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  • 特開-微小負荷開閉接点用の接点材 図1
  • 特開-微小負荷開閉接点用の接点材 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035051
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】微小負荷開閉接点用の接点材
(51)【国際特許分類】
   C22C 5/02 20060101AFI20240306BHJP
   C23C 14/14 20060101ALI20240306BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20240306BHJP
   H01H 1/023 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
C22C5/02
C23C14/14 D
C23C14/34 Z
H01H1/023 B
H01H1/023 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023068933
(22)【出願日】2023-04-20
(31)【優先権主張番号】P 2022137422
(32)【優先日】2022-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 翼
【テーマコード(参考)】
4K029
5G050
【Fターム(参考)】
4K029AA02
4K029BA22
4K029CA05
4K029DC04
4K029DC12
4K029EA01
4K029EA03
4K029EA09
5G050AA01
5G050AA03
5G050AA11
5G050AA12
5G050AA13
5G050AA14
5G050AA24
5G050AA29
5G050AA53
5G050DA01
5G050EA09
(57)【要約】
【課題】微小負荷接点に適用される接点材であって、接点材料からなる薄膜を表面接点層として備えるものについて、耐環境性及び低接触抵抗性に優れると共に、薄膜として要求される耐摩耗性・耐粘着性が確保されたものを提供する。
【解決手段】本発明は、基材上にAu合金の薄膜からなる表面接点層が形成されてなる微小負荷開閉接点用の接点材に関する。表面接点層を構成するAu合金薄膜は、15質量%以上30質量%以下のAgよりなる第1添加金属と、0.5質量%以上3質量%以下のCr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znのいずれか1種以上よりなる第2添加金属と、残部Au及び不可避不純物と、からなる。そして、このAu合金からなる薄膜の硬度は、ビッカース硬度換算で240Hv以上400Hv以下である。
【選択図】図2


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上にAu合金の薄膜からなる表面接点層が形成されてなる微小負荷開閉接点用の接点材であって、
前記Au合金は、15質量%以上30質量%以下のAgよりなる第1添加金属と、0.5質量%以上3質量%以下のCr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znのいずれか1種以上よりなる第2添加金属と、残部Au及び不可避不純物と、からなり
前記Au合金からなる薄膜の硬度がビッカース硬度換算で240Hv以上400Hv以下である接点材。
【請求項2】
表面接点層は、前記Au合金のスパッタ膜である請求項1記載の微小負荷開閉接点用の接点材。
【請求項3】
表面接点層の膜厚が、0.1μm以上100μm以下である請求項1又は請求項2記載の微小負荷開閉接点用の接点材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミニチュアリレー等の微小負荷領域で作動する開閉接点の接点部で使用される接点材に関する。特に、適宜の基材にAu系合金薄膜からなる表面接点層が形成された接点材であって、耐硫化性に優れ低接触抵抗であると共に、耐粘着性・耐摩耗性のバランスにも優れた接点材に関する。
【背景技術】
【0002】
各種の電気・電子回路に搭載されるミニチュアリレー、マイクロリレー等の微小負荷用の開閉接点(リレー、スイッチ等の接点部(固定接点及び可動接点)には、従来からAuを主成分(およそ90質量%以上)とするAu合金が使用されている。Auは、化学的に安定で耐環境性に優れる金属であり、微小負荷のもとでも安定して低接触抵抗を示す金属である。他方、Auは、硬度が低く塑性変形能に富む金属であるので、接点部における微摺動や接触・離反の繰り返しによって変形し易い。この変形は、素材の清浄面が露出させて接点の粘着を生じさせることとなる。そのため、微小負荷開閉接点用の接点材料には、低接触抵抗と耐粘着性とを両立させるため、AuにAg、Ni等を添加したAu合金が採用されている。例えば、特許文献1では、Au又はAu-10質量%Ag合金に、微量添加元素としてMo、W、Y、Zr、Hf、Ni、Fe、Co、Tiを添加したAu合金からなるテープ状の接点材料をベース材料にクラッドした表面接点層を有する微小負荷用の接点材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8-287759号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年では、微小負荷開閉接点を含む各種リレー、スイッチに対するコストダウンの要求に応えるため、上記特許文献1のような接点材料のバルク材を基材(ベース材料)クラッドした接点材から、接点材料の薄膜を表面接点層として基材上に形成した接点材への変更が検討されている。接点材料の薄膜化は、材料の使用量の減少によるコストダウンに寄与する。微小負荷開閉接点で使用される接点材料は、上記のとおりAuを主成分とすることから、特にコストダウンの効果が大きい。しかし、接点材料を薄膜にするとしても耐久期間は従来と同様にすることが求められていることから、薄膜となる接点材料に従来以上の耐摩耗性を付与する必要がある。
【0005】
Au合金の硬度及び耐摩耗性を向上する手段としては、添加元素の含有量を増大することが挙げられる。上記した特許文献1記載の接点材料に関してみると、AgやMo、Ni等の含有量を増大させることで、接点材料の硬度は上昇する。しかしながら、添加元素濃度の増大は、硬度上昇と引き換えに耐環境性に影響を及ぼすおそれがある。例えば、Agは硫化し易い金属であるので、Ag含有量の安易な増大は、接点材料の耐硫化性を低下させて低接触抵抗性の悪化に繋がる。上記特許文献1のAu合金のAgの含有量が10質量%に止まっているのは、耐粘着性と耐硫化性とのバランスを重視した結果と考えられる。
【0006】
また、表面接点層となる薄膜の形成方法としては、真空蒸着やスパッタリング等の薄膜形成プロセスが適用される。こうした薄膜形成プロセスによる薄膜には、基材に対する密着性も重要な特性となる。この点、微小負荷用接点へ薄膜材料を適用した検討例は、まだ十分にはなされていないので、薄膜による表面接点層の密着性についての検討も必要といえる。
【0007】
本発明は、以上のような背景のもとになされたものであり、微小負荷接点に適用され、接点材料からなる薄膜を表面接点層とする接点材について、耐環境性及び低接触抵抗性に優れると共に、薄膜として要求される耐摩耗性・耐粘着性が確保されたものを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決するため、表面接点層となる接点材料としてAu合金を基礎にしつつ、薄膜化したときに好適に作用し得る添加金属及びその組成範囲を検討することとした。具体的には、Au合金の硬度を向上させる必須の添加金属としてAgを選択すると共にその含有量の好適化を行った。そして、Ag含有量が好適化されたAuAg合金に対し、薄膜化したときに不足する特性を補完し得る第2の添加金属の種類及びその含有量について検討することとした。
【0009】
図1は、Ag含有量を変化させたAuAg合金について行った、初期状態(製造後)の接触抵抗と、硫化雰囲気(60℃のHS(90mmHg))への暴露試験後の接触抵抗の測定結果を示す。この予備的試験の結果を参照すると、初期状態のAuAg合金は、Ag含有量が増加しても接触抵抗の変動は少ない。そして、Ag含有量の増加によってAuAg合金の接触抵抗が上昇するのは、硫化試験後であることからAuAg合金に耐硫化性の課題があることが確認される。もっとも、本発明者等はこの予備的試験の結果から、上記従来技術(特許文献1)のようにAg含有量を10質量%以下に制限しなくとも、AuAg合金の耐硫化性を確保できると考えた。図1によると、Ag含有量が10質量%を超えても20質量%以下の範囲では、合金の初期状態と硫化試験後との間での接触抵抗の差は少ない。また、本発明者等は、Ag含有量が20質量%を超える合金も、Ag含有量が比較的低い領域では接触抵抗の差は許容範囲にあると考えた。このように判断したのは、AuAg合金の耐硫化性を向上できる第2の添加元素があれば、初期状態と硫化試験後との接触抵抗の差を解消できると考察したからである。
【0010】
AuAg合金への第2の添加元素の添加は、耐硫化性の確保と共に薄膜状態の合金の硬度上昇にも寄与し得る。上記のようにしてAg含有量の上限を従来以上にしたAuAg合金は、硬度の上昇がある程度は見込まれるものの、薄膜状の接点材料として利用するには硬度が不足している可能性がある。よって、AuAg合金の耐硫化性の確保と共に硬度上昇の作用を有する添加元素の探索は有用な手段である。そこで本発明者等は、AuAg合金のAg含有量の好適化を図りつつ、耐硫化性の確保と更なる硬度上昇や密着性確保を図ることができる添加元素を検討し、本発明に想到した。
【0011】
即ち、上記課題を解決する本発明は、基材上にAu合金の薄膜からなる表面接点層が形成されてなる微小負荷開閉接点用の接点材であって、前記Au合金は、15質量%以上30質量%以下のAgよりなる第1添加金属と、0.5質量%以上3.0質量%以下のCr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znのいずれか1種以上よりなる第2添加金属と、残部Au及び不可避不純物と、からなり、前記Au合金からなる薄膜の硬度がビッカース硬度換算で240Hv以上400Hv以下である接点材である。以下、本発明に係る微小負荷開閉接点用の接点材について詳細に説明する。
【0012】
(A)本発明に係る微小負荷開閉接点用の接点材の構成
上記のとおり、本発明に係る接点材は、基材と基材上に形成されるAu合金の薄膜からなる表面接点層とで構成される。
【0013】
(A-1)表面接点層
表面接点層を構成する接点材料は、Auに必須の第1添加金属としてAg及び必須の第2添加金属としてCr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znの少なくともいずれかを添加したAu合金である。このAu合金の構成元素の技術的意義及び含有量は以下のとおりである。
【0014】
・Ag(第1添加金属)
Agは、表面接点層となるAu合金の接触抵抗の上昇を抑制しつつ、硬度を確保するために添加される必須の添加金属である。単に硬度上昇のみを目的とするのであれば、Ag以外の添加金属であっても良い。しかし、接点材料の低接触抵抗性の確保には、使用過程での硫化・酸化等による接触抵抗の変化を抑制することも必要であるが、初期状態の接点材料自体の接触抵抗値が低いことが前提となる。この点、Agは導電性良好な金属であり、Auに添加しても合金の接触抵抗の上昇は比較的抑制される。硬度上昇作用のあるAg以外の金属は、Au合金への添加により合金自体の接触抵抗をAg以上に大幅に上昇させる。そのため、Au合金の低接触抵抗を前提とする硬度上昇のための添加金属としてAgが必須となる。
【0015】
本発明のAu合金からなる薄膜のAg含有量は、15質量%以上30質量%以下である。15質量%未満のAgでは、硬度確保の観点で不十分である。一方、Ag含有量の増加と共に、合金の耐硫化性は低下して低接触抵抗性を確保し難くなる。本発明者等は、第2添加元素による耐硫化性の向上を考慮しても30質量%を超えると耐硫化性が大きく低下すると考察し、30質量%をAg含有量の上限とする。本発明におけるAg含有量は、18質量%以上25質量%以下とするのがより好ましい。尚、Ag含有量を15質量%以上として従来技術(特許文献1)よりも多く添加することでAuの割合が減るので、本発明は接点材料のコストダウンにも寄与している。
【0016】
・Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn(第2添加金属)
これらの添加金属は、Au合金の更なる硬度上昇を図るために添加される。上記のとおり、Ag添加によってAu合金の硬度は上昇するが、その添加量には制限がある。そのため、Agの添加だけで、薄膜である表面接点層の耐摩耗性や耐粘着性を確保し難い。Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znの各金属を微量添加することで、Au合金の硬度は上昇し、Au合金薄膜の耐摩耗性等を確保する。
【0017】
そして、これらの添加金属は、Au合金薄膜の耐硫化性と耐粘着性の向上に寄与する。耐硫化性の向上は、添加金属によって合金表面に極薄の酸化物層が形成され、これが合金への硫黄の侵入を防ぐためと考察される。また、耐粘着性が向上されるのは、上記した硬度上昇により表層の塑性変形が抑制されて接点表面の清浄面が露出し難くなるためと考えられる。
【0018】
Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znは、少なくともいずれかを添加すれば良く、これらの1種のみ添加しても良いし、複数種の金属を添加しても良い。これらの添加金属は、合計で0.5質量%以上3質量%以下である。0.5質量%未満の添加ではAu合金の硬度上昇は期待できず、耐摩耗性や耐粘着性に乏しくなる。一方、3質量%を超える添加は、Au合金の接触抵抗を初期状態から高くする他、耐硫化性が悪くなる傾向がある。
【0019】
本発明に係る接点材の表面接点層を構成するAu合金は、第1添加金属(Ag)と第2添加金属(Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znの少なくともいずれか)と残部Auとからなる。Auは、微小負荷接点の接点材料として、微小負荷下での接触抵抗の安定性に優れる金属であり、本発明の用途において必須かつ主要な金属成分である。
【0020】
但し、本発明のAu合金は、不可避不純物の含有は許容される。不可避不純物としては、Zn、Ca、Al、Cu等が含まれる可能性がある。これらの不純物は、合計で0.2質量%以下が好ましく、より好ましくは0.1質量%以下とする。
【0021】
尚、本発明のAu合金薄膜の組成は、接点材料からAu合金薄膜を剥離及び溶解した溶液を誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)で分析・測定することができる。また、Au合金薄膜の表面又は断面について、電子線マイクロプローブ分析(EPMA)、エネルギー分散型X線分光分析(EDX)、蛍光X線分析(XRF)等を行うことでも合金組成の分析・測定が可能である。
【0022】
また、Au合金薄膜からなる表面接点層は、スパッタリング、めっき、真空蒸着、化学蒸着等の薄膜形成プロセスで形成できる。但し、本発明の接点材の表面接点層は、スパッタ膜であることが好ましい。表面接点層であるAu合金薄膜を組成及び膜厚を調整するとき、スパッタリングが特に好適だからである。尚、スパッタリングで形成される本発明のAu合金薄膜は、同一組成のバルク材と対比したとき、(111)面の配向性が高くなる傾向がある。
【0023】
本発明のAu合金薄膜で観られる(111)面の配向性は、下記のウイルソンの式(式(1))により算出することができる。下記式(1)において、「IF(hkl)」は、本発明のAu合金薄膜をX線回折分析したときにおける(hkl)面の回折強度の相対強度を示す。また、「IFR(hkl)」は、標準試料の(hkl)面の回折強度の相対強度である。そして、本発明のAu合金薄膜は、下記式(1)により求められる(111)面の配向指数Nが1.6以上であるものが好ましい。
【0024】
【数1】
【0025】
尚、本発明のAu合金薄膜は、Au-Ag合金に微量の第2添加金属を含むAu合金で構成されている。Au合金薄膜をX線回折分析して得られる回折パターンで観察される回折ピークの帰属((hkl)面)の同定と、上記式(1)に基づく配向指数Nを算出するための標準試料の回折強度の相対強度に関するデータベースとしては、ICDS(International Crystal Structure Database)のデータベースのPDFカード番号:604771を利用することができる。
【0026】
そして、本発明の接点材の表面接点層の膜厚は、0.1μm以上100μm以下であることが好ましい。0.1μm未満では如何に高硬度とした薄膜でも摩耗による耐久性が劣る。一方、膜厚が100μmを超えると、開閉接点の小型化に寄与し難くなり、膜厚増大は接点材のコストにも影響がある。本発明は、Au合金の高硬度化により、100μm以下の薄膜としても信頼性がある接点材とすることを意図することから100μmを上限とする。表面接点層の膜厚は、0.1μm以上10μm以下がより好ましい。
【0027】
そして、本発明に係る接点材の表面接点層となるAu合金薄膜の硬度は、ビッカース硬度換算で240Hv以上400Hv以下である。240Hv未満では、薄膜となった表面接点層に十分な耐摩耗性や耐粘着性を付与することができない。また、上記した構成金属の組成において400Hvを超える硬度の薄膜を製造することは困難である。
【0028】
表面接点層であるAu合金薄膜の硬度は、ナノインデンテーション法により測定することができる。本発明では表面接点層を1~2μm程度の極薄の薄膜で形成することがあり、かかる薄膜の硬度を下地(基材)の影響を排除して測定するにはナノインデンテーション法が好適である。ナノインデンテーション法は、特定の測定装置(ナノインデンター)を使用する測定方法であり、当該測定装置に備えられた押し込みヘッド(圧子)を、測定対象に押し込んだときの荷重と押し込み深さから硬度を測定する方法である。ナノインデンターの押し込みヘッドによる荷重は電磁制御により精密に制御され、ヘッドの移動量も電気的に精密に計測されることから、極薄の薄膜の硬度計測にも対応できる。ナノインデンテーション法による硬度測定法は、微小押しこみ試験の国際標準化機構(ISO)による規格化がなされている(ISO14577)。ナノインデンター測定により、サンプルの接触剛性(スチフネス)から接触深さを求め、これによりナノインデンテーション硬さを算出することができる。本発明においては、ナノインデンテーション硬さ(HIT)の単位は、N/mmである。そして、ナノインデンテーション硬さ(HIT)は、測定時のナノインデンター及び圧子の種類に応じた換算式によりビッカース硬さ(Hv)に換算することができる。
【0029】
(A-2)基材
本発明に係る接点材は、上記した表面接点層であるAu合金薄膜を基材に形成することで構成される。基材は、開閉接点に組み込まれる接点材のベース材であり、その寸法・形状についての制限は特にない。基材は、開閉接点における固定電極や可動電極として機能することもある。それらは、搭載されるリレーやスイッチ等の開閉接点の仕様によって設定される。また、基材の構成が本発明の特徴となる表面接点層の特性に影響を及ぼすことはない。
【0030】
また、基材の構成材料についても、従来の微小負荷接点で使用されるベース材と同じ材質が使用できる。基材の構成材料としては、Ag合金、Cu又はCu合金、Ni又はNi合金等が挙げられる。
【0031】
(B)本発明に係る微小負荷開閉接点用の接点材の製造方法
本発明に係る微小負荷開閉接点用の接点材は、好ましくは、基材にスパッタリング法で上記組成のAu合金薄膜を形成することで製造できる。スパークプラグ法では、減圧・真空雰囲気中で薄膜の前駆材料であるスパッタリングターゲットをスパッタリングして生成するスパッタ粒子(Au、Ag等の金属粒子)を基材表面に積層することで薄膜を形成する。
【0032】
本発明では、Au及びAgとCr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znの少なくともいずれかを上記した組成範囲で含む合金スパッタリングターゲットを使用することで表面接点層を形成する。尚、第2添加金属であるCr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znは、上記組成範囲内(合計で0.5質量以上3質量%以下)であれば、いずれもAu、Agと共に固溶体合金を形成することができる。つまり、これらの第2添加金属は、均質な合金スパッタリングターゲットを製造可能であり、ひいては均質なAu合金薄膜を形成する観点においても有用な添加金属である。
【0033】
スパッタリング法によるAu合金薄膜の形成条件については、特に制限されることなく、一般的なスパッタリング装置及びスパッタ条件で成膜ができる。
【0034】
(C)本発明に係る接点材を備える微小負荷開閉接点
以上説明した本発明に係る接点材は、微小負荷用の開閉接点の接点部に好適に使用される。リレー、スイッチ等の開閉接点は、一対の信号線を電気的に接続・遮断するための機器であり、本発明が対象となるのは定格及び最大接点開閉電流が5A以下の微小負荷用の開閉接点である。例えば、ミニチュアリレー、マイクロリレーといった開閉接点が挙げられる。
【0035】
開閉接点の接点部は、固定状態にある固定接点と、信号・給電をオンオフするために可動状態にある可動接点との接点対で構成される。本発明の接点材は、固定接点及び可動接点のいずれか一方に使用されても良いし、双方に使用されても良い。また、開閉接点(リレー、スイッチ等)の構成に関しては、公知の開閉接点と同じ構成が適用される。
【発明の効果】
【0036】
本発明に係る接点材は、表面接点層として第1添加金属(Ag)及び第2添加金属(Ni等)の組成が好適化されたAu合金薄膜を適用する。本発明における表面接点層は、硬度・耐摩耗性に優れると共に、耐硫化性及び耐粘着性との特性バランスが良好となっている。そして、Au合金薄膜の適用により、コストダウンや接点材の小型化にも寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1】AuAg合金のAg含有量と耐硫化性との関係について予備的試験の結果を示すグラフ。
図2】実施例2のAu合金薄膜(表面接点層)のXRD回折パターンを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0038】
本発明の好ましい実施形態について、以下に記載する実施例に基づいて説明する。本実施形態では、第1添加金属であるAg含有量と第2添加金属であるMn、Fe、Co、Niの含有量を調整したAu合金スパッタリングターゲットを製造し、スパッタリングにてAu合金薄膜を成膜して表面接点層を形成して接点材を製造した。
【0039】
Au合金スパッタリングターゲットについては、各構成金属の地金原料から熔解鋳造して合金インゴットを作製して、合金インゴットを切削加工・圧延加工・外形加工を経てφ127mm、厚さ2mmtの円板形状のスパッタリングターゲットを製造した。
【0040】
そして、上記のAu合金のスパッタリングターゲットを用い、基材にAu合金薄膜を形成して接点材を製造した。本実施形態では、各種評価用のサンプルを製造するために下記の基材を用意した。
・硬度測定用の基材:Ni板(寸法:30mm×30mm×厚さ2mm)
・耐硫化性及び接触抵抗測定用の基材:Ag-10質量%Ni合金テープ(厚さ0.08mm)とCu-30質量%Ni合金テープ(厚さ0.12mm)とをクラッドした幅0.5mmのクラッドテープ材(AgNi合金面をAu合金薄膜がスパッタされる面とする)
・耐粘着性評価用の基材:上記と同じAgNi合金テープとCuNi合金テープとをクラッドした幅0.6mmのクラッドテープ材
【0041】
そして、上記基材と上記スパッタリングターゲットをスパッタリング装置(芝浦メカトロニクス株式会社、型式:CFS-8ES)にセットし、スパッタ条件として、到達真空度を5×10-3Paとし、その後のArガス圧を0.5Paとして、RF電力1000W、ターゲット-基板間距離を70mmに設定して、膜厚をモニタリングしながらAu合金薄膜を成膜し接点材とした。本実施形態では、Au合金薄膜を基材のNi又はAgNi合金テープ側の全面に成膜することとし、膜厚を3μmに設定した。設定膜厚に到達した後に接点材を取り出し、各サンプルのAu合金薄膜の組成をICP分析で測定し、その後に各種特性の評価試験を行った。
【0042】
上記で製造した接点材のAu合金薄膜について行ったX線回折分析(X線源:Cu Kα線)により得られたX線回折パターンの一例として、後述する実施例2(Au-20質量%Ag-1質量%Fe)のAu合金薄膜の結果を図2に示す。図2から、本実施形態におけるAu合金のスパッタ膜は、(111)面に配向性を有することが分かる。これらのX線回折パターンから実施例2のAu合金薄膜の(111)面の配向指数Nを計測した結果、N=2.10であった。一方、参照用のAu合金のバルク材における(111)面の配向指数Nは、N=0.63であった。他の実施例についても同様のXRD分析を行った結果、Au合金薄膜の(111)面の配向指数Nは、1.6以上であった。
【0043】
[硬度・初期接触抵抗・耐硫化性・耐粘着性の評価]
各種組成のAu合金薄膜を成膜した各実施例及び比較例の接点材について、硬度及び初期状態の接触抵抗を測定した。硬度測定は、ナノインデンター(株式会社フィッシャーインスツルメンツ製、ナノインデンター
HM500)により、ビッカース圧子により最大押込み荷重5mN、最大押込み荷重までの到達時間20秒、最大荷重保持時間5秒、除荷時間20秒の条件で接触深さの測定を行った。得られた接触深さからナノインデンテーション硬さHIT(N/mm)を算出し、下記式によりビッカース硬度換算の硬度(Hv)を得た。
【0044】
【数2】
【0045】
表面接点層の硬度は、その耐摩耗性に関する評価項目であり、ビッカース硬度換算で240Hv以上を合格(〇)と判定した。また、接触抵抗は、4端子測定法により測定した。接触抵抗については、現在、微小負荷接点用の接点材として出荷している製品の許容値が15mΩ以下であることを考慮し、この値より低抵抗のものを合格(〇)と判定した。
【0046】
次に、各接点材について、耐硫化性の評価を行った。この評価試験では、各サンプルを硫化雰囲気(HS濃度:3ppm、温度:40℃、相対湿度80%RH)に24時間暴露した後に接触抵抗を測定した。耐硫化性の評価については、硫化後の接触抵抗が15mΩ以下を耐硫化性の合格(〇)と判定し、15mΩを超えたものを不合格(×)と判定した。
【0047】
更に、各Au合金薄膜の耐粘着性の評価試験を行った。この評価試験では、基材にAu合金薄膜を3μm成膜したサンプルを一対(2本)作製した。そして、一方のサンプルの上に他方のサンプルをクロスした状態で載置した。このとき、双方のサンプルのAu合金薄膜が接触するようしている。サンプルをセットした後、5.5mAの通電をしつつ一方のサンプルを往復摺動させた。このとき移動距離は0.5mmとし、移動速度を0.5mm/secとした。1往復を1回の摺動回数として設定回数となるまで摺動した。本実施形態では、設定回数100回としつつ、1回の摺動毎に粘着力を測定した。粘着力の測定は、摺動を停止後に一方のサンプルを離反させ、その際の粘着力をロードセルで測定した。そして、最大の粘着力を当該サンプルの粘着力とした。この粘着力が大きい程、耐粘着性に劣ることとなり、本実施形態では粘着力が4.5gf以下を合格(〇)と判定し、粘着力が4.5gfを超える場合を不合格(×)と判定した。尚、粘着力の基準値である4.5gfは、本願出願人における同一仕様の接点材で粘着による不具合が生じた材料の粘着力を上記評価方法で測定したときの平均を考慮して設定された。
【0048】
本実施形態で製造した接点材(表面接点層)の合金組成と各評価試験の結果を表1に示す。
【0049】
【表1】
【0050】
表1から、初期状態の接触抵抗に関しては、全ての実施例・比較例・従来例が基準値よりも低抵抗であり、初期状態における良好な導電性は確認できた。本発明の課題である薄膜としたときの各特性について確認すると、耐摩耗性に関連する硬度については、まず、硬度上昇にはAg含有量を増大させることが必要であることが分かる。従来例(特許文献1)のAu-10質量%Ag合金の薄膜は、ビッカース硬度換算が180Hvであり明らかに硬度不足である。そして、比較例1のようにAg含有量を21質量%とすることで硬度は上昇するといえる。もっとも、比較例1のAuAg合金薄膜の硬度(ビッカース硬度換算205.9Hv)を参照すると、Ag含有量の増大のみで十分な硬度を得ることはできない。実施例1~実施例10のように、第2添加金属であるNi等を添加することにより、ビッカース硬度換算で240Hv以上の硬度を得ることができる。この第2添加金属は、0.1質量%程度の添加では硬度上昇の効果に乏しいことから、所定量以上の添加が必要である(比較例2~比較例5)。
【0051】
Au合金薄膜の耐硫化性についてみると、比較例2~比較例5(Ag含有量20.9質量%)と、比較例6~比較例9(Ag含有量7質量%)とを対比すると、Ag含有量の増大は、耐硫化性の低下に繋がることがここでも確認される。比較例2~比較例5のようなAg含有量が15質量%以上のAuAg合金に耐硫化性を付与するには、第2添加金属の含有量を0.5質量%以上とする必要がある(実施例1~実施例10)。また、従来例よりAg含有量を増加させた比較例1(Ag21質量%)は、耐硫化性が低下しているが、各実施例のようにNi等を添加することで耐硫化性が改善されている。従って、本発明におけるNi等の第2添加金属は、硬度上昇に加えて耐硫化性にも効果があると考えられる。
【0052】
耐粘着性については、粘着の要因の一つが塑性変形による清浄面の露出にあることを考慮すると、耐粘着性は硬度と関連がある特性といえる。そのため、第2添加金属の添加が不十分で硬度が低い比較例1~比較例5は耐粘着性に劣っている。但し、比較例1~比較例5と同等以下の硬度である比較例6~比較例9では耐粘着性が合格であったことから、耐粘着性の良否は硬度のみで定まるものでない。そのため、Ag含有量や第2添加金属の含有量を複合的に好適にする必要がある。
【0053】
また、Ni含有量が3質量%超となるAu合金薄膜(比較例10~比較例12)は、耐硫化性が低下していることから、第2添加金属の添加量には上限があるといえる。第2添加金属は、Au合金薄膜の硬度・粘着性・耐硫化性のそれぞれに影響を及ぼす必須の添加金属といえるが、添加量は3質量%以下と厳密な制御を要すると考えられる。
【0054】
[薄膜の密着性評価]
次に、実施例1~実施例10の接点材の表面接点層であるAu合金薄膜について、基材に対する密着性を評価した。この評価試験は、成膜後の接点材を、時計回りに120回捻回した後、反時計周りに120回の捻回する試験を行い、捻回後に薄膜の剥離の有無を実体顕微鏡にて観察を行った。密着性の評価は、観察した際に薄膜の一部ないしは全面が剥がれていた場合を不合格と判定し、剥離が全く見られなければ合格と判定した。
【0055】
上記の密着性評価試験の結果、実施例1~実施例10の接点材においては、いずれも捻回後の薄膜の剥離は観察されなかった。従って、これらのAu合金のスパッタ膜からなる表面接点層は、接点材として利用される際の密着性も良好であることが確認された。
【0056】
以上説明した、Au合金薄膜の構成と、硬度(耐摩耗性)・耐硫化性・耐粘着性・密着性の各特性との関係をまとめると、薄膜とした後に各特性をバランス良好に確保する上で、第1添加金属(Ag)及び第2添加金属(Ni等)を適切に含有させることが必要であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、微小負荷で駆動するリレー、スイッチ等の開閉接点の接点材として好適である。本発明の接点材は、薄膜状態であっても好適な耐摩耗性、耐環境性、耐粘着性を有する。また、Au合金薄膜の密着性にも配慮がなされており、薄膜の剥離による故障も抑制されている。本発明は、ミニチュアリレー、マイクロリレー等の微小負荷用の開閉接点として好適であり、接点材料にAu量が低減された合金薄膜を利用することにより、機器のコストダウンにも寄与する。
図1
図2