(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024031851
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】制御装置及び制御方法
(51)【国際特許分類】
E02F 9/20 20060101AFI20240229BHJP
【FI】
E02F9/20 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023127490
(22)【出願日】2023-08-04
(31)【優先権主張番号】P 2022134748
(32)【優先日】2022-08-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000246273
【氏名又は名称】コベルコ建機株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100196380
【弁理士】
【氏名又は名称】森 匡輝
(72)【発明者】
【氏名】菊植 亮
(72)【発明者】
【氏名】山本 裕貴
【テーマコード(参考)】
2D003
【Fターム(参考)】
2D003AA01
2D003AB02
2D003AB03
2D003AB04
2D003BA02
2D003BA06
2D003CA02
2D003DA04
2D003DB03
2D003DB04
(57)【要約】
【課題】制御対象の動特性に係る事前情報の精度が低い場合及び液圧アクチュエータの応答に時間遅れがある場合であっても、位置制御及び力制御について高い制御性能を得ることができる制御装置及び制御方法を提供する。
【解決手段】位置制御装置は、制御対象であるショベルを駆動させる各シリンダ44~46を制御する動作指令部と、バケット先端43aの目標位置及び現在位置に基づいて、次時刻ステップに発生されるべき理想速度v
s,
kを算出する理想速度演算部と、各シリンダでPID制御を実施した場合に発生可能なアクチュエータ力の範囲で理想速度v
s,
kに最も近い参照速度v
r,
kと、参照速度v
r,
kでPID制御を実施した場合の参照発生力^f
kとを、各シリンダの準静的特性から算出する参照速度演算部と、各シリンダの準静的特性、参照発生力^f
k及び参照速度v
r,
kに基づいて、操作量u
kを算出する操作量演算部と、を備える。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象である機械を駆動させる液圧アクチュエータを制御する動作指令部と、
前記機械の目標位置及び現在位置に基づいて、前記機械の次時刻ステップに発生されるべき理想速度を算出する理想速度演算部と、
前記液圧アクチュエータでPID制御又はPD制御を実施した場合に発生可能なアクチュエータ力が算出される目標速度のうち、前記理想速度に最も近い速度である参照速度と、前記参照速度を目標速度としてPID制御又はPD制御を実施した場合に発生されるべきアクチュエータ力である参照発生力とを、前記液圧アクチュエータの準静的特性に基づいて算出する参照速度演算部と、
前記液圧アクチュエータの準静的特性、前記参照発生力及び前記参照速度に基づいて、前記液圧アクチュエータの操作量を算出する操作量演算部と、を備える、
ことを特徴とする制御装置。
【請求項2】
前記液圧アクチュエータは、再生回路を備え、
前記理想速度は、前記機械の前記目標位置、前記現在位置、前記再生回路の流量制御バルブの開口度及び前記再生回路を通る作動液の流量の推定値に基づいて算出される、
ことを特徴とする請求項1に記載の制御装置。
【請求項3】
前記機械は、複数の前記液圧アクチュエータで駆動され、
前記操作量演算部は、それぞれの前記液圧アクチュエータについて前記操作量を算出し、
前記動作指令部は、算出された前記操作量に基づいてそれぞれの前記液圧アクチュエータを制御することにより、前記機械の所定部位を目標位置に移動させる、
ことを特徴とする請求項1に記載の制御装置。
【請求項4】
前記機械に加わる外力を推定する外力推定部を備え、
前記参照速度演算部は、前記外力推定部で推定される外力に基づいて前記参照速度及び前記参照発生力を算出する、
ことを特徴とする請求項1に記載の制御装置。
【請求項5】
前記液圧アクチュエータは、油圧アクチュエータである、
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の制御装置。
【請求項6】
前記機械が接触する環境から前記液圧アクチュエータが受ける反力と、前記液圧アクチュエータが前記環境に加える力の目標値である目標印加力とを、前記機械の目標動特性を有する仮想物体に入力して、前記仮想物体における前記機械が次時刻ステップにおいて位置すべき参照位置を算出する参照位置演算部を備え、
前記理想速度演算部は、前記参照位置を前記目標位置として前記理想速度を算出する、
ことを特徴とする請求項1に記載の制御装置。
【請求項7】
液圧アクチュエータで駆動される制御対象である機械の目標位置及び現在位置に基づいて、前記機械の次時刻ステップに発生されるべき理想速度を算出する理想速度演算工程と、
前記液圧アクチュエータでPID制御又はPD制御を実施した場合に発生可能なアクチュエータ力が算出される目標速度のうち、前記理想速度に最も近い速度である参照速度と、前記参照速度を目標速度としてPID制御又はPD制御を実施した場合に発生されるべきアクチュエータ力である参照発生力とを、前記液圧アクチュエータの準静的特性に基づいて算出する参照速度演算工程と、
前記液圧アクチュエータの準静的特性、前記参照発生力及び前記参照速度に基づいて、前記液圧アクチュエータの操作量を算出する操作量演算工程と、を含む、
ことを特徴とする制御方法。
【請求項8】
前記機械が接触する環境から前記液圧アクチュエータが受ける反力と、前記液圧アクチュエータが前記環境に加える力の目標値である目標印加力とを、前記機械の目標動特性を有する仮想物体に入力して、前記仮想物体における前記機械が次時刻ステップにおいて位置すべき参照位置を算出する参照位置演算工程を含み、
前記理想速度演算工程では、前記参照位置を前記目標位置として前記理想速度を算出する、
ことを特徴とする請求項7に記載の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液圧アクチュエータで駆動される制御対象の位置又は制御対象に働く力を制御する制御装置及び制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油圧アクチュエータで駆動されるショベル等の機械において、バケット、作業装置等を、目標位置へ自動的に移動させる制御方法が開発されている。油圧アクチュエータを含む液圧アクチュエータの応答特性は、強い非線形性を持ち、リリーフバルブの開閉によっても大きく変化する。したがって、自動的な位置決め制御を、単純な制御則で実現することは難しい。
【0003】
また、液圧アクチュエータで駆動される機械を力制御する場合、具体的には外部環境に接触した制御対象に働く力についてアドミッタンス制御を行う場合においても、液圧アクチュエータの強い非線形性によって単純な制御則で実現することは難しい。
【0004】
特許文献1では、制御対象の動特性の事前情報に基づいて、制御対象の次時刻ステップにおける位置及び速度を予測する予測方程式と、スライディングモード制御則を表す方程式とを連立方程式として解き、操作量である液圧アクチュエータへのバルブ開度指令を算出することにより、制御アルゴリズムを簡素化することとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の制御方法では、液圧アクチュエータへのバルブ開度指令を算出する際、制御対象の動特性を用いることとしている。しかしながら、制御対象の動特性の事前情報が不正確である場合、油圧アクチュエータの応答に時間遅れがある場合等においては、予測方程式の精度を担保することができず、所望の制御特性を得られないおそれがある。
【0007】
本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、制御対象の動特性に係る事前情報の精度が低い場合及び液圧アクチュエータの応答に時間遅れがある場合であっても、位置制御又は力制御について高い制御性能を得ることができる制御装置及び制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、この発明の第1の観点に係る制御装置は、
制御対象である機械を駆動させる液圧アクチュエータを制御する動作指令部と、
前記機械の目標位置及び現在位置に基づいて、前記機械の次時刻ステップに発生されるべき理想速度を算出する理想速度演算部と、
前記液圧アクチュエータでPID制御又はPD制御を実施した場合に発生可能なアクチュエータ力が算出される目標速度のうち、前記理想速度に最も近い速度である参照速度と、前記参照速度を目標速度としてPID制御又はPD制御を実施した場合に発生されるべきアクチュエータ力である参照発生力とを、前記液圧アクチュエータの準静的特性に基づいて算出する参照速度演算部と、
前記液圧アクチュエータの準静的特性、前記参照発生力及び前記参照速度に基づいて、前記液圧アクチュエータの操作量を算出する操作量演算部と、を備える。
【0009】
また、前記液圧アクチュエータは、再生回路を備え、
前記理想速度は、前記機械の前記目標位置、前記現在位置、前記再生回路の流量制御バルブの開口度及び前記再生回路を通る作動液の流量の推定値に基づいて算出される、
こととしてもよい。
【0010】
また、前記機械は、複数の前記液圧アクチュエータで駆動され、
前記操作量演算部は、それぞれの前記液圧アクチュエータについて前記操作量を算出し、
前記動作指令部は、算出された前記操作量に基づいてそれぞれの前記液圧アクチュエータを制御することにより、前記機械の所定部位を目標位置に移動させる、
こととしてもよい。
【0011】
また、制御装置は、
前記機械に加わる外力を推定する外力推定部を備え、
前記参照速度演算部は、前記外力推定部で推定される外力に基づいて前記参照速度及び前記参照発生力を算出する、
こととしてもよい。
【0012】
また、前記液圧アクチュエータは、油圧アクチュエータである、
こととしてもよい。
【0013】
また、制御装置は、
前記機械が接触する環境から前記液圧アクチュエータが受ける反力と、前記液圧アクチュエータが前記環境に加える力の目標値である目標印加力とを、前記機械の目標動特性を有する仮想物体に入力して、前記仮想物体における前記機械が次時刻ステップにおいて位置すべき参照位置を算出する参照位置演算部を備え、
前記理想速度演算部は、前記参照位置を前記目標位置として前記理想速度を算出する、
こととしてもよい。
【0014】
また、本発明の第2の観点に係る制御方法は、
液圧アクチュエータで駆動される制御対象である機械の目標位置及び現在位置に基づいて、前記機械の次時刻ステップに発生されるべき理想速度を算出する理想速度演算工程と、
前記液圧アクチュエータでPID制御又はPD制御を実施した場合に発生可能なアクチュエータ力が算出される目標速度のうち、前記理想速度に最も近い速度である参照速度と、前記参照速度を目標速度としてPID制御又はPD制御を実施した場合に発生されるべきアクチュエータ力である参照発生力とを、前記液圧アクチュエータの準静的特性に基づいて算出する参照速度演算工程と、
前記液圧アクチュエータの準静的特性、前記参照発生力及び前記参照速度に基づいて、前記液圧アクチュエータの操作量を算出する操作量演算工程と、を含む。
【0015】
また、制御方法は、
前記機械が接触する環境から前記液圧アクチュエータが受ける反力と、前記液圧アクチュエータが前記環境に加える力の目標値である目標印加力とを、前記機械の目標動特性を有する仮想物体に入力して、前記仮想物体における前記機械が次時刻ステップにおいて位置すべき参照位置を算出する参照位置演算工程を含み、
前記理想速度演算工程では、前記参照位置を前記目標位置として前記理想速度を算出する、
こととしてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の制御装置及び制御方法によれば、制御対象の速度を参照速度に追従させるPID制御則又はPD制御則と、スライディングモード制御則とを連立させて参照速度及びアクチュエータ力を算出し、液圧アクチュエータの準静的特性に基づいて液圧アクチュエータの操作量を算出するので、制御対象の動特性モデルに依存せず制御を行うことができる。したがって、制御対象の動特性の事前情報の精度が低い場合及び液圧アクチュエータの応答に時間遅れがある場合であっても、高い制御性能を得ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施の形態1に係る油圧アクチュエータの構成を示す概略図である。
【
図2】実施の形態1に係るショベルの概要を示す側面図である。
【
図3】実施の形態1に係る制御システムの構成を示すブロック図である。
【
図4】複数の油圧アクチュエータの制御方法を示す概念図である。
【
図5】実施の形態1に係る位置制御の流れを示すフローチャートである。
【
図6】数値例に係る油圧ショベルの姿勢及び目標位置の軌道を示す図である。
【
図7】制御則における処理の流れを示す概念図であり、(A)は従来の制御則の場合の図、(B)は本発明の実施の形態1に係る制御則の場合の図である。
【
図8】従来の制御則及び本発明の実施の形態1に係る制御則によるシミュレーション結果を示す図である。
【
図9】モデル化誤差の影響を比較するためのシミュレーション結果を示す図であり、(A)は再生回路補償のない本発明の実施の形態1に係る制御則の場合の図、(B)は再生回路補償のある本発明の実施の形態1に係る制御則の場合の図、(C)は従来の制御則の場合の図である。
【
図10】実施の形態2に係る制御システムの構成を示すブロック線図である。
【
図11】実施の形態2に係る制御システムの構成を示す機能ブロック図である。
【
図12】実施の形態2に係る力制御の流れを示すフローチャートである。
【
図13】数値例に係る油圧試験機の構成を示す概念図である。
【
図14】階段状入力の場合の数値例に係るシミュレーション結果を示すグラフであり、(A)は接触環境の硬度が50HSの場合のグラフ、(B)は接触環境の硬度が65HSの場合のグラフ、(C)は接触環境の硬度が70HSの場合のグラフである。
【
図15】正弦波入力の場合の数値例に係るシミュレーション結果を示すグラフであり、(A)は接触環境の硬度が50HSの場合のグラフ、(B)は接触環境の硬度が65HSの場合のグラフ、(C)は接触環境の硬度が70HSの場合のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(実施の形態1)
以下、図を参照しつつ、本発明の実施の形態に係る制御装置及び制御方法のうち、位置制御に係る制御装置及び制御方法について説明する。
【0019】
(制御アルゴリズム)
まず、本実施の形態に係る制御則、すなわち、液圧アクチュエータによって駆動される機械を制御対象とし、制御対象を目標位置へ移動させる場合の液圧アクチュエータの操作量uを決定する制御アルゴリズムについて説明する。具体的には、液圧アクチュエータとして
図1に示す油圧アクチュエータ1を考える。
【0020】
図1に示すように、油圧アクチュエータ1は、油圧を供給する油圧ポンプ11a、ポンプリリーフバルブ11b、ブリードバルブ11c、ポンプチェックバルブ11d、油圧を制御する主制御バルブ12、ロッド側リリーフバルブ13a、ロッド側チェックバルブ13b、ヘッド側リリーフバルブ14a、ヘッド側チェックバルブ14b、油圧制御によって動作するシリンダ15を備える。また、油圧アクチュエータ1は、再生回路16を備え、再生回路16は、チェック弁16a、流量制御バルブ16bを備える。
【0021】
(数学的準備)
本実施の形態では、以下に示す閉単位球B及び関数を用いる。
【数1】
また、集合値を引数とする関数を以下のように扱う。
【数2】
ここで、Xは実閉区間を表す。
【0022】
(制御則)
液圧アクチュエータは、以下の式で表される。
【数3】
ここで、pは制御対象の位置、vは制御対象の速度、Mは制御対象の質量を表す。
【0023】
上式の制御対象には、アクチュエータ力fと外力gが作用している。集合値関数Γは、液圧アクチュエータの準静的モデルであり、現在速度v及びバルブ開度指令である操作量uからアクチュエータ力fへの集合値関数として与えられる。
図1の油圧アクチュエータ1の油圧回路から再生回路16を除いた状態、すなわち再生回路16が常に閉じている状態で駆動される油圧アクチュエータ1の準静的モデルである集合値関数Γの具体的な形は、公知の文献1(R. Kikuuwe, et al., “A nonsmooth quasi-static modeling approach for hydraulic actuators,” J. Dyn. Sys., Meas., Control, vol.143, no.12, p.121002, 2021)の式(19)、及び公知の文献2(Y. Yamamoto, et al., “A sliding-mode set-point position controller for hydraulic excavators”, IEEE Access, vol.9, pp.153735-153749, 2021)の式(24)に示されている。
【0024】
関数Γの第2引数である操作量u∈Bは、
図1に示す4つの主制御バルブ12の開口度を示す変数である。この操作量uと主制御バルブ12の開口度u
*∈[0,1](*∈{ph,pr,th,tr})は、以下の関係にある。
【数4】
上記の関係式(7)より、正の制御入力である操作量uは、シリンダを伸ばす指令となり、負の制御入力である操作量uはシリンダを縮める指令となる。
【0025】
本実施の形態では、以下の式(8)に示す油圧アクチュエータのための位置制御則を用いる。
【数5】
ここで、K,L,DはPIDゲイン、Hは時定数、p
dは目標位置、pは現在位置、v
rは参照速度、uはアクチュエータへの指令、^fはアクチュエータの参照発生力、aはPID制御器の誤差積分値である。また、gは外力の推定値である。外力の推定値が得られない場合はg=0としてもよいが、推定値が得られる場合はその値をgとした方がより良好な制御性能を得ることができる。
【0026】
また、関数Θは、集合値関数Γの第2引数に関する逆関数であり、集合値関数Γと以下の関係にある集合値関数である。
【数6】
【0027】
式(8a)は速度
・pと参照速度v
rに基づいて構成されるPID制御則である。また、式(8b)は以下の式を切替平面とするスライディングモード制御則である。
【数7】
【0028】
本実施の形態では、式(8a)のPID制御則と式(8b)のスライディングモード制御則とを連立させている。以下、この手法を微分代数緩和という。式(8b)のスライディングモード制御則は、右辺が集合値であるため、値が一意に定められず、単独では実装に適さない。しかしながら、式(8a)のPID制御則と連立させることによって、この課題を回避し、参照発生力^fを算出することが可能となる。
【0029】
(離散時間アルゴリズム)
上述の制御則を実装するため、離散時間における制御アルゴリズムを考える。後退オイラー法を用いて式(8)の制御則を離散化することにより、以下の式(11)を得ることができる。
【数8】
【0030】
式(11a)と式(11d)を用いて、式(11b)からv
r,kとa
kを消去すると、以下の式(12)が得られる。
【数9】
ここで、v
s,
kはスライディングモード制御則によって次ステップに実現されるべき理想速度と解釈できる。また、v
f,
kは、液圧アクチュエータでPID制御則を実施した際、液圧アクチュエータの発生力が0となるような仮の目標速度と解釈できる。
【0031】
公知の文献3(R. Kikuuwe, Y. Yamamoto, and B. Brogliato, “Implicit implementation of nonsmooth controllers to nonsmooth actuators,” IEEE Trans. Autom. Control, 10.1109/TAC.2022.3163124, 2022)において、以下の式(13)が成立することが示されている。
【数10】
【0032】
式(13)を用いることにより、式(12a)を以下の式(14)のように書き直すことができる。
【数11】
【0033】
これにより、状態{p
k,v
k,p
d,
k,v
d,
k}から制御入力u
kを求める以下の式(15)のアルゴリズムが得られる。
【数12】
【0034】
ここで、関数Γ
s及び関数Θ
sは、関数Γ及び関数Θと以下のような関係にある一価関数である。
【数13】
【0035】
上述のように、集合値関数Γは、液圧アクチュエータの準静的特性(定常速度時の速度v,発生力f,バルブ開度指令である操作量uの関係)から得ることができる。また、集合値関数Θは、式(9)を用いて集合値関数Γから得ることができる。これらの関係と、式(16)と、式(17)とを用いて一価関数Γ
s及び一価関数Θ
sを得ることができる。
図1に示す油圧アクチュエータ1の油圧回路から再生回路16を除いた状態、すなわち再生回路16が常に閉じている状態で駆動される油圧アクチュエータ1の一価関数Γ
s及び一価関数Θ
sの具体的な形は、公知の文献2の式(34)及び第III.C節にそれぞれ示されている。
【0036】
尚、時刻kに油圧アクチュエータ1で発生可能な発生力f
kと、発生力f
kを生じる目標速度v
r,
kの対は、以下の2つの式を満たす実数の対{^f
k,v
r,
k}である。
【数14】
【0037】
上述のような対は無限個存在する。一方、式(15b),(15c),(15d)で求められる対{^fk,vr,k}は、式(18)を満たす無限個の対{^fk,vr,k}のうち、vr,kがvs,kに最も近いものである。すなわち、式(15b),(15c),(15d)は、油圧アクチュエータ1でPID制御を実施した場合に発生可能なアクチュエータ力が算出される目標速度vf,kのうち、理想速度vs,kに最も近い速度である参照速度vr,kと、参照速度vr,kを目標速度vf,kとしてPID制御を実施した場合に発生されるべきアクチュエータ力である参照発生力^fkとを、液圧アクチュエータの準静的特性に基づいて算出する工程(参照速度演算工程)である。
【0038】
尚、式(15)のアルゴリズムにおいてL=0とした場合、a
kが無限に大きくなり得るという不具合が生じる。この場合、e
k=(a
k-a
k-1)/Tで定義される新たな変数e
kを用いて式(15)のアルゴリズムを、以下のように修正することができる。
【数15】
【0039】
上記の式(19)で表されるアルゴリズムは、式(8)において・aをeで置き換えてL=0とし、後退オイラー法を用いて離散化し、上述の式(15)と同様の導出手順を経ることによっても導出することができる。式(19)により、式(15)のPID制御を、積分ゲインL=0としたPD制御に置き換えることが可能となる。
【0040】
本実施の形態と同様に準静的モデルに基づく制御則である公知の文献2に係る従来の制御則では、スライディングモード制御則の集合値性に対処するため二重陰的実装法を用いている。二重陰的実装法では、制御則と制御対象の動特性モデルの両方を後退オイラー法で離散化し、組み合わせることによって制御アルゴリズムを構築する。本実施の形態に係る微分代数緩和に基づく制御方法では、実装に動特性モデルを必要としないので、従来の制御方法に比べてモデル化誤差に強い構造となっている。また、微分代数緩和で結合しているPID制御器のゲインを調整することで、モデル化誤差及びむだ時間に対する感度を調整できる。
【0041】
式(19)のアルゴリズムに示すように、本実施の形態に係る位置制御では、液圧アクチュエータの目標位置pd,k及び現在位置pk、より詳細には目標位置pd,k、現在位置pkとこれらから導出される目標速度vd,k、現在速度vkとに基づいて、次時刻ステップに液圧アクチュエータで発生されるべき理想速度vs,kを算出する(理想速度演算工程、式(19a))。そして、液圧アクチュエータでPID制御又はPD制御を実施した場合に発生可能なアクチュエータ力fが算出される目標速度vf,kのうち、理想速度vs,kに最も近い速度である参照速度vr,kと、参照速度vr,kを目標速度としてPID制御又はPD制御を実施した場合に発生されるべきアクチュエータ力である参照発生力^fkとを、液圧アクチュエータの準静的モデルΓに基づいて算出する(参照速度演算工程、式(19b)~(19e))。さらに、液圧アクチュエータの準静的モデルΓ、算出された参照発生力^fk及び参照速度vr,kに基づいて、液圧アクチュエータの操作量ukを算出する(操作量演算工程、式(19f))。
【0042】
(再生回路の影響の補償)
油圧アクチュエータ1は、
図1に示すように再生回路16を備える。再生回路16は、リンクの位置エネルギを利用して作動液(作動油)をロッド側チャンバからヘッド側チャンバに送る。ロッド側チャンバの断面積をA
r、ヘッド側チャンバの断面積をA
hとし、
-A=(A
r+A
h)/2とすると、外力gによって発生するロッド側チャンバとヘッド側チャンバとの間の圧力差はg/
-Aで近似できる。流量制御バルブ16bにおける流量は、両チャンバ間の圧力差の平方根に比例するので、再生回路を通る作動油の流量q
regの推定値は、以下の式で求められる。
【数16】
ここで、u
regは再生回路16の流量制御バルブ16bの開口度を示す。係数c
regは、C
rega
reg√2/ρで定義され、ρは作動油の質量密度、a
regは流量制御バルブ16bの最大開口面積、C
regは流出係数である。
【0043】
再生回路16の流量q
regによるシリンダ速度の増分v
regは、v
reg=q
reg/A
hと求められる。また、変数v
regは再生回路16のチェック弁16aの効果によって非負の値となる。このシリンダ速度の増分v
regに基づいて、再生回路16の影響を補償するために式(8)の制御則を拡張すると、以下の式に示す制御則が得られる。
【数17】
【0044】
上記の変数vregを導入することによって、作動油が再生回路16を通ってヘッド側チャンバに送られる状況では、切替平面がpd-p+H(・pd-vr-vreg)=0となる。これにより、補償なしの場合と比べてvregだけ低速な状態で切替平面に到達するため、過度な速度上昇を抑制した制御を行うことができる。
【0045】
変数v
regを含む制御則を実装するためのアルゴリズムは、式(15)のアルゴリズムの導出と同様の手順を式(21)の制御則に適用して離散化するすることによって得られる。導出されるアルゴリズムは、式(15)で表されるアルゴリズムの式(15a)を以下の式に置き換えたものとなる。
【数18】
変数v
reg,
kの値は、式(20)を用いて演算に係る時刻ステップごとに演算すればよい。また、この際、外力gとして関節角度及びリンクの質量から導出されるシリンダ15に作用する重力を用いることができる。
【0046】
(制御システムの構成)
本実施の形態では、具体的な制御システムの構成の例として、複数の油圧アクチュエータで駆動されるショベルのバケットの位置制御を行う場合について説明する。
【0047】
本実施の形態に係る位置制御装置である制御ユニット50は、
図2に示すショベル30に搭載され、ショベル30の動作を制御する。
【0048】
ショベル30は、下部走行体31、上部旋回体32、作業装置40を備える。下部走行体31は、ショベル30を走行させる部分であり、例えばクローラである。上部旋回体32は、下部走行体31に、旋回モータ47を介して旋回可能に取り付けられている。上部旋回体32には、操作者がショベル30の操作を行う運転室、作業装置40等が配置されている。
【0049】
作業装置40は、上部旋回体32に回転可能に取り付けられているブーム41、ブーム41に回転可能に取り付けられているアーム42、アーム42に回転可能に取り付けられ掘削等を行うバケット43を備える。
【0050】
また、作業装置40は、上部旋回体32及びブーム41に接続されてブーム41を動作させるブームシリンダ44、ブーム41及びアーム42に接続されてアーム42を動作させるアームシリンダ45、アーム42及びバケット43に接続されてバケット43を動作させるバケットシリンダ46、下部走行体31及び上部旋回体32に接続されて上部旋回体32を動作させる旋回モータ47を備える。ブームシリンダ44、アームシリンダ45、バケットシリンダ46、旋回モータ47(以下、各アクチュエータ44~47ともいう。)は、油圧によって駆動される油圧アクチュエータである。
【0051】
制御ユニット50は、ショベル30に搭載されており、
図3のブロック図に示すように、制御部51、記憶部52、表示部53、入力部54を備える。制御ユニット50は、位置センサ48、速度センサ49、各アクチュエータ44~47等と接続されて、ショベル30の各部の動作制御を行う。
【0052】
制御部51は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等から構成されるコンピュータ装置であり、ショベル30の動作を制御する。制御部51は、制御部51のROM、記憶部52等に記憶されている各種動作プログラム及びデータをRAMに読み込んでCPUを動作させることにより、
図3に示される制御部51としての各機能を実現させる。これにより、制御部51は、理想速度演算部511、参照速度演算部512、操作量演算部513、外力推定部514及び動作指令部515として動作する。
【0053】
理想速度演算部511、参照速度演算部512及び操作量演算部513は、位置センサ48及び速度センサ49の出力である測定値と、バケット43の目標位置、より詳細にはショベル30の所定部位であるバケット43の先端部(以下、バケット先端43aという。)の目標位置とに基づいて、作業装置40を動作させるための各アクチュエータ44~47の操作量uを算出する。
【0054】
外力推定部514は、各アクチュエータ44~47に作用する外力の大きさを推定する。外力の推定方法は特に限定されず、例えば、各アクチュエータ44~47に設置されたセンサ(不図示)等の出力に基づいて推定することができる。
【0055】
動作指令部515は、操作量演算部513で算出された操作量uに基づいて、各アクチュエータ44~47を制御し、上部旋回体32、ブーム41、アーム42、バケット43を動作させる。
【0056】
記憶部52は、ハードディスク、フラッシュメモリ等の不揮発性メモリであり、各種設定パラメータ、操作量u算出のための制御アルゴリズム等を記憶する。
【0057】
表示部53は、液晶パネル、有機EL(Electroluminescence)等の表示用デバイスであり、各種設定パラメータ、位置センサ48及び速度センサ49の検出値等を表示する。本実施の形態に係る表示部53は、ショベル30の運転室内に設置された液晶パネルである。
【0058】
入力部54は、バケット先端43aの目標位置等、ショベル30を動作させる各種設定パラメータを入力するための入力デバイスである。入力部54は、例えば表示部53上に配置されたタッチパネルである。
【0059】
位置センサ48は、制御対象であるショベル30の作業装置40の位置を検出するセンサであり、本実施の形態に係る位置センサ48は、上部旋回体32の角度を検出する旋回角度センサ484、ブームの角度を検出するブーム角度センサ481、アームの角度を検出するアーム角度センサ482、バケットの角度を検出するバケット角度センサ483を含む。制御部51は、ブーム角度センサ481、アーム角度センサ482、バケット角度センサ483、旋回角度センサ484によって検出された作業装置40各部の角度から、ブームシリンダ44、アームシリンダ45及びバケットシリンダ46(以下、各シリンダ44~46ともいう。)の長さと、旋回モータ47の角度とを算出し、算出された各シリンダ44~46の長さと旋回モータ47の角度とに基づいて、バケット先端43aの位置制御を行う。
【0060】
速度センサ49は、作業装置40各部の速度を検出するセンサであり、本実施の形態に係る速度センサ49は、上部旋回体32の角速度を検出する旋回角速度センサ494、ブームシリンダの伸縮速度を検出するブーム速度センサ491、アームシリンダの伸縮速度を検出するアーム速度センサ492、バケットシリンダの伸縮速度を検出するバケット速度センサ493を含む。
【0061】
以下、本実施の形態に係る制御ユニット50によるバケット先端43aの位置制御処理について説明する。
図4のブロック図に示すように、油圧アクチュエータである各シリンダ44~46の操作量uを算出する制御アルゴリズムを例として説明する。尚、以下の実施の形態では、各シリンダ44~46のみを用いることとするが、これに限られない。目標位置p
dの座標によって、上部旋回体32の旋回角度を加えたコントローラを構成して、バケット先端43aの位置制御を行うこととしてもよい。より具体的には、
図3に示すように、位置センサ48としての旋回角度センサ484、速度センサ49としての旋回角速度センサ494を用いて、液圧アクチュエータである旋回モータ47を動作させ、ブーム41、アーム42、バケット43の動作と組み合わせてバケット先端43aの位置制御を行うこととしてもよい。
【0062】
本発明の制御アルゴリズムでは、制御部51は、与えられた制御対象の目標位置、所望の挙動、現在位置、現在速度等に基づいて、各シリンダ44~46の操作量uを算出する。所望の挙動は、例えば制御対象の目標位置への収束運動の時定数である。
【0063】
(制御の流れ)
図5のフローチャートを参照しつつ、ショベル30のバケット先端43aの位置制御の流れについて具体的に説明する。
【0064】
ショベル30の操作者は、入力部54からバケット先端43aの目標位置pdを入力、設定する(ステップS11)。目標位置pdの入力は、タッチパネルである入力部54で座標入力することとしてもよいし、操作レバーを用いて手動で移動させたバケット先端43aの座標を目標位置pdとして設定することとしてもよい。また、記憶部52に予め記憶されている設計面上の座標を読み出して、目標位置pdを設定することとしてもよい。
【0065】
また、操作者は、所望の挙動を表す時定数H等のパラメータを入力、設定する。これらのパラメータは、記憶部52に予め記憶されている値を読み出して、設定されることとしてもよい。
【0066】
制御部51は、入力された目標位置p
dから、逆運動学によって目標位置p
dにおける各シリンダ44~46の目標長さを算出する(ステップS12)。そして、
図4に示すように、各シリンダ44~46の長さがそれぞれ目標長さとなるように、各シリンダ44~46を制御して伸縮させることにより、バケット先端43aの位置制御を行う。
【0067】
制御部51の理想速度演算部511は、理想速度演算工程として、次時刻ステップに発生されるべき理想速度vs,kを算出する(ステップS13)。より具体的には、制御部51は、ブーム角度センサ481、アーム角度センサ482、バケット角度センサ483(以下、各角度センサ481~483ともいう。)から、作業装置40各部の角度データを取得する。制御部51は、取得した角度データに基づいて、各シリンダ44~46の長さである現在位置pkを算出する。制御部51は、算出した現在位置pk(m)、設定された目標位置pd,k(m)、目標速度vd,k(m/s)、時定数H(s)及び式(15a)又は式(22)に基づいて、各シリンダ44~46の理想速度vs,kを算出する。制御周期は、特に限定されないが、例えば10ms(ミリ秒)である。
【0068】
続いて、制御部51の参照速度演算部512は、参照速度演算工程として、現在速度vk(m/s)、設定されたPIDゲインK,L,D、制御周期T(s)、及び式(15b)~(15e)又は式(19b)~(19e)に基づいて、次時刻ステップの参照速度vr,k及び参照発生力^fkを算出する(ステップS14)。より具体的には、参照速度演算部512は、ブーム速度センサ491、アーム速度センサ492、バケット速度センサ493から、各シリンダ44~46の現在速度vkを取得する。そして、参照速度演算部512は、液圧アクチュエータでPID制御又はPD制御を実施した場合に発生可能なアクチュエータ力fが算出される目標速度vf,kのうち、理想速度vs,kに最も近い速度である参照速度vr,kと、参照速度vr,kを目標速度としてPID制御又はPD制御を実施した場合に発生されるべきアクチュエータ力である参照発生力^fkとを、液圧アクチュエータの準静的モデルΓに基づいて算出する。
【0069】
続いて、制御部51の操作量演算部513は、操作量演算工程として、各シリンダ44~46の操作量ukを算出する(ステップS15)。具体的には、操作量演算部513は、ステップS14で算出された参照速度vr,k及び参照発生力^fkと、液圧アクチュエータの準静的モデルΓに基づいて、操作量ukを算出する(式(15f),(17))。
【0070】
制御部51の動作指令部515は、算出した操作量ukを各シリンダ44~46へ出力し、ブーム41、アーム42、バケット43を動作させてバケット先端43aを移動させる(ステップS16)。
【0071】
次の時刻ステップに到達すると、制御部51は、位置センサ48から各シリンダ44~46の現在位置pkを、新たに取得する。取得した現在位置pkと目標位置pd,kとの差が予め設定されている所定の閾値以下である場合(ステップS17のYES)、制御部51は、位置制御を終了する。
【0072】
また、取得した現在位置pkと目標位置pd,kとの差が予め設定されている所定の閾値より大きい場合(ステップS17のNO)、制御部51は、ステップS13の理想速度演算工程に戻る。そして、制御部51は、制御アルゴリズムにしたがって、当該時刻ステップでの操作量ukを算出し、バケット先端43aを移動させる。これを繰り返し、制御部51は、バケット先端43aの位置を目標位置pdとするように、位置制御を行う。
【0073】
以上、詳細に説明したように、本実施の形態の位置制御に係る制御装置及び制御方法では、制御対象の速度を参照速度に追従させるPID制御則又はPD制御則と、スライディングモード制御則とを連立させて参照速度及びアクチュエータ力を算出し、液圧アクチュエータの準静的特性に基づいて液圧アクチュエータの操作量を算出するので、制御対象の動特性モデルに依存せず制御を行うことができる。したがって、制御対象の動特性の事前情報の精度が低い場合及び液圧アクチュエータの応答に時間遅れがある場合であっても、高い制御性能を得ることが可能である。
【0074】
(数値例)
以下、本実施の形態に係る制御則を用いた油圧アクチュエータの位置制御シミュレーションについて説明する。本例では、13トン級油圧ショベルの実時間シミュレータを用いてシミュレーションを行った。また、本例では、本実施の形態に係る制御則を、運動学を用いて各軸のアクチュエータに適用することでアーム先端位置の制御を行った。また、実時間シミュレータのサンプリング間隔は0.1msであり、制御器のサンプリング間隔は10msである。実時間シミュレータと制御器とはUDP/IP(User Datagram Protocol/Internet Protocol)で接続されており、関節角度情報、制御入力等の送受信が可能である。
【0075】
実時間シミュレータ内のシリンダ発生力は、上述の公知の文献1に記載の油圧アクチュエータの準静的モデルに基づいて算出される。また、アームシリンダ発生力については、公知の文献1に記載の再生回路を含む準静的モデルに基づいて計算される。本例では、油圧アクチュエータの動特性及び油圧アクチュエータ内のむだ時間を模擬するため、アクチュエータモデルと制御器との間に、以下のフィルタを設置した。
【数19】
ここで、u
fはフィルタ後の制御入力である。また、むだ時間T
d、カットオフ周波数ω
0及び減衰比ζは、それぞれT
d=300ms、ω
0=94.2rad/s、ζ=1に設定した。
【0076】
図6は、ショベル30の姿勢及び目標位置q
dの軌道を示す。目標位置q
d及び目標位置q
dの時間変化率は以下の式の通りであり、目標位置q
dの時間変化率の大きさは一定とした。
【数20】
【0077】
また、本例のパラメータとして、ショベル30のブーム41とアーム42のどちらとも、K=3×105N/m,B=3×105N・s/m,H=1.0sとした。また、制御則中のアクチュエータモデルのパラメータは、制御対象のパラメータと同じ値に設定した。
【0078】
また、本実施の形態に係る制御方法と、従来の制御方法とを比較するため、同条件にて制御シミュレーションを行った。具体的には、制御則Aとして、
図7(A)に示す二重陰的実装に基づく従来のスライディングモード制御則(公知の文献2に係る制御則)を、制御則Bとして、
図7(B)に示す本実施の形態に係るPID制御則を用いた。制御則Aはむだ時間補償器を内包しているので、その先読み時間^T
dを300ms(=T
d),150ms及び0msに設定してそれぞれシミュレーションを行った。また、切替平面の傾きを示す時定数Hは1.0sとした。
【0079】
制御則Bは以下の式(25)で表される。
【数21】
ここで、比例ゲインK
p,微分ゲインK
d及び積分ゲインK
iは、それぞれ3×10
8N/m,3×10
8N・s/m,及び0に設定した。これらのゲインの値は、シミュレーションを繰り返して試行錯誤的に調整したものである。
【0080】
図8は、シミュレーション結果を示す図である。
図8に示すように、再生回路補償を有効にした本実施の形態に係る制御方法(図中の提案手法)が、全域で目標位置とアーム先端位置との誤差が少なく最もよい結果となった。再生回路補償なしの場合の本実施の形態に係る制御方法(制御則B)は、再生回路が開く垂直下げと水平引きの際に、再生回路の影響によって誤差が大きくなっている。
【0081】
制御則Aは、水平引きの際、常に誤差が発生する結果となった。また、先読み時間^Td=0(むだ時間補償なし)の場合、手先位置が常に振動する結果となった。制御則Bについても、全域で振動する結果となった。
【0082】
(モデル化誤差の影響検証)
油圧アクチュエータモデルのパラメータ誤差が制御性能に与える影響を検証するため、シミュレーションを実施した。シミュレータ側のリリーフ圧や流出係数などの値を基準として、制御則側のパラメータに{-20%,0,+20%}の誤差をランダムに付加した。試行回数は100回とした。また、比較のため、本実施の形態に係る制御方法と、油圧アクチュエータの準静的モデルに基づく制御則Aについて、同様のシミュレーションを行った。
【0083】
図9(A)~(C)は、シミュレーション結果を示す図である。制御則Aを用いた
図9(C)と再生回路補償なしの制御則Bを用いた
図9(A)、再生回路補償ありの制御則Bを用いた
図9(B)とを比較すると、
図9(A)、(B)の方が、パラメータ誤差のない理想的な場合の軌道の近くに、シミュレーション結果の軌道(パラメータ誤差ありの場合の軌道)が集まっている。これにより、本実施の形態に係る制御方法は、パラメータ誤差に対して制御性能の変化が少ないことがわかる。この結果は、本実施の形態に係る制御方法は制御対象の動特性モデルに依存しておらず、モデル依存性が低いことに起因すると考えられる。また、制御則Aは準静的モデル及び制御対象の動特性モデルに基づくむだ時間補償を行っているので、パラメータ誤差の影響がより顕著に表れたと考えられる。
図9(A)と
図9(B)との比較から、パラメータ誤差がある状況でも再生回路の影響を補償することにより、手先軌道を目標位置q
dの軌道に近づけられることがわかる。
【0084】
以上説明したように、本実施の形態の位置制御に係る制御装置及び制御方法によれば、PID制御又はPD制御と代数的に結合されたスライディングモード制御により位置制御を行い、制御対象の動特性モデルに依存しない構造となっているので、パラメータ誤差、むだ時間等の影響を受けにくい。したがって、大きなむだ時間を有する油圧アクチュエータであっても、適切に制御することができる。また、油圧アクチュエータの準静的モデルに基づいているので、油圧アクチュエータの強い非線形性を取り扱うことができる。
【0085】
また、本実施の形態に係る制御装置及び制御方法では、再生回路の影響を補償するための拡張が行われている。したがって、再生回路を備える液圧アクチュエータにも適用可能である。
【0086】
上記実施の形態では、速度センサ49を用いて各シリンダ44~46の伸縮速度を計測することとしたが、これに限られない。例えば、各角度センサ481~483で計測された角度データに基づいて、制御部51が各シリンダ44~46の速度を算出することとしてもよい。
【0087】
(実施の形態2)
上記実施の形態1では、液圧アクチュエータで駆動される制御対象を位置制御する場合について説明したが、実施の形態1と同様の制御則を用いて制御対象の力制御を行うことも可能である。本実施の形態では、液圧アクチュエータで駆動される制御対象を力制御する場合の制御装置及び制御方法について説明する。
【0088】
具体的には、実施の形態1と同様の油圧アクチュエータ1で駆動される制御対象をアドミッタンス制御する場合を例として力制御装置及び力制御方法について説明する。本実施の形態に係る制御システムは力制御を行うためのフィードバックループを有し、これを実現するために制御部51’が参照位置演算部516を備える点が実施の形態1と異なり、その他の構成等については実施の形態1と同様であるので、同じ符号を付して説明を省略する。
【0089】
図10のブロック線図に示すように、本実施の形態に係る制御システムは、制御対象の油圧アクチュエータ1に環境から加えられる力(以下、反力ともいう。)f
eの計測値と、油圧アクチュエータ1が環境に加える力の目標値である目標印加力f
dとを入力として、油圧アクチュエータ1の動作をアドミッタンス制御する。本実施の形態に係るアドミッタンス制御は、
図10に示すように、位置制御を基礎とした力制御である。より具体的には、本実施の形態に係るアドミッタンス制御では、実施の形態1に係る位置制御を行う内部位置制御器により、制御対象である油圧アクチュエータ1のロッドの位置pが、制御対象の目標動特性を有する仮想物体の位置qに追従するように制御される。仮想物体の目標動特性は、制御対象の目標慣性及び目標粘性によって定義される動特性であり、本実施の形態に係る仮想物体は、油圧アクチュエータ1の動特性をモデル化した質量ダンパ系として表現される。また、仮想物体には、目標印加力f
dと、制御対象と高剛性の外部環境とが接触することにより、油圧アクチュエータ1が環境から受ける力として計測された反力f
eが作用していると想定する。
【0090】
以下、本実施の形態に係る制御則、すなわち、液圧アクチュエータによって駆動される機械を制御対象とし、制御対象と高剛性環境との接触時の力制御を行う場合の液圧アクチュエータの操作量uを決定する制御アルゴリズムについて説明する。
【0091】
(数学的準備)
本実施の形態では、以下の式(26)に示す法錘(Normal Cone)と呼ばれる関数を用いる。
【数22】
【0092】
(制御則)
制御対象である液圧アクチュエータは、以下の式で表される。
【数23】
ここで、pは制御対象の位置、vは制御対象の速度、Mは制御対象の質量を表す。
【0093】
上式の制御対象には、アクチュエータの発生力fと外力(外乱)g及び環境からの反力feが作用している。集合値関数Γは、実施の形態1と同様の液圧アクチュエータの準静的モデルであり、現在速度v及びバルブ開度指令である操作量uからアクチュエータの発生力fへの集合値関数として与えられる。制御入力u∈Bは、流量制御弁の開口度を決定する。u>0の場合は液圧アクチュエータを伸展させる方向に、u<0の場合は液圧アクチュエータを収縮させる方向に、液圧アクチュエータ内部のオイル流が発生するように流量制御弁が開く。尚、Mは既知であるという前提は設けない。pは位置センサによって取得可能であるとする。
【0094】
本実施の形態では、以下の式(28)に示すアドミッタンス制御則を用いる。
【数24】
【0095】
ここで、^gは外乱の推定値であり、q、Bv及びMvは仮想物体のロッドの位置、粘性及び質量である。式(28a)は、目標印加力fdと計測された環境からの反力feによって駆動される仮想物体の動特性を表す。式(28a)の右辺第2項のN[-vm,vm](・q)は、式(26)の法錘の定義により、仮想物体の速度・qを区間[-vm,vm]に制限する効果を有する。式(28b)から式(28d)は、制御対象の位置pを仮想物体の位置qに追従させる位置制御器であり、実施の形態1に係る位置制御器と同様の制御則を表している。また、この位置制御器は、調整可能なパラメータとしてPIDゲインK,B及び時定数Hを有している。
【0096】
(離散時間アルゴリズム)
本実施の形態に係る力制御器から液圧アクチュエータへの制御入力u
kを{f
d,k,f
e,k,p
k,^g
k}から算出するためのアルゴリズムは、実施の形態1と同様の離散化手順に従うことで得られ、以下のように表される。
【数25】
【0097】
上記の式(29)に示すように、本実施の形態に係る力制御のアルゴリズムは、実施の形態1に係る式(19)の位置制御のアルゴリズムに相当する式(29c)~(29i)に、力制御器を構成するための式(29a)~(29b)が加えられたものである。このように、本実施の形態の力制御に係る制御装置及び制御方法では、実施の形態1に係る位置制御方法に基づく内部位置制御器を用いて力制御を行っている。したがって、制御対象の動特性の事前情報の精度が低い場合及び液圧アクチュエータの応答に時間遅れがある場合であっても、高い制御性能を得ることが可能である。
【0098】
(制御システムの構成)
本実施の形態に係る制御ユニット50’の制御部51’は、
図11のブロック図に示すように、参照位置演算部516を備える点で、実施の形態1に係る制御部51と異なる。
【0099】
参照位置演算部516は、制御対象である油圧アクチュエータを備える機械の動特性を有する仮想物体を用いて参照位置を算出する。具体的には、上述のアルゴリズムに示したように、油圧アクチュエータから環境への印加力の目標値として設定された目標印加力と、油圧アクチュエータが備える力センサ60で測定された油圧アクチュエータに働く環境からの反力の測定値とを仮想物体のモデルに入力する。そして、次時刻ステップにおいて制御対象、より詳細には仮想物体における油圧アクチュエータのロッドが位置するべき参照位置を算出する。油圧アクチュエータに働く力を測定する力センサ60は、油圧アクチュエータに内蔵されるものであってもよいし、油圧アクチュエータの外部に設置されるものであってもよい。
【0100】
また、本実施の形態に係る理想速度演算部511は、参照位置演算部516で算出された参照位置を用いて理想速度を算出する。より具体的には、理想速度演算部511は、参照位置を、実施の形態1に係るアルゴリズムにおける目標位置として用いることにより、理想速度を算出する。これにより、
図10に示すように、参照位置演算部516の出力である参照位置qが、内部位置制御器として動作する実施の形態1に係る制御則に入力されて制御が実行され、全体として制御対象の力制御が行われることとなる。
【0101】
(制御の流れ)
図12は、本実施の形態に係る力制御の流れを示すフローチャートである。
図12に示すように、本実施の形態に係る力制御では、まず、油圧アクチュエータの目標印加力f
dを設定する(ステップS31)。続いて、設定された目標印加力f
dと、油圧アクチュエータに働く力f
eの測定値とに基づいて、参照位置qが演算される(ステップS32)。制御開始時に与えられる時定数H等のパラメータは、実施の形態1と同様に予め与えられる。
【0102】
より具体的には、制御部51’の参照位置演算部516は、参照位置演算工程として、次時刻ステップに制御対象である油圧アクチュエータのロッドが位置すべき参照位置を算出する。参照位置を算出するためのアルゴリズムは、上述の式(29a)~(29b)の通りである。
【0103】
ステップS33~S36の処理は、ステップS31で算出された参照位置を目標位置として入力した場合における実施の形態1に係るステップS13~S16の処理(
図5)と同様である。
【0104】
ステップS33~S36において、内部位置制御器による操作量uの演算が行われ、制御対象である油圧アクチュエータの動作が制御される。制御部51’は、操作者による終了指示、所定の動作時間の終了等により、制御処理が終了するまで(ステップS37のNO)、ステップS31~S37の処理を繰り返す。また、制御システムは、操作者による終了指示、所定の動作時間の終了等、所定の終了条件が充足されると(ステップS37のYES)、制御処理を終了する。以上の処理により、本実施の形態に係る制御部51’は、制御対象の力制御を行うことができる。
【0105】
以上説明したように、本実施の形態に係る力制御を行う制御装置及び制御方法では、制御対象の速度を参照速度に追従させるPID制御則又はPD制御則と、スライディングモード制御則とを連立させて参照速度及びアクチュエータ力を算出し、液圧アクチュエータの準静的特性に基づいて液圧アクチュエータの操作量を算出する実施の形態1に係る制御則を用いて制御対象の力制御を行うので、制御対象の動特性モデルに依存せず制御を行うことができる。したがって、制御対象の動特性の事前情報の精度が低い場合及び液圧アクチュエータの応答に時間遅れがある場合であっても、高い制御性能を得ることが可能である。
【0106】
(数値例)
以下、本実施の形態に係る制御則を用いた油圧アクチュエータの力制御シミュレーションについて説明する。本例では、
図13に示す油圧試験機を用いて、本実施の形態に係るアドミッタンス制御を行った。油圧試験機は、電磁比例流量制御弁(モジュラー弁の最上段)、リリーフ弁及びチェック弁を備えている。ポンプユニットから供給される作動油の流量は4.17×10
-4m
3/sで一定であり、油圧シリンダの最大出力は1.56×10
-3Nである。また、サンプリング間隔はT=0.01sである。
【0107】
制御ユニットは、油圧シリンダのリニアエンコーダ及びロードセルから、ロッド位置p及び環境からの反力feの計測値を取得する。制御入力uは、D/A変換ボードによって流量制御弁の入力電圧に変換される。
【0108】
油圧シリンダが接触する環境としては、
図13に示すように、剛体壁に固定されたゴム板を用いた。また、ロードセルのロードボタン部のみが環境と接触するように、ゴム板前面には金属板を設置した。本例では比較のため、3種類の異なる硬さのゴム板との接触実験を行った。ゴム板の硬さは、それぞれショアA硬度50HS程度(ShoreA50)、ショアA硬度65HS程度(ShoreA65)及びショアA硬度70HS程度(ShoreA70)であり、数字の小さいゴム板がより柔らかい材質である。
【0109】
本例のアドミッタンス制御の制御アルゴリズムに係る各パラメータは、K=2.5×103N/m、B=3.0×102N・s/m、H=0.5sとした。仮想物体のパラメータは、Bv=7.5×103N・s/m、Mv=5kgとした。これらのパラメータは、発生力fが不安定にならないように試行錯誤的に決定された。
【0110】
図14(A)~(C)に階段状の目標印加力f
dに対する接触力制御の結果を示す。
図14(A)~(C)に示すように、すべての硬度の環境に対して、計測された反力fを目標印加力f
dに追従させることができている。
【0111】
図15(A)~(C)に正弦波状の目標印加力f
dに対する接触力制御の結果を示す。
図15(A)~(C)に示すように、すべての硬度の環境に対して、計測された反力fを目標印加力f
dに追従させることができている。
【0112】
以上説明したように、本実施の形態に係る力制御方法よって、高剛性環境に接触した油圧アクチュエータから環境に加えられる力を、適切に目標印加力に追従させることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0113】
本発明は、液圧アクチュエータで動作する機械の位置制御及び力制御に好適である。特に、油圧アクチュエータによって動作する建設機械の自動位置決め制御及びアドミッタンス制御に好適である。
【符号の説明】
【0114】
1 油圧アクチュエータ、11a 油圧ポンプ、11b ポンプリリーフバルブ、11c ブリードバルブ、11d ポンプチェックバルブ、12 主制御バルブ、13a ロッド側リリーフバルブ、13b ロッド側チェックバルブ、14a ヘッド側リリーフバルブ、14b ヘッド側チェックバルブ、15 シリンダ、16 再生回路、16a チェック弁、16b 流量制御バルブ、30 ショベル、31 下部走行体、32 上部旋回体、40 作業装置、41 ブーム、42 アーム、43 バケット、43a バケット先端、44 ブームシリンダ、45 アームシリンダ、46 バケットシリンダ、47 旋回モータ、48 位置センサ、481 ブーム角度センサ、482 アーム角度センサ、483 バケット角度センサ、484 旋回角度センサ、49 速度センサ、491 ブーム速度センサ、492 アーム速度センサ、493 バケット速度センサ、494 旋回角速度センサ、50,50’ 制御ユニット、51,51’ 制御部、511 理想速度演算部、512 参照速度演算部、513 操作量演算部、514 外力推定部、515 動作指令部、516 参照位置演算部、52 記憶部、53 表示部、54 入力部、60 力センサ