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特開2024-32140アナログメモリ素子およびニューラルネットワーク
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024032140
(43)【公開日】2024-03-12
(54)【発明の名称】アナログメモリ素子およびニューラルネットワーク
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/82 20060101AFI20240305BHJP
   H10B 99/00 20230101ALI20240305BHJP
   H10B 69/00 20230101ALI20240305BHJP
   H10B 61/00 20230101ALI20240305BHJP
   G11C 11/54 20060101ALI20240305BHJP
   G11C 27/02 20060101ALI20240305BHJP
   G06N 3/063 20230101ALI20240305BHJP
   G06G 7/60 20060101ALI20240305BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
H01L27/10 451
H01L27/115
H01L27/105 447
H01L27/10 481
G11C11/54
G11C27/02 100
G06N3/063
G06G7/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022135633
(22)【出願日】2022-08-29
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(74)【代理人】
【識別番号】100153006
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 勇三
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 政樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121669
【弁理士】
【氏名又は名称】本山 泰
(72)【発明者】
【氏名】国橋 要司
(72)【発明者】
【氏名】眞田 治樹
(72)【発明者】
【氏名】田中 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】後藤 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】輕部 修太郎
(72)【発明者】
【氏名】田中 貴大
(72)【発明者】
【氏名】好田 誠
(72)【発明者】
【氏名】新田 淳作
【テーマコード(参考)】
4M119
5F083
5F092
【Fターム(参考)】
4M119BB20
4M119CC05
4M119CC10
4M119DD22
4M119DD60
4M119HH01
4M119HH04
4M119KK14
5F083FZ10
5F083GA05
5F083JA43
5F083JA60
5F083PR22
5F083PR25
5F083ZA21
5F092AB10
5F092AC26
5F092AC30
5F092AD02
5F092AD25
5F092AD30
5F092BD01
5F092BD19
5F092BD23
5F092BD24
5F092CA02
5F092CA03
5F092DA01
5F092DA03
(57)【要約】
【課題】簡易な構成のアナログメモリ素子およびニューラルネットワークを提供する。
【解決手段】本発明に係るアナログメモリ素子10は、電流誘起によりスピン流を生じる反強磁性材料からなるチャネル構造12を備え、チャネル構造が、一の方向に配置される第1のチャネル12_1と、第1のチャネルと垂直な他の方向に配置される第2のチャネル12_2と、第1のチャネルと所定の角度をなす第3のチャネル12_3と、第3のチャネルに垂直な第4のチャネル12_4とにより構成され、第1および第2のチャネルそれぞれに一の書き込み電流14_1および他の書き込み電流14_2が印加され、第3のチャネルと第4のチャネルとのいずれか一方に読み出し電流が印加され、他方に読み出し電圧が出力される。
【選択図】 図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電流誘起によりスピン流を生じる反強磁性材料からなるチャネル構造を備え、
前記チャネル構造が、
一の方向に配置される第1のチャネルと、
前記第1のチャネルと垂直な他の方向に配置される第2のチャネルと、
前記第1のチャネルと所定の角度をなすように配置される第3のチャネルと、
前記第3のチャネルと垂直に配置される第4のチャネルとにより構成され、
前記第1のチャネルに一の書き込み電流が印加され、
前記第2のチャネルに他の書き込み電流が印加され、
前記第3のチャネルと前記第4のチャネルとのいずれか一方に読み出し電流が印加され、他方に読み出し電圧が出力される
ことを特徴とするアナログメモリ素子。
【請求項2】
前記一の書き込み電流により、前記一の方向のネールベクトルが、前記他の方向に配向するように90°程度回転し、
前記他の書き込み電流により、前記他の方向のネールベクトルが、前記一の方向に配向するように90°程度回転する
ことを特徴とする請求項1に記載のアナログメモリ素子。
【請求項3】
前記一の書き込み電流が印加されたときの前記読み出し電圧の値と、前記他の書き込み電流が印加されたときの前記読み出し電圧の値とが異なる
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のアナログメモリ素子。
【請求項4】
前記一の書き込み電流および前記他の書き込み電流が電流パルスであって、
前記電流パルスの数に応じて前記読み出し電圧の値が異なる
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のアナログメモリ素子。
【請求項5】
前記一の書き込み電流の密度および前記他の書き込み電流の密度に応じて前記読み出し電圧の値が異なる
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のアナログメモリ素子。
【請求項6】
前記一の書き込み電流の密度および前記他の書き込み電流の印加方向と、パルスの数と、密度との少なくともいずれかが変数として入力される入力部と、
請求項1又は請求項2に記載のアナログメモリ素子により構成され、前記入力される変数に応じて多値で出力するシナプス部と、
前記アナログメモリ素子の出力の総和を出力する出力部と
を備えるニューラルネットワーク。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、簡易な構造のアナログメモリ素子およびニューラルネットワークに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療、経営、金融市場など様々な分野において、高度なデータ処理・分析が可能である人工知能に関する研究が盛んに行われている。
【0003】
この人工知能の研究において、ニューロモルフィック・エンジニアリング(Neuromorphic engineering)では、神経回路や情報処理様式を電子アナログ回路で模倣して、工学的な側面から研究することで、人間の脳の構造や仕組みについて理解が進められている。
【0004】
そこで、人間の脳の神経回路を構成しているシナプスのようなアナログ的信号出力を可能とする素子の開発は喫緊の課題である。
【0005】
従来のスピントロニクスでは、主に磁性体を用いた「1」か「0」に限定された2値出力において、スピン流による強磁性体磁化の反転などが実証され(非特許文献1)、磁気ランダムアクセスメモリなどに応用された。
【0006】
一方、多値出力を可能とするアナログ素子やニューロモルフィック素子は、スピントロニクス分野において、スピントランスファートルクを用いた自励発振(非特許文献2)、隣接反強磁性体からの交換バイアス磁場による強磁性体磁化の多磁区化により実現されている(非特許文献3)。これらの素子は自発磁化により情報保持を行うため、メモリ素子に必然的に要求される不揮発性も兼ね備えている。
【0007】
また、ニューロモルフィック・エンジニアリング技術に基づき、学習機能による音声認証(非特許文献2)や連想記憶(非特許文献4)など人間の脳に近い動作が可能であることも実証されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】L. Liu et al, "Spin-Torque Switching with the Giant Spin Hall Effect of Tantalum", Science 336, 555 (2012).
【非特許文献2】J. Torrejon et al, "Neuromorphic computing with nanoscale spintronic oscillators", Nature 547, 428 (2017).
【非特許文献3】S. Fukami et al, "Magnetization switching by spin-orbit torque inan antiferromagnet-ferromagnet bilayer system", Nat. Mater. 15, 535 (2016).
【非特許文献4】W. A. Borders et al, "Analogue spin-orbit torque device for artificialneural-network-based associative memory operation", Appl. Phys. Express 10, 013007 (2017).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上述のアナログメモリ素子は強磁性体/絶縁体/強磁性体や反強磁性体と強磁性体との多層構造で構成され、素子構造が複雑であるため、汎用性に乏しいという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述したような課題を解決するために、本発明に係るアナログメモリ素子は、電流誘起によりスピン流を生じる反強磁性材料からなるチャネル構造を備え、前記チャネル構造が、一の方向に配置される第1のチャネルと、前記第1のチャネルと垂直な他の方向に配置される第2のチャネルと、前記第1のチャネルと所定の角度をなすように配置される第3のチャネルと、前記第3のチャネルと垂直に配置される第4のチャネルとにより構成され、前記第1のチャネルに一の書き込み電流が印加され、前記第2のチャネルに他の書き込み電流が印加され、前記第3のチャネルと前記第4のチャネルとのいずれか一方に読み出し電流が印加され、他方に読み出し電圧が出力されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、簡易な構成のアナログメモリ素子およびニューラルネットワークを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1A図1Aは、本発明の第1の実施の形態に係るアナログメモリ素子の構成を示す鳥瞰概略図である。
図1B図1Bは、本発明の第1の実施の形態に係るアナログメモリ素子の構成を示す上面透視概略図である。
図2A図2Aは、本発明の第1の実施の形態に係るアナログメモリ素子における二酸化ルテニウムの結晶構造の模式図である。
図2B図2Bは、本発明の第1の実施の形態に係るアナログメモリ素子における二酸化ルテニウムの結晶構造の透過電子顕微鏡写真である。
図3A図3Aは、本発明の第1の実施の形態に係るアナログメモリ素子の動作を説明するための上面透視概要図である。
図3B図3Bは、本発明の第1の実施の形態に係るアナログメモリ素子の動作を説明するための図である。
図4A図4Aは、本発明の第1の実施の形態に係るアナログメモリ素子の動作を説明するための図である。
図4B図4Bは、本発明の第1の実施の形態に係るアナログメモリ素子の動作を説明するための図である。
図5図5は、本発明の第2の実施の形態に係るニューロネットワークの構成を示す概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<第1の実施の形態>
本発明の第1の実施の形態に係るアナログメモリ素子について、図1A図4Bを参照して説明する。
【0014】
<アナログメモリ素子の構成>
本実施の形態に係るアナログメモリ素子10は、図1A、Bに示すように、基板11と、チャネル構造12と、電極13とを備える。
【0015】
基板11は、Al(0001)基板である。基板11は、Al(0001)基板以外のMgO(100)基板やTiO(100)基板などの酸化物基板でもよい。
【0016】
チャネル構造12は、基板11上にエピタキシャル成長されたRuO(100)結晶からなり、4本のチャネル(細線)で米字状に構成される。
【0017】
図2Aに、RuO(100)結晶構造の一例の模式図を示す。RuO(100)結晶はルチル型の結晶構造を有する。ここで、黒丸が磁性原子であるルテニウム(Ru)原子1_1、1_2、白丸が酸素原子2を示す。
【0018】
また、矢印3_1、3_2は、ルテニウム(Ru)原子1_1、1_2の磁気モーメントを示す。図2Aに示すように、ミクロ的な領域(ドメイン)において、隣り合うRu原子1_1、1_2の磁気モーメントの方向は反対である。
【0019】
図2Bに、成膜されたRuO(100)薄膜の断面を透過電子顕微鏡で観察した写真を示す。ここで、Ru原子が白い円形状で写される。これより、RuO(100)は原子層レベルで結晶配向していることがわかる。
【0020】
また、チャネル構造12において、第1のチャネル12_1と第2のチャネル12_2がそれぞれ書き込みチャネルとして、[001]、[010]方向に形成される。これらの第1のチャネル12_1と第2のチャネル12_2それぞれに、書き込み動作を行うための電流(以下、「書き込み電流」という。)が印加される(後述)。
【0021】
また、第3のチャネル12_3と第4のチャネル12_4がそれぞれ、読み出しチャネルとして、(100)面上で第1のチャネル12_1又は第2のチャネル12_2と45°の角度をなすように形成される。第3のチャネル12_3に電流(以下、「読み出し電流」という。)が印加され、第4のチャネル12_4で電圧(以下、「読み出し電圧」という。)が出力され、測定される(後述)。
【0022】
ここで、第1のチャネル12_1と第2のチャネル12_2と第3のチャネル12_3の幅はそれぞれ10μmである。また、第4のチャネル12_4の幅は、5μmである。ここで、ホール測定時に縦方向の抵抗がホール抵抗に与える影響を抑制するために、第4のチャネル12_4の幅は、第3のチャネル12_3の幅より狭いことが望ましい。
【0023】
電極13は、各チャネル端部の表面上に形成されたTi(8nm厚)/Au(100nm厚)である。電極13には、これに限らず、公知の電極金属を用いてもよい。
【0024】
<アナログメモリ素子の製造方法>
本実施に係るアナログメモリ素子10の製造方法の一例を、以下に説明する。
【0025】
初めに、反応性スパッタを用いた成膜手法により、Al(0001)基板11上に、RuO結晶を膜厚10nmでエピタキシャル成長する。ここでは、成膜手法に高周波マグネトロンスパッタリングを用いる。
【0026】
RuO結晶の成長において、Al(0001)基板11を400℃で加熱しながら、Ar(流量:10sccm)とO(流量:2.5sccm)との混合ガス雰囲気中で、動作圧力を0.3Pa、O分圧を0.06Paで制御し、RuターゲットをスパッタリングしてRuOを成膜する。
【0027】
引き続き、RuO結晶上に、酸化アルミニウムAlOターゲットをスパッタリングしてキャッピング材としてAlO膜を2nm厚で成膜する。
【0028】
次に、RuO薄膜/酸化アルミニウムAlO薄膜積層構造をフォトリソグラフィとイオンミリングにより、チャネル構造12に細線加工する。
【0029】
次に、電極13を成膜する領域で、キャッピング材(AlO膜)をArイオンミリングで除去する。
【0030】
最後に、フォトリソグラフィと電子線加熱蒸着を併用した有機レジストマスクによるリフトオフ法によって、Ti(8nm厚)/Au(100nm厚)膜を成膜して電極13を作製する。
【0031】
以上より、本実施に係るアナログメモリ素子10を作製できる。
【0032】
<アナログメモリ素子の動作>
本実施の形態に係るアナログメモリ素子10の動作について、図3A図4Bを参照して説明する。
【0033】
図3Aに、アナログメモリ素子10における書き込み動作、読み出し動作の態様を示す。
【0034】
アナログメモリ素子10に対する書き込み動作は、RuO結晶の[001]方向の第1のチャネル12_1と[010]方向の第2のチャネル12_2それぞれに、パルス電流14_1、14_2を印加することにより実行される。以下、[001]方向の第1のチャネル12_1、[010]方向の第2のチャネル12_2それぞれでの書き込み動作を「Write“1”」、「Write“0”」という。
【0035】
アナログメモリ素子10に対する書き込み動作において、RuO結晶に電流が印加されると、量子相対論的効果により磁気の流れであるスピン流(スピン偏極電流)が誘起され、このスピン流がRu原子の磁気モーメントに作用する。その結果、ネールベクトルの向きを可逆的に変化させる。ここで、ネールベクトルは、反強磁性体における磁気秩序(磁気モーメントの並び方)を特徴付けるパラメータである。
【0036】
ここで、反強磁性体であるRuO結晶において、図2Aに示すように、隣り合うRu原子における磁気モーメントがそれぞれ[001]方向と[00-1]方向に配向する場合を、「ネールベクトルが[001]方向に配向する」という。
【0037】
一方、隣り合うRu原子における磁気モーメントがそれぞれ[010]方向と[0-10]方向に配向する場合を、「ネールベクトルが[010]方向に配向する」という。
【0038】
例えば、Ru原子のネールベクトルが[001]方向に配向する場合、[001]方向に書き込み電流(一の書き込み電流)14_1を印加するとスピン流が[100]方向に誘起され、このスピン流により[010]方向にスピン軌道トルクが生じる。その結果、ネールベクトルが90°程度回転する。
【0039】
一方、Ru原子のネールベクトルが[010]方向に配向する場合、[010]方向に書き込み電流(他の書き込み電流)14_2を印加するとスピン流が[100]方向に誘起され、このスピン流により[001]方向にスピン軌道トルクが生じる。その結果、ネールベクトルが90°程度回転する。
【0040】
このように、ネールベクトルの向きを変えることにより書き込み動作が行われる。
【0041】
書き込み動作後は、読み出し動作(以下、「Read」ともいう。)を行う。図3Aに示すように、第3のチャネル12_3に対して読み出し電流Iread14_3を印加し、第3のチャネル12_3と垂直方向の第4のチャネル12_4でホール電圧(以下、「読み出し電圧」ともいう。)Vxy14_4を測定すること(いわゆるホール測定)により、読み出し動作を実行する。
【0042】
ネールベクトルの読み出しは、読み出し電流印加方向と面内ネールベクトルの相対角に依存するプレーナーホール抵抗Rxy(=Vxy/Iread)に基づいて行われる。
【0043】
図3Bに、書き込み動作、読み出し動作のためのシーケンスの一例を示す。例えば、書き込み動作Write“0”の後に読み出し動作Readを行い、引き続き、Write“1”、Readを繰り返し行う。
【0044】
ここで、書き込み動作では、多くのスピン流をネールベクトルに作用させる必要があるため、2.0×1011A/m程度の電流密度で書き込み電流14_1、14_2を印加する。一方、読み出し動作では、書き込み電流14_1、14_2より低い読み出し電流14_3でホール電圧を計測できるので、2×1010A/m程度の低電流密度で読み出し電流14_3を印加する。
【0045】
このように、本実施の形態に係るアナログメモリ素子10では、主に、第1のチャネルと第2のチャネルが交差する領域において、書き込み電流によりネールベクトルが回転して(操作され)、書き込み動作が実行される。
【0046】
本実施の形態に係るアナログメモリ素子10の動作の一例として、作製されたアナログメモリ素子10を用いた実験結果について、図4A、Bを参照して説明する。
【0047】
実験に用いられたアナログメモリ素子10におけるRuO(100)の電気抵抗率は、180μΩcmである。また、実験は室温で行われ、書き込みに用いた電流パルス(以下、「書き込みパルス」という。)の時間幅は100msである。
【0048】
図4Aに、ホール抵抗値変化の書き込みパルス数依存性の実験結果を示す。
【0049】
実験では、書き込みパルスの印加による書き込み動作と、書き込み動作後にホール抵抗値を取得する読み出し動作とを繰り返す。
【0050】
以下、書き込み動作Write“1”において、第1のチャネル12_1に印加するパルスを「書き込みパルス“1”」という。また、書き込み動作Write“0”において、第2のチャネル12_2に印加するパルスを「書き込みパルス“0”」という。
【0051】
また、パルス数が0~99において、書き込みパルス“0”の印加による書き込み動作と、ホール抵抗値を取得する読み出し動作とを繰り返す。以下、書き込みパルス“0”による動作領域を「パルス“0”領域」という。
【0052】
引き続き、パルス数が100~199において、書き込みパルス“1”の印加による書き込み動作と、ホール抵抗値を取得する読み出し動作とを繰り返す。以下、書き込みパルス“1”による動作領域を「パルス“1”領域」という。
【0053】
以降、同様に、パルス“0”領域での動作とパルス“1”領域での動作とを交互に繰り返し、パルス数が200~299、400~499等がパルス“0”領域であり、パルス数が300~399、500~599等がパルス“1”領域である。
【0054】
図4Aに示すように、パルス数が0~99で書き込み動作Write”0”が実行されるとき(パルス“0”領域)、ホール抵抗値変化ΔRxyは、0から-1mΩ程度に減少した後、パルス数の増加に伴い徐々に-5mΩ程度まで減少する。
【0055】
パルス“0”領域でパルス数が0(書き込み電流が印加されない状態)のとき、RuO結晶においてネールベクトルが[001]方向に配向するドメインとネールベクトルが[010]方向に配向するドメインとが混在する。パルス数を増加させ、書き込み動作Write”0”を行うと、[0-10]方向に印加された書き込み電流(他の書き込み電流)14_2で誘起される[100]方向のスピン流により、[00-1]方向にスピン軌道トルクが生じる。その結果、[010]方向のネールベクトルが90°程度回転して[001]方向に配向する。
【0056】
次に、パルス数が100~199で書き込み動作Write”1”が実行されるとき(パルス“1”領域)、パルス数:100で、Write”0”からWrite”1”への切り替え時にホール抵抗値変化ΔRxyは-5mΩ程度から-1mΩ程度に急激に変化した後、パルス数の増加に伴い徐々に3mΩ程度まで増加する。
【0057】
パルス“1”領域でパルス“0”領域から切り替わるとき、RuO結晶においてネールベクトルが初期化され、いったんネールベクトルが[001]方向に配向するドメインとネールベクトルが[010]方向に配向するドメインが混在する状態になる。引き続き、パルス数を増加させ、書き込み動作Write”1”を行うと、[001]方向に印加された書き込み電流(一の書き込み電流)14_1で誘起される[-100]方向のスピン流により、[010]方向にスピン軌道トルクが生じる。その結果、[001]方向のネールベクトルが90°程度回転して[010]方向に配向する。
【0058】
以降、パルス数:100ごとにWrite”0”とWrite”1”を交互に繰り返すとき、ホール抵抗値変化ΔRxyは同様に減少と増加を繰り返す。
【0059】
このように、書き込みパルスによってホール抵抗値変化ΔRxyが徐々に変化する。すなわち、書き込みパルスに対応してホール抵抗値変化ΔRxyが異なる値を示し、多値での出力を示す。このホール抵抗値変化ΔRxyは、RuOのネールベクトルのドメイン構造を反映する。すなわちネールベクトルが一方向に揃っている度合いを示す。
【0060】
ここで、ホール抵抗値変化ΔRxyが徐々に変化することは、チャネル(細線)においてネールベクトルが90°回転する領域(ドメイン)が徐々に増えることによると考えられる。すなわち、チャネル(細線)において部分的にネールベクトルのスイッチング(反転)が生じていると考えられる。
【0061】
以上より、アナログメモリ素子における多値出力すなわちアナログ的な動作が可能になる。
【0062】
また、書き込み動作をWrite”0”からWrite”1”またはWrite”1”とWrite”0”に切り替えるとき、RuO結晶におけるネールベクトルが初期化され、ホール抵抗値変化ΔRxyは-5mΩまたは5mΩから-1~0mΩ程度に急激に変化する。
【0063】
このように、書き込み動作の切り替え時に、情報が初期化され、引き続き、ホール抵抗値の増減する傾きの符号が変化して、再び徐々にホール抵抗値変化ΔRxyが変化し、アナログ的な書き込みが可能となる。
【0064】
次に、図4Bに、書き込み動作Write“0”及び書き込み動作Write“1”におけるホール抵抗値変化ΔRxyの書き込み電流密度依存性を示す。図中、黒四角が書き込み動作Write“0”におけるホール抵抗値変化ΔRxyを示し、白丸が書き込み動作Write“1”におけるホール抵抗値変化ΔRxyを示す。
【0065】
書き込み電流密度が0から1.7×1011A/mまで増加するとき、Write“0”及びWrite“1”のホール抵抗値変化ΔRxyは0(零)である。
【0066】
書き込み電流密度が1.7×1011A/m以上になると、Write“0”では、書き込み電流密度が1.8×1011A/mで-20mΩ、1.9×1011A/mで-50mΩ、2.0×1011A/mで-100mΩとなり、ホール抵抗値変化ΔRxyは徐々に減少する。
【0067】
一方、Write“1”では、書き込み電流密度が1.8×1011A/mで20mΩ、1.9×1011A/mで50mΩ、2.0×1011A/mで100mΩとなり、ホール抵抗値変化ΔRxyは徐々に増加する。
【0068】
これらの書き込み電流密度によるホール抵抗値の変化も、書き込み電流によりスピン流が誘起され、このスピン流により生じたスピン軌道トルクによりネールベクトルが90°程度回転することによる。
【0069】
また、ホール抵抗値変化ΔRxyが徐々に変化することは、チャネル(細線)において部分的にネールベクトルのスイッチング(反転)が生じているためと考えられる。
【0070】
このように、Write“0”及びWrite“1”の書き込み電流密度の増加にともない、ホール抵抗値変化ΔRxyはWrite“0”、Write“1”それぞれで変化し、異なる値すなわち多値出力を示す。このことは、書き込み電流密度を変化させることにより、単一パルスあたりのホール抵抗値を変化させることが可能であることを示す。
【0071】
以上のように、本実施に係るアナログメモリ素子によれば、書き込み電流の方向、書き込みパルス数、書き込み電流密度を変数とした多値出力が可能である。
【0072】
また、書き込み方向を変えた動作や、数百回にも及ぶ動作を行っても再現性の高いホール抵抗値を得ることができ、不揮発かつアナログスピンメモリ素子としての動作が可能である。
【0073】
<効果>
本実施の形態に係るアナログメモリ素子は、上述の通り、反強磁性酸化物RuO薄膜の単層で構成される。
【0074】
従来のメモリ素子において、動作層に用いる酸化物は絶縁体である。そこで、動作層において、酸化物層と、電気抵抗率が低くスピン流生成が可能なスピンソースとなる金属層との接合が必須である。その結果、従来のメモリ素子は、動作層として酸化物層と金属層との多層構造を有する。
【0075】
例えば、絶縁性の反強磁性酸化物のNiOと金属のPtとからなるPt/NiO/Ptの層構造において、Pt金属(強磁性金属)層に電流を印加するとPtのスピンホール効果によって生じたスピン流がNiOに流れ込み、スピントルク効果によりNiOのネールベクトルを回転させる。
【0076】
このとき、反強磁性酸化物と強磁性金属との接合界面を高品質に形成する必要がある。また、スピントルク効果によりネールベクトルを回転させるために高い電流密度が必要であるので消費電力が高くなる。
【0077】
しかしながら、反強磁性酸化物と強磁性金属との接合界面を高品質に形成することは困難であり、高品質の動作層を作製することが困難である。また、室温における磁気秩序を安定して実現することが困難である。
【0078】
一方、本実施の形態に係るアナログメモリ素子において、RuOは室温反強磁性体である酸化物であり(T. Berlijn et al, "Itinerant Antiferromagnetism in RuO2", Phys. Rev. Lett. 118, 077201 (2017))、金属と同等の電気抵抗率を有する。したがって、酸化物RuOは、単層でネールベクトルを回転させるための高い電流密度を低消費電力で供給できる。
【0079】
また、RuOの室温における磁気秩序は、本実施の形態に係るアナログメモリ素子への応用に対する親和性が高い。
【0080】
したがって、本実施の形態に係るアナログメモリ素子は、単層の反強磁性酸化物(RuO)からなる簡易な構造で、この反強磁性酸化物内で誘起されるスピン流によりスピン軌道トルクを生じさせ、この反強磁性酸化物内のネールベクトルを操作できる。
【0081】
さらに、磁性体の特徴であるドメイン構造において、部分的なドメインを操作することにより、多値出力動作を実現できる。
【0082】
本実施の形態では、第3のチャネル12_3と第4のチャネル12_4がそれぞれ、(100)面上で第1のチャネル12_1又は第2のチャネル12_2と45°の角度をなすように形成される例を示したが、これに限らない。第3のチャネル12_3と第4のチャネル12_4がそれぞれ、第1のチャネル12_1又は第2のチャネル12_2と所定の角度をなすように形成されればよい。このとき、第3のチャネル12_3と第4のチャネル12_4が垂直に配置されればよい。ここで、読み出し電圧が最大になりSN比が最大になるので、上記の角度は45°であることが望ましい。
【0083】
<第2の実施の形態>
本発明の第2の実施の形態に係るニューラルネットワークついて、図5を参照して説明する。
【0084】
<ニューラルネットワークの構成>
本実施の形態に係るニューラルネットワーク20は、図5に示すように、入力部21とシナプス部22と出力部23とを備える。
【0085】
入力部21には、変数として書き込み電流方向、パルス数、パルス電流密度値などの様々なパラメータが入力される。
【0086】
シナプス部22には、第1の実施の形態に係るアナログメモリ素子が用いられ、不揮発アナログスピンメモリ素子として機能する。シナプス部22は入力される変数に応じて多値出力を実行する。
【0087】
出力部23は、ニューロンとして機能し、シナプス部における複数のアナログメモリ素子から得られる応答出力の総和を演算する。
【0088】
ニューラルネットワークにおいて、入力をSi、シナプスをWjとすると、出力は
【0089】
【数1】
で表される。
【0090】
本実施の形態に係るニューラルネットワークによれば、人間の脳と同様の演算が可能になる。
【0091】
本発明の実施の形態に係るアナログメモリ素子によれば、スピントロニクス分野における「スピン」を用いたニューロモルフィック素子を簡易な構造で実現でき簡便に作製できるので汎用性が向上し、脳科学分野を理解するためのニューロモルフィック・エンジニアリングや人工知能素子などに有用である。
【0092】
本発明の実施の形態では、RuO(100)結晶を用いる例を示したが、これに限らず、RuO(010)結晶、RuO(001)結晶でもよい。以下、(100)面、(010)面、(001)面を「(100)面等」という。
【0093】
また、本発明の実施の形態におけるスピン軌道トルクを用いたスイッチング動作にネールベクトルの結晶磁気異方性が大きく影響しないので、(100)面等以外の結晶面を有する結晶を用いてもよい。
【0094】
また、本発明の実施の形態では、RuO(100)結晶において、一の書き込み電流(Write”1”)を印加する第1のチャネルを[001]方向に配置して、他の書き込み電流(Write”0”)を印加する第2のチャネルを[010]方向に配置する例を示したが、これに限らない。例えば、RuO(010)結晶において、第1のチャネルを[100]方向に配置して、第2のチャネルを第1のチャネルと垂直な[001]方向に配置してもよい。以下、[001]方向、[010]方向、[100]方向を「[100]方向等」という。
【0095】
また、本発明の実施の形態におけるスピン軌道トルクを用いたスイッチング動作にネールベクトルの結晶磁気異方性が大きく影響しないので、第1のチャネル、第2のチャネルは[100]方向等以外の結晶方位に形成されてもよい。第1のチャネルと第2のチャネルが垂直に形成されていればよい。
【0096】
このように、第1のチャネルを所定の結晶面に配置して、第2のチャネルを所定の結晶面上で第1のチャネルと垂直な方向に配置すればよい。
【0097】
また、本発明の実施の形態では、第3のチャネルに読み出し電流が印加され、第4のチャネルに読み出し電圧が出力される例を示したが、第4のチャネルに読み出し電流が印加され、第3のチャネルに読み出し電圧が出力されてもよい。この場合、読み出し電圧が出力される第3のチャネルの幅が、読み出し電流が印加される第4のチャネルの幅より狭く設定されることが望ましい。
【0098】
本発明の実施の形態では、アナログメモリ素子およびニューラルネットワークの構成、製造方法などにおいて、各構成部の構造、寸法、材料等の一例を示したが、これに限らない。アナログメモリ素子およびニューラルネットワークの機能を発揮し効果を奏するものであればよい。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明は、アナログメモリ素子およびニューラルネットワークに関するものであり、ニューロモルフィック素子や人工知能素子に適用することができる。
【符号の説明】
【0100】
10 アナログメモリ素子
11 基板
12 チャネル構造
12_1 第1のチャネル
12_2 第2のチャネル
12_3 第3のチャネル
12_4 第4のチャネル
13 電極
14_1 一の書き込み電流
14_2 他の書き込み電流
14_3 読み出し電流
14_4 読み出し電圧
図1A
図1B
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図5