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特開2024-35278鉄欠乏耐性付与ポプラ、鉄欠乏耐性付与ポプラの作出方法、及び鉄欠乏耐性付与ポプラの栽培方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035278
(43)【公開日】2024-03-14
(54)【発明の名称】鉄欠乏耐性付与ポプラ、鉄欠乏耐性付与ポプラの作出方法、及び鉄欠乏耐性付与ポプラの栽培方法
(51)【国際特許分類】
   A01H 6/00 20180101AFI20240307BHJP
   A01G 7/00 20060101ALI20240307BHJP
   A01G 17/00 20060101ALI20240307BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20240307BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20240307BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20240307BHJP
【FI】
A01H6/00 ZNA
A01G7/00 601Z
A01G17/00
C12N15/54
A01H1/00 A
C12N15/53
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022139640
(22)【出願日】2022-09-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載日 令和4年9月3日 掲載アドレス https://www.jssspn.org/2021/program_timetable 発行者名 堆肥化・新肥料研究所/NPO法人日中資源開発協会 刊行物名 環境の保全と緑化II 環境の保全と緑化に関わる資材・技術研究会記念誌 発行日 令和4年8月27日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、ALCA事業「不良土壌におけるバイオマス生産拡大を目指す分子育種」、及び平成23年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、ALCA事業「ゼロから創製する新しい木質の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】306024148
【氏名又は名称】公立大学法人秋田県立大学
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【弁理士】
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【弁理士】
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 大勇
(72)【発明者】
【氏名】増田 寛志
(72)【発明者】
【氏名】西澤 直子
(72)【発明者】
【氏名】光田 展隆
【テーマコード(参考)】
2B022
2B030
【Fターム(参考)】
2B022AB20
2B022DA19
2B030AA03
2B030AB02
2B030AD04
2B030CA14
(57)【要約】
【課題】鉄欠乏耐性が高い遺伝子組換えポプラを提供する。
【解決手段】
改変型三価鉄還元酵素遺伝子と、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子とが導入されたポプラ(Populus)である。改変型三価鉄還元酵素遺伝子は、プロモーター配列にて発現を増強される。また、改変型三価鉄還元酵素遺伝子は、プロモーター配列として、本発明者が単離したPtIRT1配列を用い、この配列の後に、エンハンサー配列が配置される。また、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子のプロモーター配列は、カリフラワーモザイクウィルスの35Sプロモーター配列である。この遺伝子導入により、特にアルカリ性土壌でも、還元された鉄が葉まで十分に輸送されて高鉄欠乏耐性となるポプラを提供することができ、バイオマス取得の有効性を高めることができる。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
改変型三価鉄還元酵素遺伝子と、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子とが導入されたポプラ(Populus)であり、
前記改変型三価鉄還元酵素遺伝子は、プロモーター配列にて発現を増強される
ことを特徴とする鉄欠乏耐性付与ポプラ。
【請求項2】
前記改変型三価鉄還元酵素遺伝子は、Refre1/372であり、
前記ニコチアナミン生合成酵素遺伝子は、HvNAS1である
ことを特徴とする請求項1に記載の鉄欠乏耐性付与ポプラ。
【請求項3】
前記改変型三価鉄還元酵素遺伝子の上流に、ポプラの二価鉄輸送体PtIRT1の前記プロモーター配列と、エンハンサー配列とが付加される
ことを特徴とする請求項2に記載の鉄欠乏耐性付与ポプラ。
【請求項4】
前記ニコチアナミン生合成酵素遺伝子のプロモーター配列は、カリフラワーモザイクウィルスの35Sプロモーター配列である
ことを特徴とする請求項2又は3に記載の鉄欠乏耐性付与ポプラ。
【請求項5】
前記ポプラは、Populus tremulaとPopulus tremuloidesの掛け合わせ品種である
ことを特徴とする請求項1に記載の鉄欠乏耐性付与ポプラ。
【請求項6】
ポプラ(Populus)に、改変型三価鉄還元酵素遺伝子と、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子とを導入し、
前記ニコチアナミン生合成酵素遺伝子は、プロモーター配列にて発現を増強される
ことを特徴とする鉄欠乏耐性付与ポプラの作出方法。
【請求項7】
改変型三価鉄還元酵素遺伝子と、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子とが導入され、前記改変型三価鉄還元酵素遺伝子は、プロモーター配列にて発現を増強されたポプラ(Populus)を、
アルカリ性土壌で栽培する
ことを特徴とする鉄欠乏耐性付与ポプラの栽培方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に鉄欠乏耐性が格段に高い鉄欠乏耐性付与ポプラ、鉄欠乏耐性付与ポプラの作出方法、及び鉄欠乏耐性付与ポプラの栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオエタノールは、植物を用いて作成する都合上、環境への負荷が少ない新たな代替燃料として注目されている。このバイオエタノールの原料として、材木や藁等の今まで用途が少なかった資源を有効活用することが求められている。この材木のうち、資源の安定供給に適している樹木が、ヤナギ、ポプラ、スギ等の早生樹であるといわれている。
【0003】
ポプラ(Populus、ヤマナラシ属)は、主に冷帯に生息する落葉広葉樹であり、砂漠の緑化に有効な程、乾燥に強く、成長が早いという特徴がある。ポプラは、5年で樹高が20mになるまで成長するためセルロース系バイオマスとして有望で、バイオエタノールの原料としても期待されている。
一方、乾燥地域におけるポプラの栽培において、最大の課題になるのは土壌が高アルカリ性であることに起因する生育不良である。雨が少ない乾燥地域では、岩石の風化によって発生した陽イオンが地上に残留しやすい。陽イオンは、大気中の二酸化炭素や土壌中の塩化物イオンと反応するため、乾燥した地域の土壌はpHの高い塩類集積土壌(アルカリ性土壌)になってしまう。そうした土壌では、特に鉄が酸化し、難溶化して土壌中に沈殿するため、植物は鉄元素を吸収しにくくなる。植物体中の鉄の80%は葉緑体に存在しており、クロロフィルの合成にも鉄が必要である。葉緑体内で行われる光合成では光エネルギーをクロロフィルが吸収して化学エネルギーへと変換する。そして、鉄は電子伝達系を構成して重要な働きを担う。このように植物の光合成経路の反応には鉄が必要である。鉄が欠乏すると葉脈間黄白化症(クロロシス)が起こり、生育阻害が発生する。
【0004】
実際に、ポプラは、酸性土壌地域に広く分布する一方で、アルカリ性の土壌にはあまり分布していない。このことから、ポプラはアルカリ性の土壌での生育に適しておらず、鉄欠乏に弱いことが示唆される。このため、ポプラに何らかの遺伝子を導入することで、鉄の吸収や体内輸送を強化させ、鉄欠乏耐性能を通常よりも向上させ、アルカリ性土壌でも生育が強く阻害されないポプラを作出することが考えられる。
【0005】
ここで、特許文献1を参照すると、イネ科植物にムギネ酸類生合成経路中の酵素、好ましくはニコチアナミンアミノ基転移酵素(NAAT)をコードする遺伝子を導入して、鉄吸収性が改善されたイネ科植物を製造する方法が記載されている。
また、非特許文献1を参照すると、ダイズにニコチアナミン合成酵素(HvNAS1)をコードする遺伝子を導入して高発現することで、鉄欠乏耐性を付与する方法が記載されている。
さらに、非特許文献2を参照すると、サツマイモに、ニコチアナミン合成酵素(HvNAS1)をコードする遺伝子を単独で導入する、又は鉄欠乏誘導性IDS3 promoterの制御下で、後述する改変型三価鉄還元酵素遺伝子(Refre1/372)と合わせて導入することで、鉄欠乏耐性を付与する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001-17012号公報
【特許文献2】特開平11-266876号公報
【特許文献3】国際公開第99/57249号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Nozoye 他、Enhanced levels of nicotianamine promote iron accumulation and tolerance to calcareous soil in soybean、Bioscience Biotechnology and Biochemistry、2014年、Volume 78、p.1677-1684
【非特許文献2】Nozoye 他、Overexpression of barley nicotianamine synthase 1 confers tolerance in the sweet potato to iron deficiency in calcareous soil、Plant Soil、2017年、Volume 418、p.75-88
【非特許文献3】Hiroshi Masuda他、Iron-deficiency response and expression of genes related to iron homeostasis in、Soil Science and Plant Nutrition、2018年、Volume 64、Issue 5、p.576-588
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、イネ、ダイズ、及びサツマイモの生化学的な機構はポプラとは大分、異なっているため、特許文献1及び非特許文献1~2の技術(以下、「従来技術」という。)をポプラに適用し、従来より鉄欠乏耐性が強いポプラを得られるかどうかは不明であった。
【0009】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、上述の課題を解消することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の鉄欠乏耐性付与ポプラは、改変型三価鉄還元酵素遺伝子と、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子とが導入されたポプラ(Populus)であり、前記改変型三価鉄還元酵素遺伝子は、プロモーター配列にて発現を増強されることを特徴とする。
本発明の鉄欠乏耐性付与ポプラは、前記改変型三価鉄還元酵素遺伝子は、Refre1/372であり、前記ニコチアナミン生合成酵素遺伝子は、HvNAS1であることを特徴とする。
本発明の鉄欠乏耐性付与ポプラは、前記改変型三価鉄還元酵素遺伝子の上流に、ポプラの二価鉄輸送体PtIRT1の前記プロモーター配列と、エンハンサー配列とが付加されることを特徴とする。
本発明の鉄欠乏耐性付与ポプラは、前記ニコチアナミン生合成酵素遺伝子のプロモーター配列は、カリフラワーモザイクウィルスの35Sプロモーター配列であることを特徴とする。
本発明の鉄欠乏耐性付与ポプラは、前記ポプラは、Populus tremulaとPopulus tremuloidesの掛け合わせ品種であることを特徴とする。
本発明の鉄欠乏耐性付与ポプラの作出方法は、ポプラ(Populus)に、改変型三価鉄還元酵素遺伝子と、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子とを導入し、前記ニコチアナミン生合成酵素遺伝子は、プロモーター配列にて発現を増強されることを特徴とする。
本発明の鉄欠乏耐性付与ポプラの栽培方法は改変型三価鉄還元酵素遺伝子と、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子とが導入され、前記ニコチアナミン生合成酵素遺伝子は、プロモーター配列にて発現を増強されたポプラ(Populus)を、アルカリ性土壌で栽培することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ポプラ(Populus)に改変型三価鉄還元酵素遺伝子と、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子とを導入し、この際に、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子をプロモーター配列にて発現を増強させることで、従来よりも鉄欠乏耐性が高いポプラを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施の形態に係るポプラの鉄吸収メカニズムを説明する概念図である。
図2】本発明の実施例に係るベクター構築の手順を示す概念図である。
図3】本発明の実施例に係る水耕栽培1回目のスケジュールを示す図である。
図4】本発明の実施例に係る水耕栽培1回目における鉄欠乏39日目のポプラを示す写真である。
図5】本発明の実施例に係る水耕栽培1回目におけるポプラの(a)樹高、(b)根長を示すグラフである。
図6】本発明の実施例に係る水耕栽培1回目におけるポプラの新葉のSPAD値を示すグラフである。
図7】本発明の実施例に係る水耕栽培1回目におけるポプラの(a)地上部の乾物重、(b)根の乾物重を示すグラフである。
図8】本発明の実施例に係る水耕栽培1回目におけるポプラの葉の鉄濃度を示すグラフである。
図9】本発明の実施例に係る水耕栽培2回目における鉄欠乏24日目のポプラを示す写真である。
図10】本発明の実施例に係る水耕栽培2回目におけるポプラの新葉のSPAD値を示すグラフである。
図11】本発明の実施例に係る水耕栽培3回目における鉄欠乏30日目のポプラを示す写真である。
図12】本発明の実施例に係る水耕栽培3回目におけるポプラの新葉のSPAD値を示すグラフである。
図13】本発明の実施例に係る水耕栽培2回目の鉄欠乏の根における(a)Refre1/372、(b)HvNAS1の遺伝子発現量をリアルタイムRT-PCRで確認したグラフである。
図14】本発明の実施例に係る水耕栽培4回目における鉄欠乏16日目のポプラの新葉におけるニコチアナミン量を示すグラフである。
図15】本発明の実施例に係るアルカリ土壌栽培(34日目)のポプラを示す写真である。
図16】本発明の実施例に係るアルカリ土壌栽培におけるSPAD値の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<実施の形態>
以下で図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。
図1により、ポプラの鉄吸収及び体内輸送メカニズムについて説明する。野生のポプラの鉄吸収は、3つの過程に分かれていると考えられる。
(1)FRO(Ferric reductase oxidase、三価鉄還元酵素)によって、三価鉄を二価鉄に還元する。
(2)IRT(Iron Regulated Transporter:二価鉄輸送体)によって鉄を植物体内に取り込む。
(3)二価鉄をニコチアナミンと結合させ、体内輸送を行う。ニコチアナミンは、鉄や亜鉛と錯体を形成し、体内輸送を行う物質である。ニコチアナミンは、ニコチアナミン生合成酵素によって、S-アデノシルメチオニンから合成される。
【0014】
また、非特許文献3に示すように、本発明者らは、ポプラの鉄吸収メカニズムについて、鋭意、栽培及び実験を行って調べていた。すると、ポプラも他の双子葉植物と同様に、鉄欠乏において根の表面に三価鉄還元酵素、PtFRO2を発現させ、三価鉄を二価鉄に還元し、二価鉄トランスポーターのPtIRT1で吸収すると考えられた。
【0015】
ここで、ポプラの野生株では、根で三価鉄を二価鉄に還元する酵素は、PtFROのみが主要な役割を果たしていると考えられる。
このため、本発明者らは、ポプラに実用的な鉄欠乏耐性を付加するには、鉄欠乏耐性能を高める他の遺伝子を導入すればよいと着想し、鋭意、実験を行った。
【0016】
具体的には、本発明者らは、ポプラの根に三価鉄還元酵素を発現させ、根での鉄の還元力を強化することを着想した。さらに、ニコチアナミン生合成酵素を高発現させ、ニコチアナミンの合成能力を高めることも着想した。ニコチアナミンは高等植物において、鉄の体内輸送を担うと考えられる。ニコチアナミン生合成酵素の働きにより、S-アデノシルメチオニンからニコチアナミンが合成される。ここで、ニコチアナミンによる鉄の体内輸送能力を強化することで、葉への鉄輸送を強化することができると考えられたためである。
この上で、本発明者らは、このような二つの遺伝子を導入することで、ポプラの鉄欠乏耐性の能力を大きく強化できると考えて、ベクターを構築し、ポプラに導入した。この際、各遺伝子の発現を適切に誘導させるようプロモーターの調整を行った。特に、改変型三価鉄還元酵素遺伝子のプロモーター配列を工夫して、発現を増強させることで、鉄欠乏耐性を実用的な程度まで高めることができ、本発明を完成させるに至った。
【0017】
すなわち、本実施形態に係る鉄欠乏耐性ポプラ(Populus)は、改変型三価鉄還元酵素遺伝子と、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子とが導入され、作出された遺伝子改変ポプラ(形質転換ポプラ)であり、改変型三価鉄還元酵素遺伝子は、プロモーター配列にて発現を増強されることを特徴とする。
【0018】
このように構成することで、本実施形態に係る遺伝子組換え(形質転換)ポプラは、後述する実施例に示すように、ポプラの根に三価鉄還元酵素を発現させ、根の鉄の還元力を強化することができる。
さらに、プロモーター配列によりニコチアナミン生合成酵素遺伝子の発現を増強することで、ニコチアナミンの生合成量を増やし、鉄の新葉への輸送力をより強化することができる。
これらにより、鉄欠乏耐性が非常に高く、実用性が高い鉄欠乏耐性付与ポプラ遺伝子組換体となる。
【0019】
また、本実施形態に係る鉄欠乏耐性付与ポプラにおいて、改変型三価鉄還元酵素遺伝子は、Refre1/372であり、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子は、HvNAS1であることを特徴とする。
このように構成することで、本実施形態に係る形質転換ポプラでは、PtFROに加え、改変型三価鉄還元酵素遺伝子であるRefre1/372も作用する。そのため野生株よりも、三価鉄を二価鉄に還元する能力が高くなる。
さらに、オオムギのニコチアナミン生合成酵素遺伝子であるHvNAS1を高発現させることで、植物体内におけるニコチアナミンの合成量が増えると考えられる。そのため、野生株よりも鉄を体内輸送する能力が高くなり、新葉への鉄元素の供給量が向上する。これにより、新葉への鉄輸送を強化して、後述の実施例で示すような葉脈間黄白化症(クロロシス)を防ぐことができる。
【0020】
ここで、本実施形態に係るニコチアナミン生合成酵素遺伝子のプロモーター配列は、カリフラワーモザイクウィルスの35Sプロモーター配列であることを特徴とする。
このように構成し、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子を、35Sプロモーターで高発現させる。これにより、鉄の体内輸送を活性化させることができ、新葉への鉄供給を向上させることができる。
【0021】
また、本実施形態に係る改変型三価鉄還元酵素遺伝子であるRefre1/372の上流には、本発明者が単離したポプラの二価鉄輸送体PtIRT1のプロモーター配列とAtAGP21mod-5’UTRエンハンサー配列とが付加されることを特徴とする。
このように構成し、改変型三価鉄還元酵素遺伝子、Refre1/372を、ポプラのPtIRT1のプロモーター制御下で発現させる。これにより、土壌中の三価鉄を二価鉄に還元し、吸収する能力を向上させることが可能となる。
さらに、ポプラの鉄欠乏根で発現するPtIRT1と同様のプロモーター配列を用いるため、鉄欠乏の際にPtIRT1と合わせてRefre1/372を確実に発現させ、三価鉄を二価鉄に還元させることができる。
【0022】
また、本実施形態に係るポプラは、Populus tremulaとPopulus tremuloidesの掛け合わせ品種であることを特徴とする。
このように構成し、形質転換する植物としてPopulus tremulaとPopulus tremuloidesの掛け合わせ品種を選択した。この掛け合わせを行った場合、病害虫耐性能が高くなり、バイオマス生産に適した品種となる。
このような品種を形質転換に用いることで、病害虫耐性能と鉄欠乏耐性能とを強化でき、よりバイオマス生産に有効なポプラの系統を作出できる。
【0023】
これにより、本実施形態に係る改変型三価鉄還元酵素遺伝子と、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子とが導入され、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子は、プロモーター配列にて発現を増強されたポプラ(Populus)を、アルカリ性土壌(鉄欠乏土壌、石灰質土壌)で栽培し、ポプラを正常に成長させることができる。
すなわち、アルカリ性土壌において、鉄欠乏耐性を備え、バイオマス生産性が高く、病害虫耐性能も高いポプラを提供することが可能である。
【0024】
以上のように構成することで、以下のような効果を得ることができる。
上述したように、イネ、ダイズ、サツマイモ等において、鉄欠乏耐性を高める研究が進められてきた。しかしながら、これをポプラに適用できるかどうかは不明であった。
このため、鉄欠乏耐性が高く、実用性を高めた遺伝子組換え体のポプラが求められていた。本発明者らは、非特許文献3に記載されたように樹木ポプラの鉄の吸収や体内輸送の遺伝子メカニズムを調べたものの、実際にどのような遺伝子を導入すれば良いかは知られていなかった。
【0025】
これに対して、本実施形態に係るポプラは、植物の鉄の吸収に寄与する遺伝子Refre1/372と、鉄の体内輸送に寄与するニコチアナミンの合成酵素遺伝子HvNAS1の発現を強化する遺伝子をポプラに導入した形質転換ポプラである。
このように構成することで、ポプラの鉄欠乏耐性能を高め、世界の不良土壌の半分を占めるアルカリ性不良土壌でも、良好に生育するポプラを作出することができる。すなわち、本実施形態に係る形質転換ポプラは、類い希な鉄欠乏耐性を付与されたポプラ遺伝子組換体となる。
よって、アルカリ性不良土壌でのポプラの栽培が可能になり、バイオマスとしての有用性を従来より高めることができる。
【0026】
このため、アルカリ性土壌で本実施形態に係る鉄欠乏耐性を付加した形質転換ポプラを効率良く栽培し、バイオマス生産を行うことができる。この際に、大気中の二酸化炭素固定を行うことも可能となる。
さらに、得られた木質バイオマスは、木質バイオマスを扱う企業、バイオマス発電を行う企業、製紙会社等で利用することできる。分野としては、本実施形態に係るポプラを、発電、製紙、バイオプラスチック、バイオエタノール等に活用することが可能である。
【0027】
加えて、アルカリ性土壌でポプラを用いた緑化やバイオマス生産を行う際に、鉄欠乏耐性が付与されアルカリ性土壌で良好に生育可能な形質を持つポプラ品種を利用することは、土壌改良剤を用いて土壌を酸性化したり、鉄肥料を散布したりするよりも、はるかに低コストで持続可能な方法となる。
【0028】
なお、本実施形態の改変型三価鉄還元酵素遺伝子と、ニコチアナミン生合成酵素遺伝子とは、それぞれ、Refre1/372、HvNAS1の遺伝子、改変された遺伝子等も用いることが可能である。
さらに、HvNAS1のプロモーター配列としては、カリフラワーモザイクウィルスの35Sプロモーター配列以外にも、ポプラで高発現させるプロモーター配列等を用いることも可能である。
加えて、各遺伝子は、後述する実施例に示すRefre1/HvNAS1ベクター以外の配置で配置されてもよく、他の遺伝子や塩基等を含んでいてもよい。
【0029】
加えて、本実施形態に係るポプラは、Populus tremulaとPopulus tremuloidesの掛け合わせ品種に品種改良を行い、その系統(株)を用いることも可能である。
【実施例0030】
以下で、図を参照しながら本発明の実施例について説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら制限されるものではない。
【0031】
〔実験方法と材料〕
(ベクターの作製)
図2により、まず、ポプラの形質転換に用いられた本実施例に係る組換えベクターの作製手順を、以下に簡略化して説明する。本実施例では、作製されたRefre1/HvNAS1ベクターを、ポプラに導入している。
【0032】
図2に記載のRefre1/HvNAS1ベクターに用いられた遺伝子は、以下の通りである:
「PtIRT1 pro」は、実験に用いた品種、Poplar T87(P. Tremula×P. Tremuloides)より、本発明者らが単離してクローニングしたポプラの二価鉄輸送体PtIRT1遺伝子(アクセッション番号Potri.015G117900_-4000_trichocarpa)である。
「Refre1/372」は、特許文献2に記載の改変型三価鉄還元酵素遺伝子である酵母FRE1タンパク質をコードするDNA配列を改変したものである。この遺伝子により、三価鉄を二価鉄へと還元する能力を高めて、植物の鉄吸収能力を向上させることができる。
「35S pro」は、カリフォルニアモザイクウィルス、CaMV35Sのプロモーター配列である。
「HvNAS1」は、特許文献3に記載のオオムギのニコチアナミン生合成酵素をコードする遺伝子である(アクセッション番号AB010086)。ニコチアナミン生合成酵素は、鉄の体内輸送に関わるニコチアナミンの生合成酵素である。この遺伝子の導入により、鉄を吸収しにくい状況下でも体内に保持した鉄を必要な部位に輸送し有効利用することで、新葉に不足している鉄を供給することが期待できる。
「HPT」は、ハイグロマイシン耐性遺伝子である。
「Nos ter」は、アグロバクテリウムNOS遺伝子のターミネーター配列(tNOS、アクセッション番号AF485783)である。
「RB,LB」は、アグロバクテリウム Tiプラスミドのライトボーダー、レフトボーダー配列である。
「SK」は、アンピシリン耐性遺伝子を持つSKベクターである。
「Topo」は、カナマイシン耐性遺伝子を持つTopoベクターである。
「pIG121」は、カナマイシン耐性遺伝子を持つIG121ベクターである。このベクターは、植物の形質転換に用いられる。
【0033】
まず、PtIRT1プロモーター(PtIRT1 pro)のクローニングとして、P. Trichocarpa のPotri.015G117900.1(PtIRT1)の塩基配列を参考に、ATG直後と、ATG上流2936base 地点の二つでプライマーが設計され、PCRが行われた。Fwプライマーは、上流2936ベースの「ACAGAGGATTCGATAAACAACAAAAAAAAAAATTGTACTTCTCAGCAAT」、RVプライマーはORF中の配列「ATGATAGGTGTAAGTGCACCTCTTTTTACACGTTCAATCCCTGCTTTACACCCAGATCGAAGCCTT」である。得られたPCR断片(長さ3000bp)を鋳型にし、さらにKpn I配列を付けたFw primerとKpn I配列に加えた。さらに、下流遺伝子の発現効率を高めるArabidopsisのエンハンサー配列であるAtAGP21mod5'UTR配列「ATCATCACAACACAAATCAAAACAAGAATAACAAAATCTTTCTCTTATAAATTCTTATTTCAAGACATCAAAGGAGAATTAATG」を挿入したRvプライマーでPCRが行われた。得られたPCRの鋳型をTopoベクターに挿入し、シーケンス配列が確認された。
【0034】
その後、図2に記載された手順でベクターが作製された。各ベクターが図の制限酵素配列で処理され、得られた遺伝子断片が黄色い矢印の組み合わせでライゲーションされた。
これにより、図2の最下部に示す、本実施例に係る形質転換用のベクター(Refre1/HvNAS1ベクター)が作製された。
【0035】
(ポプラの形質転換)
ポプラの形質転換はアグロバクテリウム法(田部井 豊、『形質転換プロトコール(植物編)』、2012年)を用いて行われた。ポプラPoplus tremula × Poplus tremuloidesの掛け合わせ系統の野生株に、上述の作製されたベクター(Refre1/HvNAS1ベクター)が導入された。
具体的には、当業者に一般的な手法にて、エレクトロポレーション法によってアグロバクテリウムコンピテントセルにプラスミドを導入し、これを野生株に感染させた。
【0036】
(形質転換ポプラ)
野生株(WT)として、ポプラのP.tremula×P.tremuloidesの掛け合わせ系統Poplar T87(Tremula X Tremuloides)を使用した。この品種はバイオマス生産性が高く、病害虫耐性を合わせ持つ。
また、形質転換ポプラ(R/W)として、野生株にベクター(Refre1/HvNAS1ベクター)を導入した個体を用いた。18系統、作成され、それぞれに番号が割り振られた。野生株(WT)にRefre1を組み込んだ個体であることから、「R/W *」という名前が割り振られた(「*」は、系統番号を示す数字である)。以下、株分けポプラは、株元と同じ名前で呼称している。
【0037】
以下の実験においては、WTを2株、比較例として使用した。また、得られた形質転換ポプラ18系統のうち、2系統を生育検定に使用した。ポプラの苗は、継続的に株分けを実施している苗を用いた。
具体的には、形質転換体の中で、植え接ぎが比較的良好であり、生育試験に向いていた系統「R/W 1-1」と系統「R/W 4-1」とを、それぞれ1株ずつ実験に使用した。また、比較対象として野生型(WT)を2個体、実験に使用した。以下、これらの4個体をそれぞれ、「WT1」「WT2」「R/W 1-1」「R/W 4-1」と称呼する。
【0038】
(水耕液の組成)
水耕液は、ホーグランド液を改良した、下記の表1の組成のものを用いた。
【0039】
【表1】
【0040】
(水耕栽培条件)
図3に、水耕栽培の1回目と2回目の栽培条件とスケジュールとを示す。
上述の系統を栽培する過程で生育検定を行い、鉄欠乏耐性を確認した。そして、生育検定にて樹高、根長、及びSPAD値の測定を行った。次に遺伝子発現量の測定を行った。本実験で測定を行う遺伝子は、導入遺伝子であるRefre1/372及びHvNAS1である。また、後述するように葉の鉄濃度測定と新葉のニコチアナミン含有量の測定を行った。
【0041】
水耕箱を洗浄後、蒸留水(又はイオン交換水)を3.5L入れた。あらかじめ作成しておいた微量元素の溶液を添加し、更に4.9Lまで水を加えて混ぜた。HCLとKOHを用いてpHを調整し、更に水を足して5Lにした。週に二度pHを調整し、週に一度、水耕液を交換した。水耕箱のフタの中心に空いている小さい穴から、根に酸素を供給するためのエアレーションポンプを通した。
鉄欠乏処理を行う前は、前段階として、栽培に蒸留水を使用し、鉄元素を上述の表1に示す濃度になるよう加え、pHを5.6に合わせ、この鉄元素のある条件でポプラを一定期間育成した。この後、図3に示す栽培条件のスケジュールで水耕液から鉄元素の量を段階的に減らして、栽培比較実験を開始した。鉄欠乏処理の開始後は、水耕液の作成にはイオン交換水を用いて、pHを8.0に合わせて栽培した。
【0042】
(生育検定及びSPAD値計測方法)
週に一度から二度、樹高と根長を測定した。
また、コニカミノルタ社製のSPAD計を用いて、SPAD値を測定した。最上位の葉3枚は、小さすぎてSPAD値を正確に測定することができないので、最上位から4枚目の葉を新葉としてSPAD値を測定し、鉄欠乏状態を確認した。1つの葉ごとに3回測定し、その値を平均した。
【0043】
(乾物重測定)
下記に示す元素分析に用いる葉以外の植物体を用いて、乾物重の測定を行った。地上部と地下部に分けて、乾熱機(yamato Lab-Ware製、Dring Oven DG82)を用いて40℃で1ヶ月以上乾燥させ、重量を測定した。
【0044】
(植物体の元素分析)
植物体の葉を最上位から4枚ごとにサンプリングした。乾熱機を用いて40℃で1ヶ月以上乾燥させた後、濃硝酸5ml、過酸化水素水1mlを添加し、マイクロウェーブサンプルプロフェッサーを用いて硝酸分解した。分解反応の終了後、0.1M HClを用いて洗浄とメスアップを行い、10mlの溶液をチューブにそれぞれ入れた。乾物重測定後の地下部から少量の根をサンプリングし、同様の方法で硝酸分解した。その後、ICP-OESで、ポプラの葉と根の元素分析を行い、鉄等の濃度を測定した。
【0045】
(ニコチアナミン含有量の測定)
鉄欠乏16日目のポプラの各個体の最上位から数えて4番目と9番目の葉をサンプリングし、ニコチアナミンの活性測定に用いた。ニコチアナミンの正確な測定には乾燥重量を求める必要がある。そのためサンプリングを入れた容器の凍結乾燥を行った。次にニコチアナミンの抽出および測定を行った。
具体的には、サンプリング後の葉をすぐに液体窒素で凍結し、葉を1枚ずつ、別々に50mlチューブに入れてディープフリーザーで保存した。後日、EYEL4(FDU-2200)の凍結乾燥機を用いて凍結乾燥を行った。空の50mlチューブの重さを測った。 凍結乾燥後の葉を、マルチビーズショッカー(安井器械製)で破砕した。破砕後の葉(約15mg)を、薬さじを用いてエッペンドルフチューブ(1.75ml)に移し、重量を正確に測定した。EDTA(500μl、5mM)を各サンプルの入ったチューブに添加した。これにより金属錯体からアミノ酸とニコチアナミンを取り出した。サンプルを超音波処理(15分)した後、水浴(80℃15分)で加熱し、遠心分離(14500rpm、5分)を行った。 遠心後の上清を、LC-MS測定用のチューブに移した。LC-MSによってニコチアナミンの濃度を測定した。ニコチアナミンの精製品も同時に測地し、ピーク位置が同じであることを確認し、濃度の算出に用いた。LCMSで検出されたニコチアナミン量を、測定した葉の重量で割り、葉のニコチアナミン濃度を算出した。
【0046】
(リアルタイムRT-PCRによる導入遺伝子の発現量の解析)
2回目の水耕栽培で、鉄欠乏処理30日目の野生株(WT)及び形質転換ポプラ(R/W1-1)の根から抽出したRNAを用いた。RNAの抽出、逆転写によるcDNAの作成については、非特許文献3と同様の手順で行い、プライマーも非特許文献3と同様のものを用いた。
Applied biosystems社製のリアルタイムPCR装置を用いて、以下の条件でリアルタイムPCR反応を行った。1.変性反応:95℃ 1分、2.PCR反応:(95℃ 15秒、アニーリング 20秒、72℃ 20秒)×45サイクル。
【0047】
(アルカリ土壌栽培試験)
貝化石土壌(株式会社日本海肥料(富山県)から購入、pH9.6、石灰全量41.32%、酸化鉄1.17%)を用いて、アルカリ土壌栽培試験を行った。1/5000a ワグネルポットを使用し、野生株、形質転換ポプラ2系統、各4個体の計12個体を栽培した。水耕箱を用いて上述の人工気象機ポプラの苗の馴化を行った。その後は水耕箱ごと温室に移し、上述のポプラの苗の馴化を人工気象機内で行った。温室に移して1週間後の個体を水耕箱から取り外し、アルカリ土壌での栽培に使用した。
栽培条件は、隔離温室で自然光の下で栽培した。その際、ポットの下から10cmを常に湛水した。肥料として、上述の表1の組成から鉄元素を除いた水耕液を、週に1度か2度、各ポットに50mlずつ施用した。
【0048】
〔結果〕
(水耕栽培1回目のポプラの生育)
ポプラの野生株に鉄欠乏耐性を付与する三価鉄還元酵素遺伝子、及びニコチアナミン生合成酵素遺伝子を上述のRefre1/HvNAS1ベクターで導入した形質転換ポプラの個体を用い、栽培を行った。
【0049】
図4は、水耕栽培1回目で、鉄欠乏で39日間水耕栽培したポプラの写真である。野生株(WT)の新葉は、顕著な鉄欠乏特有のクロロシス症状(黄化症状)を示していた。樹高も形質転換株よりも低く、成長が遅くなっていた。
これに対し、形質転換ポプラ(R/W)では、葉が緑色に維持されていた。また、植物個体も顕著に大きく育った。このことから形質転換株では、鉄欠乏耐性能の向上が示唆された。
【0050】
図5は、水耕栽培1回目におけるポプラの生育検定結果を示す。図5(a)は、鉄欠乏開始日から樹高の経時変化を示したものである。図5(b)は、鉄欠乏開始日からの根長の経時変化を示したものである。形質転換ポプラ(R/W)は点線又は破線、野生株(WT)は灰色又は黒色の線で示す。また、各グラフにおいて、縦軸は高さ(cm)、横軸は鉄欠乏処理日数(日)を示す。
結果として、形質転換ポプラ2個体(R/W 1-1、R/W 4-1)の方が、野生株2個体(WT1、WT2)より大きく成長していた。すなわち、野生型にくらべて、形質転換ポプラは樹高、根長の伸びが共に大きいことが分かった。
【0051】
図6は、水耕栽培1回目におけるポプラの新葉のSPAD値を示す。グラフ中、縦軸はSPAD値、横軸は鉄欠乏処理日数を示す。
結果として、鉄欠乏処理後、徐々に野生型のSPAD値が低下しているのに対して、形質転換ポプラ2個体(R/W 1-1、R/W 4-1)の方が、野生株(WT1、WT2)より最終的なSPAD値が高く、安定していた。
【0052】
ここで、植物体中の鉄の80%は葉緑体に存在しており、クロロフィルの合成にも鉄が必要である。鉄が欠乏すると葉脈間黄白化症(クロロシス)が起こる。鉄の植物体内の移動性は低いので、マグネシウム欠乏と異なり、鉄欠乏クロロシスは上位葉から発生する。
【0053】
SPAD値は葉のクロロフィル含有量と高い相関があり、葉のクロロフィル含有量の指標となる値である。野生株のポプラは、鉄欠乏で水耕栽培を行うと、徐々に新葉のSPAD値が低下しており、葉のクロロフィル含有量が低下していることが分かる。つまり、新葉が鉄欠乏によるクロロシスを示していた。
一方で、形質転換ポプラは、鉄欠乏処理から28日後、鉄の供給が完全に断たれた以降でも、新葉のSPAD値を高く保てていた。このことから、新葉のクロロフィル含有量を一定に維持しており、鉄欠乏状態を避けられていたと考えられる。つまり、形質転換株は鉄欠乏時にも活発に体内輸送を行い、新葉に鉄を供給できていたと考えられた。
【0054】
図7は、水耕栽培1回目におけるポプラの乾物重(g)を示す。図7(a)は地上部、図7(b)は根の乾物重を示す。
結果として、地上部、根のいずれも、野生株(WT1、WT2)に対して、形質転換ポプラ(R/W 1-1、R/W 4-1)の方が、乾物重が約2倍に増加していた。1枚1枚の葉のサイズや枚数、枝の密度などの様々な面で、形質転換ポプラが野生株の値を上回り、その結果、バイオマス生産量が向上した。
【0055】
図8は、水耕栽培1回目におけるポプラの葉の乾燥重量当たりの鉄濃度を示す。グラフの縦軸は鉄濃度(ng/g)、横軸の数字は、最上位から何番目に位置した葉であるかを示す。
結果として、野生株(WT1、WT2)に対して、形質転換ポプラ(R/W 1-1、R/W 4-1)の方が、12枚目、16枚目、20枚目の鉄濃度が多い傾向が見られた。
【0056】
これにより、ポプラの形質転換株は野生株よりも鉄を根で多く吸収し、更には既に吸収した鉄分を葉に体内輸送する能力が優れていることが分かった。
【0057】
なお、本発明者らは、図示しないものの、根の鉄濃度自体も測定している。しかしながら、ポプラの根に含まれる鉄元素の量は、野生株でも形質転換ポプラでも大きく変わらなかった。このため、ポプラは、吸収した鉄を根にとどめず、葉に活発に体内輸送を行っていることが示唆された。
【0058】
以上のように、水耕栽培1回目において、形質転換ポプラは、野生株より樹高、乾物重、SPAD値、葉の鉄の含有量が増加した。
これらを考慮すると、形質転換ポプラは、鉄欠乏時に鉄を吸収、新葉へ体内輸送する能力が高まり、新葉のクロロフィル合成を維持できていた。したがって、野生株に比べ、鉄欠乏時の生育とバイオマス生産能力が優れていた。
【0059】
(水耕栽培2回目のポプラの生育)
次に、再現性を確認するため、一つの水耕箱に植える個体数を2個体から4個体へと増やして、同様に2回目の水耕栽培を行った。実験に用いた水耕箱や水耕液の交換頻度は、前回と同様に行った。さらに、生育を促進させるため、鉄欠乏栽培時にはポプラを隔離温室で栽培し、太陽光に当てて育てた。
【0060】
図9は、鉄欠乏で栽培後、24日目の様子を示す。
野生株(WT)では、新葉の色が抜けており、深刻な鉄欠乏(クロロシス)症状が現れていた。これに対して、形質転換ポプラ(R/W 1-1、R/W 4-1)では、新葉を含む植物全体で緑色の色素を維持しており、鉄欠乏耐性が確認できた。
【0061】
図10は、水耕栽培2回目のポプラの新葉のSPAD値を示す。縦軸はSPAD値、横軸は鉄欠乏処理日数を示す。
野生型(WT)のポプラに対して、形質転換ポプラ(R/W 1-1、R/W 4-1)において、長期間、SPAD値が安定して高い値を維持していた。形質転換ポプラで鉄欠乏症状が生じず、一回目の水耕栽培と同様に野生株に比較して高い鉄欠乏耐性があることを確認した。
【0062】
(導入遺伝子の発現量(鉄欠乏根))
図13は、2回目の水耕栽培の鉄欠乏処理30日目の根における導入遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCRで確認した。図13(a)はRefre1/372、図13(b)はHvNAS1の発現量を示す。各グラフとも、野生株(WT)の発現量を1として、形質転換ポプラ(R/W 1-1)の遺伝子の相対的な発現量を対数グラフとして示した。
【0063】
野生株に比べて、形質転換ポプラはRefre1/372、HvNAS1のどちらの導入遺伝子においても、高い発現を確認できた。
【0064】
(水耕栽培3回目のポプラの生育)
更なる再現性の確認のため、3回目の水耕栽培を行った。3回目の水耕栽培では、図3で示した鉄1/100及び鉄1/10000の鉄を減らした栽培期間は設けず、完全に鉄を除いて30日間、隔離温室で栽培した。
図11の写真によれば、こちらの栽培条件においても、非常に顕著な差が見られた。すなわち、栽培後の野生株(WT)では深刻なクロロシス症状を示しているものの、形質転換ポプラ(R/W 1-1)は良好な生育を維持していた。
【0065】
図12は、3回目の水耕栽培のポプラの新葉のSPAD値を示す。縦軸はSPAD値、横軸は鉄欠乏処理日数を示す。
こちらも、野生型のポプラに対して、形質転換ポプラにおいては、SPAD値が高い値を維持していた。
【0066】
(新葉のニコチアナミン濃度)
図14は、4回目の水耕栽培において、鉄を完全に抜いて水耕栽培を行った後、16日後の最新第4葉よりニコチアナミンを抽出し、LC-MSで測定した結果を示す。各個体において、縦軸はニコチアナミンの測定量(μg/g DW)を示す。
野生株(WT)に比べて、形質転換ポプラ(R/W 1-1、R/W 4-1)の各個体は、ニコチアナミンが高蓄積されていた。具体的には、新葉のニコチアナミン濃度は、形質転換ポプラにおいて野生株の20倍から100倍に増加しており、ニコチアナミン合成酵素遺伝子の過剰発現によりニコチアナミンが多量に合成されていることが確認できた。
【0067】
(アルカリ土壌栽培試験)
次に、アルカリ(塩基)性条件下での土壌栽培試験(貝化石土壌を用いたアルカリ土壌栽培試験)を行った。これにより、鉄が沈殿しやすく、植物が鉄を吸収しにくい高pHのアルカリ性土壌で育成した場合でも、形質転換ポプラの生育に改善が見られるのか否かを確認した。
【0068】
図15は、アルカリ土壌栽培(34日目)の状態を示す。
土壌栽培においても形質転換ポプラの鉄欠乏耐性能を確認した。すなわち、アルカリ土壌において、野生株(WT)は鉄欠乏クロロシスの症状を示すのに対し、形質転換ポプラ(R/W 1-1、R/W 4-1)では良好な生育を確認できた。
【0069】
図16は、アルカリ土壌栽培におけるSPAD値の変化を示す。縦軸はSPAD値、横軸はアルカリ土壌での栽培日数を示す。
結果として、アルカリ土壌栽培においても、鉄欠乏の水耕栽培と同様に、野生株(WT)よりも、形質転換ポプラ(R/W 1-1、R/W 4-1)の方が、SPAD値が高い値を維持した。
【0070】
なお、上記実施の形態の構成及び動作は例であって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して実行することができることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明は、鉄欠乏耐性によりアルカリ性土壌で栽培可能なポプラを提供できるため、林業やバイオマス原料用に産業上利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16