(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024033027
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】糖尿病誘起細菌に感染するバクテリオファージ及びその用途
(51)【国際特許分類】
C12N 7/00 20060101AFI20240306BHJP
C07K 14/01 20060101ALI20240306BHJP
C12N 15/34 20060101ALI20240306BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20240306BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20240306BHJP
A61K 35/76 20150101ALI20240306BHJP
A61K 38/02 20060101ALI20240306BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240306BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240306BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20240306BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
C12N7/00 ZNA
C07K14/01
C12N15/34
C12P21/02 C
C12Q1/06
A61K35/76
A61K38/02
A61K48/00
A61P43/00 105
A61P3/10
A61P31/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021009193
(22)【出願日】2021-01-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業ソロタイプ「微生物叢と宿主の相互作用・共生の理解と、それに基づく疾患発症のメカニズム解明」研究開発領域、「生活習慣病に関わる「未知腸内細菌-ウイルス-宿主」間相互作用メカニズムの解明」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】亀山 恵司
(72)【発明者】
【氏名】玉木 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】草田 裕之
(72)【発明者】
【氏名】鎌形 洋一
【テーマコード(参考)】
4B063
4B064
4B065
4C084
4C087
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
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4C084AA13
4C084CA01
4C084NA14
4C084ZB35
4C084ZC01
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4C087NA14
4C087ZB35
4C087ZC01
4C087ZC35
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA01
4H045DA83
4H045DA89
4H045EA20
(57)【要約】
【課題】フュージモナス・インテスティーニ(Fusimonas intestini)に属する糖尿病誘起菌に感染し、それを溶解することができる新規バクテリオファージを分離・同定し、該ファージ又はその溶菌酵素を用いたフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌の抑制剤や、該細菌に起因する糖尿病の予防及び/又は治療剤を提供すること。
【解決手段】(1)フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌に感染し、該細菌を溶解し得るバクテリオファージであって、配列番号1で表されるヌクレオチド配列又は該ヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなる環状一本鎖DNAをゲノムとして含む、バクテリオファージ;(2)該ファージ由来のエンドライシンタンパク質;並びに前記(1)又は(2)を含有してなる、該糖尿病誘起菌の抑制剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フュージモナス・インテスティーニ(Fusimonas intestini)に属する糖尿病誘起菌に感染し、該細菌を溶解し得るバクテリオファージであって、配列番号1で表されるヌクレオチド配列又は該ヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなる環状一本鎖DNAをゲノムとして含む、バクテリオファージ。
【請求項2】
少なくとも以下の(a)~(c)のアミノ酸配列:
(a)配列番号99で表されるアミノ酸配列
(b)(a)のアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するアミノ酸配列
(c)(a)のアミノ酸配列において、1ないし数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列
のいずれかをコードするヌクレオチド配列を含む、請求項1に記載のバクテリオファージ。
【請求項3】
さらに、以下の(d)~(f):
(d)配列番号n(nは2~98の整数)で表される97種のアミノ酸配列
(e)(d)に示される各アミノ酸配列とそれぞれ95%以上の同一性を有する97種のアミノ酸配列
(f)(d)に示される97種のアミノ酸配列のうち1以上の配列において、1ないし数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されている、97種のアミノ酸配列
のいずれかの97種のアミノ酸配列をそれぞれコードする97種のヌクレオチド配列を含む、請求項2に記載のバクテリオファージ。
【請求項4】
糖尿病誘起菌がフュージモナス・インテスティーニAJ110941株(FERM BP-11443)である、請求項1~3のいずれか1項に記載のバクテリオファージ。
【請求項5】
配列番号1で表されるヌクレオチド配列からなる環状一本鎖DNAをゲノムとして含む、請求項1~4のいずれか1項に記載のバクテリオファージ。
【請求項6】
以下の(a)~(c)のいずれかのタンパク質。
(a)配列番号93で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)(a)のアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌を溶解し得るタンパク質
(c)(a)のアミノ酸配列において、1ないし数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列を含み、かつフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌を溶解し得るタンパク質
【請求項7】
糖尿病誘起菌がフュージモナス・インテスティーニAJ110941株(FERM BP-11443)である、請求項6に記載のタンパク質。
【請求項8】
請求項6又は7に記載のタンパク質をコードする核酸。
【請求項9】
請求項8に記載の核酸を発現可能な形態で含む発現系で、請求項6又は7に記載のタンパク質を合成することを含む、該タンパク質の製造方法。
【請求項10】
請求項1~5のいずれか1項に記載のバクテリオファージ、請求項6又は7に記載のタンパク質、あるいは請求項9に記載の方法により得られるタンパク質を含有してなる、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌の抑制剤。
【請求項11】
動物の腸内から該糖尿病誘起菌を除去又は低減するための、請求項10に記載の剤。
【請求項12】
該動物における糖尿病の予防又は治療用である、請求項11に記載の剤。
【請求項13】
請求項1~5のいずれか1項に記載のバクテリオファージを試料に接触させ、該バクテリオファージのフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌への感染を検出することを含む、試料中の該糖尿病誘起菌の検出方法。
【請求項14】
バクテリオファージの溶菌酵素遺伝子が不活性化されている、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
請求項6又は7に記載のタンパク質、あるいは請求項9に記載の方法により得られるタンパク質を含有してなる、1以上の抗生物質に対して耐性である細菌の抑制剤。
【請求項16】
細菌がバイオフィルムを形成し得るものである、請求項15に記載の剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病の発症を誘起し得る細菌(以下、「糖尿病誘起菌」ともいう。)に感染するバクテリオファージ及びその構成要素、並びにそれらの用途に関する。より詳細には、フュージモナス・インテスティーニ(Fusimonas intestini)に属する糖尿病誘起菌に感染し、それを溶解し得る新規バクテリオファージ、該ファージ由来の溶菌酵素、並びに、それらを用いた宿主細菌の抑制及び該宿主細菌に起因する糖尿病の予防及び治療に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、慢性的な高血糖を主病態とする代謝障害が持続することによって、種々の合併症を引き起こす難治性の疾患である。糖尿病は成因によって、1型糖尿病、2型糖尿病、遺伝子異常による糖尿病、他の疾患・条件に伴う糖尿病、妊娠糖尿病などに分類される。1型糖尿病および2型糖尿病は、遺伝子異常ではなく遺伝子多型の一つである一塩基多型(SNP)に、種々の環境因子が加わって発症する多因子病である。糖尿病が発症する原因は完全には明らかではないが、一般的に、遺伝的に糖尿病になりやすい体質(遺伝因子)の人が、糖尿病になりやすいような生活習慣を送ること(環境因子)によって2型糖尿病になると考えられている。
【0003】
糖尿病の発症に関わる環境因子の一つとして、近年、腸内細菌の関与が明らかになっている。例えば、1型又は2型糖尿病動物モデルに抗生物質やプロバイオティクスもしくはプレバイオティクスを投与すると、糖尿病の病態が改善することが報告されている。
【0004】
亀山らは、空腹時血糖値が異常な高値を示す肥満モデルマウスの糞便中の細菌叢を網羅的に調べて正常マウスのものと比較した結果、特定の細菌が優勢化していることを見出し、この細菌を肥満モデルマウスの盲腸内容物から単離することに成功し、AJ110941株と命名した(特許文献1、非特許文献1)。本発明者らは、AJ110941株について、系統発生学的解析や形態学的、生理学的、生化学的特徴の詳細な解析を行い、該菌株はラクノスピラ科(Lachnospiraceae)に属する新属・新種の細菌であると同定し、フュージモナス・インテスティーニ(Fusimonas intestini)と命名した(非特許文献2)。
また、亀山らは、該細菌を無菌肥満モデルマウスの腸内に定着させ、該マウスの表現型を調べた。その結果、該細菌がマウスにインスリン分泌能の低下や高血糖を引き起こすことを見出し、該細菌を糖尿病誘起菌であると同定した(特許文献1、非特許文献1)。さらに、特許文献1には、該菌種に特異的な16SリボソームRNA配列を用いた該細菌の検出法、該細菌の菌体処理物を用いた予防/治療用ワクチンについても記載されている。
【0005】
病原性の腸内細菌の除去においては抗生物質の使用が中心となるが、フュージモナス・インテスティーニを選択的に除去できる抗生物質は知られていない。腸内細菌叢は腸管免疫を含め宿主の生体恒常性維持に重要な役割を担っており、生命を直接脅かすわけではない生活習慣病の予防/治療に抗生物質を使用することは、耐性菌の出現のリスクも含めて、慎重にならざるを得ない。
【0006】
ところで、近年、多剤耐性菌等の病原性細菌の制御にバクテリオファージ(単に「ファージ」ともいう。)を利用したファージ療法が注目を浴びている(例えば、特許文献2~4)。ファージは細菌を攻撃する(感染し、死滅させる)が、ヒトには無害なウイルスである。自然界には多種多様なファージが存在し、腸管にも腸内細菌に適応するファージが存在している。ファージは宿主細菌表面上のレセプターを認識して結合し、ウイルスゲノムを細菌内に注入し、宿主のシステムを利用して娘ファージを大量に産生させ、溶菌酵素により細胞壁を破壊して細菌を死滅させる。ファージは宿主特異性が高く、常在の腸内細菌叢に影響を及ぼしにくく、また、耐性菌の出現リスクも抗生物質に比べて低い。さらには、増殖が簡単で大量のファージを安価に調製できるといった利点がある。米国では既に、リステリア食中毒の予防用に食肉表面に噴霧するファージスプレーが食品添加物として米国食品医薬品局(FDA)に認可されている。また、臨床応用を目指したファージ製剤の開発も欧米で急速に進んでいる。
【0007】
しかし、その宿主特異性の高さから、目的の病原菌に感染し、それを溶解することができるファージ株を分離・同定することは容易ではなく、これまで、AJ110941株等のフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌に対する溶菌性ファージは全く報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2013/146319号公報
【特許文献2】特開2011-50373公報
【特許文献3】国際公開第00/69269号公報
【特許文献4】国際公開第2007/007055号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Kameyama, K. and Itoh, K., Microbes Environ., 29(4): 427-430 (2014)
【非特許文献2】Kusada, H. et al., Sci. Rep., 7: 18087 (2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って、本発明の目的は、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌に感染し、それを溶菌することができる新規バクテリオファージを分離・同定し、該ファージ又はその溶菌酵素を用いたフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌の抑制剤や、該細菌に起因する糖尿病の予防及び/又は治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、AJ110941株から該菌株に感染するバクテリオファージの分離を試みた。まず、AJ110941株の培養上清の分画液から密度勾配遠心によりファージ画分を精製した。電子顕微鏡観察の結果、頭部と尾部(head-tailed)構造を有する、カウドウイルス目(Caudovirales)に典型的な形状のバクテリオファージの存在が認められた。そこで、精製したファージ溶液からゲノム核酸を抽出し、種々のヌクレアーゼで処理したところ、該ファージゲノムは一本鎖DNAであることが明らかとなった。該ゲノムDNAをPCR増幅し、ベクターにクローニングし、ゲノム配列を決定した。その結果、該ファージゲノムは、環状の一本鎖DNAで、ゲノムサイズは約62 kntであった。ORF予測とアノテーションの結果、98個のORFが見出され、宿主特異性に重要な役割を果たすテールファイバーや、溶菌酵素等のいくつかのファージに特徴的な遺伝子がアノテーションされた。該ファージのゲノムサイズは一般的な一本鎖DNAウイルスに比べてきわめて大きく、一方、類似のウイルス形状を有するカウドウイルス目はすべて線状二本鎖DNAであることから、該ファージは、系統分類学的にきわめて新規なウイルスであることが示唆された。実際、ゲノム配列に基づく系統分類解析においても、該ファージは既知の一本鎖DNAウイルスとは系統的に全く異なることが示された。本発明者らは、この新規ファージ株をLSP1株と命名した。
【0012】
次に、本発明者らは、バクテリオファージLSP1株がフュージモナス・インテスティーニAJ110941株の溶菌を引き起こすか否かを検証すべく、AJ110941株の培地に該ファージを添加して培養した。その結果、LSP1株添加群ではAJ110941株の増殖が著しく抑制され、また、顕微鏡観察により、AJ110941株が溶菌され細胞形態が崩壊しているのを認めた。以上より、LSP1株は、少なくともAJ110941株を溶解する能力を有することが実証された。
さらに、フュージモナス・インテスティーニ以外のラクノスピラ科(Lachnospiraceae)に属する種々の基準株を用いて感染試験を行い、LSP1株の宿主特異性を検証した結果、LSP1株はそれらの基準株に感染せず、フュージモナス・インテスティーニ特異的に感染・溶菌し得るファージであることが示された。
【0013】
本発明者らはまた、LSP1株のゲノムDNAから、エンドライシンと高いホモロジーを有するORF92のDNAフラグメントを発現ベクターにクローニングし、大腸菌を宿主として組換えタンパク質を製造して、これをAJ110941株に外部から添加したところ、速やかに溶菌が起こることが明らかとなった。エンドライシンは通常、N末端側に触媒ドメイン、C末端側に宿主特異性を決定するペプチドグリカン基質との結合ドメインを有するので、LSP1株由来の組換えエンドライシンは、LSP1ファージ粒子と同様、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌を溶菌し得ることが示唆された。
【0014】
本発明者らはさらに、LSP1株由来のエンドライシンは、フュージモナス・インテスティーニだけでなく、種々の多剤耐性細菌に対しても溶菌活性を示し、薬剤耐性機序の1つとしてバイオフィルムを形成する耐性菌に対して、バイオフィルム形成阻害効果を有することも明らかにした。
【0015】
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0016】
即ち、本発明は以下の通りである。
[1]フュージモナス・インテスティーニ(Fusimonas intestini)に属する糖尿病誘起菌に感染し、該細菌を溶解し得るバクテリオファージであって、配列番号1で表されるヌクレオチド配列又は該ヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなる環状一本鎖DNAをゲノムとして含む、バクテリオファージ。
[2]少なくとも以下の(a)~(c)のアミノ酸配列:
(a)配列番号99で表されるアミノ酸配列
(b)(a)のアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するアミノ酸配列
(c)(a)のアミノ酸配列において、1ないし数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列
のいずれかをコードするヌクレオチド配列を含む、[1]に記載のバクテリオファージ。
[3]さらに、以下の(d)~(f):
(d)配列番号n(nは2~98の整数)で表される97種のアミノ酸配列
(e)(d)に示される各アミノ酸配列とそれぞれ95%以上の同一性を有する97種のアミノ酸配列
(f)(d)に示される97種のアミノ酸配列のうち1以上の配列において、1ないし数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されている、97種のアミノ酸配列
のいずれかの97種のアミノ酸配列をそれぞれコードする97種のヌクレオチド配列を含む、[2]に記載のバクテリオファージ。
[4]糖尿病誘起菌がフュージモナス・インテスティーニAJ110941株(FERM BP-11443)である、[1]~[3]のいずれかに記載のバクテリオファージ。
[5]配列番号1で表されるヌクレオチド配列からなる環状一本鎖DNAをゲノムとして含む、[1]~[4]のいずれかに記載のバクテリオファージ。
[6]以下の(a)~(c)のいずれかのタンパク質。
(a)配列番号93で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)(a)のアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌を溶解し得るタンパク質
(c)(a)のアミノ酸配列において、1ないし数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列を含み、かつフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌を溶解し得るタンパク質
[7]糖尿病誘起菌がフュージモナス・インテスティーニAJ110941株(FERM BP-11443)である、[6]に記載のタンパク質。
[8][6]又は[7]に記載のタンパク質をコードする核酸。
[9][8]に記載の核酸を発現可能な形態で含む発現系で、[6]又は[7]に記載のタンパク質を合成することを含む、該タンパク質の製造方法。
[10][1]~[5]のいずれかに記載のバクテリオファージ、[6]又は[7]に記載のタンパク質、あるいは[9]に記載の方法により得られるタンパク質を含有してなる、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌の抑制剤。
[11]動物の腸内から該糖尿病誘起菌を除去又は低減するための、[10]に記載の剤。
[12]該動物における糖尿病の予防又は治療用である、[11]に記載の剤。
[13][1]~[5]のいずれかに記載のバクテリオファージを試料に接触させ、該バクテリオファージのフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌への感染を検出することを含む、試料中の該糖尿病誘起菌の検出方法。
[14]バクテリオファージの溶菌酵素遺伝子が不活性化されている、[13]に記載の方法。
[15][6]又は[7]に記載のタンパク質、あるいは[9]に記載の方法により得られるタンパク質を含有してなる、1以上の抗生物質に対して耐性である細菌の抑制剤。
[16]細菌がバイオフィルムを形成し得るものである、[15]に記載の剤。
【発明の効果】
【0017】
本発明のバクテリオファージは、AJ110941株をはじめとするフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌に感染し、それを溶解する能力を有する。従って、該ファージやその溶菌酵素であるエンドライシンを用いて、該糖尿病誘起菌の腸内への定着、増殖及び生理作用を抑制することにより、糖尿病の予防及び/又は治療が可能となる。本発明により、糖尿病の原因となる腸内細菌を選択的に駆除することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】LSP1ファージの形態を示す電子顕微鏡写真である。スケールバーは100 nmを示す。
【
図2】LSP1ファージのゲノム構造を示す図である。外側からORF配置、ジヌクレオチドバイアス、GC含量、GC skewを示す。
【
図3】一本鎖ウイルス全体の系統樹(A)及びそのLSP1ファージ周辺の拡大図(B)
【
図4】フュージモナス・インテスティーニAJ110941株の増殖に及ぼすLSP1ファージの効果を示す図である。-△-:培地のみ添加;-◆-不活性化LSP1株添加;-■-LSP1株添加
【
図5】LSP1ファージによるフュージモナス・インテスティーニAJ110941株の溶菌を示す顕微鏡写真である。左から培地のみ添加;不活性化LSP1株添加;LSP1株添加を示す。スケールバーは10 μmを示す。
【
図6】LSP1ファージ由来のLysFのフュージモナス・インテスティーニに対する酵素活性を示す図である。LysF添加後のフュージモナス・インテスティーニ培養液の濁度(OD
600)の経時変化を示す。-▲-:バッファーのみ添加;-■-不活性化LysF添加;-●-LysF添加
【
図7】LSP1ファージ由来のLysFがフュージモナス・インテスティーニに対する溶菌活性を有することを示す図である。LysF添加後のフュージモナス・インテスティーニの細胞形態を顕微鏡で観察した。核をSYBR Green I(緑色)、細胞膜をFM4-64(赤色)を用いて染色した。スケールバーは5 μmを示す。
【
図8】多剤耐性菌(Acidovorax sp. MR-S7, M2, M6)に対する組換えLysFの溶菌活性を示す図である。A.各菌体懸濁液にLysF及びEDTA添加又はEDTAのみ(コントロール)添加後の菌体量(OD
600値)の経時変化を示す。B.LysF及びEDTA添加又はEDTAのみ(コントロール)添加から6時間後の細胞形態を顕微鏡で観察した。核をSYBR Green I(緑色)、細胞膜をFM4-64(赤色)を用いて染色した。スケールバーは5 μmを示す。
【
図9】多剤耐性菌(Acidovorax sp. MR-S7, M2, M6)のバイオフィルム形成に対する組換えLysFの阻害効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
I.本発明のファージ
本発明は、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌に感染し、該細菌を溶解し得るバクテリオファージ(以下、「本発明のファージ」ともいう。)を提供する。本明細書において「溶菌性ファージ」とは、精製したファージ粒子を宿主細菌に接触させた場合に、該宿主細菌に感染し(即ち、細菌表面に結合し、自身のゲノムDNAを菌体内に送り込み)、かつ該宿主細菌を溶解する能力を有する任意のファージを意味する。よって、ある特定の条件下では溶原化し、プロファージとして宿主ゲノム内に組み込まれ得るものも、溶菌性ファージに包含され得る。本発明の溶菌性ファージの代表例であるLSP1株は、宿主であるAJ110941株の純粋培養の培養上清から分離されたため、溶原化する可能性は否定できないが、既知ウイルスゲノムとの比較で、溶原化に必要とされるリプレッサー遺伝子とホモロジーを有するオープンリーディングフレーム(ORF)の存在は認められず、精製したファージ粒子の感染試験では、AJ110941株を溶菌することから、溶原化し得ることの確定的な証拠はない。
【0020】
(A)糖尿病誘起菌
本発明のファージの宿主であるフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌は、グラム陽性細菌門(Firmicutes)、クロストリジウム綱(Clostridia)、クロストリジウム目(Clostridiales)、ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)、フュージモナス属(Fusimonas)に属する嫌気性グラム陽性細菌であり、長桿菌で線毛もしくは鞭毛様の構造を持つ腸内細菌である。フュージモナス・インテスティーニのより詳細な菌学的特徴は、上記特許文献1並びに非特許文献1及び2に記載されている。あるいは、フュージモナス・インテスティーニに属する細菌は、AJ110941株の16SリボソームDNAと98%以上の同一性を有する16SリボソームDNAを有することにより同定することができる。AJ110941株の16SリボソームDNAと98%以上の同一性を有する16SリボソームDNAを有する菌株として、例えば、PLoS One, 7: e30273 (2012) に記載されるWT ctrl D2 F09、NOD dss A5 D06及びNOD dss A2 C04クローン、PLoS Biol., 5: 2177-2189 (2007) に記載される16saw23-2g06.p1k及び16saw23-1b01.p1kクローン等が挙げられる。
【0021】
本明細書において「糖尿病誘起菌」とは、インスリン抵抗性及びインスリン分泌能低下のいずれか一方又は両方を誘起する活性を有する細菌を意味する。インスリン抵抗性の誘起活性及びインスリン分泌能低下の誘起活性の有無は、例えば、特許文献1に記載の方法により判定することができる。
【0022】
フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌の代表的な例として、AJ110941株を挙げることができる。AJ110941株は、受託番号FERM BP-11443として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1-1-1 中央第6)[現独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター特許微生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)]にブダペスト条約に基づき国際寄託されている(受託日:平成23年11月30日)。
【0023】
(B)バクテリオファージ
本発明のファージは、その代表的な株であるLSP1株のゲノムDNA配列である、配列番号1で表されるヌクレオチド配列か、あるいは該ヌクレオチド配列と90%以上、好ましくは95%以上(例、95、96、97、98、99%以上)の同一性を有するヌクレオチド配列からなる環状一本鎖DNAをゲノムとして含む。
ここで「同一性」とは、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのヌクレオチド配列をアラインさせた場合の、最適なアラインメント(好ましくは、該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方もしくは両方へのギャップの導入を考慮し得るものである)における、オーバーラップする全ヌクレオチド残基に対する同一ヌクレオチドの割合(%)を意味する。本明細書において、「ヌクレオチド配列の同一性」は、NCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)の相同性計算アルゴリズムblastnを用い、デフォルト設定のScoring Parameters(Match/Mismatch Scores=1,-2;Gap Costs=Linear)にて計算することができる。
【0024】
LSP1株のゲノムサイズは約62 kntであり、98個のORFを有する。配列番号1で表されるヌクレオチド配列の5’末端から順に位置するORFをORF1乃至ORF98と称するとすると、ORF92及びORF93は、それぞれ細胞壁ペプチドグリカン分解酵素であるエンドライシン及び膜貫通タンパク質であるホリンをコードするものと推定されることから、本発明のファージは、ホリン及びエンドライシンの溶菌酵素の作用により宿主細菌を溶解する溶菌様式を有すると考えられる。また、ORF98は、宿主菌体表面上のレセプターと相互作用して結合する、宿主特異性に重要なテールファイバーを構成するタンパク質をコードしていると推定される。LSP1ゲノム中のORFに関する情報を表1-1~1-2に示す。これらの情報は、PHAST・PHASTER・BLAST・InterPro・pfamなどの解析ソフトを用いて多角的に解析した結果を総合的に判断して、合理的と思われるものをまとめたものである。
【0025】
【0026】
【0027】
(表中、「Direction」は配列番号1で表されるヌクレアーゼ配列からなる+鎖にコードされるものを「1」、-鎖にコードされるものを「-1」と示す。)
【0028】
好ましい一実施態様において、本発明のファージは、少なくとも以下の(a)~(c)のアミノ酸配列:
(a)配列番号99で表されるアミノ酸配列
(b)(a)のアミノ酸配列と95%以上(例、95、96、97、98、99%以上)の同一性を有するアミノ酸配列
(c)(a)のアミノ酸配列において、1ないし数個(例、2、3、4、5、6個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列
のいずれかをコードするヌクレオチド配列(即ち、ORF)を含むことを更なる特徴とする。
ここで「同一性」とは、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのアミノ酸配列をアラインさせた場合の、最適なアラインメント(好ましくは、該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方もしくは両方へのギャップの導入を考慮し得るものである)における、オーバーラップする全アミノ酸残基に対する同一アミノ酸の割合(%)を意味する。本明細書において、「アミノ酸配列の同一性」は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;マトリクス=BLOSUM62;フィルタリング=OFF)にて計算することができる。
【0029】
上記(a)のアミノ酸配列は、LSP1株のORF98にコードされるテールファイバーを構成し、該ファージ株の宿主特異性に重要であると推定されるタンパク質のアミノ酸配列に相当する。
【0030】
本発明のファージが上記(b)又は(c)のアミノ酸配列をコードするORFを含む場合、該アミノ酸配列からなるタンパク質は、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌に対する宿主特異性を損なわないものである。
【0031】
上記(c)におけるアミノ酸の置換は、類似アミノ酸による置換が好ましい。「類似アミノ酸」とは物理化学的性質において類似したアミノ酸を意味し、例えば、芳香族アミノ酸(Phe、Trp、Tyr)、脂肪族アミノ酸(Ala、Leu、Ile、Val)、極性アミノ酸(Gln、Asn)、塩基性アミノ酸(Lys、Arg、His)、酸性アミノ酸(Glu、Asp)、水酸基を有するアミノ酸(Ser、Thr)、側鎖の小さいアミノ酸(Gly、Ala、Ser、Thr、Met)などの同じグループに分類されるアミノ酸が挙げられる。このような類似アミノ酸による置換はタンパク質の表現型に変化をもたらさない(即ち、保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。保存的アミノ酸置換の具体例は当該技術分野で周知であり、種々の文献に記載されている(例えば、Bowieら,Science, 247:1306-1310 (1990)を参照)。
【0032】
別の好ましい実施態様において、本発明のファージは、LSP1株のORF1~97と同一もしくは実質的に同一な97種のORFを含むことを更なる特徴とする。即ち、当該ファージは、以下の(d)~(f)に示される97種のアミノ酸配列:
(d)配列番号n(nは2~98の整数)で表される各アミノ酸配列
(e)(d)に示される各アミノ酸配列とそれぞれ95%以上(例、95、96、97、98、99%以上)の同一性を有するアミノ酸配列
(f)(d)に示されるアミノ酸配列の1以上において、1ないし数個(例、2、3、4、5、6個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列
のいずれかをコードする97種のヌクレオチド配列(即ち、ORF)を含む。
【0033】
上記(d)のアミノ酸配列は、LSP1株のORF1~97にそれぞれコードされる推定のタンパク質のアミノ酸配列に相当する。
【0034】
本発明のファージが上記(e)又は(f)のアミノ酸配列をコードする各ORFを含む場合、該ORFから実際にタンパク質が産生される場合には、LSP1株の対応するタンパク質と同一の機能を有するものである。また、上記(f)におけるアミノ酸の置換は、類似アミノ酸による置換が好ましい。
【0035】
特に好ましい実施態様において、本発明のファージは、配列番号1で表されるヌクレオチド配列からなる環状一本鎖DNAをゲノムとして含むLSP1株である。
【0036】
本発明のファージは、一般家庭等の下水流水や、下水処理施設等から採取した排水など、あるいは、フュージモナス・インテスティーニが腸内に定着した動物由来の生体試料(例、糞便、腸管内容物等)から、常法によりファージ画分を回収し、フュージモナス・インテスティーニ(例、AJ110941株等)を用いたプラークアッセイ法により単一プラークを回収し、ろ過、密度勾配遠心分離などにより、バクテリオファージを単離することができる。超遠心分離等の自体公知の手法によりさらに精製することができる。フュージモナス・インテスティーニAJ110941株は、上述のとおり国際寄託されており、本発明のファージの1つであるLSP1株は、該寄託菌の培養液から容易に単離することができる。
【0037】
得られたバクテリオファージが、本発明のファージに該当するか否かは、電子顕微鏡を用いた形態学的観察で、頭部-尾部構造を有すること、ゲノムDNAを単離して環状一本鎖DNAのゲノム構造を有することを確認した上で、例えばPCR法等を用いて、例えばテールファイバーを構成するタンパク質をコードするORF98等を含むフラグメントを取得し、LSP1株の対応するORFとのホモロジーを調べ、本特許のファージのクライテリア(即ち、blastxでアラインさせたときの配列同一性が95%以上)を満たしたものについて、全ゲノムを決定し、LSP1株のゲノム配列と90%以上の同一性を有するか否かを調べることにより判定できる。
【0038】
本発明のファージは、一般的なバクテリオファージの増殖方法を用いて増殖させることができる、例えば、宿主となるフュージモナス・インテスティーニ(例、AJ110941株等)を培養し、十分に増殖させた後、本発明のファージを接種し、培養を継続することにより、本発明のファージを大量に調製することができる。
【0039】
宿主であるフュージモナス・インテスティーニの培養は、例えば、特許文献1に記載されるように、嫌気性菌用培地(例、EG培地、変法GAMブイヨン等)を用いて、嫌気性条件下(例、酸素濃度1 ppm以下)、30~40℃、好ましくは約37℃で静置培養することにより行われ得る。培養は、液体培養であっても固体培養であってもよい。本発明のファージの接種時期は特に制限されないが、例えば菌体濃度がOD660換算で0.1程度にまで増殖した時期に接種するのが好ましい。培養はほぼすべての菌が溶解するまで(接種後6~30時間程度)行うことができる。
【0040】
得られたプラーク又は培養上清から、上記と同様にしてファージを分画、精製することができる。得られた精製ファージは、例えば、4℃で1カ月程度保存することができる。また、グリセリン溶液や塩溶液中での低温保存;液体窒素、ディープフリーザー、ドライアイス中での凍結保存;凍結乾燥等の自体公知の手法を用いて長期間安定に保存できる可能性がある。
【0041】
(C)糖尿病誘起菌の抑制剤
本発明のファージは、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌に特異的に感染し、それを溶解することができるので、該細菌が存在する対象に該ファージを接触させることにより、該対象から該細菌を選択的に駆除することができる。従って、本発明はまた、本発明のファージを含有してなる、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌の抑制剤(以下、「本発明の抑制剤」ともいう。)を提供する。
ここで「抑制」とは、少なくとも宿主細菌の増殖を抑制することであり、好ましくは、対象中に含まれる該細菌の数を低減することであり、より好ましくは、該対象から該細菌を除去することである。
【0042】
本発明のファージは、そのまま、あるいは、医薬上又は食品もしくは飼料加工上許容される添加物とともに製剤化することができる。あるいは、該ファージは、医薬品添加物又は食品もしくは飼料添加物として、医薬組成物又は食品もしくは飼料中に配合することができる。
【0043】
本発明のファージが医薬品又は医薬品添加物として提供される場合、該医薬品又は該添加物を配合する医薬組成物は、例えば、散剤、顆粒剤、丸剤、ソフトカプセル、ハードカプセル、錠剤、チュアブル錠、速崩錠、シロップ、液剤、懸濁剤、坐剤、注入剤等に製剤化することができる。
【0044】
例えば、経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤等が挙げられる。このような組成物は公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる添加物、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等を含有していてもよい。賦形剤としては、例えば大豆油、サフラー油、オリーブ油、胚芽油、ひまわり油、牛脂、いわし油等の動植物性油、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、ソルビトール等の多価アルコール、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル等の界面活性剤、精製水、乳糖、デンプン、結晶セルロース、D-マンニトール、レシチン、アラビアガム、ソルビトール液、糖液等が挙げられる。結合剤としては、例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチン、アルファー化デンプン、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等が挙げられる。崩壊剤としては、例えば、カルメロースカルシウム、カルメロースナトリウム、クロスカルメロースナトリウム、クロスポピドン、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、トウモロコシデンプン等が挙げられる。滑沢剤としては、例えば、タルク、水素添加植物油、ロウ類、軽質無水ケイ酸等の天然物由来及びその誘導体等、ステアリン酸、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸アルミニウム等が挙げられる。
【0045】
上記組成物には、さらに、甘味料、着色料、pH調整剤、香料、各種アミノ酸等を添加することもできる。また、錠剤、顆粒剤は周知の方法でコーティングしてもよい。液体製剤であれば、服用時に水又は他の適当な媒体に溶解又は懸濁する形であってもよい。
【0046】
非経口投与のための組成物としては、例えば、注入剤、坐剤等が用いられる。注入剤の調製方法としては、例えば、本発明のファージを、通常注入剤に用いられる無菌の水性液、または油性液に懸濁または乳化することによって調製できる。注入用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液等が用いられる。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油等が用いられる。直腸投与に用いられる坐剤は、本発明のファージを、通常の坐薬用基剤に混合することによって調製され得る。
【0047】
さらに、医薬品又は医薬品添加物として提供される場合、本発明のファージは、対象疾患に応じて、他の薬剤、例えば、抗生物質、抗糖尿病薬などと併用してもよい。本発明のファージと併用剤とは、単一の組成物(合剤)として製剤化してもよいし、別個の組成物として提供されてもよい。別個の組成物として提供される場合、本発明のファージと併用剤とは、同時に又は時間差をおいて、同一経路又は別経路で対象に投与することができる。
【0048】
本発明のファージが食品(もしくは飼料)又は食品添加物(もしくは飼料添加物)として提供される場合、該食品(もしくは飼料)又は該添加物を配合する食品(もしくは飼料)は、溶液、懸濁物、粉末、固体成形物等、経口摂取可能な形態であればよく、特に限定されない。具体例としては、サプリメント(散剤、顆粒剤、ソフトカプセル、ハードカプセル、錠剤、チュアブル錠、速崩錠、シロップ、液剤等)、飲料(炭酸飲料、乳酸飲料、スポーツ飲料、果汁飲料、野菜飲料、豆乳飲料、コーヒー飲料、茶飲料、粉末飲料、濃縮飲料、栄養飲料、アルコール飲料等)、乳製品(ヨーグルト、バター、チーズ、アイスクリーム等)、菓子(グミ、ゼリー、ガム、チョコレート、クッキー、キャンデー、キャラメル、和菓子、スナック菓子等)、即席食品類(即席麺、レトルト食品、缶詰、電子レンジ食品、即席スープ・みそ汁類、フリーズドライ食品等)、油、油脂食品(マヨネーズ、ドレッシング、クリーム、マーガリン等)、小麦粉製品(パン、パスタ、麺、ケーキミックス、パン粉等)、調味料(ソース、トマト加工調味料、風味調味料、調理ミックス、つゆ類等)、畜産加工品(畜肉ハム・ソーセージ等)が挙げられる。
【0049】
上記食品(もしくは飼料)には、必要に応じて各種栄養素、各種ビタミン類(ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK等)、各種ミネラル類(マグネシウム、亜鉛、鉄、ナトリウム、カリウム、セレン等)、食物繊維、分散剤、乳化剤等の安定剤、甘味料、呈味成分(クエン酸、リンゴ酸等)、フレーバー、ローヤルゼリー、プロポリス、アガリクス等を配合することができる。
【0050】
本発明の抑制剤に含まれる本発明のファージ量としては、例えば1 mLあたり104~1012ファージ粒子数(VLP)、好ましくは105~1011 VLPであり得る。
【0051】
本発明のファージには、他の有用な微生物の菌体もしくは菌体処理物をさらに配合することもできる。そのような他の微生物としては、例えば、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、ロイコノストック(Leuconostoc)属、ペディオコッカス(Pediococcus)属、ラクトコッカス(Lactococcus)属、エンテロコッカス(Enterococcus)属、ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属等に属する乳酸菌、酵母、バチルス(Bacillus)属、酪酸菌(Clostridium butyricum)、麹菌等が挙げられるが、これらに限定されない。これらの併用微生物は、有効性が認められる限り、生菌の状態のみならず、死菌又は菌体破砕物、菌体抽出物、菌体成分などの形態で、本発明の抑制剤中に配合することもできる。
併用微生物の配合量としては、例えば1 mLあたり104~1012コロニー形成ユニット(cfu)、好ましくは105~1011 cfuであり得る。
【0052】
本発明の抑制剤は、例えば、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌が腸内に定着した(又は定着するおそれのある)動物から、該細菌を除去又は低減するために用いることができる。そのような糖尿病誘起菌の除去・低減用の薬剤は、医薬(動物薬を含む)組成物、食品又は飼料等の形態でヒト又は他の哺乳動物に適用され得る。
【0053】
フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌は、インスリン抵抗性及び/又はインスリン分泌能低下を誘起する活性を有するので、該細菌に起因するインスリン抵抗性及び/又はインスリン分泌能低下の状態を有する哺乳動物の腸内から該細菌を除去又は低減できれば、これらの状態が改善され、既に糖尿病を発症している患者(患畜)の治療及び進展抑制、糖尿病ハイリスク群における発症の予防及び遅延効果を奏する。
【0054】
本発明の抑制剤を経口用医薬組成物、食品又は飼料として用いる場合、該抑制剤は、ヒト、又は他の哺乳動物(例えば、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、サル等)に対して、1日あたりの投与(摂取)量として、例えば、104~1012 ファージ粒子数(VLP)、好ましくは105~1011 VLPを、1日1回、又は数回に分けて、経口的に摂取させることができる。一方、本発明の抑制剤を非経口用医薬組成物として用いる場合、上記の1日あたりの投与量を、1日1回、又は数回に分けて、非経口的に投与(例、直腸投与)することができる。
【0055】
本発明の抑制剤が食品として提供される場合、該食品は、腸内からのフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌の除去又は低減、該細菌に起因する糖尿病の予防及び/又は改善のために用いられる旨の表示を付して販売することができる。ここで「表示」とは、需要者に対して上記用途を知らしめるための全ての行為を意味し、上記用途を想起・類推させうるような表示であれば、表示の目的、表示の内容、表示する対象物・媒体等の如何に拘わらず、すべて本発明における「表示」に該当する。しかしながら、需要者が上記用途を直接的に認識できるような表現により表示することが好ましい。具体的には、本発明の食品に係る商品又は商品の包装に上記用途を記載する行為、商品又は商品の包装に上記用途を記載したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸入する行為、商品に関する広告、価格表若しくは取引書類に上記用途を記載して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に上記用途を記載して電磁気的(インターネット等)方法により提供する行為、等が例示できる。
【0056】
一方、表示としては、行政等によって認可された表示(例えば、行政が定める各種制度に基づいて認可を受け、そのような認可に基づいた態様で行う表示)であることが好ましく、特に包装、容器、カタログ、パンフレット、POP等の販売現場における宣伝材、その他の書類等への表示が好ましい。
【0057】
また、例えば、健康食品、機能性食品、経腸栄養食品、特別用途食品、栄養機能食品、医薬用部外品等としての表示を例示することができ、その他厚生労働省によって認可される表示、例えば、特定保健用食品、これに類似する制度にて認可される表示を例示できる。後者の例としては、特定保健用食品としての表示、条件付き特定保健用食品としての表示、身体の構造や機能に影響を与える旨の表示、疾病リスク低減表示等を例示することができ、詳細にいえば、健康増進法施行規則(平成15年4月30日日本国厚生労働省令第86号)に定められた特定保健用食品としての表示(特に保健の用途の表示)、及びこれに類する表示が、典型的な例として挙げられる。
【0058】
本発明の別の実施態様において、本発明の抑制剤は、ヒトが摂取する食品や他の動物が摂取する飼料(家畜用飼料だけでなくペットフード等も含む)及びそれらの原材料(以下、これらを包括して「食品等」ともいう。)に混入したフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌を、該食品等から除去するための殺菌・除菌剤、あるいは、食品等の加工・調理・保存に使用する器具や、その過程で食品等が曝される環境中に存在する該細菌を除去するための殺菌・除菌剤として使用することができる。
【0059】
本発明の抑制剤を上記の殺菌・除菌剤として使用する場合、例えば、液剤や粉剤等の剤形とすることができる。液剤の場合、スプレー、霧吹き等の形態で提供され得る。あるいは、液剤を含浸させた織布、編布、不織布等の形態で提供することもできる。
【0060】
本発明の抑制剤を上記の殺菌・除菌剤として使用する場合、例えば、噴霧、霧吹き、浸漬、拭き取り、塗布等の方法で、殺菌・除菌すべき対象と接触させることができる。
【0061】
II.エンドライシン製剤
本発明のファージは、膜貫通タンパク質であるホリン(LSP1株ではORF93にコードされる)と細胞壁ペプチドグリカンの分解酵素であるエンドライシン(LSP1株ではORF92にコードされる)の作用により、宿主細菌の細胞壁を破壊する溶菌様式をとると考えられる。エンドライシンは通常、N末端側に触媒ドメイン、C末端側にペプチドグリカン基質との結合ドメインを有し、基質結合ドメインは宿主細胞壁の構造に対して特異的であるため、該タンパク質単独でも、ある程度の宿主特異性を発揮し得るとされている。実際、LSP1株のORF92のヌクレオチド配列をクエリーとして、ウイルスゲノムのデータベースに対してUniprot blastxをかけると、N末端から約200ヌクレオチドまでの領域で他のバクテリオファージ由来のエンドライシンと高いアミノ酸相同性を示すが、C末端側の領域は既知タンパク質と高いアミノ酸相同性を示さなかった。そこで、本発明者らは、LSP1株のゲノムDNAからORF92を含むフラグメントをサブクローン化し、大腸菌でエンドライシンを産生させ、該組換え酵素をAJ110941株の培地に添加したところ、速やかに溶菌が起こることを確認した。従って、本発明はまた、以下の(a)~(c)のいずれかのタンパク質(以下、「本発明のエンドライシン」ともいう。):
(a)配列番号93で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)(a)のアミノ酸配列と95%以上(例、95、96、97、98、99%以上)の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌を溶解し得るタンパク質
(c)(a)のアミノ酸配列において、1ないし数個(例、2、3、4、5、6個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列を含み、かつフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌を溶解し得るタンパク質
を提供する。
【0062】
上記(a)のアミノ酸配列は、LSP1株のORF92にコードされるエンドライシンのアミノ酸配列に相当する。
【0063】
本発明のエンドライシンが上記(b)又は(c)のアミノ酸配列を含む場合、細胞壁結合ドメインとされる、該アミノ酸配列のC末端側の領域(例えば、C末端側の約70アミノ酸残基のアミノ酸配列)は、更によく保存されていてもよいが(例えば、配列番号93で表されるアミノ酸配列の対応する領域と98%以上、好ましくは99%以上の同一性を有するか、配列番号93で表されるアミノ酸配列の対応する領域において、1又は2個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されている)、これに限定されない。また、上記(c)におけるアミノ酸の置換は、類似アミノ酸による置換が好ましい。
【0064】
本発明のエンドライシンは、例えば、本発明のファージから単離したゲノムDNAを鋳型として、エンドライシンをコードする領域をカバーするように適当なプライマーを設計し、PCR法を行うことによりエンドライシンのcDNAをクローニングし、所望により制限酵素で消化するか、適当なリンカーを付加した後に、宿主細胞での発現に適した発現ベクターに挿入して該宿主細胞に導入し、該宿主細胞を培養して細胞内又は培地中にエンドライシンを発現させることにより製造することができる。
【0065】
別の実施態様においては、化学的に合成した一部オーバーラップするオリゴDNA短鎖を、PCR法やGibson Assembly法を利用して接続することにより、エンドライシンの全長をコードするDNAを構築することも可能である。化学合成とPCR法もしくはGibson Assembly法との組み合わせで全長DNAを構築することの利点は、該DNAを導入する宿主に合わせて使用コドンをCDS全長にわたり設計できる点にある。異種DNAの発現に際し、そのDNA配列を宿主生物において使用頻度の高いコドンに変換することで、タンパク質発現量の増大が期待できる。使用する宿主におけるコドン使用頻度のデータは、例えば(財)かずさDNA研究所のホームページに公開されている遺伝暗号使用頻度データベース(http://www.kazusa.or.jp/codon/index.html)を用いることができ、または各宿主におけるコドン使用頻度を記した文献を参照してもよい。入手したデータと導入しようとするDNA配列を参照し、該DNA配列に用いられているコドンの中で宿主において使用頻度の低いものを、同一のアミノ酸をコードし使用頻度の高いコドンに変換すればよい。
【0066】
組換えエンドライシンを産生させるためのベクターとしては、例えば、大腸菌由来のプラスミド(例、pBR322,pBR325,pUC12,pUC13, pCold);枯草菌由来のプラスミド(例、pUB110,pTP5,pC194);酵母由来プラスミド(例、pSH19,pSH15);昆虫細胞発現プラスミド(例:pFast-Bac);動物細胞発現プラスミド(例:pA1-11、pXT1、pRc/CMV、pRc/RSV、pcDNAI/Neo);λファージなどのバクテリオファージ;バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクター(例:BmNPV、AcNPV);レトロウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルスなどの動物ウイルスベクターなどが用いられる。
プロモーターとしては、遺伝子の発現に用いる宿主に対応して適切なプロモーターであればいかなるものでもよく、例えば、宿主が大腸菌である場合、trpプロモーター、lacプロモーター、recAプロモーター、λPLプロモーター、lppプロモーター、T7プロモーター、cspAプロモーターなどが好ましい。宿主が枯草菌である場合、SPO1プロモーター、SPO2プロモーター、penPプロモーターなどが好ましい。宿主が酵母である場合、Gal1/10プロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーターなどが好ましい。宿主が昆虫細胞である場合、ポリヘドリンプロモーター、P10プロモーターなどが好ましい。宿主が動物細胞である場合、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが好ましい。宿主が植物細胞である場合、CaMV35Sプロモーター、CaMV19Sプロモーター、NOSプロモーターなどが好ましい。
【0067】
宿主としては、例えば、大腸菌、枯草菌、酵母、昆虫細胞、昆虫、動物細胞などが用いられる。
【0068】
発現ベクターの導入は、宿主の種類に応じ、公知の方法(例えば、リゾチーム法、コンピテント法、PEG法、CaCl共沈殿法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、リポフェクション法、アグロバクテリウム法など)に従って実施することができる。
【0069】
ベクターを導入した細胞の培養は、宿主の種類に応じ、公知の方法に従って実施することができる。
【0070】
得られた宿主細胞の培養物から、常法により産生されたエンドライシンを回収し、自体公知のタンパク質分離技術を用いて精製することができる。
【0071】
あるいは、本発明のエンドライシンは、上記のエンドライシンをコードするDNAを鋳型として、自体公知の無細胞転写/翻訳系を用いてインビトロ合成することもできる。
【0072】
上記のようにして得られたエンドライシンは、フュージモナス・インテスティーニに属する任意の糖尿病誘起菌株を溶解し得るが、特にAJ110941株に対して溶菌活性を有する。
【0073】
上述のとおり、本発明のエンドライシンは、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌の表面に接触させるだけで、急速に溶菌を引き起こすことができるので、本発明のファージと同様、該糖尿病誘起菌の抑制に使用することができる。従って、本発明はまた、本発明のエンドライシンを含有してなる、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌の抑制剤(以下、「本発明の抑制剤(II)」ともいう。)を提供する。
【0074】
本発明のエンドライシンは、本発明のファージと同様に、そのまま、あるいは、医薬上又は食品もしくは飼料加工上許容される添加物とともに製剤化することができる。あるいは、該酵素は、医薬品添加物又は食品もしくは飼料添加物として、医薬組成物又は食品もしくは飼料中に配合することができる。
【0075】
本発明のエンドライシンを、医薬組成物、食品又は飼料として提供する場合に配合される医薬上又は食品もしくは飼料加工上許容される添加物としては、本発明のファージを含有する抑制剤に関して上記したものが同様に例示される。
【0076】
本発明の抑制剤(II)に含まれる本発明のエンドライシン量としては、例えば0.1~100重量%であり得る。
【0077】
本発明の抑制剤(II)は、動物の腸内からフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌を除去又は低減するため、ひいては該細菌に起因する糖尿病を発症している患者(患畜)の治療及び進展抑制、糖尿病ハイリスク群における発症の予防及び遅延のための医薬組成物、食品又は飼料として、該患者(患畜)に投与する(摂取させる)ことができる。
【0078】
本発明の抑制剤(II)を経口用医薬組成物、食品又は飼料として用いる場合、該抑制剤は、ヒト、又は他の哺乳動物に対して、体重60 kg換算で、1日あたりの投与(摂取)量として、例えば、0.1~1000 mg、好ましくは1~500mgを、1日1回、又は数回に分けて、経口的に摂取させることができる。一方、本発明の抑制剤を非経口用医薬組成物として用いる場合、上記の1日あたりの投与量を、1日1回、又は数回に分けて、非経口的に投与(例、直腸投与)することができる。
【0079】
本発明の別の実施態様において、本発明の抑制剤(II)は、ヒトが摂取する食品や他の動物が摂取する飼料(家畜用飼料だけでなくペットフード等も含む)及びそれらの原材料(以下、これらを包括して「食品等」ともいう。)に混入したフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌を、該食品等から除去するための殺菌・除菌剤、あるいは、食品等の加工・調理・保存に使用する器具や、その過程で食品等が曝される環境中に存在する該細菌を除去するための殺菌・除菌剤として使用することができる。
【0080】
本発明の抑制剤を上記の殺菌・除菌剤として使用する場合の剤形及び使用形態としては、本発明の抑制剤に関して上記したものが、同様に好ましく用いられ得る。
【0081】
本発明のエンドライシンは、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌だけでなく、既存の1以上の抗生物質に対して耐性を示す細菌に対しても溶菌活性を有する。従って、本発明はまた、本発明のエンドライシンを含有してなる抗生物質耐性菌の抑制剤(以下、「本発明の抑制剤(III)」ともいう。)を提供する。本発明の抑制剤(III)により抑制できる耐性菌としては特に制限はなく、グラム陽性細菌であっても、グラム陰性細菌であってもよい。例えば、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌等の多剤耐性グラム陽性球菌(VRE)、広域スペクトルβ-ラクタマーゼ(ESBL)産生菌、AmpC型β-ラクタマーゼ産生菌、メタロβ-ラクタマーゼ産生菌、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、多剤耐性アシネトバクター(MDRA)等の多剤耐性グラム陰性桿菌などが挙げられる。好ましい一実施態様においては、耐性菌としてβラクタム系抗生物質に対して強い耐性を示すアシドボラックス属(Acidovorax)に属するグラム陰性細菌を挙げることができる。
【0082】
バイオフィルムは細胞外マトリクスに包まれた微生物の集合体であり、細菌の多剤耐性化と密接に関与しているが、本発明のエンドライシンは、バイオフィルム形成に対して阻害活性を有するので、本発明の抑制剤(III)は、薬剤耐性機序の1つとしてバイオフィルム形成能を有する耐性菌の抑制に有効である。
【0083】
本発明の抑制剤(III)は、本発明の抑制剤(II)と同様にして製剤化し、同様の用法・用量にて、1以上の抗生物質に対して耐性を示す細菌に感染した哺乳動物に投与、あるいは、当該細菌で汚染された、又は汚染されているおそれのある対象(例、食品、飼料、その他の任意の環境物質)に対して適用(例、塗布、噴霧等)することができる。尚、抑制する対象がグラム陰性細菌の場合には、外膜透過性を向上させ、外膜の内側に存在する細胞壁までエンドライシンを浸透させるために、製剤中にEDTAを配合するか、用時EDTA溶液を同時に投与又は添加することができる。EDTAの添加量は、細胞壁までエンドライシンが浸透するのに十分な量であれば特に制限はないが、例えば、抑制対象である細菌の存在する部位におけるEDTA濃度が2~5 mMとなるように適宜選択され得る。
【0084】
III.糖尿病誘起菌の検出方法
本発明はまた、本発明のファージを試料に接触させ、該バクテリオファージのフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌への感染を検出することを含む、試料中の該糖尿病誘起菌の検出方法(以下、「本発明の検出方法」ともいう。)を提供する。
【0085】
本発明の検出方法に用いられる「試料」としては、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌の存在が疑われる、生物もしくは無生物から採取した任意の試料が挙げられる。例えば、腸内に該細菌を含むことが疑われる動物(例、ヒト、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、サル等の哺乳動物)から採取した糞便や腸内容物などが挙げられるが、それらに限定されない。
【0086】
本発明の検出方法において、本発明のファージの該糖尿病誘起菌への感染の検出は、例えば、本発明のファージを標識物質でラベルし、該標識物質を含む菌体を検出することにより行うことができる。例えば、32Pで標識したリン含有物質を含む培地で宿主細菌を培養し、本発明のファージに感染させ娘ファージを産生させることにより、ゲノムDNAが32Pで標識されたファージ粒子を取得することができる。あるいは、例えば酵母等を宿主として、ファージゲノム上の適切な位置(例えば、頭部又は尾部を構成する外被タンパク質との融合タンパク質として発現させ得る位置)に、蛍光タンパク質(例、GFP等)などの標識タンパク質遺伝子を相同組換えにより挿入し、該標識タンパク質を発現する組換えファージを作製し、該ファージを試料と接触させて標的糖尿病誘起菌を感染させることもできる。
【0087】
本発明のファージは溶菌性であるため、該ファージを細胞内で複製し保持する菌体の検出は、溶菌が開始される前に行う必要がある。しかし、例えば、溶菌酵素であるエンドライシン遺伝子、あるいはエンドライシンを効率よく細胞壁に送達させるための膜貫通タンパク質であるホリン遺伝子を不活性化することにより、溶菌活性を消失又は減弱させることができるので、該遺伝子が不活性化されたファージを用いれば、容易に標識物質を細胞内に蓄積した菌体を検出することができる。溶菌酵素(ホリンを含む)遺伝子を不活性化する方法としては、例えば、相同組換えを利用して該遺伝子内に選択マーカー遺伝子(例、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性相補遺伝子等)を挿入し、薬剤耐性や栄養欠損培地での増殖を指標として、該遺伝子がノックアウトされたファージゲノムを選択することにより行うことができる。
【0088】
本発明の検出方法により、試料からフュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌が検出された場合、上記の本発明の抑制剤もしくは本発明の抑制剤(II)を用いて、該試料の採取元である動物や、器具その他の環境に対して該細菌の駆除を実施することができる。
【0089】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例0090】
参考例1 Fusimonas intestini AJ110941の培養
本株は偏性嫌気性の発酵性グラム陽性細菌であり、嫌気性細菌用培地である変法GAMブイヨン培地(日水製薬株式会社製)で良好に生育する従属栄養性細菌である(Sci Rep, 7.1: 18087 (2017))。培地作製の手順および培養条件は下記の通りである。
まず、N2/CO2ガス(80:20, v/v)で十分に脱気した超純水に変法GAMブイヨン培地の粉末を41.7g/Lとなるように添加し、完全に溶解した。培地のpHはNaOH溶液を用いてpH7.8-8.0に調整した。培地をガラス製のバイアル瓶に分注し、N2/CO2ガス(80:20, v/v)で十分に液層と気層を脱気した後、ブチルゴム栓とアルミキャップ(日電理化硝子社製)で密閉した。バイアル瓶は121℃、20分間の高圧蒸気滅菌した後、使用まで4℃で保存した。
AJ110941株のグリセロールストック溶液5mLをGAM培地45mLに接種し、37℃で静置培養した。本株の増殖は培地の濁度の測定、および顕微鏡観察により直接確認した。継代培養にはAJ110941株の増殖が確認できた前培養液を新たなGAM培地に1%植菌した。
【0091】
実施例1 LSP1ファージの精製と分離
F. intestini AJ110941株の培養上清から、下記の通りファージ粒子の精製・濃縮・分離を行った。
まず、AJ110941株の培養液を遠心分離(8,000 rpm, 10分)により菌体を除去し、この培養上清を孔径0.22 μmのフィルター(Merck Millipore社製)で濾過した。フィルターを通過したファージ画分の濃縮はタンジェンシャルフロー濾過装置(スペクトラム社製)を用いて行った。使用した中空糸モジュールの画分子量は300 kDa、膜材質は濾過効率と回収率の高い修飾ポリエーテルスルホンを用いた(スペクトラム社製)。濃縮後のファージ溶液はDNaseI(タカラ社製)とRNaseA(ニッポンジーン社製)で37℃、3時間処理し、ファージ粒子外に存在するDNAとRNAを除去した。
濃縮したファージ溶液の精製は密度勾配遠心分離により行った。OptiSealチューブ(BECKMAN COULTER社製)の下層から上層に向けて30, 35, 40%と濃度勾配をつけたIodixanol水溶液(製品名OptiPrep、Axis-Shield社製)を充填し、最上層にファージ濃縮液を重層した。遠心分離は超遠心機Optima MAX-TLとMLA-50ローター(BECKMAN COULTER社製)を用いて、55,000 rpm、24時間、4℃の条件で行った。遠心分離後、ファージ画分を21Gのニードル(TERUMO社製)で回収し、再びDNaseIとRNaseAで37℃、3時間処理した。さらに、OptiSealチューブの下層から40% Iodixanol水溶液、ファージ溶液、30% Iodixanol水溶液の順に重層し、55,000 rpm、24時間、4℃の条件で再度遠心分離を行った。ファージ画分を21Gのニードルで回収し、使用まで4℃で保存した。電子顕微鏡を用いた形態観察により、LSP1ファージは頭部と尾部構造を持つCaudovirales目に属する典型的なウイルス形態であった(
図1)。
【0092】
実施例2 LSP1ファージゲノムの精製とシーケンス解析
実施例1で精製したファージ溶液からファージゲノムの精製とシーケンス解析を実施した。
まず、精製したファージ溶液を再度DNaseIとRNaseAで37℃、3時間処理した(合計3回のヌクレアーゼ酵素処理によりファージ粒子外のDNAとRNAを除去した)。核酸の抽出には、Phage DNA Isolation Kit(Norgen Biotech社製)を用いて定法に従って行った。宿主細菌のゲノムDNAが混在していないことを16S rRNA遺伝子を標的としたPCR実験により確認した。この際に使用したPCRプライマーは下記の通りである。
10F: 5’-GTTTGATCCTGGCTCA-3’ (配列番号100)
530F: 5’-GTGCCAGCMGCCGCGG-3’ (配列番号101)
907R: 5’-CCGTCAATTCMTTTRAGTTT-3’(配列番号102)
1500R: 5’-TACCTTGTTACGACTT-3’ (配列番号103)
【0093】
次に、抽出したファージゲノムの性質を明らかにするため、LSP1ゲノムを様々なヌクレアーゼ酵素(18種類の制限酵素(ApaI, BamHI, ClaI, EcoRI, EcoRV, DraI, HincII, HindIII, KpnI, NdeI, NotI, PstI, SacI, SalI, SmaI, SpnI, XbaI, XhoI全てタカラ社製)、DNaseI、RNaseA、P1ヌクレアーゼ(富士フイルム和光純薬社製))で処理した後に、アガロースゲル電気泳動のバンドパターンを確認した。該ゲノムは、制限酵素とRNaseAで全く分解されない一方で、DNaseIとP1ヌクレアーゼにより分解されたことから、このファージゲノムは1本鎖DNAであると判断した。1本鎖DNAの増幅と精製は既往研究(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102. 36: 12891-12896)を参考に行った。使用したポリメラーゼ酵素は3’-5’ exo-Klenow DNA polymerase(New England Biolabs社製)、プライマーの配列は下記の通りである。
FR26RV-N: 5’-GCCGGAGCTCTGCAGATATCNNNNNN-3’(配列番号104)
FR20RV: 5’-GCCGGAGCTCTGCAGATATC-3’ (配列番号105)
【0094】
PCR産物はQIAquick gelextraction kit(Qiagen社製)を用いて精製し、pT7Blue T-vector(Novagen社製)にクローニングした。このプラスミドでEscherichia coli DH5αコンピテントセル(GMbiolab社製)を形質転換した。インサートDNAを保持したE.coli形質転換体は青白判定およびコロニーPCR法により選抜し、QIAprep Spin Miniprep Kit(QIAGEN社製)を用いてプラスミドDNAを抽出した。インサートDNAのシーケンスは、抽出したプラスミドDNAを鋳型とし、Applied Biosystems 3130/3130xl Genetic Analyzers(Applied Biosystems社製)により実施した。使用したプラーマーの配列は下記の通りである。
M13 primer M4: 5’-GTTTTCCCAGTCACGAC-3’(配列番号106)
M13 primer RV: 5’-CAGGAAACAGCTATGAC-3’(配列番号107)
【0095】
解読した配列情報を用いて、NCBI BLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)による相同性検索を実施した(データベースはNon-redundant protein sequenceを参照した)。この取得した配列情報から新たにPCRプライマーを作製し、primer walking法により全ファージゲノムの解読を行った。GeneStudio softwareを用いてヌクレオチド配列のアッセンブルを行った結果、本ファージのゲノムは環状1本鎖DNAであり、そのサイズは62,037 nt、G+C含量は38.83%であることが判明した(
図2)。Open Reading Framesの予測とアノテーションは、NCBI ORF Finder(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/projects/gorf/)、PHAge Search Tool(PHAST, http://phast.wishartlab.com/)、PHAge Search Tool Enhanced Release (PHASTER, www.phaster.ca) を用いて行った。その結果、該ファージゲノムからは98のORFsが見出された(表1-1及び1-2)。また、これらORFsの殆どが機能未知ではあったものの、ファージの形態形成(頭部や尾部構造、微繊維)、DNAのパッケージングや複製(TerminaseやPortalタンパク質)、遺伝子組換え(IntegraseやTransposase)、宿主細菌の溶菌(エンドライシン)に関わる遺伝子など、ファージに特徴的な遺伝子がアノテーションされた。
1本鎖DNAウイルスのゲノムサイズは2本鎖DNAウイルスより小さく、一般的には5-10 knt程度であることが知られている。これまで発見された最大の1本鎖DNAウイルスのゲノムサイズは超高熱性アーキアのウイルスであるAeropyrum coil-shaped virusの24,893 nt(57 ORFs)であった(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109. 33: 13386-13391 (2012))。従って、該ファージは現状では最大のゲノムを持つ1本鎖DNAウイルスということになる。さらに、頭部と尾部構造を持つCaudovirales目に属するウイルスは全て線状2本鎖DNAをゲノムに持つことが報告されているが、該ファージは頭部と尾部構造を持ちながらも、そのゲノムは環状1本鎖DNAであった。ウイルスの系統分類は、ウイルス粒子の形態とゲノム構造に基づいて行われるため(Viruses 9. 4: 70 (2017))、本ファージはウイルス分類学的に極めて新規なウイルスである可能性が示唆された(表2)。実際に、ウイルスゲノムに基づく系統分類サーバーVipTree(Bioinformatics, 33.15: 2379-2380 (2017))を用いて解析を行ったところ、該ファージは確かに既知の1本鎖DNAウイルスとは系統的に全く異なり、ゲノムレベルでも新規であることが支持された(
図3)。
以上の結果より、該ファージは、少なくとも新規な目(Order)を構成する極めて新規なファージであることを確認して、該ファージをLSP1株と命名した。
【0096】
【0097】
実施例3 LSP1ファージ添加によるAJ110941株の増殖抑制試験
実施例1で精製・分離したLSP1ファージが糖尿病誘起細菌F. intestini AJ110941株に感染し溶菌を引き起こすかを検証するために、in vitroで精製LSP1をF. intestiniに感染させ、濁度と細胞形態を解析した。
試験は3つのグループ(培地のみ添加群・不活化LSP1添加群・LSP1添加群)に分け、各3連で実施した。LSP1ファージの不活化は高圧蒸気滅菌(121℃、20分間)により行った。感染実験の結果、培地のみ添加群や不活化LSP1添加群と比較して、LSP1添加群ではF. intestiniの増殖が著しく抑制されることが判明した(
図4)。また、顕微鏡観察によりLSP1添加群においてF. intestiniが溶菌され細胞形態が崩壊している様子が観察された(
図5)。以上の結果から、LSP1ファージは溶菌性ファージ(Lytic phage)であると判断した。
【0098】
次に、LSP1ファージの宿主特異性を調べるため、菌株保存機関よりF. intestiniと同様にLachnospiraceae科に属する基準株(Anaerostipes caccae JCM13470T, Blautia hydrogenotrophica DSM10507T, Clostridium amygdalinum DSM12857T, Clostridium citroniae RAM16102T, Desulfotomaculum guttoideum DSM 4024T, Eisenbergiella tayi B086562T, Eubacterium fissicatena DSM3598T, Murimonas intestini SRB-530-5-HTT, Ruminococcus gauvreauii 14987T)を購入し、上記と同様に感染実験を実施した。LSP1はこれら基準株には感染・溶菌活性を示さなかったことから、本ファージはF. intestiniに特異的に感染するファージである可能性が示唆された。
【0099】
実施例4 LSP1ファージの保存安定性
一般的にファージ溶液は4℃で安定的に保存できることが知られており、濃縮・精製したLSP1溶液に関しても使用するまで4℃で保存した。一ヶ月4℃で保存したLSP1溶液を用いてF. intestini AJ110941株の感染能を確認したところ、溶菌活性があったことから、少なくともLSP1は4℃で一ヶ月間は安定的に保存可能であることが示された。
【0100】
実施例5 LSP1ファージ由来のエンドライシンによるAJ110941株の溶菌
PCR増幅したORF92(lysF)の遺伝子領域を高発現ベクターpColdII(TaKaRa社製)のNdeI/EcoRIサイトに挿入した組換えプラスミドを作製した(プライマー配列は下記参照)。本プラスミドによりEscherichia coli DH5αコンピテントセルをヒートショック法により形質転換した。大腸菌の形質転換体はコロニーPCRにより選抜し、本陽性クローンの培養液からQIAprep Spin Miniprep Kit(QIAGEN社製)を用いてプラスミドDNAを精製した。
Forward: 5’-GGAATTCCATATGAGATTTACCAATAGTCCGCTG-3’ (NdeI site)(配列番号108)
Reverse: 5’-CCGGAATTCCACTTGTTTAAATGTCTGACGTGTA-3’ (EcoRI site) (配列番号109)
【0101】
取得したプラスミドでEscherichia coli BL21 (DE3) pLysSコンピテントセル(BioDynamics Laboratory社製)を形質転換した。得られた形質転換体コロニーを液体培養し、OD
600値が0.4-0.6付近になるまで37℃で培養した。本培養液を15℃で30分間静置した後、終濃度100 μMのIsopropyl β-D-1-thiogalactopyranoside (IPTG) を添加し、さらに15℃で24時間振盪培養した。集菌後の菌体は超音波破砕を行い、可溶性画分をニッケルアフィニティークロマトグラフィーにより精製し、組換えエンドライシン(LysF)溶液を取得した。
精製したLysF酵素をF. intestiniの培養液に添加し継時的に濁度(OD
600値)を測定した結果、Bufferを添加したコントロールと比較して、LysF添加系において有意な濁度の低下が認められた(
図6)。また、LysF添加後のF. intestiniの細胞形態を顕微鏡観察したところ顕著な溶菌が観察された(
図7)。このことから、
図6で示した濁度低下の実験結果は、LysF添加よりF. intestiniが溶菌したことに起因することが示唆された。その一方で、不活化したLysF添加系ではコントロールと同様の濁度を示し、顕著な溶菌も観察されなかった(
図6、7)。以上の結果から、LSP1ファージ由来のLysFは、溶菌活性を有する新規なエンドライシンであることが明らかとなった。
【0102】
実施例6 多剤耐性菌に対する組換えLysFの酵素活性測定
近年、複数の抗菌薬に対して高い耐性を示す多剤耐性菌の出現が医療現場を中心に世界中で問題になっている。新規抗菌薬の開発が行き詰まり傾向にある現代において、多剤耐性菌に対する対抗手段としてファージあるいはファージ由来のエンドライシンが注目を集めている。本発明者らはこれまでに、抗生物質生産工場の排水処理システムからβラクタム系抗生物質に対して極めて高い耐性能を有する多剤耐性菌を複数分離している(Kusada, H., Tamaki, H., Kamagata, Y., Hanada, S., & Kimura, N. (2017). A novel quorum-quenching N-acylhomoserine lactone acylase from Acidovorax sp. strain MR-S7 mediates antibiotic resistance. Appl. Environ. Microbiol., 83(13), e00080-17;Kusada, H., Zhang, Y., Tamaki, H., Kimura, N., & Kamagata, Y. (2019). Novel N-acyl homoserine lactone-degrading bacteria isolated from penicillin-contaminated environments and their quorum-quenching activities. Front microbiol, 10, 455.)。本実施例では、多剤耐性能を有するAcidovorax属細菌3株(MR-S7, M2, M6)に対するLysF酵素の溶菌活性を評価した。
LysFの酵素活性は耐性菌の濁度の低下を継時的にモニタリングすることで評価した。具体的には、耐性菌3株をLB培地で対数増殖期まで培養し、本培養液から遠心分離により回収した菌体をbufferで再懸濁した。本懸濁液に対してLysF溶液とEDTA(終濃度2.5 mM)を添加し、30℃でインキュベーションした(EDTAはグラム陰性細菌の外膜透過性を向上させることが知られており、外膜の内側に存在する細胞壁までLysFを浸透させるために添加した)。これら反応液の濁度(OD600値)を一時間ごとに測定した結果、EDTAのみを添加したコントロールと比較して、LysF添加系においてそれぞれ有意な濁度の低下が認められた(
図8A)。また、反応6時間後の各種サンプルの顕微鏡観察を行った結果、細胞の溶解または菌体数の減少が確認された(
図8B)。以上の結果から、LSP1ファージ由来のLysFは、多剤耐性菌に対しても溶菌活性を示す新規なエンドライシンであることが明らかとなった。
【0103】
実施例7 組換えLysFによる多剤耐性菌のバイオフィルム形成阻害効果の検証実験
バイオフィルムは細胞外マトリクスに包まれた微生物の集合体であり、細菌の多剤耐性化と密接に関与している。多剤耐性菌Acidovorax sp. MR-S7株は細菌間コミュニケーション物質であるアシル化ホモセリンラクトン添加条件下でバイオフィルムを形成し、各種抗生物質(ネオマイシン・ゲンタマイシン・テトラサイクリン・クロラムフェニコール)に対する耐性能が向上することが判明している(Kusada, H., Hanada, S., Kamagata, Y., & Kimura, N. (2014). The effects of N-acylhomoserine lactones, β-lactam antibiotics and adenosine on biofilm formation in the multi-β-lactam antibiotic-resistant bacterium Acidovorax sp. strain MR-S7. J Biosci Bioeng, 118(1), 14-19.)。本実施例では、バイオフィルムを形成する多剤耐性菌に対するLysFのバイオフィルム形成阻害効果を検証した。
LB培地で前培養したAcidovorax属細菌3株(MR-S7, M2, M6)の培養液を、新たなLB培地に1%植菌(96 wellプレートを使用)した。各wellにN-(3-oxo-octanoyl)-L-homoserine lactone (OC8-HSL) を終濃度5 μMとなるように添加し、30℃で5日間静置培養した。形成されたバイオフィルムの形状は株によって異なり、MR-S7株はリング状、M2株はプレートの底面、M6株は気液界面状にそれぞれバイオフィルムを形成した。これらバイオフィルムにLysFとEDTA(終濃度10 mM)を添加して、30℃で4時間静置培養した。バイオフィルムの定量はクリスタルバイオレットを用いた定法に倣って行った。その結果、コントロール群と比較して、LysF添加群においてバイオフィルム形成量(OD
595値)が減少することが明らかとなった(
図9)。以上より、LSP1ファージ由来のLysFは、多剤耐性菌のバイオフィルム形成を阻害する効果もあることが判明した。
本発明のファージは、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌に特異的に感染し、それを溶解し得るので、腸内に該細菌を有する動物から、該動物に有用な腸内細菌の生存に影響を与えることなく、糖尿病誘起菌を選択的に除去又は低減することができる。また、本発明のエンドライシンも、フュージモナス・インテスティーニに属する糖尿病誘起菌を速やかに溶解することができる。さらに、本発明のエンドライシンは、多剤耐性菌を含む薬剤耐性菌に対しても溶菌活性を有する。エンドライシンによれば、細菌が極めて耐性化しにくいので、エンドライシン製剤はさらなる利点を有する。