(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024043191
(43)【公開日】2024-03-29
(54)【発明の名称】拡散係数の導出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/046 20180101AFI20240322BHJP
【FI】
G01N23/046
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022148232
(22)【出願日】2022-09-16
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.VISUAL BASIC
(71)【出願人】
【識別番号】390006323
【氏名又は名称】ポリプラスチックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】八木 敦史
(72)【発明者】
【氏名】青木 現
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA11
2G001CA01
2G001DA09
2G001HA07
2G001HA13
2G001HA14
2G001JA08
2G001KA20
2G001LA05
2G001MA05
2G001PA12
(57)【要約】
【課題】樹脂成形体の内部に浸透する溶媒の拡散係数を導出する。
【解決手段】樹脂成形体に造影剤として機能する溶媒を浸透させる工程と、溶媒を浸透させた樹脂成形体をX線により撮影して樹脂成形体の断面の画像を取得する工程と、樹脂成形体の断面の画像を樹脂成形体における溶媒の濃度分布に変換する工程と、樹脂成形体における溶媒の濃度分布から拡散方程式に基づいて拡散係数を導出する工程とを含み、拡散係数を導出する工程は、溶媒濃度に依存した拡散係数を導出し、拡散方程式に基づくボルツマン俣野の方法を用いる。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂成形体に浸透する溶媒の拡散係数を導出する方法であって、
前記樹脂成形体に造影剤として機能する溶媒を浸透させる工程と、
前記溶媒を浸透させた樹脂成形体をX線により撮影して前記樹脂成形体の断面のX線CT画像を取得する工程と、
前記樹脂成形体の断面の画像を前記樹脂成形体における前記溶媒の濃度分布に変換する工程と、
前記樹脂成形体における前記溶媒の濃度分布から拡散方程式に基づいて溶媒の濃度に依存した拡散係数を導出する工程と
を含む方法。
【請求項2】
前記拡散係数を導出する工程は、拡散方程式に基づくボルツマン俣野の方法を用いる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記溶媒は、前記樹脂成形体を構成する樹脂の質量吸収係数よりも高い質量吸収係数を有する請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記X線により撮影した前記樹脂成形体の断面の画像は、X線CT画像である請求項1に記載の方法。
【請求項5】
樹脂成形体に浸透する溶媒の拡散係数を導出する方法であって、
前記樹脂成形体の有限要素法による解析モデルを作成する工程と、
前記作成した解析モデルを用い、拡散係数の対数を濃度の一次関数の双曲線正接の一次関数として与える実験式を用いて溶媒濃度に依存した拡散係数を導出する工程と
を含む方法。
【請求項6】
前記の実験式を用いて溶媒濃度に依存した拡散係数を導出する工程は、実測値に適合するように前記実験式のパラメータを最適化して導出する請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記溶媒濃度に依存した拡散係数を導出する工程は、前記樹脂成形体における前記溶媒の濃度分布に基づいて前記樹脂成形体の膨潤を導出することをさらに含む請求項5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、拡散係数の導出方法に関し、詳しくは、樹脂成形体に浸透する溶媒の拡散係数の導出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車分野において、車体軽量化のため、熱可塑性樹脂の射出成形体からなる樹脂成形体によって、金属部品を代替する動きが進んでいる。熱可塑性樹脂の中でも、耐薬品性、特に耐燃料性に優れる組成物は、例えば燃料ポンプモジュール、燃料フランジ、燃料ポンプインペラーなどの燃料油と直接接触する燃料系システム部品として使用されている。
【0003】
しかし、それらの樹脂成形体を自動車のように長期間用いられる製品に使用した場合、樹脂成形体を長期間燃料に浸漬することによって、燃料が樹脂成形体の内部に浸透及び拡散して膨潤が発生し、樹脂成形体の寸法変化が生じる。そして、場合によっては部品間のクリアランスが消失することにより、燃料供給に不具合が生じる原因になり、機械的特性の低下等が懸念されている。そのため、燃料等の浸漬及び拡散による樹脂成形体の膨潤挙動の予測及び解析の手法や、対策が求められている。また、昨今では、バイオディーゼル燃料のように燃料成分が多様化しており、自動車部品用の樹脂成形体では、耐薬品性、寸法安定性のさらなる向上が求められている。これらの問題を解決するため、樹脂成形体内部における燃料の濃度に依存した拡散係数を導出し、燃料の浸漬及び拡散による樹脂成形体の膨潤挙動を予測することが非常に重要となる。
【0004】
拡散係数を求める方法として、重量変化率などから間接的に予測する方法(非特許文献1参照)や、フィルムに溶液を浸透させて光を当て、濃度による屈折率変化を観察する方法が知られている(特許文献1を参照)。一方、特許文献2には、造影剤とX線CTの使用によって、密度や結晶化度などの樹脂成形体の内部構造を反映した溶媒の浸透速度が求められることが記載されている。また、例えば特許文献3には、樹脂成形体の溶媒浸漬による破壊箇所の予測方法が記載されている。特許文献4には、異方性樹脂成形体の構造解析方法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2018-527556号公報
【特許文献2】特開2012-233751号公報
【特許文献3】特開2019-059116号公報
【特許文献4】特開2016-203584号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Y. Takeshita et al., “Water Absorption and Degraded Stress Relaxation Behavior in Water-Borne Anticorrosive Urethane/Epoxy Coatings”, Journal of Chemistry and Chemical Engineering, 9, 75-89, 2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前述の重量変化率などから拡散係数を間接的に予測する方法では、バルクでの数値しか得られないため拡散係数を求めるためには非常に多くの実験が必要になっていた。濃度による屈折率変化を観察する方法では、測定可能なサンプル形状はフィルムに限定されるため、肉厚な樹脂成形体での拡散係数の導出は困難であった。特許文献3には、樹脂成形体内部の溶媒の拡散係数の導出については記載されていない。
【0008】
特許文献4の方法では、樹脂成形体の薬品浸漬による破壊箇所の予測方法が記載されているが、膨潤挙動の予測方法については記載されていない。特許文献5の方法では、異方性フィラーを含有する異方性樹脂成形体の異方性熱膨張挙動、弾性率異方性について考慮することで、荷重や強制変位に対する発生応力や発生ひずみの評価、熱による変形などの予測が可能だが、異方性を示す膨潤挙動に関しては記載されていない。そして、ガラス繊維などの繊維状フィラーを含む熱可塑性樹脂においては、膨潤挙動に異方性が生じるため、燃料等の溶媒の浸漬による、異方性樹脂成形体の寸法変化予測及び解析は困難であった。
【0009】
本発明は、上述の実情に鑑みて提案されるものであって、自動車の燃料のような溶媒の浸透および拡散による樹脂成形体の膨潤挙動を予測するために、樹脂成形体の内部に浸透する溶媒濃度に依存した拡散係数を導出する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、以下の知見を得て上述の課題を解決することを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、樹脂成形体に浸透する溶媒濃度に依存した拡散係数を導出する方法は、樹脂成形体に造影剤として機能する溶媒を浸透させる工程と、溶媒を浸透させた樹脂成形体をX線CTにより撮影し、樹脂成形体の断面画像を取得する工程と、樹脂成形体の断面画像を画像解析ソフトを用いた画像解析により、樹脂成形体内部における溶媒の濃度分布を算出する工程と、樹脂成形体内部における溶媒の濃度分布から拡散方程式に基づいた変換式を用いることで樹脂成形体内部の溶媒濃度に依存した拡散係数を導出する工程とを含むものである。
【0011】
樹脂成形体内部の溶媒濃度に依存した拡散係数を導出する工程は、拡散方程式に基づくボルツマン俣野の方法を用いてもよい。
【0012】
溶媒は、樹脂成形体を構成する樹脂よりも高い質量吸収係数を有してもよい。X線により撮影した樹脂成形体の断面の画像は、X線CT画像であってもよい。
【0013】
樹脂成形体に浸透する溶媒濃度に依存した拡散係数を導出する方法は、樹脂成形体の有限要素法による解析モデルを作成する工程と、作成した解析モデルを用いて、樹脂成形体内部における拡散係数の対数を濃度の一次関数の双曲線正接の一次関数として与える実験式を用いて、溶媒濃度に依存した拡散係数を導出する工程とを含むものである。
【0014】
実験式を用いて溶媒濃度に依存した拡散係数を導出する工程は、実測値に適合するよう拡散係数の初期値及び変動幅に関してパラメータを最適化して求めてもよい。溶媒濃度に依存した拡散係数を導出する工程は、樹脂成形体における溶媒の濃度分布に基づいて樹脂成形体の膨潤挙動を導出することをさらに含んでもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、樹脂成形体の内部における溶媒の濃度に依存した拡散係数を導出することができ、ひいては自動車の燃料のような溶媒の拡散による樹脂成形体の膨潤挙動を予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】第1の実施の形態の溶媒濃度に依存した拡散係数の導出方法の一連の工程を示すフローチャートである。
【
図2】引張試験片を設置したX線CT撮影装置の写真である。
【
図6】サンプルにおける溶媒の濃度分布を示す図である。
【
図8】拡散係数を決定する方法について説明するための図である。
【
図9】溶媒の濃度分布を示す図へのボルツマン俣野の方法の適用について説明する図である。
【
図10】溶媒濃度と拡散係数の関係を示す図である。□は実測値、●は有限要素法による解析により導出した値である。
【
図11】第2の実施の形態の拡散係数の導出方法の一連の工程を示すフローチャートである。
【
図12】樹脂成形体の解析モデルを示す斜視図である。
【
図13】拡散係数の濃度依存性(実測値)を示す図である。
【
図14】拡散係数の濃度依存性(数17の実験式より導出した解析値)を示す図である。
【
図15】有限要素法による解析により得られた溶媒の濃度分布を示す図である。
【
図16】有限要素法による解析により得られた溶媒の濃度分布を実測値と対比して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して溶媒濃度に依存した樹脂成形体における拡散係数の導出方法の実施の形態について詳細に説明する。本実施の形態においては結晶性熱可塑性樹脂によって構成された樹脂成形体に自動車の燃料のような溶媒が浸透することを想定しているが、これに限定されず、樹脂成形体は例えば非結晶性熱可塑性樹脂のような他の種類の樹脂から構成されてもよく、自動車の燃料ではない他の種類の薬液が溶媒として浸透するものであってもよい。なお、以下の実施の形態には、本実施の形態を具体的な試験対象に適用した実施例も含めて説明するものとする。
【0018】
(第1の実施の形態)
第1の実施の形態では、ボルツマン俣野の方法を用いて拡散係数を導出する。
図1は、第1の実施の形態の拡散係数の導出方法の一連の工程を示すフローチャートである。
【0019】
最初のステップS11では、樹脂成形体による引張試験片を溶媒に浸漬させる。溶媒は、基本的に単一の種類から構成されるが、複数種類の溶媒が混合されて構成されてもよい。引張試験片は、ISO 527-1,2に準拠し、ポリプラスチックス株式会社製のジュラファイド(登録商標)PPS 0220A9(無充填材)を射出成形して作成する。なお、引張試験片は、これに限らず、例えば同社製のジュラファイド(登録商標)PPS 1140A1(ガラス繊維強化材)、6165A7S(ガラス繊維強化材)など他の種類の樹脂から形成してもよい。また、樹脂成形体に溶媒を浸漬する試験片は、引張試験片に限らず、他の種類の試験片を用いてもよい。
【0020】
この引張試験片を80℃の溶媒に所定時間にわたり浸漬する。溶媒の温度は、60℃から100℃の範囲にあることが好ましい。溶媒には、熱可塑性樹脂の質量吸収係数よりも高い質量吸収係数を有するものとして、例えば炭化水素系化合物を用いる。炭化水素系化合物に導入されるハロゲン原子は、特に限定されず、フッ素、塩素、臭素 、ヨウ素のいずれでもよい。本発明においては、比較的高温までの広い温度範囲で液体状態であるため試験が行いやすいという理由から、臭素やヨウ素が導入された炭化水素系化合物の使用が好ましい。ヨウ素は、質量吸収係数も非常に大きいため、特に好ましい。なお、炭化水素系化合物には、複数種類のハロゲン原子が導入されていてもよい。
【0021】
なお、炭化水素系化合物には、本発明の効果を害さない範囲で、ハロゲン原子以外の官 能基が導入されていてもよい。ハロゲン原子が導入された炭化水素系化合物は、特に限定されず、例えば、ハロゲン原子が導入された芳香族炭化水素系化合物、ハロゲン原子が導入された脂肪族炭化水素系化合物のいずれも使用可能である。
【0022】
芳香族炭化水素系化合物は、芳香族炭化水素系化合物、芳香族複素環化合物のいずれで あってもよい。また、芳香族炭化水素系化合物は、単環であっても多環であってもよい。ハロゲン原子が導入された芳香族炭化水素系化合物としては、入手しやすく樹脂への浸透挙動を観察しやすいという理由で、ヨードベンゼン、ブロモトルエン等の使用が好ましい。
【0023】
ステップS12においては、ステップS11で溶媒を浸透させた引張試験片のX線CT写真を撮影し、X線CT画像を取得する。
図2は、引張試験片を設置したX線撮影装置の写真である。引張試験片は、長手方向が高さ方向となり、長手方向に中央部で主表面の一つがX線源に対向するように設置されている。引張試験片を透過したX線を検出するため、X線源に引張試験片を挟んで対向するようにX線検出器が設置されている。
【0024】
第1の実施の形態では、引張試験片の長手方向に中央部の所定範囲を構成する直方体をサンプルとするものとする。便宜上、この直方体において、引張試験片の長手方向又は高さ方向をβ方向、幅方向をα方向、厚さ方向をγ方向とするαβγ座標を設定することにする。なお、以下では、この直方体のサンプルを単にサンプル又は樹脂成形体のサンプルと称することもある。
【0025】
図3は、樹脂成形体のサンプル2の三面図である。
図3中の(a)は上面図であり、(b)は正面図であり、(c)は側面図である。サンプル2において、幅はα方向に10mm、厚みはγ方向に4mmである。これらサンプル2の幅及び厚みは、引張試験片の寸法によって規定される。β方向の高さは限定されず、例えば15mmのように適切に設定してよい。
【0026】
図4は、X線CT装置の構成を示す図である。X線CT装置1は、樹脂成形体のサンプル2をX線で撮影し、コンピュータトモグラフィ(computed tomography:CT)処理を施すことによりサンプル2の断面の画像を構成するものである。この断面の画像は、X線CT画像と称されることもある。X線CT装置1は、サンプル2にX線を照射するX線源11、サンプル2を透過したX線の強度を検出するX線検出器12、サンプル2を保持するステージ13、ステージ13を上下及び回転方向に駆動するステージ駆動部14、及びX線検出器12で得られたデータにCT処理を施して断面の画像を構成する画像処理部15を有している。画像処理部15は、パーソナルコンピュータにおいて市販のCT処理のソフトウェアを使用することで実現してもよい。
図2には、X線CT装置の構成要素の内で、X線源11、X線検出器12、及びステージ13の一部が示されている。
【0027】
X線CT装置1の画像処理部15は、サンプル2を回転駆動した回転角のデータと、サンプル2を透過したX線の強度のデータとに基づいて、サンプル2の所定の高さのγα面におけるX線CT画像を構成する。X線CT画像には、サンプル2のγα面におけるX線の吸収の大きさの分布が輝度の分布により表現される。サンプル2にはX線造影剤として機能する溶媒が浸透しているため、サンプル2における溶媒の濃度分布はX線CT画像において輝度の分布として表される。サンプル2を上下方向に移動させることにより、サンプル2において高さのβ方向に異なるγα面におけるX線CT画像を構成することもできる。
【0028】
図5は、サンプル2のX線CT画像の写真である。
図5の(a)から(e)は引張試験片を異なる時間にわたり溶媒に浸漬した後でX線CT撮影したサンプル2のX線CT画像である。
図5の(a)から(e)のX線CT画像において、左上の画像はサンプル2の高さ方向のγ方向にいずれかの高さ、例えばサンプル2の頂面となるγα面による断面、左下の画像はサンプル2の厚さ方向のγ方向に中央を通るαβ面による断面、右下の画像はサンプル2の幅方向のα方向に中央を通るβγ面による断面を示している。すなわち、
図5の(a)から(e)は、サンプル2の断面について
図3の三面図と同様の視角について配置したものである。
【0029】
図5の(a)から(e)においては、引張試験片を溶媒に浸漬する時間の拡大とともに、サンプル2の表層から中心に向かって輝度が高い領域が次第に拡大していることが観察される。前述のようにサンプル2における溶媒の濃度分布はX線CT画像における輝度の分布として表されることから、引張試験片に溶媒が浸透する時間の拡大とともに、サンプル2の表層から中心に向かって溶媒が次第に浸透していることが明らかである。
【0030】
ステップS13においては、ステップS12で得られたX線CT画像を用いて溶媒の濃度分布を導出する。X線CT画像において溶媒の濃度分布を表す輝度の分布を溶媒の濃度分布のデータに変換する。例えば、X線CT画像の各画素における輝度値に適切な一次変換を施すことで溶媒の濃度値としてもよい。
【0031】
図6は、サンプル2における溶媒の濃度分布を示す図である。溶媒の濃度分布は、
図5の(a)~(e)のX線CT画像の右下画像、すなわちサンプル2の幅方向のα方向に中央を通るβγ面における画像を厚さ方向のγ方向の輝度の分布を変換したものである。輝度の変換においては、サンプル2の表面近くの適切な輝度の値を濃度1.0に設定し、X線CT画像における輝度の分布をこの値を基準として溶媒の濃度分布に変換した。
図6には異なる時間(h)にわたり溶媒に浸漬した引張試験片の溶媒の濃度分布が示されている。これらの溶媒の濃度分布から、引張試験片を溶媒に浸漬する時間の拡大とともに、サンプル2の表層から中心に向かって溶媒が浸透していき、溶媒の浸透領域が拡大していることが観察される。なお、
図6に示したサンプル2における溶媒の濃度分布を、樹脂成形体における溶媒の濃度分布を実測値として参照することがある。
【0032】
ステップS14においては、ステップS13で得られたサンプル2における溶媒の濃度分布に基づいて拡散係数を導出する。第1の実施の形態では、拡散係数の導出のためにボルツマン俣野の方法を利用する。ここで、ボルツマン俣野の方法を以下に説明する。
【0033】
1次元の拡散方程式又はフィックの第2法則を数1に示す。数1において、Dは拡散係数、tは時間、xは溶媒が浸透する1次元方向の位置又は変位である。以下でも同様である。
【数1】
【0034】
数1に示した拡散方程式の拡散係数Dの溶媒への濃度依存性を考慮すると、次の数2が得られる。なお、以下では簡単のため、溶媒への濃度依存性を単に濃度依存性と称することもある。
【数2】
【0035】
ここで、数3に示すようにt:時間とx:変位を組み合わせた新たな変数λを定義する。
【数3】
【0036】
λを数2へ代入することにより数4の常微分方程式を得る。
【数4】
【0037】
数4の両辺をλで積分し、x=±∞における濃度勾配を考慮すると、数5となる。
【数5】
C=C
0、すなわちλ=+∞においてもdC/dλ=0であることから、数5でC
1=C
0と置くと、数6となる。この条件のもとで拡散係数は以下の数7で示すことができる。
【数6】
【数7】
【0038】
以上から、与えられた濃度プロファイルより拡散係数Dを求める手順を示す。まず、数6を満たすように、すなわち
図7の二つの斜線部M、Nの面積が等しくなるように原点x=0の位置を定める。このようにして定めたx=0の界面は俣野界面と呼ばれる。
【0039】
次に、
図8に、拡散係数を決定する方法を説明する。数7を用いて拡散係数Dを導出するためには、図の曲線に所定の濃度C=C
1において接線を引き、勾配
【数8】
を求め、斜線を引いた部分の面積
【数9】
を求める。求めた諸量を数7へ代入すると、濃度C
1における拡散係数D(C
1)の値が得られる。なお、図の横軸において黒丸が貫く線は界面の位置であり、x=0は数6により定められたxの原点である。
【0040】
図9は、溶媒の濃度分布(実測値)を示す図へのボルツマン俣野の方法の適用を説明している。
図9中の(a)に示す図は、
図6に示した浸漬時間が3351時間(h)の濃度分布である。溶媒の濃度分布の図の横軸は、サンプル2において溶媒が浸透する1次元方向として想定する厚さ方向のγ方向であるが、サンプル2における溶媒の濃度分布は厚さ方向の中点について対称であるため、破線で囲んだような厚さのγ方向に表層(0mm)から中心(2mm)までの範囲を使用する。
【0041】
図9の(b)は、第1の濃度C
1においてボルツマン俣野の方法を適用するため、図の曲線に所定の濃度C=C
1において接線を引き、勾配
【数10】
を求め、濃度が0からC
1までの範囲にわたり図中のグレーの部分の面積
【数11】
を求める。これらの値を数7に代入することにより濃度C
1における拡散係数D(C
1)が得られる。
【0042】
図9の(c)は、第1の濃度C
1よりも大きい第2の濃度C
2においてボルツマン俣野の方法を適用するため、図の曲線に所定の濃度C=C
2において接線を引き、勾配
【数12】
を求め、濃度が0からC
2までの範囲にわたり図中のグレーの部分の面積
【数13】
を求める。これらの値を数7に代入することにより濃度C
2における拡散係数D(C
2)が得られる。
【0043】
図9の(d)は、第2の濃度C
2よりもさらに大きい第3の濃度C
3においてボルツマン俣野の方法を適用するため、図の曲線に所定の濃度C=C
3において接線を引き、勾配
【数14】
を求め、濃度が0からC
3までの範囲にわたり図中のグレーの部分の面積
【数15】
を求める。これらの値を数7に代入することにより濃度C
3における拡散係数D(C
3)が得られる。このような操作を繰り返すことで、所定の浸漬時間について拡散係数の濃度依存性D(C)が得られる。
【0044】
図10は、溶媒濃度と拡散係数の関係を示す図である。
図10において、□で実測値として示されたデータがボルツマン俣野の方法により導出した溶媒濃度に依存した拡散係数である。ボルツマン俣野の方法により導出した拡散係数は、濃度に応じて次第に増加するが、ある程度の濃度に達すると略飽和していることが観察される。なお、
図10に●で解析値として示されたデータは、後述する第2の実施の形態の有限要素法により導出した溶媒濃度に依存した拡散係数である。
【0045】
第1の実施の形態においては、X線造影剤として機能する溶媒を用いて、溶媒が浸透した樹脂成形体のサンプル2における溶媒の濃度分布をX線CT画像に基づいて決定し、サンプル2における溶媒の濃度分布にボルツマン俣野の方法を適用することによって、溶媒濃度に依存した拡散係数を導出した。第1の実施の形態によると、溶媒濃度に依存した拡散係数とともに、異方性、結晶化度の影響も求めることができる。
【0046】
(第2の実施の形態)
第2の実施の形態では、有限要素法を用いて樹脂成形体における拡散係数を導出する。
図11は、有限要素法を用いて樹脂成形体における拡散係数を導出する方法の一連の工程を示すフローチャートである。最初のステップS21では、有限要素法による解析に使用する樹脂成形体の解析モデルを作成する。
【0047】
図12は、樹脂成形体の解析モデル20を示す斜視図である。第2の実施の形態の解析モデル20は、高さ方向を溶媒が浸透する1次元方向とし、高さ方向を長手方向とする直方体形状の樹脂成形体を想定している。解析モデル20は、高さ方向の寸法が4mmであり、高さ方向と直交する方向に、縦横の寸法が2mm×2mmである。有限要素法による解析のため、この解析モデル20は高さ方向に40分割、縦横にそれぞれ4分割された640個の六面体1次要素から構成されるものとする。
【0048】
なお、有限要素法の解析モデル20を構成する要素は、四面体1次要素、2次要素、六面体1次要素、2次要素等から選択することができるが、計算過程における濃度分布の確認しやすさと計算精度を考慮して六面体1次要素を採用することにした。有限要素法の解析モデル20は、要素分割プリプロセッサ等で樹脂成形体の解析モデル20を複数の要素に分割することにより作成してもよい。有限要素法による解析を実施するために、構造解析用計算プログラムである株式会社アライドエンジニアリング製のADVENTURE CLUSTERを使用した。
【0049】
ステップS22においては、樹脂成形体を溶媒に浸漬したときの解析モデル20における溶媒の濃度の時間依存性を求める。前述のように、溶媒は解析モデル20の高さ方向の1次元方向に浸透するものとし、溶媒は解析モデル20の底面及び頂面でのみ溶媒に接するものとする。このとき、溶媒の浸透の挙動は、数16に示す1次元の拡散方程式又はフィックの第2法則に従う。また、樹脂に浸透した溶媒濃Cに比例して膨潤により寸法が拡大するものとする。数16の拡散方程式において、Dは拡散係数又は拡散定数、tは時間、xは溶媒が浸透する高さ方向の位置又は変位である。
【数16】
【0050】
数16の拡散方程式は、ポアソン方程式とも呼ばれ、非定常熱伝導方程式と同形であるため、例えば伝熱解析を行うことで溶媒の拡散に関する挙動を予測できる。より具体的には、溶媒の濃度を温度に置き換え、伝熱解析に用いられる比熱と熱伝導率の比率を拡散係数Dに置き換え、且つ、膨潤挙動の時間依存性を測定した結果を膨張挙動の線膨張率に置き換えることにより、簡単な実験と計算によって予測できる。さらに、樹脂の結晶化度が高いほど拡散係数Dは小さくなるため、数16を用いることで、樹脂の結晶化度による影響も考慮することができる。
【0051】
上記の手法にて溶媒浸透時の濃度分布は計算できるが、各濃度に応じた拡散係数Dを入力する必要がある。拡散係数Dを入力する際、各濃度を入力するとX線CT画像から求められる濃度分布に適合するように拡散係数を求める作業量が膨大になるため、拡散係数Dは溶媒の濃度の関数として与えられることが望ましい。しかしながら、拡散係数Dの溶媒への濃度依存性を示す関数は知られていなかった。
【0052】
そこで、鋭意研究を進めた結果、数17に示す実験式に基づいて溶媒濃度に依存した拡散係数、すなわち拡散係数の濃度依存性を規定できることが判明した。数17において、Cは濃度、D(C)は拡散係数の濃度依存性であり、A,B,Cs,Dmは数17を構成するパラメータである。詳しくは、Aは拡散係数Dの初期値に関するパラメータ、Bは拡散係数Dの変動幅に関するパラメータ、Cs及びDmは拡散係数Dの傾きを決定するパラメータである。数17においては拡散係数の濃度依存性が濃度の関数として規定され、拡散係数の濃度依存性の対数が濃度Cの一次関数の双曲線正接の一次関数として与えられている。数17の実験式より、拡散係数の濃度依存性(実測値)に適合した拡散係数の濃度依存性(解析値)を得ることができる。
【数17】
【0053】
図13は、拡散係数の濃度依存性(実測値)を示す図である。拡散係数Dの対数は濃度に応じて増加するが、濃度がある程度大きくなると増加は次第に緩慢になり最終的に飽和することが観察される。
【0054】
図6に示した溶媒の濃度分布(実測値)に適合するように数16の拡散方程式及び数17の実験式を使用して、
図12に示した解析モデル20を用いた有限要素法による解析を実行したところ、数17に含まれるパラメータとして表1で与えられるような最適値が得られた。なお、解析の境界条件は黒田英夫著、「Visual Basicによる数値解析プログラム」、CQ出版株式会社、2002年4月20日、p.118-149に示す熱放射境界条件を用い、解析モデル20の底面及び頂面を熱放射境界として、熱放射率を1に設定し、設定温度100℃、初期条件温度を0とした。そして、得られた結果は1℃を1%と換算した。
【0055】
【0056】
図14は、拡散係数の濃度依存性(数式14の実験式より導出した解析値)を示す図である。
図14に示す曲線は、数17のパラメータに表1に示した最適値を適用したものである。
【0057】
図15は、有限要素法による解析により得られた溶媒の濃度分布を示す図である。この図は、表1に示したパラメータを用い、前述のように溶媒の浸透を熱伝導に置き換えて有限要素法により解析したものである。図中には、異なる時間にわたり溶媒が樹脂成形体内を浸透した場合の溶媒の濃度分布を示した。
図6に示した実測値と同様、溶媒が成形体内部に浸透する時間の拡大とともに、溶媒の浸透領域が成形体表層から中心に向かって拡大していることが観察される。
【0058】
図16は、有限要素法による解析により得られた溶媒の濃度分布を実測値と対比して示す図である。
図16には、
図15に示したデータの一部を解析値として示した。また、
図6に示した溶媒の濃度分布における対応するデータを実測値として示した。解析値及び実測値のデータを参照すると、いずれの浸漬時間においても解析値の濃度分布は実測値の濃度分布の傾向をよく再現していることが観察された。
【0059】
有限要素法による解析により得られた溶媒濃度に依存した拡散係数は、
図10に●解析値として示されている。この解析値は、
図14に示した数17で示される実験式によるものである。すなわち、数17の実験式に、表1に示した解析パラメータを適用し、得られたものである。これより、有限要素法により得られた溶媒濃度に依存した拡散係数(解析値)は、ボルツマン俣野の方法により得られた溶媒濃度に依存した拡散係数(実測値)とよく一致していることが観察される。
【0060】
第2の実施の形態においては、拡散係数の濃度依存性として数17の実験式を想定し、有限要素法による解析において溶媒濃度に依存した拡散係数(実測値)に適合するよう解析パラメータを最適化させることにより、拡散係数の溶媒への濃度依存性(解析値)を決定した。なお、第2の実施の形態においては、実験式の最適化のために第1の実施の形態においてサンプルのX線CT画像から得られた濃度分布を実測値として参照したが、これに限らず、実験式の最適化のためには他の種類のデータを利用することもできる。
【0061】
第2の実施の形態によると、有限要素法を用いて解析することで、異方性フィラーを含有する異方性樹脂成形体の異方性熱膨張挙動、弾性率異方性についても考慮することができる。また、荷重や強制変位に対する発生応力、発生ひずみの評価、熱による変形なども解析が可能である。
【符号の説明】
【0062】
1 X線CT装置
11 X線源
12 X線検出器
13 ステージ
14 ステージ駆動部
15 画像処理部
2 サンプル
20 解析モデル