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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024036796
(43)【公開日】2024-03-18
(54)【発明の名称】表面状態推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01B 21/08 20060101AFI20240311BHJP
   B23K 26/361 20140101ALI20240311BHJP
   B23K 26/70 20140101ALI20240311BHJP
【FI】
G01B21/08
B23K26/361
B23K26/70
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022141271
(22)【出願日】2022-09-06
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(74)【代理人】
【識別番号】100153006
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 勇三
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 政樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121669
【弁理士】
【氏名又は名称】本山 泰
(72)【発明者】
【氏名】坂本 尊
(72)【発明者】
【氏名】津田 昌幸
(72)【発明者】
【氏名】峯田 真悟
(72)【発明者】
【氏名】川村 宗範
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼畑 清人
【テーマコード(参考)】
2F069
4E168
【Fターム(参考)】
2F069AA46
2F069BB40
2F069CC10
2F069GG04
2F069GG16
2F069GG52
2F069RR09
4E168AD03
4E168CA11
4E168DA45
4E168JA02
(57)【要約】
【課題】レーザー照射による金属表面の変化を、より簡便に知ることができるようにする。
【解決手段】第4ステップS104で、熱伝導方程式を解き温度を推定(計算)し、第5ステップS105で、構造体の解析対象の領域で沸点を超えた部分を計算対象から除去し、第4ステップS104、第5ステップS105を、n=51まで繰り返し、第8ステップS108では、鋼からなる構造体において、これまでの計算において、鋼の融点より高く沸点以下となった領域を合計した箇所を、酸化物が形成される箇所とする。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属から構成された構造体にレーザーを照射した場合の、レーザー照射箇所近傍の温度を、熱伝導方程式を用いて推定し、推定した温度が前記金属の融点より高く沸点以下となる領域を求めることで、レーザーを照射した箇所近傍に形成される前記金属の化合物の厚さを推定することを特徴とする表面状態推定方法。
【請求項2】
請求項1記載の表面状態推定方法において、
レーザーの照射により前記構造体を除去する過程および、レーザーの照射により前記構造体の液化した領域を前記構造体の表面に平行になるよう移動する過程で、前記構造体の表面に形成される前記金属の化合物の厚さを推定することを特徴とする表面状態推定方法。
【請求項3】
請求項1記載の表面状態推定方法において、
前記金属の化合物の厚さは、酸化物の厚さであることを特徴とする表面状態推定方法。
【請求項4】
請求項1記載の表面状態推定方法において、
前記構造体は、鋼の表面に錆が形成されたものであることを特徴とする表面状態推定方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の表面状態推定方法において、
熱伝導方程式を用いたレーザー照射箇所近傍の温度推定を、設定した照射時間内で設定した時間毎に繰り返して実施し、推定された温度が、対象となる部分の材料の沸点を超える領域は、次の巡の温度推定対象から除去し、推定された温度が、対象となる部分の材料の融点を超える領域は、前記構造体の液化した領域の表面を前記構造体の表面に平行な状態とすることを特徴とする表面状態推定方法。
【請求項6】
請求項1記載の表面状態推定方法において、
前記構造体の密度ρ、前記構造体の単位質量あたりの熱容量c、前記構造体の熱伝導率K、単位時間・単位面積あたりにレーザー照射によって前記構造体に発生するエネルギーA、時間(時刻)t、照射するレーザーのピークパワー密度Ap、単位時間・単位面積に通過する熱エネルギーJ、照射したレーザーの前記構造体における反射率R、照射したレーザーの前記構造体における吸収係数α、前記構造体を構成するそれぞれの材料の表面からの深さ方向の位置z、照射するレーザーの強度の時間依存性q(t)を用いた以下の式により、レーザー照射箇所近傍の温度Tを推定することを特徴とする表面状態推定方法。
【数1】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー照射した金属の表面状態を推定する表面状態推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属などの材料の表面の塗装、錆、付着物などを、レーザー光を照射することにより除去するレーザークリーニング技術が注目を集めている。特許文献1では、光を円状に回転走査することにより、構造物の表面の塗膜を除去する方法が提案されている。また、非特許文献1には、腐食鋼板にレーザーを照射することにより、錆と塩分を除去できることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第5574354号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】尾上 紘司 他、「レーザーを用いた新しい素地調整法の鋼構造物への適用性」、土木学会 構造工学論文集、Vol. 63 A、476~482頁、2017年。
【非特許文献2】A. Pereira et al., "Laser treatment of a steel surface in ambient air", Thin Solid Films, vol. 453-454, pp. 16-21, 2004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、非特許文献2に記載のあるように、大気中において金属にレーザー光を照射すると、金属表面に酸化物が形成されることが知られている。レーザーを照射する条件を変化させると、照射後の金属表面の状態が変化する。しかしながら、例えば、形成された酸化物の厚さがどれくらいなのかなど、レーザー照射によりどのような表面状態が得られたかを知るためには、金属を切断し、切断した断面を走査型電子顕微鏡(SEM)などで観察する必要がある。このように、従来、レーザー照射による金属表面の変化を知るためには、労力とコストが必要になるという問題があった。
【0006】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、レーザー照射による金属表面の変化を、より簡便に知ることができるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る表面状態推定方法は、金属から構成された構造体にレーザーを照射した場合の、レーザー照射箇所近傍の温度を、熱伝導方程式を用いて推定し、推定した温度が金属の融点より高く沸点以下となる領域を求めることで、レーザーを照射した箇所近傍に形成される金属の化合物の厚さを推定する。
【0008】
上記表面状態推定方法の一構成例において、レーザーの照射により構造体を除去する過程および、レーザーの照射により構造体の液化した領域を構造体の表面に平行になるよう移動する過程で、構造体の表面に形成される金属の化合物の厚さを推定する。
【0009】
上記表面状態推定方法の一構成例において、金属の化合物の厚さは、酸化物の厚さである。
【0010】
上記表面状態推定方法の一構成例において、構造体は、鋼の表面に錆が形成されたものである。
【0011】
上記表面状態推定方法の一構成例において、熱伝導方程式を用いたレーザー照射箇所近傍の温度推定を、設定した照射時間内で設定した時間毎に繰り返して実施し、推定された温度が、対象となる部分の材料の沸点を超える領域は、次の巡の温度推定対象から除去し、推定された温度が、対象となる部分の材料の融点を超える領域は、構造体の液化した領域の表面を構造体の表面に平行な状態とする。
【0012】
上記表面状態推定方法の一構成例において、構造体の密度ρ、構造体の単位質量あたりの熱容量c、構造体の熱伝導率K、単位時間・単位面積あたりにレーザー照射によって構造体に発生するエネルギーA、時間(時刻)t、照射するレーザーのピークパワー密度Ap、単位時間・単位面積に通過する熱エネルギーJ、照射したレーザーの構造体における反射率R、照射したレーザーの構造体における吸収係数α、構造体を構成するそれぞれの材料の表面からの深さ方向の位置z、照射するレーザーの強度の時間依存性q(t)を用いた以下の式により、レーザー照射箇所近傍の温度Tを推定する。
【0013】
【数1】
【発明の効果】
【0014】
以上説明したように、本発明によれば、レーザー照射箇所近傍の温度を、熱伝導方程式を用いて推定し、推定した温度が金属の融点より高く沸点以下となる領域を求めるので、レーザー照射による金属表面の変化を、より簡便に知ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本発明の実施の形態に係る表面状態推定方法を説明するフローチャートである。
図2A図2Aは、鋼の表面に形成された錆に、レーザー光を照射する状態を説明する説明図である。
図2B図2Bは、レーザー光のビーム強度の時間依存性q(t)として、ガウシアンパルス列を採用し、照射時間を時刻51Δtまでとした例を示す説明図である。
図2C図2Cは、4巡目で、熱伝導方程式を解いて温度を計算した結果を示す説明図である。
図3A図3Aは、5巡目で、熱伝導方程式を解いて温度を計算した結果を示す説明図である。
図3B図3Bは、5巡目で、熱伝導方程式を解いて温度を計算した結果を示す説明図である。
図4A図4Aは、6巡目で、熱伝導方程式を解いて温度を計算した結果を示す説明図である。
図4B図4Bは、6巡目で、熱伝導方程式を解いて温度を計算した結果を示す説明図である。
図5A図5Aは、7巡目で、熱伝導方程式を解いて温度を計算した結果を示す説明図である。
図5B図5Bは、7巡目で、熱伝導方程式を解いて温度を計算した結果を示す説明図である。
図6A図6Aは、26巡目で、熱伝導方程式を解いて温度を計算した結果を示す説明図である。
図6B図6Bは、26巡目で、熱伝導方程式を解いて温度を計算した結果を示す説明図である。
図7A図7Aは、46巡目で、熱伝導方程式を解いて温度を計算した結果を示す説明図である。
図7B図7Bは、46巡目で、熱伝導方程式を解いて温度を計算した結果を示す説明図である。
図8図8は、光パルス毎に異なる箇所に照射する状態を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施の形態に係る表面状態推定方法は、金属から(金属を含んで)構成された構造体にレーザーを照射した場合の、レーザー照射箇所近傍の温度を、熱伝導方程式を用いて推定し、推定した温度が金属の融点より高く沸点以下となる領域を求めることで、レーザーを照射した箇所近傍に形成される金属の化合物の厚さを推定する。金属の化合物は、例えば、酸化物である。大気中でレーザーを照射することで、一般には、金属表面には、金属の酸化物による膜(酸化膜)が形成される。また、窒素雰囲気中でレーザーを照射した場合、金属表面には、金属の窒化物による膜(窒化膜)が形成されることも考えられる。
【0017】
ここで、レーザークリーニング技術では、錆などが形成された鋼からなる構造体の表面に対してレーザーを照射する。以下では、一例として、表面の錆を含めて構造体とする。このクリーニングにおいて、レーザーの照射により錆を除去する過程で、錆が除去された後、構造体の表面にレーザー照射による酸化膜(化合物)が形成される。この酸化膜の厚さを、以下に示すように、実際にレーザーを照射することなく推定する。
【0018】
以下、より詳細に説明する。一般に、固体の材料である構造体にレーザーを照射した時、レーザーを照射した箇所近傍における固体の温度は、式(1)の熱伝導方程式を解くことによって推定することができる(参考文献1)。
【0019】
【数2】
【0020】
なお、式(1)において、Tは、推定対象の材料の温度であり、レーザーを照射する近傍の位置と時間(時刻)tの関数である。Jは、単位時間・単位面積に通過する熱エネルギーであり、位置と時間(時刻)tの関数である。ρは、材料の密度である。cは、材料の単位質量あたりの熱容量である。従って、ρcは単位体積あたりの、材料の熱容量である。Aは材料の中で単位時間・単位体積あたりに、レーザー照射によって発生するエネルギーであり、位置と時間(時刻)tの関数である。
【0021】
また、JとTの間には、下記のフーリエの法則が成り立つ。式(2)において、Kは熱伝導率である。
【0022】
【数3】
【0023】
また、熱源の項A(構造体の中で単位時間・単位体積あたりに発生するエネルギー)は、次の式により示される。
【0024】
【数4】
【0025】
式(3)において、Apは、材料表面におけるレーザーのピークパワー密度[W/m2]である。Rは、照射したレーザーの材料における反射率である。αは、照射したレーザーの材料における吸収係数である。zは、材料表面からの深さ方向の位置である。q(t)は、レーザービーム強度の時間依存性である。
【0026】
式(1)、式(2)、式(3)は、適当な初期条件と境界条件を与えることにより、数値的に解いて、レーザーを照射した箇所付近の材料の温度Tを求めることができる。しかしながら、レーザー照射により材料の温度が上昇し、温度が融点や沸点を超えた場合、式(1)が成立しなくなる。この問題を避けるために、参考文献2では、沸点を超えた箇所は、気体となって除去される、というモデルを採用している。本発明においても、このモデルを採用する。
【0027】
以下、本発明の実施の形態に係る表面状態推定方法について、図1のフローチャートを用いてより詳細に説明する。以下では、構造体が鋼から構成され、構造体の表面には、鋼の錆が形成されているものとする。鋼は、炭素を0.02%~2.1%を含有する鉄である。
【0028】
まず、第1ステップS101で、各部分の材料の物理定数・レーザー照射条件を設定する。具体的には、式(1)~(3)のピークパワー密度Ap、ビーム強度の空間依存性f(r)、ビーム強度の時間依存性q(t)を設定する。また、密度ρ、熱容量c、熱伝導率K、反射率R、吸収係数α、融点Tm、沸点Tb、融解熱Lm、気化熱Lbについて、鋼および錆の各々について設定する。ここで、融点Tm、融解熱Lmのmは「melting」の意である。また、沸点Tb、気化熱Lbのbは「boiling」の意である。
【0029】
図2Aに、鋼からなり表面に錆が形成されている構造体の表面に、レーザー光を照射している様子を示す。図2Aは、構造体の断面図である。このように複数の種類の固体から構成される系を考える場合、上述した物理定数は、構造体を構成するそれぞれの材料(例えば、鋼および錆)について与える。図2Aでは、レーザーのビーム強度の空間依存性f(r)として、ガウシアンビームを採用している。この場合、ビーム径を設定すればビーム強度の空間依存性f(r)が定まる。
【0030】
また、構造体が複数の材料から構成されている場合、式(3)のApは、それぞれの材料の表面におけるレーザーのピークパワー密度となる。すなわち、表面に位置する材料においては、Apは構造体表面における照射するレーザーのピークパワー密度になり、表面から奥まったところに位置する材料においては、Apは、表面に位置する材料を透過した後の、奥まったところに位置する材料の表面におけるレーザーのピークパワー密度になる。また、式(3)のzは、それぞれの材料の表面からの深さ方向の位置となる。
【0031】
また、実施の形態に係る表面状態推定方法では、時間Δt毎に温度を推定することを繰り返す。n回目の温度を推定(計算)する時刻をtn=nΔtとする。1回目の温度を推定する時刻は、t1=Δtである。図2Bに示すように、この説明では、レーザー光のビーム強度の時間依存性q(t)として、ガウシアンパルス列を採用し、照射が終了する時刻を51Δtとする。すなわち、51回温度を推定するものとする。図2Bでは、ガウシアンパルスの繰り返し周期が20Δtとなる場合を示した。ガウシアンパルスの繰り返し周期と、ガウシアンパルスの時間幅を設定することにより、ビーム強度の時間依存性q(t)を定めることができる。
【0032】
次に、第2ステップS102で、温度Tの初期条件・境界条件を与える。最初に初期条件について考える。初期条件(レーザー光の照射開始時点)として、例えば、鋼材・錆の温度が、場所によらず環境温度(室温)であるとする。
【0033】
次に、境界条件について考える。一般に、構造体(鋼材)の全領域を解析対象とはせずに、目的とする事象が発生する領域のみが解析対象として設定される。ここでは、レーザー光が照射される近傍の領域が、温度を推定(計算)する領域である。境界条件としては、例えば、温度推定領域とそれ以外の領域の境界において、熱の流れが無いとする。これは、一般に、断熱条件と呼ばれている。
【0034】
例えば、鋼の物理定数として、密度7.86g/cm3、熱容量0.6J/(g℃)、熱伝導率0.55W/(cm℃)、融点1535℃、沸点2860℃、融解熱270kJ/kg、気化熱6,100kJ/kg、反射率0.9、吸収係数5×105cm-1とすることができる。
【0035】
また、錆の物理定数として、密度5.2g/cm3、熱容量0.9J/(g℃)、熱伝導率0.043W/(cm℃)、融点1500℃、沸点2700℃、融解熱430kJ/kg、気化熱3200kJ/kg、反射率0.3、吸収係数4.5×103cm-1とすることができる。なお、ここで融解熱と気化熱については、文献値を見つけることができなかったため、参考文献3に記載されたFeOについての値を錆の物理定数として採用している。
【0036】
レーザー照射条件の一例として、空間分布がガウシアンビームのパルス光とし、光パワーがピークと比較して1/(e2)となる径(直径)を50μmとすることができる。また、レーザーのビーム強度の時間依存性の一例として、ガウシアンパルス列を採用することができる。光パワーがピークと比較して1/(e2)となるパルス幅の一例として100nsとすることができる。また、ピークの光強度の一例として10kW、繰り返し周期の周波数の一例として100kHz(周期10μs)とすることができる。計算の時間幅Δtの一例として10nsとすることができる。すなわち、ガウシアンパルス列の繰り返し周期は1000Δtとなる。計算する領域の一例として、r方向に300μm、深さ方向に120μm(この中で、錆の初期の厚さ20μm)とし、境界条件は断熱条件とすることができる。初期条件は、計算する領域の全領域において25℃とすることができる。
【0037】
第3ステップS103で、n=1とする。すなわち、時刻はt1=nΔt=Δtとなる。時刻t1は、式(3)で表されるレーザー光の照射の開始時刻である。
【0038】
次に、第4ステップS104で、熱伝導方程式を解き温度を推定(計算)する。時刻t1における第4ステップS104を、第4ステップS104の1巡目と呼ぶことにする。図2Bに示すように、時刻t1では、光強度が0である。従って、構造体の中で単位時間・単位体積あたりに発生するエネルギーA=0として、初期温度条件にて式(1)~式(3)を解き温度を計算する。第4ステップS104の1巡目では、温度は初期状態のまま変化しない。
【0039】
第5ステップS105で、構造体の解析対象の領域で沸点を超えた部分を計算対象から除去する。更に、構造体の解析対象の領域で融点を超えて沸点以下の部分は、構造体の液化した領域であり、この部分の表面を構造体の表面に平行な状態となるように移動する。時刻t1における第5ステップS105を第5ステップS105の1巡目と呼ぶことにする。第5ステップS105の1巡目では、沸点を超えた箇所は無いので、除去はしない。また、融点を超えた箇所は無いので、領域の移動はしない。
【0040】
第6ステップS106で、nが既定値に到達したかを判定する。前述したように繰り返し回数を51としているので、既定値は51であり、第4ステップS104、第5ステップS105を、n=51まで繰り返す。第6ステップS106の一巡目では、nが既定値になっていないので、第7ステップS107で、nの値を1増やす。第7ステップS107の1巡目では、nを1から2とする。すなわち、時刻がt1からt2に遷移する。
【0041】
次に、第4ステップS104の2巡目で、熱伝導方程式を解き温度を計算する。図2Bにおいて時刻t2では、光強度が0である。従って、構造体の中で単位時間・単位体積あたりに発生するエネルギーA=0として、1つ前のステップで得られた温度分布を用いて式(1)~式(3)を解き温度を計算する。第4ステップS104の2巡目では、計算される温度は初期状態のまま変化しない。
【0042】
第5ステップS105の2巡目,第6ステップS106の2巡目、第7ステップS107の2巡目を経たのち、第4ステップS104の3巡目で、熱伝導方程式を解き温度を計算する。図2Bにおいて時刻t3では、光強度≠0である。従って、1つ前のステップで得られた温度分布を用いて式(3)で与えられた構造体の中で単位時間・単位体積あたりに発生するエネルギーAを用いて、式(1)~式(3)を解き温度を計算すると、第4ステップS104の3巡目では、温度は初期状態から変化する。ただし、計算された温度は、融点(錆の部分の融点)は超えず、第5ステップS105の3巡目では、除去する箇所および移動する箇所は発生しない。
【0043】
第6ステップS106の3巡目,第7ステップS107の3巡目を経たのち、第4ステップS104の4巡目で、熱伝導方程式を解き温度を計算する。この計算においても、1つ前のステップで得られた温度分布を用いて温度を計算する。その温度分布は、初期条件で与えられた温度分布とは異なっている。図2Bにおいて時刻t4では、光強度≠0である。従って、式(3)で与えられた構造体の中で単位時間・単位体積あたりに発生するエネルギーAを用いて、式(1)~式(3)を解き温度を計算する。
【0044】
第4ステップS104の4巡目では、一部の箇所で、計算された温度が、錆の融点Tm1を超え、沸点Tb1は超えなかったものとする。この状態を図2Cに示す。図2Cは、鋼と錆から構成される構造体の断面図である。この部分は液体になったので、元の場所から移動しうる。本発明においては、構造体の基板表面(ここでは鋼)と、液体の表面が平行になった状態が安定状態であると考え、そのような状態になるように領域を移動するものとする。図2Cに示した状態では、既に鋼の基板表面と液体の表面が平行であるので、領域の移動はしない。また、第5ステップS105の4巡目では、沸点を超えた箇所は無く、除去する部分は発生しない。
【0045】
第6ステップS106の4巡目、第7ステップS107の4巡目を経たのち、第4ステップS104の5巡目で、熱伝導方程式を解き温度を計算する。図2Bにおいて時刻t5では、光強度≠0である。従って、式(3)で与えられた構造体の中で単位時間・単位体積あたりに発生するエネルギーAを用いて、式(1)~式(3)を解き温度を計算すると、一部の箇所で温度が錆の沸点Tb1より高くなった部分が発生する。この状態を図3Aに示す。
【0046】
第5ステップS105の5巡目では、図3Aの(b)に示すように、計算された温度Tが沸点(Tb1)より高くなった部分が発生しており、この部分を計算対象から除去する。この結果、図3Aの(c)に示すように、錆の表面が減肉した状態となる。また、錆の融点Tm1より高く、沸点Tb1以下の箇所は液体となる。この部分の表面が、鋼(構造体)の表面に平行になるように領域を移動する。図3Bの(d)(e)は、領域の移動の様子を説明する説明図である。図3(d)において、点線は、鋼の表面に平行な面を表す。この面より上部の箇所である領域Aと領域Bを、領域Cに移動する。この結果、液体が占める領域は、図3Bの(e)に示す領域Dとなる。図3Bの(f)に、液体の移動が完了した状態を示す。
【0047】
ここで、領域を移動した後の領域Cの温度分布をどうするかを考える。移動する前の領域A,領域Bの内部エネルギーと、移動した後の領域Cの内部エネルギーとが等しくなるような温度分布をとる必要がある。このような温度分布の一つとして、移動後の領域Cの温度が均一になるように選ぶことができる。別の温度分布として、気体として除去される前の領域Cの内部エネルギーをUC、移動前の領域A,領域Bの内部エネルギーをUABとすると、領域Cの内部エネルギーは、除去前と移動後とを比較すると、UAB/UCになったことがわかる。故に、移動後の領域Cの温度分布として、除去される前の領域C内の各点の内部エネルギーがUAB/UC倍となるような温度分布を選ぶことができる。
【0048】
第6ステップS106の5巡目、第7ステップS107の5巡目を経たのち、第4ステップS104の6巡目で、熱伝導方程式を解き温度を計算する。図2Bにおいて時刻t6では、光強度≠0である。従って、式(3)で与えられた構造体の中で単位時間・単位体積あたりに発生するエネルギーAを用いて、式(1)~式(3)を解き温度を計算すると、第4ステップS104の6巡目では、引き続き一部の箇所で温度が錆の沸点Tb1を超える。この状態を図4Aに示す。
【0049】
尚、ここで、式(3)のApは、表面に位置する材料(ここでは錆)においては、構造体表面における照射するレーザーのピークパワー密度である。よって、図4Aの(a)に示すように表面が平らでない場合は、レーザーのピークパワー密度を評価する位置は、鋼表面に垂直な方向に関して一定ではなくなる。このため、Apを各表面部分で評価する必要があり、計算が煩雑になりうる。しかしながら、図3Bの(e)に示した領域Dの錆の位置は、鋼表面に垂直な方向に関して一定であるため、計算が煩雑になることを抑制することができる。
【0050】
第5ステップS105の6巡目では、図4Aの(b)に示すように、計算された温度Tが沸点(Tb1)を超えた部分が発生しており、この部分を計算対象から除去する。この結果、図4Aの(c)に示すように、錆の表面がさらに減肉した状態となる。また、錆の融点Tm1より高く、沸点Tb1以下の箇所は液体となる。この部分の表面が、鋼の表面に平行になるように領域を移動する。図4Bの(d)、(e)は、移動の様子を説明する図である。図4Bの(d)において、紙面横方向の点線は、鋼の表面に平行な面を表す。この面より上部の箇所である領域Aと領域Bが、領域Cに移動する。この結果、液体が占める領域は、図4Bの(e)に示す領域Dとなる。図4Bの(f)に、液体の移動が完了した状態を示す。
【0051】
第6ステップS106の6巡目、第7ステップS107の6巡目を経たのち、第4ステップS104の7巡目で、熱伝導方程式を解き温度を計算する。図2Bにおいて時刻t7では、光強度≠0である。従って、式(3)で与えられた構造体の中で単位時間・単位体積あたりに発生するエネルギーAを用いて、式(1)~式(3)を解き温度を計算する。この状態で、一部の箇所で温度が錆の沸点Tb1を超えた部分が発生するが、鋼の一部の箇所においては、計算された温度が、鋼の融点Tm2を超え、沸点Tb2は超えなかったものとする。この状態を図5Aの(b)に示す。この部分は液体になったので、本来、元の場所から移動しうる。構造体の基板表面(ここでは鋼)と、鋼の液体の領域の表面が平行になった状態が安定状態であると考え、このような状態になるように領域を移動するとする。図5Aの(b)に示した状態では、既に鋼の基板表面と鋼の液体領域の表面が平行であるので、移動しない。
【0052】
第5ステップS105の7巡目では、図5Aの(b)に示すように、計算された温度Tが沸点(Tb1)を超えた部分が錆の領域に発生しており、この部分を計算対象から除去する。一方、鋼は、鋼の沸点を超える部分がないので除去しない。この結果、図5Aの(c)に示すように、錆の表面がさらに減肉した状態となる。また、錆の融点Tm1より高く、沸点Tb1以下の箇所は液体となる。この部分の表面が、鋼の表面に平行になるように領域を移動する。図5Bの(d)、(e)は、領域の移動の様子を説明する図である。図5Bの(d)において、紙面横方向の点線は、鋼の表面に平行な面を表す。この面より上部の箇所である領域Aと領域Bが、領域Cに移動する。この結果、液体が占める領域は、図5Bの(e)に示す領域Dとなる。図5Bの(f)に、液体の移動が完了した状態を示す。
【0053】
この後、上述した第4ステップS104~第7ステップS107を繰り返すと、25巡目までは、錆の温度および鋼の温度に、融点や沸点を超える部分が発生しなかったものとする。
【0054】
第4ステップS104の26巡目で、熱伝導方程式を解き温度を計算する。図2Bにおいて時刻t26では、光強度≠0である。従って、式(3)で与えられた構造体の中で単位時間・単位体積あたりに発生するエネルギーAを用いて、式(1)~式(3)を解き温度を計算すると、鋼の一部の箇所で温度が鋼の沸点Tb2を超えた部分が発生する。この状態を図6Aに示す。
【0055】
第5ステップS105の26巡目では、図6Aの(b)に示すように、錆の部分および鋼の部分に、各々の沸点を超えた部分が発生しており、この部分を計算対象から除去する。この結果、図6Aの(c)に示すように、錆の減肉領域が広がり、微小であるが、鋼の一部に減肉領域が発生する。また、鋼の融点Tm2より高く、沸点Tb2以下の箇所は液体となる。この部分の表面が、鋼の表面に平行になるように領域を移動する。ただし、微小であるため図6Aにおいては図示していない。また、移動した鋼の温度の決定方法は、錆の場合に説明した方法と同様である。
【0056】
また、錆の融点Tm1より高く、沸点Tb1以下の箇所は液体となる。この部分の表面が、鋼の表面に平行になるように領域を移動する。図6Aの(d)、(e)は、領域の移動の様子を説明する図である。図6Bの(d)において、紙面横方向の点線は、鋼の表面に平行な面を表す。この面より上部の箇所である領域Aと領域Bが、領域Cに移動する。この結果、液体が占める領域は、図6Bの(e)に示す領域Dとなる。図6Bの(f)に液体の移動が完了した状態を示す
【0057】
この後、第4ステップS104~第7ステップS107を繰り返すと、45巡目までは、錆の温度および鋼の温度に、融点および沸点を超える部分が発生しなかったものとする。
【0058】
第4ステップS104の46巡目で、熱伝導方程式を解き温度を計算する。図2Bにおいて時刻t46では、光強度≠0である。従って、式(3)で与えられたAを用いて、式(1)~式(3)を解き温度を計算すると、鋼の一部の箇所で温度が鋼の沸点Tb2を超えた部分が発生する。また、沸点Tb2は超えていないが、融点Tm2を超えた部分も発生する。この状態を図7Aに示す。
【0059】
第5ステップS105の46巡目では、図7Aの(b)に示すように、錆の部分のおよび鋼の部分に、各々の沸点を超えた部分が発生しており、この部分を計算対象から除去する。この結果、図7Aの(c)に示すように、錆の減肉領域が広がり、また、鋼の減肉領域も広がる。また、鋼の融点Tm2より高く、沸点Tb2以下の箇所は液体となる。この部分の表面が、鋼の表面に平行になるように領域を移動する。ただし、微小であるため図7においては図示していない。
【0060】
また、錆の融点Tm1より高く、沸点Tb1以下の箇所は液体となる。この部分の表面が、鋼の表面に平行になるように領域を移動する。図7Bの(d)、(e)は、領域の移動の様子を説明する図である。図7Bの(d)において、紙面横方向の点線は、鋼の表面に平行な面を表す。この面より上部の箇所である領域Aと領域Bが、領域Cに移動する。この結果、液体が占める領域は、図7Bの(e)に示す領域Dとなる。図7Bの(f)に液体の移動が完了した状態を示す。
【0061】
この後、51巡目まで、錆の温度および鋼の温度に、融点や沸点を超える部分が発生しなかったものとする。第6ステップS106の51巡目では、n=51となり既定値に達するので、第8ステップS108に移行する。第8ステップS108では、これまでの計算および移動において、金属(鋼)の融点より高く、沸点以下となった金属(鋼)の領域を足し合わせた箇所を、酸化物が形成される箇所とする。この箇所は、大気中の酸素が、レーザー照射により加熱され溶融した金属(鋼)の中に拡散し、構造体を構成する金属と酸素が結合して酸化物が形成されたものとする。最後に、第8ステップS108で求めた酸化物が形成された箇所を出力して処理を終了する。
【0062】
以上に説明した方法により、主に金属から構成された構造体に対するレーザー照射で、表面に形成される酸化物の厚さを推定することができる。なお、上述では、同一箇所に光パルスを照射したが、図8に示すように、光パルス毎に異なる箇所に照射する設定とすることもできる。例えば、パルスは25μmずつずらしながら3個照射することができる。この場合、計算する領域は、光パルスをずらす方向に300μm、ずらす方向に対し垂直方向であって表面に平行な方向に250μm、表面に垂直な方向に250μm(錆の初期の厚さ20μm、鋼基板の深さ230μm)とすることができる。
【0063】
また、上述では、レーザーの光強度の時間依存性q(t)をガウシアンパルス列として計算を実施したが、矩形波のパルス列や、時間的に一定な連続光として計算することもできる。また、上述では、レーザーの光強度の空間依存性f(r)をガウシアンとして計算を実施したが、その他のビーム形状や、照射位置が異なる複数のガウシアンビームの集合として計算することもできる。また、上述では、錆が存在する場合を例にして説明したが、これに限るものではなく、錆が無い状態として計算することができる。
【0064】
また、上述では、構造体を構成する金属を鋼としたが、これに限るものではなく、他の金属から構成された構造体を、対象とすることができる。また、構造体は、表面に錆が形成されている場合に限らず、塗料、汚れなどの他の物質が付着している状態を、対象とすることができる。また、構造体の表面の、鋼表面の付着物は単一物質に限るものではなく、例えば、組成の異なる複数の物質が層状に付着している状態を、上述同様に対象とすることができる。また、表面に酸化物が形成された金属を構造体として対象とすることができる。
【0065】
以上に説明したように、本発明によれば、レーザー照射箇所近傍の温度を、熱伝導方程式を用いて推定し、推定した温度が構造体を構成する金属の融点より高く沸点以下となる領域を求めるので、レーザー照射による金属表面の変化を、より簡便に知ることができるようになる。
【0066】
上記の実施形態の一部または全部は、以下の付記のようにも記載されるが、以下には限られない。
【0067】
[付記1]
金属から構成された構造体にレーザーを照射した場合の、レーザー照射箇所近傍の温度を、熱伝導方程式を用いて推定し、推定した温度が前記金属の融点より高く沸点以下となる領域を求めることで、レーザーを照射した箇所近傍に形成される前記金属の化合物の厚さを推定することを特徴とする表面状態推定方法。
【0068】
[付記2]
付記1記載の表面状態推定方法において、
レーザーの照射により前記構造体を除去する過程および、レーザーの照射により前記構造体の液化した領域を前記構造体の表面に平行になるよう移動する過程で、前記構造体の表面に形成される前記金属の化合物の厚さを推定することを特徴とする表面状態推定方法。
【0069】
[付記3]
付記1記載の表面状態推定方法において、
前記金属の化合物の厚さは、酸化物の厚さであることを特徴とする表面状態推定方法。
【0070】
[付記4]
付記1記載の表面状態推定方法において、
前記構造体は、鋼の表面に錆が形成されたものであることを特徴とする表面状態推定方法。
【0071】
[付記5]
付記1~4のいずれか1項に記載の表面状態推定方法において、
熱伝導方程式を用いたレーザー照射箇所近傍の温度推定を、設定した照射時間内で設定した時間毎に繰り返して実施し、推定された温度が、対象となる部分の材料の沸点を超える領域は、次の巡の温度推定対象から除去し、推定された温度が、対象となる部分の材料の融点を超える領域は、前記構造体の液化した領域の表面を前記構造体の表面に平行な状態とすることを特徴とする表面状態推定方法。
【0072】
[付記6]
付記1記載の表面状態推定方法において、
前記構造体の密度ρ、前記構造体の単位質量あたりの熱容量c、前記構造体の熱伝導率K、単位時間・単位面積あたりにレーザー照射によって前記構造体に発生するエネルギーA、時間(時刻)t、照射するレーザーのピークパワー密度Ap、単位時間・単位面積に通過する熱エネルギーJ、照射したレーザーの前記構造体における反射率R、照射したレーザーの前記構造体における吸収係数α、前記構造体を構成するそれぞれの材料の表面からの深さ方向の位置z、照射するレーザーの強度の時間依存性q(t)を用いた以下の式により、レーザー照射箇所近傍の温度Tを推定することを特徴とする表面状態推定方法。
【0073】
【数5】
【0074】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。
【0075】
[参考文献1]J. H. Bechtel, "Heating of solid targets with laser pulses", Journal of Applied Physics, vol. 46, pp. 1585-1593, 1975.
[参考文献2]S. Marimuthu et al., "Numerical Simulation of Excimer Laser Cleaning of Filmand Particle Contaminants", Journal of Heat Transfer, vol. 135, 121301, 2013.
[参考文献3]B. Koroglu et al., "Gas Phase Chemical Evolution of Uranium, Aluminum, and Iron Oxides", Scientific Reports, vol. 8, Article number 10451, 2018.
図1
図2A
図2B
図2C
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図6A
図6B
図7A
図7B
図8