(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024004296
(43)【公開日】2024-01-16
(54)【発明の名称】結晶構造予測方法、結晶構造予測装置、及び結晶構造予測プログラム
(51)【国際特許分類】
G16C 20/20 20190101AFI20240109BHJP
【FI】
G16C20/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022103891
(22)【出願日】2022-06-28
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 豪
(72)【発明者】
【氏名】岡本 敏宏
(72)【発明者】
【氏名】竹谷 純一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 良将
(72)【発明者】
【氏名】關 拓和
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊輔
(57)【要約】
【課題】対象分子の分子構造から、当該対象分子により形成される結晶構造を、結晶構造における分子の熱的揺動の影響を考慮して、より高精度に予測できる。
【解決手段】結晶構造予測方法は、対象分子の分子構造に基づいて、前記対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定する候補構造特定工程と、前記候補構造を用いた分子動力学計算を行うことにより前記候補構造の評価を行い、前記評価に基づいて前記対象分子の結晶構造を予測する結晶構造予測工程と、を含む。
【選択図】
図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象分子の分子構造に基づいて、前記対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定する候補構造特定工程と、
前記候補構造を用いた分子動力学計算を行うことにより前記候補構造の評価を行い、前記評価に基づいて前記対象分子の結晶構造を予測する結晶構造予測工程と、
を含むことを特徴とする結晶構造予測方法。
【請求項2】
前記結晶構造予測工程において、前記分子動力学計算から得た前記候補構造のエネルギーに基づいて前記評価を行う、
請求項1に記載の結晶構造予測方法。
【請求項3】
前記候補構造を、そのエネルギーが低い順に順位付けし、前記候補構造の前記順位を、前記結晶構造の予測の優先順位とする、
請求項2に記載の結晶構造予測方法。
【請求項4】
前記候補構造のエネルギーが、前記候補構造におけるポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの和を含む、
請求項2から3のいずれかに記載の結晶構造予測方法。
【請求項5】
前記結晶構造予測工程において、所定の温度を設定して前記分子動力学計算を行う、
請求項1から3のいずれかに記載の結晶構造予測方法。
【請求項6】
前記対象分子が有機半導体である、
請求項1から3のいずれかに記載の結晶構造予測方法。
【請求項7】
対象分子の分子構造に基づいて、前記対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定する候補構造特定手段と、
前記候補構造を用いた分子動力学計算を行うことにより前記候補構造の評価を行い、前記評価に基づいて前記対象分子の結晶構造を予測する結晶構造予測手段と、
を有することを特徴とする結晶構造予測装置。
【請求項8】
対象分子の分子構造に基づいて、前記対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定する候補構造特定処理と、
前記候補構造を用いた分子動力学計算を行うことにより前記候補構造の評価を行い、前記評価に基づいて前記対象分子の結晶構造を予測する結晶構造予測処理と、
をコンピュータに行わせることを特徴とする結晶構造予測プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件は、結晶構造予測方法、結晶構造予測装置、及び結晶構造予測プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
今日、有機半導体はフレキシブルな次世代デバイスの材料として注目されており、より高性能の革新的な有機半導体が必要とされている。有機半導体の性能には、その結晶構造が大きく影響するが、有機半導体の設計を実験的な手法に基づいて行う場合、有機半導体の結晶化等に膨大な時間的・金銭的コストが必要となり、新規な有機半導体を効率的に設計することができない。
【0003】
また、有機半導体などの分子の結晶構造を探索するための計算科学的な手法(プログラム)も提案されている。具体的には、例えば、分子(対象分子)の分子構造情報(1分子の配座の情報)を用いて結晶構造の候補を探索し、探索した結晶構造候補に対して理論的に得られた粉末X線回折パターンと、実際に計測で得られた粉末X線回折パターンとの類似性を評価することで、結晶構造の予測精度を高める技術が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、上述した解析手法を用いることで多くの結晶構造候補が生成される。この解析手法によって探索された多くの結晶構造候補には、正しい構造である可能性が高い順(例えば、エネルギーが低い順)で順位付けがなされても、正しい結晶構造に対応する候補が下位に順位付けされてしまうなど、予測される結晶構造の信頼性が十分ではなかった。その解析結果から得られた多くの結晶構造候補のなかからより適した結晶構造を予測するためには、その結晶構造候補の分子の合成や粉末X線回折といった検証のための実験が夫々必要になり、これに係る時間的・金銭的コストが大きくなることがあった。
このように、対象分子の分子構造情報に基づいて当該分子の結晶構造を予測する解析手法を単独で利用しても、適した結晶構造を高精度に予測できないことがあった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ishii, H., Obata, S., Niitsu, N. et al., Charge mobility calculation of organic semiconductors without use of experimental single-crystal data, Sci. Rep. 10, 2524 (2020).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、一つの側面では、対象分子の分子構造から、当該対象分子により形成される結晶構造を、結晶構造における分子の熱的揺動の影響を考慮して、より高精度に予測できる結晶構造予測方法、結晶構造予測装置、及び結晶構造予測プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するための手段の一つの実施態様は、以下のとおりである。
すなわち、一つの実施態様では、結晶構造予測方法は、対象分子の分子構造に基づいて、対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定する候補構造特定工程と、候補構造を用いた分子動力学計算を行うことにより候補構造の評価を行い、評価に基づいて対象分子の結晶構造を予測する結晶構造予測工程と、を含む。
【0008】
また、一つの実施態様では、結晶構造予測装置は、対象分子の分子構造に基づいて、対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定する候補構造特定手段と、候補構造を用いた分子動力学計算を行うことにより候補構造の評価を行い、評価に基づいて対象分子の結晶構造を予測する結晶構造予測手段と、を有する。
【0009】
さらに、一つの実施態様では、結晶構造予測プログラムは、対象分子の分子構造に基づいて、対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定する候補構造特定処理と、候補構造を用いた分子動力学計算を行うことにより候補構造の評価を行い、評価に基づいて対象分子の結晶構造を予測する結晶構造予測処理と、をコンピュータに行わせる。
【発明の効果】
【0010】
本件は、一つの側面では、分子構造(1分子の配座)の情報から、当該分子により形成される結晶構造を、結晶構造における分子の熱的揺動の影響を考慮して高精度に予測できる結晶構造予測方法、結晶構造予測装置、及び結晶構造予測プログラムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1の実施形態の結晶構造予測装置の概略構成図である。
【
図3】実施形態の対象分子とその結晶構造について説明するための図である。
【
図4A】実施形態の分子構造が異なる対象分子の結晶構造の一例を示す図である。
【
図4B】実施形態の分子構造が異なる対象分子の結晶構造の一例を示す図である。
【
図5】実施形態の対象分子の構造式を示す図である。
【
図6】実施形態のCONFLEXによる抽出結果と、分子動力学計算における全エネルギーの対応を説明するための図である。
【
図7】実施形態のCONFLEXによる抽出結果の例に基づいた2つの分子を空間内に配置する例を説明するための図である。
【
図8】実施形態のCONFLEXによる抽出結果の例に基づいた分子を結晶構造にして空間内に配置する例を説明するための図である。
【
図9】実施形態のCONFLEXによる抽出結果と、分子動力学計算の解析結果を説明するための図である。
【
図10】実施形態における、対象分子の結晶構造を予測する際の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図11】第2の実施形態の対象分子の構造式を示す図である。
【
図12】実施形態のCONFLEXによる抽出結果と、分子動力学計算における全エネルギーの対応を説明するための図である。
【
図13】実施形態のCONFLEXによる抽出結果と、分子動力学計算の解析結果を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<第1の実施形態>
以下、本発明の第1の実施形態に係る結晶構造予測装置について、図を参照しながら説明する。
【0013】
本件は、「分子構造(1分子の配座)の情報から、当該分子により形成される結晶構造を予測する際の予測精度が十分でなかった」という、本発明者らの知見に基づくものである。より具体的には、本件は、分子により形成される結晶構造の安定性には当該分子の熱的揺動が影響することから、結晶構造を高精度に予測するためには、結晶構造における分子の熱的揺動の影響を考慮した評価を行う必要があるという、本発明者らの知見に基づくものである。
【0014】
本件においては、上述した結晶構造における分子の熱的揺動の影響を考慮した評価を行うために、まず、対象分子の分子構造に基づいて、対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定した後、候補構造を用いた分子動力学計算による候補構造の評価を解析的に行い、評価に基づいて対象分子の結晶構造を予測する。
つまり、本件では、特定した候補構造を用いて、熱的揺動を含めた分子のダイナミクスをシミュレート可能な分子動力学計算を行うことにより、結晶構造における分子の熱的揺動の影響を考慮した評価を行うことができるため、従来技術と比べて非常に高精度に結晶構造を予測することができる。
【0015】
(結晶構造予測装置)
図1は、実施形態の結晶構造予測装置10の概略構成図である。
図2は、実施形態の処理部3の構成図である。
【0016】
結晶構造予測装置10は、表示部1と、入力部2と、処理部3と、主記憶部4と、出力部5と、外部インターフェース(I/O)部6と、記憶部7とを備える。結晶構造予測装置10の各部は例えばバス8に接続されている。このような結晶構造予測装置10は、例えば、結晶構造予測のためのプログラムを実行するコンピュータ等により構築することができる。
【0017】
表示部1は、例えば液晶ディスプレイ等の表示デバイスを含み、結晶構造予測装置10の操作、結晶構造予測装置10の解析結果などを表示デバイスに表示させる。入力部2は、キーボード等の各種入力手段を含む。例えば、入力部2に対するユーザの操作によって、処理に必要なデータや情報が入力される。処理部3は、CPUなどのプロセッサを含み、結晶構造予測のための各種制御、演算等を行う。主記憶部4は結晶構造予測のためのプログラム等を格納している。出力部5は、プリンタ等の外部装置に処理結果を出力する。外部インターフェース(I/O)部6は、LANやインターネット等のネットワークNWに接続され、ネットワークを介して他の端末装置20等と通信する。記憶部7は、少なくとも、候補構造特定処理と、結晶構造予測処理を含む各種プログラム71と、各種データ等を書き換え可能に記憶する。分子構造情報72と、候補構造情報73と、初期構造情報74と、分子動力学解析結果75は、上記の各種データ等の一例である。結晶構造予測装置10は、1つの装置として構成することに制限はなく、適宜分割することができる。
例えば、結晶構造予測装置10を計算サーバにして、作業用の端末装置20を用いるサーバクライアント型に構成することができる。この場合、解析用の主たるプログラムを計算サーバの結晶構造予測装置10に配置して、端末装置20からの要求に応じて、計算サーバが要求に応じた処理を実行するとよい。
また、結晶構造予測装置10を処理の種類に応じて、結晶構造予測装置10A、10Bに分割してもよい。結晶構造予測装置10A、10Bは、互いに異なる種類の処理を実施するように構成される。この場合、結晶構造予測装置10A、10Bと端末装置20が、互いに通信可能に構成されていて、各装置間のデータが通信を利用して、又は共有メモリを利用して相互にデータを送受することができる。
上記の結晶構造予測装置10A、10Bと端末装置20は、
図1に示す結晶構造予測装置10と同様な構成を備えるものであってよい。
なお、以下の説明では、結晶構造予測装置10A、10Bと端末装置20などを、1つの装置(結晶構造予測装置10)に纏めて構成した場合を中心に説明する。
【0018】
結晶構造予測装置10の処理部3は、例えば、分子構造作成部31と、結晶構造生成部32と、初期結晶構造生成部33と、分子動力学計算部34と、エネルギー算出部35と、結晶構造予測部36と、を備える。処理部3内の各部の詳細については、後述する。
例えば、結晶構造生成部32と、初期結晶構造生成部33は、候補構造特定手段310の一例である。候補構造特定手段310は、分子構造作成部31を含めて構成されてもよい。分子動力学計算部34と、エネルギー算出部35と、結晶構造予測部36は、結晶構造予測手段320の一例である。上記の機能分割は一例であり、これに制限されない。例えば、初期結晶構造生成部33は、候補構造特定手段310に含まれるものではなく結晶構造予測手段320に含めてもよい。
【0019】
上記の候補構造特定手段310は、対象分子の分子構造に基づいて、対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定する。結晶構造予測手段320は、候補構造を用いた分子動力学計算を行うことにより候補構造の評価を行い、評価に基づいて対象分子の結晶構造を予測するとよい。
本件で開示する技術の一例としての結晶構造予測装置10は、上述したように、候補構造特定手段310と、結晶構造予測手段320とを少なくとも有し、必要に応じてその他の手段を有してよい。
【0020】
結晶構造予測装置10は、例えば、後述する結晶構造予測方法に基づく各種処理を実行する装置として形成されているとよい。また、本件の結晶構造予測装置における好適な態様は、例えば、本件の結晶構造予測方法における好適な態様と同様とすることができる。
【0021】
(結晶構造予測方法)
本件で開示する技術の一例としての結晶構造予測方法は、候補構造特定工程(例えば、後述の
図11のステップS102)と、結晶構造予測工程(例えば、後述の
図10のステップS103-S105)とを少なくとも含み、必要に応じてその他の工程を含む。また、本件の結晶構造予測方法は、例えば、これらの工程を、コンピュータが行うことにより実施することができる。さらに、本件の結晶構造予測方法は、例えば、本件の結晶構造予測装置10、本件の結晶構造予測プログラムの実行などにより行うことができる。
【0022】
<候補構造特定工程>
まず、候補構造特定工程について説明する。
結晶構造予測装置10の処理部3は、候補構造特定工程のなかで、対象分子の分子構造に基づいて、対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定する。
【0023】
図3は、実施形態の対象分子とその結晶構造について説明するための図である。結晶構造を形成する単位格子内に対象分子はエネルギー的に安定な状態になるような位置に置かれている。この結晶構造における対象分子の位置は、対象分子の分子配座(立体構造における幾何的な原子の位置関係)により異なる場合がある。
【0024】
図4Aと
図4Bは、実施形態の分子配座が異なる対象分子の結晶構造の一例を示す図である。
図4Aと
図4Bに示す対象分子は、同一の構造式で表されるが、配座やトポロジカルな構造が異なる。このように、同一の対象分子であっても、分子配座が異なる場合などには、単位格子内における分子の位置が大きく異なる場合がある。
【0025】
例えば、結晶構造生成部32と初期結晶構造生成部33は、候補構造特定手段310として、候補構造特定工程のなかで、対象分子の分子構造(1分子の配座)の情報を用いて、当該対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定する。対象分子の候補構造を特定することができれば、具体的な手法に特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができる。なお、対象分子の分子構造の情報には、対象分子の配座の情報が含まれる。結晶構造生成部32と初期結晶構造生成部33は、候補構造特定工程において、少なくとも対象分子の1分子の配座の情報を用いて特定される対象分子に適した候補構造を識別する。対象分子の分子構造(1分子の配座)の情報は、記憶部7の分子構造情報72に格納されているとよい。
【0026】
<<対象分子>>
図5に、実施形態の対象分子の一例を構造図に示す。
図5は、実施形態の対象分子の構造式を示す図である。なお、以下の説明に示す具体例(実施例)の対象分子は、例えばPhC
2-BQQDIである。対象分子は、これに制限されず、以下に示すように適宜変更できる。
【0027】
例えば、対象分子としては、集合して結晶を形成しうる分子であれば、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができる。例えば、分子結晶を形成しうる分子とすることができる。分子結晶を形成しうる分子としては、例えば、結晶性の有機化合物などが挙げられる。結晶性の有機化合物としては、例えば、π-π相互作用によりスタッキング可能な低分子化合物を好適に用いることができ、具体的には、π電子共役構造(環状構造など)を有する芳香族化合物などを用いることができる。
本件の技術では、π-π相互作用が見込める剛直な中心骨格(コア)を有する分子に対して、特に高精度で結晶構造を予測することができる。
例えば、中心骨格(コア)は、benzo[de]isoquinolino[1,8-gh]quinoline diimide (BQQDI)骨格をなす。この具体例のPhC2-BQQDIの中心骨格(コア)において、上記の中心骨格の両端部に、分子が延伸する方向にイミド基が配置されている。各イミド基には、コアに対する側鎖として、芳香環を含む官能基(例えば、フェネチル基:-C2H4Ph)、アルキル鎖(アルキル基:-R)などがそれぞれ配置されている。このような構造を有する結晶性の有機化合物に対して、本件の技術を好適に適用可能である。別の具体例については後述する。
【0028】
また、本件において、結晶性の有機化合物としては、有機半導体として用いることができるものであることが好ましい。言い換えると、本件では、対象分子が有機半導体であることが好ましい。なお、「有機半導体」は、有機半導体の分子を示すことがある。
ところで、軽量かつフレキシブルな次世代電子デバイスの実現に向けて有機半導体の性能の向上が求められており、有機半導体の性能に直結する結晶構造を予測することの重要性は極めて高い。本件の技術では、上述したように、一般にπ電子共役構造(環状構造など)を有する有機半導体の結晶構造について、特に高精度に予測することができる。
【0029】
また、結晶構造生成部32による、対象分子の分子構造に基づいて候補構造を特定する手法としては、結晶構造の候補となる構造を分子構造の情報から生成できる手法であれば、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができる。候補構造の特定に、例えば、公知の結晶構造探索プログラム(ソフトウェア)を用いることもでき、具体的には、CONFLEX(登録商標)を用いることができる。
CONFLEXを用いて候補構造を特定する場合、CONFLEXにおける計算条件等は適宜選択することができる。CONFLEXにおける計算条件としては、例えば、力場パラメータ、結晶構造を探索する空間群、構造最適化アルゴリズムなどが挙げられる。例えば、CONFLEXによって、分子の配座空間を探索するなどの方法で、基準にする対象分子の配座異性体の最適化構造を検索して、その検索によって抽出したなかから対象分子(モデル分子)の候補構造を特定してもよい。
【0030】
なお、特定する候補構造の数(候補構造の生成数)としては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができる。なお、特定する候補構造の数を、後述する結晶構造予測工程における分子動力学計算の計算コストや想定される候補構造の精度に合わせて選択することが好ましい。
結晶構造生成部32による候補構造の特定には、結晶エネルギー(Ecryst)を利用するとよい。結晶エネルギー(Ecryst)は、次の式(1)によって規定される。
【0031】
Ecryst=Eintra+Einter (1)
【0032】
上記の式(1)におけるEintraが分子内相互作用(非結合相互作用)に係るエネルギーであり、Einterが分子間相互作用(結合相互作用)に係るエネルギーである。このように結晶エネルギー(Ecryst)が、分子内相互作用と分子間相互作用とに基づくものとして規定できる。
【0033】
結晶エネルギー(Ecryst)はCONFLEXを用いて算出できる。CONFLEXによる抽出結果を用いて候補構造を特定する場合には、例えば、CONFLEXにより出力される結晶エネルギー(Ecryst)が低い順に所定数の候補構造を特定することが好ましい。この場合、本件の技術においては、CONFLEXにより出力された候補構造の全てについて、後述する分子動力学計算を実行して評価を行うことは必須ではなく、適宜選択した候補構造に対して、結晶構造予測工程の分子動力学計算による評価を行ってもよい。
【0034】
図6から
図8を参照して、実施形態のCONFLEXによる抽出結果について説明する。
図6は、実施形態のCONFLEXによる抽出結果と、分子動力学計算における全エネルギーの対応を説明するための図である。
図7は、実施形態のCONFLEXによる抽出結果の例に基づいた2つの分子を空間内に配置する例を説明するための図である。
図8は、実施形態のCONFLEXによる抽出結果の例に基づいた分子を結晶構造にして空間内に配置する例を説明するための図である。このように分子配置は、結晶構造に関係する。
【0035】
例えば、CONFLEXによって、対象分子の複数の候補構造が抽出され、抽出結果が候補構造情報73に格納される。
図6に示すグラフの横軸は、CONFLEXの解析結果によって順位付けされた上位から35個の候補構造に対応付けられている。この図の場合、横軸の左端の原点に近いほど結晶エネルギーが低く、実際の結晶構造に近い候補構造である可能性が高いものであると、CONFLEXが判定したものになる。
なお、この順位は、候補構造を識別するため、その名称(ID)の最後にこの順位を付与し、「PhC
2-BQQDI-1」や「候補1」のような名称で候補構造を呼称する。
図6に示すグラフの縦軸は、各候補構造について検証を行った結果に基づく分子動力学計算における全エネルギーの大きさを示す。
図6に示すようにCONFLEXの解析結果による順位に対して、全エネルギーの大きさとの間に相関性が低くなる場合があることが明らかになった。なお、分子動力学計算における全エネルギーの詳細については後述する。
【0036】
以下、CONFLEXの結果よりも解析精度を高める分子動力学計算の手法の詳細について説明する。
なお、後述する分子動力学計算のために、上記の結晶構造生成部32(CONFLEX)によって抽出する候補構造の個数は、予め設定されたパラメータによって規定するとよい。
初期結晶構造生成部33は、それらの候補構造のなかで、結晶エネルギー(Ecryst)が比較的低い所定数の候補構造を選択する。以下の説明では、例えば7個を例示する。
【0037】
図7の(a)から(g)に、前述の
図6に示した候補構造について、その空間内の分子配置をモデル化して夫々示す。このように、同じ分子式で識別される分子であっても、分子内の配座の違いにより、個々の分子が単位格子内に配置される位置が異なるものになる。
【0038】
図8の(a)から(g)に、
図7と同様に、前述の
図6で示したCONFLEXでの順位の番号を示した候補構造の結晶構造をモデル化して夫々示す。このように、個々の分子の構造によって、これらが結晶構造で空間内に配置されると、互いに異なる配置になり、幾何学的に異なっていることが読み取れる。このように、同じ分子式で識別される分子であっても、分子内の配座の違いにより、これが結晶構造で空間内に配置されると、互いに異なる配置で安定することがある。本件の技術は、上記の夫々の配置例の安定性を、以下に示す「結晶構造予測工程」の手法を用いて評価する。
【0039】
<結晶構造予測工程>
次に、結晶構造予測工程について説明する。
結晶構造予測装置10の処理部3は、結晶構造予測工程のなかで、候補構造を用いた分子動力学計算を行うことにより候補構造の評価を行い、評価に基づいて対象分子の結晶構造を予測する。例えば、分子動力学計算部34と、エネルギー算出部35と、結晶構造予測部36は、結晶構造予測工程のなかで、候補構造特定工程において特定された候補構造を利用した分子動力学計算に基づく評価を行い結晶構造を予測する。結晶構造を予測することができれば、具体的な手法に特に制限はなく目的に応じて適宜選択が可能である。
【0040】
ここで、候補構造を用いた分子動力学計算としては、例えば、候補構造に基づいた初期構造に対する分子動力学計算とすることができる。候補構造に基づいた初期構造としては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができ、例えば、特定された候補構造自体であってもよく、候補構造をさらに積層した構造であってもよい。前述の初期結晶構造生成部33により生成された候補構造に基づいた初期構造を適用できる。
なお、CONFLEXにより候補構造を特定する場合、通常は、候補構造として結晶構造における単位構造(ユニットセル)が出力されるため、分子動力学計算を行う際には、出力された単位構造を3次元的に積層して数百分子を含む構造を生成して、生成した大きな構造に対して分子動力学計算を行うことにより、結晶構造の予測精度をより向上させることができる。
【0041】
<<分子動力学計算>>
分子動力学計算部34は、結晶構造予測工程において分子動力学計算を実施する。分子動力学計算部34は、この分子動力学計算において、候補構造(候補構造を積層した構造を含む)における、熱的揺動(熱揺らぎ)を含めた原子・分子のダイナミクスをシミュレートする。この分子動力学計算として、上記のダイナミクスをシミュレート可能なものであれば、具体的な手法に特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができる。
ここで、分子動力学(Molecular Dynamics、MD)とは、ニュートンの運動方程式を数値的に解くことにより、原子などの粒子(質点)の運動をシミュレーションする方法を意味する。
分子動力学法による分子動力学計算(シミュレーション)は、例えば、分子動力学計算プログラムを用いて行うことができる。分子動力学計算プログラムとしては、例えば、GROMACS(http://www.gromacs.org/)、AMBER(http://ambermd.org/)、CHARMM(http://www.charmm.org/charmm/)、NAMD(http://www.ks.uiuc.edu/Research/namd/)、LAMMPS(https://www.lammps.org/)、GENESIS(https://www.r-ccs.riken.jp/labs/cbrt/)などが挙げられる。
【0042】
ここで、分子動力学計算においては、分子中に存在する各原子が、分子動力学計算のなかでどのような力を受けているのかを関数として数式化した分子力場を用いることができる。分子力場に基づく分子動力学計算では、原子間にはたらく力を、原子間の相互作用を表すパラメータ(結合距離や結合角など)を変数とし、原子の種類や結合様式によって決まるポテンシャル関数で数値として表す。
本件の技術において、適用することができる分子力場としては、特に制限なく目的に応じて適宜選択することができ、例えば、有機化合物についての汎用分子力場であるGAFF(general AMBER force field)などを用いることができる。
【0043】
それぞれの原子にはたらく力によるエネルギーの種類としては、例えば、結合長のエネルギー、結合角のエネルギー、二面角のエネルギー、ファンデルワールス相互作用エネルギー、静電相互作用エネルギーなどが挙げられる。なお、分子動力学計算においては、通常、分子を構成する全ての原子にはたらく力の総和が「ポテンシャルエネルギー」となる。
また、分子動力学計算において静電相互作用を算出する際には、通常、分子を形成する各原子に点電荷を設定し、その原子における点電荷に基づいて静電相互作用を算出する。分子を形成する各原子に点電荷としては、例えば、RESP(Restrained Electrostatic Potential)電荷を用いることが好ましい。
上記のように、エネルギー算出部35は、上記の各種エネルギーに基づく「ポテンシャルエネルギー」を算出する。
また、エネルギー算出部35は、分子動力学計算における運動エネルギーを、各原子の速度とその質量とに基づいて算出する。
本件の技術においては、候補構造のエネルギーとして、ポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの両方を考慮することが好ましい。言い換えると、本件の技術では、候補構造のエネルギーが、候補構造におけるポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの和を含むことが好ましい。
こうすることにより、本件の技術では、分子にかかる力(ポテンシャル)と分子のダイナミクス(運動)をより適切に評価することができるため、さらに高精度な評価を行うことができる。例えば、エネルギー算出部35は、算出された各種エネルギーに基づく「ポテンシャルエネルギー」と「運動エネルギー」を夫々算出し、さらにその和である「全エネルギー」を算出して、これを利用するとよい。
なお、以下では、ポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの和を全エネルギーと称することがある。
【0044】
本分子動力学計算における「シミュレーション時間」とは、一般に、ニュートンの運動方程式に基づいて離散時間解析することによって、短い刻みの時間ごとに原子の位置、又はその位置の変化を繰り返し計算することにより、その原子を含む分子の動きをシミュレートする時間を意味する。
本件の技術においては、上記のシミュレーション時間における所定の時間範囲を解析の対象として選択し、エネルギー等を算出することが好ましい。つまり、解析の時間範囲として、分子動力学計算によるシミュレーション時間の一部を選択して、選択した時間範囲のデータを用いてエネルギー等を算出することが好ましい。解析の時間範囲としては、例えば、シミュレーション時間における後半(例えば、シミュレーション時間が20ns(ナノ秒)であれば、15ns~20nsや19ns~20nsなど)とすることが好ましい。
また、上記の短い刻みの時間(時間刻み幅)は、例えば、0.1fs(フェムト秒)以上10fs以下であることが好ましく、0.5fs以上2.0fs以下であることがより好ましい。ここで、時間刻み幅での原子の位置の変化を繰り返し計算する際における繰り返し回数を「ループ回数」とすると、シミュレーション時間は、時間刻み幅とループ回数の積で表される。
【0045】
図9を参照して、実施形態の分子動力学計算のシミュレーション結果について説明する。
図9は、実施形態のCONFLEXによる抽出結果と、分子動力学計算の解析結果を説明するための図である。
【0046】
本件の技術において、シミュレーション時間としては、候補構造の評価を行うために必要となるデータを取得できれば、特に制限はなく目的に応じて適宜選択できる。例えば、実施例に示す結果は、分子動力学計算によるシミュレーション時間を20nsにして、解析の時間範囲を、15nsから20nsにした事例を示す。
【0047】
図9に、抽出された7個の候補構造についてCONFLEXの解析結果による順位と分子動力学計算の結果の全エネルギーによる順位を対比して示し、さらに実際に実験的に確認された結果と比較して、有効性が認められた候補構造の「評価」の欄に「〇」印を付与する。
図9に示す順位は、
図6に示した全エネルギーの大きさに基づくものである。この7個の候補構造を、全エネルギーが小さい順に並べると、候補25、候補35、候補9、候補5、候補3、候補7、候補17の順になる。
なお、X線結晶構造解析により得られた実際の結晶構造は、CONFLEXにより抽出された候補3と一致する構造であり、本実施形態では候補3が正しい結晶構造(正解の構造)である。実験的に確認された結果と、分子動力学計算の結果から有効性が認められた候補構造とが一致することが確認できた。なお、候補5は候補3とは一部の分子の配向が反転しただけの、互いに類似した結晶構造であり、実験ではこれまでに確認されていないが、実際の結晶構造としては存在しうる可能性がある。
上記のとおり、分子動力学計算の解析結果に基づいて抽出された候補構造には、CONFLEXによって抽出された候補1、候補2が含まれていない。換言すれば、CONFLEXによって抽出された候補1、候補2は、分子動力学計算の結果に基づいて抽出された7個の候補構造よりも注目度が低いものと判断された。CONFLEXの結果によって抽出された結果をそのまま利用する場合、上記の候補1、候補2を、候補3の前に検証することが一般的である。本実施形態の分子動力学計算の解析結果には、上記の候補1、候補2などが含まれていない。CONFLEXの結果の全35個の候補を、順に検証する場合に比べて解析対象を絞ることができる。
【0048】
ここで、分子動力学計算で設定するアンサンブルとしては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択できる。
本件の技術においては、より安定な結果が得られるように分子動力学計算のシミュレーションを実施するために、例えば、粒子数、体積、温度一定(NVTアンサンブル)の分子動力学計算による構造緩和を行った後に、粒子数、圧力、温度一定(NPTアンサンブル)の分子動力学計算による計算系の平衡化を行うことが好ましい。
【0049】
また、分子動力学計算における設定温度としては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択でき、例えば、対象分子が結晶構造をとりうる温度とすることが好ましい。言い換えると、本件の技術では、結晶化可能な対象分子について解析する。その解析において、対象分子が結晶化しうる温度を設定して分子動力学計算を行うことが好ましい。
ここで、分子動力学計算で設定する所定の温度としては、上述した対象分子が結晶構造をとりうる温度のほかに、例えば、室温(300Kなど)、対象分子と類似する分子が結晶化する温度、対象分子を材料として用いるときに想定される温度(デバイスを動作させるときの温度)などとすることができる。
こうすることにより、本件の技術では、対象分子による結晶構造におけるリアリティの高い熱的揺動をシミュレートすることができるため、より適切に熱的揺動の影響を考慮して、さらに高精度に結晶構造を予測することができる。
【0050】
<<候補構造の評価>>
結晶構造予測部36は、結晶構造予測工程のなかで、分子動力学計算に基づく評価を行い結晶構造を予測する。
本件の技術において、分子動力学計算に基づいて候補構造の評価を行う手法としては、分子動力学計算によって得られたデータ(トラジェクトリ、エネルギーなど)に基づく評価であれば、特に制限はなく目的に応じて適宜選択できる。例えば、候補構造の評価は、候補構造(候補構造を積層した構造を含む)におけるエネルギーに基づく評価であることが好ましい。言い換えると、本件の技術の候補構造の評価の手法では、分子動力学計算から得た候補構造のエネルギーに基づいて評価を行うことが好ましい。
こうすることにより、本件の技術では、候補構造における分子の熱的揺動の影響を考慮して、候補構造のエネルギー的な安定性を評価できるため、より高精度な評価を行うことができる。候補構造のエネルギーを、単位量当たりの熱量(kJ/mol)を単位にして示すことにより、エネルギー的な安定性を評価することが可能になる。
【0051】
また、候補構造のエネルギーを算出する手法としては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択でき、例えば、分子動力学計算プログラムに付随した解析ツールなどを用いて行うことができる。
【0052】
本件の技術において、対象分子の結晶構造を予測する手法としては、候補構造についての分子動力学計算による評価に基づいた手法であれば、特に制限はなく目的に応じて適宜選択できる。例えば、所定の評価基準に従い、候補構造のエネルギー(全エネルギー)の大きさ(評価値)の順に順位付け(ランキング)する手法などを用いることができる。この順位付けの手法によれば、正しい結晶構造である可能性が高い順に順位付ける(ランキング)ことができる。
評価値に応じて、正しい結晶構造である可能性が高い順に順位付けする手法としては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択できる。例えば、結晶構造の評価値を低い順に順位付けして整理すれば、その評価値が低いほど正しい結晶構造が抽出されたとみなすことができる。この候補構造の順位を、結晶構造の予測の優先順位とすれば、より正しい結晶構造を抽出できる。
【0053】
例えば、一般にエネルギーが低い程安定な構造であると考えられる。本件の技術において、候補構造のエネルギーに基づいて評価を行う場合に、より安定な構造を求めるならば、エネルギーが低い候補構造の評価が高くなることが好ましい。言い換えると、本件の技術においては、候補構造のエネルギーが低い程、評価の結果が良いものとして結晶構造を予測することが好ましい。
より具体的には、本件の技術では、候補構造についての分子動力学計算から算出したエネルギーが低い順に、正しい結晶構造である可能性が高いものとして順位付ける。
この順位付けに従えば、エネルギー的に安定である順に、上位に順位付けされることになるため、正しい結晶構造を高精度に予測することができる。これにより、この順位に従って選択された結晶構造が、より安定な結晶構造を有していると予測できる。
【0054】
また、本件の技術においては、エネルギーによる候補構造の評価だけではなく、他の指標を用いて候補構造を評価してよい。他の指標としては、候補構造の安定性を反映した指標であれば、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができ、例えば、この指標に温度因子(B-factor)を用いることができる。
温度因子は、分子における熱的揺動の大きさを定量的に表した指標である。結晶構造においては、各分子の温度因子の値が小さい方が熱的安定性が高いと考えることができる。このため、本件の技術では、例えば、分子動力学計算の結果を解析して算出した温度因子の値が小さい候補構造を、正しい結晶構造である可能性が高い候補構造として予測してもよい。さらに、本件の技術では、エネルギーによる評価と温度因子による評価を両方とも行ってもよい。
なお、温度因子は、例えば、分子動力学計算を行うプログラムに付随した解析プログラムなどの公知のプログラムを用いて求めることができる。
【0055】
<その他の工程>
その他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0056】
(結晶構造予測プログラム)
本件で開示する技術の一例としての結晶構造予測プログラムは、上述したように、候補構造特定処理と、結晶構造予測処理とをコンピュータに行わせ、必要に応じてその他の処理をコンピュータに行わせるためのプログラムである。
【0057】
本件の結晶構造予測プログラムは、例えば、本件の結晶構造予測方法をコンピュータに実行させるプログラムとすることができる。また、本件の結晶構造予測プログラムにおける好適な態様は、例えば、本件の結晶構造予測方法における好適な態様と同様にすることができる。
【0058】
本件の結晶構造予測プログラムは、使用するコンピュータシステムの構成及びオペレーティングシステムの種類・バージョンなどに応じて、公知の各種のプログラム言語を用いて作成することができる。
【0059】
本件の結晶構造予測プログラムは、内蔵ハードディスク、外付けハードディスクなどの記録媒体に記録しておいてもよいし、CD-ROM、DVD-ROM、MOディスク、USBメモリなどの記録媒体に記録しておいてもよい。
さらに、本件の結晶構造予測プログラムを、上記の記録媒体に記録する場合には、必要に応じて、コンピュータシステムが有する記録媒体読取装置を通じて、これを直接又はハードディスクにインストールして使用することができる。また、コンピュータシステムから情報通信ネットワークを通じてアクセス可能な外部記憶領域(他のコンピュータ、クラウド・コンピューティング(クラウド)における記憶装置など)に本件の結晶構造予測プログラムを記録しておいてもよい。この場合、外部記憶領域に記録された本件の結晶構造予測プログラムは、必要に応じて、外部記憶領域から情報通信ネットワークを通じてこれを直接、又はハードディスクにインストールして使用することができる。
なお、本件の結晶構造予測プログラムは、複数の記録媒体に、任意の処理ごとに分割されて記録されていてもよい。
【0060】
ここで、
図10を参照して、本件の技術を用いて、対象分子の結晶構造を予測する際の流れの一例について説明する。以下では、
図10において「S」で示すステップごとに説明する。
【0061】
まず、S101では、処理部3の分子構造作成部31は、分子モデリングソフトにより、対象分子の分子構造を作成する。言い換えると、S101においては、例えば、処理部3の分子構造作成部31は、分子モデリングソフトを用いて、結晶構造を予測する対象となる対象分子の分子構造の構造データを作成する。
ここで、分子構造の構造データ作成に用いる分子モデリングソフトとしては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができ、例えば、Winmostar(登録商標)などを用いることができる。また、作成する構造データのフォーマットとしては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができ、例えば、molファイルなどを用いることができる。
【0062】
続いて、S102では、処理部3の候補構造特定手段310(分子構造作成部31)は、対象分子の分子構造に基づいて結晶構造の候補を探索して候補構造を特定する。より具体的には、S102においては、例えば、S101で作成した対象分子の分子構造の構造データを用いて、結晶構造探索プログラムによる結晶構造探索を行うことにより、結晶構造の候補となる候補構造を複数生成する。ここで、結晶構造探索プログラムとしては、上述したように、例えば、CONFLEX(登録商標)を用いることができる。
また、本件の技術においては、S102での結晶構造探索プログラムによる結晶構造探索の前に、結晶構造探索プログラム等を用いて、S101で作成した分子構造に対する、1分子での構造最適化を行ってもよい。
【0063】
次に、S103では、処理部3の候補構造特定手段310(初期結晶構造生成部33)は、特定した候補構造を積層して、分子動力学計算の初期構造を作成する。より具体的には、S103においては、例えば、候補構造特定手段310は、S102で特定した候補構造(結晶構造における単位構造)の構造データのそれぞれに対して、3次元的に積層する処理を行うことにより、数百分子を含む初期構造を作成して、初期構造情報74に追加する。なお、S103で行う処理は、適宜公知のプログラムを用いて行うことができる。
【0064】
そして、S104では、処理部3の結晶構造予測手段320(分子動力学計算部34)は、作成した初期構造を用いて、分子動力学計算を実行する。より具体的には、S104においては、例えば、結晶構造予測手段320は、S103で作成され初期構造情報74に格納されている初期構造を用いて、対象分子が結晶化しうる温度(例えば、室温)を設定した条件で、比較的短時間の構造緩和計算(NVTアンサンブル)を行った後、比較的長時間の平衡化計算(NPTアンサンブル)を実行する。結晶構造予測手段320は、分子動力学計算の結果を分子動力学解析結果75に追加する。
【0065】
なお、分子動力学計算を実行する際には、結晶構造予測手段320は、例えば、力場パラメータの設定、分子を形成する各原子における点電荷の設定、エネルギー極小化計算などの事前の処理を行うことが通常であるため、必要に応じてこれらの処理を行うことが好ましい。
【0066】
続いて、S105では、処理部3の結晶構造予測手段320(エネルギー算出部35)は、分子動力学計算の結果を用いて、候補構造におけるエネルギーを算出する。より具体的には、S105においては、例えば、結晶構造予測手段320は、S104で実行した分子動力学計算の計算結果(分子動力学解析結果75)のデータを解析することにより、候補構造から作成したそれぞれの計算系についての全エネルギー(ポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの和)を算出する。
なお、全エネルギーを算出するために用いる計算結果のデータの範囲としては、例えば、上述した平衡化計算におけるシミュレーション時間の後半(平衡状態に達していると考えられる時間範囲)のデータを用いることが好ましい。より好ましくは、シミュレーション時間の終了に比較的近い所定の期間を含むように上記の範囲を予め決定するとよい。
【0067】
次に、S106では、処理部3の結晶構造予測手段320(結晶構造予測部36)は、算出したエネルギーの値に基づいて、候補構造を順位付けする。より具体的には、S106においては、例えば、結晶構造予測手段320は、S105で算出したエネルギーの値が低い順に、評価の結果が良いものとして候補構造を順位付けることにより、候補構造を評価するとよい。
【0068】
そして、S107では、結晶構造予測手段320(結晶構造予測部36)は、エネルギーが低い候補構造を正しい結晶構造である可能性が高い構造として予測すると、処理を終了させる。より具体的には、S107においては、例えば、結晶構造予測手段320は、S106で行った順位付けの結果に基づいて、エネルギーが低い順に所定数の候補構造を選択し、選択された所定数の候補構造が正しい結晶構造である可能性が高い構造であるとして予測(特定)すると、処理を終了させる。
【0069】
また、
図10においては、本件の技術の一例における処理の流れについて、特定の順序に従って説明したが、本件の技術においては、技術的に可能な範囲で、適宜各ステップの順序を入れ替えることができる。また、本件の技術においては、技術的に可能な範囲で、複数のステップを一括して行ってもよい。
【0070】
以上、説明したように、本件の結晶構造予測方法は、対象分子の分子構造に基づいて、対象分子の結晶構造の候補となる候補構造を特定し、候補構造を用いた分子動力学計算を行うことにより候補構造の評価を行い、評価に基づいて対象分子の結晶構造を予測する。こうすることにより、本件の結晶構造予測方法は、対象分子の分子構造の情報から、当該対象分子により形成される結晶構造を、結晶構造における分子の熱的揺動の影響を考慮して、より高精度に予測できる。
【0071】
(第2の実施形態)
図11から
図13を参照して、第2の実施形態について説明する。第1の実施形態では、具体的な対象分子としてPhC
2-BQQDIを適用した事例について説明した。対象分子の種類はPhC
2-BQQDIに制限されない。第2の実施形態では、これに代わる別の対象分子としてPhC
2-PDIを適用する事例について説明する。対象分子の中心骨格(コア)がperylenetetracarboxylic diimide (PDI)に代わる。
【0072】
図11は、実施形態の対象分子の構造式を示す図である。
図12は、実施形態のCONFLEXによる抽出結果と、分子動力学計算における全エネルギーの対応を説明するための図である。
図13は、実施形態のCONFLEXによる抽出結果と、分子動力学計算の解析結果を説明するための図である。なお、
図11が前述の
図5に対応し、
図12が前述の
図6に対応し、
図13が前述の
図9に対応する。
【0073】
第2の実施形態における対象分子(PhC2-PDI)の場合も第1の実施形態と同様に、候補構造特定工程において抽出する候補構造の個数を、例えば、35個にする。
【0074】
図13に、抽出された8個の候補構造についてCONFLEXの解析結果による順位と分子動力学計算の結果の全エネルギーによる順位を対比して示し、さらに実際に実験的に確認された結果と比較して、有効性が認められた候補構造の「評価」の欄に「〇」印を付与する。
図13に示す順位は、
図12に示した全エネルギーの大きさに基づくものである。この8個の候補構造を、全エネルギーが小さい順に並べると、候補1、候補34、候補10、候補2、候補9、候補19、候補25、候補5の順になる。
なお、実験による検証の結果から確認された結晶構造は、候補34と一致する構造であり、本実施形態では候補34が正しい結晶構造(正解の構造)である。このように、候補34は、分子動力学計算の結果が示す候補構造の比較的上位にあり、実際に実験的に確認された結果と一致した。
比較例としてのCONFLEXによって抽出された候補の順に検証を行うと、34番目にようやくその対象と判断される場合が想定される。
これに対して、分子動力学計算の結果を用いれば、候補34は、候補1に次いで2番目になる。このため、分子動力学計算の結果の順に従えば、高精度に結晶構造を予測することができる。本実施形態の分子動力学計算の解析結果を用いることで、CONFLEXの結果の全35個の候補を、順に検証する場合に比べて解析対象を絞ることのほか、解析を実施する順序も最適化できる。
【0075】
第2の実施形態によれば、第1の実施形態と同様に、分子動力学計算の解析結果を用いることで、候補構造のなかからより適した対象分子を抽出できる。
【0076】
上記のように本実施形態によれば、対象分子の種類が代わっても、第1の実施形態と同様の効果を奏する。
【0077】
以上のとおり、本開示に係るいくつかの実施形態を説明したが、これら全ての実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することを意図していない。これらの実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これらの実施形態及びその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0078】
3 処理部
7 記憶部
10 結晶構造予測装置
31 分子構造作成部
32 結晶構造生成部
33 初期結晶構造生成部
34 分子動力学計算部
35 エネルギー算出部
36 結晶構造予測部
72 分子構造情報
73 候補構造情報
74 初期構造情報
75 分子動力学解析結果
310 候補構造特定手段
320 結晶構造予測手段
【手続補正書】
【提出日】2022-09-22
【手続補正1】
【補正対象書類名】図面
【補正方法】変更
【補正の内容】
【手続補正2】
【補正対象書類名】図面
【補正方法】変更
【補正の内容】
【手続補正3】
【補正対象書類名】図面
【補正方法】変更
【補正の内容】
【手続補正4】
【補正対象書類名】図面
【補正方法】変更
【補正の内容】
【手続補正5】
【補正対象書類名】図面
【補正方法】変更
【補正の内容】