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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024037076
(43)【公開日】2024-03-18
(54)【発明の名称】重複遺伝子のゲノム編集方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20240311BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20240311BHJP
【FI】
C12N15/09 100
C12N15/63 Z ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022141724
(22)【出願日】2022-09-06
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】菅野 茂夫
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 玲花
(57)【要約】
【課題】少数のgRNA又はcrRNAを用いて、機能重複している多数の遺伝子を同時に編集する技術を提供することを目的とする。
【解決手段】ヒュージファージ由来のCasΦタンパク質が、16以上のヌクレオチド長であるターゲット配列、及び当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列を切断可能であることを見出し、斯かるCasΦタンパク質を用いた重複遺伝子のゲノム編集方法を提供する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞の重複遺伝子のゲノム編集方法であって、前記重複遺伝子が、ゲノム編集の対象となる16ヌクレオチド長のターゲット配列のみを有するか、或いはゲノム編集の対象となる16又は17ヌクレオチド長のターゲット配列と、当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列とを有し;ここで前記方法が、
(a)前記ターゲット配列及びミスマッチ配列を標的とするスペーサー配列を含むcrRNA;及び、
(b)ヒュージファージ由来であり、前記ターゲット配列及び前記ミスマッチ配列を切断可能なCasΦタンパク質;
を、前記細胞内で発現させる工程を含む、重複遺伝子のゲノム編集方法。
【請求項2】
前記CasΦタンパク質が、CasΦ1、CasΦ2、vCasΦ及びCasΦ3からなる群から選ばれる少なくとも1のタンパク質である、請求項1に記載のゲノム編集方法。
【請求項3】
前記CasΦタンパク質が、配列番号1、2、3及び4からなる群から選ばれるアミノ酸配列に対し、少なくとも80%の配列相同性を有するアミノ酸配列を含む、請求項1に記載のゲノム編集方法。
【請求項4】
前記重複遺伝子が、機能冗長性を有する重複配列である、請求項1に記載のゲノム編集方法。
【請求項5】
前記重複遺伝子が、ターゲット配列の近傍にPAM配列を含む、請求項1に記載のゲノム編集方法。
【請求項6】
前記スペーサー配列が、前記ターゲット配列と完全一致するように決定される、請求項1に記載のゲノム編集方法。
【請求項7】
前記重複遺伝子が、16以上のヌクレオチド長のターゲット配列のみを有するか、或いは16以上のヌクレオチド長のターゲット配列と、当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列とを有する、請求項1に記載のゲノム編集方法。
【請求項8】
前記重複遺伝子が、17以上のヌクレオチド長のターゲット配列と、当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列とを有する、請求項1に記載のゲノム編集方法。
【請求項9】
前記重複遺伝子が、前記細胞のゲノム中に2~100コピー存在する、請求項1に記載のゲノム編集方法。
【請求項10】
前記細胞のゲノム中に含まれる重複遺伝子のうち、一部又は全ての重複遺伝子を編集する、請求項9に記載のゲノム編集方法。
【請求項11】
前記細胞が、植物細胞である、請求項1に記載のゲノム編集方法。
【請求項12】
前記crRNA及び/又は前記CasΦタンパク質を、発現ベクターにより前記細胞内に導入して発現させる、請求項1に記載のゲノム編集方法。
【請求項13】
前記発現ベクターが、一過性又は恒常性発現ベクターである、請求項12に記載のゲノム編集方法。
【請求項14】
細胞の重複遺伝子のゲノム編集用キットであって、前記重複遺伝子が、ゲノム編集の対象となる16ヌクレオチド長のターゲット配列のみを有するか、或いは16又は17ヌクレオチド長のターゲット配列と、当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列とを有し、前記キットが;
(a)前記ターゲット配列及び前記ミスマッチ配列を標的とするスペーサー配列を導入可能なcrRNAの発現カセット;及び、
(b)ヒュージファージ由来であり、前記ターゲット配列及び前記ミスマッチ配列を切断可能なCasΦタンパク質の発現カセット;
を含む、前記キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重複遺伝子のゲノム編集に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲノム編集は、対象生物のゲノムの狙った箇所に変異を導入する(編集する)技術である。そのため、放射線などの既存の変異導入方法に比べて圧倒的に少ない数の変異体から望みの株を取得できる効率性がメリットとなり、様々な用途に使用されている。
【0003】
典型的なゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9やCRISPR/Cas12aでは、編集対象の配列はおもにそれらを構成するgRNAまたはcrRNAのスペーサー配列とよばれる部位によって規定される。gRNAまたはcrRNAのスペーサー配列としては、通常、20~24塩基を任意に変更可能な標的配列として使用する。このスペーサー配列に加えて、ヌクレアーゼであるCas9やCas12aが機能するには、PAM配列と呼ばれる2~4塩基程度の塩基配列が必要となる。したがって、PAM配列とスペーサー配列を合わせた総計22~28塩基ほどの塩基配列を特異的に認識してゲノム編集が行われている。この認識長は、ヒトゲノムのうちの単一の領域を指定するのに十分な長さであるとされる。
【0004】
しかしながら、植物をはじめとした多くの生物では、ゲノム中に存在する相同遺伝子が機能を補償する現象(機能冗長性)が存在するため、ひとつの遺伝子を破壊しただけでは、目的とした表現型が現れないことがある。したがって、目的とした表現型を発現させるには、配列類似性がある複数の相同遺伝子を同時に編集する必要がある場合が多い。
【0005】
複数の遺伝子を同時に編集するために、多くの場合、gRNA又はcrRNAを複数発現させて、それぞれのgRNA又はcrRNAで互いに異なる遺伝子を指定する、という方法がとられている。この方法では、編集対象の遺伝子が増えれば増えるほど、gRNA又はcrRNAを多数発現させる必要があるためにベクター構築などに労力がかかるという問題がある。
【0006】
複数の遺伝子を同時に編集する他の方法として、CRISPRのオフターゲット効果を利用するという手段がある。この方法では、CRISPR/Cas9のgRNA又はcrRNAがミスマッチ配列を切断する性質を利用する。すなわち、20~24塩基をターゲットするgRNAの配列を、異なる複数の遺伝子をそれぞれ1~2塩基ミスマッチで編集するように設計すれば、ひとつのgRNA又はcrRNAで複数の遺伝子を同時に編集できるというものである。こうしたオフターゲット効果を利用した方法には、ひとつの遺伝子にひとつのgRNA又はcrRNAを使用する方法に比べて、少ないgRNA又はcrRNAで多数の遺伝子を編集できるために、ベクター構築に労力がかからないというメリットがある。
【0007】
一方で、オフターゲット効果を利用する方法には、制約もあることが知られている。CRISPR/Cas9ではスペーサー配列を短くするほどオフターゲット効果が少なくなることが報告されている。ストレプトコッカス・ピオゲネス(Streptococcus pyogenes)のCas9(以下、SpyCas9と呼ぶ)においては、20塩基認識のスペーサー配列をもつgRNA又はcrRNAを使用すると、1-2ミスマッチの配列も切断するが、17塩基認識のスペーサー配列をもつgRNA又はcrRNAを使用するとミスマッチ配列を切断し、変異を入れる効率は劇的に低下する(非特許文献1:Nat Biotechnol. 2014 Mar; 32(3): 279-284)。したがって、現状では、PAM配列+20塩基の認識でミスマッチ配列も同時に編集するか、PAM配列+17塩基が完全に一致する相同遺伝子を同時に編集するか、どちらかの方法を選択せざるを得なかった。
【0008】
新たなCasとして、ヒュージファージが有するCasΦという小型のCasファミリーが存在することが報告されており、その中のCasΦ2が、試験管内の実験において、16残基という短いターゲット配列を切断することが報告された(非特許文献2:Science (2020)369, 333-337、非特許文献3:Nature Communications (2021) volume 12, Article number: 4476)。さらにCasΦについては、結晶構造解析に基づく研究が行われており、非標的鎖と相互作用することが予測されるヘリックスに対応する155位~176位を欠失させたvCasΦにおいて、反応速度が増大することが開示された(非特許文献4:Nature Structural & Molecular Biology (2021) vol.28, pp.652-661)。CasΦを用いた植物におけるゲノム編集についても報告されている(非特許文献5:Int. J. Mol. Sci. (2022), 23, 5755)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Nat Biotechnol. 2014 Mar; 32(3): 279-284
【非特許文献2】Science (2020)369, 333-337
【非特許文献3】Nature Communications (2021) volume 12, Article number: 4476
【非特許文献4】Nature Structural & Molecular Biology (2021) vol. 28, pp. 652-661
【非特許文献5】Int. J. Mol. Sci. (2022), 23, 5755
【非特許文献6】Plant Biotechnology (2016) 33, 235-243
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述した多数の遺伝子を同時に編集する技術、とくに、オフターゲットを活用する技術は、機能冗長性をもつ遺伝子同士がある程度の配列類似性を持つことを前提とする。しかしながら、実際には機能重複する遺伝子の配列類似度は十分に高くない、という問題があることが経験的に知られていた。
【0011】
発明者らは、とくに機能冗長性が問題となる植物の代表例であるシロイヌナズナのゲノム配列情報を解析し、機能冗長性を持つ遺伝子同士の配列がどの程度連続して一致しているかを解析した。その結果、塩基配列が連続して一致する長さが24塩基未満であるような遺伝子が、過半数に近いことが分かった。したがって、機能冗長性を有する相同遺伝子群を破壊するためには、CRISPR/Cas9やCRISPR/Cas12aでは認識長が長すぎるか、またはオフターゲット効果が少なすぎるという問題があることを見出した。
【0012】
そこで、本発明は、かかる問題を解決すべくなされたものであって、少数のgRNA又はcrRNAを用いて、機能重複している多数の遺伝子を同時に編集する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の上記目的を解決すべく鋭意研究を行ったところ、ヒュージファージ由来のCasΦタンパク質が、16以上のヌクレオチド長であり、0~2個のミスマッチを含むターゲット配列を、細胞内で切断可能であることを見出し、重複遺伝子のゲノム編集方法についての発明に至った。
そこで本発明は以下に関する:
[1] 細胞の重複遺伝子のゲノム編集方法であって、前記重複遺伝子が、ゲノム編集の対象となる16ヌクレオチド長のターゲット配列のみを有するか、或いは16又は17ヌクレオチド長のターゲット配列と、当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列とを有し;ここで前記方法が、
(a)前記ターゲット配列及びミスマッチ配列を標的とするスペーサー配列を含むcrRNA;及び、
(b)ヒュージファージ由来であり、前記ターゲット配列及び前記ミスマッチ配列を切断可能なCasΦタンパク質;
を、前記細胞内で発現させる工程を含む、重複遺伝子のゲノム編集方法。
[2]前記CasΦタンパク質が、CasΦ1、CasΦ2、vCasΦ及びCasΦ3からなる群から選ばれる少なくとも1のタンパク質である、項目1に記載のゲノム編集方法。
[3] 前記CasΦタンパク質が、配列番号1、2、3及び4からなる群から選ばれるアミノ酸配列に対し、少なくとも80%の配列相同性を有するアミノ酸配列を含む、項目1に記載のゲノム編集方法。
[4] 前記重複遺伝子が、機能冗長性を有する重複配列である、項目1~3に記載のゲノム編集方法。
[5] 前記重複遺伝子が、ターゲット配列の近傍にPAM配列を含む、項目1~4のいずれか一項に記載のゲノム編集方法。
[6] 前記スペーサー配列が、前記ターゲット配列と、完全一致するように決定される、項目1~5のいずれか一項に記載のゲノム編集方法。
[7] 前記重複遺伝子が、16以上のヌクレオチド長のターゲット配列と、場合により当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列とを有する、項目1~6のいずれか一項に記載のゲノム編集方法。
[8] 前記重複遺伝子が、17以上のヌクレオチド長のターゲット配列と当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列とを有する、項目1~7のいずれか一項に記載のゲノム編集方法。
[9] 前記重複遺伝子が、前記細胞のゲノム中に2~100コピー存在する、項目1~8のいずれか一項に記載のゲノム編集方法。
[10] 前記細胞のゲノム中に含まれる重複遺伝子のうち、一部又は全ての重複遺伝子を編集する、項目1~9のいずれか一項に記載のゲノム編集方法。
[11] 前記細胞が、植物細胞である、項目1~10のいずれか一項に記載のゲノム編集方法。
[12] 前記crRNA及び/又は前記CasΦタンパク質を、発現ベクターにより前記細胞内に導入して発現させる、項目1~11のいずれか一項に記載のゲノム編集方法。
[13] 前記発現ベクターが、一過性又は恒常性発現ベクターである、項目12に記載のゲノム編集方法。
[14] 細胞の重複遺伝子のゲノム編集用キットであって、前記重複遺伝子が、ゲノム編集の対象となる16ヌクレオチド長のターゲット配列のみを有するか、或いは16又は17ヌクレオチド長のターゲット配列と、当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列とを有し、前記キットが;
(a)前記ターゲット配列及び前記ミスマッチ配列を標的とするスペーサー配列を導入可能なcrRNAの発現カセット;及び、
(b)ヒュージファージ由来であり、前記ターゲット配列及び前記ミスマッチ配列を切断可能なCasΦタンパク質の発現カセット
を含む、前記キット。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、少数のcrRNAを用いて多数の相同な遺伝子を同時に編集することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1Aは、シロイヌナズナにおける重複遺伝子をグループ分けし、グループ内において一致する連続塩基配列の長さにより分類したグラフを示す。1383個の重複遺伝子群をPTGbaseより抽出した。横軸が一致する連続塩基配列の長さであり、縦軸がグループの数を表す。図1Bは、図1Aにおける横軸の一致する連続塩基配列の長さについて、1~60残基長を拡大して示したグラフを示す。連続一致が30塩基未満の重複遺伝子群は、818群であり、PAMを含めた場合に、多くの重複遺伝子では同時ターゲットができる蓋然性が低い。
図2A図2Aは、pEX-35S-HPTのベクターマップを示す。
図2B図2Bは、pEX-CasPhi2-HPTのベクターマップを示す。
図3図3は、CasΦ2及びvCasΦを用いてゲノム編集を行った場合の、スペーサー配列のヌクレオチド長を変えた場合の、編集効率を示すグラフである。
図4A図4は、タバコの葉に対して、アグロインフィルトレーションを行い、遺伝子導入された箇所におけるゲノム編集の結果の解析を示す。図4(A)は、NbPDS-1をターゲットとした場合の、導入された変異を示す。
図4B図4は、タバコの葉に対して、アグロインフィルトレーションを行い、遺伝子導入された箇所におけるゲノム編集の結果の解析を示す。図4(B)は、NbPDS-2をターゲットとした場合の、導入された変異を示す。
図4C図4は、タバコの葉に対して、アグロインフィルトレーションを行い、遺伝子導入された箇所におけるゲノム編集の結果の解析を示す。図4(C)は、NbRDR6-1をターゲットとした場合の、導入された変異を示す。
図4D図4は、タバコの葉に対して、アグロインフィルトレーションを行い、遺伝子導入された箇所におけるゲノム編集の結果の解析を示す。図4(D)は、NbRDR6-2をターゲットとした場合の、導入された変異を示す。
図4E図4は、タバコの葉に対して、アグロインフィルトレーションを行い、遺伝子導入された箇所におけるゲノム編集の結果の解析を示す。図4(E)は、NbSGS3-1をターゲットとした場合の、導入された変異を示す。
図4F図4は、タバコの葉に対して、アグロインフィルトレーションを行い、遺伝子導入された箇所におけるゲノム編集の結果の解析を示す。図4(F)は、NbSGS3-2をターゲットとした場合の、導入された変異を示す。
図5A-C】図5(A)は、CasΦ2のアミノ酸配列(配列番号1)を示す。図5(B)は、CasΦ1のアミノ酸配列(配列番号2)を示す。図5(C)は、CasΦ3のアミノ酸配列(配列番号3)を示す。
図5D図5(D)は、シロイヌナズナコドン最適化を行ったCasΦ2のDNA配列(大文字)+核移行シグナルおよびFLAGタグをコードするDNA配列(配列番号9)を示す。
図5E図5(E)は、作製したプラスミド上のCasΦ2のコード領域の塩基配列(配列番号10)を示す。
図5F-G】図5(F)は、作製したプラスミド上のCasΦ2のコード領域のアミノ酸配列(配列番号5)を示す。図5(G)は、シロイヌナズナコドン最適化を行ったvCasΦのDNA配列(大文字)+核移行シグナルおよびFLAGタグをコードするDNA配列(小文字)(配列番号11)を示す。
図5H-L】図5(H)は、作製したプラスミド上のvCasΦのコード領域のアミノ酸配列(配列番号6)を示す。図5(I)は、CasΦ2およびvCasΦのcrRNA配列(配列番号12)(大文字がdirect repeat配列;スペーサー配列は3’側につく)を示す。図5(J)は、CasΦ1のcrRNA配列(配列番号13)(大文字がdirect repeat配列;スペーサー配列は3’側につく)を示す。図5(K)は、CasΦ3のcrRNA配列(配列番号14)(大文字がdirect repeat配列;スペーサー配列は3’側につく)を示す。図5(L)は、vCasΦのアミノ酸配列(配列番号4)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一の態様は、重複遺伝子のゲノム編集方法に関する。より具体的に、本発明の重複遺伝子のゲノム編集方法において編集される重複遺伝子は、ゲノム編集の対象となる16又は17ヌクレオチド長のターゲット配列、及び/又は当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列を有することにより特徴づけられる。本発明の重複遺伝子のゲノム編集方法は、かかる重複遺伝子を含む細胞に
(a)前記ターゲット配列及びミスマッチ配列を標的とするスペーサー配列を含むcrRNA;及び、
(b)ヒュージファージ由来であり、前記ターゲット配列及び前記ミスマッチ配列を切断可能なCasΦタンパク質;
を、前記細胞内で発現させる工程を含む。本発明の方法により、crRNAとCasΦとが細胞内で発現することにより、重複遺伝子のターゲット配列が認識されて切断が可能になり、それによりゲノム編集が可能になる。本発明の方法は、重複遺伝子を多く含む生物の細胞に対して使用されることが好ましい。そのような生物として、植物、動物、菌類が挙げられる。植物の中でも特に、穀物、園芸作物、観賞用植物、又は飼料植物において用いられることが好ましく、特にイネ、コムギ、オオムギ、カラスムギ、ライムギ、キビ、アワ、ヒエ、トウモロコシ、サトウキビなどのイネ科植物、ダイズなどのマメ科植物、そばなどのタデ科植物、キュウリ、スイカ、カボチャ、ズッキーニなどのウリ科植物、ナス、トマト、ジャガイモ、トウガラシ、ピーマン、タバコなどのナス科植物、サツマイモなどのヒルガオ科植物、タロイモ、サトイモなどのサトイモ科植物、自然薯、ヤマイモ、ナガイモなどのヤマノイモ科植物、キャベツ、ハクサイ、カブ、ダイコン、シロイヌナズナなどのアブラナ科植物、シソ、バジル、ローズマリーなどのシソ科植物、サクラ、ウメ、モモ、イチゴ、リンゴ、ナシなどのバラ科植物、ニンジン、セロリ、クミン、ミツバ、パセリなどのセリ科植物、タマネギ、ネギ、ニンニクなどのヒガンバナ科植物、キャッサバなどのトウダイクサ科植物など、産業上有用な任意の植物が挙げられる。
【0017】
一態様によれば、重複遺伝子とは、1つのゲノム内に2つ以上含まれる相同遺伝子のことをいう。相同遺伝子とは、例えば、同一の祖先遺伝子に由来し、同じ構造・機能を持つ遺伝子のことをいう。一態様によれば、重複遺伝子は、互いに60%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上の配列相同性(好ましくは配列同一性)を有する塩基配列を有する遺伝子として定義することができる。一態様によれば、重複遺伝子は、所定長以上の共通する塩基配列を含むか、及び/又は所定長以上の塩基配列に対し、1塩基又は2塩基のミスマッチを有する塩基配列を含む遺伝子として定義することもできる。ここでいう所定長は、適宜選択されてよいが、一例として16塩基以上、17塩基以上、又は18塩基以上である。重複遺伝子は、好ましくは機能冗長性を有する遺伝子である。複数の相同遺伝子を含むグループを重複遺伝子群という。重複遺伝子は、主に1つの染色体上で繰り返し存在しているが、転座して異なる染色体上に存在していてもよい。ゲノム編集対象となる重複遺伝子群には、ターゲット配列、及び/又は当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列を共有する遺伝子が複数存在する。1回のゲノム編集でゲノム編集対象となる重複遺伝子群の全てにおいてゲノム編集を達成する観点からは、重複遺伝子群に含まれるすべての遺伝子において、ターゲット配列及び/又はミスマッチ配列が共有されていることが好ましい。ゲノム編集対象となる重複遺伝子群に含まれる重複遺伝子の数は、特に限定されないが、通常2~100コピー存在しうる。ゲノム編集対象となる重複遺伝子群に含まれる重複遺伝子の数は、全ゲノム重複を起源として持つ重複遺伝子であれば、3コピー以上であってもよいし、5コピー以上であってもよく、かつ50コピー以下であってもよいし、20コピー以下であってもよいし、10コピー以下がより好ましい。ターゲット配列を共有することにより、本発明のゲノム編集方法によって、重複遺伝子群内の複数の遺伝子のターゲット配列及び/又はミスマッチ配列の一部又は全てにおいて切断が生じ、ゲノム編集が可能になる。ゲノム編集対象となる重複遺伝子群に含まれる遺伝子は、互いに高い配列類似性を有することが望ましい。
【0018】
本発明において、ターゲット配列とは、本発明に係るゲノム編集方法におけるcrRNAのスペーサー配列に対応する配列であり、本発明に係るゲノム編集方法より切断されて、ゲノム編集される配列に関する。ターゲット配列は、重複遺伝子群内の重複遺伝子に含まれる共通する配列であって、16又は17ヌクレオチド長の連続する配列から構成されうる。ターゲット配列は、重複遺伝子群内で完全に一致する配列である。一方、ターゲット配列に対して、1又は2個のミスマッチが含まれているミスマッチ配列も、本発明に係るゲノム編集方法より切断されて、ゲノム編集されうる。crRNAにおけるスペーサー配列は、ターゲット配列の近傍、特に5’側に隣接してPAM配列が含まれるようにターゲット配列を設定することが必要となる。PAM配列としては、CasΦが認識するPAM配列であればよく、一例としてTTN、NTNが挙げられる。
【0019】
1つのcrRNAスペーサー配列により、ターゲット配列とミスマッチ配列とがゲノム編集方法により切断されて、ゲノム編集が可能になる。これにより、重複遺伝子群に含まれるターゲット配列とミスマッチ配列の全て又は一部について、ゲノム編集が可能になる。シロイヌナズナは1383個の重複遺伝子群を有しており、そのうち、30塩基未満の連続一致を有する重複遺伝子群は818個である(図1A)。したがって、従来のCas9を用いた場合には、多くの重複遺伝子では、1つのcrRNAスペーサー配列でゲノム編集を行うことは困難である。一方、シロイヌナズナにおいて16以上のヌクレオチド長の連続する共通配列を有する重複遺伝子群は、約70%となる。さらに、1又は2個のミスマッチを許容することで、約80%超の重複遺伝子群について、1つのcrRNAのスペーサー配列によって、ゲノム編集が可能になる。シロイヌナズナにおいて17以上のヌクレオチド長の連続する共通配列を有する重複遺伝子群は、約65%となる。さらに、1又は2個のミスマッチを許容することで、約75%超の重複遺伝子群について、1つのcrRNAのスペーサー配列によって、ゲノム編集が可能になる。ターゲット配列のヌクレオチド長は、使用するCasΦに応じて変化しうる。
【0020】
ターゲット配列が16ヌクレオチド長の配列である場合、ゲノム編集対象となる重複遺伝子群には、ターゲット配列のみを含む遺伝子から構成されるように、ターゲット配列を設定してもよいし、ミスマッチ配列を含む遺伝子をさらに含むようにターゲット配列を設定してもよい。
【0021】
一方、ターゲット配列が17ヌクレオチド長の配列である場合、ゲノム編集対象となる重複遺伝子群には、ターゲット配列を含む遺伝子と、ミスマッチ配列を含む遺伝子とが含まれるように、ターゲット配列を設定することができる。
【0022】
crRNAは、ターゲット配列と同一の塩基配列からなるスペーサー配列を含むRNAである。crRNAは、Casタンパク質と複合体を形成し、ゲノムDNAのターゲット配列又はミスマッチ配列に誘導し、Casタンパク質の作用によりターゲット配列又はミスマッチ配列とPAMとの間でDNAを切断することができる。crRNA配列は、利用するCasタンパク質の種類に応じて選択して使用することができる。CasΦタンパク質に対するcrRNA配列は公知のものを使用することができるが、一例として、配列番号12、配列番号13、及び配列番号14(RNA配列として配列番号167、配列番号168、及び配列番号169)からなる配列から選ばれる配列をCasΦタンパク質の種類に応じて、使用することができる。一例として、CasΦ2及びvCasを使用する場合には、配列番号12の配列を用いることができる。CasΦ1を用いる場合には、配列番号13の配列を用いることができる。CasΦ3を使用する場合には、配列番号14の配列を用いることができる。crRNAは、以下に説明する発現カセットを用いて、一過的又は恒常的で発現することができる。
【0023】
CasΦタンパク質とは、ヒュージファージ由来のCasファミリーのタンパク質である。CasΦタンパク質は、16以上のヌクレオチド長のターゲット配列を切断するとともに、当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列を切断する活性を有する。CasΦタンパク質が切断するターゲット配列の長さの上限は、特に限定されないが、切断活性の観点から、通常20以下、好ましくは18以下、さらに好ましくは17以下である。CasΦは、CasΦ1、CasΦ2、及びCasΦ3からなる群から選ばれうるが、特にオフターゲット活性の観点から特にCasΦ2(Cas12j2とも呼ばれる)を使用することが好ましい。CasΦに対しては、活性を完全に損なわない限りにおいて、アミノ酸配列の変異(例えば、置換、欠失、付加など)を有していてもよい。この観点から、CasΦタンパク質は、配列番号1、配列番号2、配列番号3、及び配列番号4からなる群から選ばれるアミノ酸配列、又は当該配列に対し、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、93%以上、95%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の配列相同性(好ましくは配列同一性)を有する配列を有しうる。特にCasΦ2において、非ターゲット鎖と相互作用するとされるヘリックス領域(配列番号1の155位~176位)を削除した変異型CasΦ2(vCasΦとも呼ばれる:アミノ酸配列:配列番号4)において、切断反応の速度が向上することから、より好ましい(非特許文献3)。
【0024】
なお、本明細書において、2つのアミノ酸配列の「相同性」とは、両アミノ酸配列をアラインメントした際に各対応箇所に同一又は類似のアミノ酸残基が現れる比率であり、2つのアミノ酸配列の「同一性」とは、両アミノ酸配列をアラインメントした際に各対応箇所に同一のアミノ酸残基が現れる比率である。なお、2つのアミノ酸配列の「相同性」及び「同一性」は、例えばBLAST(Basic Local Alignment Search Tool)プログラム(Altschul et al., J. Mol. Biol., (1990), 215(3):403-10)等を用いて求めることが可能である。
【0025】
配列相同性又は同一性により特定された配列を有するCasΦタンパク質は、さらに所望される切断活性により特定される。このような切断活性としては、インビトロ又はインビボにおける、16ヌクレオチド長以上のターゲット配列及び当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列の切断活性により特定されうる。CasΦタンパク質の切断活性については、in vitroにおいて公知の方法に従い評価することができる。CasΦ2の骨格と、CasΦ3の骨格との間でRMSD値は、PDB_ID:7odf(CasΦ3)、7lys(CasΦ2)を用いた場合に、PyMOLソフトウェアalignにて計算すると1.135A未満、核酸をさらに含めると0.97であることから、CasΦ2と、CasΦ3との間の構造はかなり類似している。加えて、および、独自ソフトウェアにてTM-score=0.85以上であったことからも、構造が類似していることが支持される。したがって、変異体については、配列同一性又は相同性で特定に加えて、又は代えてRMSD値により特定することができる。CasΦ1、CasΦ2、CasΦ3、vCasΦからなる群から選ばれる、少なくとも1のCasタンパク質の骨格と、変異体の骨格との間のCα平均二乗偏差(RMSD)が2.5A未満、好ましくは1.5A未満、さらに好ましくは1A未満である場合に、元のCasタンパク質が奏する作用と同等の作用を生じる蓋然性が高いといえる。あるいは、TM-score値により特定することができる。CasΦ1、CasΦ2、CasΦ3、vCasΦからなる群から選ばれる、少なくとも1のCasタンパク質の骨格と、変異体の骨格との間のTM-scoreが0.8以上、好ましくは0.85以上、さらに好ましくは0.9以上である場合に、元のCasタンパク質が奏する作用と同等の作用を生じる蓋然性が高いといえる。
【0026】
CasΦタンパク質には、所望される活性が損なわれない限りにおいて、シグナル配列、タグ配列、レポーター配列などの追加の配列が含まれてもよい。発現されたタンパク質が、核内で作用することを担保する観点から、シグナル配列としては、核移行シグナルが付加されていることが望ましい。核移行シグナルは、1つ又は複数の核移行シグナルを直列に配置してもよい。核移行シグナルとしては、植物種に応じて適宜選択することができ、一例として、KRPAATKKAGQAKKKK(配列番号7)、及び/又はGSDYKDHDGDYKDHDIDYKDDDDKPKKKRKV(配列番号8)を使用することができる。これにより細胞内で発現されたCasΦタンパク質は、核内に移行し、核内にてcrRNAと協働してターゲット配列を切断することができる。
【0027】
crRNA又は発現用カセットとしては、通常、プロモーター配列を含み、その制御下に、crRNAをコードする配列を配置することで作成することができる。crRNA発現用カセットは、1のポリヌクレオチド上に含まれてもよいし、異なるポリヌクレオチド上に含まれてもよい。crRNAとして、crRNAと複数連結して一本鎖としたガイドRNAをコードする配列をプロモーター配列の制御下に配置することで、crRNA発現用カセットとしてもよい。
【0028】
CasΦタンパク質についても、定法に従い、一過的又は恒常的に細胞内で発現させることができる。一例として、CasΦタンパク質をコードする配列のポリヌクレオチドを、一過的又は恒常的に発現を許容するプロモーター配列を含む発現カセット中に、プロモーターの制御下に配置してCasΦ発現用カセットを調製することができる。プロモーターの制御下に配置するとは、プロモーターにより発現が制御されるように配置されることを言い、プロモーターの3’末端から、適切な塩基数、例えば10bp~200bpの塩基数を空けて配置されてもよい。
【0029】
crRNA発現用カセットとCasΦ発現用カセットは、1のポリヌクレオチド上に含まれてもよいし、異なるポリヌクレオチド上に含まれてもよい。これらの発現用カセットは、必要に応じて他の要素を含んでもよい。このような要素としては、ターミネーターなど発現に必要な要素や、マルチクローニングサイト、薬剤耐性遺伝子、レポーター遺伝子、複製起点など、プラスミド又はベクターの調製に必要な要素が含まれていてもよい。
【0030】
crRNA発現用カセット及びCasΦ発現用カセットにおいて使用されるプロモーターとしては、発現させる生物種に応じて適宜選択することができる。植物において発現さ
せる場合、一例として、polII系プロモーターを使用することもできるが、比較的短いRNAの転写をより正確に行わせるという観点から、polIII系プロモーターが好ましい。polII系プロモーターとしては、例えばCaMV35Sプロモーター、RPS5Aプロモーター、UBQプロモーター、DD45プロモーター、NOSプロモーター等が挙げられる。polIII系プロモーターとしては、U6-snRNA(例えばU6.1-snRNA、U6.26-snRNA等)プロモーター、U3-snRNAプロモーター等が挙げられる。
【0031】
crRNA発現用カセット及びCasΦ発現用カセットにおいて使用されるターミネーターとしては、Casタンパク質コード配列からの転写を終結させ(好ましくは、さらにCasタンパク質コード配列から転写されるmRNAにpolyA配列を付加でき)ることができる塩基配列である限り特に制限されない。またガイドRNAについては、polyT配列を付加することもできる。終結シグナルとしては、例えば、ヒートショックタンパク質終結シグナル(HspT:Heat shock protein Terminator)、NosT(Noparin synhase Terminator)、35sT(CaMV 35S Terminator)、Pea3A(Pea Rubisco subunit 3A)等が挙げられる。
【0032】
別の態様では、本発明はゲノム編集対象となる重複遺伝子群におけるターゲット配列を決定する工程を含む、crRNA発現用カセットの製造方法に関してもよい。重複遺伝子群におけるターゲット配列は、ゲノム情報から、ゲノム編集対象となる重複遺伝子群において、CasΦのPAM配列近傍に16ヌクレオチド長の連続配列が、ミスマッチを含まないように選択されてもよいし、1又は2個のミスマッチを許容するように選択されてもよい。別の態様では、重複遺伝子群におけるターゲット配列は、ゲノム情報から、ゲノム編集対象となる重複遺伝子群において、CasΦのPAM配列近傍に17ヌクレオチド長の連続配列が、ミスマッチを含まない配列と、1又は2個のミスマッチを含むミスマッチ配列とから構成されるように選択される。決定されたターゲット配列をスペーサー配列とし、その余の配列と連結することで、crRNA配列を設計することができる。こうして設計されたcrRNA配列からなるポリヌクレオチドを、公知の遺伝子工学的手法に従って容易に作成することができる。こうして作製されたcrRNA配列又はガイドRNA配列からなるポリヌクレオチドを、公知の遺伝子工学的手法、例えばPCR、制限酵素処理、DNA連結、in vitro転写技術などを利用して、crRNA発現用カセットに組み込むことができる。
【0033】
本発明の別の態様では、細胞の重複遺伝子のゲノム編集用キットに関していてもよい。かかるキットにおいて、ゲノム編集される重複遺伝子は、16ヌクレオチド長のターゲット配列のみを有するか、或いは16又は17ヌクレオチド長のターゲット配列と、当該ターゲット配列に対して1~2塩基のミスマッチを含むミスマッチ配列とを有することを特徴とする。かかるキットは以下の:
(a)前記ターゲット配列及び前記ミスマッチ配列を標的とするスペーサー配列を導入可能なcrRNAの発現カセット;及び、
(b)ヒュージファージ由来であり、前記ターゲット配列及び前記ミスマッチ配列を切断可能なCasΦタンパク質の発現カセット;
を含む。crRNAの発現カセットとCasΦタンパク質の発現カセットは、一例としてプラスミドやベクターなどに組み込み、細胞へと遺伝子導入される。本発明に係るゲノム編集用キットには、さらに、必要に応じて核酸導入試薬、緩衝液等、本発明のゲノム編集方法の実施に必要な他の材料、試薬、器具等を適宜含んでいてもよい。本発明のゲノム編集方法の実施に必要な他の材料としては、crRNAの発現カセット及び/又はCasΦタンパク質の発現カセットに加えて、ドナーポリヌクレオチドが挙げられる。ドナーポリヌクレオチドを核内へと導入することにより、CRISPR/Casシステムにより生じた切断箇所に、ドナーポリヌクレオチドのノックインが可能となる。
【0034】
本発明の別の態様では、以下の:
(a)crRNA発現用カセットの製造方法により製造されたcrRNA発現用カセットを細胞に導入する工程、及び
(b)ヒュージファージ由来であり、前記ターゲット配列及び前記ミスマッチ配列を切断可能なCasΦタンパク質の発現カセットを切断可能なCasΦタンパク質をコードする、CasΦ発現用カセットを細胞に導入する工程
を含む、細胞の重複遺伝子のゲノム編集方法に関してもよい。crRNA発現用カセット及びCasΦ発現用カセットは、2つのポリヌクレオチド上で別個に又は同時に導入されてもよいし、1のポリヌクレオチド上で同時に導入されてもよい。crRNAの発現カセット及び/又はCasΦタンパク質の発現カセットの細胞への導入に加えて、ドナーポリヌクレオチドを導入することが挙げられる。ドナーポリヌクレオチドを核内へと導入することにより、CRISPR/Casシステムにより生じた切断箇所に、ドナーポリヌクレオチドのノックインが可能となる。
【0035】
遺伝子導入は、本技術分野に公知の手法を用いて行うことができる。導入方法は、特に制限されず、導入する物の種類や導入対象に応じて、適宜選択することができる。導入方法としては、直接法とウイルスベクターを用いた方法とに大別される。直接法としては、植物細胞の細胞壁を取り除いたプロトプラストの貪食作用を利用するPEG法やエレクトロポレーション法、金粒子とともに打ち込むパーティクル・ガン法、ウイスカー法などが利用されうる。ウイルスベクターを用いた方法としては、宿主の植物種に応じて、アグロバクテリウム、タバコモザイクウイルス(TMV)、プラムポックスウイルス(PPV)、ジャガイモXウイルス(PVX)、アルファルファモザイクウイルス(AIMV)、キュウリモザイクウイルス(CMV)、カウピーモザイク ウイルス(CPMV)、ズッキーニイエローモザイクウイルス(ZYMV)、ジェミニウイルスなどをベクターとして使用することができる。これらの中でも、簡便性や安全性等の観点から、好ましくはアグロバクテリウム法が挙げられる。また、上記のベクターのように、植物体又は植物細胞への導入に適したベクター以外にも、このようなベクターに本発明のポリヌクレオチドを移し替えるためのベクター(例えば、ゲートウェイ(登録商標)のエントリークローンベクター等)も一例として挙げることができる。
【0036】
導入される細胞は、インビトロで培養された細胞であってもよいし、植物体を構成する細胞であってもよい。植物体における導入部位としては、例えば花(特に、花の中の、卵細胞、花粉等)、葉、根、種子、胚等が挙げられる。ゲノム編集による変異を次世代に伝えるべく、生殖細胞においてより効率的にゲノム編集を行うという観点から、導入対象としては、好ましくは茎頂が挙げられる。また、好ましくは、遺伝子導入した細胞から再分化を行ってゲノム編集個体を得る方法、もしくは、体細胞から茎頂を誘導する遺伝子を活用してゲノム編集個体を得る方法を用いてもよい。
【0037】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0038】
以下、本発明を実施例に則して更に詳細に説明するが、これらの実施例はあくまでも説明のために便宜的に示す例に過ぎず、本発明は如何なる意味でもこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0039】
実施例1:ヒュージファージ(Huge phage)由来CasΦ2、vCasΦのベクターの調製
(1)ヒュージファージ由来CasΦ2遺伝子の調製
ヒュージファージ由来のアミノ酸配列情報(配列番号1)を基に、シロイヌナズナにコドン最適化されたCasタンパク質をコードするDNA配列に、C末端核移行シグナル配列-FLAGタグをコードするDNA配列を付加したものを人工合成した(配列番号9)。塩基配列の決定にはサンガー法あるいは次世代シーケンス法を用いた。配列番号1のアミノ酸配列はNCBI(国立バイオテクノロジー情報センター)のGenBankなどのよく知られたデータベースにおいて見出すことができる。
【0040】
(2)植物における一過的CasΦ2発現用ベクターの構築
核移行シグナル-FLAGタグを付与したシロイヌナズナコドン最適化CasΦ遺伝子(配列番号9)をpEX_35S_vector(ユーロフィンジェノミクス株式会社にて遺伝子合成:図2A)に組み込んだ。配列番号9の合成遺伝子断片と、NcoIとHindIIIで切断したリニア化pEX_35S_vectorを混合し、NEBuilder HiFi DNA Assembly Master Mixにより、DNA断片を環状プラスミド化した。得られた環状プラスミドで大腸菌DH5aを形質転換し、50μg/mLアンピシリンを含むLB寒天プレート上で培養することにより形質転換体を選択した。数個のコロニーをピックアップし、目的の環状プラスミドを有するクローンを選択し、プラスミドを精製した。作製されたベクターのCasΦコード配列の塩基配列(配列番号10)、アミノ酸配列(配列番号5)をそれぞれ示す。次に、そのベクターについて、BsaIとNruIで切断し、線状DNAを得た。同時に、以下の配列:
【表1】
を有するオリゴヌクレオチドをアニーリングした2本鎖DNAを準備した。切断したベクターとアニーリングした2本鎖DNAを一種類ずつT4 DNA ligaseを用いて環状プラスミド化した。上記の手順で環状プラスミドを精製した。本ベクターはpEX_35S-CasΦ2_HPTと表記する(図2B)。
【0041】
(3)植物における一過的vCasΦ発現用ベクターの構築
核移行シグナル-FLAGタグを付与したシロイヌナズナコドン最適化CasΦ遺伝子(配列番号9)をPCRにて分割した。
以下の配列:
【表2】
それぞれのプライマーセットをもちいて、配列番号9の合成遺伝子断片を鋳型としてPCR反応により増幅した。PCR反応により増幅できた2本のリニアDNAと、NcoIとHindIIIで切断したリニア化pEX_Cas9ベクターを混合し、NEBuilder HiFi DNA Assembly Master Mixにより、DNA断片を環状プラスミド化した。得られた環状プラスミドで大腸菌DH5aを形質転換し、50μg/mLアンピシリンを含むLB寒天プレート上で培養することにより形質転換体を選択した。数個のコロニーをピックアップし、目的の環状プラスミドを有するクローンを選択し、プラスミドを精製した。作製されたベクターのvCasΦコード配列の塩基配列(配列番号11)、アミノ酸配列(配列番号6)をそれぞれ示す。本ベクターはpEX_35S-vCasΦ_HPTと表記する。
【0042】
(4)植物個体用CasΦ2,vCasΦベクターの構築
pCAMBIA105.1R(コスモバイオ)をPmlIとAseIで切断して線状バイナリーベクターを取得した。同時に、pEX_35S-CasΦ2_HPT、pEX_35S-vCasΦ_HPTそれぞれをPaqCIで切断して線状DNAを取得した。それぞれのDNAを線状バイナリーベクターと混合し、NEBuilder HiFi DNA Assembly Master Mixにより、DNA断片を環状プラスミド化した。得られた環状プラスミドで大腸菌DH5aを形質転換し、50μg/mLアンピシリンを含むLB寒天プレート上で培養することにより形質転換体を選択した。数個のコロニーをピックアップし、目的の環状プラスミドを有するクローンを選択し、プラスミドを精製した。本ベクターはpCA_35S-CasΦ2_HPT、pCA_35S-vCasΦ_HPTと表記する。
【0043】
実施例2:シロイヌナズナプロトプラスト細胞におけるCasΦ2、vCasΦによる変異導入
(1)シロイヌナズナ遺伝子のゲノム編集実験用のプラスミドの調整
pEX_35S-CasΦ2_HPTベクターもしくはpEX_35S-vCasΦ_HPTベクターをBsaI-HFで切断した。まずは、これらのベクターによりゲノム編集が可能かを調べるために、シロイヌナズナ由来PDS3遺伝子(シロイヌナズナゲノム中にシングルコピーの遺伝子)のゲノム編集実験用のCasΦのcrRNAのスペーサー配列をクローニングするために、以下の表3に記載の配列:
【表3】
を有するオリゴヌクレオチドをそれぞれのSetごとにアニーリングした2本鎖DNAを合計3種類準備した。PDS3遺伝子は、カロテノイド生合成酵素である フィトエン不飽和化酵素(phytoene desaturase)3遺伝子であり、ノックアウトされると植物細胞が白化することが知られている。これにより、植物体でノックアウトされている箇所の特定が可能になる。切断したベクターとアニーリングした2本鎖DNAを一種類ずつT4 DNA ligaseを用いて環状プラスミド化した。得られた環状プラスミドで大腸菌DH5aを形質転換し、50μg/mLアンピシリンを含むLB寒天プレート上で培養することにより形質転換体を選択した。数個のコロニーをピックアップし、目的の環状プラスミドを有するクローンを選択し、プラスミドを精製した。
【0044】
(2)シロイヌナズナプロトプラストの調製
約20~30日間生育させたシロイヌナズナの葉を、セロハンテープにより表皮を剥ぎとり葉肉細胞を露出させた後、その葉を適量の1.0%セルラーゼ-オノズカR10(ヤクルト社製)、0.25%マセロザイム R-10(ヤクルト社製)、10mMメルカプトエタノール、400mMマンニトール、20mM KCl、10mM CaCl2、20mM MES(pH5.7)溶液に浸し、22℃、50rpmで振とうしながら、1時間インキュベートし、プロトプラストを遊離させた。プロトプラストは孔径70μmのナイロンフィルターで濾した後、50ml容チューブに集め、100×g、10分間遠心しプロトプラストを回収した後、上清を捨て、150mM NaCl、125mM CaCl2、5mM KCl、2mM MES(pH5.7)緩衝液(W5緩衝液)で再懸濁した。再懸濁したプロトプラストは18%スクロース溶液に重層し、400xg、5分遠心して、健全な細胞のみを濃縮した。濃縮した細胞は、W5緩衝液で再度懸濁した。W5緩衝液による洗浄を2度繰り返した後、4℃で10分間インキュベートした。インキュベート後のプロトプラストは、100×g、5分間遠心後、400mMマンニトール、15mM MgCl2、4mM MES(pH5.7)緩衝液で再懸濁した。その後、100×g、5分間遠心することでプロトプラストを回収した後、2.0~3.0×105cells/mlになるよう同緩衝液で細胞濃度を調製し、形質転換用プロトプラスト懸濁液を得た。
【0045】
(3)シロイヌナズナプロトプラストへのプラスミドDNA導入
得られた形質転換用プロトプラスト懸濁液35μLと10uMのプラスミド溶液10μLを混合後、40%(w/v)PEG4000、200mMマンニトール、100mMCaCl2溶液を45μLずつ、それぞれ96穴プレート(ヌンク社製、丸底)に入れ、900rpm、15秒間振とうし、溶液を混合した。混合液は10分間室温で静置した。静置後の混合液にW5緩衝液を200μL勢いよく加えることでプロトプラストを懸濁させた後、100×g、5分間遠心し、プロトプラスト細胞をプレート底に集め、上清を200μL捨てることで、プロトプラスト懸濁液を洗浄した。この作業を計4回行った後、各ウェルをパラフィルムでシールし、22℃で36時間静置した。
【0046】
(4)ゲノムDNAのAmplicon-seq解析
プラスミドDNAを導入後22℃で36時間静置したプロトプラスト懸濁液を200μL容チューブに回収し、ゲノム抽出バッファー(200mM Tris-HCl、pH7.5、250mM NaCl、25mM EDTA、0.5%SDS)と混合後、95℃で10分間インキュベートした後、氷上で5分間静置した。熱処理後のプロトプラスト懸濁液からイソプロパノール沈殿によりゲノムDNAを回収した。回収したゲノムDNAは滅菌水で懸濁し、以下の表4に記載の配列のプライマーセットを使用して増幅した約300bpのDNA断片を、iSeq100システム(Illmina社)によりAmplicon-seqを行い、ゲノム編集を検出した。vCasΦを導入した場合の、標的配列長をそれぞれ15、16、18と変化させた場合の編集の編集効率を、CRISPResso2ソフトで分析した結果を図3に示す。Controlは、蛍光タンパク質GFP発現ベクターの導入区を対照として用いた。さらにvCasΦのさらなる対照として、SpyCas9を標的配列長18に対して用いた場合の編集効率を調べた。図3のvCasΦを用いた場合、標的配列長が16及び18である場合に、遺伝子編集が可能であった一方で、標的配列長が15になると、ゲノム編集が生じなかった。SpyCas9を用いた場合のゲノム編集効率は0.02程度であったが、vCasΦを用いた場合は最大で0.09程度であった。
【表4】
【0047】
実施例3: タバコ葉細胞におけるvCasΦによる変異導入
(1)タバコ遺伝子のゲノム編集実験用のプラスミドの調整
pEX_35S-vCasΦ_HPTベクターをBsaI-HFで切断した。タバコ由来PDS、RDR6、SGS3遺伝子のゲノム編集実験用のCasΦのcrRNAを形成するためのスペーサー配列をクローニングするために、以下の表5に記載の配列を有するオリゴヌクレオチドをそれぞれのSetごとにアニーリングした2本鎖DNAを合計21種類準備した:
【表5-1】
【表5-2】
PDS遺伝子は、カロテノイド生合成酵素であるフィトエン不飽和化酵素(phytoene desaturase)遺伝子であり、ノックアウトされると植物細胞が白化することが知られている。これにより、植物体でノックアウトされている箇所の特定が可能になる。タバコにおいて、PDS遺伝子の重複遺伝子が2個存在することが知られている。RDR6遺伝子は、RNA依存性RNAポリメラーゼ6であり、外来RNAと正常なmRNAとの識別に関与しており、ノックアウトされることで、ウイルスへの抵抗性が減じるという作用が生じることが知られている。タバコにおいて、RDR6遺伝子の重複遺伝子が2個存在することが知られている。SGS3遺伝子は、遺伝子サイレンシングサプレッサー3であり、RDR6と協働し、ウイルスに対する防御機能として機能する。SGS3遺伝子は、ノックアウトされると、ウイルスへの抵抗性が減じるという作用が生じることが知られている。タバコにおいて、SGS3遺伝子の重複遺伝子が2個存在することが知られている。切断したベクターとアニーリングした2本鎖DNAを一種類ずつT4 DNA ligaseを用いて環状プラスミド化した。得られた環状プラスミドで大腸菌DH5aを形質転換し、50μg/mLスペクチノマイシンを含むLB寒天プレート上で培養することにより形質転換体を選択した。数個のコロニーをピックアップし、目的の環状プラスミドを有するクローンを選択し、プラスミドを精製した。精製したプラスミドを、アグロバクテリウムGV3101株にエレクトロポレーション法で導入し、50μg/mLスペクチノマイシン、50μg/mLゲンダマイシン、50μg/mLリファンピシリンを含むLB寒天プレート上で培養することにより形質転換体を選抜した。
【0048】
(2)タバコの葉へのアグロインフィルトレーション実験
目的の環状プラスミドを有するアグロバクテリウムGV3101株(非特許文献6:Plant Biotechnology 33, 235-243 (2016)のMaterials and Methods 参照)のコロニーを、50μg/mLスペクチノマイシン、50μg/mLゲンダマイシン、50μg/mLリファンピシリンを含む液体LB培地に植菌し、28℃、2日間振盪培養した。導入後に赤色色素を発現するpDEST_35S_RUBY_HSP(Ab28) コンストラクトを有するGV3101株を培養した。pDEST_35S_RUBY_HSP(Ab28) コンストラクトを用いることで、アグロインフィルトレーションがされた植物体の領域が赤色に着色する。
培養した菌液を3000rpm、20min遠心して集菌し、インフィルトレーションバッファー(組成:10mM MgCl2、10mM MES、100μMアセトシリンゴン、pH5.7)5ml程度に懸濁し、OD600=1程度に調整した。目的ゲノム編集ベクターを含有するアグロバクテリア溶液2ml、Ab28含有アグロバクテリア溶液0.5ml、インフィルトレーションバッファー2mlを混合し、アグロインフィルトレーション溶液とした。
【0049】
27℃、長日条件で生育させた播種後3週間目のタバコ植物体を用意し、1mlシリンジで、アグロインフィルトレーション溶液を吸い取り、葉の裏側に打ち込み、3日間ほど27℃、長日条件でインキュベートし、目的のプラスミドを発現させた(結果の一部を図4に示す)。
【0050】
(3)ゲノムDNAのAmplicon-seq解析
赤色色素が発現した領域から1cm角程度の切片を切り出して2ml容チューブに回収し、ゲノム抽出バッファー(200mM Tris-HCl、pH7.5、250mM NaCl、25mM EDTA、0.5%SDS)と混合して組織片を破砕したのち、95℃で5分間インキュベートした後、イソプロパノール沈殿によりゲノムDNAを回収した。回収したゲノムDNAは滅菌水で懸濁し、以下の表6に記載の配列のプライマーセットを使用して増幅した約300bpのDNA断片を、iSeq100システム(Illmina社)によりAmplicon-seqを行い、ゲノム編集を検出した。
【表6-1】
【表6-2】
CRISPResso2ソフトで分析した結果を図4に示す。それぞれの結果を、各標的毎にまとめたのが以下の表7である。
【0051】
【表7】
【0052】
各標的遺伝子について、標的長16又は17のいずれでも編集がされており、またミスマッチを含んだ配列でも編集が生じることが示された。
図1
図2A
図2B
図3
図4A
図4B
図4C
図4D
図4E
図4F
図5A-C】
図5D
図5E
図5F-G】
図5H-L】
【配列表】
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