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特開2024-42539結晶相情報抽出装置、方法及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024042539
(43)【公開日】2024-03-28
(54)【発明の名称】結晶相情報抽出装置、方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2055 20180101AFI20240321BHJP
【FI】
G01N23/2055 320
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022147319
(22)【出願日】2022-09-15
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】新田 修平
(72)【発明者】
【氏名】眞田 直幸
(72)【発明者】
【氏名】末永 誠一
(72)【発明者】
【氏名】青木 克之
(72)【発明者】
【氏名】岩井 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】山形 栄人
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA18
2G001CA01
2G001FA08
2G001LA03
2G001MA04
2G001RA01
2G001RA03
(57)【要約】
【課題】正確又は安定に結晶相情報を抽出することが可能な結晶相情報抽出装置、方法及びプログラムを提供すること。
【解決手段】 実施形態に係る結晶相情報抽出装置は、第1推定部と第2推定部とを有する。第1推定部は、第1多結晶材料に関する第1結晶相情報を推定する。第2推定部は、前記第1結晶相情報を用いて、注目する結晶相の成分比率が前記第1多結晶材料に比して小さい第2多結晶材料から取得した回折データに対して繰り返し最適化を実行して、前記第2多結晶材料に関する第2結晶相情報を推定する。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1多結晶材料に関する第1結晶相情報を推定する第1推定部と、
前記第1結晶相情報を用いて、注目する結晶相の成分比率が前記第1多結晶材料に比して小さい第2多結晶材料から取得した回折データに対して繰り返し最適化を実行して、前記第2多結晶材料に関する第2結晶相情報を推定する第2推定部と、
を具備する結晶相情報抽出装置。
【請求項2】
前記第1多結晶材料と前記第2多結晶材料とは、共通の回折ピークを有する同種の多結晶材料である、請求項1記載の結晶相情報抽出装置。
【請求項3】
前記第1結晶相情報に基づく前記注目する結晶相の回折データのピークの個数は、前記第2結晶相情報に基づく前記注目する結晶相の回折データのピークの個数よりも多い、請求項1記載の結晶相情報抽出装置。
【請求項4】
前記第1推定部は、前記第2多結晶材料とは異なる作製条件で作製された前記第1多結晶材料から取得した回折データに対して繰り返し最適化を実行し、前記第1結晶相情報を推定する、請求項1記載の結晶相情報抽出装置。
【請求項5】
前記第1推定部は、前記第2多結晶材料から取得した回折データを加工して疑似的な第1多結晶材料に関する回折データを生成し、当該回折データに対して繰り返し最適化を実行して、前記第1結晶相情報を推定する、請求項1記載の結晶相情報抽出装置。
【請求項6】
前記第2推定部は、前記第1結晶相情報を前記繰り返し最適化の初期値として使用する、請求項1記載の結晶相情報抽出装置。
【請求項7】
前記第2推定部は、前記繰り返し最適化において推定中の第2結晶相情報と前記第1結晶相情報との乖離を前記繰り返し最適化の正則化として使用する、請求項1記載の結晶相情報抽出装置。
【請求項8】
前記第2推定部は、前記第1推定部による繰り返し最適化の最適化時間及び/又は最適化の精度に基づいて、前記第2多結晶材料から取得した回折データに対する繰り返し最適化の終了条件を設定する、請求項1記載の結晶相情報抽出装置。
【請求項9】
第1多結晶材料に関する第1結晶相情報を推定し、
前記第1結晶相情報を用いて、注目する結晶相の成分比率が前記第1多結晶材料に比して小さい第2多結晶材料から取得した回折データに対して繰り返し最適化を実行して、前記第2多結晶材料に関する第2結晶相情報を推定する、
ことを具備する結晶相情報抽出方法。
【請求項10】
コンピュータに、
第1多結晶材料に関する第1結晶相情報を推定させる機能と、
前記第1結晶相情報を用いて、注目する結晶相の成分比率が前記第1多結晶材料に比して小さい第2多結晶材料から取得した回折データに対して繰り返し最適化を実行して、前記第2多結晶材料に関する第2結晶相情報を推定させる機能と、
を実現させる結晶相情報抽出プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、結晶相情報抽出装置、方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
多結晶材料について尺度因子や格子定数等の結晶相情報を抽出する手法が知られている。結晶相情報の抽出には、リートベルト解析等の繰り返し最適化が用いられている。リートベルト解析では、推定中の結晶相情報に基づく再構成データと、測定データであるX線回折スペクトルデータとの誤差が小さくなるように結晶相情報を最適化することで、対象とする多結晶材料の結晶相情報を抽出している。一例として、セメント試料等の多結晶材料の主要元素の含有比率から、結晶相情報の一つである尺度因子の初期値を設定し、最適化が行われている。しかしながら、主要元素の含有比率に基づく尺度因子のみの初期化では、正確又は安定に結晶相情報を抽出できない場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2017/141973号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、正確又は安定に結晶相情報を抽出することが可能な結晶相情報抽出装置、方法及びプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
実施形態に係る結晶相情報抽出装置は、第1推定部と第2推定部とを有する。第1推定部は、第1多結晶材料に関する第1結晶相情報を推定する。第2推定部は、前記第1結晶相情報を用いて、注目する結晶相の成分比率が前記第1多結晶材料に比して小さい第2多結晶材料から取得した回折データに対して繰り返し最適化を実行して、前記第2多結晶材料に関する第2結晶相情報を推定する。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】結晶相情報抽出装置の構成例を示す図
図2】セメントの4結晶相の回折データの計算プロファイルを例示する図
図3】結晶相Aと結晶相Bとを含む結晶材料の回折データの模式図
図4】実施例1に係る結晶相情報抽出処理の処理手順例を示す図
図5】実施例1に係る結晶相情報抽出処理の各種データの流れを示す図
図6】実施例2に係る結晶相情報抽出処理の処理手順例を示す図
図7】実施例2に係る結晶相情報抽出処理の各種データの流れを示す図
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、図面を参照しながら本実施形態に係わる結晶相情報抽出装置、方法及びプログラムを説明する。
【0008】
図1は、本実施形態に係る結晶相情報抽出装置100の構成例を示す図である。図1に示すように、結晶相情報抽出装置100は、処理回路1、記憶装置2、入力機器3、通信機器4及び表示機器5を有するコンピュータである。処理回路1、記憶装置2、入力機器3、通信機器4及び表示機器5間のデータ通信はバスを介して行われる。
【0009】
処理回路1は、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサとRAM(Random Access Memory)等のメモリとを有する。処理回路1は、取得部11、第1推定部12、第2推定部13及び出力制御部14を有する。処理回路1は、結晶相情報抽出プログラムを実行することにより、上記各部11~14の各機能を実現する。結晶相情報抽出プログラムは、記憶装置2等の非一時的コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記憶されている。結晶相情報抽出プログラムは、上記各部11~14の全ての機能を記述する単一のプログラムとして実装されてもよいし、幾つかの機能単位に分割された複数のモジュールとして実装されてもよい。また、上記各部11~14は特定用途向け集積回路(Application Specific Integrated Circuit:ASIC)等の集積回路により実装されてもよい。この場合、単一の集積回路に実装されても良いし、複数の集積回路に個別に実装されてもよい。
【0010】
取得部11は、多結晶材料から取得した回折データを取得する。本実施形態に係る多結晶材料は、共通の回折ピークを有するものを対象にする。回折データは、X線回折装置により得られるX線回折スペクトルデータが典型的である。しかしながら、本実施形態に係る回折データは、X線以外の電磁波や中性子線等の粒子線による回折スペクトルデータでもよい。取得部11は、第1回折データと第2回折データとを取得する。第2回折データは、解析対象の多結晶材料(以下、第2多結晶材料)に関する回折データである。第1回折データは、解析対象ではない多結晶材料(以下、第1多結晶材料)に関する解析データである。第1多結晶材料と第2多結晶材料とは、共通の回折ピークを有する同種の多結晶材料である。回折ピークは、X線回折スペクトルデータの極大値を意味する。回折ピークを単にピークと呼ぶこともある。
【0011】
第1推定部12は、第1多結晶材料に関する結晶相情報(以下、第1結晶相情報)を推定する。一例として、第1推定部12は、第1回折データに対して繰り返し最適化を実行して第1結晶相情報を推定する。結晶相情報は、対応する多結晶材料の回折データに関する種々のパラメータ(以下、結晶相情報パラメータ)の集合を意味する。一例として、結晶相情報パラメータは、ピークシフトパラメータ、バックグラウンドパラメータ、各相の尺度因子、各相の結晶構造パラメータ及び/又は各相のプロファイルパラメータを含む。ピークシフトパラメータとバックグラウンドパラメータとは、結晶相に分類されない測定要因のパラメータである。ピークシフトパラメータは、回折データに含まれるピークのズレを表すパラメータである。バックグラウンドパラメータは、測定対象の多結晶材料以外の要因に起因して回折データに現れる成分を表すパラメータである。各相の尺度因子は、各相のピークの積分強度を表すパラメータである。各相の結晶構造パラメータは、各相の格子定数および原子位置を表すパラメータである。各相のプロファイルパラメータは、各相の結晶性に依存する回折スペクトルの広がりを表すパラメータである。典型的には、結晶相情報は、複数の結晶相パラメータの数値の系列であるベクトルで表現される。
【0012】
第2推定部13は、第2多結晶材料に関する第2結晶相情報を推定する。第2推定部13は、第1結晶相情報を用いて、第2多結晶材料から取得した第2回折データに対して繰り返し最適化を実行し、第2結晶相情報を推定する。
【0013】
出力制御部14は、種々のデータを出力する。一例として、出力制御部14は、第1結晶相情報及び第2結晶相情報を、表示機器5に表示したり、記憶装置2に保存したり、通信機器4を介して他のコンピュータに送信したりする。
【0014】
記憶装置2は、ROM(Read Only Memory)やHDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)、集積回路記憶装置等により構成される。記憶装置2は、結晶相情報抽出プログラム等を記憶する。
【0015】
入力機器3は、ユーザからの各種指令を入力する。入力機器3としては、キーボードやマウス、各種スイッチ、タッチパッド、タッチパネルディスプレイ等が利用可能である。入力機器3からの出力信号は処理回路1に供給される。なお、入力機器3としては、処理回路1に有線又は無線を介して接続されたコンピュータの入力機器であってもよい。
【0016】
通信機器4は、結晶相情報抽出装置100にネットワークを介して接続された外部機器との間でデータ通信を行うためのインタフェースである。
【0017】
表示機器5は、種々の情報を表示する。例えば、表示機器5は、出力制御部14による制御に従い種々のデータを表示する。表示機器5としては、CRT(Cathode-Ray Tube)ディスプレイや液晶ディスプレイ、有機EL(Electro Luminescence)ディスプレイ、LED(Light-Emitting Diode)ディスプレイ、プラズマディスプレイ又は当技術分野で知られている他の任意のディスプレイが適宜利用可能である。また、表示機器5は、プロジェクタでもよい。
【0018】
結晶相情報抽出装置100は、X線回折装置等の回折データを測定する測定装置に組み込まれたコンピュータでもよいし、測定装置とは別体のコンピュータでもよい。
【0019】
以下、本実施形態に係る結晶相情報抽出装置100の動作例について説明する。
【0020】
以下の説明において多結晶材料はセメントであるとする。セメントは、エーライト(Alite)相、ビーライト(Blite)相、フェライト(Ferrite)相、アルミネート(Aluminate)相の4個の結晶相を含む。
【0021】
図2は、セメントの4結晶相の回折データの計算プロファイル21,22,23,24を例示する図である。図2に示す計算プロファイル21,22,23,24の縦軸は回折X線強度[AU]を表し、横軸は回折角度[deg]を表す。エーライト相の計算プロファイル21、フェライト相の計算プロファイル22、ビーライト相の計算プロファイル23及びアルミネート相の計算プロファイル24に示すように、4結晶相の回折データは、回折角度が近接する回折ピークを多く含む。本実施形態では、解析対象とするセメントのエーライト相、ビーライト相、フェライト相、アルミネート相の成分比率を、それぞれ、7:2:0.5:0.5程度とし、強度や耐久性に影響があるフェライト相やアルミネート相に関する結晶相情報の抽出が困難な状況を想定する。すなわち、「注目する結晶相」は、フェライト相やアルミネート相である。この場合、主相は、エーライト相やビーライト相であり、副相は、フェライト相やアルミネート相である。解析対象であるセメントは、共通の回折ピークを含む多結晶材料である。近接する回折ピークとは、回折角度の比較的狭小な範囲に現れる2個以上の回折ピークを意味する。
【0022】
図3は、結晶相Aと結晶相Bとを含む結晶材料の回折データ31,32,33,34の模式図である。結晶相Aが主相であり、結晶相Bが副相であることを想定する。図2に示すように、回折データ31における結晶相Aと結晶相Bとの成分比率は100:100の回折データであり、回折データ32では100:30であり、回折データ33では100:10であり、回折データ34では100:5である。結晶相Aの回折ピークと結晶相Bの回折ピークとは近接する回折角度にある。また、最も大きな回析ピークを100として成分比率を求めるものである。結晶相Aに対する結晶相Bの成分比率の差が比較的小さい場合(例えば、100:100又は100:30)、結晶相Aの回折ピークと結晶相Bの回折ピークとの各々は、極大点を形成している。一方、結晶相Aに対する結晶相Bの成分比率の差が比較的大きい場合(例えば、100:10又は100:5)、結晶相Bの回折ピークが結晶相Aの回折ピークに埋もれてしまい、結晶相Bの回折ピークが極大点を形成しない。換言すれば、結晶相Aに対する結晶相Bの成分比率の差が比較的大きい場合、結晶相Aに対する結晶相Bの成分比率の差が比較的小さい場合に比して、当該結晶材料の回折データのピークの個数が減少する。このような関係にある場合、当該結晶材料は共通の回折ピークを含む、と表現することにする。すなわち、共通の回折ピークとは、回折角度の比較的狭小な範囲に現れる、互いに異なる結晶相に関する複数個の近接する回折ピークであって、成分比率が比較的大きい場合に、一方の回折ピークが他方の回折ピークに埋もれる関係にあるものを指す。
【0023】
本実施形態に対する比較例として、対象とする多結晶材料の主要元素の含有比率から結晶相情報の一つである尺度因子の初期値を設定して最適化を行う技術がある。このような、主要元素の含有比率に基づく尺度因子のみの初期化は、正確又は安定して最適化を実行することが困難である場合がある。例えば、共通の回折ピークを含む多結晶材料に対して、尺度因子が主要元素の含有比率だけでなく作製時の熱条件の影響を受ける場合や、尺度因子以外の結晶相情報以外の初期値の影響が大きい最適化設定の場合などは、尺度因子の最適化の精度が低くなる場合がある。
【0024】
一般に、リートベルト解析などの結晶相情報を推定するための繰り返し最適化は、各相が共通の回折ピークを有し測定ノイズを含むため劣決定な問題であることが多く、最適化開始時の初期値や、最適化中の効果的な正則化が正確性や安定性の観点で重要である。例えば、図3の回折データ34のように、注目する少数成分の結晶相Bの回折ピークが小さく、近接する主成分の結晶相Aの回折ピークに埋もれている場合、初期値や観測ノイズの多寡によっては最適化が正しく行われず、結晶相Bの尺度因子がゼロ値又は負値になるような局所解に陥る場合がある。この最適化の精度低下又は不安定化は、第2回折データが複数あり、抽出した結晶相情報の多サンプル統計解析を実施したい場合に特に問題となる。
【0025】
本実施形態に係る結晶相情報抽出装置100は、上記の局所解に陥る事態を回避するための結晶相情報抽出処理を実行する。以下、結晶相情報抽出装置100に係る結晶相情報抽出処理の実施例1及び実施例2について説明する。
【0026】
(実施例1)
図4は実施例1に係る結晶相情報抽出処理の処理手順例を示す図であり、図5は実施例1に係る結晶相情報抽出処理の各種データの流れを示す図である。
【0027】
図4及び図5に示すように、取得部11は、第1回折データ51及び第2回折データ52を取得する(ステップS401)。ステップS401において取得部11は、第1回折データ51及び第2回折データ52は、X線回折装置等の測定装置から取得してもよいし、回折データを保管するデータベースから取得してもよいし、他の任意のコンピュータから取得してもよい。第1回折データ51及び第2回折データ52は、多結晶材料であるセメントに関するX線回折スペクトルデータである。第1回折データ51は、第1作製条件により作製された第1多結晶材料(セメント)のX線回折スペクトルデータである。第2回折データ52は、第2作製条件により作製された第2多結晶材料(セメント)のX線回折スペクトルデータである。第1多結晶材料と第2多結晶材料とは、共通の回折ピークを有する同種の多結晶材料である。第2多結晶材料は、実際に解析したい多結晶材料である。
【0028】
第1多結晶材料は、注目する結晶相の成分比率が、第2多結晶材料の当該結晶相の成分比率よりも高くなり、共通の回折データのピーク数が減らないように調製された材料である。換言すれば、第1作製条件は、注目する結晶相の回折ピークが、成分比率の大きい主相の共通の回折ピークに埋もれないような作製条件である。ここで、注目する結晶相は、成分比率の比較的大きい主要な結晶相(主相)ではなく、成分比率の比較的小さい結晶相(副相)であるとする。第2多結晶材料は、注目する結晶相の成分比率が、第2多結晶材料の当該結晶相の成分比率よりも低くなり、共通の回折データのピーク数が減るように調製された材料であることを想定する。第1作製条件について、副相に関する回折データのピークの個数は、成分比率が主相に比して小さくないため、成分比率が大きい場合に比して、共通の回折データの個数は少なくない。
【0029】
作製条件は、原材料、混合条件及び熱条件(焼結条件)を要素に含む。原材料は、多結晶材料であるセメントに含まれる材料の種類及び量を意味する。酸化カルシウム(CaO)、シリカ(SiO2)、酸化鉄(Fe2O3)、アルミナ(Al2O3)である。酸化鉄を増やすとフェライト相、アルミナを増やすとアルミネート相の成分を増やすことができる。実施例1の場合、例えば、第1多結晶材料の酸化鉄やアルミナを、第2多結晶材料よりも多くし、第1回折データのピーク数が減らないようにする。
【0030】
混合条件は、原材料の混合に関する条件を意味する。例えば、セメントは、微粉末状に粉砕した原材料を、ロータリーキルン等の焼成炉で撹拌、混合しながら焼成する。ロータリーキルンの傾斜角度や原材料の搬送長さ、回転数を変えることで、4種類の原材料微粉末の分散性が制御され、析出する結晶相の比率を制御することができる。当該混合方法の場合、混合条件としては、例えば、ロータリーキルンの傾斜角度や原材料の搬送長さ、回転数が該当する。
【0031】
熱条件は、混合された原材料の焼結に関する条件を意味する。例えば、混合された原材料を、1350~1550℃の温度で、30分~2時間程度焼成したのち、冷風により急冷する。焼成温度、焼成時間、急冷速度を変えることで、析出する結晶相の比率を制御することができる。当該焼結方法の場合、熱条件としては、例えば、焼成温度や焼成時間、急冷速度が該当する。例えば、第1作製条件の焼成温度を、第2作製条件よりも低温にすることでエーライト相の析出が抑制され、相対的にアルミネート相、フェライト相の比率を増やすことができる。
【0032】
ステップS401が行われると第1推定部12は、ステップS401において取得された第1回折データ51に基づいて第1結晶相情報53を推定する(ステップS402)。ステップS402において第1推定部12は、第2多結晶材料とは異なる第1作製条件で作製された第1多結晶材料から取得した第1回折データ51に対して繰り返し最適化を実行し、第1結晶相情報53を推定する。より詳細には、第1推定部12は、推定中の第1結晶相情報から再構成されたX線回折スペクトルデータ(再構成データ)を算出し、第1回折データ51と再構成データとの誤差を算出し、誤差が低減するように第1結晶相情報を更新する。第1推定部12は、停止条件が充足されるまで再構成データの算出と誤差の算出と第1結晶相情報の更新とを繰り返す。停止条件が充足された場合、当該更新回数における第1結晶相情報を確定版の第1結晶相情報53として出力する。停止条件は、更新回数が所定値に到達したこと、誤差が閾値未満又は以下であること、その他の任意の内容に設定されればよい。これら所定値や閾値も任意の値に設定されればよい。繰り返し最適化のアルゴリズムは、リートベルト解析のような結晶構造モデルを仮定した回折データの解析手法が適用可能である。推定中の第1結晶相情報の初期値は、各項目について、ゼロ値等の所定値やランダム関数に従い決定されたランダム値に設定されればよい。
【0033】
ステップS402が行われると第2推定部13は、ステップS402において推定された第1結晶相情報53を用いて、ステップS401において取得された第2回折データ52に基づいて第2結晶相情報54を推定する(ステップS403)。ステップS403において第2推定部13は、第2回折データ52に対してリートベルト解析等の繰り返し最適化を実行し、第2結晶相情報54を推定する。より詳細には、第2推定部13は、推定中の第2結晶相情報から再構成されたX線回折スペクトルデータ(再構成データ)を算出し、第2回折データ52と再構成データとの誤差を算出し、誤差が低減するように第2結晶相情報を更新する。
【0034】
推定中の第2結晶相情報54の初期値は、ステップS402において推定された第1結晶相情報53に設定される。上述の通り、第1回折データ51は、副相に関するピークが主相に関するピークに埋もれていないが、第2回折データ53は、副相に関するピークが主相に関するピークに埋もれていることを想定する。すなわち、第1回折データ51のピークの個数は、第2回折データ52のピークの個数に比して多い。これに伴い、第1結晶相情報53に基づく副相の回折データのピークの個数は、第2結晶相情報54に基づく副相の回折データのピークの個数よりも多くなる。当該条件の下に第2回折データに対して繰り返し最適化を行うことにより、注目する少量の結晶相の成分比率が大きい条件から繰り返し最適化が開始されるため、上述するような、共通の回折ピークに関する結晶相成分を見落とすような局所解に陥る事を回避することができる。
【0035】
ステップS403が行われると出力制御部14は、ステップS403において推定された第2結晶相情報54を出力する(ステップS404)。ステップS404において出力制御部14は、一例として、第2結晶相情報54を表示機器5に表示するとよい。これによりユーザは、第2結晶相情報54を確認することができる。この際、出力制御部14は、第2結晶相情報54と共に第1結晶相情報53を表示機器5に表示してもよい。これによりユーザは、繰り返し最適化の初期値である第1結晶相情報53を確認することができ、第2結晶相情報54を得るための繰り返し最適化の信頼性を評価することが可能になる。
【0036】
他の出力例として、出力制御部14は、第2結晶相情報54や第1結晶相情報53を記録媒体に記録してもよいし、通信機器4を介して他のコンピュータに転送してもよい。
【0037】
以上により、実施例1に係る結晶相情報抽出処理が終了する。
【0038】
実施例1に係る結晶相情報抽出処理は、複数個の第2多結晶材料についても同様に実施可能である。複数個の第2多結晶材料に対して結晶相情報抽出処理を実施することにより、処理回路1は、多サンプル統計解析を実施することが可能である。実施例1によれば、複数個の第2多結晶材料について、繰り返し最適化の第2結晶相情報の初期値が同一の第1結晶相情報に一律に設定される。これにより、複数個の第2多結晶材料に対する繰り返し最適化を安定化させることが可能になる。
【0039】
(実施例2)
実施例2に係る結晶相情報抽出装置100は、第1回折データを使用しない。第1推定部12は、第2回折データに基づいて第1結晶相情報を推定する。以下、実施例2に係る結晶相情報抽出処理について説明する。
【0040】
図6は実施例2に係る結晶相情報抽出処理の処理手順例を示す図であり、図7は実施例2に係る結晶相情報抽出処理の各種データの流れを示す図である。
【0041】
図6及び図7に示すように、取得部11は、第2回折データ71を取得する(ステップS601)。第2回折データ71は、実施例1に係る第2回折データ52と同一である。すなわち、第2回折データ71は、第2作製条件により作製された第2多結晶材料(セメント)のX線回折スペクトルデータである。第2多結晶材料は、実際に解析したい多結晶材料である。
【0042】
ステップS601が行われると第1推定部12は、ステップS601において取得された第2回折データ71に基づいて第1結晶相情報72を推定する(ステップS602)。ステップS602において第1推定部12は、第2回折データ71を加工して疑似的な第1多結晶材料に関する回折データを生成し、当該回折データに対して繰り返し最適化を実行して、疑似的な第1多結晶材料に関する第1結晶相情報72を推定する。疑似的な第1多結晶材料に基づく回折データは、共通の回折ピークに関し、真の第1多結晶材料(第1作製条件に従い作製された多結晶材料)から取得された回折データに形状が類似する。一例として第1推定部12は、第2回折データ71の尺度因子のパラメータを修正することにより疑似的な第1多結晶材料に関する回折データを生成することが可能である。他の例として、第1推定部12は、第2回折データ71の形状が真の第1結晶相情報に基づく回折データに近似するように、入力機器3等を介して、第2回折データ71の形状を手動的に変形させることにより、疑似的な第1多結晶材料に関する回折データを生成してもよい。繰り返し最適化のアルゴリズムは、実施例1と同様、リートベルト解析のような結晶構造モデルを仮定した回折データの解析手法が適用可能である。
【0043】
ステップS602が行われると第2推定部13は、ステップS602において推定された第1結晶相情報72を用いて、ステップS601において取得された第2回折データ71に基づいて第2結晶相情報73を推定する(ステップS603)。ステップS603の処理内容は、ステップS403と同様である。
【0044】
実施例2においても、推定中の第2結晶相情報54の初期値は、ステップS602において推定された第1結晶相情報72に設定される。当該条件の下に第2回折データに対して繰り返し最適化を行うことにより、注目する少量の結晶相の成分比率が大きい条件から繰り返し最適化が開始されるため、上述するような、共通の回折ピークに関する結晶相成分を見落とすような局所解に陥る事を回避することができる。
【0045】
ステップS603が行われると出力制御部14は、ステップS603において推定された第2結晶相情報73を出力する(ステップS604)。ステップS604の処理内容は、ステップS404と同様である。
【0046】
以上により、実施例2に係る結晶相情報抽出処理が終了する。
【0047】
実施例2に係る結晶相情報抽出処理は、実際の第1結晶相材料に対してX線回折測定を行い第1回折データを収集することを要しない。よって実施例1に比して第1回折データの収集の手間を削減することが可能である。
【0048】
なお、実施例2に係る結晶相情報抽出処理についても、複数個の第2多結晶材料についても実施可能である。複数個の第2多結晶材料に対して結晶相情報抽出処理を実施することにより、処理回路1は、多サンプル統計解析を実施することが可能である。実施例2によれば、複数個の第2多結晶材料について、繰り返し最適化の第2結晶相情報の初期値が同一の第1結晶相情報に一律に設定される。これにより、複数個の第2多結晶材料に対する繰り返し最適化を安定化させることが可能になる。
【0049】
(変形例)
上述した実施例1及び/又は実施例2は、上述した実施形態に限られるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で変更することができる。
【0050】
<変形例1>
上記実施例1及び2に係る多結晶材料は、共通の回折ピークを有する複数の結晶相を有する材料であれば、セメントに限定さない。一例として、多結晶材料は、鉄鋼業における原料鉱石でもよい。鉄鋼業における原料鉱石は、元素組成の異なる複数のフェライト相が混合し、複数のフェライト相が多数の共通のピークを有する。他の例として、多結晶材料は、サマリウム-コバルト系永久磁石材料でもよい。サマリウム-コバルト系永久磁石材料は、積層構造だけが異なる類似の結晶構造を持つ複数の結晶相で構成される材料であり、複数の結晶相が多数の共通のピークを有する。他の例として、多結晶材料は、窒化ケイ素セラミックス材料でもよい。窒化ケイ素セラミックス材料は、焼結助剤として用いられる酸化物に由来する複数の酸窒化物相が混合し、複数の酸窒化物相が多数の共通のピークを有する。
【0051】
<変形例2>
上記実施例1及び2に係る回折データの解析手法は、リートベルト解析のような結晶構造モデルを仮定した回折データの解析手法であるとしたが、当該手法に限定されない。一例として、結晶構造モデルを仮定しない、いわゆるパターン分解法であるLe Bail法やPawley法が用いられてもよい。
【0052】
<変形例3>
上記実施例1及び2に係る第2推定部13は、第1結晶相情報を繰り返し最適化の初期値に設定した。しかしながら、変形例3に係る第2推定部13は、第1結晶相情報を繰り返し最適化の正則化に使用してもよい。一例として、第2推定部13は、推定中の第2結晶相情報と第1結晶相情報との乖離を、繰り返し最適化の正則化として使用する。具体的には、下記(1)式に示す目的関数を最小化することにより第2結晶相情報を推定することが可能になる。変形例3においても、注目する少量の結晶相情報の成分を見落とす危険性を低減することが可能になる。
【0053】
【数1】
【0054】
<変形例4>
上記実施例1及び実施例2に係る第2推定部13は、第1結晶相情報のみを第2回折データに対する繰り返し最適化に使用した。しかしながら、第1推定部12による繰り返し最適化に係る他の情報を、第2推定部13による繰り返し最適化に使用することも有効である。例えば、変形例4に係る第2推定部13は、第1推定部12による繰り返し最適化の最適化時間及び/又は最適化の精度に基づいて、第2回折データに対する繰り返し最適化の停止条件を設定する。最適化の精度としては、具体的には、最適化後の残差誤差、当該残差誤差に対する結晶相情報の敏感度及び/又は当該結晶相情報を最適化した順序が用いられる。
【0055】
繰り返し最適化の最適化時間は、具体的には、繰り返し最適化の収束に要した時間や更新回数を意味する。最適化後の残差誤差は、最適化後の第1結晶相情報に基づいて再構成された回折データと、第1回折データとの誤差を意味する。当該残差誤差に対する結晶相情報の敏感度は、最適化後の残差誤差に対する、結晶相情報の各パラメータの標準誤差を意味する。当該結晶相情報を最適化した順序は、結晶相情報の各パラメータの固定又は固定解除の順序を意味する。
【0056】
一例として、第1推定部12の更新回数がN1の時に十分収束したとユーザが判断した場合、第2推定部13による繰り返し最適化の更新回数N2はN1×αとする。αは、任意値に設定されればよいが、例えば2等の固定値に設定されるとよい。他の例として、第1推定部12の最適化後の残差誤差がE1であった場合、第2推定部13による繰り返し最適化の終了条件は、残差誤差E2がE1×βとする。βは、任意値に設定されればよいが、例えば2等の固定値に設定されるとよい。
【0057】
このように、第2推定部13の繰り返し最適化の終了条件を、第1推定部12の最適化結果に基づいて設定することは、第2推定部13の最適化処理の効率化、高精度化の観点で有効である。特に、第1推定部12が第1回折データ51を入力とする場合は、第2回折データ52に比べて(データの特徴が埋もれておらず、劣決定な条件を回避しやすく、)最適化を安定かつ正確に実行しやすい条件であるため、残差誤差E2などの終了条件の基準となる数値を見積もるのに好適である場合が多い。また、第2回折データが複数個ある多サンプル評価の場合、全てのデータの収束結果を目視で確認することは困難であるため、このような最適化の定量的な終了条件の設定精度は重要である。
【0058】
変形例4によれば、第1推定部12による繰り返し最適化に係る他の情報を、第2推定部13による繰り返し最適化に使用することにより、第2推定部13による繰り返し最適化の精度や効率を高めることが可能になる。
【0059】
(総括)
上記の実施形態によれば、結晶相情報抽出装置100は、少なくとも第1推定部12と第2推定部13とを有する。第1推定部12は、第1多結晶材料に関する第1結晶相情報を推定する。第2推定部13は、第1結晶相情報を用いて、注目する結晶相の成分比率が第1多結晶材料に比して小さい第2多結晶材料から取得した第2回折データに対して繰り返し最適化を実行して、第2多結晶材料に関する第2結晶相情報を推定する。
【0060】
上記の構成によれば、第2多結晶材料に含まれる注目する結晶相(副相)の回折ピークが小さく、近接する主相の回折ピークに埋もれている場合であっても、副相の結晶相情報がゼロ値又は負値になるような局所解に陥る可能性を低減することが可能になる。すなわち、本実施形態によれば、第2多結晶材料が共通の回折ピークを含む結晶相情報の抽出が困難な多結晶材料についても、正確又は安定に結晶相情報を抽出することが可能になる。ひいては、多サンプル統計解析を正確又は安定に行うことも可能になる。
【0061】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0062】
1…処理回路、2…記憶装置、3…入力機器、4…通信機器、5…表示機器、11…取得部、12…第1推定部、13…第2推定部、14…出力制御部、100…結晶相情報抽出装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7