(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024040537
(43)【公開日】2024-03-26
(54)【発明の名称】血液の前処理方法及び赤血球の分離方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/48 20060101AFI20240318BHJP
【FI】
G01N33/48 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022144942
(22)【出願日】2022-09-13
(71)【出願人】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(72)【発明者】
【氏名】三宅 由花
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 伸
(72)【発明者】
【氏名】菊池 重俊
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA02
2G045BB08
2G045CA02
2G045FA05
(57)【要約】
【課題】 血液を生化学分析ないしは免疫分析に供するに際して、各種分析の阻害物質となることの多い赤血球を効率的に分離し、血清や血漿を得る方法を提供する。
【解決手段】 数平均分子量が4万~20万、好ましくは7万~10万の分岐状ポリアルキレンイミンの溶液を血液と混合することで、遠心分離を行わずとも赤血球を沈降させることが可能となる。混合する分岐状ポリアルキレンイミンの溶液として特に好ましくは、濃度が0.5~1質量%、pHが7.0~8.0の水溶液である。このpH範囲とするためには水溶液に緩衝剤を用いればよいが、その際には非リン酸系の緩衝剤とした方がよい。また分岐状ポリアルキレンイミンの溶液の混合量は、血液と混合した後の濃度が300~1500質量ppmとなるようにすると、効率的に沈降させやすく、かつ残存する分岐状ポリアルキレンイミンが各種測定に影響を与えにくい。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液を生化学分析ないしは免疫分析に供する際の前処理方法であって、測定対象とする血液と、数平均分子量が4万~20万の分岐状ポリアルキレンイミンの溶液とを混合し、混合液に生じた沈殿を分離したのち、得られた上清を回収して前記分析に供する血液の前処理方法。
【請求項2】
前記分岐状ポリアルキレンイミンの溶液が濃度0.1~40質量%のものであり、かつ、その混合量を、前記血液と混合した後の混合液中の分岐状ポリアルキレンイミン濃度が2000質量ppm未満となる量とする請求項1記載の血液の前処理方法。
【請求項3】
沈殿の分離を、自然沈降により行う請求項1又は2いずれか記載の血液の前処理方法。
【請求項4】
血液を、請求項1又は2いずれか記載の方法で前処理する工程を含む、血液中の成分の分析方法。
【請求項5】
血液を、請求項1記載の方法で前処理する際に用いる、数平均分子量が4万~20万の分岐状ポリアルキレンイミンの溶液。
【請求項6】
分岐状ポリアルキレンイミンの濃度が0.1~40質量%のものである請求項5記載の溶液。
【請求項7】
非リン酸系の緩衝剤を含む水系溶液であり、かつpHが6.0~10.0である請求項5又は6いずれか記載の分岐状ポリアルキレンイミン溶液。
【請求項8】
血液に対して、数平均分子量が4万~20万である分岐状ポリアルキレンイミンの溶液を加え、生じた沈殿を分離する、血液からの赤血球の分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液を生化学分析ないしは免疫分析に供するに際して、各種分析の阻害物質となることの多い赤血球を効率的に分離する方法、およびその方法を用いた血液の前処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液検査分野では、血液を用いて人や動物の種々の疾患の診断が行われている。多くの場合、全血から赤血球を分離することにより血清もしくは血漿を採取し、該血清もしくは血漿を用いて検査が行われている。
【0003】
従来、全血から赤血球を分離して、血清あるいは血漿を採取するには、以下のような方法が用いられていた。即ち、血液にシリカなどの凝固促進剤を加えて血球成分を凝固させた後、遠心分離を行い、遠心分離後に上清、すなわち血清を採取する。あるいはクエン酸ナトリウムなどの抗凝固剤入りの採血管に採血し、遠心分離を行い、遠心分離後に上清、すなわち血漿を採取する。そのため、現在の臨床現場では、血液の生化学検査及び免疫検査を実施するための前処理方法として、遠心分離が必須となっている。
【0004】
しかしながら、遠心分離による赤血球の分離、および血清あるいは血漿の採取には数十分の時間がかかり、操作が煩雑であるため、多検体を扱う臨床現場における問題の一つであった。また、屋外や遠心分離機のない診療所などでは、血清や血漿を採取することは非常に困難であった。
【0005】
そのため、なるべく遠心分離を要しない赤血球の分離法が求められてきた。遠心分離を使用せずに赤血球を分離する手法として、フィルター付の上下に分かれた真空の採血管を用いて採血後、採血管の上部のみを常圧に戻すことにより、圧力差により血液がろ過されて、血球成分を分離して血清を得る無遠心採血管がある(特許文献1等)。
【0006】
また、特許文献2では、ポリ-L-リジン等のポリカチオンを凝集剤とし、これと流路を併用することにより、血液の固体成分と液体成分を高速に分離する手法が記載されている。
【0007】
特許文献3には、赤血球結合成分とポリカチオン性ポリマーとを用いて赤血球を凝集させる技術が開示されている。
【0008】
特許文献4には、血中の細菌を濃縮分離するために、菌の透過化処理剤および赤血球の凝集剤としてポリエチレンイミンが使用できることが開示されている。
【0009】
他方、特許文献5には、血液中のウイルス不活化剤として平均分子量が500~8000のポリエチレンイミンを用いる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平11-239574号公報
【特許文献2】特開2005-292092号公報
【特許文献3】特開平07-005173公報
【特許文献4】特表2005-503803号公報
【特許文献5】特開平06-080520号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、無遠心採血管にでは、採血後、上部に専用の部品を用いて蓋に穴を開けて常圧に戻す操作や、血球分離後の血清成分を含む下部のチューブを切り離す作業が煩雑という欠点があった。
【0012】
また、特許文献2の技術では、特殊な装置が必要であり、特許文献3の技術では赤血球を凝集させるために複数の有効成分を必要としている。そしてまた、これら文献には、ポリカチオンとしてポリエチレンイミンが列記されているが、ポリエチレンイミンを用いた具体的な実験結果は記載がなく、当該ポリエチレンイミンとしてどのようなものが使用できるのかについてはなんら開示がない。
【0013】
同じく特許文献4にもポリエチレンイミンを用いた具体的な実験は記載がなく、どのようなポリエチレンイミンであれば凝集を効率的に行えるかが把握できない。
【0014】
したがって本発明は、遠心分離による赤血球の分離に要する時間を短く、可能であれば遠心分離なしで、かつ、操作手順も煩雑になりすぎない赤血球分離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題に鑑み、簡単な操作で赤血球を凝集・沈降させることのできる方法について鋭意検討を行った。そして前記文献に列記されているポリカチオンのなかでも、特定の化合物を用いれば効率よく赤血球を凝集・沈降させることが可能なことを見いだし、本発明を完成した。本発明は、以下のものを含む。
【0016】
[1]血液を生化学分析ないしは免疫分析に供する際の前処理方法であって、測定対象とする血液と、数平均分子量が4万~20万の分岐状ポリアルキレンイミンの溶液とを混合し、混合液に生じた沈殿を分離したのち、得られた上清を前記分析に供する血液の前処理方法。
【0017】
[2]前記分岐状ポリアルキレンイミンの溶液が濃度0.1~40質量%のものであり、かつ、その混合量を、前記血液と混合した後の混合液中の分岐状ポリアルキレンイミン濃度が2000質量ppm未満となる量とする前記前処理方法。
【0018】
[3]沈殿の分離を、自然沈降により行う前記前処理方法。
【0019】
[4]血液を前記方法で前処理する工程を含む、血液中の成分の分析方法。
【0020】
[5]血液を、前記方法で前処理する際に用いる、数平均分子量が4万~20万の分岐状ポリアルキレンイミンの溶液。
【0021】
[6]分岐状ポリアルキレンイミンの濃度が0.1~40質量%のものである前記溶液。
【0022】
[7]非リン酸系の緩衝剤を含む水系溶液であり、かつpHが6.0~10.0である前記分岐状ポリアルキレンイミン溶液。
【0023】
[8]血液に対して、数平均分子量が4万~20万である分岐状ポリアルキレンイミンの溶液を加え、生じた沈殿を分離する、血液からの赤血球の分離方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、少量の溶液を採血後の血液に添加して混合することで、赤血球を沈殿・分離しやすくさせることが可能となる。添加量を適切にすれば遠心分離なしでも短時間で沈殿させ、上清を速やかに得ることも可能である。そのため本発明では、煩雑な操作を省略し、採血後その場で前処理まで完了させることにより、速やかに生化学分析及び免疫分析に移行することができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
前記の通り本発明は、血液から赤血球を分離する技術に係り、得られた上清は生化学分析ないしは免疫分析に供される。
【0026】
ここで、生化学分析とは、生体成分を分析して、疾患の診断や治療のモニタリング、予後の判定に用いられる手法である。本発明では生体成分として、血液を対象物としている。当該生化学分析は、血液を用いて沈殿を分離した後の上清を必要とする分析であれば特に限定されるものではないが、一般的に、タンパク質、各種酵素、電解質・金属、含窒素成分、脂質、および糖関連物質などの分析が挙げられる。
【0027】
免疫分析とは、抗原と抗体の反応を利用して、分析対象となる抗原を検出する手法である。本発明における免疫分析とは、血液を用いて沈殿を分離した後の上清を必要とする当該分析であれば特に限定されるものではないが、具体的に、微小に存在するホルモンや腫瘍マーカー、また感染症の診断を行う分析である。
【0028】
対象とする血液は、ヒト血液だけでなく動物の血液でも特に制限なく用いることができるが、有用性の高さからヒト血液が好ましい。
【0029】
血液は原液を使用することもでき、希釈血液を使用することもできる。赤血球の分離効果を高めるためには原液を用いる方が好ましい。なお希釈血液の場合、血液の希釈に用いられている溶媒は生体適合性の高い溶媒なら特に限定されないが、水や生理食塩水、緩衝液が好ましい。緩衝液として具体的には、HEPES、Tris、MESなどがあげられる。検査への影響を防ぐという観点から、水や生理食塩水がより好ましく、水がさらに好ましい。なお緩衝液(緩衝剤)で希釈されたものの場合、赤血球の分離性の向上効果を阻害しにくいという点で、非リン酸系、即ち成分としてリン酸塩が含まれない緩衝液が好ましい。
【0030】
本発明において対象とする血液は、生体から直接採血したままの状態のものでもよいし、抗凝固剤等の添加物が含まれていても構わないが、生化学分析ないしは免疫分析を行うに際しては、抗凝固剤が含まれる血液が対象となるのが一般的である。抗凝固剤としても非リン酸系のものが好ましく、その例として、アルセバー液、クエン酸ナトリウム、ヘパリン、EDTAなどがあげられる。
【0031】
本発明においては、上記のような血液に対して、数平均分子量が4万から20万の分岐状ポリアルキレンイミンの溶液を加えることで、赤血球の分離(沈降)を生じやすくする。分岐状のポリアルキレンイミンとは、アミノ基とアルキレン基の繰り返し単位を有するポリマーであり、さらに分岐構造を有するものである。分岐構造であると、分子量が大きくても高い溶解性が得られ、血液に添加するための溶液を入手しやすい。
【0032】
本発明で用いる分岐状ポリアルキレンイミンは、炭素原子を起点に分岐構造を有してもよいし、窒素原子を起点に分岐構造を有してもよく特に限定されない。その製法から、通常は窒素原子を起点に分岐しているものが入手しやすい。窒素原子を起点に分岐しているポリアルキレンイミンは、通常、第一級、第二級および第三級アミノ基を含んでいる。
【0033】
そしてこのようなポリアルキレンイミンの分岐の程度は、分子骨格中に存在する第一級、第二級および第三級アミノ基の存在比で表すことができる。本発明で用いる分岐状ポリアルキレンイミンにおける各アミノ基の割合は特に限定されるものではないが、第一級、第二級および第三級アミノ基のうち第三級アミノ基の割合が1~50モル%であることが好ましく、5~45モル%であることがより好ましく、10~40モル%であることがさらに好ましい。なお、ポリアルキレンイミンの分岐の程度は、15N-NMR測定を行い、得られたスペクトルから算出することができる。
【0034】
アルキレン基の炭素数は特に問わないが、例えばエチレンイミン、プロピレンイミン、ブチレンイミン、ジメチルエチレンイミン、ペンチレンイミン、ヘキシレンイミン、ヘプチレンイミン、オクチレンイミンといった炭素数2~8のアルキレン基が挙げられる。これらのアルキレン基の中でも、安価で入手しやすいという観点から、炭素数2のアルキレン基を有するポリエチレンイミンが特に好ましい。
【0035】
当該分岐状ポリアルキレンイミンは、数平均分子量が4万~20万のものを用いる。当該数平均分子量がこれより小さいと分離性の向上効果が得られない。他方、これより大きなものでは溶液として得ることが困難である。分離性の向上効果がより顕著に得られる点で、好ましくは数平均分子量が6万以上、より好ましくは7万以上のものである。同じく数平均分子量が10万以下のものが好ましく、8万以下のものがより好ましい。なお当該分子量は、粘度法により測定した値である。
【0036】
なお以下では単に「ポリアルキレンイミン」と記した場合、特に断らない限り、「数平均分子量が4万~20万のポリアルキレンイミン」を指すものとする。
【0037】
このようなポリアルキレンイミンとしては、エポミンP―1000(日本触媒製)もしくはポリエチレンイミン(シグマアルドリッチ製)等として市場から入手できる。むろんアジリジンの開環重合などにより合成して入手してもよい。
【0038】
本発明において用いるポリアルキレンイミンは溶液の状態である。溶液としておくことで、血液との混合が速やかに行われ、分離時間の短縮や操作の簡便化に寄与する。
【0039】
当該溶液における溶媒は水であることが好ましい。ポリアルキレンイミン溶液の濃度は特に限定されないが、粘性を低くして扱いやすくでき、また添加後のポリアルキレンイミン濃度を制御しやすいという観点から、0.1~40質量%が好ましく、0.5~5質量%がより好ましく、0.5~1質量%がさらに好ましい。
【0040】
またポリアルキレンイミン溶液の添加後の血液の変性を防ぐ観点から、pHは6.0~10.0が好ましく、pH7.0~8.0がより好ましい。ポリアルキレンイミンを水に溶解させただけのものは塩基性が強いため、上記pH範囲を維持するため、当該溶液にはさらに緩衝剤が含まれていることが好ましい。
【0041】
緩衝剤としては、赤血球の分離性の向上効果を阻害しにくいという点で、非リン酸系、即ち成分としてリン酸塩が含まれない緩衝剤が好ましい。当該緩衝剤を具体的に例示するとHEPES、Tris、MES等があげられる。
【0042】
さらに当該溶液には本発明の効果を阻害しない範囲で各種の塩や有機化合物が含まれていてもよい。
【0043】
当該溶液は、入手したポリアルキレンイミンの溶液ないしは固体と、水(純水やイオン交換水が好ましい)、生理食塩水あるいは各種緩衝液等とを混合すること等で調製できる。ポリアルキレンイミンが固体である場合には一部溶け残りがあっても構わないが、完全に溶解している方が好ましい。
【0044】
ポリアルキレンイミン溶液の調製時の温度は、用いるポリアルキレンイミンが溶解できれば特に限定されず、室温で溶解しない場合は、溶液を加熱しても構わない。
【0045】
本発明においては、上述したようなポリアルキレンイミン溶液と、血液とを混合することにより、混合液に生じた沈殿を分離し、上清の血漿あるいは血清を得る。
【0046】
本発明の実施に際し、混合に供する血液の量は特に限定されないが、0.01mL~10mLが好ましく、一般的な生化学分析ないしは免疫分析(血液検査)で使用する3mL~5mLであることがより好ましい。
【0047】
混合は通常、血液検査の対象となる血液にポリアルキレンイミン溶液を加えればよい。従って容器は、血液を血液検査に供する際に用いられているものでよく、例えばガラス製やプラスチック製の容器が使用できる。具体的には取り扱いやすさや衛生面の観点から、プラスチック製の蓋付の容器が好ましく用いられており、このような材質の採血管や遠沈管、マイクロチューブなどが挙げられる。またイムノクロマト、ラテラルフローなどの試薬デバイスに、沈殿分離のための空間を設けて、そこで混合することもできる。
【0048】
ポリアルキレンイミン溶液の混合量は、血液と混合した後の混合液中のポリアルキレンイミン濃度により決定すればよい。ポリアルキレンイミン濃度が高いほど赤血球の分離性は高くなるが、多すぎると分析項目によっては、上清中に残存したポリアルキレンイミンが妨害して正確な分析が困難になる場合がある。
【0049】
これらを鑑み、混合液中のポリアルキレンイミン濃度が100質量ppm以上となる量が好ましく、300質量ppm以上がより好ましく、500質量ppm以上がさらに好ましい。また上限は2000質量ppm以下となる量が好ましく、1500質量ppm以下がより好ましく、1000質量ppm以下が特に好ましい。
【0050】
調製した分岐状のポリアルキレンイミンの溶液と、血液の混合方法は、均一に混合される方法であれば特に限定されることはない。具体的には、マイクロピペットによるピペッティング、チューブを指で弾くタッピング、転倒混和、スターラー、ローテーターによる回転撹拌が挙げられる。溶血を防いで簡便に混合できるという観点から、穏やかな混合法である転倒混和、タッピングが好ましい。
【0051】
混合の時間は、沈殿が生じる時間であれば特に限定されないが、10秒~3分が好ましく、10秒~30秒がより好ましい。
【0052】
混合の際の温度は、特に限定されず20℃~30℃程度の室温(環境温度)下でよいが、必要により加温ないしは冷却下で行う場合には、血液の変性を防ぐという観点から4℃~37℃に収まる範囲とすること好ましい。
【0053】
なおポリアルキレンイミン溶液添加後の血液のpHは、血液に含まれる成分の変性を防ぐという面から、6.0~10.0が好ましく、7.0~8.0がより好ましい。かような観点から、前述したようにポリアルキレンイミン溶液には緩衝剤が含まれていることが好ましい。これは混合液中のポリアルキレンイミン濃度が高いほど、あるいは加えるポリアルキレンイミン溶液の量が多い場合ほど有用である。
【0054】
上記のようにしてポリアルキレンイミン溶液を血液と混合すると、通常は即座に混合液中に沈殿(凝集体:不要固体)が生じる。本発明においては、次いで当該沈殿を分離する。分離させる方法は特に限定されないが、操作の簡便性という観点から沈殿を生じた混合液を静置し、沈殿を自然沈降させることが好ましい。なおポリアルキレンイミン溶液を加えることにより、仮に遠心沈降をかける場合であっても、全量を沈降させるために要する時間は大幅に短縮されている。
【0055】
自然沈降に際しての静置時間は沈殿と上清とが明瞭に分離され、必要量の上清が回収できる程度の時間であればよく特に限定されないが、目安としては10秒~30分でよく、30秒~10分が好ましく、3分~5分がさらに好ましい。むろん必要に応じて、十分に分離した後も静置を続けてもよい。静置している間の温度も20℃~30℃の室温程度でよく、少なくとも4℃~37℃の範囲内に収めておくことが好ましい。
【0056】
沈殿が沈降(分離)した後の上清の回収方法は特に限定されないが、例えばデカンテーションしたり、マイクロピペットや注射器を用いて上清を採取する方法などが挙げられる。沈殿の混入を防ぐために、マイクロピペットや注射器の使用が好ましい。
【0057】
上述のようにして沈殿を上清と分離することにより、血液から沈殿として生じた不純物を除いた上清の血漿あるいは血清を得ることができる。本発明の手法により得られた混合液の上清は血漿あるいは血清であるため、本発明により、短時間で簡便に生化学分析及び免疫分析に最適な試料を得ることができる。
【0058】
回収した上清(血漿あるいは血清)が、生化学分析あるいは免疫分析の対象となる。本発明によって得られた上清の分析対象としては、血漿あるいは血清を対象とした生化学分析あるいは免疫分析であれば特に限定されないが、具体的にはアルブミン・グロブリンといったタンパク質、γ‐GTP・コリンエステラーゼなどの各種酵素、ナトリウム・鉄などの電解質・金属、クレアチニンなどの含窒素成分、総コレステロール・中性脂肪などの脂質、およびグルコースなどの糖関連物質が挙げられる。むろん行う分析に応じて、さらに必要な前処理があれば行ってもよい。
【0059】
なお上清を回収した後に残った沈殿は血球成分に該当し、主に赤血球が含まれる。必要に応じ当該沈殿を各種分析に供することもできる。
【実施例0060】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0061】
1.ポリエチレンイミン溶液の調製
15mLのポリプロピレン製遠沈管に、3mL前後の精製水と、ポリエチレンイミン水溶液とを、ポリエチレンイミンの濃度が1.0質量%となる割合で加え、転倒混和により均一の溶液とした。調製に用いたポリエチレンイミンと、最終的に得た溶液の略号を以下の表に示す。
【0062】
【0063】
なお数平均分子量1万の分岐状ポリエチレンイミンの水溶液は、市販の飴状のものに精製水を加え、加熱とボルテックスによる振盪混和により均一溶液として調製した。他のものは市販品を用いた。
【0064】
2.分離性(沈降性)の確認方法
15mLのポリプロピレン製遠沈管にポリエチレンイミン溶液を入れておき、そこへアルセバー液含有ヒト血液6mLを加えた後、10秒間転倒混和により混合した。ついで室温25℃で静置して沈殿を自然沈降させた。
【0065】
血液を軽く振盪しても沈殿が沈降したまま分散しない状態となった時点を沈殿と上清が完全に分離した状態とし、その状態へ到達する時間で分離性を評価した。
【0066】
参考例
15mLのポリプロピレン製遠沈管にアルセバー液含有ヒト保存血液3mLを入れて静置したが30分間以上経過しても完全には分離せず、完全分離には60分間を要した。なお同じもの(静置していないもの)を、4℃、3000Gで遠心分離を行ったところ、10分間の遠心分離で沈殿と上清が良好に分離した。
【0067】
実施例1
ポリエチレンイミン溶液としてPEI-1を600μL使用し、分離性の評価を行った。血液中のポリエチレンイミン濃度は1000ppm相当となる。その結果、完全分離には3分間を要した。なお転倒混和後直ちに沈殿が発生していた。
【0068】
実施例2
ポリエチレンイミン溶液としてPEI-1を300μL使用し、分離性の評価を行った。血液中のポリエチレンイミン濃度は500ppm相当となる。その結果、完全分離には10分間を要した。なお転倒混和後直ちに沈殿が発生していた。
【0069】
実施例3
ポリエチレンイミン溶液としてPEI-2を600μL使用し、分離性の評価を行った。血液中のポリエチレンイミン濃度は500ppm相当となる。その結果、完全分離には5分間を要した。なお転倒混和後直ちに沈殿が発生していた。
【0070】
比較例1
ポリエチレンイミン溶液としてPEI-3を600μL使用し、分離性の評価を行った。血液中のポリエチレンイミン濃度は1000ppm相当となる。その結果、完全分離には60分間を要した。
【0071】
なおこの実験では転倒混和後の沈殿も発生しなかった、転倒混和時間を2分間に延長しても依然として沈殿は発生しなかった。また室温25℃で静置すると60分後に沈殿と上清に分離しているが、これは分岐状ポリアルキレンイミン未添加の血液(参考例)と同じ挙動であったため、ポリエチレンイミンによる効果とは言えない。
【0072】
比較例2
15mLのポリプロピレン製遠沈管に直鎖状の数平均分子量25万のポリエチレンイミンを3g量り取り、濃度が1質量%となるように精製水を加え、加熱とボルテックスによる振盪混和を行ったが、ポリエチレンイミンが全く溶解しなかったため、沈殿凝集効果の検証は不可能であった。