(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024041842
(43)【公開日】2024-03-27
(54)【発明の名称】3-フェニルプロピオン酸類縁化合物の生産方法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/40 20060101AFI20240319BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20240319BHJP
【FI】
C12P7/40
C12N1/20 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024000344
(22)【出願日】2024-01-04
(62)【分割の表示】P 2023521172の分割
【原出願日】2023-01-31
(31)【優先権主張番号】P 2022013560
(32)【優先日】2022-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】591082421
【氏名又は名称】丸善製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100162156
【弁理士】
【氏名又は名称】村雨 圭介
(74)【代理人】
【識別番号】100201606
【弁理士】
【氏名又は名称】田岡 洋
(72)【発明者】
【氏名】阿波 里佳
(72)【発明者】
【氏名】西谷 洋輔
(57)【要約】 (修正有)
【課題】3-フェニルプロピオン酸類縁化合物の生産方法を提供する。
【解決手段】式(I)で表される3-フェニルプロピオン酸類縁化合物の生産方法であって、式(II)で表される桂皮酸類縁化合物を3mM以上含有する培地を用い、ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌を培養する工程を含み、乳酸菌は、4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸を3mM含有するMRS液体培地に接種し、嫌気条件にて37℃で24時間培養したときに、性質(1a)~(3a)を備えることを特徴とする生産方法:(1a)濁度が1.0以上;(2a)3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸への還元率が80%以上;および(3a)4-ビニルグアヤコールへの脱炭酸率が5%未満。また、当該性質を備える乳酸菌も提供される。上記方法および乳酸菌により、3-フェニルプロピオン酸類縁化合物を効率よく生産することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で表される3-フェニルプロピオン酸類縁化合物の生産方法であって、
【化1】
(式(I)中、R
11~R
15は、それぞれ独立に水素原子、ヒドロキシ基、炭素数1~3のアルコキシ基または炭素数1~3のアルキル基である。)
下記式(II)で表される桂皮酸類縁化合物を3mM以上含有する培地を用い、ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌を培養する工程を含み、
【化2】
(式(II)中、R
21~R
25は、上記式(I)において対応するR
11~R
15とそれぞれ同一である。)
前記乳酸菌は、4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸を3mM含有するMRS液体培地に接種し、嫌気条件にて37℃で24時間培養したときに、下記性質(1a)~(3a)を備えることを特徴とする生産方法:
(1a)濁度が1.0以上;
(2a)3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸への還元率が80%以上;および
(3a)4-ビニルグアヤコールへの脱炭酸率が5%未満。
【請求項2】
前記乳酸菌は、ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)またはワイセラ・コンフューザ(Weissella confusa)であることを特徴とする請求項1に記載の生産方法。
【請求項3】
前記乳酸菌は、ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)011YN2株(受託番号:NITE BP-03579)、ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)054YN2株(受託番号:NITE BP-03578)、またはワイセラ・コンフューザ(Weissella confusa)NRBC3957株であることを特徴とする請求項1に記載の生産方法。
【請求項4】
前記乳酸菌は、4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸を5mM含有するMRS液体培地に接種し、嫌気条件にて37℃で24時間培養したときに、下記性質(1b)~(3b)を備えることを特徴とする請求項1に記載の生産方法:
(1b)濁度が1.0以上;
(2b)3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸への還元率が80%以上;および
(3b)4-ビニルグアヤコールへの脱炭酸率が5%未満。
【請求項5】
ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌であって、
4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸を3mM含有するMRS液体培地に接種し、嫌気条件にて37℃で24時間培養したときに、下記性質(1a)~(3a)を備えることを特徴とする乳酸菌:
(1a)濁度が1.0以上;
(2a)3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸への還元率が80%以上;および
(3a)4-ビニルグアヤコールへの脱炭酸率が5%未満。
【請求項6】
ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌であって、
4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸を5mM含有するMRS液体培地に接種し、嫌気条件にて37℃で24時間培養したときに、下記性質(1b)~(3b)を備えることを特徴とする乳酸菌:
(1b)濁度が1.0以上;
(2b)3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸への還元率が80%以上;および
(3b)4-ビニルグアヤコールへの脱炭酸率が5%未満。
【請求項7】
ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)またはワイセラ・コンフューザ(Weissella confusa)であることを特徴とする請求項5に記載の乳酸菌。
【請求項8】
ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)011YN2株(受託番号:NITE BP-03579)、またはワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)054YN2株(受託番号:NITE P-03578)であることを特徴とする請求項5に記載の乳酸菌。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3-フェニルプロピオン酸類縁化合物の生産方法に関するものであり、より詳細には、桂皮酸類縁化合物を原料とし、乳酸菌を用いて効率的に3-フェニルプロピオン酸類縁化合物を生産する方法に関する。また、本発明はさらに上記生産方法を実施することのできる乳酸菌にも関する。
【背景技術】
【0002】
近年、飽食や運動不足等の生活習慣が原因となり、肥満、2型糖尿病、高血圧症、インスリン抵抗性等といった生活習慣病が大きな問題となっている。これら生活習慣病を改善するにあたり、医薬品による治療だけでなく、天然物由来あるいは食品由来の成分による予防・治療等も注目されている。
【0003】
3-フェニルプロピオン酸類縁化合物は、かかる生活習慣病に関与する作用を有しているものと認められ、その機能性に関心が集まっており、例えば、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸は、cAMPホスホジエステラーゼ活性阻害作用、ジペプチジルペプチダーゼIV活性阻害作用等を有することが報告されている(特許文献1参照)。
【0004】
漬物等から分離される乳酸菌ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)は、4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸等の植物細胞壁に含まれる桂皮酸類縁化合物を分解する2つの経路を有することが明らかになっている。例えば、桂皮酸類縁化合物の一種である4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸を培地に添加して培養すると、4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸のプロペン酸部分が還元された3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸と、4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸が脱炭酸された4-ビニルグアヤコールと、が検出される。
【0005】
本発明者らは、溶存酸素を除いた培地中に4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸を添加して培養すると、還元反応が脱炭酸反応に優先し、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸が優先的に生成することを明らかにしており(特許文献2参照)、また、4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸還元酵素を同定している(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2016-079186号公報
【特許文献2】特開2019-017381号公報
【特許文献3】特開2021-137010号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、3-フェニルプロピオン酸類縁化合物を効率よく生産することのできる生産方法を提供すること、当該生産方法に有用な乳酸菌を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記問題を解決すべく研究を行った結果、ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌であって、所定の性質を有するものを用いることにより、従来の方法と比べて3-フェニルプロピオン酸類縁化合物を効率よく生産できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
具体的には、本発明は以下のとおりである。
【0009】
〔1〕 下記式(I)で表される3-フェニルプロピオン酸類縁化合物の生産方法であって、
【化1】
(式(I)中、R
11~R
15は、それぞれ独立に水素原子、ヒドロキシ基、炭素数1~3のアルコキシ基または炭素数1~3のアルキル基である。)
下記式(II)で表される桂皮酸類縁化合物を3mM以上含有する培地を用い、ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌を培養する工程を含み、
【化2】
(式(II)中、R
21~R
25は、上記式(I)において対応するR
11~R
15とそれぞれ同一である。)
前記乳酸菌は、4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸を3mM含有するMRS液体培地に接種し、嫌気条件にて37℃で24時間培養したときに、下記性質(1a)~(3a)を備えることを特徴とする生産方法:
(1a)濁度が1.0以上;
(2a)3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸への還元率が80%以上;および
(3a)4-ビニルグアヤコールへの脱炭酸率が5%未満。
〔2〕 前記乳酸菌は、ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)またはワイセラ・コンフューザ(Weissella confusa)であることを特徴とする〔1〕に記載の生産方法。
〔3〕 前記乳酸菌は、ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)011YN2株(受託番号:NITE BP-03579)、ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)054YN2株(受託番号:NITE BP-03578)、またはワイセラ・コンフューザ(Weissella confusa)NRBC3957株であることを特徴とする〔1〕または〔2〕に記載の生産方法。
〔4〕 前記乳酸菌は、4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸を5mM含有するMRS液体培地に接種し、嫌気条件にて37℃で24時間培養したときに、下記性質(1b)~(3b)を備えることを特徴とする〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の生産方法:
(1b)濁度が1.0以上;
(2b)3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸への還元率が80%以上;および
(3b)4-ビニルグアヤコールへの脱炭酸率が5%未満。
〔5〕 ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌であって、
4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸を3mM含有するMRS液体培地に接種し、嫌気条件にて37℃で24時間培養したときに、下記性質(1a)~(3a)を備えることを特徴とする乳酸菌:
(1a)濁度が1.0以上;
(2a)3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸への還元率が80%以上;および
(3a)4-ビニルグアヤコールへの脱炭酸率が5%未満。
〔6〕 ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌であって、
4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸を5mM含有するMRS液体培地に接種し、嫌気条件にて37℃で24時間培養したときに、下記性質(1b)~(3b)を備えることを特徴とする乳酸菌:
(1b)濁度が1.0以上;
(2b)3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸への還元率が80%以上;および
(3b)4-ビニルグアヤコールへの脱炭酸率が5%未満。
〔7〕 ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)またはワイセラ・コンフューザ(Weissella confusa)であることを特徴とする〔5〕または〔6〕に記載の乳酸菌。
〔8〕 ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)011YN2株(受託番号:NITE BP-03579)、またはワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)054YN2株(受託番号:NITE BP-03578)であることを特徴とする〔5〕~〔7〕のいずれかに記載の乳酸菌。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、3-フェニルプロピオン酸類縁化合物を効率よく生産することができる。また、本発明に係る乳酸菌は、上記生産方法に有用なものとなる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について説明する。
〔乳酸菌〕
本発明の一実施形態に係る乳酸菌は、ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌であって、4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸(以下、HMCAと略することがある。)を高濃度で含有する液体培地に接種して、嫌気条件にて培養したときに、充分に生育し、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロピオン酸(以下、HMPAと略することがある。)への還元率が十分に高く、かつ、4-ビニルグアヤコール(以下、4VGと略することがある)への脱炭酸率が十分に低いとの性質を有するものである。
【0012】
本発明者らは、HMPAの生産に有用な乳酸菌をスクリーニングする過程で、ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌は、菌株によっては、HMCA濃度が高くなると、生育が抑制されたり、生育するもののHMPA還元率が低下する傾向にあることを見出した。
これに対し、HMCAをHMPAに還元することができる菌株のうち、HMCAが高濃度(例えば、3mM~)であっても充分に生育する菌株であれば、生育するに伴いHMCAをHMPAに還元する反応が促進されるため、より効率的にHMPAを生産できる。さらに、4VGへの脱炭酸率が充分に低い菌株であれば、HMCAが必要以上に消費されず、さらに効率的にHMPAを生産できる。
【0013】
なお、本発明者らは、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)にて同定された4-ヒドロキシ-3-メトキシ桂皮酸還元酵素(特許文献3参照)が、ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌に見出されないことを確認しており、ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌によるHMCAの還元反応は、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)と異なる酵素によるものであると考えられる。
【0014】
(培養条件)
本実施形態に係る乳酸菌は、所定の培養条件にて培養した場合の性質により特定される。所定の培養条件とは、HMCAを高濃度で含有する液体培地に接種して、嫌気条件にて培養することをいう。
【0015】
上記培養条件で用いる液体培地は、乳酸菌の培養に用いることができる培地であればよく、例えば、MRS培地、GYP培地等が例示される。これらの中でも、MRS培地が好ましい。MRS培地は、具体的には以下の組成を有する。
【0016】
【0017】
上記培養条件におけるHMCAの濃度は、高濃度、具体的には3mM以上であればよく、3mM、5mM、10mM、50mM等が例示される。
また、上記所定の培養条件は、植菌時の初期濁度(OD660)が0.01であり、嫌気条件であり、37℃で24時間培養した場合をいう。
【0018】
本実施形態における「嫌気条件」とは、例えば、液体培地の溶存酸素濃度が飽和状態(例えば、37℃においては6.7mg/L程度)よりも低い状態であれば良い。例えば、液体培地における溶存酸素濃度が6mg/L以下であってよく、5mg/L以下であってよく、3mg/L以下であってよく、1mg/L以下であってよく、0.5mg/L以下であってよく、0.2mg/L以下であってよい。
【0019】
かかる嫌気条件を達成するための方法は特に限定されない。例えば、空気等の酸素に接しないように液体培地を(加圧)加熱殺菌して溶存酸素を追い出した後、直ちに密栓する等によりそのまま酸素に接しない状態を維持することで、溶存酸素濃度の低い培地を調製することができる。この他、嫌気ジャー法、嫌気バッグ法、窒素置換法、スチールウール法等の気相中の酸素濃度を低下させることで培地中の溶存酸素濃度を低下させる方法;脱酸素剤や抗酸化剤等の添加剤を液体培地に添加することで溶存酸素濃度を低下させる方法など、公知の方法を採用することができる。
また、培養中も上記嫌気条件を維持するため、培養中の培地は、気相と接触させないか、酸素濃度を空気よりも低く維持した気相に接触させることが好ましい。
【0020】
(乳酸菌の性質)
本実施形態に係る乳酸菌は、上記培養条件で培養した場合に、下記(1)~(3)の性質を備える:
(1)充分に生育する;
(2)HMCAからHMPAへの還元率が十分に高い;および
(3)HMCAから4VGへの脱炭酸率が十分に低い。
【0021】
ここで、上記(1)充分に生育するとは、具体的には、上記培養条件で24時間培養した後の濁度(OD660)が所定値以上になっていることを意味する。24時間培養後の濁度は、例えば、1.0以上、1.2以上、1.5以上に設定することができる。
【0022】
また、上記(2)HMCAからHMPAへの還元率が十分に高いとは、具体的には、上記培養条件で24時間培養した後のHMPAへの還元率が所定値以上になっていることを意味する。24時間培養後のHMPA還元率は、例えば、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上に設定することができる。
【0023】
さらに、上記(3)HMCAから4VGへの脱炭酸率が十分に低いとは、具体的には、上記培養条件で24時間培養した後の4VGへの脱炭酸率が所定値未満になっていることを意味する。24時間培養後の4VG脱炭酸率は、例えば、5%未満、4%未満、3%未満に設定することができる。
【0024】
上記所定の培養条件および上記(1)~(3)の性質は、例えば、以下のように設定することができる。
HMCAを3mM含有する液体培地に接種し、嫌気条件にて37℃で24時間培養したときに、下記性質(1a)~(3a)を備える:
(1a)濁度が1.0以上;
(2a)HMPAへの還元率が80%以上;および
(3a)4VGへの脱炭酸率が5%未満。
【0025】
また、上記所定の培養条件および上記(1)~(3)の性質は、例えば、以下のように設定してもよい。
HMCAを5mM含有する液体培地に接種し、嫌気条件にて37℃で24時間培養したときに、下記性質(1b)~(3b)を備える:
(1b)濁度が1.0以上;
(2b)HMPAへの還元率が80%以上;および
(3b)4VGへの脱炭酸率が5%未満。
【0026】
なお、ワイセラ属の乳酸菌は、HMCA濃度が高くなればなるほど、生育が抑制されたり、あるいは生育するもののHMPA還元率が低下する傾向がある。言い換えると、HMCA初期濃度が5mMである場合の上記性質(1b)~(3b)を備える乳酸菌であれば、HMCA初期濃度が3mMである場合の上記性質(1a)~(3a)を備えるということができる。
【0027】
(乳酸菌の種類・取得方法)
本実施形態で用いる乳酸菌は、上記性質を備えるワイセラ(Weissella)属の乳酸菌であれば、特に限定されない。
【0028】
ワイセラ(Weissella)属の乳酸菌としては、例えば、ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)、ワイセラ・コンフューザ(Weissella confusa)、ワイセラ・ヘレニカ(Weissella hellenica)、ワイセラ・オリゼ(Weissella oryzae)等が例示され、これらの中のいずれを用いてもよいが、ワイセラ・シバリアまたはワイセラ・コンフューザが好ましい。
【0029】
ワイセラ・シバリアを用いる場合、後述する実施例で用いたワイセラ・シバリア011YN2株(受託番号:NITE BP-03579)、またはワイセラ・シバリア054YN2株(受託番号:NITE BP-03578)が特に好適な菌株として例示することができる。これらの菌株は、本発明者らによって漬物から単離されたものであり、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されている。
【0030】
また、ワイセラ・コンフューザを用いる場合、ワイセラ・コンフューザ NBRC 3957株が好適な菌株として例示することができる。NBRC 3957株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンターにて保存され、分譲可能株としてNBRCカタログに収載されている。
【0031】
本実施形態で用いる乳酸菌は、公知のスクリーニング方法により得ることができる。例えば、検体としてのワイセラ属乳酸菌を、前述した培養条件にて培養し、上記性質(1)~(3)を満たすか否かを判定することで、本実施形態の乳酸菌を得ることができる。
かかるスクリーニングにおいては、HMCAを高濃度で含有する固体培地等であらかじめ培養することにより、充分に生育するか否か(上記性質(1)に対応)を予備的にスクリーニングした後、液体培地にて改めて上記性質(1)~(3)を満たすか否かを判定してもよい。なお、ここでいう「高濃度」とは、上記性質(1)~(3)を判定する際に用いる液体培地について定義したものと同様である。
【0032】
さらに、HMCAを高濃度で含有する培地での培養を繰り返すことにより、HMCAの生産効率が向上したワイセラ属乳酸菌を集積させることもできる。例えば、HMCA初期濃度が3mMである場合の上記性質(1a)~(3a)を備える一方で、HMCA初期濃度が5mMである場合の上記性質(1b)~(3b)を備えていないワイセラ属乳酸菌がある場合に、当該乳酸菌について、HMCAを5mM以上で含む培地での培養を繰り返し行うことにより、当該乳酸菌のなかでHMCAを効率的に利用できる菌株が選択される。このようにして選択された菌株の中には、上記性質(1b)~(3b)を満たすようになった菌株が含まれる。そのため、かかる選択された菌株について、上記性質(1b)~(3b)を満たすか否かを判定することにより、HMCAの生産効率が向上したワイセラ属乳酸菌を得ることができる。
【0033】
以上述べたワイセラ属乳酸菌は、HMCAを効率的にHMPAに還元することができるため、HMPAの生産、ひいては3-フェニルプロピオン酸類縁化合物の生産に特に有用なものとなる。
【0034】
〔3-フェニルプロピオン酸類縁化合物の生産方法〕
本発明の一実施形態に係る3-フェニルプロピオン酸類縁化合物の生産方法は、桂皮酸類縁化合物を高濃度で含有する培地を用い、上記実施形態に係るワイセラ属の乳酸菌を培養する工程を含むものである。
【0035】
本実施形態で生産される3-フェニルプロピオン酸類縁化合物は、下記式(I)で表される化合物である(以下、単に「3-フェニルプロピオン酸類」と略することがある)。
【0036】
【0037】
上記式(I)中、R11~R15は、それぞれ独立に水素原子、ヒドロキシ基、炭素数1~3のアルコキシ基または炭素数1~3のアルキル基である。
【0038】
これらの中でも、水素原子、ヒドロキシ基およびメトキシ基が好ましい。特に、R11、R14およびR15は水素原子であることが好ましく、R12およびR13はそれぞれ独立に水素原子、ヒドロキシ基およびメトキシ基であることが好ましい。
【0039】
本実施形態の方法で生産される3-フェニルプロピオン酸類として特に好ましい化合物を例示すると、以下のとおりである。
HMPA:R11=H,R12=OCH3,R13=OH,R14=H,R15=H
3-フェニルプロピオン酸:R11=H,R12=H,R13=H,R14=H,R15=H
3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)プロピオン酸:R11=H,R12=OH,R13=OH,R14=H,R15=H
3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸:R11=H,R12=H,R13=OH,R14=H,R15=H
【0040】
また、本実施形態の生産方法において、原料として用いられる桂皮酸類縁化合物は、下記式(II)で表される化合物である(以下、単に「桂皮酸類」と略することがある)。
【0041】
【0042】
上記式(II)中、R21~R25は、上記式(I)において対応するR11~R15とそれぞれ同一である。
ここで、式(I)のR11~R15と式(II)のR21~R25とで置換位置が同じ関係にあるものを「対応する」と称し、例えば、式(I)のR11と対応するものは式(II)のR21である。
【0043】
本実施形態で用いるワイセラ属の乳酸菌は、HMCAを効率的にHMPAに還元することができるものであるが、後述する実施例で示すように、当該乳酸菌はHMCA以外の桂皮酸類も還元することができる。この理由は、ワイセラ属乳酸菌のHMCA還元酵素が、桂皮酸類のベンゼン環の置換基に関して基質特異性が比較的寛容であるためと考えられる。そのため、上記ワイセラ属乳酸菌は、HMCA以外の桂皮酸類を還元し、HMPA以外の3-フェニルプロピオン酸類を生産する反応にも用いることができる。
原料である桂皮酸類は、原則として、式(II)中のR21~R25が、生産しようとする式(I)の化合物(3-フェニルプロピオン酸類)において対応するR11~R15とそれぞれ同一であるような化合物を用いる。
【0044】
ここで、ワイセラ属の乳酸菌を培養する工程において用いる培地は、乳酸菌の培養に用いることができる培地であれば特に限定されない。例えば、上記実施形態において乳酸菌の性質を特定するための液体培地と同じものであってもよく、異なるものであってもよい。かかる培地としては、例えば、MRS培地、GYP培地等が例示される。また、食品素材として利用可能な植物材料等を含む培地も好適に利用することができ、かかる培地を用いた場合には、得られた培養液をそのまま食品素材等として利用することもできる。
【0045】
上記培地のpHは、2~9であることが好ましく、3~8であることがさらに好ましい。また、培養温度は、20~45℃であることが好ましく、25~40℃であることがさらに好ましく、30~38℃であることが特に好ましい。培地のpHおよび培養温度がかかる範囲にあることで、ワイセラ属乳酸菌の生育に適したものとなり、桂皮酸類から3-フェニルプロピオン酸類への還元率が望ましいものとなる。
【0046】
上記工程で用いる培地における桂皮酸類の濃度は、好ましくは、3mM以上、5mM以上、10mM以上、20mM以上、50mM以上、100mM以上とすることができ、用いるワイセラ属乳酸菌の上記性質(1)~(3)を考慮して適宜設定することができる。桂皮酸類の濃度を高濃度にすることにより、本工程において、3-フェニルプロピオン酸類濃度の高い培養物を得ることができる。
【0047】
ここで、本工程で用いる桂皮酸類は、精製物を用いてもよく、桂皮酸類を含有する組成物を用いてもよい。桂皮酸類を含有する組成物としては、例えば、桂皮酸類を含有する植物等の抽出物を挙げることができる。かかる植物としては、例えば、コメ、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、タケ、コーヒー、トマト、マテ、ヨモギ、ゴボウ等の植物の破砕物及び抽出物などが挙げられる。また、桂皮酸類は木本植物および草本植物におけるリグニンの構成成分であるため、リグニンまたはこれを含有する組成物を用いてもよい。
これらの中でも、入手容易性や桂皮酸類含有量等の観点から、コメ、オオムギ、タケ(筍)等が好ましく、コメの中でも米ぬかが特に好ましい。
【0048】
本工程における培養は、嫌気条件で行うことが好ましい。ワイセラ属乳酸菌は通性嫌気性細菌であることから、嫌気条件で培養することで、ワイセラ属乳酸菌の生育に適したものとなる。また、嫌気条件で培養することで、桂皮酸類から3-フェニルプロピオン酸類への還元率が望ましいものとなる。
嫌気条件の意味および嫌気条件とする方法は、前述した実施形態で説明したとおりである。なお、本工程における嫌気条件は、前述した実施形態と異なり厳密に制御する必要はない。そのため、例えば、培養初期において嫌気条件を満たさないものであっても、ワイセラ属乳酸菌の生育に伴って溶存酸素が消費された結果、嫌気条件となるような培養条件であってもよい。
【0049】
本培養工程で得られた培養物は、高濃度の3-フェニルプロピオン酸類を含む。得られた培養物は、その後の目的に応じて、そのまま食品素材等として利用してもよく、脱色、清澄化等のための処理を適宜行ってもよい。かかる処理としては、例えば、活性炭処理、樹脂処理などが挙げられる。また、上記培養物は、さらに分画・精製等により3-フェニルプロピオン酸類濃度を高めた組成物としてもよい。分画・精製する方法は特に限定されず、公知のカラムクロマトグラフィー、HPLC、再結晶等の手段を適宜採用することができる。
【0050】
以上述べた3-フェニルプロピオン酸類の生産方法によれば、桂皮酸類を高濃度で含有する培地を用い、上記性質を備えるワイセラ属乳酸菌を培養することで、高い収率で3-フェニルプロピオン酸類を得ることができる。
【0051】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物をも含む趣旨である。
【実施例0052】
以下、試験例等を示すことにより本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記の試験例等に何ら限定されるものではない。
【0053】
<試験例1>培養試験-1
表2に示す乳酸菌を用い、HMCAを含むMRS培地にて培養を行い、濁度、HMCA残存率、HMPA生成率および4VGを以下のように測定した。
【0054】
本試験にて用いた乳酸菌は以下のとおりである。なお、011YN2株および054YN2株は、本発明者らによって漬物から単離された株であり、常法に従って16S rDNA塩基配列を決定することにより、ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)に属する乳酸菌であると同定した。
【0055】
【0056】
本培養試験では、乳酸菌の培養にMRS培地(メルク社製)を用い、pH7.5に調整した。HMCAは、東京化成工業社製のものを用いた。嫌気条件は、アネロパック嫌気培養用(三菱ガス化学社製)を用いた。
【0057】
MRS寒天培地上に生育した菌をMRS液体培地に植菌し、37℃24時間、嫌気条件にて前培養を行った。
得られた前培養液をMRS液体培地にて濁度(OD660)が1.0となるように調整し、調整した前培養液1mLを、各濃度のHMCAを含有するMRS液体培地99mLに接種し(初期濁度(OD660):0.01,HMCA終濃度:表3~5を参照)、pH7.5、37℃24時間、嫌気条件にて培養を行った。
【0058】
24時間後、培養液の濁度(OD660)を測定するとともに、培養液中のHMCA、HMPAおよび4-ビニルグアヤコール(4VG)の濃度をHPLCにて分析した。なお、標準品は、HMCA(東京化成工業社製)、HMPA(東京化成工業社製)および4VG(Alfa Aesar社製)を用いた。
得られたHMCA濃度、HMPA濃度および4VG濃度(いずれも単位mM)を、HMCA初期濃度で除し、それぞれHMCA残存率、HMPA還元率および4VG発生率として算出した。
結果を表3~5に示す。
【0059】
=HPLC条件=
カラム:Wakosil II 5C18HG φ4.6mm×250mm
カラム温度:40℃
注入量:10μL
移動相:A液:0.1%TFA水溶液,B液:アセトニトリル
0min→12min:A液およびB液の混液(82:18)
12min→20min:A液およびB液の混液(82:18)→(75:25)
20min→35min:A液およびB液の混液(75:25)→(70:30)
35min→40min:A液およびB液の混液(70:30)
40min→50min:A液およびB液の混液(10:90)
50min→65min:A液およびB液の混液(82:18)
流速:0min→40min:1.0mL/min
40min→55min:1.4mL/min
55min→65min:1.0mL/min
検出器:UV検出器
検出波長:HMPA,4VG:280nm
HMCA:320nm
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
本発明者らの知見として、菌株によっては、HMCA濃度が高くなると、生育が抑制されたり、生育するもののHMPA還元率が低下する傾向にあることが分かっている。本発明の要件を満たすワイセラ(Weissella)属の乳酸菌を用いることで、HMCAが高濃度(3mM~)であっても、HMCAを効率的にHMPAに還元できることが明らかになった。一方、初期HMCA濃度が1mMでもHMPAに還元できなかった株(JCM7777株等)は、3mMや5mMでもHMPAに還元できなかった。
【0064】
<試験例2>培養試験-2
ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)011YN2株,054YN2株を用い、ジャーファーメンターにて培養試験を行った。
【0065】
本培養試験では、乳酸菌の培養にMRS培地(メルク社製)を用いた。HMCA源として、米ぬか抽出物(築野食品工業社製)(HMCA含有量80質量%)を用いた。培養には2L容ジャーファーメンターを用いた。培養中は溶存酸素濃度を測定し、0.2mg/L以下に維持されていることを確認した。
【0066】
MRS寒天培地上に生育した菌を、50mMのHMCAを含有するMRS液体培地に植菌し、37℃24時間、嫌気条件にて前培養を行った。得られた前培養液20mLを、上記ジャーファーメンターに充填したMRS液体培地(HMCA:50mM)2Lに接種し、37℃で培養した。
ジャーファーメンターに接種してから24時間後に、試験例1と同様にしてHMCAおよびHMPAの濃度を測定した。結果を表6に示す。
【0067】
【0068】
<試験例3>培養試験-3
ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)054YN2株を用い、ジャーファーメンターにて培養試験を行った。
【0069】
本培養試験では、HMCA源としての米ぬか抽出物の添加条件を変更する以外は、試験例2と同様にして行った。ジャーファーメンターでの培養を開始して0時間後から12時間後にかけて、米ぬか抽出物を合計63g(HMCA添加濃度:130mM)、または合計131g(同270mM)となるよう添加した。結果を表7に示す。
【0070】
【0071】
<試験例4>培養試験-4
ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)054YN2株を用い、HMPA以外の3-フェニルプロピオン酸類の生産について試験した。
【0072】
本培養試験では、乳酸菌の培養にMRS培地(メルク社製)を用い、桂皮酸類として桂皮酸およびカフェ酸(いずれも富士フイルム和光純薬社製)を用いた。嫌気条件は、アネロパック嫌気培養用(三菱ガス化学社製)を用いた。
【0073】
MRS寒天培地上に生育した菌をMRS液体培地に植菌し、37℃24時間、嫌気条件にて前培養を行った。得られた前培養液1mLを、桂皮酸類を含有するMRS液体培地99mLに接種し(桂皮酸類の種類および終濃度は表9を参照)、pH7.5、37℃24時間、嫌気条件にて培養を行った。
【0074】
24時間後、培養液の濁度(OD660)を測定するとともに、桂皮酸類、および桂皮酸類の還元物である3-フェニルプロピオン酸(PPA)類について、培養液中の各濃度をHPLCにて分析した。HPLCは試験例1と同様の条件とし、標準品および検出波長は表8に示すとおりとした。
【0075】
【0076】
得られた桂皮酸類濃度およびPPA類濃度(いずれも単位mM)を、桂皮酸類初期濃度で除し、それぞれ桂皮酸類残存率およびPPA類還元率として算出した。
結果を表9に示す。
【0077】
【0078】
表9に示すように、ワイセラ属乳酸菌は、HMCA以外の桂皮酸類も還元することができた。そのため、本発明のワイセラ属乳酸菌は、HMPA以外の3-フェニルプロピオン酸類の生産にも利用できることが確認された。