆる平底であってもよい。コーナー部10cは、底部10bよりも大きな曲率を有する部位である。側壁部10aとコーナー部10cとの境界位置並びに底部10bとコーナー部10cとの境界位置は、小さな曲率から大きな曲率に変化し始める位置である。
【0031】
石英ガラスルツボ1の口径(直径)はシリコン融液から引き上げられるシリコン単結晶インゴットの直径によっても異なるが、18インチ(約450mm)以上であり、22インチ(約560mm)以上が好ましく、32インチ(約800mm)以上が特に好ましい。このような大型ルツボは直径300mm以上の大型シリコン単結晶インゴットの引き上げに用いられ、長時間使用しても単結晶の品質に影響を与えないことが求められるからである。
【0032】
ルツボの肉厚はその部位によって多少異なるが、18インチ以上のルツボの側壁部10aの肉厚は6mm以上、22インチ以上のルツボの側壁部10aの肉厚は7mm以上、32インチ以上のルツボの側壁部10aの肉厚は10mm以上であることが好ましい。これにより、多量のシリコン融液を高温下で安定的に保持することができる。ルツボの肉厚はコーナー部10cで最も厚く、側壁部10aや底部10bはコーナー部10cよりも薄いことが好ましい。
【0033】
図2に示すように、石英ガラスルツボ1は、シリカガラスからなるルツボ基体10と、ルツボ基体10の内表面10iに形成された結晶化促進剤含有塗布膜13とを備えている。ルツボ基体10は主に二層構造であって、気泡を含まない透明層11(無気泡層)と、多数の微小な気泡を含む気泡層12(不透明層)とを有し、結晶化促進剤含有塗布膜13は透明層11の内側に設けられている。
【0034】
透明層11は、シリコン融液と接触するルツボ基体10の内表面10iを構成するガラス層であって、シリカガラス中の気泡が原因でシリコン単結晶の歩留まりが低下することを防止するために設けられている。ルツボの内表面10iはシリコン融液と反応して溶損するため、ルツボの内表面近傍の気泡をシリカガラス中に閉じ込めておくことができず、熱膨張によって気泡が破裂してルツボ破片(シリカ破片)が剥離するおそれがある。シリコン融液中に放出されたルツボ破片が融液対流に乗ってシリコン単結晶の成長界面まで運ばれてシリコン単結晶中に取り込まれた場合には、シリコン単結晶の有転位化の原因となる。またシリコン融液中に放出された気泡が浮上して固液界面に到達し、単結晶中に取り込まれた場合には、シリコン単結晶中のピンホールの発生原因となる。
【0035】
透明層11が気泡を含まないとは、気泡が原因で単結晶化率が低下しない程度の気泡含有率及び気泡サイズを有することを意味する。そのような気泡含有率は例えば0.1vol%以下であり、気泡の直径は例えば100μm以下である。
【0036】
透明層11の厚さは0.5~10mmであることが好ましく、結晶引き上げ工程中の溶損によって完全に消失して気泡層12が露出することがないように、ルツボの部位ごとに適切な厚さに設定される。透明層11はルツボの側壁部10aから底部10bまでのルツボ全体に設けられていることが好ましいが、シリコン融液と接触することがないルツボの上端部において透明層11を省略することも可能である。
【0037】
透明層11の気泡含有率及び気泡の直径は、光学的検出手段を用いて非破壊で測定することができる。光学的検出手段は、ルツボに照射した光の透過光又は反射光を受光する受光装置を備える。受光装置には光学レンズ及び撮像素子を含むデジタルカメラを用いることができる。照射光としては、可視光、紫外線及び赤外線のほか、X線もしくはレーザ光などを利用することができる。光学的検出手段による測定結果は画像処理装置に取り込まれ、気泡の直径及び単位体積当たりの気泡含有率が算出される。
【0038】
気泡層12は、透明層11よりも外側に位置するルツボ基体10の主要なガラス層であって、ルツボ内のシリコン融液の保温性を高めると共に、単結晶引き上げ装置のヒーターからの輻射熱を分散させてルツボ内のシリコン融液をできるだけ均一に加熱するために設けられている。そのため、気泡層12は側壁部10aから底部10bまでのルツボ全体に設けられている。気泡層12の厚さは、ルツボ基体10の厚さから透明層11の厚さを差し引いた値とほぼ等しく、ルツボの部位によって異なる。
【0039】
気泡層12の気泡含有率は、透明層11よりも高く、0.1vol%よりも大きく且つ5vol%以下であることが好ましい。気泡層12の気泡含有率が0.1vol%以下では気泡層12に求められる保温機能を発揮できないからである。また、気泡層12の気泡含有率が5vol%を超える場合には気泡の熱膨張によりルツボが変形して単結晶歩留まりが低下するおそれがあり、さらに伝熱性が不十分となるからである。保温性と伝熱性のバランスの観点から、気泡層12の気泡含有率は1~4vol%であることが特に好ましい。なお上述の気泡含有率は、使用前のルツボを室温環境下で測定した値である。気泡層12の気泡含有率は、例えばルツボから切り出した不透明シリカガラス片の比重測定(アルキメデス法)により求めることができる。
【0040】
シリコン融液の汚染を防止するため、透明層11の内側(最内面層)を構成するシリカガラスは高純度であることが望ましい。そのため、ルツボ基体10は、合成石英粉から形成される合成シリカガラス層(合成層)と、天然石英粉から形成される天然シリカガラス層(天然層)の二層構造を有することが好ましい。合成石英粉は、四塩化珪素(SiCl4)の気相酸化(乾燥合成法)やシリコンアルコキシドの加水分解(ゾル・ゲル法)によって製造することができる。また天然石英粉は、α-石英を主成分とする天然鉱物を粉砕して粒状にすることによって製造される。
【0041】
合成シリカガラス層と天然シリカガラス層の二層構造は、ルツボ製造用モールドの内面に沿って天然石英粉を堆積し、その上に合成石英粉を堆積し、アーク放電によるジュール熱によりこれらの原料石英粉を溶融することにより製造することができる。アーク溶融工程では、原料石英粉の堆積層の外側から強く真空引きすることによって気泡を除去して透明層11を形成し、真空引きを停止又は弱めることによって気泡層12を形成する。そのため、合成シリカガラス層と天然シリカガラス層との境界面は、透明層11と気泡層12との境界面と必ずしも一致するものではないが、合成シリカガラス層は、透明層11と同様に、単結晶引き上げ工程中のルツボの内表面の溶損によって完全に消失しない程度の厚さを有することが好ましい。
【0042】
本実施形態による石英ガラスルツボ1は、ルツボ基体10の内表面10iが結晶化促進剤含有塗布膜13に覆われた構成を有している。結晶化促進剤は、単結晶引き上げ工程中にルツボ基体10の内表面10iの結晶化を促進する役割を果たす。結晶化促進剤は、2a族元素であるバリウム(Ba)又はストロンチウム(Sr)であることが好ましく、バリウムが特に好ましい。バリウムはシリコンよりも偏析係数が小さく、常温で安定していて取り扱いが容易だからである。また、バリウムは結晶化速度が結晶化と共に減衰せず、他の元素よりも配向成長を強く引き起こすなどの利点もある。
【0043】
結晶化促進剤含有塗布膜13は、リム上端から下方に少なくとも20mmまでのリム近傍領域を除いたルツボ基体10の内表面10iの全体に形成されることが好ましい。リム近傍領域を除く理由は、リム上端付近はシリコン融液と接触せず、必ずしも結晶化させる必要がないこと、またリム上端付近は結晶化したときに剥離しやすく、シリコン融液中に混入した結晶粒がシリコン単結晶の有転位化の原因となるからである。
【0044】
結晶化促進剤含有塗布膜13に含まれる結晶化促進剤の濃度は1.0×1012~2.6×1015atoms/cm2であることが好ましい。結晶化促進剤の濃度が2.6×1015atoms/cm2よりも高くなると、結晶化した粒子の配向性がランダムではなく、深さ方向に配向した形で結晶化していくため、深さ方向の結晶化速度が速くなり、その方向に結晶化促進剤を消費(拡散)してしまい、面内方向に結晶化が広がりにくい。しかし、結晶化促進剤の濃度が比較的低い場合には、ルツボ基体10の内表面10iの深さ方向の結晶化を抑制して面内方向の結晶化を促進させることができる。したがって、ルツボ基体10の内表面10iの均一な結晶化を図ることができる。
【0045】
結晶化促進剤含有塗布膜13の厚さは特に限定されないが、0.1~50μmであることが好ましく、1~20μmであることが特に好ましい。結晶化促進剤含有塗布膜13の厚さが薄すぎると結晶化促進剤含有塗布膜13の剥離強度が弱く、結晶化促進剤含有塗布膜13の剥離により結晶化が不均一となるからである。結晶化促進剤含有塗布膜13が厚すぎても剥離強度が低下し、結晶化が不均一となる。
【0046】
結晶引き上げ工程中の加熱によってルツボの内表面をできるだけ均一且つ薄く結晶化させるためには、結晶層の面内方向の結晶化速度が深さ方向の結晶化速度よりも大きいことが必要である。特に、深さ方向の結晶化速度に対する面内方向の結晶化速度の比が1.5~400であることが好ましい。深さ方向の結晶化速度に対する面内方向の結晶化速度の比が1.5よりも小さい場合、結晶層が厚くなりすぎて結晶粒の剥離が生じやすくなる。また深さ方向の結晶化速度に対する面内方向の結晶化速度の比が400よりも大きい場合、結晶層の十分な厚さが得られず、引き上げ時のシリコン融液との反応で結晶層が消失してしまう箇所が発生するおそれがある。
【0047】
図3は、ルツボ基体10の内表面10iから深さ方向の金属不純物プロファイルを説明するための模式図である。
【0048】
図3に示すように、ルツボ基体10の内表面10iの面内方向の結晶化速度を深さ方向よりも大きくするため、ルツボ基体10の極表層部に含まれるアルミニウム(Al)の濃度は、当該極表層部に含まれる鉄(Fe)及びカルシウム(Ca)の濃度よりも低いことが好ましい。具体的には、ルツボ基体10の内表面10iから少なくとも0.5mmまでの深さ領域D1(第1深さ領域)に含まれるAlの濃度は、当該深さ領域D1に含まれるFeの濃度よりも低いことが好ましい。また、ルツボ基体10の内表面10iから少なくとも0.5mmまでの深さ領域D1に含まれるAlの濃度は、当該深さ領域D1に含まれるCaの濃度よりも低いことが好ましい。
【0049】
Alはシリカガラス(石英ガラス)中で陰イオン(Al-)として存在し、陽イオンを引き付ける。そのためAlがガラス中に存在すると、結晶化促進剤の拡散を抑制し、結晶化速度が遅くなる。しかし、Fe及びCaは結晶化促進剤をトラップせず、結晶化を促進する。そのため、Fe及びCaがAlよりも高濃度で存在すれば、結晶化が面内方向に広がりやすくなる。しかもルツボ基体10の内表面10iのAl濃度を低くすることで、結晶層よりも奥側のガラスの粘度が低くなることを防止し、変形による結晶層の剥離が生じやすくなる等のリスクを低減できる。
【0050】
ルツボ基体10の内表面10iのFe及びCaはシリコン単結晶の不純物汚染の原因となるが、極少量であれば内表面10iの結晶化の起点となり、結晶化を面内方向に広げやすくする効果を持っている。本発明において、ルツボ基体10の内表面10iのAlの含有量は、これらFe及びCaよりもさらに少ない。内表面10iにAlが多く存在すると、Alの作用によってFe及びCaの作用が弱められ、内表面10iの結晶化が面内方向に進行しにくくなる。しかし、Alの濃度がFe及びCaの濃度よりも低いので、内表面10iの面内方向の結晶化を促進させることができる。
【0051】
詳細は後述するが、Al、Fe及びCaのこのような濃度バランスは、ルツボ基体10の内表面10iの原料としてAl濃度が低い合成石英粉を用いると共に、原料粉のアーク溶融の最後に低出力のアーク放電を長時間行うことにより実現できる。低出力のアーク時間が短すぎると内表面10iのFe及びCaの濃度に変化が見られず、また低出力のアーク時間が長すぎると、内表面10iの不純物濃度が高くなりすぎるので、アーク時間の適切な調整が必要である。このように、低出力アークを行うことで、Fe及びCaの濃度をAlよりも高くすることができる。さらに、アーク溶融の初期の透明層11の形成工程におけるアーク出力を高出力化することが好ましい。これにより、ルツボ基体10の内表面10iから0.5mmまでの深さ領域に存在するアルミニウムの濃度を低減することができる。
【0052】
本実施形態において、ルツボ基体10の内表面10iから2mm以下の深さ領域D2(第2深さ領域)に含まれるボロン(B)の濃度は、内表面10iから2mm以上5mm以下の深さ領域D3(第3深さ領域)に含まれるBの濃度よりも低いことが好ましい。マグネシウム(Mg)及びクロム(Cr)についてもBと同様である。B、Mg及びCrがガラス中に存在すると、その原子周辺のミクロな構造は規則正しく並ぶ結晶構造になる。そのため、ルツボ基体10の内表面10iから2mm以下の深さ領域D2内に上記不純物が多く存在すると、内表面10iから深さ方向の結晶化が速くなり、内表面10iの結晶化を面内方向に促進させることが難しくなる。しかし、内表面10iから2mm以下の深さ領域D2内において上記不純物が少なければ、内表面10iから深さ方向の結晶化を抑制して面内方向の結晶化の促進させることができる。また、ルツボ基体10の内表面10iの溶損によるシリコン融液の不純物汚染を防止することができる。
【0053】
本実施形態による石英ガラスルツボは、1500℃~1600℃で熱処理した場合にルツボの内表面の面内方向の結晶化速度が深さ方向の結晶化速度よりも大きいので、結晶引き上げ工程中にルツボの内表面の面内方向の結晶化を促進させることできる。熱処理条件としては、室温から1580℃まで2.5時間かけて昇温した後、1580℃を10時間保持する。気圧が20Torrであるとき、熱処理後のルツボの内表面の深さ方向の結晶化速度に対する面内方向の結晶化速度の比は1.5~400であることが好ましい。
【0054】
評価熱処理後の内表面に広がる結晶化の面内方向の長さは1~60mmであることが好ましい。面内方向の結晶化の長さが1mmよりも短い場合には内表面に塗布された結晶化促進剤にムラがあった場合に結晶化されない部分が発生しやすく、面内方向の結晶化の長さが60mmよりも長い場合にはルツボ開口部の上端まで結晶化してしまい、過剰な結晶化によって剥離した結晶層がシリコン融液内に落下し有転位化を引き起こすリスクが高くなる。
【0055】
なお結晶化(結晶成長)の長さは、結晶化の起点から結晶化領域の最外周までの最長距離として求めることができる。あるいは、結晶化促進剤の塗布領域と未塗布領域との境界位置B1と、熱処理後の結晶化領域と非結晶化領域との境界位置B2との差ΔB=B2-B1として求めることができる。
【0056】
熱処理後のルツボ基体10の内表面10iに形成される結晶層中のバリウム濃度は1ppm未満であることが好ましい。このように多量の結晶化促進剤を用いることなくルツボ基体10の内表面10iを結晶化させることでルツボの面内方向の結晶化を促進させることができ、ルツボ基体10の内表面10iに薄い結晶層をムラなく形成することができる。
【0057】
本実施形態による石英ガラスルツボ1は、ルツボ基体10をいわゆる回転モールド法によって製造した後、ルツボ基体10の内表面に結晶化促進剤を塗布することにより製造することができる。
【0058】
図4は、回転モールド法による石英ガラスルツボの製造方法を示す模式図である。
【0059】
図4に示すように、回転モールド法では、ルツボの外形に合わせたキャビティを有するカーボンモールド14を用意し、回転するカーボンモールド14の内面14iに沿って天然石英粉16a及び合成石英粉16bを順に充填して原料石英粉の堆積層16を形成する。原料石英粉は遠心力によってカーボンモールド14の内面14iに張り付いたまま一定の位置に留まり、ルツボ形状に維持される。
【0060】
次に、カーボンモールド14内にアーク電極15を設置し、カーボンモールド14の内側から原料石英粉の堆積層16をアーク溶融する。加熱時間、加熱温度等の具体的な条件は原料石英粉の特性やルツボのサイズなどを考慮して適宜定められる。
【0061】
アーク溶融中はカーボンモールド14の内面14iに設けられた多数の通気孔14aから原料石英粉の堆積層16を真空引きすることにより溶融石英ガラス中の気泡量を制御する。具体的には、アーク溶融開始時に原料石英粉の堆積層16を真空引きして透明層11を形成し、透明層11の形成後に原料石英粉に対する真空引きを停止するか吸引力を弱めて気泡層12を形成する。
【0062】
アーク熱は原料石英粉の堆積層16の内側から外側に向かって伝わり原料石英粉を溶融していくので、原料石英粉が溶融し始めるタイミングで減圧条件を変えることにより、透明層11と気泡層12とを作り分けることができる。すなわち、原料石英粉が溶融するタイミングで減圧を強める減圧溶融を行えば、雰囲気ガスがガラス中に閉じ込められないので、溶融石英は気泡を含まないシリカガラスになる。また原料石英粉が溶融するタイミングで減圧を弱める通常溶融(大気圧溶融)を行えば、雰囲気ガスがガラス中に閉じ込められるので、溶融石英は多数の気泡を含むシリカガラスになる。
【0063】
ルツボ基体10の内表面10i側のFe及びCaの濃度をAlよりも高くするため、アーク溶融工程の最後に低出力でのアーク溶融を長時間実施する。ルツボ基体10の内表面10iのFe及びCaの濃度は、低出力でのアーク溶融時間が長くなるほど増加する傾向がある。低出力でのアーク溶融時間が短すぎると内表面10iのFe、Caの濃度に変化がなく、長すぎると内表面10iの不純物濃度が過剰に高くなることから、適切な時間に設定する必要がある。
【0064】
その後、アーク溶融を終了し、ルツボを冷却する。以上により、ルツボ壁の内側から外側に向かって透明層11及び気泡層12が順に設けられたルツボ基体10が完成する。このように、本実施形態によるルツボ基体10は、回転するカーボンモールド14内に外層原料としての天然石英粉16aを充填した後、内層原料としての合成石英粉16bを充填し、原料石英粉の堆積層16をアーク溶融することにより製造することができる。
【0065】
次に、リム部を切断するなどしてルツボ基体10の形状を整えた後、洗浄液で洗浄し、さらに純水によるリンスを行う。洗浄液は、半導体グレード以上のフッ化水素酸をTOC≦2ppbの純水で希釈して10~40w%に調製したものが好ましい。
【0066】
次に、ルツボ基体10の内表面10iに結晶化促進剤を塗布する。塗布液の塗布には刷毛を用いることが好ましい。結晶化促進剤を内表面10iに均一に分散させるため、結晶化促進剤を純水(15~25℃、17.2MΩ以上、TOC≦2ppb)に溶解させた塗布液を用いることが好ましい。結晶化促進剤の溶解度を高めるため、撹拌機を用いて塗布液を撹拌することが好ましい。
【0067】
図5は、本実施形態による石英ガラスルツボ1を用いた単結晶引き上げ工程を説明するための図であって、単結晶引き上げ装置の構成を示す略断面図である。
【0068】
図5に示すように、CZ法によるシリコン単結晶の引き上げ工程には単結晶引き上げ装置20が使用される。単結晶引き上げ装置20は、水冷式のチャンバー21と、チャンバー21内においてシリコン融液を保持する石英ガラスルツボ1と、石英ガラスルツボ1を保持するカーボンサセプタ22と、カーボンサセプタ22を回転及び昇降可能に支持する回転シャフト23と、回転シャフト23を回転及び昇降駆動するシャフト駆動機構24と、カーボンサセプタ22の周囲に配置されたヒーター25と、ヒーター25の石英ガラスルツボ1の上方であって回転シャフト23と同軸上に配置された単結晶引き上げ用ワイヤー28と、チャンバー21の上方に配置されたワイヤー巻き取り機構29とを備えている。
【0069】
チャンバー21は、メインチャンバー21aと、メインチャンバー21aの上部開口に連結された細長い円筒状のプルチャンバー21bとで構成されており、石英ガラスルツボ1、カーボンサセプタ22及びヒーター25はメインチャンバー21a内に設けられている。プルチャンバー21bの上部にはメインチャンバー21a内にアルゴンガス等の不活性ガス(パージガス)やドーパントガスを導入するためのガス導入口21cが設けられており、メインチャンバー21aの下部にはメインチャンバー21a内の雰囲気ガスを排出するためのガス排出口21dが設けられている。
【0070】
カーボンサセプタ22は、高温下で軟化した石英ガラスルツボ1の形状を維持するために用いられるものであり、石英ガラスルツボ1を包むように保持する。石英ガラスルツボ1及びカーボンサセプタ22はチャンバー21内においてシリコン融液を支持する二重構造のルツボを構成している。
【0071】
カーボンサセプタ22は回転シャフト23の上端部に固定されており、回転シャフト23の下端部はチャンバー21の底部を貫通してチャンバー21の外側に設けられたシャフト駆動機構24に接続されている。
【0072】
ヒーター25は石英ガラスルツボ1内に充填された多結晶シリコン原料を融解してシリコン融液3を生成すると共に、シリコン融液3の溶融状態を維持するために用いられる。ヒーター25は抵抗加熱式のカーボンヒーターであり、カーボンサセプタ22内の石英ガラスルツボ1を取り囲むように設けられている。
【0073】
シリコン単結晶2の成長と共に石英ガラスルツボ1内のシリコン融液の量は減少するが、融液面の高さが一定になるように石英ガラスルツボ1を上昇させる。
【0074】
ワイヤー巻き取り機構29はプルチャンバー21bの上方に配置されており、ワイヤー28はワイヤー巻き取り機構29からプルチャンバー21b内を通って下方に伸びており、ワイヤー28の先端部はメインチャンバー21aの内部空間まで達している。この図には、育成途中のシリコン単結晶2がワイヤー28に吊設された状態が示されている。シリコン単結晶2の引き上げ時には石英ガラスルツボ1とシリコン単結晶2とをそれぞれ回転させながらワイヤー28を徐々に引き上げてシリコン単結晶2を成長させる。
【0075】
単結晶引き上げ工程中、ルツボの内表面は結晶化するが、結晶化促進剤の作用によりルツボの内表面の結晶化が均一に進むので、ブラウンリングの剥離によるシリコン単結晶の有転位化を防止することができる。また、石英ガラスルツボ1は軟化するが、ルツボの内表面の結晶化が均一に進むので、ルツボの強度を確保して変形を抑制することができる。したがって、ルツボの変形による炉内部材との接触やルツボの容積の変化によるシリコン融液3の液面位置の変動を防止することができる。
【0076】
以上説明したように、本実施形態による石英ガラスルツボ1は、シリカガラスからなるルツボ基体10と、ルツボ基体10の内表面10iに形成された結晶化促進剤含有塗布膜13とを備え、ルツボ基体10の内表面10iから少なくとも0.5mmまでの深さ領域D1に含まれるAlの濃度が、当該深さ領域D1に含まれるFeやCaの濃度よりも低く、結晶引き上げ工程中の高温下で内表面が結晶化したときの面内方向の結晶化速度が深さ方向の結晶化速度よりも大きいので、たとえ内表面10iに結晶化促進剤の塗布ムラが生じたとしても、最終的にルツボの内表面が均一な結晶面に覆われた状態にすることができ、結晶粒の剥離を防止することができる。
【0077】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更を加えることが可能であり、それらも本発明の範囲に包含されるものであることは言うまでもない。
【実施例0078】
内表面の金属不純物濃度が互いに異なる4つのルツボ基体を用意し、ルツボ基体の内表面の一部に炭酸バリウム溶液を刷毛で塗布した後、ルツボを破砕して小片化した。同じルツボ基体から得られた複数のルツボ片のうち炭酸バリウムが塗布されていないものを用いて、ルツボ基体の内表面から深さ方向の金属不純物分析を行った。金属不純物分析では、ルツボの内表面から一定深さのシリカガラスをウェットエッチングにより溶解した後、エッチング液を回収し、エッチング液中に溶け込んだ金属不純物の量をICP-MS(Inductively Coupled Plasma-Mass Spectrometry)により測定した。
【0079】
金属不純物のうち、Fe、Ca、Alの測定では、ルツボ基体の内表面から0.3mmまでの深さ領域を1回目の測定範囲、0.3~0.5mmまでの深さ領域を2回目の測定範囲、0.5~0.7mmまでの深さ領域を3回目の測定範囲とした。測定結果を表1及び表2に示す。
【0080】
【0081】
表1に示すように、比較例1のルツボ基体のFe及びAl濃度プロファイルは、内表面~0.7mmの深さ方向の全域でFe濃度が低く、Fe濃度<Al濃度の関係が成立した。また比較例2のルツボ基体のFe及びAl濃度プロファイルは、内表面~0.3mmの深さ領域ではFe濃度>Al濃度の関係が成立し、0.3~0.7mmの深さ領域ではFe濃度<Al濃度の関係が成立した。これに対し、実施例1のルツボ基体のFe及びAl濃度プロファイルは、内表面~0.5mmの深さ領域ではFe濃度>Al濃度の関係が成立し、0.5~0.7mmの深さ領域では、Fe濃度<Al濃度の関係が成立した。さらに実施例2のルツボ基体では、内表面~0.7mmの深さ方向の全域でFe濃度>Al濃度の関係が成立した。
【0082】
【0083】
表2に示すように、Ca濃度プロファイルもFeと同様の傾向となった。すなわち、比較例1のルツボ基体のCa及びAl濃度プロファイルは、内表面~0.7mmの深さ方向の全域でCa濃度が低く、Ca濃度<Al濃度の関係が成立した。また比較例2のルツボ基体のCa及びAl濃度プロファイルは、内表面~0.3mmの深さ領域ではCa濃度>Al濃度の関係が成立し、0.3~0.7mmの深さ領域ではCa濃度<Al濃度の関係が成立した。これに対し、実施例1のルツボ基体のCa及びAl濃度プロファイルは、内表面~0.5mmの深さ領域ではCa濃度>Al濃度の関係が成立し、0.5~0.7mmの深さ領域では、Ca濃度<Al濃度の関係が成立した。さらに実施例2のルツボ基体では、内表面~0.7mmの深さ方向の全域でCa濃度>Al濃度の関係が成立した。
【0084】
以上のように、比較例1及び2のルツボサンプルでは、内表面から0.5mmまでの深さ領域におけるFe濃度及びCa濃度がAl濃度よりも低くなったのに対し、実施例1及び2のルツボサンプルでは、内表面から0.5mmまでの深さ領域におけるAl濃度のほうがFe濃度及びCa濃度よりも低くなった。
【0085】
金属不純物のうち、B、Mg、Crの測定では、内表面から1.0mmまでの深さ領域を1回目の測定範囲、1.0~2.0mmの深さ領域を2回目の測定範囲、2.0~3.0mmの深さ領域を3回目の測定範囲、3.0~4.0mmの深さ領域を4回目の測定範囲、4.0~5.0mmの深さ領域を5回目の測定範囲とした。測定結果を表3~表5に示す。
【0086】
【0087】
表3に示すように、比較例1のルツボ基体のB濃度プロファイルは、内表面~5mm以下の深さ方向の全域でのB濃度が0.1ppmであった。比較例2のルツボ基体のB濃度プロファイルは、内表面~1mmの深さ領域内のB濃度が0.01ppmであったが、1~5mmの深さ領域内のB濃度プロファイルは0.1ppmであった。実施例1のルツボ基体のB濃度プロファイルは、内表面~2mmの深さ領域内のB濃度が0.02ppm以下であったが、2~5mmの深さ領域内のB濃度プロファイルは0.1ppmであった。実施例2のルツボ基体のB濃度プロファイルは、内表面~3mmの深さ領域内のB濃度が0.02ppm以下であったが、3~5mmの深さ領域内のB濃度プロファイルは0.1ppmであった。
【0088】
【0089】
表4に示すように、比較例1のルツボ基体のMg濃度プロファイルは、内表面~5mm以下の深さ方向の全域でのMg濃度が0.14ppmであった。比較例2のルツボ基体のMg濃度プロファイルは、内表面~1mmの深さ領域内のMg濃度が0.01ppmであったが、1~5mmの深さ領域内のMg濃度プロファイルは0.14ppmであった。実施例1のルツボ基体のMg濃度プロファイルは、内表面~2mmの深さ領域内のMg濃度が0.01ppm以下であったが、2~5mmの深さ領域内のMg濃度プロファイルは0.14ppmであった。実施例2のルツボ基体のMg濃度プロファイルは、内表面~3mmの深さ領域内のMg濃度が0.01ppm以下であったが、3~5mmの深さ領域内のMg濃度プロファイルは0.14ppmであった。
【0090】
【0091】
表5に示すように、比較例1のルツボ基体のCr濃度プロファイルは、内表面~5mm以下の深さ方向の全域でのCr濃度が0.08ppmであった。比較例2のルツボ基体のCr濃度プロファイルは、内表面~1mmの深さ領域内のCr濃度が0.01ppmであったが、1~5mmの深さ領域内のCr濃度プロファイルは0.08ppmであった。実施例1のルツボ基体のCr濃度プロファイルは、内表面~2mmの深さ領域内のCr濃度が0.02ppm以下であったが、2~5mmの深さ領域内のCr濃度プロファイルは0.08ppmであった。実施例2のルツボ基体のCr濃度プロファイルは、内表面~3mmの深さ領域内のCr濃度が0.02ppm以下であったが、3~5mmの深さ領域内のCr濃度プロファイルは0.08ppmであった。
【0092】
以上のように、比較例1及び2のルツボサンプルでは、内表面~2.0mmまでの深さ領域におけるB濃度が、内表面から2.0~5.0mmの深さ領域におけるB濃度よりも高かったのに対し、実施例1及び2のルツボサンプルでは、内表面から2.0mm以下の深さ領域におけるB濃度が、内表面から2.0~5.0mmの深さ領域におけるB濃度よりも低かった。Mg、Crにおいても同様の傾向が見られた。
【0093】
次に、炭酸バリウムが塗布されたルツボ片を用いて加熱試験を行った。加熱試験には、一辺が10~20cm、面積が200cm2以上の縦横比ができるだけ1に近いルツボ片を用いた。加熱条件は、Ar雰囲気の炉内を室温から1580℃まで2.5時間かけて昇温した後、1580℃を10時間保持した。1580℃に保持された炉内の圧力は20Torrとした。
【0094】
その後、ルツボ基体の内表面の結晶化状態を評価した。具体的には、ルツボ基体の内表面の結晶層の広さ及び厚さから面内方向の結晶化速度と深さ方向の結晶化速度をそれぞれ求め、さらに結晶化ムラの有無を目視で確認した。ここで、面内方向の結晶化速度は、面内方向の結晶化の長さを1580℃の高温に保持した時間である10時間で割った値である。同様に、深さ方向の結晶化速度は、深さ方向の結晶化の長さを10時間で割った値である。面内方向の結晶化の長さは、結晶化の起点から結晶層の広がりを示す最大距離である。また、深さ方向の結晶化の長さは、サンプルを切断した断面における結晶層の最大厚さである。結晶化ムラとは、炭酸バリウムの塗布範囲においてルツボ基体の内表面が失透化せずにガラスのままである箇所があることを言い、特に5%以上の面積が失透化していない状態を言う。
【0095】
その結果、表1~5に示したように、比較例1及び2のルツボサンプルでは内表面に結晶化ムラが見られたが、実施例1及び2のルツボサンプルでは内表面に結晶化ムラが見られず、全面が一様に結晶化していた。各ルツボサンプルの深さ方向の結晶化速度に対する面内方向の結晶化速度の比を計算したところ、比較例1は0.5、比較例2は1、実施例1は1.5、実施例2は100であった。以上の結果から、結晶化速度の比が1.5以上であればルツボの内表面をムラなく結晶化させることができることが分かった。