(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024032794
(43)【公開日】2024-03-12
(54)【発明の名称】網膜の神経細胞の保護剤
(51)【国際特許分類】
C07C 323/25 20060101AFI20240305BHJP
A61K 31/131 20060101ALI20240305BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20240305BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240305BHJP
A61P 27/06 20060101ALI20240305BHJP
A61K 31/16 20060101ALI20240305BHJP
【FI】
C07C323/25 CSP
A61K31/131
A61P27/02
A61P25/00
A61P27/06
A61K31/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024004935
(22)【出願日】2024-01-17
(62)【分割の表示】P 2023523431の分割
【原出願日】2022-05-18
(31)【優先権主張番号】P 2021086920
(32)【優先日】2021-05-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021172191
(32)【優先日】2021-10-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106611
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 幸史
(72)【発明者】
【氏名】山下 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】尾▲崎▼ 拓
(57)【要約】
【課題】 網膜神経節細胞や網膜視細胞に例示される網膜の神経細胞の保護剤を提供すること。
【解決手段】 一般式:R
1-(CH
2)
m-SR
2で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする(式中、R
1は-NR
3R
4または炭素数1~6のアルキル基を示す。R
2は水素原子または-S-(CH
2)
n-NR
5R
6を示す。R
3~R
6は同一または異なって水素原子またはアセチル基を示す。mとnは同一または異なって2~4の整数を示す。)。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式:R1-(CH2)m-SR2で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする網膜の神経細胞の保護剤(式中、R1は-NR3R4または炭素数1~6のアルキル基を示す。R2は水素原子または-S-(CH2)n-NR5R6を示す。R3~R6は同一または異なって水素原子またはアセチル基を示す。mとnは同一または異なって2~4の整数を示す。)。
【請求項2】
化合物が、
(a)R1が-NH2でR2が-S-(CH2)2-NH2でmが2であるシスタミン
(b)R1が-NH2でR2が水素原子でmが2であるシステアミン
(c)R1が-NHAc(Ac:アセチル基)でR2が水素原子でmが2であるN-アセチルシステアミン
のいずれかである、請求項1記載の網膜の神経細胞の保護剤。
【請求項3】
網膜の神経細胞が、網膜神経節細胞および/または網膜視細胞である請求項1記載の網膜の神経細胞の保護剤。
【請求項4】
一般式:R1-(CH2)m-SR2で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする網膜神経変性疾患の予防および/または治療剤(式中、R1は-NR3R4または炭素数1~6のアルキル基を示す。R2は水素原子または-S-(CH2)n-NR5R6を示す。R3~R6は同一または異なって水素原子またはアセチル基を示す。mとnは同一または異なって2~4の整数を示す。)。
【請求項5】
網膜神経変性疾患が、緑内障、網膜色素変性、加齢黄斑変性の少なくとも1つである請求項4記載の網膜神経変性疾患の予防および/または治療剤。
【請求項6】
一般式:R1-(CH2)m-SR2で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする転写因子C/EBP相同タンパク質(CHOP)発現抑制剤(式中、R1は-NR3R4または炭素数1~6のアルキル基を示す。R2は水素原子または-S-(CH2)n-NR5R6を示す。R3~R6は同一または異なって水素原子またはアセチル基を示す。mとnは同一または異なって2~4の整数を示す。)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、網膜神経節細胞や網膜視細胞に例示される網膜の神経細胞の保護剤に関する。
【背景技術】
【0002】
日本における中途失明原因第1位は緑内障である。40歳以上の20人に1人が緑内障に罹患しているとの報告もあり、高齢化社会の進行とともに今後も緑内障患者は増加することが予想されている。緑内障は、眼圧が上昇(21mmHg以上)することにより、網膜神経節細胞(Retinal Ganglion Cell:RGC)の死を引き起こすなどして視神経に異常をきたすことで、視力低下や視野狭窄を招き、最終的に失明に至る疾患である。従って、緑内障に対する治療には、眼圧降下薬を点眼して眼圧を降下させる方法が主として採用される。しかしながら、正常範囲の眼圧(21mmHg未満)であっても緑内障を発症する患者が存在することが知られており、緑内障患者の全体のおよそ7割がこうした正常眼圧緑内障(Normal Tension Glaucoma:NTG)であるとされている。正常眼圧緑内障では眼圧が正常範囲である。よって、正常眼圧緑内障に対して眼圧を降下させる治療を行っても、その効果は必ずしも十分でない。こうした臨床的背景から、緑内障に対する治療方法として、網膜神経節細胞を保護することによる方法が着目されており、例えば特許文献1では、ピロロキノリンキノンが網膜神経節細胞の保護作用を有することが報告されている。しかしながら、網膜神経節細胞を保護することによる緑内障の治療方法は、今なお確立されるには至っていない。また、網膜色素変性や加齢黄斑変性は、網膜視細胞を原発とする網膜神経変性疾患であるが、網膜視細胞を保護することによるこれらの治療方法についても同様の状況にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、網膜神経節細胞や網膜視細胞に例示される網膜の神経細胞の保護剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記の点に鑑みて鋭意検討を行った結果、シスタミンやシステアミンが、網膜の神経細胞の保護作用を有し、網膜神経節細胞を原発とする緑内障、網膜視細胞を原発とする網膜色素変性や加齢黄斑変性などの、網膜神経変性疾患に対する予防や治療に有効であることを見出した。
【0006】
上記の知見に基づいてなされた本発明の網膜の神経細胞の保護剤は、請求項1記載の通り、一般式:R1-(CH2)m-SR2で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする(式中、R1は-NR3R4または炭素数1~6のアルキル基を示す。R2は水素原子または-S-(CH2)n-NR5R6を示す。R3~R6は同一または異なって水素原子またはアセチル基を示す。mとnは同一または異なって2~4の整数を示す。)。
また、請求項2記載の網膜の神経細胞の保護剤は、請求項1記載の網膜の神経細胞の保護剤において、化合物が、
(a)R1が-NH2でR2が-S-(CH2)2-NH2でmが2であるシスタミン
(b)R1が-NH2でR2が水素原子でmが2であるシステアミン
(c)R1が-NHAc(Ac:アセチル基)でR2が水素原子でmが2であるN-アセチルシステアミン
のいずれかである。
また、請求項3記載の網膜の神経細胞の保護剤は、請求項1記載の網膜の神経細胞の保護剤において、網膜の神経細胞が、網膜神経節細胞および/または網膜視細胞である。
また、本発明の網膜神経変性疾患の予防および/または治療剤は、請求項4記載の通り、一般式:R1-(CH2)m-SR2で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする(式中、R1は-NR3R4または炭素数1~6のアルキル基を示す。R2は水素原子または-S-(CH2)n-NR5R6を示す。R3~R6は同一または異なって水素原子またはアセチル基を示す。mとnは同一または異なって2~4の整数を示す。)。
また、請求項5記載の網膜神経変性疾患の予防および/または治療剤は、請求項4記載の網膜神経変性疾患の予防および/または治療剤において、網膜神経変性疾患が、緑内障、網膜色素変性、加齢黄斑変性の少なくとも1つである。
また、本発明の転写因子C/EBP相同タンパク質(CHOP)発現抑制剤は、請求項6記載の通り、一般式:R1-(CH2)m-SR2で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする(式中、R1は-NR3R4または炭素数1~6のアルキル基を示す。R2は水素原子または-S-(CH2)n-NR5R6を示す。R3~R6は同一または異なって水素原子またはアセチル基を示す。mとnは同一または異なって2~4の整数を示す。)。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、網膜神経節細胞や網膜視細胞に例示される網膜の神経細胞の保護剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例1における、シスタミンの神経細胞(マウス海馬由来の神経細胞株であるHT22細胞)に対する保護作用を示すグラフである。
【
図2】実施例4における、正常眼圧緑内障モデルマウスにシスタミンを点眼することで網膜神経節細胞が保護されることを示すグラフである。
【
図3】同、内網状層の菲薄化が抑制されることを示すグラフである。
【
図4】同、網膜の菲薄化が抑制されることを示すグラフである。
【
図5】実施例5における、正常眼圧緑内障モデルマウスにシステアミンを点眼することで網膜神経節細胞が保護されることを示すグラフである。
【
図6】同、内網状層の菲薄化が抑制されることを示すグラフである。
【
図7】同、網膜の菲薄化が抑制されることを示すグラフである。
【
図8】実施例6における、網膜色素変性モデルマウスにシスタミンを点眼することで網膜外顆粒層の菲薄化が抑制されることを示すグラフである。
【
図9】実施例7における、加齢黄斑変性モデルマウスにシスタミンを点眼することで網膜色素上皮細胞層由来の沈着物数の増加が抑制されることを示すグラフである。
【
図10】同、網膜の菲薄化が抑制されることを示すグラフである。
【
図11】実施例8における、加齢黄斑変性モデルマウスにシスタミンを点眼することで網膜色素上皮細胞層由来の沈着物数の増加が抑制されることを示すグラフである。
【
図12】実施例9における、加齢黄斑変性モデルマウスにシステアミンを点眼することで網膜色素上皮細胞層由来の沈着物数の増加が抑制されることを示すグラフである。
【
図13】実施例10における、正常眼圧緑内障モデルマウスに長期保存したシスタミンまたはシステアミンの溶液を点眼することで網膜神経節細胞が保護されることを示すグラフである。
【
図14】同、内網状層の菲薄化が抑制されることを示すグラフである。
【
図15】実施例11における、正常眼圧緑内障モデルマウスにシスタミンを点眼することでCHOPの発現が抑制されることを示す蛍光免疫組織像である。
【
図16】実施例12における、タプシガルギンによって誘導される神経細胞におけるCHOPの発現をシスタミンが抑制することを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の網膜の神経細胞の保護剤は、一般式:R1-(CH2)m-SR2で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする(式中、R1は-NR3R4または炭素数1~6のアルキル基を示す。R2は水素原子または-S-(CH2)n-NR5R6を示す。R3~R6は同一または異なって水素原子またはアセチル基を示す。mとnは同一または異なって2~4の整数を示す。)。
【0010】
ここで、炭素数1~6のアルキル基は、直鎖状であってもよいし分岐鎖状であってもよく、具体的には、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、n-ヘキシル基などが挙げられる。
【0011】
また、薬学的に許容される塩としては、化合物が酸性である場合、アンモニウム塩、ナトリウム塩やカリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩やマグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩、アルギニン塩やリジン塩などのアミノ酸塩などが挙げられる。化合物が塩基性である場合、無機酸塩(塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩など)、有機酸塩(酢酸塩、乳酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、シユウ酸塩など)などが挙げられる。
【0012】
上記の一般式で表される化合物の具体例としては、R1が-NH2でR2が-S-(CH2)2-NH2でmが2であるシスタミン、R1が-NH2でR2が水素原子でmが2であるシステアミン、R1が-NHAc(Ac:アセチル基)でR2が水素原子でmが2であるN-アセチルシステアミンが挙げられる。また、R1が-NH2でR2が水素原子でmが3である3-アミノ-1-プロパンチオールなどであってもよい。
【0013】
本発明の網膜の神経細胞の保護剤の保護対象は、視覚信号の脳への伝達に関与する網膜の神経細胞、具体的には網膜神経節細胞や網膜視細胞などである。従って、本発明の網膜の神経細胞の保護剤は、こうした網膜の神経細胞を原発とする網膜神経変性疾患の予防および/または治療剤として用いることができる。網膜神経変性疾患の具体例としては、網膜神経節細胞を原発とする緑内障、網膜視細胞を原発とする網膜色素変性や加齢黄斑変性が挙げられる。本発明の網膜の神経細胞の保護剤のヒトやヒト以外の動物への投与は、非経口的であってもよいし経口的であってもよく、投与方法に適した形態に自体公知の方法で製剤化して行うことができるが、製剤形態は点眼剤であることが望ましい。
【0014】
点眼剤は、有効成分である上記の一般式で表される化合物またはその薬学的に許容される塩とともに、緩衝剤、溶解補助剤、等張化剤、安定化剤、保存剤、粘稠剤、キレート剤、pH調整剤、清涼化剤などの各種の添加剤を、溶剤に配合し、無菌環境下で無菌ろ過して適当な滅菌容器に充填することで調製することができる。緩衝剤の具体例としては、ホウ酸やその塩(ホウ砂など)、クエン酸やその塩(クエン酸ナトリウムなど)、リン酸やその塩(リン酸一水素ナトリウムなど)、酒石酸やその塩(酒石酸ナトリウムなど)、グルコン酸やその塩(グルコン酸ナトリウムなど)、酢酸やその塩(酢酸ナトリウムなど)、各種のアミノ酸、これらの組み合わせが挙げられる。溶解補助剤の具体例としては、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油(ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60など)、ポリエチレングリコール(マクロゴール4000など)、ポリオキシエチレンソルビタン高級脂肪酸エステル(ポリソルベート80など)、ポリオキシエチレン(POE)-ポリオキシプロピレン(POP)ブロックコポリマー(ポロクサマー407など)、プロピレングリコールが挙げられる。等張化剤の具体例としては、無機塩類(塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムなど)、糖類(マンニトール、グルコースなど)、多価アルコール(グリセリン、プロピレングリコールなど)が挙げられる。安定化剤の具体例としては、エデト酸ナトリウム、シクロデキストリン、亜硫酸塩、クエン酸やその塩、ブチルヒドロキシトルエンが挙げられる。保存剤の具体例としては、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、グルコン酸クロルヘキシジン、クロロブタノール、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸ブチル、polyquartenium-1、polyaminopropylbiguanide、塩酸アルキルアミノエチルグリシン、塩化セチルピリジニウム、チメロサールが挙げられる。粘稠剤の具体例としては、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、メチルセルロース、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロース、カルボキシビニルポリマーが挙げられる。キレート剤の具体例としては、エデト酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムが挙げられる。pH調整剤の具体例としては、塩酸、クエン酸やその塩、ホウ酸やその塩、リン酸やその塩、酢酸やその塩、酒石酸やその塩、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムが挙げられる。清涼化剤の具体例としては、メントール、ボルネオール、カンフル、ゲラニオール、リモネン、オイゲノール、ハッカ油、ユーカリ油、ウイキョウ油、ベルガモット油が挙げられる。溶剤の具体例としては、滅菌精製水、精製水、生理食塩液が挙げられる。点眼剤のpHは眼科的に許容される範囲であれば特に制限はなく、通常pH4~9の範囲であり、望ましくはpH5~8の範囲である。
【0015】
有効成分である上記の一般式で表される化合物またはその薬学的に許容される塩は、点眼剤1mLあたり0.00001~100mg配合され、1回あたり1~数滴を1日あたり1~数回点眼することで、網膜の神経細胞を保護することにより、緑内障、網膜色素変性、加齢黄斑変性などの網膜神経変性疾患に対する予防効果や治療効果を発揮する。
【0016】
なお、点眼剤には、他の薬学的成分、例えば、ラタノプロストやトラボプロストなどのプロスタグランジン製剤、マレイン酸チモロールや塩酸カルテオロールなどのβ遮断薬、塩酸ドルゾラミドやブリンゾラミドなどの炭酸脱水酵素阻害薬といった点眼用眼圧降下薬などを配合してもよい。
【実施例0017】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0018】
実施例1:シスタミンの神経細胞に対する保護作用
(実験方法)
グルタミン酸によってアポトーシス(細胞死)が誘発されるマウス海馬由来の神経細胞株であるHT22細胞を用いて、シスタミンの神経細胞に対する保護作用を評価した。具体的には、96ウェルプレートに播種したHT22細胞(1ウェルあたり1.2×103cells)に対し、最終濃度が10μM,5μM,2μM,1μMになるようにシスタミンを10%FBS添加DMEM培地に添加した。4時間後、最終濃度が4mMになるようにグルタミン酸を添加し、20時間、37℃、5%CO2インキュベータ内で培養した。次いで、それぞれのウェルに細胞毒性アッセイ試薬(Cell Counting Kit-8,Dojindo)を10μL添加し、呈色反応を生じさせて3時間後に吸光度(490nm)を測定し、グルタミン酸を添加しないコントロール細胞の生存率を100%として細胞生存率(%)を算出した。
【0019】
(実験結果)
図1に示す。
図1から明らかなように、シスタミンは、HT22細胞のアポトーシスを濃度依存的に抑制したことから、神経細胞に対する保護作用を有することがわかった。また、別途の実験により、シスタミンは、グルタミン酸によって誘導されるアポトーシス誘導因子(Apoptosis-inducing Facto:AIF)の核への移行を阻害することが確認できたことから、HT22細胞のアポトーシスをシスタミンが抑制する作用機序の1つとして、アポトーシス誘導因子の核への移行を阻害することが推察された。
【0020】
実施例2:システアミンの神経細胞に対する保護作用
実施例1と同様の実験を行って評価した。結果は以下の通りであり、システアミンもまたHT22細胞のアポトーシスを濃度依存的に抑制したことから、システアミンの神経細胞に対する保護作用を確認することができた。
細胞生存率(%)
システアミン 2μM 82.76*
システアミン 5μM 104.17*
システアミン 10μM 110.30*
PBS(-) 65.01
※ Wilcoxon-test *P<0.01,n=12
【0021】
実施例3:N-アセチルシステアミンの神経細胞に対する保護作用
実施例1と同様の実験を行って評価した。結果は以下の通りであり、N-アセチルシステアミンもまたHT22細胞のアポトーシスを抑制したことから、N-アセチルシステアミンの神経細胞に対する保護作用を確認することができた(n数不足のため有意差検定は行っていない)。
細胞生存率(%)
N-アセチルシステアミン 10μM 94.51
PBS(-) 35.24
【0022】
実施例4:正常眼圧緑内障モデルマウスにシスタミンを点眼することによる効果
(実験方法)
正常眼圧緑内障のモデル実験系として広く用いられているN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)投与マウス(Investigative Ophthalmology & Visual Science,40,1004-1008,1999)を用いて、シスタミンの点眼効果を評価した。具体的には、40mMになるように生理食塩水にNMDAを溶解してろ過滅菌した溶液を、マウス(C57BL/6J,7週齢)の両眼の硝子体内に2μLずつ投与し、正常眼圧緑内障モデルマウスを作製した。NMDA溶液の硝子体内への投与は、嶋澤らの方法(日薬理誌,129,445-450,2007)に従って、マウスにイソフルランを用いて麻酔を導入し、カテーテルを介して歯科用注射針(33G)を連結させた10μLマイクロシリンジを用いて角膜輪部の強膜より行った。抜針後は、抗炎症剤のクラビット点眼薬を点眼した。NMDA溶液を硝子体内に投与した直後から、10mMになるように生理食塩水にシスタミンを溶解してろ過滅菌した溶液を、両眼に、1日3回、2μLずつ7日間点眼した。7日後、マウスを安楽死させ、両眼球を摘出し、4%パラホルムアルデヒドで固定し、前眼部および水晶体を切除した。次いで、組織の凍結切片スライドを作製し、ヘマトキシリン・エオシン染色を行い、位相差顕微鏡にて観察し、網膜神経節細胞層に存在する細胞数の計測、内網状層の厚さの測定、網膜の厚さの測定を行った。
【0023】
(実験結果)
図2に網膜神経節細胞層(GCL)に存在する細胞数の計測結果を、
図3に内網状層(IPL)の厚さの測定結果を、
図4に網膜(Retina)の厚さの測定結果を、それぞれ示す(cystamine/NMDA)。
図2~4には、NMDA溶液を硝子体内に投与した直後から、ろ過滅菌した生理食塩水を、両眼に、1日3回、2μLずつ7日間点眼した場合の結果(saline/NMDA)と、ろ過滅菌した生理食塩水を、健常マウスの両眼に、1日3回、2μLずつ7日間点眼した場合の結果(control)をあわせて示す(いずれの結果も3匹のマウスの両眼からの検体(n=6)の平均値)。
図2から明らかなように、シスタミンは、網膜神経節細胞層に存在する細胞数の減少を効果的に抑制したことから、網膜神経節細胞に対する保護作用を有することがわかった。また、
図3と
図4から明らかなように、シスタミンは、内網状層の菲薄化を抑制する作用を有し、網膜の菲薄化を抑制した。以上の結果から、正常眼圧緑内障の予防や治療にシスタミンの点眼が有効であることを確認することができた。
【0024】
実施例5:正常眼圧緑内障モデルマウスにシステアミンを点眼することによる効果
実施例4と同様の実験を行って評価した。
図5に網膜神経節細胞層に存在する細胞数の計測結果を、
図6に内網状層の厚さの測定結果を、
図7に網膜の厚さの測定結果を、それぞれ示す。
図5から明らかなように、システアミンもまた、網膜神経節細胞層に存在する細胞数の減少を効果的に抑制したことから、網膜神経節細胞に対する保護作用を有することがわかった。また、
図6と
図7から明らかなように、システアミンもまた、内網状層の菲薄化を抑制する作用を有し、網膜の菲薄化を抑制した。以上の結果から、正常眼圧緑内障の予防や治療にシステアミンの点眼も有効であることを確認することができた。
【0025】
実施例6:網膜色素変性モデルマウスにシスタミンを点眼することによる効果
(実験方法)
網膜色素変性のモデル実験系として広く用いられているメチルニトロソ尿素(MNU)投与マウス(Experimental Eye Research,167,145-151,2018)を用いて、シスタミンの点眼効果を評価した。具体的には、マウス(C57BL/6J,7週齢)に、生理食塩水にMNUを溶解してろ過滅菌した溶液を腹腔内に投与することで、MNUを60mg/kg投与し、網膜色素変性モデルマウスを作製した。MNUを投与した直後から、40mMになるように生理食塩水にシスタミンを溶解してろ過滅菌した溶液を、両眼に、1日3回、2μLずつ7日間点眼した。7日後、マウスを安楽死させ、実施例4と同様の方法で網膜組織の凍結切片スライドを作製し、ヘマトキシリン・エオシン染色を行い、位相差顕微鏡にて観察し、網膜視細胞が存在する網膜外顆粒層の厚さの測定を行った。
【0026】
(実験結果)
図8に網膜外顆粒層(ONL)の厚さの測定結果を示す(cystamine/MNU)。
図8には、MNUを投与した直後から、ろ過滅菌した生理食塩水を、両眼に、1日3回、2μLずつ7日間点眼した場合の結果(saline/MNU)と、ろ過滅菌した生理食塩水を、健常マウスの両眼に、1日3回、2μLずつ7日間点眼した場合の結果(control)をあわせて示す(いずれの結果も6匹のマウスの両眼からの検体(n=12)の平均値)。
図8から明らかなように、シスタミンは、MNUの投与によって網膜視細胞が変性することによる網膜外顆粒層の菲薄化を抑制した。以上の結果から、網膜色素変性の予防や治療にシスタミンの点眼が有効であることを確認することができた。
【0027】
実施例7:加齢黄斑変性モデルマウスにシスタミンを点眼することによる効果(その1)
(実験方法)
萎縮型加齢黄斑変性のモデル実験系として広く用いられているヨウ素酸ナトリウム(SI)投与マウス(Investigative Ophthalmology & Visual Science,58,2239-2249,2017)を用いて、シスタミンの点眼効果を評価した。具体的には、1mMになるように生理食塩水にシスタミンを溶解してろ過滅菌した溶液を、マウス(C57BL/6J,8週齢)の両眼に、1日3回、2μLずつ7日間前点眼した。前点眼後、生理食塩水にSIを溶解してろ過滅菌した溶液を腹腔内に投与することで、SIを25mg/kg投与し、さらに、1mMになるように生理食塩水にシスタミンを溶解してろ過滅菌した溶液を、両眼に、1日3回、2μLずつ7日間点眼した。7日後、マウスを安楽死させ、実施例4と同様の方法で網膜組織の凍結切片スライドを作製し、ヘマトキシリン・エオシン染色を行い、位相差顕微鏡にて観察し、網膜色素上皮細胞層由来の沈着物(変性した網膜色素上皮細胞が集まって色素沈着として現れるもの)数の計測を行った。また、視神経乳頭中心部から鼻側および耳側それぞれ約300,600,900,1200,1500μmの位置における画像を取得し、網膜の厚さの測定を行った。
【0028】
(実験結果)
図9に網膜色素上皮細胞層由来の沈着物数の計測結果を示す(1mMシスタミン/SI処理)。
図9には、SIを投与する前後に、ろ過滅菌した生理食塩水を、両眼に、1日3回、2μLずつ7日間点眼した場合の結果(生理食塩水/SI処理)と、ろ過滅菌した生理食塩水を、健常マウスの両眼に、1日3回、2μLずつ7日間点眼した場合の結果(無処置)をあわせて示す(いずれの結果も5匹のマウスの両眼からの検体(n=10)の平均値)。
図9から明らかなように、シスタミンは、加齢黄斑変性の特徴的な所見である網膜色素上皮細胞層由来の沈着物数の増加を効果的に抑制したことから、網膜色素上皮細胞を保護することによる網膜視細胞に対する保護作用を有することがわかった。また、
図10に視神経乳頭中心部から鼻側および耳側それぞれ約300,600,900,1200,1500μmの位置における網膜の厚さの測定結果を示す(1mMシスタミン)。
図10には、SIを投与する前後に、ろ過滅菌した生理食塩水を、両眼に、1日3回、2μLずつ7日間点眼した場合の結果(生理食塩水)と、ろ過滅菌した生理食塩水を、健常マウスの両眼に、1日3回、2μLずつ7日間点眼した場合の結果(無処置)をあわせて示す(いずれの結果も5匹のマウスの両眼からの検体(n=10)の平均値)。
図10から明らかなように、シスタミンは、網膜の菲薄化を抑制した。以上の結果から、加齢黄斑変性の予防や治療にシスタミンの点眼が有効であることを確認することができた。
【0029】
実施例8:加齢黄斑変性モデルマウスにシスタミンを点眼することによる効果(その2)
マウスへのSIの投与量を12.5mg/kgとすること以外は実施例7と同様の実験を行って評価した。
図11に網膜色素上皮細胞層由来の沈着物数の計測結果を示す。
図11から明らかなように、マウスへのSIの投与量が実施例7における投与量の1/2でも、シスタミンは、加齢黄斑変性の特徴的な所見である網膜色素上皮細胞層由来の沈着物数の増加を効果的に抑制した。
【0030】
実施例9:加齢黄斑変性モデルマウスにシステアミンを点眼することによる効果
実施例8と同様の実験を行って評価した。
図12に網膜色素上皮細胞層由来の沈着物数の計測結果を示す。
図12から明らかなように、システアミンもまた、加齢黄斑変性の特徴的な所見である網膜色素上皮細胞層由来の沈着物数の増加を効果的に抑制したことから、網膜色素上皮細胞を保護することによる網膜視細胞に対する保護作用を有することがわかった。以上の結果から、加齢黄斑変性の予防や治療にシステアミンの点眼も有効であることを確認することができた。
【0031】
実施例10:正常眼圧緑内障モデルマウスに長期保存したシスタミンまたはシステアミンの溶液を点眼することによる効果
10mMになるように生理食塩水にシスタミンまたはシステアミンを溶解してろ過滅菌した溶液を、ポリプロピレン製の1.5mLマイクロチューブに入れ、ふたをしてパラフィルムを巻いて密封し、室温で6か月間保存した溶液を、マウスに点眼すること以外は実施例4と同様の実験を行って評価した。
図13に網膜神経節細胞層に存在する細胞数の計測結果を、
図14に内網状層の厚さの測定結果を、それぞれ示す。
図13と
図14から明らかなように、長期保存したシスタミンとシステアミンのどちらの溶液も、網膜神経節細胞層に存在する細胞数の減少を効果的に抑制するとともに、内網状層の菲薄化を抑制する作用を有していた。以上の結果から、正常眼圧緑内障の予防や治療におけるシスタミンとシステアミンの点眼薬の利便性を確認することができた。
【0032】
実施例11:正常眼圧緑内障モデルマウスにおけるシスタミンの網膜神経節細胞に対する保護効果の作用機序の検討
(実験方法)
NMDA投与マウスにおいて誘発される網膜神経節細胞死では、小胞体ストレス関連タンパク質である転写因子C/EBP相同タンパク質(CHOP)が発現すること、CHOPの発現を抑制することで網膜神経節細胞死が抑制されることが知られている(Journal of Neurochemistry,96,43-52,2006)。そこで、NMDA投与マウスにおいて誘発される網膜神経節細胞死を、シスタミンがCHOPの発現を抑制することで抑制するかどうかを確認するための免疫組織化学実験を行った。具体的には、実施例4と同様の方法で作製した正常眼圧緑内障モデルマウスの両眼に、10mMになるように生理食塩水にシスタミンを溶解してろ過滅菌した溶液を、NMDA溶液を硝子体内に投与した直後、NMDA溶液を硝子体内に投与した4時間後、NMDA溶液を硝子体内に投与した8時間後の合計3回、2μLずつ点眼した。NMDA溶液を硝子体内に投与した12時間後、マウスを安楽死させ、実施例4と同様の方法で網膜組織の凍結切片スライドを作製した。作製した凍結切片スライドに対し、細胞膜透過処理を行った後、一次抗体として抗CHOP抗体であるAnti-CHOP/GADD153 polyclonal antibody 15204-1-AP(Thermo)と、二次抗体としてPolyclonal Goat Anti-Rabbit antibody Alexa Fluor 546 A11035(Thermo)を反応させ、蛍光顕微鏡にて観察した。
【0033】
(実験結果)
図15に蛍光免疫組織像を示す(Cystamine10mM/NMDA)。
図15には、NMDA溶液を硝子体内に投与した直後、NMDA溶液を硝子体内に投与した4時間後、NMDA溶液を硝子体内に投与した8時間後の合計3回、ろ過滅菌した生理食塩水を、両眼に、2μLずつ点眼した場合の結果(saline/NMDA)と、ろ過滅菌した生理食塩水を、健常マウスの両眼に、マウスを安楽死させる12時間前、8時間前、4時間前の合計3回、2μLずつ点眼した場合の結果(control)をあわせて示す。
図15から明らかなように、シスタミンを点眼した場合、生理食塩水を点眼した場合に観察される網膜神経節細胞層におけるCHOPの発現による蛍光が観察されなかった。以上の結果から、シスタミンの網膜神経節細胞に対する保護効果の作用機序として、CHOPの発現抑制作用を明らかにすることができた。
【0034】
実施例12:神経細胞におけるシスタミンのCHOPの発現抑制作用の確認
(実験方法)
マウス海馬由来の神経細胞株であるHT22細胞を用いて、シスタミンのCHOPの発現抑制作用を確認した。具体的には、100mmディッシュに播種したHT22細胞(8.0×105cells/mL)を、10%FBS添加DMEM培地にて、24時間、37℃、5%CO2インキュベータ内で培養した後、最終濃度が5μMになるようにシスタミンを添加した培地と交換し、さらに24時間培養した。次いで、小胞体ストレス誘導物質であるタプシガルギンを最終濃度が0.1μMになるように培地に添加し、6時間培養した後、細胞を回収した。回収した細胞に対してタンパク質可溶化のためのソニケーションを行った後、遠心分離することで得られた遠心上清(可溶化タンパク質)20μgのウエスタンブロッティングを、抗CHOP抗体であるAnti-CHOP/GADD153 polyclonal antibody 15204-1-AP(Thermo)を用いて行い、得られたシグナルの画像解析によりCHOPの発現量を調べた。
【0035】
(実験結果)
図16にCHOPのシグナル強度を示す(Cystamine/タプシガルギン処理、無処理のHT22細胞におけるCHOPのシグナル強度を1(Control)とした相対値)。
図16には、シスタミンを添加するために用いたろ過滅菌した生理食塩水と同じ容量のろ過滅菌した生理食塩水をシスタミンのかわりに添加した場合の結果(Saline/タプシガルギン処理)をあわせて示す。
図16から明らかなように、シスタミンは、タプシガルギンによるCHOPのシグナル強度の上昇を効果的に減弱させた。以上の結果から、神経細胞におけるシスタミンのCHOP発現抑制作用を確認することができた。