(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024044227
(43)【公開日】2024-04-02
(54)【発明の名称】グルコース産生抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 35/10 20150101AFI20240326BHJP
A61P 3/08 20060101ALI20240326BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20240326BHJP
A61K 31/365 20060101ALI20240326BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20240326BHJP
A21D 13/80 20170101ALN20240326BHJP
【FI】
A61K35/10
A61P3/08
A61P3/10
A61K31/365
A23L33/10
A21D13/80
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022149634
(22)【出願日】2022-09-20
(71)【出願人】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(71)【出願人】
【識別番号】507148456
【氏名又は名称】学校法人 岩手医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106611
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 幸史
(72)【発明者】
【氏名】木村 賢一
(72)【発明者】
【氏名】吉田 潤
【テーマコード(参考)】
4B018
4B032
4C086
4C087
【Fターム(参考)】
4B018MD48
4B018ME03
4B018MF01
4B032DB21
4B032DG02
4B032DK02
4B032DK12
4B032DK29
4B032DK45
4B032DK47
4B032DL20
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA17
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA35
4C086NA14
4C086ZC35
4C087AA01
4C087AA02
4C087BA07
4C087CA06
4C087CA37
4C087NA14
4C087ZC35
(57)【要約】
【課題】 天然由来の新規なグルコース産生抑制剤を提供すること。
【解決手段】 琥珀の抽出物を有効成分とする。また、琥珀の抽出物に含まれる下記の化学構造式で表されるスピロラクトンノルジテルペノイド化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする。
【化1】
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
琥珀の抽出物を有効成分とするグルコース産生抑制剤。
【請求項2】
琥珀の抽出物が、琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物またはエタノール抽出物である請求項1記載のグルコース産生抑制剤。
【請求項3】
琥珀の抽出物が、下記の化学構造式で表されるスピロラクトンノルジテルペノイド化合物を含む請求項1記載のグルコース産生抑制剤。
【化1】
【請求項4】
下記の化学構造式で表されるスピロラクトンノルジテルペノイド化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とするグルコース産生抑制剤。
【化2】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然由来の新規なグルコース産生抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
2型糖尿病は、インスリン抵抗性と膵臓機能不全によるインスリン作用不足を要因とする高血糖病態であり、糖尿病全体の90%以上を占める。2型糖尿病は、いちど発症すると治癒することが難しく、網膜症などの様々な合併症を引き起こすことから、その予防・治療法の開発が古くから行われてきており、様々な薬剤が既に上市されている。しかしながら、2型糖尿病の予防・治療のための新たな有効成分の探索は今日においても意義深い状況にあることから、本発明者らの研究グループは、天然由来の2型糖尿病の予防・治療剤の有効成分の探索を精力的に行っており、例えば非特許文献1において、セリ科植物に含まれるポリアセチレン化合物であるファルカリンジオールが、GSK(グリコーゲン合成酵素キナーゼ)-3β阻害作用に基づくグルコース産生抑制作用を有することを報告している。けれども、天然にはグルコース産生抑制作用を有することが知られていない成分がまだ存在すると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】吉田 潤ら、講演番号:3D12a13 セリ科植物から得られたGSK-3β阻害物質falcarindiolの肝細胞における糖新生抑制作用、公益社団法人日本農芸化学会2015年度大会講演要旨集
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、天然由来の新規なグルコース産生抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記の点に鑑みて鋭意検討を行った結果、琥珀(植物の樹脂が化石化したもの)の抽出物が、グルコース産生抑制作用を有することを見出すとともに、琥珀の抽出物に含まれるスピロラクトンノルジテルペノイド化合物が、グルコース産生抑制作用を有することを見出した。
【0006】
上記の知見に基づいてなされた本発明のグルコース産生抑制剤は、請求項1記載の通り、琥珀の抽出物を有効成分とする。
また、請求項2記載のグルコース産生抑制剤は、請求項1記載のグルコース産生抑制剤において、琥珀の抽出物が、琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物またはエタノール抽出物である。
また、請求項3記載のグルコース産生抑制剤は、請求項1記載のグルコース産生抑制剤において、琥珀の抽出物が、下記の化学構造式で表されるスピロラクトンノルジテルペノイド化合物を含む。
【0007】
【0008】
また、本発明のグルコース産生抑制剤は、請求項4記載の通り、下記の化学構造式で表されるスピロラクトンノルジテルペノイド化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする。
【0009】
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、天然由来の新規なグルコース産生抑制剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明において用いる琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物が、濃度依存的にグルコース産生抑制作用を示すグラフである。
【
図2】本発明において用いるスピロラクトンノルジテルペノイド化合物が、濃度依存的にグルコース産生抑制作用を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のグルコース産生抑制剤は、琥珀の抽出物を有効成分とする。本発明において用いることができる琥珀としては、ロシア、ポーランド、ウクライナ、ドイツ、スペイン、ドミニカ、ミャンマー、インドネシア、中国などの国を産地とするものの他、日本国内では、岩手県久慈市、福島県いわき市、千葉県銚子市、岐阜県瑞浪市、山口県宇部市、また、これらの近辺を産地とするものが挙げられる。
【0013】
琥珀の抽出物は、一般的な天然有機成分の抽出方法に従って、例えば粉末化した琥珀に有機溶媒を加えて抽出操作を行った後、得られた濾液から有機溶媒を除去することで得ることができる。用いることができる有機溶媒としては、アルコール(メタノールやエタノールやイソプロパノールなど)、ベンゼン、ヘキサン、酢酸エチル、アセトニトリル、アセトン、クロロホルム、ジクロロメタンなどが挙げられる。抽出操作は、単一の有機溶媒を用いて行ってもよいし、複数の有機溶媒を混合して用いて行ってもよい。また、抽出操作を、例えばアルコールで抽出した後、さらに酢酸エチルで抽出するといったように多段階で行い、抽出物の精製度を高めてもよい。さらに、イオン交換樹脂、非イオン性吸着樹脂、ゲルろ過クロマトグラフィー、活性炭やアルミナやシリカゲルなどの吸着剤によるクロマトグラフィーおよび高速液体クロマトグラフィーを用いた分離操作の他、結晶化操作、減圧濃縮操作、凍結乾燥操作などの各種操作を適宜組み合わせてもよい。また、琥珀の抽出物は、天然有機成分の抽出方法として知られている超臨界状態の二酸化炭素を用いた超臨界抽出法によって得られる超臨界二酸化炭素抽出物などであってもよい。適用者に対する安全性などを考慮すると、琥珀の抽出物は、琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物やエタノール抽出物であることが望ましい。なお、琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物とエタノール抽出物は、本発明者らの研究グループによって既に報告されている公知のものである(Satoshi Suzuki et al.,Inhibition of melanin production and promotion of collagen production by the extract of Kuji amber,BIOSCIENCE,BIOTECHNOLOGY,AND BIOCHEMISTRY,2020,VOL.84,NO.3,518-525)。
【0014】
琥珀の抽出物がどのようにしてグルコース産生抑制作用を発揮するのかについては、現時点では本発明者らにも明確でない。しかしながら、本発明者らは、琥珀の抽出物に含まれる下記の化学構造式で表されるスピロラクトンノルジテルペノイド(spirolactone norditerpenoid)化合物((4R*,5S*,8R*,9R*,10S*)-14,15,16,19-tetranor-labdan-13,9-olide)が、グルコース産生抑制作用を有することを見出していることから、このスピロラクトンノルジテルペノイド化合物が、琥珀の抽出物が有するグルコース産生抑制作用に関与していると考えられる。なお、このスピロラクトンノルジテルペノイド化合物も、本発明者らの研究グループによって既に報告されている公知のものであり、琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物とエタノール抽出物にも含まれていることは、上記のSuzukiらの文献に記載の通りである。
【0015】
【0016】
従って、本発明のグルコース産生抑制剤は、上記の化学構造式で表されるスピロラクトンノルジテルペノイド化合物やその薬学的に許容される塩を有効成分としてもよい。このスピロラクトンノルジテルペノイド化合物は、例えば本発明者らの研究グループによる文献(Eisaku Shimizu et al.,Isolation of a spirolactone norditerpenoid as a yeast Ca2+ signal transduction inhibitor from Kuji amber and evaluation of its effects on PPM1A activity,Fitoterapia,2019;134:290-296)に従って、琥珀の抽出物から単離精製することで得ることができる。また、このスピロラクトンノルジテルペノイド化合物は、有機化学的手法により合成されたものであってもよい。このスピロラクトンノルジテルペノイド化合物の薬学的に許容される塩としては、アンモニウム塩、ナトリウム塩やカリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩やマグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩、アルギニン塩やリジン塩などのアミノ酸塩、無機酸塩(塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩など)、有機酸塩(酢酸塩、乳酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、シュウ酸塩など)を例示することができる。
【0017】
本発明のグルコース産生抑制剤は、各種の製剤形態に製剤化することでそれ自体を医薬品や健康食品として服用や摂取することができることに加え、各種の飲食品に配合して摂取することで、2型糖尿病の予防・治療剤としての効果が期待できる。その適用量は、適用者の年齢や体重、症状の程度、適用形態などによって異なるが、特に制限されるものではない。
【実施例0018】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。なお、以下においては、下記の化学構造式で表されるスピロラクトンノルジテルペノイド化合物を、単にスピロラクトンノルジテルペノイド化合物と記載する。
【0019】
【0020】
試験例1:琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物のグルコース産生抑制作用
(試験方法)
合成グルココルチコイドによってグルコース産生を惹起させたラット肝癌由来H4IIE細胞の培地中へのグルコース放出に対する作用により評価した。具体的には、H4IIE細胞(ATCC)を、2×105cells/1mL/wellで12wellプレートに播種し、10%FBS含有DMEM培地で2日間培養した後、0.5μMのデキサメタゾン(Dex)と100μMのジブチリルサイクリックAMP(Bt2cAMP)を含む無血清DMEM培地に交換した。その際、琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物(上記のSuzukiらの文献に従って市販の超臨界抽出システムを用いて温度80℃,圧力20MPa,二酸化炭素流速3mL/分の条件で久慈産の琥珀の粉末から抽出した後に二酸化炭素を留去した黄色透明オイル状液体)のDMSO溶液を、各種の濃度になるように交換した培地に添加し、24時間培養した。24時間後、2mMのピルビン酸ナトリウムと20mMの乳酸ナトリウムを含むグルコース不含培地に交換し、4時間培養した。4時間後、Amplex Red(Thermo Fisher Scientific社)を用いたグルコースオキシダーゼ/ペルオキシダーゼ法で測定した各wellの培地に含まれるグルコース量を、BCA Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific社)を用いて測定した各wellの細胞タンパク質量で除することでノーマライズした値を算出し、H4IIE細胞からのグルコース放出量とした。
【0021】
(試験結果)
琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物のDMSO溶液を培地に添加した場合のH4IIE細胞からのグルコース放出量を、コントロールとしてDMSOのみを培地に添加した場合のH4IIE細胞からのグルコース放出量を100とした相対値として
図1に示す。
図1から明らかなように、琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物は、濃度依存的にグルコース産生抑制作用を示し(IC
50:13.1μg/mL、n=3)、12.5μg/mLにおけるグルコース産生抑制作用は、GSK-3β阻害剤として知られているBIO(6-bromoindirubin-3-oxime)の10μMにおけるグルコース産生抑制作用よりも優れていた。また、50μg/mLにおけるグルコース産生抑制作用は、インスリンの0.01μMにおけるグルコース産生抑制作用に匹敵した。なお、琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物は、100μg/mLでもH4IIE細胞に対して毒性を示さなかった(MTTアッセイによる)。以上の結果から、琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物は、肝臓におけるグルコース産生抑制作用に基づく、安全性の高い2型糖尿病の予防・治療剤としての効果が期待できることがわかった。
【0022】
試験例2:琥珀のエタノール抽出物のグルコース産生抑制作用
琥珀のエタノール抽出物(上記のSuzukiらの文献に従って3倍量のエタノールを用いて久慈産の琥珀の粉末から2日間抽出した後にエタノールを留去した茶褐色固体)のグルコース産生抑制作用を、試験例1における試験方法に従って評価した。その結果、程度の違いはあるが、琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物と同様のグルコース産生抑制作用を確認することができた。
【0023】
試験例3:スピロラクトンノルジテルペノイド化合物のグルコース産生抑制作用
スピロラクトンノルジテルペノイド化合物(上記のShimizuらの文献に従って久慈産の琥珀のメタノール抽出物から単離精製した白色アモルファス粉末)のグルコース産生抑制作用を、試験例1における試験方法に従って評価した。スピロラクトンノルジテルペノイド化合物のDMSO溶液を培地に添加した場合のH4IIE細胞からのグルコース放出量を、コントロールとしてDMSOのみを培地に添加した場合のH4IIE細胞からのグルコース放出量を100とした相対値として
図2に示す。
図2から明らかなように、スピロラクトンノルジテルペノイド化合物は、濃度依存的にグルコース産生抑制作用を示し(IC
50:11.7μM、n=6)、10μMにおけるグルコース産生抑制作用は、BIOの10μMにおけるグルコース産生抑制作用よりも優れていた。また、100μMにおけるグルコース産生抑制作用は、インスリンの0.01μMにおけるグルコース産生抑制作用に匹敵した。なお、スピロラクトンノルジテルペノイド化合物は、100μMでもH4IIE細胞に対して毒性を示さなかった(MTTアッセイによる)。以上の結果から、スピロラクトンノルジテルペノイド化合物は、肝臓におけるグルコース産生抑制作用に基づく、安全性の高い2型糖尿病の予防・治療剤としての効果が期待できることがわかった。
【0024】
参考試験例1:スピロラクトンノルジテルペノイド化合物のGSK-3β阻害作用
(試験方法)
ヒト組換えGSK-3βと合成ペプチド基質を用いた化学発光法にて評価した。具体的には、ヒト組換えGSK-3β(abcam社)、合成ペプチド基質Phospho-glycogen synthase peptide-2(Merck社)、スピロラクトンノルジテルペノイド化合物のDMSO溶液、酵素反応バッファーを、96wellホワイトマイクロプレートに加え、総容量が50μL/wellの検体液とした。この時、ヒト組換えGSK-3βは31.25ng/well、合成ペプチド基質は20μM、酵素反応バッファーは(8mM MOPS、0.2mM EDTA、5μM ATP、10mM MgCl2、pH7.0)とした。スピロラクトンノルジテルペノイド化合物のDMSO溶液は2μL/well加えた。検体液を30℃で180分間インキュベーションした後、Kinase-Glo plus luminescent kinase assay platform(Promega社)より調製したKinase-Glo Reagentを40μL/well加えて25℃で10分間インキュベーションした。10分後、マルチプレートリーダーを用いて測定した検体液の相対発光値を、ヒト組換えGSK-3βと合成ペプチド基質を含まないこと以外は検体液と同じ組成のブランク液の相対発光値から差し引いた値から、スピロラクトンノルジテルペノイド化合物のDMSO溶液のかわりにDMSOのみを加えたコントロール液の相対発光値を、ヒト組換えGSK-3βと合成ペプチド基質を含まないこと以外はコントロール液と同じ組成のブランク液の相対発光値から差し引いた値を100とした相対値を算出し、GSK-3β酵素活性とした。ポジティブコントロールとして用いたTDZD-8(4-Benzyl-2-methyl-1,2,4-thiadiazolidine-3,5-dione)のこの試験方法によるGSK-3β阻害活性はIC50:42.2μMであった。
【0025】
(試験結果)
スピロラクトンノルジテルペノイド化合物は、GSK-3β阻害作用を有さなかった(IC50:>400μM、n=3)。よって、スピロラクトンノルジテルペノイド化合物が有するグルコース産生抑制作用は、2型糖尿病の予防・治療のための標的物質として知られているCa2+シグナル伝達に関わるGSK-3βと異なる物質を標的とした作用に基づくことがわかった。
【0026】
製剤例1:錠剤
以下の成分組成からなる2型糖尿病の予防・治療のための錠剤を自体公知の方法で製造した。
スピロラクトンノルジテルペノイド化合物 1
乳糖 80
ステアリン酸マグネシウム 19(単位:重量%)
【0027】
製剤例2:ビスケット
以下の成分組成からなる2型糖尿病の予防・治療のためのビスケットを自体公知の方法で製造した。
琥珀の超臨界二酸化炭素抽出物 1
薄力粉 32
全卵 16
バター 16
砂糖 24
水 10
ベーキングパウダー 1(単位:重量%)