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  • 特開-ルテニウム及びイリジウムの回収方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024031673
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】ルテニウム及びイリジウムの回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 11/00 20060101AFI20240229BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20240229BHJP
   C22B 3/22 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
C22B11/00 101
C22B3/44
C22B3/44 101B
C22B3/22
C22B3/44 101Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022135365
(22)【出願日】2022-08-26
(71)【出願人】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 学
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA41
4K001BA17
4K001BA19
4K001DB03
4K001DB16
4K001DB18
4K001DB22
4K001DB24
4K001HA02
4K001HA04
4K001HA10
(57)【要約】      (修正有)
【課題】ルテニウム及びイリジウムを含む酸性液からルテニウム及びイリジウムを効率的に分別して回収する方法を提供する。
【解決手段】ルテニウム及びイリジウムと、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素と、を含む酸性液を60℃以下に調整し、金属鉄を添加してルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うルテニウム回収工程と、ルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うことで得られた濾液を70℃以下に調整し、硫化剤として硫化水素、水硫化ソーダ及び硫化ソーダのうちいずれか一種以上を添加して、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させる硫化工程と、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させた後に固液分離を行い、得られた濾液を40℃以上に調整し、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを沈殿させるイリジウム回収工程と、を含む、ルテニウム及びイリジウムの回収方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルテニウム及びイリジウムと、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素と、を含む酸性液を60℃以下に調整し、(1)金属鉄を0.5~4.0g/Lになるように添加、または、(2)金属鉄を銀/塩化銀を参照電極とした酸化還元電位が150mV以下に達するまで添加してルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うルテニウム回収工程と、
前記ルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うことで得られた濾液を70℃以下に調整し、硫化剤として硫化水素、水硫化ソーダ及び硫化ソーダのうちいずれか一種以上を添加して、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させる硫化工程と、
前記銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させた後に固液分離を行い、得られた濾液を40℃以上に調整し、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを沈殿させるイリジウム回収工程と、
を含む、ルテニウム及びイリジウムの回収方法。
【請求項2】
ルテニウム及びイリジウムと、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素と、を含む酸性液を40℃以上に調整し、(1)金属鉄として銅被覆鉄粉を、鉄成分が0.5~4.0g/Lになるように添加、または、(2)金属鉄として銅被覆鉄粉を、銀/塩化銀を参照電極とした酸化還元電位が150mV以下に達するまで添加してルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うルテニウム回収工程と、
前記ルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うことで得られた濾液を70℃以下に調整し、硫化剤として硫化水素、水硫化ソーダ及び硫化ソーダのうちいずれか一種以上を添加して、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させる硫化工程と、
前記銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させた後に固液分離を行い、得られた濾液を40℃以上に調整し、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを沈殿させるイリジウム回収工程と、
を含む、ルテニウム及びイリジウムの回収方法。
【請求項3】
前記ルテニウム回収工程において、前記ルテニウム及びイリジウムと、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素と、を含む酸性液は、前記酸性液に二酸化硫黄または硫化水素を吹き込んで、或いは、アルデヒド類の還元剤を添加して、白金、金、パラジウム及びセレンを沈殿させて白金、金、パラジウム及びセレンの各元素濃度を10mg/L以下に調整した後の酸性液である、請求項1または2に記載のルテニウム及びイリジウムの回収方法。
【請求項4】
前記ルテニウム回収工程において、前記金属鉄を前記酸性液中のルテニウムの5~25質量倍添加する、請求項1または2に記載のルテニウム及びイリジウムの回収方法。
【請求項5】
前記硫化工程において、前記硫化剤として硫化水素、水硫化ソーダ及び硫化ソーダのうちいずれか一種以上を含有硫黄濃度に換算した時に銅濃度の5~20質量倍添加する、請求項1または2に記載のルテニウム及びイリジウムの回収方法。
【請求項6】
前記ルテニウム回収工程において、前記ルテニウム及びイリジウムと、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素と、を含む酸性液は、金属電解殿物を溶解後の酸性液である、請求項1または2に記載のルテニウム及びイリジウムの回収方法。
【請求項7】
前記ルテニウム回収工程における前記酸性液中のイリジウム濃度が100mg/L以下であり、前記イリジウム回収工程では前記チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して5g/L以上になるように添加する、請求項1または2に記載のルテニウム及びイリジウムの回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はルテニウム及びイリジウムの回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅乾式製錬では銅精鉱を熔解し、転炉、精製炉で99%以上の粗銅とした後に電解精製工程において例えば純度99.99%以上の電気銅を生産する。銅以外の有価物は電解精製時に殿物として沈殿する。
【0003】
この殿物には貴金族類、希少金属、銅精鉱に含まれているセレンやテルルも同時に濃縮される。銅製錬副産物としてこれらの元素は個別に分離・回収される。
【0004】
この殿物の処理には湿式製錬法が適用される場合が多い。例えば特許文献1においては殿物から塩酸-過酸化水素により銀を回収し、溶解した金を溶媒抽出により回収した後に、その他の有価物を二酸化硫黄で順次還元回収する方法が開示されている。特許文献2には同様の方法で金銀を回収した後、二酸化硫黄で有価物を還元して沈殿せしめ、セレンのみを蒸留し、除去して貴金属類を濃縮する方法が開示されている。
【0005】
貴金属を回収した後の溶液には希少金属イオン、テルル、セレンが含まれており、さらにこれら有価物を回収することが必要である。有価物の回収方法としては、還元剤により生じた沈殿を回収する方法、溶液ごと銅精鉱に混合しドライヤーで乾燥させて製錬炉に繰り返す方法が知られている。
【0006】
とりわけ特許文献1に示されている、二酸化硫黄により生じた沈殿を回収する方法は、コストや製造規模の面で利点が多い。加えて各元素が順次沈殿することから分離精製にも効果がある。
【0007】
二酸化硫黄を用いて有価物を回収する方法では、溶解後に順次有価物を還元して回収することができる。初めに白金、パラジウムが沈殿する。次にセレンが還元を受ける。イリジウム、ルテニウムは酸化還元電位が比較的低いため還元を受け難く、最後まで溶液に残留する。イリジウムについては、特許文献3に記載されているように、溶媒抽出により分離、濃縮後に焼成して回収する方法が広く知られている。また、特許文献4には、イリジウムを含む有機溶媒にマグネシウム、アルミニウム、亜鉛、鉄、錫及び鉛から選ばれた卑金属及び鉱酸を添加し、貴金属を還元させて沈殿させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001-316735号公報
【特許文献2】特開2016-160479号公報
【特許文献3】特開2004-332041号公報
【特許文献4】特開2002-115015号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
例えば、銅電解殿物を溶解した酸性液中のイリジウム濃度は1~100mg/L程度である。イリジウムは高価な金属であるが、この程度の低濃度では溶媒抽出による製錬はコストに見合わない。また、他の金属との分離効率やストリップの効率も高くない。
【0010】
一方、ルテニウムを蒸留回収するにはNaBrO3等の強力な酸化剤を使用する。酸化剤のコストも高く、殿物溶解液のような、ルテニウム濃度が50~200mg/L程度の希薄でかつ不純物の多い溶液からルテニウムを回収するには不向きな方法である。また四酸化ルテニウムは毒性が強く、蒸留で回収するには安全性の面で問題がある。
【0011】
亜鉛等の卑金属でセメンテーションする方法はイリジウムとルテニウムいずれにも有効な方法である。しかしながら、卑金属によるセメンテーションではイリジウム及びルテニウムの分別回収は困難である。
【0012】
さらに卑金属によるセメンテーションでは、回収率を上げるために多量の金属を使用することになる。強酸条件下では水素が短時間に集中的に発生して吹きこぼれる、もしくは静電気等により発生した水素が爆発する問題がある。また、他にセメンテーションを受ける元素も混在するため反応効率が低い。
【0013】
イリジウムやルテニウムはその水酸化物が沈殿することが知られている。しかしながら、この両元素はアルカリ域では同時に沈殿してしまい、分別回収はできない。さらに一般的な問題として強酸を中和するのであれば、アルカリ試薬のコストが大きい。また、ナトリウムイオンやアルカリ土類金属イオンは酸性条件下でも水に難溶性の硫酸塩を沈殿する。過量のアルカリで中和した時にはこの難溶性硫酸塩が製造設備の配管内に沈着して閉塞を起こすことが予想される。
【0014】
ルテニウム及びイリジウムのいずれも他の金属の混入を抑えて回収することが望ましい。特に銅電解殿物を原料とする際は銅の混入が懸念される。酸化浸出で除くことが困難な量が含まれると別途銅を除く処理が必要になる。また、強酸性溶液から安価に効率よく低濃度のイリジウムとルテニウムを分別-沈殿回収する方法は知られていない。
【0015】
本発明はこのような従来の事情を鑑み、ルテニウム及びイリジウムを含む酸性液からルテニウム及びイリジウムを効率的に分別して回収する方法を提供する。特に銅製錬における電解精製工程で発生する電解殿物を酸化溶解して得られた酸性液は、本発明のルテニウム及びイリジウムを含む酸性液として好対象である。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題は以下に特定される発明によって解決することができる。
すなわち本発明は以下の発明を包含する。
[1]ルテニウム及びイリジウムと、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素と、を含む酸性液を60℃以下に調整し、(1)金属鉄を0.5~4.0g/Lになるように添加、または、(2)金属鉄を銀/塩化銀を参照電極とした酸化還元電位が150mV以下に達するまで添加してルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うルテニウム回収工程と、
前記ルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うことで得られた濾液を70℃以下に調整し、硫化剤として硫化水素、水硫化ソーダ及び硫化ソーダのうちいずれか一種以上を添加して、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させる硫化工程と、
前記銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させた後に固液分離を行い、得られた濾液を40℃以上に調整し、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを沈殿させるイリジウム回収工程と、
を含む、ルテニウム及びイリジウムの回収方法。
[2]ルテニウム及びイリジウムと、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素と、を含む酸性液を40℃以上に調整し、(1)金属鉄として銅被覆鉄粉を、鉄成分が0.5~4.0g/Lになるように添加、または、(2)金属鉄として銅被覆鉄粉を、銀/塩化銀を参照電極とした酸化還元電位が150mV以下に達するまで添加してルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うルテニウム回収工程と、
前記ルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うことで得られた濾液を70℃以下に調整し、硫化剤として硫化水素、水硫化ソーダ及び硫化ソーダのうちいずれか一種以上を添加して、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させる硫化工程と、
前記銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させた後に固液分離を行い、得られた濾液を40℃以上に調整し、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを沈殿させるイリジウム回収工程と、
を含む、ルテニウム及びイリジウムの回収方法。
[3]前記ルテニウム回収工程において、前記ルテニウム及びイリジウムと、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素と、を含む酸性液は、前記酸性液に二酸化硫黄または硫化水素を吹き込んで、或いは、アルデヒド類の還元剤を添加して、白金、金、パラジウム及びセレンを沈殿させて白金、金、パラジウム及びセレンの各元素濃度を10mg/L以下に調整した後の酸性液である、[1]または[2]に記載のルテニウム及びイリジウムの回収方法。
[4]前記ルテニウム回収工程において、前記金属鉄を前記酸性液中のルテニウムの5~25質量倍添加する、[1]~[3]のいずれかに記載のルテニウム及びイリジウムの回収方法。
[5]前記硫化工程において、前記硫化剤として硫化水素、水硫化ソーダ及び硫化ソーダのうちいずれか一種以上を含有硫黄濃度に換算した時に銅濃度の5~20質量倍添加する、[1]~[4]のいずれかに記載のルテニウム及びイリジウムの回収方法。
[6]前記ルテニウム回収工程において、前記ルテニウム及びイリジウムと、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素と、を含む酸性液は、金属電解殿物を溶解後の酸性液である、[1]~[5]のいずれかに記載のルテニウム及びイリジウムの回収方法。
[7]前記ルテニウム回収工程における前記酸性液中のイリジウム濃度が100mg/L以下であり、前記イリジウム回収工程では前記チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して5g/L以上になるように添加する、[1]~[6]のいずれかに記載のルテニウム及びイリジウムの回収方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ルテニウム及びイリジウムを含む酸性液からルテニウム及びイリジウムを効率的に分別して回収する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態を概略的に示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に本発明を実施するための形態を詳細に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、適宜設計の変更、改良等が加えられることが理解されるべきである。
【0020】
図1に、本発明の一実施形態を概略的に示すフロー図を示す。図1のフロー図は各工程について具体例を挙げており、本発明が当該フロー図のみに限定されるものではない。本発明の実施形態に係るルテニウム及びイリジウムの回収方法は、一側面において、ルテニウム及びイリジウムと、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素と、を含む酸性液を60℃以下に調整し、(1)金属鉄を0.5~4.0g/Lになるように添加、または、(2)金属鉄を銀/塩化銀を参照電極とした酸化還元電位が150mV以下に達するまで添加してルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うルテニウム回収工程と、ルテニウムを沈殿した後に固液分離を行うことで得られた濾液を70℃以下に調整し、硫化剤として硫化水素、水硫化ソーダ及び硫化ソーダのうちいずれか一種以上を添加して、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させる硫化工程と、銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させた後に固液分離を行い、得られた濾液を40℃以上に調整し、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを沈殿させるイリジウム回収工程と、を含む。
【0021】
本発明の実施形態に係るルテニウム及びイリジウムの回収方法において、処理対象となるルテニウム及びイリジウムを含む酸性液は、どのような処理を経て得られたものであってもよいが、特に、銅製錬における電解精製工程で発生する電解殿物を酸化溶解して得られた酸性液は、本発明のイリジウムを含む酸性液として好対象である。また、非鉄金属製錬、とりわけ銅製錬の電解精製工程で生じる電解殿物は白金族元素がその他希少元素と共に濃縮される。希少元素は単独で製錬されることはなく、他金属の副産物として回収されるか廃触媒等のリサイクル原料から分離される。したがって、本発明の実施形態に係るルテニウム及びイリジウムの回収方法は、廃棄物からのリサイクルにも適用することができる。すなわち、当該廃棄物の処理工程で生じた、ルテニウム及びイリジウムを含む酸性液を対象とすることができる。
【0022】
本発明の実施形態に係るルテニウム及びイリジウムの回収方法において、処理対象となるルテニウム及びイリジウムを含む酸性液は、所定の工程を経て得られた塩酸酸性液である場合、ルテニウム(Ru)及びイリジウム(Ir)以外に種々の金属元素を含んでいる。
【0023】
ルテニウムを金属鉄で置換する時、セレン(Se)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、金(Au)、銀(Ag)等は、ルテニウムより優先的に置換される。詳しくは後述するが、事前にこれら元素の濃度を下げておく必要がある。
【0024】
一例として、銅製錬の銅電解精製工程由来の電解殿物からの、ルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液の作製方法を示す。まず、銅製錬の銅電解精製工程由来の電解殿物から硫酸により銅を溶解して除く。次に、濃塩酸と過酸化水素水を添加して溶解し、固液分離してPLS(浸出貴液)を得る。塩化物浴である浸出貴液(PLS)には白金族元素、希少金属元素、カルコゲン元素、ヒ素、アンチモン等が分配する。
【0025】
浸出貴液(PLS)を一度冷却し、鉛やアンチモンといった卑金属類の塩化物を沈殿分離する。その後に溶媒抽出により金を有機相に分離する。金の抽出剤はジブチルカルビトール(DBC)が広く使用されている。抽出液には、二酸化硫黄を吹き込むことで、白金やパラジウム等の貴金属とセレン、テルルを還元除去し、続いて固液分離することで、ルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液を作製することができる。
【0026】
本発明の実施形態に係るルテニウム及びイリジウムの回収方法では、ルテニウム及びイリジウムを含む酸性液に対して、二酸化硫黄または硫化水素を吹き込んで、或いは、アルデヒド類の還元剤を添加して、白金、金、パラジウム及びセレンといった夾雑元素濃度を10mg/L以下に調整することが好ましい。当該アルデヒド類としては、ホルムアルデヒド、メチルグリオキサール等が挙げられる。なお、処理対象の酸性液が、当該白金、金、パラジウム及びセレンといった夾雑元素濃度が10mg/L以下である場合は、当該還元剤を吹き込むまたは添加する処理は不要である。
【0027】
上述の処理によって酸性液中に残る有価物としては、ルテニウム、イリジウム、アンチモン、銅等が挙げられる。このうちルテニウムとイリジウムは付加価値が特に高いため回収することが好ましい。還元後液には、ヒ素も0.5~3g/L含まれているが、ヒ素は金属との分離は比較的容易で有価物回収時には幾らかの混入は許容される。ルテニウム及びイリジウムも元素別に回収することが好ましい。
【0028】
還元後液からルテニウムを回収するには、金属によるセメンテーションが効果的である。ただし、酸性液にヒ素が含まれることから、アルシンの発生を抑制するため酸化還元電位が銀/塩化銀を参照電極にして-380mV以上の金属である必要がある。ルテニウムのセメンテーション条件に合致する金属は、鉄、ニッケル、鉛、銅等が挙げられる。
【0029】
ルテニウムのセメンテーションに使用する金属の中で、次の金属は個別に問題がある。すなわち、銅はヒ素もヒ化銅として相当量沈殿させてしまい、鉛はルテニウムと未反応の鉛が酸溶解せず混入してしまい、ニッケルは高コストになる。しかしながら、金属鉄は反応時に水素が瞬間的に多量発生する問題はあるものの、酸性液の温度を60℃以下、好ましくは30~60℃に調整し、金属鉄を酸性液中で0.5~4.0g/Lとなるように添加すれば大きな問題にはならない。さらには金属鉄を添加すると銅やヒ素より先にルテニウムがセメンテーションを受けるため分別回収が可能になる。
【0030】
また、ルテニウム回収工程において、金属鉄を酸性液中のルテニウムの5~25質量倍添加することが好ましい。金属鉄の添加量が酸性液中のルテニウムの5質量倍未満であると、金属鉄によるルテニウムのセメンテーションが不十分となるおそれがある。また、金属鉄の添加量が酸性液中のルテニウムの25質量倍超であると、コストの面で不利となり、また不純物が混入するおそれがある。
【0031】
添加する金属鉄としては、鉄粉が、反応性が良く好適である。金属鉄の品位は特に制限はない。後述するが添加する金属鉄は還元性を有するものであればよく、表面の一部が銅で被覆された鉄粉(銅被覆鉄粉)であっても機能する。この場合、金属鉄として銅被覆鉄粉を、鉄成分が0.5~4.0g/Lになるように添加する。溶出した銅はルテニウム回収後に硫化物として沈殿除去されるので混入しても大きな問題にはならない。また、銅被覆鉄粉を用いる場合は、酸性液の温度を40℃以上に調整した上で、銅被覆鉄粉を、鉄成分が0.5~4.0g/Lになるように添加する。
【0032】
金属鉄は酸性溶液に接触すると水素が発生する。水素は爆発性があるという問題がある。さらに金属鉄として鉄粉を使用するならば、表面積が大きいため短時間に大量に水素が発生して溶液が吹きこぼれる問題もある。そのため、特に鉄粉を使用する時、一度に投入せずに複数回に分けて投入してもよい。
【0033】
ルテニウムのセメンテーションにおいて酸化還元電位(参照電極:銀/塩化銀)を指標とするのであれば酸性液の酸化還元電位が150mV以下に達するまで金属鉄を添加してもよい。この電位以下では大きくルテニウム濃度が低下する。
【0034】
水素発生による吹きこぼれや爆発の危険を避ける方法として、表面の一部が銅で被覆された鉄粉(銅被覆鉄粉)を使用することも可能である。原理的には金属鉄と酸性溶液の接触が制限されて水素発生は抑制される。徐々に銅が溶解した後、表面に現れる鉄とルテニウムとが反応する。銅品位が高すぎると接触効率が悪くなるおそれがあるため、銅被覆鉄粉の銅の含有量は、好ましくは70質量%以下、さらに好ましくは40質量%以下である。
【0035】
ルテニウムを沈殿した後に固液分離で得られたルテニウム含有物は、公知の方法でイリジウムとその他夾雑物を分離する。例えば、酸化溶解後に臭素酸ナトリウムを添加して四酸化ルテニウムを蒸留分離回収する方法が挙げられる。この酸化溶解液ではイリジウムは十分濃縮されており、公知の溶媒抽出での回収も可能である。
【0036】
ルテニウムをセメンテーション分離(固液分離)した後の濾液である酸性液に硫化剤を添加する。硫化剤は硫化水素、水硫化ソーダ、硫化ソーダが好適であり、これらのいずれか一種以上を使用してもよい。チオ硫酸ナトリウムも硫化剤として知られるがイリジウムの一部が沈殿して逸損する可能性があるので不適である。硫化剤により銅、ヒ素、アンチモン、鉛が沈殿する。
【0037】
当該硫化剤による硫化の際の酸性液の液温は70℃以下に調整する。酸性液の液温が70℃より高いと沈殿した硫化銅が再溶解してしまうおそれがある。加えて溶液から硫化物を形成する還元性の硫黄が硫化水素として揮散してしまい反応効率が低下するおそれがある。
【0038】
硫化剤は、含有硫黄濃度に換算した時に銅濃度の5~20質量倍添加することが好ましい。さらに好ましくは5~12質量倍添加する。硫化剤の添加量が当該銅濃度の5質量倍未満であると硫化で除くべき元素が過量に残留するおそれがある。硫化剤の添加量が当該銅濃度の20質量倍超であると、次工程のイリジウム回収において沈殿物の生成量が極めて少なくなり固液分離が困難になるおそれがある。また試薬コストも上昇するおそれがある。
【0039】
硫化工程で分離した硫化沈殿物は銅や鉛といった有価物を含むため、製錬炉に繰り返して有価物原料として利用することができる。
【0040】
硫化工程で銅、ヒ素及びアンチモンのうち一種類以上の元素を沈殿させた後に固液分離を行い、得られた濾液を40℃以上、好ましくは60℃以上に調整し、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを沈殿させる。チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液は、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して5g/L以上になるよう添加してイリジウムを沈殿させる。イリジウムは先の硫化工程の硫化剤ではほとんど沈殿を生じない。それに対してチオ硫酸イオンは配位能力を有しているため、一度イリジウムイオンに配位した後に還元することでイリジウムの沈殿に効果を示すと考えられる。
【0041】
代表的なチオ硫酸ナトリウム塩としては、市販のチオ硫酸ナトリウム5水和物が挙げられる。チオ硫酸ナトリウム塩の固体で添加してもよいし、チオ硫酸イオン含有溶液で添加してもよい。チオ硫酸イオンは、これら以外にも亜硫酸と元素硫黄をアルカリ溶液中で加熱すれば得ることができるが、コストや取り扱い安さの面から、特に固体塩が有利である。特に、チオ硫酸ナトリウム5水和物は毒性も低く、最も好適である。
【0042】
チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液の添加によりヒ素、硫黄、イリジウムを含む沈殿が生じる。ルテニウム回収工程における酸性液中のイリジウム濃度は100mg/L以下と希薄であるときは、イリジウムのみを沈殿すると回収量が少なすぎて固液分離で問題を生じる。適量の不純物を含むことは問題にならない。
【0043】
ルテニウム回収工程における酸性液中のイリジウム濃度が高いときは、KClまたはNH4Clで沈殿させて回収するほうが効率的であるが、イリジウム濃度が100mg/L以下と希薄であるときは、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液の添加により沈殿させて回収することが好ましい。また、このときチオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して5g/L以上になるように添加してもよく、5~20g/L以上になるように添加してもよい。
【0044】
沈殿したイリジウム含有物は、固液分離後に公知の方法でイリジウムとその他夾雑物を分離する。例えば、酸化溶解後にイリジウムを溶媒抽出で分離回収する方法が挙げられる。沈殿として回収されたイリジウムは十分濃縮されており、公知の溶媒抽出での回収が可能である。
【実施例0045】
以下、本発明及びその利点をより良く理解するための実施例を例示するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0046】
(実験例1)
銅製錬の銅電解精製工程由来の電解殿物から硫酸により銅を溶解して除いた。濃塩酸と60%過酸化水素水を添加して溶解し、固液分離してPLS(浸出貴液)を得た。PLSを6℃まで冷却して卑金属分を沈殿除去した。酸濃度を1mol/L以上に調整しDBC(ジブチルカルビトール)とPLSを混合して金を抽出した。金抽出後のPLSを70℃に加温し、二酸化硫黄を吹き込んで貴金属とセレン、テルルを還元除去した。これを固液分離し、イリジウムを含む塩酸酸性液を得た。
【0047】
次に、二酸化硫黄還元後液を200mL分取し、60℃に加熱した。二酸化硫黄還元後液のイリジウム濃度は25mg/L、ルテニウム濃度は77mg/Lであった。二酸化硫黄還元後液はその他の元素としてヒ素を1.32g/L、銅を0.49g/L、アンチモンを230mg/L含有していた。表1に示す量の鉄粉(P80=150~200μm)を添加して攪拌した。
所定時間後に反応を停止し、沈殿を固液分離した。ろ過後、溶液のORP(酸化還元電位)を計測し各種元素濃度を定量した。
試薬はすべて和光純薬工業社製の特級グレードを使用した。溶液中の元素濃度の定量は溶液2mLを分取して50mLに規正後、ICP-OES(セイコーインスツルメンツ株式会社製SPS3100)により濃度を定量した。沈殿物の溶解液は100mLに規正してその濃度を決定した。結果を表1に示す。表1の「ND」は当該元素が検出されなかったことを示す。
【0048】
【表1】
【0049】
200mLの原料液に対して0.1gの鉄粉添加でルテニウムを優先的にセメンテーションできたことが分かる。さらには0.3g以上の鉄粉を添加すれば十分ルテニウムが回収できたことも分かる。しかしながら、過量の鉄粉はヒ素や銅の混入が増加する。そのため0.8g以下の添加が好ましい。
【0050】
ORPは0.3gより多くの鉄粉の添加で急激に値が低下した。鉄粉はORPが150mV以下になるまで添加すれば十分ルテニウムがセメンテーションできることを示す。
【0051】
(実験例2)
実験例1と同じイリジウム含有液を200mL分取しそれぞれ40~80℃に加熱した。鉄粉を0.6g添加した。1時間攪拌した後、反応を停止した。濾別して濾液の成分元素を定量した。定量方法は実験例1に準じる。結果を表2に示す。表2の「ND」は当該元素が検出されなかったことを示す。
【0052】
【表2】
【0053】
表2の結果から、60℃を超えるとイリジウムが沈殿するため、鉄粉でルテニウムを優先的にセメンテーションするには60℃以下が好適であるとわかる。温度が低くなると銅が混入するが、鉄粉添加量を調製すれば制御できる。なおセメンテーションで生じた金属銅であれば酸に容易に溶けると推察される。これは表2で温度が高くなるにつれ銅濃度が高くなっていることから、一度セメンテーション銅が生じたが再溶解したと考えられるためである。
【0054】
(実験例3)
実験例1と同じイリジウム含有液を200mL分取しそれぞれ50℃に加熱した。水硫化ソーダを1gもしくは2g添加し1時間攪拌した。濾別して濾液中の各元素成分を定量した。定量方法は実験例1に準じる。結果を表3に示す。
【0055】
【表3】
【0056】
表3の結果から水硫化ソーダ(NaSH)の添加ではルテニウムとイリジウムはほとんど硫化沈殿物もしくは還元沈殿物を生じないことが分かる。それに対して銅は選択的に硫化沈殿物を生じたことが分かる。
【0057】
銅は水硫化ソーダのみならず、硫化水素や硫化ソーダといった硫化剤によっても硫化銅を生じることは広く知られている。実験例3の結果では200mL溶液に対して1gの水硫化ソーダで効果を示した。水硫化ソーダの含有硫黄濃度に換算すると5.8質量倍である。2gで11.6質量倍である。よって硫化剤に含まれる還元性硫黄は銅の5質量倍から12質量倍添加すればよい。
【0058】
(実験例4)
実験例1と同じイリジウム含有液を200mL分取しそれぞれ60℃に加熱した。鉄粉を0.3g添加し攪拌して30分セメンテーションした。固液分離後の濾液をそれぞれ40~70℃に加温し水硫化ソーダを1g添加して1時間攪拌し、再度濾別した。濾液中の各元素濃度を定量した。濾液を70℃に加温しチオ硫酸ナトリウム5水和物を2gもしくは4g添加した。1時間攪拌して濾過し、各元素成分を定量した。定量方法は実験例1に準じる。結果を表4(硫化後の各元素濃度)と表5(チオ硫酸ナトリウム添加後の各元素濃度)に示す。
【0059】
【表4】
【0060】
【表5】
【0061】
表4と表5の結果から鉄粉でルテニウムをセメンテーション後に硫化で銅とアンチモンを除き、残ったイリジウムをチオ硫酸ナトリウムで回収できることが分かった。
【0062】
チオ硫酸ナトリウム5水和物は対象液200mLに対して2gの添加でもイリジウムの回収に効果があったがアンチモンに対してはほとんど効果がなかった。銅には効果を示すが予め硫化で除けばイリジウムには混入しない。濃度を測定していないが鉛についてもその硫化物が水に溶けないこと、イオン化傾向が鉄と銅の中間に位置することから沈殿を生じて除去されることは確実である。
【0063】
ヒ素も一部混入するが原料液のイリジウム濃度は希薄であり、固液分離する時に沈殿したヒ素化合物がろ過助剤になる。そのため硫化工程で徹底的にヒ素を除く必要はない。
【0064】
(実験例5)
銅被覆鉄粉を以下のようにして調製した。硫酸銅を鉄の5倍質量含む硫酸銅溶液に鉄粉を接触させて20秒攪拌して調製した。銅の含有量は30%と70%の2種類を調製して用いた。70%の時は硫酸銅溶液と接触時の反応温度を60℃として調製した。
【0065】
実験例1と同じイリジウム含有液を200mL分取しそれぞれ60℃もしくは40℃に加熱した。銅被覆鉄粉を0.4g添加し攪拌して30分セメンテーションした。固液分離後の濾液をそれぞれ40℃に加温し水硫化ソーダを添加して1時間攪拌した。銅濃度を考慮して銅品位30%粉では2g、70%粉では3g添加し、再度濾別した。濾液中の各元素濃度を定量した。濾液を70℃に加温しチオ硫酸ナトリウム5水和物を4g添加した。1時間攪拌して濾過し各元素成分を定量した。定量方法は実験例1に準じる。結果を表6(セメンテーション後の各元素濃度)、表7(硫化後の各元素濃度)、表8(チオ硫酸ナトリウム添加後の各元素濃度)に示す。表7、8の「ND」は当該元素が検出されなかったことを示す。
【0066】
【表6】
【0067】
【表7】
【0068】
【表8】
【0069】
表6の結果から銅被覆鉄粉を用いてもルテニウムを沈殿させることが可能であることが分かる。さらに銅の量出も確認できるが表7に示す通り硫化により銅を選択的に除くことができた。さらにイリジウムは最終的にチオ硫酸ナトリウムを添加して回収することができた。
図1